弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人田中実の上告理由について。
 論旨は、要するに、農地法六条の所有制限を受ける小作地について同法八条によ
る農業委員会の公示があれば、その小作地の小作人については、同法九条、三条二
項一号および三六条一項一号に基づき、もし右小作地をその所有者において任意譲
渡するのであれば、これを譲り受ける期待権を、もし右小作地が国の強制買収を被
むることになれば、その必然的後続処分としてなされる国の売渡を受ける期待権を
生ずるものであることを理由として、同法六条に該当する本件農地の小作人である
上告人は、被上告人に対して同法八条による公示および通知をなすべき義務あるこ
との確認を求める利益を有するものと主張し、上告人につき本件訴の原告適格を否
定した原判決を失当と非難するのである。
 農地法六条の所有制限を被る小作地が存在するときは、農業委員会において、当
該小作地につき同法八条による公示および土地所有者に対する通知をなし、かくし
て同法九条の手続が開始されるに至るのであるが、右九条所定の当該小作地の所有
者による任意譲渡も、国による強制買収も、いずれも同法六条に違反する土地の所
有状態の解消のための手段として規定されたものであつて、それは、小作人が当該
小作地の所有権取得を欲すると否とにかかわりなく施行せらるべき手続であること
は明らかである。されば、右九条に基づいて当該小作地の小作人につき、その土地
所有者に対して小作地の譲渡を求める権利、あるいは国に対して小作地の強制買収
の発動を求める権利を認めえないのはもちろん、同条をもつて小作人に対して当該
小作地の所有権取得に関しなんらかの期待的利益を保障しているものと解すること
はできない。
 もつとも、農地法三条二項一号は、小作人またはその世帯員でない者を譲受人と
する小作地の譲渡を許可できないものとし、また同法三六条一項一号は、国の買収
した小作地について売渡処分の相手方として小作人に優先的な地位を定めている。
そして、これら規定に違反して、小作地の所有者が小作地を小作人でない者に譲渡
するにつき許可がなされた場合あるいは国が小作人以外の者に売渡処分をした場合
においては、小作人につき期待的利益の侵害を認めて、これに右許可あるいは売渡
処分の取消を訴求する利益を認めえないではない。しかし、これら規定は、小作人
について小作地の所有者あるいは国に対し、自己のために小作地の譲渡あるいはそ
の買収ないし売渡処分の発動を要求する権利ないし法律上の地位までを認めている
ものとは到底解しがたい。従つて、小作地の所有者が小作地を譲渡しないことある
いは国が買収ないし売渡処分を発動しないことをもつて、小作人の権利利益を侵害
しているということはできない。
 してみれば、小作地が農地法六条の所有制限を受けるにかかわらず、農業委員会
がこれにつき同法八条所定の手続を開始しなかつたとしても、それだけでは、右小
作地の小作人の権利利益をおかすことになるものでないことはいうまでもない。さ
れば、上告人主張の事実関係のもとにおいては、結局本件請求について上告人に訴
の利益を認めがたいとした原判決は、その説示するところに多少の難点はあるにし
ても、その結論は正当であり、諭旨は採用できない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎

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