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平成22年5月13日判決言渡し
平成20年(ワ)第1480号国家賠償請求事件
主文
1被告は,原告に対し,822万1246円及びこれに対する平成19年6月
25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを5分し,その2を被告の負担とし,その余を原告の負担
とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,2000万円及びこれに対する平成19年6月25日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,京都医療少年院(以下「本件少年院」という)に入院中,同少年,。
院から貸与されたベルトを用いて自殺したaの相続人(母)である原告が,同
少年院の職員ら(以下「被告職員ら」という)には,aの自殺に関し,安全,。
配慮義務を怠った過失(aに対しベルトを貸与しない注意義務又は貸与する場
合にはベルトを用いて縊頸することのないよう監視すべき注意義務を負ってい
たにもかかわらず,これを怠った過失)があると主張して,被告に対し,国家
賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として,次の内容の損害合計7413万
1423円の内金2000万円及びこれに対する上記自殺の日である平成19
年6月25日から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
支払を求める事案である。
()葬儀費用155万9180円1
()死亡逸失利益4057万2243円2
()死亡慰謝料2400万円3
()原告固有の慰謝料200万円4
()弁護士費用600万円5
1争いのない事実等
()当事者1
ア原告は,a(昭和63年*月**日生)の実母である。なお,aの実父
(b)は,平成**年**月*日,死亡している(甲1。)
イ被告は,京都府宇治市木幡甲乙において,本件少年院を開設し運営して
いる。
⑵aの本件少年院への入院
アaは,平成19年5月5日(以下,日付は特に断りのない限り,すべて
平成19年である,原告の徳島県警察丙警察署に対する通報を契機とす。)
る覚せい剤取締法違反(所持)の被疑事実により同署に逮捕され,同月2
5日徳島家庭裁判所の観護措置決定により徳島少年鑑別所以下本,,(,「
件鑑別所」という)に入所した(甲2,3。。)
イ徳島家庭裁判所は,6月19日の審判期日において,覚せい剤取締法違
反保護事件(所持及び自己使用)により,aの医療少年院への送致を決定
()。,,,した甲4aは同月20日本件鑑別所から本件少年院に送致され
同少年院に収容された。
()aの死亡(以下「本件自殺」という)3,。
アaは,同月25日当時,本件少年院の単独室に収容されていたところ,
同日午後1時46分ころ,居室内において,水道の蛇口にベルトを掛け,
座り込むような姿勢で縊頸しているのを,職員によって発見され,aは,
,,(,,同日午後8時53分医療法人c会d病院において死亡した甲16
7。)
イ同月28日,司法解剖が実施され,aの死因は縊死と判断された(甲1
7。)
()相続4
原告は,aの唯一の相続人として,aが生前有していた権利義務関係を単
独で相続した。
2争点
()aが自殺したことにつき,被告職員らに過失があったか。1
(原告の主張)
被告職員らは,医療少年院の運営に関わる者として,被収容者に対し,そ
の身体の安全を適切に管理すべき安全配慮義務を負っているところ,被告職
員らには,次のとおり,安全配慮義務(ベルトを貸与しない注意義務又はa
を監視すべき注意義務)を怠った過失がある。
ア自殺防止に関する一般論
一般に,自殺の危険因子として,①自殺未遂歴,②精神障害の既往,③
サポートの不足,④性別,⑤年齢,⑥喪失体験,⑦性格傾向,⑧他者の死
の影響,⑨事故傾性及び⑩児童虐待といったものがある。また,自殺直前
のサインとして,①重要なつながりのあった人の直前の自殺,②自殺のほ
のめかし,③喪失体験,④日常生活における行動や性格の突然の変化,⑤
身なりの突然の変化,⑥過度に危険な行為の実行,⑦別れの用意をするこ
と及び⑧実際の自傷行為の実行などがある。
個々の事例においては,このような危険因子及び自殺直前のサインを含
む具体的事情に基づいて判断することにより,自殺の予見可能性を相応の
程度に判断することができるのであり,自殺を予見してこれを防止するこ
とがおよそ不可能であるということはない。
イaの自殺の予見可能性
(ア)aは,本件鑑別所に入所中,複数回の自傷行為に及んだり,著しい
心情不安定に陥ったりしていたため自殺自傷及び逃走についての要,,「
注意者」に指定されていた。本件鑑別所は,本件少年院に対し,aの入
所中の動静を記録した少年簿などを送付していた。
,,,(イ)本件少年院に入院したaを診断した医師はaを療養指示により
自殺,自傷及び衝動行為についての「要注意者」に指定し,aへ投与す
る鎮静剤を増量した。
(ウ)さらに,aは,本件鑑別所において,抗精神病薬であるリスパダー
ル及びセロクエルを服用していたが,本件少年院に入院中もこれらを服
用していたところ,これらの薬は,自殺企図の既往及び自殺念慮を有す
る患者については,症状を悪化させるおそれがあるとされていた。
以上によれば,aには自殺の危険因子及び自殺直前のサインの存在が認
められるから,自殺企図の危険性があったことは明らかであり,被告職員
らは,aが,ベルトを用いて縊頸するなどの自殺行為を行うおそれがある
ことを,容易に予見することができた。
ウ注意義務違反の内容
(ア)aに対しベルトを貸与しない義務
被告職員らは,上記のとおり,aが自殺することを予見することがで
きたところ,本件少年院は隔離された閉鎖施設であり,自殺手段の入手
方法は,開かれた一般社会におけるそれと異なり,極めて限られていた
のであるから,aが自己のベルトを用いて,縊頸の方法により自殺する
ことは容易に予測可能であった。
そして,入院後のaには,症状の著しい改善による自殺のおそれの減
退などはみられなかったのであるから,本件鑑別所においてなされてい
た物品制限の取扱いを変更することは許されなかったのであり,被告職
員らは,本件鑑別所と同様に,aに対して,物品制限を行い,ベルトを
貸与しない義務を負っていた。
aは,本件鑑別所においては,ベルトの使用制限に対して,特段の不
満を示していなかったのであり,ベルトの使用制限がaの治療関係に悪
影響を及ぼした可能性は極めて乏しい。
(イ)aに対する監視を行う義務
仮に,物品制限することなくaにベルトを貸与したことに注意義務違
反が認められないとしても,aがベルトを水道栓にかけて縊頸すること
は経験則上十分に予想されるところであったから,被告職員らは,aを
監視カメラの設置された房か,ベルトを掛けて縊頸することのできない
房に収容するとか,職員がaを対面監視するなど,aがベルトを用いて
縊頸することのないよう監視するとともに,aが縊頸した場合にはこれ
を直ちに発見することができるよう監視すべき注意義務を負っていた。
しかし,aの居室として指定されたA棟5室は,ベルトを掛けて縊頸
することが可能な水道蛇口が設置された居室であるにも関わらず,モニ
ターによる監視を可能とする視察用カメラが設置されていなかった上,
職員の定位置から近い場所でもなかった。したがって,本件少年院職員
は,上記の監視を行う義務を怠ったことにより,aを死亡させたもので
ある。
エ以上のとおりであるから,被告は,aに対し,ベルトを貸与しない注意
義務を負っていたか,そうでないとしてもベルトを貸与した場合にはaに
対する監視を行う義務を負っていたにもかかわらずこれを怠ったものであ
り,この過失によりaを死亡させたことにつき,国家賠償法1条1項に基
づく責任を負う。
(被告の主張)
争う。
ア自殺防止に関する一般論
自殺を予測してこれを防止する適切な方法は現在のところは存在せず,
医師ないしは臨床家は,適切な問診によって,患者に自殺リスクがあるか
どうかを把握しておくこと及び自殺企図の徴候が見られたときには素早く
防止措置を執る準備をしておくことができるにすぎない。
イaの自殺の予見可能性
(ア)自殺防止措置の前提となる自殺企図の予見可能性が認められるため
には,単に希死念慮を有していたとか,自殺行動を起こしたというだけ
では足りず,過去の自殺企図の後にどのような状態の経過があったのか
を子細に検討した上で自殺企図の差し迫った危険が認められる必要があ
る。
(イ)原告が挙げるaの各行為は,自殺企図と断定するに足りるものでは
なく,居室から出ることや,職員に話を聞いてもらったり,相手にして
もらったりすることを求めるためのアピール行為であると評価する方
が,本件鑑別所におけるaの性格についての分析結果にも沿うものであ
り,自然かつ合理的である。
(ウ)aは,本件少年院に入院後は,自殺企図を伺わせる具体的行動を行
っておらず,その言動に厭世観又は希死念慮をうかがわせるものは全く
なく,精神疾患による異常行動も認められなかった。むしろ,aは,自
己の少年審判に対する不満から抗告を申し立てるとともに,更生の意欲
を示したり,自ら申し立てていたパニックに対する治療を申し出たりす
るなど,将来に対する前向きな姿勢をうかがわせる態度を示していた。
(エ)収容されている少年に特異な行動が見られた場合に物品制限を行う
か否かの判断は,当該少年が収容されている施設の人的物的体制とも関
係する事柄であり,しかも,少年の状況は刻一刻と変化するものである
ことも踏まえれば,本件鑑別所においてベルトの使用制限を行っていた
ことが,aの精神状態が不安定で自殺企図の差し迫った危険が存在した
ことを直ちに示すものではなく,被告職員らのaの自殺についての予見
可能性を根拠づけることにはならない。
(オ)したがって,aには自殺及び自傷行為の可能性が抽象的に認められ
ただけであり,自殺企図の差し迫った危険はなかった。
ウ注意義務違反がないことについて
(ア)aに対しベルトを貸与しない義務への違反がなかったこと
医療上の危機介入により,物品貸与制限のように強制的な制限を加え
ることは,在院者と職員ないし医師との間の信頼関係の喪失,被害感情
の発生や増大,ストレス上昇を引き起こし,精神疾患の発病要因となり
得るものであるから,かかる制限を行うのは,対象者に自殺企図の差し
迫った危険が認められる場合に限られる。
前記のとおり,aには自殺企図の差し迫った危険が認められなかった
のであるから,被告職員らには,医療上の措置として,aに対するベル
トの貸与を制限する義務はなかった。
,,,,さらにaは本件少年院に入院後問題行動を起こしていないから
矯正目的の見地から物品制限を課す必要性も認められないし,自殺や自
傷の切迫した危険が認められない状況下において,物品制限等の特別な
処遇を行うことは,少年院の収容目的に照らし不適切であった。
(イ)aに対する監視を行う義務への違反がなかったこと
aの居室を,視察用カメラの設置されていないA棟5室に指定したの
は,aの入院当時,A棟の視察用カメラの設置された居室に,自殺の危
険性が高く,常時観察の必要性が高い他の少年を収容中であったことに
加え,他の棟の視察用カメラの設置された居室は職員定位置から離れて
いることから,職員定位置に近く,視察頻度の高いA棟の居室の方が適
切であると判断したためである。
そして,被告職員らは,aが希死念慮を口にしていたため,頻繁にa
の動静観察を行っていたのであるから,原告の主張するような義務違反
があったということはできない。
,,エ本件においては被告職員らは在院者の自殺を防ぐために十分に配慮し
適切な措置を講じていたのであるから,被告は国家賠償法1条1項に基づ
く責任を負うものではない。
⑵損害
(原告の主張)
ア葬儀費用155万9180円
イ死亡逸失利益4057万2243円
基礎収入額を年224万4400円(平成17年賃金センサス,男性,
中卒,18∼19歳,労働可能年数を死亡時19歳∼67歳の48年間)
(ライプニッツ係数18.0771)とすると,死亡逸失利益は,224
万4400円×18.0771で上記金額となる。
ウ死亡慰謝料2400万円
エ原告固有の慰謝料200万円
オ弁護士費用600万円
カ合計7413万1423円
(被告の主張)
争う。
第3争点に対する判断
1前記争いのない事実等,証拠(甲4,8,11,12,乙1,2,4,7,
11,14,15,検証の結果)及び弁論の全趣旨によれば,本件について次
の事実が認められる。
ア本件少年院入院前のaの状況
(ア)aは,5月5日,覚せい剤取締法違反(所持)の被疑事実により徳島
県警察丙警察署に逮捕され,同月25日,徳島家庭裁判所の観護措置決定
により,本件鑑別所に入所した。本件鑑別所の医師は,5月25日のaの
入所時に,それまで精神科医師がaに処方していたとおり,毎食後にリス
パタール(抗精神病剤,ランドセン(抗てんかん剤,アキネトン(抗パ))
ーキンソン剤)及びデパケンR(抗てんかん剤,就眠前にロヒプノール)
(睡眠導入剤,セロクエル(抗精神病剤)及びベゲタミンB(抗精神病)
剤)を投与するという処方を継続指示した。
(イ)aは,本件鑑別所に収容中,同月30日にはズボンのベルトを首に巻
きつけ,両手で引っ張っているところを職員に発見され,職員から制止さ
れると,自らベルトを首から外したものの,職員に対し「この部屋から出
たいです「もうだめです」と涙ながらに申し立て,その後職員の話し。」,。
かけで落ち着きを取り戻したものの「まだ,死にたいと思う気持ちはあ,
る」と職員に話した。このため,本件鑑別所は,aに対し,居室の物品。
を制限することを告知し,ベルトの使用を制限した。
(ウ)aは,6月5日,6日,15日及び16日に,居室壁に前頭部を2,
3回打ち付けるという行為を数回繰り返した。また,aは,同月9日,1
0日,12日,13日,14日及び17日には「てんかんの発作がでま,
した「パニックになりそうです「どうしたらいいんですか」等と述。」。」。
べて不安を訴えたので,職員はこれに応じて処方薬を投与した。
(エ)aは,同月19日,徳島家庭裁判所における審判期日において「鑑,
別所に入っていたときに,ベルトで首を絞めたり,壁に頭を打ち付けたこ
とは事実ですが,そういった行為をしたのは自分のやったことが馬鹿馬鹿
しくて自分を責め立てるためです。どうして馬鹿なことをしたのだろうと
考えると,パニック状態になったわけです」という趣旨の陳述をした。同
,,,,,,裁判所は同日aに対し医療少年院送致を決定し同月20日aは
本件少年院に送致された。
(オ)本件鑑別所は,同月19日,aの傷病名を「妄想性障害,情緒不安定
性人格,アンフェタミン乱用及び精神科薬への依存」と記載した病状連絡
票を作成し,また,aに対する処遇指針票を作成して本件少年院へ申し送
った。
なお,同処遇指針票の「その他の留意事項」の欄には「当所では,自,
殺企図があったり著しい心情不安定に陥ったりしたので,自殺・自傷・逃
走要注意者に指定していた。不安が強く,物事を悪い方へと考えるので,
いったんつまずいたり不調や負担を感じたりすると,そればかりにこだわ
り,堂々巡りの状態に落ち込んで悲観的・自棄的気分に陥りやすく,同種
行為に走る可能性が高い。綿密な行動観察と心情把握が必要である「精。」
神科医より①妄想性障害,②情緒不安定性人格,③アンフェタミン乱用,
精神科薬への依存と診断され,向精神薬を服用中である。身体的には著患
はない」との記載があった。。
イ本件少年院におけるaの状態
,,,「」(ア)本件少年院は6月20日入院するaについて処遇上の留意点
欄における「鑑別所では再三不安感を訴え,何度も職員を呼んでは質問を
繰り返したり,ベルトを巻いて縊頸の素振りを見せたり,壁に自己の頭を
打ちつけたりすることがあった」との記載を含む「新入生資料」を作成。,
した。
(イ)法務技官のe医師は,同日,aを診察し,本件鑑別所の医療情報を参
考にした上で,同月25日まで,毎食後内服薬として,リスパタール(抗
),()()精神病剤ランドセン抗てんかん剤及びデパケンR抗てんかん剤
の,就寝前内服薬として,サイレース(睡眠導入剤)及びセロクエル(抗
精神病剤)の,不穏時臨時薬として,ヒルナミン(抗精神病剤)及びピレ
チア(抗ヒスタミン剤,抗パーキンソン剤)の,また,不眠時臨時薬とし
て,ベゲタミンB(抗精神病剤)の処方をそれぞれ指示した。
aは,e医師に対し,本件鑑別所では居室が狭いことに対する嫌悪感に
,「,。」よりパニックになったと述べた上こういう施設にはいってせまいし
などと述べて,現在も希死念慮が強いことを伝えた。
(ウ)e医師は,aにつき,自殺,自傷及び衝動行為について要注意の療養
指示を出し,これに基づき,本件少年院は,aを,自殺,自傷及び衝動行
為についての「要注意者(自殺,逃走等のおそれがありその身体保護等」
のために処遇上十分な注意を払って動静観察を行う必要がある者又は自
殺,逃走等のおそれがあるため一般の者よりその動静を厳重に観察する必
要がある者)に指定したが,所持物品の制限は行わなかった。aには,本
件少年院からベルトが貸与されたが,このベルトの全長は約122.5㎝
であった。
(エ)aは,6月20日の考査生日記に「正直ちょっと罪が重たすぎるの,
ではないかもと思っています」と記載し,抗告する意向をほのめかして。
。,「。」いたまた今書いている間もすごく不安定でパニックになっています
と記載していた。
(オ)同月21日,医務課長法務技官のf医師がaを診察した際,aは,本
件鑑別所で初めてパニック症状があり,ひどくなると頭をガンガンぶつけ
,,,ていたが実はコンコンという程度であり大したことはしなかったこと
自分としてはパニックの薬がほしいこと,一人の部屋でパニックになった
時には誰かいて話してほしいこと,覚せい剤は,3年前からときどき使用
し,合計300回程度使用したこと,最終の使用が平成19年5月4日で
あること,睡眠及び食欲は良好であること等を述べた。
f医師が,aに対し,自殺企図について確認したところ,aは「今は,
大丈夫」と回答し,f医師はリスパダールの投与中止を指示したが,本件
少年院は,aの自殺等についての「要注意者」への指定を解除することは
なかった。
(カ)aは,6月21日,22日及び23日に,パニックで苦しいなどと訴
え,臨時薬の投与を受けた。
(キ)同月25日午前,aは,e医師に対し,パニック症状が出そうなとき
もあるが,今のところ異常はなく,食欲及び睡眠については良好であり,
便通は普通であると述べ,希死念慮の存在についてはこれを否定した。e
医師は,不穏時服用薬であるヒルナミン及びピレチアの1回あたりの服用
量を,1錠から3錠に増加変更する指示をした。
同日午後0時25分ころ,aは,分類保護担当職員法教官gに対し,抗
告申立書を提出した。
(ク)aは,同日午後1時46分ころ,居室内において,水道の蛇口にベル
トを掛け,座り込むような姿勢で縊頸しているのを,職員によって発見さ
れ,同日午後8時53分,医療法人c会d病院において,死亡した。
21の認定事実を前提として,本件の各争点について判断する。
()争点1(被告職員らの過失の有無)について1
ア少年院に収容中の少年の自殺を防止するために被告が負う責任について
被告は,自殺を予測してこれを防止する適切な方法は現在のところは存
在せず,医師ないしは臨床家は,適切な問診によって,患者に自殺リスク
があるかどうかを把握しておくこと及び自殺企図の徴候が見られたときに
は素早く防止措置を執る準備をしておくことができるにすぎないと主張
し,証人hも,自殺を予防することはできないとして,被告の上記主張に
沿う証言をし,同内容の意見書(乙16)を提出している。
確かに,自殺が自殺者本人の意思によって行われる以上,自殺の危険性
が少しでも存在する者について,あらゆる方法による自殺の一般的可能性
を予見し,これを完全に防止することは不可能であろう。したがって,あ
らゆる方法による自殺について予見し,これを防止すべき義務が被告職員
らにあるものとはいえない。
しかし,具体的事情に基づき,収容中の少年が,ある方法で自殺するこ
とを具体的に予見することができる場合においては,これに対応してその
方法による自殺を防止するために適切な措置を講じることは可能であると
いうべきであり,その場合には,被告職員らについてその防止義務の違反
が認められる余地があるというべきである。
そして,一般的に,被告は,保護処分として送致を受けた少年の矯正教
育のため,少年の行動の自由を制限して少年院に収容しているのであるか
,,,らその反面として少年の生命及び身体の安全を確保すべき義務を負い
その一環として,収容中の少年が自殺を行うことを具体的に予見できた場
合には,これを防止するために適切な措置を講じる義務を負っていると解
される。
イ被告職員らの本件自殺に対する予見可能性の有無について
(ア)aは,本件鑑別所に入所中,ズボンのベルトを首に巻き付けて両手
で引っ張ったり,居室の壁に額を打ち付けたりといった,自らを傷つけ
る行為を継続的に繰り返していたことが認められる。また,aは,ズボ
ンのベルトを首に巻き付けるという行為に出た直後,同鑑別所の職員に
対し,死にたいという気持ちがあると述べており,aのこれらの一連の
行動は,希死念慮の現れであったと認めることができる。
さらに,a自身は,こうした自傷行為について,自分のやったことが
馬鹿馬鹿しくて自分を責め立て,パニック状態になったことによるもの
だと述べていたところ,aは,前記のような自傷行為に及んだ時以外に
も,度々パニック発作を訴えており,aの精神状態は極めて不安定であ
ったことがうかがえる。そして,このことは,本件鑑別所の医師が,a
を妄想性障害,情緒不安定性人格と診断したことによっても裏付けられ
ている。
(イ)前記(ア)に記載した事実については,本件鑑別所が本件少年院に対
して申し送りを行っており,これらの内容について記載した新入生資料
を作成しているのであるから,被告職員らもこれらを認識していたと認
められる。
また,本件少年院に入院後のaを診察したe医師も,aから希死念慮
の存在を直接聞かされ,aの精神状態が不安定であると判断して,aに
対し,本件鑑別所への収容中と同様に,抗精神病剤や抗てんかん剤の投
与を指示しており,このe医師の診察を前提に,本件少年院院長がaを
自殺・自傷・衝動行為につき「要注意者」に指定していたこと,本件少
年院に入院後のaには,鑑別所におけるような具体的な自傷行為の存在
は本件自殺以前には認められないものの,被告職員らに対してパニック
,,,発作を訴えることが複数回あったこと本件自殺の当日にはe医師が
aに対するヒルナミン及びピレチアの投与量を増加指示していることが
認められる。
(ウ)そうすると,被告職員らは,aが本件少年院に入院する直前まで,
不安定な状態の下で具体的な自傷行為に及んでいたことと,aは本件少
年院への入院時にも不安定な精神状態にあり,それが本件自殺当時まで
継続していたこととを認識していたのであるから,aがズボンのベルト
を首に巻きつけ,両手で引っ張るという行動で自傷行為に及んだ5月3
0日から1か月も経過していなかった本件自殺の時点において,aが,
死亡に至りかねない具体的な自傷行為に出ることを予見することが可能
であったというべきである。
(エ)なお,被告は,aが本件鑑別所でズボンのベルトを首に巻き付けて
両手で引っ張るという行為に及んだ際に,職員が声を掛けるとaがすぐ
にベルトを外したこと,aが額を壁に打ち付けた際には,消毒液と絆創
膏で処置を行える程度の負傷しか負っていなかったこと,aの自傷行為
に関し,aの母親である原告が薬が欲しいためのパフォーマンスである
と受け止めていたこと,本件少年院入院直後にaがe医師などに見せた
表情や言動が穏やかであったこと,aがf医師に対し,壁に額を打ち付
けたことについて「実はコンコンという程度であり,大したことはしな
かった」と述べていたこと,自己の少年審判に対する不満から抗告を。
,,申し立てていたことなどからするとaの希死念慮は強いものではなく
本件鑑別所におけるaの自傷行為は,居室から出ることや,職員に話を
聞いてもらったり,相手にしてもらったりすることを求めるためのアピ
ール行為であると評価するのが合理的であり,したがって本件自殺につ
いての予見可能性はなかったと主張している。
しかし,a本人からの聞き取りについては,当時のaの精神状況から
すれば,これを鵜呑みにすべきではないことは当然である。また,原告
は,aの母親であるとはいえ,精神医学の知見に基づいて客観的にaの
精神状況を分析したわけではなく,aの本件鑑別所における自傷行為の
態様を実際に目撃したわけでもないのであるから,原告の認識からaの
行為がパフォーマンスであったと認めることができないのは当然であ
り,被告職員らがこれを重視すべきであるとはいえない。
一方において,本件鑑別所の医師は,aを妄想性障害,情緒不安定性
人格であると診断していたところ,そのようなaが,現にパニック発作
を訴え,額を壁に打ち付けるといった行動を繰り返していたのであるか
ら,aが直ちにベルトを外したことや,その傷の程度が比較的軽微であ
ったことをもって,aの行為を被告の主張するように評価することは相
当ではない。
また,本件少年院入院後のaの表情や言動が穏やかであったというこ
とについても,aが入院初日にe医師に対し,希死念慮の強さを訴え,
その後,6月21日,22日,23日と立て続けに,パニック発作を申
,,,し出ていた状況に照らせば被告職員らは本件鑑別所の見解と同様に
その当時,aは著しい心情不安定の状態にあり,死亡に至りかねない自
傷行為に及ぶ可能性があると考えるべきであったと思われるし,抗告を
申し立てていたことをもって,将来に向けて更生する意欲が旺盛であっ
て,自傷行為に及ぶ可能性はないと考えることも相当ではない。
(オ)よって,被告職員らには,本件自殺に対する予見可能性があったこ
とが認められる。
ウ被告職員らの注意義務違反の有無について
(ア)本件においては,前記イの通り,被告職員らに,本件自殺に対する
予見可能性があったことが認められる。
(イ)これに加えて,被告職員らは,aが,本件鑑別所において,ベルト
を用いて自傷行為に及んでいたこと及びaに貸与したベルトが,縊頸の
方法による自殺に用いることのできる形状をしていることを認識してい
たものと考えられるから,aにベルトの使用を継続させておくことが,
これを用いた自殺を惹起することを認識できたものと認められる。した
がって,被告職員らには,ベルトを用いた縊頸である本件自殺に対する
具体的な予見可能性があったものと認められる。
一方で,被告職員らは,容易にベルトの使用を制限することができた
のであるから,結局,被告職員らは,本件自殺を防止するために,aの
ベルトの使用を制限する義務を負っていたものというべきである。
(ウ)この点に関し,被告は,物品貸与制限のように強制的な制限を行う
ことは,精神疾患の発病要因となり得ることなどから,このような制限
を行うのは,対象者に差し迫った自殺の危険性が認められる場合に限る
と主張している。
しかし,本件少年院職員らが行うべきであった処置は,aの身体を拘
束するといった重大な権利侵害を伴うものではなく,aに対してベルト
の使用を禁止するというものにすぎないのであって,これによりaが被
る権利侵害の程度は比較的軽微であるというべきである。
また,本件鑑別所においては,aに対するベルトの使用制限がなされ
ていたが,この物品制限がaに何らかの悪影響をもたらしたという事実
は認められず,このことは同鑑別所から申し送りを受けていた被告職員
らも認識していたものとみることができる。
そうすると,被告職員らは,aに差し迫った自殺の危険性が認められ
なかったことを理由として,ベルトの使用を制限する義務を免れること
はできないというべきである。
,,,,(エ)なお被告はそもそも自殺の危険が認められる場合であっても
特定の物品を使用した自殺方法に執着があったり,その自殺方法を実行
に移す計画が立てられているなどの事情が認められない限り,当該物品
の制限のみを実施することに意味はないと主張する。
しかし,aに対して,ベルトの使用制限を実施していた場合,およそ
防止措置を講じることが困難な他の手段によってaが自殺を遂げたと認
め得ることを示す証拠は存在しないし,aが一度は本件鑑別所において
実際にベルトを用いた自傷行為に出ている以上,本件自殺は前記(ア)の
とおり予見可能な範囲内の方法によるものであったということができる
から,被告の主張は理由がない。
(オ)よって,被告職員らは,aに対しベルトを貸与しない義務を負って
いたにもかかわらず,aに対し,ベルトの使用を制限することを怠った
と認められる。
エ以上のとおりであるから,被告職員らは,aがベルトを利用して自殺す
,,ることについて具体的に予見することができたにもかかわらずaに対し
,,ベルトの使用を禁止することを怠り漫然とベルトを貸与したものであり
この過失によりaは死亡したものということができる。
()争点()(損害)について22
ア葬儀費用150万円
上記金額をもって相当と認める。
イ死亡逸失利益3564万1639円
基礎収入額を年439万5400円(本件自殺の前年である平成18年
の賃金センサス,中卒・男性・全年齢,労働可能年数を21歳∼67歳)
の46年間(対応するライプニッツ係数は18.0771−1.8594
=16.2177,生活費控除率を50%とすると,死亡逸失利益は,)
439万5400円×16.2177×50%で上記金額となる。
ウ死亡慰謝料1000万円
エ原告固有の慰謝料300万円
原告は,医療少年院において行われる治療に不安を抱きながらも,aの
更生を心から願い,本件少年院に送致されるaを見送ったところ,送致後
わずか5日でaを失うこととなったのであり,その精神的苦痛を慰謝する
に足りる金額は,上記金額とするのが相当である。
ア∼エを合計すると,5014万1639円となる。
オ過失相殺−4262万0393円
aは,自らの決意によって自殺行為に出て,その結果死亡したものであ
るから,損害賠償額の算定にあたっては,8割5分の過失相殺を行うのが
相当である。
カ弁護士費用70万円
上記認定の損害額,本件訴訟の進行等,諸般の事情を考慮し,本件と相
当因果関係を有する損害としての弁護士費用は上記金額と認めるのが相当
である。
キ合計822万1246円
第4結論
よって,原告の請求は,822万1246円及びこれに対する損害発生の日
である平成19年6月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由
がないから棄却し,仮執行の宣言については,相当でないからこれを付さない
こととして,主文のとおり判決する。
京都地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官吉川愼一
裁判官嶋諒髙
裁判官上田卓哉は,転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官吉川愼一

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