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平成18年3月29日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成15年(ワ)第509号損害賠償請求事件
平成17年11月9日口頭弁論終結
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1請求の趣旨
(1)被告は,原告に対し,1142万3350円及びこれに対する平成15
年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)訴訟費用は被告の負担とする。
(3)仮執行宣言
2請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,左足アキレス腱を負傷し,被告が開設するA病院(以下
「被告病院」という。)の救急外来で診察を受けたところ,被告病院の担当医
師が,原告のアキレス腱の縫合手術をすべきであったのに保存的療法を選択し
たなどの過失により,原告の左足アキレス腱が完治せず,得べかりし利益等の
損害が生じたと主張して,被告に対し,診療契約上の債務不履行に基づいて,
損害の一部である1142万3350円及び訴状送達の日の翌日である平成1
5年7月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
支払を求めた事案である。
1前提となる事実
(1)原告は,岐阜県大垣市内において,「B工業」の屋号で,エアコン,厨
房の修理・工事・販売業を営む者である。(弁論の全趣旨)
被告は,岐阜県羽島市内において被告病院を開設している。(当事者間に
争いがない。)
(2)原告は,平成14年11月3日,知人が主催した卓球大会に出場した際,
左足アキレス腱を負傷して救急車で被告病院の救急外来に搬送され,被告病
院に勤務するC医師(以下「C医師」という。)の診察を受けた。(原告本
人)
C医師は,左アキレス腱皮下部分断裂と診断し,原告に対し,ギプス固定
による保存的療法を選択することが可能である旨を述べたところ,原告は,
保存的療法を受けることに合意した。(当事者間に争いがない。)
(3)C医師は,原告の左足をギプスで固定した後,原告の希望により,原告
の自宅の近くにある「D整形外科」のE医師(以下「E医師」という。)に
紹介状(以下「本件紹介状」という。)を書いた。(当事者間に争いがな
い。)
本件紹介状には「傷病名左アキレス腱皮下部分断裂」,「紹介目的今
後followup宜しくお願いします。」,「ギプス固定(保存的治療)可
能と考えています。」などの記載があった。(甲A1)
(4)原告は,同年11月5日,本件紹介状を持参して,D整形外科を訪れた。
(甲A3)
2争点及び当事者の主張
別紙主張整理のとおり。
第3当裁判所の判断
1前提となる事実並びに証拠(括弧内に摘示)及び弁論の全趣旨によれば,次
の事実が認められる。
(1)アC医師は,平成14年11月3日,原告を診察した際,左足アキレス
腱の陥没部分に触れると底部で腱索様のものに触れた。また,原告を腹臥
位の姿勢にして下腿三頭筋を握り,足関節底屈の有無を判断するいわゆる
トンプソンテストを3回行ったところ,その都度,軽度の足関節底屈及び
陥没部分の消失を認めたことから,左足アキレス腱部分断裂と診断した。
(乙A1,4,証人C医師)
イそして,C医師は,原告の職業を聴取し,カルテに「建設業種」と記載
した上,原告に対し,「アキレス腱を糸で縫う手術という方法もあります
し,手術なしでギプス固定治療する方法もあります。手術は,入院の上断
裂したアキレス腱を糸で縫ってつなぎ,ギプス固定をする方法で行いま
す。」と説明したところ,原告は,手術なしでも治るのかなどと質問をし
た。
C医師は,アキレス腱断裂端が接触する場合はそのままの位置でギプス
固定する方法でも繋がりうること,手術の際は腰から下の麻酔をし,手術
後は傷が多少痛むこと,保存的療法を行う場合は,現在アキレス腱はロー
プのほつれたような状態なので,つま先を伸ばした状態でギプス固定すれ
ば,新しい細胞が増殖して,一般的には1か月半ほどでつながるので,後
は気を付けてリハビリを行えば,さらに1か月後くらいには歩けるように
なる,そのころには日常生活は可能になっていることが多い,ギプス固定
をしてから1か月以内にギプスを切開してアキレス腱の状態をみる必要が
ある,特に最初の1か月の理学療法は重要であることなどを説明した。
原告は,「手術せずに,ギプスでも治るならそれがよい。」と答え,保
存的療法をすることに同意した。(乙A1,4,証人C医師,原告本人)
ウその後,C医師は,原告を腹臥位の姿勢にし,左足にギプスを巻いた上,
原告に対し,ギプス固定中に再断裂することもあるので,左足に大きな負
荷をかけないように十分注意するようにと述べた。(証人C医師,原告本
人)
(2)原告は,同年11月5日,本件紹介状を持って「D整形外科」へ行き,
E医師の診察を受けた。E医師は,原告に対し,「手術が必要になる可能性
が大である。」と述べたが,原告は,被告病院で保存的療法が可能であると
言われたのでこのまま様子をみると答えた。(甲A4)
(3)E医師は,同年11月12日及び同月27日,原告のギプスの状態を確
認した上,今の状態なら巻き直す必要はないと述べた。(原告本人)
(4)E医師は,同年12月4日,原告のギプスを取り外して触診した上,原
告に対し,残存している陥没の大きさなどからすると,ギプス,装具等によ
る保存的療法は不可能であり,手術をする必要性が大きい,一日でも早く手
術をすれば普通の手術で足りるが,1,2か月経つと再腱手術をしなければ
ならないことなどを再三にわたり述べた。しかし,原告は,早く仕事に復帰
したいと考えていたため,いまさら手術はしたくなかったこと,また,保存
的療法について分かりやすい説明をしてくれたC医師の診断を信じたいと
思っていたことから,E医師にリハビリを始めるよう依頼して,「D整形外
科」でリハビリ治療を始めた。(甲A4,原告本人)
(5)原告は,平成15年1月6日,E医師の診察を受けた際,「力が入らな
い。」と述べたところ,E医師は手術をした方がよいと述べた。
(6)そこで,原告は,同月8日,F病院の整形外科で診察を受けたところ,
やはり手術をする必要があると言われた。(原告本人)
(7)原告は,同月10日,被告病院でC医師とは別の医師の診察を受けたと
ころ,手術をする必要があると言われた。(甲A2,原告本人)
原告は,同年2月4日,被告病院でC医師の診察を受けた。C医師は,ア
キレス腱がつながっていないため再腱手術をするように勧めたが,原告は,
仕事が忙しいため再腱手術はできないと述べた。(乙A2,証人C,原告本
人)
2争点1(1)(C医師が保存的療法を選択した過失の有無)について
(1)原告は,アキレス腱皮下断裂に対しては手術的療法が優先的に選択され
るべきであり,また,原告が平成14年11月3日に被告病院に搬送された
際,原告の左足アキレス腱は完全断裂の状態であったことから,なおさら手
術的療法が選択されるべきであったのに,C医師は,アキレス腱部分断裂と
誤診し,保存的療法を選択したと主張する。
しかし,甲B1,甲B4及び鑑定の結果によれば,受傷後48時間以内の
新鮮なアキレス腱皮下断裂に対する治療は,手術的療法又は保存的療法のい
ずれも選択可能であり,断裂が完全断裂か部分断裂かによって一方が他方に
優先するものではないことが認められ,この認定に反する証拠はない。
また,前記認定事実1(1)ア記載のとおり,C医師は,平成14年11月
3日に原告を診察した際,左足アキレス腱に陥没を認め,陥没部分に触れる
と底部で腱索様のものに触れたこと,いわゆるトンプソンテストを3回行っ
たところ,その都度,軽度の足関節底屈を認めたこと,以上の事実に検証及
び鑑定の結果を総合すると,平成14年11月3日当時の原告の左足アキレ
ス腱は部分断裂の状態であったと認められる。
したがって,受傷当日に被告病院で診察を受けている新鮮なアキレス腱の
部分断裂例である本件について,C医師が原告の同意を得て保存的療法を選
択したことに過失はなく,原告の主張は理由がない。
(2)アまた,原告は,仮に原告の左足アキレス腱が部分断裂であったとして
も完全断裂に近い状態であったこと,原告がエアコン,厨房の修理・工
事・販売業を営む肉体労働に従事しており,早期に治療を終えて仕事に復
帰する希望を有していたことから,手術的療法を選択すべきであったと主
張する。
イしかし,仮に原告の左足アキレス腱が完全断裂に近い状態であっても,
直ちに手術的療法を選択すべきであったとはいえないことは前記(1)のと
おりである。
そして,証拠(甲B1から5,乙B2,5,7)によれば,保存的療法
及び手術的療法に関し,一般的に次の事実が認められる。
①治療期間について,手術的療法は,手術後4週間から6週間ギプス固
定をする必要があり,手術後5週間から8週間で全荷重歩行を許可する
に至るのに対し,保存的療法は,6週間から8週間ギプス固定をする必
要があり,ギプス除去後4週間で松葉杖なしでの歩行が可能となるに至
る。
②保存的療法のデメリットとして,手術的療法と比較して治療期間が1
か月程度長くなること及び筋力の低下が認められること,メリットとし
て,手術の際の合併症等の危険がないこと及び日常生活やデスクワーク
等の職場へ早期に復帰できることがある。
③スポーツや重労働への復帰は,手術的療法,保存的療法のいずれによ
る場合も6か月程度かかる。
以上の事実を前提に検討すると,アキレス腱皮下断裂に対し,保存的療
法と手術的療法のいずれを選択するかについて,スポーツ選手等で早期に
激しいトレーニングを再開し,筋力低下を防止する必要がある場合などに
は手術的療法を選択するのが望ましいということはできる。しかし,本件
において,原告は早期に激しいトレーニングを再開する必要があるスポー
ツ選手ではなく,また,原告がエアコン設備の工事等の労働に早期に復帰
したいとの希望を有していたとしても,このような労働へ復帰することが
できる程度までの回復に要する期間は,手術的療法と保存的療法でほとん
ど差はないと考えられる。そうすると,原告の職業等を考慮しても,本件
において手術的療法を選択すべきであったとする事情はないというべきで
ある。
ウしたがって,C医師が保存的療法を選択したことに過失があるとは認めら
れず,原告の主張は理由がない。
3争点1(2)(部分断裂か完全断裂かを確認しなかった過失の有無)について
原告は,保存的療法を選択する場合でも,超音波検査を行って部分断裂か完
全断裂かを確認すべきであったと主張する。
しかし,完全断裂か部分断裂かにより手術的療法あるいは保存的療法のいず
れかが優先して選択される関係にないことは,前記2(1)記載のとおりである。
また,証拠(甲B1,4,5,乙B5)によれば,保存的療法においては,足
関節を底屈させ腱断裂部裂隙を消失させた上ギプス固定することが必要である
と認められるところ,C医師は,受傷当日に原告を診察した際,左足アキレス
腱は底屈位で陥没部分が消失することを認めている(前記認定事実1(1)ア)
ことから,原告の左足アキレス腱断裂は,さらに超音波検査を行うまでもなく,
ギプス固定での癒合が可能と判断できる状態にあったと認められる。
したがって,C医師において,超音波検査等により部分断裂か完全断裂かを
確認すべき義務があったとは認められず,原告の主張は採用できない。
4争点1(3)(ギプス固定方法に関する過失の有無)について
原告は,底屈した状態でアキレス腱の断端がスムーズに癒合するよう,断端
のほつれを戻すなど必要な措置をしてからギプス固定するべきであったと主張
する。
しかし,鑑定の結果によれば,手術時においては腱のほつれをならすことが
できるものの,保存的療法においては断裂端の接触を徒手的に確認するほかな
く,ほつれを直すことは不可能であると認められる。また,前記3記載のとお
り,保存的療法においては,足関節を底屈させ腱断裂部裂隙を消失させた上ギ
プス固定することが必要であるところ,証人C医師の証言によれば,C医師は,
原告の左足関節の底屈によりアキレス腱断裂端が十分接することを確認した位
置でギプス固定していることが認められる。
したがって,C医師が保存的療法に必要な措置を怠って漫然とギプス固定し
た過失は認められず,原告の主張は採用できない。
5争点1(4)(説明義務違反の過失の有無)について
(1)原告は,C医師が原告に対し,保存的療法と手術的療法の長所及び短所,
ギプスの巻き直しの際に断裂端の接触が不良な場合には手術的療法に切り替
える必要があること,アキレス腱皮下断裂の予後として再断裂の危険性があ
ることを説明すべきであったと主張する。
(2)アそこで検討するに,前記2(1)記載のとおり,新鮮なアキレス腱皮下断
裂例では手術的療法と保存的療法のいずれも選択し得るから,医師は患者
に対し,治療方法選択の判断に影響を及ぼす重要な情報について説明する
義務があるというべきである。
しかし,前記1(1)イ記載のとおり,C医師は,原告に対し,「保存的
療法を行う場合は,現在アキレス腱はロープのほつれたような状態なので,
つま先を伸ばした状態でギプス固定すれば,新しい細胞が増殖して,一般
的には1か月半ほどでつながるので,後は気を付けてリハビリを行えば,
さらに1か月後くらいには歩けるようになる,そのころには日常生活は可
能になっていることが多い。」,「ギプス固定中に再断裂することもある
ので,左足に大きな負荷をかけないように十分注意するように。」などと
述べて,保存的療法を選択した場合に予想される治療期間及び再断裂の可
能性について説明しているのであるから,上記説明義務は尽くされている
というべきである。
イ次に,ギプスの巻き直しの際に断裂端の接触が不良な場合には,手術的
療法に切り替える必要があることについては,C医師は原告に説明してい
ない。
しかし,治療行為は病状の変化に対応して進められるものであるから,
本件のように,休日に救急外来として搬送され,一度治療を受けただけで,
その後は別の医療機関で治療を受けていたという患者に対しては,上記の
説明を行うべき法的義務はないというべきである。けだし,上記の説明は,
ギプスの巻き直しの際に断裂端の接触不良を確認した医師が行うべきであ
り,また,それで足りると考えられるからである。
ウしたがって,C医師に説明義務違反があった旨の原告の前記主張は採用
できない。
6以上のとおり,原告主張の過失はいずれも認められないから,その余の争点
について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。よって原告の本件請
求を棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,
主文のとおり判決する。
岐阜地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官林道春
裁判官日比野幹
裁判官久保田優奈

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