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判決言渡平成20年3月31日
平成19年(ネ)第10076号損害賠償請求控訴事件(原審・東京地裁平成1
8年(ワ)第10563号,同第17150号)
口頭弁論終結日平成20年2月18日
判決
控訴人株式会社本田テキスタイル
(一審原告)
被控訴人株式会社シャトル
(一審被告)
被控訴人Y
(一審被告)
上記両名訴訟代理人弁護士池内精一
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して金1000万円及びこれに対する平
成18年8月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人らの負担とする。
4仮執行宣言
第2事案の概要
1本件は,一審原告である控訴人が繊維製品卸売業を営む株式会社であるとこ
ろ,その元従業員兼取締役であった被控訴人Yが,取締役在任中及び退任後に
取締役としての忠実義務(平成17年法律第87号による削除前の商法254
条の3・競業避止義務(同じく264条1項)に反する行為を行い,また控)
訴人の取引先であった被控訴人シャトルはこれに加担した共同不法行為(民法
719条)であると主張して,被控訴人Yに対しては債務不履行又は不法行為
として,被控訴人シャトルに対しては不法行為として,連帯してその損害賠償
金1000万円と遅延損害金の支払を求めた事案である。
2原審の東京地裁は,平成19年8月30日,被控訴人Yについて取締役の忠
実義務違反,競業避止義務違反は認められず,被控訴人シャトルについてもこ
れに加担した共同不法行為責任は認められないとして,一審原告の請求をいず
れも棄却した。そこで,上記判決に不服の控訴人が本件控訴を提起した。
3なお,控訴人は,被控訴人Yの前記行為は不正競争防止法上の「営業秘密」
(不正競争防止法2条1項4号,7号)の不正使用にも該当し,この旨を原審
においても主張していたとする。
第3当事者双方の主張
1当事者双方の主張は,次に付加するほか,略称も含め,原判決の「事実及び
理由」欄の第2「事案の概要等」のとおりであるから,これを引用する。
2控訴人
ア原判決は,以下の事実を適切に認定しておらず,誤りである。
被控訴人Yは,控訴人代表者に退職を申し出る以前から独立の意思を
有しており,平成8年10月には控訴人と競業関係にある有限会社のエ
スツーコミュニケーションの代表取締役に就任し(甲8,また平成9)
年10月ころには控訴人と小鍛冶商事との取引をエスツーコミュニケ
ーションが紹介したものと報告し,仲介料として控訴人から金員を不法
に支払わせて自己の利益とした。
被控訴人Yは,控訴人を平成13年12月28日に退職し,直ちに平
成14年1月1日付けで株式会社のケイアンリミテッドの代表取締役に
就任するなど,事前に準備を整えていた。
被控訴人Yは,控訴人を退職する前日まで被控訴人シャトルの従業員
であったAから借り受けたサンプル入りのかばんを持って営業行為を潜
行し,被控訴人シャトルと控訴人との取引の引継ぎを行わなかった。
被控訴人Yは,控訴人在職中に購入元として担当した被控訴人シャト
ルの生地が納入先であるマキムラの商品製作に適しており,高利潤を生
む重要な営業品目となることを知悉した上,被控訴人シャトル及び株式
会社マキムラを自らの流通経路として取り込もうとする強い意思をもっ
て独立を準備した。
被控訴人Yは,平成13年10月ころマキムラから依頼を受けて被控
訴人シャトルに対して本件サンプル1,2の製作を依頼したがキャンセ
ルされたとしているが,これは,被控訴人Yが独立後の新会社のために
控訴人会社在職中から営業活動を行っていたことの証左である。被控訴
人Yが平成14年3月20日に前記ケイアンリミテッドからマキムラに
対し大量に発注した「品番R210−080737メートル」も,在
職中から行っていた独立後のための営業活動の証左であるといえる。
イまた被控訴人Yの平成13年12月19日付けの手紙(甲34の1)に
よれば,被控訴人Yが在職中から独立意思を有していたことが明らかであ
り,この点からしても原審の事実認定は誤りである。
そもそも,株式会社の取締役が在任中に会社の取引先の奪取を企図して競
業会社の設立準備に関与したことが会社に対する不法行為とされた裁判例や,
取締役が在任中に競業会社の設立準備を行った行為が忠実義務違反に当たる
として解任する行為は不法行為に当たらないとした裁判例等に照らせば,取
締役が競業会社設立の企図をもってなす意思行為そのものが不法行為に当た
るのであり,原判決の判断は誤りである。また被控訴人Yが控訴人在職中に
競業会社の設立準備を行った行為は取締役の忠実義務に違反する行為である。
原判決は,雇用関係終了時の競業避止義務等について,就業規則等に規定
があるか合意した場合を除き職業選択の自由の範囲内であるとした。
しかし,会社の従業員は使用者に対して労働契約上の債務を忠実に履行し,
使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない信義則上の義務を負ってお
り,これは契約書や就業規則に定めがあるかないか否かとは関係がなく,ま
たこのような信義則上の義務は退職後も存続する。
控訴人は,原審においても営業秘密についての主張を行っているが,原判
決はこの点を判断していない。
すなわち,控訴人が主張する営業秘密は,マキムラ等の得意先に対する永
年にわたる控訴人の営業活動により培われた優先的商権である。マキムラ等,
控訴人の取引上重要な得意先は,控訴人の営業活動にとり欠くべからざるも
のであり,被控訴人Yの在職中及び退職後の営業秘密侵害行為は,不法行為
に該当する。
また控訴人においては,社則の服務規律において「業務上の機密事項や,
会社の不利益になる事項を他に洩らさないこと「会社の経営権を尊重し」」
「在籍のまま,許可なく他の職に就かないこと」などを定めて社員の行動規
定を明記し,原審においてもその旨主張していた。これは当審において提出
した甲32〔会社の勤務に関する規定〕からも明らかである。
株式会社サン・ルック(以下「サン・ルック」という)は,同社専務のB
が被控訴人Yと同級生であったことから平成13年1月ころから控訴人と取
引が始まり,その協力で控訴人からセラビへの販売も成功した。サン・ルッ
クと控訴人との取引は被控訴人Yが退社した後途絶したが,被控訴人Yはこ
れら控訴人在職中に得た営業情報により,退職後にセラビから受注し,サン
・ルックの口座を介して納入しているとも考えられる。これも,被控訴人Y
が不正競争防止法上ないし信義則上禁止される退職後の競業行為ないし営業
秘密侵害行為に当たる。
3被控訴人ら
控訴人の主張に対し
被控訴人Yが控訴人から独立してエスツーコミュニケーションの代表者
に就任したことは控訴人代表者も承諾済みであり,小鍛冶商事との取引の件
についても解決済みである(乙5∼7。)
被控訴人Yが控訴人を退職する際には,控訴人会社の社員を同行して引継
ぎをし,また株式会社アルバローザには控訴人代表者を同行して引継ぎをし
ている。
被控訴人Yが衣料関係の仕事を本格的に行ったのは,控訴人会社退職後半
年ほど後からであり,それまでは次世代携帯電話事業との両にらみの状態で,
生活の糧を得るため細々とやっていたにすぎない。
控訴人の主張に対し
控訴人主張の裁判例は何ら本件に当てはまるものではない。被控訴人Yの
行った行為は,控訴人における業務の一環として行ったものである。
控訴人の主張∼に対し
否認ないし争う。なお控訴人は原審(平成19年6月22日の第7回弁論
準備手続期日)において,不正競争防止法に関する主張は撤回している。
第4当裁判所の判断
1当裁判所も,控訴人の被控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由がないと
判断する。その理由は,次の2において説示するほか,原判決記載のとおりで
ある。
2控訴人の主張に対する判断
控訴人は,前記第3,2,ア・イにおいて,原判決の事実認定の誤りを
主張する。
上記主張に沿うかのごとき証拠として,控訴人代表者尋問の結果及び同人
の陳述書(甲5,16,17,23)等があるが,これを否定する当審証人
Aの証言及び同人の陳述書(乙4,同じく被控訴人Y本人尋問の結果及び)
同人の陳述書(乙5)等に照らすと,上記の供述等はただちに措信し難く,
控訴人主張の他の書証を併せ考慮しても,他に控訴人の上記主張を認めるに
足る的確な証拠はない。
次に控訴人は,前記第3,2,において,取締役たる被控訴人Yが競業
会社設立の企図をもってなす意思行為そのものが不法行為に当たる等と主張
するが,これを認めるに足りる証拠がないことは,上記記載のとおりであ
る。控訴人は,被控訴人Yの手紙〔甲34の1〕によれば,被控訴人Yは控
訴に在職中から独立の意思を有していたとするが,仮にそのような事実が認
められるとしても,独立の意思を有すること自体をもって法的に違法という
ことはできず,かつ,被控訴人Yにおいて,忠実義務違反,競業避止義務違
反行為が認められないことは上記のとおりである。
また控訴人は,前記第3,2,において,会社の従業員は使用者に対し
て労働契約上の債務を忠実に履行し,使用者の正当な利益を不当に侵害して
はならない信義則上の義務を負っており,この義務は退職後も存続する等と
主張する。
しかし,被控訴人Yが控訴人会社在職中及び退職後に使用者たる控訴人会
社の利益を侵害する行為をしたことについての的確な証拠がないことは,原
判決及び上記において説示したとおりであり,控訴人の上記主張は採用
することができない(なお,控訴人が当審に至り提出した甲32〔会社の勤
務に関する規定〕にも,退職後の競業を禁止する旨の規定は置かれていな
い。)
アまた控訴人は,原審において営業秘密に関する主張を行っているのに原
判決はこの点を判断していない等と主張する。
本件記録によれば,一審原告たる控訴人は,平成19年6月22日の原
審第7回弁論準備期日において,不正競争防止法の主張は撤回したことが
認められる(原審第7回弁論準備手続調書。なお,甲30〔原告代表者の
平成19年6月22日付け陳述書〕の7頁には「原告は不正競争防止法,
の主張を,判例等を考え取り消し,…」との記載がある)から,原審がこ
の点について判断しないことは何ら違法でないと解されるが,控訴人の上
記主張に鑑み,当審においてその判断を示すこととする。
イ控訴人は,控訴人の得意先に対する優先的商権が営業秘密に該当すると
し,被控訴人Yは,控訴人在職中に取得ないし窃取したこの営業秘密を侵
害するものであり,また信義則上の義務にも反するとも主張する。
しかし,控訴人主張の上記優先的商権なる概念の法律的意味付けは明確
でなく,また本件各証拠によっても,控訴人においてこれら得意先につい
ての情報が秘密として管理されていた事実も認められないし,被控訴人シ
ャトルと控訴人との取引は被控訴人Y退職後の平成14年6月ころまで継
続しており,そのほか原判決認定の事実関係を併せ考慮すると,被控訴人
Yが控訴人の取引先ないし得意先を奪ったものとは認め難く,控訴人の上
記主張は採用することができない。
さらに控訴人は,サン・ルックを通し,被控訴人Yが控訴人在職中に得た
営業情報により退職後にセラビから受注しているとも主張するが,ケイアン
リミテッドないし被控訴人Yがサン・ルックを通してセラビと取引をしてい
るとの事実を認めるべき証拠はなく,またケイアンリミテッドとサン・ルッ
クが取引をするに当たり,被控訴人Yが控訴人の営業秘密ないし信義則上使
用が制限される情報等を使用している事実も証拠上これを認めることはでき
ないから,控訴人の主張は採用することができない。
3結語
以上のとおりであるから,その余について判断するまでもなく,控訴人の本
訴請求はいずれも理由がない。
よってこれと結論を同じくする原判決は相当であるから,本件控訴を棄却す
ることとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官今井弘晃
裁判官田中孝一

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