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平成26年5月27日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成24年(ワ)第28201号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成26年3月18日
判決
東京都中央区<以下略>
原告日本鋳鉄管株式会社
同訴訟代理人弁護士石戸孝則
同訴訟代理人弁理士石橋良規
同補佐人弁理士石川泰男
名古屋市中区<以下略>
被告新東工業株式会社
同訴訟代理人弁護士杉山直人
同補佐人弁理士白銀博
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,2667万円及びこれに対する平成24年10月23
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,被告による鋳鉄の製造設備製品の販売が原告
の特許権の侵害に当たる旨主張して,特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償
を求める訴訟である。
1争いのない事実等(後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事
実を含む。)
(1)当事者
原告は,主にダクタイル鉄管,ダクタイル鋳鉄異形管及びダクタイル鉄蓋
等の開発,製造及び販売等を目的とする株式会社である。
被告は,主に鋳造装置及び表面処理装置等の製造及び販売を目的とする会
社である。
(2)原告の特許権(甲1~3)
ア原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,本件特許権に係る特
許を「本件特許」という。)の特許権者である(本件特許の特許出願の願
書に添付された明細書及び図面につき原告による補正及び訂正(平成24
年2月24日確定)後のものを「本件明細書」という。)。
登録番号特許第3685781号
出願日平成14年11月19日(特願2002-334665
号)
登録日平成17年6月10日
発明の名称ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備
イ本件特許の特許請求の範囲(上記補正及び訂正後のもの)の請求項1の
記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件発明」という。)。
「溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉と,保持炉に貯留されていた
元湯を受ける取鍋と,取鍋内の元湯に黒鉛球状化剤を添加する,ワイヤー
フィーダー法による黒鉛球状化処理装置と,を備えたダクタイル鋳物用溶
融鋳鉄の溶製設備であって,前記保持炉と前記黒鉛球状化処理装置との間
には,取鍋を搭載して自走すると共に搭載した取鍋をその上で移動させる
ための取鍋移動手段を有する搬送台車と,取鍋を移動させる取鍋移送手段
と,が設置されており,前記取鍋は,前記搬送台車と前記取鍋移送手段と
の間を行き来し,吊り上げられることなく,前記搬送台車,前記取鍋移動
手段及び前記取鍋移送手段によって保持炉から黒鉛球状化処理装置へ移動
させられることを特徴とする,ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備。」
ウ本件発明の構成要件を分説すると,次のとおりである(以下,分説した
構成要件を,それぞれ「構成要件A」などという。)。
A溶解炉で溶解された元湯を貯留する保持炉と,保持炉に貯留されてい
た元湯を受ける取鍋と,取鍋内の元湯に黒鉛球状化剤を添加する,ワイ
ヤーフィーダー法による黒鉛球状化処理装置と,を備えたダクタイル鋳
物用溶融鋳鉄の溶製設備であって,
B前記保持炉と前記黒鉛球状化処理装置との間には,取鍋を搭載して自
走すると共に搭載した取鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段を
有する搬送台車と,取鍋を移動させる取鍋移送手段と,が設置されてお
り,
C前記取鍋は,前記搬送台車と前記取鍋移送手段との間を行き来し,吊
り上げられることなく,前記搬送台車,前記取鍋移動手段及び前記取鍋
移送手段によって保持炉から黒鉛球状化処理装置へ移動させられる
Dことを特徴とする,ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備。
(3)被告の行為
被告は,遅くとも平成20年8月頃までに,株式会社コヤマに対し,鋳鉄
の製造設備(以下「被告製品」という。)を販売した(被告製品の構成につ
いては争いがある。)。
2争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は,(1)被告製品の構成及び構成要件A~Cの充足性,(2)無
効理由の有無,(3)原告の損害額であり,争点に関する当事者の主張は,次の
とおりである。
(1)争点1(被告製品の構成及び構成要件A~Cの充足性)について
(原告の主張)
ア被告製品の構成は別紙「被告製品の構成1」記載のとおりである。
イ構成要件Aの充足性
(ア)本件明細書において,「保持炉」は,溶解炉で溶解された元湯を鋳造
設備で鋳造される前に一旦収容する容器であって,温度や成分等を均質
化させるために元湯を加熱することが可能な炉であるとされているこ
と(段落【0004】,【0019】)からすれば,取鍋に受ける元湯
が成分調整されたものであるかが重要となる。したがって,構成要件A
の「保持炉」は,元湯を貯留,滞留させて温度や成分等を均質化させる
成分調整を行う炉を意味し,成分調整と共に溶解を行う炉を含む。
被告製品の高周波誘導炉は,溶解のみならず成分調整を行う炉である
から,構成要件Aの「保持炉」に当たる。
(イ)被告製品は,保持炉である高周波誘導炉と,取鍋と,黒鉛球状化処理
装置を備えたダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備であるから,構成要
件Aを充足する。
ウ構成要件Bの充足性
(ア)「取鍋移動手段」は,搭載した取鍋をその上で移動させる手段である。
被告製品の受湯台は,その上で取鍋を移動させるものであるから,構
成要件Bの「取鍋移動手段」に当たる。
(イ)「取鍋移送手段」は,取鍋を移動させる手段である。
被告製品の取鍋駆動手段は,取鍋を移動させるものであるから,構成
要件Bの「取鍋移送手段」に当たる。
(ウ)被告製品の搬送台車は構成要件Bの「搬送台車」に当たる。
(エ)以上によれば,被告製品は,保持炉である高周波誘導炉と黒鉛球状
化処理装置との間に,取鍋移動手段である受湯台を有する搬送台車と,
取鍋移送手段である取鍋駆動手段が設置されているから,構成要件B
を充足する。
エ構成要件Cの充足性
(ア)「前記取鍋は,前記搬送台車と前記取鍋移送手段との間を行き来」す
るというために,取鍋が搬送台車と取鍋移送手段との間を往復すること
を要するものではなく,保持炉から黒鉛球状化処理装置へと取鍋を移動
させる際の,取鍋移送手段から搬送台車への取鍋の移動又は搬送台車か
ら取鍋移送手段への取鍋の移動のいずれかで足りる。
被告製品の取鍋は,搬送台車(被告の主張する構成における受湯台
搬送台車)から取鍋移送手段(取鍋駆動手段)に移動するものである
から,構成要件Cの「前記取鍋は,前記搬送台車と前記取鍋移送手段
との間を行き来」に当たる。
(イ)以上によれば,被告製品の取鍋は,搬送台車と取鍋移送手段である取
鍋駆動手段との間を行き来し,吊り上げられることなく,搬送台車,取
鍋移動手段である受湯台及び取鍋移送手段である取鍋駆動手段によっ
て保持炉である高周波誘導炉から黒鉛球状化処理装置へ移動させられ
るから,被告製品は構成要件Cを充足する。
オ被告製品は,ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備であるから,構成要
件Dも充足し,本件発明の技術的範囲に属する。
(被告の主張)
ア被告製品の構成は別紙「被告製品の構成2」記載のとおりである。
イ構成要件Aの充足性
(ア)本件特許の特許請求の範囲の請求項1には「溶解炉で溶解された元湯
を貯留する保持炉」と記載されており,別の炉である溶解炉と保持炉を
組み合わせて使用する二重溶解方式を前提としている。
(イ)被告製品の高周波誘導炉は単独溶解方式であり,溶解炉と保持炉が
別々に設けられているわけではないから,構成要件Aの「溶解炉で溶解
された元湯を貯留する保持炉」に当たらない。
ウ構成要件Bの充足性
被告製品の受湯台は搭載した取鍋を受湯のために細かく制御すると共に
取鍋を上下方向及び水平方向に移動させる機能を有するから,「取鍋移動
手段」には当たらない。また,取鍋駆動手段は取鍋を移動させると共に取
鍋を傾動させる機能を有するから,「取鍋移送手段」には当たらない。
エ構成要件Cの充足性
「行き来」とは往復することを意味するから,構成要件Cの「取鍋は,
前記搬送台車と前記取鍋移送手段との間を行き来」するとは,搬送台車と
取鍋移送手段との間で取鍋が往復することを要する。
被告製品の取鍋は,搬送台車から取鍋移送手段への一方方向に移動する
だけであるから,「行き来」に当たらない。
オ以上のとおり,被告製品は本件発明の技術的範囲に属しない。
(2)争点2(無効理由の有無)について
(被告の主張)
本件特許には,以下のとおり,進歩性欠如の無効理由があるので,原告は
本件特許権を行使することができない。
ア無効理由1
(ア)平成9年2月に頒布された刊行物「FOUNDRYTRADEJOURNAL」に掲載
された「METALTREATMENTDirectconversionofcupolameltediron
toductileironusingcoredwire」(乙5)記載の発明(以下「乙5
発明」という。)と本件発明は,本件発明が「保持炉と黒鉛球状化処理
装置との間に,取鍋を搭載して自走すると共に搭載した取鍋をその上で
移動させるための取鍋移動手段を有する搬送台車と,取鍋を移動させる
取鍋移送手段と,が設置されており,取鍋が,搬送台車と取鍋移送手段
との間を行き来し,吊り上げられることなく,搬送台車,取鍋移動手段
及び取鍋移送手段によって保持炉から黒鉛球状化処理装置へ移動させら
れる」のに対し,乙5発明は「取鍋が前炉(保持炉)からコアードワイ
ヤ処理ステーション(ワイヤーフィーダー法による黒鉛球状化処理装置)
まで搬送されることにつき,搬送のための具体的な構造が示されていな
い」点で相違し,本件発明のその余の点については一致する。
(イ)平成9年7月15日に頒布された特開平9-182958号公開特
許公報(乙7。以下「乙7文献」という。)には,本件発明の「取鍋を
搭載して自走すると共に搭載した取鍋をその上で移動させるための取
鍋移動手段を有する搬送台車」と「取鍋を移動させる取鍋移送手段」が
開示されているから,乙5発明に乙7文献を組み合わせることで,上記
相違点に容易に想到することができる。
(ウ)よって,本件特許には,特許法29条2項違反の無効理由がある。
イ無効理由2
(ア)昭和38年に頒布された刊行物「TRANSACTIONSoftheAmericanFou
ndrymen’sSociety」に掲載された「IMPROVEMENTSINPRODUCTIONOF
DUCTILEIRON」(乙8)記載の発明(以下「乙8発明」という。)と
本件発明は,①本件発明が「黒鉛球状化処理装置がワイヤーフィーダ
ー法によるもの」であるのに対し,乙8発明は「黒鉛球状化処理装置が
プランジング法によるもの」である点,②本件発明が「保持炉と黒鉛
球状化処理装置との間には,取鍋を搭載して自走すると共に搭載した取
鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段を有する搬送台車と,取鍋
を移動させる取鍋移送手段と,が設置されており,取鍋は,搬送台車と
取鍋移送手段との間を行き来し,吊り上げられることなく,搬送台車,
取鍋移動手段及び取鍋移送手段によって保持炉から黒鉛球状化処理装
置へ移動させられる」のに対し,乙8発明は「取鍋を搭載して自走する
と共に搭載した取鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段を有す
る搬送台車と取鍋を移動させる取鍋移送手段」が記載されていない点で
相違し,本件発明のその余の点については一致する。
(イ)平成5年10月に頒布された刊行物「FOUNDRYMAN」に掲載された「I
nstallationofaproductionmagnesiumcoredwireinjectionst
ationatVald.BirnUKLtd」(乙9。以下「乙9文献」という。)
には,プランジング法による黒鉛球状化処理装置に代えてコアードワ
イヤ(ワイヤーフィーダー法)による黒鉛球状化処理装置を用いるこ
とが記載され,乙8発明に乙5発明及び/又は乙9文献を組み合わせ
ることにより,上記相違点①に想到することは容易である。
また,乙8発明に乙7文献を組み合わせて上記相違点②に想到する
ことは容易である。
(ウ)よって,本件特許には,特許法29条2項違反の無効理由がある。
(原告の主張)
争う。
(3)争点3(原告の損害額)について
(原告の主張)
ア特許法102条2項による損害2367万円
被告製品の販売金額は少なくとも9000万円であり,利益率は26.
3%を下らない。したがって,本件特許権の侵害による原告の損害は23
67万円と推定される。
イ弁護士・弁理士費用300万円
よって,原告は被告に対し,2667万円及びこれに対する不法行為の後
である平成24年10月23日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法
所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
争う。
第3当裁判所の判断
1争点1(被告製品の構成及び構成要件A~Cの充足性)について
(1)構成要件Aの充足性
ア被告製品の構成には争いがあるが,被告製品において,高周波誘導炉が
フィーダーから投入された原料(材料)を溶解して元湯とし,取鍋が高周
波誘導炉から元湯を受ける構成を有することについては当事者間に争いが
ない(別紙「被告製品の構成1」及び「被告製品の構成2」参照)。原告
は,被告製品の高周波誘導炉が,鉄源原料の溶解と共に,貯留した元湯の
成分調整を行う炉であることを前提に,構成要件Aの「保持炉」は元湯を
貯留して成分調整を行う炉であれば足り,溶解を行う炉と別に設けられた
ものであることを要しないとして,被告製品の高周波誘導炉が「保持炉」
に当たると主張する。これに対し,被告は,「保持炉」は溶解を行う溶解
炉と別に設けられた炉であることを要すると主張するので,「保持炉」の
解釈がまず問題となる。
イそこで検討するに,本件特許の特許請求の範囲には「溶解炉で溶解され
た元湯を貯留する保持炉」と記載されており,その文言上,溶解炉と保持
炉は別のものとされている。これに加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨に
よれば,次の事実が認められる。
(ア)図解鋳造用語辞典(社団法人日本鋳造工学会編。乙2の1及び2。)
には次の記載がある。
a保持炉は,溶解炉で溶解した溶湯を一定の温度に保持し,鋳造機又
は鋳型に注湯するために設置される炉をいう。ときには合金成分の調
整や不純物の除去などを行うこともある。
b溶解炉は,固体金属を熱源で加熱して溶融金属に変える炉をいう。
構造や熱源によって種々の形式の炉があるが,鋳造では鋳鉄にキュポ
ラ,炭素鋼・低合金鋼にエルー式電気弧光炉,高合金鋼に高周波誘導
炉,銅合金・軽合金にるつぼ炉・反射炉が主として用いられてきた。
その後,ばい煙の少ない低周波誘導炉や高周波誘導炉が各種金属に用
いられるようになった。
(イ)本件明細書の発明の詳細な説明には次の趣旨の記載がある(甲1,
3)。
a本件発明の属する技術分野は,ダクタイル鋳物用溶融鋳鉄を溶製す
る設備,詳しくは,溶融状態の鋳鉄を収容した取鍋を,クレーン等で
吊り上げることなく移動させ,溶解炉で溶解された溶融鋳鉄(元湯)
からダクタイル鋳物用溶融鋳鉄を溶製する設備に関するものである。
(段落【0001】)
bダクタイル鋳物は,鉄スクラップを主たる鉄源原料としてキュポラ
又は電気炉によって溶解された元湯に,金属Mg等の黒鉛球状化剤を
添加して,C,Si,Mn,Mgを含有するダクタイル鋳物用溶融鋳
鉄を溶製し,これを遠心鋳造機等の鋳造設備によって鋳造することで
製造される。溶解炉で溶解された元湯をダクタイル鋳物用溶融鋳鉄に
溶製する際には,通常,溶解炉で溶解された元湯を一旦保持炉に装入
し,保持炉で貯留,滞留させて温度や成分等を均質化させた後に保持
炉から所定量の元湯を取鍋に装入し,取鍋内で黒鉛球状化剤を添加す
る,又は取鍋内の元湯を分湯して分湯した元湯に黒鉛球状化剤を添加
した後に元湯と併せることによって黒鉛球状化処理が行われており,
従来技術において,元湯を収容した取鍋及び黒鉛球状化処理が施され
た後の溶湯を収容した取鍋は,クレーンやホイスト等によって吊り上
げられて,保持炉や黒鉛球状化処理装置の間を搬送されている。(段
落【0003】,【0004】)
cこのように,保持炉から黒鉛球状化処理装置を経て,元湯からダク
タイル鋳物用溶融鋳鉄を溶製する際に,溶湯はクレーン等の吊り上げ
手段を有する搬送装置によって搬送されているため,搬送装置を運転
する専用の操作員を必要とすると共に,作業の都度に玉掛け操作員の
指示・合図を必要としており,労働生産性が必ずしも高い作業ではな
く,製造コストを上昇させる要因となるという問題点があった。そこ
で,本件発明は,上記問題点を解決するため,ダクタイル鋳物を製造
する際に,保持炉で貯留,滞留された元湯を取鍋に受け,次いで,ワ
イヤーフィーダー法による黒鉛球状化処理装置に搬送してダクタイル
鋳物用溶融鋳鉄に溶製し,さらに,必要に応じて取鍋内のスラグを除
去するまでの工程において,極めて少ない操作員で,取鍋の移動及び
黒鉛球状化処理を行うことが可能なダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製
設備を提供することを目的とする。(段落【0009】,【0010】)
d上記目的を達成するため,本件発明は,溶解炉で溶解された元湯を
貯留する保持炉と,保持炉に貯留されていた元湯を受ける取鍋と,取
鍋内の元湯に黒鉛球状化剤を添加するワイヤーフィーダー法による黒
鉛球状化処理装置とを備えたダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備で
あって,保持炉と黒鉛球状化処理装置との間には,取鍋を搭載して自
走すると共に搭載した取鍋をその上で移動させるための取鍋移動手段
を有する搬送台車と,取鍋を移動させる取鍋移送手段と,が設置され
ており,取鍋は,搬送台車と取鍋移送手段との間を行き来し,吊り上
げられることなく,搬送台車,取鍋移動手段及び取鍋移送手段によっ
て保持炉から黒鉛球状化処理装置へ移動させられることを特徴とする。
(段落【0011】)
e本件発明の実施形態において,保持炉1とは,キュポラや電気炉等
の溶解炉(図示せず)で溶解された元湯(溶融鋳鉄)を,遠心鋳造機
等の鋳造設備で鋳造される前に一旦収容する容器であり,内壁が耐火
物で構成され,低周波誘導等によって収容された元湯を加熱すること
が可能な炉である。黒鉛球状化処理装置8は,元湯に黒鉛球状化剤を
添加して元湯中の黒鉛を球状化し,元湯からダクタイル鋳物用溶融鋳
鉄を溶製する装置である。実施形態の設備においてダクタイル鋳物用
鋳鉄を溶製する際には,鉄スクラップ等の鉄源とコークス等の炭材と
を原料として,キュポラあるいは電気炉等の溶解炉で元湯(溶融鋳鉄)
を溶解し,必要に応じて脱硫処理して得られた元湯を一旦保持炉1に
収容する。通常,溶解炉と保持炉1との間には,元湯の通過する湯道
(図示せず)が設置され,元湯は連続的にあるいは間欠的に溶解炉か
ら保持炉1に供給され,湯道には脱硫装置が設置されている。(段落
【0019】,【0027】,【0028】及び【図1】)
f本件発明によれば,ダクタイル鋳物を製造する際に,保持炉で貯留,
滞留された元湯を取鍋に受け,次いで,黒鉛球状化処理装置に搬送し
てダクタイル鋳物用溶融鋳鉄に溶製し,さらに,必要に応じて取鍋内
のスラグを除去するまでの工程において,取鍋をクレーン等によって
吊り上げる必要性がないため,ほとんどの作業を自動化することが可
能となり,極めて少ない操作員で一連の作業に対処することが可能と
なる。その結果,省力化及び省力化に伴う生産性の向上が達成され,
工業上有益な効果がもたらされる。(段落【0037】)
ウ以上に基づいて構成要件Aの「保持炉」の意義を検討する。
(ア)本件特許の特許請求の範囲には,保持炉とは「溶解炉で溶解された元
湯を貯留する」(構成要件A)ものであると記載されているところ,前
記イ(ア)の文献の記載によれば,本件発明の属する技術分野においては,
保持炉は「溶解炉で溶解した溶湯を一定の温度に保持し,鋳造機又は鋳
型に注湯するために設置される炉」を,溶解炉は「固体金属を熱源で加
熱して溶融金属に変える炉」を意味するものとして,それぞれ別個の炉
であると認識されていると認められる。そうすると,特許請求の範囲の
文言上,構成要件Aの「保持炉」は,鉄源原料を溶解して溶融金属に変
える溶解炉とは別に設けられ,溶解炉で溶解された元湯を貯留する炉を
意味すると解される。
さらに,本件明細書の発明の詳細な説明を検討すると,①従来技術
において,溶解炉で溶解された元湯をダクタイル鋳物用溶融鋳鉄に溶製
する際には,通常,溶解炉で溶解された元湯を一旦保持炉に装入し,保
持炉で貯留,滞留させて温度や成分等を均質化させた後に保持炉から所
定量の元湯を取鍋に装入し,取鍋は,クレーンやホイスト等によって吊
り上げられて,保持炉と黒鉛球状化処理装置の間を搬送されていたこと,
②本件発明は,従来技術における労働生産性を改善するために,溶解
炉で溶解された元湯を貯留する保持炉と,保持炉に貯留されていた元湯
を受ける取鍋と,ワイヤーフィーダー法による黒鉛球状化装置とを備え
たダクタイル鋳物用溶融鋳鉄の溶製設備において,取鍋が,保持炉から
黒鉛球状化処理装置へ吊り上げられることなく移動されることを特徴と
する構成を採用したものであること,③実施形態において,保持炉は,
キュポラや電気炉等の溶解炉で溶解された元湯(溶融鋳鉄)を一旦収容
する容器で,低周波誘導等によって収容された元湯を加熱することが可
能な炉であり,キュポラあるいは電気炉等の溶解炉で得られた元湯を一
旦保持炉に収容するが,通常,溶解炉と保持炉との間には元湯の通過す
る湯道が設置され,元湯は連続的にあるいは間欠的に溶解炉から保持炉
に供給されることが記載されている。これらの各記載は保持炉と溶解炉
が別の炉であることを示していることが明らかである。
したがって,構成要件Aの「保持炉」は,鉄源原料を溶解して溶融金
属に変える溶解炉とは別に設けられた炉であることを要するものと解す
るのが相当である。
(イ)これに対し,原告は,取鍋に受ける元湯が成分調整されたものであるか
が重要であり,「保持炉」は成分調整の機能を有する炉であれば足りると
主張するが,このような解釈によれば,溶解と成分調整を行う一つの炉が
「溶解炉」にも「保持炉」にも該当することになり,「溶解炉で溶解され
た元湯を貯留する保持炉」との特許請求の範囲の記載と相いれない。また,
本件明細書(甲2,3)を精査しても,一つの炉が「溶解炉」と「保持炉」
を兼ねることを示唆する記載は見当たらない。したがって,原告の主張は
採用できない。
エ被告製品の高周波誘導炉は,前記アのとおり,鉄源原料の溶解を行う炉
であるから,溶解炉と別に設けられ,溶解炉で溶解された元湯を貯留する
炉であるということはできない。したがって,これが貯留した元湯の成分
調整を行うものであるとしても,構成要件Aの「保持炉」に当たるとは認
められない。
(2)以上のとおり,被告製品は,構成要件Aにいう「保持炉」の構成を有して
いないから,本件発明の技術的範囲に属しない。
2結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由
がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官長谷川浩二
裁判官清野正彦
裁判官髙橋彩

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