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裁判例


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○ 主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた判決
一 原告
1 被告法務大臣が昭和五一年七月二三日付で原告に対してした出入国管理令四九
条一項による異議の申出が理由がないとする裁決を取り消す。
2 被告東京入国管理事務所主任審査官が同月二六日付で原告に対してした退去強
制令書発付処分を取り消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら
主文同旨
第二 原告の請求原因
一 原告の地位及び退去強制手続の経過
原告は、昭和二三年一二月一三日東京都昭島市において韓国人父Aと同母Bの三男
として出生し、一七歳の時の昭和四一年一〇月二八日東京地方裁判所において、同
年三月一九日に犯した殺人や窃盗等の罪により、懲役五年以上一〇年以下に処する
旨の判決の言渡しを受けた。右判決は同年一一月一二日に確定し、原告は、松本少
年刑務所の外、横浜、府中及び八王子医療の各刑務所で服役したが、服役中に「日
本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間
の協定」(昭和四〇年条約第二八号。以下「地位協定」という。)一条及び「日本
国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の
協定の実施に伴う出入国管理特別法」(以下「特別法」という。)一条に定める永
住許可の申請を行い、昭和四三年五月二九日その許可を受けた。
その後、原告は、府中刑務所に服役中の昭和五〇年六月二三日東京入国管理事務所
(以下「東京入管」という。)入国審査官から特別法六条一項六号所定の退去強制
事由に該当するとの認定を受け、更に昭和五一年六月一〇日東京入管特別審理官か
ら右認定に誤りがないとの判定を受けたので、被告法務大臣に対し特別法七条、出
入国管理令(以下「令」という。)四九条一項による異議の申出をしたが被告法務
大臣は昭和五一年七月二三日右異議の申出が理由がないとする裁決(以下「本件裁
決」という。)をし、被告東京入国管理事務所主任審査官(以下「被告主任審査
官」という。)は同月二六日原告に対しその旨の通知及び退去強制令書発付処分
(以下「本件退令処分」という。)をした。
二 しかし、本件裁決及び本件退令処分は左のとおり違法である。
1 違法性その1(国籍誤認)
朝鮮人は明治四三年の韓国併合に関する条約(いわゆる日韓併合条約)により日本
国籍を取得しており、日本が今次大戦に敗れた後もその法的地位に変化はなかつ
た。その後昭和二七年四月二八日に「日本国との平和条約」(以下「平和条約」と
いう。)が発効し、同条約二条(a)項は、「日本国は、朝鮮の独立を承認して、
済州島、巨文鳥及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放
棄する。」と規定しているが、同条約に朝鮮が当事者として参加していないことや
同条約に国籍に関する条項が見当たらないことに照らすと、右規定は、日本が朝鮮
の領域を喪失することを定めたものであつて、この規定から在日朝鮮人が当然かつ
自動的に日本国籍を喪失するものと解することはできない。もとより、右規定は、
朝鮮の独立を承認したものであつて、在日朝鮮人は、日本国籍を離脱する権利を取
得したものというべきであるが、当然に日本国籍を喪失するものではない。すなわ
ち、在日朝鮮人は、平和条約発効により、自己の意思で、日本国籍を維持保有する
ことも離脱することもできたものと解するべきである。この点につき、昭和二七年
四月一九日付民事甲第四三八号法務府民事局長通達(以下「法務府民事局長通達」
という。)は、右と異なり、平和条約の発効に伴い朝鮮人は内地に在住している者
を含めてすべて日本国籍を喪失するとしているが、これは、平和条約の解釈を誤
り、前述のとおりの状況にあつた在日朝鮮人の国籍選択権を不当に奪うものであつ
て、世界人権宣言一五条、日本国憲法一〇条、一一条、一三条、一四条、二二条二
項、二四条に違反し無効である。
原告は、昭和二三年一二月日本国籍を有する朝鮮人を両親として日本において出生
し、出生により日本国籍を取得し、その後日本で成長し、将来も日本に定住する意
思を有しているものであり、協定永住許可の申請はその意思の表明である。したが
つて、原告のような生活歴と意思を有する在日朝鮮人は、これを日本国籍を有して
いる者として取り扱うべきであり、外国人として退去強制処分の対象とすることは
許されない。
2 違法性その2(特別理由不存在)
仮に、平和条約の解釈に関する前記の法務府民事局長通達及びこれと同趣旨の最高
裁判所昭和三六年四月五日大法廷判決(民集一五巻四号六五七頁)を是認する外な
いとしても、前述のような問題点があることに変わりはなく、右取扱は、それによ
り日本国籍を当然に喪失するとされた在日朝鮮人が、日本の植民地政策により強制
的に日本へ連行されて定住を余儀なくされ、本国における生活の基盤を失つた人々
及びその子孫である、という事実を忘れたものであるとの非難を免れない。そこ
で、右問題点を解消することが要請され、その結果日韓両国の間に成立したのが、
「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約」(昭和四〇年条約第二五号。
以下「日韓条約」という。)及び地位協定であり、また、地位協定を国内法化する
ために制定されたのが特別法である。したがつて、地位協定一条及び特別法一条に
よる永住許可を受けた者(以下「協定永住権者」という。)を退去強制するには、
形式的に特別法六条一項各号所定のいずれかの事由が存在するというだけでは足り
ず、歴史的かつ社会的にみて事実上日本国民と変わらぬ絆を有しているにもかかわ
らず、国籍選択権を与えられないまま一方的に日本国籍を奪われることとなつた事
情にある者を、あえて家族から切り離して韓国に送還すべき特別の理由が存在する
ことを行政当局において積極的に立証しなければならない。
ところが、本件において、被告らはそのような特別理由を一切明らかにしていない
から、原告に対し退去強制手続を進めることは許されない。
3 違法性その3(合意議事録違反)
地位協定は、永住許可の制度を設け、三条において協定永住権者に対する退去強制
事由としての刑罰を一般の外国人の場合に比べて限定しているものの、だからとい
つて、既に右所定の刑の執行を終えた協定永住権者に対し重ねて社会的極刑といわ
れる退去強制処分をすることが当然に許されることになるわけのものではなく、こ
の点をめぐつて日韓両国が協議を重ねた結果、「日本国に居住する大韓民国国民の
法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定についての合意された議
事録」(昭和四〇年六月二二日付。以下「合意議事録」という。)の三条関係2が
設けられた。その内容は、地位協定三条(c)の麻薬関係犯罪で三年以上の懲役又
は禁錮の実刑に処せられた者及び麻薬関係犯罪で三回以上刑に処せられた者、又は
同条(d)の無期又は七年を超える懲役又は禁錮に処せられた者であつても、「日
本国からの退去を強制しようとする場合には、人道的見地からその者の家族構成そ
の他の事情について考慮を払う。」というものであり、右の考慮により退去強制を
することが妥当でない法判断するときは、これをしないということを了解したもの
であるが、退去強制をしない場合としては、退去強制手続自体を進めない場合とそ
の執行だけはせずに在留特別許可を与える場合の二つがある。すなわち、退去強制
手続が開始され、入国審査官による退去強制事由に該当するとの認定がなされる
と、協定永住許可が失効することになるが、前者は、このように協定永住権を奪う
こととなる退去強制手続自体を進めないということであり、後者は、協定永住許可
の失効は避けられないものの、在留特別許可により退去強制を免れさせるというも
のである。そして、後者の在留特別許可の制度は令に明定されており、合意議事録
をまつまでもないことからすれば、右合意議事録三条関係2は、単に法務大臣の在
留特別許可の運用を促すにとどまらず、協定永住権そのものを奪うことなく、これ
を存続させることにより在留を認めることを主眼としたものというベきである。し
たがつて、入国審査官等は、地位協定三条(c)又は(d)に該当する事実の有無
だけでなく、協定永住権者からその地位を奪うことが実質的に妥当であるか否かを
判断した後にはじめて退去強制手続を進めることができるものといわなければなら
ない。
ところが、本件退去強制手続は、単に特別法六条一項六号に該当するとして自動的
機械的に進められ、右に述べた実質的妥当性の有無の判断を全く欠落しているか
ら、本件裁決及び本件退令処分は右合意議事録の定めに違反し違法である。
4 違法性その4(特別法適用の誤り)
(一) 少年に対する刑事処分は特別法六条一項六号の退去強制事由とならない。
一般の外国人に対する退去強制事由を定める令二四条は、成人として刑事処分を受
けた者と少年として刑事処分を受けた者とを区別し、前者につきその四号リにおい
て、無期又は一年を超える懲役又は禁錮に処せられた者(但し、執行猶予の言渡を
受けた者を除く。)と定める外、後者につき同号トにおいて、少年法に規定する少
年で長期三年を超える懲役又は禁錮に処せられたものと定めている。ところが、協
定永住権者の退去強制事由を定める特別法六条一項は、その六号において、無期又
は七年を超える懲役又は禁錮に処せられた者と定めるだけで、令二四条四号リ、ト
のように成人と少年について別個の規定を設けていない。しかし、合意議事録三条
関係2の人道条項にみられる精神、地位協定成立に至るまでの日韓両国の交渉経
過、殊に第六次日韓会談第二次政治会談予備折衝第七回法的地位関係会議において
日本側が少年に対しては七年を超える懲役又は禁錮が科されても退去強制はしない
旨提案していたこと(甲第二七号証の七の三九八頁)並びに心身ともに未成熟な少
年の健全な育成と保護を目的とする少年法の精神に照らすと、特別法六条一項六号
の規定があるだけで、他に同項に令二四条四号トに対応するような少年として刑事
処分を受けた者についての定めがないのは、少年に対する刑事処分を特別法六条一
項六号の規定の適用対象から除外するという趣旨であると解するべきである。この
ように解さなければ、特別法は、少年を成人と同列に論じ、令に比べて相対的に少
年に厳しい扱いをしたことになる。したがつて、少年として刑事処分を受け、その
刑の執行を受け終わつた原告を、特別法六条一項六号所定の退去強制事由に該当す
るとして、家族の保護監督下に置かずに言葉も話せず身寄りもない韓国の地へ追い
やることは、特別法の立法趣旨を踏みにじるものであつて許されない。
(二) 仮に、特別法六条一項六号が少年の刑事処分をも対象とするものであると
しても、同号にいう「七年をこえる懲役又は禁錮」とは、不定期刑の場合は短期が
七年を超える場合のことをいうものであり、短期五年に処せられた原告は右条項に
該当しない。
特別法六条一項六号は不定期刑の場合に長期と短期のいずれを基準としてこれを適
用すべきかについて何も定めていないから、このような場合は、少年の健全な育成
を期する少年法の目的に照らし、将来の人格形成に資するような温情味のある解釈
をするのが合意議事録三条関係2の人道条項の要請に合致すること、また、少年法
五八条三号が不定期刑については短期の三分の一の経過を仮出獄の要件とし、犯罪
者予防更生法四八条が不定期刑の言渡を受けた者につき仮出獄中にその刑の短期が
経過した場合に刑の執行を終了したものとできると定めている点に照らすと、不定
期刑においては短期が本来の刑であつて、短期を超えて長期に至るまでの期間は教
育刑的思想に基づく一種の保護処分的意味をもつものと考えられること等からすれ
ば、不定期刑に特別法六条一項六号を適用するに当たつてはその短期を基準とすべ
きである。
したがつて、短期五年に処せられた原告を無期又は七年を超える懲役又は禁錮に処
せられた者に該当するとした本件裁決及び本件退令処分は違法である。
(三) 更に、既に特別法六条一項六号の退去強制事由のある者に対して協定永住
許可を付与した場合には、もはやこの者に対して退去強制処分をすることは許され
ないというべきである。
原告は、昭和四一年一〇月二八日に五年以上一〇年以下の懲役に処せられ、令二四
条四号トのみならず、被告の主張によれば特別法六条一項六号にも該当する者であ
つたが、それにもかかわらず、服役中に刑務所の勧奨によつて協定永住許可の申請
を行い、その許可を受けたのである。これは、日本国政府が、原告の置かれた境遇
を理解し、地位協定前文及び合意議事録三条関係2の趣旨に則り、原告に対し右刑
事処分を理由に退去強制処分をすることはないとの国家意思を表明したことを意味
する。そうでないとすると、原告に対し糠喜びを与えるだけで、先に協定永住許可
申請を勧奨してその許可をしたことと矛盾するからである。したがつて、その後に
なつて原告に対し退去強制処分をすることはもはや許されない。
5 違法性その5(裁量権濫用)
特別法七条は令を準用しており、特別法による協定永住権者の退去強制についても
令五〇条による在留特別許可をすべきかどうかが判断されるべきところ、本件にお
ける被告法務大臣の右判断には左のとおり裁量権の濫用がある。
(一) 原告は、一で述べたとおり日本で生まれ日本で成長したものであり、また
韓国語は理解できない。更に、原告は韓国には身寄りがない。すなわち、原告の父
は、明治三六年朝鮮で生まれ、大正一三年に来日し、焼物工、土工等に従事した
後、昭和三三年から東京都福生市において自動車洗車業を営んでいたもので、その
間昭和一四年に、自己と同様に朝鮮で生まれた後に来日していたBと結婚し、同女
との間に三男三女をもうけたが、昭和四九年に交通事故が原因で死亡した。原告の
母は夫死亡後アパート業を経営している。原告の長兄は韓国女性と結婚し立川市で
運送業を営み、次兄は日本女性と結婚し福生市に住んで自動車整備業を営んでい
る。原告の長姉は焼肉屋を経営する韓国人と結婚して東京都文京区に住み、次姉は
福生市に住み美容院を経営し、妹は結婚して福生市に住んでいる。
(二) 原告が懲役五年以上一〇年以下に処せられる原因となつた非行は、飲食店
において友人が被害者とけんかとなつたためにこれを助けようとして思わず行き過
ぎの殺人という結果を生んでしまつたものである。原告は当初は興奮した友人をな
だめていためであつて、けんかの主役は友人の方であり、致死の原因となつた刺傷
行為も友人にリードされて思わずなされたものである。また、原告は犯行後罪を悔
いて警察に出頭しており、犯情は必ずしも重くない。
原告の非行は中学二年の頃に始まり、やがて傷害事件により赤城少年院に送致さ
れ、同少年院を仮退院後まもなく引き起こしたのが右殺人事件であつた。しかし、
これらの非行は、思春期特有の不安な心情に朝鮮人としての被差別感やこれに対す
る反発感情が加わり、更には住居のある米軍基地周辺が朝鮮戦争を頂点に歓楽街と
化して道徳が退廃したこと等が影響したものであつた。原告は、服役期間中に深く
反省し、中国古典等の勉強に精を出し、刑を服し終えた現在は事務作業に従事して
落ち着いた市民生活を営んでいるのである。のみならず、原告は服役後に被害者の
母を訪ねて被害者への供養を続けており、その真剣さに感じ入つた被害者の母は原
告が引き続き日本に居住し被害者の供養をしてくれるように訴えている。
(三) なお、原告は、服役中の昭和四六年七月二六日横浜刑務所内で看守に対し
て傷害を負わせたことがあるが、これはその頃に発病していた拘禁性ノイローゼに
よるものであり、原告の悪性の徴表ではない。むしろ、このような病状にあつた原
告に対して適切な治療を施さなかつた刑務所側に重大な過失があるというべきであ
る。原告は右拘禁性精神病の治療のために現在でも月一回程度通院中であるが、こ
の種の病気を完治するには薬物療法の外に家族に囲まれた安らぎの場を得ることが
必要であり、強制送還を執行すれば病勢が一気に昂進する可能牲が強い。
(四) 以上の諸事情を総合すると、刑事責任を果たし終えた原告に対して重ねて
退去強制処分をすることは、裁量権を逸脱した反人道的措置であるといわざるを得
ない。
国際法上、外国人を追放するにはその国の公序と安全に対してその外国人の存在が
重大な脅威を与えるといつた事情がなくてはならないとされ、また、一九五一年
(昭和二六年)一一月の国際赤十字第一九回国際会議では戦争内乱その他政治的な
紛争で生じた離散家族を再会させる決議が採択されており、本件裁決及び本件退令
処分は、このような国際慣行や世界人権宣言九条、一三条、一六条に反し、また憲
法二二条の精神や日韓条約前文及び合意議事録三条関係2の趣旨に背き、更に少年
法の精神を無視するものであつて、取り消されるべきである。
第三 請求原因に対する被告らの認否
一 請求原因一は認める。なお、原告が懲役五年以上一〇年以下に処せられること
となつた事件は、後記第四の三の1のとおり殺人、窃盗、傷害及び外国人登録法違
反である。
二 同二の1ないし5の主張の趣旨は争う。但し、5の(二)のうち、原告が赤城
少年院に送致されたこと、5の(三)のうち、原告が昭和四六年七月二六日横浜刑
務所内で看守に対して傷害を負わせたことは認める。
第四 被告らの主張
本件裁決及び本件退令処分は左のとおり適法であり、これを違法という原告の主張
は理由がない。
一 原告が日本国籍を喪失していることについて
原告は、昭和二三年一二月一三日東京都昭島市において朝鮮人を両親として出生
し、昭和二七年四月二八日平和条約の発効に伴い日本国籍を喪失したものである。
平和条約二条(a)項は、朝鮮の独立を承認すると定めており、独立を承認すると
いう以上、本来朝鮮に属すべき領土及び人民のすべてにつき、日本国からの分離独
立を承認するのでなければ意味をなさないから、右条項に基づき、朝鮮に属すべき
人のすべてが在日在外の別なく日本国籍を喪失したものと解するべきことは当然で
ある。法務府民事局長通達は、朝鮮人の日本国籍喪失の根拠となるものではなく、
単に平和条約の発効に伴う国籍及び戸籍事務の処理方針を明らかにするために発せ
られたものにすぎず、原告の主張は平和条約二条(a)項の解釈を誤つたものであ
る。
したがつて、原告を日本国籍を喪失した外国人と扱うことに何ら違法はない。
二 合意議事録三条関係の解釈について
合意議事録三条関係3においては、「大韓民国政府は、同条の規定により日本国か
らの退去を強制されることとなつた者について、日本国政府の要請に従い、その者
の引取りについて協力する。」と定められており、合意議事録は、日本国政府が協
定永住権者に対しても退去強制手続をとり得ること、また右手続を進めるに当た
り、人道的見地からその者の家族構成その他の事情について考慮を払つた上、なお
かつ、退去を強制する場合があることを当然に予定しているのである。
なお、原告は、入国審査官等に退去強制事由の該当性のみならず退去強制をするこ
とが実質的に妥当でないか否かの判断権までがあると主張するようであるが、そも
そも入国審査官等には法令上右のような実質的判断を行う権限を与えられていない
のである。
三 特別法の適用について
1 原告は、少年時の昭和四一年三月一九日飲食店において相客とけんかをし、所
携のくり小刀でこれを突き刺して死亡させた外、同年二月三日から同年三月二三日
までの間仲間と共謀して前後二二回にわたり普通乗用車等八四点時価合計約五三七
万円の金品を窃取し、同年三月七日他人に暴行を加えて加療約一〇日間を要する傷
害を負わせ、同年二月初め頃外国人登録証明書を紛失したのを知つたにもかかわら
ず所定期間内にその再交付を申請せず、同年一〇月二八日東京地方裁判所におい
て、右殺人、窃盗、傷害及び外国人登録法違反の罪により懲役五年以上一〇年以下
に処する旨の判決の言渡しを受けた。右判決は同年一一月一二日確定し、原告は松
本少年刑務所の外、横浜、府中及び八王子医療の各刑務所で服役した。
東京入管入国警備官は、昭和四一年一二月一〇日松本少年刑務所長からの通報によ
り原告に令所定の退去強制事由に該当する容疑があることを知り、違反調査に着手
したところ、原告は法務大臣に対し特別法一条の協定永住許可の申請をして昭和四
三年五月二九日その許可を受けた。なお、協定永住許可は、一定の資格要件さえ満
たせば当然に付与されるもので、令所定の退去強制事由が認められる場合であつて
も不許可とはならないのである。そこで、東京入管は、改めて、令ではなく特別法
所定の退去強制事由の容疑について違反調査を開始したところ、原告は、長期一〇
年の懲役刑に処せられており、特別法六条一項六号所定の無期又は七年を超える懲
役又は禁錮に処せられた者に該当していたので、請求原因一後段の経過をたどつて
本件裁決及び本件退令処分がなされたものである。
2 原告は、少年に対する刑事処分は特別法六条一項六号の退去強制事由とならな
いと主張するが、右規定は、左のとおり、成人だけでなく少年に対する刑事処分を
も退去強制事由としているものである。
特別法六条は、地位協定三条を国内法化したものであり、協定永住権者に対する退
去強制事由を一般の外国人の場合に比べて著しく限定している。すなわち、これ
を、いわゆる刑罰法令違反による退去強制事由についてみれば、一般の外国人にお
いては、無期又は一年を超える懲役又は禁錮に処せられた者(令二四条四号リ)及
び少年法に規定する少年で長期三年を超える懲役又は禁錮に処せられたもの(同号
ト)が退去強制の対象となるのに対し、協定永住権者の場合は、無期又は七年を超
える懲役又は禁錮に処せられた者(特別法六条一項六号)に限定されている。した
がつて、特別法は、少年として七年を超える懲役又は禁錮に処せられたような者に
ついてはこれを成人として刑事処分を受けた者と区別して更に特別扱いをする必要
がないとしただけであり、少年に対する刑事処分を退去強制事由としないというこ
とではないのである。
また、令二四条四号リが「ヘからチまでに規定する者を除く外」と定めて、ヘ、ト
及びチを特に除外していることからすると、リは、元来トの場合も含むもので、い
わゆる刑罰法令違反による退去強制事由についての一般規定であると解される。そ
うすると、特別法において、右の令二四条四号リに相当す存特別法六条一項六号
は、特別法中の一般規定であり、他に格別の規定がない以上、成人に限らず少年も
当然に対象としていると解するべきである。
更に、少年であつても少年法五一条により無期又は七年以上の定期刑に処せられる
ことがあり、この場合は当然に特別法六条一項六号が適用されて然るべきである。
そうすると、均衡上、当然のことながら、少年として不定期刑に処せられた者に対
しても右条項の適用があるというべきである。
3 次に、少年として不定期刑に処せられた者について特別法六条一項六号を適用
するに際しては、左のとおり長期の刑を基準とするべきである。
特別法六条一項六号は不定期刑の場合に長期と短期のいずれを基準とすべきかを明
定していないが、協定永住権者でない外国人少年の場合を定めた令二四条四号トは
長期を基準とすべき旨を明定しており、特段の事情がない限り特別法の場合にも同
様に解するのが相当である。元来、退去強制制度は自国の安全と秩序を守るための
ものであるから、いかなる刑罰法令違反について退去強制をすべきかは、原則とし
て、悪質事犯か否かという客観的基準によつて決すべきであり、しかも、退去強制
は刑罰ではないから、そのように解しても格別の問題はないところ、刑の現実の執
行の可能性及び刑事学上の見地に照らすと、犯罪の悪質性ないし重大性の程度を示
すのは、短期ではなく長期であるから、右のように不定期刑における退去強制事由
の基準は長期に求めるべきなのである。
原告は短期を基準とすべきであると主張するが、不定期刑における短期は少年特有
の可塑性、教育可能性に着眼した特別のものであるから、これを退去強制事由の判
定基準とすることは相当でない。のみならず、少年法五二条一項但書及び同条二項
によれば短期五年を超える不定期刑が言い渡されることはあり得ないから、短期を
基準とすれば、七年を超える懲役又は禁錮に処せられた場合を定めている特別法六
条一項六号に該当する余地はおよそあり得ず、結果的にはその適用を許さないとし
たことと変わりがないという不都合が生じるので、右見解はその点からも是認でき
ない。
4 以上のとおり、原告は特別法六条一項六号に該当するのであり、本件裁決及び
本件退令処分に特別法を誤つて適用した違法はない。
四 裁量権の濫用がないことについて
1 令所定の退去強制手続における入国審査官の認定、特別審理官の判定及び法務
大臣の裁決は、特別法六条一項各号の一に該当する疑いがあるとして入国警備官か
ら引き渡された容疑者につき、右各号の一に該当する事由があるか否かということ
のみを判断することとされており、事案の軽重その他容疑者の個人的事情等につい
て裁量を行う余地はなく、また、主任審査官は、右一連の手続が確定したときは退
去強制令書を発付しなければならないとされている。以上から明らかなとおり、法
務大臣の裁決及び主任審査官の退去強制令書発付処分は裁量行為ではないから、本
件裁決及び本件退令処分に裁量権濫用の違法が生じる余地はない。
2 仮に、右主張が理由がないとしても、被告法務大臣の本件裁決は左のとおり裁
量権を濫用したものではない。
元来、在留特別許可は、異議申出人の個人的事情のみならず、国際情勢や外交政策
等一切の事情を総合的に考慮した上決定する恩恵的措置であつて、その裁量の範囲
は極めて広いものである。原告は、国際赤十字第一九回国際会議決議、世界人権宣
言、憲法二二条、日韓条約前文、合意議事録三条関係2等が右裁量判断に際して特
別の要請をすると主張するが、原告主張の国際会議決議及び世界人権宣言も未だ法
的拘束力を有するものではないし、憲法二二条自体も外国人の在留の自由を保障し
ているわけではなく、また、日韓条約前文の趣旨は既に特別法の法文中に盛り込ま
れているし、合意議事録三条関係2の趣旨は、令五〇条による在留特別許可をすべ
きか否かの判断に際して考慮すべき事情の一端を具体的に示したもので、当然の事
理を定めたものにすぎず、それ以外の諸要素をも考慮して判断することを禁じると
いうものではない。
原告は、本件裁決当時既に二七歳に達した独身男子であり、親族の援助がなくても
本国で生活困難に陥るとは考えられないが、原告の送還後も、親族が送金し又は再
入国許可を受けて原告を訪問することも可能である。なお、原告は昭和三九年以来
家出や服役によりほとんど家族と生活を共にしていないことに留意すべきである。
また、原告の犯した罪は、その内容や少年時代の非行歴からみて、単なる過ちとか
出来心による事件ということはできない悪質なものである。すなわち、原告は、中
学在学中から不良行為や家出で補導され、更に、東京家庭裁判所八王子支部におい
て、昭和三八年六月二七日には窃盗と外国人登録法違反で審判不開始、同年九月二
〇日窃盗により保護観察に付され、昭和三九年一月頃からは暴力団住吉会系田中組
に加入し、同年四月二四日右八王子支部において傷害により少年院送致決定を受け
た。しかし、原告は、矯正効果が認められず、少年院仮退院後半年足らずで本件退
去強制処分の原因となつた殺人等の罪を犯すに及んだものである。しかも、右殺人
は、ささいなことから一般人を殺害したもので、裁判所も犯情極めて悪質と認めて
当時一七歳であつた原告に対し最高限度の不定期刑に処したのであつた。のみなら
ず、原告は、服役中も反省の念は見えず、かえつて横浜刑務所の看守に暴行を加え
て更に懲役四月に処せられ、また、結局のところ仮出獄を許可されることなく長期
一〇年を服役しているのである。
冒頭の見地に立つて、右のとおりの原告の生活能力、経歴、犯罪内容及び矯正結果
等の事情を考慮すると、被告法務大臣が原告に対して在留特別許可を付与しなかつ
たのは当然であり、この点に裁量権濫用の違法はない。
第五 証 拠(省略)
○ 理由
一 原告の地位及び本件退去強制手続の経過に関する請求原因一の事実は当事者間
に争いがない。そして、成立に争いのない乙第三号証(判決謄本)によると、原告
は、殺人、窃盗、傷害及び外国人登録法違反の罪で少年時の昭和四一年一〇月二八
日懲役五年以上一〇年以下の判決を受けたこと、右殺人の罪は、原告が一七歳の時
の同年三月一九日午前二時頃友人のCと飲食店に立ち寄つた際相客のDと視線があ
つたことなどからけんかとなり、CがDと殴り合い蹴り合いを始め、原告もこれに
加わつて所携のくり小刀でDの左肩口付近を一回突き刺して傷害を与え、更に、C
がその場から逃げようとするDの着衣を掴みながら「刺しちやえ、刺しちやえ」と
叫んだところ、原告は右小刀でDの左背部を一回力一杯突き刺し、まもなくDを心
臓に達する左背面刺創に基づく失血により死亡させたというものであり、原告は右
行為につき未必の故意による殺人、Cは傷害致死の各責任を負わされたこと、ま
た、右窃盗の罪は、原告が同年二月三日から同年三月二三日までの間に仲間と共謀
して前後二二回にわたり普通乗用車等八四点時価合計約五三七万円の金品を窃取し
たというものであること、右傷害の罪は、原告が同年三月七日他人に暴行を加えて
加療約一〇日間を要する傷害を負わせたというものであること、更に、右外国人登
録法違反の罪は、原告が同年二月初め頃外国人登録証明書を紛失したのを知つたに
もかかわらず所定の期間内にその再交付申請をしないでそのまま本邦に在留したと
いうものであることが認められる。
そこで、右のように原告が懲役五年以上一〇年以下の刑に処せられたことをもつて
特別法六条一項六号に該当するとしてなされた本件裁決及び本件退令処分に原告主
張の違法事由があるか否かを順次検討する。
二 日本国籍を喪失していないとの主張について
原告は、そもそも原告が日本国籍を喪失していないので、原告を退去強制の対象と
すること自体が許されないと主張する。
原告が昭和二三年一二月一三日東京都昭島市において朝鮮人父Aと同母Bの三男と
して生まれたことは前記一のとおりである。ところで、明治四三年の韓国併合に関
する条約により朝鮮人は日本国籍を取得するに至つたので、原告の両親は原告出生
当時日本国籍を有し、原告は出生により日本国籍を取得したものである。ところ
が、今次大戦後の昭和二七年四月二八日に発効した平和条約は、二条(a)項にお
いて、「日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文鳥及び欝陵島を含む朝鮮
に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」と規定しており、日本は、
平和条約の右条項により、朝鮮の独立を承認し、朝鮮に属すべき人に対する主権を
放棄し、その日本国籍を喪失させることになつたものである(最高裁判所昭和三六
年四月五日大法廷判決民集一五巻四号六五七頁参照)。原告は、右条項は日本が朝
鮮の領域を喪失することを定めたものにすぎず、これにより在日朝鮮人が当然に日
本国籍を喪失することにはならない旨主張するが、国家は人、領土及び政府を存立
の要素とするものであり、日本が朝鮮の独立を承認するということは、単に朝鮮に
属すべき領土に対する主権を放棄することを意味するにとどまらず、朝鮮に属すべ
き人に対する主権の放棄も意味するのであつて、その結果、朝鮮に属すべき人は日
本国籍を当然喪失することになるものであるから、原告の右主張は採用できない。
なお、法務府民事局長通達は、平和条約の発効により朝鮮人が日本国籍を喪失した
ことを前提とした上で、これに伴う国籍及び戸籍事務の処理方針を明らかにしたも
のにすぎず、右通達によつて朝鮮人が日本国籍を喪失することになるものではない
から、右通達が在日朝鮮人の国籍選択権を奪い憲法等に違反する旨の原告の主張も
失当である。
右のとおり、原告は平和条約の発効により日本国籍を喪失したものであり、原告に
対し日本国籍を有しないものとして退去強制手続を進めることに違法はない。
三 特別理由不存在の主張について
原告は、日韓両国の歴史的関係や日韓条約及び地位協定の締結、更には特別法制定
の趣旨から、協定永住権者に対して退去強制手続を行うためには、形式的に特別法
六条一項各号の事由が存在するだけでは足りず、その者をあえて韓国に送還すべき
特別の理由が存在することを立証する必要があると主張する。
しかし、協定永住権者に対する退去強制について、地位協定三条は、「次のいずれ
かに該当することとなつた場合を除くほか、日本国からの退去を強制されない。」
として、(a)ないし(d)の四事由を列挙し、また、右条項を国内法化した特別
法六条一項も、「退去強制は、・・・・・・・・・次の各号の一に該当することと
がつた場合に限つて、することができる。」として、一号ないし六号の六事由を列
挙しており、その限りにおいて協定永住権者に対する退去強制事由が一般の在留外
国人に対する退去強制事由を定めた令二四条よりも相当に限定されていることは明
らかであるが、それ以上に、原告の主張するような特別の理由を併せ伴わなければ
協定永住権者に対して退去強制手続を進めてはならないことまでを規定しているも
のとは解されない。合意議事録三条関係3には、韓国政府は地位協定三条の規定に
より日本国から退去を強制されることとなつた者の引取ケについて日本国政府の要
請に従い協力すると定められていることからみても、地位協定三条、したがつてこ
れを国内法化した特別法六条一項各号の事由があれば協定永住権者に対して退去強
制手続をとることを妨げないことを前提としていることが窺われる。原告主張の歴
史的沿革等の事情は、地位協定三条及び特別法六条一項の規定自体の中に盛り込ま
れているのであり、法文に明定されている事由の外に特別の理由を立証しなければ
退去強制手続を進められないとの主張は採用できない。
四 合意議事録違反の主張について
合意議事録三条関係2は、地位協定三条(c)又は(d)に該当する者の日本国か
らの退去を強制しようとする場合には、日本国政府は人道的見地からその者の家族
構成その他の事情について考慮を払うと定めているが、その趣旨は、右法定の退去
強制事由がある場合でも、特別法七条及び令五〇条により諸般の事情を総合して在
留を特別に許すべきか否かを判断することとなるので、その判断の際に、協定永住
権者については、その地位の特殊性に鑑み、人道的見地からその者の家族構成その
他の事情を考慮しなければならないということを明らかにしたにとどまり、それ以
上に、特別法六条一項各号に明定された事由に該当する者であるにもかかわらず、
その者の協定永住権を失わせることが実質的に妥当であるか否かを入国審査官等が
判断して退去強制手続自体を進ぬることを差し控えるべきことを要求しているもの
ではない。
したがつて、協定永住権者たる原告に特別法六条一項六号に該当する事由があると
して退去強制手続を進めたことに違法はない。
五 特別法六条一項六号適用の誤りの主張について
1 原告は、少年に対する刑事処分は特別法六条一項六号の適用対象外であると主
張する。
しかし、特別法六条一項六号は、退去強制事由として、無期又は七年を超える懲役
又は禁錮に処せられた者と規定するだけで、成人として刑事処分を受けたか少年と
して刑事処分を受けたかを格別区別していないし、また、少年であつても少年法五
一条により無期又は一〇年以上一五年以下における懲役又は禁錮の刑を科せられる
こともあることに徴すると、特別法六条一項六号が少年に対する刑事処分を特に除
外しているものとは解せられない。もつとも、一般の外国人の退去強制事由を定め
た令二四条が、四号リで一年を超える懲役又は禁錮の刑事処分を退去強制事由とし
ながら、少年に対する刑事処分については四号トで長期三年を超える懲役又は禁錮
に限定しているのに対し、特別法六条一項には右の令二四条四号トに対応するよう
な少年に対する刑事処分についての限定規定がない。しかしながら、特別法六条一
項は、協定永住権者について退去強制事由となる刑事処分を無期又は七年を超える
懲役又は禁錮に限定しており、一般外国人に比しその範囲を著しく制限しているた
め、それ以上に少年に対する刑事処分についての限定規定を設けなかつたものと解
されるのであつて、令二四条四号トに対応する条項のないところから、少年に対す
る刑事処分が退去強制事由に該当しないと解するのは相当でない。また、犯罪時少
年であつても判決時に成人に達しておれば一般の成人と同様の刑事処分を受けるの
であつて、判決言渡時に少年であつたというだけで退去強制処分を免れることにな
れば、公平を欠く結果にもなると考えられる。そして、合意議事録三条関係2や少
年法の精神に照らしても、少年に対する刑事処分が特別法六条一項六号の適用対象
外であるとは解されない。
なお、原告は、地位協定成立に先立つ第六次日韓会談第二次政治会談予備折衝第七
回法的地位関係会議において、日本側が少年に対しては七年を超える懲役又は禁錮
に処せられても退去強制をしない旨を提案していたと主張して、甲第二七号証の七
の三九八頁を指摘し、証人Eも右書証がその旨を明らかにしていると供述してい
る。しかし、仮に、甲第二七号証の七が韓国側において韓国語で記録した原告主張
どおりの会議の記録であるとしても、外交交渉の一過程における提案に法的効力を
認めることができないのはもとより、右甲第二七号証の七の原告指摘部分を原告の
付した訳文によつて検討しても、昭和三七年一一月三〇日日本側か会議に提出した
書面には、「第1(協定上の永住)」という標題の下に、1として、今次大戦終了
の日以前から在日する大韓民国国民及びその子で平和条約発効までに日本国で出生
し継続して在留している者には永住を許可すること、2として、右許可を受けよう
とする者は所定の手続により日本国政府にその申請をすべきこと等を記載したのに
続いて、3として、「日本国政府は、第1項の規定により永住を許可する大韓民国
国民に対しては日韓両国間の親善関係を害するような重大な反社会的行為(注)を
しない限り日本国からの退去を強制しないこととする。」とし、右の(注)とし
て、「永住韓国人が退去強制されるのは合意議事録で次の各号の一つに該当する者
の場合とするという意図を明確にする。1、出入国管理令第二四条四号オ、ワ及び
カに該当する場合で刑事裁判により禁錮以上の刑を受けた者。ただし執行猶予の言
渡を受けた者は除外。2、七年を超過する懲役又は禁錮に処せられた者。3、麻薬
犯の取締に関する日本国の法令の規定に違反し禁錮以上の刑を受けた者。ただし執
行猶予の言渡をうけた者は除外。4、出入国管理令第二四条四号ヨに該当する場合
のうちで適用に関しては適切な表現を考慮する。」と記載していること、更に、同
書面には、「第2(永住韓国人の子)」という標題の下に、1として、「日本国政
府は第1第1項の規定により永住を許可する大韓民国国民の子(息子)に関して
は、彼らが成年に達する時までは在留資格を付与することなく日本国に在留できる
ものとし、又、第1第3項に規定された場合を除外しては日本国からの退去を強制
しないこととする。」と記載していることが認められるのであり、これによれば、
日本側は、永住許可を受けた大韓民国国民の子(少年)であつても、前記「第1
(協定上の永住)」の3に(注)として具体的に掲げられた重大な反社会的行為の
いずれか(七年を超える懲役又は禁錮に処せられることはその一つとされてい
る。)に該当する場合には成人と同様に退去強制事由とするという趣旨の提案をし
ているものであることが明らかであり、原告主張のように少年に対する刑事処分を
退去強制事由としない旨を表明しているものとは認められない。原告及び証人E
は、右「第2(永住韓国人の子)」の1の「大韓民国国民の子に関して
は・・・・・・・・・第1第3項に規定された場合を除外して
は・・・・・・・・・退去を強制しないこととする。」というのは、「第1(協定
上の永住)」の3の(注)に掲げられている1と3の場合すなわちいわゆる公安事
犯と麻薬犯については退去強制できるが、右(注)の2の七年以上の懲役又は禁錮
に処せられた場合と4のいわゆる一般条項の場合には退去強制をしない趣旨を表わ
したものであると述べるが、右に引用した訳文中の「第1第3項」という表現は前
記の「第1」の3全体を指すものであつて、右原告らのいうように解することは前
後の文言や文脈の関係から到底不可能というほかない。よつて、この点に関する原
告の主張も採用できない。
以上のとおりであるから、少年法に規定する少年として懲役五年以上一〇年以下に
処せられた原告を特別法六条一項六号の適用対象とすることに違法はない。
2 更に、原告は、仮に、少年に対する刑事処分が特別法六条一項六号の適用対象
になるとしても、不定期刑の場合は短期を基準とすべきであり、短期五年の懲役刑
に処せられた原告は右条項には該当しない、と主張する。
特別法六条一項六号は不定期刑の場合に長期と短期のいずれによるべきかを特に定
めていないが、一般法たる令二四条四号トが「少年法に規定する少年でこの政令施
行後に長期三年をこえる懲役又は禁こに処せられたもの」と長期を基準とする旨を
定めていることからすれば、別段の規定のない限り、不定期刑に処せられた協定永
住権者について特別法六条一項六号を適用するに際しても長期の刑を基準とすると
解するのが相当である。不定期刑は、刑期に幅があるが、原告主張のように短期の
期間のみが本来の刑であると解することはできず、長期までの期間ももとより刑で
あつて、長期が七年を超える場合は、「七年をこえる懲役又は禁錮に処せられた」
ものというべきである。本来、退去強制制度は、日本の安全及び秩序の維持を図る
ためのものであり、刑事処分が退去強制事由となるのも、当該犯罪行為の重大さ、
悪質さに着目してのことであつて、犯罪行為の重大さ、悪質さを決すべき基準は長
期の方というべきであるから、特別法が長期を基準としているものと解すること
は、退去強制制度の趣旨にも合致するのである。
のみならず少年法五二条一項但書及び同条二項によれば不定期刑における短期の最
高限は五年と制限されているから、もし原告の主張するように短期を基準とすべき
であるとすれば、不定期刑を科された少年が特別法六条一項六号に該当するという
ことはおよそあり得ないこととなるが、既に述べたように少年に対する刑事処分を
退去強制事由から特に除外するとする建前はとられていないにもかかわらず、結果
的にその適用を一切許さないとしたのと変わりのない立法が行われたと考えること
は理に合わないことである。原告指摘の少年法五八条三号や犯罪者予防更正法四八
条に、刑の執行に関する規定であつて、右解釈の妨げとなるものではない。
したがつて、長期一〇年の懲役に処せられた原告(なお、原告は、後述のとおり、
現実にも一〇年全部を服役している。)は特別法六条一項六号に該当するのであ
り、本件裁決及び本件退令処分に右条項を誤つて適用した違法はない。
3 原告は、右条項に該当するような事情にある原告に対して、服役中の刑務所が
協定永住許可申請を勧奨し、政府はこれを許可したのであつて、政府がその後にな
つて右条項に該当するとして退去強制をすることは許されないと主張するが、右勧
奨が退去強制をしないという国家意思の表明を意味するものでないことはいうまで
もないことであり、また、協定永住許可は一定の資格要件を備えた者に対して与え
るものとされており、退去強制事由が認められても不許可とすることはできないの
であるから、右主張は採用できない。
六 裁量権濫用の主張について
最後に、本件裁決に裁量権を濫用した違法があるかを検討する。被告らは、被各法
務大臣の令四九条三項に基づく裁決及び被告主任審査官の行う退去強制令書発付処
分は裁量行為ではないから、本件裁決及び本件退令処分に裁量権濫用による違法が
生じる余地がないと主張する。しかし、令五〇条及び出入国管理令施行規則三五条
四号によれば、被告法務大臣は裁決に当たり、令四九条一項による異議の申出が理
由がないと認める場合でも一定の要件があるときは異議申出人に在留特別許可を付
与することができ、在留特別許可を与える場合には異議申出を棄却せず、逆に在留
特別許可を与えない場合には異議申出を棄却する旨の裁決を行うものであるから、
棄却の裁決は、異議を排斥する処分であるとともに、在留特別許可をすべき場合に
も当たらないとしてこれを付与しない処分としての性質をも有し、この後者の判断
につき裁量権の濫用があるときは裁決は違法となり、これを前提とする退去強制令
書発付処分も違法となるものである。よつて、右濫用の有無を検討する。
1 証人Bの証言により成立を認める甲第一号証、いずれも成立に争いのない甲第
二号証の二、同第五号証の一、二、同第一五号証、同第二四、第三一及び第三二号
証の各一、二、乙第一及び第二号証の各一、二、同第五号証、いずれも原本の存在
と成立に争いのない甲第四号証の一ないし三、同第六号証の一ないし六、同第七号
証の一ないし三、同第八、第九、第二三号証、乙第四号証、証人B、同F及び同G
の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、(一)原告は、
昭和二三年一二月一三日東京都昭島市において朝鮮人父Aと同母Bの三男として出
生し(この点は前述のとおりである。)、その後も終始日本で成長し、日本の小学
校を卒業後日本の中学校に入学し、中学三年の昭和三九年二月まで在籍したこと、
原告の非行は中学在学中から始まり、原告は、暴力団にも加入し、昭和三八年中に
窃盗罪等により東京家庭裁判所八王子支部において保護観察及び審判不開始の処分
を一回ずつ受け、更に昭和三九年四月二四日には同支部において傷害罪により初等
少年院送致決定を受け、赤城少年院に入院し(赤城少年院に送致されたことは当事
者間に争いがない。)、その後昭和四〇年六月一〇日に同少年院を仮退院したが、
半年程で本件で問題とされている殺人、窃盗、傷害及び外国人登録法違反の罪を犯
して前述のとおり服役し、更に、横浜刑務所服役中の昭和四六年七月二六日看守に
対して暴行を加え(右暴行の事実は当事者間に争いがない。)、横浜地方裁判所に
おいて昭和四七年六月二七日公務執行妨害及び傷害の罪により懲役四月に処せられ
たこと、原告は、右殺人等の罪につき一〇年の刑期を終えた後右公務執行妨害罪等
による刑の一部を服役し、昭和五一年七月二三日仮出獄により府中刑務所を出所し
たが、直ちに東京入管に収容され、大村入国者収容所に移送された後、昭和五二年
五月二七日仮放免となつたこと、原告は、仮放免後は、母Bと共に福生市に住み、
長兄Gが経営する廃棄物選別再生取扱業を手伝つているが、韓国へ行つたことはな
く、韓国語も話せないこと、原告の父母は、ともに朝鮮で出生し、日本で知り合つ
て結婚し、その間に三男三女が生まれ、親子全員が日本で生活してきたところ、原
告の父は昭和四八年頃死亡したが、母はアパートを経営し、兄及び姉妹はそれぞれ
独立していずれも福生市周辺で暮らしていること、朝鮮に原告ら家族の親族はいな
いわけではないようであるが、原告らと格別の交際はないこと、(二)原告は、仮
放免後、殺人事件の被害者の母を訪ね、被害者の供養をしたこと、(三)原告は、
過敏な性格と拘禁生活との影響により服役中に拘禁性精神病にかかり、一時は「頭
の中に機械が人つてその音がうるさい。」等と述べる程の重症状態を呈し、電気け
いれん療法等を受け、前記昭和四六年七月の看守に対する暴行事件も右拘禁反応の
影響が多少あつたのではないかとする専門家の意見もあること、右病状は府中刑務
所を出所した昭和五一年頃は相当快方に向かつていたものの、昭和五三年九月時点
でも未だ投薬療法を継続しており、主治医のF医師は、昭和五三年九月の証人尋問
において、完治にはなお三、四年を要し、家族に囲まれた安定した精神環境が必要
であり、拘禁状態や異なる生活環境下に置かれれば病勢が昂進する可能性もある旨
を述べていること、以上の各事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はな
い。
2 右認定の事実によれば、原告が退去を強制されて韓国で暮らすことには相当の
困難が伴うことは明らかである。協定永住権者は社会的経済的文化的に日本と深く
関わり、これを退去強制すれば当該個人に相当の困難を強いる結果となることは予
想されるところであるが、それゆえにこそ、特別法六条一項は協定永住権者に対す
る退去強制事由を一般の外国人に関する令二四条所定の事由よりもはるかに制限
し、重罪犯その他我が国の国益を著しく害する所定の六事由がない限り退去強制を
しないと定めているのであつて、それにもかかわらずあえて右所定の事由に該当す
る行為をしたときは、我が国の国益との比較均衡上当該個人が退去強制による右の
困難をも忍ばざるを得ない場合があることは、これを認めなければならないのであ
る。したがつて、退去強制をされると韓国において生活していくことがほとんど絶
望的で身体生命の安全が危ぶまれるといつた異例かつ特段の事情がある場合はとも
かく、その者が韓国での生活経験等を有しないため生活に相当程度の困難を強いら
れることがあるとか、あるいは韓国に送られると従来より治療環境が低下する長期
的疾患を有しているというだけでは、直ちにその者に対する退去強制を許されない
ものと目すべきではない。合意議事録三条関係2が「人道的見地からその者の家族
構成その他の事情について考慮を払う。」と定めている趣旨は前述のとおりであつ
て、協定永住権者の家族の離散等の事態はできるだけ避けるべきではあるけれど
も、それとても、退去強制事由の内容、程度や家族構成のいかん等を総合的具体的
に考慮して決められるべきことであり、協定永住権者本人又はその家族に苦痛や困
難がもたらされるそいうだけで右の人道条項に抵触するというものではない。
原告は、いわば日本人と同様に日本で生まれ育つた者ではあるが、前述のとおり特
別法六条一項六号に該当する殺人等の重罪を犯したものである。原告は、それが少
年期の犯罪であり、その動機や態様、非行に至る社会的背景等からすれば、犯情は
必ずしも重くないと主張するが、現在原告が既に刑期を終えて更生を期していると
しても、なお、その責任と国益侵害の程度が軽微化したものとたやすくいい得るも
のではない。そのうえ、原告は本件退令処分当時二七歳の独身男子であつて、その
意欲さえ持てば韓国で自活していくことが著しく困難であるとはいえないのであ
り、かつ、原告を措いて他に保護の任に当たり得る者のない幼児や老齢者といつた
要保護者がいるわけでもない。もつとも、原告が服役中にかかつた拘禁性精神病は
本件裁決当時完治していなかつたし、現在でも投薬を受けており、急激な環境の変
化が治癒に向かいつつある病勢を昂進させる可能性もあるというのであるから、本
件退令処分の執行の時期等については相応の配慮が望まれるところであるが、原告
の韓国における生活や治療については病状を長期的に悪化させないよう原告の家族
による協力や援助も期待されて然るべきものであつて、原告に右の疾患のあること
が本件裁決を著しく非人道的たらしめるものとは未だいい難い。
3 以上を総合すると、本件裁決が原告に在留特別許可を与えなかつたことに裁量
権濫用の違法はなく(原告の主張する国際会議決議及び世界人権宣言等は右の判断
を左右するものではない。)、これを前提とする本件退令処分にもこの点の違法は
ないというべきである。
七 以上のとおり、本件裁決及び本件退令処分に原告主張の違法はないから、原告
の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条及
び民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤 繁 泉 徳治 岡光民雄)

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