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平成27年7月16日判決言渡同日原本交付裁判所書記官東敏美
平成25年(ワ)第32688号損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日平成27年5月21日
判決
東京都文京区<以下略>
原告株式会社エービープロモーショ

同訴訟代理人弁護士五十嵐啓二
同飯嶋康宏
同木下いずみ
同村瀬敦子
同大谷龍生
東京都世田谷区<以下略>
X1こと
被告X
(以下「被告X1」という。)
東京都世田谷区<以下略>
被告株式会社Y
(以下「被告会社」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士弘中惇一郎
同弘中絵里
同大木勇
同品川潤
同山縣敦彦
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告らは,原告に対し,連帯して,1億3554万8125円及びこれに
対する平成25年4月24日から支払済みまで年6分の割合による金員を支
払え。
2被告らは,原告に対し,連帯して,5170万1928円及びこれに対す
る平成24年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告らは,別紙衣装目録記載の各衣装(以下「本件衣装」と総称する。)
を複製し,展示し,譲渡し,貸与し,変形してはならない。
4被告らは,別紙譜面目録記載の各譜面(以下「本件譜面」と総称する。)
を複製し,演奏し,展示し,譲渡し,貸与し,編曲してはならない。
5被告X1は,原告に対し,624万5050円及びこれに対する平成25
年4月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6被告会社は,原告に対し,1000万円及びこれに対する平成14年2月
27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
7被告会社は,原告に対し,776万2361円及びこれに対する平成25
年4月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,芸能プロダクションである原告が,①芸能人である被告X1と専
属的所属契約を締結していたところ,被告X1が同契約を一方的に破棄して
独立し,被告会社も被告X1と共同して上記独立を敢行したとして,被告ら
に対し,債務不履行に基づく損害賠償金(移籍金相当額)1億3554万8
125円及びこれに対する請求の日の翌日である平成25年4月24日から
支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の連帯支払,②被
告らが上記独立に当たり原告の所有する本件衣装及び本件譜面を無断で持ち
出し原告の所有権を侵害したとして,被告らに対し,不法行為に基づく損害
賠償金(各製作費相当額)合計5170万1928円及びこれに対する不法
行為の後の日である平成24年9月1日から支払済みまで民法所定の年5分
の割合による遅延損害金の連帯支払,③原告は本件衣装の著作権者であり,
上記無断持出し等の後も被告X1は芸能活動を継続しており被告らによる著
作権侵害のおそれが生じているとして,被告らに対し,著作権に基づく侵害
予防請求として,本件衣装の複製,展示,譲渡,貸与及び変形の差止め,④
原告は本件譜面に係る音楽の著作権者であり,上記無断持出し等の後も被告
X1は芸能活動を継続しており被告らによる著作権侵害のおそれが生じてい
るとして,被告らに対し,著作権に基づく侵害予防請求として,本件譜面の
複製,演奏,展示,譲渡,貸与及び編曲の差止め,⑤被告X1に金員を貸し
付け,また,被告X1が支払うべき債務を立替払したとして,被告X1に対
し,貸金返還請求として300万円及び立替金返還請求として324万50
50円並びにこれらに対する請求の日の翌日である平成25年4月24日か
ら支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,⑥被告会
社に金員を貸し付けたとして,被告会社に対し,貸金返還請求として100
0万円及びこれに対する貸付けの日である平成14年2月27日から支払済
みまで商事法定利率年6分の割合による利息の支払,⑦被告会社が支払うべ
き債務を立替払したとして,被告会社に対し,立替金返還請求として776
万2361円及びこれに対する請求の日の翌日である平成25年4月24日
から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,それ
ぞれ求めた事案である。
1争いのない事実等(後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定するこ
とができる事実を含む。)
当事者等
ア原告は,芸能人の舞台,テレビ,ラジオ,映画その他の出演に対する
仲介並びに斡旋の業務等を目的とする株式会社であり,昭和63年10
月25日に設立された。X2(以下「X2」という。)は,その代表者
である。(甲1)
イ被告X1は,「X1」の芸名で歌手等として芸能活動を行っている者
である。
ウ被告会社は,芸能タレントのマネージメント等を目的とする株式会社
であり,平成3年3月28日に設立され,被告X1がその代表者である。
被告会社の業務のほとんどは被告X1の芸能活動のマネジメントである。
(甲2)
エ株式会社ABプロ(以下「ABプロ」という。)は,芸能人,タレン
ト,モデル,アーティスト等の育成,養成,マネジメント,プロモート,
キャスティング及びコンサルタント業等を目的とする株式会社であり,
平成24年8月22日に設立された。X3(以下「X3」という。)は,
その代表者である。(乙4)
原告と被告X1の間の所属契約
原告と被告X1は,原告が設立された頃,被告X1が原告に所属して芸
能活動を行う旨の契約(以下「本件所属契約」という。)を締結し,以後,
被告X1は原告所属のタレントとして芸能活動を行ってきた。
原告,X2及びABプロの間の覚書
原告,X2及びABプロは,平成24年7月頃以降(時期については争
いがある。),①ABプロは原告及びX2の負債について責任を負わない,
②X2はABプロの顧問としてABプロの利益となることを全面的に協力
する,③ABプロは原告及びX2に対し必要な調査を行うことができる,
④ABプロ,原告及びX2は本件に関する情報を他者に漏らさない旨の覚
書(乙1。以下「本件覚書」という。)を締結した。
被告X1の原告からの「独立」
被告X1は,平成24年8月14日頃,記者会見において原告からの独
立を検討中である旨発言し,さらに,同年9月5日頃,原告から独立する
旨の記者会見を行った。そして,被告X1は,この頃以降,ABプロの所
属タレントとして芸能活動をするようになり,これに伴って本件所属契約
はその頃事実上終了した。(甲18,37。以下,この本件所属契約の終
了を「本件独立」ということがある。)。
原告及びABプロの事務所
原告は,従前,被告会社所有の東京都港区<以下略>所在の建物の1室
(以下「本件事務所」という。)を賃借して事務所として使用していた。
現在,本件事務所はABプロの事務所として使用されている。
本件衣装
本件衣装は,いずれも被告X1の舞台衣装である。
本件衣装は,従前,原告が借りた倉庫(トランクルーム。以下「旧倉
庫」という。)に保管されていたが,平成24年8月下旬頃,旧倉庫から
搬出された。
本件譜面
本件譜面は,いずれも,被告X1が歌う楽曲の伴奏を舞台用に編曲した
ものであり,本件事務所に保管されていた。
時効の援用
被告X1は,原告に対し,平成27年5月21日の本件口頭弁論期日に
おいて,前記⑤の請求について時効を援用するとの意思表示をした。
被告会社は,原告に対し,同期日において,前記⑥及び⑦の各請求につ
いて時効を援用するとの意思表示をした。
2争点及び争点に関する当事者の主張
本件所属契約の債務不履行に基づく損害賠償請求について
ア被告X1による本件所属契約の債務不履行の有無
(原告の主張)
芸能プロダクションが所属タレントの商業的価値を築き,維持する
ためには,高額の費用及び多くの労力をかけて当該タレントの育成教
育,多種多様なプロモーション活動等を継続的に行う必要がある。仮
に所属タレントが当該プロダクションを通さずに芸能活動を行い,あ
るいは当該プロダクションから独立すると,投資が無に帰し,当該タ
レントの商業的価値を奪われ,多大な損害を被ることになる。したが
って,芸能プロダクションに所属するタレントは,当該プロダクショ
ンとの間で,当該プロダクションに専属的に所属する旨の合意をし,
当該プロダクションの許可なく独立あるいは他のプロダクションに移
籍しない義務を負う。
本件においても,本件所属契約には,被告X1が原告から独立する
には原告の承諾を要することが当然に含まれていた。
また,本件所属契約は契約期間の定めのない継続的契約であり,2
0年もの長期間に及んでいるのであるから,その解消は合意解約又は
やむを得ない理由に基づく解約申入れによらなければならない。
ところが,被告X1は,平成24年9月5日,原告の承諾なく一方
的に原告から独立した。また,本件独立は,やむを得ない理由に基づ
く解約申入れでもない。
したがって,本件独立は,被告X1による本件所属契約の債務不履
行に当たる。
被告らは,本件覚書を根拠に,被告X1が原告からABプロに移籍
することについて,原告,被告ら及びABプロの間に合意が成立した
旨主張する。
しかし,本件覚書は,原告が有していた被告X1の出演料支払請求
権をABプロに移転させること等に伴う金銭の精算を含めた相当額の
移籍金の支払について円満な解決に至ることを前提として締結された
ものであり,原告,X2及びABプロの間では,本件覚書の効力を生
じさせる停止条件として被告X1が原告に対し相当額の移籍金を支払
うこと,当該移籍金の具体的金額及び支払条件等の詳細は追って協議
して決定することが合意された。また,上記停止条件の合意に当たっ
ては,原告,X2及びABプロはもちろん,被告らにおいても,当該
移籍金についての協議の存在及び内容を開示し,又は漏らしてはなら
ないことが当然の前提となっていた。移籍金の支払が確立した商慣習
なお,本件覚書が締結されたのは平成24年7月頃であるが,上記
の停止条件があることから日付は記載されなかった。
しかるに,被告X1は,原告の承諾を得ることなく,同年8月14
日,新事務所の設立も視野に入れて原告からの独立を考えていること
を公表した。これにより上記移籍金についての協議を進める前提が崩
され,協議を行うことさえできなくなったため,上記停止条件は成就
せず本件覚書は効力を生じなかった。
(被告らの主張)
被告X1が原告から独立しABプロの所属になることは,原告,被
告ら及びABプロの間で合意されていた。このことは,本件覚書が締
結され,ABプロが原告の債務を一切引き受けない旨,X2が顧問と
して引き続きABプロの利益になるよう全面的に協力する旨合意して
いたことからも明らかである。なお,本件覚書が締結されたのは,平
成24年8月下旬ないし9月上旬である。
原告は,本件所属契約終了を前提に,同年7月20日,原告従業員
に対し退職勧告を行った上,同年8月分の本件事務所の賃料を支払わ
なかったもので,原告が本件所属契約の終了に同意していたことは明
らかである。
原告は,相当額の移籍金の支払が本件覚書の効力を生じさせる停止
条件であった旨主張するが,本件覚書には移籍金に関する定めは一切
なく,口頭でも移籍金について定めていない。原告主張の移籍金支払
の商慣習が存在しないことは,下記ウ(被告らの主張)のとおりであ
る。また,移籍金の協議自体がなかったのであるから,被告らが移籍
金についての協議の存在及び内容を開示し,又は漏らしてはならない
旨の義務を負うことはあり得ない。
そもそも被告X1が本件独立に至ったのは,原告の財務状態が悪化
し,資金繰りに窮するようになったことから,X2が被告X1に対し,
これ以上会社を続けていけない,やめさせてほしい旨懇願したからで
ある。現に,被告X1にもギャラが支払われず,原告の従業員も全員
解雇され,原告は事実上の解散状態となっていたため,被告X1は原
告を辞めざるを得なかった。
イ被告会社による債務不履行の有無
(原告の主張)
被告会社は,従前原告が行っていた被告X1のマネジメント作業を行
うことのみを目的として設立され,実際,同作業以外はほとんど何も行
っていない会社である。このような事情のため,被告会社は,設立と同
時に,原告との間で,被告X1を原告の専属的所属タレントとして活動
させる旨の合意をした。
しかるに,前記ア(原告の主張)のとおり,被告X1は原告の承諾な
く一方的に本件独立を断行し,被告会社も被告X1と共同して本件独立
を計画し断行したから,被告会社の上記行為は,原告に対する債務不履
行に当たる。
(被告らの主張)
原告と被告会社との間に原告主張のような合意は存在しない。
また,本件独立が原告の同意に基づくものであったことは上記ア(被
告らの主張)のとおりである。
ウ損害額
(原告の主張)
本件独立により,原告は,これまで20年以上の長きにわたって多
大な労力及び費用をかけて形成維持してきた「X1」という商業的価
値を一方的に奪われ,その後も,被告X1が上記商業的価値を利用し
て芸能活動を継続していることにより,本来原告が得るべき利益を奪
われ続けている。
芸能界においては,通常,タレントが所属プロダクションから独立
する場合,当該タレントは,当該プロダクションが将来にわたって得
られたであろう利益の一部に相当する移籍金を支払うことが確立した
商慣習になっており,当該移籍金の額は,慣習上,当該タレントの芸
能活動により当該プロダクションが過去2年間に得た粗利益相当額を
下らないものとされている。
被告らは,本件独立に際し,上記商慣習に反し,原告に対し何らの
金銭的対価も支払っておらず,原告には移籍金相当額の損害が発生し
ている。被告X1の芸能活動による原告の平成22年及び平成23年
の売上げは合計6億7774万0625円,粗利率は20%であるか
ら,この間の原告の粗利益は1億3554万8125円であり,原告
が被った損害の額はこれを下らない。
また,被告X1が本件独立後現に芸能活動を行い,その期間は3年
を下回らないから,原告が本来得べかりし利益の額は本件独立後3年
分の粗利益に相当する。平成20年6月1日から平成23年5月31
日までの間の原告の粗利益は合計3億3976万0659円であるの
を求める。
(被告らの主張)
争う。原告主張の商慣習は存在しない。タレントがその所属するマネ
ジメント会社との所属契約を終了させ他の会社等に移籍した場合に移籍
金を支払うか否かは,ケースごとに当事者の合意によって決められるも
のにすぎない。
本件衣装の所有権侵害の不法行為による損害賠償請求について
ア被告らによる所有権侵害の有無
(原告の主張)
原告は,本件衣装の製作者から本件衣装の所有権を全て譲り受けた。
被告らは,平成24年8月頃,本件独立に伴い,原告に無断で本件
衣装の全てを旧倉庫から共同して持ち出し,その後,一部を破棄し,
その余を現在に至るまで占有し続けている。これは,原告の本件衣装
に対する所有権を侵害するものである。被告らは,合意に基づく占有
移転である旨主張するが,そのような合意をした事実はない。
本件衣装の現在の保管場所がABプロの契約する倉庫であったとし
ても,ABプロを通じて被告らが間接的に占有していることになる。
なお,被告X1は,平成25年3月11日,代理人を通じ,原告に対
し,本件衣装の一部はカビが生えていたので被告X1において廃棄し
たがその余は返却したい旨述べており,被告らによる持出し及び占有
の継続を自認している。
(被告らの主張)
原告が本件衣装を所有していることは不知。
被告X1は,平成24年7月頃,資金繰りに窮した原告からの申出
により,やむなくABプロに移籍せざるを得なくなった。これに伴い,
被告X1の衣装は,よりコストのかからない貸倉庫に移すことになり,
同年8月頃,ABプロの従業員が原告から旧倉庫の鍵の提供を受けて,
本件衣装をABプロが新たに賃借した倉庫に移動させた。すなわち,
本件衣装の占有は,合意の上で,原告からABプロに移転したのであ
り,被告らは本件衣装の管理には一切関与していない。
したがって,被告らが本件衣装の占有を取得したことはなく,原告
の主張は前提において誤っている。
イ損害額
(原告の主張)
被告らによる前記アの共同不法行為によって,原告は,本件衣装の一
部の所有権を喪失し,その余についても所有権の行使を完全に制限され
た結果,本件衣装の製作代金に相当する金額の損害を被った。
本件衣装の製作代金は,合計4378万1083円である。
被告らは,本件衣装の劣化を主張するが,本件衣装はいずれも各年,
各用途ごとに製作されたもので,使用頻度は極めて少ない上,一流の演
歌歌手である被告X1が着用したことにより,当該衣装には多大な経済
的価値が生じている。
(被告らの主張)
被告らは本件衣装を速やかに引き取ってもらいたいと考えてきたので
あり,原告においてその実現はいつでも可能であったから,原告に損害
は生じていない。
さらに,衣装は着用しなくても経年劣化する。特に,本件衣装は全て
舞台衣装として実際に着用されており,使用前と比して相当に劣化して
いるはずである。したがって,原告に,本件衣装の製作代金に相当する
額の損害が生じていると考える余地はない。
本件譜面の所有権侵害の不法行為による損害賠償請求について
ア被告らによる所有権侵害の有無
(原告の主張)
原告は,本件譜面の各製作者から本件譜面の所有権を譲り受けた。
原告は本件譜面を本件事務所に保管していたが,被告らはこれを原
告に無断で持ち出し,自ら占有している。X2は,平成24年10月
7日,ABプロの事務所となっていた本件事務所を訪れ,ABプロに
対し,本件譜面,帳簿,名刺,パソコン,ブルーレイプレイヤー等原
告の所有物一切の返却を求めたが,ABプロは,帳簿,名刺等の返却
には応じたものの,本件譜面等の返却を不当に拒否したのであり,本
件譜面に対する原告の占有が原告の意思に反して被告らに移転したこ
とは明らかである。
なお,被告X1は,平成25年3月11日,代理人を通じ,原告に
対し,本件譜面の大部分を返却したい旨述べており,被告らによる持
出し及び占有の継続を自認している。
(被告らの主張)
原告が本件譜面を所有していることは不知。
本件譜面は,原告が管理していたときのまま本件事務所に置かれて
おり,持ち出されていない。本件譜面の管理を行っていたのはマネジ
メント会社である原告やABプロであり,本件譜面の占有は,合意の
上で,原告からABプロに移転したのであって,被告らが占有を取得
したことはない。
イ損害額
(原告の主張)
被告らによる上記アの共同不法行為により,原告は,本件譜面の所有
権の行使を完全に制限された結果,本件譜面の製作代金に相当する金額
の損害を被った。
本件譜面の製作代金は,合計792万0845円である。
(被告らの主張)
被告らは本件譜面を速やかに引き取ってもらいたいと考えてきたので
あり,原告においてその実現はいつでも可能であったから,原告に損害
は生じていない。
本件衣装の著作権に基づく差止請求について
ア本件衣装の著作物性及び著作権者
(原告の主張)
本件衣装のうちNHK紅白歌合戦への出演用に製作されたもの(別
紙衣装目録記載1~10-2)は,同番組における被告X1と他の演
歌歌手との衣装対決が日本国民一般の共通の話題になるなど,被告X
1の特異な芸風を反映して独自に製作されたものであり,これが模倣
品であることはその性質上あり得ない。また,シャンソンコンサート
等への出演用に製作されたもの(同目録記載11~17)も,やはり
被告X1の特異な芸風を反映して独自に製作されたのであって,一般
のシャンソン歌手が着用しているロングドレスとは類似しない。
このように,本件衣装はいずれも独自性が極めて強く創作性があり,
美術の著作物に該当する。
原告は,本件衣装の各製作者から,本件衣装に係る美術の著作物全
ての著作権を譲り受けた。
(被告らの主張)
歌謡番組やコンサートにおいては舞台映えのする装飾を施した審美
的な衣装が使用されることは決して珍しいことではない。特に,演歌
やシャンソン等のジャンルにおいては,歌手が本件衣装と類似する装
飾を施した衣装を着用して歌唱する例が多く,本件衣装は一般的なデ
ザインの舞台衣装である。
したがって,本件衣装には創作性は認められず,著作物となり得な
い。
原告が著作権者であることは不知。
イ著作権侵害のおそれの有無
(原告の主張)
被告らは,平成24年8月末頃,原告に無断で本件衣装を共同して持
ち出し,その後これらを現在に至るまで占有している。また,被告X1
は,本件独立を断行した後,ABプロに所属し,現在も「X1」として
コンサート出演等の芸能活動を継続している。
これらのことからすれば,被告らが本件衣装を複製,展示,譲渡,貸
与又は変形することは可能かつ極めて容易であり,被告らによってこれ
らの行為がされることによって原告が本件衣装について有する著作権が
侵害される蓋然性が極めて高い。
(被告らの主張)
争う。
本件譜面に係る音楽の著作権に基づく差止請求について
ア本件譜面に係る音楽の著作物性及び著作権者
(原告の主張)
原告は,本件譜面の各製作者から,本件譜面に係る音楽の著作物(編
曲物)の全ての著作権を譲り受けた。
(被告らの主張)
原告は,本件譜面が音楽の著作物(編曲物)であると主張するところ,
本件譜面がなぜ著作物といえるのか不明である。
原告が著作権者であることは不知。
イ著作権侵害のおそれの有無
(原告の主張)
被告らは,平成24年8月末頃,原告に無断で本件譜面を共同して持
ち出し,その後これらを現在に至るまで占有している。また,被告X1
は,本件独立を断行した後,ABプロに所属し,現在も「X1」として
コンサート出演等の芸能活動を継続している。
これらのことからすれば,被告らが本件譜面に係る音楽の著作物を複
製,演奏,展示,譲渡,貸与又は編曲することは可能かつ極めて容易で
あり,被告らによってこれらの行為がされることによって原告が本件譜
面に係る音楽の著作物について有する著作権が侵害される蓋然性が極め
て高い。
(被告らの主張)
争う。
被告X1に対する貸金返還請求について
ア貸付けの有無
(原告の主張)
原告は,平成15年3月31日,被告X1に対し300万円を弁済期
及び利息の定めなく貸し付けた。
これは,原告が,被告X1から,出演料の前借りの趣旨で貸付けの依
頼を受けたところ,当時,原告は十分な現金を有していなかったため,
原告の取引先社長であったX4から300万円を借り入れ,これを被告
X1に貸し付けたものである。このことは,原告の当時の通帳(甲3
1)及び総勘定元帳(甲6)並びにその後の確定申告書(甲27~2
9)の各記載から裏付けられる。
(被告X1の主張)
被告X1が原告主張の貸付けを受けた事実はない。
このことは,借用書が作成されておらず,X2でさえ被告X1から直
接当該貸付けの話を聞いたわけではないことから明らかである。
原告主張によっても,当該貸付けは利息の定めも弁済期の定めもなか
ったというのであり,貸付けかどうか疑わしい。
イ消滅時効の成否
(被告X1の主張)
原告主張の貸付けが存在したとしても,商人である原告の「営業のた
めにする行為」に当たるから,商法522条により平成20年3月31
日をもって消滅時効が完成している。
(原告の主張)
争う。
被告X1は原告の取締役兼専属的所属タレントであって原告との内部
的関係しかなく,被告X1に対する貸付けは原告の営業とは何ら関係し
ない。
被告X1への立替金請求について
ア立替払の有無
(原告の主張)
原告は,被告X1の依頼を受け,別紙花代金の立替払い一覧記載のと
おり,被告X1が自ら,又は原告が被告X1に代わって花業者に注文し,
被告X1が負っていた花代金支払債務合計324万5050円について
立替払をした。
上記の花は,被告X1がその個人的な友人・知人である芸能人等に対
して送ったもので,原告は被告X1から,「払っといて」,あるいは
「花を贈っといて」と言われて一方的にその代金支払を要求されていた。
原告は,被告X1の有無を言わせぬ一方的な態度のため,やむを得ず代
金を支払ってきた。
(被告X1の主張)
原告が請求する花代金は,元々所属事務所である原告が負担すべきも
のである。タレントが花を贈る場合,逐一タレントから所属事務所に指
示がされるのではなく,通常は所属事務所の業務として発注が行われる。
多くの請求書の宛名が原告になっていることからも,原告が,当時,当
然に当該花代金を原告が負担すべきものと考えていたことが明らかであ
る。現に,被告X1は本件訴訟に至るまで一度も原告から花代金の請求
をされておらず,原告が被告X1に対して支払う報酬と相殺する処理を
したこともない。
なお,被告X1は,純粋に個人的な付き合いの知人・友人に花を贈る
場合は自分で代金を負担し,請求書も被告会社宛てにしてもらっていた。
イ消滅時効の成否
(被告X1の主張)
原告主張の立替金が存在したとしても,当該立替払は商行為であり,
別紙花代金の立替払い一覧中平成20年12月1日支払分までは商法5
22条により消滅時効が完成している。
(原告の主張)
争う。
当該花代金は,被告X1がその個人的な友人・知人である芸能人等に
対し贈ったもので,原告の営業とは何ら関係しない。
被告会社に対する貸金返還請求について
ア貸付けの有無
(原告の主張)
原告は,平成14年2月27日,被告会社に対し1000万円を弁済
期及び利息の定めなく貸し付けた。
これは,当時,被告X1が被告となっていた民事訴訟において当該訴
訟の原告に7000万円を支払う旨の和解が成立し,被告X1がこれを
支払ったことにより資金不足に陥り,原告に対し,被告会社に1000
万円を貸し付けるよう依頼したことによるものである。原告はこの依頼
に応じて,平成14年2月27日,原告名義の銀行口座から被告会社名
義の口座に1000万円を振り込んだ。このことは,原告の当時の通帳
(甲33)及び総勘定元帳(甲8)の各記載から裏付けられる。
(被告会社の主張)
被告会社が原告主張の貸付けを受けた事実はない。
このことは,借用書が作成されておらず,当時の原告の経理担当者で
さえ被告X1から直接当該貸付けの話を聞いたわけではないことから明
らかである。
原告主張によっても,当該貸付けは利息の定めも弁済期の定めもなか
ったというのであり,貸付けかどうか疑わしい。
イ消滅時効の成否
(被告会社の主張)
原告主張の貸付けが存在したとしても,商人である原告の「営業のた
めにする行為」に当たるから,商法522条により平成19年2月27
日をもって消滅時効が完成している。
(原告の主張)
争う。
原告の被告会社に対する貸付けは原告の営業とは何ら関係しない。
被告会社への立替金請求について
ア立替払の有無
(原告の主張)
原告は,いずれも被告会社の依頼を受け,以下のとおり,被告会社所
有の車両(以下「本件ロールスロイス」という。)に係る費用の立替払
をした。
なお,原告は,被告X1に原告の業務を行わせる際の社用車としてエ
ルグランドを用意しており,被告X1による本件ロールスロイスの使用
は専ら私用のためのものであった。
自動車保険料
原告は,平成15年から23年まで毎年12月頃,三井住友海上火
災保険株式会社との間で本件ロールスロイスについて被告会社を被保
険者とする自動車保険契約を締結し,上記保険会社に対し,各年の保
険期間の間(12月19日から翌年12月19日まで。ただし,平成
23年契約分は平成24年8月19日まで),被告会社が支払うべき
月額保険料合計327万2670円を立替払した。
原告は,平成15年10月頃,被告X1から,有無を言わせぬ一方
的態度で,被告会社を被保険者とする自動車保険契約を原告名義で締
結するよう要求され,これに応じざるを得なかった。
修理代金等
原告は,別紙ロールスロイス修理代金等の立替払い一覧記載のとお
り,被告会社が支払うべき本件ロールスロイスの修理代金等合計92
万9691円を修理業者等に立替払した。
被告会社は平成15年12月より前は本件ロールスロイスの修理代
金等を自ら支払っていたが,原告は,同月になって,被告X1から
「払っといて」と言われ一方的に請求書を渡されたり,「修理しとい
て」等と言われ一方的に修理代金等の支払を要求されたりするように
なり,被告X1の有無を言わせぬ一方的な態度のため,これに応じざ
るを得なかった。
駐車場賃料
被告会社は,平成13年5月,賃貸人X5との間で東京都世田谷区
<以下略>所在の駐車場を月額3万3000円で賃借する旨の賃貸借
契約を締結した。賃料は,平成14年12月以降,月額3万5000
円となった。
原告は,被告会社の依頼を受け,平成15年12月から平成24年
4月までの間,毎月末日頃,被告会社が支払うべき上記月額賃料を立
替払した。また,同年5月10日,同月20日までの日割り賃料2万
5000円を立替払した。その合計額は356万円である。
被告会社は平成15年12月より前は上記賃料を自ら支払っていた
が,原告は,同月になって,被告X1から「払っといて」と言われ一
方的に支払を要求されるようになり,被告X1の有無を言わせぬ一方
的な態度のため,これに応じざるを得なかった。
(被告会社の主張)
本件ロールスロイスは,専ら被告X1のタレント業務遂行に伴う移動
にのみ使用される原告の社用車であった。すなわち,被告会社は,自己
の所有する本件ロールスロイスを原告の社用車として使用することを認
めたのであり,必要経費である自動車保険料,修理代金,駐車場料金等
は当然に原告が負担するものとされていた。
仮に原告主張のような立替払があったのであれば,原告は,被告会社
に支払う報酬と相殺するのが簡便なはずであるが,そのような処理はさ
れていない。
なお,原告主張のエルグランドも原告の社用車であったが,これは原
告従業員の移動や荷物の運搬に使われていた。
イ消滅時効の成否
(被告会社の主張)
上記立替金が存在したとしても,当該立替払は商行為であり,別紙ロ
ールスロイスの修理代金等の立替払い一覧中平成18年3月31日支払
分までは商法522条により消滅時効が完成している。
(原告の主張)
争う。
本件ロールスロイスは社用車でなかったから,同車に係る費用の立替
払は原告の営業と何ら関係しない。
第3当裁判所の判断

前記争いのない事実等に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以
下の事実が認められる(なお,書証の枝番の記載は省略する。以下同じ。)。
原告の設立等(甲1,37,原告代表者)
ア原告は,昭和63年10月25日に設立され,専ら被告X1のための
芸能プロダクションとして活動することが予定されていた。被告X1は,
この頃,原告との間で本件所属契約を締結し,原告専属のタレントとし
て活動するようになった。
原告の会社名「株式会社エービープロモーション」は,設立当時の代
表者阿部の姓にちなんで名付けられたものである。
イX2は,平成元年頃に副社長として原告に入社し,平成12年頃に代
表取締役となった。
本件衣装及び本件譜面の管理(甲27~30,原告代表者)
被告X1が芸能活動を行うに当たり使用する舞台衣装や譜面は,所属プ
ロダクションである原告が費用を負担して作成し,管理していた。
本件衣装は,少なくとも平成20年頃以降,原告が賃借した旧倉庫に預
け入れられており,その鍵は原告が本件事務所で管理していた。また,本
件譜面は,原告が本件事務所で保管していた。
本件独立前の原告の経営状態(甲27~29,原告代表者)
ア原告の所属タレントは被告X1のみであり,原告の収入は専ら被告X
1の出演者報酬であった。
イ原告の売上げは,第31期(平成20年6月1日~平成21年5月3
1日)が約3億8000万円,第32期(平成21年6月1日~平成2
2年5月31日)が約4億5000万円,第33期(平成22年6月1
日~平成23年5月31日)が約3億1000万円であり,第31期及
び第32期には営業利益が340万円ないし450万円程度あったが,
第33期には,売上げの減少に比して支払制作費,販売費及び一般管理
費がさほど減少しなかったことから約2300万円の営業損失が生じた。
また,この期は前期に比し借入金が1000万円余り増加して約950
0万円に,未払金が2000万円以上増加して約5000万円になり,
原告の財務状態は悪化した。
ウ平成24年に入ると,原告は,一時,従業員給与や被告X1への出演
者報酬の未払,本件事務所の賃料の滞納が生じる状態となった。
本件独立に至る経過(甲18,32,34,37,乙1,3,4,原告
代表者)
アら,X2とX3が相談
した結果,X3が原告の経営に加わることになった。X3は,被告X1
のプロデュースする飲食店の経営者であり,従前からX2と親しくして
いた。当初はX3が社長に,X2が会長になるとの話があったが,原告
の負債が過大なことから,平成24年7月頃までに,新しい芸能プロダ
クションを設立し,X3が社長,X2が顧問となって,被告X1を原告
からこのプロダクションに移籍させるという話になった。そして,新た
に設立するプロダクションの名称を原告の略称である「エービープロ」
と酷似した「ABプロ」とすること,その事務所を従前の原告の事務所
と同じ場所に置くことが了解された。
イX2とX3は,上記アの話合いを踏まえて,当事者を原告(代表者X
2),X2及びABプロ(代表者X3)とする本件覚書を締結した。そ
X2の負債につき責任を負わないこと,X2が顧問としてABプロに協
力することなどが明記された。なお,本件覚書の作成時期につき,原告
は同年7月頃である旨,被告らはABプロが設立された同年8月22日
以降である旨主張するところ,後記ウのとおり原告が従業員を退職させ
るなどしていることに照らし,同年7月20日頃までに締結されたと認
めるのが相当である(本件覚書にはABプロの会社印及び代表者印が押
されているが,設立準備のため既に印鑑等が作成されており,X3は設
立後のABプロに効果が及ぶものとして本件覚書を締結したと考えられ
る。)。
ウ原告は,同月20日頃,原告の全従業員を退職させ,同年8月以降は
原告に在籍するのはX2のみとなった。また,原告は,同年7月20日,
「株式会社エービープロモーションABプロ口」名義の銀行口座を新
たに開設し,以後,取引先が原告に支払う金銭の入金先は全て同口座と
し,原告の負担すべき費用の一部も同口座から支払うようにした。さら
に,原告は,同月末日を期限とする同年8月分の本件事務所の賃料を支
払わなかった。このほか,原告は,同年8月28日,原告所有の社用車
(エルグランド)を売却する契約を締結し,本件ロールスロイスに係る
自動車保険契約を同月分をもって解約した。
エ被告X1は,同月14日,記者会見を行い,原告の経営状態の悪化を
理由に新事務所設立を視野に入れた原告からの独立を考えている旨発言
した。
オ同月22日,X3を代表者としてABプロが設立された。本店所在地
は,登記上は品川区<以下略>とされたが,実際の事務所は本件事務所
に置かれた。本件事務所は,この頃以降,ABプロの事務所として使用
されるようになったが,X2は従前どおり自由に出入りすることができ
た。X2は,同月下旬頃,2回にわたり本件事務所を訪れ,原告の帳簿,
通帳及び実印とX2の私物等を持ち帰ったが,従前原告が使用していた
パソコン,ブルーレイプレイヤー等は回収しなかった。
カABプロは,同月24日,新たに倉庫(以下「新倉庫」という。)を
賃借し,この頃,原告が管理していた旧倉庫の鍵を用いて本件衣装を旧
倉庫から搬出して新倉庫に移し,以後,新倉庫で保管することとした。
旧倉庫の賃料は月額15万1200円,新倉庫の賃料は月額7万196
0円であり,原告は後日新倉庫の1か月分の賃料を負担するものとされ
た。
本件独立及びその後の状況(甲15~17,30,37,原告代表者)
ア被告X1は,同年9月5日頃,原告から独立し,新事務所を設立する
旨の記者会見を行った。これ以降,被告X1は,ABプロ所属のタレン
トとして芸能活動をしている。
イX2は,同月25日旧倉庫へ赴き,本件衣装が搬出されていることを
確認した。また,同月30日に本件事務所に赴いたが,出入り口の鍵の
暗証番号が変更されていたため中に入ることができず,X3と会うこと
もできなかった。X2は,同年10月7日再度同所を訪れ,原告の帳簿,
名刺等を回収した。その後,X2がABプロの顧問に就任することはな
かった。
ウ原告は,同年12月24日到達の内容証明郵便により,被告X1に対
し,所有権に基づく返還請求として,本件譜面及び本件衣装を返還する
よう求めた。被告X1は,平成25年3月頃,原告に対し,当時の代理
人弁護士を通じ,ABプロが管理している衣装のリスト及び譜面の有無
を記載したリストを送付するとともに,衣装及び譜面を返却する意向が
あることを伝えた。その後,原告がこれらの返却を受けることはなく,
その結果,現在に至るまで,本件衣装は新倉庫に,本件譜面は本件事務
所に,それぞれ保管されている。
エ原告は,同年4月23日到達の内容証明郵便により,被告X1に対し,
被告らに対する貸付金及び立替金合計3050万8142円(ただし,
内訳は定かでない。)の支払を求めた。原告がこれ以前に被告らに対し
貸付金あるいは立替金の支払を求めたことはない。

本件所属契約が平成24年9月5日頃に事実上終了したことは前記争い
く一方的に独立したものであるので,本件所属契約の債務不履行に当たる
旨主張する。
そこで判断するに,上記認定事実によれば,X2とX3は,原告の経営
状態が悪化して被告X1への報酬の支払が滞りかねないとの状況下で,被
告X1の芸能活動を継続させるため,それぞれ原告及び設立準備中のAB
プロの代表者として,被告X1が今後在籍すべき芸能プロダクションとし
てABプロを新たに設立し,被告X1を移籍させ,X2も顧問としてAB
プロの利益になるよう協力するとともに,その芸能活動に必要な資産を引
き継ぐこととする一方,原告の債務はそのまま原告に残すものとして本件
覚書を締結したことが明らかである。そうすると,本件覚書に従った手続
が順調に進んだ場合には,被告X1はABプロに移籍し,原告は廃業する
ことが予定されていたとみることができる。このことは,新たに設立され
るプロダクションの名称が原告の略称と酷似しており,本件事務所を引き
続き使用するとされたこと,原告が同年7月下旬以降全従業員を退職させ,
本件事務所の賃料の支払をやめ,社用車の売却手続を行うなど,原告の廃
業に向けた手続が対外的にも見える形で種々進んでいたことからも裏付け
られる。実質的に考えても,被告X1は原告の唯一の所属タレントであり,
原告の収入は専ら被告X1の出演料だったのであり,原告の財務状況が悪
化し,従業員給与や被告X1への報酬の未払,本件事務所の賃料支払の遅
滞等も生じていた状況下で,被告X1がABプロに移籍してもなお原告を
存続させるべき理由は見当たらない。
そして,被告X1がABプロに移籍して原告を廃業することは,本件覚
書の当事者である原告はもとより,被告らも当然に了解していたと解され,
本件独立はこれに従ったものであるから,原告は被告X1による本件独立
に同意していたというべきである。
これに対し,原告は,被告X1が原告に対し相当額の移籍金を支払うこ
とが本件覚書の効力を生じさせる停止条件であった,また,被告らが当該
移籍金についての協議の存在及び内容を開示し,又は漏らしてはならない
ことが当然の前提となっていたが,被告X1が記者会見で協議の存在を公
表したため前提条件が崩れ,移籍金の支払もされなかったため,本件覚書
は効力を生じていない旨主張する。
しかし,本件覚書に移籍金について何ら記載がないこと,移籍金の支払
について具体的協議がされなかったことは原告も認めるところである。ま
た,原告は,被告X1を唯一の所属タレントとする会社であって,ABプ
ロを設立して被告X1を移籍させた後は廃業することが予定されていたこ
とは上記のとおりであるから,そのような会社について原告が主張する移
籍金支払の必要性についての議論が妥当することはないし,原告が主張す
る移籍金支払の商慣習の存在を認めるに足りる証拠もない。
したがって,原告の上記主張は失当である。
以上のとおり,本件独立は原告の同意の下に行われたものであるから,
これをもって被告X1の債務不履行に当たるということはできない。
原告は,被告会社についても本件独立につき債務不履行がある旨主張す
会社について債務不履行を認める余地はない。
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の被告ら
に対する債務不履行による損害賠償請求は理由がない。

本件衣装の保管場所が旧倉庫から新倉庫に移転
定のとおりであり,原告はこれにより原告の所有権が侵害された旨主張す
る。
を移動させるに当たっては従前原告が管理していた鍵が用いられたこと,
新倉庫の賃料は旧倉庫の約半分となり,1か月分の新倉庫の賃料を原告が
負担するとされていたことに照らせば,原告は本件衣装を旧倉庫から新倉
庫へ移動させることを承諾していたと認めるのが相当であり,被告らによ
る無断持出しであるとの原告主張は採用できない。そして,前記1及び2
で判示した本件独立の経過によれば,本件衣装は,X2が本件事務所に置
いたままにしたパソコン等や後述の本件譜面と同様に,被告X1のその後
の芸能活動に使用され得るものであることから,従前被告X1の所属事務
所として原告が行っていた本件衣装の管理が新たな所属プロダクションで
あるABプロに引き継がれたとみることができる。
これに対し,原告は,被告X1が原告に対し,本件衣装を返却したい意
向を持っている旨伝えたことから,無断持出しを認めていると主張する。
原告から本件衣装の返却を求められたことに対し返却する意向を持ってい
る旨伝えただけであり,無断持出しを認めているとは解されない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の本件衣装
持出しに係る損害賠償請求は理由がない。

のであり,被告らが本件譜面を持ち出したとは認められない。
の業務を引き継いだことに伴い,芸能プロダクション活動に必要な本件譜
面の保管を続けているものであって,原告もこれを了解していたというべ
きである。
これに対し,原告は,被告X1が本件譜面を返却したい旨伝えたことか
様の理由により,これを採用することはできない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の本件譜面
持出しに係る損害賠償請求は理由がない。

原告は,本件衣装が美術の著作物に当たること及び原告がその著作権者で
あることを前提に,被告らに対し本件衣装の複製,展示,譲渡,貸与及び変
形の差止めを求め,被告らによる著作権侵害のおそれを基礎づける理由とし
て,①被告らが本件衣装を無断で持ち出したこと,②被告X1が原告に無断
で本件独立を行い現在も歌手として芸能活動を継続していることを挙げる。
そこで判断するに,①について被告らの無断持出しではないことは前記3
の,②について本件独立が原告の同意に基づくものであることは前記2のと
おりである。また,被告X1が現在も歌手として芸能活動を継続しているこ
とは,被告X1が本件衣装を着用する可能性があることは格別,複製,譲渡,
貸与又は翻案するおそれがあることを基礎づけるとみることはできない。さ
らに,上記着用が美術の著作物の展示に当たるとみる余地があるとしても,
以上に説示した本件の経過に照らせば,原告はこれを許諾していたというべ
きである。
したがって,本件衣装に著作物性が認められ,原告がその著作権者である
としても,原告の本件衣装の著作権侵害に基づく差止請求は理由がないとい
うべきである。

原告は,編曲物である別紙譜面目録記載の各音楽について著作権を有する
旨主張するが,その譜面を提出した同目録記載1~3,5,7,15,16,
19,20,23,24,30,32,56,58,61,64,65及び
67の各音楽並びに譜面を提出しないそれ以外のもののいずれについても,
原曲と対比していかなる部分に編曲物としての創作性があるのかについて何
ら主張立証をしない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の本件譜面に
係る音楽の著作権に基づく差止請求は理由がない。

原告は,平成15年3月31日に被告X1に対し300万円を弁済期の
定めなく貸し付けた旨主張し,これに沿う証拠であるとして,X2の供述
(甲37,原告代表者)のほか,①平成15年3月31日の入出金が記録
されたページの欄外に「X4さんより3,000,000→X1さんへ3,000,000貸
付する」との手書きの記載がある原告名義の銀行口座の通帳(甲31),
②平成15年5月31日付けの貸方欄に「貸付金X13,000,000」,
借方欄に「長期借入金X43,000,000」との記載がある原告の総勘定
元帳中の「科目:現金」の部分(甲6),③被告X1に対する貸付金30
0万円及び各年の未収利息9万円の記載がある原告の第31期~第33期
の決算報告書(甲27~29)を提出する。
そこで判断するに,①については,手書きの記載にとどまり,現金でさ
れたという貸付けの経過が預金通帳に書き込まれた理由や時期は不明であ
る。②については,原告主張の貸付けと時期が相違しており,原告が当時
そのような会計処理をしたという以上の事実を示すとはいえない。③につ
いては,年3%の利息を受領すべきものとして記載されているところ,こ
れは利息の定めがなかったとの原告主張と整合しない。これに加え,原告
主張の貸付けに係る借用書等は作成されておらず,金員の交付を裏付ける
直接的な証拠は存在しないこと,原告が被告X1に対し本件独立に関し紛
争が生じるまで10年近くの間一度も返還を求めたことがないことを併せ
考えれば,原告主張の貸付けがあったと認めるに足りないというべきであ
る。
これに対し,X2は原告主張に沿う供述をするが(甲37,原告代表
者),以上に説示したところに照らし,これを採用することはできない。
したがって,原告の被告X1に対する貸金返還請求は理由がない。
8X1への立替金の有無)について
証拠(甲7,乙2,原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,被
告X1と本件所属契約を締結した昭和63年頃から一貫して,被告X1が芸
能関係者等に贈った花の代金は,請求書の宛先が被告X1になっているもの
も含めて全て支払い,被告X1に対しその代金を請求したことは一度もなか
ったこと,被告X1は,同じ日に同じ店に花を注文する場合でも,芸能活動
の一環としてのものは原告宛てに請求されるようにし,芸能活動と無関係の
ものは被告会社宛てに請求されるようにしていたこと,原告が代金を支払っ
た花の贈り先のほとんどは芸能人あるいは芸能関係者であることが認められ
る。
これらの事実に鑑みれば,原告と被告X1の間には,被告X1が芸能活動
の一環として贈る花の代金は,請求書の宛先を問わず原告が負担する旨の合
意があり,原告は当該合意に基づいて別紙花代金の立替払い一覧記載の花代
金を支払ったものというべきである。
したがって,原告の主張は失当であり,原告の被告X1に対する立替金請
求は理由がない。

原告は,平成14年2月27日に被告会社に対し1000万円を弁済期
の定めなく貸し付けた旨主張し,これに沿う証拠であるとして,X2及び
原告の元従業員の供述(甲37,38,証人X6,原告代表者)のほか,
①平成14年2月27日欄に1000万0840円が送金された旨の印字
があり,その横に手書きで「Y1」と記載されている原告名義の銀行口座
の通帳(甲33),②平成14年5月31日付けの貸方欄に「貸付金X
110,000,000」との記載がある原告の総勘定元帳中の「科目:長期借入
金」の部分(甲8)を提出する。
そこで判断するに,①は手書きの書き込みにとどまる上,①と②は日付
及び勘定科目が合致しておらず,②は原告が当時そのような会計処理をし
たという以上の事実を示すとはいえない。これに加え,原告主張の貸付け
については,会社間の取引であるのに借用書等は作成されておらず,弁済
期の定めも定かでないこと,原告が被告会社に対し本件独立に関し紛争が
生じるまで約10年間一度も返済を求めたことがないことに鑑みると,原
告主張の貸付けがあったと認めるに足りないというべきである。
したがって,原告が被告会社に1000万円を貸し付けた旨をいうX2
等の供述を採用することはできず,原告の被告会社に対する貸金返還請求
は理由がないと解すべきである。
10
証拠(甲10~14,17,27~29,原告代表者)及び弁論の全趣
旨によれば,本件ロールスロイスは被告会社の所有であり,専ら被告X1
が移動する際に使用されていたこと,原告は,保険会社との間で,本件ロ
ールスロイスについて被告会社を被保険者とする保険契約を締結しその保
険料を支払っていたこと,本件ロールスロイスの修理代金等の請求書のう
ち被告会社宛てになっているのは車検の際の費用のみであり,その余の請
求書はいずれも原告宛てになっていること,原告は請求書の宛先を区別せ
ず支払を行っていたこと,原告は自己名義で駐車場を賃借してその賃料を
支払い,これを経費として計上していたこと,原告は,これらを支出した
という平成15年から約10年間にわたり本件ロールスロイスに係る諸費
用を被告会社に対し請求していないことが認められる。
上記事実関係によれば,原告は,所属タレントである被告X1が使用す
る本件ロールスロイスに係る諸費用を,被告X1のイメージを高め,ある
いは維持するための経費として自ら負担することとして支払っていたもの
ということができる。
これに対し,原告は,原告には別の社用車があり,本件ロールスロイス
を社用車とする必要はなかった旨主張する。しかし,原告のいう社用車
(エルグランド)は本件ロールスロイスとは車種及び用途が異なるもので
あり,原告がこれとは別に被告X1のために本件ロールスロイスの諸費用
を負担することは不合理でないから,原告の主張は失当である。
したがって,原告の被告会社に対する立替金請求は理由がない。
第4結論
以上のとおり,原告の請求はいずれも理由がないから,主文のとおり判決
する。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官長谷川浩二
裁判官清野正彦
裁判官藤原典子
別紙【衣装目録】及び【譜面目録】省略

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