弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し、金一七八万八八五三円及びこれに対する昭和五八年四月
一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その四を控訴人の負担としてその余
を被控訴人の負担とする。
       事   実
 控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金八三二万六三九二円
及びこれに対する昭和五八年四月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支
払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控
訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求
めた。
 当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付け加えるほか、原判決事実摘示及び訴
訟記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の補充主張)
1 控訴人は、被控訴人が解雇予告書を手交して退職を迫つたために、やむをえず
辞職届を提出し退職給与金につき正当な金額との差額を請求したのである。右経緯
によれば被控訴人は控訴人に対し退職を勧奨したというべきである。仮にそうでな
いとしても控訴人の退職は自己都合によるものということはできない。いずれにせ
よ控訴人の退職給与金については条例六条を準用すべきである。同条は、退職者に
対し退職金を支給するかどうか、またその支給額その他の支給条件についてこれを
法定しているのであつて市長に裁量の余地はなく、同条所定の市長の承認は退職金
の予算枠を確保するための内部手続にすぎないから、右承認のないことは退職金の
支給を拒む理由にはならない。
2 仮に条例第四条、五条を適用するにしても、附則三項及び経過措置により被控
訴人主張の金額に一〇〇分の一一七を乗じて得られた金一一四一万七〇四九円が退
職給与金の正当な金額である。
3 共済法に基づく退職共済契約は、事業主が共済契約者となつて第三者である従
業員のためにする契約であり、事業主と従業員との間の法律関係については何ら規
制していないから、右契約を根拠としてこれが事業主の従業員に対する退職金債務
を履行するための手段にすぎない、と断ずることはできない。しかも被控訴人の退
職慰労金規則八条によれば、事業団に対する掛金支払は事業主と従業員が各半額宛
を負担する定めになつているから、退職慰労金が退職給与金に含まれるという被控
訴人の見解に従つて処理された場合には、労働基準法一八条、二四条との抵触問題
をも生ずるものであり、従つて退職慰労金の支給をもつて退職給与金債務の内入弁
済に充当することはできないというべきである。
       理   由
一 本件の事実関係は、原判決一〇枚目裏三行目から同一一枚目表六行目まで、同
面一一行目から同丁裏八行目まで(但し、同丁表一二行目の「勧奨を受けて」の前
に「二五年以上勤続しその者の非違によることなく」を加える。)、同一二枚目表
末行から同一三枚目表五行目まで(但し、「証人A」の前に「原審及び当審」と加
える。)、同一四枚目表三行目から同丁裏一〇行目の「認められる。」まで(但
し、「証人A」の前に「前掲」を、「原告本人」の前に「原審及び当審における」
を各加える。)に説示されているとおりであり、これを引用する。
二 控訴人は、勧奨を受けて退職した者であるから退職給与金支給について条例六
条、附則三項が準用されるべきである、と主張するので判断する。
 規則三条の「常務職員の給与、勤務時間その他の勤務条件等に関しては、山形市
職員に適用される規定を準用する。」との定めは、その性質、内容上相容れない部
分の準用を排する趣旨であると解されるところ、同市において勧奨退職制度が設け
られている所以は、地方公務員は分限、懲戒による場合(昭和五六年法律第九二号
による改正後は定年制も導入された。)のほかその意に反して離職せしめられない
という強い身分保障を受け、たとえ公務の能率向上を目的に掲げたとしても任命権
者において任意に職員を免職することを認めないので、地方公共団体において職員
の新陳代謝を促進し職員の年齢構成を正常な状態で維持するためには、離職を相当
とする職員について辞職を誘引する以外に方法がないから、退職手当額に優遇措置
を講じて退職を勧奨し、もつて辞職申出を決意させる必要があるからであり、勧奨
退職制度は公務員の身分保障と表裏一体の関係にあるといつてもよい。他方、被控
訴人のような民法上の財団法人における雇用契約関係にあつては使用者は原則とし
て被用者を解雇する権利を有し、例外的に解雇権濫用の法理、労働基準法上の解雇
予告及び予告手当等の制度による制約を受けるのにすぎないから、従業員の新陳代
謝を促進しその年齢構成を正常な状態で維持するためには解雇権を行使すれば足
り、定年制が設けられていなくとも支障はなく、勧奨退職制度を必ずしも必要とせ
ず、使用者が雇用秩序を形成するにあたり勧奨退職制度を採用しないのが通例であ
り、それには十分な合理性がある。従つて、山形市職員に適用される規定のうち勧
奨退職に関する規定は被控訴人の職員には準用されないものと解するのが相当であ
る。
 ところで、前記引用の原判決確定の事実関係によれば、被控訴人は同様の見解の
もとに控訴人に対しいわゆる退職勧奨の手続をとらず、昭和五八年二月二八日に同
年三月三一日をもつて解雇する旨の意思表示をしたところ、その始期到来前の同月
二八日に控訴人から辞職申出があつたために、被控訴人において右解雇の意思表示
を撤回しあらためて控訴人の右辞職申出を承諾し、ここに被控訴人と控訴人との間
の雇用関係は合意により解消したものであるから、被控訴人が控訴人の退職給与金
の算定につき条例六条の準用を排し、条例四条、五条を準用した判断は相当であ
る。被控訴人が控訴人についていわゆる勧奨退職の取扱をしなかつたことが権利の
濫用または信義則違反となるものではない。そして、右条例四条、五条によれば控
訴人に支給すべき退職給与金額は被控訴人主張の算定方法による九七五万八一六二
円となる。なお控訴人はこの額に附則(昭和四八年九月改正)三項による修正を施
すべきであると主張するが、控訴人は前認定の如く自己都合により退職した者にあ
たるから右附則は準用されない。
三 次に被控訴人は、事業団から支給された退職慰労金一七八万八八五三円は控訴
人に対する退職給与金債務の内入弁済に充当されるべき旨を主張しているので判断
する。
 共済法の主旨は、原判決一三枚目裏七行目から同一四枚目表二行目までに説示さ
れているとおりであるが、前引用にかかる原判決一四枚目表五行目から一一行目ま
でに説示された事実に徴すると、被控訴人においては共済法の規定に違背して、共
済契約者である事業主の被控訴人が納付義務を負う掛金の半額を被共済者である従
業員に出捐せしめる取扱をしているため、退職慰労金の支給は右従業員負担部分相
当額に関する限り積金払戻の性格を帯び、もしこれを退職給与金債務の内入弁済に
充当するならば、控訴人の指摘する如く労働基準法一八条、二四条に抵触するおそ
れもあるところ、退職慰労金規則は、従業員に対し退職慰労金という名目で共済法
に基づく退職金を支給する旨を定めているのであつて、これが規則・条例に基づく
退職給与金の一部に充当されるとの規定はない。以上を合わせ考えると、前示事業
団から支給された退職慰労金は規則・条例に基づく退職給与金債務の内入弁済に充
当することはできないと解するのが相当である。
 そうすると、被控訴人が控訴人に対し支給すべき退職給与金九七五万八一六二円
のうち被控訴人に支払われたこと当事者間に争いのない金七九六万九三〇九円を差
引いた残額すなわち退職慰労金相当額金一七八万八八五三円については支払われて
いないことになる。
四 よつて控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し右退職給与金残金一七八万八八五
三円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五八
年四月一三日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求
める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべ
きであり、控訴人の請求を全部棄却した原判決は一部不当であるのでこれを右のと
おりに変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、
主文のとおり判決する。
(裁判官 輪湖公寛 小林啓二 木原幹郎)

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