弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,120万円及びこれに対する平成17年3月29日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1事案の骨子
本件は,大阪市議会財政総務委員会委員長から同委員会の傍聴を許可しない
旨の処分を受けたいわゆるフリージャーナリストの原告が,①委員会傍聴の
許可制を定めている大阪市会委員会条例12条1項は,憲法21条1項に違反
し無効である,②市政記者クラブ所属の記者の傍聴のみを許可するとしてい
る大阪市会先例314は,憲法21条1項,14条1項に違反し無効である,
③上記委員長がした上記傍聴不許可処分には,憲法21条1項,14条1項
違反又は裁量権の範囲の逸脱若しくはその濫用の違法がある,などとして,被
告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料100万円及び弁護士費用2
0万円並びにこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である平成17年3月2
9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め
ている事案である。
2法令の定め
地方自治法111条は,同法109条ないし110条に定めるものを除くほ
か,委員会に関し必要な事項は,条例でこれを定める,と規定している。
大阪市会委員会条例(昭和31年大阪市条例第28号。以下「本件条例」と
いう。)12条1項は,「委員会は,議員のほか傍聴を許さない,但し,報道
の任務にあたる者その他の者で委員長の許可を得たものについては,この限り
でない。」と規定している。同条2項は,「委員会は,その決議により秘密会
とすることができる。」と規定し,同条3項は,「委員長は,秩序保持のため,
傍聴人の退場を命ずることができる。」と規定している。
3前提となる事実等(当事者間に争いのない事実及び証拠等により容易に認め
られる事実等。以下,書証番号は特に断らない限り枝番を含むものとする。)
(1)原告は,大阪市の住民である。【弁論の全趣旨】
(2)原告は,いわゆるフリージャーナリストであり,その著書としては,
「A」(朝日新聞社),「B」(ダイヤモンド社),「C」(日本経済新聞
社編著),「D」(岩波ブックレット),「E」(岩波新書),「F」(法
律文化社/共著),「G」(集英社新書),「H」(青木書店編著),
「I」(現代人文社編著)等がある。原告は,大阪市政記者クラブに所属し
ていない。【甲6,弁論の全趣旨】
(3)大阪市議会(以下「大阪市会」ということがある。)においては,下記
のような先例(大阪市会先例314。以下「本件先例」という。)がある。
【乙5】

委員会は,市政記者の傍聴を許可する。
委員会は,議員のほか報道の任務に当たる者のうち,市政記者クラブ所
属の報道関係者の傍聴を許可している。
昭和42年10月16日の各派幹事長会議の決定により,機関誌の報道
関係者の傍聴は認めていない。
なお市政記者から写真撮影の申し出があるときは,委員会に諮り許可す
るのが例である。
(4)原告は,平成17年3月3日ころ,大阪市会財務総務委員会のC委員長
(以下「C委員長」という。)に対し,同月14日に開催される同委員会
(以下「本件委員会」という。)の傍聴の許可申請をした。【争いのない事
実,甲1】
(5)C委員長は,平成17年3月7日,原告に対し,下記の理由により,同月
14日に開催される本件委員会の傍聴を許可しない旨の処分(以下「本件不
許可処分」という。)をした。【争いのない事実,甲2】

貴殿からの傍聴申請に対し,財務総務委員会各派代表者会議での協議を
受けて,委員長として次のとおり回答します。
大阪市会委員会条例12条1項では,「委員会は,議員のほか傍聴を許
さない。但し,報道の任務にあたる者その他の者で委員長の許可を得た者
については,この限りでない。」と規定されていますが,従前から委員会
室での傍聴は市政記者に許可するのが先例となっています。
なお,本市会では,委員会室が手狭で傍聴スペースが十分に確保できな
いことから,別途,本庁舎内においてモニター放映を実施して,委員会の
公開に努めており,3月14日の本委員会につきましても,本庁舎P1階
の傍聴者控室でモニター放映が実施されます。
本件に対する各派の意向は賛否両論ありましたが,従前どおりの取扱い
とする意向が多数でした。
したがって,委員長としては多数の意向を踏まえ,許可しないことと判
断し,この旨回答します。
ご理解いただきますようお願い申し上げます。
(6)原告は,平成17年3月23日,当裁判所に対して本件訴えを提起した。
【顕著な事実】
4争点
(1)本件条例12条1項が憲法21条1項に反し無効であるか否か。
(2)本件先例が憲法21条1項に反し無効であるか否か。
(3)本件先例が憲法14項1項に反し無効であるか否か。
(4)本件不許可処分が憲法21条1項に反するか否か。
(5)本件不許可処分が憲法14条1項に反するか否か。
(6)本件不許可処分には裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるか否か。
(7)原告が被った損害の額はいくらか。
第3争点に関する当事者の主張
1争点(1)(本件条例12条1項の憲法21条1項適合性)について
(1)原告の主張
委員会を原則非公開とし,その傍聴を委員長の許可にかからせている本件
条例12条1項は,知る権利及び取材の自由を保障した憲法21条1項に違
反し,無効である。
ア委員会傍聴の憲法的保障
市民が委員会を傍聴することは,知る権利の一環として,憲法21条1
項により保障されている。
(ア)知る権利と憲法21条1項
憲法21条1項は,「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の
自由は,これを保障する。」と定めているが,最高裁は,「各人が自由
にさまざまな意見,知識,情報に接し,これを摂取する機会をもつこと
は,その者が個人として自己の思想及び人格を形成,発展させ,社会生
活の中にこれを反映させていく上において欠くことのできないものであ
り,民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達,交流の確保とい
う基本的原理を真に実効あるものたらしめるためにも必要であって,こ
のような情報等に接し,これを摂取する自由は,右規定の趣旨,目的か
ら,いわばその派生原理として当然に導かれるところである。」(最高
裁昭和58年6月22日大法廷判決,同平成元年3月8日大法廷判決)
と述べており,知る権利が憲法21条によって保障された基本的人権で
あることは確定した最高裁判決である。
また,市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」とい
う。)19条2項も,上記と同じ趣旨から,すべての者はあらゆる種類
の情報及び考えを求め,受け及び伝える自由を有する旨規定している。
(イ)議会及び委員会の傍聴と知る権利
民主主義社会において,統治機関が有する情報を知る権利は,特に重
要である。例えば,アメリカ合衆国憲法の制定者の一人であるジェーム
ズ・マディソンや,同国が1966年に情報自由法を制定した当時の司
法長官ラムジー・クラークは,民主主義が健全に機能するためには,国
民の政府保有情報を知る権利を確保することが重要である旨説いている。
我が国でも,このことが次第に認識されるようになり,各自治体では公
文書情報公開条例が整備され,平成11年には,行政機関の保有する情
報の公開に関する法律が制定された。
しかし,情報公開は,行政機関の保有する文書に限定されるべきもの
ではない。例えば,アメリカ合衆国では,連邦レベルで,1972年に
諮問委員会の会議の公開を義務付ける連邦諮問委員会法が,1976年
に行政委員会の会議の原則公開を義務付けるサンシャイン法がそれぞれ
制定され,また,現在すべての州で会議公開法が制定されている。
そうすると,上記の知る権利の一環として,議会及び委員会の傍聴は,
当然に憲法上保障された権利として考えるべきである。
(ウ)議会及び委員会の公開の意義
我が国では,国会について,憲法57条1項が議会の会議を公開する
と定めているが,委員会については,国会法52条1項が「委員会は,
議員の外傍聴を許さない。但し,報道の任務にあたる者その他の者で委
員長の許可を得たものについては,この限りでない。」と規定している
だけである。また,地方自治体についても,地方自治法115条1項が
議会の会議の公開を義務付けているが,この会議には常任委員会,議会
運営委員会及び特別委員会の会議は含まれないと一般に解されており,
ほとんどの自治体において,自治省が作成した標準委員会条例のひな型
に従って,国会法52条1項と同じ規定が条例に盛り込まれている(本
件条例も同様である。)。
しかしながら,国会法は昭和22年に公布され,本件条例は昭和31
年に制定されたものであり,いずれも,民主主義社会における情報公開,
知る権利の重要性が全く認識されていなかった時代の産物である。しか
も,現在の国会及び地方議会の運営においては,ほとんどの議案が常任
委員会の審議に付され,そこで実質上の審議がされ,本会議の議事は単
なる形式的な儀式になってしまっているのが実態である。
したがって,現代では,民主主義社会の実現のためには,国会,地方
議会を問わず,実質的な決議機関と化している委員会の公開が議会の公
開以上に重要な意義を有しているのであり,委員会の傍聴が認められな
い限り,憲法57条1項,地方自治法115条1項の目的は全く実現し
ないことになるのである。このことは,平成10年5月29日に閣議決
定された地方分権推進計画において,「地方公共団体に対し,委員会審
議の公開等議会審議の公開制を高めるとともに,夜間議会の開催等住民
の関心が高まるような会議運営に努めるなど地方議会の一層の活性化を
推進するように要請する。」とされていることからも裏付けられる。な
お,平成15年の調査では,全国688市の35.5%に当たる244
市が常任委員会を原則自由公開としており,被告(大阪市)のように慣
例的に公開しないとする扱いをしている市は15市にすぎない。
(エ)以上のとおり,市民の委員会傍聴は,憲法21条1項により保障さ
れているというべきである。
イ取材の自由の憲法的保障
報道機関の取材の自由は,憲法21条1項により保障されている。
(ア)取材の自由と表現の自由
憲法21条は表現の自由を保障しているところ,表現行為の一部であ
る報道の自由にも憲法の保障が当然に及び,報道の不可欠の前提たる取
材についてもこれを保障しなければ自由な表現(事実の報道)を行い得
なくなるから,取材の自由にも憲法の保障が及ぶと考えるべきである。
(イ)取材の自由に関する判例
最高裁昭和44年11月26日大法廷決定は,「報道機関の報道は,
民主主義社会において,国民が国政に関与するにつき,重要な判断の資
料を提供し,国民の『知る権利』に奉仕するものである。したがって,
思想の表明の自由とならんで,事実の報道の自由は,表現の自由を規定
した憲法21条の保障のもとにあることはいうまでもない。」として,
報道機関の報道の自由が国民の知る権利に奉仕するため,これに憲法上
の保障が及ぶことを明らかにした上,「報道のための取材の自由も,憲
法21条に照らし,十分尊重に値いするものといわなければならな
い。」と判示した。
もっとも,取材の自由は「十分尊重に値いする」と表現した上記決定
は,取材の自由が保障されなくてもよいとみているわけではない。なぜ
なら,①取材の自由は報道の自由の不可欠の前提を成すものであって,
取材の自由にも当然に憲法21条の保障が及ぶべきであり,また,②
国民主権を基本原則の下,一般国民相互間で活発な討論が行われて個々
の国民の国政に対する主体的判断が醸成される(民主過程の維持)ため
には,報道機関によって国政の現状が多角的視点からより広範囲に伝達
されることが望ましく,さらに,③上記決定は,報道機関の取材の自
由に対する公権力の侵害(取材フィルムの刑事裁判への提出)が許容さ
れるかどうかの判断において,取材の自由の利益と刑事裁判を遂行する
利益の双方を比較衡量するアプローチ(ただし,後記のとおり,取材の
自由の侵害の合憲性判断基準としてこの比較衡量アプローチを採用すべ
きではない。)を採用し,従前まで取材の自由に対する判例で採用され
ていた公共の福祉論(最高裁昭和33年2月17日大法廷判決参照)よ
りも相当厳しい基準で違憲性を判断しているからである。
ウ取材の自由及び知る権利の制約立法の合憲性判断基準
取材の自由及び知る権利を制約する法律,条例等の立法の合憲性判断基
準としては,厳格な基準を採用すべきである。
(ア)比較衡量アプローチの問題点
取材の自由を報道の自由より一段低いものと捉え,取材の自由の制約
立法の合憲性の判断に当たっては,対立する法益について比較衡量する
アプローチを採用すべきという見解がある(もっとも,この見解も,そ
の比較衡量は,単純な較量でなく,言論の自由の高い価値に照らした判
断方法が採られるべきであるとする。)。
しかしながら,比較衡量アプローチには,衡量される利益としてどの
ようなものを選択するか,本来的に比較できないものを比較するため評
価は客観性が乏しく恣意的になりはしないか(結果として公益が優先さ
れないか),といった問題がある。実際に,比較衡量アプローチを採用
した判例(最高裁昭和44年11月26日大法廷決定,同平成元年3月
8日大法廷判決,同平成2年7月9日第二小法廷判決等)をみても,利
益の拾い上げ方について公的利益に対し強く肩入れをしている感が否め
ない。
このように,比較衡量アプローチは,判断者がその比較対照となる各
利益の価値判断の際に,有利な点や不利な点をいかようにもすくい上げ
ることができ,その結果,判断者の望む側の利益を容易に優越させる事
態を招くものであって,極めて恣意性の高い判断基準で取材の自由を不
当に低く見積もらせる手段となるから,取材の自由の合憲性判断基準と
して採用すべきではない。
(イ)「より制限的でない他の選び得る手段」の基準の合理性
前記のとおり,取材の自由は報道にとって必然的前提であるから,報
道の自由を保障するためにも,取材の自由には報道の自由と同程度の憲
法上の保障を及ばさなければならない。そして,取材に対する制限が結
果として報道を歪め,その報道が情報の受け手である国民の誤った政治
的判断を招いてしまうという重大な危険性を考慮するならば,取材の自
由を厚く保護するは当然というべきである。したがって,取材の自由の
限界の判断について,厳格な審査基準を用いるべきである。この点につ
いては,議会の傍聴と取材の自由に関する合憲性判断基準について,民
主主義の根幹を成す表現の自由が問題である以上,この権利保障は裁判
所の固有の役割であるから,取材の自由の制約には違憲性の推定が働き,
制約が許容されるかどうかは常に厳格審査によって判断されるべきであ
るとする見解もある。
しかるところ,およそ基本的人権の制約は最小限のものにとどまらな
ければならないことは憲法13条の要請するところであるが,表現の自
由については,その優越的地位にかんがみ,特に,その制約は過度に広
汎にわたっていないか,より制限的でない他の選択し得る手段が存しな
いか否か,が厳格に問われなければならない。
よって,表現の自由を制限する法令の合憲性判断基準としては,人権
の制約に正当な目的がある場合でも,その目的を達成するのに他に採り
うる手段があり,それによれば人権の制約がより少なくてすむという場
合には,必要最小限の範囲を超える制約を課すものとしてその制約を違
憲と評価する,「より制限的でない他の選び得る手段」の基準(以下
「LRA基準」という。)を採用すべきである。
エ本件条例12条1項の憲法21条1項適合性
LRA基準の本件への当てはめにおいては,まず委員会の傍聴を許可制
とした本件条例12条1項の趣旨ないし目的を洗い出してその正当性を吟
味し,同項の許可制という制限について他の選び得る手段がなかったか否
かが検討されなければならない。
(ア)本件条例12条1項の趣旨,目的
大阪市会の委員会を原則許可制にしたことの趣旨ないし目的としては,
以下の理由が想定される。
①委員会室の収容人員による制限
委員会室には空間的限界があり,その結果,委員会室に収容し得る
人員にも限界があることは当然のことである。そのため,委員会のメ
ンバーや審議に必要な市職員を除いた者の委員会室への収容を制限す
る必要がある。
②委員会における秩序維持
委員会は,大阪市会で審議する市政の課題について,事前に審議,
討論する場所であるから,その最中は静穏であることや,議論に集中
できる環境が整っていることを要する。そのため,多くの者を傍聴さ
せると,委員が議論に集中できず,また,一部の者から野次が発生す
るなどして,委員会の円滑な議事運営が阻害されるおそれがあり,傍
聴を制限する必要がある。
③秘密保持
委員会の議事の内容によっては秘密を保持しなければならないため,
このような場合には傍聴は禁止せざるを得ない。
(イ)LRA基準への当てはめ
上記(ア)①ないし③の趣旨ないし目的が,抽象的には合理性を有する
ことを否定することはできない。しかしながら,以下のとおり,その趣
旨ないし目的を実現する上で他の選び得る手段があるため,本件条例1
2条1項が定めている傍聴の許可制は,採用すべきでない。
①空間的問題について
表現の自由の優越的地位にかんがみると,委員会は原則公開とすべ
きであり,委員会室に傍聴人が入ることのできるスペースがある限り,
その範囲において傍聴することができる扱いとすべきである。その場
合,報道機関と一般傍聴人の優先順位,傍聴希望者間の優先順位の問
題があるが,その決定のルール(例えば,傍聴希望者間の優先順位に
ついては,先着順あるいはくじ引きで決めるということが考えられ
る。)を法律,条例の中に明示することにより混乱を防ぐことができ
る。よって,空間的問題を解決する他の手段があるから,その解決を
一律に許可にかからせている方法は,LRA基準に適合しないという
べきである。なお,大阪市議会の委員会室においては,委員席以外に
89席が用意されており,また,その他のスペースにも十分にゆとり
があるから,いすを補充すればさらに50席以上は確保することがで
きる(甲3)。
②委員会の秩序維持問題について
委員長がその都度問題を起こした者や審議を妨害する者を退室させ
ることにより委員会の秩序が保たれる(本件条例12条3項)から,
委員会の秩序維持という観点からも,許可制を採用するよりも他の選
び得る制限的でない手段がある。
③秘密保持問題について
委員会はその都度秘密保持が必要な事案の審議を秘密会とすること
ができる(本件条例12条2項)から,委員会の秘密保持という観点
からも,許可制を採用するよりも他の選び得る制限的でない手段があ
る。
(ウ)以上のとおり,市民の委員会の傍聴を許可制にしている本件条例1
2条1項の制限は,他の選び得る制限的でない手段があるため必要最小
限の規制とはなっておらず,憲法21条1項に違反するというべきであ
る。
オ以上のとおり,委員会を原則非公開とし,その傍聴を委員長の許可にか
からせている本件条例12条1項は,憲法21条1項に違反し,無効であ
る。
(2)被告の主張
委員会を原則的に非公開とし,その傍聴を委員長の許可にかからせている
本件条例12条1項は,憲法21条1項に違反しない。
ア知る権利の憲法的保障
原告は,委員会の傍聴はいわゆる知る権利の一環として当然に憲法上保
障された権利として考えるべきであり,本件条例12条1項は国民の知る
権利を侵害するから憲法21条1項に違反すると主張する。
確かに,知る権利は,憲法21条によって保障され,その内容として,
国民が情報を収集することを国家によって妨げられないという自由権とし
ての性格を有する面,国民が国家に対して積極的に情報の公開を請求する
という請求権的性格,さらに,個人が様々な事実や意見を知ることによっ
て初めて政治に有効に参加することができるという意味で参政権的な役割
を演ずる権利として位置付けられる面,を有する。
しかしながら,憲法21条は政府等に対し情報の公開を求める権利を抽
象的な請求権として保障したにすぎず,個々の国民が情報公開請求権を行
使するためには,公開の基準や手続等について法律による具体的定めが必
要である。しかるところ,地方自治法は普通地方公共団体の議会における
委員会について会議公開の原則を採用せず,その公開の許否等を各地方公
共団体の議会の裁量にゆだね,本件条例12条1項は,委員会は非公開を
原則とする旨定めているにすぎず,大阪市会の委員会を傍聴する権利を定
めた具体的な法律,条例はない。また,原告が引用する最高裁昭和58年
6月22日大法廷判決,同平成元年3月8日大法廷判決及びB規約は,い
ずれも,新聞,図書等の閲読,公開法廷の傍聴人によるメモといった,広
く一般に向けて発信された情報等に接し,これを摂取する自由に対する制
限に関しての事案(知る権利の自由権的側面に関する事案)であり,委員
会の傍聴申請のように,積極的に情報等の提供を政府その他の公共機関に
対して求める行為の制限についての事案(知る権利の請求権的側面に関す
る事案)には当てはまらない。
なお,原告は,常任委員会の公開状況について,平成15年の調査で
は全国688市の35.5%の市が委員会を原則自由公開とし,被告の
ように慣例的に公開しない扱いをしている市は15市にすぎないと主張
するが,被告は,後記4(2)のとおり,委員会の様子をモニターで放映し
ているため,「慣例的に公開しない」ではなく「その他」に分類されて
いる。
上記のとおり,委員会の傍聴が知る権利として憲法上具体的に保障され
たものではない以上,本件条例12条1項は憲法21条1項に違反しない
というべきである。
イ報道の自由の憲法的保障
原告は,本件条例12条1項は報道機関の取材の自由を侵害し,憲法2
1条1項に違反すると主張する。
しかしながら,原告が引用する最高裁昭和44年11月26日大法廷決
定においては,取材の自由は憲法21条に照らし十分尊重に値すると判示
されているにとどまり,それが当然に憲法21条により保障されていると
は考えられておらず,知る権利と同等の保障を前提とすることはできない。
その点を措くとしても,同決定等の事案は,取材フィルムの提出命令,
取材ビデオテープの押収,公開裁判における写真撮影の制限といった事柄
が,自由な取材を妨げられないといういわば取材の自由の自由権的側面を
侵害するか否かという問題に関する事案であるところ,本件委員会の傍聴
は,前記のとおり,非公開が原則となっている情報の提供を請求するいわ
ば取材の自由の請求権的側面に関する事案であり,本件には当てはまらな
い。そして,請求権的な取材の自由について,具体的な立法措置なくして
憲法上保障されているといえないことも明らかであり,このことからして
も,本件条例12条1項は憲法21条1項に違反しないというべきである。
ウ大阪市における傍聴許可制の合理性
原告は,本件条例12条1項が定めている委員会傍聴の許可制について,
その趣旨ないし目的が抽象的には合理性を有するものであることは否定で
きないが,他の選び得る手段があるため採用すべきでないと主張する。
しかしながら,地方自治法は,普通地方公共団体の議会における委員会
について会議公開の原則はこれを採用せず(同法115条1項本文にいう
「議会の会議」とは本会議のことである。),その公開の許否,いかなる
場合に公開するか等を専ら各地方公共団体の議会の自由裁量ともいうべき
広範な裁量に委ねている(同法111条)。そして,本件条例12条1項
は,議員以外の傍聴は許さないという原則の下で,例外的に委員長の裁量
により委員会の傍聴を許可するとしているが,同項が委員会を原則非公開
としているのは,委員会は議会の内部的審査機関であり,委員が案件につ
いてできる限り自由な雰囲気の中で闊達な発言と討論を尽くし,様々な角
度から詳細に審査することができるようにするためであり(国会法52条
1項の規定と同旨である。),その趣旨は合理的なものというべきである。
そうすると,委員会が原則非公開であることに合理性が認められる以上,
傍聴許可制の適否の判断につき,他の選び得る手段の有無や本件条例12
条1項が必要最小限の規制となっているか否か等を検討するのは誤りであ
る。
エ以上のとおり,委員会を原則的に非公開とし,その傍聴を委員長の許可
にかからせている本件条例12条1項は,憲法21条1項に違反しない。
2争点(2)(本件先例の憲法21条1項適合性)について
(1)原告の主張
報道機関のうち市政記者クラブ所属の記者の傍聴を許可し,それ以外の報
道記者の傍聴は認めない本件先例は,憲法21条1項に違反し,無効である。
ア本件先例の規範性
本件条例12条1項の運用規範である本件先例は,委員会は市政記者の
傍聴を許可するとしており,この「市政記者」とは,市政記者クラブ所属
の報道関係者のことであるとしている。ところで,本件先例は昭和42年
10月16日の各派幹事長会議の決定によるものであるが,これに基づい
て長年の間市政記者クラブの記者のみを許可する運用が定着していること
からすれば,本件条例と上記先例が一体となって委員会の傍聴を市政記者
クラブの記者のみに許可する扱いが定着しているとみることができる。そ
うすると,本件先例は,条例に準じる規範性を有しているとみることがで
きる。
イ本件先例の憲法21条1項適合性
前記のとおり,報道機関の取材の自由には憲法21条1項の保障が及ぶ
ものであり,これを制限する場合には,その目的に正当性があり,その手
段についてより制限的でない他の選び得る手段がない場合でなければなら
ない(LRA基準)。しかしながら,報道機関のうち市政記者クラブ所属
の記者の傍聴を許可し,それ以外の報道記者の傍聴は認めないという本件
先例の制限は,前記1(1)のとおり,より制限的でない他の選び得る手段
があるため,憲法21条1項に違反するというべきである。
ウしたがって,本件先例は,憲法21条1項に違反し,無効である。
(2)被告の主張
報道機関のうち市政記者クラブ所属の記者の傍聴を許可し,それ以外の報
道記者の傍聴は認めない本件先例が憲法21条1項に違反しないことは,前
記1(2)と同様である。
3争点(3)(本件先例の憲法14条1項適合性)について
(1)原告の主張
本件先例は,市政記者クラブ所属の記者を優遇し,市政記者クラブ所属記
者とそれ以外の報道記者とを合理的な理由なく差別しているから,憲法14
条1項に違反し,無効である。
ア本件先例が規範性を有することは,前記2(1)アのとおりである。
イ合憲性判断基準
憲法14条1項は,人種,信条,性別,社会的身分又は門地による差別
を禁止しているが,具体的事例において差別に合理的理由があれば,同条
違反にならない(最高裁昭和39年5月27日大法廷判決参照)。
ウ本件先例による報道機関と一般国民との区別の合理性
マス・メディアの表現の自由は,主権者である国民に必要不可欠な国政
に関する情報を提供して国民の知る権利に奉仕し,民主政治の過程に大き
く寄与するものであるから,ジャーナリストの表現活動全般が国民個人の
表現の自由より強く保障されなければならない。したがって,報道機関を
一般国民より優遇することは許され,これは合理的区別であると解される。
最高裁平成元年3月8日大法廷判決も,裁判傍聴時に報道機関の記者にの
みメモを取ることができるとした扱いについて,合理的区別であるとした。
もっとも,司法記者クラブ所属の記者のみを優遇しその他の報道機関の記
者を区別して扱ってもよいという趣旨であるならば,マス・メディア間で
の不合理な区別をすることになるから,上記判決の射程距離は,その点ま
では及んでいないというべきである。
エ本件先例による記者クラブ所属記者とそれ以外の記者の区別の合理性
市政記者クラブ所属記者の委員会傍聴は許し,それ以外の記者の委員会
傍聴を不許可とする本件先例には,合理的理由はない。
(ア)記者クラブは,公的機関などを継続的に取材するジャーナリスト達
によって構成される「取材・報道のための自主的な組織」といわれてい
る。そして,一般国民の知る権利を補強するために多様なマス・メディ
アを常に公平に確保した記者クラブ制度が形成され,その制度が長い歴
史の中で民主過程の維持に貢献してきたことを強調し,記者クラブ所属
の記者のみを優遇することを認めてよいという意見もある。
しかしながら,記者クラブの入会には一定の制約が課されており,週
刊誌,ミニコミ,外国報道機関,フリージャーナリスト等が記者クラブ
に所属することは事実上不可能に近く,記者クラブは,本来の建前から
は離れて,特定のマス・メディアのみで構成されている極めて排他的,
閉鎖的な団体と化している。また,記者クラブ制度は,記者クラブ所属
の記者に他の報道記者とは違う特権を与えているため,所属記者が自ら
の特権の維持を図ろうと公的機関の与える情報を無批判に受け入れてし
まうおそれがないともいえず,記者クラブ制度は,日本のジャーナリズ
ムを公権力の広報機関そのものにおとしめ得る危険性をはらんでいる。
実際に,記者クラブは,多くの場合,記者クラブ室の無償提供,電話代
及び光熱費の無償利用,情報提供等多大の特権を得ており,被告(大阪
市)においても市長室と同じフロアに広大な部屋が提供されている。
そうであるとすれば,記者クラブ所属記者にのみ特権を与えることは,
民主政治の健全な過程を維持する上で諸刃の剣の側面を有しているとい
うべきであり,記者クラブ制を通じた公権力の影響を受けない同クラブ
に所属しない報道記者にも同様の特権を公平に与えることが,より公正
で幅広い事実の報道を国民に提供する上で有益なのである。また,本件
委員会の傍聴を通じて原告が取材しようとした大阪市職員の厚遇問題と
いった全国レベルのニュースとなれば,在阪のメディアに限らず,在京
のメディア,大阪近隣のメディアも取材に来るのであるから,大阪市政
記者クラブに所属していないメディアがそれらのニュースを報道すれば,
より広く事実の報道がされて国民の知る権利により奉仕する結果となる。
さらに,テレビ,新聞,出版といった従来の情報伝達手段に加え,容易
に広範囲に多量の情報を伝達することのできるインターネットが情報の
自由市場の形成に大きく寄与している現代社会において,個人の報道機
関(フリージャーナリスト)と記者クラブ所属の記者を区別することに
ついても,合理的理由はないといわざるを得ない。現に,記者クラブ制
度そのものが同クラブに所属しない記者の報道ないし取材の自由を制限
するとの批判があり,長野県のように記者クラブそのものを否定した自
治体も出現しているのである。
(イ)市政記者クラブは単なる私的団体であり,ある報道機関がこれに加
盟するか否か,あるいは,加盟が認められるか否かは,完全な私的自治
にゆだねられており,大阪市はこれについて何ら関与していない。そう
すると,本件先例は,委員会傍聴の許否を委員長の判断ではなく,私的
団体である市政記者クラブの判断にゆだねたに等しくなる。例えば,あ
る報道機関が何らかの事由で市政記者クラブから除名された場合に,そ
の報道機関は委員長の関与なく自動的に委員会傍聴をすることができな
くなる。しかしながら,このことは,明らかに本件条例12条1項に反
するばかりでなく,市政記者クラブ所属の報道機関のみを,同じく報道
の自由を享受する他の報道機関と不合理に区別して有利に取り扱うもの
である。
(ウ)したがって,市政記者クラブ所属記者の委員会傍聴は許し,それ以
外の記者の委員会傍聴を不許可とすることについての合理的理由はない
といわざるを得ない。
オ以上のとおり,本件先例は,市政記者クラブ所属記者とそれ以外の報道
記者とを合理的理由なく差別したものであり,憲法14条1項に違反し,
無効である。
(2)被告の主張
報道機関のうち市政記者クラブ所属の記者の傍聴を許可し,それ以外の報
道記者の傍聴は認めない本件先例は,憲法14条1項に違反しない。
ア市政記者クラブについて
(ア)大阪市政記者クラブの目的,構成,運営等
大阪市政記者クラブは,取材活動の円滑を期することを目的とし,日
本新聞協会(全国の新聞,通信及び放送各社が昭和21年7月に創立し
た社団法人)に加盟する新聞,テレビ等の報道機関の記者であって,か
つ,大阪市行政を取材する者により構成される取材,報道のための自主
的な組織であり,平成17年12月1日現在の加盟者は23社,記者は
68名である。
大阪市政記者クラブに新たに入会を希望する者は,総会に諮り会員の
3分の2以上の賛同を得ることが必要である。同クラブの通常の運営は
同クラブの幹事が当たっており,幹事の任期は2か月である。同クラブ
においては,年2回定期総会が開かれて重要案件等の協議がされること
になっているが,総会は会員の3分の2以上の出席で成立し,決議事項
は過半数の賛同を得なければならないとされている。
以上のように,大阪市政記者クラブの運営は,新たな加盟の可否の決
定を始めとし,秩序を乱した場合の処罰も含めて,報道機関相互の協議
により自律的にされている。
(イ)市政記者クラブの機能,役割
一般的な記者クラブの機能,役割については,「記者クラブに関する
日本新聞協会編集委員会の見解」(平成14年1月17日)によれば,
①公的情報の迅速,的確な報道,②公権力の監視と情報公開の促進,
③誘拐報道協定など人命,人権にかかわる取材,報道上の調整,④
市民からの情報提供の共同の窓口,とされている。そして,記者クラブ
に加盟する者は,報道という公共的な目的を共有し,記者クラブの運営
に一定の責任を負い,正確で公正な報道,人権の尊重など報道倫理の厳
守が強く求められている。
しかるところ,被告は,市民に対する説明責任を積極的に果たすべく,
市民により早く,正確に市政の現状や市の動きを知らせるため,公共性
が高く市民の信頼を得ている大阪市政記者クラブを中心とする報道機関
に対して,市政運営方針や施策,行事など市政に関する情報を積極的に
提供している。大阪市政記者クラブは,このような市の取組みにおいて
重要な役割を担っている。
イ本件先例の制定経緯
大阪市会では,昭和41年に市政記者クラブに所属していない機関紙記
者の委員会傍聴について協議がされたことがあるが,当時既に委員会の傍
聴を市政記者クラブ所属の記者に許可する運用がされていた。そして,同
年6月10日の大阪市会各派幹事長会議において従前どおりとするとの決
定がされ,次任期の昭和42年10月16日の各派幹事長会議においてこ
の旨が再度確認がされた。その後,本件先例は,先例集に先例314とし
て登載され,今日に至っている。
ウ本件先例の合理性
市政記者クラブ所属の記者のみに委員会の傍聴を許可するとした本件先
例は,合理性を有する。
(ア)前記1(2)のとおり,委員会傍聴の許否については,議会(委員
長)が裁量権を有する。そして,一般に報道機関に傍聴を許す場合,委
員会室の構造等の事情ともあいまって,無限定に許可を与えることがで
きないことから,許可を与える対象を限定しその範囲があいまいになら
ないようその具体的な許可基準を設定することが必要であるが,本件先
例は明確な基準を設定している。なお,大阪市以外のほとんどの政令指
定都市においても,委員会傍聴を当該市の記者クラブ所属の記者に限定
する形で運用がされている。
(イ)さらに,報道機関の機能,役割の重要性等にかんがみると,一般に,
報道機関に傍聴優先権を付与することによって得る国民の知る権利上の
利益(公共の福祉)は,それによって生じる国民間の不平等取扱いとい
う不利益に優越するというべきである。もっとも,報道機関に傍聴優先
権が与えられる目的は,国民の知る権利を量,質ともにできるだけ充足
させることにあるから,傍聴優先権を認める報道機関の選定が正しくさ
れなければならない。上記の選考基準としては,①できるだけ多くの
国民に情報を伝達する能力を有すること,②できるだけ偏見を交えず
公平かつ客観的に情報を国民に伝達する資質を有すること,が要求され
ると解するのが相当である。
そこで,①の基準についてみると,平成18年2月1日現在の大阪市
政記者クラブの加盟者は23社であるが,いわゆる「新聞セット5紙」
(朝日新聞,毎日新聞,読売新聞,産経新聞,日本経済新聞)だけでも,
その発行部数(大阪本社管内,朝刊及び夕刊を合わせた数)は少ない社
で約130万部,多い社で約390万部に及んでおり,平成17年に市
政が掲載された件数は約5800件に至っている。また,同クラブに加
盟する各テレビ局(日本放送協会を除く。)については,約650万部
ないし860万に及ぶ世帯が視聴しており,ほぼ毎日何らかの市政情報
が放映されている。このように,市政記者クラブは,情報の窓口として
多くの市民に情報を伝達する能力を有しており,前記①の基準を満たす
ことは明らかである。
次に,②の基準についてみると,前記アのとおり,市政記者クラブ加
盟社はすべて日本新聞協会に加盟し,同協会が制定した「新聞倫理綱
領」に基づき,報道の自由に伴う重い責任や,正確で公正な報道,人権
の尊重など社会的責務を果たしており,偏見を交えず,公平かつ客観的
に情報を伝達する資質があるということができ,前記②の基準を満たす
ことも明らかである。
以上のとおり,市政記者クラブ所属の記者に傍聴許可を与えるとする
本件先例は,市政記者クラブが前記の各基準を満たすから,合理的なも
のである。
(ウ)後記4(2)のとおり,市政記者クラブに所属していない記者は,委
員会の様子を映したモニター放映を通じて間接的に委員会の傍聴をする
ことができるから,同クラブ所属の記者に傍聴を許可することは,同記
者にのみ委員会傍聴の独占権を認めるものではない。
(エ)以上によれば,市政記者クラブ所属の記者のみに委員会の傍聴を許
可するとした本件先例は,十分に合理性を有するというべきである。
エ以上のとおり,本件先例は,市政記者クラブ所属記者とそれ以外の報道
記者との合理的な区別取扱いを定めており,憲法14条1項に違反しない。
4争点(4)(本件不許可処分の憲法21条1項適合性)について
(1)原告の主張
仮に本件条例12条1項及び本件先例が合憲であったとしても,原告の本
件委員会の傍聴を認めなかった本件不許可処分は憲法21条1項に違反する。
ア知る権利の侵害
原告の本件委員会の傍聴を認めなかった本件不許可処分は,原告の知る
権利を侵害する。
(ア)原告の傍聴席確保の可能性
a国民の知る権利という優越的地位にある基本的人権を制限するには,
それに優越する合理的な理由が必要であり,本件条例12条1項の適
用により委員会の傍聴の不許可処分をするには,これを制限する合理
的な理由がなければならない(LRA基準)。
ところで,その合理的理由というのは,前記1(1)のとおり,委員
会室の収容人員による制限,委員会における秩序維持あるいは審議の
秘密保持の必要性が想定されるだけである。
しかしながら,前記のとおり,委員会室は非常に広い部屋であり
(多くの自治体において大阪市会委員会室のような広い委員会室を
持っていることはまれである。),委員会室内には多数の席がある
だけではなく,これらの席はかなり空間に余裕を設けて並べられてい
るから,原告の席を確保することは十分に可能であった。仮に本件委
員会が満席になると予想される事情があったとしても,席を事前に補
充するなどの他の選択手段が存在したというべきであり,しかも,そ
の当時の本件委員会の傍聴希望者は原告一人にすぎなかったから,席
を確保することができないという理由が成立することはあり得なかっ
た。しかるに,C委員長は,原告の席の確保の可能性を確認すること
もなく,また,原告を着席させるための空席確保の努力もせず,一方
的に本件先例だけを理由に原告の傍聴を許容しなかった。なお,委員
会の秩序維持及び秘密保持の必要性が,その傍聴を不許可とする合理
的な理由とならないことは,前記のとおりである。
b被告は,大阪市委員会室は質疑内容に答える理事者(大阪市会会議
規則66条に基づき市長等から委任又は嘱託を受けた説明員。以下同
じ。)のための座席確保等のために,原告の傍聴席を確保するスペー
スはないなどと主張する。
しかしながら,平成17年3月14日に実施された本件委員会にお
いて,関係理事者130名が70席の範囲内で入れ替わりで入退出し
(しかも,説明員として指名された者は63名にすぎず,そもそも7
0名もの者が本件委員会に出席する必要はなかった。),実際の発言
者数は31名にすぎなかったことからすれば,関係理事者が自席又は
モニターを見ながら待機することによって,常時70名にも及ぶ幹部
職員が委員会室で単に傍聴する無駄を合理化することができ,また,
議会側があらかじめ質疑の回答に必要な理事者を特定しておくことに
よって,更に合理化することができたというべきである。
よって,委員会室に原告の席を確保する物理的スペースがなかった
との被告の上記主張は,失当である。
c以上のとおり,原告の知る権利及び取材の自由の充足の必要性と,
理事者の出席が1名減ることによる支障の程度とを比較すれば,本件
不許可処分に合理的理由がないことは明らかというべきである。
(イ)代替措置の不十分性
被告は,大阪市会はモニターで委員会を傍聴することができるという
合理的な代替措置を採用しているから,原告の本件委員会の傍聴を認め
なかった本件不許可処分は正当であるなどと主張する。しかしながら,
委員会の様子を映したモニターは,一応質問している委員や答弁してい
る理事者の声及び所作を伝えることはできるかもしれないが,他の出席
者を含めた委員会全体の様子や雰囲気を伝えることはできない。また,
モニターを操る側の恣意的なあるいは不注意なカットにより,その場の
重要な場面が伝えられない可能性があり,傍聴していれば知り得た情報
が,モニターの視聴では得られないおそれが大いにある。したがって,
委員会の様子を映したモニターは,傍聴の代替措置として不十分という
べきである。
(ウ)以上のとおり,本件では,原告の傍聴を不許可にする特段の理由も
なく,委員会の様子を映したモニターの視聴が可能であるという措置も
傍聴の有効な代替措置ということはできないのであるから,原告の本件
委員会の傍聴を認めなかった本件不許可処分は,知る権利を侵害し,憲
法21条1項に違反する。
イ取材の自由の侵害
原告の本件委員会の傍聴を認めなかった本件不許可処分は,フリージャ
ーナリストである原告の取材の自由を侵害するものであるから,憲法21
条1項に違反する。その理由は,前記アと同様である。
ウ以上のとおり,本件不許可処分は,原告の知る権利及び取材の自由を侵
害し,憲法21条1項に違反する。
(2)被告の主張
原告の本件委員会の傍聴を認めなかった本件不許可処分は,憲法21条1
項に違反しない。
ア前記1(2)のとおり,委員会の傍聴が知る権利としても取材の自由とし
ても憲法上具体的権利として保障されない以上,原告の本件委員会の傍聴
を認めなかった本件不許可処分が憲法21条1項に違反しないというべき
である。
イ原告の傍聴席確保の可能性
原告は,委員会室のスペースの関係上,原告の傍聴席を確保することは
可能であったから,本件不許可処分は不合理である旨主張する。
(ア)しかしながら,C委員長は委員会室にスペースがないとの理由で本
件不許可処分をしたものではない(本件不許可処分の理由としてなお書
きで付言しているにすぎない。)から,そのことは本件不許可処分の適
法性とは直接関係のない事柄というべきである。
(イ)仮にその点を措くとしても,委員会運営上,入退室のための動線の
確保が必要なこと,市長,助役,理事者が答弁のために自席を離れて答
弁位置に絶えず移動すること,事務担当者が委員長の補佐や資料配付の
ために室内を移動すること等を勘案すれば,原告の主張するような傍聴
者の席を補充する物理的スペースは存在しない。
また,原告は70席もの理事者席は不要である旨更に主張するが,委
員会の質疑は市長及び助役に対するもの以外は事前通告制を採用してお
らず,質疑は回数の制限なく一問一答式で行われ,しかも,質疑内容に
応じて答弁する理事者が異なるため,答弁を求められる可能性の高い関
係理事者(平成17年3月時点において財政総務委員会の理事者数は1
30名である。)が委員会審議に支障を来さず,的確に答弁することが
できるよう適宜70席の範囲内で入れ替わりで入退室している(執行機
関側は,議長からの出席要求を待つことなく議場に出席することができ
る。大阪市会会議規則54条,66条参照)。このように,着席してい
る理事者70名全員とも答弁する可能性を有しているのであり,委員会
室外にいる理事者が答弁を行うこととなった場合に,会議の円滑な支障
に著しい支障を来すことは明らかである。なお,政令指定都市のうち,
当該委員会が所管する全局の理事者が出席して委員会審議が行われてい
る都市は,仙台市(総務財政委員会,66席),広島市(総務委員会,
92席),北九州市(総務財政委員会,54席)であり,これらの都市
の実態と比べても,70席の理事者席を有する被告の運用は何ら問題と
なるものではない。
(ウ)以上によれば,上記原告の主張は失当というべきである。
ウ代替措置の合理性
被告が実施しているモニター放映を通じた委員会の公開は,直接傍聴の
代替措置として十分合理的なものである。
(ア)モニター放映による委員会の公開(間接傍聴)は,スペースの問題
等の物理的な制約を抱える直接傍聴に比べ,より多くの市民に委員会審
査を知らせることができるという利点があるため,平成3年の大阪市会
各派幹事長会議での決定を受けて,同年の決算特別委員会から実施され
た。その後も精力的な議論が重ねられ,平成5年の第1回定例会におい
ては2常任委員会で,平成6年の第1回定例会以降はすべての常任委員
会(6常任委員会)でモニター放映が実施され,今日まで運用されてき
ている。この間,機会をとらえて市会日程を市民に知らせたり,庁舎内
にモニター放映場所の案内表示を設置したり,インターネットを通じて
周知するなど,市民の利便性に資するための努力も積極的に行われてき
た。
(イ)原告は,委員会の様子のモニター放映について,モニターを操る側
の恣意的あるいは不注意なカットにより,その場の重要な場面が伝えら
れない可能性があると主張する。しかしながら,モニター操作は委員会
開会時と散会後に,画像及び音声送出のスイッチ操作を行うだけあり,
設備機器の突発的な故障等不測の事態が生じない限り,委員会開会中は
モニターから画像及び音声が終始継続して流れているのであって,モニ
ターを操作する職員の恣意的あるいは不注意なカットが入ることはない。
したがって,本件申請に応じて本件委員会の傍聴が許可されないとして
も,原告は,その様子のモニター放映を通じてリアルタイムに委員会の
審議の状況を知ることができたのであって,原告のジャーナリストとし
ての活動に何ら支障を及ぼすものではない。
(ウ)以上のとおり,被告が実施しているモニター放映を通じた委員会の
公開は,直接傍聴の代替措置として合理的なものというべきである。
エ以上によれば,原告の本件委員会の傍聴を認めなかった本件不許可処分
が憲法21条1項に違反しない。
5争点(5)(本件不許可処分の憲法14条1項適合性)について
(1)原告の主張
仮に本件条例12条1項及び本件先例が合憲であったとしても,原告の本
件委員会の傍聴を認めなかった本件不許可処分は,前記3(1)と同様の理由
により,市政記者クラブ所属記者とその他の報道記者を合理的理由なく差別
しているというべきである。さらに,前記4(1)のとおり,C委員長は,本件
委員会において原告一人の傍聴席程度は補充することができたにもかかわら
ず,その努力をしなかった。また,前記4(1)のとおり,委員会の様子を映
したモニターの視聴も傍聴の代替手段とはなり得ない(原告のような報道機
関の場合は特にそのことが当てはまる。)。そして,他に,原告と市政記者
クラブ所属記者とを区別して原告の本件委員会の傍聴を不許可にする合理的
理由が見当たらないことからすれば,本件不許可処分は憲法14条1項に違
反するというべきである。
(2)被告の主張
前記3(2)のとおり,本件先例が憲法14条1項に違反しない以上,これ
に基づいて行われた本件不許可処分も同項に違反しないことは明らかである。
6争点(6)(本件不許可処分の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無)につ
いて
(1)原告の主張
仮に本件条例12条1項及び本件先例並びに本件不許可処分が違憲でなく,
委員会の傍聴許可が委員長の裁量にゆだねられているとしても,原告の本件
委員会の傍聴を認めなかった本件不許可処分には,裁量権の範囲の逸脱又は
その濫用がある。
ア裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の判断基準
本件条例12条1項に基づく委員長の傍聴の許可又は不許可の判断は,
表現の自由という基本的人権の優越性にかんがみると,委員長の自由裁量
ではなく一定の制限を受け,その限度を超えて不許可処分がされた場合に
は,同処分は違法になるというべきである。
しかるところ,裁量行為は,①処分が行政庁に当該権限を与えた法の
趣旨,目的に従ってされたと認められない場合(最高裁昭和44年7月1
1日第二小法廷判決,同昭和53年5月26日第二小法廷判決参照),②
処分の前提とされた事実に誤認がある場合,③処分が比例原則や平等
原則に違反する場合(最高裁昭和29年7月30日第三小法廷判決,同昭
和30年6月24日第二小法廷判決参照),④処分が社会通念上合理性
を欠く場合(最高裁昭和58年6月22日大法廷判決参照),のいずれか
に該当する場合に違法となるというべきである。
イ本件不許可処分の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無
前記アの基準に照らすと,原告の本件委員会の傍聴を認めなかった本件
不許可処分には,以下のとおり,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がある。
(ア)法の趣旨,目的からの逸脱
本件不許可処分は,前記ア①の行政庁に当該権限を与えた法の趣旨,
目的に従ってされたと認められない場合に該当する。
本件条例12条1項の立法趣旨,目的としては,前記1(1)のとおり,
委員会室の収容人数による物理的制限,委員会の秩序維持又は審議の秘
密保持が考えられる。しかしながら,前記4(1)のとおり,C委員長は,
本件委員会の当日(平成17年3月14日)までに原告の傍聴席を確保
することができたのであるから,委員会室の狭さを原告の傍聴を認めな
い理由とすることは認められない。また,前記1(1)のとおり,委員会
の秩序維持については,その都度問題のある者を退室させることで十分
対処可能であり(本件条例12条3項),審議の秘密保持についても,
委員会の決議で秘密会とすることで対処することができた(同条2項)。
したがって,本件不許可処分において,C委員長は本件条例12条1
項の趣旨,目的を考えることなく,本件先例に適合しないとの理由だけ
で原告の知る権利や取材の自由を理由なく制限したのであるから,同処
分は,裁量権の範囲を逸脱し又はそれを濫用したものとして,違法とい
うべきである。
(イ)比例原則,平等原則違反
前記のとおり,裁量処分であっても,それが合理的理由なく差別的扱
いをするものであるときは,裁量権の範囲を逸脱し又はそれを濫用した
ものとして違法というべきであるところ,本件不許可処分は,大阪市政
記者クラブ所属記者とそれ以外の記者を合理的理由なく差別するもので
ある。したがって,本件不許可処分は,前記ア③の平等原則に違反する
場合に該当するから,裁量権の範囲を逸脱し又はそれを濫用したものと
して,違法というべきである。
(ウ)合理性の欠如
本件不許可処分は,前記ア④の社会通念上合理性を欠く場合に該当す
る。
前記1(1)のとおり,原告の委員会傍聴は,国民一般の知る権利及び
報道機関の取材の自由として憲法の保障が及ぶものである。そして,行
政手続法8条1項は,行政庁は,申請により求められた許認可等を拒否
する処分をする場合は,申請者に対し,同時に当該処分の理由を示さな
ければならない,と規定している。
しかしながら,C委員長は,委員会室が手狭で傍聴スペースを十分に
確保することができないと説明するだけで,実際に委員会の出席者と市
政記者クラブ所属記者で全スペースが満席になってしまっているか,席
の補充が可能か否かについて容易に調査することができるにもかかわら
ず,それらを検討することもなく,一律に傍聴希望者の傍聴を不許可に
するという説明しか行っていない。このような説明では,到底本件不許
可処分の理由説明とは不十分であるし,傍聴スペースの確認もせずに傍
聴を不許可と判断するのは,事実上禁止に等しい扱いである。
上記のような本件不許可処分は,社会通念上甚だしく合理性を欠き,
裁量権の範囲を逸脱し又はそれを濫用したものとして,違法というべき
である。
ウ被告の主張に対する反論
被告は,本件不許可処分が合理的な本件先例に従ってされた以上,委員
会室にスペースがあるか否かは同処分の適法性に影響を与えないなどと主
張する。しかしながら,本件不許可処分が本件先例に従ったからといって
それが直ちに適法なものとなるわけではなく,同処分に裁量権の範囲の逸
脱又はその濫用があるか否かは,前記イのとおり,知る権利及び取材の自
由の保護の観点から,委員会室の収容力,本件委員会への必要出席者の数
と必要の程度,傍聴申請者の種類(報道関係者か一般市民か)等を考慮し
て判断されるべきである。
エ以上のとおり,原告の本件委員会の傍聴を認めなかった本件不許可処分
には裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がある。
(2)被告の主張
本件先例に従って原告の本件委員会の傍聴を認めなかった本件不許可処分
の判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるとはいえないか
ら,同処分には裁量権の範囲の逸脱又はその濫用はない。
ア本件不許可処分の合理性
本件条例12条1項は,議員以外の傍聴は許さないという原則の下で,
例外的に委員長の裁量により委員会の傍聴を許可するとしており,この規
定に合理性が認められることは,前記1(2)のとおりである。そして,本
件先例は,委員会は報道の任務にあたる者のうち市政記者の傍聴を許可す
るとしており,この定めに合理性が認められることは,前記2(2),3(2)
のとおりである。しかるところ,C委員長は,本件先例に従い,本件委員
会各派代表者会議での多数の意向を踏まえて,本件不許可処分をした。
このことに加えて,前記4(2)で述べたところをも併せ考えれば,原告
の本件委員会の傍聴を認めなかった本件不許可処分が合理的なものである
ことは明らかというべきである。
なお,大阪市会においては,昨今の社会情勢の変化や市政に関する関心
の高まりの中で,傍聴許可を求める声が大きくなってきていることにかん
がみ,平成17年9月21日の各派幹事長会議での協議内容を踏まえて,
同月29日から,決算特別委員会のみにおいて,同委員長がその裁量判断
として委員会審議に極力支障を来さない範囲内で市民の一般傍聴(直接傍
聴)を許可する試行を新たに開始した。もっとも,これは従前の委員会傍
聴に関する取扱いが違法又は不当であったとしてそれを改めたものではな
い上,そもそも上記扱いは本件不許可処分とは別個の裁量判断であるから,
本件不許可処分の適法性に何ら影響を与えるものではない。
イ行政手続法等の不適用
原告は,行政手続法8条1項に基づく本件不許可処分の理由説明が不十
分であるなどと主張するが,同条の規定は,地方公共団体の機関が行う処
分でその根拠が条例又は規則であるものについては適用されず(同法3条
2項),また,大阪市行政手続条例は,市会又はその機関が行う処分には
適用されないため,その意味でも原告の主張は失当というべきである。
ウ以上のとおり,本件先例に従って原告の本件委員会の傍聴を認めなかっ
た本件不許可処分が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかというこ
とはできないから,同処分には裁量権の範囲の逸脱又はその濫用はないも
のというべきである。
7争点(7)(損害額)について
(1)原告の主張
原告は,本件不許可処分により,大阪市民としての市政参加の権利が奪わ
れるとともに,ジャーナリストとしての取材の機会を失われたところ,原告
のこれらの権利侵害による精神的苦痛の慰謝料は100万円を下らない。ま
た,原告は,本件訴えを提起するについて,原告訴訟代理人らと20万円の
着手,報酬金を支払う旨約した。
したがって,原告が被った損害額は,慰謝料100万円及び弁護士費用2
0万円の合計120万円である。
(2)被告の主張
争う。
第4当裁判所の判断
1本件条例12条1項の憲法21条1項適合性(争点(1))について
(1)原告は,地方公共団体の議会(以下「地方議会」ということがある。)
における委員会の会議を原則非公開とし,その傍聴を委員長の許可にかから
せている本件条例12条1項は,国民の知る権利及び報道機関の取材の自由
を保障した憲法21条1項に違反し,無効である,などと主張する。
(2)委員会の会議の公開についての憲法的保障の有無
上記の原告の主張の採否を検討する前提として,まず,地方議会における
委員会の会議の公開が,憲法上の制度として保障されているか否かを検討す
ることとする。
ア国会における委員会の会議の公開の制度的保障の有無
地方議会における委員会の会議の公開が憲法上の制度として保障されて
いるか否かを検討する前提として,国会における委員会の会議の公開が憲
法上の制度として保障されているか否かを検討することとする。
憲法57条1項本文は,「両議院の会議は,公開とする。」と定めてい
る。この規定は,国権の最高機関であり全国民を代表する選挙された議員
で構成される会議体としての国会において民意を反映した審議が行われる
ための制度的保障として設けられたものと解される。しかるところ,憲法
第4章の規定を通覧すれば,憲法第4章は,いわゆる本会議,すなわち,
当該議院に所属する議員全員により構成され,議案について当該議院の最
終的な意思決定(議決)をする会議体に関する事項についてのみ定め,各
議院における議案の予備審査機関や内部機関等の組織及び運営等について
は何ら定めていないことは明らかであり,憲法は,各議院において議案の
予備審査機関や内部機関等を設けるか否か,設けるとしてその組織及び権
限等の具体的内容をどのように定めるかを立法府の裁量にゆだねているも
のと解される。そうすると,憲法57条1項本文にいう「会議」とは,い
わゆる本会議を指し,立法裁量により設けられる議案の予備審査機関や内
部機関等の公開は同項の規定するところではないと解すべきである。この
ように解しても,国会における最終的な意思決定の成立過程及び結果が一
般に公開されることが憲法上保障される以上,会議の公開を制度として保
障した憲法の趣旨に反することはないというべきである。
ところで,国会法は,各議院に,議案等の予備審査等をする内部機関と
して,当該議院に所属する議員により構成される常任委員会及び特別委員
会をそれぞれ設け(40条ないし54条,56条,56条の3),委員会
の公開について,「委員会は,議員の外傍聴を許さない。但し,報道の任
務にあたる者その他の者で委員長の許可を得たものについては,この限り
でない。」(52条1項)と規定している。その趣旨は,委員会において
少人数により実質的な審議を自由率直に行わせることを確保することにあ
ると解される。確かに,今日においては,国会法により規定された委員会
制度の下において,各委員会における議案等の予備審査等が,本会議にお
ける審議と同程度に,あるいは,それ以上に,国会における審議の中心と
なっていることは,当裁判所に顕著な事実である。しかしながら,その事
実が認められることをもってしても,憲法が委員会の会議の公開を制度と
して保障しているとまで解するのは,前記で説示したところの憲法の規定
の仕方からして,困難であるといわざるを得ない。
イ地方議会における委員会の会議の公開の制度的保障の有無
前記アで検討したところを踏まえ,地方議会における委員会の会議の公
開が憲法上の制度として保障されているか否かを検討することとする。
憲法は,「地方自治」の章(第8章)において,「地方公共団体の組織
及び運営に関する事項は,地方自治の本旨に基いて,法律でこれを定め
る。」(92条1項),「地方公共団体には,法律の定めるところにより,
その議事機関として議会を設置する。」(93条1項),「地方公共団体
の長,その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は,その地方公共団
体の住民が,直接これを選挙する。」(同条2項),と規定している。
このように,地方議会の会議の公開については,国会のそれとは異なり,
憲法上これを保障する趣旨の明文の規定は置かれておらず,地方自治法1
15条1項本文において,「普通地方公共団体の議会の会議は,これを公
開する。」と定められているにすぎない。もっとも,前記のとおり,地方
議会は,憲法において,当該地方公共団体の住民により直接選挙された議
員により構成される当該地方公共団体の議事機関として設置するものとさ
れている以上,その所属議員全員により構成され,議案についての最終的
な意思決定(議決)を行ういわゆる本会議の公開は,国政における議事機
関の会議の公開を保障した憲法57条1項本文の趣旨,及び「地方自治の
本旨」を保障した憲法92条の趣旨に照らして,憲法上要請されているも
のと解すべきである。
しかしながら,上記各条項の趣旨に照らしても,地方議会において,そ
の議案の予備審査機関や内部機関等の会議の公開までもが憲法上の制度と
して保障されていると解するのは,それらが地方議会における最終的な意
思決定機関ではない以上,困難であるといわざるを得ない。そして,国会
の組織及び運営等を定めた憲法第4章の規定並びに上記の憲法92条及び
93条の各規定に照らせば,そもそも地方議会において議案の予備審査機
関や内部機関等を設けるか否か,設けるとしてその組織及び権限,議事手
続等の具体的内容をどのように定めるかは,憲法の定める「地方自治の本
旨」(92条)に反しない限り,立法府の裁量にゆだねられているものと
解するのが相当である。
なお,地方自治法は,条例で,地方議会に議案等の予備審査等をする内
部機関として,当該議会に所属する議員により構成される常任委員会,議
会運営委員会及び特別委員会を設けることができる(109条ないし11
0条),と規定し,同法111条は,上記委員会に関して必要な事項は条
例で定める,と規定している。同条の趣旨は,各地方公共団体の規模に応
じ,また,事務の種別に従い,実情に即して委員会が適宜適切に運営され
ることにあると解されるから,同条が委員会に関し必要な事項の定めを条
例に委任していることそれ自体は,直ちに「地方自治の本旨」に反すると
いえないことは明らかである。
以上のとおり,地方議会における委員会の会議の公開が憲法上の制度と
して保障されているということはできないというべきである。確かに,今
日においては,地方自治法及びその委任を受けた条例により規定された委
員会制度の下において,各委員会における議案等の予備審査等が,本会議
における審議と同程度に,あるいは,それ以上に,地方公共団体の議会に
おける審議の中心となっているということができるが,その事実をもって
しても,憲法が委員会の会議の公開を制度として保障していると解するの
が困難であることは,前記アで説示したところと同様である。
(3)本件条例12条1項が知る権利を保障した憲法21条1項に違反すると
の主張について
ア原告は,市民が地方議会の委員会を傍聴することは,知る権利の一環と
して憲法21条1項により保障されており,委員会の会議を原則非公開と
し,その傍聴を委員長の許可にかからせている本件条例12条1項は,知
る権利を保障した憲法21条1項に違反する,などと主張する。
イ前記(2)のとおり,地方議会における委員会の会議の公開は,憲法上の
制度として保障されていると解することはできない。
しかしながら,およそ各人が,自由に,様々な意見,知識,情報に接し,
これを摂取する機会を持つことは,その者が個人として自己の思想及び人
格を形成,発展させ,社会生活の中にこれを反映させていく上において欠
くことのできないものであり,また,民主主義社会における思想及び情報
の自由な伝達,交流の確保という基本的原理を真に実効あるものとするた
めにも,必要なところである。したがって,このような情報等に接し,こ
れを摂取する自由は,表現の自由を保障した憲法21条1項の趣旨,目的
から,いわばその派生原理として当然に導かれるところである(最高裁昭
和52年(オ)第927号同58年6月22日大法廷判決・民集37巻5
号793頁参照)。
このように,様々な意見,知識,情報に接し,これを摂取する自由は,
民主主義社会において,代表者による政治が国民(住民)の批判にさらさ
れ,民意に基づく審議を可能にするための重要な一手段ということができ
るのである。しかるところ,住民は,地方議会の会議の内容を広く見聞す
ることにより,議会の活動状況や議員の行動等を知ることができ,ひいて
は次の選挙における投票行動を決定することができるようになるのである
から,住民が地方議会の会議を傍聴することは,住民が地方公共団体の政
治に関与するに当たり,重要な判断の資料を提供するものというべきであ
る。そうすると,住民が地方議会の会議を傍聴する自由は,前記のとおり,
憲法上地方議会の会議の公開が制度的に保障されていることの結果にとど
まらず,様々な意見,知識,情報に接し,これを摂取する自由の派生原理
としても認められるものというべきである。そして,前記のとおり,今日
においては,地方自治法及びその委任を受けた条例により規定された委員
会制度の下において,各委員会における議案等の予備審査等が,本会議に
おける審議と同程度に,あるいは,それ以上に,地方議会における審議の
中心となっていることが認められるのであるから,このことをもしんしゃ
くすれば,住民が地方議会の委員会の会議を傍聴する自由も,本会議を傍
聴する自由と同様の趣旨で,様々な意見,知識,情報に接し,これを摂取
する自由の派生原理として尊重されるべきものということができる。
もっとも,前記のとおり,地方議会の委員会は,議案についての最終的
な意思決定を行ういわゆる本会議とは異なり,議案等の予備審査等を行う
内部機関として地方自治法及びこれに基づく条例の規定により設けられて
いるものにすぎず,憲法もその会議の公開はもとよりその設置自体につい
てもこれを制度として保障していないことにかんがみると,住民が地方議
会の委員会の会議を傍聴する自由については,他者の人権と衝突する場合
にはそれとの調整を図る上において,又はこれに優越する公共の利益が存
在する場合にはそれを確保する必要から,一定の合理的制限を受けること
があることはやむを得ないものとして,憲法自体がそのことを予定してい
ると解されるのであり,このような観点から委員会傍聴の許否の要件,手
続等をどのように定めるかについては,条例の定めにゆだねられているも
のと解するのが相当である。そして,このような観点から条例において地
方議会の委員会の傍聴を制限する旨の規定を設けた場合において,当該制
限規定が憲法21条1項に適合して是認されるものであるかどうかは,当
該規定の目的の正当性並びにその目的達成の手段として傍聴を制限するこ
との合理性及び必要性を総合的に考慮して判断すべきである。
ウ前記法令の定めのとおり,本件条例12条1項は,「委員会は,議員の
ほか傍聴を許さない。但し,報道の任務にあたる者その他の者で委員長の
許可を得た者については,この限りでない。」と規定している。同項は,
その規定の文言に照らすと,委員会の傍聴は原則非公開とし,委員長の許
可により個別に許されるものとし,その許否の判断を委員長の裁量にゆだ
ねたものと解することができる。
エそこで,本件条例12条1項の憲法21条1項適合性について判断する。
地方議会には条例で常任委員会,議会運営委員会及び特別委員会を置く
ことができる(地方自治法109条1項,109条の2第1項,110条
1項)ところ,それらは,地方議会の内部の組織として,本会議における
会議の予備的,専門的,技術的な審査等を行う機関として設けられるもの
と解される。すなわち,常任委員会は,その部門に属する当該普通地方公
共団体の事務に関する調査を行い,議案,陳情等を審査し(同法109条
3項),予算その他重要な議案,陳情等について公聴会を開き,真に利害
関係を有する者又は学識経験を有する者等から意見を聴くことができ(同
条4項),当該普通地方公共団体の事務に関する調査又は審査のため必要
があると認めるときは,参考人の出頭を求め,その意見を聴くことができ
(同条5項),議会の議決により付議された特定の事件については,閉会
中もなおこれを審査する(同条6項)。また,議会運営委員会は,議会の
運営に関する事項,議会の会議規則,委員会に関する条例等に関する事項,
議長の諮問に関する事項に関する調査を行い,議案,陳情等を審査し(同
法109条の2第3項),重要な議案,陳情等について公聴会を開き,真
に利害関係を有する者又は学識経験を有する者等から意見を聴くことがで
き,調査又は審査のため必要があると認めるときは,参考人の出頭を求め,
その意見を聴くことができ,さらに,議会の議決により付議された特定の
事件については,閉会中もなおこれを審査することができる(同条4項,
同法109条4項ないし6項)。そして,特別委員会は,会期中に限り,
議会の議決により付議された事件を審査し,議会の議決により付議された
特定の事件については,閉会中もなおこれを審査し(同法110条3項),
重要な議案,陳情等について公聴会を開き,真に利害関係を有する者又は
学識経験を有する者等から意見を聴くことができ,調査又は審査のため必
要があると認めるときは,参考人の出頭を求め,その意見を聴くことがで
きる(同条4項,同法109条4項,5項)。
以上のような委員会の性質及び権限等からすれば,本会議における会議
の予備的,専門的,技術的な審査等を行う内部機関として設けられる委員
会においては,最終的な意思決定を行う本会議における審議を充実させ,
適切な表決を迅速に行うことを可能にするために,委員(議員),利害関
係者,学識経験者及び参考人等の間で,自由な雰囲気の中で率直かつ意を
尽くした議論ないし意見陳述がされ,十分な審査及び調査がされる必要が
あるというべきである。他方,傍聴人は,委員(議員),利害関係者,学
識経験者及び参考人等とは異なり,その活動を見聞する者であって,委員
会の審査等に関与して何らかの積極的活動をすることを予定されている者
ではない。したがって,本会議での審議を充実させ,適切な表決を迅速に
行うことを可能にするために,委員会において自由かつ率直な審議の場を
確保してその審査及び調査の充実を図ることは,住民全体の利益に資する
ものであって,それ自体重要な公共の利益であることはいうまでもない。
そうであるとすれば,地方議会の委員会の上記のような機能及び活動を充
実させる観点から,個々の住民の委員会の会議を傍聴する自由が制限を受
けることとなっても,やむを得ないというべきであり,直ちに憲法21条
1項に違反するということはできない。
オ前記のとおり,本件条例12条1項は,議員以外の者について委員会の
傍聴を一般的に禁止した上,委員長の判断により個別的に傍聴を許可する
制度を定めたものである。
大阪市会においては,委員長は,委員会の議事を整理し,秩序を保持し
(本件条例8条),委員が,地方自治法,大阪市会会議規則又は本件条例
に違反し,その他委員会の秩序をみだし,又は市会の品位を傷つけたとき
は,これを制止し,又は発言を取り消させ,その命令に従わないときは,
その日の会議が終わるまで発言を禁止し,又は議場の外に退去させること
ができ(本件条例11条,地方自治法129条),秩序保持のため,傍聴
人の退場を命ずることができる(本件条例12条3項),こととされてい
る。この委員長の権限(秩序保持権)は,委員会における議事の進行に対
する妨害を抑制,排除することにより,委員会での自由な雰囲気を確保し
てその審査及び調査を充実させるために,委員長に付与された権限であり,
その行使は,当該委員会の状況等を最も的確に把握し得る立場にあり,か
つ,その議事の進行に全責任を負っている委員長の裁量にゆだねられてい
るというべきである。そして,本件条例12条1項は,このような権限を
有する委員長に,議員以外の者に当該委員会の傍聴を許可することが,当
該委員会において自由かつ率直な審議の場を確保してその審査及び調査の
充実を図る観点から適当か否かについての判断をゆだねたものということ
ができる。
カ以上のとおり,地方議会の委員会においては,本会議における会議,す
なわち,最終的な意思決定のための審議及び表決の準備のために,専門的,
技術的な審査等を行う内部機関としての性格上,自由かつ率直な審議の場
を確保してその審査及び調査の充実を図ることは,それ自体重要な公益と
いうことができるのであって,このような観点から個々の住民の委員会の
会議を傍聴する自由が制限を受けることとなってもやむを得ないというべ
きところ,本件条例12条1項は,議員以外の者に委員会の傍聴をさせる
ことが,当該委員会において自由かつ率直な審議の場を確保してその審査
及び調査の充実を図る観点から適当か否かの判断を,委員会の秩序保持権
を有する委員長の判断にゆだねたものであるから,同項の目的は正当かつ
合理的なものということができる上,その目的を達成する手段としての合
理性及び必要性を肯定することもできる。
キしたがって,本件条例12条1項の規定が,議員以外の者の委員会の傍
聴を委員長の許否の判断にゆだねていることは,国民(住民)の様々な意
見,知識,情報に接し,これを摂取する自由が尊重されるものとした憲法
21条1項に反するものではないというべきである。
以上によれば,その余の点につき判断するまでもなく,委員会の傍聴を
委員長の許可にかからせている本件条例12条1項が知る権利を保障した
憲法21条1項に違反するとする原告の主張は,採用することができない。
(4)本件条例12条1項が取材の自由を保障した憲法21条1項に違反する
との主張について
ア本件条例12条1項は,報道機関についても,その他の者(個々の住
民)と同じく,委員会の傍聴を委員長の許可にかからせているところ,原
告は,報道機関の取材の自由は憲法21条1項により保障されており,委
員会の会議を原則非公開とし,その傍聴を委員長の許可にかからせている
本件条例12条1項は,取材の自由を保障した憲法21条1項に違反する,
などと主張する。
イ報道機関の報道は,民主主義社会において,国民が国政に関与するにつ
き,重要な判断の資料を提供し,国民の「知る権利」に奉仕するものであ
る。したがって,思想の表明の自由とならんで,事実の報道の自由は,表
現の自由を保障した憲法21条の保障のもとにあることはいうまでもない。
また,このような報道機関の報道が正しい内容をもつためには,報道の自
由とともに,報道のための取材の自由も,憲法21条の精神に照らし,十
分尊重に値するものといわなければならない(最高裁昭和44年(し)第
68号同年11月26日大法廷決定・刑集23巻11号1490頁参照)。
ところで,前記のとおり,各人が様々な意見,知識,情報に接し,これ
を摂取する自由は,表現の自由を保障した憲法21条1項の趣旨,目的か
ら,いわばその派生原理として当然に導かれるところであり,その自由は,
民主主義社会において,代表者による政治が国民(住民)の批判にさらさ
れ,民意に基づく審議を可能にするための重要な一手段ということができ
るのである。このことに加えて,会議場の場所的制約にもかんがみると,
報道機関が地方議会の会議を傍聴する自由というのは,国民(住民)の知
る権利(情報等に接し,これを摂取する自由)に奉仕するものとして,個
々の住民の傍聴の自由以上に重要な意味を有するということができ,取材
の自由の派生原理として十分尊重に値するものというべきである。
ウしかしながら,以上説示したとおり,地方議会の委員会は,議案につい
ての最終的な意思決定を行ういわゆる本会議における審議,表決の準備の
ために専門的,技術的な審査及び調査を行う内部機関として地方自治法及
び条例の規定により設けられるものにすぎず,その会議の公開のみならず,
その設置自体についても,憲法上制度的に保障されているものではないこ
とに加えて,上記のような委員会の性質にかんがみると,委員会において
自由かつ率直な審議の場を確保してその審査及び調査の充実を図ることは,
報道機関の有する取材の自由と対比しても,それ自体尊重すべき重要な公
益ということができるのであって,これらの点において,個々の住民の委
員会を傍聴する自由の場合と比べて異なるところはないというべきである。
そうであるとすれば,報道機関の有する取材の自由にかんがみても,委
員会において自由かつ率直な審議の場を確保してその審査及び調査の充実
を図る観点から,当該委員会の傍聴を当該委員会の委員長の許否の判断に
ゆだねることの合理性及び必要性について,個々の住民の傍聴の場合と報
道の任務に当たる者の傍聴の場合とで異なって解すべき根拠を見いだせず,
したがって,本件条例12条1項の規定が,報道の任務に当たる者につい
ても,委員会の傍聴を委員長の許否の判断にゆだねていることは,憲法2
1条1項に反するものではないものというべきである。
エ以上説示したところによれば,その余の点につき判断するまでもなく,
委員会の傍聴を委員長の許可にかからせている本件条例12条1項が取材
の自由を保障した憲法21条1項に違反するとする原告の主張は,採用す
ることができない。
(5)結論
以上のとおりであるから,地方議会の委員会の傍聴を委員長の許可にかか
らせている本件条例12条1項は,知る権利及び取材の自由を保障した憲法
21条1項に違反し,無効であるとする原告の主張は,採用することができ
ない。
2本件先例の憲法21条1項,14条1項適合性(争点(2),(3))について
(1)原告は,本件先例は法規範性を有するところ,本件先例は報道機関のう
ち市政記者クラブ所属の記者の傍聴を許可し,それ以外の報道記者の傍聴を
認めていないから,憲法21条1項,14条1項に違反し,無効であるなど
と主張する。
乙5,弁論の全趣旨によれば,大阪市会の委員会においては,昭和42年
以降,本件先例で定められた基準に従って,本件条例12条1項に基づき委
員長が委員会傍聴の許否の判断をする運用がされてきたことが認められる。
しかしながら,本件先例があくまでも大阪市会において先例の一つとして位
置付けられているにすぎず,条例ないし会議規則(地方自治法120条)の
制定手続を経ていないことにかんがみると,本件先例が大阪市会の外部の者
に対する関係においても法的拘束力を有する法規範であると解することは困
難であるといわざるを得ず,その法的性質については,本件条例12条1項
に基づく委員長の委員会傍聴の許否の判断についての内部的な運用基準(裁
量基準)を定めたものと解するのが相当である。
したがって,原告の上記主張については,委員会の傍聴の許否の判断に当
たり,本件先例に従って,大阪市政記者クラブ所属の記者の傍聴を一律に許
可し,それ以外の者の傍聴を一律に許可しないとする運用が,憲法21条1
項,14条1項に違反するか否かという観点から検討することとする。
(2)原則として報道機関にのみ委員会の傍聴を許可することの憲法適合性
ア前記1のとおり,本件条例12条1項は,本件条例の規定に基づいて委
員会の秩序を保持する権限を付与されている委員長に,議員以外の者に当
該委員会の傍聴を許可することが,当該委員会において自由かつ率直な審
議の場を確保してその審査及び調査の充実を図る観点から適当か否かの判
断をゆだねたものであるところ,その判断は,議案等の内容,性質,審査
又は調査の内容,態様,参考人や利害関係人等の出頭の有無等を勘案し,
当該委員会のその時々の状況等に即応して適切に行われなければならない
ことにかんがみれば,上記判断は,当該委員会の状況等を最も的確に把握
し得る立場にあり,かつ,その議事の進行等に全責任を負っている委員長
の合理的な裁量にゆだねられていると解するのが相当である。
しかるところ,本件先例は,その規定内容等に照らすと,本件12条1
項が委員長に付与した上記裁量権の行使について,市政記者,すなわち,
大阪市政記者クラブに所属する報道機関の記者の傍聴については原則とし
て許可し,それ以外の者の傍聴については原則として許可しないという運
用基準を定めたものと解される(なお,本件先例が市政記者以外の者の傍
聴をおよそ一切許可しない取扱いを定める趣旨のものでないことは,前記
第2の3(5)の事実及び本訴における被告の主張(第3の6(2))の趣旨か
らも明らかである。)。
そこで,上記運用の憲法21条1項,14条1項適合性を検討する前提
として,原則として報道機関(報道の任務に当たる者)にのみ委員会の傍
聴を許可する運用の適否について検討する。
イ法の下の平等を定めている憲法14条1項は,国民に対し絶対的な平等
を保障したものではなく,合理的理由なくして差別することを禁止する趣
旨であって,国民各自の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別するこ
とは,その区別が合理性を有する限り,何ら同項に違反するものではない
というべきである(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月2
7日大法廷判決・民集18巻4号676頁参照)。
前記のとおり,報道機関の報道は,民主主義社会において,国民が国政
に関与するにつき,重要な判断の資料を提供するものであって,事実の報
道の自由は,表現の自由を保障した憲法21条の保障の下にあることはい
うまでもなく,このような報道機関の報道が正しい内容をもつためには,
報道の自由とともに,報道のための取材の自由も,憲法21条の精神に照
らし,十分尊重に値するものである。本件条例12条1項に基づく委員長
の委員会の傍聴の許否の判断における裁量権の行使に当たって,報道の公
共性,ひいては報道のための取材の自由に対する配慮に基づき,報道機関
の記者(報道の任務に当たる者)をそれ以外の一般の住民に対して優先し
て傍聴させるという取扱いをすることは,地方政治の報道の重要性に照ら
せば,合理性を欠く措置ということはできず,憲法14条1項に違反しな
いものというべきである(最高裁昭和63年(オ)第436号平成元年3
月8日大法廷判決・民集43巻2号89頁参照)。本件先例は,上記の趣
旨の運用基準を定めたものと解されるから,憲法14条1項に違反しない
ものというべきである。
そして,上記のような本件条例12条1項の規定の運用により,報道機
関(報道の任務に当たる者)以外の個々の住民の委員会を傍聴する自由が
制限されることとなるとしても,これら一般の住民は,委員会の傍聴を認
められた報道機関による当該委員会の会議に係る事実の報道等を通じて,
当該委員会の活動状況や議員の行動等を知ることが可能ということができ
るのであり,他方で,このような報道活動を通じて,住民の間に世論が形
成され,民意に基づく審議が可能となるということができるから,憲法2
1条1項に違反するということはできない。
ウ以上のとおり,委員長が本件条例12条1項に基づく委員会の傍聴の許
否の判断に当たり,原則として報道機関(報道の任務に当たる者)にのみ
委員会の傍聴を許可する運用を行うことは,憲法21条1項,14条1項
に違反しないというべきである。
(3)原則として市政記者クラブ所属の記者にのみ委員会の傍聴を許可するこ
との憲法適合性
ア前記(2)において検討したところに基づいて,以下,委員長が本件条例
12条1項に基づく委員会傍聴の許否の判断に当たり,本件先例に依拠し
て原則として市政記者クラブ所属の記者にのみ傍聴を許可する運用をする
ことが,憲法21条1項,14条1項に違反するか否かにつき検討する。
イ証拠(甲6,乙9ないし11,14)及び弁論の全趣旨によれば,以下
の事実が認められる。
(ア)大阪市政記者クラブ規約(平成17年12月22日改正後のもの)
の定めは,下記のとおりである。

第1条本会は,「大阪市政記者クラブ」と称する。
第2条本会は,取材・報道のための自主的な組織である。
第3条本会の会員は,日本新聞協会加盟社とこれに準ずる報道機関
(以下「社」という)から派遣された市政担当記者で構成する。
2新たに入会を希望する社があるときは,総会に諮り会員の3
分の2以上の賛同を得なければならない。
第4条本会は,幹事若干名を置く。幹事の任期は2箇月とする。
2幹事は,通常本会の運営にあたるが,特に重要な案件につい
ては総会に諮らなければならない。
3幹事のうち1名は,会計事務を担当する。
第5条本会の会費は,会員1名につき1箇月500円とする。ただ
し,特に必要な経費は,別にこれを徴収する。
2会計報告は定期総会で行う。
第6条本会は,年1回の定期総会を春に開き,重要案件などを協議
する。
2総会は,加盟社3分の2以上の出席で成立し,その決議事項
は過半数の賛同を得なければならない。
3緊急案件のある場合は,臨時総会を開くことができる。
第7条著しくクラブの名誉を傷つけた者,または円滑な取材活動を
阻害した者は,総会で処罰することができる。
第8条本規約に変更を加えるときは,総会に諮らなければならない。
(イ)平成17年12月1日当時に大阪市政記者クラブに所属していた報
道機関は合計23社,記者は合計68名であった。その内訳は下記のと
おりである。

朝日新聞4名
毎日新聞4名
読売新聞4名
産経新聞4名
日本経済新聞7名
共同通信社3名
時事通信社3名
日本放送協会(NHK)3名
朝日放送(ABC)2名
毎日放送(MBS)3名
関西テレビ放送(KTV)3名
読売テレビ放送(YTV)3名
大阪日日新聞5名
日刊工業2名
日本工業(フジサンケイビジネスアイ)2名
中日新聞3名
神戸新聞2名
夕刊フジ2名
ラジオ大阪(OBC)3名
テレビ大阪(TVO)2名
ジャパンタイムズ2名
奈良新聞1名
京都新聞1名
(ウ)社団法人日本新聞協会編集「日本新聞年鑑2005,2006年版
(平成17,18年版)」によれば,朝日新聞,産経新聞,日本経済新
聞,毎日新聞及び読売新聞の各大阪本社における日単位の発行部数は,
下記のとおりである。

朝日新聞朝刊238万5452部
夕刊132万9377部
産経新聞朝刊121万6130部
夕刊63万5745部
日本経済新聞朝刊79万3650部
夕刊47万8934部
毎日新聞朝刊144万4039部
夕刊85万4899部
読売新聞朝刊256万6331部
夕刊136万1099部
(エ)社団法人日本広告主協会「第19次民放テレビ局エリア調査」(平
成16年7月)によれば,毎日放送(MBS),朝日放送(ABC),
読売テレビ放送(YTV),関西テレビ放送(KTV)及びテレビ大阪
(TVO)の大阪府,三重県,滋賀県,京都府,兵庫県,奈良県,和歌
山県,徳島県及び香川県における受信世帯数は,下記のとおりである。

毎日放送(MBS)859万0000世帯
朝日放送(ABC)859万0000世帯
読売テレビ放送(YTV)859万0000世帯
関西テレビ放送(KTV)859万0000世帯
テレビ大阪(TVO)649万9000世帯
ウ前記(2)のとおり,法の下の平等を定めている憲法14条1項は,国民
に対し絶対的な平等を保障したものではなく,合理的理由なくして差別す
ることを禁止する趣旨であって,国民各自の事実上の差異に相応して法的
取扱いを区別することは,その区別が合理性を有する限り,何ら同項に違
反するものではないというべきである。
しかるところ,前記(2)のとおり,報道機関の報道は,民主主義社会に
おいて,国民が国政に関与するにつき,重要な判断の資料を提供するもの
であって,事実の報道の自由は,憲法21条1項の保障の下にあり,この
ような報道機関の報道が正しい内容を持つための取材の自由も,同項の規
定の精神に照らし,十分尊重に値するものである。そして,以上の報道の
自由及び取材の自由は,その濫用にわたらない限り,市政記者クラブに所
属する報道機関であるか否かを問わず,原告のようないわゆるフリージャ
ーナリストを含めて,報道機関にひとしく認められるべきものである。
したがって,本件条例12条1項に基づく委員会の傍聴の許否の判断に
当たり,本件先例に従って,報道機関のうち市政記者クラブに所属する報
道機関(市政記者クラブ所属の報道関係者)と,原告のようなフリージャ
ーナリストを含めたそれ以外の報道関係者とを区別して取り扱うことの合
理性が検討されなればならない。
エ前記1のとおり,本件条例12条1項は,本件条例の規定に基づいて委
員会の秩序を保持する権限を付与されている委員長に,議員以外の者に当
該委員会の傍聴を許可することが,当該委員会において自由かつ率直な審
議の場を確保してその審査及び調査の充実を図る観点から適当か否かの判
断をゆだねたものである。
しかるところ,前記のとおり,報道機関による委員会の傍聴は,報道機
関が会議を見聞し,その事実を報道することによって,住民が地方議会の
活動状況や議員の行動等を知ることを可能にし,それによって民意の形成
に寄与し,ひいては民意に基づく議会の審議が可能になり,民主的基盤に
立脚した地方公共団体の行政の健全な運営に資するという機能を有するも
のであり,このような報道機関の報道の有する機能,公共性等にかんがみ,
本件条例12条1項に基づく委員長の委員会傍聴の許否の判断に当たり,
会議場の場所的制約の下において,報道機関(報道の任務に当たる者)を
それ以外の一般の住民に優先して,すなわち,これら住民の委員会の会議
を傍聴する自由の制限と引き換えに,傍聴させる取扱いをすることの合理
性を肯定することができるのである。そうすると,委員会の会議を傍聴し
た報道機関によりその会議に係る誤った事実又は不正確な事実が報道され
たような場合には,当該報道に接した住民がその報道内容が真実であると
誤解し,委員会の活動状況や議員の行動等についての正確な事実認識を踏
まえた公正な民意の形成が阻害され,そのために委員会における十分な審
査及び調査の遂行に支障を来す事態を招来する可能性も一概に否定するこ
とができない。そして,委員会における審査及び調査は,法制上は,地方
議会の本会議における最終的な意思決定の準備のための内部的な手続にす
ぎないものの,地方自治法及びその委任を受けた条例により規定された委
員会制度の下において,各委員会における議案等の予備審査等が,本会議
における審議を充実させ,適切な表決を迅速に行うことを可能にするため
の重要な手続として位置付けられ,機能していることにかんがみれば,委
員会における十分な審査及び調査の遂行が妨げられることにより,ひいて
は本会議において充実した審議の上適切な表決を迅速に行うことを阻害す
る結果をもたらすことにもなりかねず,その弊害は住民全体の利益にかか
わるものであり,しかも,報道機関の報道が住民に与えた印象は容易に払
拭し難いことをも併せ考えれば,その弊害の程度は決して軽視することは
できないものというべきである。以上説示したような委員会の会議に係る
事実の報道の重要性,公共性,誤った事実又は不正確な事実の報道が地方
行政にもたらす弊害の大きさ等にかんがみると,本件条例12条1項に基
づく委員長の委員会傍聴の許否についての判断に当たり,委員会の会議に
係る事実を正確に報道することのできる能力,資質を備えた報道機関に限
って委員会の傍聴を認める取扱いをすることは,その必要性及び合理性を
十分肯定することができる。のみならず,前記のような委員会の議会にお
ける組織上,手続上の位置付け並びに議会の議事手続における委員会の議
案についての審査及び調査の意義ないし重要性にかんがみると,その会議
に係る事実について誤った又は不正確な報道がされることによる弊害を排
除する必要性はより大きいというべきである。
もっとも,委員会の傍聴を希望する報道機関が,委員会の会議に係る事
実を正確に報道することのできる能力,資質を備えた者であるか否かを判
断するに当たっては,当該報道機関の過去の報道歴,報道内容,当該報道
機関が報道の相手方として想定している読者等の範囲,所属記者の経歴,
傍聴の対象となる議案の内容,性格等諸般の事情を総合的に判断して,当
該委員会における議案の審査及び調査に係る事実につき誤った又は不正確
な報道をする具体的な危険があるか否かを推知するという手法を採らざる
を得ないところ,もとよりその判断は極めて機微に富んだ考慮と高度の客
観性が要求されるため,委員長がその点について迅速かつ的確に判断を下
すことは,事柄の性質上極めて困難といわざるを得ない。そして,仮に委
員長がその判断を誤り,上記のような能力,資質を備えない報道機関が委
員会を傍聴するのを許可した場合には,前記のような,委員会の活動状況
や議員の行動等についての正確な事実認識を踏まえた公正な民意の形成が
阻害され,委員会における十分な審査及び調査の遂行に支障を来す事態を
招来しかねず,そのような危険が現実化した場合には,民主的基盤に立脚
した地方行政の健全な運営が阻害されることとなって,住民の福祉を著し
く損なうことにもなり得るのである。また,上記の報道機関の能力,資質
の有無について的確な判断を行うために,委員会における議案の審査ない
し調査が遅滞することがあってはならないことはいうまでもない。
このような観点からすれば,本件条例12条1項に基づく委員長の委員
会傍聴の許否についての判断に当たり,委員会の会議に係る事実を正確に
報道することのできる能力,資質を備えない報道機関に委員会を傍聴させ
た場合に生じ得る上記のような弊害にかんがみ,報道機関に委員会の会議
に係る事実を正確に報道することのできる能力,資質が制度的に担保され
ていると認められるための基準をあらかじめ設定し,当該基準に従って一
律に報道機関の委員会傍聴の許否を判断する取扱いをすることも,その基
準が合理的なものである限り,必要やむを得ないものとしてその必要性,
合理性を肯定せざるを得ないというべきである。そして,その結果,当該
基準に該当しないものの,上記のような能力,資質を備えた報道機関が委
員会の傍聴を認められないことがあっても,上記のとおり当該能力,資質
を個別具体的に判断することの困難性,誤って当該能力,資質を欠く報道
機関に傍聴を認めた場合に生じ得る弊害の大きさ等にかんがみると,やむ
を得ないものというべきであり,既に説示したような地方議会の委員会の
傍聴の自由の内容,性質に加えて,委員会の傍聴における報道機関の優先
的な地位が本件条例12条1項に基づく委員長の裁量権の合理的な行使の
結果として付与されるものであることにもかんがみると,憲法21条1項
に違反するということはできない。
オ前記のとおり,本件先例は,その規定内容に照らすと,原則として,大
阪市政記者クラブに所属する報道機関の記者に限り傍聴を許可する取扱い
を運用基準として定めたものと解されるから,以上検討したところからす
れば,本件先例は,報道機関に委員会の会議に係る事実を正確に報道する
ことのできる能力,資質が制度的に担保されていると認められるための基
準として,大阪市政記者クラブに所属する記者であるか否かという基準を
設定し,当該基準に適合する報道機関ないし記者にのみ,原則として委員
会の傍聴を許可する取扱いを定めているものということができる。
前記認定事実によれば,大阪市政記者クラブは,日本新聞協会加盟社と
これに準ずる報道機関(平成17年12月当時は合計23社)から派遣さ
れた市政担当記者(同月当時は記者合計68名)によって構成される,取
材,報道のための自主的な組織であり,その規約において,新たに入会を
希望する報道機関があるときは総会に諮り会員の3分の2以上の賛同を得
なければならないこと,重要案件を加盟社の3分の2以上の出席で成立す
る総会における過半数の賛同によって決議すること,著しく同クラブの名
誉を傷つけた者又は円滑な取材活動を阻害した者は総会で処罰(除名等の
懲戒の趣旨であると解される。)されること,などと定められていること
が認められる。また,同クラブに所属する記者の属する報道機関には,大
阪本社における日単位の発行部数が100万部を超える新聞社が数社あり,
また,近畿圏における受信世帯数が600万世帯を超える放送社が数社あ
ることも認められる。
これらの認定事実によれば,大阪市政記者クラブは,同クラブに所属す
る報道機関ないし記者の取材ないし報道活動を自主的に規律する私的な団
体であるということができるところ,前記認定の規約の規定内容に加えて,
加盟者である各報道機関の報道に係る読者ないし視聴者の規模等にもかん
がみると,同クラブに所属する報道機関ないしその記者の間における相互
規制等を通じて報道に係る一定の行為規範,価値基準が共有され,それに
よって事実の正確な報道が担保され,しかも,その存在意義について相当
数の国民(住民)から支持されていると推認され,報道分野において重要
な役割を果たしているということができるから,同クラブ所属の報道機関
ないしその記者は,委員会の会議に係る事実を正確に報道することのでき
る能力,資質を備えた者であることが,相当の根拠をもって担保されてい
るものということができる。そうであるとすれば,大阪市政記者クラブに
所属する記者であるか否かという基準は,委員会の傍聴を希望する報道機
関ないしその記者に前記の能力,資質が制度的に担保されていると認めら
れるための基準として,十分合理的なものということができる。
もっとも,前記のとおり,大阪市政記者クラブに所属しない報道機関な
いしその記者の中にも委員会の会議に係る事実を正確に報道することので
きる能力,資質を備えた者が少なからず存在することは,いうまでもない。
そして,そのような報道機関ないし記者にあって,原告のように,委員会
の会議に係る事実について,市政記者クラブに所属する報道機関ないし記
者とは異なった視点から多様な情報を提供することは,それ自体,民意に
基づく議会の審議ひいては民主的基盤に立脚した地方公共団体の健全な行
政の運営に寄与するものであることはいうまでもなく,その価値は,市政
記者クラブに所属する報道機関による報道の場合と比べていささかも減じ
るものではない。
しかしながら,そうであるとしても,前記のとおり,そもそも,委員会
の会議を傍聴する自由は,憲法21条1項の趣旨,目的からその派生原理
として当然に導かれる,様々な意見,知識,情報に接し,これを摂取する
自由から派生するものとして尊重されるべきであるものの,他者の人権と
衝突する場合にはそれとの調整を図る上において,又はこれに優越する公
共の利益が存在する場合にはそれを確保する必要から,一定の合理的な制
限を受け得るものである上,そもそも,委員会の傍聴における報道機関の
優越的な地位は,本件条例12条1項に基づく委員長の裁量権の合理的な
行使の結果として付与されるものであることにかんがみると,委員会の会
議に係る事実を正確に報道することのできる能力,資質を欠く報道機関に
傍聴を認めた場合に生じ得る弊害等にかんがみてあらかじめ設けられた本
件先例のような合理的な基準に従って,本件条例12条1項に基づく委員
長の委員会傍聴の許否の判断が運用されたとしても,やむを得ないものと
いうべきであり,憲法21条1項に違反するということはできない。
カ以上検討したところによれば,委員長が,本件条例12条1項に基づく
委員会の傍聴の許否の判断に当たり,本件先例に依拠して,原則として大
阪市政記者クラブ所属の記者にのみ傍聴を許可するという運用をすること
は,憲法21条1項に違反するということはできず,また,合理的な理由
なくして同クラブに所属する記者とそれ以外の報道機関ないし記者を差別
するものとして憲法14条1項に違反するということもできない。
(4)結論
以上のとおり,委員長が本件条例12条1項に基づく委員会の傍聴の許否
の判断に当たり,本件先例に依拠して,原則として大阪市政記者クラブ所属
の記者にのみ傍聴を許可する運用をすることは,憲法21条1項,14条1
項に違反するということはできないから,その点に関する原告の主張は,そ
の余の点につき判断するまでもなく,いずれも採用することができない。
3本件不許可処分の憲法21条1項,14条1項適合性(争点(4),(5))につ
いて
原告は,C委員長は,原告の本件委員会の傍聴申請を受けて原告の傍聴席確
保の努力もせず,単に本件先例に従い,原告が市政記者クラブ所属の記者でな
いことのみを理由に本件不許可処分をしたものであり,被告が実施しているモ
ニター放映による委員会の傍聴は代替手段として不十分であるから,同処分は
知る権利及び取材の自由を保障した憲法21条1項に違反する,市政記者クラ
ブ所属の記者を優遇して委員会の傍聴を許可する旨定めた本件先例に従ってさ
れた本件不許可処分は,市政記者クラブ所属の記者とそれ以外の報道記者とを
合理的理由がないのに差別しており,憲法14条1項に違反する,などと主張
する。
しかしながら,前記1及び2で説示したとおり,委員長が,本件条例12条
1項に基づく委員会の傍聴の許否の判断に当たり,本件先例に依拠して,原則
として大阪市政記者クラブ所属の記者にのみ傍聴を許可するという運用をする
ことは,憲法21条1項,14条1項に違反するということはできないのであ
り,本件不許可処分をしたC委員長の判断も,結局のところ,このような運用
に従ってされたものである(前記前提となる事実等(5)参照)から,本件不許
可処分は,憲法21条1項,14条1項に違反するということはできない。
したがって,その余の点につき判断するまでもなく,本件不許可処分が憲法
21条1項,14条1項に違反するという原告の主張は,いずれも採用するこ
とができない。
4本件不許可処分の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無(争点(6))につ
いて
原告は,本件不許可処分は,法の趣旨,目的からの逸脱,比例原則,平等原
則違反,合理性の欠如が認められるから,委員長に与えられた裁量権の範囲を
逸脱し又はこれを濫用したものであって違法である,などと主張する。
前記のとおり,本件先例は大阪市政記者クラブ所属の記者以外の者の委員会
の傍聴をおよそ一切許可しない取扱いを定める趣旨のものではないが,本件条
例12条1項の規定の趣旨からすれば,そのような例外的取扱いをするか否か
についての判断も,そのような例外的取扱いをすることが,当該委員会におい
て自由かつ率直な審議の場を確保してその審査及び調査の充実を図る観点から
適当か否かという観点からする委員長の合理的な裁量にゆだねられている。そ
して,そのような例外的取扱いをするか否かに係る上記裁量権の行使において
は,当該傍聴に係る委員会の議案等の内容,性質,審査又は調査の内容,態様,
参考人や利害関係人等の出頭の有無等といった点のみならず,当該委員会の傍
聴について例外的取扱いをすることが本件条例12条1項に基づく委員会(当
該委員会のみならず大阪市会におけるその他の委員会)の会議の傍聴の許否に
ついてのその後の運用に与える影響,生じ得る弊害の有無,内容,態様等をも
しんしゃくすべきものということができる。
しかるところ,前記前提となる事実等(5)及び弁論の全趣旨によれば,本件
不許可処分は,本件委員会の各派代表者会議に諮った上,本件先例に依拠した
原則的取扱いとする意向が多数であったことを踏まえて行われたものであると
認められ,その理由も文書(甲2)により原告に告知されている事実が認めら
れる。このことに加えて,前記のとおり,原告のような報道機関ないしその記
者が委員会の会議に係る事実を正確に報道することのできる能力,資質を備え
たものであるか否かを個別具体的に判断することが事柄の性質上極めて困難で
あり,たとい原告が客観的にみてそのような資質,能力を備えたものであると
認められるとしても,今後大阪市政記者クラブに所属しない報道機関ないし記
者から同種の傍聴希望が出された場合に,本件委員会や大阪市会のその他の委
員会(委員長)において上記のような困難な判断を強いられる事態も考えられ
なくはない。しかるところ,本件先例は,正に,誤って上記のような能力,資
質を欠く報道機関に傍聴を認めた場合に生じ得る弊害の大きさ等にかんがみ,
上記のような事態を避けるべく,委員会の傍聴を希望する報道機関に上記のよ
うな能力,資質が制度的に確保されていると認められるための基準として,大
阪市政記者クラブに所属する記者であるか否かという基準を設定し,原則とし
て当該基準に適合する報道機関ないし記者にのみ委員会の傍聴を許可する取扱
いを定めたものである。これらにかんがみると,C委員長が上記のような例外
的取扱いをせずに本件不許可処分をしたことが,本件条例12条1項により委
員長に付与された裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものということ
はできない。
したがって,その余の点につき判断するまでもなく,本件不許可処分には裁
量権の範囲の逸脱又はその濫用があるとの原告の主張は,採用することができ
ない。
第5結論
以上によれば,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求は理由が
ないから,これを棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官西川知一郎
裁判官岡田幸人
裁判官和久一彦

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