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平成24年5月10日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成21年(ワ)第6273号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日平成24年2月6日
判決
原告株式会社ミキ
同訴訟代理人弁護士乾てい子
同補佐人弁理士宇佐見忠男
被告株式会社カワムラサイクル
同訴訟代理人弁護士久保井聡明
同黒田愛
同補佐人弁理士岡憲吾
同室橋克義
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙イ号物件目録記載の車椅子を製造し,販売し,又は販売のため
に展示してはならない。
2被告は,前項記載の車椅子を廃棄せよ。
3被告は,原告に対し,9083万1232円及びこれに対する平成21年5
月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4仮執行宣言
第2事案の概要
本件は,発明の名称を「車椅子」とする特許権を有する原告が,被告による
別紙イ号物件目録記載の車椅子(以下「イ号物件」という。)の製造販売等が同
特許権を侵害するとして,被告に対し,特許法100条1項及び同条2項に基
づき,イ号物件の製造販売等の差止め及びイ号物件の廃棄を求めるとともに,
特許法65条1項に基づく補償金として451万1232円,同特許権侵害
の不法行為に基づく損害賠償金として8632万円及びこれらの合計額90
83万1232円に対する催告の日の翌日以降でかつ不法行為の後の日であ
る平成21年5月20日(訴状送達日)から支払済みまで民法所定の年5分の
割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1判断の基礎となる事実
以下の各事実は当事者間に争いがないか,掲記の各証拠又は弁論の全趣旨に
より,容易に認められる。
(1)原告の特許権
ア原告は,次の特許(以下「本件特許」という。)に係る特許権(以下「本
件特許権」という。また,本件特許の特許請求の範囲(請求項1。確定し
た平成22年7月23日付け審決により認められた訂正後のもの。)に記載
された発明を「本件特許発明」といい,本件特許に係る明細書を「本件明
細書」という。)を有している。
登録番号3993996号
発明の名称車椅子
出願日平成13年10月23日
登録日平成19年8月3日
特許請求の範囲
【請求項1】「左右側枠を一個または二個以上のX枠で連結した構造
であって,該X枠は中央で相互回動可能に結合され,下端部を該左右
側枠下部に枢着した一対の回動杆からなり,該一対の回動杆の各上端
には上側杆がそれぞれ取り付けられ,該上側杆は上記左右側枠に具備
されている座梁部に取り付けられている杆受けにそれぞれ支持される
ように設定されており,該回動杆下端部は軸を介して該左右側枠下部
に取り付けられており,該左右側枠下部には,上下に配列している複
数個の軸穴が設けられており,該車椅子の所望の巾に対応して該複数
個の軸穴のうちの一つを選択して該軸穴に該軸を支持させることによ
って,該X枠の上端部は該左右側枠に対して上下位置を変えることな
く,かつ該X枠の長さを変えることなく該車椅子の巾を調節可能にし
たことを特徴とする車椅子。」
イ本件特許発明は,次の構成要件に分説することができる。
A左右側枠を一個または二個以上のX枠で連結した構造であって,
B該X枠は中央で相互回動可能に結合され,下端部を該左右側枠下部
に枢着した一対の回動杆からなり,
C該一対の回動杆の各上端には上側杆がそれぞれ取り付けられ,
D該上側杆は上記左右側枠に具備されている座梁部に取り付けられて
いる杆受けにそれぞれ支持されるように設定されており,
E該回動杆下端部は軸を介して該左右側枠下部に取り付けられており,
F該左右側枠下部には,上下に配列している複数個の軸穴が設けられ
ており,
G該車椅子の所望の巾に対応して該複数個の軸穴のうちの一つを選択
して該軸穴に該軸を支持させることによって,該X枠の上端部は該左
右側枠に対して上下位置を変えることなく,かつ該X枠の長さを変え
ることなく該車椅子の巾を調節可能にしたことを特徴とする
H車椅子
ウ(ア)原告は,本件特許発明に係る無効審判請求事件(無効2011-
800069)において,平成23年11月24日付けで,特許庁審
判長に対し,以下の内容の訂正請求をした(甲41。下線部が訂正箇
所である。以下「本件訂正」といい,本件訂正後の本件特許発明を「訂
正後本件特許発明」という。)。
【請求項1】「左右側枠を一個または二個以上のX枠で連結した構
造であって,該X枠は中央で相互回動可能に結合され,下端部を該
左右側枠下部に枢着した一対の回動杆からなり,該一対の回動杆の
各上端には上側杆がそれぞれ取り付けられ,該上側杆は上記左右側
枠に具備されている座梁部に取り付けられている杆受けにそれぞ
れ支持されるように設定されており,該回動杆下端部は左右側枠に
沿った方向に配設されている枢軸を介して該左右側枠下部に枢着
されており,該左右側枠下部には,それぞれ該左右側枠に沿う方向
を向いた複数個の軸穴が上下に配列して設けられており,該車椅子
の所望の巾に対応して該複数個の軸穴のうちの一つを選択して該
軸穴に該枢軸を引き抜き可能に挿通支持させることによって,該X
枠の上端部は該左右側枠に対して上下位置を変えることなく,かつ
該X枠の長さを変えることなく該車椅子の巾を調節可能にしたこ
とを特徴とする車椅子。」
(イ)上記訂正後の特許請求の範囲を,上記イにおける分説と同様に分
説すると以下のとおりである(下線部が訂正箇所である。)。
A左右側枠を一個または二個以上のX枠で連結した構造であって,
B該X枠は中央で相互回動可能に結合され,下端部を該左右側枠下
部に枢着した一対の回動杆からなり,
C該一対の回動杆の各上端には上側杆がそれぞれ取り付けられ,
D該上側杆は上記左右側枠に具備されている座梁部に取り付けられ
ている杆受けにそれぞれ支持されるように設定されており,
E′該回動杆下端部は左右側枠に沿った方向に配設されている枢軸
を介して該左右側枠下部に枢着されており,
F′該左右側枠下部には,それぞれ該左右側枠に沿う方向を向いた複
数個の軸穴が上下に配列して設けられており,
G′該車椅子の所望の巾に対応して該複数個の軸穴のうちの一つを
選択して該軸穴に該枢軸を引き抜き可能に挿通支持させることに
よって,該X枠の上端部は該左右側枠に対して上下位置を変えるこ
となく,かつ該X枠の長さを変えることなく該車椅子の巾を調節可
能にしたことを特徴とする
H車椅子
(2)被告の行為
ア被告は,業としてイ号物件を製造,販売し,又は譲渡等の申出をしてい
る(イ号物件の写真,図面には争いはない。)。
イ原告は,被告に対し,本件特許が出願公開された日(平成15年5月7
日)の後である平成17年12月26日,イ号物件が本件特許に係る発明
に類似する旨通知し,被告は,同月29日,イ号物件が本件特許に係る発
明の技術的範囲に属する可能性がある旨回答した(甲4の1・2)。
原告は,本件特許が登録された日の後である平成19年10月11日,
イ号物件が本件特許発明の技術的範囲に属するとして,被告に対し,イ号
物件の製造販売の差止め等を求めると共に,補償金請求権及び損害賠償請
求権を有する旨警告した(甲5の1・2)。
2争点
(1)イ号物件は本件特許発明の技術的範囲に属するか(争点1)
(2)本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか
(争点2)
(3)訂正の再抗弁が認められるか(争点3)
(4)原告の補償金及び損害賠償金の額(争点4)
第3争点に係る当事者の主張
1争点1(イ号物件は本件特許発明の技術的範囲に属するか)について
【原告の主張】
(1)イ号物件の構成
アイ号物件の構成は,別紙イ号物件説明書(原告の主張)記載のとおりで
あるところ,これを本件特許発明の構成要件に即して分説すると以下のと
おりである。
a左右一対の側枠2,2を,連結枠24の主体をなす一個のX枠3で連
結した構造であって,
b該X枠3は中央で相互回動可能に結合され,下端部を該左右側枠2,
2の下部にあたる該左右側枠2,2の下梁部2bに溶接されている前後
一対の軸受けブラケット20,20に枢着した一対の回動杆3a,3a
からなり,
c該一対の回動杆3a,3aの各上端13a,13aには上側杆4,4
がそれぞれ取り付けられ,
d該上側杆4,4は前記左右側枠2,2に具備されている座梁部2a,
2aに取り付けられている杆受け17,17にそれぞれ支持されるよう
に設定されており,
e該回動杆3a,3aの下端13b,13bに取り付けられた下側杆2
3は軸26を介して該左右側枠2,2の下部に位置する前記軸受けブラ
ケット20,20に取り付けられており,
f該左右側枠2,2の下部に位置する前記軸受けブラケット20,20
には,上下に配列している複数個の軸穴21A,21B,21Cが設け
られており,
g該車椅子1の所望の巾に対応して該複数個の軸穴21A,21B,2
1Cのうちの一つを選択して該軸穴21A,21B,21Cに該軸26
を支持させることによって,該X枠3の上端部は該左右側枠2,2に対
して上下位置を変えることなく,かつ該X枠3の長さを変えることなく
該車椅子1の巾を調節可能にしたことを特徴とする,
h車椅子1
イイ号物件が,後記【被告の主張】(1)a′,b′,f′,h′の各構成を
有することは認める。
イ号物件が,後記【被告の主張】(1)e′の構成を有することについては,
「…ことにより該左右側枠2,2下部に取り付けられており」という構成
を否認し,その余は認める。
イ号物件が,後記【被告の主張】(1)g′の構成を有することは否認する。
(2)イ号物件が本件特許発明の構成要件を充足すること
アイ号物件と本件特許発明の構成要件を対比すると,イ号物件の構成c,
d,hと,構成要件C,D,Hは,それぞれ全く同一であり,これらの
構成要件を充足する。
イイ号物件の構成aにおいて,左右一対の側枠2,2がX枠3によって連
結されている点において,構成要件Aを充足する。
ウイ号物件の構成b,e,fにおいて,前後一対の軸受けブラケット20,
20は左右側枠2,2の下梁部2bに溶接されて一体不可分の構成となっ
ていることから,上記各構成は,構成要件B,E,Fを充足する。
エイ号物件の構成e,gにおいて,軸26は軸穴21A,21B,21C
および下側杆23の内部に挿通されて該軸穴21A,21B,21Cに支
持され,これによりX枠3の下端部を左右側枠2,2の下部に枢着するも
のであるから,本件特許発明の「軸」に相当する。したがって,上記各構
成は,構成要件E,Gを充足する。
(3)被告の主張について
ア構成要件A,B,Eの充足性について
(ア)左右側枠の連結方法について
被告は,イ号物件には,構成要件Aの「左右側枠を一個または二個以
上のX枠で連結した構造」は存しない旨主張するが,イ号物件では,
X枠が左右側枠間に配置され,該X枠によって左右側枠が連結されて
いる。被告の主張のとおり,イ号物件においてX枠で連結した構造が
存在しないのであれば,左右側枠を連結する手段がなくなってしまい,
車椅子として成立しなくなるから,被告の主張は失当である。
(イ)X枠下端部と左右側枠下部との連結関係の相違について
a「枢着」に該当しないとする点について
イ号物件においては,ブラケット20の軸穴21A,21B,2
1Cが凹部に相当し,クイックリリース・ロックピンが凸部に相当
することは当業者にとって周知の事実である。そして,凸部である
該クイックリリース・ロックピンと,凹部である該軸穴21A,2
1B,21Cとの組み合わせにより,該回動杆の下端が側枠下部に
「枢着」(構成要件B)されている。
b「軸を介して」取り付けられていないとする点について
イ号物件において,ピンが存在しなければ,下側杆23は下側杆
ブラケットに固定されないので,下側杆を側枠に取り付けることが
できない。ピンは,X枠の下端部と左右側枠とを連結するために必
要な構成であり,該ピンは本件特許発明の「軸」に当たるというべ
きであり,イ号物件は「軸を介して…取り付けられて」(構成要件B)
いる。
cブラケットは側枠の一部(左右側枠)ではないとする点について
被告は,イ号物件には,ブラケットにスライド溝を設け,下側杆
が取り付けられたまま上下方向にスライド可能にするとの本件特許
発明にない機能がある旨主張して,回動杆下端部はこのブラケット
に取り付けられているから,イ号物件には,「回動杆下端部は軸を介
して該左右側枠下部に取り付けられており」(構成要件E)との構成
は存しないと主張する。
しかしながら,下側杆ブラケットに下側杆両端をガイドする溝を
設けることは,単なる設計事項にすぎず,独立した特別の機能を果
たすものとはいえないから,この点をもって,イ号物件が本件特許
発明の技術的範囲に属しないとはいえない。
イ構成要件Dの充足性について
被告は,イ号物件における杆受けは傷防止の緩衝材にすぎず,杆受けが
なくても,車椅子の構成上は全く支障がないと主張するが,イ号物件の車
椅子1における杆受け17,17は,X枠3の上端の上側杆4,4を受止
して支持するものであることに変わりはなく,構成要件Dの「杆受け」と
同じである。
ウ構成要件Fの充足性について
被告は,イ号物件では左右側枠下部に軸穴はないと主張するが,下側
杆ブラケットは左右側枠の一部であり,軸穴は下側杆ブラケットに開け
られているから,イ号物件でも左右側枠下部に「軸穴」(構成要件F)が
設けられている。
エ構成要件Gの充足性について
被告は,イ号物件のピン(軸)は下側杆ブラケットに設けられた3つの
軸穴から一つを選択して下側杆を軸で位置決めするためのものであると
主張するが,ピン(軸)はX枠下端部を左右側枠下部に取り付けるために
必須のものであって,イ号物件は,「該車椅子の所望の巾に対応して該複
数個の軸穴のうち一つを選択して該軸穴に該軸を支持させることによっ
て」,「該X枠の上端部は該左右側枠に対して上下位置を変えることなく,
かつ該X枠の長さを変えることなく該車椅子の巾を調節可能」(構成要件
G)という構成を有するものである。
被告は,イ号物件において,左右側枠はX枠で連結されており,該X枠
の回動杆の下端部は左右側枠下部に明らかにピンと軸穴により枢着され
ている構成を有することを隠蔽するために,連結に必須要素であるピン
(軸)を単なる位置決めするための不要なものとし,わざわざ支持棒を含
めた連結枠なる構成を持ち出している。しかしながら,支持棒がなくても,
イ号物件は本件特許発明の作用効果を奏するのであり,被告の主張には理
由がない。
【被告の主張】
(1)イ号物件の構成
イ号物件の構成は,別紙イ号物件説明書(被告の主張)のとおりである。
イ号物件の構成のうち,本件特許発明の構成要件A,B,EないしHに対
応する部分は以下のとおりである。
a′左右側枠2,2を一個の連結枠24と,前後一対の下側杆ブラケット2
0,20とで連結した構造であって,
b′該連結枠24は中央で相互回動可能に結合されたX枠3と,X枠3の上
方でその回動軸に平行に延びる上側杆4と,その一端を上側杆4に軸着さ
れて上側杆4を回転軸に回動可能に取り付けられ,かつ,左右側枠2,2
の中間柱部7に挿入されることにより上下方向にスライド可能に左右側
枠2,2に支持されている一対の支持棒18,18と,X枠3の下端部1
3b,13bに溶接されX枠3の回動軸に平行に延びる下側杆23,23
からなり,
e′この下側杆23,23は,該左右側枠下部2b,2bに溶接された前後
一対の下側杆ブラケット20,20の,上下方向に延びる一対のスライド
溝25,25に,下側杆の両端23d,23eをガイドされつつ上下方向
にスライド可能に押しあてられることにより該左右側枠2,2下部に取り
付けられており,
f′該左右側枠2,2下部に位置する下側杆ブラケット20,20には,上
下に配列している複数個(3個)の軸穴21A,21B,21Cが設けら
れており,
g′連結枠24及び前後一対の下側杆ブラケット20,20により左右側枠
2,2の連結が維持された状態で,該車椅子1の所望の巾に対応して該複
数個(3個)の軸穴21A,21B,21Cのうちの一つを選択して下側
杆23を軸26で位置決めさせることによって,該連結枠3の上端部は該
左右側枠2,2に対して上下位置を変えることなく,かつ該X枠3の長さ
を変えることなく該車椅子1の巾を調節可能にした,
h′車椅子1である。
(2)イ号物件は本件特許発明の構成要件を充足しないこと
ア構成要件A,B,Eの充足性について
(ア)左右側枠の連結方法について
イ号物件にもX枠は採用されているが,このX枠だけで左右側枠を
連結しているわけではなく,①X枠,②X枠の上方でその回動軸に平
行に延在する上側杆,③その一端を左右側枠の上側杆に軸着された一
対の支持棒,④X枠の下方でその回動軸に平行に延在する下側杆と,
⑤左右側枠の下梁部に溶接されたブラケット,これらが一体となって
左右側枠を連結している。したがって,イ号物件には,「左右側枠を一
個または二個以上のX枠で連結した構造」(構成要件A)は存しない。
(イ)X枠下端部と左右側枠下部との連結関係の相違について
a「枢着」に該当しないこと
「枢着」とは,「凹凸部分で回動自在に付けること」をいう(乙1)。
これに対して,イ号物件の連結枠の下端部には,X枠の回動軸と平
行に延びる下側杆が取り付けられており,この下側杆の両端が,左右
側枠下部に溶接された前後一対の下側杆ブラケットのガイド溝に押
しあてられることによって,下側杆ブラケットに上下方向スライド可
能に,取り付けられている。そもそも,回動杆の下端部にも,左右側
枠下部にも,凹部又は凸部は設けられていない。また,原告が主張す
るように,イ号物件における軸が凸部で,軸穴が凹部であるとはいえ
ない。
したがって,回動杆の下端部と側枠下部との間には凹凸部分による
結合は認められないから,両者が「枢着」(構成要件B)されている
とはいえない。
b「軸を介して」取り付けられていないこと
イ号物件においては,下側杆がブラケットのガイド溝に押しあてら
れることによって,X枠下端部がブラケットに取り付けられているた
め,「軸を介して…取り付けられて」(構成要件E)はいない。
原告は,イ号物件に用いられるクイックリリース・ロックピンを「軸」
とした上で,イ号物件でも「軸を介して…取り付けられて」いる旨主
張するが,クイックリリース・ロックピンは,下側杆23を,下側杆
ブラケット20の溝に沿った上下方向において位置決めをするための
ピンであり,X枠の下端部と左右側枠を機械的に連結するものではな
い(それゆえ,下側杆ブラケットからクイックリリース・ロックピン
を引き抜いても,X枠下端部はフリーな状態にはならない。)。
したがって,クイックリリース・ロックピンは,本件特許発明の「軸」
には当たらない。
cブラケットは側枠の一部(左右側枠)ではないこと
そもそも,イ号物件においては,X枠下端部が左右側枠下部に取り
付けられているのではない。イ号物件では,X枠下端部には下側杆が
溶接されており,この下側杆が,左右側枠下部に溶接された下側杆ブ
ラケットのガイド溝に押し当てられ,それによって,X枠下端部が下
側杆ブラケットに取り付けられている。
ブラケットは左右側枠下部から独立した別個の部材であり,回動
杆下端部はこのブラケットに取り付けられているにすぎないから,
イ号物件には,「回動杆下端部は軸を介して該左右側枠下部に取り付
けられており」(構成要件E)との構成は存しない。
イ構成要件Dの充足性
イ号物件は,「12:前記上側杆4が上下動可能に支持棒18に支持され
ている。」「13:前記上梁部2aには,上梁部2aと上側杆4とが直接接触
して互いの表面に傷がつくことを防止し,支持杆18aが上梁部2aと干
渉することを防止するために,前記上側杆2aを受ける杆受け17,17
が前後一対で装着されている。」との構成を有する。
すなわち,イ号物件では,上側杆は支持棒によって支持されているの
であって,杆受けに支持されるように設定されているものではない。そ
して,イ号物件における杆受けは傷防止の緩衝材にすぎない。
したがって,イ号物件は,構成要件Dの「該上側杆は上記左右側枠に
具備されている座梁部に取り付けられている杆受けにそれぞれ支持され
るように設定されており」を充足しない。
ウ構成要件Fの充足性について
イ号物件の下側杆ブラケットは左右側枠下部の一部ということはでき
ないから,イ号物件には,構成要件Fの「左右側枠下部には,上下に配
列している複数個の軸穴が設けられており」との構成は認められない。
エ構成要件Gの充足性について
イ号物件において,軸は下側杆ブラケットに設けられた3つの軸穴か
ら一つを選択し,下側杆を位置決めするためのものである。
イ号物件は,支持棒を含めた連結枠を用いることにより,「該X枠の上
端部は該左右側枠に対して上下位置を変えることなく,かつ該X枠の長
さを変えることなく該車椅子の巾を調節可能」(構成要件G)にするとい
う作用効果を実現しており,当該作用効果を「該車椅子の所望の巾に対
応して該複数個の軸穴のうち一つを選択して該軸穴に該軸を支持させる
ことによって」(構成要件G)実現するものではないから,構成要件Gを
充足しない。
2争点2(本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められ
るか)について
【被告の主張】
(1)乙54文献について
1998年2月19日に頒布された刊行物である独国実用新案第2972
1699号明細書(乙54。以下「乙54文献」といい,同文献に記載され
た発明を「乙54発明」という。)には,以下の事項が記載されている。
ア図2~図4に示された本考案に係る車台フレーム20は,図1に示さ
れた車台フレーム1と全く類似に,2つのサイドフレーム部材21を有
し,これらのサイドフレーム部材は,それぞれ1つの上側フレームパイ
プおよび下側フレームパイプ22,23と,これらを互いに接続する前
側フレームパイプおよび後側フレームパイプとからなる。
サイドフレーム部材21はクロスバー28によって互いに接続され
ており,クロスバーは,交差点で回転ジョイントによって互いに接続さ
れた2つのリンクと,ダブルのリンク29,29’と,これらと交差す
るシングルのリンク30とからなる。クロスバーリンクは,それぞれの
上端部に,上側フレームパイプ22に固く取り付けられた係止部33と
形状結合的に係合するためのシートパイプ32を備えている。
先行技術の車台フレーム1とは異なり,車台フレーム20は,車椅子
のそれぞれの使用位置において両フレーム部材21間の間隔と,ひいて
は座幅を調節するための装置を備えている。
この目的で,両サイドフレーム部材21には,クロスバー28の両側
に,ダブルリンク29,29’およびシングルリンク30それぞれの下
端部を枢着するためのそれぞれ同様に形成された保持コンソール36
が2つずつ,走行方向に離隔して配置されている。金属形材として形成
された保持コンソール36は,垂直方向に延在し,それぞれの両端部で
止め輪37により,それぞれのサイドフレーム部材21の上側フレーム
パイプ22と下側フレームパイプ23とに固定されている。保持コンソ
ール36の各々は,同じ数の穴38を備えており,これらの穴は,保持
コンソール36の取付位置において垂直方向に離隔して配置されてお
り,車台フレーム20に配置された全保持コンソール36のそれぞれ対
応する穴38が水平面上に延びる。
ダブルリンク29,29’およびシングルリンク30は,それらの下端
部に軸受パイプ41をそれぞれ備えており,この軸受パイプは,それぞ
れのリンクの長手方向に対して垂直に,かつ取り付けられた状態で,上
側もしくは下側フレームパイプ22,23に対して平行に延びる。軸受
パイプ41の端部は,軸受ブロック42に軸が固定されているが,回動
可能に支承されている。軸受ブロック42は,保持コンソール36から
車椅子内側に突出し,かつこれらの保持コンソールと公知の態様で固く,
しかし,例えば穴38を貫通し軸受ブロック42のねじ孔に螺入される
ねじによって着脱可能に接続されている。
図3および図4に示されるように,それぞれの軸受ブロック42を固
定するために設けられた穴38は,それぞれの使用位置においてサイド
フレーム部材21間の間隔を決定する。図3において,軸受ブロック4
2は,下側フレームパイプ23の領域に直接配置された穴38に固定さ
れている。このことにより,使用位置において,ダブルリンク29,2
9’およびシングルリンク30と水平線との角度が略30°になり,した
がって,比較的狭い座幅になる。
これに対して図4に示された調整位置では,ダブルリンク29,29’
およびシングルリンク30を保持コンソール36の穴38に枢着する
ために軸受ブロック42が固定されており,穴は,それぞれの上側フレ
ームパイプ22と下側フレームパイプ23との間の略中央に配置され
ている。使用位置においてリンク29および29’もしくは30と水平線
とがなす角度は,図3に示される例よりもはるかに平坦であり,略1
5°である。したがって,この調整位置では,両サイドフレーム部材2
1間の間隔と,ひいては座幅が図3の調整位置での場合よりも大き
い。)」(乙54の1・8頁7行~10頁18行,乙54の2・2頁60行
~3頁40行)。
イ乙54文献の図2a,図3および図4から,穴38が複数上下に配列
して設けられている。
ウ乙54文献の図3および図4から,クロスバー28の上端部は2つの
サイドフレーム部材に対して上下位置を変えることがなく,かつクロス
バー28の長さは変えられることもない。
(2)本件特許発明と乙54発明との対比
ア本件特許発明と乙54発明とを対比すると,乙54発明の「サイドフ
レーム部材21」は本件特許発明の「左右側枠」に相当する。乙54発
明の「クロスバー28」は本件特許発明の「X枠」に,「交差点」は「中
央」に,「回転ジョイントによって互いに接続され」は「相互に回動可
能に結合され」に,「シートパイプ32」は「上側杆」に,「上側フレー
ムパイプ22」は「座梁部」に,「係止部33」は「杆受け」に,「軸受
パイプ41」は「軸」にそれぞれ相当する。また,乙54発明の「穴3
8」と本件特許発明の「軸穴」とは,「穴」という概念で共通している。
また,乙54発明の「ダブルリンク29,29’およびシングルリンク
30」は,交差点で回転ジョイントによって互いに接続され,しかも,
対になって2つのリンクを構成するものであるから「一対の回動杆」と
いえる。
さらに,乙54発明の「ダブルリンク29,29’およびシングルリン
ク30」は,下端部に軸受パイプ41を備え,軸受パイプ41が軸受ブ
ロック42を介して回動可能にサイドフレーム部材21に取り付けら
れている。そして,図2aに示されるように,この軸受パイプ41は,
サイドフレーム部材21の下部に取り付けられている。したがって,乙
54発明の「ダブルリンク29,29’およびシングルリンク30」は「下
端部を該左右側枠下部に枢着した」といえるし,「該回動杆下端部は軸
を介して該左右側枠下部に取り付けられて」いるといえる。
乙54発明の図2aから「上下に配列され設けられた複数の穴38」
はサイドフレーム部材21の下部に設けられているから,「左右側枠下
部には,上下に配列している複数個の穴が設けられて」いるといえる。
また,乙54発明の「穴38は,それぞれの使用位置においてサイド
フレーム部材21間の間隔を決定する」は,本件特許発明の「車椅子の
所望の巾に対応して複数個の穴のうちの一つを選択することによって,
該車椅子の巾を調節可能にした」と同義である。
イ本件特許発明と乙54発明とは,本件特許発明の用語を用いて記載す
ると,次の一致点及び相違点を有する。
(一致点)
A左右側枠を一個または二個以上のX枠で連結した構造であって,
B該X枠は中央で相互回動可能に結合され,下端部を該左右側枠下
部に枢着した一対の回動杆からなり,
C該一対の回動杆の各上端には上側杆がそれぞれ取り付けられ,
D該上側杆は上記左右側枠に具備されている座梁部に取り付けら
れている杆受けにそれぞれ支持されるように設定されており,
E該回動杆下端部は軸を介して該左右側枠下部に取り付けられて
おり,
F該左右側枠下部には,上下に配列している複数個の穴が設けられ
ており,
G該車椅子の所望の巾に対応して該複数個の穴のうちの一つを選
択することによって,該X枠の上端部は該左右側枠に対して上下位
置を変えることなく,かつ該X枠の長さを変えることなく該車椅子
の巾を調節可能にしたことを特徴とする
H車椅子
(相違点)
「上下に配列される複数個の穴」が,本件特許発明では「軸穴」であ
るのに対して,乙54発明では「穴」である点と,本件特許発明では「複
数個の軸穴のうちの一つを選択して該軸穴に該軸を支持させることに
よって」「該車椅子の巾を調節可能にした」のに対して,乙54発明で
は「複数個の穴のうちの一つを選択して」「該車椅子の巾を調節可能に
した」ものであり,「該軸穴に該軸を支持させることによって」ではな
く,「該穴に軸受ブロックを介して該軸を支持させる」点とで相違する。
(3)新規性欠如(特許法29条1項3号)
ア本件特許発明と乙54発明を子細に比べれば前述のような相違点が
一応認められるとしても,これは単なる慣用手段の転換にすぎず,両者
は実質的に同一である。
すなわち,本件特許発明は,側枠下部に設けられた複数個の軸穴に,
回動杆下端部の軸を支持させるとしているところ,乙54発明において
は,軸受ブロックを介して軸を支持させているものの,なお,側枠下部
に設けられた複数個の軸穴に,回動杆下端部を支持させていることには
違いはない。ちなみに,本件特許発明の実施例(甲2の図2,図6,図
8)では,側枠下部に下側杆取付部(13)なる部材が取り付けられ,
軸穴はこの下側杆取付部に設けられている。これも,側枠下部に設けら
れた複数個の軸穴に,回動杆下端部を支持させるための慣用手段の一つ
といえる。
また,乙54文献には,「サイドフレーム部材をクロスバーによって
互いに接続した車台フレームでは,本考案の一展開形態により,クロス
バーの下端部とサイドフレーム部材との枢着点の高さが変更可能である
ように形成することが合目的的である」と記載されている。即ち,車椅子
の座幅変更において,回動杆の下端部の枢着点の高さを変更可能にするこ
とこそが目的なのだと述べている。そして,乙54文献の図2から図4の
考案の実施形態は,回動杆下端部が上下位置を変えられる軸受ブロックを
介して左右側枠に取り付けられる形態を,回動杆の下端部の枢着点の高さ
を変更可能にする例として記載されている。
さらに,乙54発明は,本件特許発明と同様に,「回動杆の下端部の
該左右側枠下部取付位置が車椅子の所望の巾に対応して上下調節可能
にされているので,縦巾が変化してもそれに対応して該左右側枠を連結
でき,該回動枠の上端部の上下位置,即ち座の上下位置は変化しない」
作用を有しており,「座の高さを変えることなく車椅子の巾を調節でき
るので,使用者が最も操作しやすい巾に調節できる」効果と,「メーカ
ーにとっては巾の異なる多種類の製品を製造しなくて済む」効果とを有
しており,作用効果も完全に同一である。
本件特許発明のように,「上下に配列している複数個の軸穴が設けら
れ」「複数個の軸穴のうちの一つを選択して該軸穴に該軸を支持させる
ことによって」,回動杆の下端部の枢着点の高さを変更可能にすること
は,下端部の枢着点の高さを変更可能にするための,単なる慣用手段の
転換にすぎない。
よって,乙54発明に対する本件特許発明の相違点は,単なる慣用手
段の転換にすぎないことは明らかであり,発明考案の思想としての実質
に何ら影響を及ぼすことない非本質的事項の差異にすぎず,実質的に同
一の発明考案である。
イ原告は,本件特許発明の最大の特徴点は,「メーカーにとっては巾が
異なる多種類の製品を製造しなくて済む」こと,即ちモジュール化した
ことにある(本件明細書【0022】参照)と主張して,本件特許発明
と乙54発明とは同一ではないと主張する。
しかしながら,本件明細書における作用・効果,そして補正及び審判
請求書における原告の主張を総合すれば,本件特許発明の最大の特徴点
は,「X枠の下端部の該左右側枠下部取付位置が車椅子の所望の巾に対
応して上下調節可能にされて,該X枠の上端部は該左右側枠に対して上
下位置を変えることなく,かつ該X枠の長さを変えることなく該車椅子
の巾を調節可能にした」点にあるといえるのであって,原告の主張は妥
当ではない。
ウしたがって,本件特許発明は,乙54発明と同一であり,特許法29
条1項3号の規定により,特許を受けることができないものであり,本
件特許は,同法123条1項2号に該当し,無効にされるべきものであ
る。
(4)進歩性欠如(特許法29条2項)
上記(2)イの相違点は,本件特許発明では回動杆下端部の軸が左右側枠
下部に設けられた穴に直接支持されるのに対して,乙54発明では回動杆
下端部の軸が左右側枠下部に設けられた穴に軸受けブロックを介して間
接的に支持される点に帰着する。
この相違点について検討すると,車椅子において回動杆下端部の軸が左
右側枠下部に設けられた穴に直接支持される構造は,本件特許発明の出願
前の周知事項である(乙5,乙55,乙59,乙60参照)。そして,乙
54発明の,回動杆下端部の軸が左右側枠下部に設けられた穴に軸受けブ
ロックを介して間接的に支持される構造に代えて,周知技術である,回動
杆下端部の軸が左右側枠下部に設けられた穴に直接支持される構造を採
用することは,当業者が容易に想到できたことである。
また,本件特許発明の効果も,乙54発明及び周知の技術事項から当業
者が予測し得た程度のものであり,格別のものではない。
したがって,本件特許発明は,乙54発明と周知技術とに基づいて,当
業者が容易に発明できるものであり,特許法29条2項の規定により,特
許を受けることができないものであり,よって,本件特許は,特許法12
3条1項2号に該当し,無効とされるべきものである。
【原告の主張】
(1)新規性欠如の主張について
ア本件特許発明の構成は,乙54発明の構成とは,特にX枠の回動杆(ク
ロスバー28のリンク)の側枠に対する連結構造において決定的な違い
があり,当然,同一ではない。
本件特許発明の最大の特徴点は,「メーカーにとっては巾の異なる多
種類の製品を製造しなくて済む」こと,即ちモジュール化したことにあ
る(本件明細書【0022】参照)。製品の種類を減らすことは,部品
点数を減らし,組立てを大巾に合理化し,部品管理,生産管理,品質管
理,製品管理,在庫管理,デリバリー管理,ひいては帳簿管理,伝票管
理等に大きく貢献するものであり,これこそが本件特許発明におけるモ
ジュール化の狙いである。一方,乙54発明の構成では,サイドフレー
ム部材をクロスバーによって連結するために実に36個もの部品が必
要となり,組立ては複雑化し,上記部品管理,生産管理,品質管理,製
品管理,在庫管理,デリバリー管理,帳簿管理,伝票管理等に多大な支
障がもたらされる。すなわち,乙54発明の構成では,多数の部品を使
用しなければならず,また組立てが複雑であるから,到底使用者側で巾
調節できるものではなく,巾調節は製造者側で行うことが前提とされて
いると思われ,結局製造業者側で種々の巾の車椅子を製造して使用者側
に引き渡すことになってしまうので,モジュール化を達成することがで
きない。
イしたがって,乙54発明は,本件特許発明の「メーカーにとっては巾
の異なる多種類の製品を製造しなくて済む」という効果を奏することが
できないのであって,本件特許発明と同一とはいえない。
(2)進歩性欠如の主張について
ア乙54発明は,使用者の体形に応じた巾の車椅子を組み立てることを
課題としているが,モジュール化することは課題としていない。
一方,本件特許発明は,使用者の車輪操作容易性を図るために,座の
高さが変わらないように修正しつつ巾調節を行うことを可能にし,そし
て巾調節の作業を簡単化し,更に製品の種類を減らすことによってモジ
ュール化を達成し,もって中間業者や施設にも車椅子を在庫することが
できるようにした点において卓越した効果を有する。
そして,乙5の文献において開示された発明(以下「乙5発明」とい
う。)における車椅子において座は本来的に一定であり,巾調節に対応
して座の高さを修正するという技術的思想は皆無であり,また乙55の
文献において開示された発明(以下「乙55発明」という。)は,折り
畳むために左右側枠をX金具で連結することによって折り畳み可能と
した歩行補助車に関するものであって,X金具7,7´の下輪を回動自
由に枢支する支軸8を抜き取り可能として組立分解を容易にしている
ものの,支軸8の取付け高さを調節可能とするものではなく,使用者の
体形に応じて巾を調節するという課題は存在しない。
したがって,座の高さを修正するという概念が存在しない乙5発明や
巾調節の課題が存在しない乙55発明等の周知慣用技術を参照しても,
モジュール化という課題が存在しない乙54発明から,本件特許発明は
容易に想到されない。
イまた,本件特許発明と同一構成の実施例は,乙54文献には記載されて
いないところ,本件特許発明は,乙54発明にはないモジュール化という
異質な予測できない卓越した効果を奏するので,本件特許発明は乙54発
明に対して新規性,進歩性がある選択発明といえる。
本件特許発明の構成と乙54発明の構成とを対比すると,以下の相違点
が認められる。
①本件特許発明において左右側枠下部に上下に配列して複数個設けら
れている軸穴は,X枠の回動杆の下端を左右側枠下部に枢着するための
枢軸を支持する穴であるのに対して,乙54発明の穴は,クロスバーの
リンク下端部に固設されている軸受パイプの両端を支承するための軸
受ブロックを固定するためのねじを貫通させる穴である点。
②本件特許発明の枢軸は左右側枠に対して平行に配置され,かくして本
件特許発明では上記軸穴は左右側枠に対して平行な方向に向いている
が,乙54発明では上記穴はサイドフレーム部材に対して直交する方向
に向いている点。
③本件特許発明では枢軸は上記回動杆下端に挿通-引き抜き可能に設
定されているが,乙54発明では軸受パイプはリンク下端部に固設され
ている点。
上記相違点により,本件特許発明では,使用者の体形に応じて車椅子の
巾を調節して使用者が車輪を操作し易いようにするという課題,上記課題
を解決した車椅子において,巾の異なる多種類の製品を製造しなくて済む
というモジュール化を達成する課題が解決されるが,乙54発明では,使
用者の体形に応じて所定の巾の車椅子を組み立てることのみが課題とさ
れている。そして,乙54発明では,部品数が多くなり,かつ組立工程も
複雑になるから,モジュール化を達成するという課題は存在しない。
ウ本件特許発明の利点は,上記に述べた顕著で卓越した作用効果を導くも
のであるが,周知慣用技術に大幅な改変を加えていないが故に,それ自体
が本件特許発明の最大の利点であるにもかかわらず,当業者にとって容易
に想到できた構成であると考えられがちである。しかしながら,このよう
な考えは,本件特許発明を知った上での後智恵に他ならない。
エしたがって,本件特許発明は,乙54発明から容易に想到されるものと
はいえない。
3争点3(訂正の再抗弁が認められるか)について
【原告の主張】
(1)本件訂正により無効理由が解消されること
ア訂正後本件特許発明と乙54発明との相違点は以下のとおりである。
①訂正後本件特許発明では,回動杆下端部に取り付けられている枢軸を
左右側枠下部に縦設されている複数個の軸穴に引き抜き可能に支持さ
せることによって,該回動杆下部は該側枠に接続されている。一方,乙
54発明にあっては,リンクの下端部には軸受パイプが取り付けられて
おり,上記軸受パイプの両端部は軸受ブロックに固定されており,該軸
受ブロックをサイドフレーム部材に取り付けられている保持コンソー
ルに縦設されている複数個の穴にねじ止めすることによって,該リンク
が該サイドフレーム部材に接続されている。
②したがって,訂正後本件特許発明の枢軸は回動杆下端部に対してス
ライド可能に設定されているのに対して,乙54発明にあっては,軸
受パイプ41はリンク29,29´,30に固定されている。
③訂正後本件特許発明では,側枠に設けられている軸穴は枢軸が挿入
-引き抜き可能に取り付けられる穴であり,該枢軸は側枠に対して平
行に配置されているから,必然的に該軸穴は側枠に対して平行な方向
に向いているが,乙54発明の穴は軸受ブロックを固定するための
「ねじ」の穴であり,ねじはサイドフレーム部材に対して直交する方
向に設定されており,したがって該穴もサイドフレーム部材に対して
直交方向に向いている。
④訂正後本件特許発明の軸穴は,回動部材である回動杆下端部の枢軸
を支持するための穴であり,乙54発明の穴は,固定部材である軸受
ブロックを取り付けるためのねじの穴である。すなわち,本件特許発
明の軸穴と乙54発明の穴とは機能が異なる。
イ訂正後本件特許発明と乙54発明との作用効果の相違
訂正後本件特許発明にあっては,左右の枢軸を軸穴から抜き差しするだ
けで回動杆の下端の枢着点の高さを変更して巾調節が可能になり,調節す
る巾によって部品を変更する必要もないので,巾の調節はメーカーの専門
技術者でなくとも中間業者等の担当者でもできるようになる(本件明細書
【0015】~【0019】)。一方,乙54発明にあっては,設定される
べき巾に対応してリンク下端の枢着点の高さを変更するために,ねじやナ
ットを選択する手間がかかり,その上,選択したねじによって前後左右4
つの軸受ブロックを固定する手間,設定される巾によっては残された左右
一対のねじをナットによって固定する手間等がかかる。更に中間業者等で
車椅子を組み立てるとすると,中間業者等において,上記部品単位で在庫
しなければならない。
このような問題点を考えると,乙54発明では,メーカーにおいて,種々
の巾に設定した車椅子を組み立てなければならない。そして巾は注文した
使用者に応じて組立時に設定するから,結果として受注生産になる。即ち
乙54発明の車椅子は巾を調節するのではなく,所定巾の車椅子を組み立
てる方式のものである。したがって,このような車椅子はメーカーにおい
て専門技術者の手で組み立てるのが建前であり,レンタル業者等で組み立
てることは考慮されていない。
かくして,本件特許発明では,メーカーにおいて同じ種類の車椅子を大
量生産して在庫しておき,レンタル業者等は当該車椅子の適当量を購入し
て保管しておき,使用者に手渡す時に即座に巾を調節することができるが,
乙54発明では,使用者に手渡す際にメーカーにおいて所定巾に設定した
車椅子を組み立てなければならないので,在庫できるのはサイドフレーム
部材と該サイドフレーム部材を接続するためのリンク,そして接続部材で
あるねじ,ナット類である。
したがって,本件特許発明ではメーカーにとっては巾の異なる多種類の
製品を製造しなくて済む(本件明細書【0022】),即ちモジュール化が
達成されるが,乙54発明ではメーカーにおいて巾の異なる多種類の車椅
子を組み立てなければならないから,モジュール化が達成できない。
ウ訂正後本件特許発明と乙54発明との課題の相違について
乙54発明の課題は,車椅子を使用するであろう(潜在的)ユーザーの
体格の違いといった「種々の要求」に対する適応性を改善した折り畳み式
車椅子を提供することにあるが(乙54の1・2頁16~23行,乙54
の2・1頁23~26行),「種々の要求」について,(潜在的)ユーザー
の体格の違い以外の要求は,乙54文献には全く記載がない。
一方,本件特許発明の課題は,使用者の体形に適合する巾の車椅子を市
場に提供する場合,メーカーにとって巾の異なる多種類の製品を製造しな
くて済むようにして,メーカーにおける生産の合理化,更にはレンタル業
者等の抱える在庫問題を解消することにある。上記課題を解決するための
手段として,本件特許発明は従来の折り畳み式車椅子の構成をほとんど変
更することなく,そして上記中間業者等の担当者でも容易に巾調節ができ
るようにした軽量かつ安価な車椅子を提供するものである。
乙54発明では,所定の巾に車椅子を組み立てるために複雑な手間のか
かる作業を要し,また巾によって使用部品も異なる場合があるから,もし
所定の巾の車椅子を中間業者等において組み立てるとすると,中間業者等
において必要な部品(ボルト,ナット等)を在庫しておかねばならない。
しかし必要な部品を適正量在庫しておくことは極めて困難である。その上,
所定巾に設定した車椅子を組み立てるには複雑な手間のかかる作業を要
するので,中間業者や施設においてそれを行うには,大きな障害がある。
したがって,結局,乙54発明の車椅子の構成では,レンタル業者等が
抱えている在庫問題を解消することはできない。乙54発明では,上記在
庫問題を解消することは課題とされておらず,当然上記在庫問題を解消す
るという課題を解決する構成に到達するための示唆等は存在しない。また,
無効理由通知に引用された周知慣用技術(乙55,乙59,乙60)も車
椅子の折り畳み機構に関するものであり,上記本件特許発明の課題は提示
されていない。
エ小括
したがって,訂正後本件特許発明には,予期できない卓越した顕著な効
果が存すること等からみて,進歩性が認められるべきである。
(2)イ号物件は訂正後本件特許発明の技術的範囲に属すること
上記のとおり,訂正後本件特許発明においては,回動杆下端部は左右側
枠に沿った方向に配設されている枢軸を介して該左右側枠下部に枢着さ
れていること,該左右側枠下部に上下に配列して設けられている複数個の
軸穴はそれぞれ該左右側枠に沿う方向を向いていること,及び該枢軸は該
軸穴のうちの一つを選択して該軸穴に引き抜き可能に挿通支持されてい
ることが明確になった。
イ号物件にあっても,回動杆3a,3aの下端部は左右側枠2,2に沿
った方向に配設されている軸26(枢軸)を介して左右側枠2,2下部に
枢着されており,該軸26を支持する軸穴21A,21B,21Cはそれ
ぞれ該左右側枠2,2に沿う方向に向いており,該軸26は該軸穴21A,
21B,21Cのうちの一つを選択して該軸穴に引き抜き可能に挿通支持
されている。
したがって,イ号物件は訂正後本件特許発明と同一の構成を有し,訂正
後本件特許発明の構成要件の全てを充足している。また,イ号物件は訂正
後本件特許発明と同一の作用効果を奏するのであり,訂正後本件特許発明
の技術的範囲に属する。
【被告の主張】
仮に,本件訂正が認められたとしても,以下のとおり,訂正後本件特許発明
は,なお,乙54発明及び周知の技術事項に基づいて,当業者が容易に発明す
ることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受ける
ことができないものである。
(1)訂正後本件特許発明と乙54発明の構成の相違について
訂正後本件特許発明は,原告が,本件訂正前の本件特許発明と乙54発明
との相違点として主張していた3点(上記2【原告の主張】(2)イ①~③)を,
本件特許発明の特許請求の範囲に文言として付加するものである。よって,
訂正後本件特許発明と乙54発明との構成の相違は,本件訂正前と同様であ
り,結局のところ,訂正後本件特許発明では回動杆下端部の軸が左右側枠下
部に設けられた穴に直接支持されるのに対して,乙54発明では回動杆下端
部の軸が左右側枠下部に設けられた穴に軸受ブロックを介して間接的に支持
される点に帰着する(乙58)。
(2)訂正後本件特許発明の進歩性がないこと
車椅子において回動杆下端部の軸が左右側枠下部に設けられた穴に直接支
持される構造は,本件特許発明の出願前の当業者において周知の技術事項で
ある(乙55,乙59,乙60)。また,複数の穴から一の穴を選択して軸を
支持させることも,本件特許発明の出願前の当業者において周知の技術事項
である(乙5,乙7,乙8)。
そして,乙54発明とこれらの周知の技術事項は,いずれも,回動杆下端
部の左右側枠下部の取付位置を上下調整可能にするという同一の作用を奏す
るもので,格別顕著なものではなく当業者が予測可能な範囲のものであるか
ら,これらの周知の技術事項を乙54発明に適用することについて妨げる事
情はない。
乙54発明における回動杆下端部の軸が左右側枠下部に設けられた穴に軸
受ブロックを介して間接的に支持される構造に代えて,周知の技術事項であ
る,回動杆下端部の軸が左右側枠下部に設けられた穴に直接支持される構造
を採用すること,複数の穴から一の穴を選択して左右側枠下部を支持させて
位置を変更することとは,当業者が容易に想到できたことである。
4争点4(原告の補償金及び損害賠償金の額)について
【原告の主張】
(1)補償金請求
被告はイ号物件を少なくとも1か月100台,1台当たりの販売価格7
万8320円(定価の40%)で製造販売している。
したがって,被告が平成17年12月29日から本件特許登録の日であ
る平成19年8月3日までの間に合計1920台製造販売したことに対
する実施料相当額は,販売価格に対する実施料率3%の1920台分であ
る451万1232円(78,320×0.03×1920)となり,原
告は同額の補償金請求権を有する。
(2)損害賠償請求
ア被告は,前記のとおり本件特許登録の日の翌日である平成19年8月
4日から同21年4月4日までの間に,イ号物件を単価7万8320円
で,1か月少なくとも100台,合計2000台(販売価格合計1億5
664万円)製造販売している。
被告のイ号物件の製造販売による利益は,販売価格に対し50%であ
るので,その結果,被告は上記イ号物件の製造販売により,少なくとも
7832万円の利益を得ている。
原告は業として車椅子の製造販売を行うものであり,本件特許発明の
実施品を製造販売しているところ,被告の侵害行為により上記被告の利
益相当額の損害を被った。
イ原告は,本訴の提起及び遂行のために弁護士である原告代理人及び弁
理士である原告補佐人を選任した。
原告は本訴について代理人及び補佐人にそれぞれ着手金75万円を
支払ったほか,報酬基準により報酬を支払う旨約束した。
原告に生じた弁護士費用及び弁理士費用は少なくとも800万円とな
り,これは,被告の特許権侵害の不法行為と相当因果関係のある損害と
して被告が賠償する義務がある。
(3)小括
よって,原告は被告に対し,本件特許権に基づく補償金請求として45
1万1232円,本件特許権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償
請求として8632万円及びこれらの合計9083万1232円に対す
る催告の日の翌日以降でかつ不法行為の後の日である平成21年5月20
日(訴状送達日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害
金の支払を求める。
【被告の主張】
(1)補償金請求について
被告が平成17年12月29日から平成19年8月3日までの間に販売
したイ号物件の数は,393台であり,販売額の合計は,2811万15
22円である。
したがって,仮に原告主張の実施料率3%を採用するとしても,原告の
補償金請求権の金額は,84万3346円である。
(2)損害賠償請求について
ア被告が本件特許登録の日の翌日である平成19年8月4日から平成2
2年8月31日までの間に販売したイ号物件の数は,315台であり,
販売額の合計は,2300万4991円である。そして,その販売のた
めに要した経費は少なくとも1349万6349円であるから,被告が
平成19年8月4日以降,イ号物件の製造販売により得た利益は950
万8642円を超えることはない。
そして,イ号物件の購入者は,イ号物件の様々な調整機能や,被告が
特許権を有する座巾を簡単に短時間で変更できる発明,その他の構成部
品の品質,機能に着目してイ号物件を購入したものであるから,イ号物
件の製造販売についての本件特許の寄与率は,利益の10%程度である。
したがって,イ号物件の製造販売が本件特許権を侵害しているとして
も,これにより原告が受けた損害額は95万0864円を超えることは
ない。
イ弁護士・弁理士費用相当の損害は争う。
第4当裁判所の判断
本件事案にかんがみ,まず,争点2(本件特許は,特許無効審判により無効
にされるべきものと認められるか)について判断する。
1争点2(本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められ
るか)について
本件特許は,本件特許発明が,1998年2月19日に頒布された刊行物で
ある独国実用新案第29721699号明細書(乙54文献)に記載された発
明(乙54発明)並びに実公昭43-3460号公報(乙55。以下「乙55
文献」という。)及び実願昭50-41068号(実開昭51-120804号。
乙59。以下「乙59文献」といい,同文献に記載された発明を「乙59発明」
という。)から認められる周知技術に基づいて当業者が容易に発明することがで
きたものであることを理由として,特許無効審判により無効にされるべきもの
であると認める。
(1)本件特許発明について
本件特許発明は,特許請求の範囲記載のとおり,「左右側枠を一個または二
個以上のX枠で連結した構造であって,該X枠は中央で相互回動可能に結合
され,下端部を該左右側枠下部に枢着した一対の回動杆からなり,該一対の
回動杆の各上端には上側杆がそれぞれ取り付けられ,該上側杆は上記左右側
枠に具備されている座梁部に取り付けられている杆受けにそれぞれ支持され
るように設定されており,該回動杆下端部は軸を介して該左右側枠下部に取
り付けられており,該左右側枠下部には,上下に配列している複数個の軸穴
が設けられており,該車椅子の所望の巾に対応して該複数個の軸穴のうちの
一つを選択して該軸穴に該軸を支持させることによって,該X枠の上端部は
該左右側枠に対して上下位置を変えることなく,かつ該X枠の長さを変える
ことなく該車椅子の巾を調節可能にしたことを特徴とする車椅子」である。
(2)乙54発明の内容
ア乙54文献には,以下の事項が記載されている。
(ア)図2~図4に示された本考案に係る車台フレーム20は,図1に示
された車台フレーム1と全く類似に,二つのサイドフレーム部材21を
有し,これらのサイドフレーム部材は,それぞれ一つの上側フレームパ
イプ及び下側フレームパイプ22,23と,これらを互いに接続する前
側フレームパイプ及び後側フレームパイプとからなる。
サイドフレーム部材21はクロスバー28によって互いに接続されて
おり,クロスバーは,交差点で回転ジョイントによって互いに接続され
た2つのリンクと,ダブルのリンク29,29’と,これらと交差す
るシングルのリンク30とからなる。クロスバーリンクは,それぞれの
上端部に,上側フレームパイプ22に固く取り付けられた係止部33と
形状結合的に係合するためのシートパイプ32を備えている。
先行技術の車台フレーム1とは異なり,車台フレーム20は,車椅子
のそれぞれの使用位置において両フレーム部材21間の間隔と,ひいて
は座幅を調節するための装置を備えている。
この目的で,両サイドフレーム部材21には,クロスバー28の両側
に,ダブルリンク29,29’及びシングルリンク30それぞれの下
端部を枢着するためのそれぞれ同様に形成された保持コンソール36
が2つずつ,走行方向に離隔して配置されている。金属形材として形成
された保持コンソール36は,垂直方向に延在し,それぞれの両端部で
止め輪37により,それぞれのサイドフレーム部材21の上側フレーム
パイプ22と下側フレームパイプ23とに固定されている。保持コンソ
ール36の各々は,同じ数の穴38を備えており,これらの穴は,保持
コンソール36の取付位置において垂直方向に離隔して配置されてお
り,車台フレーム20に配置された全保持コンソール36のそれぞれ対
応する穴38が水平面上に延びる。
ダブルリンク29,29’及びシングルリンク30は,それらの下端
部に軸受パイプ41をそれぞれ備えており,この軸受パイプは,それぞ
れのリンクの長手方向に対して垂直に,かつ取り付けられた状態で,上
側若しくは下側フレームパイプ22,23に対して平行に延びる。軸受
パイプ41の端部は,軸受ブロック42に軸が固定されているが,回動
可能に支承されている。軸受ブロック42は,保持コンソール36から
車椅子内側に突出し,かつこれらの保持コンソールと公知の態様で固く,
しかし,例えば穴38を貫通し軸受ブロック42のねじ孔に螺入される
ねじによって着脱可能に接続されている。
図3及び図4に示されるように,それぞれの軸受ブロック42を固定
するために設けられた穴38は,それぞれの使用位置においてサイドフ
レーム部材21間の間隔を決定する。図3において,軸受ブロック42
は,下側フレームパイプ23の領域に直接配置された穴38に固定され
ている。このことにより,使用位置において,ダブルリンク29,29’
およびシングルリンク30と水平線との角度が略30°になり,したが
って,比較的狭い座幅になる。
これに対して図4に示された調整位置では,ダブルリンク29,29’
及びシングルリンク30を保持コンソール36の穴38に枢着するた
めに軸受ブロック42が固定されており,穴は,それぞれの上側フレー
ムパイプ22と下側フレームパイプ23との間の略中央に配置されて
いる。使用位置においてリンク29及び29’若しくは30と水平線と
がなす角度は,図3に示される例よりもはるかに平坦であり,略15°
である。したがって,この調整位置では,両サイドフレーム部材21間
の間隔と,ひいては座幅が図3の調整位置での場合よりも大きい。(乙
54・8頁7行~10頁18行,乙54の2・2頁60行~3頁40行)
(イ)図2a,図3及び図4からみて,保持コンソール36には穴38が
複数上下に配列して設けられている。
(ウ)図3及び図4からみて,クロスバー28の上端部は2つのサイドフ
レーム部材21に対して上下位置を変えることなく,かつクロスバー2
8の長さは変えられることもない。
(エ)図2aからみて,軸受パイプ41はサイドフレーム部材21の下側
フレームパイプ23に沿った方向に設けられている。
(オ)上記(ア),図2a及び図2bから,軸受パイプ41の端部は,軸受
ブロック42に支承され,軸受ブロック42は穴38の一つに固定され
ており,上記(イ)から,穴38は複数上下に配列されているのであるか
ら,軸受パイプ41は軸受ブロック42を介して上下に配列して設けら
れた複数の穴38の一つに支持されている。
イ乙54発明の内容
上記ア記載のとおりの記載事項及び図面の記載からみて,乙54発明は,
「2つのサイドフレーム部材21はクロスバー28によって互いに接続
されており,クロスバー28は,交差点で回転ジョイントによって互いに
接続された2つのリンクであるダブルリンク29,29’とシングルリン
ク30とからなり,2つのリンクは,それぞれの上端部に,上側フレーム
パイプ22に固く取り付けられた係止部33と形状結合的に係合するた
めのシートパイプ32を備えており,また2つのリンクは,それらの下端
部にサイドフレーム部材21の下側フレームパイプ23に沿った方向に
軸受パイプ41をそれぞれ備えており,軸受パイプ41は,軸受ブロック
42を介して上下に配列して設けられた複数の穴38の一つに支持され,
複数の穴38を保持コンソール36が備え,保持コンソール36は,サイ
ドフレーム部材21の上側フレームパイプ22と下側フレームパイプ2
3とに固定されており,穴38は,それぞれの使用位置においてサイドフ
レーム部材21間の間隔を決定し,クロスバー28の上端部は二つのサイ
ドフレーム部材に対して上下位置を変えることなく,かつクロスバー28
の長さを変えることもない,折り畳み式車椅子」に係る発明であると認め
られる。
(3)本件特許発明と乙54発明との対比
ア本件特許発明と乙54発明とを対比すると,乙54発明の「サイドフレ
ーム部材21(「保持コンソール36」を含む)」は本件特許発明の「左右
側枠」に相当し,以下同様に,「クロスバー28」は「X枠」に,「交差点」
は「中央」に,「回転ジョイントによって互いに接続され」は「相互に回動
可能に結合され」に,「シートパイプ32」は「上側杆」に,「軸受パイプ
41」は「軸」に,「折り畳み式車椅子」は「車椅子」に,それぞれ相当す
る。また,乙54発明の「穴38」と本件特許発明の「軸穴」とは,「穴」
という概念で共通している。
また,乙54発明の「ダブルリンク29,29’とシングルリンク30」
は,交差点で回転ジョイントによって互いに接続され,しかも,対になっ
て二つのリンクを構成するものであるから,本件特許発明の「一対の回動
杆」といえる。さらに,乙54発明の「ダブルリンク29,29’とシン
グルリンク30」は,下端部に軸受パイプ41を備え,軸受パイプ41が
軸受ブロック42を介して回動可能にサイドフレーム部材21に取り付
けられている。そして,図2aに示されるように,この軸受パイプ41は,
サイドフレーム部材21の下部に取り付けられている。したがって,乙5
4発明の「ダブルリンク29,29’とシングルリンク30」はその「下
端部を該左右側枠下部(注:サイドフレーム部材21の下部)に枢着した」
もので,かつその「下端部は軸を介して該左右側枠下部(注:サイドフレ
ーム部材21の下部)に取り付けられて」いるといえる。
乙54発明の「上下に配列して設けられた複数の穴38」はサイドフレ
ーム部材21の下部に設けられているから,「左右側枠下部(注:サイド
フレーム部材21の下部)には,上下に配列している複数個の穴が設けら
れて」いるといえる。また,乙54発明の「穴38は,それぞれの使用位
置においてサイドフレーム部材21間の間隔を決定し」は,本件特許発明
の「車椅子の所望の巾に対応して複数個の穴のうちの一つを選択すること
によって,該車椅子の巾を調節可能にした」と同義である。
イ以上を整理すると,本件特許発明と乙54発明とは,「左右側枠を一個ま
たは二個以上のX枠で連結した構造であって,該X枠は中央で相互回動可
能に結合され,下端部を該左右側枠下部に枢着した一対の回動杆からなり,
該回動杆下端部は軸を介して該左右側枠下部に取り付けられており,該左
右側枠下部には,上下に配列している複数個の穴が設けられており,該車
椅子の所望の巾に対応して該複数個の穴のうちの一つを選択することによ
って,該X枠の上端部は該左右側枠に対して上下位置を変えることなく,
かつ該X枠の長さを変えることなく該車椅子の巾を調節可能にした車椅
子」という点で一致し,X枠の回動杆下端部を,軸を介して該左右側枠下
部に取り付け,その高さを調整する構造について,本件特許発明において
は,左右外枠下部に設けられる穴を「軸穴」(すなわち,軸を通すための穴)
とし,「該軸穴に該軸を支持させる」ことで,回動杆下端部の高さ位置を調
整する構造であるのに対し,乙54発明では,左右側枠に設けられる「穴」
に「軸(軸受パイプ41)」を「軸受ブロック」を介して支持させることで
回動杆下端部の高さ位置を調整する構造である点で相違していると認めら
れる。
(4)相違点の検討
ア文献の記載
(ア)乙55文献について
a乙55文献の記載
乙55文献には,「歩行補助車の折畳装置」(1頁左欄1行),「この
考案は上記のように折畳或は展開するようにしたものに於いて車体1
の底部両側の固定軸2の内側にコ字型軸受3,3’を連結管4で一体
的に連結して固設し,この軸受にX型に交叉した金具7,7’の他端
を支軸8で座金9,9’を介して回動自由に枢支したので支軸8を抜
き取れば固定軸2の上部の横軸6とは簡単に分離できるため従来のよ
うに固定軸と縦軸とをX型金具で一体的に連結したものとは異なりそ
の組立分解が頗る容易で組立作業の能率を著しく向上できる…」(1頁
右欄18行~27行)との記載があり,また,これらの記載と同文献
の図面からみて,歩行補助車の折畳装置として,車体1の底部両側の
固定軸2に固設した軸受3,3’に,X型金具7,7’の下端を支軸
8で枢支した技術事項及びそれにより支軸8を抜き取れば簡単に分離
できる点が記載されている。
b乙55文献の内容
乙55文献に記載された歩行補助車とは,結局,車椅子のことであ
り,またその車椅子の折り畳みを実現する手段として,本件特許発明
と同じ,「左右側枠(注:固定軸2)を一個または二個以上のX枠(注:
X型金具7,7′)で連結した構造」を前提とし,そのX枠の回動杆
の下端部を左右側枠下部に枢着する手段として,X型金具(注:7,
7′)の他端を車体の固定軸(注:2)に固設した軸穴をなす軸受(注:
3,3′)に支軸(注:8)で回動自由に枢支する構造が開示されて
いる。
すなわち,乙55文献には,上記(3)イの相違点に係る本件特許発明
の構成がすべて開示されているということができる。
(イ)乙59文献について
a乙59文献の記載
乙59文献には,その記載事項及び図面から見て,折畳み式車椅子
等において,左右フレームの下部にX型のリンクを構成するリンクメ
ンバーの基端部をピボットピンで枢着する構造が記載されている(2
枚目5行~下から3行,3枚目下から7行~4頁8行,第1図~第3
図)。
b乙59文献の内容
乙59文献についても,車椅子の折り畳みを実現する手段として,
本件特許発明と同じ,「左右側枠(注:左フレーム1,右フレーム2)
を一個または二個以上のX枠(注:第1のリンクメンバー3,第2の
リンクメンバー4)で連結した構造」を前提とし,そのX枠の回動杆
の下端部を左右側枠下部に枢着する手段として,リンクメンバーの基
端部をピボットピンによりフレームに枢着する構造が開示されている。
すなわち,乙59文献にも,上記(3)イの相違点に係る本件特許発明
の構成がすべて開示されているといえる。
(ウ)小括
上記(ア),(イ)のとおりの乙55文献及び乙59文献の内容からすれ
ば,折り畳み式車椅子において「左右側枠を一個または二個以上のX枠
で連結した構造」を前提とし,X枠の回動杆の下端部を左右側枠下部に
枢着する手段として,左右側枠下部に設けられる「軸穴に該軸を支持さ
せる」構造を取ることは,本件特許発明の出願時において,当業者にと
って周知技術であったと認められる。
イ相違点について
乙54発明は,折り畳み式車椅子に関する発明であり,乙55文献及び
乙59文献によって認められる周知技術も,折り畳み式車椅子に関するも
のであって,いずれもその技術分野が共通している。そして,上記(3)イの
相違点に係る乙54発明の構成と上記周知技術とは,いずれも,X枠を構
成する回動杆の下端部を左右外枠に回動可能なものとすること(「枢着」)
により,当該車椅子を折り畳み可能とする点において,機能・作用が共通
している。
また,本件特許発明では,高さ位置を調節するために,軸穴から軸を抜
き取ることが予定されているといえるところ,特に乙55発明についてみ
ると,同発明は軸受に支軸によって回動自由に枢支する構造を有するとこ
ろ,当該支軸については「支軸8を抜き取れば,固定軸2の上部の横軸6
とは簡単に分離できる」とされているとおり抜き取ることが予定されてい
ることからして,乙54発明に,乙55発明に開示された上記構成を組み
合わせて,本件特許発明の「該複数個の軸穴のうちの一つを選択して該軸
穴に該軸を支持させることによって,…調節可能」との構成を取ることに
ついて,特段の阻害要因も見当たらない。
これらによれば,乙54発明について,乙55文献及び乙59文献によ
って認められる周知技術,又は乙55発明を組み合わせて,本件特許発明
の構成を取ることは,当業者にとって容易であったと認めることができる。
ウ原告の主張について
なお,原告は,本件特許発明の最大の特徴は,「メーカーにとっては巾
が異なる多種類の製品を製造しなくて済む」というモジュール化をしたこ
とにある一方,乙54発明の構成では部品数が多くなって上記効果を奏せ
ないとして,その差異を強調する。
しかしながら,そもそも,本件特許発明は,座の高さを変えることなく
車椅子の巾を調節できることをもって,メーカーにとっては巾が異なる多
種類の製品を製造しなくても済むとしたものと認められるのであって,部
品数の相違は本件特許発明及び乙54発明の構成から必然的に導かれる
ものとは認められない。また,本件特許発明及び乙54発明の実施に当た
って,仮に部品数に差異があったとしても,それ自体は,X枠の回動杆の
下端部を左右側枠下部に枢着する手段として,周知技術(乙55,乙59
参照)を採用したことに伴うものであり,本件特許発明の進歩性を基礎付
けるような有利な効果であるということもできない。
したがって,本件特許発明の特徴としてモジュール化を強調する原告の
主張は失当である。
エ小括
以上によれば,本件特許発明は,乙54発明並びに乙55文献及び乙5
9文献により認められる周知技術,又は乙55発明に基づいて当業者が容
易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許無効審判
により無効にされるべきものと認められる。
2争点3(訂正の再抗弁が認められるか)について
(1)原告の主張
原告は,仮に,本件特許発明に無効事由があると認められたとしても,訂
正後本件特許発明においては,無効事由が解消する旨主張する。
(2)検討
しかしながら,本件特許発明については,仮に本件訂正が適法であると認
められたとしても,以下のとおり,それによって無効事由が解消するとは認
められない。
ア訂正後本件特許発明と乙54発明との対比
訂正後本件特許発明と乙54発明とを対比すると,一致点は,上記1(3)
イと同じであるが,相違点は,以下のとおりとなる。
すなわち,X枠の回動杆下端部を,軸を介して該左右側枠下部に取り付
け,その高さを調整する構造について,本件特許発明と乙54発明との相
違点(上記1(3)イ)と同様,訂正後本件特許発明においては,穴を「軸
穴」とし,「該軸穴に該軸を支持させる」ことで,回動杆下端部の高さ位
置を調整する構造であるのに対し,乙54発明では,「穴」に「軸(軸受
パイプ41)」を「軸受ブロック」を介して支持させることで回動杆下端
部の高さ位置を調整する構造である点で相違している。これに加え,訂正
後本件特許発明においては,軸が「枢」軸とされている点,穴が「左右側
枠に沿う方向を向いた」軸穴とされている点,その軸穴に枢軸が「引き抜
き可能に挿通」支持されている点において,乙54発明とは相違している
と認められる(なお,本件訂正では,軸の配設方向も「左右側枠に沿った
方向に配設されている」旨特定されているが,これについては乙54発明
における軸の配設方向と同方向であることから相違点とはいえない。また,
本件訂正では,軸穴について「上下に配列して」設けられている旨特定さ
れているが,これは,本件訂正によって記載上の位置付けが変わっただけ
であり,乙54発明においても,複数個の穴が上下に配列されている構成
は同じであるから相違点とはいえない。)。
イ訂正後の相違点の検討
しかしながら,上記1(4)ア(ア)で検討したとおり,乙55文献には「こ
の考案は上記のように折畳或は展開するようにしたものに於いて車体1
の底部両側の固定軸2の内側にコ字型軸受3,3’を連結管4で一体的に
連結して固設し,この軸受にX型に交叉した金具7,7’の他端を支軸8
で座金9,9’を介して回動自由に枢支したので支軸8を抜き取れば固定
軸2の上部の横軸6とは簡単に分離できる…」(1頁右欄18行~24行)
との記載があり,これによれば,「支軸8」が訂正後本件特許発明の「枢
軸」に相当し,かつ,「支軸8」が,左右側枠に沿う方向を向いた軸穴に
引き抜き可能である旨の構成が開示されていると認められる。したがって,
訂正後本件特許発明と乙54発明との相違点は,なお乙55発明にすべて
開示されていると認められる。
したがって,訂正後本件特許発明についても,乙54発明及び乙55発
明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,本件
訂正によって,上記1で認定判断した無効事由が解消するものとは認めら
れない。
3小括
以上のとおり,本件特許には,特許無効審判により無効にされるべきものと
認められる無効事由があり,この無効事由は訂正によって解消するものとは認
められないから,原告は,被告に対し,本件特許権に基づく権利行使をするこ
とができない。
第5結語
したがって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由
がないから,いずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟
法61条を適用して,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判官達野ゆき
裁判官網田圭亮
裁判長裁判官森崎英二は,転補につき,署名押印できない。
裁判官達野ゆき
別紙イ号物件目録
被告の製造販売するニュースーパーモジュール車椅子KA900ACシリーズ
以上
別紙イ号物件説明書(原告の主張)
※後日,掲載予定。
別紙イ号物件説明書(被告の主張)
※後日,掲載予定。

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