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平成24年(ヨ)第262号(第1事件),同第318号(第2事件)
関西電力大飯原子力発電所3号機,4号機運転差止仮処分命令申立事件
決定
主文
1債権者らの申立てをいずれも却下する。
2申立費用は債権者らの負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
1債務者は,債務者が福井県大飯郡おおい町大島1字吉見1-1に設置してい
る大飯発電所3号機及び4号機の運転をいずれも仮に停止する。
2申立費用は債務者の負担とする。
第2事案の概要
1本件は,債権者らが,原子力発電所である大飯発電所3号機及び4号機(以
下併せて「本件発電所」という。)を設置している債務者に対し,本件発電所
には重大な原子炉事故が発生するおそれがあり,その場合,債権者らの生命,
健康及び生活全般に不可避的かつ回復不可能な損害を受けることとなる具体的
な危険があるとして,人格権に基づき,稼働中の本件発電所の運転の仮の停止
を求めた事案である。
2前提事実(証拠及び審尋の全趣旨により認められる事実)
(1)当事者
ア債権者らは,福井県,岐阜県及び近畿地方2府4県に居住する者である。
イ債務者は,大阪府,京都府,兵庫県(一部を除く。),奈良県,滋賀県,
和歌山県,三重県の一部,岐阜県の一部,福井県の一部を電力の供給区域
とする一般電気事業者である。
(2)本件発電所の概要
債務者は,福井県大飯郡おおい町大島1字吉見1-1に加圧水型原子炉(P
WR)を使用する原子力発電所である大飯発電所を設置しており,昭和54
年3月に1号機(電気出力117.5万KW),同年12月に2号機(同11
7.5万KW),平成3年12月に3号機(同118万KW),平成5年2月に
4号機(同118万KW)がそれぞれ営業運転を開始した。上記加圧水型原子
炉はいずれも蒸気発生器を4つ有する4ループ式である。
大飯発電所は,大島半島の最先端部に位置しており,敷地面積約188万
㎡の中央部に主要な施設を集約し,東から西に向かい1号機から4号機が順
に配置されている。敷地の北,西,南側が標高100mから200m程度の
山に囲まれており,敷地東部分は若狭湾に面し,取水口が配置されている(乙
14)。
平成23年3月11日に発生した東日本大震災による東京電力株式会社福
島第一原子力発電所(以下「福島第一原子力発電所」という。)の事故後,
本件発電所は運転を停止していたが,平成24年7月1日に3号機が,同月
18日には4号機がそれぞれ再起動され,本件発電所は運転を再開した。
(3)東日本大震災以前における本件発電所の設置変更許可,諸検査,耐震バッ
クチェック等
ア原子炉の設置変更の許可
(ア)本件発電所に係る原子炉の設置に当たって,債務者は,核原料物質,
核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「原子炉等規制法」と
いう。)26条1項(昭和60年2月15日当時のもの)に基づき,昭
和60年2月15日付けで,原子炉設置変更許可申請(昭和61年2月
20日及び同年12月12日付けで一部補正)を行った。通商産業大臣
は,同法26条4項,24条2項に基づき,原子力安全委員会及び原子
力委員会に対して諮問を行い,原子力安全委員会は,同法24条1項3
号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号に規定する許可の基準に
ついて審査(安全審査)を行い,昭和62年1月29日,上記の基準に
適合しているとの答申(乙27)をし,原子力委員会は,同項1号,2
号及び3号(経理的基礎に係る部分に限る。)に規定する基準について
同旨の答申をした。そこで,通商産業大臣は,昭和62年2月10日,
債務者に対し,同法26条1項に基づき原子炉の設置変更(本件発電所
の増設)の許可をした(乙23)。
(イ)原子力安全委員会が行う安全審査のうち,同法24条1項4号に規
定する基準,すなわち「原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質
(中略),核燃料物質によって汚染された物質(中略)又は原子炉によ
る災害の防止上支障がないものであること」の審査に当たっては,原子
力安全委員会が策定した各種の指針等が用いられており,安全確保の観
点から施設の設計の妥当性について判断する際には「発電用軽水型原子
炉施設に関する安全設計審査指針」(以下「安全設計審査指針」という。
甲2が現行のもの)が指針とされ,耐震設計の妥当性に関しては「発電
用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(以下「耐震設計審査指針」
という。甲53が現行のもの)が用いられた。また,事故を想定した安
全評価の妥当性について判断する際には「発電用軽水型原子炉施設の安
全評価に関する審査指針」(以下「安全評価審査指針」という。乙35
が現行のもの)が指針とされた。
原子力安全委員会は,原子力の研究,開発及び利用に関する行政の民
主的な運営を図るため,総理府(後に内閣府に移管)に置かれていた機
関であり(平成24年法律第47号による改正前の原子力委員会及び原
子力安全委員会設置法1条),核燃料物質及び原子炉に関する規制のう
ち,安全の確保のための規制に関すること等について企画し,審議し,
及び決定することを所掌事務とするとされており(同法13条),原子
力安全委員会には,学識経験のある者のうちから内閣総理大臣により任
命された審査委員で組織する原子炉安全専門審査会が置かれ,原子炉に
係る安全性に関する事項を調査審議するとされた(同法16条,17条)。
(ウ)その後,原子炉等規制法23条2項2号から5号及び8号に規定さ
れる事項の変更のために,債務者は8回の原子炉設置変更許可申請を行
い,通商産業大臣ないし経済産業大臣は,平成2年4月4日から平成2
0年5月30日まで,8回にわたり設置変更許可をした(乙37〔書証は
特に断らない限り枝番号を含む。以下同じ〕)。
(エ)本件発電所に係る原子炉設置変更許可申請書には,「変更後におけ
る原子炉施設の安全設計に関する説明書」(添付書類八),「変更後に
おける原子炉の操作上の過失,機械又は装置の故障,地震,火災等があっ
た場合に発生すると想定される原子炉の事故の種類,程度,影響等に関
する説明書」(添付書類十)を含め合計10の説明書等が添付されてい
る(それぞれ「添付書類八」「添付書類十」という。甲134,乙36)。
添付書類八は設計の安全性に関する説明書であり,添付書類十は安全評
価に関する説明書である。
イ原子炉の設置変更許可後の電気事業法上の検査等
債務者は,電気事業法に基づき(原子炉等規制法73条),本件発電所
に係る原子炉施設(事業用電気工作物)の設置又は変更工事の計画につい
ての認可(電気事業法47条)又は届出(同法48条)の手続を経るとと
もに,事業用電気工作物の設置工事についての使用前検査(同法49条),
特定重要電気工作物について経済産業大臣が所定の時期ごとに行う定期検
査(同法54条)を受け,事業者が行う定期事業者検査(同法55条)を
行ってきた。電気事業法は,事業用電気工作物を設置する者は,同工作物
を省令で定める技術基準に適合するよう維持しなければならないと定め(同
法39条1項),同条2項は,省令において技術水準を定めるに当たって
の基準を定めている。これらの基準に基づき,発電用原子力施設について
は,「発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令」(昭和40年通
商産業省令第62号。以下この省令を単に「省令62号」という。)が定
められており,事業者には,実用発電用原子炉について,設計,建築段階
のほか運転段階においても,省令62号に適合するように維持することが
義務づけられており,債務者は上記の検査等において,本件発電所につい
て省令62号に適合しているとの判断を受けていた(審尋の全趣旨)。
ウ耐震指針の改訂に伴うバックチェック
原子力安全委員会は,耐震設計審査指針をはじめとする耐震安全性に係
る安全審査指針類を,阪神・淡路大震災などによって蓄積された地震学及
び地震工学に関する科学技術的知見及び耐震設計技術の改良・進歩を反映
させて平成18年9月19日に全面的に改訂した(以下,改訂後の指針類
を「新耐震指針」ということがある。)。新耐震指針においては,施設の
耐震設計において基準とする地震動は,敷地周辺の地質・地質構造並びに
地震活動性等の地震学的及び地震工学的見地から施設の供用期間中に極め
てまれではあるが発生する可能性があり,施設に大きな影響を与えるおそ
れがあると想定することが適切なものとして策定しなければならないとさ
れ(以下,この地震動を「基準地震動Ss」という。),発電用原子炉施
設のうち重要施設(Sクラスの施設)は,基準地震動Ssによる地震力に
対してその安全機能が保持できることが必要であることなどが定められた
(甲53)。
この改訂を受け,経済産業省の外局であるエネルギー庁の機関であった
原子力安全・保安院は,平成18年9月20日,「新耐震指針に照らした
既設発電用原子炉施設等の耐震安全性の評価及び確認に当たっての基本的
な考え方並びに評価手法及び確認基準について」(バックチェックルール)
を策定し,債務者を含む各電力会社等に対し,本件発電所を含む発電用原
子炉施設等について,新耐震指針に照らした耐震安全性評価(以下「耐震
バックチェック」という。)を実施するよう指示し,その後,平成19年
7月16日発生した新潟県中越沖地震を踏まえて,耐震バックチェックの
実施計画の見直しを求めた(乙2)。
債務者は,本件発電所について,平成20年3月31日,原子力安全・
保安院に耐震バックチェックの中間報告書を提出し,平成21年3月31
日には,中間報告書の追補版を提出した(さらに,平成22年1月15日
に補足説明資料(甲29)を,同年11月25日に一部補正書(乙16)
をそれぞれ提出した。)。
原子力安全・保安院は,上記中間報告書の妥当性について検討するとと
もに,大飯発電所周辺の現地調査や海上音波調査等を実施するなどして審
査を行い,平成22年11月29日,本件発電所の耐震安全性につき,①
債務者による基準地震動Ssの策定は,敷地周辺及び敷地の地質・地質構
造の評価及び地震動評価から妥当である,②施設の耐震性評価も妥当であ
り,本件発電所の建物・構造物(原子炉建屋,原子炉補助建屋(制御建屋)
及び機器,配管系)は,基準地震動Ssに対しても耐震安全性が確保され
ると判断される,③FO-A~FO-B断層の活動に伴う敷地地盤の変位・
傾斜は,耐震安全上重要な施設の安全性に影響を与えるものではないと判
断される,との評価を行い,本件発電所は新耐震基準に照らした耐震安全
性を有するものと判断した(乙2)。
原子力安全委員会は,原子力安全・保安院の上記判断の妥当性について
審議を行い,特に敷地の近傍には,活断層が近接して数多く分布している
ことから,個々の活断層の活動性,三次元構造等及び断層の同時活動性に
ついて慎重に検討を行うなどの検討を行った結果,同年12月6日,原子
力安全・保安院の上記判断を妥当なものと認めた(乙29)。
(4)東日本大震災と福島第一原子力発電所における事故
平成23年3月11日,東北地方太平洋沖地震及び同地震に伴って津波が
発生し,福島第一原子力発電所の1ないし4号機は,全交流電源を失い,炉
心溶融(メルトダウン)と水素爆発を伴う過酷事故によって,大量の放射性
物質の拡散と汚染水の海洋流出という未曾有の原子力災害を引き起こした。
(5)緊急安全対策実施の指示とその実施
経済産業大臣は,平成23年3月30日,福島第一原子力発電所において,
津波の影響により全交流電源を喪失し,冷却機能が失われたことから,福島
第一,第二原子力発電所以外の原子力発電所の各電力会社等に対して緊急安
全対策に直ちに取り組み,その実施状況を報告するよう求めた(平成23・
03・28原第7号)。
債務者は,上記の指示に基づき緊急安全対策を実施し,平成23年4月,
緊急安全対策の実施状況を報告した(乙10)。
(6)シビアアクシデントへの対応に関する措置の実施の指示とその実施
経済産業大臣は,平成23年6月7日,万一,シビアアクシデント(炉心
の重大な損傷等)が発生した場合でも迅速に対応するための措置のうち,直
ちに取り組むべき措置を定めて福島第一原子力発電所以外の原子力発電所に
おいて実施するとともに,その状況を報告するよう求めた(平成23・06・
07原第2号)。
債務者は,平成23年6月,経済産業大臣から指示があった事項を実施し,
報告した(乙12)。
(7)安全性に関する総合的評価(ストレステスト)の実施の指示,その実施及
び審査等
原子力安全委員会は,平成23年7月6日,経済産業大臣に対し,既設の
発電用原子炉施設について,設計上の想定を超える外部事象に対する頑健性
に関して,総合的に評価すること等を要請した(乙14の別添1)。
原子力安全委員会の上記の要請を受けて,内閣官房長官,経済産業大臣及
び内閣府特命担当大臣は,平成23年7月11日,欧州諸国で導入されたス
トレステストを参考に,新たな手続,ルールに基づく安全評価を実施するこ
とを明らかにした。安全評価は一次評価と二次評価に分かれ,一次評価(定
期検査中で停止中の原子力発電所について運転の再開の可否について判断)
は,定期検査中で起動準備の整った原子力発電所を対象として安全上重要な
施設・機器等が設計上の想定を超える事象に対し,どの程度の安全裕度を有
するのかの評価を実施することとされた(乙14別添2)。
原子力安全・保安院は,平成23年7月21日,既設の発電用原子炉施設
の安全性に関する総合的評価に関する評価手法及び実施計画を定め,同月2
2日,各電力会社等に対し,福島第一原子力発電所における事故を踏まえた
既設の発電用原子炉施設の安全性に関する総合的評価(以下「ストレステス
ト」という。)を行い,その結果について報告をするよう求めた(乙14)。
債務者は,本件発電所につきストレステストを実施し,平成23年10月
28日に3号機の安全性に関する一次評価の結果につき,同年11月17日
に4号機の安全性に関する一次評価の結果につき,それぞれ報告書を原子力
安全・保安院に提出した(乙14)。
(8)原子力発電所の再起動にあたっての安全性に関する判断基準(4大臣基準)
内閣総理大臣,内閣官房長官,経済産業大臣及び内閣府特命担当大臣(以
下「4大臣」という。)は,平成24年4月6日,原子力発電所の再起動の
判断のために,現行法令上の規制要求を超える安全性の確保を原子力事業者
に対して求め,そのための判断基準(以下「4大臣基準」という。)を提示
した(甲49)。
(9)4大臣会合と再起動
4大臣は,平成24年4月12日から13日にかけて,本件発電所が4大
臣基準を満たしているかどうかを最終的に確認する会合を行い,本件発電所
はこれらの基準を満たしていること等を確認し,また,本件発電所の再起動
の必要性が存在すると判断した。同月13日,枝野内閣官房長官(当時)は
その旨発表した(乙24)。
政府は,平成24年6月16日,本件発電所の再起動を決定し,枝野内閣
官房長官(当時)はその旨発表した。その後,(2)のとおり,本件発電所は再
起動した。
(10)安全設計審査指針類の見直し
前記(3)アのとおり,原子力安全委員会は,安全審査を行うに当たり,安全
性を判断する際の基本的方針として,安全設計審査指針,耐震設計審査指針
等の安全審査指針類を策定していたところ,福島第一原子力発電所の事故を
踏まえてその見直しに着手したが,原子力安全委員会は,原子力規制委員会
が発足するため平成24年9月に廃止された。
原子力規制委員会は,環境省の外局として,原子力利用における安全の確
保を図るため必要な施策を策定し,又は実施する事務を一元的につかさどる
等のために設立された機関であり(原子力規制委員会設置法1条),委員長
及び委員は,人格が高潔で原子力利用における安全の確保に関する専門的知
識及び経験並びに高い識見を有する者のうちから,両議院の同意を得て内閣
総理大臣が任命するとされている(同法7条1項)。原子力規制委員会は,
同年9月19日に発足した。
原子力規制委員会は,原子力安全委員会が策定していた安全設計審査指針
等の安全審査指針類に替わる新安全基準の策定作業を行っている。
(11)本件発電所の周囲の断層
本件発電所の周囲には複数の断層が存在し,その概要は,別紙1「若狭湾
周辺の主な断層の分布」(乙2添付の図7.1.1)のとおりである(熊川
断層の長さ等については争いがあり,別紙1は位置関係の概略を示す図であ
る。)。
このうち,特に東日本大震災発生以降,熊川断層,FO-A断層及びFO
-B断層という3つの断層が連動する地震が発生するか否かが議論されてい
る(以下,これらの3つの断層が連動して生じるとされる地震を「3連動の
地震」という。)。
(12)F-6破砕帯
大飯発電所敷地内には,F-6破砕帯と呼ばれる破砕帯が存在する。
(13)省令62号の規定
省令62号には次の規定がある。
(耐震性)
第5条原子炉施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸
気タービン及びその附属設備は,これらに作用する地震力による損壊
により公衆に放射線障害を及ぼさないように施設しなければならない。
2前項の地震力は,原子炉施設ならびに一次冷却材により駆動される
蒸気タービンおよびその附属設備の構造ならびにこれらが損壊した場
合における災害の程度に応じて,基礎地盤の状況,その地方における
過去の地震記録に基づく震害の程度,地震活動の状況等を基礎として
求めなければならない。
(安全保護装置)
第22条原子力発電所には,安全保護装置を次の各号により施設しなけ
ればならない。
一運転時の異常な過渡変化が生じる場合又は地震の発生等により原
子炉の運転に支障が生じる場合において,原子炉停止系統及び工学
的安全施設と併せて機能することにより燃料許容損傷限界を超えな
いようにできるものであること。
二以下略
(制御材駆動装置)
第24条制御材を駆動する装置は,次の各号により施設しなければなら
ない。
一一一一原子炉の特性に適合した速度で制御材を駆動できるものである
こと。
二以下略
(14)安全設計審査指針17,18
現行の安全設計審査指針(甲2)には次の指針がある。
指針17原子炉停止系の停止能力
1.原子炉停止系に含まれる独立した系のうち少なくとも一つは,通常
運転時及び運転時の異常な過渡変化時において,燃料の許容設計限
界を超えることなく,高温状態で炉心を臨界未満にでき,かつ,高
温状態で臨界未満を維持できる設計であること。
2.原子炉停止系に含まれる独立した系の少なくとも一つは,低温状態
で炉心を臨界未満にでき,かつ,低温状態で臨界未満を維持できる
設計であること。
指針18原子炉停止系の事故時の能力
事故時において,原子炉停止系に含まれる独立した系の少なくとも
一つは,炉心を臨界未満にでき,また,原子炉停止系に含まれる独立
した系の少なくとも一つは,炉心を臨界未満に維持できる設計である
こと。
(15)添付書類八,添付書類十の記載
本件発電所に係る原子炉設置変更許可申請書の添付書類八,添付書類十に
は次の記載がある。
ア添付書類八(抜粋。甲134)
(ア)安全設計審査指針17適合のための設計方針(甲134の8-1-48頁。
なお,甲134には「指針22」とあるが,これは現行の指針17に相
当するので,以下指針17と表記する。)
原子炉停止系の1つである制御棒による反応度制御は次のような性能
を持つよう設計する。
挿入時間2.2秒以下(トリップ時,全ストロークの85%挿入まで
の時間)
(イ)安全設計審査指針18適合のための設計方針(甲134の8-1-51頁。
なお,甲134には「指針24」とあるが,これは現行の指針18に
相当するので,以下「指針18」と表記する。)
想定される事故時において,原子炉トリップ信号による制御棒クラ
スタの挿入により高温状態において炉心を臨界未満にできるよう設計
する。
(ウ)制御棒駆動装置の設備仕様(甲134の8-3-65頁)
挿入時間(トリップ時,全ストロークの85%挿入までの時間)
2.2秒以下
イ添付書類十(抜粋。乙36)
「原子炉トリップ特性」の記載中「制御棒クラスタ落下開始から全スト
ロークの85%挿入までの時間が解析上重要であり,この時間を2.2
秒としている。」(乙36の1の10(3)-1-8~9頁)
3本件における争点
(1)仮の差止めを基礎付ける具体的危険性についての主張立証(疎明)責任に
ついて(争点1)
(2)具体的危険性に関する個別の争点
ア本件発電所の地震発生時における制御棒挿入時間について(争点2)
(ア)本件発電所について地震発生時における制御棒挿入時間の許容値は
2.2秒と定められているか(争点2-1)
(イ)3連動の地震が発生した場合,本件発電所において制御棒挿入時間
は2.2秒を超えるか(争点2-2)
(ウ)本件発電所につき,制御棒挿入時間に関して具体的危険性があると
いえるか(争点2-3)
イF-6破砕帯が活断層に当たるか(争点3)
ウ津波による具体的危険性があるか(争点4)
(3)保全の必要性(争点5)
第3当事者の主張
1仮の差止めを基礎付ける具体的危険性についての主張立証(疎明)責任につ
いて(争点1)
(債権者らの主張)
(1)本件では,本件発電所の再起動に当たり,人格権に基づく差止めを認める
に足りる具体的な危険性の有無が争点となっている。その具体的危険性は,
人格権に基づく妨害予防請求訴訟の一般原則どおり,差止めを求める債権者
らに主張立証責任があるが,原子炉は常に潜在的危険性を内包しており,そ
の危険性が顕在化し放射性物質が原子炉の外部へ排出されると周辺住民の生
命,身体等に直接かつ重大な被害を与えることになるから,債務者において,
本件発電所の安全性に欠けることがないことについて主張立証をする必要が
あり,これを尽くさない場合には,債権者らの人格権が侵害される具体的危
険があることが事実上推認されるというべきである。そして,債務者が,本
件発電所が安全審査における安全設計審査指針等の国が定める安全上の基準
(安全審査基準)を満たしていることを主張立証して初めて,本件発電所の
安全性に欠ける点がないことについて主張立証をしたこととなるというべき
である(名古屋高裁金沢支部平成21年3月18日判決・判例タイムズ13
07号187頁)。
(2)これまでに国が定めた安全設計審査指針等の安全審査基準は,東日本大震
災による福島第一原子力発電所の事故により妥当性が根底から覆されたので
あり,かつ,上記事故等を踏まえた改訂作業が完了していないため,現在,
妥当性が確認された安全審査基準は存在しないというべきである。安全審査
基準が存在しないのであるから,債務者は本件発電所の安全性に欠ける点が
ないことを主張立証することはできない。
(債務者の主張)
(1)人格権に基づく妨害予防請求においては,差止めを求める当事者において,
人格権侵害により被害の生じる具体的危険性が存在することを主張立証しな
ければならない。しかるに,債権者らは上記具体的危険性が存在することを
主張立証していない。
(2)仮に債務者において,債権者の主張する事実上の推定を妨げるために本件
発電所の安全性に欠けることがないことを主張立証しなければならないとし
ても,本件発電所は,安全設計審査指針等の原子炉施設に対する国の規制を
すべて満たしている上に,福島第一原子力発電所の事故を踏まえた緊急安全
対策等を実施し,安全性に対する総合評価(ストレステスト)を行ってその
結果を原子力安全・保安院に提出し,その妥当性の確認を受けているのであ
り,原子力安全委員会は,原子力安全・保安院の審査内容を確認している。
また,国は,福島第一原子力発電所によって得られた知見を踏まえて,4大
臣基準を制定しており,本件発電所がこの基準も満たしていることは国によ
り確認されている。さらに,債務者は,関係法令や各種指針・基準等を満た
すだけでなく,本件発電所について,放射性物質の有する危険性を顕在化さ
せないために様々な安全対策に加え,これらの対策で想定した事象を大幅に
超えるような事象をも考慮した対策を講じているし,安全性を向上させるた
めの活動を継続して展開している。このように債務者は,本件発電所の安全
性に欠けるところがないことを主張立証している。なお,債権者は,現時点
では安全審査基準が存在しないと主張するが,安全設計審査指針等の安全審
査指針類は廃止されることなく現に存在するし,また,現時点では,福島第
一原子力発電所によって得られた知見を踏まえ,現行法令上の規制要求を超
える安全性を要求する4大臣基準が,国が原子力発電所の再起動の妥当性を
判断する際の安全性に関する判断基準として位置付けられるので,債権者ら
の主張は失当である。
2地震発生時における制御棒挿入時間について(争点2)
(1)本件発電所について地震発生時における制御棒挿入時間の許容値は2.2
秒と定められているか(争点2-1)
(債権者らの主張)
地震発生の際の制御棒挿入時間の許容値は,次のとおり2.2秒と定めら
れている。
ア省令62号5条について
省令62号5条は,原子炉施設等の耐震性を定めた規定であるところ,
省令62号に関する原子力安全・保安院の解釈(乙46)によれば,耐震
性の具体的な評価手法については,「原子力発電所耐震設計技術指針(追
補版)(JEAG4601-1991)」(以下「耐震設計技術指針」と
いう。)等によることとされており,耐震設計技術指針によれば,地震時
を前提とした過渡解析により燃料要素の冷却に関する安全性等が確認され
ない限り,制御棒の安全解析評価上の挿入時間(2.2秒)が守られるべ
きであるとされている(乙39)。
イ省令62号22条について
省令62号22条1号は,安全保護装置に関する規定であるところ,省
令62号に関する原子力安全・保安院の解釈(乙46)によれば,安全保
護装置の機能の確認については,設置許可変更申請書の添付書類八に記載
された設備仕様及び添付書類十における評価条件を満足することが必要で
あるとされている。そして,前提事実(15)のとおり,添付書類八には,制
御棒挿入時間について,トリップ時,全ストロークの85パーセント挿入
までの時間として,2.2秒以下とする記載があり,添付書類十にも,2.
2秒の記載がある。安全保護装置そのものは,原子炉停止系統を自動的に
作動させるための装置であるが,同条は,安全保護装置が原子炉停止系統
及び工学的安全施設と併せて機能することにより,地震の発生等により原
子炉の運転に支障が生じる場合において燃料許容損傷限界を超えないよう
にすることを求めていると解すべきである。したがって,本件発電所にお
いて,燃料許容損傷限界を超えないために,添付書類八及び同十に記載さ
れているとおり,2.2秒以内に制御棒が挿入されることが必要であると
解される。
ウ省令62号24条について
省令62号24条1号は,制御材駆動装置に関する規定であるところ,
省令62号に関する原子力安全・保安院の解釈(乙46)によると,原子
炉の緊急停止時の制御棒の挿入時間は,添付書類八の仕様及び添付書類十
における運転時の異常な過渡変化及び事故の評価で設定した時間を満たし
ていることとされている(乙46)。地震等による停止も,上記の「原子
炉の緊急停止時」に当然含まれるのであるから,地震発生の際の制御棒挿
入時間は2.2秒以内でなければならないというべきである。
エ添付書類八について
添付書類八は,本件発電所の原子炉設置変更許可申請書に添付された設
計の安全性に関する説明書であり,現行の安全設計審査指針17(原子炉
停止系の停止能力の審査指針)に適合するための設計方針を定めているほ
か,安全設計審査指針18(原子炉停止系の事故時の能力)に適合するた
めの設計方針を定めている。そして,前提事実のとおり,添付書類八に
は,制御棒挿入時間について,トリップ時,全ストロークの85パーセン
ト挿入までの時間は2.2秒以下とすると記載されているのであるから,
制御棒挿入時間は2.2秒以内でなければならない。
また,「運転時の異常な過渡変化及び事故」そのものは地震を含まない
としても,同時に地震が生じうるのであり,耐震設計審査指針では,「7.
荷重の組合せと許容限界」の項で,事故時等に起きる荷重と基準地震動S
sによる地震力を組み合わせた上で施設の安全性を審査すべきことが求め
られている。債務者は,これを添付書類八のうち,「1.3.4荷重の
組合せと許容限界」の項で,「1.3.4.1耐震設計上考慮する状態」
として事故時の状態をあげて反映させており,事故と地震の荷重を組み合
わせる必要を認めている。
オ添付書類十について
添付書類十は,本件発電所の原子炉設置変更許可申請書に添付された安
全評価に関する説明書であり,その基本方針の中で,すべての事故に共通
の解析条件として,原子炉トリップ特性として,制御棒挿入時間を2.2
秒と定めている。したがって,制御棒挿入時間は2.2秒以内でなければ
ならない。
カ債務者の説明と国の主張について
債務者は,耐震バックチェックの報告に当たり,平成22年1月15日
に原子力安全・保安院に提出した補足説明資料(甲29)において本件発
電所の耐震性安全性評価を説明する中で,基準地震動Ssにおける発生値
(制御棒挿入時間)が,「評価基準値2.2[秒]」以内であることをもっ
て安全としている。また,福井県に提出した平成24年5月21日付「制
御棒挿入性評価について」においても,「地震時挿入時間の評価基準値(秒),
2.2秒」と記載している(乙18)。
加えて,国も,別件訴訟(当庁平成24年(行ウ)第117号発電所運
転停止命令請求事件)において,本件発電所の制御棒挿入時間の「安全評
価上の設定時間」を2.2秒と主張しており(甲141),2.2秒が安
全基準であり許容値であることを認めている。
キ以上から,地震発生の際の制御棒挿入時間の許容値は2.2秒と定めら
れているというべきである。
(債務者の主張)
原子炉設置基準として,地震時の制御棒挿入時間が2.2秒を超えてはな
らないとする定めはない。
ア省令62号5条について
同条の経済産業省による解釈によると,同条の具体的な評価方法は,耐
震設計技術指針によることとされているところ(乙46),同指針によれ
ば,地震時の制御棒挿入時間について,「挿入時間については現時点では
安全解析評価上の観点から設定されており,地震時として特別な状態での
判定基準は定まったものがない」とされており,安全解析評価上の挿入時
間が一応の目安とされているにすぎない。また,万一,地震時にこの値を
超える場合は,「過渡解析等により,燃料要素の冷却に関する安全性等を
確認できれば,制御棒の地震時動的機能は維持されたものと判定する」と
されている(乙39)。
したがって,制御棒挿入時間は一応評価の目安に過ぎず,許容値にはあ
たらない。
イ省令62号22条について
同条が対象とする「安全保護装置」とは,原子炉停止系統を自動的に作
動させるための装置であり,同条は制御棒挿入時間に関する規定ではない。
ウ省令62号24条について
同条の経済産業省の解釈は,緊急停止時の制御棒の挿入時間は,添付書
類八の仕様及び添付書類十における運転時の異常な過渡変化及び事故の評
価で設定した時間を満たしていることとしているが(乙46),後述のと
おり添付書類八及び添付書類十における2.2秒との記載は,ともに地震
時を対象としていないものであるから,24条は,通常運転時ないし内部
事象に関する規定であると解すべきである。また,省令62号22条では
「運転時の異常な過渡変化が生ずる場合又は地震の発生等により」として,
地震発生時にも適用されることが文言上明確に規定されていることと対比
しても,地震時について24条の適用はないことは明らかである。
エ添付書類八について
添付書類八の前提事実(15)ア(ア),(イ)の記載は,安全設計審査指針の
指針17と同18を前提としているところ,同17は適用場面を「通常運
転時及び運転時の異常な過渡変化時において」としており,同18は「事
故時において」としているから,いずれも通常運転時又は内部事象を前提
としたものであって,地震時に関するものではない。また,設備仕様の記
載(前提事実(15)ア(ウ))についても,これらの指針への適合のための設
計方針に基づいて記載されているものであるから,上記したところと同様,
地震時を含めた仕様ではない。
オ添付書類十について
添付書類十における2.2秒の記載は,安全評価における解析条件を定
めたものに過ぎない。そして,安全評価審査指針によれば,安全評価にお
ける評価すべき範囲である「運転時の異常な過渡変化」や「事故」は,そ
の原因が原子炉施設内にあるいわゆる内部事象を指すのであって,地震の
ような自然現象や外部からの人為事象は別途審査されるとされている(乙
35の8頁)。したがって,添付書類十の記載は,地震時に関するもので
はない。
カ債権者らのカの主張はいずれも当たらない。
(2)3連動の地震が発生した場合,本件発電所において制御棒挿入時間は2.
2秒を超えるか(争点2-3)
(債権者らの主張)
次のとおり,3連動の地震が発生した場合,本件発電所において制御棒挿
入時間は2.2秒を超える。
ア3連動の地震が発生する可能性があること
大飯発電所の北方海域には,北西から南東へ走行するFO-B断層,F
O-A断層が存在し,その南東延長の陸上には,ほぼ同方向に走行する熊
川断層が存在する。これまで,FO-A断層とFO-B断層とが連動する
こと(以下「2連動」という。)は考慮されてきたが,これらの断層の3
連動の地震は発生しないことを前提として基準地震動が設定されていた。
しかしながら,①東日本大震災においては,連動しないと考えられて
いた遠く離れた活断層が連動して地震が発生したことから,原子力安全・
保安院は,平成24年1月27日,債務者に対し,3連動の地震の発生の
可能性を念頭に,活断層の連動性を改めて考慮するよう求めた(甲26)。
②中田高広島大学名誉教授と渡辺満久東洋大学教授の調査により,FO
-A断層,FO-B断層と熊川断層が連続している可能性が極めて高いこ
と及び熊川断層が双児崎北西部分にも伸びていることが判明し,いずれに
せよ3連動の地震が発生する可能性を考慮する必要がある。③原子力安
全・保安院も熊川断層が小浜湾内に入り込んでいるとしている(甲131)
ほか,原子力規制委員会の島崎邦彦委員長代理も,3連動の地震が発生す
ることを強く示唆する発言を行っている
以上から,3連動の地震が発生する可能性がある。
イ3連動の地震が発生した場合の制御棒挿入時間の算出について
(ア)債務者は,耐震バックチェックにおいて,FO-A断層とFO-B
断層とが連動して地震が発生した場合の制御棒挿入時間の評価値は,応
答倍率法により算出した2.16秒であるとしていた。これについては,
国の審査を受けている(乙2)。
そこで,この債務者の評価値を前提に,2連動の地震が発生した場合
の制御棒挿入時間の評価値を2.16秒,3連動の地震動の加速度が2
連動の場合の1.46倍であることを前提として計算をすると,次の計
算式のとおり,3連動の地震が発生した場合の制御棒挿入時間は2.3
9秒になる(計算式の1.65秒は通常時の挿入時間)。
(計算式)
制御棒挿入時間=1.65+(2.16-1.65)×1.46=2.39
したがって,制御棒挿入時間の許容値である2.2秒を超える。
(イ)債務者の主張に対する反論
債務者は,時刻歴解析法やスペクトルモーダル解析法などの詳細な解
析結果を主張するが,いずれも,3連動の地震が発生することを検討す
る必要が生じ,制御棒挿入時間が2.2秒を超えることが明らかになっ
て初めて主張し始めた解析結果であり,その目的は挿入時間を評価基準
値内とするところにあり信用できない。また,これらの解析方法では,
制御棒落下時の地震で発生する抵抗力の設定方法に不確定性があって,
抵抗力を弱めれば挿入時間を短くすることは可能であり,これらの制御
棒挿入時間の評価値は,地震動の想定の仕方やモデル計算の方式によっ
て異なるものである。債務者の主張は,地震動が大きくなるにつれて制
御棒が早く挿入される結果となっており,奇妙と言うほかない。
以上からすれば,債務者の解析結果は,応答倍率法によるものを除き,
国の専門家による審査を受け,妥当であると評価されるまで採用される
べきではない。
ウ以上から,本件発電所において,3連動の地震が発生する可能性があり,
その際には,制御棒は2.2秒以内に挿入することができず,燃料棒の損
傷に至る可能性があるから,具体的危険性があるといえる。
(債務者の主張)
本件発電所では,そもそも,いわゆる3連動の地震が発生する危険性はな
い。また,仮に発生したとしても,制御棒を挿入するのに必要な時間は2.
2秒を超えない。
ア3連動の地震が発生する危険性はない。
債務者が耐震バックチェックに当たり実施した地質調査結果によれば,
熊川断層とFO-A断層との間に両者が連続するような構造が認められな
い区間が存在することが確認されており,熊川断層とFO-A断層とは連
続していない(乙16)。さらに,東北地方太平洋沖地震を踏まえて連動
の可能性を検討したが,地形及び地質構造の形成過程,応力の状況等を考
慮しても,3連動を考慮する必要はないとの評価に至っている(甲27の
1)。
原子力安全・保安院も,熊川断層とFO-A断層とが連続しないことを
確認しており,基準地震動に反映させる必要はないとしている(乙31)。
イ制御棒挿入時間について
(ア)債権者らと債務者の主張する制御棒挿入時間の算出結果を整理する
と,別紙2のとおりであり,以下,別紙2の(a)ないし(g)の算出結果と
その当否について説明する。
(イ)制御棒挿入時間について,債務者は,耐震バックチェックに際して
は,スペクトルモーダル解析法により算定された基準地震動S2(平成
18年の耐震指針の改訂前の基準地震動の一つ)に対する制御棒挿入時
間1.92秒(a)をもとに,基準地震動Ssにおける制御棒挿入時間を,
簡易評価法であり保守的な結果となる応答倍率法により算定したところ
2.16秒(b)であった(甲29)。
スペクトルモーダル解析法とは,ここでは制御棒挿入経路(制御棒駆
動装置,制御棒クラスタ案内管及び燃料集合体)の地震応答を解析する
際に,制御棒駆動装置及び制御棒クラスタ案内管の地震応答はスペクト
ルモーダル解析(地震応答の最大値を求める解析)を,燃料集合体の地
震応答は時刻歴解析(時々刻々の地震応答を求める解析)を適用し,各
部位で求められた地震応答の最大値に対応する抗力が一定値で作用する
と仮定して制御棒挿入時間を算定する方法をいう。
応答倍率法とは,対象とする地震動から直接制御棒挿入時間を計算す
るのではなく,2つの異なる地震動が入力(作用)した場合の揺れの大
きさの比率(制御棒挿入経路を構成する機器の固有周期における応答比
の最大値を用いる。)を用いて地震による遅れ時間を比例計算するもの
である。
(ウ)この評価結果については,国の審議で妥当と評価されたものの,施
設の安全性に対する説明性のより一層の向上の観点から,耐震裕度が比
較的小さい設備について,詳細評価を実施することが望ましいと指摘さ
れたことから(乙2の36頁),債務者は,改めて,基準地震動Ss-
1の時刻歴データに基づき,精緻な詳細解析手法である時刻歴解析法を
行いて算定したところ,制御棒挿入時間は1.88秒(e)となった(乙1
8)。
時刻歴解析法とは,制御棒挿入経路の地震応答を解析する際に,地震
歴解析を適用し,時々刻々の地震応答に対応する抗力を用いて制御棒挿
入時間を算定する方法であり,地震応答の最大値を用いるスペクトルモー
ダル解析法よりも精緻な方法である。
この数値(e)を基に,3連動の場合の地震動を基準地震動Ss-1の1.
46倍として,非常に簡略な比例計算(応答倍率法とは異なる。)で,
3連動の場合の制御棒挿入時間を算定すると,1.99秒(f)となる。
(計算式)1.65+(1.88-1.65)×1.46=1.99
(エ)債権者らは,上記(ア)の制御棒挿入時間2.16秒(b)から,3連動
の地震の場合の挿入時間2.39秒(c)を算定しているが,この方法は,
応答倍率法という保守的な算定方法を使って(a)から(b)を算定し,さら
に,保守的に地震動の最大比率を用いた非常に簡略な比例計算により,(b)
から(c)を算定したものであり,保守性を二重に見積もった正確性に欠け
るものであり妥当ではない。
(オ)応答倍率法を用いるにしても,基準地震動S2に対する制御棒挿入
時間(a)を用いて,応答倍率法により3連動の場合の制御棒挿入時間を算
定すると,推計が1段階となりより正確であるところ,算出結果は,2.
04秒(d)となる(乙43)。
(計算式)1.65+(1.92-1.65)×1.443=2.04
(カ)さらに,最も正確に制御棒挿入時間を算定するには,3連動の場合
の地震動から,直接,時刻歴解析法を用いて算定する方法があり,その
結果は,1.83秒(g)であった。
(キ)以上のとおり,債権者らの算定方法は妥当ではなく,2.39秒(c)
という算定結果は採用できない。それ以外の(d),(f),(g)のいずれの算
定方法によっても,制御棒挿入時間は2.2秒以内である。
なお,債権者らは,これらの算定における解析に当たり,債務者が恣
意的に条件を設定していると主張するが,制御棒挿入性解析における地
震外力による抗力については,各種試験により得られたデータに基づい
て設定している。
また,3連動の地震の場合の方が,制御棒挿入時間が短くなるケース
があるが((b)と(d),(e)と(g)の比較),応答倍率法は,制御棒挿入経
路を構成する機器の固有周期における応答の比に依存するところ,3連
動の場合の地震動が基準地震動Ss-1を超えるのは,ごく一部の周期
に限られるからであり,時刻歴解析法においても上記の固有周期におけ
る応答が解析結果に影響する点は同様であるからである。
加えて,上記の算定は地震トリップ(揺れが大きくなる前に作動する
仕組み)の作動を考慮に入れていないから,これを考慮すれば,制御棒
はより早く挿入される。
(3)本件発電所につき,制御棒挿入時間に関して具体的危険性があるといえる
か(争点2-3)
(債権者らの主張)
(2)のとおり3連動の地震が発生した場合,制御棒挿入時間は2.2秒を超
えるから,次のとおり具体的な危険性があるといえる。
ア2.2秒は安全性の基準(許容値)であり,これを超える場合には,具
体的危険性があるというべきである。
すなわち,上記(1)のとおり,債務者は,本件発電所における制御棒挿入
時間を2.2秒以下と定め,この値を前提に本件発電所の設置変更の許可
を得ている。また,制御棒挿入時間は安全解析の条件になっているところ,
この基準値を超える場合の安全解析はされていない。そうすると,2.2
秒を超えて制御棒が挿入される場合には安全性が確認されていないといえ
るから,具体的危険性が生じる可能性がある。したがって,2.2秒を超
えてもなお安全であることについては,債務者が主張立証する必要があり,
かつ,2.2秒を超えても安全であることを国が審査・承認した場合には
じめて具体的危険性が生じる可能性がないと評価すべきである。しかるに,
債務者は安全性を確認する過渡解析を行っていないし,国も安全性を承認
していない。
イ債務者の主張に対する反論
債務者は,平成21年2月27日に原子炉安全専門審査会で取りまとめ
られ,同年3月16日,原子力安全委員会が了承した「制御棒挿入による
原子炉緊急停止に係る安全余裕に関する検討について」(以下「安全余裕
に関する検討について」という。甲55)の結果から,11秒まで安全で
ある旨の主張をする。
しかしながら,①「安全余裕に関する検討について」に係る検討は,
地震と無関係にされたもので,長時間の地震動が影響を与えるという地震
時の特別な状態を踏まえる必要がある。すなわち,この検討は,本件発電
所のような4ループ炉の場合に,安全余裕を蒸気発生器伝熱管破損事故解
析(この伝熱管に破損が生じた場合,炉内放射能が大気中に放出されると
いう特徴を持つ。)を通じて導くものであるが,他の解析条件は変えずに
解析されており,地震による影響を全く考慮していない上,単一故障の仮
定に立ったものであって,採用することは相当でない。また,②国は,
2.2秒は災害の防止上支障がない限界として捉えており,他方11秒は
安全余裕に属するものとして捉えるべきであるとしている。また,原子力
安全・保安院も,制御棒挿入時間を2.2秒として設置許可をしているこ
とから,これに違反するのであれば許可できないとしている。
したがって,11秒は,人知では計り知れない不確定性のために安全余
裕として存在するものと捉えるべきであり,それゆえ,安全判断の基準を
評価基準値である2.2秒におき,それを超えれば重大な事故に発展する
と安全側に捉えるべきである。
(債務者の主張)
仮に制御棒が2.2秒を超えて挿入されたとしても,具体的な危険性が発
生するとはいえない。
すなわち,2.2秒は,事故等を想定した安全解析の計算条件として設定
した時間であり,安全性を判断する直接の指標ではない。したがって,この
時間を超えたとしても,「安全余裕に関する検討について」(甲55)によ
れば,本件発電所と同形式のプラントにおいて,制御棒挿入時間が約11秒
を超えた時点で判断基準を満足できなくなることが示されていることに鑑み
れば,約11秒までは重大な事故につながらず,安全性が確保されるという
ことができるのであって,具体的な危険性が発生するとはいえない。
3F-6破砕帯が活断層に当たるか(争点3)
(債権者らの主張)
(1)平成22年12月20日に原子力安全委員会で了承された「発電用原子炉
施設の耐震安全性に関する安全審査の手引き」(甲143。以下「安全審査
の手引き」という。)によれば,活断層の露頭が確認された場合,その直上
に耐震設計上の重要度分類Sクラスの建物・構築物を設置することは想定さ
れていない。
ところが,本件発電所においては,非常用取水路という耐震設計上の重要
度分類Sクラスの設備の直下にF-6破砕帯が存在している。
現時点では,原子力規制委員会に設置された「大飯発電所敷地内破砕帯の
調査に関する有識者会合」(以下「有識者会合」という。)における,平成2
5年1月16日までに行われた3回の評価会合においては,F-6破砕帯が
活断層であるか否かの結論は出ていない。
しかしながら,以下のとおり,F-6破砕帯が活断層である可能性が否定
できない以上,活断層であると認定すべきである。非常用取水路は通常時に
も非常時にも重要な役割を担っているところ,特に非常時に破壊された場合,
非常対策の一つである炉心冷却設備の機器に対する冷却機能が失われ,炉心
溶融などの危機的な状況が生じるため,活断層であるF-6破砕帯の直上に
本来設置が許されていない非常用取水路が設置されていることをもって,具
体的危険性があると判断すべきである。
ア耐震設計上考慮する活断層に該当するかを判断する基準
耐震設計審査指針が,活断層とは「後期更新世以降の活動が否定できな
いもの」としていること,安全審査の手引きが,「耐震設計上考慮する活
断層の認定については,調査結果の精度や信頼性を考慮した安全側の判断
を行うこと」,「後期更新世以降の累積的な地殻変動が否定できず,適切
な地殻変動モデルによっても,断層運動が原因であることを否定できない
場合には,これらの原因となる耐震設計上考慮する活断層を適切に想定す
ること」としていることからすると,F-6破砕帯が活断層である可能性
が否定できない以上,活断層と認定すべきである。
イF-6破砕帯が耐震設計上考慮する活断層に該当すること
有識者会合を前提として平成24年11月14日に開かれた第11回原
子力規制委員会では,台場浜トレンチで地層のずれが検出されたこと,そ
のずれが12万年ないし13万年前のものであること,活断層によるもの
あるいは活断層であると考えてもよいが,地滑りの可能性もあると報告さ
れた(甲147)。
したがって,本件発電所に近い台場浜には,12万年ないし13万年前
の地層のずれがあるところ,そのずれが断層運動により生じたものである
ことが否定できないといえる。したがって,上記アからすれば,F-6破
砕帯を活断層であると想定しなければならない。
(2)原子炉稼働中に断層調査を行うことは,調査中に原子力発電所施設を破損
させる可能性があるから危険であり,調査を行う必要があることから,即時
稼働を停止させることが必要である。
(債務者の主張)
債務者は,昭和60年の本件発電所の増設に伴う原子炉設置変更許可申請時
に,トレンチ調査等によりF-6破砕帯に関する調査・評価を実施し,F-6
破砕帯が耐震設計上考慮する活断層ではないことを確認している。この際には,
原子力安全委員会などから安全評価上問題となるものではないと判断されてい
る(乙27,乙28)。
また,平成18年の耐震指針の改訂に伴う耐震バックチェックの際に行った
調査等の結果により,F-6破砕帯は,少なくとも後期更新世以降(約13万
年前~約12万年前以降)に活動していないと判断された。そして耐震設計審
査指針(新耐震指針)によれば,耐震設計上考慮する活断層とは,後期更新世
以降の活動が否定できない活断層とされており,その認定に際しては最終間氷
期の地層又は地形面に断層による変位・変形が認められるか否かによることが
できるとされているから(甲53の5項(2)②),債務者は,F-6破砕帯を耐
震設計上考慮する活断層ではないと評価したのである(乙26)。これに対し
ては,原子力安全・保安院及び原子力安全委員会から妥当と評価されている(乙
2,乙29)。
以上から,F-6破砕帯は,本件発電所の安全性に影響を与えるものではな
い。
債務者は,平成24年7月18日付で原子力安全・保安院からF-6破砕帯
の調査について指示を受け,同年10月31日に中間報告(甲144)を行い,
同年12月28日及び29日には有識者会合による現地調査が実施されたため,
同月27日までの調査結果を取りまとめて説明するなどしている(甲159)。
債務者によるこれまでの調査結果によれば,従来のF-6破砕帯の活動性評価
を覆すような結果は得られていない。
したがって,具体的危険性は認められない。
4津波による具体的危険性が認められるか(争点4)
(債権者らの主張)
本件発電所に対するストレステストによれば,11.4mを超える津波が襲
来すれば,全ての冷却手段を喪失する結果となる(甲30)。
これに対し,①「兼見卿記」等の古文書によれば,天正地震において,若
狭湾等を大津波が襲ったという記録があり(甲31),②丹後国風土記(残
欠)には,大宝元年に大津波が丹後地方をおそったと記述されており(甲33),
11.4mを越える津波が本件発電所を襲う可能性がある。
債務者は,津波に関し調査を行っているが,③隠岐トラフ南東縁を震源と
する地震津波が指摘されている(甲168)にもかかわらず検討していない。
④上記②の古文書によれば必要な丹後半島側の調査を行っていない点で不備
がある。また,⑤債務者の追加調査によって猪ヶ池で「高波浪または津波が
成因の可能性がある」砂層が確認されており(乙48),⑥堆積物調査の結
果が津波の痕跡が認められないからといって,過去の大規模津波を否定するこ
とはできない。
以上からすれば,本件発電所の安全性に影響を与えるような津波が過去に発
生したことを否定できるものではなく,債務者が本件発電所に対し行っている
津波対策は不十分であり,本件発電所の運転継続は,債権者らの生命健康に著
しい損害を与える具体的危険性があるといえる。
(債務者の主張)
本件発電所に対する津波の影響を検討するために,債務者は,次のとおり文
献による敷地周辺の大きな津波被害の有無を確認するとともに,敷地周辺の海
域活断層等から発生が想定される津波について,数値シミュレーションにより
本件発電所に到達する津波の高さを算出するなどして津波に対する安全性を確
認している。
(1)古文書の調査結果
債務者は,過去に発生した本件発電所の敷地周辺の大きな津波被害の有無
を確認するために,「日本被害地震総覧」や「日本被害津波総覧」等の文献
を調査するなどの検討を実施した結果から,本件発電所の敷地周辺の沿岸に
大きな被害を及ぼした津波は認められないと考えている。
債権者らは天正地震において若狭湾等を大津波が襲ったと主張するが,「日
本被害地震総覧」によれば,被害状況から推定されるその震源は内陸部とさ
れており,通常津波が発生することはなく,債務者,日本原子力発電株式会
社及び独立行政法人日本原子力研究開発機構(以下,債務者を含む三者を併
せて「債務者ら三者」という。)による津波堆積物調査,文献調査,神社聞
き取り調査結果からしても,若狭地方において債権者らが指摘している「兼
見卿記」等に記載されているような大規模な津波は発生しなかったというべ
きである(乙5)。原子力安全・保安院も,これまでの調査結果から,古文
書に記載されているような天正地震による大規模な津波を示唆するものはな
いと考えられるとの見解を示している(乙6)。
(2)債務者は敷地周辺の海域活断層を抽出し,海域活断層による地震に伴う津
波のシミュレーションを行った。想定される津波水位(設計津波高さ)は2.
85mであるところ,ストレステストにおいて,その高さを超える津波に対
しても安全性に問題がないことが確認されている。
(3)堆積物調査の結果
債務者ら三者は,共同で,若狭湾における津波発生の痕跡に関するデータ
の拡充を図ることを目的として,三方五湖及びその周辺において津波堆積物
調査を実施し,平成24年12月18日,原子力規制委員会に対して報告し
た。この結果によれば,債権者らが指摘する天正地震による津波を含め,現
在から過去1万年程度の期間に,本件発電所の安全性に影響を与えるような
津波が発生した痕跡は認められなかった(乙48)。
5保全の必要性(争点5)
(債権者らの主張)
本件発電所には,上記のとおりの具体的危険性があり,地震や津波が発生し
た場合には,福島第一原子力発電所のような過酷事故が発生する可能性が高い。
また,地震国日本においては,いつ地震や津波が発生してもおかしくない。債
権者らの生命,身体,健康が侵害された場合,取り返しがつかず,事後の損害
賠償などでは到底補填できないことは明らかである。
したがって,填補できない巨大な被害が生じる危険がある以上,今すぐに差
止め仮処分の決定を得る必要がある。
(債務者の主張)
本件発電所の安全性が確保されている以上,保全の必要性はない。
第4当裁判所の判断
1仮の差止めを基礎づける具体的危険性についての主張立証(疎明)責任につ
いて(争点1)
(1)一般的に,人格権を被保全権利として,他人の行為を仮に差し止めるよう
求めることができるのは,当該行為により当該人格権が現に侵害されている
か,又は侵害される具体的な危険性がある場合に限られるのであって,その
主張立証(疎明)責任は,人格権の侵害又はそのおそれがあるとして差止め
を求める債権者が負うものと解される。そして,この理は,当該行為が原子
力発電所の運転である場合にも別異に解すべき理由はない。
他方,原子力発電所を始めとする原子炉施設は,原子核分裂の過程におい
て高エネルギーを放出する核燃料物質を燃料として使用する装置であり,原
子炉施設の安全性が確保されないときは,当該原子炉施設の従業員や周辺住
民の生命,身体に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射能によって長期間
にわたって汚染するなど,深刻な災害を引き起こすおそれがあることから,
原子炉施設の安全性を確保するために原子炉等規制法,電気事業法その他の
関係法令が定められ,原子炉の安全確保のための規制等を所掌し専門分野の
学識経験者を擁する原子力安全委員会において,安全性に関する審査のため
に安全設計審査指針,耐震設計審査指針,安全評価審査指針等の基準を設け
て原子炉施設の設置,運転の許否を審査するなどの規制を行ってきたもので
あり,原子炉施設は,これら関係法令及び安全性に関する審査のための各種
基準を満たした場合に初めて適法に設置,運転することができることとされ
てきたのである(平成24年9月19日以降は,専門的知見を有する委員長
及び委員により構成される原子力規制委員会が原子力利用の安全確保のため
の施策の策定等を所掌している。)。このように,原子炉施設の安全性を確
保するため,専門的知見や学識経験を有する機関を関与させて安全性の審査
基準の設定とその審査が行われていることからすると,当該原子力施設は,
上記の基準が現在の科学技術水準に照らして合理的であり,かつ,当該原子
炉施設がこれを満たしている場合に安全性を有すると評価することができる
というべきである。そして,当該原子力施設に適用される安全基準が合理的
であるか否か,当該原子力施設が現に当該安全基準を満たしているといえる
か否かは,当該原子力施設を保有しこれを運用する者においてよく知り得る
ところであって,かつ,これを裏付ける資料を所持していることが明らかで
ある。
したがって,本件発電所の安全性については,債務者の側において,相当
の根拠を示し,かつ,必要な資料を提出した上で上記基準が現在の科学技術
水準に照らして合理的なものであり,かつ本件発電所がこれを満たしている
ことを主張疎明する必要があり,債務者がその主張疎明を尽くさない場合に
は,原子炉施設の安全性が確保されず,深刻な災害を引き起こす危険性があ
ることが事実上推認されるものというべきである。そして,債務者が上記の
主張疎明を尽くした場合には,本来主張疎明責任を負う債権者らにおいて,
本件発電所の安全性に欠ける点があり,債権者らの生命,身体,健康が現に
侵害されているか,又は侵害される具体的な危険性があることについて,主
張疎明をしなければならないと解するのが相当である。
(2)そこで,債務者が上記の主張疎明を尽くしたといえるかについて検討する
に,まず,債権者らは,これまでに国が定めた安全審査基準は,福島第一原
子力発電所の事故によって妥当性が根底から覆され,いまだ改訂作業が完成
していない以上,安全審査基準は存在せず,債務者が本件発電所の安全性を
主張疎明することはできないと主張するので,この点から検討する。
確かに,例えば安全設計審査指針の指針27は,「原子炉施設は,短時間
の全交流動力電源喪失に対して,原子炉を完全に停止し,かつ,停止後の冷
却を確保できる設計であること」と定め,その説明において「長期間にわた
る全交流動力電源喪失は,送電線の復旧又は非常用交流電源設備の修復が期
待できるので考慮する必要はない。」とされていたが(甲2),福島第一原
子力発電所の事故においては,津波による全交流電源の喪失が長時間に及び,
その後の過酷事故に至ったことに鑑みると,上記の指針の妥当性は失われて
いるということができるのであり,福島第一原子力発電所の事故を教訓とし
て,上記指針27を含め,これまでに設けられた安全審査基準を見直すため,
原子力規制委員会において新たな安全基準の検討がされていることは前記の
とおりである(なお,本件においては,当事者双方とも同委員会における新
たな安全基準の検討の過程や新たな安全基準案ないしその骨子案について主
張疎明をしていないから,新たな安全基準は争点となっていない。)。
しかしながら,従前の安全設計審査指針等の安全審査指針類は現に廃止さ
れたわけではないし,福島第一原子力発電所の事故によって明らかになった
問題点に関しては,福島第一原子力発電所の事故後,経済産業大臣が各電力
会社等に対して,緊急安全対策やシビアアクシデントへの対応に関する措置
の実施と報告を求めていること,原子力安全委員会が,経済産業大臣に対し,
ストレステストの実施とその報告を求め,これに沿って原子力安全・保安院
が評価手法及び実施計画を定めて各電力会社等にストレステストとその報告
を求めていることからすると,安全性に関する新たな基準が提示されている
ということができる。また,4大臣が原子力発電所の再起動に当たって,現
行法令上の規制要求を超える安全性を求めて4大臣基準を定め,これを提示
したことも,その時点で判明している福島第一原子力発電所の事故の知見を
踏まえた安全基準の策定ということができるのであり,これらの一連の基準
は,原子力規制委員会による新たな安全基準の策定までは,総体として,福
島第一原子力発電所の事故までに存在した安全上の基準を一部代替ないし補
完する基準であると位置付けるのが相当である。
したがって,債務者が本件発電所の安全性を主張疎明するに当たって,依
拠すべき安全基準が存在しないとの債権者らの主張を採用することはできな
い。
(3)次に,上記の一連の基準が合理的なものであるかどうか及び本件発電所が
同基準を含めた安全性に関する法令その他の各種基準を満たしているかにつ
いて検討する。
ア福島第一原子力発電所の事故後の措置につき,前提事実,証拠及び審尋
の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア)緊急安全対策実施の指示とその実施
a経済産業大臣による緊急安全対策実施の指示
経済産業大臣は,平成23年3月30日,福島第一原子力発電所に
おいては,津波の影響により全交流電源を喪失し,冷却機能が失われ
たことから,福島第一,第二原子力発電所以外の原子力発電所に対し
て,現在判明している知見に基づき,津波による電源機能等喪失時に
おいても放射性物質の放出を抑制しつつ原子炉施設の冷却機能を回復
することを可能とするための緊急安全対策を講ずることとし,各電力
会社等に対して緊急安全対策に直ちに取り組み,その実施状況を報告
するよう求めた(平成23・03・28原第7号)。経済産業大臣の
指示を受けて原子力安全・保安院が示した緊急安全対策の内容は,(ⅰ)
福島第一原子力発電所の事故の原因を,巨大地震に随伴した津波によ
り,①所外電源の喪失とともに緊急時の電源を確保できなかったこと,
②原子炉停止後の炉心からの熱を最終的に海中に放出する海水系施設,
若しくはその機能が喪失したこと,③使用済燃料貯蔵プール等の冷却
のための給水が停止した際に機動的に冷却水の給水ができなかったこ
とにあるとした上で,(ⅱ)規制上の要求として,津波により3つの
機能(全交流電源,海水冷却機能,使用済燃料貯蔵プールの冷却機能)
をすべて喪失したとしても,炉心損傷や使用済燃料の損傷を防止し,
放射能物質の放出を抑制しつつ冷却機能の回復をはかること,(ⅲ)具
体的要求事項として,①緊急点検の実施,②緊急時対応計画の点検と
訓練の実施,③緊急時の電源確保,④緊急時の最終的な除熱機能の確
保,⑤緊急時の使用済燃料貯蔵プールの冷却確保等の対策が求められ
た(乙10)。
b債務者による緊急安全対策の実施
債務者は,上記の指示に基づき次のとおり緊急安全対策を実施し,
原子力安全・保安院から追加検討の指示を受けた点も含め,平成23
年4月,緊急安全対策の実施状況を報告した(乙10)。
(a)緊急時の電源確保
全交流電源喪失後の中央制御室等,プラント監視上必要な計器類
への給電は蓄電器を用いて実施されるが,一定の時間しか給電でき
ないので,必要な容量を有する電源車及び電源ケーブル等の資機材
を配備し,蓄電池が枯渇する前に受電盤等に電気を供給することと
した。
(b)緊急時の最終的な除熱機能の確保
全交流電源が喪失した場合に,タービン動補助給水ポンプによる
除熱のための水を補給するため,水源である補助復水タンクや復水
ピットへ海水から水を補給するための消防ポンプ及び消火ホースを
配置した。これらの資機材については津波の影響を受けない場所に
保管した。
(c)緊急時の使用済燃料ピットの冷却確保
使用済燃料ピット冷却系及び既存の補助水系の機能喪失により,
使用済燃料ピットを冷却する手段がなくなった場合に備え,消火水,
海水等の水源から水を供給するための消防ポンプ及び消火ホースを
配置した。これらの資機材については津波の影響を受けない場所に
保管した。
(d)債務者は,(a)ないし(c)の対策について,実際に資機材を配置し
て給電,給水を行う模擬訓練を夜間,休日を含めて実施し,また,
非常用ディーゼル発電機,タービン動補助給水ポンプ,蓄電器等の
安全上重要な機器が設置されているエリア等の建屋扉及び建屋貫通
部の隙間の浸水防水措置も行った。
(イ)シビアアクシデントへの対応に関する措置の実施の指示とその実施
a経済産業大臣は,(ア)のとおり緊急安全対策実施の指示をし,各電
気事業者等からその実施状況の報告を受け,確認を行った結果,各電
気事業者等において緊急安全対策が適切に実施されていることを確認
し,炉心損傷等の発生防止に必要な安全性は確保されているものと判
断した。
さらに,原子力災害対策本部(福島第一原子力発電所の事故につい
て,原子力緊急事態に係る緊急事態応急対策を推進するため,原子力
災害対策特別措置法に基づき設置された。)が同事故に関する報告書
を取りまとめ,同事故を収束するための作業の中で抽出された問題(シ
ビアアクシデントへの対応)から,万一シビアアクシデント(炉心の
重大な損傷等)が発生した場合でも迅速に対応するための措置を整理
したことから,経済産業大臣は,平成23年6月7日,これらの措置
のうち,直ちに取り組むべき措置として,各電気事業者等に対し,福
島第一原子力発電所以外の原子力発電所において,下記の事項につい
て実施するとともに,その状況を同年6月14日までに報告するよう
求めた(平成23・06・07原第2号。乙12)。

(a)中央制御室の作業環境の確保
(b)緊急時における発電所構内通信手段の確保
(c)高線量対応防護服等の資機材の確保及び放射線管理のための体制
の整備
(d)水素爆発防止対策
(e)がれき撤去用の重機の配備
b債務者は,平成23年6月,経済産業大臣から指示があった上記5
項目に対する措置を実施し,その内容を取りまとめて報告し(乙12),
原子力安全・保安院は,立入検査によりその実施内容を確認した(乙
14)。
(ウ)安全性に関する総合的評価(ストレステスト)の実施の指示,その
実施及び審査等
a原子力安全委員会は,平成23年7月6日,これまで原子力安全・
保安院が電気事業者に対して実施を指示してきた緊急安全対策やシビ
アアクシデントへの対応措置の実施は,発電用原子炉施設の安全性の
向上に資するものと認められるが,福島第一原子力発電所における事
故の教訓を踏まえれば,種々の対策や措置が全体として,どのように
発電用原子炉施設の頑健性を高め,脆弱性の克服に寄与しているかを
総合的に評価することが必要である,として,経済産業大臣に対し,
原子力安全・保安院において,既設の発電用原子炉施設について,設
計上の想定を超える外部事象に対する頑健性に関して,総合的に評価
することを要請するとともに,このための総合的な評価手法及び実施
計画を作成し,原子力安全委員会に報告することを求めた(乙14の
別添1)。
b原子力安全委員会の上記の要求を受けて,内閣官房長官,経済産業
大臣及び内閣府特命担当大臣は,平成23年7月11日,わが国の原
子力発電所については,稼働中の発電所は現行法令下で適法に運転が
行われており,定期検査中の発電所についても現行法令に則り安全性
の確認が行われていること,これらの発電所について,福島第一原子
力発電所の事故を受け,緊急安全対策等の実施について原子力安全・
保安院による確認がされており,従来以上に慎重に安全性の確認が行
われている,との現状認識を示しつつ,原子力発電所の更なる安全性
についての国民,住民の安心,信頼の確保のため,欧州諸国で導入さ
れたストレステストを参考に,新たな手続,ルールに基づく安全評価
を実施することを明らかにした。そして,これらの安全評価において
は,原子力安全委員会による確認の下,評価項目・評価実施計画を作
成し,これに沿って事業者が評価を行い,その結果について,原子力
安全・保安院が確認し,さらに原子力安全委員会がその妥当性を確認
すること,安全評価は一次評価と二次評価に分かれ,一次評価(定期
検査中で停止中の原子力発電所について運転再開の可否についての判
断)は,定期検査中で起動準備の整った原子力発電所を対象として安
全上重要な施設・機器等が設計上の想定を超える事象に対し,どの程
度の安全裕度を有するのかの評価を実施すること,二次評価(運転中
の原子力発電所について運転の継続又は中止を判断)は,欧州諸国の
ストレステストの実施状況,福島原子力発電所事故調査・検証委員会
の検討状況も踏まえ,稼働中の発電所,一次評価の対象となった発電
所を含めたすべての原子力発電所を対象に総合的な安全評価を実施す
ることとされた(乙14別添2)。
c原子力安全・保安院は,平成23年7月21日,上記方針に基づく
既設の発電用原子炉施設の安全性に関する総合的評価に関する評価手
法及び実施計画を定めた。そのうち,一次評価については,(ア)評
価実施方法は,安全上重要な施設・機器等について,設計上の想定を
超える事象に対してどの程度の安全裕度(評価対象の原子力発電所が,
設計上の想定と比較してどの程度余裕を有しているかの程度)が確保さ
れているかを評価し,評価は,許容値等に対しどの程度の裕度を有す
るかという観点から行うこととされ,設計上の想定を超える事象に対
し安全性を確保するために取られている措置について,多重防御の観
点からその効果を示し,これにより,必要な安全水準に一定の安全裕
度が上乗せされていることを確認することとされた。また,(イ)一
次評価実施事項については,①地震,②津波,③地震と津波との重畳,
④全交流電源喪失,⑤最終的な熱の逃し場(最終ヒートシンク)の喪
失,⑥その他シビアアクシデント・マネジメントの各事項が挙げられ,
①ないし⑤の事項については,それぞれクリフエッジ(安全限界)の
所在を確認した上で,特定されたクリフエッジへの対応を含めて,燃
料の重大な損傷に至る過程の進展を防止するための措置について,多
重防護の観点から,その効果を示すものとされた(乙14別添3)。
平成23年7月21日,原子力安全委員会が,原子力安全・保安院
が作成した上記評価手法及び実施計画を了承したため,原子力安全・
保安院は,同月22日,各電力会社等に対し,福島第一原子力発電所
における事故を踏まえた既設の発電用原子炉施設の安全性に関する総
合的評価(ストレステスト)を行い,その結果について報告をするよ
う求めた(乙14)。
d債務者は,本件発電所につきストレステストを実施し,平成23年
10月28日に3号機の安全性に関する一次評価の結果につき,同年
11月17日に4号機の安全性に関する一次評価の結果につき,それ
ぞれ報告書を原子力安全・保安院に提出した。原子力安全・保安院は,
「発電用原子炉施設の安全性に関する総合的評価に係る意見聴取会」
を設置・開催し,専門家からの意見聴取を行いつつ,債務者に対する
ヒアリングや現地調査を行って審査を行い,平成24年2月13日,
債務者の総合的評価(一次的評価)に関する審査書(乙14)を作成
し,原子力安全委員会に提出した。原子力安全・保安院による審査の
内容は以下のとおりである。
原子力安全・保安院は,債務者による原子炉及び使用済燃料ピット
の燃料の健全性を維持できる最大の地震動や津波の高さ等の評価が,
科学的合理的な仮定や手法に基づいているかどうかを確認し,その評
価が妥当なものであると確認したが,これらの確認に加えて,特に,
本件発電所について,福島第一原子力発電所を襲ったような地震・津
波が襲来しても,同原子力発電所のような状況にならないことを技術
的に確認することに着目して審査を行った。その結果,本件発電所に
ついては,基準地震動(最大加速度700ガル)の1.8倍(126
0ガル)の地震と,当初の設計津波高さ1.9mを9.5m超過する
11.4mの津波(ストレステスト実施のために再評価された設計津
波高さ2.85mを8.55m超過する津波)が来襲した場合でも,
次の①ないし④のとおり,炉心や使用済燃料ピットの冷却を継続し,
燃料の損傷を防止するための対策が講じられており,しかも,これら
の対策は,他号機も同時に被災する等の保守的な仮定を置いて評価を
しても,地震や津波によって無効化しないことも確認した。
①津波対策として11.4mの高さまで浸水対策が施工された建屋
内に設置されたタービン動補助給水系による原子炉の冷却が可能で
あること
②11.4mを十分上回る高台に設置した空冷式非常用発電装置か
ら速やかに電源供給を行うことにより電源の維持を行うとともに,
タービン動補助給水系を代替できる電動補助給水系の活用ができる
こと
③同じく高台に配備した消防ポンプを用いて海水を復水ピットや使
用済燃料ピットに移送し,原子炉と使用済燃料ピットの冷却が維持
できること
④これらの措置に必要な設備等は基準地震動の1.8倍までは機能
を喪失しないこと
その他,原子力安全・保安院は,債務者が,福島第一原子力発電所
の事故発生後に緊急安全対策等を実施するとともに,その後も配備す
る電源車の大型化,消防ポンプの増設等による水源確保策の強化を行
い,ストレステストを通じて把握したプラントの弱点を克服すべく,
ガソリンの備蓄量の増強や緊急対策要員の増員等の措置を講じている
ことを確認し,債務者が提出したストレステストの報告書の妥当性を
認めた。ただし,原子力安全・保安院は,安全性向上のために一層の
取組を求める事項として,非常時の要員招集態勢の一層の強化,免震
事務棟の前倒しの設置等の必要を指摘した。
e原子力安全委員会は,平成24年2月13日に原子力安全・保安院
から提出された審査書に係る同院の報告に対する確認作業を行い,同
年3月23日,確認結果を発表した。その内容は,原子力安全委員会
自体が,本件発電所の安全性を確認するものではなかったものの,「一
次評価は,技術的に言えば,地震及び津波に対する施設の裕度を簡略
な方法(簡略な方法とは,地震に対して,実際の耐力ではなく,より
安全側であるとして,設計において用いる許容値等と比較する方法に
よって試算していること等を指す。)によって評価したものであるが,
個別の原子炉施設について事業者による評価結果が提出され,規制行
政庁による確認が行われたことは,一つの重要なステップである。」
とし,また,地震及び津波に対して最も余裕の少ない,炉心損傷に至
りうるシナリオとして,最終ヒートシンク(放熱器)喪失に伴う全交
流電源喪失を同定したことは,福島第一原子力発電所の事故を踏まえ,
施設の頑健性を確認する上で,特に重要度の高いシナリオであるとも
述べており,概ね一次評価に対しては肯定的な評価を示しつつ,二次
評価に向けて留意すべき点について意見を示すというものであった(乙
15)。
(エ)原子力発電所の再起動に当たっての安全性に関する判断基準(4大
臣基準)
a福島第一原子力発電所の事故の調査,検証を行うために,政府は,
内閣官房に東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会
(以下「政府調査委員会」という。),原子力安全・保安院に4つの
意見聴取会(東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の技術的知
見に関する意見聴取会,地震・津波に関する意見聴取会,建築物・構
造に関する意見聴取会,高経年化技術評価に関する意見聴取会)をそ
れぞれ設置し,検討を行っていたが,4大臣は,平成24年4月6日,
これまでの詳細な調査,検証の結果,福島第一原子力発電所の事故原
因と事象の進展に関して,「基本的な理解」(①事故の原因は,安
全上重要な設備・機器が,津波や浸水という共通の要因により,同時
に機能喪失したところに大きな問題があった,地震の影響については,
安全上重要な設備,機器が,安全機能を保持できる状態にあったと推
定される,②安全上重要な機能を有する主要設備については,地震
の影響により微少な漏えいが生ずるような損傷があったかどうかまで
は現時点で確かなことは言えないが,基本的には安全機能を保持でき
る状態であったと推定される,との理解)が得られたとした上で,原
子力発電所の再起動の判断のために,現行法令上の規制要求を超える
安全性の確保を原子力事業者に対して求め,そのための判断基準(4
大臣基準)を,「今般の事故の知見・教訓を踏まえた新たな安全規制
を前倒しするもの」として提示した(甲49)。
b4大臣基準の概要は次のとおりである。
(a)基準(1)
地震・津波による全電源喪失という事象の進展を防止するための
安全対策が既に講じられていること(安全対策の内容は,①全交流
電源喪失時にも電源を供給可能な電源車等を配備すること等の,所
内電源設備対策の実施,②全交流電源喪失時においても,確実に冷
却,注水を行うことができるよう最終ヒートシンクの多様性を確保
すること等の,冷却,注水設備対策の実施,③低圧代替注水への移
行を確実に行うための基本的な手順・体制を明確化し,訓練を行い,
迅速かつ確実に低圧代替注水への移行を可能とすること等の,格納
容器破損対策等の実施,④全交流電源喪失時においても,中央制御
室の非常用換気空調系設備(再循環系)を運転可能にすること等の,
管理・計装設備対策の実施)。
(b)基準(2)
国が「福島第一原子力発電所を襲ったような地震,津波が来襲し
ても,炉心及び使用済燃料ピットまたは使用済燃料プールの冷却を
継続し,同原発事故のような燃料損傷に至らないこと」を確認して
いること。
(c)基準(3)
原子力安全・保安院がストレステスト(一次評価)の審査におい
て一層の取組を求めた事項,同院が福島第一原子力発電所事故の技
術的知見に関する意見聴取会での議論を踏まえて取りまとめた「東
京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の技術的知見について」
で示した30の安全対策等の事項について,基準(1)で実施済みであ
るか否かにかかわらず,更なる安全性・信頼性向上のための対策の
着実な実施計画が事業者により明らかにされていること,さらに,
今後,新規制庁が打ち出す規制への迅速な対応に加え,事業者自ら
が安全確保のために必要な措置を見いだし,これを不断に実施して
いくという事業姿勢が明確化されていること。
(オ)4大臣会合と再起動
4大臣は,平成24年4月12日から13日にかけて,4大臣基準の
有効性を改めて確認するとともに,本件発電所が4大臣基準を満たして
いるかどうかを最終的に確認する会合を行い,本件発電所はこれらの基
準を満たしており,福島第一原子力発電所の事故のような地震,津波が
襲っても燃料損傷には至らないこと,安全神話に陥ることなく,更なる
安全性,信頼性向上のための対策の着実な実施計画及びそれを不断に実
施する事業姿勢が明確であること等を確認し,また,本件発電所の再起
動の必要性が存在すると判断し,同月13日,枝野経済産業大臣(当時)
はその旨発表した(乙24)。
政府は,平成24年6月16日,本件発電所の再起動を決定し,枝野
経済産業大臣(当時)はその旨発表した。その後,前提事実(2)のとおり,
本件発電所は再起動した。
イ安全性判断の基準とその合理性について
アで認定した事実によれば,事業者に対して,緊急安全対策においては,
福島第一原子力発電所の事故を踏まえて,津波により全交流電源,海水冷
却機能,使用済燃料貯蔵プールの冷却機能をすべて喪失しても,炉心損傷
や使用済燃料の損傷を防止し,放射能の放出を抑制しつつ冷却機能の回復
を図ることができることが求められ,シビアアクシデントへの対応の措置
においては,原子力災害対策本部の報告書を踏まえて,万一シビアアクシ
デントが発生した場合に対応する措置(中央制御室の作業環境の確保等)
が求められ,さらにストレステストにおいては,①地震,②津波,③地震
と津波との重畳,④全交流電源喪失,⑤最終的な熱の逃し場(最終ヒート
シンク)の喪失の各事項について,クリフエッジへの対応を含めて,燃料
の重大な損傷に至る過程の進展を防止するための措置について,多重防護
の観点から,その効果を示すものとされ,また,ストレステストの評価に
当たっては,福島第一原子力発電所を襲ったような地震や地震が襲来して
も,同様の事態に陥らないことを技術的に確認することに着目され,本件
発電所では基準地震動の1.8倍の地震と,設計津波高さ2.85mを8.
55m超過する津波が到来しても,炉心や使用済燃料ピットの冷却が継続
し,燃料を損傷するための対策が講じられていることが確認されたもので
ある。そして,これらの対策項目,評価項目は,福島第一原子力発電所の
事故原因の解明と教訓を踏まえて,その時点において事業者に対して求め
られた安全の基準として,現在の科学技術水準に照らして相当な根拠と合
理性を有しているものということができる。また,4大臣基準は,福島第
一原子力発電所の事故の調査,検証を行うために置かれた政府調査委員会
や意見聴取会における調査,検討等を踏まえて,緊急安全対策,シビアア
クシデントへの対応の措置,ストレステストにおいて示された安全性に関
する基準等を取りまとめたものと解され,基準(1)は緊急安全対策とシビア
アクシデントへの対応の際に示された基準に相応し,基準(2)はストレステ
ストにおいて示された基準に相応するものであって,基準(3)はこれらに加
えて,更なる安全性の向上に向けた実施計画や事業姿勢を求めるものであ
り,安全の基準として,現在の科学技術水準に照らして相当な根拠と合理
性を有しているものということができる。
これに対して,債権者らは,①福島第一原子力発電所においては津波襲
来前に地震動それ自体による損傷が生じていたとの前提の下に,緊急安全
対策は津波に対する対策を求めるのみで地震に対する対策は考慮されてい
ないから相当ではない,②ストレステストは,クリフエッジ(炉心溶融と
いう崖っぷち)に至るまでにどの程度の安全裕度が確保されているかとい
う評価の手法で行われるから,ストレステストに合格しても原子炉の安全
運転は担保されない,③4大臣基準は,実態調査に基づくものでない上に,
従来の耐震設計審査指針等を緩和する内容で不当である,と主張する。
しかし,①につき,政府が設置した政府調査委員会は,直接の事故原因
は,津波の影響により全交流電源,直流電源を喪失し,冷却機能喪失等の
事態が生じたからであるとしている(平成23年12月26日中間報告(乙
9),最終報告平成24年7月23日)。地震動による損傷の有無について
の最終的な判断は,現場の状況を確認できる時点まで待たなければならな
いものの,政府調査委員会は,債権者らが主張するような地震動による損
傷の可能性の指摘も検討した上で,なお重要機能を喪失する損傷が地震動
によるとは認められないとしているから,現時点においては,事故原因に
ついては政府調査委員会の報告のとおりと認めるのが相当であり,債権者
らの主張は理由がない。②については,本件発電所の安全性は,東日本大
震災の前には,前提事実(3)のとおりの設置変更許可時の安全審査,設置後
の電気事業法上の検査,阪神・淡路大震災を踏まえて改訂された新耐震指
針に照らした耐震安全性評価を行う耐震バックチェックによって確認され
ており,ストレステストは,福島第一原子力発電所の事故を踏まえて,設
計上の想定を超える事象に対してどの程度の安全裕度を有するかが評価さ
れ,設計上の想定を超える事象に対して安全性を確保するために取られて
いる措置を確認するものであるから,ストレステストに合格すれば,必要
な安全水準に安全裕度が上乗せされていることになるのであり,原子炉の
安全性の確認に資するのであるから,債権者らの主張は理由がない。③に
ついては,4大臣基準が従来の耐震設計審査指針等を緩和する内容である
とは認められず,また4大臣基準の合理性は前述のとおりであるから,債
権者らの主張は理由がない。
以上のとおり,福島第一原子力発電所の事故後の緊急安全対策から4大
臣基準までに示された安全性に関する基準は,現在の科学技術水準に照ら
して合理性を有するというべきである。
ウそして,本件発電所は,前提事実(3)のとおり,原子炉等規制法,電気事
業法等の規制や各種基準を満たす上に,福島第一原子力発電所の事故後,
アで認定したとおり,緊急安全対策及びシビアアクシデントへの対応の措
置を取ったことが確認されており,ストレステストの結果報告についても,
原子力安全・保安院によりその妥当性が確認され,原子力安全委員会も概
ね肯定的な評価を示し,また,4大臣基準を満たしていることも確認され
ているから,イで述べた安全性に関する基準をも満たすというべきである。
(4)以上のとおり,債務者において,本件発電所が安全性を有することを主張
疎明したということができるから,債権者らにおいて本件発電所の安全性に
欠ける点があり,債権者らの生命,身体,健康が侵害される具体的危険性が
あることについて,主張疎明がされない限り,本件発電所の運転の仮の差止
めは認められないことになる(なお,本件では,債務者らは人格権が現に侵
害されているとの主張はしていない。)。
そこで,以下,具体的危険性に関する債権者らの個別の主張について検討
する。
2地震発生時の制御棒挿入時間について(争点2)
(1)本件発電所について,地震発生時における制御棒挿入時間の許容値は2.
2秒と定められているか(争点2-1)
債権者らは,地震発生時における制御棒挿入時間の許容値が2.2秒と定
められていると主張し,その根拠として,省令62号5条,22条,24条,
添付書類八,添付書類十等を挙げるので順に検討する。
ア省令62号5条(耐震性)について
省令62号5条の規定は,前提事実のとおりであるところ,原子力安
全・保安院の作成した省令62号の解釈に関する内規(「発電用原子力設
備に関する技術基準を定める省令の解釈について」平成17・12・15
原院第5号。以下「平成17年5号内規」という。)は,省令62号5条
の解釈につき,本件発電所のように平成18年9月19日の改訂前の耐震
設計審査指針(以下「旧耐震設計審査指針」という。)を適用して設置変
更許可がされた発電用原子力設備は旧耐震設計審査指針に適合すること,
その具体的な評価手法については,耐震設計技術指針等によることとして
いる(乙46)。そして,耐震設計技術指針(乙39)は,加圧水型原子
力発電所用制御棒の挿入機能について,「評価の基本的な考え方」として,
制御棒が地震時に要求される動的機能は,地震時に原子炉を確実に停止す
るために炉心に挿入されることであり,そのためには地震時における制御
棒挿入性について評価する,としており,「評価ポイント」として,制御
棒の挿入性に関して,制御棒駆動装置,炉内構造物,燃料集合体の最大応
答変位を基に求めた制御棒の挿入時間により,制御棒の挿入が維持するこ
とができるかどうかについて評価を行うこと,しかし,既に行われた研究
において機能を確認済みの燃料集合体の最大相対変位の範囲内であれば,
制御棒の挿入性が実証されており,この範囲ではその最大相対変位を指標
として評価できる,としている。また,「評価基準」として,既に行われ
た実証実験や研究により,一定の相対変位値につき制御棒挿入機能が維持
されることが実証されていること,これを超える場合,制御棒の挿入時間
によって制御棒の機能を評価することとなるところ,その挿入時間につい
ては現時点では安全解析評価上の観点から設定されており,地震時として
特別な状態での判定基準は定まったものがないこと,しかし,現行ではこ
の値が「一応評価の目安」になっていること,万一,地震時にこの値を超
える場合には,過渡解析等により,燃料要素の冷却に関する安全性等を確
認できれば,制御棒の地震時動的機能は維持されたものと判定する,とし
ている(乙39)。
以上のとおり,平成17年5号内規及び耐震設計技術指針によると,地
震により燃料集合体の相対変位値が制御棒挿入性に影響を与えないと実証
されている範囲を超える場合には,「安全解析評価上の観点から設定され
た制御棒挿入時間」を一応の評価の目安として,制御棒の機能維持が判断
されるが,仮にその目安を超えたとしても,過渡解析等により燃料要素の
冷却に関する安全性等が確認されれば,制御棒の地震時動的機能は維持さ
れたものと判定されるというのであり,本件発電所の場合「安全解析評価
上の観点から設定された制御棒挿入時間」は2.2秒がこれに当たると解
されるから(前提事実(15)イの記載及び後記オ),結局のところ,2.2
秒は一応の評価の目安であり,債権者らが主張する許容値には該当しない
というべきである。
イ省令62号22条(安全保護装置)について
省令62号22条の規定は,前提事実(13)のとおり,安全保護装置に関
する規定であるところ,省令62号2条8号ハは,安全設備の1つとして
の「安全保護装置」について,「運転時の異常な過渡変化が生じる場合,
地震の発生等により原子炉の運転に支障が生じる場合,及び一次冷却材喪
失等の事故時に原子炉停止系統を自動的に作動させ,かつ,原子炉内の燃
料の破損等による多量の放射性物質の放出のおそれがある場合に,工学的
安全施設を自動的に作動させる装置をいう。」と定めている。一方,省令
62号2条8号ロは,安全設備の1つとしての「原子炉停止系統」につい
て,「未臨界に移行し,未臨界を維持するために原子炉を停止する系統を
いう。」と定めている。したがって,安全保護装置は原子炉停止系統を自
動的に作動させる等の装置を意味するのであり,省令62号が2条8号ロ
において原子炉停止系統を,ハにおいて安全保護装置を別個に定義してい
るところからして,安全保護装置と原子炉停止系統とは別個の概念である
というべきである。そして,制御棒が地震時に要求される機能は地震時に
原子炉を確実に停止するために炉心に挿入されることであるから(乙39),
制御棒は原子炉停止系統に該当するものと解される。
したがって,省令62号22条は制御棒に関する規定ではないというべ
きである。債権者らは,同条が制御棒挿入時間に関して適用があること前
提とした主張をしているから,同主張は失当である。
ウ省令62号24条(制御材駆動装置)について
省令62号24条の規定は,前提事実(13)のとおりであるところ,平成
17年5号内規によると,1号に定める「原子炉の特性に適合した速度で
制御材を駆動できる」とは,「原子炉の緊急停止時に制御棒の挿入による
時間(この間に炉心に加えられる負の反応度)が,当該原子炉の燃料及び
原子炉冷却材圧力バウンダリの損傷を防ぐために適切な値となるような速
度で炉心内に挿入されること」をいい,「緊急停止時の制御棒の挿入時間
は,設置許可申請書添付書類八の仕様及び添付書類十における運転時の異
常な過渡変化及び事故の評価で設定した時間を満たしていること」とされ
ている。この規定の地震時の制御棒挿入時間への適用の有無については,
「緊急停止時」に地震の場合によるものを含むか否かが問題となるが,上
記アのとおり,耐震性に関しては省令62号5条が別途存在するから,仮
に省令62号24条も地震時を想定した定めであるとすると,5条と24
条が同一省令内で一部重複することとなり,その調整規定も存在しない以
上,条文の体系としては整合性を欠くというべきである。また,次にエ及
びオで述べるとおり,添付書類八と添付書類十の制御棒挿入時間に関する
記載は,地震時を想定して記載されたものではないと解されることからし
ても,24条の緊急停止時には地震によるものは含まないと解するのが相
当である。したがって,地震発生時の制御棒挿入時間の基準について24
条を根拠とする債権者らの主張は理由がない。
エ添付書類八について
(ア)添付書類八は,本件発電所に係る原子炉設置変更許可申請書の添付
書類の一部で,設計の安全性に関する説明書である。添付書類八には,
制御棒挿入時間に関する記載として,前提事実(15)ア(ア)ないし(ウ)の
記載(以下「(ア)の記載」等という。)があり,(ア)と(イ)の記載は,
「1.2「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」に対す
る適合」の項の一部であり,(ウ)の記載は,添付書類八の本文に続く「表」
の中の一部であり,「第3.2.5表制御棒駆動装置の設備仕様」の
記載の一部である(甲134)。
(イ)(ア)の記載は,安全設計審査指針17(以下「指針17」という。)
適合のための設計方針を記載した部分であるところ,指針17は「原子
炉停止系の停止能力」についての審査指針であり,その内容は,前提事
実のとおりである。そして,安全設計審査指針の「用語の定義」の項
によれば,指針17第1項にいう「運転時の異常な過渡変化」とは「原
子炉施設の寿命期間中に予想される機器の単一の故障若しくは誤動作又
は運転員の単一の誤操作,及びこれらと類似の頻度で発生すると予想さ
れる外乱によって生ずる異常な状態をいう」とされていて(甲2),地
震等の自然事象による場合は挙げられていないこと,指針17とは別個
に指針2が「自然現象に対する設計上の考慮」を定めていることを勘案
すると,指針17にいう「運転時の異常な過渡変化」は地震に起因する
場合を含まないと解するのが相当である。したがって,指針17は,地
震に起因して異常な状態になった場合を対象としていないというべきで
あり,(ア)の記載も地震発生時における制御棒挿入時間を定めたものと
いうことはできない。
(ウ)(イ)は,安全設計審査指針18(以下「指針18」という。)適合
のための設計方針を記載した部分であるところ,指針18は,「原子炉
停止系の事故時の能力」に関する指針であり,その内容は前提事実(14)
のとおりである。安全設計審査指針の「用語の定義」によれば,指針1
8にいう「事故」とは「「運転時の異常な過渡変化」を超える異常な状
態であって,発生する頻度はまれであるが,原子炉施設の安全設計の観
点から想定されるものをいう」とされている(甲2)。そして,上記の
事故の定義に地震等の自然事象が含まれていないこと,指針18とは別
個に上記指針2が定められていることを勘案すると,やはり「事故」に
は地震に起因する場合は含まれていないと解するのが相当である。した
がって,指針18は,地震に起因して異常な状態になった場合を適用の
対象としていないというべきであり,(イ)の記載も地震発生時に関する
記載ではないというべきである。
(エ)(ウ)の記載は,本文の後の「表」の一部であり,「制御棒駆動装置
の設備仕様」の表題の下に,挿入時間を含む制御棒駆動装置の設備の仕
様が説明抜きで記載されているものである(甲134)。このような記
載箇所,記載内容からすると,(ウ)の記載は,(ア)や(イ)の安全設計の
方針に基づいて記載されたものであり,(ウ)の記載のみから地震時の仕
様まで定めたものと解することはできない。
(オ)なお,債権者らは,添付書類八の「1.3耐震設計」の項における
説明の中に,荷重の組合せとして地震と事故を挙げていることを引用す
るが,耐震設計の項には,制御棒挿入時間との関連性を窺わせる記載は
ないから,債権者らの主張は理由がない。
(カ)以上から,添付書類八の中の制御棒挿入時間に関する記載((ア)な
いし(ウ)の記載)は,地震時に適用されることを前提として記載された
ものではないと解すべきである。
オ添付書類十について
(ア)添付資料十は,本件発電所に係る原子炉設置変更許可申請書の添付
書類の一部で,安全評価に関する説明書である。添付書類十には,制御
棒挿入時間に関する記載として,前提事実(15)イの記載があり,この記
載は,「1.安全評価に関する基本方針」の項の中の「1.2主要な解
析条件」の項の一部である(乙36)。
(イ)「1.2主要な解析条件」の冒頭には「「運転時の異常な過渡変化」
及び「事故」の解析に当たって用いている基本的な解析条件及び考慮す
べき事項について記載する。」と記載されているところ,ここにいう「運
転時の異常な過渡変化」や「事故」の意味は,エに記載したところと同
義であるから(乙36の10(3)-1-2~4頁。安全評価審査指針(乙35)
においても同義である。),地震に起因する場合は含まれないというべ
きである。したがって,(15)イの記載は,地震時に適用されることを前
提として記載されたものではないと解すべきであり,その記載文言どお
り,安全評価における解析上の要件として,制御棒挿入時間を2.2秒
としているにすぎないと解すべきである。
カ債権者らは,債務者が,これまで,耐震バックチェックや福井県に対す
る説明などにおいて,2.2秒を制御棒挿入時間の評価基準値として,こ
れを前提に本件発電所の安全性を主張してきていることをもって,これが
安全基準であることを裏付けるものであると主張する。確かに,債務者が,
制御棒挿入時間の評価基準値は2.2秒であるとして,地震発生時の挿入
時間がそれ以下であることをもって安全性を説明してきたことが認められ
る(甲29,乙18等)。しかし,債務者の立場に立っても2.2秒は安
全性評価の一応の目安であり,それを超える場合に初めて別段の安全性の
確認が必要になるのであるから,2.2秒以下であることをもって安全性
が確認されたと主張することが債務者の立場と矛盾するとは考えられない
ところであり,債権者らの主張は当たらない。
また,債権者らは,別件訴訟において,国が2.2秒を基準であること
を認めていると主張するところ,確かに,別件訴訟において,国は2.2
秒をもって安全評価上の設定時間であるとの表現をしているが(甲141,
158),他方で,2.2秒は安全解析評価上の時間であるとして,債務
者と同内容の主張をしているのであるから(甲158の19から20頁),
「安全評価上の設定時間」との表現は債権者らの主張する許容値とは意味
が異なるというべきであり,債権者らの主張は当たらない。
キ以上のとおり,地震発生時における制御棒挿入時間の許容値が2.2秒
と定められているとの債権者らの主張は認めることができない。
(2)3連動の地震が発生した場合,本件発電所において制御棒挿入時間は2.
2秒を超えるか(争点2-2)
ア3連動の地震が発生する可能性について
FO-A断層,FO-B断層,熊川断層の位置関係の概略は,別紙1の
とおりであるところ(前提事実(11)),債務者の調査によれば,熊川断層
及びFO-A断層との間には連続性は認められず,連動の可能性もないと
されており(耐震バックチェックにおいて乙16,ストレステストにおい
て甲27の1),原子力安全・保安院も,平成24年5月8日付け「FO
-A断層~FO-B断層と熊川断層の連動に関する評価について【総括】」
において,3連動は考慮する必要はないとしている(乙30)。
しかしながら,①東日本大震災においては,連動しないと考えられて
いた活断層が連動したことに基づき,原子力安全・保安院は,上記総括(乙
30)において,「念のための地震動」として3連動による評価を実施す
べきものとしていること,②平成24年8月30日付けの原子力安全・
保安院作成の書面(地震・津波に関する意見聴取会に資料として提出され
たもの)において,熊川断層が小浜湾の中にあるJNO3測線の位置まで
連続しているとみるべきであるとの,これまでと異なる記載がされている
ところ(甲131),上記総括(乙30)に示された熊川断層の西端に比
べ,上記の記載による熊川断層の西端はFO-A断層の東端により接近し
ていること,③島崎邦彦原子力規制委員会委員長代理(甲153)や,
中川高広島大学名誉教授や渡辺満久東洋大学教授(甲151,152,1
55,156)などの識者が断層の連続性を肯定する指摘をしていること
に鑑みれば,現時点では3連動の地震が起きる可能性があるとして安全性
を検討するのが相当である。
イ3連動の地震が発生した場合の制御棒挿入時間について
(ア)債権者ら及び債務者の主張する制御棒挿入時間の算出結果を整理す
ると別紙2のとおりであり,証拠(甲29,乙2,18,40ないし4
3)によると,挿入時間の算出に用いられた応答倍率法,スペクトルモー
ダル解析法,時刻歴解析法の内容は,債務者の主張のとおりであり,上
記の順に精密さが増すことが認められる。
(イ)債務者主張の挿入時間の妥当性について
基準地震動S2から応答倍率法を用いて基準地震動Ssにおける制御
棒挿入時間を算出した算出方法とその結果(別紙2の(b))については耐
震バックチェックにおいて妥当性が確認されていると解される(乙2)
から,基準地震動S2から応答倍率法を用いて3連動の地震の場合の制
御棒挿入時間を算出した算出方法(乙43)とその結果(別紙2の(d)
の2.04秒)にも妥当性を肯定することができる。
また,基準地震動Ssは耐震バックチェックにより妥当性が肯定され
ているから(前提事実(3)ウ),時刻歴解析法によって基準地震動Ssに
おける制御棒挿入時間を算出した算出方法(乙18)とその結果(別紙
2の(e)の1.88秒)についても妥当性を肯定することができる。債務
者は(e)の結果から「非常に簡略な計算方法」によって3連動の地震の場
合の制御棒挿入時間を算出しているが(別紙2の(f)の1.99秒),こ
こにいう「非常に簡略な計算方法」とは,3連動の地震の場合には2連
動の場合に比して最大比率1.46倍の地震動が発生すること,地震に
よる挿入時間の遅れは,地震動の増加にほぼ比例で増加することを根拠
に比例計算を行う方法であるが,比率として用いる1.46は地震動の
全周期帯における最大比率であり,制御棒挿入経路を構成する機器の固
有周期における応答比を用いる応答倍率法に比して,その精度は低く,
必然的に保守的な算出結果となるということができる。したがって,「非
常に簡略な計算方法」による結果(別紙2の(f)の1.99秒)は,保守
的な試算として参考程度に取り扱うのが相当である。
3連動の地震に対して直接,時刻歴解析法を用いて算出した結果(別
紙2の(g)の1.83秒)については,特に疑問を挟むべき点は見あたら
ない。
以上のとおり,債務者が挙げる算出結果は,別紙2の(d)の2.04秒,
同(g)の1.83秒とも妥当性を肯定することができ,同(f)の1.99
秒は保守的な試算としてこれを取り扱うことができるというべきである。
これに対して,債権者らは,債務者が主張する算出結果の正確性を争
い,3連動の地震における制御棒挿入時間の方が2連動の地震の場合よ
り早くなるのは非合理であると主張する。しかし,上記のとおり算出方
法及び結果の妥当性について特段疑問を挟むべき点はないし,債権者ら
が主張する逆転現象も算出方法の精密度を上げた結果にすぎず,この点
から合理性を否定することはできない。
(ウ)債権者主張の挿入時間の妥当性について
債権者は,耐震バックチェックにおいて妥当性が肯定された別紙2の(b)
の2.16秒をもとに,(イ)で記載したところと同じ非常に簡略な計算
方法によって,3連動の地震の場合は2.39秒(別紙2の(c))である
と主張する。この算出方法は,まず,基準地震動Ssにおける制御棒挿
入時間を応答倍率法で算出している点で,基準地震動Ssにおける制御
棒挿入時間を時刻歴解析法で算出した別紙2の(e)の算出結果より精度に
おいて劣り,さらに,非常に簡略な計算方法によって3連動の地震の場
合の制御棒挿入時間を算出している点で,一層精度が落ちるというべき
である。したがって,(イ)で保守的な試算として扱うこととした別紙2
の(f)(こちらは(e)の算出結果を起点としている。)に比して精度にお
いて劣るというべきである。
(エ)以上のとおり,本件発電所における3連動の地震の場合の制御棒挿
入時間については,債務者の主張する算出結果に合理性があり,これら
は保守的な試算も含めていずれも2.2秒以内である。債権者らの主張
する算出結果は,これに対して精度において劣るというべきであり,債
務者の主張する算出結果の妥当性を左右するものではない。したがって,
3連動の地震の場合の制御棒挿入時間が2.2秒を超えるとの債権者ら
の主張は理由がない。
ただし,上記のとおり債務者の主張する算出結果に比べると精度が劣っ
ていてはいるものの,債権者らの主張する算出結果も,保守的な一試算
としての意味はないわけでないので,以下,念のために,債権者らの主
張する挿入時間であるとした場合に,具体的危険性があるか否かについ
て検討することとする。
(3)本件発電所につき,制御棒挿入時間に関して具体的危険性があるといえる
か(争点2-3)
ア(1)において検討したとおり,本件発電所において,制御棒挿入時間につ
き2.2秒は安全性評価の一応の目安であり,これを超えるとしても,過
渡解析等により燃料要素の冷却に対する安全性が確認できれば,省令62
号5条が求める耐震性は満たすと解される。そこで,本件において,制御
棒挿入時間が2.39秒の場合に,過渡解析等により燃料要素の冷却に対
する安全性が確認できるかを検討する。
この点,平成21年2月27日,原子炉安全専門審査会が取りまとめ,
同年3月16日,原子力安全委員会が了承した「安全余裕に関する検討に
ついて」(甲55)によると,原子炉安全専門審査会は,原子力安全委員
会の指示により,制御棒挿入による原子炉緊急停止に係る安全余裕を明確
化するための検討を行ったこと,本件発電所と同型である4ループ式の原
子炉については,代表的なプラントである蒸気発生器伝熱管について,制
御棒挿入時間を変えた感度解析を行ったこと,その結果,安全限界(多重
防護における各段階での限界を概念的・定性的に規定するもの)より安全
側にある判断基準(安全限界が守られることを確認するために設定された
定量的な基準値)までは11秒程度であったことが認められる。また,平
成18年8月に独立行政法人原子力安全基盤機構が発表した報告書(甲1
42)によると,本件発電所と同型の原子炉における地震時の制御棒挿入
時間の目安値は2.2秒であるが,この時間を超えても約8秒以内に制御
棒が挿入できれば炉心損傷に至らないとされていることが認められる。さ
らに,債務者から平成20年10月27日付けで原子炉安全専門審査会・
制御棒挿入に係る安全余裕検討部会に出された「PWR制御棒挿入時間延
長感度解析について」(甲127)によれば,本件発電所と同型の原子炉
について制御棒挿入時間を3.5秒として感度解析をしたところ,判断基
準を満足するものであったことが認められる。これらの事情によれば,制
御棒挿入時間が2.39秒であったとしても,解析結果上は何らかの危険
性が生じる状況はうかがわれない。
債権者らは,「安全余裕に関する検討について」(甲55)が地震と無
関係にされたものである上,単一故障の仮定に立つものであるとして非難
するが,上記のとおりの安全余裕の大きさに鑑みて,債権者らの指摘は上
記判断を左右するものではない。
イ以上のとおり,3連動の地震が生じた場合であっても,本件発電所につ
き,制御棒挿入時間に関して具体的危険性があることが疎明されていると
はいえない。
3F-6破砕帯が活断層に当たるか(争点3)
(1)前提事実(12)のとおり,大飯発電所敷地内には,F-6破砕帯と呼ばれる
破砕帯が存在し,証拠(甲118,155)によれば,同破砕帯は,大飯発
電所の敷地内の2号機と3号機の間を概ね南北に通っており,本件発電所の
非常用取水路は同破砕帯を東西に横切っていることが一応認められる。
安全審査の手引き(甲143)は,平成18年9月19日に改訂された耐
震設計審査指針の運用・解釈を明確にするために作成され,原子力安全委員
会の了承を得たものであるところ,安全審査の手引きは,耐震設計上考慮す
る活断層の露頭が確認された場合,その直上に耐震設計上の重要度分類Sク
ラスの建物・構築物を設置することは想定していないとしている。そして,
本件発電所の非常用取水路は,耐震設計審査指針上,耐震設計上の重要度分
類Sクラスの設備(耐震設計上の重要度の最も高い施設)に該当する(甲5
3)から,F-6破砕帯が耐震設計上考慮する活断層でその露頭が確認され
る場合には,本件発電所の非常用取水路を設置することは耐震設計上許され
ないこととなる。そこで,F-6破砕帯が耐震設計上考慮する活断層に当た
るか否かが問題となる。
(2)耐震設計審査指針(甲53)によると,活断層とは,最近の地質時代に
繰り返し活動し,将来も活動する可能性がある断層をいい,耐震設計上考慮
する活断層としては,後期更新世(13から12万年前)以降の活動が否定
できないものとするとされ,その認定に際しては最終間氷期の地層又は地形
面に断層による変位・変形が認められるか否かによることができる,とされ
ている(なお,平成18年9月19日の改訂前の耐震設計審査指針下では,
「後期更新世以降以降」ではなく,「5万年前以降」とされていた。)。そ
して,安全審査の手引きは,「耐震設計上考慮する活断層の認定」について,
次のとおり記載している(甲143)。
ア本文の部分
「1.3耐震設計上考慮する活断層の認定
耐震設計上考慮する活断層の認定については,次に示す各事項の内
容を満足していなければならない。
(1)耐震設計上考慮する活断層の認定については,調査結果の精度や
信頼性を考慮した安全側の判断を行うこと。その根拠となる地形面
の変位・変形は変動地形学的調査により,その根拠となる地層の変
位・変形は地表地質調査及び地球物理学的調査により,それぞれ認
定すること。
いずれかの調査手法によって,耐震設計上考慮する活断層が存在
する可能性が推定される場合は,他の手法の調査結果も考慮し,安
全側の判断を行うこと。
(2)後期更新世以降の累積的な地殻変動が否定できず,適切な地殻変
動モデルによっても,断層運動が原因であることが否定できない場
合には,これらの原因となる耐震設計上考慮する活断層を適切に想
定すること。
(3)以下略」
イアの解説の部分
「1.3耐震設計上考慮する活断層の認定
(1)半径30Kmの範囲の耐震設計上考慮する活断層の認定に当たっ
ては,すべての調査方法で活断層の存在が必ず確認されるとは限ら
ないので,いずれかの調査方法で相当程度の確からしさをもって認
定できる場合は,その認定根拠の本質に立ち返って総合的に検討す
る必要がある。
(2)以下略」
(3)F-6破砕帯に対する調査の経緯
ア債務者は,昭和60年,本件発電所に係る原子炉設置変更許可申請を行
うに当たり,F-6破砕帯について調査し,トレンチ調査や炭素年代測定
を経て,当時の耐震設計審査指針上,活断層に当たらないことを確認し(甲
89),原子力安全委員会もF-6破砕帯は安全評価上問題となるもので
はないことを認めた(乙27,28)。
イ債務者は,平成18年9月19日の耐震設計審査指針の改訂に伴い行わ
れた耐震バックチェックに際して,F-6破砕帯の活動性評価に関して検
討を行った。その結果,F-6破砕帯は,台場浜(注・大飯発電所の北側
に位置する海岸)付近の海岸露頭でブロックサンプリングを行い変形組織
の観察を行った結果,破砕部は地下深部で形成されたカタクレーサイトか
らなることが判明した。また,F-6破砕帯上載層について検討したとこ
ろ,色調等の性状や分布高度から上載層は鋸崎(大飯発電所の北東方向に
位置する岬)付近に分布する段丘堆積物と同じであり,鋸崎付近の火山灰
分析の結果からこれが中位段丘堆積物であると判断されたので,債務者は
これらの調査結果から,F-6破砕帯は後期更新世以降に活動したもので
はないと判断し,その旨,原子力安全・保安院に報告した。
これに対して,原子力安全・保安院が,F-6破砕帯の上載層について
データの補強を求めたところ,債務者は,大島半島北部における段丘の分
布調査と段丘堆積物の火山灰分析を行い,その結果から,大島半島北部に
分布する段丘が中位段丘のみであり,いずれも最終間氷期に相当すると判
断した。また,文献においても敷地周辺に最終間氷期に形成された中位段
丘が広く分布するとされていることから,鋸崎付近に分布する中位段丘堆
積物は最終間氷期の地層であり,F-6破砕帯の上載地層についても最終
間氷期の地層と判断し,上載地層に変位が見られないことから,後期更新
世以降の活動が否定できるとして,原子力安全・保安院に報告した。原子
力安全・保安院ではこの報告を検討し,平成22年11月,債務者の評価
は妥当であると判断し,同年12月,原子力安全委員会も同様に判断した。
(以上,甲118[ただし,耐震バックチェックの際の資料に限る。],
乙2,29)
ウ平成24年7月17日,原子力安全・保安院において開催された第19
回地震・津波に関する意見聴取会において,F-6破砕帯の活動性につい
て専門家から意見聴取をしたところ,活断層であるとの指摘はなく,活動
性はないのではないかとの意見が複数あったものの,その活動性を完全に
否定するためには現状の資料では十分ではなく,現地で直接確認が必要で
あるとの意見が大勢であったため,経済産業省は,同月18日,債務者に
対し,追加調査の調査計画の策定を指示した(甲121の3)。
債務者は,ボーリング調査,トレンチ調査等を行い,同年10月31日,
F-6破砕帯に後期更新世以降の活動を示唆するものはないとの中間報告
をした。その中で,F-6破砕帯の位置や長さがこれまで想定されていた
ものと異なることの他,台場浜付近のトレンチ調査の結果,地層のずれが
あることが報告された(甲144)。ずれが発見された地層は,12万年
ないし13万年前のものであった(甲147)。
エ一方,平成24年9月19日に発足した原子力規制委員会は,有識者会
合を設置し(有識者は,岡田篤正・立命館大学グローバル・イノベーショ
ン研究機構教授,重松紀生・産業技術総合研究所活断層地震研究センター
主任研究員,廣内大助・信州大学教育学部准教授,渡辺満久・東洋大学社
会学部教授の4名),同年10月23日に事前会合を開き,同年11月2
日に現地調査を行い,同月4日(第1回),7日(第2回)に評価会合を
開いた。また,同年12月28日,29日に現地調査を行い,平成25年
1月16日に評価会合(第3回)を開いた(甲145,146,153,
162)。債務者は,第1回評価会合にウで記載した報告書と同様の結果
を記載した報告書を提出し,また,有識者会合の指示を受けて,追加調査
を行い,同年12月28日に報告書を提出した(甲159)。同報告書に
は,台場浜トレンチで発見された地層のずれは,地滑りに起因するもので
あること,大飯発電所を通るF-6破砕帯は台場浜トレンチまで伸びてい
ないこと,との債務者の見解とその根拠が記載されている。
有識者会合では,台場浜にある地層のずれが活断層であるか地滑りであ
るか,及びF-6破砕帯の連続性について専門家の意見が分かれ,平成2
5年1月16日(第3回評価会合)の段階では,台場浜にある地層のずれ
について,岡田教授と重松主任研究員が地滑りないし地滑りの可能性が非
常に高いとする見解,渡辺教授が地滑りではなく活断層であるとの見解,
廣内准教授が地滑りの可能性があるが,活断層であることを否定するに至っ
ていないという見解であった。また,席上で岡田教授から,地質学の専門
家であり日本応用地質学会の会長である京都大学防災研究所千木良雅弘教
授が作成したコメントが参考資料として提出されたが,その内容は,地滑
りに伴う岩石の粉砕等に関する最近の知見に踏まえて検討すると,台場浜
トレンチに見られる断層は,地滑りによる可能性が高いと考えられるとい
うものであった。原子力規制委員会は,債務者に対して,大飯発電所の敷
地南側のトレンチ調査の準備等を指示しており,有識者会合による検討は
さらに継続される予定である(甲162)。
(4)(3)に記載したとおり,F-6破砕帯の北側に位置する台場浜トレンチに
おいて,12万年ないし13万年前の地層にずれが存在したというのであり,
仮に,F-6破砕帯とこの地層のずれが連続しており,かつ,この地層のず
れが断層運動によるのであれば,後期更新世以降の活動が否定できないとい
うことになり,耐震設計審査指針上,F-6破砕帯は設計上考慮する活断層
に該当する可能性が高い。しかしながら,上記の連続性の有無を措くとして
も,上記の地層のずれが断層運動によると認めることができるかという点に
ついては,有識者会合において,2度にわたって現地調査を行い,債務者の
追加調査も踏まえて,評価会合を重ねて議論を行ったものの,現時点では,
上記の地層のずれは地滑りによるものであるとの見解が相当有力であり,地
滑りである可能性が高いと認められる。このような状況からすると,現在ま
でに提出された証拠関係の下においては,上記のずれは断層運動によるもの
と認めることはできないというべきである。また,(3)記載の調査の経緯から
すれば,上記の地層のずれ以外に,F-6破砕帯が活断層であることを根拠
付ける事情は見当たらない。債権者らは,(3)アに記載したとおり,①耐震設
計審査指針が,活断層とは「後期更新世以降の活動が否定できないものとす
る」としていること,②安全審査の手引きが「耐震設計上考慮する活断層の
認定については,調査結果や信頼性を考慮した安全側の判断を行うこと」と
していること,③「耐震設計上考慮する活断層が存在する可能性が推定され
る場合は,他の手法の調査結果も考慮し,安全側の判断を行うこと」として
いること,④「後期更新世以降の累積的な地殻変動が否定できず,適切な地
殻変動モデルによっても,断層運動が原因であることを否定できない場合に
は,これらの原因となる耐震設計上考慮する活断層を適切に想定すること」
としていることを理由に,F-6破砕帯が活断層である可能性がある以上,
活断層と認定すべきであると主張する。しかし,本件の場合は,F-6破砕
帯が活断層である可能性があるか否かが問われ,多様な調査を経て,多方面
から専門家によって検討されたものの,現段階ではその可能性を認めるに至っ
ていないのであるから,可能性がある以上活断層と認めるべきであるとする
債権者らの主張はその前提を欠くというべきである。また,上記②について,
安全審査の手引きは,活断層の認定に当たって,変動地形学的調査,地表地
質調査及び地球物理学的調査のいずれかの調査方法で相当程度の確かさで認
定できる場合には,その認定根拠の変質に立ち返って総合的に検討する必要
がある,と解説しているところ(甲143),本件の場合,いずれかの調査
方法により相当程度の確かさで活断層と認定できる場合に該当するとはいえ
ないのであるから,安全側の判断を行う前提に欠けるということができる。
さらに,債権者らは,断層調査を行うために即時本件発電所の稼働を停止す
べきであると主張するが,具体的危険性の疎明を伴わない主張であり,採用
することはできない。
(5)以上のとおり,現段階ではF-6破砕帯が活断層に該当すると認めるに
足りる疎明はないから,債権者らの主張は理由がない。
4津波による具体的危険性があるか(争点4)
(1)1(3)ア(ウ)で認定したとおり,福島第一原子力発電所の事故後,本件発
電所に対して行われたストレステストにおいて,本件発電所の設計津波高さ
(数十年から百数十年に一度程度発生する津波の高さの意味)は基準面から
2.85mであるところ,それを8.55m超過した11.4mの津波高さ
がクリフエッジであり,その高さまでは炉心や使用済燃料ピットの冷却を継
続し,燃料の損傷を防止することができる対策が講じられていることが確認
されている。しかし,11.4mを超える津波が襲来した場合には,全ての
冷却手段を喪失するおそれがあるから(甲30),11.4mを超える津波
が襲来する可能性があれば,具体的危険性があるということができる。
(2)古文書の記載や伝承について
ア債権者らは,古文書等によれば,若狭湾周辺を大津波が襲った記録があ
ると主張し,確かに,ルイス・フロイス作の日本史に,天正年間である1
586年に,若狭国において,地震(天正地震)に伴い大規模な津波が発
生したと記載されていること,「兼見卿記」にも若狭湾における天正地震
による津波被害の記述があることが認められる(甲31,32)。また,
丹後国風土記(残欠)には,大宝元年(701年)に,地震が3日間続き,
凡海(おおしあま)の郷が一夜にして青い海となり,郷の中の高い山2峰
と立神岩だけが海上に残った旨の記載があり(甲33),「岩滝町史」に
も同様の記載があるとともに,海抜約40mの眞名井神社の「波止き(な
みせき)地蔵」にまで津波が押し寄せたとの言い伝えが残るとされている
(甲34。以下「大宝年間の津波」という。)。
イ一方,天正地震については,債務者ら三者による調査によれば,フロイ
スによる「若狭の長浜」における記載とほぼ同じ内容で,津波の発生個所
を「近江の長浜」とする文献があり,滋賀県長浜市には天正地震により琵
琶湖の湖底に沈んだ町の遺跡があるのに対し,福井県及び若狭湾岸の市町
村史誌には天正地震に関する記載はなく,若狭湾沿岸域の市町に存在する
神社に対する聞き取り調査でも津波が襲来した記録がなかったことが認め
られる(乙5)。原子力安全・保安院は,平成23年12月27日に開催
された地震・津波に関する意見聴取会において,債務者ら三者の上記文献
調査及び聞き取り調査の結果を提出したが,これらの調査結果に対して,
委員からは特に異論は無かった(乙6)。
また,大宝年間の津波については,京都府防災会議による「津波文献調
査の実施状況」(乙7)は,①「続日本紀」等の文献等から大宝年間に
丹後地方に地震が起きた可能性はあるものの,津波に関する記述や波せき
地蔵の伝承の元となる記述のある文献はなかった,②波せき地蔵は江戸
時代以降に制作された物と思われ,設置時期は不明である,③「丹後国
風土記(残欠)」については,凡海郷が海上に没し,現在の冠島,沓島だ
けが残ったとの記載があるが,地学的に証明できない,丹後国風土記は現
存せず,その一部を伝えるものであるとされるが,後世に脚色,創作を加
えて作成されたものと考えられており,記録文書としてはあまり活用され
ていない,としている。
(3)債務者による津波堆積物調査とその結果
ア債務者ら三者は,天正地震に関して,平成23年10月24日から三方
五湖及びその周辺で津波の堆積物調査を開始し,その後,同年11月11
日付で原子力安全・保安院から津波の影響に対する安全性評価の実施につ
いて指示を受けたことから,天正地震に関する評価を実施し,同年12月
21日,若狭湾に津波・暴浪などによる海水の流入があったとしても久々
子湖の奥には至らない規模であった旨の評価結果を提出した(乙5,48)。
原子力安全・保安院は,同年12月27日の地震・津波に関する意見聴
取会において,上記評価結果に対する有識者の意見を聴取した上で,平成
24年1月25日,「これまで得られている文献調査や水月湖等での調査
等の結果を踏まえると,古文書に記載されているような天正地震による大
規模な津波を示唆するものは無いと考えられるが,天正年間も含めてデー
タを拡充するために,津波堆積物について,さらなる追加調査を行う。」
との見解を示して,追加調査を債務者ら三者に指示した(乙6)。
債務者ら三者は,これを受けて,平成24年2月17日から久々子湖東
方陸域や猪ケ池において津波堆積物追加調査を実施し,同年6月21日,
天正地震による津波に関して,古文書に記載されているような大規模な津
波を示唆する痕跡はないとの評価結果を保安院に報告し,さらに,同年1
2月18日,原子力規制委員会に対して,津波堆積物調査における完新世
(約1万年前以降)に関する評価結果について,各発電所の安全性に影響
を与えるような津波の痕跡は認められない旨の報告を行った(乙48)。
イ債務者ら三者が行った津波堆積物調査は,最終的に,①調査位置を,
三方五湖とその周辺(久々子湖5箇所,中山湿地1箇所,菅湖1箇所),
久々子湖東方陸域(早瀬,久々子・松原,坂尻の各地区8箇所),猪ヶ池
(6箇所)とし,②調査方法は,ボーリングにより,完新世(約1万年
前以降)の地層をカバーするよう試料採取を行い,X線CTスキャンを併
用した肉眼観察,微化石層分析等を実施し,海から運ばれた痕跡(砂層等)
を調査し,津波堆積物の有無を評価するという内容である。調査の結果,
三方五湖とその周辺,久々子湖東方陸域には,津波によって形成されたと
考えられる堆積物は認められなかった。これに対して,猪ヶ池(福井県敦
賀市)については,津波堆積物の指標となりうる砂層が見られ,これは猪ヶ
池と繋がっていた海から運ばれてきた可能性があり,高波浪又は津波が成
因の可能性があった。債務者ら三者は,津波があったとしても,三方五湖
周辺や久々子湖周辺や久々子湖東方陸域に津波堆積物を形成しない程度で
あったと考えられ,また,現在の津波予想を超えるものではないとことが
確認できているとして,原子力規制委員会に上記の評価結果を提出した(乙
48)。
(4)(2)のとおり,債権者らの指摘する古文書等は存在するものの,債務者の
文献調査や聞き取り調査の結果に照らすと,その信頼性は乏しいと言わざる
を得ない。また,債務者ら三者が行った津波堆積物調査はその調査方法,評
価方法とも特段問題はないと評価できるところであるから,この調査結果に
照らしても,債権者らの指摘する古文書等に記載された大規模な津波があっ
たと認めることはできない。
その他,本件で提出されたすべての疎明資料によっても,本件発電所に1
1.4mを超える大規模な津波が生じる可能性が疎明されているということ
はできず,具体的危険性は認められない。
これに対し,債権者らは,債務者が隠岐トラフ南東縁を震源とする津波地
震について検討していないと非難する。この点,隠岐トラフ南東縁の逆断層
群による大地震を想定した「日本海の未知の大地震による津波のシミュレー
ション:若狭湾北方沖の場合」との論文(甲168)には,島根半島・隠岐
諸島から能登半島まで波高は50cm以上であり,場所によっては2ないし
3m以上になる。また条件を変更し,「断層の長さを80Km,すべり量を3
~4mにすると,広域に4mを超える大津波が押し寄せる。」との記載がある
ことが認められる。しかし,この記述のとおりの大津波が発生したとしても,
前記した本件発電所のクリフエッジの範囲内の高さであるから,11.4m
を超える津波が生ずる可能性を証するものとはいえない。また,債権者らは,
丹後半島付近の調査も必要である旨主張するところ,丹後半島付近に津波が
襲来したとする古文書は上記丹後国風土記(残欠)であるところ,上記のと
おりその記述の信頼性は低いというべきであるから,丹後半島付近の調査を
行うべき理由はない。さらに,債権者らは,猪ヶ池で津波の痕跡が確認され
たことを指摘するが,(3)イのとおり,他の地域の調査結果に照らして,この
痕跡をもって大規模な津波の存在の根拠とすることはできない。債権者らは,
堆積物調査だけでは大規模津波を否定することはできないと主張するが,そ
の他の調査によっても,大規模津波が襲来した可能性を窺わせる事実は認め
られない。以上のとおり,債権者らの主張はいずれも前記判断を左右するも
のではない。
5以上のとおり,債権者らが本件発電所について具体的危険性があると主張す
る事項について,いずれも具体的危険性があると認めるには足りない。したがっ
て,債権者らの生命,身体,健康が侵害される具体的危険性があるものと疎明
されているとはいえず,仮の差止めを認めることはできない。
6結論
以上によれば,債権者らのその余の主張を判断するまでもなく,本件申立て
は理由がないからこれらを却下すべきであり,主文のとおり決定する。
平成25年4月16日
大阪地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官小野憲一
裁判官森鍵一
裁判官横地由美

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