弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人中村三次の上告趣意は、判例違反をいう点を含め、実質は事実誤認、単な
る法令違反、量刑不当の主張であり、弁護人林又平の上告趣意のうち、最高裁昭和
五〇年(あ)第二四二七号同五一年一一月四日第一小法廷判決・刑集三〇巻一〇号
一八八七頁を引用して判例違反をいう点は、右判例は事案を異にして本件に適切で
なく、その余は、憲法違反(三七条、八二条)、判例違反をいう点を含め、実質は
事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の
上告理由に当たらない。
 しかしながら、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決は、刑訴法四一
一条一号、三号によつて破棄を免れない。その理由は、以下に述べるとおりである。
 一 本件公訴事実及び原判決認定事実の要旨
 本件公訴事実は、昭和四七年五月一一日、Aと共謀のうえ、Bを殺害して死体を
遺棄したという殺人、死体遺棄の事実(以下、「第一の犯行」あるいは単に「本件」
という。)と、同月一四日、金員強取の目的でAを殺害しようとしたが、その目的
を遂げなかつたという強盗致死未遂の事実(以下、「第二の犯行」という。)であ
る。
 争点となつている第一の犯行につき、原判決が是認した第一審判決認定の犯罪事
実の要旨は、「被告人は、借金の返済と旅行費用の調達に苦慮したため、Aに金借
させたうえ、同人を殺害してこれを強取しようと企て、昭和四七年四月下旬ころ、
同人に持ちかけて金借を決意させ、C(貸金業)に引き合わせて三〇万円の借り入
れを申し込ませたところ、保証人が必要となつたため、友人であるB(当時二四年)
にその旨依頼し、同人の承諾を得た。被告人は、Cに対しては偽名を使用していた
ことから、Bを殺害したうえAをも殺害すれば自己の犯行を隠蔽することができる
と考え、同年五月七日夜、Aに対し、『Cから金を借りた後お礼をやると言つてB
を誘い出し、Bをバラそう。俺はナイフでやるから君はまさかりでやつてくれ。C
もやつてしまえば金を返さなくてもよいし、家の者にもばれないですむ。二人とも
やつてしまおう。』と提案したところ、Aもこれに同意し、ここにおいて同人との
間でB殺害の共謀を遂げた。同月一〇日夜、AがCから三〇万円を借用したが、小
切手であつたため、被告人とAはBの殺害を延期することとし、C方からの帰途、
AがBに対し、『実は小切手やつたので明日銭にかえてから礼をする。どこかへ飲
みに行こう。明日午後八時三〇分ころ、前の道路に出ていてくれ。』と言つてその
旨約束し、翌一一日午後八時過ぎころ、被告人運転の普通乗用自動車に根切りよき
とスコツプを載せてB方付近路上に赴き、Bを乗車させ、午後九時ころ、石川県江
沼郡a町b町c丁目d部e通称fの奥に連れ込み、同所に停車させた自動車内で、
被告人がBの左側に座り、『どこか面白いところはないか。』と話しかけて油断さ
せ、いきなり所携の切出し小刀で同人の左脇腹を一回突き刺したうえ、その胸倉を
つかんで車外へ引きずり出し、車の後方へ逃げていつた同人を追いかけ、その腹部
等を数回突き刺し、さらに、Aから同人が自動車の後部トランク内から取り出した
根切りよきを受け取つて、倒れているBの頭部をその峰で一回殴打し、よつて右犯
行による受傷により同人をその場で死亡させて殺害した。また被告人とAは、共謀
のうえ、右犯行直後、犯跡を隠蔽する目的でBの死体を現場付近の谷川の橋下に投
棄し、もつて死体を遺棄した。」というのである。
 なお、前記第一審判決が認定した第二の犯行は、被告人が、Aを殺害して同人の
所持する金員を強取しようと企て、同月一四日夕方、同人を同県加賀市g町の林道
に連れ込み、切出し小刀でその右脇腹を一回突き刺したうえ、顔面、胸部等に切り
つけたが、同人が抵抗して逃げ出したため、同人に対し安静加療約一か月間を要す
る右前胸部貫通刺創、顔面切創等の傷害を負わせたにとどまり、殺害及び金員強取
の目的を遂げなかつたというものである。
 二 事件の経過と本件の証拠関係の概要
 1 記録により認められる事件の経過は、次のとおりである。
 被告人は、第二の犯行の当夜、被害を受けたというAの供述に基づいて緊急逮捕
され、昭和四七年五月三一日に右事実で起訴されたが、捜査段階では右犯行を概ね
自白していた。その後、同年七月二六日に至り、前記fの谷川で、大腿部等を除い
てほぼ白骨化した死体が発見され、Bの遺体であることが確認された。捜査官は、
同人の家族の供述から、Aと被告人がBと一番最後に会つた者らしいと判断し、同
月二七日、Aを参考人として取り調べたのち、翌二八日にも同人を取り調べたとこ
ろ、同人が被告人と共同してBを殺害し、死体を遺棄したことを自白したため、同
日、Aと被告人の両名を殺人、死体遺棄の事実で逮捕した。なお、同月二九日には、
Aが犯行後被害者の靴を投棄したと述べた場所から、被害者の履いていた靴が発見
された。
 Aは、その後の捜査、公判を通じて右自白を維持し、第一審裁判所によつて懲役
八年に処せられ、その刑に服している。これに対し、被告人は、第一の犯行につい
ては一貫してその関与を否認し、第二の犯行についても、その外形的事実を認めな
がら、殺意と金員強取の意思等を争つたが、第一審裁判所は、第一及び第二の各犯
行につき、いずれも有罪と認定して、被告人を死刑に処し、原審裁判所は、被告人
からの控訴を棄却した。
 2 本件の証拠関係をみると、被害者の頭蓋骨に陥没骨折があること、被害者の
着衣に刃物によつて生じたと思われる損傷があることから、被害者は何者かによつ
て殺害されたもので、右のような頭蓋骨骨折を生じさせた鈍器による打撃、あるい
は着衣の損傷から認められる刃物による刺突によつて死亡したのではないかと考え
られるものの、Aの供述を除くと、被害者が殺害された日時、場所、犯行態様を確
定するに足りる証拠は存在しない。
 また、本件の犯人が単独であるか複数であるかを確定するに足りる客観的証拠も
なく、被告人と本件犯行とを結びつける直接証拠は、被告人から誘われて被告人と
ともに本件犯行に及んだというAの供述のみである。
 三 原判断に沿うと思われる間接的事実
 原判決は、A供述の信用性につき、右供述中には不明瞭な部分もないではなく、
弁護人の尋問に対してしばしば沈黙したりする部分も見受けられるが、それにもか
かわらず、右供述は被告人との共謀による第一の犯行に関する部分を第二の犯行と
の関係において考察すると素直に了解でき、第一の犯行を共謀するに至つた経緯、
犯行状況、犯行後の行動等に関する供述は大筋においてほぼ一貫しており、経験し
た者でないと供述しえないような事実を含み、客観的証拠との矛盾や不自然不合理
な部分もないから、十分信用できる旨判示している。
 確かに、一、二審判決の指摘する以下のような点は、A供述の信用性を補強し、
被告人がAの共犯者ではないかと推論する方向に作用するものである。
 1 被害者宅から死体発見場所までは直線距離で約五・五キロメートル、死体発
見場所から靴の発見場所までは直線距離で約一二キロメートル離れているうえ、死
体発見場所が相当の山の中であることに照らすと、本件犯行のいずれかの段階で自
動車が利用された蓋然性が極めて高いと考えられる。ところが、Aは自動車運転に
習熟しておらず、運転免許も有していないから、他の者との共同犯行と考えるのが
自然である。
 2 犯行日前後のAの行動をみると、同人は、被告人と繁く接触し、連日のよう
に被告人の運転する自動車に同乗して行動をともにしていたことが認められる。
 3 犯行に及んだとされる五月一一日夜の行動に関し、被告人は、捜査段階及び
第一審公判の当初、友人宅を訪ねていたと供述していた。ところが、右友人らが公
判廷でその点を明確に否定すると供述を変え、被告人が同夜自宅にいたという被告
人の父の証言に沿う供述をするに至つている。これに対し、Dは、同夜、ゴルフ練
習場で会つた被告人の父から、被告人が車に乗つていつたから帰りに乗せて欲しい
と頼まれ、自車に被告人の父を同乗させた旨証言しており、Dの記憶に誤りがなけ
れば、同夜被告人は父の使つていた普通乗用自動車に乗つて外出したものと考えら
れる。
 4 被告人は、Aの金借に際し、Cに対して偽名を使い、後にはAとともにC方
前まで赴きながら自分は表面に出ず、また、被害者の母親から住所を尋ねられてa
町の者であるのにh地区の者であるかのように嘘を言つているが、これらの行為は、
被告人がAの金借に関係していることを隠すためのものと解する余地がある。
 5 本件犯行の態様は、人気のない林道において小刀で刺すという点において、
第二の犯行と類似していると考えることが可能である。
 6 前記普通乗用自動車の後部座席のビニールカバーの縫い目の糸の部分から人
血が検出されている。
 7 兇器である根切りよきの形状についてのA供述は、死体の頭蓋骨骨折面から
推認される兇器の形状と矛盾しない。
以上のうち1ないし5の各点は、A供述の信用性を補強し、被告人がAの共犯者で
はないかという疑いを相当程度抱かせるものであるが、それらのみでは、いまだ被
告人と犯行とを結びつけるに足りるとは認め難い。これに対し、6の点の人血が被
害者のものであるとか、本件犯行時に付着したものであると認められるのであれば、
被告人と犯行とを結びつける決め手となりうるものであり、また、7の点を含めて、
頭蓋骨骨折の形状がAの供述する犯行態様と矛盾しないと認められるのであれば、
それはA供述の信用性を高度に保障する有力な事実であるといえる。しかしながら、
記録によると、以下に説示するように、6の点につき、右人血が本件犯行時に付着
した被害者の血と認めるには疑問を容れる余地が多分にあり、また、7の点につき、
兇器の形状と骨折の形状との間に矛盾がないとしても、Aの供述する犯行の態様と
骨折の形状から推認される犯行の態様との間には矛盾があり、それに加えて、A供
述の信用性を疑わせる幾多の疑問点が認められる。
 四 原判決の検討
 本件におけるAのように、犯行に関与しているものの、関与の程度が客観的に明
確となつていない者は、一般的に、自己の刑責を軽くしようと他の者を共犯者とし
て引き入れ、その者に犯行の主たる役割を押しつけるおそれがないとはいえないと
ころ、Aが第二の犯行の被害者であることも併せ考慮すると、同人の供述の信用性
については慎重に吟味する必要がある。また、Aの知的能力については、知能水準
が一一歳の児童程度で正常者との境界線に近い精神薄弱(軽愚)であり、前後の関
係から類推したり判断したりする能力に著しく劣り、抽象的概念は内容が甚だ貧困
であるとの精神科医師の鑑定が存在するところ、右鑑定中に、軽愚の者は一般的に
他人の言動に乗ぜられやすいとの指摘もあることから、同人の供述の信用性の判断
に際しては、その被影響性、被暗示性をも念頭に置かなければならない。以上のこ
とから直ちに同人の供述を虚偽と決めつけるべきでないことはいうまでもないが、
その供述内容の合理性、客観的事実との整合性等について、具体的に検討すること
が必要である。
 1 犯行状況に関するAの供述内容が客観的証拠と矛盾することについて
 Aは、本件犯行時の状況等につき、被告人がfに止めた普通乗用自動車の後部座
席において、Bに話しかけながら切出し小刀でいきなり同人の左脇腹を一回突き刺
したうえ、その胸倉をつかんで車外へ引きずり出し、車の後方へ逃げていつた同人
を追いかけてその腹か胸のあたりを刺したこと、その後、車の近くに戻つて来た被
告人にトランクから取り出した根切りよきを手渡したところ、被告人は倒れている
Bの傍らへ行つて同人の足元あるいは胴の横の方からよきで一回殴つたこと、Bの
近くへ行くと、同人は仰向けに大の字になつて倒れ、その前頭部から血が出ていた
ので、被告人が仰向けに倒れている同人の前頭部をよきで殴打したものと思つたこ
と、Bの死体を被告人とともに付近の谷川に投棄して橋の下に隠したこと、犯行後
被告人方工場に戻つた際、被告人がよきを洗うのを見たが、よきの峰の角はつぶれ
て丸くなり、赤い血のようなものが付いていたことなどを供述している。ところが、
右供述は、以下のように、犯行状況の主要な点において、客観的証拠と矛盾し、あ
るいはそぐわないものである。
 (一)頭蓋骨の骨折について
 被害者の頭蓋骨には、前頭骨右側に、長径が約二・五センチメートルのほぼ楕円
形の輪郭を有し、最深部の深さが約〇・七センチメートルのテント状に陥没した骨
折があるほか、右頭頂骨に、長径約一・五センチメートル、幅約一・一センチメー
トル、最深部の深さ約〇・一センチメートルの浅い盆地状の骨折がある。
 鑑定人E作成の鑑定書によれば、前頭骨右側の陥没骨折に、最も陥没している部
分から後端(頭頂部寄り)までの長さ一・三センチメートルの線状の陥凹があるこ
とから、成傷器具はそれ以上の長さの鈍稜を持つものと考えられるところ、Aが本
件犯行に使われた兇器に似ているという根切りよきの峰部にはそのような鈍稜があ
るので、右骨折を生ずる可能性があるとされている。原判決は、この点を根拠とし
て、Aの供述するよきの形状と骨折面から推認される兇器の形状との間に矛盾はな
いとしている。
 しかし、他方、右鑑定書及びE鑑定人の証言によると、右骨折は成傷器具が右部
位に対し右前上方から左後下方に向かつて作用したものと考えられ、よきの峰が成
傷器具であるとすれば、峰の遠位縁(先端の方)が最も陥没している部分に、近位
縁(手元の方)が陥没骨折の後端に当たるように殴打したものと考えられるという。
ところが、Aの供述によれば、被告人は仰向けに倒れている被害者の足元又は胴の
横の方から頭部めがけてよきを振り下ろしたことになるから、被害者の顔の向き、
首の屈曲の程度によつて多少の差異が生ずるとはいえ、よきは右骨折の部位に対し
後上方から前下方に向かつて作用することになるほか、峰の遠位緑が最も陥没して
いる部分に当たる場合には近位縁は後端ではなく前端(顔面寄り)に当たることに
なつて、右骨折のような形状のものは生じないことになる。このように、前頭骨右
側の陥没骨折は、仰向けに倒れている被害者の足元又は胴の横の方からではなく、
逆に頭の方から殴打しないと形成されないものと考えられるから、Aの供述する被
告人の犯行態様と右骨折とは、打撃の方向において矛盾することになる。
 また、本件犯行に使われた兇器と形状が似ているとAがいう根切りよきの重量は、
約一・六キログラムであるところ、E鑑定人は、打撃の強弱や峰の当たり具合によ
つては右陥没骨折程度の骨折の形成される可能性があると証言している。しかし、
同鑑定人は、また、そのような重量のある鈍器で強く殴打した場合にはより激しい
骨折が生ずるのが普通であるとも証言しているほか、F作成の頭蓋骨骨折の成因に
関する意見書も、重さ一・六キログラムのハンマーで実験したところ、真上まで振
り上げたハンマーに力を加えずに落とした場合(初速度が零の場合)は亀裂骨折が
生ずる程度であるが、殴打する際の初速度が大きければより高度の骨折になるとし
ている。Aの供述によれば、被告人は、被害者の脇腹等を小刀で少なくとも三回刺
し、被害者が転倒したのち、Aからよきを受け取り、倒れている被害者の頭部をよ
きで一回殴打したというのであるが、そのような経緯に照らすと、被告人はいわゆ
る止めを刺そうとして殴打したと考えるのが自然なように思われるから、一回だけ
の殴打に止めながら力を加減したというのは、あまりにも不自然である。よきで強
く殴打すればより激しい骨折が生ずるというのであるから、Aの供述する被告人の
犯行態様と右骨折とは、その程度においてもそぐわないものといわなければならな
い。
 以上のように、Aの供述する犯行態様は、前頭骨右側の陥没骨折の形状と矛盾し、
あるいはそぐわないものであるから、その点についての検討をしないまま、Aの供
述するよきの形状が骨折面かち推認される兇器の形状と矛盾しないという点のみを
重視するのは相当でない。
 (二) 被害者の着衣の損傷について
 鑑定人Gの鑑定書によれば、被害者の着衣(背広上衣、長袖シヤツ、メリヤスシ
ヤツ)には、刃物によつて生じたと一応疑われる損傷が一一か所あり、そのうち少
なくとも左鎖骨部、左乳内側、左肩外側の三か所については、刃幅約ニセンチメー
トル、峰幅〇・三ないし〇・四センチメートルの片刃の刃健よつて、着衣が損傷さ
れたにとどまらず身体まで刺されたものと認められる。
 Aは、自動車の助手席に座つて振り向き、後部座席の方を見ていると、被告人が
後部座席に乗り込んでBの左横に座り、同人に話しかけながら、いきなり右手に持
つた小刀で同人の左脇腹を突き刺した旨供述している。しかし、被害者の下着であ
るメリヤスシヤツの左脇腹部分には、刃物によると思われる損傷がない。右部位に
近い損傷は左腰(背部)と左乳内側のものであるが、左腰の損傷は刃物によつて生
じたものか必ずしも明確でないうえ、右各損傷は、刺突時に被害者の着衣が動く可
能性のあることを考慮に入れても、被害者に話しかけながらその左横から右手に持
つた小刀で刺したという犯行態様と符合するとはいい難い。したがつて、この点に
おいても、Aの供述は客観的証拠と符合しないものといわなければならない。
 原判決は、この点につき、A供述にいう被告人による被害者の刺突部位と被害者
の着衣の損傷箇所とは明確に一致しないが、A供述はうつすらと見えた犯行状況を
説明するにすぎないから、特に矛盾があるとまではいえないと判示している。しか
し、Aは、第一審の公判廷において、被告人が右横腹からナイフを取り出してBの
左脇腹を刺したと供述し(第八回公判)、その後も、弁護人の質問に対し、刺した
場所は左脇腹であり、ズボンのベルトから上の方か下の方かは覚えていないものの、
脇腹を刺したことに間違いないとか(第一〇回公判)、被告人が刺したのはBの横
腹であり、A自身が第二の犯行で横腹を刺されたためにBも横腹を刺されたものと
想像しているわけではないと(第一九回公判)明確に答えているのであるから、原
判決のように、A供述がうつすらと見えた犯行状況を説明するにすぎないものと解
するのは相当でない。
 (三) 死体隠匿状況について
 Aの供述によれば、同人と被告人は、Bの死体を抱えて付近の谷川の橋の上から
落としたのち、川の中に入り、被告人が死体を橋の下に引きずり込み、Aがいくつ
かの石を手渡すと、被告人がそれらを死体の周囲に置き、木株で覆つたという。し
かし、犯行当日の月齢が二七・三日であつたことに照らすと、犯行時刻ころに月は
出ておらず、付近は星明かりのみの暗さであつたと考えられるところ、第一審裁判
所の検証の結果によれば、Aの供述するように犯行現場に停車させた自動車のルー
ムランプを点灯しても、死体遺棄の現場である橋の下は流水面部も内部の状況も暗
くて認識できないような暗闇だというのであるから、Aの供述するような行動がで
きたか疑わしく、少なくとも同人が被告人の行動を確認できたとはとても考えられ
ない。
 このように、Aは、死体隠匿状況というような犯行の主要な部分について、自分
の体験しないことをあたかも体験したかのように供述している疑いがあるから、同
人の供述中の他の部分にも同じような供述が含まれているのではないかとの疑いを
払拭できないものといわなければならない。
 2 Aの供述の裏付けとなるべき客観的証拠がないことについて
 Aの供述は、以下のように、それが真実であればその裏付けが得られてしかるべ
きと思われる事項に関し、客観的裏付けが欠けてる。
 (一)切出し小刀、根切りよき、スコツプについて
 Aの供述によれば、被告人は、兇器として使用した切出し小刀と根切りよきのほ
か、死体を埋めるためのスコツプも準備し、犯行後、よきに付いた血を洗い流し、
スコツプとともに被告人方工場に戻したという。ところが、捜査官が右工場のほか、
被告人の自宅、被告人の家族がかつて住んでいた家などを綿密に捜査したにもかか
わらず、犯行に使われた小刀、よき、スコツプはどこからも発見されていない。確
かに、原判決が指摘するように、被告人が身柄を拘束された五月一四日夜までの間
に右小刀等を隠匿した可能性は否定できないが、血が付いた小刀とよきはともかく
として、結局は犯行に利用しなかつたスコツプまで隠匿するのが自然と考えられる
かは異論の余地もあるところ、そのころ被告人方でスコツプがなくなつたという証
跡はない。
 また、それらの小刀、よき、スコツプが本件犯行前に被告人の手近なところにあ
つたとする明らかな証拠もない。
 (二) 自動車内の血痕について
 A供述によると、Bの血が自動車の後部座席上に敷かれていたビニール製のシー
トマツトの中央から左側にかけて数か所にわたつて点々と付いていたため、被告人
が犯行後濡れた布切れで拭いたという。しかし、右シートマツトの表面は、ループ
状のビニールの突起に覆われており、濡れた布切れで拭いた程度で数か所に付いた
血を完全に拭き取れるとは考え難いにもかかわらず、右マツトからは血液反応が認
められていない。ところで、右自動車の後部座席のビニールカバーの縫い目の糸の
部分二か所にルミノール化学発光試験とロイコマラカイトグリーン試験の陽性反応
が認められ、そのうち右端から約三一・五センチメートルの一か所からは人血が検
出されている。右人血が被害者のものであるとか、本件犯行時に付着したものであ
ることが認められるのであれば、これだけでも被告人と犯行とを結びつける決め手
となりうるものである。しかし、右血痕は、微量のため血液型まで判定することは
できず、付着した日時も判明していないところ、右人血が検出された場所は、後部
座席右側に座つた人の膝の裏側が当たる付近であり、Aが供述する血の付いていた
場所とは全く異なつている。
 原判決は、被告人が濡れた布切れで拭き取つた際に移り付いたことも十分にあり
うるとするが、拭き取りにくいと思われるシートマツトのループ状の突起からも、
移り付くとすればその可能性が高いと思われる同マツトの縁の飾りの部分からも血
液反応が認められていないこと、ビニールカバーの縫い目の糸の部分は、後部座席
と大きさがほぼ同じ右シートマツトで覆われていた可能性も否定し難いことなどを
考慮すると、同マツト上に付いた血は完全に拭き取られ、その血が同マツトの縁の
飾りの部分に移り付くことなしに、ビニールカバーの縫い目の糸の部分に移り付い
たという蓋然性はかなり低いものといわなければならない。
 以上のように、自動車のビニールカバーの縫い目の糸の部分から検出された人血
が本件犯行時に付着したと認めるには、疑問を容れる余地が多分にある。
 3 Aの知的能力に障害があることと同人の供述の信用性について
 Aの供述には、同人の知的能力に障害があることに起因すると思われる以下のよ
うな問題点がある。
 Aは、前記のように、死体隠匿状況というような犯行の主要な部分について、自
分の体験しないことをあたかも体験したかのように供述している疑いがあるほか、
A自身、想像を交えて供述したと認めている部分もある。すなわち、Aは、第一審
の公判廷において、殺害の犯行現場で被告人が被害者を刺し、殴打するのを見てい
た状況につき、被告人がBを刺しているような格好が見えた(第一〇回公判)、被
告人は仰向けに倒れているBの左横からよきを両手で持つて殴つた(同)などとし
て、被告人の行為を明確に目撃していたかのように供述する一方、人が立つている
か、かがんでいるか、寝転んでいるかはつきり分からない状態だつた(第一九回公
判)、実況見分の際は、大体そんなではなかつたかと想像して犯行状況を再現した
(同)などとして、前後の状況から被告人の行為を想像したことを認めている。A
供述の他の部分にも、このように想像を交えた供述が含まれている疑いがある。
 また、Aの第一審における供述には、被告人との共謀の日時とその内容につき、
著しい変遷、動揺がある。すなわち、共謀の日時につき、五月七日夜であつたとい
う供述が大体維持されているものの、尋問のされ方によつては、八日、九日、一一
日とも供述している(第一八回公判)。また、Cを殺害しようと被告人が持ちかけ
た日時につき、B殺害の話と同じ機会に出たとする供述が概ね維持されているとは
いえ(第八回、九回、一八回公判)、五月一一日の昼に小切手を換金しての帰途だ
つたとか(第九回、一〇回、三〇回公判)、七日だつたか一一日だつたか記憶がな
いとも供述し(第一八回公判)、大きく動揺している。さらに、犯行の場所につき、
iの方でやるという話が五月七日夜にあつたと供述する一方(第八回公判)、どこ
でやるというような話は全然出なかつたという供述もある(同)。このような供述
の変遷、動揺は、現実に体験していないことを想像に基づいて供述しているために
生じたのではないかと疑う余地がある。
 Aの前記のような知的能力の障害を考慮すると、それらの想像が取調官の質問内
容等によつて影響された可能性を否定し難いものと思われる。
 4 その他Aの供述内容に不自然、不合理な点が存在することについて
 (一)Aの供述には、以上のほか、不自然、不合理で、常識上にわかに首肯し難
い点が認められる。
 すなわち、A供述によれば、共謀の時期につき、被告人は、Bが保証人になるこ
とを承諾した五月七日の夜、Bを殺害し、Cも殺してしまおうとAに持ちかけたと
いう。確かに、そのころまでに、CがAに対し、Aの父親の手形と保証人の印鑑証
明書があれば三〇万円を貸してもよいと話していたことは認められるものの、被害
者が印鑑登録を申請して印鑑証明書の交付を受け、それをAに手渡したのは翌八日
のことであり、Aが父親の約束手形用紙を探し出したのはAの両親が留守にした同
月一〇日のことであつて、七日夜の時点では印鑑証明書も手形用紙もいまだに入手
していない。金借のためのこれらの条件を充たすことが確実となつていない時点で、
被告人がAに保証人のBと貸主のCの殺害の話を持ちかけたというのは、不自然と
いわなければならない。
 また、A供述によると、本件犯行当夜、Bを福井の方に遊びに行こうと誘つて車
に乗せたのち、被告人が「iの家(被告人の家族がかつて住んでいた空家)に寄つ
ていくから」と言つて福井とは別方向に走行し、iまで来ると「別に寄らんでもい
いから」と言つて通り過ぎ、fの近くまで来たときに「大便をしたいから山道に入
る」と言つて真つ暗な林道を数百メートル入つたが、その間、Bが不審を抱いた様
子はなかつたという。しかし、第一審裁判所の検証の結果によると、iの方から同
林道に入るには鋭角に左折するため、道路左側を通つてきたときは三回以上、道路
右側を通つてきたときでも少なくとも一回、車を切り返さなければ進入できないの
であり、被告人らが被害者の関心を他に向けるために工夫したような形跡もないの
に、大便をするだけのために、夜、町はずれの道から真つ暗で狭い林道に入つて数
百メートルも進みながら、以前タクシーの運転手をしていて地理にも詳しかつたと
思われる被害者がその間何ら不審を抱かなかつたというのは、あまりにも不可解で
ある。
 (二) さらに、A供述には、被告人がAとの間で、被告人が小刀で刺し、Aが
よきで殴打するという使用兇器の分担の話をしながら、二人が攻撃を加える場所、
時機、方法等については全く打ち合わせをしなかつたという点、被害者が被告人か
ら攻撃を受けながら全く抵抗しなかつたという点、死体を隠匿した後に被害者の靴
を見つけながら、その場でこれを投棄することなく持ち帰つたという点など不自然
と思われるものがある。その個々の点を切り離して考察すると、それぞれ一応の説
明を加えることも不可能ではないが、不自然、不合理と考えられる前記のような点
と併せて全体的にみると、やはり信用性に影響を与えることは否定できない。
 五 結論
 以上のとおり、本件第一の犯行においては、被告人犯行とを結びつける唯一の直
接証拠であるA供述の信用性について幾多の疑問がある。したがつて、これらの疑
問点を解明することなく、一、二審において取り調べられた証拠のみによつて同犯
行につき被告人を有罪と認めることは許されないというべきであつて、原審が、そ
の説示するような理由で右犯行に関するAの供述に信用性があるものと認め、本件
第一の犯行につき被告人を有罪とした判断は、支持し難いものといわなければなら
ない。そうすると、原判決には、いまだ審理を尽くさず、証拠の価値判断を誤り、
ひいては重大な事実誤認をした疑いが顕著であつて、これが判決に影響を及ぼすこ
とは明らかであり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
 なお、本件第一の犯行は第二の犯行と併合罪の関係にあるとして起訴されたもの
であり、本件のみを分離することはできないから、原判決を全部破棄することとす
る。
 よつて、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、同法四一三条本文に
従い、更に審理を尽くさせるため、本件を原審である名古屋高等裁判所に差し戻す
こととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官佐藤道夫、荒川洋二 公判出席
  平成元年六月二二日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    大   内   恒   夫
            裁判官    角   田   禮 次 郎
            裁判官    佐   藤   哲   郎
            裁判官    四 ツ 谷       巖

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