弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件抗告を棄却する。
     抗告費用は抗告人の負担とする。
         理    由
 本件抗告の理由は別紙記載のとおりであり、これに対して当裁判所は次のように
判断する。
 憲法八二条は「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」旨規定する。そ
して如何なる事項を公開の法廷における対審及び判決によつて裁判すべきかについ
て、憲法は何ら規定を設けていない。しかし、法律上の実体的権利義務自体につき
争があり、これを確定するには、公開の法廷における対審及び判決によるべきもの
と解する。けだし、法律上の実体的権利義務自体を確定することが固有の司法権の
主たる作用であり、かかる争訟を非訟事件手続または審判事件手続により、決定の
形式を以て裁判することは、前記憲法の規定を回避することになり、立法を以てし
ても許されざるところであると解すべきであるからである。
 家事審判法九条一項乙類は、夫婦の同居その他夫婦間の協力扶助に関する事件を
婚姻費用の分担、財産分与、扶養、遺産分割等の事件と共に、審判事項として審判
手続により審判の形式を以て裁判すべき旨規定している。その趣旨とするところは、
夫婦同居の義務その他前記の親族法、相続法上の権利義務は、多分に倫理的、道義
的な要素を含む身分関係のものであるから、一般訴訟事件の如く当事者の対立抗争
の形式による弁論主義によることを避け、先ず当事者の協議により解決せしめるた
め調停を試み、調停不成立の場合に審判手続に移し、非公開にて審理を進め、職権
を以て事実の探知及び必要な証拠調を行わしめるなど、訴訟事件に比し簡易迅速に
処理せしめることとし、更に決定の一種である審判の形式により裁判せしめること
が、かかる身分関係の事件の処理としてふさわしいと考えたものであると解する。
しかし、前記同居義務等は多分に倫理的、道義的な要素を含むとはいえ、法律上の
実体的権利義務であることは否定できないところであるから、かかる権利義務自体
を終局的に確定するには公開の法廷における対審及び判決によつて為すべきものと
解せられる(旧人事訴訟手続法〔家事審判法施行法による改正前のもの〕一条一項
参照)。従つて前記の審判は夫婦同居の義務等の実体的権利義務自体を確定する趣
旨のものではなく、これら実体的権利義務の存することを前提として、例えば夫婦
の同居についていえば、その同居の時期、場所、態様等について具体的内容を定め
る処分であり、また必要に応じてこれに基づき給付を命ずる処分であると解するの
が相当である。けだし、民法は同居の時期、場所、態様について一定の基準を規定
していないのであるから、家庭裁判所が後見的立場から、合目的の見地に立つて、
裁量権を行使してその具体的内容を形成することが必要であり、かかる裁判こそは、
本質的に非訟事件の裁判であつて、公開の法廷における対審及び判決によつて為す
ことを要しないものであるからである。すなわち、家事審判法による審判は形成的
効力を有し、また、これに基づき給付を命じた場合には、執行力ある債務名義と同
一の効力を有するものであることは同法一五条の明定するところであるが、同法二
五条三項の調停に代わる審判が確定した場合には、これに確定判決と同一の効力を
認めているところより考察するときは、その他の審判については確定判決と同一の
効力を認めない立法の趣旨と解せられる。然りとすれば、審判確定後は、審判の形
成的効力については争いえないところであるが、その前提たる同居義務等自体につ
いては公開の法廷における対審及び判決を求める途が閉ざされているわけではない。
従つて、同法の審判に関する規定は何ら憲法八二条、三二条に牴触するものとはい
い難く、また、これに従つて為した原決定にも違憲の廉はない。それ故、違憲を主
張する論旨は理由がなく、その余の論旨は原決定の違憲を主張するものではないか
ら、特別抗告の理由にあたらない。
 よつて民訴法八九条を適用し、主文のとおり決定する。
 この裁判は、裁判官横田喜三郎、同入江俊郎、同奥野健一の補足意見、裁判官山
田作之助、同横田正俊、同草鹿浅之介、同柏原語六、同田中二郎、同松田二郎、同
岩田誠の意見があるほか、裁判官全員の一致した意見によるものである。
 裁判官横田喜三郎、同入江俊郎、同奥野健一の補足意見は次のとおりである。
 旧民法(昭和二二年法律二二二号による改正前の民法)上の夫婦の同居を目的と
する訴は旧人事訴訟手続法(家事審判法施行法による改正前のもの)一条一項によ
り、人事訴訟事件として地方裁判所に訴を提起すべく、裁判所は対審(口頭弁論)、
公開の手続により、判決の形で裁判をなすべきものとされていた。現行民法七五二
条の夫婦の同居の義務も旧民法のそれと本質的に異るものではない。即ち、夫婦の
同居の義務は多分に倫理的、道義的な要素を含むとはいえ、法律上の実体的義務で
あつて、これが存否につき争があり、これを終局的に確定するには公開の法廷にお
ける対審及び判決によつて裁判すべきものである。とくに現行憲法は、個人の尊重
とその権利の保障を一つの根本精神とし、そのために、何人も裁判を受ける権利を
奪われないこと(三二条)、すべて司法権は司法裁判所に属し、特別裁判所の設置
を許さないこと(七六条)、裁判の対審と判決は公開法廷で行なうこと(八二条)
を定めている。さらに、この精神にそつて、現行の訴訟法は対審公開の原則の下に、
当事者が攻撃防禦を尽くし、厳格な証拠調を経た上で判決することとしている。こ
れによつてはじめて真実が発見され、個人の権利が真に適正に保障されるからにほ
かならない。したがつて、いやしくも法律上の実体的権利義務の存否について争い
があれば、これを終局的に確定するには、司法裁判所において公開の法廷で対審の
下に厳格な証拠調を経た上で判決することを要するのであり、そうでなければ、現
行憲法の根本精神を無にするものといわなければならない。
 然るところ、家事審判法九条一項乙類は、夫婦の同居その他夫婦間の協力扶助に
関する事件を審判事項として非訟事件手続法に準ずる手続により非公開の手続で審
理し、決定の形式を以て裁判すべきものと規定している。しかし、同条項にいう「
夫婦の同居に関する処分」とは、夫婦の同居義務の存否を終局的に確定する趣旨の
ものではなく、夫婦の同居義務の存することを前提として、その同居の具体的な態
様、場所、時期等に関する処分であると解すべきである。けだし、民法は同居の具
体的な態様、場所、時期等について一定の基準を規定していないのであるから、家
庭裁判所がこれらの点について、裁量権により具体的にこれを形成する必要があり、
かかる裁判は本質的に非訟事件の裁判であつて、公開の法廷における対審及び判決
によることを要しないものであるからである。即ち、家事審判による処分には形成
力は生じるが、その前提要件についての既判力はないと解する。この関係は、仮処
分を命ずるには、一応本案の請求権の存することを前提として、仮処分の裁判をな
すのであるが、その裁判が確定してもその基礎である請求権の存在は、本案の訴訟
で確定されるものであるのと類似していると考える。若しこれに反し家事審判にお
いて、かかる形成的な処分の外に、基本たる同居の義務の存否までも終局的に確定
するものとすれば、国民の裁判を受ける権利の剥奪となり憲法三二条、八二条に違
反するものと言わざるを得ない。けだし、訴訟事件とするか非訟事件とするかは、
単なる立法上の便宜の問題ではなく、実体的権利義務の存否の確定は飽くまで訴訟
手続によるべきもので、これを回避するため非訟事件手続とすることは、前記憲法
の規定上許されないところであるからである。(戦時民事特別法を想起すべきであ
る。昭和三五年七月六日当裁判所大法廷決定(昭和二六年(ク)第一〇九号、民集
第一四巻第九号一六五七頁)は戦時民事特別法一九条二項に関して、「若し性質上
純然たる訴訟事件につき、当事者の意思いかんに拘らず終局的に、事実を確定し当
事者の主張する権利義務の存否を確定するような裁判が、憲法所定の例外の場合を
除き、公開の法廷における対審及び判決によつてなされないとするならば、それは
憲法八二条に違反すると共に、同三二条が基本的人権として裁判請求権を認めた趣
旨をも没却するものといわねばならない。」と判示している。)
 これを要するに、夫婦の一方が故なく同居しない、又は同居させない場合に、他
の一方から同居すべきこと又は同居させるべきことを求める争訟においては、同居
義務の存否を確認し、義務ありとすればこれが履行を命ずる裁判をなすべきであつ
て、その性質は、純然たる訴訟事件であり、固より形成訴訟ではない。従つて、か
かる請求権の存否を確定するには公開の手続による対審、判決によつて裁判すべき
ものであつて、このことは人事訴訟手続法一条一項から夫婦の同居を目的とする訴
が削除された現在でも、なお一般民事訴訟として訴を提起し得るものと解すべきで
ある。従つて、「夫婦でないから同居の義務がない」とか、「夫婦であるが、同居
請求が権利濫用であるから、これに応ずる義務がない」とかといつたような夫婦関
係の存否又は同居請求が権利濫用であるか否か等について争がある場合に、その争
を単なる非訟事件手続により審理し、決定で終局的に裁判することは許されないも
のというべきである。このことは、遺産分割の審判が、相続権自体の有無に対し、
既判力を有しないのと同様である。若し、家庭裁判所が同居義務なしとして申立を
却下し、その審判が確定した場合に、これがため夫婦同居義務不存在が単なる非訟
事件手続による決定により、終局的に確定されるものとすれば、前示大法廷判例の
趣旨に反し、正に前記憲法の規定に反するものといわざるを得ないであろう。
 叙上の理由により、家事審判法九条一項乙類の規定は憲法八二条、三二条に違反
するものではなく、これに従つてした原決定も違憲ではない。
 裁判官山田作之助の意見は次のとおりである。
 一 多数意見ならびに横田(喜)、入江、奥野裁判官の補足意見によれば、憲法
八二条が「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」と規定した趣旨は、法
律上の実体的権利義務自体につき争いがあり、これを確定するには、公開法廷にお
ける対審及び判決によるべきであると解すべきであつて、夫婦の同居に関する争い
においても、同居の権利義務自体につきこれを確定するには、公開裁判によるべき
であるところ、本件家庭裁判所の為したる「相手方(夫)はその住居で申立人(妻)
と同居しなければならない」とした審判は単に「夫の住所で同居しなければならな
い」とする同居の時期、場所についてのみ形成的効力を生ずるにとどまり、その前
提である同居の義務ありや否やの点につき、当事者に不服があれば、更に通常裁判
所に出訴し得るというのである。
  しかし、家庭裁判所がする審判が、しかく不徹底な軽いものであると解すべき
であろうか。本件事案についてみるに、相手方たる夫は、妻と同居する義務なきこ
とを主張して争つてきたのに対し、家庭裁判所は「妻と同居すること」との審判を
与えているのであつて、これ正しく、妻に同居請求権あることを認めた審判である
と解せざるを得ない。多数意見に従えば、本件当事者の一方は同居の義務ありや否
やの点について争いがあるとして更に通常裁判所に出訴することができるというの
であるが、かかる解釈をすることは一般世人をして首肯させることが出来ないばか
りでなく、家事紛争の処理を司る家庭裁判所のなす審判の権威と機能を全く阻害す
るものといわなくてはならない。
 二 いうまでもなく、憲法八二条が「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを
行ふ」と規定する所以のものは、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪
はれない」とする憲法三二条の規定と表裏相待ち、憲法が国民に保障している基本
的人権ならびに自由の最後の保障は、結局裁判所における公正な裁判によつてなさ
れるものであり、その裁判が公正に行われるためには、裁判を公開の法廷における
対審手続により行うことによつてこれを国民の直接の監視の下におくことが肝要で
ある、というにほかならない。
 しかして、この裁判の対審公開の原則は、その沿革よりすれば、もと刑事事件に
ついて採用され、数世紀にわたる人々の経験から、対審公開の手続によつてはじめ
て裁判の公正が保たれ人権の窮極の保護が全うせられるとの経験より得られた経験
主義的原理であり、近代国家にあつては、あまねく、憲法的要請として採用される
に至つたものである。
 三 しかし、今日においては人の知るとおり、裁判の公正に行われることの保障
については、(1)裁判官の独立(2)裁判官の身分の保障(3)特別裁判所の禁
止(4)行政機関による終審的裁判の禁止等の諸原則が、憲法上採用されているの
であつて、裁判の対審公開の原則のみが、その唯一の保障ではなくなつたのである。
 しかのみならず、近代社会の複雑化と進展に伴い、裁判の対象である権利義務の
内容本質の如何によつては、衆人環視の下に公開の法廷における対審手続によつて
裁判されることが、当事者のプライバシーを公開するような結果を生じ、また、公
開の法廷では容易に真実が述べられないおそれがある等却つてその当事者たる国民
の人権を尊重しない結果となる例外的場合も生じてきていることも事実であつて、
各国憲法を比較する観点よりすれば、裁判の対審公開の原則は幾分緩和されつつあ
るのである。
 四 しかして、わが憲法八二条も、全部の裁判を必ず公開裁判で行うべしとは規
定していない。同条第二項が、(1)政治犯罪(2)出版に関する犯罪(3)国民
の基本的権利が問題となつている事件については常に対審公開の裁判によるべしと
定めている点に鑑みれば、その他の事件については、原則として対審公開の裁判で
なされることが要請されているのではあるが、例外を絶対認めない趣旨と解すべき
ではない。
 五 然らば、如何なる場合に例外を認め得るやというに、もともと裁判の対審公
開の原則は既に詳述した如く対審公開の手続によつてはじめて裁判が公正に行われ
ることを期待し、因つてその関係者の権利を擁護せんとするものであるから、若し
その争われる権利義務の本質上、公開の法廷における対審手続によつて裁判される
ことにより却つてその人の権利の擁護にならないと認められる場合には、必ずしも
裁判公開の原則を固執する要なきものと解するを相当とする。
 六 本件の如く家事審判法が家庭裁判所の審判事件として非公開の審判手続によ
り審判すべきものと定めている夫婦間の同居に関する争いは、その内容たる権利義
務自体の本質よりして正に裁判の対審公開の原則に親しまない例外の事例に該当す
るものと解するのを相当とする。けだし家族団体員相互の間の諸権利義務、就中夫
婦同居請求を認容するか否かについては、夫婦間の微妙なる関係のほか、家族間の
信頼関係等に影響される処多く、その内容も多岐多様にして、これを具体的に確定
するにも、社会的、倫理的、経済的見地に立つて、国家が後見的隠密裡に介入すべ
きもの多く、裁判官の裁量に基づきこれを定める必要も多々あるのであり、国民一
般も亦公開対審の場でこれが争いを決することを必ずしも好んではいないのが実情
であるから、斯る権利義務(所謂家団における団体的権利義務)に関する裁判を、
家庭裁判所の審判事件として非公開対審でなすこととすることは、この権利の本質
からする当然の帰結であつて、毫も憲法八二条に違反するものというを得ない。そ
して、如何なる権利義務関係が、憲法八二条の対審公開の裁判に親しまないもので
あるかは、具体的法律関係につき、まず、立法問題として処遇さるべく、しかも、
その立法につき、その権利の本質が争われたときは最高裁判所の最終判決によつて
解決さるべきものと解すべきである。
 叙上のとおり、夫婦同居請求は非訟事件手続法を準用する非公開の審判手続によ
るべき旨定める家事審判法の規定は合憲であり、従つて本件審判を是認した原決定
が違憲でないことは、多数意見とその結論を同じくするけれども、その理由を異に
するものであり、また、夫婦同居の権利義務自体について更に訴訟を以て争いうる
旨の多数意見には、にわかに賛同し難い。
 裁判官田中二郎の意見は次のとおりである。
 私の意見は、本件抗告はこれを棄却すべきものとする結論において多数意見と同
じであるが、その理由を異にする。多数意見によれば、憲法八二条に「裁判の対審
及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」と規定した趣旨は、法律上の実体的権利義務
自体につき争がある場合において、これを確定するには、公開の法廷における対審
及び判決によるべきものと解すべきであつて、夫婦の同居義務に関する争であつて
も、同居義務自体は法律上の実体的権利義務であることは否定できないところであ
るから、かかる権利義務自体を終局的に確定するには公開の法廷における対審及び
判決によつてなすべきものである、という。かような見地に立つて、多数意見は、
本件家庭裁判所のなした審判は、夫婦同居の義務等の実体的権利義務自体を確定す
る趣旨のものではなく、これらの実体的権利義務の存することを前提として、その
同居の時期・場所・態様等について具体的内容を定める処分であつて、審判確定後
は、審判の形成的効力については争いえないところであるが、その前提たる同居義
務等自体については公開の法廷における対審及び判決を求める途が閉ざされている
わけではないから、家事審判法の審判に関する規定は、何ら憲法八二条、三二条に
牴触するものではない、というのである。
 これに対し、私は、夫婦の同居義務に関する民法の規定の改正並びに家事審判制
度創設の経緯及びその趣旨に鑑み、夫婦関係の存続を前提とする家事審判法による
夫婦の同居に関する審判そのものについては―離婚又は婚姻無効を理由とする同居
義務の不存在を主張する場合を別として―公開の法廷における対審及び判決を求め
る途は閉ざされているものと解すべきであつて、このような制度の建前をとつたか
らといつて、そのこと自体が決して憲法八二条及び三二条に違反するものではない
と考えるのである。その理由は、次のとおりである。
 一 夫婦が一般的抽象的に同居義務を有することは、民法七五二条の明定すると
ころであつて、夫婦関係の存続を前提とする限り、夫婦の同居義務等自体について
は、あえて訴訟により、裁判所の確定をまつまでもない。問題になるのは、この同
居義務の存在を前提として、個々の事案に即し、その同居の場所・時期・態様等に
ついて、その具体的内容はどのようであるべきかの点である。ところが、これらの
点については、民法には何らの基準を定めておらず、他にその基準を定めた規定も
ない。それは、一定の基準を設け、これによつて画一的な解決方法を講ずることが、
事柄の性質上、必ずしも適当とはいえないからである。家事審判法がこれらの事件
を家事審判事項としているのは、このような事件の特殊性―夫婦共同生活体の内部
の倫理的・道義的な要素を多分にもつた、従つてまたプライバシーを尊重確保する
必要性が大きいといつた特殊性―に鑑み、家庭裁判所が、後見的立場から、合目的
的見地に立ち、その裁量権を行使して具体的事案に即した妥当な解決を図るように
するためにほかならない。従つて、かような家事審判法による夫婦同居義務に関す
る審判は、一種の形成処分の性質を有するものであつて、現行法全体の建前は、こ
の種の問題の終局的解決を家庭裁判所の形成的作用に期待しているものと解すべき
である。
 ところで、多数意見は、右審判が右のような性質を有することを認めながら、そ
れとは別に、夫婦同居義務自体に関する紛争があり得るものとし、それは法律上の
実体的権利義務に関する紛争であるから、憲法上、通常訴訟の途が閉ざされていて
はならないというのである。しかし、いつたい、多数意見のいうように、夫婦関係
の存続を前提としつつ、夫婦同居義務自体等に関する紛争と夫婦同居義務の具体的
内容、すなわち、その場所・時期・態様等に関する紛争とを切り離し、これを別個
のものとして明確に区別して考えることができるであろうか。横田(喜)、入江、
奥野各裁判官の補足意見は、「夫婦でないから同居の義務がない」とか、「夫婦で
あるが、同居請求が権利濫用であるから、これに応ずる義務がない」というような
場合を「同居義務自体」、の例としてあげ、このような場合には、当然、通常訴訟
の途が開かれていなければならないとするようである。ところで、右の引例のうち、
「夫婦でないから同居義務がない」というのは、夫婦関係の存続を前提とするもの
ではなく、離婚・婚姻無効を主張する等夫婦関係の存在そのものを争うか、その不
存在を前提として、同居義務の不存在を主張するものであつて、それが通常訴訟の
対象となることは、私も決して否定するわけではない。夫婦関係の不存在を主張し
て争う場合に、それが通常訴訟の対象となることはもちろんであり、その主張が肯
認されれば、同居義務が否定されることは当然である。次に他の一つの例として引
用される「夫婦であるが、同居請求が権利濫用であるから、これに応ずる義務がな
い」というのは、夫婦同居義務の存在を前提としつつ、同居請求をする場合である
から、前の例とは全く事情を異にする。この事例の同居請求は、その実質は、同居
義務履行の具体的態様に関するものと解すべきであつて、同居請求に理由があるか
どうかは、正に審判によつて最終的に決定すべきであると考える。結果的に、例え
ば精神病者である夫婦の一方からの同居請求のような場合に、具体的な事態のもと
では、その請求は権利濫用であるとして、相手方に対し、抽象的同居義務はあるが、
具体的同居義務(同居の態様)がない、という決定を下すことはあり得るであろう
が、それは、同居義務の存在そのものを前提としながら、具体的事案に即しての同
居義務履行の一態様として、例えば病気療養中、一時的に同居する必要がないとい
う裁量的形成処分にほかならないのである。従つて請求者の精神病が治癒した暁に
は、相手方の本来の同居義務が回復することは当然である。そもそも、夫婦関係の
存続を前提としながら、終局的に同居義務の不存在の確認を訴訟によつて求めるが
ごときは、民法の予定しないところであり、そのような通常訴訟を認めるべき合理
的根拠は見出しがたいように思う。
 二 そもそも、一般の民事事件の裁判は、当事者間に権利義務に関する具体的な
紛争のある場合に、一般的抽象的に定められた法規―慣習法等を否定する趣旨では
ない―を具体的事件に適用し、何が正しい法であるかを宣言する作用(Recht
―sprechung)であり、このような裁判について、憲法は、公開の原則及
び対審構造を保障しているのである。ところが、夫婦同居義務の具体的内容に関す
る紛争については、さきに述べたように、適用すべき法の一般的基準の定めがある
わけではなく、もつぱら家庭裁判所の形成的作用に委ね、その後見的立場における
広範かつ自由な裁量によつて、具体的に衡平・妥当な解決をもたらすことを期して
いるわけである。従つて家庭裁判所の行なう審判は、合目的性ないし具体的衡平を
理念とする一種の形成的作用にほかならない。このような典型的な非訟事件の審判
は、上述の法の宣言作用たる裁判とは、元来、その性質を異にするのであるから、
この種の事件の処理について、一般の民事事件や刑事事件の裁判と異なつて、公開
の原則及び対審構造が保障されていないからといつて、直ちに違憲といい得ないこ
とはいうまでもない。それは、このような家庭裁判所の行なう審判は、さきに述べ
たように、憲法で公開・対審の原則の保障されている裁判そのものには当らないと
解すべきであるからである。
 もとより、いわゆる非訟事件のすべてが、右に述べた意味での裁判に当らないと
いうわけではない。立法政策的に非訟事件とされることによつて、具体的な権利義
務に関する紛争のすべてが通常訴訟に親しまなくなるというわけでもない。法律上、
非訟事件とされているものについても、その事件の性質・内容によつて、通常訴訟
の対象とされるべきかどうかの判断がなされなくてはならない。家事審判法九条一
項乙類に掲げる各事項についても、通常訴訟が許されるかどうかについて、具体的
に検討する必要があり、終局的には、判例法によつて解決されるべき問題である。
 夫婦同居義務に関する紛争であつても、さきに述べたように、婚姻の無効又は離
婚を主張し、婚姻関係の不存在を前提として、同居義務の不存在を主張する場合に
は、通常訴訟によつてこれを争うことを妨げるものではない。しかし、夫婦関係の
存続を前提とする以上、公開・対審の原則が保障された裁判の対象となるべき具体
的な権利義務に関する紛争は生ずる余地はなく、ただ、夫婦の同居義務履行の場所・
時期・態様等の具体的内容に関する紛争ー具体的事情のもとに同居義務を一時的に
拒否するのも、その義務履行の一態様にすぎないーのみが予想されるのであつて、
これらの紛争は、事柄の性質からいつて、倫理的な夫婦共同生活体の内部の紛争で
あり、プライバシーの尊重を必要とする問題であるから、これを公開の法廷に曝す
ことは適当でなく、また、それは、当事者の対立抗争の法構造である対審構造のも
とにおける裁判になじまない性質のものというべきである。従つて、このような典
型的な非訟事件については、通常の民事訴訟事件と区別して、これに特別の家事審
判制度を設け、特別の取扱いを認める合理的根拠は十分に存在するのであつて、こ
のような制度や特別の取扱いをしたからといつて、憲法の趣旨に反するものとする
いわれは毛頭ないものというべきである。
 これを要するに、多数意見は、夫婦同居義務に関する家庭裁判所の審判の意義及
び性質についての正しい理解を欠き、家庭裁判所創設の意義を没却する虞れがある
ものというべきであつて、到底、賛成することができない。
 裁判官横田正俊、同柏原語六は、裁判官田中二郎の右意見に同調する。
 裁判官松田二郎の意見は、次のとおりである。
 (一) 私は家事審判法九条一項乙類一号の夫婦の同居に関する審判は、憲法三
二条、八二条に違反しないものと解するのであつて、この限りにおいて、多数意見
と見解を同じくする。
  しかしながら、その理論的根拠において、私は多数意見と全く異る見地に立つ
ものである。すなわち、多数意見は、同居に関する家事審判とは別個に、同居義務
の実体的権利義務自体を終局的に確定するためには、公開の法廷における対審およ
び判決による訴訟の途が開かれていると主張し、このように解することによつて、
右審判が前記憲法の条項に違反しないことを理由付けようとする。これに対して、
私はそのような訴訟による途が開かれていることを否定するものなのである。私の
見解によれば、夫婦同居に関する事項は、本質上、非訟事件に属するものであり、
従つて非訟手続たる家事審判法の審判によることは、理論上当然のことなのである。
換言すれば、本質上、非訟事件たるものを非訟手続のみによらしめても、何等違憲
の問題を生ずる余地すらないのである。
 (二) 思うに、夫婦間の婚姻関係は、法律的であるとともに倫理的であるとこ
ろの生活協同体であり、他の法域におけるよりも遥かに高度に、法と道徳との二要
素が密接に関連しているのである。このことは、当然に婚姻の法律関係を特徴づけ
るのである。そして今や新憲法の両性の本質的平等の理念の下で、婚姻は夫婦相互
の協力により自主的に営まれることが期待されているのである(憲法二四条参照)。
従つて、それは国家機関たる裁判所による訴訟的解決になじまない法域といえよう。
たとえば夫婦間の契約は、婚姻中、何時でも第三者の権利を害しない限り、夫婦の
一方からこれを取消し得ると規定していることも(民法七五四条)、夫婦間の契約
に基づく争を訴訟によつて解決することは妥当でないとすることのあらわれである。
要するに、婚姻関係については、その存続を前提とする限り、裁判所はただ後見的
の立場において、これに関与するに止まるのである。ただ、この関係を解消せしめ
ようとする離婚については、訴訟が認められているのである。
 叙上の理由により、婚姻関係に関する事項―本件における同居義務に関する事項
も含めて―については、婚姻の存続を前提とする限り、裁判所は民事訴訟手続と異
るところの手続によつてこれに関与するに止まるべきものである。しかして、この
場合における客観的真実発見の必要は、弁論主義を採ることを許さなくなり、また
夫婦共同生活に関するプライバシーの尊重は、手続の非公開を要請することとなる
のである。しかしてこれに適合する手続が、すなわち非訟事件としての性質を有す
る家事審判法である。
 (三) しかるに、多数意見に賛成する横田(喜)、入江、奥野三裁判官は、補
足意見として次のごとく主張される。すなわち、旧人事訴訟手続法(家事審判法施
行法による改正前のもの)一条一項が「夫婦の同居を目的とする訴」を認めていた
ことを援用して、夫婦同居義務の権利義務自体を終局的に確定するには、公開の法
廷における対審および判決によるべきであるとの主張の根拠とされるのである。
 しかしながら
 (1) 新憲法下で家庭裁判所が新たに設立され、家事審判法が夫婦同居に関す
る事項について審判を行なうに至つたことを忘るべきではない。旧人事訴訟手続法
に規定された右の訴は、既に廃止されて、今や存在しない過去のものたるに過ぎな
いのである。
 (2) そればかりでなく旧人事訴訟手続法の下においてすら、夫婦同居請求の
訴を提起し、原告が勝訴し、その判決が確定した場合においても、相手方に対して、
何等、直接にも間接にもその履行を強制する方法がなかつたことは(大審院昭和五
年(ク)第八九〇号同年九月三〇日決定、大審院判例集九巻一一号九二六頁参照)、
想起さるべきである。すなわち、この場合、国家機関たる裁判所は夫婦間の「訴訟」
に介入しても、終局的には何等その介入の効果を収め得なかつたことを示している
からである。換言すれば、人事訴訟として「夫婦の同居を目的とする訴」なるもの
を認めたことが、無意味であつたことを示すに外ならない。
 (3) 既に述べたように、多数意見は「夫婦同居の義務の実体的権利義務自体」
という概念を構成し、それを終局的に確定するには公開の法廷における対審および
判決によるべきであると強調するのである。しかし、夫婦同居についての法律関係
自体は、民法七五二条そのものが明定するところであり、敢て再びこれを訴訟によ
つて確定することを要しないのである。そして同居に関し夫婦間に協議の調わない
とき、この民法の定めるところに基づいて、家庭裁判所は具体的事件につき諸般の
事情を斟酌して具体的な態様を形成するのである。前示家事審判はこのような形成
的作用を有する処分なのである。
 (四) さらに多数意見のいうような訴訟を認めるときは、きわめて多くの疑問
を生じ、裁判実務を混乱に導くものと思われる。
 (1) もしこのような訴を許すならば、家庭裁判所の夫婦同居に関する審判に
ついて不服の者は、民事訴訟を提起するであろう(家庭裁判所の審判をまたず、そ
の前において、民事訴訟を提起するものもあろう)。このことは、徒に多くの民事
訴訟を誘発することとなろう。
 (2) 右のような訴と家事審判とは、どのような関係に立つのであろうか。こ
の点につき、横田(喜)、入江、奥野の三裁判官は、民事訴訟による裁判と家事審
判との関係を本案訴訟と仮処分手続との関係に類似するものとされるのである。
 しかし、このような見解によれば、夫婦同居の事項に関して、家庭裁判所は何等
固有の権限を有しないこととなろう。
 けだし、この見解によれば、家庭裁判所は単に仮処分的の機能のみを行うに過ぎ
ないものとなるからである。そして家庭裁判所の審判は、常に民事訴訟によつて覆
される可能性を有するものとなるからである。これは新憲法下で家庭裁判所の設立
された意義を没却するものであろう。
 (3) 多数意見の主張するごとき訴訟によつて、夫婦同居義務の存在または不
存在の判決が確定したと仮定しよう。そしてもしこの判決確定後、これに反する事
情が生じたときは、多数意見はいかにこれを処理するのであろうか。既にこの点の
既判力が生じているからである。しかし、私のように同居義務について家事審判の
みを認める以上、その審判には既判力がないから、事情変更を理由として、その審
判の取消、変更を認めるに何等の妨げを見ないのである。そしてこのような点にこ
そ、夫婦同居義務に関する事項が非訟事件たる所以を見るのである。
 (4) もし、夫婦同居についての訴が許されるとしても、現行法上このような
訴はもはや人事訴訟手続法に規定されていないことを忘るべきでない。従つて、こ
のような訴は民事訴訟法によらざるを得ないこととなるのであろう。そうであるな
らば、この訴訟において請求の認諾(民訴二〇三条)が認められ、擬制自白(民訴
一四〇条一項本文)の規定が適用されるのであろうか。しかし、このような結論が
失当なことは多言を俟たないのである。
 (5) 多数意見のような訴が認められるならば、この訴を本案とする仮処分が
認められることとなろう(旧人事訴訟手続法一六条参照)。それは果していかなる
内容の仮処分なのであろうか。夫婦同居に関する審判と同居に関する訴の仮処分と
は、いかなる関係に立つのであろうか。これらの疑問に対して、多数意見はすべか
らく答えるべきであるにかかわらず、何等述べるところがないのである。
 (五) いうまでもなく、ある事項を訴訟事件とするか非訟事件とするかは、決
して、単なる立法上の便宜の問題でないのであつて、実質上訴訟事件たるものを非
訟事件とすることは、憲法三二条、八二条を回避するものとして許されないのであ
る。しかし、本質上、非訟事件の性質を有するものを非訟手続によらしめることは、
固より当然であり、何等憲法の右条項に反しないことは、いうまでもない。しかし
て新憲法下における夫婦同居に関する事項は正にこれに該当するのであつて、その
性質が非訟事件に属し、民事訴訟になじまないものであるから、現行制度はこの本
質に即して、その処理を非訟手続たる家事審判法に委ねているのである。多数意見
はこの本質を正解しないものと思われる。そればかりでなく、その理論的誤りの結
果として、裁判運営の上に、多大の支障を生ぜしめるに至るのである。
 要するに、叙上の点からして、私は多数意見の理由に対して、反対せざるを得な
いのである。
 裁判官草鹿浅之介は、裁判官松田二郎の右意見に同調する。
 裁判官岩田誠の意見は次のとおりである。
 私も本件抗告は、これを棄却すべきものとする結論において多数意見と同じであ
るが、夫婦関係の存続を前提とする限り、夫婦の同居義務存否を確定する訴訟を裁
判所に提起することは許されず、夫婦の同居に関する処分は専ら家庭裁判所の審判
によるべきであり、又かく解したからといつて、家庭裁判所の右審判が憲法三二条、
八二条に違反するものではないと思料する。そしてその理由は田中裁判官の意見と
同一であるから、これを引用する。
  昭和四〇年六月三〇日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    石   坂   修   一
            裁判官    山   田   作 之 助
            裁判官    五 鬼 上   堅   磐
            裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠

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