弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人松尾利雄の上告理由について
 一 原判決によれば、上告人らが本件請求の原因として主張するところは、次の
とおりである。
 (1) 上告人A1、同A2及び訴外Dは、昭和四二年六月一二日から昭和四三年
一月一八日までの間に株式会社E工務店から第一審判決添付の目録に記載の三筆の
土地(以下「本件土地」という。)をそれぞれ買い受け、手付を支払い、Dは、上
告人A3に対し、買主の地位を譲渡した。
 (2) 上告人らは、昭和四三年二月八日、売主とともに司法書士である被上告人
に対し、本件士地について所有権移転の仮登記手続を委託し、売主及び買王の委任
状、印鑑証明書、資格証明書等登記手続に必要な書類を交付したところ、被上告人
は、その数日後、売主からその交付にかかる登記手続に必要な書類の返還を求めら
れ、買主である上告人らの同意を得ることなく、直ちにこれを売主に返還した。
 (3) 売主は、それから程なく同年三月初めに倒産し、本件土地は、他に売却さ
れ所有権移転登記がされたため、上告人らは、本件土地について登記を経由するこ
とができず、結局、本件土地の所有権を取得することができなくなり、損害を被つ
た。右損害の額は、少なくとも、上告人らが売主に交付した手付のうちその後、売
主から一部返還を受けた額を控除した残額に相当する額である。
 (4) 登記権利者、登記義務者の双方から登記手続の委託を受けた被上告人とし
ては、登記義務者からその交付にかかる登記手続に必要な書類の返還を求められて
も、登記権利者の同意がなければ、返還すべきではなく、これを返還したことは、
上告人らとの委任契約上の債務不履行となるものであり、被上告人は、上告人らの
被つた前記損害を賠償すべきである。
 二 上告人らの右主張についての原審の判断は、次のとおりである。
 (1) 不動産の売買契約の履行として、売主と買主の双方が司法書士に登記手続
を委託する場合に、右三者間に特段の約定がされない限り、各委任契約は、単純に
併存するのにすぎず、一方が他方の制約を受けたり、運命を共にしなければならな
い関係にはなく、一方の委任者は、他方の委任者の同意を要することなく委任契約
を解除することができる。
 (2) このように、一方の委任者であるE工務店は、受任者である被上告人との
間の登記手続の委任契約をいつでも解除することができるのであるから、受任者と
しては、登記手続に必要な書類の返還を求められれば、それを拒むことはできない。
それ故、被上告人がE工務店の求めに応じて右書類を返還したため、登記手続が不
能になつたとしても、上告人らと被上告人との間の委任契約の債務不履行又は善管
注意義務違反になるものではなく、被上告人に対して損害賠償を求める上告人らの
請求は、理由がない。
 三 思うに、不動産の売買契約においては、当事者は、代金の授受、目的物の引
渡し、所有権移転等の登記の経由等が障害なく行われ、最終的に目的物の所有権が
完全に移転することを期待して契約を締結するものであり、法律も当事者の右期待
にそい、その権利を保叢すべく機能しているというべきである。そして、不動産の
買主は、登記を経由しない限り、第三者に対抗しうる完全な所有権を取得すること
ができないのであるから、登記手続の履行は、売買契約の当事者が行うべき最も重
要な行為の一つであるということができるが、登記所に対して登記申請をするには、
ある程度の専門的知識を必要とするから、現今の社会では、右のような登記手続は、
司法書士に委託して行われるのが一般であるといつてよく、この場合に、売買契約
の当事者双方がいつたん右手続を同一の司法書士に委託した以上、特段の事情のな
い限り、右当事者は、登記手続が支障なく行われることによつて右契約が履行され、
所有権が完全に移転することを期待しているものであり、登記手続の委託を受ける
ことを業とする司法書士としても、そのことを十分に認識しているものということ
ができる。このことは、所有権移転登記手続に限らず、その前段階ともいえる所有
権移転の仮登記手続の場合も同様である。そうすると、売主である登記義務者と司
法書士との間の登記手続の委託に関する委任契約と買主である登記権利者と司法書
士との間の登記手続の委託に関する委任契約とは、売買契約に起因し、相互に関連
づけられ、前者は、登記権利者の利益をも目的としているというべきであり、司法
書士が受任に際し、登記義務者から交付を受けた登記手続に必要な書類は、同時に
登記権利者のためにも保管すべきものというべきである。したがつて、このような
場合には、登記義務者と司法書士との間の委任契約は、契約の性質上、民法六五一
条一項の規定にもかかわらず、登記権利者の同意等特段の事情のない限り、解除す
ることができないものと解するのが相当である。このように、登記義務者は、登記
権利者の同意等かない限り、司法書士との間の登記手続に関する委任契約を解除す
ることができないのであるから、受任者である司法書士としては、登記義務者から
登記手続に必要な書類の返還を求められても、それを拒むことができるのである。
また、それと同時に、前記のように、司法書士としては、登記権利者との関係では、
登記義務者から交付を受けた登記手続に必要な書類は、登記権利者のためにも保管
すべき義務を負担しているのであるから、登記義務者からその書類の返還を求めら
れても、それを拒むべき義務があるものというべきである。したがつて、それを拒
まずに右書類を返還した結果、登記権利者への登記手続が不能となれば、登記権利
者との委任契約は、履行不能となり、その履行不能は、受任者である司法書士の責
めに帰すべき事由によるものというべきであるから、同人は、債務不履行の責めを
負わなければならない。
 そうすると、前記のとおり、被上告人に委任契約の債務不履行又は善管注意義務
違反はないとして上告人らの損害賠償請求を排斥した原審の判断は、法令の解釈適
用を誤つたものであり、その誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、
この点に関する論旨は、理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原
判決は破棄を免れず、更に、審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すことと
する。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決
する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岸       盛   一
            裁判官    岸   上   康   夫
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    本   山       亭

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