弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役5年に処する。
未決勾留日数中120日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1平成21年3月24日ころ,愛媛県今治市内の被告人方において,実姉A
(当時61歳)の頭部を金属製の鍋で2,3回殴る暴行を加えた
第2同月27日,前記被告人方において,Aが被告人の言うことに従わなかった
などとして立腹し,同女を布団の上に引き倒した上,その後頭部及び側頭部を
右足で各2回踏み付けるなどの暴行を加え,同女に頭部打撲等の傷害を負わせ,
よって,同年4月1日午前5時2分ころ,同市内のB病院において,同女を前
記頭部打撲に基づく外傷性くも膜下出血,脳挫傷により死亡させた
ものである。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
※以下,この項において月日のみで示すのは平成21年のことである。
第1争点
本件の争点は,(1)被告人が被害者に加えた暴行の態様,程度,(2)被告人が
加えた暴行により死因となった外傷性くも膜下出血,脳挫傷が生じたのか(因
果関係の有無)の2点である。
第2証拠上明らかに認められる事実
被告人は,3月24日ころ及び3月27日午後6時過ぎころ,被害者に対し
て暴行を加えた。被害者は,3月27日までは平素から利用しているデイケア
に通うなど,普段通りの生活を送っていたが,同日午後6時過ぎころ,被告人
に暴行を受けてからは,自力で歩行することが困難となり,2回にわたり,後
方に転倒し,壁や木製の踏み台に後頭部を打ち付けた。被害者は,その後,水
分しか摂らなくなり,寝たきりの状態になった。被害者は,4月1日午前4時
過ぎに容態が悪化し,被告人の119番通報により,救急車で病院に搬送され
たものの,同日午前5時2分ころ,死亡した。被害者の死因は,3月27日前
後から3月31日前後に生じたと推定される外傷性くも膜下出血,脳挫傷であ
った。
第3争点に対する判断
検察官は,被告人が被害者に加えた以下の一連の暴行により被害者が外傷性
くも膜下出血,脳挫傷を負い,これにより死亡した旨主張する(①は3月24
日ころ,②以下は3月27日)。
①頭部を金属製の鍋で2,3回殴る
②顔面を3回裏拳で殴る
③胸ぐらをつかんで布団の上に引き倒す
④後頭部を2回足で踏み付ける
⑤側頭部を2回足で踏み付ける
⑥左手甲を2回,左上腕を1回,左腿の裏付近を1回,左足甲を2回,右
足甲を1回足で踏み付ける
⑦首をタオルで押圧する
そして,被告人は,捜査段階においては,上記①ないし⑦の暴行を認めてい
た。
これに対し,弁護人は,②,③,⑥,⑦については争わず,被告人もこれを
認めているが,①,④,⑤はいずれも軽微なもので,①の頭部を鍋でたたいた
回数は2回で,⑤は側頭部を1回蹴っただけである,死因となった外傷性くも
膜下出血,脳挫傷は,被告人の直接の暴行により発生したものではなく,その
発生経緯は不明で,被告人に帰責させることはできない,また,被害者が転倒
して後頭部を打ち付けたことにより発生した可能性もある旨主張し,被告人も
これに沿う供述をする。
被害者の司法解剖を行ったC医師(その供述の信用性について,疑いを差し
挟む事情はない。)によると,被害者の頭部には多数の脳挫傷等があるが,最
も重いものは左右の側頭部に生じた脳挫傷で,これによって生じた外傷性くも
膜下出血が死因となった。
C医師は,側頭部の脳挫傷の原因につき,被害者の左耳後ろに外出血が見ら
れる一方,右耳の辺りの外表には損傷がほとんどなく,皮下出血については左
右いずれにも見られることなどからすると,左方向から強い外力が加えられ,
左側頭葉に脳挫傷が生じるとともに,反対側の右側頭部が,接触面が柔らかく
なっている壁や床等に接していたことにより,挟み込まれるように右側にも外
力が加わり,右側頭葉に脳挫傷が生じたと推定されると述べている。
そこで,側頭部に対する暴行についてみるに,被告人は,公判廷において,
側頭部は1回軽く蹴っただけであり,その際,被害者は顔を上げていて頭部は
布団の上に固定されていなかった,被告人が1回蹴った後,被害者はのけぞっ
た旨供述する。しかし,この供述は,一方から強い外力が加わり,挟み込まれ
るようになって反対側にも力が加わったと推定するC医師の前記供述とは整合
しない。これに対し,捜査段階で被告人が認めていたように,側頭部をかなり
の力で2回踏み付ける暴行があったと考えると,C医師の推定と整合する。そ
して,側頭部への暴行を含む被告人の捜査段階における犯行状況に関する供述
は,具体的かつ自然であり,被害者の受傷状況にも合致し,全体的に信用性が
高いと認められる。
弁護人は,被害者が転倒し,後頭部を打ったことにより外傷性くも膜下出血,
脳挫傷が発生した可能性を指摘するが,C医師の供述によれば,被害者の前頭
部や後頭部に見られた損傷のみで死に至るとは考えにくく,また,致命傷とな
った側頭部の脳挫傷は,後頭部を打ったことにより生じた可能性はほとんどな
い。むしろ,被告人の暴行後,被害者が自力で歩行することが困難になり,2
回にわたり転倒したことは,それ以前に被告人が頭部に加えた暴行により,被
害者に行動障害が生じていたとみるべきである。
以上より,被告人が①ないし⑦の暴行を加え,そのうち3月27日に被害者
の側頭部に対して加えた暴行(⑤)により,被害者は脳挫傷を負い,これに起
因する外傷性くも膜下出血により,死亡するに至ったものと認められる。
なお,被告人が3月24日ころに被害者に対して①の暴行を加えた後,3月
27日に②以下の暴行を加えるまでに,約3日間が経過しており,また,3月
24日ころの暴行は①のみで短時間で終わったのに対し,3月27日には激高
し,②ないし⑦のとおり相当執ように暴行を加えたものであることからすれば,
両暴行は,別の機会に別個の意思に基づき行われたもので,これを一連,一体
のものとして評価することは相当ではない。そして,3月24日ころに加えた
暴行(①)によって被害者が受傷したことを認めるべき証拠はないから,これ
については別途暴行罪が成立することとなる(なお,弁護人は3月24日ころ
の暴行と3月27日の暴行が一連,一体であるといえるかについては裁判所の
評価に委ねる旨述べており,罪数評価に関する防御は尽くされている。)。
以上より,被告人には暴行罪及び傷害致死罪が成立する。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は刑法208条に,判示第2の所為は刑法205条にそ
れぞれ該当するところ,判示第1の罪について所定刑中懲役刑を選択し,以上は刑
法45条前段の併合罪であるから,刑法47条本文,10条により重い判示第2の
罪の刑に刑法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を
懲役5年に処し,刑法21条を適用して未決勾留日数中120日をその刑に算入す
ることとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負
担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は,被告人が実姉の頭部を金属製の鍋で殴ったという暴行(判示第1),同
女の頭部を足で踏み付けるなどの暴行を加えて頭部打撲等の傷害を負わせ,これを
原因とする外傷性くも膜下出血,脳挫傷により同女を死亡させたという傷害致死
(判示第2)の各事案である。
被告人は,無抵抗の被害者に対し,顔面,頭部,手足に執ようかつ強度の暴行を
加えている。被害者は,肉親であり,頼るべき同居人である被告人から暴行を受け,
苦しみながらこの世を去った。被告人は,以前から,本件ほど強度ではないものの,
被害者に度々暴行を加えており,一定の常習性が認められる。被告人は,被害者が
自分の言うことに従わなかった,家事の仕方が雑である,被告人に対してうそをつ
いたなどとして立腹し,被害者に暴行を加えたものであるが,被害者が統合失調症
に罹患していることもよく理解して接するべきであった。犯行後,被告人は,犯行
の発覚をおそれたこともあり,容態が急変するまで被害者を病院に連れて行かなか
った。
以上からすれば,被告人の刑事責任は重い。
他方,被告人が暴行の概要を認め,被害者の死について,自らの責任であると述
べ,反省の態度を示していること,これまで体刑前科がないこと,姉が今後の被告
人の監督を誓い,寛大な処分を求めていることなど被告人のために酌むべき事情も
ある。
そこで,以上の量刑上特に考慮すべき事情のほか,検察官,弁護人の指摘するそ
の他の事情をも総合考慮し,主文の刑が相当と判断した。
(求刑・懲役7年)
平成21年10月20日
松山地方裁判所刑事部
村越一浩裁判長裁判官
西前征志裁判官
藤原未知裁判官

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