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平成29年10月19日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成27年(ワ)第4169号不正競争行為差止等請求事件
口頭弁論終結日平成29年7月18日
判決
原告大明化学工業株式会社
同訴訟代理人弁護士田路至弘
同土門高志
同工藤良平10
同訴訟復代理人弁護士荒田龍輔
被告P1
同訴訟代理人弁護士清水聖子
主文15
1被告は,訴え変更後別紙1営業秘密目録の目録番号1ないし8,13ないし
15記載の営業秘密を,アルミナ繊維を用いた製品の製造販売に使用し,又はこれ
を開示してはならない。
2被告は,前項記載の営業秘密に係る電子データ及びその複製物を廃棄せよ。
3被告は,原告に対し,500万円及びこれに対する平成27年4月1日から20
支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
4別紙1及び同5記載の営業秘密に係る電子データ及びその複製物の返還を求
める請求並びに原告の被告に対するその余の請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用はこれを5分し,その2を被告の負担とし,その余を原告の負担と
する。25
6この判決は,第3項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙1及び同5記載の営業秘密を,アルミナ繊維を用いた製品の製
造販売に使用し,又はこれを開示してはならない。
2被告は,別紙1及び同5記載の営業秘密に係る電子データ及びその複製物を5
返還せよ。
3被告は,原告に対し,1200万円及びこれに対する平成27年4月1日か
ら支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
4請求の趣旨2の予備的請求
被告は,別紙1及び同5記載の営業秘密に係る電子データ及びその複製物を廃棄10
せよ。
第2事案の概要等
1事案の概要
(1)本件は,原告が元従業員であった被告に対し,被告は原告から示されていた
別紙1及び同5記載の技術情報等を持ち出しており,これを競業会社に開示し,又15
は使用するおそれがあると主張して,以下の請求をした事案である。
ア不正競争防止法2条1項7号該当の不正競争を理由とする同法3条1項に基
づく,又は被告差し入れに係る「秘密情報保持に関する誓約書」に定めた秘密保持
義務違反に基づく,別紙1及び同5記載の技術情報等の使用開示行為の差止請求
イ上記誓約書に定めた返還義務に基づく別紙1及び同5記載の技術情報等(複20
製物を含む。)の返還請求,又は不正競争防止法3条2項に基づく同技術情報等の廃
棄請求(前者を主位的,後者を予備的とする。)
ウ被告の行為が不正競争防止法2条1項7号の不正競争に該当することを理由
とする弁護士費用相当額の1200万円の損害賠償及びこれに対する不法行為の後
の日である平成27年4月1日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅25
延損害金請求
(2)なお原告は,本件訴訟において,別紙1及び同5記載の技術情報等を請求の
対象としていたが,その一部を取り下げるとして平成28年4月25日付け訴えの
取下書(一部)を提出し,さらに請求の対象を訴え変更後別紙1の営業秘密目録の目
録番号(以下「営業秘密目録」という。)1ないし8,13ないし15記載の営業秘
密(以下においては,各営業秘密目録記載の電子データ,又はその電子データで特5
定される営業秘密と主張される情報をまとめて「本件電子データ」という。)に整理
するものとして,平成28年7月29日付けの訴えの変更申立書を提出した。これ
に対し,被告はいずれの訴えの取下げにも同意しないため,本件訴訟における請求
の対象は,別紙1及び同5記載の技術情報等全てということになる。しかし,原告
は,請求の対象を整理するものとして提出した平成28年7月29日付けの訴えの10
変更申立書において請求の対象として残した本件電子データ以外の技術情報等につ
いての請求原因となる主張を撤回したため,それらを対象とする請求は審理対象で
はあるものの,その請求に理由がないことは明らかである。そこで以下においては,
本件電子データを対象とする請求に係る訴え(訴えの変更申立書により整理された
もの)のみを事実整理の上,当裁判所の判断を示すこととする。15
2判断の基礎となる事実(当事者間に争いがない事実又は後掲の各証拠及び弁
論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
ア原告は,昭和21年8月30日に創業され,昭和23年9月4日に設立され
た平成24年当時の資本金は9000万円,従業員数は185名の株式会社である。20
原告は,金属加工の仕上げ工程等に用いられる高強度アルミナ長繊維を原材料とす
る製品の開発及び製造販売を,主力事業の一つとしている(甲2,甲4)。
イ被告は,昭和58年に原告に入社し,平成8年以降(ただし,平成16年か
ら平成23年1月1日までの間は原告に在籍したまま株式会社ジーベックテクノロ
ジー(以下「ジーベック」という。)へ出向。),開発課に所属し,アルミナ長繊維の25
技術開発に携っていた者である。被告は,平成25年6月29日付けで,原告の保
有する営業秘密の不正取得等を理由に原告を懲戒解雇され,現在,原告の競業会社
である双和化成株式会社(以下「双和化成」という。)において,少なくともその業
務に協力している(甲22の1)。
ウジーベックは,原告と基本契約を締結し,原告が技術開発と高強度アルミナ
長繊維製の砥石(以下「研磨砥石」という。)の製造を担当し,ジーベックが顧客開5
拓と研磨砥石の販売,出荷を担当するという共同事業(以下「本件共同事業」とい
う。)を行っている株式会社である。原告とジーベックとの間では,平成11年6月
から平成23年1月1日までの間,原告東川原工場の開発部門の従業員を,原告に
在籍させたままでジーベックに出向させ,ジーベックの開発課としての研磨砥石の
開発業務に従事させることなどもした(ただし,開発課は,出向前後を通じ,原告10
の東川原工場2号棟内の開発課事務室に置かれ,開発課従業員の使用する机もその
ままであった。)。なお,この従業員の出向を伴う措置は,ジーベックの開発部門を
平成23年1月1日,原告に移管することで解消したが,基本契約に基づく共同事
業関係は継続しており,また相互に事業情報について秘密保持義務を負う関係はな
お維持されている(甲5,甲33)。15
エ双和化成は,研磨砥石市場における原告の最大の競業会社であり,その自社
工場は,平成26年8月頃までは滋賀県高島市に所在し,同月頃以降は京都府精華
町に移転している(甲3の2,3,甲23の1)。
(2)高強度アルミナ長繊維及びこれを利用した原告製品について
ア原告は,株式会社として設立される前の昭和21年の創業当初から,アルミ20
ニウムを原材料とするアルミナ長繊維と呼ばれる素材等の製品の製造販売を行って
きている。アルミナ長繊維という素材自体を製造する技術自体は米国の3M社が開
発したものであるが,原告は,平成5年2月,従来のアルミナ長繊維に比べ,強度
が格段に優れた性質を持つ高強度アルミナ長繊維という素材の開発に成功した。そ
して平成8年6月,原告は,最初の応用製品である研磨砥石の開発と量産化に成功25
して同製品の製造販売を開始し,現在,そのシェアは70%を占めている(残りは
双和化成)(甲6)。
イまた原告は,ジーベックとの本件共同事業において,高強度アルミナ長繊維
を素材とするバリ取りブラシ(研磨砥石と併せて「本件研磨ツール」という。)の開
発,製品化に成功し,現在,市場をほぼ独占している(甲6)。
ウ現在,高強度アルミナ長繊維を日本国内で生産しているのは,原告とニチビ5
株式会社だけであり,世界的にみても,3M社を含めた3社のみである。双和化成
は,高強度アルミナ長繊維を用いた研磨砥石を販売しているが,高強度アルミナ長
繊維を自社生産しているわけではない。
(3)原告の開発課の概要
ア被告が所属していた開発課は,高強度アルミナ長繊維及び本件研磨ツールの10
開発及び製造を行う課であり,ジーベックから移管された平成23年1月から被告
が原告を懲戒解雇された平成25年5月頃までの間,被告のほか,P2開発課長
(役職は当時。)を含めて3名の合計4名が所属していた。
イ同課では,各従業員は,業務に使用するためのデスクトップ型の業務用端末
PCを与えられ,これにバックアップ用に業務用外付けHDDを増設して使用して15
いた。また,開発課事務室内には,各従業員の業務用端末PC及び製造課所属のP
3用の業務用端末PCに接続する共有のファイルサーバーが置かれ,開発課従業員
は,これをYドライブ(以下「Yドライブ」という。)と称して利用していた。な
お,Yドライブ内には約20個のフォルダが作られて電子データがこれにより整理
保存されていた(甲15)。20
ウ本件電子データは,全てYドライブに保存され,開発課従業員によって日常
の業務に利用されていた電子データであって,①アルミナ繊維原料リスト(営業秘
密目録1),②本件研磨ツール「定型品」の規格・標準類(同2),③研磨ツール
「定型品」図面(同3),④アルミナ繊維原価計算書(6品種の計算書)(同4),
⑤本件研磨ツール「定型品」の原価計算書・見積資料(同5),⑥本件研磨ツールの25
「見積もりノート」と「単価表」(顧客への見積もり記録,決定仕切価格一覧表)
(同6),⑦本件研磨ツールの輸出貿易管理令該非判断【社外秘】表示資料(同7),
⑧本件研磨ツールの研磨粉の安全性検討資料(同8),⑨本件研磨ツール特注品の顧
客別図面の電子データ(同13),⑩本件研磨ツール特注品の顧客別の規格の電子デ
ータ(同14),⑪本件研磨ツール特注品の顧客別の見積の電子データ(同15)に分
類され,個別の内容は,訴え変更後別紙2営業秘密内容説明に各記載のとおりであ5
る(甲4,甲13,甲48,弁論の全趣旨)。
(4)原告における秘密管理に関する社内規定等
原告においては,社内規則として,平成11年10月1日に電算機器内の営業秘
密の保護,保管,廃棄について電算管理規定が定められており,平成17年3月2
3日,同規定を一部に引用する形で営業秘密情報の管理につき秘密情報管理規定が10
定められている。そして,従業員に対しては,秘密情報管理規定制定後の同月29
日,同規定を根拠として秘密情報保持に関する誓約書(以下「秘密保持誓約書」と
いう。)を作成させ提出させていた。
ア秘密情報管理規定(甲12)
秘密情報管理規定においては,原告における営業秘密情報の保護等に関して,以15
下のとおりの規定がある。
5.定義
(1)営業秘密情報
会社が保有する技術上の情報,営業上の情報その他会社経営に必要な情報
で,会社が秘密保持の対象として管理するものをいう。20
別表-1及び別表-2に示す情報,これに準ずる情報および会社で指定し
た情報をいう。
6.営業秘密情報の管理
6.1分類と取扱い
営業秘密情報は機密レベルに応じた取扱いをする。取扱いの基準は別表-25
2による。機密レベルは下記によるが判断のつかないものは社長または当該
部門長の判断によるものとする。
(1)機密レベル1
経営戦略上必要な営業秘密情報で,組織の上層部およびその業務に直接携
わるものに開示する情報。別表-1および別表-2の機密レベル1に示す情
報をいう。5
(2)機密レベル2
業務遂行上必要な営業秘密情報で,業務に関係する部門,部署および関係
者に開示する情報。別表-1および別表-2の機密レベル2に示す情報をい
う。
6.3営業秘密情報の保護,保管,廃棄10
(1)電算機器内の営業秘密情報は「電算管理規定」による。
(2)書面による営業秘密情報
開示された者が責任を持って保護,保管,廃棄の管理をする。
廃棄する場合は,シュレッダー等で裁断または焼却して,社外へのデータ
流出を防止する。15
8.秘密情報の扱い
(1)従業者は,秘密情報を不正に入手してはならない,また不正な目的で使用
してはならない。
(2)総務部は,従業者に対する秘密情報の開示・非開示の範囲と開示方法につ
いて,労働組合と協議し同意を得ておく。20
(3)総務部は,従業者の採用時に諸規則順守及び秘密情報非開示の「秘密情報
保持に関する誓約書」(様式110-2)の提出を義務づけ,総務部が保管す
る。
(4)総務部は,従業者の契約終了時に在職中に知り得た秘密情報非開示の「誓
約書(退職時)」(様式110-3)の提出を義務づけ,総務部が保管する。25
(5)従業者は,社内の秘密情報については,別表-1の手続きあるいは本人の
承諾なくして,第三者に開示・漏洩してはならない。
(6)従業者は,第三者の秘密情報についてはその第三者の承諾なくして,他の
第三者に開示・漏洩してはならない。
イ電算管理規定(甲14)
電算管理規定においては,原告における電算機器の管理,運用等に関して,以下5
のとおり定められていた。
3.責任
電算管理の統括責任者は社長とする。本規定の制定・維持の責任者は企画
部長とする。電算機器の管理ならびに社内LANの運用に関する責任者は企
画部長とする。10
5.システム管理者
システム管理者は社長が任命し次の権限を与える。
(2)不正行為の監視及びアクセスログ記録
③データの不正持ち出しの監視
⑤不正アクセスの防止及び監視のため,専用ソフトにて社内LANのパソコ15
ン操作及びアクセスログ記録を収集し保存する。
6.定義
(1)電算機器
電算機器とは,パソコンとその周辺機器(プリンター,外部記憶装置等)
および,社内の業務を遂行するためのプログラム,およびそのバックアップ20
としての記憶媒体(フロッピーディスク等)を言う。この規定を適用する電
算機器は,社内LANとの接続に必要な機器とし,以下に定める。
①サーバー
②ルーター
③端末機器(パソコン,ディスプレイ)25
④プリンター
⑤その他の主要機器(HUB,補助記憶装置など)
⑥LANで使用しているソフトウェア
(2)社内LAN
社内LANとは,本社地区のサーバー及び本社地区サーバーとネットワー
クで接続された電算機器とで構成されるシステムを言う。5
7.2電算機器管理の責任
(2)サーバーのデータバックアップは企画部にて毎日行い,サーバーデータが
損傷した場合,迅速に復旧するものとする。使用者は,各端末パソコン内の
データバックアップを定期的に責任を持って行う。
(4)使用者は,アクセス権のないデータにアクセスしてはならない。また,他10
人のIDとパスワードを不正に使用してはならない。
8.1企画部(電算管理)
(6)LANプログラム及びISO文書管理システムデータベースは,東京工場,
営業本部にデータバックアップサーバーを設置し,データのバックアップを
行う。15
12.データベースの維持,保存
(2)LAN端末使用者が,データをコピーし,社外へ持ち出すことを禁止する。
(3)LAN端末使用者が,データをプリントアウトし,意図しない目的で,社
外へ持ち出すことを禁止する。
ウ秘密情報保持に関する誓約書20
原告は,秘密情報管理規定8項(3)に基づき,平成17年3月頃,ジーベック出向
中の者を含め原告の全従業員に対して一斉に以下の記載内容のある秘密保持誓約書
の作成を求め,これを原告に提出させた。被告は,当時,ジーベック出向中であっ
たが,同様に秘密保持誓約書(甲16。以下,この被告作成に係る秘密保持誓約書
を「本件誓約書」という。)に署名押印して作成し,これを原告に提出した。25

私は,貴社の秘密情報(営業秘密情報及び個人秘密情報)に関して,以下の事
項を遵守することを誓約いたします。
1.秘密情報の保持
貴社の秘密情報管理規定に記載されている秘密情報については,在職中
はもとより退職後も貴社の書面による許可なくして自ら使用し,あるいは第5
三者に開示するなど一切漏洩しないこと。
2.機密資料の保管・返還
貴社在職中は,私が保管を命ぜられた貴社の営業秘密情報及び個人秘密情
報に関する資料類(製品,試作品,文書,データ,図面,電子媒体等一切)
を責任を持って保管し,第三者に漏えいせず,また,貴社退職時にはこれら10
全ての資料を貴社に返還すること。
3.秘密情報の帰属
営業秘密及び個人秘密は,貴社に帰属することを確約いたします。
また秘密情報については,私に帰属する一切の権利を貴社に譲渡し,その権
利が私に帰属する旨の主張をいたしません。15
4.第三者の秘密情報の保護
知り得た第三者の秘密情報については,その第三者の承諾なくして自ら使
用し,あるいは外の第三者に開示・漏洩しないこと。
5.競業避止義務の確認
貴社退職後2年間は,貴社と市場の競合する事業者に就職し,あるいは自20
ら貴社と競合する事業を行わないこと。
6.損害賠償義務
前各項並びに秘密情報管理規定に違反して貴社の秘密情報を開示,漏洩,
もしくは使用した場合は,法的な責任を負担するものであることを確認いた
し,これにより貴社が被った一切の損害を賠償することを約束いたします。25
(5)仮処分手続及び双和化成に対する訴訟
ア原告は,平成26年,その当時,滋賀県高島市に居住していた被告を債務者
として,被告が原告の営業秘密を持ち出したことを前提に,原告の営業秘密の使用・
開示の差止め及びその返還等を求める仮処分命令を大津地方裁判所に申し立て(大
津地方裁判所・平成26年(ヨ)第16号)(以下「本件仮処分」という。),主張す
る営業秘密の範囲を途中減縮等させながら,平成27年3月31日,その旨を命じ5
る内容の決定を得た(甲1。ただし,仮処分決定が発令された営業秘密の範囲は本
件訴訟で対象とした別紙1ないし5よりも狭い。)。
原告は,同決定の正本を債務名義として,同決定で返還を命じられた複製物を含
む電子データの返還債務の履行遅滞を主張して間接強制を大津地方裁判所に申し立
て,同裁判所は平成27年5月20日,被告に対し,上記複製物を含む電子データ10
の返還義務を履行しない限り1日につき3万円の割合による金員の支払を命ずる内
容の決定をした(甲32)。
被告は,同決定について,執行抗告を申し立て,さらに特別抗告を申し立てたが,
いずれも斥けられ,被告には,現在も,日々,上記間接強制による金員の支払債務
が発生している状況にある。なお被告は,本件仮処分に対しての異議申立てをして15
いない。
イ原告は,被告が原告の営業秘密に当たる電子データを持ち出し,研磨市場に
おける原告の最大の競合会社である双和化成に開示しているとして,平成27年1
0月30日,双和化成に対し,同電子データの使用差止め等を求める訴訟を京都地
方裁判所に提起した。同訴訟は,京都地方裁判所において,現在も係属し,審理中20
である。なお,同訴訟において原告が営業秘密として主張している対象は8件のみ
であり,うち7件(訴え変更後別紙1の各営業秘密目録記載の電子データ管理番号
(以下「管理番号」という。)4,9,13,28,457,463及び495)が
本件訴訟の対象と重複している。
3争点及び当事者の主張25
(1)被告には,「不正の利益を得る目的」又は「その保有者に損害を与える目的」
で本件電子データを開示ないし使用するおそれがあるか。
(原告の主張)
ア被告が本件電子データを持ち出し原告に返還していないこと
(ア)営業秘密目録1,7及び8記載の電子データについて
被告は,平成25年4月17日,営業秘密目録1,7及び8記載の電子データを,5
Yドライブから原告から支給されたものではないUSBメモリ(Kingston
社製。以下「本件USBメモリ」という。)へ複製し保存した。
そして,被告は,その移行した電子データも,使用した本件USBメモリを原告
に返還していない。
(イ)営業秘密目録2ないし6,13ないし15記載の電子データについて10
被告は,平成25年5月4日,原告から支給されたものではない外付けポータブ
ルHDD(メーカーI-ODATA,機種名HDPC-Uシリーズ。以下「本件外
付けHDD」という。)を,原告において被告に与えられていた業務用端末PC(以
下「被告業務用端末PC」という。)に接続した上,被告業務用端末PCに接続し
ていた業務用外付けHDD(以下「被告業務用外付けHDD」という。)から,同ド15
ライブに,以前,Yドライブから複製し保存されていた営業秘密目録2ないし6,
13ないし15記載の電子データを,本件外付けHDDへ複製し保存した。
そして,被告は,その移行した電子データも,使用した本件外付けHDDも原告
に返還していない。
なお,営業秘密目録2ないし6,13ないし15記載の電子データが,もともと20
Yドライブに保存されていたということは,被告が,営業秘密目録2ないし6,1
3ないし15記載の電子データと同名称の電子データを,平成24年2月9日,同
年3月23日(但し,営業秘密目録4記載の電子データは平成23年8月2日)に,
Yドライブから,被告業務用外付けHDD及び被告業務用端末PC内に複製してい
ることを示すPC操作ログから明らかである。25
イ被告が本件電子データを不正の利益を得る目的又は原告に損害を与える目的
で開示し,使用するおそれがあること
被告が,現時点においても,原告から持ち出した秘密情報である本件電子データ
について,現在の協力先である双和化成に対して開示し,又は自ら使用してアルミ
ナ長繊維を用いた製品の製造及び販売に使用することにより,自ら利益を獲得し,
また原告に損害を与える目的を有していることは,以下の各事実により裏付けられ5
る。
(ア)被告は,本件電子データにつき,原告在職中に取得して社外へ持ち出し,現
在も保有しているにもかかわらず,返還を拒絶している。
(イ)被告は,現在,原告と競合する双和化成の施設内で勤務しており,14畳程
度の研究スペースを,賃料をまったく負担せずに無償で使用できるという利益提供10
を受けているうえ,双和化成に対し,アルミナ長繊維を用いた製品の開発・製造・
販売への協力を行っている。
そして,被告は,双和化成から,研究成果について,経済的な対価を得ることを
今後も予定し続けている。また,被告の子女は,双和化成の事務職として勤務して
いる。15
(ウ)被告は,原告を懲戒解雇された後,双和化成への協力以外に生計をたてる手
段がなく,また学生の子女を養育していたにもかかわらず,双和化成への協力開始
以降に,新車を新たに購入して乗り換えるなどしており,双和化成での勤務及び協
力に関し,双和化成から直接,又は第三者を介して対価たる金銭を得ているものと
考えられる。20
それにもかかわらず,平成27年10月1日に行われた双和化成に対する証拠保
全手続において,双和化成代表者は,裁判官に対し,「被告と同社らとの間の電子メ
ール又は文書のやり取りは,一切存在しない」,「被告に対して支払われた金員の明
細も,一切存在しない」といった事実に反する不合理な弁解を行って,被告との協
力関係を認めようとせず,現在に至っても被告と同社との電子データや金員のやり25
取りについての開示を拒絶し続けている。
(エ)被告は,原告在職中に,双和化成から転職の勧誘を受けていた。また,被告
は,高強度アルミナ長繊維の開発に従事する原告従業員P4に対し,転職の勧誘を
していた(甲4・14頁)。このように,被告は,原告在職中から,双和化成への転
職を検討しているとともに,原告やジーベックの人的資源及び物的資源の外部への
流出又は移転に向けた言動をとっていた。5
双和化成は,原告とジーベックのアルミナ長繊維製品に係る共同事業に関し,技
術担当として被告やP2課長を,営業担当としてジーベックの従業員P5をターゲ
ットとして転職の勧誘を行っており,実際に被告の引き抜きには成功している。す
なわち,双和化成は,原告とジーベックのアルミナ長繊維製品に係る共同事業に関
する技術上及び営業上の情報を入手するための引き抜き等の行為に及んでいる。10
(オ)被告は,上記ア(イ)の行為を,原告システム管理者による被告業務用端末PC
でされた操作内容の検知・発覚の可能性を少しでも低下させたいとの意図に基づき,
被告業務用端末PCからLANケーブルを抜いた状態で行っている(そのことは,
PC操作ログにおけるIPアドレスが「0.0.0.0」と表示されていることか
ら裏付けられている。)。15
(カ)被告は,原告退職前に,被告業務用端末PC及び本件外付けHDDの電子デ
ータを消去する際,被告の担当業務とは関係しない膨大な量の電子データを被告業
務用端末PCや本件外付けHDDへ複製保存したという事実が原告に発覚すること
を防止するため,あえて操作時間を合計11時間19分48秒(PC上の総処理所
要時間は,214時間19分42秒)もかけてコピーと削除を繰り返すという,消20
去済みの電子データの復元・解析が困難となる消去方法を選択している。
(キ)被告は,大量の電子データの複製及び持出につき「業務引継」という目的が
あったなどと主張しているが,被告が原告に残置した電子データはごく少数である
うえ,被告から業務引継など行われていないことから,業務引継の目的で行われた
ものではないことは明白である。25
(被告の主張)
ア被告が本件電子データを持ち出し原告に返還していないことについて
(ア)営業秘密目録1,7及び8記載の電子データについて
被告は,業務においてI-ODATA製のUSBメモリを主に使用していたが,
Kingston社製やその他のUSBメモリも必要に応じて使用しており,業務
のため,日常的にYドライブに自由にアクセスし,Yドライブに保存されている電5
子データのコピーも自由に行っていたので,平成25年4月17日に営業秘密目録
1,7及び8記載の電子データをYドライブから本件USBメモリに複製したか否
かは覚えていない。
そして本件電子データが戻されていないとの点,本件USBメモリが戻されてい
ない(渡していない)との点も知らない。本件USBメモリは,開発課内の被告の10
机上に置いていたが不在の間になくなっていた。
(イ)営業秘密目録第2ないし6,13ないし15記載の電子データについて
平成25年5月4日に,被告業務用外付けHDDのHドライブ内の電子データを
本件外付けHDDに複製保存したことは認めるが,複製した電子データの中に,営
業秘密目録2ないし6,13ないし15記載の電子データが含まれていたかは不知15
であり,また,これらの電子データが,もともとはYドライブに保存されていたも
のであることも不知である。
本件外付けHDD(I-ODATA製)が,原告に返還されていない(渡されて
いない)ことは認める。被告は,引き継ぎのための整理作業を終えた後,当該外付
けHDDを物理的にバラバラに壊して捨てた。このように外付けHDDをバラバラ20
にして廃棄することは,被告としては通常行っていることである。
イ被告が本件電子データを不正な目的又は原告に損害を加える目的で開示し,
使用するおそれがあることについて
原告は,被告が,持ち出した本件電子データを,現在の協力先である双和化成に
対して開示し,又は自ら使用してアルミナ長繊維を用いた製品の製造及び販売に使25
用することにより,自ら利益を獲得し,また原告に損害を与える目的を有している
旨主張するが,その根拠はなく否認する。
(ア)原告は,被告が本件電子データをなお保有して返還を拒絶していると主張す
るが,被告は既に原告が主張するような電子データを保有しておらず,そのため返
還したくても,できないため,本件仮処分による間接強制により苦しんでいる状況
にあるくらいである。5
(イ)被告は原告退職後,双和化成と協力関係があることから,被告と双和化成の
関係を疑っているが,これは,職業選択の自由の範囲内の行為である。
そもそも被告は,原告を退職するまで,双和化成から転職の誘いを受けたことは
ないし,他の原告従業員を転職勧誘したこともない。被告は,原告から懲戒解雇さ
れ,退職金の支給もなく,また,小さな地元で生活をすることすら困難になったこ10
とから,展示会などで情報収集のために話をしたことがある程度であった双和化成
の代表者に相談し,その結果,平成25年8月から双和化成のアルミナ繊維を用い
た製品の製造に協力することになったのである。
被告は,被告自身の長年培った経験やノウハウを利用してアルミナ繊維を用いた
製品の製造に関し双和化成に協力することは可能であり,本件電子データを開示し15
たり,使用したりすることはない。
(ウ)原告は,被告が上記ア(イ)の行為を,被告業務用端末PCからLANケーブル
を抜いて作業した旨主張するが,被告は,ネットワークに接続するためのID及び
パスワードを入力せずに作業しただけである。Yドライブや被告業務用端末PC及
び被告業務用外付けHDDを使用するだけであれば,ID及びパスワードの入力画20
面の欄に入力せず,「キャンセル」を押せば使用することができたので,物理的にL
ANケーブルを抜かなくても,LANシステムに接続していないことで被告業務用
端末PCのIPアドレスがLANケーブルを抜いて使用した状態と同じように記録
されることもあるはずである。
なお,原告の主張によれば,LANケーブルを抜いた状態では被告業務用端末P25
Cの使用すらできないはずであるにもかかわらず,原告は,被告が同PCを使用し
たことを前提とする主張をしているものであり,原告の主張は全体として矛盾して
いる。
(エ)原告主張に係る本件USBメモリや本件外付けHDDへの複製保存行為は,
被告が原告を退職するに当たり,後任者へのスムーズな引き継ぎのため事前に電子
データ整理をするためにしたのであって,被告業務用端末PC(Dドライブ)及び5
被告業務用外付けHDD(G,Hドライブ)内の電子データの整理はそのうちの一
つにすぎない。したがって,従来の電子データを消去済みにした被告業務用端末P
C及び被告業務用外付けHDDに,本件外付けHDDにバックアップしていた被告
業務用端末PC及び被告業務用外付けHDDにあったファイルを戻す作業もあれば,
分析機器の電子データを移すこともあるし,USBメモリの中にある電子データを10
戻すこともある。
原告は,被告が行った電子データ消去の方法を特殊な方法であるとするが,イン
ターネットでも公表されている方法である。時間を要するが,PCに指示を与えて,
その間,被告自身はほかの業務もできることから,平日の業務の合間に行っていた。
(2)本件電子データの「営業秘密」該当性15
(原告の主張)
ア秘密管理性
本件電子データは,以下のとおり,「秘密」として管理されていた。
(ア)Yドライブのアクセス制限
①本件電子データは,原告東川原工場2号棟内の開発課事務室内に設置されて20
いた,開発課従業員のみが共用する1台の共有ファイルサーバー内の「Yドライブ」
に保存されていた。
②原告において,平成23年1月にYドライブの設置及び運用が開始された際,
原告社外からYドライブへのアクセス不可とする設定に加え,原告社内でもアクセ
スを可能とする範囲は,開発課従業員4名に限定された(平成24年4月以降は,25
東川原工場長及び研究技術部長を加えた合計6名に制限された。)。なお,開発課事
務室に設置された共用ノートPCからもYドライブへのアクセスは可能であったが,
当該PCは,開発課従業員のみのIDとパスワードを入力することでしか使用する
ことができなかったから,いずれにしても,開発課従業員しかYドライブにアクセ
スすることはできなかったといえる。
③このようなアクセス制限措置は,Yドライブに「プライベートIPアドレス」5
を設定し,かつ,上記Yドライブへのアクセスが許可された各従業員の業務用端末
PCにおいて,個別に,Yドライブへのアクセスに必要な設定を行うという方法に
よって実現された。すなわち,Yドライブにアクセスするためには,ⅰ開発課従業
員の業務端末PCを起動して使用するため,ログイン時における正しいIDとパス
ワード入力に加え,ⅱ上記ⅰのIDとパスワード入力後に表示されるデスクトップ10
画面から,YドライブへアクセスするためのIPアドレス入力が必要であった。
④なお,希望者には,二回目以降のYドライブへのアクセスには再度のIPア
ドレス入力が不要となる設定が行われた。
⑤製造課所属のP3や他の従業員には,Yドライブへのアクセス権は付与され
ておらず,Yドライブに保存されていたP3やその他の原告従業員の作成に係る電15
子データに関しては,P2課長が社内メールで受領後,同人によってYドライブに
保存されていたものである。
(イ)Yドライブの運用ルール設定
開発課内において,本件電子データが保存されていたYドライブ内の各フォルダ
の電子データの作成・変更・削除については,P2課長が,事前又は事後に作成・20
変更・削除の内容確認を行い了承するというルールで運用されていた。
当該運用ルールについては,被告を含む開発課従業員が参加する,平成23年2
月28日に実施された原告定期開発報告会の席上や,その後の「3分会議」の場で,
P2課長からの口頭での伝達によって,被告を含む開発課従業員に周知されていた。
(ウ)電算管理規定,秘密情報管理規定による秘密管理25
「電算管理規定」において,原告における電算機器(ファイルサーバーであるY
ドライブも「電算機器」(甲14・6項(1)①)に該当する。)の管理及び運用等
に関する秘密管理の為の規定が定められ,また,「秘密情報管理規定」において,原
告における秘密情報の保護等に関する規定が定められていた。
(エ)秘密として管理されていることの客観的認識可能性
前記(ア)ないし(ウ)の事実に加え,次の事情から,被告を含むYドライブへのアク5
セス権を付与されていた開発課従業員において,本件電子データを含むYドライブ
に保存されている電子データが,秘密として管理されていることの認識可能性があ
ったことは明らかである。
①平成23年1月7日に,原告企画部のシステム担当者が開発課を訪問し,Y
ドライブ設置のための配線やIPアドレスの設定によるアクセス制限などの10
システム設定をPC1台ずつに行ったが,その際,原告企画部従業員のP6は,
設定に立ち会った被告を含む開発課従業員に対し,ID及びパスワード等,P
Cのアクセスに必要な情報についての説明をした。
また,Yドライブ設置のためのシステム設定が完了した後,P2課長は,被告を
含む開発課従業員に対し,YドライブについてIPアドレスにより原告社内からも15
アクセス制限措置が行われている旨等の説明をした。
②高強度アルミナ長繊維及び本件研磨ツールが,原告にとっていわば「稼ぎ頭」
となっている重要製品であること,情報の性質上,Yドライブには長年にわたって
蓄積されてきた原告における非公知のノウハウや顧客情報等が保存されていたため,
Yドライブ内の電子データが原告にとって技術上及び営業上の秘密情報であり,他20
社に知られてはならない性質の情報であったこと,及びこれらの秘密情報が原告と
競合する双和化成に渡った場合,原告の競争力が損なわれることは,被告を含む開
発課従業員は当然,認識していた。
③被告は,原告在職中,電算管理規定(甲14)と秘密情報管理規定(甲12)
の存在とその内容を知っていた。25
④被告は,秘密保持誓約書の提出に際し,当該秘密保持誓約書の内容につき特
に異議及びその他意見を述べなかった。
⑤平成25年6月10日の原告との面談において,被告は,持ち出しを疑われ
ている営業秘密の内容を一つずつ具体的に示され,それぞれが秘密かどうかという
質問に対し,いずれも「秘密」であるとの認識を有している旨を回答した。
⑥本件電子データは,いずれも秘密情報管理規定(甲12・別表-1)に定め5
られた「機密レベル2」である「営業秘密」に該当し,秘密情報管理規定(甲12)
上の秘密保持義務(8項)を負っている旨を,開発課従業員であれば当然のことと
して認識していた。
⑦被告は,本件電子データの本件外付けHDDへの複製を,他の原告従業員に
作業を見られたくなかったという理由で,わざわざゴールデンウィーク期間の休日10
である平成25年5月4日を選んで出社して行ったが,被告の複製作業中,P3が
出社してくると,すぐに作業を中断して退社している。
しかも,被告は,LANケーブルを抜いて複製作業をし,原告退職前に,被告業
務用端末PC及び被告業務用外付けHDDの電子データを消去する際,わずか数分
で完了する「WindowsXPでハードディスクをフォーマットする方法」を選15
択せず,あえて操作時間を合計11時間19分48秒(PC上の総処理所要時間は,
214時間19分42秒)もかけてコピーと削除を繰り返すという労力をかけてま
で,消去済みの電子データの復元・解析が困難となる消去方法を用いている。
(オ)Yドライブ運用開始前の電子データの存在について
開発課Yドライブの前身となる開発課従業員の共有サーバーについては,そもそ20
も原告の社内LANとは接続されておらず,原告開発部門以外の原告従業員は,当
該共有サーバーにアクセスすることはできなかった。当該共有サーバーは,開発に
係わる従業員5名の業務用端末PCとのみLANケーブルで有線接続され,有線接
続されたPCからのみアクセス可能とするアクセス制限が行われていたことに加え,
P2開発課課長から被告を含む開発課従業員に対し,社外第三者への漏えい・開示25
が発生しないよう注意すべき旨の指導が行われており,原告の営業秘密に該当する
ことを開発課従業員全員が認識していた。
したがって,Yドライブ運用開始時より前に作成され,保存された電子データが
含まれている点は,Yドライブの電子データの秘密管理性を否定する理由にはなら
ない。
(カ)他部署等における電子データの保管について5
被告が原告他部署にて保管されていると主張する電子データについては,いずれ
も開発課において保管されており,原告他部署や第三者での保管は行われておらず,
原告との関係で秘密保持義務を負って本件共同事業を行っているジーベックとの情
報共有は,秘密管理性を失わせるものではないし,第三者の外注加工業者に情報が
開示されたとしても,同業者との秘密保持契約の締結により,同業者が受領した原10
告の情報につき秘密保持義務を負うこととなるため,外注加工業者との情報共有に
より秘密管理性が失われることもない。
イ非公知性,有用性
本件電子データは,以下のとおり,有用な技術上又は営業上の情報であって,公
然と知られていなかった。15
(ア)本件電子データの個別の非公知性,有用性は,訴えの変更後別紙3の各欄記
載のとおりである。
(イ)一般に秘密管理性,非公知性要件を満たす情報については,有用性が認めら
れることが通常であるうえ,有用性の有無は,特許法における進歩性要件とは無関
係である。20
そして,上記別紙3の有用性の欄に記載のとおり,本件電子データの情報を用い
れば,高強度アルミナ長繊維の生産が可能とあるし,また原告の取引情報や,個別
の顧客との関係での要求使用を把握できるなどして,競争上優位になり得るから,
これらの情報が,客観的にみて,事業活動に有用であることは明らかである。
被告は,本件電子データの作成日が古く有用性を欠く旨も主張するようであるが,25
そのような情報は,原告においてあえて特許出願せず社内ノウハウとして秘蔵化す
るという戦略のもと,現在も使用されている情報であり,被告の主張は失当である。
(ウ)非公知性の立証責任は,むしろ被告にあると解されるが,被告は,現に本件
電子データを取得及び保有しており,公知性の立証機会も十分に与えられていたに
もかかわらず,抽象論として「公知」などと主張するのみであり,具体的に「公知」
である旨の主張又は立証が行われなかった。5
被告の指摘する管理番号4,9,13及び28を一部開示する物として提出した
乙47の1ないし4において黒塗りされている箇所は,インターネット上で開示さ
れておらず,またリバースエンジニアリングによって確知することはできない。そ
もそもリバースエンジニアリングでは本件電子データの各記載内容全てを得ること
はできず,本件電子データに係る情報は,リバースエンジニアリングによって得ら10
れる情報と比べて,精度と利用価値においてまったく異なるものである。
また,本件電子データに関しては,原告から中間業者,商社又は加工業者に対し
て開示されているということもない。
(被告の主張)
ア営業秘密の特定について15
原告は,営業秘密目録1ないし8及び13ないし15記載の本件電子データにつ
いて,「ファイル名称,作成日,作成者」で特定十分であるとして個別の内容を開
示しないが,その「有用性」,「非公知性」が判断できるだけの技術的情報を特定
することが不可能であり,審理における攻撃防御の対象としてのみならず,執行の
対象としても特定できておらず,「営業秘密」の特定として不十分である。また本20
件訴訟手続外において,原告から一部黒塗りで開示を受けたが,開示された内容は,
目録記載の作成日と異なるもの,作成日が不明であるもの,作成者が不明であるも
のが多数存在している。
イ秘密管理性について
秘密管理性の要件を充足するためには,当該営業秘密に関してその保有者が主観25
的に秘密にしておく意思を有しているだけでなく,従業者,外部者から,客観的に
秘密として管理されていると認められることが必要である。すなわち「秘密として
管理されている」といえるためには,①当該情報にアクセスできる者が制限されて
いること,②当該情報にアクセスした者が,当該情報が秘密であることが認識でき
るようにされていることの要件を充足することが必要であるが,以下のとおり,そ
の要件は,いずれも充足されていない。5
(ア)Yドライブにはアクセス制限がされていなかったこと
本件電子データの全てがYドライブに保存されていたとの原告の主張については,
不知である。
仮に本件電子データがYドライブに保存されていたとしても,Yドライブは,原
告のいう開発課従業員4名(後に同課以外の2名を含む6名)以外のPCからもア10
クセスでき,アクセス制限されていなかった。
すなわち,開発課事務室には共用ノートPCが設置されており,同PCから「Y
ドライブ」へのアクセスが可能であった。同PCは,開発課従業員以外も開発課を
訪れた際に使用することもでき,開発課事務室外に持ち出すことも可能であり,東
川原工場1号棟又は3号棟で使用する際も,HUBに接続すればYドライブにアク15
セスすることができた。しかも,ID及びパスワードは,本社サーバーにアクセス
するために必要なものにすぎず,このノートPCを使用するためID及びパスワー
ドの入力は不要であった。
次に,Yドライブが接続されていたHUBに製造課のP3の業務用端末PCも接
続されていたことは原告も認めるところであるから,P3も「Yドライブ」にアク20
セスできていたはずである。
また,「Yドライブ」は社内LANに接続されているのであって,原告が主張す
るような4名(後に6名)以外のPCも,社内LANを通じて「Yドライブ」にア
クセスすることが可能であったはずである。
そもそも「Yドライブ」は,被告を含む開発課従業員がジーベックに出向してい25
る際に,従業員の間で,USBメモリなどで電子データの交換をしていたのでは容
量が多い情報を交換できないし煩雑であるということで,従業員の一人が家電量販
店で外付けHDDを購入してきて個人使用の各業務用端末PCに接続し,自主的に
「共有ディスク」として使用していたものである。保存されている電子データは,
当時,自由に作成,閲覧,コピー,変更及び削除ができた。被告を含む開発課従業
員及び製造課のP3は,ジーベック出向中も原告に復職した際にも,原告の東川原5
工場2号棟内の開発課事務室で勤務しており,机も一緒であったことから,「共有
ディスク」は開発部門の原告への移管に伴いそのまま移され,「Yドライブ」とな
ったものであり,その管理・使用状況は,ジーベック時代の「共有ディスク」の管
理・使用状況と一緒であった(乙50)。
(イ)秘密として管理されていることの客観的認識可能性がないこと10
次のような事情から,被告は,「Yドライブ」内に保存されている電子データが,
「秘密」として管理されていると知らなかったし,客観的な認識可能性も存在しな
かった。
①被告は,Yドライブが4名(後に6名)にアクセス制限されていることも,
IPアドレスによってアクセス制限されていることも原告から説明を受けたことは15
なかった。また,IPアドレスを原告から教えてもらったこともなく,原告がIP
アドレスの入力画面であるとする画面を見たこともなければ,IPアドレスを入力
したこともない。
②ID及びパスワードは,本社サーバーにアクセスするために必要であったも
のであり,Yドライブにアクセスするために必要であったものではない。20
③Yドライブ内に保存されている電子データのフォルダ名,ファイル名には営
業秘密であると分かる「丸秘」,「対外秘」の記載がなかったし,ファイルにはパス
ワード設定もされていなかった。
④原告のいう「運用ルール」など存在せず,「3分会議」で説明されたこともな
い。「Yドライブ」内の電子データの作成・変更・削除に承認など必要とはされず,25
閲覧,複製は自由であった。
被告のみならず,他の従業員も,Yドライブや与えられていた業務用端末PCや
業務用外付けHDD内の電子データをUSBメモリその他の記憶媒体に複製保存し,
それら記憶媒体を使用して作業をしていたが,指導又は注意を受けたことは一度も
なく,以上のような状況で,被告はYドライブ内の電子データが「秘密」として管
理されていることを知らなかったし,客観的認識可能性もなかった。5
⑤平成23年1月に「Yドライブ」を設置して以後,秘密情報管理規定・電算
管理規定・秘密情報保持誓約書の説明,研修はなく,改訂も行われていない。
秘密保持誓約書は,被告がジーベックに出向していた平成17年に,特に何の説
明もなく署名捺印したものであり,これによって,平成23年1月に運用が開始さ
れたYドライブ内の電子データが営業秘密に当たることを理解することはできない。10
電算管理規定(甲14)・秘密情報管理規定(甲12)は,どの条項が「Yドライ
ブ」に該当するか,条項を一読しただけで,到底,理解できないものである。
秘密情報管理規定の別表-1機密レベル2①「業務遂行上必要な情報で,生産方
法,生産技術,販売方法のノウハウ」,②「業務遂行上必要な情報で,特定の業務を
行う部署,部門,グループ内の情報」,③「研究,開発,市場開拓等に関する情報」15
は,いずれも極めて抽象的な文言であって,広範囲の情報が該当する可能性があり,
具体的に個々の情報に秘密指定のないままで,個々の従業員が①ないし③に該当す
るか否かを判断することは不可能である。
また,秘密情報管理規定の別表-1では,レベル2に該当する情報の具体例とし
て1ないし4を挙げるが,この具体例に該当するものは,全て「本社サーバー」に20
保存されている情報であって,「Yドライブ」に保存されている情報ではない。別表
-1,別表-2は,いずれも,平成15年11月に規定されたもので,「Yドライブ」
は平成23年1月にジーベックから移管されたものであるから,「Yドライブ」保存
データについて想定されていない。
なお,本件電子データには,およそ秘密情報管理規定の機密レベル2に該当する25
とは常識的に考えられない平成16年当時の外注業者サンキコーの加工原価の記載
がある見積書(管理番号875,乙42の17)も含まれているが,被告としては,
このような電子データが,レベル2に該当するような「営業秘密」であると認識す
ることは不可能である。
さらに,Yドライブに含まれる膨大なフォルダについて,営業秘密に当たるもの
と当たらないものとの区別の基準も不明である。5
本件電子データの中には,開発課従業員以外の業務,製造,ジーベック及び外注
加工業者等においても使用するものが含まれ,それら大半は「Yドライブ」として
設置された平成23年1月以前に作成されたものであるから,Yドライブは原告開
発課従業員のみが共有すべきと判断された営業秘密情報の保管場所ではなく,保存
されている電子データも「営業秘密」として管理・使用されていなかったといえる。10
ウ非公知性,有用性について
(ア)本件電子データが非公知性,有用性を有することは全て否認ないし争い,原
告から乙41,乙42(いずれも枝番号を含む。)として一部開示された部分につい
ての非公知性,有用性についての被告の主張は,別紙開示を受けた電子データの有
用性,非公知性についての被告の主張の該当欄記載のとおりである。15
そもそもアルミナ長繊維の製造方法は,もともとアメリカの3M社が開発したも
のであり,日本では住友化学株式会社,ニチビ株式会社,三井鉱産株式会社が開発
及び製造をしており,研磨砥石へのアルミナ長繊維の使用は,原告よりも前に,旭
化成株式会社,双和化成が行っている。アルミナ長繊維の製造方法も,研磨砥石の
製造方法も,多数の特許が存在し,製品も多数市場に出回っている。原告が営業秘20
密として主張するアルミナ繊維営業リストについても,ALF原材料は,特許その
他の刊行物で開示されており非公知ではない。
(イ)本件電子データは,次のとおり,当該情報が事業活動に使用・利用されてい
たり,又は,使用・利用されたりすることによって費用の節約,経営効率の改善等
に客観的に役に立つとはいえず,「有用性」の要件を充足しない。25
①本件電子データは,その作成日がいずれも古いものばかりである。
②管理番号4,9,13及び28に対応する乙47の1ないし4で黒塗りにさ
れている線材の直径の長さ,ブラシの外径,ホルダーの寸法や番手の具体的な数字
は,インターネット上で誰でも閲覧することができる(乙48の1ないし4)。また,
製品は,誰でも購入することができ(乙49の1,2),製品の分析をすれば使用繊
維の成分も結晶構造も分かる。5
接着剤についても,一般的なメーカーが製造しているものであり,外注加工業者
も特殊な業者ではない。
③上記乙47の1ないし4はジーベックが原告に製品の生産依頼するための生
産依頼書であり,また管理番号457,463,495を一部開示する乙47の5
ないし7は,平成19年ないし平成23年の特注品図面であり,ジーベック従業員10
なら誰でも見ることができるものである。また,原告の工場にも他の部署にも印刷
されたものがあり,閲覧制限もないものである。
更に,特注品図面とは,取引顧客先の指示通りに書いた図面であって,10年前
の特注品が現在も使われているとは考えられない。特注品の仕様は取引顧客先から
数社の商社を通して原告に依頼されるもので,その内容は商社も全て把握している。15
(3)本件電子データは,本件誓約書に定められた「営業秘密情報」に当たるか。
(原告の主張)
Yドライブ保存データは,原告の社内基準である原告の秘密情報管理規定の別表
-1機密レベル2に定める①「業務遂行上必要な情報で生産方法,生産技術,販売
方法等のノウハウ」,②「業務遂行上必要な情報で,特定の業務を行う部署,部門,20
グループ内の情報」,又は,③「研究,開発,市場開拓等に関する情報」に該当する。
そのため,原告の社内基準によっても「営業秘密」としての取扱が求められてい
た。したがって,Yドライブ内に保存されていた本件電子データは,本件誓約書に
定められた「営業秘密情報」に当たる。
(被告の主張)25
本件誓約書は,被告がジーベックに出向中,特に説明を受けることなく,署名押
印したものであって,これに基づく合意は無効である。
秘密保持特約が有効とされるためには,保護に値する営業秘密が存在しなければ
ならないが,特約により秘密保持義務を課することはできない。
本件電子データは,保護に値する秘密に該当しないから,誓約書上の「営業秘密
情報」に当たらない。5
(4)被告が本件電子データ又はその複製物の返還義務を負うか。
(原告の主張)
ア本件電子データは,秘密情報管理規定に定める「営業秘密情報」に該当する。
原告の社内規則である秘密情報管理規定の8項の秘密情報の扱いにおいて,原告
従業員は,①秘密情報の非開示・漏洩禁止((5)),及び②秘密情報の不正目的使用10
の禁止((1))が命じられるとともに,秘密保持のため「秘密情報保持に関する誓約
書」と題する書面の提出が義務付けられている((3))。そして,この(3)の規定に基
づき,被告は甲16の誓約書を原告に提出しているのであるから,甲16の文言解
釈は,秘密情報管理規定(甲12)と併せて行われるところ,原告従業員であった
被告は,同規定(甲12)8項に基づき,被告が開発課においてアクセスを許可さ15
れていたYドライブ内の秘密情報の保管を命じられていたのである。
さらに,開発課のP2課長により,被告を含む開発課の従業員は,Yドライブ内
の情報の作成,変更,削除につきP2課長の了承を得るものと指示されていた(甲
56)ことも,被告がYドライブ内の情報につき保管を命じられていたことを裏付
ける事実である。20
イ原告の社内規則である電算管理規定(甲14)12項(データベースの維持,
保存)において,原告従業員による原告の電算機器内に保存された情報の取扱いが
定められている。
原告従業員が使用する業務用端末PCや外部記憶装置であるYドライブは,社内
LANとして構成されている(甲14・第6項(1),(2))ところ,LAN端末を25
使用する原告従業員は,社内のデータのコピー及びプリントアウトしたものの社外
持出禁止(甲14・第12項(2),(3))が命じられている。
また,原告従業員は,会社からアクセス権の付与されていないデータへのアクセ
ス禁止(甲14・第7.2(4))も命じられている。
このように,原告従業員であった被告は,秘密情報管理規定(甲12)やP2課
長の指示に加え,電算管理規定(甲14)に基づいても,被告が開発課においてア5
クセス権を付与されていたYドライブ内の本件電子データの保管を命じられていた
のである。
ウ秘密保持誓約書第2項では,原告従業員保管に係る秘密情報について,原告
従業員が,原告退職時に「資料類(・・・データ・・・電子媒体等一切)」について
返還すべき義務が定められている。10
秘密保持誓約書第2項における返還義務の対象となる電子データには,当該電子
データを電子的に複製したデータも当然含まれる。なぜなら,データ保管に係る社
内規則の適用を受けるデータ・秘密情報には,原データの複製物も含まれており(甲
14第12項(2),(3)及び甲12第8項),何より誓約書第2項の文言解釈として,
電子的に持ち出したデータであれば,原告社内の秘密情報と同一データであったと15
しても,一切返還義務を免れるとする解釈は著しく不合理であり,当事者の合理的
意思に反するためである。
エ被告は現在も原告から複製して持ち出した本件電子データを保有している。
オ以上より,原告は,被告に対し,本件誓約書に基づき,本件電子データ及び
その複製物について,返還を求める権利(請求の趣旨第2項)も有する。20
(被告の主張)
本件誓約書は,被告がジーベック出向中に,特に説明を受けることなく署名押印
したものであり,その内容も,職業選択の自由を不当に制約するものであり,無効
である。
本件誓約書により被告が返還義務を負うのは,「秘密情報管理記載に記載されて25
いる秘密情報(1項)」ではなく,「保管を命ぜられた営業秘密情報(2項)」に限ら
れるところ,被告は原告から,本件電子データそのものの保管も,電子データのコ
ピーの保管も命じられたことはない。
また,原告が返還を求める電子データは「営業秘密」に該当しない。
さらに,被告は,被告業務用端末PC及び被告業務用外付けHDD内の電子デー
タを整理するために,本件外付けHDDにバックアップのためにコピーしたにすぎ5
ず,整理作業終了後に,同HDDをバラバラに壊して廃棄してしまった。したがっ
て,被告は,電子データを所持もしていない。
したがって,被告は原告に対し,本件電子データのコピーの返還義務を負わない。
(5)原告に生じた損害
(原告の主張)10
原告は,被告の不正競争行為により,本件仮処分,保全執行及び本件訴訟の追行
を弁護士に委任せざるを得なかったものであり,被告の不正競争と因果関係のある
弁護士費用相当の損害額は1200万円を超える。
(被告の主張)
原告の主張は争う。15
第3当裁判所の判断
1争点(1)(被告には,「不正の利益を得る目的」又は「その保有者に損害を与
える目的」で本件電子データを開示ないし使用するおそれがあるか。)について
(1)各項末尾記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア被告による原告Yドライブからの電子データの複製等20
(ア)被告は,平成25年4月17日,Yドライブに保存されていた営業秘密目録
1,7及び8各記載の電子データを,被告業務用端末PCに接続した原告の支給品
ではないKingston社製の本件USBメモリに複製し保存した(甲20の1,
甲48)。
(イ)被告は,休日である同年5月4日,業務命令によらず出社し,被告業務用端25
末PCに接続していた被告業務用外付けHDD内のHドライブにかねてからYドラ
イブから複製保存していた営業秘密目録2ないし6,13ないし15各記載の電子
データを,当日,被告業務用端末PCに接続した原告の支給品ではない本件外付け
HDDへ複製し保存した(甲20の2,甲21の1ないし5,甲48)。
被告は,その作業中,被告業務用端末PCからLANケーブルを抜いており,そ
のため,作業中の当該PCは,原告のLANシステムから遮断された状態であった5
(甲8,甲48)。また当日は,同僚のP3が原告に遅れて出社してきたが,被告
は,P3出社後間もなくにパソコンの作業を止めて帰宅した(甲58)。
(ウ)被告は,原告において使用していた被告業務用端末PC及び被告業務用外付
けHDDが原告における被告の後任者において引き続き使用するとの認識のもと,
同月4日から9日にかけての間に,被告業務用外付けHDD内の電子データを消去10
(フォーマット)する作業を,同月9日から14日にかけての間に被告業務用端末
PCのDドライブ内の電子データを消去する作業をした。その際,被告は,短時間
ですむハードディスクをフォーマットする方法を用いず,後に消去された電子デー
タの復元・解析が困難となる大量のファイルのコピーと削除を繰り返す方法を,そ
のような方法であるとの認識のもと用い,前者の作業に合計4時間1分47秒を,15
後者の作業に合計7時間18分1秒を費やした。
(エ)被告によって原告の電子データの複製保存に使用された本件USBメモリ及
び本件外付けHDDは,いずれも原告が支給したものでなく,上記(ア),(イ)の作業
後の被告による管理状況を原告は全く確認できない状態にある。
(オ)被告は,本件USBメモリへの複製保存をする以前の平成24年11月1520
日に3回,本件外付けHDDへの複製保存をした後で原告に退職の申出をする以前
の平成25年5月16日に19回,原告の秘密情報管理規定(甲12)にアクセス
した(甲17,甲18)。
(カ)同年4月17日から同年6月4日までにかけて,管理番号1ないし898と
同一名称及び同一拡張子の電子データは,PCに戻されていない(甲48)。25
イ被告が懲戒解雇されるに至る経緯
(ア)被告は,平成25年5月22日,原告に対し,同年6月末をもって退職した
い旨の意向を伝えるとともに,同月12日から同月28日までの有給休暇の取得を
申し出た。
(イ)原告は,同年5月23日,被告の退職後の予定を聴取するため,被告と面談
の機会を持った。その当時,原告は,被告が双和化成を含む原告の競業会社に転職5
することを危惧し,退職後の予定を被告に問いただしたりしていたが,被告は,退
職後はしばらく無職ですごす予定であるなどと回答した。
(ウ)原告は,同年6月4日,原告訴訟代理人の土門高志弁護士の立合の上で,再
度,被告に退職後に競業会社に転職する可能性も含めて,その予定を聴取した。ま
た,同弁護士においては,被告に対し,競業避止義務等を内容とする誓約書に改め10
て署名するよう説得したが,被告は署名しなかった。
(エ)原告は,同月10日,被告に対し,さらに面談の機会を求め,その面談にお
いて,被告の退職申出の後,原告において進めていた調査により,被告が同年5月
4日に本件外付けHDDを,被告業務用端末PCに接続したことが判明しているこ
とを指摘した。被告は,原告から疑われている作業は,原告退職のための整理作業15
であるとの説明をしていたが,原告から指摘された本件外付けHDDを接続した事
実については知らないと答えた(甲19の1(11頁))。
(オ)原告は,以上の経緯を踏まえ,被告による電子データの複製・持出行為等を
理由として,同年6月29日付で被告を懲戒解雇処分とし,退職金も一切支給しな
かった(甲22の1,2)。20
(カ)被告は,原告のした懲戒解雇処分を,法的手段を用いて争わなかった。
ウ被告と双和化成の関係等
(ア)双和化成は,平成19年頃から,展示会の会場などにおいてジーベックの従
業員,あるいは原告の従業員に対し,双和化成への転職勧誘を行っていた(甲55,
証人P5,証人P2)。被告については,遅くとも平成19年頃から,展示会等の機25
会を通して双和化成の代表者との面識を有していた(甲55,被告本人)。
(イ)被告は,原告を懲戒解雇された後,双和化成の事業に関与するようになり,
平成25年8月頃に双和化成の滋賀工場(甲52)が所在する滋賀県高島市内に引
っ越し,その後,双和化成の研究所(甲52)が所在する京都府相楽郡精華町の現住
所に引っ越し,現在は,双和化成の施設内の7坪ほどの研究スペースにおいて,双
和化成のアルミナ長繊維を用いた製品の製造販売に関する研究を行っている(乙55
0,被告本人)。
(ウ)原告は,双和化成を被告とする訴訟提起に先だち,相手方を双和化成とする
証拠保全を京都地方裁判所に申し立て,平成27年10月1日,双和化成本店等に
おいて,証拠保全手続が実施された。その際,同手続に立ち会った双和化成代表者
は,証拠保全裁判所からの質問に対し,被告と個人的に会ったことはあるが,仕事10
の関係で会ったこともやり取りしたこともなく,お金を払ったこともないと述べた。
その当時,上記(イ)のとおり,被告は,少なくとも双和化成の施設内で場所の提供を
受けて,双和化成のアルミナ長繊維を用いた製品の製造販売のための研究を行って
おり,同日も,同社に出社していた。
エ被告の家族の状況等15
(ア)被告は,妻と3人の子があり,原告に勤務していた当時,原告が所在する長
野県に居住し,妻は看護師として稼働していた。懲戒解雇時は満54歳であり,上
の子は社会人となっていたが,一番下の子がまだ学生であった。
(イ)被告は,原告を懲戒解雇された後,上記ウ(イ)のとおり,転居の上,少なくと
も双和化成の敷地内で同社の業務に関与するようになり,またその後,既に社会人20
となっていた被告の長女も双和化成に事務職として採用され,被告の現在の肩書地
住所で被告と同居している。なお,被告の妻は,転居に伴い看護師として稼働しな
くなったが,被告方では,被告を世帯主としていない(乙10,被告本人)。
(ウ)被告が原告で稼働し,妻が看護師として稼働していた長野県在住当時,被告
方では,自家用車として,被告はステップワゴン,妻はフィットを使用していた。25
被告が原告を懲戒解雇され,滋賀県高島市に転居し双和化成の事業に関与するよう
になった後,被告方では,平成26年4月に大津地方裁判所に原告から本件仮処分
の申立てがされる前に自家用車を買い替え,原告の妻名義でレガシーワゴン及び中
古のメルセデスベンツを保有している(被告本人)。
(2)上記(1)ア(イ)の事実認定の補足説明
被告は,平成25年5月4日,LANケーブルを抜いて前記作業をした事実を否5
認し,原告が根拠とする,IPアドレスが「0.0.0.0」と表示されたPC操
作ログの記録は,被告業務用端末PCにログインしない状態で作業をした結果であ
ると主張し,それに沿った供述をする。
しかし,証拠(甲39)によれば,原告においてネットワークに接続した被告業
務用端末PCは,起動時,ID及びパスワードの入力が要求され,入力せずにキャ10
ンセルボタンを押したり,誤ったIDを入力したりすると,ログインすることがで
きず,被告業務用端末PCを使用することができない設定とされていることが認め
られるから,この点に関する被告の主張を採用することはできない。
被告は,LANケーブルを抜いた状態では,被告業務用端末PCの使用できない
と主張しながら,LANケーブルを抜いた上で複製作業をしたとする原告の主張は15
矛盾していると主張するが,同日午前9時28分のログ記録上,被告業務用端末P
Cのデスクトップ操作として「LOGON」が行われたことが記録されており(甲
48),この「LOGON」とは,被告業務用端末PCを起動し,IDとパスワード
を入力してログインした際に表示されるものであること(甲8)からすれば,同日同
時刻において,被告が,被告業務用端末PCにログインし,社内LANに接続した20
ことが認められる。そして,いったんログインした後にLANケーブルを抜いた場
合に,被告業務用端末PCが使用できなくなることを示す証拠はなく,また,LA
Nケーブルを抜いた同日は,Yドライブからではなく,被告業務用外付けHDDの
Hドライブから本件外付けHDDへ複製をしたものであるから,LANケーブルを
抜いた状態であっても,当該作業は可能であったはずであり,この点は前記認定を25
左右しない。原告の主張は,LANケーブルを抜いた状態では,社内LANに接続
していないため操作ログが不正常な状態で残ることをいっているだけであり,本件
についは,IPアドレスが「0.0.0.0」と不正常な表示となって操作ログが
記録されているのはLANケーブルが物理的に抜かれていたからと推認するのが合
理的であって,これに反する被告の主張は失当である。
(3)以上より検討するに,上記(1)ア認定の事実のとおり,被告は,原告に対して5
退職の意思表示をする直前である平成25年4月から5月にかけて,原告のYドラ
イブに保存され,又はYドライブから被告業務用外付けHDD内のHドライブに複
製保存されていた本件電子データを,本件USBメモリ又は本件外付けHDDに複
製し保存したことは明らかであるが,その後,これらの電子データがそれら記憶媒
体から削除されたことを認めるに足りる証拠はなく,また使用された本件USBメ10
モリ及び本件外付けHDDは,被告管理下にあるはずであるものの,その所在は確
認できない状態にある。
この点被告は,複製保存の対象範囲を争いながらも,そのような作業をしたこと
を認めつつ,まず,その複製保存作業の目的につき,退職前に実施された原告との
面談時から一貫して,原告退職に当たっての後任者に対する引継ぎの一環として行15
ったものであると主張している。
しかしながら,被告は,上記作業中,被告業務用端末PCからLANケーブルを
抜くという特異な行動をとっており,また事後的にも,使用していた被告業務用端
末PCのDドライブ及び被告業務用外付けHDDに保存されていた電子データを,
それら機器が社内従業員に引き継がれるにすぎないとの認識でありながら,あえて20
手間をかけて消去データの復元・解析が困難となる方法で消去しており,被告が,
上記一連の作業内容の痕跡を隠蔽,隠滅しようとしていたことが明らかに認められ
る。
また被告が主張するように,そのような記憶媒体の使用は原告において許容され
ているし,その作業が業務引継のためにした正当な作業であるというのなら,被告25
としては,それら作業内容に疑いを掛けられたことに対し,それら記憶媒体を使用
した旨の説明はもとより,原告に記憶媒体を提供して,自らのした作業内容を明ら
かにすることが容易であるはずなのに,そのようなことをせず,かえって本件外付
けHDDについての使用を原告から初めて指摘された際には,その存在を知らない
ように答えて,結局,懲戒解雇されるに至り,また,その処分を法的手続によって
争っているわけではない。そして,本件外付けHDDについては,懲戒解雇前は,5
その所在について何ら説明しなかったのに,懲戒解雇後の大津地方裁判所の本件仮
処分に始まる裁判手続の場では,バラバラにして廃棄したとの弁解に転じ,いずれ
にせよ,現時点に至っても,本件USBメモリの所在も明らかにせず,本件電子デ
ータが複製保存されて持ち出されたはずの本件USBメモリ及び本件外付けHDD
の内容はもとよりその所在を原告が全く確認できないようにしている。10
加えて被告は,本件訴訟において,原告を懲戒解雇された後間もなく,双和化成
においてアルミナ長繊維の研究協力をしているという限度でその関係を認めている
が,その詳細は明らかではないものの,相当の経済的待遇を受けている様子がうか
がえるところである。他方,被告が主張するように,アルミナ長繊維の研究開発分
野での知識経験を生かすだけなら,双和化成が被告を雇い入れることを躊躇わせる15
要素はないはずであるのに,双和化成の代表者は,平成27年10月に実施された
証拠保全の手続において,双和化成と被告との間に何ら関係がない旨の明らかに虚
偽の回答をして,両者の関係を隠そうとしていたことも認められ,また少なくとも,
現時点でも,研究室を提供するという特別な関係がありながら,その法的関係は曖
昧にされたままである。20
以上の事実関係を総合すると,被告は,双和化成への転職を視野に入れ,これら
本件電子データを双和化成に持ち込んで使用するための準備行為として,原告に隠
れて,それら電子データを本件USBメモリ及び本件外付けHDDに複製保存した
ものと優に推認され,また双和化成においても,そのことの認識がありながら原告
を懲戒解雇されて間もない被告との一定の関係を持つようになったことも推認され25
るから,被告は,原告から示された本件電子データを原告の社外に持ち出した上,
少なくとも,これを双和化成に開示し,さらには使用するおそれが十分あると認め
られる。
2争点(2)(本件電子データの「営業秘密」該当性)について
(1)上記第2の2(3)ウのとおり,本件電子データは,全て被告が所属する開発課
事務室に置かれていたYドライブに保存されていた電子データであるが,証拠によ5
れば,次の事実が認められる。
ア開発課事務室の管理状況等
(ア)原告の東川原工場には,1号棟から3号棟があり,平成23年1月から平成
25年5月の間では,36名から40名程度の原告従業員が勤務していた。同工場
の1号棟では主として高強度アルミナ長繊維の製造,3号棟では主として本件研磨10
ツールの製造が行われ,被告が所属していた開発課事務室は2号棟に置かれ,高強
度アルミナ長繊維及び本件研磨ツールの開発及び製造が行われていた(甲4)。
(イ)2号棟には,南側に玄関として,「通用口」及び「開発課玄関」の2か所存在
し,開発課玄関には,セキュリティボックス内に鍵が保管されており,セキュリテ
ィボックスを開錠するためには,原告から貸与されたセキュリティーカードをかざ15
す必要があった。2号棟の開錠は,開発課従業員に限らず,最初に出社した従業員
(工場従業員,キャリアセンター従業員,製造課従業員等含む)が行っていた。ま
た,開発課事務室に入室制限はなく,開発課従業員以外の従業員が,開発課事務室
を通路代わりに使用することもあった(証人P2)。
イ原告におけるLANシステム20
(ア)平成25年5月当時,原告においては,ネットワークとして,原告本社に設
置されている「本社サーバー」と,別の敷地に所在する原告東川原工場などの各拠
点をLAN回線で繋げることにより,情報ネットワークを形成するLANシステム
が構築されていた(弁論の全趣旨)。そして,同一敷地内の端末やサーバーについて
は,LANケーブル又はUSBケーブルなど有線で繋げられており,別の敷地に所25
在する端末については,NTT広域LAN回線で繋げられていた(甲8)。
(イ)本社サーバー内の電子データは区分けされており,被告がアクセスできる電
子データは,原告社員全体がアクセスできるものに限られていた。また,アクセス
できても,本社サーバー上で,作成,変更,削除ができなかった(甲8,被告本人)。
(ウ)被告を含む開発課従業員は,社内LANに接続する業務用端末PCとバック
アップ用に業務用外付けHDDを一台与えられて業務に使用し,Yドライブを同課5
従業員の共有サーバーとして利用していた。
ウYドライブ設置の経緯及び管理状況
(ア)Yドライブは,ジーベックへの出向社員で開発課を構成していた当時に,社
内LANに接続せずスタンドアロン状態で使用されていた同課従業員が共有のサー
バーとして利用するため設置された市販されている小型のネットワークHDDであ10
る。なお,業務用端末PCとの接続は,具体的には有線ケーブルを用いて接続され,
そのネットワークは他からは独立したものであった(甲56)。
(イ)上記共有のサーバーとして使用されていたYドライブは,平成23年1月,
ジーベックの開発部門が原告に移管されたことに伴い,原告において管理するよう
になり,Yドライブ内に保存されていた電子データも,課長のP2によってフォル15
ダの整理が行われた。ただし,原告移管後の同月7日,Yドライブを社内LANに
接続したことに伴い,Yドライブにアクセスできる者を制限するため,同課従業員
4名のパソコン1台1台にYドライブに接続するのに必要なプライベートIPアド
レスを設定してアクセス制限を施した。その旨は,システム管理係の従業員から,
開発課従業員に説明がされた(証人P2)。20
上記アクセス制限の結果,本来であれば,Yドライブにアクセスするには,まず,
業務用端末PCに電源を入れ,ログインIDとパスワードを入力してデスクトップ
画面を立ち上げ,さらに,ネットワークのドライブの割当画面でドライブにYを選
択し,フォルダー欄に当該業務用端末PCに割り当てられたプライベートIPアド
レスを入力してYドライブにアクセスするという手順を踏む必要があるが,アクセ25
ス制限設定当初から,IPアドレスについては,自動入力設定とされたため,被告
は日常業務において,業務用端末PCを起動した後に,Yドライブにアクセスする
ことについて特別な手順を踏む必要はなかった(証人P2,被告本人)。
(ウ)Yドライブには,平成23年1月当初,原告のLANシステム全体の管理者
であるP7企画課長と同課長の部下の情報技術者を除くと,開発課従業員合計4名
の業務用端末PCと,同課事務室内に設置された共用のノートパソコンからのみア5
クセス可能とされていた。平成24年4月以降は,開発課従業員4名に加え,東川
原工場長P8及び研究技術部長P9もアクセス可能とされた(甲8,甲56)。
(エ)Yドライブには,ジーベック時代からの電子データも含め大量のデータが電
子データで保存されており,開発課従業員は,日常業務において,キーワード検索
などを用いて参考となるフォルダやファイルを検索して利用し,またその電子デー10
タを個人に与えられていた業務用端末PC及び業務用外付けHDDに保存すること
もなされ,さらに外部記憶媒体が利用されることもあった(被告本人)。
(オ)Yドライブに保存されていた電子データについて,フォルダに「丸秘」,「社
外秘」など秘密であることを明示するような表示はされておらず,ファイルにはパ
スワード設定はされていなかったが,被告退職後,Yドライブのフォルダに,「丸秘」,15
「社外秘」との名称を付加するようになった(証人P2)。
(2)本件電子データの秘密管理性について
ア上記(1)ウ(ウ)のとおり,Yドライブは,社内LANに接続されていたものの,
アクセス権を付与する者を限っており,同ドライブへの接続は,開発課従業員4名
(後に同4名以外の2名を含む6名)の業務用端末PC及び開発課事務室に設置さ20
れた共用ノート型PCからのみ可能であり,これらPCには,いずれもログインI
D及びパスワードが設定され,部外者は使用することが不可能なものであったとい
うことからすると,Yドライブ内に保存されていた本件電子データには,客観的に
アクセス制限の措置が講じられていたということができる。
加えて,原告においては,上記第2の2(4)のとおり秘密管理に関する規定を定め25
て従業員にもその趣旨を徹底させる誓約書を提出させており,電算管理規定7.2
(4)によれば,社内LANにアクセスできる原告の従業員は,アクセス権のないデー
タにアクセスしてはならないことや,他人のIDとパスワードを不正に使用しては
ならないとされ,さらに同規定12項(2)によれば,アクセスしたデータをコピーし,
社外へ持ち出すことも禁止されており,さらに不正なアクセスがされないよう監視
する態勢も構築されていたこと(電算管理規定5項)が認められる。5
なおYドライブは,開発課事務室の机上に設置されていた持ち運び可能な小型の
電子機器であるが,上記(1)アのとおり,当該事務室は,原告東川原工場の2号棟
の一室であって外部の者に対する管理はされていたし,同室を同課の従業員以外が
通路代わりに使用することがあったとしても,同課関係者以外が目的も告げずに滞
留し,さらには同事務室内で勝手にPCの操作をできるわけではなかったと考えら10
れるから,物理的なアクセス制限は当然されていたということができ,この点でも,
Yドライブ内に保存されていた本件電子データは客観的にアクセス制限の措置が講
じられていたとする上記判断は左右されない。
そして開発課が取り扱う高強度アルミナ長繊維及び本件研磨ツールの開発及び製
造は,国内では数社しか行っていないものであり,原告は,その技術的優位ゆえに15
本件研磨ツール市場で圧倒的に優位な地位を占めていたものであることは,原告の
従業員であれば当然認識していたと認められるところ,その中でも,開発課従業員
は,ジーベック時代以来,同課所属以外の者のアクセスが制限されているYドライ
ブを利用して,同課所属の従業員間で情報を共有して高強度アルミナ長繊維及び本
件研磨ツールの開発及び製造を日常業務として行っていたのであるから,開発課の20
共有サーバーとして使用しているYドライブに保存されている高強度アルミナ長繊
維及び本件研磨ツールの開発に関わる情報が,原告にとって秘匿の必要が高い情報
であり,そのためYドライブが他の課の従業員にはアクセスが制限されているとの
認識が,当然にあったと認められる(証人P2,弁論の全趣旨)。
したがって,本件電子データを含むYドライブに保存された電子データは全て原25
告によって秘密として管理されていたと認められるし,原告によって秘密として管
理されていたことは,原告の従業員のほか第三者にも客観的に認識可能であったも
のと認められる。
イ被告の主張について
(ア)被告は,Yドライブにアクセス制限の措置がなかったように縷々主張し,そ
の旨を供述するが,原告がアクセス権を付与されていたとする6名以外の者による5
アクセス可能性を裏付ける具体的証拠があるわけではない。
被告は,開発課従業員ではないP3のパソコンもYドライブが接続されたHUB
に接続された点を指摘するが,被告は,P3がYドライブにアクセスしているのを
見たことはないと供述しており,結局,P3がYドライブにアクセス制限がなかっ
たことを裏付けているわけではない。開発課事務室にある共用ノートパソコンにつ10
いても,そもそもYドライブにアクセスできていたことを認めるに足りる証拠はな
いし,共用ノートパソコンのログインID及びパスワードが研究従業員以外の従業
員に知らされていたというような事情は認められないから,やはりYドライブに対
するアクセス制限が設定されていたという前記認定を左右されない。
そして,被告は,開発課外のパソコンからも,社内LANを経由してYドライブ15
にアクセスすることが可能であったはずとさえ主張するが,Yドライブは,ジーベ
ック時代であっても,開発課内だけで接続して物理的に他からのアクセス制限をし
ていたのであり,ただ原告移管に伴い,Yドライブを社内LANに接続するに当た
り,開発課のみのアクセス制限の措置を講じたというのであるから,その経緯に照
らして,移管後はYドライブのアクセスを開発課従業員に限ったとする説明は合理20
的であり,これを打ち消す具体的証拠があるわけではないから,被告が主張するよ
うな事態があろうはずもなく失当である。
(イ)被告は,Yドライブにはジーベックに出向中の原告従業員が開発課内での情
報交換の便宜のために自主的に始めた共有ディスク時代からの古い電子データが多
く含まれていることを指摘するが,本件電子データは,その当時の電子データ等を25
多く含んでいるものの,その当時であっても,上記のとおり,同課内のみでアクセ
スできる使い方をされていたというのであるし,それが上記(1)ウの経緯で原告へ
移管されて原告のもとでYドライブとしてアクセス制限の措置を講じられて管理が
されている以上,その当時からの電子データを含めて「秘密」として管理されてい
るということは妨げられないというべきである。
(ウ)被告は,原告からなされたYドライブについての説明や,IPアドレスの設5
定などのアクセスの制限について全く説明がなされておらず,そのほか原告が主張
する秘密管理の措置を全く認識していないから,営業秘密であることの認識がなか
ったように主張し,供述する。
しかしながら,上記1(1)ア(イ)で認定したとおり,被告は,Yドライブに保存さ
れた電子データを本件USBメモリ及び本件外付けHDDを用いて社外に持ち出そ10
うとする際に,そのことの痕跡が残らないような方法をとっており,そればかりか
被告業務用端末PCのDドライブ及び被告業務用外付けHDDについて,消去デー
タの復元・解析が困難となるような方法で消去しているから,むしろ本件電子デー
タが秘密として管理されていること,その発覚が大きな問題を引き起こすことも十
分認識していたと認められ,そうであれば,上記(1)ウ(イ)認定のとおりの説明は,15
被告を含む開発課の従業員になされ,各従業員は,そのことを明確に認識していた
ものと認定するのが相当である。
(エ)被告は,Yドライブに保存されたフォルダ名に「丸秘」,「社外秘」などと記
載されていなかったことや,パスワードがほとんど設定されていなかったこと,Y
ドライブに保存すべきファイルについて,P2課長の決裁を受けるなど原告のいう20
「運用ルール」が徹底されていなかったことを主張し,その旨を供述するところ,
確かにYドライブに保存されているフォルダに「丸秘」,「社外秘」との名称が付記
されるようになったのは,被告を懲戒解雇した後のことであるし,被告が原告在籍
中,電子データにはパスワード設定がされていないし,開発課従業員は業務用端末
PCにYドライブから電子データを取り込んで複製保存することが自由にされてい25
たこともうかがえ,原告がいう「運用ルール」が厳格に実施されていたことを認め
るに足りる証拠はないから,その限りでは,秘密管理の在り方としては十分なされ
ていなかったということができる。
しかし,被告が指摘する秘密管理が徹底していないという問題は,Yドライブに
保存された電子データを日常業務において使用する原告における最重要製品の研究
開発を行う課に属する少人数の従業員という外部に閉ざされた関係者内部の問題に5
すぎず,これらの者は,その取扱い対象の本件電子データが秘密として管理されて
いることを当然認識していたのであるから,これらの者による本件電子データの管
理についての上記問題は,秘密として管理されていたとする上記認定を左右するも
のではないというべきである。
(3)本件電子データの非公知性及び有用性について10
ア非公知性について
(ア)本件電子データは,高強度アルミナ長繊維及び本件研磨ツールの開発製造に
関連して原告における日常業務活動において作成された電子データが蓄積され保存
されたものであるが,原告が営むアルミナ長繊維に関わる事業活動が国内で数社に
とどまり,これらの事業に関する情報の秘匿の必要性が高く,およそ社外の者に開15
示されることが予定されていないことが明らかであることからすると,アクセス制
限のもとに管理されていた高強度アルミナ長繊維及び本件研磨ツールについての技
術情報及び営業情報を含む本件電子データは,「公然と知られていないもの」と認め
ることができる。
(イ)被告は,原告から一部開示された電子データの情報(乙47の1ないし4)20
に関し,その記載の情報の一部はインターネット上で公開され(乙48),また購入
可能な製品(乙49の1,2)の情報であるから,当該製品を分析すれば,寸法のみ
ならず,使用繊維の成分も結晶構造も判明するものであり,上記情報は非公知と認
められないと主張する。
しかし,乙47の1ないし4に記載された情報のうち,少なくとも,「使用繊維」,25
「原材料」,「材質」は,提出に係る証拠(乙48又は乙49の1,2)のほか,イ
ンターネットその他の方法により公開されているとは認められない。また製品を分
析することが技術上可能であるとしても,そのためには相当の費用をかける必要が
あるはずであって,そのことをもって容易に知り得るとまでいえない以上,非公知
といって差し支えない。なおさらに,乙47の1ないし4に記載されている「製造
メーカー」や「外注加工業者」の情報も,公開されているものと考えられないから,5
この点で非公知の情報であるともいえる。
また被告は,乙47の5ないし7をはじめ,本件電子データの中には,原告の他
部署や,取引相手も保有している電子データが含まれており,開発課従業員のみが
共有すべき秘密情報とはいえないものもある旨主張するが,それら電子データが原
告において秘密として管理されていたというべきことは前記のとおりであり,他部10
署や第三者も当該データを保有しているとしても,開発経緯や取引内容に係るそれ
らデータを他部署や第三者が漫然と放置又は公然と開示しているなど事情が認めら
れるわけではないから,本件電子データが非公知であるとの判断は妨げられない。
イ有用性について
(ア)そして高強度アルミナ長繊維という素材を,現在,生産しているのは,日本15
国内では原告とニチビ株式会社,世界的には,3Mを含めた3社のみであり,また,
高強度アルミナ長繊維を用いた本件研磨ツールを製造販売しているのは原告のみで
あること(双和化成の研磨砥石は他社生産の高強度アルミナ長繊維を用いている。)
(甲4,証人P2),その原告において本件電子データは上記認定してきたように秘
密として管理され,その高強度アルミナ長繊維及び本件研磨ツールの開発製造を担20
当する開発課従業員のみによって日常業務において利用されていたものであること
などからすると,技術情報及び営業情報全般に及ぶ本件電子データは,同種事業を
営もうとする事業者にとって,今後の製品開発の上でも新規顧客との取引開拓の上
でも有益な情報であることは容易に認めることができ,これに訴え変更後別紙2で
特定される個々の電子データの概略的内容を合わせ考えると,①アルミナ繊維原料25
リスト(営業秘密目録1),②本件研磨ツール「定型品」の規格・標準類(同2),③
研磨ツール「定型品」図面(同3),④アルミナ繊維原価計算書(6品種の計算書)
(同4),⑤本件研磨ツール「定型品」の原価計算書・見積資料(同5),⑥本件研磨
ツールの「見積もりノート」と「単価表」(顧客への見積もり記録,決定仕切価格一
覧表)(同6),⑦本件研磨ツールの輸出貿易管理令該非判断【社外秘】表示資料(同
7),⑧本件研磨ツールの研磨粉の安全性検討資料(同8),⑨本件研磨ツール特注品5
の顧客別図面の電子データ(同13),⑩本件研磨ツール特注品の顧客別の規格の電
子データ(同14),⑪本件研磨ツール特注品の顧客別の見積の電子データ(同15)
からなる本件電子データは,その営業秘密目録ごとに訴え変更後別紙3の有用性欄
記載のとおりの「有用性」があるものと認定することができる。
なお,本件電子データの中には,作成日時の古いものも存在するが,原告の開発10
課においては,日常業務において,Yドライブに保存された古いファイルは変更,
改定して使用され,また,従業員は,キーワードを用いて必要な過去の電子データ
を検索して,これを参照するというのであるから(上記(1)ウ(エ)),原告においては,
過去の特定顧客の特注品に関する電子データであっても,当該データの使用により
業務の効率化が図られていたことは明らかであって,そうであれば,これらの電子15
データは,同種事業を営もうとする事業者にとっても客観的有用性は十分認められ
るというべきである。また営業情報についても,たとえ古いものであっても同主事
業を営もうとする事業者にとっては,顧客情報としても,また営業方針等を検討す
るための資料としても有益であることは否定できないから,やはりこれらの電子デ
ータにつき,同種事業を営もうとする事業者にとっての客観的有用性は十分認めら20
れるというべきである。
さらに被告は,個々の電子データについて,それら単独で用いても,原告と同様
の品質を有する高強度アルミナ長繊維を製造することはできないので有用性がない
とも主張するが,本件電子データは,高強度アルミナ長繊維及び本件研磨ツールに
関する技術情報として長年蓄積され,広い範囲に及んでいるものと認められるから,25
個々の電子データとしては有用性が少ないものであったとしても,それらは一緒に
持ち出された他の電子データと一緒に用いられるものであり,加えて高強度アルミ
ナ長繊維及び本件研磨ツールの分野においては明らかに非公知の技術情報及び営業
情報である以上,そのような有用性が少ない情報であっても,同分野に新規参入し
て事業を営もうとする事業者にとって,これらの技術情報を用いれば新規製品の開
発の効率化が図られることは否定できないから,それらの電子データを含めて客観5
的有用性は十分認められるというべきである。
(イ)また一部開示された証拠関係について被告の主張する点について個別に検討
してみても,前記のとおり,乙47の1ないし4に記載された情報のうち,少なく
とも,「使用繊維」,「原材料」,「材質」は,インターネットその他の方法により公開
されているとは認められない情報であるから,これら情報を入手した者は,費用を10
かけて製品分析をすることなく製品開発に係る情報を入手することができるなど,
経費の節減又は事業の効率化を図れるというべきであり,さらに,乙47の1ない
し4に記載されている「製造メーカー」や「外注加工業者」の情報は,これを取得
することによって,製品開発に当たって取引を開始すべき有力な候補を把握するこ
とが可能となるものであることからすれば,乙47の1ないし4に記載の情報は一15
体として有用なものというべきである。
(4)その他の被告の主張について
被告は,本件仮処分,京都地方裁判所における原告と双和化成との間の訴訟及び
本件訴訟において,原告が営業秘密であると主張する対象データの範囲が異なり,
その具体的内容も訴訟上開示されていないことから,営業秘密としての特定を欠く20
ものと主張する。
しかし,本件電子データは,営業秘密目録1ないし8,13ないし15記載のと
おり,ファイル名称,作成日時,作成者で特定されていることに加え,訴え変更後
別紙2において,各データにつき有用性に関連付けられる内容の説明がされており,
原告が営業秘密として主張する情報の特定に欠けるところはないというべきである。25
被告の営業秘密の特定を巡る主張は,不正競争防止法2条6項所定の有用性,非公
知性の議論をするためとして,本件電子データの詳細の全面的開示を求めていると
いえるが,本件訴訟において営業秘密が特定されているというためには,その全て
を開示するまでの必要はなく,上記要件充足の有無を判断することができれば足り
るところ,本件においては,本件電子データの個別の電子データのファイルは特定
され,その概略的内容も開示されているところであり,本件電子データの原告にお5
ける管理状況,日常業務における使用状況,さらには本件電子データが,原告が市
場をほぼ独占している高強度アルミナ長繊維及び本件研磨ツールの開発製造等に関
する情報であることなどの諸事情を総合して判断すれば,上記認定してきたとおり,
本件電子データの有用性,非公知性は十分認定できるから,有用性,非公知性の議
論のため開示特定が不十分であるという被告の主張は失当であって採用できない。10
また被告は,本件仮処分の申立て以来,営業秘密の対象が変動している点につい
ても問題とするが,訴訟手続において請求の対象とする営業秘密の範囲については,
手続の迅速性や立証の困難性,コスト面等様々な要素から原告において任意に選択
すべきことであり,変動する理由が被告に明らかにされないからといって,営業秘
密としての特定を欠くことにはならない。15
(5)以上より,本件電子データは,秘密として管理され,非公知有用な技術上又
は営業上の情報であるということができるから,不正競争防止法上の営業秘密に当
たるものと認められる。
3小括
以上によれば,本件電子データで特定される情報は,不正競争防止法上の営業秘20
密と認められ,また原告の開発課従業員としてYドライブのアクセス権を付与され
本件電子データを示されていたといえる被告は,双和化成への転職を視野に入れ,
原告に隠れて,これら本件電子データを本件USBメモリ及び本件外付けHDDに
複製保存したものと認められるから,被告は,原告から示された本件電子データを
原告の社外に持ち出した上,双和化成の業務において,同社に同データを開示し,25
そうでなくとも,同社において,原告在職時同様に日常業務の参考資料として同デ
ータを使用する目的があったものと認められる。
したがって,原告から本件電子データにより営業秘密を示された被告は,不正の
利益を得る目的で,これを双和化成に開示し,あるいは使用するおそれがあるとい
えるから,不正競争防止法2条1項7号の不正競争該当を前提に,同法3条1項に
基づく開示,使用差止めの請求には理由がある。5
4争点(4)(被告が本件電子データ又はその複製物の返還義務を負うか。)につ
いて
(1)原告は,本件電子データについて,使用,開示の差止めを求めるほか,本件
誓約書2項の規定に基づき,本件電子データという無形物そのものの返還を求めて
いる。10
しかし,本件電子データが本件誓約書にいう「営業秘密情報」に該当するか(争点
(3)),またそもそも本件誓約書に基づく合意が有効であるか否かの点をさておいて
も,原告が主張の根拠とする本件誓約書2項の規定に基づき,原告が主張するよう
な本件電子データという無形物そのものを,同規定にいう保管を命ぜられ,その返
還義務を負う対象と解することはできないから,その返還請求には理由がないとい15
うべきである。
すなわち,確かに原告が根拠とする本件誓約書2項の規定により,保管を命ぜら
れて返還することが義務付けられている資料類の例示には,無形物である情報その
ものを指すと解し得る「データ」という文言を含まれているが,同条の規定は,「・・
私が保管を命ぜられた貴社の営業秘密情報及び個人秘密情報に関する資料類(製品,20
試作品,文書,データ,図面,電子媒体等一切)を責任を持って保管し」,「退職時
にはこれら全ての資料を貴社に返還すること」と定めているから,この規定に基づ
き返還請求ができる対象とされるのは,「保管を命ぜられ」,「責任を持って保管」す
るとされた「営業秘密情報」,「に関する資料類」であるということになる。そして,
まず「資料類」という用語からして,その対象は,無形物である情報そのものでは25
なく情報が記録されたところの有形の媒体を指すものと解するのが自然である。加
えて,「データ」以外の本件誓約書2項の括弧書きの「営業秘密情報・・に関する資
料類」の例示は,「製品,試作品,文書,図面,電子媒体等一切」という,全て日常
用語としての保管,返還に馴染む物理的な存在を有する物である。また本件誓約書
の他の規定をみても,1項は,「秘密情報の保持」として,「貴社の秘密情報管理規
定に記載されている秘密情報については,在職中はもとより退職後も貴社の書面に5
よる許可なくして自ら使用し,あるいは第三者に開示することなど一切漏洩しない
こと」と定めているのに対して,2項は,「機密資料の保管・返還」として上記の規
定を定めているのであるから,本件誓約書上では,「情報」と「資料」という二つの
文言は明らかに使い分けられ,「情報」は保持され,また漏洩を禁止する対象である
が,「資料」は保管,返還の対象であって,この関係でも資料は,有形物を前提とし10
ていると解するのが自然である。
そのほか関連規定をみても,秘密情報管理規定では,秘密情報全般の管理の在り
方について,「第三者に開示・漏洩をしてはならない。」(8項(5))ことが基本とさ
れ,「書面による営業秘密情報」については「開示された者が責任を持って保護,保
管,廃棄の管理をする。廃棄する場合は,シュレッダー等で裁断または焼却して,15
社外へのデータ流出を防止する。」(6.3(2))とし,また別表―2では,「文面の
情報」は,「開示された者の責任で保管,廃棄を行う。」とされているから,営業秘
密情報が書面という物理的存在に記録された場合には,開示された者が原告から独
立した形で保管することが想定されているといえるのに対し,本件で問題となる,
無形物にすぎない「電算機器内の営業秘密情報」については,「「電算管理規定」に20
よる。」(6.3(1))とされているだけである。そして,その電算管理規定では,「デ
ータをコピーし,」あるいは「データをプリントアウトし,意図しない目的で」社外
へ持ち出すことがそれぞれ禁止されており(12項(2),(3)),ここでは「データ」
は明らかにコンピュータで処理する情報という意味で用いられ,これについては「書
面による営業秘密情報」のような,開示を受けた者が「返還」を前提に「責任を持25
って保管」する事態は想定されていない(なお,電算管理規定の7.2(2)に,「使
用者は,各端末パソコン内のデータバックアップを定期的に責任を持って行う。」と
する規定があるが,これは営業秘密とは関係なく,使用パソコン内のデータバック
アップを求めているから,この規定と本件誓約書2項の規定を関連づけて解釈する
ことはできないというべきである。)。
以上を総合して検討すると,確かに本件誓約書2項の規定のいう「営業秘密情報・・5
に関する資料類」に,無形の情報そのものを指すと解され得る「データ」という文
言が含まれているものの,これを無形物としての情報そのものと理解すると,本件
誓約書1項,2項の規定振りとして不整合となるし,また秘密情報管理規定,電算
管理規定との関係でも解釈上,疑義をもたらすものであるから,ここにいう「デー
タ」とは,保管し返還することが求められる資料類として例示されている「製品,10
試作品,文書,図面,電子媒体等一切」と同じく,物理的存在を認識し得る資料一
般を指す意味で用いられていると解するのが無理はなく,したがって本件誓約書2
項にいう「保管を命ぜられ」,返還を義務付けられる対象としての「データ」とは,
無形物としての情報ではなく,その情報が記録されている媒体一般を指していると
解するのが相当である。15
したがって,本件誓約書2項に基づき,被告が不正に取得した「営業秘密情報」
そのものを,被告が返還を前提として「保管を命ぜられ」ていたと認めることはで
きないし,また情報という無形状態のままで特定して返還する義務を負うものと解
することはできないから,本件電子データそのものを対象とする返還請求は,その
余の点について検討するまでもなく理由がないといわなければならない。20
(2)他方,上記3のとおり,被告に対する不正競争防止法2条1項7号の不正競
争を理由とする3条1項に基づく本件電子データの開示,使用の差止請求には理由
があるから,原告が予備的請求とする同条2項に基づく本件電子データ及びその複
製物の廃棄請求には理由がある。
5争点(5)(原告に生じた損害)について25
本件事案の内容及び被告の不正競争行為から本件訴訟に至る経緯のほか,本件に
現れた一切の事情を考慮すると,被告の不正競争等と因果関係のある弁護士費用相
当の損害額は,500万円の限度で認めるのが相当である。
6以上より,原告の請求は,①不正競争防止法3条1項に基づく営業秘密の使
用開示の差止請求,②同2項に基づく本件電子データ及びその複製物の廃棄請求,
③不正競争防止法4条1項に基づく弁護士費用相当額500万円及びこれに対する5
平成27年4月1日から支払済みまで年5%の割合による遅延損害金の支払を求め
る限度で理由があるからその限度で認容することとし,その余は理由がないから棄
却することとし,訴訟費用の負担につき,民訴法61条,64条本文を,仮執行宣
言につき259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
なお,主文第1項,第2項及び第5項に仮執行宣言を付するのは相当ではないか10
ら,これを付さないこととする。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官
森崎英二
裁判官
野上誠一
裁判官
大川潤子

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