弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成17年(わ)第27号
判決
主文
被告人を罰金10万円に処する。
その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期
間被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成14年9月13日にスクーバダイビングの資格認定団体であるa
からオープン・ウオーター・スクーバ・インストラクターの認定を受け,沖縄県島
尻郡b村cd番地eに事務所を置き,マリンスポーツの指導及び水中ガイド等を行
う有限会社fに所属し,ガイドダイバーとしてダイビング客に対する引率業務に従
事していた。
被告人は,同15年7月3日午前9時20分頃,同社ファンダイビングコースを
()「」,申し込んだダイビング客であるg当時29歳ら6名を遊漁船hに乗船させ
同日午前9時54分ころ,同郡i村jkl番地所在のm灯台から真方位90度約2
900メートル先の海上において,同船を停船させ,同所から,上記gら6名に対
し,同社研修生であるnを補助者として指揮しながら,業務として,圧縮空気タン
クなどのアクアラング機材を使用してダイビングの引率業務を開始したところ,そ
もそもスクーバダイビングは,圧縮空気タンク内の限られた空気をもとに水中高圧
下で行う活動であるから,些細なトラブルから溺死等の重大な事故につながりかね
ない危険性を内包している上,上記gは,潜水経験が少なく,かつ,潜水技術が未
熟であり,水中での不安感等からパニック状態に陥り,自ら適切な措置を講ずるこ
とができないまま溺水するおそれがあったのであるから,引率者である被告人とし
ては,自らあるいは上記nを指揮して,上記gがパニック状態に陥りそうな兆候が
ないかに配慮し,同人に不測の事態が発生した場合には直ちに適切な救助措置がで
きるよう,上記gを監督下に置いてその動静を注視しつつダイビングの引率業務を
行い,同人の安全に配慮すべき業務上の注意義務があった。
しかるに,被告人は,これを怠り,同日午前10時27分ころ,水深約10.6
メートルの海底の岩に巻き付けていた上記hの錨につながった鎖及びアンカーロー
プが外れかけていたことから,上記gらを海底から約3.8メートルの地点にある
岩付近(水深約9.1メートル)に待機させたまま,上記nに対して適切な指示を
することなく,上記gから約6.6メートル離れた上,約1分20秒間にわたって
上記鎖を海底の岩に巻き付ける作業を行い,その間,上記gを監督下に置いてその
動静を注視し同人の安全に十分配慮することをしなかった過失により,上記gがパ
ニック状態に陥り,自ら適切な措置をとることができないまま溺水させ,よって,
同日午前10時29分ころ,上記海中付近において,同人を上記溺水により死亡す
るに至らしめたものである。
(争点に対する判断)
第1本件公訴事実
平成17年1月31日付起訴状公訴事実については,同年9月12日付で検察官
から予備的訴因の変更請求がなされた(以下,起訴状公訴事実の訴因を「主位的訴
因」と言う)。
1主位的訴因,予備的訴因共通の事実(以下「前提事実」ともいう),。
被告人は,平成14年9月13日にスクーバダイビングの資格認定団体であ
るaからオープン・ウオーター・スクーバ・インストラクターの認定を受け,
沖縄県島尻郡b村cd番地eに事務所を置き,マリンスポーツの指導及び水中
ガイド等を行う有限会社fに所属し,ガイドダイバーとしてダイビング客に対
,,する引率業務に従事していた者であるが同15年7月3日午前9時20分頃
()同社ファンダイビングコースを申し込んだダイビング客であるg当時29歳
ら6名を遊漁船「h」に乗船させ,同日午前9時54分ころ,同郡i村jkl
番地所在のm灯台から真方位90度約2900メートル先の海上において,同
船を停船させ,同所から,上記gら6名に対し,同社研修生であるnを補助者
として指揮しながら,圧縮空気タンクなどのアクアラング機材を使用してダイ
ビングの引率業務を開始したところ,そもそもスクーバダイビングは,圧縮空
気タンク内の限られた空気をもとに水中高圧下で行う活動であるから,些細な
トラブルから溺死等の重大な事故につながりかねない危険性を内包している。
2主位的訴因の要旨(上記1記載以降の事実)
ダイビング客の中には,潜水経験が少なく,潜水技術が未熟な者がおり,不
安感や恐怖感から,圧縮空気タンク内の空気を通常より多量に消費し,引率者
の適切な指示,誘導がなければ,空気残圧を使い果たすなどしてパニック状態
に陥り,自ら適切な措置を講ずることができないまま溺水する可能性があった
,,,のであるから引率者である被告人としては自らあるいは上記nを指揮して
上記ダイビング客が余裕を持って上記hに帰還できるように,上記ダイビング
客の圧縮空気タンク内の空気残圧量を絶えず把握するとともに上記ダイビング
客の動静を注視し,その安全を確認すべき業務上の注意義務があるのに,これ
を怠り,同日午前10時28分ころ,上記ダイビング客を引率して浮上を開始
するにあたり,水深約12メートルの海底の岩に巻き付けていた上記hの錨の
ロープが外れていたことから,同ロープを巻き直す間,上記ダイビング客の圧
縮空気タンク内の空気は十分残っているものと軽信し,かつ,上記nに対して
も,上記安全確認の指示をすることなしに,上記ダイビング客を水深約10メ
ートルの海底に待機させたまま,同ロープを岩に巻き直す作業を行った過失に
より,その間,上記gが圧縮空気タンク内の空気を使い果たしてパニック状態
に陥り,自ら適切な措置をとることができないまま溺水させ,よって,同日午
前10時29分ころ,上記海中付近において,同人を上記溺水により死亡する
に至らしめたものである。
3予備的訴因の要旨(上記1記載以降の事実)
gは,潜水経験が少なく,かつ,潜水技術が未熟であり,引率者からの適切
な指示,誘導がなければ,水中での不安感等からパニック状態に陥り,自ら適
切な措置を講ずることができないまま溺水するおそれがあったのであるから,
引率者である被告人としては,自らあるいは上記nを指揮して,上記gがパニ
ック状態に陥りそうな兆候がないかに配慮し,同人に不測の事態が発生した場
合には直ちに適切な救助措置ができるよう,上記gを常に監督下に置いてその
動静を注視しつつダイビングの引率業務を行い,同人の安全に配慮すべき業務
上の注意義務があるのにこれを怠り,同日午前10時27分ころ,水深約12
メートルの海底の岩に巻き付けていた上記hの錨につながれた鎖が外れていた
ことから,上記gらを海底から約3.8メートルの地点にある岩付近に待機さ
せたまま,上記nに対して適切な指示をすることなく,不用意に上記gから約
6.6メートル離れた上,約1分20秒間にわたって上記鎖を海底の岩に巻き
付ける作業を行い,その間,上記gの動静を注視しなかった過失により,上記
gをパニック状態に陥らせ,自ら適切な措置をとることができないまま溺水さ
せ,よって,同日午前10時29分ころ,上記海中付近において,同人を上記
溺水により死亡するに至らしめたものである(なお,検察官は,第3回公判。
期日に,予備的訴因においては,gがパニックに陥った原因は不明であると主
張する)。
4訴因変更に関する弁護人の主張に対する判断
弁護人は,両訴因に公訴事実の同一性があることは争わないものの,以下の
とおり,本件訴因変更請求は,違法である旨主張する。
すなわち,検察官は,gが圧縮空気タンク内の空気を使い果たしてパニック
状態に陥ったことを前提に起訴し,これに対して弁護人は,gの空気残圧がゼ
ロになった点を中心に争い,検察官請求のo証人の尋問が行われたが,検察官
は訴因事実の立証に失敗したところ,検察官は,gがパニックに陥った原因は
不明であるとして,本件予備的訴因変更請求をなした。しかし,検察官は,本
件事故後,約1年6ヶ月にわたり,海上保安庁と共同して必要な捜査を遂げ,
その成果として訴因を特定して起訴したにもかかわらず,被告人及び弁護人は
これを受けて反論,反証をしたところ,本件訴因の変更を請求したもので,本
件予備的訴因変更請求は,適正手続を保障する憲法31条,二重の危険の禁止
を定める憲法39条後段,刑事訴訟手続における信義誠実の原則を定める刑事
訴訟法1条,刑事訴訟規則1条2項に反するものである。
そこで,この点について検討する。
本件においては,一件記録によれば,本件主位的訴因に関し,第2回公判期
日に検察官請求のo証人の尋問が行われたが,同証人は,被告人に対するfの
規約等の説明や,gの圧縮空気タンクの空気残圧がゼロになった原因などにつ
いて,捜査段階における供述と異なる供述を行ったこと,その後,予備的訴因
変更請求をなす必要性が顕在化し,同証人の尋問が実施された第2回公判廷の
後で第3回公判前の時点で,検察官による予備的訴因変更請求がなされ,同時
点においては,罪体に関する被告人質問も未了であったことが認められ,これ
らの経過に照らすと,本件予備的訴因変更請求が,憲法31条,39条後段,
刑事訴訟法1条,刑事訴訟規則1条2項に反するものとは認められず,弁護人
の主張は採用できない。
第2事実認定における争点
弁護人は,①主位的訴因については,被告人には,ダイビング客の残圧量を把
,,,握しその安全を確認する業務上の注意義務はあるがこれは状況に応じて把握
確認すれば足りるものであり,被告人に注意義務違反はなく,また,そもそもg
は圧縮空気タンク内の空気を使い果たしてパニック状態に陥ったものではなく,
同事実を前提とする検察官の主張は失当である旨主張し,②予備的訴因について
は,被告人には,ダイビング客であるgの状況を確認し,その安全を確認すべき
業務上の注意義務はあるが,gを常に監督下に置いてその動静を注視する義務は
なく,被告人はアンカーロープを巻き直す作業をする前にgを岩に掴まらせ,待
機するように指示を出す措置をしており,被告人としては上記状況確認,安全確
認の注意義務を尽くしたものであり,被告人に過失はない旨主張する。
そこで,以下,検討する。
第3証拠により認定できる事実
前掲関係証拠によれば,次の事実が認められる。
1スクーバダイビングは,圧縮空気(高圧空気)の入った空気タンクを携行し
て,このタンクの空気を呼吸して潜水を行う活動であり,水中で魚類の鑑賞な
どを行うレジャー活動としても普及しているものである。スクーバダイビング
については,これを教育,指導する団体(任意団体あるいは株式会社)が行う
潜水教室があり,これに参加して,一定の課程を修了すると,この団体から認
定証(CertitiateCard,略称Cカード)が発行されるシステ
ムになっている(なお,この認定証は国家資格ではない。。)
被告人は,平成14年9月13日,a(上記団体のひとつ)から,オープ。
ン・ウオーター・スクーバ・インストラクター(スクーバダイビング客の引率
業務や,初心者に対するダイビングの講習業務を行うことができる資格)の認
定を受けた。
その後,被告人は,同年11月ころから,マリンスポーツの指導及び水中ガ
イドの業務などを目的とする有限会社fに所属して,ガイドダイバーとしてダ
イビング客に対する引率等の業務に従事した。
fでは,ファンダイビングは,参加の条件として,ダイビング団体発行のC
カード(aではオープンウオーター・ダイバー)を持っていることが必要であ
った。
2aのオープン・ウオーター・ダイバー(以下「OW」と言う)は,学科,。
講習,4本の海洋実習などを経て(水中)マスククリア(水中マスクの中に,
入る水を出す技術を言う,レギュレータークリア(レギュレーターは,空。)
気調整器であり,空気タンクのエアを吸うための機材である。レギュレーター
クリアは,レギュレーターに入ってくる水を出す技術を言う,水中での浮。)
力調節などの潜水に必要な基本的技術を習得したとしてaから水深18メート
ルまでのファンダイビングの資格の認定を受けた者である。
OWの資格を取得した者は,プロのインストラクターやダイブマスター(一
般ダイバーを引率するガイドダイバーの資格の一種)などの資格者を伴わな。
くとも,潜水することができるが,単独潜水は危険を伴うことから,バディ潜
水(OW以上の有資格者2人以上で潜水することを言う)をすることが推奨。
されている。平成15年7月当時,fにおいては,ガイドダイバーと当該ファ
ンダイビングの客達との間でバディを組む,チームバディと呼ばれるバディシ
ステムを取っていた。
aにおいては,ダイバーがダイビングに当たってどの程度の残圧を残してお
くべきか,について特に決まりはないが,fでは,エア切れ(圧縮空気タンク
内の空気を使い果たすこと)を防止し,ダイビング客の安全に配慮する目的。
で,平成7,8年ころ「潜水中はゲスト(ダイビング客)の残圧をチェック,
し,50Bar(1Barは約1気圧で,かつ,約1キログラム/平方センチ
メートル(甲10。以下,平方センチメートルを略す)を残して浮上させ。)
る」などと定めた安全基準を作成し,さらに,同14年12月ころ「残圧の,
確認の仕方(残圧が100もしくは70になったら自主報告してもらうように
お願いする)最低2回は確認する事,但し残圧が70以内になったら頻繁に行
う事但しポイントによって残圧確認のやり方は変更がある」などと定めた規
約を作成していた。
3被告人は,潜降や中性浮力などの基本的な技術を使いこなす技能に達するの
は,OWの資格取得後ブランクがないことを前提として,大体20本から30
本くらいの経験を積んでいる者が多く,OW資格取得後,ファンダイビングの
経験がなく,しかもブランクがある者は,基本的な技能が身に付いていない可
能性が高いことを認識していた。
また,被告人は,水中においては,レギュレーターを通さないと呼吸ができ
ない,水圧がかかるなど,陸上とは異なる環境となっており,基本的な技能を
身につけていないダイビングの初心者は,基本的な技能を習得したダイバーと
比べて,水中での不安感が大きいであろうこと,これらの不安感などにより,
緊張状態あるいはストレスが極限に達してパニック状態になる者もいること,
水中でパニック状態になった者は,思考が停止して,本能的に海面に急浮上す
(,。)ることで肺の過膨張水圧の変化により肺の中の空気が膨張して発症する
や減圧症(大気圧下で約1リットル身体に溶け込んでいる窒素は,水圧下で圧
力が高くなる程身体により多く溶け込むが,浮上時に圧力が減少すると余分な
窒素が体外に排出される。しかし,浮上の速度が早すぎると体外への排出が十
分にされず,身体の中で気泡を生じる。この気泡の発生部位により,様々な障
害が発生するのを減圧症と呼ぶ,溺水などを起こし,死亡する危険性が高。)
いことなどを認識していた(なお,海上保安庁監修,沿岸レジャー安全センタ
ー編著の「レジャー・スキューバ・ダイビング-安全潜水のすすめ-(甲」
67。174~5p)には,水中でパニックになることは非常に危険であり,
トラブルの発生につながる可能性が高いので,インストラクター,ガイドダイ
バーは,参加者に不安感や精神的ストレスがある場合にはダイビングの中止を
考慮すること,受講生または一般ダイバーに水中において早い呼吸,早いキッ
ク,大きく見開いた目,立ったような姿勢での泳ぎといったパニックの兆候が
見受けられた場合には,ダイビングを中止させるべきであることなどの記載が
ある。。)
さらに,被告人は,ガイドとしてダイビング客から対価を受け取っているこ
と,fにおいてはチームバディ方式をとっていることなどから,自らが引率し
ているダイビング客の残圧を確認するなどの残圧管理のほか,ダイビング客が
はぐれないよう注視することや,水中でパニックに陥らないよう配慮すること
なども,ガイドダイバーの基本的な義務の内容であると認識していた。
4gは,aが認定したOWの資格を有していたが,本件当時までの潜水本数は
講習時の4本だけで(資格取得後のファンダイビングの経験は本件に至るまで
なかった,最大潜水水深は6メートル,最後に潜水したのは本件ダイビン。)
グの約2年前の平成13年7月13日であり,ボートダイビングの経験もなか
った。
gは,p(29歳。資格a,OW,潜水本数12本,最大潜水水深は30メ
ートル,最終潜水日平成14年2月25日。以下の人物についても同項目,)
q(28歳。a,OW,20本,30メートル,平成14年2月25日,r)
(27歳。a,OW,31本,20メートル,平成15年6月24日)ととも
に,本件ダイビングツアーを申し込んだ。そして,平成15年7月2日に,b
島に入り,同日,有限会社f事務所において,ファンダイビングコースの申込
書に上記のダイビング経験を記載するなどした上,ファンダイビング(器材の
うち,fからレンタルしたのは空気タンク,BCジャケット(ベスト式の浮き
袋に空気を出し入れして,水中での浮力を調整する器具であり,空気タンクを
装着するもの,レギュレーター,ウエットスーツであり,水中マスク,シ。)
ュノーケル,ブーツ,フィン,手袋は持参であった)を申し込んだ。。
被告人は,遅くとも,翌3日朝出港前には,被告人がガイドを担当すること
,,,(。,,,,になったgpq及びrの他s66歳tC10本20メートル
平成13年5月9日)及びu(62歳。v,C,500本以上,平成13年4
月1日)を加えた6名のファンダイビングコース申込書を確認し(但し,s及
びuについては,前日にダイビングを2本行っており,技能レベルを確認済み
であった,g,p,qについては,経験本数が少なく,また,直近のダイ。)
ビングから間隔が空いていたので,初心者と認識していた。
5被告人及びgらは,同月3日午前9時20分ころ,wが船長を務める遊漁船
「h」に乗り込み,そのころ,同船がc漁港を出港し,同船は沖縄県島尻郡i
村jkl番地所在m灯台から真方位90度約2900メートル付近海上に停船
。,,,した当日の停船ポイント周辺の海況は海面は穏やかで潮流も特段になく
透視度(水中で水平方向に透視可能な距離)は20メートル前後であった。被
告人は,素潜りで海底の岩場斜面の小岩に錨(アンカー)を掛け,錨に付いて
いた鎖を岩に巻き付けた。
,,,被告人は通常業務で行うとおりファンダイビングで潜るポイントの名称
水深,潮流の有無,水底の構成,空気の残圧が100になったらガイドに教え
ることなどの説明を上記6名にし(被告人供述,u供述,また,船内でダイ)
ビング機材をセッティングした。セッティングの際,g,p,qの3名は,セ
ッティングの仕方も忘れていたので,被告人は,これらの者が余り慣れていな
い初心者だと思い,上記ポイントの説明の中で,ダイビングの技能についても
確認するなどした。なお,セッティング時には,特にレギュレーターの異常や
空気タンクの残圧不足などの異常についてダイビング客からの報告はなくw,(
供述,上記6名の空気タンクには,それぞれ180ないし190キログラム)
の空気が装填されていた。
被告人がアシスタントとして伴うことになっていたnは,ダイブマスターの
資格を有し,インストラクターの資格を取るために専門学校の勤務実習として
来ていた者(給金はない)で,平成15年6月24日からfでアシスタント。
,。,,としてインストラクターの補助をしていた被告人は研修で来ているnは
,,,アシストとしてガイドの最後尾からついてきてはぐれる人がいないかなど
全体を監視するものと認識しており,年配で初心者であるsについては,注意
してみるように指示していた。
6上記セッティング後,午前9時54分ころ,被告人は,nと共に,上記6名
に対するファンダイビングの引率業務を開始した。被告人はダイビング客に対
し潜降開始の指示をし,r,q,p,u,gの順でアンカーロープ(アンカー
とは錨の意味で,アンカーロープは船体と錨を結びつけるロープである)に。
沿って潜降を開始した。
その後,被告人とsが潜降を開始しようとしたとき,gが水深6~7メート
ル付近からアンカーロープを伝って海面まで急浮上し,慌てて手足をばたばた
とさせていた。この時,gの水中マスク内は目の下まで海水が浸水していた。
gは自らマスク内の水を出すことができなかったので,被告人がgのマスクの
下の部分を開けて水を出し,BCジャケットに空気を入れ,浮力を確保した。
gは「少しゆるいようです」などと言いながら,水中マスクを顔に締める,。
ためのゴムのストラップを自分で締め直していたので,被告人は,もうgの水
中マスクに多くの海水が入ることはないだろうと考えた。このやりとりの際,
gには目線が宙を泳いでいるとか,目の焦点が定まらないなどのパニックの兆
候は見られなかったが,gに焦っているような表情があったので,被告人はg
を少し海面で落ち着かせ,gに大丈夫かという確認をした(gに対し,マスク
クリアができるかどうかは特に確認した記憶はない。すると,gは大丈夫。)
です,というような返事をし,潜りたい様子だったので,gを船に上げること
はせず,gと共に,対面する形で,アンカーロープを伝って潜降し,海底で待
機していた他のメンバーと合流した。潜降後は,被告人の指示で,被告人が先
頭,nが最後尾という形でツアーを開始した。
被告人は,gの潜水技術が未熟であること,水中でのストレスを感じやすい
人であることを認識し,ツアー開始後も残圧の注意をし,移動の際gがついて
,。来ているか表情にストレスを感じている兆候はないかなどに気を付けていた
ツアーは海底の砂地に沿って,被告人を先頭に2列めに客3名,3列めに客3
名,最後尾にnが続き,各列の間隔2ないし3メートルの距離を保ちながら略
北西方向に進み,通称カクレクマノミポイントと呼ばれる,イソギンチャクが
()。,群生する小さな岩水深約18メートルに到着したこの岩に到着する以前
砂地にいる魚をgが指さして見ていたので,被告人は,その魚の名称を教えて
あげるなどのやりとりをし,被告人は,gが魚を指さして楽しんでいる様子か
ら,もう落ち着いたのだろうと判断した。ダイビング開始後18分20秒から
19分の間に,この岩のところで,被告人は,ダイビング客全員の残圧を確認
したところ,ダイビング客らの残圧は,大体110ないし130キロ程度であ
り,後の折り返しコースでの空気の減りを考慮しても,特段に残圧が少なくな
っている者はいなかった。被告人らは,この岩の辺りに5分ほど滞在してから
折り返し,被告人を先頭に略東南東に向け海底を移動した。
折り返し後,水深約14メートルのポイントで,sが,被告人の指示で潜降
するところを,BCジャケットの吸気ボタンと排気ボタンを押し間違えて突然
,,。,浮上を始めたためn被告人がこれを追って3名で海上に浮上したその間
gを含む他の客は海底で待機していた(その際,gの挙動等に特段の異常があ
ったことを窺わせる証拠はない。3名は再潜降後,海底で待機中の他の客。)
と合流し,hのアンカーポイント(係留地点)まで移動した。アンカーポイン
トまでの移動の間,被告人は,先刻急浮上したsの手を引いていた。
本件ダイビングツアーの潜降後アンカーポイントに戻るまでの間は,gに特
に変わった様子はなく,gは楽しそうな様子をしていた(r供述,u供述。)
ただし,gはばたばたしながら泳いだり,バランスを崩して横向きの態勢にな
ったり,自転車を漕ぐような姿勢で立って泳ぐなどしており,浮力調整もうま
くできない様子であった(r,n,u供述。被告人は,gに頻繁に近寄り,)
その様子を伺ったり,5分おきくらいにgの空気タンクの残圧を確認するなど
し(r供述,カクレクマノミポイントから折り返し後,上記sが浮上したポ)
イントまでの間に,gの残圧が90であることを確認した。
7被告人は,アンカーポイントまで戻った際,海底の岩に巻き付けてあった錨
の鎖,アンカーロープが外れかけているのを発見した。
ダイビングにおいては,アンカーロープは,潜降や浮上用にもよく利用され
る。アンカーロープとは別に,潜降,浮上に用いるロープ(潜降ライン」と「
言う)を用いる場合もあるが,本件当時,fにおいては,アンカーロープ以。
外に潜降ラインを引くことは行っていなかった。
また,ダイバーは,減圧症が発症するのを防ぐため,ダイビング後の水面へ
の浮上の前に,水深5メートルくらいのところで3分間停止することが推奨さ
れていた(これを「安全停止」と言う。初心者のダイバーにおいては,水。)
,,深5メートル前後で中性浮力を保持するのが難しい場合が多いので被告人は
fでのガイド業務において,通常,初心者のダイビング客にはアンカーロープ
に捕まりながら安全停止をしてもらっていた。
被告人は,本件ダイビングの際も,アンカーロープが外れることにより船が
流れるのを防ぎ,また,gらをアンカーロープに捕まらせて安全停止をするた
め,そのロープを結び直すこととした(なお,nは,fにおいてはアンカーロ
ープの巻き方を習っておらず,研修の立場であったので,被告人はnがアンカ
ーロープを巻く技能があるとは考えておらず,nにこの作業をまかせようとは
考えなかった。。)
被告人は,まず,sを船下の岩(以下「A岩」と言う)の水深約9.1,。
メートル付近の地点に掴まらせ,また,gも少し浮き気味だった(浮力調節が
うまくできず,A岩より50センチくらい浮いている状態であった)ので,。
被告人の方に泳いで向かってくるgに対し,手招きで指示して呼び寄せ,相対
するくらいの距離に来たとき,A岩を指して上記地点に掴まっているよう指示
した。A岩の表面はごつごつしており,岩の切れ目を手で持つことができるた
め,その位置にとどまることも比較的容易であるとみられた。待機の指示をし
た際,gには,目線が泳いでいる,瞬きの回数が少なくなっている,表情がこ
わばっている,呼吸が乱れているなどの,パニックになりそうな兆候は特段見
受けられなかった。その際,nはgから4メートルくらい離れていた。また,
gのマスクに水が入っているということもなかった。
被告人は,gとsが両者が向かい合う形でA岩に掴まっている状態を確認し
て,アンカーロープのまき直しの作業を行うことにした。被告人は,上記のよ
うに,gとsを岩場に掴まらせたことで対応としては十分と考え,また,他に
も初心者がいるので,nにはそれまで通り全体を監視してもらおうと考え,巻
き直しの前に,nに対して,A岩付近に呼び,特にgとsを注意してみるよう
に特段の指示はしなかった。また,gらのもとを離れる際,gらにボードに書
いて何をするかなどの説明をしてはいない。
gをA岩に掴まらせたころ,被告人は,gの空気タンクの残圧が約50キロ
グラムであることを確認した(なお,gが使用していた残圧計は,50キログ
ラム≒Bar以下の表示には,識別しやすいように赤く注意範囲の表示がされ
ていた。被告人は,A岩の掴まっていた場所は水深が10メートル弱で,。)
浅いところであったこと(なお,水圧は,水深が10メートル増す毎に1気圧
ずつ増加し,気体の体積は周囲の圧力の増加に反比例して収縮するので,圧縮
タンク内の空気の消費量も,水深が深くなるほどより多くの空気を消費する。
甲67-20,21p,岩に止まって静止している状態であり,運動量がな)
いこと,場所が船の真下であること,アンカーロープを巻くのにかかる時間は
短時間であることなどから,残圧についてはエア切れを起こす心配はないと考
えていた(岩に掴まらせていた間の時間は,ダイビング開始後32分40秒。
~33分40秒であった)。
被告人は,まず,gらのすぐ側で,20秒程度,岩の上に引っかかったアン
カーロープを取る作業をした。その間は,gらの姿勢は変わっていなかった。
その後,被告人は,約1分20秒間の間,岩場斜面下の海底に点在する小岩
の一つ(水深約10.6メートル。主位的,予備的各訴因では水深約12メー
トルとなっているが,被告人が当時装着していたダイビングコンピューターに
よれば,水深約10.6メートルと認められる)にアンカーロープを半周ま。
いてアンカーを掛け直した(被告人は,公判廷では,ダイビング開始後34分
~35分20秒の少し前と述べ,捜査段階では,掛け直していた時間について
は,午前10時27分20秒~28分40秒ころ(ダイビング開始後33分2
0秒~34分40秒)と述べている(甲9。この作業をしていた被告人の)。)
位置と,gらの待機場所の距離は,直線距離にして約6.6メートルであり,
同距離を水中移動するのに,個人差はあるが,10秒前後はかかるものである
(被告人は,約6.6メートルの距離は10秒前後で移動することを供述し,
これは証人xの供述にも沿う。gらはA岩の方に顔を向けていたので,巻。)
き直しの作業をしている被告人の位置から,gらの表情までは確認できなかっ
たが,透視度が20メートル程度だったので,ロープを引く際にgらの姿勢な
どは目視でき,巻き直しの作業をする間,gらの姿勢などに変化がないことを
2秒間程度確認したこともあった。その際,gが足をばたつかせている,gの
排気量が従前より多くなっているなどの事情は見受けられなかった。
,,8gは被告人から待機の指示を受けた後待機していた付近で立ち姿勢になり
(。)右手でアンカーロープを掴んでいた同姿勢は被告人自身は確認していない
が,突然アンカーロープを放し,約1メートル浮上し,水深約8メートル付近
で手足をばたつかせた。被告人は,そのころ,巻き直し作業を終え,作業を行
っていた場所付近でボードに客に安全停止の指示を記入していたが「ロープ,
を」まで書いたところで,gが体を垂直に立たせた状態でバタバタし,浮上し
ようとしているのに気づいて,gを追いかけた。
被告人は,水深約7~6メートル付近で,gに追いつき,対面する形となっ
た。その際,gの水中マスクには,目の上の方まで,水が入っていた。この時
点ではgの水中マスク,レギュレーターは外れていなかった。被告人は,gを
落ち着かせてマスククリアをしてもらおうとしたが,同位置付近から,gがア
ンカーロープをたぐり,フィンキックをしながら1メートルほど浮上を続けた
ので,被告人は止められず,後に追いつき,水深約2メートルくらいでもう一
度対面した。その時には,gは,マスク,レギュレーター共外れた状態で,か
なり口を開けており,被告人は,水をかなり飲んでいる状態と考えた。被告人
は,レギュレーターから空気が放出される状態は確認しておらず,また,gの
空気タンクのバルブにアンカーロープが引っかかっていたというのは,確認し
なかった。そのころ,後からgらを追いかけたuが,gの背面からgを海面に
押し上げようとした(なお,uが,水深2メートル付近で追いついたとき,ア
ンカーロープがレギュレーターのファーストステージ(空気タンクから送られ
る高圧の空気を水圧に適した圧力に減圧してセカンドステージ(ダイバーが口
にくわえて呼吸する部分)に送る役割を果たす部位)に引っかかっているよう
な状態を見ている。。)
その後f船上に居たw,yらが異変に気付き,被告人とともに海面に浮上し
たgをyが確保して泳ぎながら船尾まで引き寄せ(この点,被告人は公判廷に
おいてはダイビング開始後37分から37分20秒の間に浮上したと述べてい
るが,甲21添付一覧表によれば,開始後35分50秒ころに浮上したものと
認められる,海面でgの装備を脱がせて船員らがgを船上に引き上げたが,。)
この時点(同日午前10時29分ころ)でgの意識はなく,呼吸も停止してお
り,脈はなかった。gに対し,心肺蘇生法が実施されたが,意識は戻らなかっ
た。
9解剖の結果,gの死因は溺死とされた。また,脳及び全身の血管内に気泡が
発見されており,gが死亡前に,減圧症(息を止めた状態で急浮上したことが
原因であると思料される)を発症していたものと認められた(甲5。。)
10本件当日午後5時40分からダイビング機材,空気タンク等の実況見分が実
施されたが,立会人(w,z)は警察官に対し,事故後陸揚げされた,本件ダ
イビングでダイビング客が使用した10リットル空気タンク6本のうち,いず
れかがgの使用したものであることは間違いないが,どれかは特定できない旨
説明した(甲13。その後午後7時から実施された実況見分(甲14)にお)
いて,上記タンクのうち,番号44と記載されているタンク(製造番号は17
877)は検圧の結果,残圧が0キログラムであったが,他の5本の残圧は,
45ないし65キログラムであった。また,鑑定の結果,上記各空気タンク及
びその附属バルブ,レギュレーターに機能上の欠陥は特に認められなかった。
第4裁判所の判断
1主位的訴因について
前記認定事実によれば,被告人がアンカーロープの鎖を海底の岩に巻き付け
る作業を行うためにgから離れていた際,gは,当初は待機を指示されていた
A岩に掴まっていたこと,その後,gは,その付近で立ち姿勢になり,右手で
アンカーロープを掴んでいたが,突然アンカーロープを放し,約1メートル浮
上し,水深約8メートル付近で手足をばたつかせたこと,その後,被告人が水
深約7~6メートル付近で,gに追いつき,対面する形となったが,その際,
gの水中マスクには,目の上の方まで,水が入っていたこと,その後,gは,
さらにアンカーロープをたぐり,フィンキックをしながら浮上を続け,被告人
はgを止められず,後を追いかけ,水深約2メートルくらいでもう一度対面し
たが,その際には,gは,マスク,レギュレーター共外れた状態で,かなり口
を開けており,かなり水を飲んでいる状態と見られたこと,その後,gは,船
,,,上に引き上げられたがこの時点でgの意識はなく呼吸も停止していたこと
死体解剖の結果,gの死因は溺死であるが,gは死亡前に,息を止めた状態で
急浮上したことが原因であると思料される減圧症を発症していたことが認めら
れる。
そして,関係証拠(x供述,被告人供述など)によれば,水中におけるダイ
バーのパニック状態とは,思考が停止し,正常な判断ができず,本能的に水面
に急浮上するような状態を意味するとみられる。
以上によれば,gは,上記岩付近で待機中,何らかの理由により,パニック
状態に陥り,自ら適切な処置をとることができないまま溺水し死亡したものと
認められる。
そこで,次に,gが圧縮空気タンク内の空気を使い果たしてパニック状態に
陥ったか否かについて検討する。
上記第3の10のとおり,事件後に実施された実況見分の際に,本件ダイビ
ングでダイビング客が使用した空気タンク6本のうちの1本については,残圧
が0キログラムとなっていたことが確認されている。
そして,被告人は,水面に浮上後,気を失ったgのBCジャケットに空気を
入れようとし,BCジャケットの吸気ボタンを押したが,空気はBCジャケッ
トに入らなかった旨供述している。また,rは浮上直前の自分のタンクの残圧
は60を,pは50を,qは60を示していたとそれぞれ供述し,sは浮上後
のタンクの残圧は70であったとログブックに記載があると,uはアンカー付
近でのタンクの残圧は70くらいであったので,それくらいは残っていると思
うとそれぞれ供述しており,上記各供述は6本の空気タンクのうち残圧が0キ
ログラムであったものを除いた5本のタンクの残圧は45ないし65キログラ
ムであったとの鑑定結果とも概ね符合している。これらの点にかんがみると,
実況見分の際に残圧が0キログラムとなっていた空気タンクは,gが本件ダイ
ビングツアーにおいて使用していたものであると認めることができる。
しかしながら,例えばgがレギュレーターを口から外した際にレギュレータ
ーから空気が放出されるなど,gが突然1メートル浮上し水深約8メートル付
近で手足をばたつかせた後の段階で空気タンク内の空気が消費された可能性も
否定できないことからすると,実況見分の際にgが使用していた空気タンクの
残圧が0キログラムであったからといって,直ちにgが空気タンク内の空気を
使い果たしてパニック状態に陥ったと認められるわけではない。
むしろ,被告人は,アンカーポイントにおいてgの残圧が50である旨確認
しているところ,通常の排気により1分程度で50キログラムの残圧を消費す
るとは考えにくく(上記認定事実7のとおり,被告人はそのように述べ,o証
人もこれに沿う供述をしている,また,gのそれまでの残圧の変動からし。)
ても,1分程度で50キログラムの圧縮空気が消費されるとは考え難いのであ
る(カクレクマノミポイントからA岩付近の間のgの空気消費量は,多く見積
もっても1分当たり5キログラムは越えない程度である。そうすると,残圧5
0キログラムで,移動中よりも浅い水深9メートル程度に静止して留まるので
あれば,計算上,少なくとも10分程度は圧縮空気タンク内の空気がもつもの
と考えられる。そうすると,gが空気タンク内の空気を使い果たしてパニ。)
ック状態に陥ったとの点については,未だ十分な立証がなされていないという
べきであり,これを認めることはできない。
したがって,その余について判断するまでもなく,主位的訴因は排斥を免れ
ない。
2予備的訴因について
(1)被告人の注意義務について
(ア)予備的訴因中,gは,潜水経験が少なく,かつ潜水技術が未熟なダイバ
ーであった(以下「初心者ダイバー」とも言う)ことは証拠上明らか,。
であり,被告人自身も,これを認識していたことが認められる。
,,,,そこでgは引率者である被告人からの適切な指示誘導がなければ
水中での不安感等からパニック状態に陥るおそれがあったといえるか否か
が問題となる。
関係証拠(証人x(同人は昭和56年以降ダイビングインストラクター
の養成を行うコースディレクターの仕事をし,D協議会会長もしてい
る,被告人の供述など)によれば,水中におけるダイバーのパニック。)
状態とは,思考が停止し,正常な判断ができず,本能的に水面に急浮上す
るような状態を言い,初心者ダイバーは,潜水の基本的な技術を習得した
ダイバーと比べて,一般的に水中での不安感がより大きいと考えられ,水
中での不安感等からパニック状態に陥り,自ら適切な措置を講ずることが
できないまま溺水するおそれがあることが認められる。
上記第3の認定事実,本項の認定事実を前提とすると,そもそも,ダイ
ビングは圧縮空気タンク内の限られた空気をもとに水中高圧下で行う活動
であり,些細なトラブルから溺死等の重大な事故につながりかねない高度
の危険性を内包している上,初心者ダイバーにあっては,潜水の基本的な
技術を習得したダイバーと比べて,一般的に水中での不安感がより大きい
と考えられ,水中での不安感等からパニック状態に陥り,自ら適切な措置
を講ずることができないまま溺水するおそれが認められる。
(イ)弁護人は,gがOWの資格を有するダイバーであり,また,本件当時g
にはパニック状態に陥る兆候は認められなかったのであるから,被告人に
はgを監督下に置いてその動静を注視しつつダイビングの引率業務を行う
義務はなかった旨主張する。
確かに,
①gが初心者ダイバーであったとは言え,OWの有資格者であったこと
②一旦急浮上し,再潜降の後は,アンカーポイント付近までの30分程
度の間,特段にgに異常な挙動はなく,ダイビングを楽しんでいる様子
であったこと(なお,この間,gがパニックの兆候の一つとされる自転
車漕ぎのようなキックもしていたものと認められるが,一方,gが楽し
そうにダイビングをしていた,特段おかしな様子はなかった旨の供述も
本件ツアーのダイビング客であったu,rがしており,他のパニック兆
候を示す兆候も認められないので,この間にパニックの兆候があったと
までは認められない)。
③sが急浮上した際,被告人はgのもとを10メートル以上離れている
が,海底で待機していたgに異常な挙動は特になかったこと,被告人が
gをA岩に掴まらせ,待機の指示をしたときも,特におかしい挙動はな
く,パニック兆候は見受けられず,gから不安などの訴えもなく,水中
マスクに水が入っていたということもなかったこと
④被告人がアンカーロープを巻くのにかかる時間は1分程度であり,ま
た,透視度20メートル程度の状況下で作業をする場所は待機場所から
6.6メートルの距離であり,gからも被告人の挙動は見える状況であ
ったこと
⑤ダイビングの最終段階である船の下での待機時に,一般的にはパニッ
ク状態に陥る危険性は高くはないとみられること(証人xは,本件はダ
イビングの最終段階である船の下での待機の時の事件であり,そこでダ
イビング客がパニックを起こすということは余り考えられないという趣
旨の供述をしている)。
⑥被告人はgが浮き気味であったことの対処も含め,gに待機の指示を
して,A岩に掴まらせる処置はしたこと
など,弁護人の主張に沿う事実も認められる。
(ウ)他方,
①gは,OWの資格はあったとはいえ,本件当時までの潜水本数が講習
時の4本だけで,その際の最大潜水水深は6メートルであり,かつ,最
後の潜水から約2年のブランクも有していたこと
②現に本件ダイビング中もばたばたしながら泳いだり,バランスを崩し
て横向きの姿勢になったりしていたように,まさに潜水技術の未熟な初
心者ダイバーであったこと
,,,③gは本件ダイビングの潜降時に水中マスク内に海水を溜めたまま
水深6~7メートル付近から海面まで急浮上し,あわてて手足をばたば
たさせ,自ら水中マスク内の海水を出すことやBCジャケットに空気を
入れて浮力を確保することすらできないほどに冷静さを失っていたので
あり,このことは,gが,水中での不安感等からパニック状態に陥り,
自ら適切な措置を講ずることができなくなるおそれを現実に有していた
ことを示していたとみられること
④gは,A岩に掴まった時点で浮き気味であり,浮力調節がうまくでき
ていなかったこと
⑤エア切れになる可能性はないまでも圧縮空気タンク内の残圧は残り少
なかったこと
⑥被告人は,gとは対照的にインストラクターの資格を有するダイビン
グの専門家である上,本件ダイビングのガイド役やバディ役も業務とし
て有償で引き受けていること
などを考え併せると,上記(イ)の諸事情を考慮しても,なお,本件にお
いて,被告人としては,初心者ダイバーであり,水中でのストレスを感じ
やすい傾向のあったgが,何らかの原因によりパニック状態に陥り,溺水
するという結果の発生を具体的に予見することは可能であり,かつ,予見
すべきであったと言うべきであり,被告人には,gを監督下に置いてその
動静を注視しつつダイビングの引率業務を行い同人の安全に配慮すべき業
務上の注意義務があったと言うべきである。
(2)注意義務違反について
弁護人は,被告人は,ガイドダイバーに求められる状況確認,安全確認義
務を尽くしている上,被告人がアンカーロープの巻き直し作業を行ったこと
自体は,アンカーロープが外れることにより船が流れるのを防ぎ,また,g
らをアンカーロープに捕まらせて安全停止をするために必要な行為であった
旨主張し,関係証拠上も,本件当時,被告人がアンカーロープの巻き直し作
業を行う必要性は否定できないものである(なお,研修生であり,fに来て
日の浅いnがアンカーロープの巻き直し作業を行う技術を有していたとは認
められず,nにアンカーロープの巻き直し作業を行うよう指示しなかった被
告人の判断に不適切な点があるとも言えない。。)
しかし,そうであるとしても,
.,①被告人がgから約66メートルの距離に離れて巻き直し作業をすれば
距離的にgの表情などの確認はできず,gにパニックの兆候が生じたとし
てもその判断は被告人の位置からは困難であること
②巻き直し作業の位置から被告人がgのもとに戻るのに10秒前後はかか
り,gに不測の事態が起こった場合には適切な対処ができない可能性が大
きいこと
③アンカーロープの巻き直し作業を行うのであれば,同作業のため,被告
人がgの動静を注視することは困難となること(被告人自身,巻き直し作
業中,gの姿勢や呼吸に変化はなかった旨述べつつ,gの動静を確認した
のは巻き直し作業の間2秒間程度であること,gがアンカーロープに掴ま
った行為は確認していないことも述べている)。
,,などにかんがみるとgがパニック状態に陥りそうな兆候がないかに配慮し
,,同人に不測の事態が発生した場合には直ちに適切な救助措置ができるよう
gを監督下に置き,その動静を注視しつつダイビングの引率業務を行い,同
人の安全に配慮すべき義務を負っていた被告人としては,自らが巻き直し作
業のためにgのもとを離れるのであれば,補助者であるnに対し,gの動静
を注視するよう指示すべきであったと言うべきである。
それにも関わらず,被告人は,gをA岩に掴まらせて待機の指示をし,g
のもとを離れる際に,上記nに対して適切な指示をすることなく,上記gか
ら約6.6メートル離れた上,約1分20秒間にわたってアンカーロープを
,,海底の岩に巻き直す作業を行ったのであるから被告人の上記一連の行為は
gを監督下に置き,その動静を注視しつつダイビングの引率業務を行い同人
の安全に配慮すべき義務に違反しているものと認められる。
なお,弁護人は,他のダイビング客の安全を管理する必要もあったのであ
るから,被告人がnに対し特に指示をせず引き続き全体を観察してもらおう
と判断したのも,全体に対する注意義務の配慮として適切であった旨主張す
る。しかしながら,被告人自身もgとsについては岩に掴まらせる措置を執
ったように,gとsは他のダイビング客に比し特に潜水技術が未熟であった
と認められるのであるから,被告人がgらのもとを離れるのであれば,g及
びsに対し他の客よりも手厚い措置を講ずるべくnに対し指示をするのが相
当であったというべきであり,弁護人の主張は採用できない。
(3)因果関係について
上記のとおり,被告人にはgを監督下に置き,その動静を注視しつつダイ
ビングの引率業務を行い,同人の安全に配慮すべき義務の違反が認められる
が,g死亡との間の因果関係を検討しておくと,被告人が同義務を果たし,
補助者であるnに対しgの動静を注視するよう指示していたのであれば,n
においてgがパニック状態に陥りそうな兆候を察知し,あるいはそのような
兆候がなかったとしても,gの急浮上に対し直ちに適切な救助措置を行うこ
とができ,gが溺水しなかった相当程度の蓋然性があるものと認められ,被
告人の注意義務違反と,gの溺水,それに続く死亡結果の発生との間の因果
関係が認められる。
(4)結論
以上から,判示のとおり認定した。
(法令の適用)
罰条刑法211条1項前段
刑種の選択罰金刑選択
労役場留置刑法18条
訴訟費用刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)
(量刑の理由)
本件は,判示のとおり,ファンダイビングの最中に,被告人が初心者ダイバーで
ある被害者の動静注視を怠り,被害者を待機させたまま,ガイドの補助者に対して
,,,適切な指示をすることなく被害者から離れその間被害者がパニック状態に陥り
自ら適切な措置をとることができないまま同人を溺水させ,死亡するに至らしめた
業務上過失致死の事案である。
被告人は,被害者がパニック状態に陥ることはないと軽信して補助者に特段の指
示を出さずに被害者のもとを離れており,この点は非難を免れず,生じた結果も被
害者の死亡という取り返しのつかない重いものである。
しかし他方,被告人がアンカーロープの巻き直し作業をすること自体は必要性も
あったとみられること,被告人は,被害者のもとを離れる際に被害者を岩に掴まら
せるなどしており,それなりに被害者の安全にも配慮していたと認められること,
本件は,被告人が被害者のもとを離れ,上記作業をしていたわずか1分20秒の間
に起こったものであり,不運な側面もあることなどにかんがみると,被告人の過失
の程度は必ずしも重いものとはいえない。その他,被告人は,本件の過失責任を争
ってはいるが,本件結果自体は真摯に受け止め,被害者の死を悼んでいること,被
告人には前科がないことなど,被告人のため酌むべき事情も認められる。
そこで,以上の事情を総合考慮し,罰金刑を選択の上,主文のとおり刑を量定し
た。
よって,主文のとおり判決する(求刑禁錮1年。)
平成18年3月28日
那覇地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官横田信之
裁判官福島直之
裁判官北村ゆり

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今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
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「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
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弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
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答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
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