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平成23年3月23日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成21年(ワ)第14272号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日平成23年1月19日
判決
横浜市〈以下略〉
原告株式会社モールドテック
同訴訟代理人弁護士市川巖
同補佐人弁理士山本彰司
大阪府東大阪市〈以下略〉
被告株式会社棚澤八光社
同訴訟代理人弁護士松村信夫
同塩田千恵子
同坂本優
同藤原正樹
同訴訟代理人弁理士岡田全啓
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙製品目録記載の梨地成形用金型を生産してはならない。
2被告は,原告に対し,2500万円及びこれに対する平成21年5月14日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,梨地成形用金型に関する特許権を有する原告が,被告において,当
該特許権の技術的範囲に属する梨地成形用金型を生産しているとして,被告に
対し,特許法100条1項に基づき,当該梨地成形用金型の生産の差止めを求
めるとともに,民法709条,特許法102条2項に基づき,損害賠償金25
00万円及びこれに対する不法行為の後の日(訴状送達の日の翌日)である平
成21年5月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損
害金の支払を求めた事案である。
1争いのない事実等(争いのない事実以外は,証拠等を末尾に記載する。)
(1)原告の有する特許権
原告は,次の特許権を有している(以下,当該特許権を「本件特許権」と,
本件特許権に係る特許を「本件特許」と,本件特許に係る明細書を「本件明
細書」と,請求項1に係る特許発明を「本件発明」という。)
特許番号特許第3080367号
発明の名称梨地成形用金型
出願日平成11年4月23日
登録日平成12年6月23日
特許請求の範囲
【請求項1】
「表面に感光性耐酸膜を塗布し,つぎに該感光性耐酸膜の上面に遮光性を
有する液体の吹き付けにより梨地パターンを施し,続いて感光処理及び
現像により前記梨地パターン部の感光性耐酸膜を洗い流し,その後,表
面に酸液を散布して前記梨地パターン部を腐食させて独立状態の凹部
を形成してなることを特徴とする梨地成形用金型。」
(2)本件発明の構成要件の分説
本件発明の構成要件を分説すると,次のとおりである(以下「構成要件A
」等という。)。
A表面に感光性耐酸膜を塗布し,
Bつぎに該感光性耐酸膜の上面に遮光性を有する液体の吹き付けにより
梨地パターンを施し,
C続いて感光処理及び現像により前記梨地パターン部の感光性耐酸膜を
洗い流し,
Dその後,表面に酸液を散布して前記梨地パターン部を腐食させて独立状
態の凹部を形成してなることを特徴とする
E梨地成形用金型。
(3)被告の行為
被告は,別紙製品目録記載の製品(以下,各製品をそれぞれ「被告製品A
」等といい,被告製品Aないし被告製品Iを総称して,「被告各製品」とい
う。)を生産した。
(4)被告各製品の生産工程及び構成
被告各製品の生産工程及び構成は,次のとおりである(弁論の全趣旨)。
ア被告各製品(被告製品Eを除く。)の生産工程及び構成
(ア)金型入荷検査
入荷した金型に異常がないか検査する。
(イ)脱脂(溶剤・微粒子による脱脂)
有機溶剤で,金型表面の油脂を拭き取り,その後,微粒子懸濁液で梨
地加工予定範囲の金型表面(型面)を研磨後,水で洗い流す。
(ウ)酸液による微細凹凸加工
型面に酸液を流しかけて腐食して,型面に微細凹凸を形成した後,腐
食させてなる微細凹凸型面を水洗いし,アルカリ溶液で中和する。さら
に微細凹凸型面に残存する酸化物をブラシで除去した後,アルカリ溶液
による防錆処理を施して,金型を乾燥させる。
(エ)写真法によるエッチング(感光性レジスト法)
a金型の微細凹凸型面上に,液状の感光性レジストを,スプレーガン
を用いて,一様の厚さの層が形成されるように吹き付け,
b形成された感光性レジストの層面に,遮光性のある液体をスプレー
ガンを用いて吹き付けて,梨地パターンを形成し,
c感光性レジスト層を紫外線ランプで露光し,前記bで形成された遮
光性のある液体によって形成された梨地パターン以外の部分の感光
性レジストを感光硬化させ,
d前記遮光性のある液体のみを水で洗い流し,
e金型を所定の現像液に浸漬し,現像液を攪拌して,未露光部を除去
した後,送風乾燥させ,
f金型を酸液に浸漬し,酸液を攪拌して,梨地パターン部分を腐食さ
せ,
gその後,感光性レジスト層を除去する。
(オ)直接描画法によるエッチング(従来の梨地加工)
a微細凹凸型面に耐酸性黒色インキをスプレーガンで吹き付けて,梨
地パターンを形成し,
b乾燥後,金型を酸液中に浸漬し,酸液を攪拌することにより,耐酸
性黒色インキ層で形成された梨地パターン部以外の微細凹凸型面の
表面を腐食させ,
cその後耐酸性黒色インキを除去する。
(カ)物理研磨(被告製品Aのみ)
研磨材等を用いて表面を滑らかにすると同時に梨地深さを浅くする。
(キ)ブラスト加工
前記(エ)又は(オ)(被告製品Aについては(カ)を含む。)の工程によ
って凹凸が形成された金属面に細かな粒子状の各種研磨材を圧縮空気
の力で打ち付けて(投射して),細かな粒子状の各種研磨材の打痕をつ
けたり,該金属面を研削することにより,より複雑な凹凸部を形成する
とともに,凸部の頂部と凹部との間にある角部や凸部の傾斜面をより滑
らかにした梨地を形成する。
(ク)防錆処理
型面に防錆油を塗布し,出荷する。
イ被告製品Eの生産工程及び構成
(ア)金型入荷検査(前記ア(ア)と同じ)
(イ)脱脂(溶剤・微粒子による脱脂)(前記ア(イ)と同じ)
(ウ)酸液による微細凹凸加工(前記ア(ウ)と同じ)
(エ)直接描画法によるエッチング(従来の梨地加工)(前記ア(オ)と同
じ)
(オ)直接描画法によるエッチング(従来の梨地加工)(上記(エ)と同じ

(キ)ブラスト加工(前記ア(キ)と同じ)
(ク)防錆処理(前記ア(ク)と同じ)
2争点
(1)被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか否か。
(2)本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものか否か。
ア実施可能要件(特許法36条4項)違反の有無
イ進歩性要件(特許法29条2項)違反の有無
(3)原告の損害
第3争点に対する当事者の主張
1被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか否か。
(原告の主張)
被告各製品は,本件発明を実施している原告と同じ方法により生産されたも
のであって,本件発明の技術的範囲に属することは明らかであるが,構成要件
充足性についての被告の主張に対する反論は,次のとおりである。
(1)被告各製品は,本件発明の構成要件に含まれない生産工程を含むとの主
張について
ア本件発明は,前記第2の1(4)ア,イに記載された一連の過程のうち,
業界で周知工程の(イ),(オ)(2度目のエッチング工程)及び(キ)並びに
本過程に不要な工程の(ウ)を除いた,前記第2の1(4)ア(エ)の梨地形成
工程(写真法によるエッチング(感光性レジスト法))のみを内容とする
発明である。
したがって,被告が本件発明の特許請求の範囲に記載されていないとす
る前記の生産工程(前記第2の1(4)ア(エ)の梨地形成工程以外の工程)
は,本件発明の技術的範囲への属否の判断に関係ない事項である。
すなわち,本件発明は,被告各製品のうち被告製品Eを除く前記第2の
1(4)ア(エ)の梨地形成工程に関するものであり,被告の指摘する前記第
2の1(4)ア(イ),(ウ),(オ)及び(キ)は,本件発明の技術的範囲への属
否の判断に関係ない事項である。
イ被告が指摘する直接描画法によるエッチング加工の構成は,従来一般の
梨地加工法であり,新たに開発された本件発明と全く異なるものである。
被告は,前記の従来の梨地加工法である直接描画法によるエッチング加工
の工程を付加することにより,本件発明と異なると主張するが,被告製品
Eを除く被告各製品の感光性レジスト法の工程において,本件発明を実施
している。
すなわち,被告製品Eを除く被告各製品において採用する写真法による
エッチング(感光性レジスト法)による梨地形成過程は,前記第2の1(4)
ア(エ)a,fを除いて,本件発明の構成要件と全く同一である。そして,
aの酸液による「金型の微細凹凸」の形成(その形成は,前記第2の1(4)
ア(ウ)の工程において行われる。)は,必ずしも必要のない工程であり,
また,fの腐食の工程は,浸漬と散布に差はなく,同様の表面状態が得ら
れる。
(2)被告各製品(被告製品Eを除く。)において採用する写真法によるエッ
チング(感光性レジスト法)は,本件発明の構成と異なるとの主張について
ア本件発明には,液状の感光性レジストを,スプレーガンを用いて吹き付
ける工程を含むこと
耐酸性のある物質を金属表面に塗布する方法は多数存在するから,いず
れの方法を最良の方法として採用するかは,当業者の選択の問題であり,
スプレーガンを用いる方法も,当然「塗布」に含まれる。すなわち,被告
各製品(被告製品Eを除く。)の「液状の感光性レジストを,スプレーガ
ンを用いて,一様の厚さの層が形成されるように吹き付け」ることは,塗
布そのものである。
また,被告各製品(被告製品Eを除く。)の液状の感光性レジストを,
スプレーガンを用いて吹き付ける工程は,次工程の「スプレーガンを用い
て吹き付けて,梨地パターンを形成」する場合の吹き付けとは全く異なり,
全面に一様の厚さの層が形成されるように吹き付けるものであり,この吹
き付けにより形成される層(感光性耐酸膜)は,本件発明の層(感光性耐
酸膜)と全く同様である。
したがって,被告各製品(被告製品Eを除く。)の液状の感光性レジス
トを,スプレーガンを用いて吹き付ける工程は,本件発明の「表面に感光
性耐酸膜を塗布し」(構成要件A)を充足する。
イ本件発明の構成要件Bは,記載不備でなく,周知技術でもないこと
本件発明の「遮光性を有する液体」を「吹き付け」る方法が一義的に明
確に確定できないため,この構成要件が記載不備であるとの被告の主張は,
否認する。前記の「吹き付け」は,「梨地パターンを施す」ため,と明確
に確定されており,記載不備はない。なお,原告は,感光性耐酸膜の上面
に遮光性を有する液体の吹き付けにより梨地パターンを施すことが周知
技術であるとは認めていない。
ウ本件発明の構成要件Cは,記載不備でないこと
被告は,本件発明の構成要件のうち「感光処理及び現像により前記梨地
パターン部の感光性耐酸膜を洗い流し」(構成要件C)については,「感
光処理」及び「現像」の方法が具体的に明らかにされていないと主張する
が,「感光処理及び現像」の記述により,当業者には,感光性レジスト法
であることが容易に理解できる。なお,本件発明は,被告のいう「感光処
理」は「紫外線ランプで露光」することを含み,「現像」の方法として前
記第2の1(4)ア(エ)eの方法を含むものである。
エ「散布」と「浸漬」の差異をもって,被告各製品(被告製品Eを除く。
)の本件発明の構成要件充足性は否定されないこと
被告は,本件発明の「その後,表面に酸液を散布して」梨地パターン部
を腐食させることは,被告の「金型を酸液に浸漬し,…梨地パターン部分
を腐食させ」ることを含まない,両方法は,その作用・効果や技術的意義
が異なる,と主張する。
しかしながら,両方法は,目的が同じであり,いずれの方法も一般的に
採用されている方法であって,作用・効果に大きな差異はない。すなわち,
いずれの方法を採用しても,不都合なく所期の腐食目的を達成することが
容易である。
したがって,被告の主張する差異をもって,被告各製品(被告製品Eを
除く。)が本件発明の構成要件を充足しないということにはならない。
オ被告各製品に独立状態の凹部は存在すること
被告は,被告各製品の具体的構成について,本件明細書の図のような独
立状態の凹部が形成されることはないと主張する。
しかしながら,被告の主張する被告各製品の具体的構成は,被告の主張
する「遮光性のある液体をスプレーガンを用いて吹き付けて,梨地パター
ンを形成し」た方法で加工された状態か,あるいは,その後,更に従来の
梨地加工の方法(第2の1(4)ア(オ))を施した状態か,更にそれらの工
程を2回繰り返した状態か,その他の方法によるものか,生産工程が不明
である。
被告の主張する第2の1(4)ア(エ)の方法で加工された場合,本件発明
の実施であるから,独立状態の凹部が存在する。その後,更に従来の梨地
加工の方法(第2の1(4)ア(オ))を施した場合,更にそれらの工程を2
回繰り返した場合,凹部と凸部の形状が変化することがあっても,前記の
独立状態の凹部がすべて消え去ることはあり得ない。また,被告が「従来
の梨地とは逆のパターン構成」としたことをセールスポイントとしたこと
と(甲2),独立した凹部の存在を否定する被告の主張は矛盾する。
(4)小括(被告各製品が本件発明の構成要件を充足すること)
被告は,本件発明の技術的範囲の判断に関係のない生産工程を理由として,
被告各製品が本件発明の構成要件を充足するものでないと主張するが,被告
が開示した本件発明の技術的範囲の判断に関係のない生産工程を除く生産
工程において,被告各製品は,本件発明の構成要件を充足しており,被告は,
本件発明の実施を自認している。
(被告の主張)
被告各製品は,次のとおり,本件発明の技術的範囲に属しない。
(1)被告各製品は,本件発明の構成要件に含まれない生産工程を含むこと
被告各製品に共通する前記第2の1(4)ア,イの各(イ),(ウ),(オ)(2
度目のエッチング工程)及び(キ)の工程は,いずれも,本件発明に対応する
構成要件が存在しない。
特に,上記(オ)の被告各製品の生産工程において用いられている直接描画
法によるエッチングは,本件発明の構成要件と個々の対比を行うまでもなく,
本件発明の構成要件AないしDに記載された工程とは明らかに異なる。
したがって,直接描画法によるエッチングのみによって構成される被告製
品Eはもちろんのこと,直接描画法によるエッチングをその工程の一部に用
いている被告各製品(被告製品Eを除く。)も,本件発明の構成要件Aない
しDに記載された工程と異なるので,この点からも,被告各製品は,本件発
明の構成要件を充足しない。
(2)被告各製品(被告製品Eを除く。)において採用する写真法によるエッ
チング(感光性レジスト法)は,本件発明の構成と異なること
ア被告各製品(被告製品Eを除く。)において採用する写真法によるエッ
チング(感光性レジスト法)による生産工程の具体的内容
生産工程に「写真法によるエッチング(感光性レジスト法)」を一度で
も採用している被告各製品(被告製品Eを除く。)について,これに用い
られた「写真法によるエッチング(感光性レジスト法)」による生産工程
の具体的内容は,次のとおりである。
感光性レジスト法において梨地パターンを形成する方法には,①耐酸樹
脂によって形成された層に遮光液を吹き付け梨地パターンを形成する方
法,②耐酸樹脂によって形成された層に遮光液を筆などの筆記具を用いて
手書きにより梨地パターンを描く方法,③耐酸樹脂によって形成された層
に梨地パターンを造影したフィルムを置き感光処理する方法の三つの方
法がある。そして,被告各製品(被告製品Eを除く。)は,いずれも前記
①の方法を採用しており,その「感光性レジスト法」による生産工程の具
体的内容は,前記第2の1(4)ア(エ)のとおりである。
イ被告各製品(被告製品Eを除く。)において採用する写真法によるエッ
チング(感光性レジスト法)による生産工程の具体的内容と本件発明の構
成との対比
被告各製品(被告製品Eを除く。)において採用する写真法によるエッ
チング(感光性レジスト法)による生産工程の具体的内容と本件発明の構
成とを対比すると,
(ア)本件発明の構成要件のうち「表面に感光性耐酸膜を塗布し」(構成
要件A)の技術的意義については,耐酸性樹脂等を吹き付けによって形
成するのではなく,当初から膜状に形成された耐酸性物質を金型の表面
に塗布する(貼り付ける)方法によって形成されたものと理解すること
ができるから,被告各製品(被告製品Eを除く。)において採用する液
状の感光性レジストをスプレーガンを用いて吹き付ける工程(前記第2
の1(4)ア(エ)a)は含まれない。
(イ)本件発明の構成要件のうち「該感光性耐酸膜の上面に遮光性を有す
る液体の吹き付けによる梨地パターンを施し」(構成要件B)について
は,本来「遮光性を有する液体」を「吹き付け」る方法が一義的に明確
に確定できないため,記載不備といえるが,仮に,前記「吹き付け」の
方法としてスプレーガンによる方法が,本件特許の出願当時に当業者に
とって周知技術であるとすれば,被告各製品(被告製品Eを除く。)の
前記第2の1(4)ア(エ)bの構成は,本件発明の構成要件Bを充足する。
(ウ)本件発明の構成要件のうち「感光処理及び現像により前記梨地パタ
ーン部の感光性耐酸膜を洗い流し」(構成要件C)については,「感光
処理」及び「現像」の方法が具体的に明らかにされていないだけでなく,
「前記梨地パターン部の感光性耐酸膜を洗い流し」との記載も,洗い流
しの対象が梨地パターンを形成する非感光部分をいうのかが一義的に
明らかでなく,記載不備といえるが,仮に,前記「感光処理」が「紫外
線ランプで露光」することを含み,「現像」の方法として前記第2の1
(4)ア(エ)eの方法を含むのであれば,前記第2の1(4)ア(エ)c,d,
eの構成は,本件発明の構成要件Cを充足する。
(エ)本件発明の構成要件Dのうち「その後,表面に酸液を散布して」と
の構成は,その記述からして,前記のような工程を経た金型の表面に酸
液を散布して梨地パターン部を腐食させることを意味するところ,被告
各製品(被告製品Eを除く。)の前記第2の1(4)ア(エ)f,gの構成
は,構成要件Dを充足しない。
本件発明の「(金型)表面に酸液を散布」することも,被告各製品(被
告製品Eを除く。)の前記第2の1(4)ア(エ)fの「金型を酸液に浸漬
」することも,いずれも梨地パターン部(非感光部分)を腐食させるこ
とを目的とするが,「(金型)表面に酸液を散布」することと「金型を
酸液に浸漬」することとは,次のとおり,その作用・効果や技術的意義
を異にする。
すなわち,酸液によって金型表面にエッチングを施す場合には,垂直
方向(深さ方向)のみではなく,水平方向(横方向)にも露出面に対し
て浸食進行する現象があり(以下,この現象を「サイドエッチ」という。
),機械加工等にはない大きな特徴となっている。そして,酸液による
腐食については,酸液等の「液流量の少ない場合には液濃度の上昇…流
動性の低下をまねくため反応生成物の除去性が大きく影響を受けエッ
チング速度の下降現象となって表われている。」(乙15)。すなわち,
本件発明のように金型の表面に上方より「酸液を散布する」と,エッチ
ングされてできる凹部の側面よりも凹部の底面での液の攪拌が激しく
なるからサイドエッチが少なくなることによって垂直方向に腐食が進
むのに対して,水平方向(横方向)への腐食は進みにくい。他方,被告
各製品(被告製品Eを除く。)のように「金型を酸液に浸漬する」と,
垂直方向への腐食の速度が「散布」による方法よりも遅くなるのに対し
て,水平方向(横方向)への腐食が進み,その結果,感光及び現像処理
によって固化した耐酸樹脂部分の下側部分まで浸漬による腐食が進む
ことになる。
そうすると,酸液に浸漬する場合は,「散布」による場合に比べて,
凹部の側壁の傾斜がよりなだらかな断面略半円弧状の形状(いわゆる中
華なべ型の形状)の凹部が形成される。
その結果,被告各製品(被告製品Eを除く。)のような梨地成形用金
型は,成形の際に離型性(「カジリ性」ともいい,金型と成形体との離
れやすさを意味する。)が良くなるだけでなく,これによって成形され
た成形品上の梨地も凸部と凹部との間の傾斜が緩やかで,凹部の断面が
略半円弧状に形成されるため,「散布」方式で形成された梨地成形用金
型による成形品よりも汚れにくく,汚れた場合にも付着した汚れの除去
が容易となるような梨地が形成されることになる。
なお,本件発明と被告各製品(被告製品Eを除く。)のこのような工
程の相違が,その離型性(カジリ性)の難易という作用・効果における
相違をもたらし,それが,本件発明の実施品と被告各製品(被告製品E
を除く。)の機能においても相違をもたらす(甲1,2)。
すなわち,原告が本件発明の実施品という「スカイ(SKY)シボ」
(甲1)は,「耐カジリ性」において「スカイシボと従来の梨地に差は
ない」とされているのに対して,「WETシボ」(被告各製品)(甲2
)は,「WETシボの特徴」として「従来の梨地に比べてカジリにくい
」とされ,「表面が滑らかな形状をしている」とされており,前記のよ
うな被告各製品の生産工程により「表面が滑らかな形状をしている」の
で,カジリ性において優れている。なお,本件明細書には記載されてい
ないが,梨地成形用金型も金型である以上,「離型性」(カジリ性)の
優劣が重要な技術的要素であることは疑いがない。
これに対して,本件発明の方法により腐食させた金型の凹部は,垂直
方向への腐食に比べて水平(横)方向への腐食が進みにくいため,U字
形の凹部が形成される。そうすると,この金型により成形された成形品
の表面上の梨地の凸部形状は,山高帽状の形状となり,凸部の側面の傾
斜は急となる(甲1)。そのため,凸部部分と基部(基準面L)との境
界部に汚れが付着し,かつ,汚れを容易に除却しにくいという課題が生
じることになる。
このように,本件発明の作用・効果として本件明細書に記載されてい
る「汚れにくく,汚れた場合にも付着した汚れの除去が容易」という効
果を達成する上で,「表面に酸液を散布」することと「金型を酸液に浸
漬」することでは,その作用・効果の程度に相違があり,異なる技術的
意義を有する。
(オ)なお,本件発明の構成要件Dの後半部分の「独立状態の凹部を形成
してなることを特徴とする」との点について,「独立状態の凹部」が,
金型表面(すなわち加工面の表面)を基準として形成された凹部を意味
し,かつ,二つ以上の凹部が金型表面によって形成された凸部によって
分断されている状況を意味することは,原告も認めるところであるが,
被告各製品には,そのような独立凹部が存在しない。
また,被告各製品の構成のうち,特に微細凹凸加工(前記第2の1(4)
ア,イの各(ウ))及び前記第2の1(4)ア(エ)fの工程により,本件明
細書の図及び「スカイ(SKY)シボ」のパンフレット(甲1)に記載
された図のような,独立状態の凹部を形成することは,極めて困難であ
る。本件発明に係る金型の梨地は,平面又は平面に極めて近い基準面(L
)が連続して残存する凸部と,前記基準面(L)から直交する方向に切
り立って凹み,各凹みが独立した凹部とを有するのに対し,被告各製品
は,基準面(L)が存続せず連続しない凸部と,元の基準面(L)から
凹み,その断面形状が半円形状で,かつ,各凹部の口縁が切り取られて
重なり合い,元の基準面(L)が存続しない非独立状態の凹部とを有す
る。
このように,本件発明に係る梨地成形用金型によって製造された成形
品は,平面又は平面に極めて近い基準面(L)から一部分が膨らんで,
独立状態の凸部が形成されている。平面又は平面に極めて近い基準面
(L)は,連続した流れ空間を形成しており,汚れが付着した場合にも
流れ空間が存在することにより汚れを除去できるように構成されてい
る。
被告各製品により製造された成形品は,非独立状態の半円弧状の凹部
から膨らんで,幾つも重なるように続いている非独立状態の凸部が形成
されている。そして,半円弧状の凹部は,幾つも重なるように続いてい
る凸部で分断された不連続に形成されている。
(3)以上のとおり,被告各製品は,いずれも,
ア前記(1)のとおり,本件発明の構成要件に存在しない,前記第2の1(4)
ア(イ),(ウ),(オ),(キ)(なお,被告製品Aについては,このほか(カ)
も含む)の各生産過程を含むものであり,特に,被告各製品は,その生産
過程において直接描画法によるエッチング加工の工程(前記第2の1(4)
ア(オ),イ(エ),(オ))を構成要件として含んでいること,
イ前記(2)イ(ア)ないし(エ)のとおり,被告各製品(被告製品Eを除く。)
に含まれる「写真法によるエッチング(感光性レジスト法)」の構成は,
本件発明の構成と異なること,
ウ前記(2)イ(オ)のとおり,被告各製品には,本件発明の「独立状態の凹
部を形成してなること」との構成が存在しないこと,
のいずれの点においても,本件発明の構成要件に該当せず,本件発明の技
術的範囲に属しない。
2実施可能要件(特許法36条4項)違反の有無
(被告の主張)
(1)本件発明の作用・効果
本件発明は,「該感光性耐酸膜の上面に遮光性を有する液体の吹き付けに
より梨地パターンを施す」ことにより,「梨地を形成する微細凹凸部」を形
成することを,主たる構成要件としている。そして,本件発明の技術的課題,
目的及び効果からすれば,本件発明に係る梨地成形用金型4の金型の凹部7
は,梨地成形用金型4をもって成形品を成形したときに,成形品の凸部1の
面積が狭くて,ネイルスクラッチ等の傷がつきにくい耐傷性に優れた形状に
成形できるようにしなければならない。
(2)遮光性を有する液体の吹き付け条件に関する記載不備
ところが,発明の詳細な説明には,前記の構成とするために必要な「遮光
性を有する液体の吹き付けにより梨地パターンを施す」ときの遮光性を有す
る液体の吹き付け条件が記載されていない。
金型を構成する金属表面に遮光性等の機能性を有する液体を吹き付ける
ことは,公知技術として金型加工の技術分野における当業者には知られてい
ることであるが(乙2,3),本件発明の課題を解決するために,「微細な
凹凸面である梨地(本件発明の梨地パターン)」を形成するためには,公知
技術でない遮光性を有する液体の吹き付け条件が記載されていなければ,当
業者は,容易に実施することができない。
ところが,発明の詳細な説明には,なぜ,成形品の凸部1の面積が狭いた
め,ネイルスクラッチ等の傷がつきにくいという効果を奏する構成ができる
のか,また,どういう条件で吹き付けをすれば,そのような構成となるのか
記載されておらず,不明である。
(3)感光性耐酸膜上に梨地パターンを形成する方法に関する記載不備
本件発明は,「感光処理及び現象により前記梨地パターン部の感光性耐酸
膜を洗い流し」て,梨地パターンを腐食させるように構成することを,主た
る構成要件としている。
この点,金型の被加工面(型面)は,複雑な3次曲面で構成されており,
遮光性を有する液体からなる微小な滴の集まりである吹き付けによる梨地
パターンを構成する全ての滴を,目的どおりに耐酸膜に感光処理をして梨地
パターンを形成するためには,複雑な被加工面(型面)に吹き付けられた梨
地パターンの遮光性を有する液体の滴及びそれが存在しない感光性耐酸膜
に対して,入射角を最適になるように調整して光を当てる必要がある。
しかし,発明の詳細な説明には,前記のような感光処理の具体的な方法が
記載されていない。梨地パターンに対する紫外線照射の露光時間,積算光量,
被露光物との距離等が記載されていなければ,当業者は,梨地パターンを形
成できず,本件発明を容易に実施することができない。
(4)感光性耐酸膜の形成及び梨地パターンの除去に関する記載不備
本件発明は,金型の「表面に感光性耐酸膜を塗布」することを構成要件と
している。
公知の技術(乙2)では,感光性及び耐酸性を有する液状の物質等を塗布
して膜を形成することは一般的とされているが,実際には,「レジスト層に
は液体状のものもありますが,塗るのは大変難しい作業でもあるので,現在
ではドライフィルムフォトレジストタイプが広く使用されています。」(乙
13)とされているとおり,膜は,一般的に塗布しない。すなわち,感光性
耐酸膜のような膜は,金型の表面に貼り付ける等して金型の表面に膜面を形
成するのが一般的である。この点について,本件発明は,特許請求の範囲及
び発明の詳細な説明においても,「感光性耐酸膜を塗布し」て,膜を形成す
ることを構成としているが,本件明細書には,感光性耐酸膜を塗布して形成
する方法が何ら記載されていない。
また,原告は,本件発明の「梨地パターン」とは「梨地模様」のことであ
るというが,【0012】には,「前記梨地パターン6部の感光性耐酸膜5
が洗い流され,同時に梨地パターン6が除去される。」と記載されており,
これらによれば,酸液を散布して梨地パターン部を腐食させて独立状態の凹
部を形成するときには,梨地パターン6が除去されているため,金型の被加
工面(型面)に梨地パターン(梨地模様)が存在しないことになる。このよ
うに,本件発明は,使用されている技術的用語が一義的に定まっておらず,
その構成,技術内容が不明確である。
(5)小括
以上のとおり,本件発明の発明の詳細な説明は,当業者が実施することが
できる程度に記載されておらず,特許法36条4項に違反する。
(原告の主張)
(1)本件発明の作用・効果
本件発明は,「梨地を形成する微細凸凹部のうち,凸部1が基準面Lから
それぞれ独立状態に形成された梨地」を提供するために,成形用金型に「独
立状態の凹部を形成」することを構成要件としている。
本件発明の技術的課題,目的及び効果は,前記「凸部1が基準面Lからそ
れぞれ独立状態に形成された梨地」及び「連続した凹部2,すなわち,基準
面Lには,矢印3によって擬似的に表したごとき流れ空間」が形成されるこ
とにあり,前記凸部の面積を特定するまでもない。
(2)遮光性を有する液体の吹き付け条件の記載は要しないこと
遮光性を有する液体の吹き付けは,被告が公知技術として挙げる乙2,3
に記載された技術を応用するまでもなく,当業者であれば容易に解決できる
問題であり,改めて記載することを要しない事項である。
本件発明の構成とすることによりネイルスクラッチ等の傷がつきにくく
なるのは,従来の梨地に比べて,いわゆる当たり面積が狭いためであるが,
その構成とするために,吹き付け条件を特別なものとする必要はない。当た
り面積が狭い梨地を形成する微細凹凸部あるいは凸部を形成する方法は,吹
き付け技術やノウハウの問題であり,液体の吹き付けに関する当業者の技術
により容易に解決できることである。すなわち,当業者の吹き付け技術は,
被告のいう以上にレベルが高いものであり,微細凹凸部あるいは凸部を形成
するための吹き付け技術等は,改めて記載することを要しない事項である。
(3)感光性耐酸膜上に梨地パターンを形成する方法の記載は要しないこと
金属の被加工面の複雑な3次曲面に対する梨地パターンの吹き付け及び
光の照射等は,吹き付け機器,光の照射機器及び被加工物の向き等を移動調
整することにより,あるいは経験則により容易に行うことが可能であり,改
めて記載することを要しない事項である。
(4)感光性耐酸膜の形成及び梨地パターンの除去に関する記載不備がないこ

感光性耐酸膜の形成方法は,本件明細書及び図3の記載により,当業者は
容易に理解できる。「前記梨地パターン6部の感光性耐酸膜5が洗い流され,
同時に梨地パターン6が除去される。」との記載は,換言すれば,「同時に
梨地パターン6の感光性耐酸膜5が除去される。」という意味であり,本件
発明の構成,技術内容が不明確ということはできない。
(5)小括
以上のとおり,発明の詳細な説明に記載内容の不備はなく,本件発明は,
被告はもとより,当業者であれば何ら困難を伴うことなく,極めて容易に実
施できるものであり,実施可能要件を満たさないという被告の主張は,理由
がない。
3進歩性要件(特許法29条2項)違反の有無
(被告の主張)
(1)特開昭49−10129号公報(以下「乙4公報」という。)には,次の
記載がある。
ア対象となる技術分野
「本発明は,加工すべき金属表面の感光被膜上へ遮光性物質を直に載せ
てパターンを表現することを発明し,以て,原板を感光被膜上へ密着させ
る真空焼枠等の特別な装置を要せず,且つ作業の煩雑さを解消して,作業
性を向上したエツチング方法を提供せんことにある。」(1頁〔161頁
〕右下欄から2行∼2頁〔162頁〕左上欄4行)。
イ構成
(ア)「第1図は平板にエツチング加工を行なう方法を示すもので,エツ
チングすべき金属(1)の表面には,水又はアンモニア水,或いは有機溶
剤等,使用する現像液に合せた水溶タイプ或いは溶剤タイプの感光剤溶
液を塗布乾燥して公知の感光被膜(2)を形成している。」(2頁〔16
2頁〕左上欄6行∼11行)。
(イ)「然して,金属(1)表面の感光被膜(2)上へ,印刷方法により遮光性
物質の溶液を附着し,乾燥させてパターンを表現する遮光性物質(5)を
載せる」(2頁〔162頁〕右上欄10行∼12行)。
(ウ)「尚,金属(1)の表面に載せられた遮光性物質(5)の表面には,ポジ
−ポジ現像の場合,必要に応じてアスフアルト,カーボン,アルミ等の
粉末を附着乾燥することにより,表面を強化して耐蝕性を向上出来る。
遮光性物質(5)を載せた後,感光被膜(2)の上方にアーク灯等の光源(10)
を発光するとき,感光被膜(2)には遮光性物質(5)が直に接して,被膜(2)
との間に微小の空隙も形成していないため,露光時に光は散乱,回折,
乱反射せず,遮光性物質(5)によって描かれたパターンを正確に感光被
膜(2)に焼付ける。」(2頁〔162頁〕右上欄14行∼左下欄4行)。
(エ)「焼付け後は,直ちに感光被膜(2)に対し,被膜の現像タイプに合
せて,水又はアンモニア水,或いはトリクロールエチレン等の現像液を
以て,従来の浸漬法その他の現像方法により現像をなして,未露光部分
の感光被膜(2)を除去し」(2頁〔162頁〕左下欄5行∼9行)。
(オ)「露光部分の被膜(2)を耐蝕膜になし,或いはその逆の操作により
金属(1)表面に凹又は凸のパターンを形成させる」(2頁〔162頁〕
左下欄9行目∼11行目)。
(カ)「パターンを形成した金属(1)は公知の腐蝕機(図示せず)に取付
けて,低速回転を行なわせつつ,金属露出面,耐蝕膜の全面へ一様に塩
化第二鉄液等の腐蝕液を吹きつけることにより,金属露出面は腐蝕液の
作用時間に応じ腐蝕除去せられ,エツチング凹部(6)が生成される(第
4図)。」(2頁〔162頁〕左下欄13行∼18行)。
(2)本件発明と乙4公報に記載された発明との対比
本件発明と乙4公報に記載された発明(以下「乙4発明」という。)を,
本件発明の構成要件ごとに対比すると,次のとおりである。
ア対象とする技術分野が,本件発明は「梨地成形用金型」であるのに対し
て,乙4発明は「金属表面のエッチング方法」である点が異なる。
イ乙4発明の前記(1)イ(ア)の構成は,本件発明の構成要件Aと同一であ
る。
ウ乙4発明の前記(1)イ(イ)の構成と本件発明の構成要件Bとは,遮光性
物質の溶液の附着方法が,本件発明では「吹き付け」と限定されている点
を除いて同一である。
エ乙4発明の前記(1)イ(ウ)の構成のうち,「遮光性物質(5)を載せた後,
感光被膜(2)の上方にアーク灯等の光源(10)を発光するとき」は,本件発
明の構成要件Cの「感光処理」に該当し,乙4発明の前記(1)イ(エ)の構
成は,本件発明の構成要件Cの「現像により前記梨地パターン部の感光性
耐酸膜を洗い流し」に相当するから,本件発明の構成要件Cは,乙4発明
の前記(1)イ(ウ)及び(エ)の構成と同一である。
オ乙4発明の前記(1)イ(オ),(カ)の構成と本件発明の構成要件Dとは,
本件発明には「独立状態の凹部を形成してなる」との構成が記載されてい
るのに対して,乙4発明にはそのような記載がされていない点を除いて同
一である。
(3)相違点
以上によれば,本件発明と乙4発明とは以下の相違点を除いて同一である。
ア対象技術
本件発明が梨地成形用金型(の形成)に関する技術に係るものであるの
に対して,乙4発明が金属表面のエッチング方法に係るものであること。
イ感光性耐酸膜上に遮光性を有する液体を載せる方法
乙4発明は,遮光性を有する液体を載せる方法を限定していないが,本
件発明は,「吹き付け」によると限定していること。
ウ独立状態の凹部が形成されているか否か
本件発明は「独立状態の凹部を形成してなる」との構成が記載されてい
るのに対して,乙4発明にはそのような構成が記載されていないこと。
(4)相違点の検討
ア対象技術の相違について
従来から梨地成形用金型の製作方法のひとつとして,エッチング技術が
用いられていたことは公知の事実であり,その方法として金型の表面に耐
酸被膜模様を一面に塗布し,その一部を除去し,そのうえで酸液をその表
面に散布することにより腐食させることによるエッチング技術が用いら
れていた(乙5)。また,プラスチック等の射出成形の金型が金属製であ
ることも当業者にとって周知の事実である。
したがって,金型製造を業とする者にとって金属表面のエッチング方法
である前記公知技術を梨地成形用金型に応用することは極めて容易に想
到できる。
イ遮光性を有する液体を載せる方法について
乙4発明には感光性耐酸膜上に遮光性を有する液体を載せる方法が具
体的に記載されていないが,本件発明には「吹き付け」という方法が記載
されている。
本件発明には,「吹き付け」の具体的手段について何ら記載されていな
いが,「吹き付け」とは,一般に液体を霧状の粒子として拡散させ,固体
の表面に均等に分散させることを意味すると解される。そして,本件の遮
光性を有する液体に限らず,液状の物質をスプレーで散布し,梨地パター
ンを形成する方法は,特開平9−239739公報(乙6)においても開
示された公知技術である。
プラスチック成形用金型の製造分野でも従来から耐酸膜を直接金型表
面に吹き付ける際には,スプレーガン,霧吹き,金網ブラシ等を用いる吹
き付け方法を用いており,当業者にとって,液状物質を吹き付ければ霧状
の粒子が金属表面に附着し,梨地パターンを形成することは,周知の技術
であった(乙7)。
したがって,前記のような公知技術及び周知の技術を,遮光性を有する
液体を用いて梨地パターンを形成するために用いることは,当業者にとっ
て極めて容易想到であった。
ウ独立状態の凹部が形成されているか否かについて
本件発明は,金型の表面に「独立状態の凹部を形成してなる」ことを構
成要素とするが,通常,乙4発明のエッチング方法を用いれば,金型であ
る金属表面に独立状態の凹部が形成されることは,当然の結果である。こ
のことは,乙4公報の第4図にも開示されている。
したがって,この点も乙4発明において開示されているか,乙4発明か
ら当業者が容易想到し得る技術的成果にすぎない。
(5)小括
以上のとおり,本件発明は,当業者が乙4発明から容易に想到し得る発明
であり,進歩性が欠如している。
(原告の主張)
(1)前記の被告の主張のうち,(1)の乙4公報の記載,(2)の本件発明と乙4
発明との対比,(3)の相違点については争わない。
(2)相違点の検討について
ア対象技術の相違について
乙5に記載された公知技術は,一般のシボ加工に関するものであり,本
件発明とは具体的な対象技術が相違する。
乙4発明は,「公知の印刷機の回転ロール」「金属に表現するパターン
に合わせて凹凸の印版」の使用等において,本件発明と異なる。また,技
術的にも,本件発明のような微細凹凸部や,該微細凹凸部のうち凸部が基
準面Lから独立状態に形成された梨地を提供することができる発明では
ない。
イ遮光性を有する液体を載せる方法について
乙6,乙7には,液状の物質及び耐酸膜の吹き付けについての記載はあ
るが,乙6,乙7からは,本件発明のような微細な梨地の形成はもちろん
のこと,本件発明の「梨地を形成する微細凹凸部のうち,凸部1が基準面
Lからそれぞれ独立状態に形成された梨地」を得ることは困難である。本
件発明の梨地模様は,小さいものは10μ以下に形成されるところ,本件
発明における吹き付けは,従来技術では不可能であった10μ以下の微細
な梨地の形成を可能にし,該梨地を該微細凹凸部のうち,凸部が基準面L
からそれぞれ独立状態に形成された梨地を提供するための成形用金型に
関する吹き付けであり,乙6,乙7に記載された吹き付けとは異なる。
ウ独立状態の凹部が形成されているか否かについて
乙4公報の第4図から本件発明における独立状態の凹部の存在を窺い
知ることはできない。乙4公報では,本件発明と同等の微細な梨地や本件
明細書の図1に示す独立状態の凸部を有する梨地を形成することはでき
ない。
4原告の損害
(原告の主張)
被告は,平成18年4月1日から平成21年3月31日までの間に,被告各
製品の生産,販売により,少なくとも1億円を売り上げ,2500万円の利益
を得ており,原告は,被告各製品の生産,販売により,本件特許権が侵害され,
2500万円の損害を被った(特許法102条2項)。
(被告の主張)
否認する。
第4当裁判所の判断
1争点(1)(被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか否か)について
(1)被告各製品(被告製品Eを除く。)の生産工程の「金型を酸液に浸漬し
」(前記第2の1(4)ア(エ)f)が,本件発明の構成要件Dの「表面に酸液
を散布して」を充足するかについて
原告は,本件発明の「その後,表面に酸液を散布して」梨地パターン部を
腐食させることは,被告各製品(被告製品Eを除く。)の生産工程の「金型
を酸液に浸漬し,…梨地パターン部分を腐食させ」ることも,目的が同じで
あり,いずれの方法も一般的に採用されている方法であって,作用・効果に
大きな差異はないから,被告各製品(被告製品Eを除く。)の生産工程の「金
型を酸液に浸漬し」は,本件発明の構成要件Dの「表面に酸液を散布して」
を充足すると主張する。
他方,被告は,本件発明の「(金型)表面に酸液を散布」することも,被
告各製品(被告製品Eを除く。)の生産工程の「金型を酸液に浸漬」するこ
とも,いずれも梨地パターン部(非感光部分)を腐食させることを目的とす
るが,その作用・効果や技術的意義を異にするから,被告各製品(被告製品
Eを除く。)の生産工程の「金型を酸液に浸漬し」は,本件発明の構成要件
Dの「表面に酸液を散布して」を充足しないと主張するので,この点につい
て,検討する。
ア本件明細書(甲3)の記載
本件明細書には,次の記載がある。
「【0004】
【発明が解決しようとする課題】前記のごとく,従来の梨地は,凹部が
独立状態に形成され,該凹部の底に汚れが詰まり易く,また,一旦汚れ
が詰まると,その除去が困難であった。そこで,前記凹部を形成してい
る角部を薬品等により滑らかにして,付着した汚れを除去し易いように
加工することも行われているが,加工工程が増加するのみで十分な効果
を得ることができないものであった。さらに前記凹部に比べて凸部(基
準面)が広いため,ネイルスクラッチ等の傷がつき易い等の問題があっ
た。
【0005】本発明は,該事情に鑑み,汚れにくく,汚れた場合にも付
着した汚れの除去が容易であり,さらに耐傷性に優れた梨地を構成でき
る梨地成形用金型を提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】本願発明は,表面に感光性耐酸膜を塗布
し,つぎに該感光性耐酸膜の上面に遮光性を有する液体の吹き付けによ
り梨地パターンを施し,続いて感光処理及び現像により前記梨地パター
ン部の感光耐酸膜を洗い流し,その後,表面に酸液を散布して前記梨地
パターン部を腐食させて独立状態の凹部を形成してなる梨地形成用金
型である。本発明の金型によれば,前記汚れにくく,汚れた場合にも付
着した汚れの除去が容易であり,さらに耐傷性に優れた梨地を容易に成
形できる。
【0007】
【発明の実施の形態】以下に,本発明の一実施の形態を説明する。図1
には,本発明が目的とする梨地の拡大斜視図,図2には,従来の梨地の
拡大斜視図が示されている。すなわち,図1において,Wは成形品であ
り,1は独立状態に形成された凸部であり,該凸部1の周囲には連続し
た凹部2,具体的には連続した基準面Lが形成されている。
【0008】前記構成において,前記連続した凹部2,すなわち,基準
面Lには,矢印3によって擬似的に表したごとき流れ空間が形成されて
いる。したがって,汚れが詰まったり,滞ることが少なく,仮に,前記
連続した凹部2部に汚れが付着した場合にも,前記流れ空間が存在する
ことにより,拭き取り等により容易に除去することができ,さらにつぎ
に述べる従来の梨地に比べて,いわゆる表面の当たり面積が狭いため,
ネイルスクラッチ等の傷が付きにくいものである。」
「【0010】図3以下には,前記図1に示した本発明が目的とする梨地
を成形するための梨地成形用金型の製作過程の実施の一形態が示され
ている。まず,図3に示すように,金型4の加工面に感光性耐酸膜5が
塗布される。
【0011】つぎに図4に示すように,前記感光性耐酸膜5の上面に遮
光性ある液体により梨地パターン6が吹き付けにより施される。なお,
図4には,説明の都合上,梨地パターン6が一定間隔をあけて表されて
いるが,実際には,図1に示すように吹き付けによりランダムに施され
ているものである。
【0012】続いて紫外線照射等による感光処理及び現像が行われ,図
5に示すように,前記梨地パターン6部の感光性耐酸膜5が洗い流され,
同時に梨地パターン6が除去される。
【0013】その後,表面に酸液を散布して前記感光性耐酸膜5が洗い
流された部分を腐食させ,残された感光性耐酸膜5を除去することによ
り,図6に示す独立状態の多数の凹部7が金型4の表面に形成される。
【0014】前記のごとくして,構成された金型4は,従来と異なり,
表面に独立状態の凹部7が多数形成されており,該金型4を使用した成
形品Wの表面には,図1に示した梨地,すなわち,凸部1が基準面Lか
らそれぞれ独立状態に形成され,その周囲には連続した凹部2,具体的
には連続した基準面Lが形成される。
【0015】前記のごとく,本発明の金型4によれば,梨地を形成する
微細凹凸部のうち,凸部1が基準面Lからそれぞれ独立状態に形成され
た梨地を容易に提供できるものである。
【0016】
【発明の効果】本発明の梨地成形用金型によれば,汚れにくく,汚れた
場合にも付着した汚れの除去が容易であり,さらに耐傷性に優れた梨地
を容易に提供できる。」
イシボ加工の目的に関する文献等(乙5,乙6)の内容
本件発明はシボ加工に関するものであるところ(甲1,2),シボ加工
の目的については,次のように説明されている。
(ア)文献(「プラスチックの射出成形用金型」平成11年3月16日財
団法人素形材センター発行(乙5))の410頁には,シボ加工の目的
に関して,次の記載がある。
「プラスチック産業の発展に伴って表面処理への需要も補助的なものか
ら本来の意匠的なものへと変わっていった。テレビ,ラジオ等の弱電関
係や自動車内装部品等にはほとんどの製品に平面的な印刷,ホットスタ
ンプ,めっき,塗装等の二次加工の他に立体的質感の付与が望まれるよ
うになった。艶消し梨地模様,皮模様,織布模様,木目模様,柄模様等
がなくてはならないものの様に加工されていった。そしてこれらの表面
デザインが単純な模様からリアリティのある皮,木目,布そのもののデ
ザイン要求として今日に至ってきた。これらエッチング加工は従来から
皮模様の加工の要求が殆どであったことから,その他の模様のエッチン
グ加工も含めて通称皮しぼ加工またはしぼ加工と云われる様になり,こ
れらの模様のことをしぼ模様またはしぼと呼ぶようになった。」
(イ)特許文献(特開平9―239739。乙6)の発明の詳細な説明に
は,同じくシボ加工の目的に関して,次の記載がある。
「【0002】
【従来の技術】例えばラジオ付きカセット式テープレコーダ,テレビジ
ョン受像機,オーディオ用パネル等においては,合成樹脂の射出成形体
から成るキャビネットが用いられている。このようなキャビネットは所
定の形状を有する金型のキャビティ内に溶融したABS樹脂,ハイイン
パクトポリスチレン樹脂等を射出し,成形した後に金型から取出すこと
によって製造されるようになっている。この場合に金型のキャビティの
表面が平滑であると,成形体の表面も平滑になり,高級感に乏しいキャ
ビネットになってしまう。そこで成形した後にキャビネットの外表面に
塗装を行なうことにより,高級な外観を付与する試みがなされている。
ところが塗装を行なうと工程数が増加し,コストアップの原因になる。
【0003】そこで塗装を行なわずにしかも成形体に高級感を与えるた
めに,シボ加工やブラスト加工を行うようにしている。(後略)」
ウエッチング加工の方法に関する文献(乙5)の内容
前記「プラスチックの射出成形用金型」(平成11年3月16日発行(乙
5))の412頁には,しぼ加工工程におけるエッチング加工に関して,
次の記載がある。
「表面処理工程における材質データおよびしぼ加工法に基づきエッチン
グ液の選択配合を行う。塩酸,硫酸,硝酸,りん酸,塩化第二鉄等の酸
液からなる混合溶液と添加剤によって設定された適切条件のエッチン
グ液の建浴が行われる。そしてエッチングはほとんどが化学エッチング
法によるが,まれに電解エッチング法も使われることがある。実際には
浸漬式,パドル式(略),シャワー式(略),スプレー式(略)等の化
学エッチング工法の中から何れかの工法が被加工物の条件に合わせて
採用されている。」
エエッチング加工の技術的意義に関する文献(乙15)の内容
文献(「成形用金型へのエッチング技術の応用」平成3年被告発行(乙
15))には,次の記載がある。
「2−2エッチングの特性
エッチング状態は耐薬品被膜の抵抗性とエッチング液の性質よって
左右される。耐薬品被膜すなわちマスキング(masking)材の耐
薬品性,密着性,膜厚,耐熱性,脆性,柔軟性等の性質はエッチング断
面形状を図2−3の様に変化させる。
被膜の密着力が弱く膜圧が薄い場合には,マスキング材が金属表面か
ら剥離・剥落現象を起こし(a)の様なエッチング形状を示す。また被
膜の密着性が強すぎたり膜圧が厚すぎたりすると側壁へのエッチング
が進んで庇の出た(b)の様なオーバーハング型(overhang
)の形状を呈するのである。したがって被膜の物性が適正であれば(c
)のような形状が得られる。
図の様にエッチングは垂直方向(深さ方向)のみばかりでなく,水平
方向(側壁方向)にも露出面に対して浸食進行する現象があり,機械加
工等にはない大きな特徴といえる。そして技術的に平面形状は比較的制
御可能であるが断面形状の制御が困難であることもその特徴の一つと
いえる。この様な現象をサイドエッチング(sideetching
)或いはアンダーカット(under−cut)と呼び,一般的に断面
のエッチング状態を表す方法として腐蝕係数(etching−fac
tor)を用いてその目安としている。
(中略)
エッチングは液の条件特に組成,濃度,温度,界面活性剤等によって
も大きく影響を受ける。液条件を管理し温度分布,ガスの滞留,反応生
成物の除去等を化学的物理的手段によって充分コントロール制御する
ことで正常なエッチング状態が得られる。しかしこれらの技術的条件差
或いは被加工材質の特性によっては図2−5の様な不均一エッチング
の現象もあらわれる。
したがってマスキング材,エッチング液,金属材料等エッチングに係
わる諸条件をいかに総合管理するかがエッチング技術といえ,適切な結
果を得るにはそれなりの安定したコントロール技術が必要となるゆえ
んである。」
「2−3加工条件とエッチング性
(前略)
エッチング加工は,液温度,組成,濃度等をいかにしてコントロール
し,一定のポテンシャル値にその活性状態を維持するかがそのテーマと
いえる。
(中略)
以上エッチング要因としての濃度,温度,流量,流圧,液組成,金属
材料等の条件設定によって種々の結果が得られるが,条件の組合せしだ
いでは逆の結果になり得ることも推察出来る。」
そして,乙15の文献の「2−3加工条件とエッチング性」の項では,
試料表面にフォトレヂスト法により格子状のパターンを形成し,低圧スプ
レーエッチャーによりエッチングを行うというエッチング方法を採用し,
エッチング液として,塩化第二鉄液を使用するという条件の下で,エッチ
ング液の濃度,液温,試料表面への液流量を変化させるほか,エッチング
を行う試料を変えることにより,加工条件によるエッチング性(エッチン
グ速度,サイドエッチング,試料の表面状態)の相違について計測観察し
た実験結果が記載されており,その実験結果から,前記のとおり,エッチ
ング液の濃度,液温,流量等の加工条件の相違により,エッチング性に相
違がでるという結論を導いている。
オ検討
(ア)本件発明の構成要件Dにおける「散布」の意味
a前記のとおり,本件発明の目的は,従来の梨地の問題点から生じる
課題を解決するために,汚れにくく,汚れた場合にも付着した汚れの
除去が容易であり,さらに耐傷性に優れた梨地を構成できる梨地成形
用金型を提供することにある(【0005】)。
本件発明は,梨地金型に独立状態の凹部を形成することにより,上
記課題を解決しようとするものである(【0006】,【00133
】)。
梨地金型に独立状態の凹部が形成されれば,成形品においては,独
立状態の凸部が形成され,その周囲には連続した凹部が形成される。
この連続した凹部の形成により,汚れがつまりにくく,汚れた場合に
も汚れの除去が容易になるのである。また,独立状態の凸部の面積は
従来技術に比較して狭いため,ネイルスクラッチ等の傷がつきにくく,
耐傷性が得られるのである。(【0006】,【0008】,【00
14】,【0015】)
ところで,本件発明が物の発明であるにもかかわらず,その成形方
法を記載した趣旨は,請求項に記載した方法を採用することにより,
上記発明の目的を達成するような梨地成形用金型を作成することが
できるためであると考えられる。このことは,本件明細書の段落【0
010】に「図3以下には,前記図1に示した本発明が目的とする梨
地を成形するための梨地成形用金型の製作過程の実施の一形態が示
されている。」とされているように,本件発明の目的達成のためには,
梨地成形用金型の「製作過程」が重要であることが示されていること
に表れている。
bそこで,さらに進んで,本件発明における梨地用金型の「製作過程
」についてみると,本件発明においては,酸液の散布に先立って,遮
光性を有する液体の吹き付けによる梨地パターンが施される(構成要
件B)。この吹き付けは,当業者の技術常識であるしぼ加工の目的に
照らすと(前記イ),吹き付けにより不均一なパターンを形成するこ
とにあると考えられる。本件明細書の段落【0011】には,この点
について,「なお,図4には,説明の都合上,梨地パターン6が一定
間隔をあけて表されているが,実際には,図1に示すように吹き付け
によりランダムに施されているものである。」と記載されている。
cそして,その後に行われる表面への酸液の「散布」は,梨地パター
ン部を腐食させて独立状態の凹部を形成することにあるが(構成要件
D),腐食による独立状態の凹部を形成するについて,表面への酸液
の「散布」がどのような技術的な意義を有するかについては,本件明
細書に記載がない。
そこで,酸液によるエッチングについての文献をみると,前記ウの
とおり,エッチング加工において,加工表面にエッチング液をあてる
方法としては,浸漬式,パドル式,シャワー式,スプレー式等の様々
な方法があり,それらの方法は,被加工物の条件に応じていずれの方
法を採用するかが決められるものとされており,エッチング加工にお
いて,浸漬式と他の方法とは,加工表面にエッチング液をあてる方法
として異なる方法と扱われている。
また,前記エのとおり,エッチング加工において,エッチング液の
濃度,液温のほか,液流量を変化させることは,エッチング速度,試
料の表面状態等のエッチング性に差異をもたらすものである。この点,
文献(乙15)における実験は,エッチング液の濃度,液温,液流量
のほか試料を変化させ,その変化によるエッチング性の相違を比較し
たものであり,エッチング方法(エッチング液を試料表面にあてる方
法)としては,低圧スプレーエッチャーによる方法のみを採用してい
るから,エッチング液を試料表面にあてる方法の相違によるエッチン
グ性の相違について,直接比較検討の対象としたものではないが,前
記の実験において,エッチング液の試料表面への液流量の相違は,比
較検討の対象とされ,液流量の相違により,エッチング速度等のエッ
チング性に相違が生じることは確認されているところ,試料表面にエ
ッチング液をあてる方法として,散布と浸漬のいずれによるかによっ
て,試料表面へのエッチング液の流量は,当然に同一となるものでは
ないから,前記の実験の結果から,エッチング方法としていずれの方
法を採用するかにより,エッチング速度等のエッチング性に相違が生
じると推認することができる。したがって,表面にエッチング液をあ
てる方法として,散布と浸漬には,その作用・効果,技術的意義に相
違がないということはできない。
dそして,前記アのとおり,本件明細書の記載を見ても,本件発明の
「表面に酸液を散布して」に,散布以外の方法を含むかのような記載
は全くない。
eそうすると,本件発明の構成要件Dにおける「表面に酸液を散布し
て」の「散布」は「浸漬」とは異なるものと解される。
(イ)被告各製品(被告製品Eを除く。)の「金型を酸液に浸漬し」は,
本件発明の構成要件Dの「表面に酸液を散布して」を充足しないこと
前記(ア)のとおり,本件発明の構成要件Dにおける「表面に酸液を散
布して」の「散布」は,「浸漬」と異なるから,被告各製品(被告製品
Eを除く)の生産工程の「金型を酸液に浸漬し」は,本件発明の構成要
件Dの「表面に酸液を散布して」を充足しないというべきである。
(2)直接描画法によるエッチングを採用する被告各製品の生産工程が本件発
明の構成要件を充足するかについて
原告は,被告は,被告各製品(被告製品Eを除く。)の感光性レジスト法
の工程において本件発明を実施しており,被告が被告各製品の生産工程に採
用している直接描画法によるエッチング加工は,従来一般の梨地加工法であ
り,この従来の梨地加工法である直接描画法によるエッチング加工の工程が
付加されても,本件発明を実施していることに変わりはないと主張する。
他方,被告は,被告各製品の生産工程において用いられている直接描画法
によるエッチングは,本件発明の構成要件AないしDに記載された工程とは
明らかに異なるものであり,直接描画法によるエッチングのみによって構成
される被告製品Eはもちろんのこと,直接描画法によるエッチングをその工
程の一部に用いている被告製品Eを除く被告各製品も,本件発明の構成要件
AないしDに記載された工程と異なるから,被告各製品は,本件発明の構成
要件を充足しないと主張するので,この点について,検討する。
ア本件発明の梨地成形用金型は,従来の梨地加工法である直接描画法によ
るエッチング工程を付加したものを含まないこと
(ア)本件発明の梨地成形用金型について
本件発明は,「汚れにくく,汚れた場合にも付着した汚れの除去が容
易であり,さらに耐傷性に優れた梨地を構成できる梨地成形用金型を提
供することを目的とする」(【0005】)ものであり,このような梨
地を容易に提供できるという効果を奏するものである(【発明の効果】
)。
本件明細書は,このような梨地の拡大斜視図(【図1】)について,
「…Wは成形品であり,1は独立状態に形成された凸部であり,該凸部
1の周囲には連続した凹部2,具体的には連続した基準面Lが形成され
ている。」(【0007】),と説明し,また,「前記構成において,
前記連続した凹部2,すなわち,基準面Lには,矢印3によって擬似的
に表したごとき流れ空間が形成されている。したがって,汚れが詰まっ
たり,滞ることが少なく,仮に,前記連続した凹部2部に汚れが付着し
た場合にも,前記流れ空間が存在することにより,拭き取り等により容
易に除去することができ,さらにつぎに述べる従来の梨地に比べて,い
わゆる表面の当たり面積が狭いため,ネイルスクラッチ等の傷が付きに
くいものである。」(【0008】)と述べている。そして,本件明細
書には,「前記図1に示した本発明が目的とする梨地を成形するための
梨地成形用金型の製作過程の実施の一形態が示されている。」(【00
10】)とあり,これに続いて,本件発明の梨地成形用金型の生産工程
が記載されている(【0010】∼【0013】)。
一方,本件明細書の【従来の技術】には,「家電製品,自動車内装品,
その他の各種製品の表面には,梨地等の艶消し加工が施されている。従
来,梨地加工は,きわめて微細であるため,金型製作において,版によ
る印刷等では困難であるため,金型表面に耐酸性ニス等をスプレーによ
り散布し,酸による腐食処理を施している。【0003】その結果,金
型には前記耐酸性ニス部分が凸部として残り,該金型を使用した成形品
には独立した凹部が形成されるものであった。」と記載され,従来の梨
地の拡大斜視図(【図2】)について,「成形品Wに形成された凹部2
aがそれぞれ独立状態に形成されている。すなわち,基準面Lに対して
前記凹部2aが形成されており,該凹部2aに汚れが詰まると,該汚れ
の逃げ道もなく,したがって,単なる拭き取り等によって,前記微細な
凹部2aの中にある汚れを除去することがきわめて困難である。」(【0
009】)としている。
(イ)被告各製品の生産工程において採用されている直接描画法によるエ
ッチングについて
被告各製品の生産工程において採用されている直接描画法によるエ
ッチング(従来の梨地加工)は,前記第2の1(4)ア(オ)のとおりであ
り,金型の表面に耐酸性黒色インキをスプレーガンで吹き付けて,梨地
パターンを形成し,耐酸性黒色インキ層で形成された梨地パターン部以
外の部分を腐食させ,その後耐酸性黒色インキを除去するというもので
ある。
このエッチング方法によれば,耐酸性黒色インキ層で形成された梨地
パターン部以外の部分が腐食されることになるから,エッチングが終了
した後の金型には,スプレーガンで吹き付けられた耐酸性黒色インキ層
が形成された表面部分が腐食されずに凸部として残り,耐酸性黒色イン
キ層で形成された梨地パターン部以外の表面部分が腐食されて凹部を
形成することになる。
このように,前記の直接描画法によるエッチングは,本件明細書の【従
来の技術】に記載された技術と同様に,スプレーガンにより吹き付けた
耐酸性物質(耐酸性黒インキ)の部分が金型表面に凸部として残り,そ
の結果,当該金型を使用した成形品には当該凸部に対応した独立した凹
部が形成されることになるというものである。
(ウ)小括
前記(ア),(イ)からすれば,本件発明のエッチングの工程に直接描画
法によるエッチング工程を付加した場合,結局,スプレーガンで吹き付
けられた耐酸性黒色インキ層が形成された表面部分が腐食されずに凸
部として残ることになり,その結果,当該凸部以外の金型表面が腐食さ
れて,本件発明のエッチングの工程により形成される独立状態の凹部を
も喪失させることになるから,本件発明が目的とする「表面に酸液を散
布して前記梨地パターン部を腐食させて独立状態の凹部を形成してな
る」との構成を得ることはできず,その結果,「汚れにくく,汚れた場
合にも付着した汚れの除去が容易」であるという発明の効果(本件明細
書段落【0016】)も達成できないことになる。
そうすると,本件発明は,従来の梨地加工法である直接描画法による
エッチング工程を付加したものを含むものではないというべきである。
イ直接描画法によるエッチングのみを採用する被告製品Eは,本件発明の
構成要件を充足しないこと
被告製品Eは,前記第2の1(4)イのとおり,その生産工程に直接描画
法によるエッチングのみを採用し,写真法によるエッチングを全く含んで
いないから,写真法によるエッチングを具体的な手順として特定される本
件発明の構成要件(AないしD)を充足しない。
ウ直接描画法によるエッチングの工程を含む被告各製品(被告製品Eを除
く。)も,本件発明の構成要件を充足しないこと
前記アのとおり,本件発明のエッチングの工程に直接描画法によるエッ
チング工程を付加した場合,結局,スプレーガンで吹き付けられた耐酸性
黒色インキ層が形成された表面部分が腐食されずに凸部として残ること
になり,その結果,当該凸部以外の金型表面が腐食されて,本件発明のエ
ッチングの工程により形成される独立状態の凹部をも喪失させることに
なり,本件発明の「表面に酸液を散布して前記梨地パターン部を腐食させ
て独立状態の凹部を形成してなる」(構成要件D)との構成を得ることは
できないから,本件発明は,従来の梨地加工法である直接描画法によるエ
ッチング工程を付加したものを含むものではない。
したがって,直接描画法によるエッチングの工程を含む被告各製品(被
告製品Eを除く。)は,本件発明の構成要件Dを充足しない。
(3)被告各製品が「独立状態の凹部を形成してなることを特徴とする梨地成
形用金型」(構成要件D,E)を充足するかについて
本件発明により生成される金型は上記のとおり「独立状態の凹部を形成し
てなることを特徴とする梨地成形用金型」である。
したがって,原告は,被告各製品が前記構成要件を充足することについて
立証する必要がある。
この点について,原告は,被告各製品が本件発明の構成要件を充足するこ
とを示す証拠として,検甲1ないし8(金型により作成された成形品)を提
出している(原告の主張によると,検甲1,2は,原告の金型により作成し
た成形品,検甲3,6は,原告が被告の生産工程(スプレー方式)を再現し
た方法により生産した金型により作成した成形品,検甲4,5,7,8は,
原告が被告の生産工程以外の生産工程(フィルム方式,筆による手書き方式
)により生産した金型により作成した成形品ということのようである。)。
しかしながら,いずれも,それらの成形品を作成するための金型の生産工
程の特定及び開示が不十分であり,検甲1ないし8を作成するための金型の
生産工程が,本件発明の構成要件と被告各製品の生産工程及び構成との対比
を行うために必要な程度に明らかにされているといえないから,そもそも,
検甲1,2が本件発明の構成要件を充足する金型により作成された成形品で
あると認めることはできないし,また,検甲3,6が被告の主張する被告各
製品の生産工程により製造された金型により作成された成形品であると認
めることもできない。
また,金型の製造工程の問題点を除外して,検甲3,6の観察から,それ
を成形した金型が本件発明の実施品である梨地成形用金型であるかを検討
してみても,成形品である検甲3,6それ自体からそれを作成した金型が本
件発明の実施品であると認めることはできないし,検甲3,6を拡大して観
察した乙14によっても,それを作成した金型が「独立状態の凹部」を形成
していると認めることはできない。
そうすると,被告各製品が「独立状態の凹部を形成してなることを特徴と
する梨地成形用金型」であることは,立証されていないものといわざるを得
ない。
2小括
以上によれば,被告各製品が本件発明の技術的範囲に属すると認めることは
できない。
第5結論
以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は,い
ずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官大須賀滋
裁判官岩崎慎
裁判官坂本三郎は,転官のため署名押印できない。
裁判長裁判官大須賀滋
別紙製品目録
納入先品名出荷日
製品A共和工業㈱大型工場2-080643-108124877PAPRIKA52R
EARCOVEREU#1
2009/01/23
製品B共和工業㈱大型工場2-080644-108124878PAPRIKA52R
EARCOVERGA#1
2009/02/07
製品C共和工業㈱大型工場2-080435-108121067BASILECO46
REARCOVEREU#1交換入子
2008/12/06
製品D共和工業㈱直江工場4-080437-108121164BASILECO46
REARCOVERCH#1
2008/12/08
製品E共和工業㈱大型工場2-080436-108122297BASILECO46
REARCOVERGA#1
2008/12/09
製品F細内金型㈱22663G9S-02AA(SYY)FACEPNL2007/12/20
製品G細内金型㈱22683H5B/3H5D-02AA(SYY)HOLDER/
CASE
2007/12/19
製品H細内金型㈱22673G9T2AA(SYY)BOTTOMHOLDER2007/12/19
製品I㈲シンセーテック2AA(SYY)DR/ASCUPHOLDER2007/12/20

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