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裁判例


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主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は,原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1主位的請求
(1)被告らは,別表1の1原告欄記載の各原告に対し,連帯して同表損害額欄
記載の各金員及びこれらに対する平成19年10月26日から各支払済みま
で年5分の割合による金員を支払え。
(2)被告Y1,被告Y2,被告Y3,被告Y4,被告Y5,被告Y6,被告Y
9,被告Y10,被告Y7,被告Y8及び被告監査法人乙は,別表1の2原
告欄記載の各原告に対し,連帯して同表損害額欄記載の各金員及びこれらに
対する平成19年10月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員
を支払え。
(3)被告Y1,被告Y2,被告Y3,被告Y4,被告Y5,被告Y6,被告Y
7,被告Y8及び被告監査法人乙は,別表1の3原告欄記載の各原告に対し,
連帯して同表損害額欄記載の各金員及びこれらに対する平成19年10月2
6日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2予備的請求
(1)第1次的予備的請求
ア被告らは,原告X22に対し,連帯して4万6200円及びこれに対す
る平成21年6月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
イ被告Y1,被告Y2,被告Y3,被告Y4,被告Y5,被告Y6,被告
Y7,被告Y8及び被告監査法人乙は,別表2原告欄記載の各原告に対し,
連帯して同表損害額欄記載の各金員及びこれらに対する平成21年6月1
0日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)第2次的予備的請求
ア被告らは,別表3の1原告欄記載の各原告に対し,連帯して同表損害額
欄記載の各金員及びこれらに対する平成21年6月10日から各支払済み
まで年5分の割合による金員を支払え。
イ被告Y1,被告Y2,被告Y3,被告Y4,被告Y5,被告Y6,被告
Y7,被告Y8,被告Y9,被告Y10及び被告監査法人乙は,別表3の
2原告欄記載の各原告に対し,連帯して同表損害額欄記載の各金員及びこ
れらに対する平成21年6月10日から各支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
ウ被告Y1,被告Y2,被告Y3,被告Y4,被告Y5,被告Y6,被告
Y7,被告Y8及び被告監査法人乙は,別表3の3原告欄記載の各原告に
対し,連帯して同表損害額欄記載の各金員及びこれらに対する平成21年
6月10日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
エ被告Y1,被告Y2,被告Y3,被告Y4,被告Y5,被告Y6,被告
Y7及び被告Y8は,別表3の4原告欄記載の各原告に対し,連帯して同
表損害額欄記載の各金員及びこれらに対する平成21年6月10日から各
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1事案の概要
(1)本件は,株式会社甲が経営していた英会話学校の元受講生が,株式会社甲
の代表取締役ないし取締役,監査役及び会計監査人であった被告らに対し,
原告らの各受講契約締結時に,株式会社甲の財政状態が授業を継続して提供
できるようなものではなく,解約しても解約清算金を返還できない状態であ
るのに,被告らがこれを隠匿し,あるいは隠匿している状態を改めさせずに,
原告らに受講契約を締結させ,また,仮に,上記各契約締結時において,株
式会社甲が上記のような財政状態でなかったとしても,その後に被告らが株
式会社甲の資金を流出させ,あるいは流出させることを防止しなかったこと
により,株式会社甲の経営が破綻して受講することができず,また,受講契
約の解約時に受講料等の返金を受けることができなくなったなどとして,被
告らについて,以下の各責任原因に基づき,未受講の受講料等相当額の損害
賠償と,これに対する,主位的請求については不法行為の日の後である平成
19年10月26日から,予備的請求については,訴状送達日の後である平
成21年6月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の各支
払を求めた事案である。
(2)代表取締役ないし取締役であった被告Y1,被告Y2,被告Y3,被告Y
4及び被告Y5について
ア主位的請求
不法行為(民法709条,719条(主位的に1項,予備的に2項))
イ予備的請求
(ア)第1次的予備的請求
取締役の第三者に対する責任(旧商法266条ノ3第2項・会社法4
29条2項1号ロ)
(イ)第2次的予備的請求
取締役の第三者に対する責任(旧商法266条ノ3第1項・会社法4
29条1項)
(3)監査役であった被告Y6,被告Y7,被告Y8,被告Y9及び被告Y10
について
ア主位的請求
不法行為(民法709条,719条(主位的に1項,予備的に2項))
イ予備的請求
(ア)第1次的予備的請求
監査役の第三者に対する責任(旧商法特例法18条の4第2項,旧商
法266条ノ3第2項,会社法429条2項3号)
(イ)第2次的予備的請求
監査役の第三者に対する責任(旧商法280条1項,266条ノ3第
1項,会社法429条1項)
(4)会計監査人であった被告監査法人乙及び被告監査法人丙について
ア主位的請求
不法行為(民法709条,719条(主位的に1項,予備的に2項))
イ予備的請求
(ア)第1次的予備的請求
会計監査人の第三者に対する責任(旧商法特例法10条,会社法42
9条2項4号)
(イ)第2次的予備的請求
会計監査人の第三者に対する責任(会社法429条1項)
2本件の争点
本件の争点は,①株式会社甲が粉飾決算(企業会計原則に反して,前受受講
料を前受収益として計上しないことにより,債務超過状態であることを隠し
た。)をして原告らとの間に受講契約を締結させたか,②受講契約の締結後,
無謀な事業拡大路線を取り経営を破綻させたか,③株式会社甲の代表取締役な
いし取締役であった被告らは,そのような業務執行をし,あるいはそれに対す
る監督を怠ったことについて義務違反があるか(被告Y1以外の被告らについ
ては,前提として,そもそも名目的取締役に過ぎないか否かも争点となる。),
④株式会社甲の監査役であった被告らは,業務監査の職務を果たしたか否か,
⑤会計監査人であった被告らは,監査義務を果たしたか否か,である。
3前提事実
(1)当事者等
ア株式会社甲について(甲A1,5,乙ア44,45,48の1ないし7,
乙ア49の1ないし8,乙ア50の1ないし7)
(ア)株式会社甲は,外国語会話教室の経営等を目的とする株式会社である。
(イ)被告Y1は,昭和56年8月に有限会社株式会社甲企画を設立した後,
平成2年8月,大阪市北区に株式会社株式会社甲(以下「大阪市北区の
株式会社甲」という。)を設立し,その後,有限会社株式会社甲企画の
事業を大阪市北区の株式会社甲に営業譲渡した。
株式会社甲は,被告Y1が株式会社C自動車を買収し,平成5年2月
3日,同社の商号を株式会社株式会社甲に変更した上,平成8年7月1
日に大阪市北区の株式会社甲を吸収合併したものである。
イ原告ら
原告らは,株式会社甲との間で受講契約を締結した者である。
ウ被告ら
(ア)被告Y1は,株式会社甲の創業者であり,創業以来,株式会社甲が会
社更生手続開始の申立てをした直前に解任されるまでの間,代表取締役
の地位にあった者である。
被告Y2は,商業登記簿上,平成8年6月29日から平成15年8月
1日まで取締役の地位にあった者,被告Y3は,平成5年2月3日に取
締役に就任し,平成19年10月25日から代表取締役の地位にあった
者,被告Y4は,平成8年6月29日に取締役に就任し,平成19年1
0月25日から代表取締役の地位にあった者,被告Y5は,平成18年
6月29日から取締役に就任し,平成19年10月25日から代表取締
役にあった者である(以下,被告Y1,被告Y2,被告Y3,被告Y4
及び被告Y5の5名を併せて「被告取締役ら」ということがある。)。
(甲A2,乙ア49の6,乙ア50の4)
(イ)被告Y6は,平成7年10月11日に株式会社甲監査役となり,平成
9年6月から常勤監査役の地位にあった者,被告Y7は,平成9年6月
27日から平成18年6月29日まで監査役(社外監査役)の地位にあ
った者,被告Y8は,平成10年6月26日から平成18年6月29日
まで監査役の地位にあった者,被告Y9及び被告Y10は,いずれも平
成18年6月29日から監査役及び監査役(社外監査役)であった者で
ある(以下,被告Y6,被告Y7,被告Y8,被告Y9及び被告Y10
の5名を併せて「被告監査役ら」ということがある。)。【争いがない】
(ウ)被告監査法人乙は,平成8年の株式会社甲の株式の店頭公開前に会計
監査人となり,平成18年11月2日までその任にあった者,被告監査
法人丙は,平成18年11月3日に一時会計監査人となり,平成19年
4月1日から会計監査人であった者である(以下,被告監査法人乙及び
被告監査法人丙を併せて「被告会計監査人ら」ということがある。)。
【争いがない】
(2)原告らの受講契約締結と受講料等の支払
原告らは,別紙損害明細一覧表1及び2の「契約年月日」欄記載の日に,
株式会社甲と受講契約を締結し,同日又はその後に,同一覧表記載のとおり,
受講料等を支払い,又は信販会社に対して信販手数料を支払った。【争いがな
い】
(3)株式会社甲が行っていた会計処理
株式会社甲の売上高のうち,主たる収入である授業収入の収入は,入学金と
受講料から成り立っており,株式会社甲は,この受講料の45パーセントを「N
システム登録料」(以下「システム登録料」という。),55パーセントを「N
システム利用料」(以下「システム利用料」という。)とした上で,入学金全
額とシステム登録料を契約時に売上げ(収益)計上し,システム利用料につい
ては,契約期間に対応した期間の経過に応じて収益に均等計上していた(以下
「本件会計処理方式」という。)。
(4)平成13年3月期から平成19年3月期までの決算状況
株式会社甲の決算書によれば,平成13年3月期は営業利益6億0183
万9000円,経常利益6億3796万4000円,平成14年3月期は営業
利益9071万9000円,経常利益4億1388万3000円,平成15年
3月期は営業利益10億1392万2000円,経常利益10億2048万4
000円,平成16年3月期は営業利益17億0301万3000円,経常利
益14億5101万4000円,平成17年3月期は営業利益5億9060万
5000円,経常利益8億7347万4000円であったのに対し,平成18
年3月期は営業損失19億5454万1000円,経常損失15億8888万
3000円,平成19年3月期は営業損失21億6444万7000円,経常
損失12億6734万4000円であった。(甲A9ないし15)
(5)経済産業省及び東京都による立入検査
株式会社甲は,平成19年2月14日,特定商取引に関する法律(以下
「特定商取引法」という。)違反及び東京都消費者生活条例違反の疑いにより,
経済産業省及び東京都の立入検査を受け,同月16日,新聞各紙で報道された。
(甲A5)
(6)株式会社甲が定める中途解約時の受講料の清算に関する規定に関する訴訟
解約金精算金請求訴訟において,最高裁判所は,平成19年4月3日,株
式会社甲が定めている受講生が受講開始後に受講契約を解除した場合におけ
る受講料の清算に関する規定は,特定商取引に関する法律49条2項1号に定
める額を超える額の金銭の支払を求めるものであり,無効であるとする判決を
した。(最高裁判所第3小法廷判決平成17年(受)第1930号)(甲A6)
(7)株式会社甲に対する行政処分
経済産業省は,平成19年6月13日,株式会社甲に対し,特定商取引法
違反(書面記載不備,誇大広告,不実告知等)を理由として,同月14日から
同年12月13日までの6か月間,1年を超えるコース及び授業時間数が70
時間を超えるコースの新規契約に関する勧誘,申込受付及び契約締結の各業務
について,業務停止を命じ,さらに,同業務停止命令に付随して,厚生労働省
は,同年6月15日,雇用保険法60条の2第1項に基づき,教育訓練給付金
支給の対象となる教育訓練としての指定を取り消した。(甲A5,52)
(8)株式会社甲に対する破産手続の開始
株式会社甲は,平成19年10月26日,大阪地方裁判所に対し,会社更
生手続開始の申立てを行い,同裁判所は,同年11月26日,破産手続を開始
する決定をした。(甲A5,弁論の全趣旨)
4争点及びこれに対する当事者の主張
〈主位的請求(共同不法行為に基づく損害賠償請求)〉
(1)被告取締役らの不法行為
【原告らの主張】
ア財政破綻状態の隠匿による受講契約の締結
(ア)株式会社甲の財政破綻
株式会社甲は,被告取締役らの後記イ(ア)の資金流出回避義務違反の
結果として,遅くとも平成11年3月期には,企業会計原則に適合した
会計処理を前提とすると,13億円程度の債務超過であり,さらに,平
成12年3月期は26億円程度の債務超過,平成13年3月期は46億
円程度の債務超過と3期連続の債務超過であった。
株式会社甲は,平成8年から日本証券業協会に店頭登録(平成16年
からはジャスダック上場)をしていたため,証券取引法24条1項に基
づき,有価証券報告書を当該事業年度経過後3か月以内に内閣総理大臣
(金融庁)に提出することを義務づけられており,同報告書は,財務局
や証券取引所で閲覧することが可能であった。また,株式会社甲は,新
聞紙上等に財務諸表を公表していた。
したがって,株式会社甲が平成11年6月に債務超過の有価証券報告
書を金融庁に提出し,財務諸表を新聞紙上等に公表していれば,株式会
社甲が債務超過に陥ったことは,瞬時かつセンセーショナルに報道され,
株式会社甲の債務超過を知った受講生が中途解約の申出に殺到し,株式
会社甲は中途解約金の返金による現金預金の流出を避けることはできな
かったし,長期かつ多額の前払い式チケットの販売が事実上不可能とな
って,現金収入が激減することも必至であった。
平成11年3月期においては,株式会社甲には未使用チケットが35
4億円規模で存在したのに対し,株式会社甲の現金預金は86億円弱し
かなかったから,受講生が中途解約に殺到すれば,株式会社甲の現金収
入が激減して資金ショートに陥り,倒産に至る可能性が極めて高かった。
そして,多額の未使用チケットを抱えたまま,現金収入が激減するため,
株式会社甲において経営を改善し,平成13年3月期までに債務超過を
回避することは不可能であった。
万が一,株式会社甲が平成13年3月期まで生き延びることがあった
としても,株式会社甲が当時店頭登録していた日本証券業協会では,店
頭売買有価証券の登録及び価格の公表等に関する規則11条2項8号に
より,「3年連続の債務超過」が登録取消基準と定められているため,
平成11年3月期から平成13年3月期まで3期連続して債務超過にあ
った株式会社甲は,平成13年6月に店頭登録が取り消されることにな
る。そして,平成11年3月期の債務超過が公表され,それ以降の3期
連続の債務超過,信用状態の悪化の露呈により,平成13年3月期にお
ける442億円規模の未使用チケットについて中途解約申出が殺到し,
長期大量の前売りチケットの販売が極端な不振に陥ることは明らかであ
るから,株式会社甲は遅くとも平成13年6月には倒産していたといえ
る。
(イ)株式会社甲の会計処理方式の違法性・不当性及びそれによる負債の隠

a前記(ア)の財政破綻状態の隠匿を可能であったのは,本件会計処理
方式を採用したからである。
すなわち,被告取締役らは,前受受講料の45パーセントを,受講
生の授業消化率と関わりなく即時に売上計上し,残りの55パーセン
トについても授業消化率と関わりなく契約期間の経過に対応して均等
配分するという本件会計処理方式(すなわち,授業未提供分の前受受
講料の多くの部分を前受収益として負債計上しない方式)を採用する
とともに,必要な引当金を的確に計上せず(すなわち,①平成17年
3月末決算期以前は,解約清算金に関する引当金が全く計上されてお
らず,②平成18年3月末決算期以降は,引当金が計上されているが,
現実の解約率及び解約清算額と乖離した過少な引当金額であったもの
であり,また,③平成17年以降,解約清算金の計算方法に関する多
数の訴訟において敗訴が続いていたのであるから,遅くとも平成18
年3月末決算期以降,解約清算金に関する引当金を計上するに当たっ
ては,解約清算金の計算方法に関して,株式会社甲の主張が認められ
なかった場合についても考慮した引当額が計上されるべきであったの
に,そうした考慮は何らなされなかった。),企業会計原則に反する
違法・不当な決算書を作成していた(前者について企業会計原則第2,
3B,後者について企業会計原則注解18)が,これにより,上記(ア)
の株式会社甲の真実の財政状態が計算上表示されず,多額の負債の存
在が原告らに隠匿されていた。
b本件会計処理方式が違法である理由の骨子は,以下のとおりである。
すなわち,システム登録料に該当する費用項目は,経常的継続的に発
生する営業費用であって,いわゆる初期費用にあたらないし,また,
株式会社甲が提供するサービスは,ネイティブの講師やテレビ電話機
器と一体となって提供されることに意味があるから,受講生が,レッ
スンを消化しない段階で,システムを利用できる環境だけを享受する
ことなどできない。そして,企業会計原則によれば,売上高は,実現
主義の原則に従い,商品等の販売又は役務の給付によって実現したも
のに限るとしているのであるから(甲A53,企業会計原則第2,3
B),システム登録料のうち,有効期間が3年のものについては,初
年度に売上に計上できるのは3分の1であるにもかかわらず,本件会
計処理方式は,45パーセントを計上している点で,企業会計原則の
実現主義に反するのである。
(ウ)受講契約の締結と原告らの損害発生
被告取締役らは,上記(ア)の株式会社甲の債務超過状態を上記(イ)の方
法で隠匿し,授業を継続して提供できず,解約の際に解約清算金を返還
できない状態であることを隠して,原告らに対して受講契約を締結させ,
受講料等相当額の損害を被らせた。
株式会社甲が平成13年6月に倒産必至の状態に陥っていたことを知
っていれば,原告らが受講契約を締結することはなかったから,被告ら
の企業会計原則に反する会計処理と原告らの損害との間には,相当因果
関係がある。
イ原告らの受講契約締結後の債権侵害
(ア)資金流出回避義務違反
a取締役は,会社に対して忠実義務及び法令遵守義務を負っていると
ころ,会社の営業活動は,取引相手の存在を当然の前提としているか
ら,会社が取引相手に対して負担した義務を履行できるように会社経
営を行うことは,取締役の最低限の義務であり,経営に関する取締役
の決定等が明白に違法であって,その結果,取引相手の会社に対する
権利が侵害された場合には,取締役は,故意又は過失がある限り,取
引相手に対する権利侵害について一般不法行為責任を負う。
会社が取引相手に対し,その履行期に契約上の義務を履行するため
には,義務を履行するのに必要な資金を確保しなければならない。ま
た,会社が法律上の制度である以上,法令及び企業会計原則を遵守し
た計算を行い,これに基づく決算書類を作成することが当然の前提と
なる。これら法令・会計原則に違反した会計処理と,かかる会計処理
を前提として経営を行った結果,必要資金に不足を来たし,取引相手
ヘの義務の履行が不可能となった場合には,それをきたした取締役の
行為は,第三者(取引相手)との関係でも違法と評価すべきである。
b株式会社甲は,契約期間が長期になればなるほど,1授業当たりの
単価が安くなるという方式を採用して,受講生をできる限り長期の契
約締結に誘導し,多額の受講料を前払で受領するという経営方針をと
っていた。こうした経営方針の下で,株式会社甲は,受講生に対し,
長期間にわたって授業の役務を提供する債務を負うことになる。そし
て,株式会社甲と受講生との契約は,特定商取引法上の特定継続的役
務提供契約であり,契約の性質上当然に中途解約が予定されるから,
株式会社甲は,中途解約をした受講生に対する前受受講料の清算を予
定した資金計画を講ずる必要があったのであり,経営方針を決定する
被告取締役らは,前受受講料の流出を回避し,受講生の解約率等に即
して,授業のための経費や解約清算金のための資金を適切に社内に留
保すべき資金流出回避義務を負っていたというべきである。加えて,
株式会社甲と取引関係に立つのは一般消費者であるから,資金確保に
ついて配慮する高度の注意義務を負うというべきである。
cしかるに,被告取締役らは,上記ア(イ)記載の方法により,企業会
計原則に適合しない本件会計処理方式によって多額の負債を隠匿し,
利益の水増しを行いながら,必要な資金を留保することなく,莫大な
宣伝広告費をかけたり,無謀に新規教室を開設したりするなど,実収
入に到底見合わない経費を支出し,資金を流出させた。
d仮に,原告らが株式会社甲と受講契約を締結した時点において,そ
の財政状態が,破綻を回避し得る程度のものであったとしても,原告
らの受講契約締結時から,遅くとも株式会社甲の会社更生手続申立時
点までの間の被告取締役らの上記資金流出回避義務違反により,株式
会社甲は,遅くとも平成19年10月26日までには,授業を継続し
て提供することができず,解約の際には解約清算金を返還できない状
態となり,原告らは,株式会社甲の会社更生手続申立時点において,
未受講の受講料等相当額の損害を被った。
(イ)倒産回避・遵法経営義務違反
a上記(ア)aのとおり,取締役は,会社が取引相手に対する契約上の
義務を履行できるように,法令を遵守して経営を行う義務を負ってお
り,法令に違反する経営を行った結果,会社の信用が毀損される等し
て倒産に至り,その結果,会社の取引相手が損害を被った場合には,
会社の取引相手に対し,一般不法行為責任を負う。
b株式会社甲が大半の受講生と締結していた長期間の受講契約は,も
とより受講契約期間中に倒産しないことが当然の前提となるものであ
るところ,株式会社甲は,新規の申込者がいなければ,たちまちキャ
ッシュ・フローが回らなくなる財務状態にあったものであるから,被
告取締役らは,監督官庁から業務停止命令や行政指導を受けるなどし
て,信用を損ない,新規契約申込者が途絶えたり,減少することによ
って倒産に至ることのないよう,法令を遵守した経営を行う義務を負
っていた。また,中途解約時における解約清算方法が違法とされた場
合,予測していない巨額の解約清算金債務が発生し,直ちに経営が立
ちゆかなくなることが確実であったから,かかる事態が生じないよう,
解約清算方法について法令を遵守する義務を負っていた。
cしかるに,被告取締役らは,①株式会社甲における解約清算方法が
違法であることを認識し,これが報道等で顕在化すれば,受講生から
一斉に返還請求を受けるなどして経営が破綻することを知悉しており,
現に消費者センターや消費者団体から解約清算方法が法令に違反する
との指摘を繰り返し受け,受講生から訴訟提起される等していたにも
かかわらず,何ら是正することなくこれを放置し,②株式会社甲が勧
誘時の説明に反して希望の時間にレッスンの予約がとれない事態とな
る等,特定商取引法上契約取消及び行政処分の対象となる不実告知,
重要事項の不告知等の違反状態が発生していたにもかかわらずこれを
放置し,③株式会社甲の法定書面の記載に行政処分の対象となる不備
があり,不備書面の交付を受けた受講生はクーリング・オフ期間の経
過後も契約を解除できる状態となっていたのにこれを放置し,④株式
会社甲が中途解約時において法令に従った中途解約に応じず,履行を
遅延し,行政処分の対象となり得る状況であったにもかかわらず,こ
れを放置し,経営を適正化するための措置を講じなかった。
そのため,株式会社甲は,平成19年4月,最高裁判所において解
約清算方式が無効であるとの判決を受けたばかりか,同年6月,特定
商取引法違反による一部業務停止処分を受けて,信用が失墜したあげ
く,平成19年10月26日,会社更生手続開始を申し立て,結局破
産手続開始決定がなされた結果,受講生に対し授業を継続して提供す
ることができず,解約の際には解約清算金を返還できない状態になっ
たことにより,原告らは,未受講の受講料等相当額の損害を被った。
(ウ)仮に,資金流出回避義務違反又は倒産回避・遵法経営義務違反のいず
れか一つだけでは,授業の役務を提供することができず,解約の際に解
約清算金を返還できない状態にならなかったとしても,両者が相まって,
授業の役務を提供することができず,解約の際には解約清算金を返還で
きない状態になったといえるから,原告らは,未受講の受講料等相当額
の損害及び入学金その他分割手数料相当額の損害を被った。
ウ被告取締役らの共同不法行為(関連共同性(民法719条1項)又は幇
助(民法719条2項))
(ア)被告Y1は,株式会社甲を専制支配し,その業務執行において主導
的な立場で,上記アの財政破綻状態の隠匿による契約締結行為,上記イ
(ア)の資金流出回避義務及び上記イ(イ)の倒産回避・遵法経営義務に違反
する行為を行ったことについて,不法行為責任(民法709条)を負い,
その余の被告取締役らは,被告Y1の業務執行を監視すべき法令上の義
務を履行せずに被告Y1の行為を容認していたことについて,共同不法
行為責任(民法719条1項又は2項)を負う。
(イ)被告Y2の責任の範囲
株式会社甲では,違法な会計処理やこれを前提とした違法な経営が前
年度を踏襲する形で継続されてきた。被告Y2は,株式会社甲店頭公開
時の幹事社であるD証券株式会社(以下「D証券」という。)の担当者
として,被告Y1から請われて取締役に就任し,本件会計処理方式の問
題点について理解していながら,何らそれを指摘することなく,その在
任中に違法な会計処理,ひいては違法な経営を行ってきたものである。
そのため,被告Y2は,退任後も株式会社甲が従前と同様に違法な会計
処理及び違法な経営を実施して受講生に損害を生じさせることを十分に
予想できたのであって,この因果の流れを除去すべき義務を負っていた。
被告Y2は,かかる義務を履行していないのであるから,刑法理論にお
ける「共犯からの離脱」と同様,被告Y2の在任中の違法行為である誤
った会計処理の影響下において契約した受講生らに対する責任を免れな
い。
(ウ)被告Y3,被告Y4及び被告Y5は,名目的取締役にすぎない旨主
張するが,同人らはいずれも株式会社甲の従業員であり,かつ担当部門
の長として株式会社甲の経営に関与していたものであるから,理由がな
い。
【被告Y1の反論】
ア被告Y1は,原告らに対して不法行為責任を負わない。
イ株式会社甲は,被告Y3,被告Y4及び被告Y5が起こしたクーデター
によって倒産したものである。
株式会社甲が平成19年3月期の決算において赤字になることは,その
ころには既に明らかになっていたところ,被告Y1は,教室の統廃合を進
め,資本を増強する方針を決定し,株式会社甲のメインバンクであったE
銀行の助言に従って,F証券とファイナンシャルアドバイザリー契約(同
社が支配ないしは提携している幅広い多数の企業の中から事業提携するの
に適当な企業を紹介・斡旋する契約であり,増資実現まで全て面倒をみる
という趣旨の契約)を締結した。さらに,被告Y1は,自らの幅広い交友
関係を生かし,八方手を尽くして資本充実のための努力を続けた結果,同
年9月20日ころ,「リッチペニンシュラトレーディングリミテッド」
と「タワースカイプロフィッツリミテッド」との間で,上記2社が合
同で70億円を株式会社甲に出資する合意が成立し,同年10月24日,
上記2社から申込証拠金7000万円が株式会社甲の銀行口座に入金され
た。このように,株式会社甲は,50億円から100億円規模で増資が着々
と進められていたのであり,倒産必至の状態ではなかった。
しかし,同月25日,被告Y1がいないところで,臨時取締役会が開催
され,被告Y1から代表権を奪い,被告Y3,被告Y4及び被告Y5が代
表者に就任する旨の決議がなされると同時に,その内容がマスコミに伝達
され,翌26日朝には,会社更生手続開始申立書が大阪地方裁判所に提出
された(以下「本件クーデター」という。)。本件クーデターにより,上
記増資が潰れ,その他被告Y1が追求していたあらゆる出資の道を閉ざさ
れた。このように,被告Y3,被告Y4及び被告Y5の3名の取締役が,
意図的に株式会社甲の全ての資金調達の途を消滅させた結果,株式会社甲
は倒産したのである。本件クーデターは,上記3名の被告以外にとって不
可抗力であるから,株式会社甲の倒産について,その余の者には,法律上
の責任はないというべきである。
ウ本件クーデター以前に,株式会社甲が倒産必至であったとの原告らの主
張は,原告ら主張の計算方法で会計の計算をすること及び経営陣が何らの
対策もとらなかったことの2つの仮定を前提とするものである。しかし,
そのような前提は取り得ない。
エ前受受講料の45パーセント相当額を入金と同時に売上げとして計上す
ることは,単なる会計処理上の妥当性の問題にすぎず,抽象的規定である
企業会計原則に違反するか否かという問題ではない。
株式会社甲では,受講料の45パーセントをシステム登録料として契約
時(入学時)に収益計上していたところ,システム登録料は,個々のレッ
スンの前提として,受講生が,優れた語学学習環境,すなわち優秀な講師
(ネイティブスピーカー)により,利便性の高い場所的好条件の教室で受
講できることの対価として支払われるものであり,上記の優れた環境を創
出するための費用は既に支出されているから,企業会計原則の費用収益対
応の原則(企業会計原則第二・一本文)に適合させるために,支出時に近
い時期,すなわち入学時に収益計上することとしたものである。
原告らが主張する企業会計原則の実現主義の原則は,正に「原則」であ
り,一種の指針であって,よほど極端な場合でない限り,「企業会計原則
に反して違法である」などということはあり得ない。
なお,受講は毎年連続しているから,受講生数が変動しない限り,連続
する数年単位でみれば,本件会計処理方式をとっても,原告らのいう全額
均等方式をとっても,結局収益計上する額は同じになる。
本件会計処理方式は,上場(店頭登録)に向けて採った対策であるとこ
ろ,上場の主幹事社であったD証券の審査部とも協議を重ね,厳重な審査
を経て完成させたものであり,さらに,店頭登録をする日本証券業協会の
審査においても十分に説明をして承認を得ている。
被告Y1は,会計の専門家である監査法人の承認の下で会計処理をしてき
たのであるから,その処理そのものについて被告Y1が責任を問われるこ
とはあり得ない。
オ原告らが,被告らの違法行為であると主張するものは,いずれも経営判
断に属することであり,業務執行者の裁量権の範囲内の行為であって,違
法とはならない。
カ相被告らの主張は,被告Y1の主張に反しない限りにおいて,その全部
を援用する。
【被告Y2の反論】
ア被告Y2は,原告らに対して不法行為責任を負わない。
イ登記簿上,被告Y2が取締役を退任したのは,平成15年8月1日であ
るが,実質的に,同年4月1日から取締役の任になかった。
原告らのうち,被告Y2が退任した日までに株式会社甲と契約したのは,
原告らの主張によっても2名のみであり,この2名のうち,原告X25は
被告Y2退任後に株式会社甲と再契約をしており,また,原告X26は合
計1530ポイントの3つの契約をしながら,消化したのはわずか9ポイ
ントであって異常というべきである。そして,両名の損害は,株式会社甲
の倒産によってではなく,ポイントの未消化によって発生したものである
から,原告Y2に責任はない。
すなわち,被告Y2が取締役在任中になされた原告X25及び原告X2
6の契約は,いずれも,遅くとも平成18年2月24日には契約期限が到
来しているものであり,これは,株式会社甲の倒産より約1年半も前のこ
とである。この当時株式会社甲は,授業という給付の提供を行っていたか
ら,原告X25及び原告X26は,契約期限内に授業を受け,ポイントを
消化することができた。また,被告Y2在任中になされた原告X25を及
び原告X26の契約はいずれも,登記簿上被告Y2が取締役を退任したと
きである平成15年8月1日を基準としても,その後最も短いもので1年
10か月以上,最も長いものにおいては,2年6か月以上の残余期間があ
ったものであり,これらの期間のポイントの消化状況については,被告Y
2は,何ら関与できないものであって,被告Y2に,責任を負わせる理由
はない。
その外の原告らは,被告Y2の退任後に受講契約を締結しているもので
あるから,責任を負わない。被告Y2の退任後,株式会社甲のその他の取
締役,監査役又は会計監査人に何らかの善管注意義務違反又は任務懈怠が
あったとしても,被告Y2は責任を負わない。
ウ被告Y2は,本件会計処理方式の決定には一切関与していないから,本
件会計処理方式について問責されなければならないような先行行為又は刑
法理論における「共犯からの離脱」が前提とするような実行行為や加担行
為は存在しない。また,被告Y2の取締役在任中に,株式会社甲の破綻に
直接つながるような経営判断がなされたことはなかった。
被告Y2の取締役在任中,計算書類や財務諸表,有価証券報告書上は,
株式会社甲の財務状態や営業状態に問題はなく,株式会社甲の連結キャッ
シュ・フローは健全そのものであって,被告Y2は,計算書類や財務諸表
を会計監査人及び監査役が適法,適正として承認したことを信頼しており,
株式会社甲が破綻することを予測できない状況であったし,仮にこれを予
見し,対策をとるとすれば,かえって取締役として会社経営を合理的な理
由もなく阻害する不適正なものとして,非難されるべき行為といえる。
一般に店頭公開会社又は株式上場会社における取締役は,当該会社にお
いて採用している会計処理方式について,独自に企業会計原則への適合性
を調査,検討することの任務,注意義務を負うものではなく,そして,被
告Y2在任中に適合性を調査,検討しなければならない義務を生じさせる
特段の事情は存在しなかった。
エ被告Y2は,取締役在任中,毎月1回は取締役会を開催するように求め,
現実に取締役会が開催されていたものであり,被告Y2は,取締役会開催
に際しては,事前準備もして,直近の財務,経理に関する月次報告を行っ
ており,取締役としての注意義務を十分に果たしていた。
オ相被告の主張のうち被告Y2に有利なものは,被告Y2の主張に反しな
い限りにおいて,その全部を援用する。
【被告Y3,被告Y4及び被告Y5の反論】
ア被告Y3,被告Y4及び被告Y5(以下,併せて「被告Y3ら」という
ことがある。)は,原告らに対して不法行為責任を負わない。
イ被告Y3及び被告Y4が一定期間株式会社甲の取締役であったことは認
めるが,就任期間は知らない。
株式会社甲は,被告Y1のワンマン企業であって,被告Y3,被告Y4
及び被告Y5は,名目的,形式的に取締役に就任していたにすぎず,取締
役として業務執行に関する意思決定に関与したことはないし,そもそも,
取締役としての権限はなく,取締役会を通じるなどして被告Y1の業務執
行を監視を行う前提を欠いた立場にあった。
被告Y3及び被告Y4は取締役に就任した後も従業員の時と給料が変わ
らず,被告Y5も役員報酬を受領していなかったのであり,被告Y3らは,
株式会社甲において取締役としての待遇を受けていなかった。
また,平成17年12月以前に取締役会が開催されたことはなく,平成
18年1月以降も取締役会が開催されることは少なく,開催されても実質
的な議論がなされることはなかった。
ウ教室の拡大,講師の増員や広告戦略等は,そもそも経営判断に関わる事
項であり,取締役に広範な裁量が与えられており,それが忠実義務等に反
すると判断される場合は限定されている。
エ被告Y3らは,財務関係の業務に関与しておらず,株式会社甲の財務状
況を正確に把握していなかったため,そもそも株式会社甲が倒産必至の状
況に陥っているとの認識を有していなかった。被告Y3らが,株式会社甲
が倒産必至の経営状況であるとの認識を抱くに至ったのは,平成19年6
月の経済産業省による行政処分以降である。
なお,被告Y3らは,平成19年7月以降,株式会社甲が経営破綻する
ことを強く懸念し,自らの判断で,名目的に就任していた取締役を辞任す
ることや株式会社甲を存続させるための法的手続(会社更生,民事再生,
破産)について助言を得るべく複数の法律事務所に相談していたものであ
り,被告Y1が主張する,株式会社甲の増資を阻止したり,乗っ取りを企
てたりしたことはない。
オ被告Y3らは,株式会社甲が売上の計上に関してどのような会計処理方
式を採用しているかを知り得る立場になく,実際にも知らなかった。被告
Y3らは,専門家である監査法人が了解していた本件会計処理方式の不当
性を判断できる能力や経験も有していなかった。
また,被告Y3らは,名目的,形式的な取締役であったから,仮に本件
会計処理方式が不正であったとしても,その是正を実行する権限も義務も
ない。
カ平成18年当時,被告Y4及び被告Y5は,株式会社甲の解約清算方法
について最高裁判所で敗訴判決が出されたことを知らなかったし,被告Y
3も,株式会社甲が控訴・上告していることから,上記解約清算方法が違
法であるとの認識を持たなかった。
キ相被告らの主張は,被告Y3らの主張に反しない限りにおいて,その全
部を援用する。
(2)被告監査役らの不法行為
【原告らの主張】
ア監査役の権限・義務
(ア)権限・義務の概要
監査役設置会社における監査役は,取締役の職務の遂行を監査し,そ
の遂行のため会社の業務及び財産の状況を監査する権限(会計監査権限,
業務監査権限)を有する(会社法381条1項,2項,旧商法274条
1項,2項)。監査役は,これらの監査権限を適切に行使することによ
り,会社の健全経営を確実ならしめるとともに,会社と利害関係を有す
る第三者の法的利益を会社が侵害することがないようにすべき義務があ
る。
(イ)取締役会における監査役の役割とその重要性
監査役は,取締役の不正行為,法令,定款に違反する事実,著しく不
当な事実等があると認めるときは,遅滞なくその旨取締役会に報告する
義務を負っており,また,取締役会に出席し,必要があると認めるとき
は意見を述べる義務を負っている(会社法382条,383条1項,旧
商法260条の3第1,2項)。また,必要であれば,取締役の法令,
定款に違反する行為について差止めを求めることもでき(会社法385
条1項,旧商法275条の2第1項),監査役の取締役会での言動は,
会社にとって極めて重要なものである。
このように,法が監査役に対し強力な権限を与え,重大な責任を課し
ているにもかかわらず,監査役が,取締役の違法な職務執行の存在を知
りつつも,取締役会でその旨の報告や意見陳述を怠ることは,違法な取
締役の行為を是認することとなり,取締役において適法性の承認が得ら
れたとの口実の下,違法な職務執行を改めることなく継続する結果を招
来することを意味する。
(ウ)監査役会監査報告の社会的信用性
監査役会監査報告(ただし,会社法施行前は「監査役会監査報告書」
であり,以下,両者を区別することなく「監査役会監査報告(書)」と
いう。)は,監査役が,取締役,使用人等に対する事業報告請求権,会
社の業務,財産の状況に対する調査権等の監査権限の行使結果や,会計
監査人からの報告内容等に基づいて作成したものである。
業務監査の結果,取締役の職務執行に違法性が認められるときは,監
査役は不適法意見を述べ,会計監査の結果,会計監査人の監査の方法又
は結果が不相当であると認められるときは,会計監査人の監査の方法ま
たは結果についての不相当意見を述べなければならない(会社法381
条1項後段,会社法施行規則129条1項3号,会社計算規則127条
2号,旧商法特例法14条1項,3項他)。
また,監査役が,監査役会監査報告(書)作成に当たっての義務を怠
り,記載すべき事項を記載しないなど虚偽の記載をしたときには,過料
に処せられることになっている(会社法976条7号,旧商法特例法3
0条1項6号)とともに,監査役は損害賠償責任を負うとされている(会
社法429条2項3号,423条1項,旧商法特例法18条の4第2項,
旧商法277条)。
このような法規制により,監査役会監査報告(書)の正確性が担保さ
れ,その結果,監査役会監査報告(書)には,社会的に高度の信用性が
認められている。
(エ)被告監査役らの認識
被告監査役らは,本件会計処理方式が企業会計原則に違反しているこ
とを認識していた。
イ被告取締役らの財政破綻状態の隠匿による契約締結行為への加担
(ア)被告取締役らの財政状態隠匿による契約締結行為
上記(1)【原告らの主張】アで主張したとおり,被告取締役らは株式
会社甲の財政破綻状態を隠匿して原告らに受講契約を締結させた。
(イ)会計監査義務違反による被告取締役らの財政破綻状態の隠匿行為への
加担
被告監査役らは,取締役会において,被告取締役らが上記(1)【原告
らの主張】ア(イ)記載の方法により企業会計原則に反する違法・不当な決
算書を作成していることに関する報告や意見陳述を怠り,かえって監査
役会監査報告(書)において,企業会計原則違反の存在を看過した被告
会計監査人らによる監査の方法及び結果が相当であるとの意見を述べる
という会計監査義務違反により,被告取締役らの上記隠匿行為に加担し
た。
(ウ)業務監査義務違反による被告取締役らの契約締結行為への加担
被告監査役らは,取締役会において,上記(1)【原告らの主張】ア(ア)
の財務状態の下での新規受講契約の締結が受講生らに損害を発生させる
危険性に関する報告や意見陳述を怠り,かえって監査役会監査報告(書)
において,新規受講契約の締結をやめようとしない被告取締役らの職務
執行について適法意見を述べるという業務監査違反を続けることにより,
新規受講契約の締結行為に加担した。
(エ)被告監査役らの共同不法行為(関連共同性(民法719条1項)又は
幇助(民法719条2項))
被告監査役らは,以上のように,会計監査及び業務監査義務を怠った
ことによって,被告取締役らの財政破綻状態の隠匿による契約締結行為
に加担したものであり,共同不法行為責任(民法719条1項または2
項)を負う。
ウ原告らの受講契約締結後の債権侵害
(ア)被告取締役らによる資金流出回避義務違反及び倒産回避・遵法経営義
務違反
上記(1)【原告らの主張】イのとおり,被告取締役らの資金流出回避
義務違反及び倒産回避・遵法経営義務違反行為により,原告らは,授業
の役務の提供を受けることも,解約清算金の返還を受けることもできず,
未受講の受講料相当額等の損害を被った。
(イ)被告監査役らによる取締役らの資金流出回避義務違反への加担
上記(ア)の被告取締役らの資金流出回避義務違反行為は,被告監査役
らが,取締役会において,被告取締役らの職務執行が適法であるとの報
告や意見陳述をし,また,監査役会監査報告(書)において,被告取締
役らの職務執行に対する適法意見,被告会計監査人らの会計監査の方法
及び結果に対する相当意見を出さなければ,成立かつ継続することは到
底不可能であった。
被告監査役らは,被告取締役らが企業会計原則に反する違法な会計処
理によって,債務超過という真の財政状態と経営成績を隠蔽しながら,
授業の提供や解約清算金の返還に必要な資金を留保することなく,これ
を新規教室の開設や宣伝広告の費用に流用する職務執行をしていること
について,監査役の職務上の義務に違反して,取締役会における報告や
意見陳述を一切しなかった。
また,被告監査役らは,被告取締役らの資金流出回避義務に違反する
職務執行が認められる状況下において,その職務上の義務に違反し,監
査役会監査報告(書)において,被告取締役らの職務執行について適法
意見を出し,被告会計監査人らの会計監査の方法及び結果についての相
当意見を出し続けた。
被告監査役らの上記業務監査,会計監査を通じた監督義務違反行為に
よって,被告取締役らの資金流出回避義務違反行為に適法性の承認が与
えられ,被告取締役らはこれを継続することができたものであって,こ
うした被告取締役らの違法行為に対する被告監査役らの適法性の付与は,
被告取締役らの違法行為の継続に必要不可欠の存在であったのであり,
その役割の重要性にかんがみると,被告監査役らは,監査義務違反行為
によって,被告取締役らの資金流出回避義務違反にいわば「正犯」とし
て加担したものである。
よって,仮に,原告らが株式会社甲と受講契約を締結した時点におい
て,株式会社甲の財務状態の破綻の程度が回復可能なものであったとし
ても,被告監査役らは,被告取締役らの資金流出回避義務違反行為に加
担したことにより共同不法行為責任(民法719条1項または2項)を
負う。
(ウ)被告監査役らによる取締役らの倒産回避・遵法経営義務違反に対する
加担
a上記(ア)の被告取締役らの倒産回避・遵法経営義務違反行為は,被
告監査役らが,取締役会において,被告取締役らの違法な職務執行に
ついての報告や意見陳述をし,また,監査役会監査報告(書)におい
て,被告取締役らの職務執行に対する適法意見を出さなければ,成立
かつ持続することは到底不可能であった。
b業務監査義務違反行為による加担
被告監査役らは,平成14年2月1日の東京都の改善指導,平成1
5年以降の受講生からの訴訟提起及び消費者団体等からの指摘等によ
って,株式会社甲が採用していた解約清算方法の特定商取引法違反へ
の該当性が問題とされていることを認識し,その他の特定商取引法違
反についても,株式会社甲に寄せられた苦情の内容を確認する等の方
法によって容易に認識できたにもかかわらず,取締役会において,こ
れら被告取締役らの違法な職務執行の存在についての報告や意見陳述
をすることを怠ったばかりか,監査役会監査報告(書)において,被
告取締役らの職務執行について適法意見を出し続けた。
被告監査役らの上記各業務監査義務に違反する行為は,被告取締役
らの特定商取引法に違反する解約清算方法や勧誘行為等の違法な職務
執行を助長させるものであり,その結果,平成19年4月の解約清算
方法に関する株式会社甲敗訴の前記最高裁判決や,同年6月の経済産
業省による行政処分等の,倒産に直結する事態を招来させたものであ
る。被告監査役らは,こうして,被告取締役らの倒産回避義務・遵法
経営義務違反行為に加担した。
(エ)上記(1)【原告らの主張】イ(ウ)のとおり,仮に,資金流出回避義務違
反又は倒産回避・遵法経営義務違反のいずれか単独によっては,原告ら
に授業の役務を提供することができず,解約の際に解約清算金を返還で
きない状態にならなかったとしても,両者が相まって,授業の役務を提
供することができず,解約の際には解約清算金を返還できない状態にな
り,原告らは,未受講の受講料相当額等の損害を被ったものであるから,
被告取締役らの資金流出回避義務違反行為に加担するとともに,倒産回
避・遵法経営義務違反に加担していた被告監査役らは,共同不法行為責
任(民法719条1項又は2項)を免れない。
エなお,被告監査役ら各人がそれぞれ負うべき責任の範囲は,以下のとお
りである。
(ア)被告Y6は,平成7年10月11日から平成19年11月26日まで
の間,監査役の地位にあったのであるから,全ての原告に対して不法行
為責任を負う。
(イ)被告Y7は平成9年6月27日から,被告Y8は平成10年6月26
日から,いずれも平成18年6月29日までの間,監査役の地位にあり,
同被告らによって形成された違法状態は,監査役退任後株式会社甲が破
産手続開始決定を受けるまでの間も解消されることがなかったから,同
被告らは,全ての原告に対して不法行為責任を負う。
原告等の受講生らに,株式会社甲が授業の継続的提供や解約清算金の
支払ができない財政状態であることを隠蔽して,受講契約を締結させる
ことにより損害を発生される危険性を,同被告らが取締役会において指
摘せず,被告取締役らの資金流出回避義務違反及び倒産回避・遵法経営
義務違反の職務執行の存在についての報告や意見陳述を怠り続けたこと
は,上記契約締結行為,義務違反行為に適法性の承認を与え,それを助
長する効果をもたらすものであった。
また,監査役会監査報告(書)に社会的に高度の信用性が認められる
ことから,同被告らが,監査役会監査報告(書)に被告取締役らの職務
執行についての適法意見,被告監査法人乙の会計監査の方法及び結果に
ついての相当意見を出し続けることによって,被告取締役らの上記各違
法な職務執行に加担した結果,株式会社甲は,その実態とは大きく乖離
する過大な社会的信用を確立するという効果も発生した。
いったんこうした効果が発生してしまうと,それは,打ち消す行為の
ない限り持続することになるから,同被告らがかかる効果に基づき発生
する損害賠償責任を免れるためには,取締役会における自らの監査義務
違反がもたらした被告取締役らの違法な職務執行を中止させるとともに,
在任中に作成した監査役会監査報告(書)における被告取締役らの職務
執行についての適法意見,被告監査法人乙の会計監査の方法及び結果に
ついての相当意見が虚偽記載であったことを公表するなど虚偽記載によ
って確立された株式会社甲に対する誤った社会的信用を除去するための
方策を講じる必要がある。
しかるに,同被告らは,何らそのような措置を行っていないのである
から,監査役退任後に受講契約を締結するに至った原告らを含めて,そ
の生じた損害に対する責任を免れない。
(ウ)被告Y9及び被告Y10は,平成18年6月29日から平成19年1
1月26日まで監査役の地位にあったから,平成18年6月29日以降,
株式会社甲との間で受講契約を締結した原告らに対して不法行為責任を
負う。
【被告Y6の反論】
ア被告Y6は,原告らに対して不法行為責任を負わない。
イ宣伝広告や新規教室の開設は,専ら取締役らの経営判断に属する事項で
ある。
また,解約清算金返還請求訴訟に関する事実や特定商取引法違反に関す
る事実は,取締役会で報告されることはなく,被告Y6が積極的な監査に
及ぶ機会はなかった。
被告Y6が知り得る範囲では,株式会社甲の経営について適法性を疑わ
せる事情はなかったのであり,被告Y6に,原告らが主張するような業務
監査の懈怠はない。
ウ本件会計処理方式の適法性については,後記(3)において,被告監査法
人乙が主張するとおりである。
仮に,本件会計処理方式が違法なものであるとされたとしても,本件会
計処理方式は,D証券や被告監査法人乙が検討し,その審査を通過したも
のであって,会計の専門家である社外監査役らが違法性を指摘しないのに,
会計の専門家ではない被告Y6が会計処理の違法性を認識することは不可
能であるから,被告Y6に会計監査の懈怠はない。
エ原告らとの各受講契約時において,株式会社甲は倒産必至の状態ではな
かった。
オ被告Y6の行為と原告らの損害との間には因果関係がない。
カ相被告らの主張のうち,被告Y6に有利なものについては,その全てを
援用する。
【被告Y7の反論】
ア被告Y7は,原告らに対して不法行為責任を負わない。
イ平成13年3月以降,株式会社甲が実質的に債務超過の状態に陥ってい
たという事実はない。
ウ新規拠店の開設や広告宣伝は,経営判断事項である。
エ株式会社甲の採用していた解約清算方法(その算定方法)は,少なくと
も被告Y7の在任中はその適法性如何が訴訟上も争われていたのであって,
当時明確に違法行為とまではいえなかったものであるし,特定商取引法の
違反行為についても,被告Y7が監査役に就任していた時期には特に問題
として挙がってこなかったことから,監査役として権限を行使する機会が
なかったものであり,被告Y7に業務監査義務の懈怠はない。
オ本件会計処理方式は違法ではない。
また,監査役は,そもそも会計監査人の監査の方法及び結果の相当性を
判断するものであり,会計処理自体の相当性を判断するものではないから,
被告Y7に会計監査義務の懈怠はない。
カ相被告らの主張のうち被告Y7に有利なものは,被告Y7の主張に反し
ない限りにおいて援用する。
【被告Y8の反論】
ア被告Y8は,原告らに対して不法行為責任を負わない。
イ宣伝広告費の支出,新規教室の開設,多数の従業員の雇用等は,いずれ
も経営判断に属する事項である。
ウ平成13年3月以降,株式会社甲が実質的に債務超過の状態に陥ってい
たという事実は存在せず,被告Y8においてもかかる認識は持ち得なかっ
た。
エ本件会計処理方式は,主幹事証券会社(D証券),監査法人及び證券取
引所等による検証を経ており,被告Y8においてこれを違法であると認識
すべき事実は存在しなかった。
オ原告らは,被告Y8が作成した監査報告書を確認した上で,株式会社甲
と受講契約を締結したわけではないから,被告Y8に不法行為責任が成立
する余地はない。
カ相被告らの主張のうち被告Y8に有利なものは,被告Y8の主張と矛盾
しない限りにおいて,その全部を援用する。
【被告Y9及び被告Y10の反論】
ア被告Y9及び被告Y10は,原告らに対して不法行為責任を負わない。
イ被告Y9及び被告Y10は税理士であり,非常勤の社外監査役として,
主として税務部分の監査を担当し,常勤監査役である被告Y6から監査報
告を受けて,被告監査法人丙との間で会計監査の方法等について定期的に
打合せを行うほか,拠店に往査し,勧誘の進め方,契約時における受講希
望者に対する説明方法,受講生からのクレーム対応等について監査を行っ
ていた。なお,受講契約の内容については,被告Y1から,所轄官庁から
過去に特段問題の指摘を受けたことはない旨の報告を受けていた。
経済産業省及び東京都から特定商取引法違反等の疑いで立入検査を受け
た平成19年2月以降においては,現状の説明と改善の状況についての報
告を受け,意見を述べるべく,被告Y1に対し,再三にわたって面談を申
し入れたが,面談できなかった。
以上のとおり,被告Y9及び被告Y10は,会計監査人設置会社におけ
る監査役としての任務を十分に果たしていたのであって,業務監査義務違
反も会計監査義務違反も存在しない。
ウ被告Y9及び被告Y10が監査役に就任した平成18年6月28日以降,
株式会社甲は,店数を減らし,広告宣伝費を圧縮しており,平成19年6
月13日付け第17回定時株主総会の招集通知には,売上成長という経営
の基本方針を180度転換した旨を報告している。よって,被告Y9及び
被告Y10は,取締役らの違法な職務執行を防止する義務に違反していな
いし,原告らが主張する損害との因果関係は,被告Y9及び被告Y10と
の関係では存在しない。
エ相被告らの主張は,被告Y9及び被告Y10の主張に反しない限りにお
いて,その全てを援用する。
(3)被告会計監査人らの不法行為
【原告らの主張】
ア財政破綻状態隠匿による契約締結行為への加担
(ア)被告取締役らの不法行為
上記(1)【原告らの主張】アのとおり,被告取締役らは,株式会社甲
の財政破綻状態を隠匿して,原告らに受講契約を締結させた。
(イ)会計監査人による会計監査報告が社会的に高度の信用性を有すること
会計監査人は,計算書類等の監査を行い,会計監査報告をしなければ
ならず,いつでも会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧・謄写をし,取
締役らに対して会計に関する報告を求める権限があり,取締役の職務の
執行に関し,不正の行為又は法令・定款に違反する重大な事実があるこ
とを発見したときは,遅滞なく,これを監査役会に報告しなければなら
ない(旧株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律8条及び会
社法397条1項)。したがって,会計監査人は,監査対象企業の計算
書類に企業会計原則に反する会計処理を発見した場合,(ア)当該企業に指
摘した上,企業会計原則に則った処理をするように指導をすべき義務が
あり,(イ)企業がこれに従わない場合には,不適正意見を出すベき義務が
あるというべきである。
なお,会計監査人がかかる義務に反して,記載すべき事項を記載・記
録せず,又は虚偽の記載・記録をしたときには過料に処せられることに
なっている(会社法976条7号)。
以上の法規制の存在を前提として,会計監査人による会計監査報告は,
社会的に高度の信用性を有している。
(ウ)本件会計処理方式の違法性・不当性に対する被告会計監査人らの認識
と財政状態隠匿行為への加担
a本件会計処理方式を採用した株式会社甲の決算書は,前受授業料の
45パーセントを即時に売上計上するという点と,必要な引当金が計
上されていないという点において,企業会計原則に反する違法・不当
なものであったところ(前の点について企業会計原則第2,3B,後
の点について企業会計原則注解18),被告監査法人乙は,当初から
本件会計処理方式が極めて特異で合理性を欠いたものであること,そ
して,遅くとも第13期(平成14年4月1日以降)には,そのよう
な会計処理方式を取る以上,少なくとも必要な引当金を計上しなけれ
ば財政状況の健全性を保つことも,会計処理に実態を反映させること
もできないことを明確に認識していたにもかかわらず,平成8年から
平成18年3月期決算まで,有価証券報告書に決算内容に対する適正
意見を付し,株式会社甲経営陣の粉飾決算を容認し続け,被告取締役
らによる株式会社甲の財政破綻状態の隠匿行為に加担した。
b被告監査法人丙は,本件会計処理方式の違法性・不当性について監
査役に報告すること,そして,取締役会に対して企業会計原則に則っ
た処理をするように指導することを怠って,解約清算金のための引当
金に関する被告監査法人乙の従前の対応について検討することなく,
漫然とこれを引き継ぎ,平成19年3月決算において無限定の適正意
見を付し,被告取締役らによる株式会社甲の財政状態の隠匿行為に加
担した。
(エ)被告会計監査人らの共同不法行為(関連共同性(民法719条1項)
又は幇助(民法719条2項))
a被告会計監査人らは,被告取締役らが行った,株式会社甲の財政が
破綻し,授業を継続して提供できず解約の際に解約清算金を返還でき
ない状態であったことを隠匿する行為に加担したものであり,共同不
法行為責任(民法719条1項又は2項)を負う。
b被告監査法人乙の責任の範囲
上記(イ)のとおり,会計監査人による会計監査報告は,社会的に高
度の信用性を有しており,被告監査法人乙が被告取締役らの財政破綻
の隠匿行為に加担した結果,株式会社甲は,その実態とは大きく乖離
する過大な社会的信用を確立した。一旦このような誤った社会的信用
が確立してしまうと,それは,虚偽記載であったことを公表する等,
財政が破綻し経営成績が悪い状態を隠匿する行為の影響を打ち消す行
為がない限り持続するから,被告監査法人乙は,株式会社甲の会計監
査人を退任する際,上記隠匿行為によって確立された株式会社甲に対
する誤った社会的信用を除去するための措置を講じない限り,会計監
査人を退任した後も,株式会社甲の社会的信用が維持された状態にお
いて受講契約を締結した受講生らに対する責任を免れないというべき
である。しかるに,被告監査法人乙は,何らそのような措置を行って
いないのであるから,会計監査人退任後に受講契約をするに至った原
告らに対しても,不法行為責任を負う。
c被告監査法人丙の責任の範囲
被告監査法人丙は,株式会社甲の会計監査に関与した平成18年1
1月3日以降,被告取締役らの行った株式会社甲の財政状態の隠匿行
為に加担したのであるから,その任期中に受講契約を締結した原告ら
に対して,不法行為責任を負う。
イ原告らの受講契約締結後の債権侵害
(ア)被告取締役らによる資金流出回避義務違反
被告取締役らは,上記(1)【原告らの主張】イ(ア)のとおり,資金流出回
避義務違反行為により,原告らに損害を与えた。
(イ)被告会計監査人らによる被告取締役らの資金流出回避義務違反行為へ
の加担
被告取締役らの資金流出回避義務違反行為は,被告会計監査人らが株
式会社甲の違法な会計処理及びそれに基づく計算書類に対して適法・適
正意見を出さなければ,成立かつ継続することは到底不可能であった。
しかるに,被告会計監査人らは,その職務上の義務に反して,被告取
締役らが行う企業会計原則に反する違法な本件会計処理方式に対して,
適法・適正の意見を出し続け,これにより,被告取締役らの資金流出回
避義務違反行為は隠匿され,被告取締役らはこれを継続できた。
このように,被告会計監査人らは,被告取締役らの資金流出回避義務
違反行為の継続に必要不可欠の存在であり,その役割の重要性にかんが
みると,被告会計監査人らは,監査業務を通じ,被告取締役らによる資
金流出回避義務違反にいわば「正犯」として加担したものであって,民
法719条1項又は2項の共同不法行為責任を負う。
(ウ)被告監査法人乙の会計監査人退任後の責任
原告らの受講契約締結後における債権侵害行為としての取締役らによ
る資金流出回避義務違反及びそれに起因する倒産回避・遵法経営義務違
反行為は,被告監査法人乙が被告取締役らの負債隠匿及び水増し収益計
上行為に加担したことにより従来から培われてきた誤った社会的信用を
利用して行われており,被告監査法人乙には,在任中の適法・適正意見
が虚偽記載であったことを公表するなど財政破綻状態及び劣悪な経営成
績を隠蔽する行為の影響を打ち消すべき責任があったところ,被告監査
法人乙は,その措置を講じていないのであるから,会計監査人退任後も,
取締役らの資金流出回避義務違反及び倒産回避・遵法経営義務違反行為
の結果原告らに生じた損害に対する責任を免れない。
【被告監査法人乙の反論】
ア仮に原告らが主張するような資金流出回避義務というものが想定できた
としても,それは業務執行行為そのものに係るものであるから,業務執行
行為及びその監督行為を行わない会計監査人が資金流出回避義務なる義務
を負うことはない。
イ本件会計処理方式は違法ではない。
また,システム登録料について,システム利用料に関する会計処理方法
と同じように,その一部について貸借対照表の負債の部に前受収益として
計上する会計処理方式を用いていたとしても,株式会社甲が当該登録料に
相当する金銭を他の金銭と分別管理して保管しなければならないものでは
ないから,本件会計処理方式が資金流出回避義務違反を招いたとはいえな
い。そもそも,株式会社甲が,受講生から受領した金銭を社内に留保する
か経費等に使用するかは,事業経営上の問題であるから,会計監査人は,
それが違法であるか否かについて,意見表明するものではない。
ウ会計処理(仕訳)の方式如何にかかわらず,株式会社甲には,システム
登録料に相当する現金収入があったのだから,平成13年3月期において
弁済期が到来した諸債務を一般的かつ継続的に弁済することができない状
態にあったとはいえず,そのころ既に株式会社甲が倒産必至の状況にあっ
たとする原告らの主張は失当である。
エ原告らの損害は,株式会社甲が倒産したために発生したものであるとこ
ろ,会社債権者が会社の倒産に起因して損害を被ったからといって,当該
会社の会計監査人がその損害を当然に負担するものではない。
株式会社甲は,平成18年3月には116億0300万円にも上る手元
流動資産があったが,平成19年2月14日の経済産業省による立入検査,
同年6月13日の6か月間の業務停止処分を受けて資金繰りが急速に悪化
し,平成19年6月以降,拠店(教室)の賃借料や給与の支払ができない
状況に陥ったというのであるから,株式会社甲が倒産必至の状況に陥った
のはそのころであったというべきである。被告監査法人乙は,平成18年
11月2日に株式会社甲の会計監査人を退任したものであり,株式会社甲
が倒産必至の状況に陥った平成19年6月以降には全く関与していないの
であるから,被告監査法人乙に法的責任はない。
オ原告らは,株式会社甲の計算書類における財務情報への具体的な信頼を
基に受講契約を締結したものではないから,被告監査法人乙は,原告らの
損害について責任はない。
カ被告監査法人乙は,平成17年3月期以前の決算において,「収入金額
に対する返金額の割合が近年増加傾向にあり,相当程度の重要性が認めら
れる比率になってきた」とした上で,「解約に関する詳細なデータの整備
を行い」,「『返品調整引当金』に相当する合理的な会計手当を検討する
必要がある」ことを報告していた。しかし,株式会社甲において,解約率
算定のためのデータ管理体制が整備されていなかったことなどから,解約
清算金見込額を合理的に算定することができず,引当金として計上できな
いものと判断した。
平成18年3月期の決算において,解約件数の増加に伴い解約清算金の
重要性が増加してきたことや,被告監査法人乙が以前から指摘していた解
約率算定のためのデータ整備体制が整い,解約清算金見込額を,貸借対照
表の負債の部に計上された「繰延授業収入」に過去5年間の平均解約率を
乗じるなどして合理的に見積もることが可能になったことから(なお,そ
の時点で解約清算金の計算方法に関する判決は確定していなかった),売
上返戻引当金11億8396万円を計上するに至った。
以上によれば,必要な引当金が計上されていないことをもって,違法・
不当であったとの原告らの主張は当たらない。
【被告監査法人丙の反論】
ア被告取締役らの資金流出回避義務や遵法経営義務は,あくまで業務監査
の対象であって,会計監査人の職務内容である会計監査の対象事項ではな
い。被告監査法人丙が被告取締役ら及び被告監査役らの不法行為に加担し
たとする原告らの主張は,主張自体失当である。
イ本件会計処理方式については,株式上場するに際して,被告監査法人乙
が監督官庁等と協議した上で採用したものであり,上場審査の際に,妥当
性について十分議論され,認められたものである。
企業会計における大原則である継続性の原則に従えば,特別の事情がな
い限り,従前の会計基準を引き継がなければならないところ,被告監査法
人丙は,継続性の原則に従って,本件会計処理方式を採用したにすぎず,
従前の会計基準を引き継いだ被告監査法人丙に何ら問題となる点は存在し
ない。
ウ債務超過の状態でも経営を継続している会社は多々存在しており,資金
流出回避義務違反は不法行為を形成する根拠とはならない。
受講契約締結前の資金流出回避義務違反が不法行為を形成するとすれば,
それは従前の契約者に対するものであって,将来の契約者に対するもので
はない。
また,原告らは,受講契約締結後の資金流出回避義務違反について,そ
の前提である,原告らが各受講契約を締結した時点で株式会社甲の財政状
態の破綻の程度が回復可能であったという点について主張・立証しておら
ず,主張自体失当である。
原告らは,株式会社甲の財政状態について,原告らが受講契約を締結し
た時点で回復可能であったと主張したり,他方で,遅くとも平成13年3
月期以降実質的な債務超過に陥っていたと主張したりしており,主張が矛
盾している。
エ被告監査法人乙の主張は,被告監査法人丙の主張に反しない限りにおい
て,その全部を援用する。
〈第1次的予備的請求(役員の第三者に対する責任に基づく損害賠償請求(取締
役について旧商法266条の3第2項・会社法429条2項1号ロ,監査役につ
いて旧商法特例法18条の4第2項,旧商法266条の3第2項・会社法429
条2項3号,会計監査人について旧商法特例法10条,会社法429条2項4
号))〉
(1)被告取締役らの損害賠償責任
【原告らの主張】
ア損益計算書等の虚偽記載
(ア)売上額,利益額及び負債額の虚偽記載
株式会社甲は,本件会計処理方式によって損益計算書における売上高を
契約時と決済期末に過大に計上し,また,貸借対照表において,負債項
目たる前受収益として計上すべき前受受講料の金額を故意に計上せず,
負債額を真実の金額よりも少なく記載していたものであって,これらは,
企業会計原則の実現主義(企業会計原則第2,三B)に従わない虚偽の
記載である。
(イ)引当金の不計上
株式会社甲は,以下のとおり,計上すべき引当金を的確に計上しなか
った。
①平成17年3月末決算期以前には,解約清算金に関する引当金を全
く計上しなかった。
②平成18年3月末決算期以降は,引当金が計上されたが,現実の解
約率及び解約清算金額と乖離した過少な引当金額であった。
③平成17年以降は,解約清算金の計算方法に関する多数の訴訟にお
いて敗訴が続いていたのであるから,遅くとも平成18年3月末決算
期以降,解約清算金に関する引当金を計上するに当たっては,解約清
算金の計算方法について,株式会社甲の主張が認められなかった場合
についても考慮した引当額が計上されるべきであったのに,そのよう
な考慮は何らなされなかった。
イ原告らの損害
被告取締役らが,上記虚偽記載を止めていれば,株式会社甲はそれ以降
株式を上場することができなくなり,企業としての社会的信用も失い,多
額の広告費や出店費を支出することできなかったのであって,そうである
とすれば,原告らは,株式会社甲と受講契約を締結することはなかったの
であるから,被告取締役らの上記虚偽記載により,原告らは株式会社甲と
受講契約を締結し,受講料等相当額の損害を被った。
ウ因果関係
(ア)会社法429条2項1号ロの規定の趣旨は,会社における情報開示の
正確性・透明性を重視し,正確性を担保することで,会社債権者等「第
三者」の利益を保護しようとした点にあり,かかる法の趣旨及び条文の
文言からすると,「第三者」は,計算書類等を実際に閲覧した者に限定
されていない。
(イ)株式会社甲は,株式上場企業として財務諸表を新聞紙上等で公表して
いた。
(ウ)特定商取引法は,英会話教授の事業者に対し一定の情報開示義務を課
し,消費者に対し会計資料の閲覧・謄写請求権を付与している。また,
株式会社甲は,消費者に対して交付する「PriceList」と題す
る概要書面に「前受保全措置」につき「なし。但し生徒の方々の受講料
は,当社の手元流動資金及び固定資産の時価総額によって,安全に保証
されております。また,この内容については,株式上場企業として,監
査を受けた財務諸表を新聞紙上等で公表しております。」と記載してい
た。消費者は,特定商取引法に基づいて入手した当該事業者の財政状態
や経営成績に関する情報に対して信頼を抱くものであるから,原告らが
計算書類等を現実に閲覧していなかったとしても,被告取締役らによる
虚偽記載と原告の損害との間に因果関係が存在する。
【被告Y1の反論】
争う。
【被告Y2の反論】
争う。
【被告Y3らの反論】
被告Y3らの責任については,争う。
被告Y3らは,虚偽記載の事実は知らない。被告Y3らは,株式会社甲の
経理に関与していなかったため,その詳細を全く把握していない。
(2)被告監査役らの責任
【原告らの主張】
ア監査役会監査報告(書)への虚偽記載
(ア)被告Y7及び被告Y8による虚偽記載
a被告取締役らの職務執行に違法性が認められるにもかかわらず,監
査役会監査報告(書)において適法意見を付した虚偽記載
被告Y7は,平成10年3月期から平成18年3月期決算までの,
被告Y8は,平成11年3月期から平成18年3月期決算までの各監
査役会監査報告(書)において,被告取締役らには,①適法な会計処
理を前提とすると,株式会社甲は遅くとも平成12年3月期以降債務
超過であり,平成14年6月末以降は3期連続の債務超過であること
が露見し,上場廃止となって,社会的信用も失い,倒産同様の状況に
陥り,授業の継続提供や解約清算金の返還ができない財政状態であっ
たにもかかわらず,これを隠匿して受講契約を締結させた行為,②受
講生らの解約率等に応じて授業の提供や解約清算金返還のための資金
を確保することを怠り,新規教室の開設や宣伝広告等に資金を流出さ
せた資金流出回避義務違反の行為,③特定商取引法に違反する解約清
算方法の採用等の倒産回避・遵法経営義務違反行為の各違法な職務執
行の存在,が認められたにもかかわらず,被告取締役らの職務執行に
ついて適法意見を付したものであり,これは虚偽記載に当たる。
b監査役会監査報告(書)において,被告監査法人乙の監査の方法及
び結果について相当意見を付した虚偽記載
被告Y7は,平成10年3月期から平成18年3月期決算までの,
被告Y8は,平成11年3月期から平成18年3月期決算までの各監
査役会監査報告(書)において,被告監査法人乙の会計監査は,①売
上を過大計上し,負債を過少計上する本件会計処理方式の採用,②引
当金の不計上(上記(1)【原告らの主張】アイというそれぞれ企業会計
原則に違反する会計処理に基づく株式会社甲作成の会計処理に対して
無限定の適法・適正意見を出すという不相当なものであったにもかか
わらず,被告監査法人乙の監査の方法及び結果について相当意見を付
したものであり,これは虚偽記載に当たる。
(イ)被告Y9及び被告Y10による虚偽記載
a被告取締役らの職務執行に違法性が認められるにもかかわらず,監
査役会監査報告(書)において適法意見を付した虚偽記載
被告Y9及び被告Y10は,平成19年3月期の会計監査報告にお
いて,被告取締役らの職務執行について,上記(ア)a①ないし③の各違
法な職務執行の存在が認められるにもかかわらず,被告取締役らの職
務執行について適法意見を付したものであり,これは虚偽記載に当た
る。
b監査役会監査報告(書)において,被告監査法人丙の監査の方法及
び結果について相当意見を付した虚偽記載
被告Y9及び被告Y10は,平成19年3月期の監査役会監査報告
(書)において,被告監査法人丙の会計監査が,①売上げを過大計上
し,負債を過少計上し,②引当金を不計上(上記(1)【原告らの主張】
ア(イ)②及び③)しないという,それぞれ企業会計原則に違反する会計
処理に基づく株式会社甲作成の会計書類に対して無限定の適法・適正
意見を出す不相当なものであったにもかかわらず,被告監査法人丙の
監査の方法及び結果について相当意見を付したものであり,これは虚
偽記載に当たる。
(ウ)被告Y6による虚偽記載
a被告取締役らの職務執行に違法性が認められるにもかかわらず,監
査役会監査報告(書)において適法意見を付した虚偽記載
被告Y6は,平成8年以前から平成19年3月期決算までの監査役
会監査報告(書)において,被告取締役らには,上記(ア)a①ないし③
の各違法な職務執行の存在が認められるにもかかわらず,被告取締役
らの職務執行について適法意見を付したものであり,これは虚偽記載
に当たる。
b監査役会監査報告(書)において,被告監査法人乙及び被告監査法
人丙の監査の方法及び結果について相当意見を付した虚偽記載
被告Y6は,平成8年以前から平成19年3月期決算までの監査役
会監査報告(書)において,被告会計監査人らの会計監査が上記(ア)b
①及び②というそれぞれ企業会計原則に違反する会計処理に基づく株
式会社甲作成の会計書類に対して無限定の適法・適正意見を出す不相
当なものであったにもかかわらず,被告会計監査人らの監査の方法及
び結果について相当意見を付したものであり,これは虚偽記載に当た
る。
イ原告らの損害
上記(1)【原告らの主張】イと同じ。
ウ因果関係
(ア)会社法429条2項3号(会社法施行前は,旧商法特例法18条の4,
商法266条の3第2項に同様の規定が置かれていた。)の趣旨は,会
社における情報開示の正確性・透明性を重視し,正確性を担保すること
で,会社債権者等「第三者」の利益を保護しようとした点にある。かか
る法の趣旨,条文の文言からすると,「第三者」は,監査意見を実際に
閲覧した者に限定されない。
(イ)株式会社甲は,監査役会監査報告(書)を定時株主総会の招集通知の
際,株主に提供し(会社法437条,旧商法283条2項),本支店に
備え置いて株主及び会社債権者に開示していた(会社法442条1項な
いし3項,旧商法282条1項,2項)。また,株式会社甲は,株式上
場企業として,監査を受けた財務諸表を新聞紙上等で公表していた。
(ウ)特定商取引法は,英会話事業を同法の規制対象とし,消費者保護の観
点から,英会話事業者に対し一定の情報開示義務を課し,消費者に対し
会計資料の閲覧・謄本等交付請求権を付与している(特定商取引法45
条)。
また,株式会社甲は,消費者に対して交付する「PriceLis
t」と題する概要書面に「前受保全措置」につき「なし。但し生徒の方々
の受講料は,当社の手元流動資金および固定資産の時価総額によって,
安全に保証されております。また,この内容については,株式上場企業
として,監査を受けた財務諸表を新聞紙上等で公表しております。(略)」
と記載していたところ,かかる説明は,会計監査人の出した適法・適正
の意見が基礎となっており,それは,監査役が会計監査人の監査の方法
及び結果について不相当の意見を出していないことが前提となっている。
(エ)監査役会監査報告(書)に,取締役の職務執行についての不適法意見
や,会計監査人の監査の方法又は結果についての不相当意見が記載され
ると,少なくとも,上場企業においては,これらの意見が新聞報道等に
よって広く一般大衆の知るところとなって企業の社会的信用が失墜し,
また,原告らのような株式会社甲との契約をしようとする消費者におい
ても,株式会社甲の経営状態について注意が喚起され,契約締結には至
らなくなる。反対に,これらが記載されないと,株式会社甲が法令を遵
守した経営をしており,会計書類に表示された財政状態や経営成績が真
実であるとの社会的信頼が形成され,消費者はこの信頼を基に契約を締
結する。
(オ)上記(ア)ないし(エ)のとおり,被告監査役らの監査意見は,現実にそれ
を閲覧した者に対して影響するものではなく,原告らが被告監査役らの
監査意見に対し,現実に閲覧・謄本等交付請求等していなくても,被告
監査役らによる虚偽記載と原告らの損害との間には因果関係が存在する。
エ被告監査役ら各人がそれぞれ負うべき責任の範囲は,以下のとおりであ
る。
(ア)被告Y6は,平成7年10月11日から平成19年11月26日まで
株式会社甲の監査役の地位にあったのであるから,全ての原告に対して
責任を負う。
(イ)被告Y7は平成9年6月27日から,被告Y8は平成10年6月26
日から,いずれも平成18年6月29日までの間,株式会社甲の監査役
の地位にあったところ,不法行為責任と同様,平成18年6月29日以
降に株式会社甲と受講契約を締結した原告に対しても責任を負い,全て
の原告に対して損害を賠償する責任を負う。
(ウ)被告Y9及び被告Y10は,平成18年6月29日から平成19年1
1月26日まで監査役の地位にあったから,平成18年6月29日以降
に株式会社甲と受講契約を締結した原告に対して責任を負う。
【被告Y6の反論】
争う。
被告Y6は,監査役会監査報告(書)に虚偽の事実を記載したことはなく,
仮に結果として事実と異なっていたとしても,その点について過失はない。
【被告Y7の反論】
争う。
主位的請求(2)【被告Y7の反論】エで主張したとおり,取締役の職務執
行について違法と断定すべき行為はなかったのであるから,監査役会監査報
告(書)に適正意見を記載したことは,虚偽記載ではない。
【被告Y8の反論】
争う。
【被告Y9及び被告Y10の反論】
争う。
被告Y9及び被告Y10は,監査役会監査報告(書)に虚偽記載をしてい
ない。
(3)被告会計監査人らの責任
【原告らの主張】
ア被告会計監査人らによる虚偽記載
(ア)被告監査法人乙による虚偽記載
a被告監査法人乙は,監査報告書において,企業会計原則に反する本
件会計処理方式によって売上計上された計算書類に対して適正意見を
付して虚偽記載をした。
被告監査法人乙は,平成8年以前から平成18年3月期決算までの
監査報告書において,企業会計原則に反する本件会計処理方式によっ
て水増しの売上計上が行われた損益計算書と,役務未提供分の前受受
講料を負債計上しない貸借対照表について無限定の適正意見を付して
おり,これは虚偽記載に当たるというべきである。
b監査報告書において,引当金計上の指摘を行いながら,引当金計上
の欠落した決算書に対する無留保での適正・適法意見を付した虚偽記

被告監査法人乙は,引当金の不計上(上記(1)【原告らの主張】ア
(イ))があるにもかかわらず,株式会社甲の決算書に対して無留保で適
法・適正意見を表明し続けた。計上義務の認められる引当金を計上し
ていない決算書は企業会計原則に則ったものとはいえず,監査報告書
においてこのような決算書に適法・適正意見を付すことは,会計監査
人としての虚偽記載に該当する。
(イ)被告監査法人丙による虚偽記載
a被告監査法人丙は,平成19年度の監査報告書において,企業会計
原則に反する計算書類について無限定の適正意見を付しており,これ
は虚偽記載に当たる。
b被告監査法人丙は,引当金の不計上(上記(1)【原告らの主張】ア
(イ)②及び③)があるにもかかわらず,株式会社甲の決算書に対して無
留保で適法・適正意見を表明した。
イ被告会計監査人ら各人がそれぞれ負うべき責任の範囲は,以下のとおり
である。
(ア)被告監査法人乙は,全ての原告に対してその損害を賠償する責任を負
う。
被告監査法人乙が退任後の契約者に対しても責任を負うことは,主位
的主張の項で主張したのと同様である。
(イ)被告監査法人丙は,平成19年6月13日以降に受講契約を締結した
原告X22に対して損害を賠償する責任を負う。
ウ原告らの損害
上記(1)【原告らの主張】イと同じである。
エ因果関係
(ア)会社法429条2項1号ロの規定の趣旨は,会社における情報開示
の正確性・透明性を重視し,正確性を担保することで,会社債権者等「第
三者」の利益を保護しようとした点にあり,かかる法の趣旨及び条文の
文言からすると,「第三者」は,計算書類等を実際に閲覧した者に限定
されない。
(イ)株式会社甲は,株式上場企業として財務諸表を新聞紙上等で公表し
ていたものの,そこには,会社計算規則176条3号の規定する「当該
公告に係る計算書類についての会計監査報告書に不適正意見がある場
合」に記載すべき事項が記載されていない以上,新聞を目にした者は,
株式会社甲の決算書類には問題がないものと考えるのが当然である。
(ウ)特定商取引法は,英会話事業者に対し一定の情報開示義務を課し,
消費者に対し会計資料の閲覧・謄写請求権を付与している。また,株式
会社甲は,消費者に対して交付する「PriceList」と題する概
要書面において,前記のとおり,前受受講料は安全に保証されている旨
記載していた。かかる説明は,会計監査人の出した適法・適正意見が基
礎となっており,消費者は,特定商取引法に基づいて入手した当該事業
者の財政状態や経営成績に関する情報に対して信頼を抱くものであるか
ら,原告らが計算書類等を現実に閲覧していなくとも,被告取締役らに
よる虚偽記載と原告の損害との間に因果関係が存在する。
【被告監査法人乙の主張】
虚偽記載を行ったことは,争う。
【被告監査法人丙の主張】
虚偽記載を行ったことは,争う。
原告らは,受講契約を締結する以前に被告監査法人丙の監査報告書を閲覧
することができなかった。監査報告書を閲覧していない以上,被告監査法人
丙の行為と原告らが受講契約を締結したこととの間に因果関係はない。
〈第2次的予備的請求(役員の第三者に対する責任に基づく損害賠償請求(取締
役について旧商法266条の3第1項・会社法429条1項,監査役について旧
商法280条1項,266条の3第1項・会社法429条1項,会計監査人につ
いて会社法429条1項4号))〉
(1)被告取締役らの損害賠償責任
【原告らの主張】
被告取締役らの主位的請求(1)【原告らの主張】ア及びイの行為は,少な
くとも重過失のある職務執行であり,これにより原告らに損害を与えたもの
であるから,被告取締役らは取締役の対第三者責任を免れない。
【被告Y1の反論】
争う。
【被告Y2の反論】
争う。
【被告Y3らの反論】
争う。
(2)被告監査役らの損害賠償責任
【原告らの主張】
ア主位的請求(2)【原告らの主張】イ及びウの各行為は,少なくとも重過
失のある職務執行であり,これにより原告らに損害を与えたものであるか
ら,被告監査役らは監査役の対第三者責任を免れない。
イ被告監査役ら各人がそれぞれ負うべき責任の範囲は,第1次的予備的請
求(2)【原告らの主張】エのとおりである。
【被告Y6の主張】
主位的請求(2)【被告Y6の反論】で主張したとおりであって,被告Y6
には業務監査及び会計監査について悪意,重過失による任務懈怠はない。
【被告Y7の主張】
主位的請求(2)【被告Y7の反論】で主張したとおりであって,被告Y7
には業務監査及び会計監査について悪意,重過失による任務懈怠はない。
【被告Y8の反論】
争う。
【被告Y9及び被告Y10の反論】
主位的請求(2)【被告Y9及び被告Y10の反論】で主張したとおり,会
計監査人設置会社における監査役としての任務を十分に果たしていたのであ
り,悪意・重過失による任務懈怠はない。
(3)被告会計監査人らの損害賠償責任
【原告らの主張】
ア主位的請求(3)【原告らの主張】ア及びイの被告監査法人乙及び被告監
査法人丙らの行為は,少なくとも重過失のある職務執行であり,これによ
り原告らに損害を与えたものであるから,被告会計監査人らは会計監査人
の対第三者責任を免れない。
イ被告監査法人乙は,会社法施行日である平成18年5月1日以降に受講
契約を締結した全ての原告に対し,被告監査法人丙は,監査法人として株
式会社甲の会計監査に関与した平成18年11月3日以降に受講契約を締
結した原告らに対し,損害賠償責任を負う。
【被告監査法人乙の反論】
主位的請求(3)【被告監査法人乙の反論】において主張したとおりであっ
て,被告監査法人乙に任務懈怠はない。
【被告監査法人丙の反論】
会計監査人の業務内容は業務監査には及んでいない。
会計監査の方法に問題がなかったことについては,主位的請求【被告監査
法人丙の反論】において主張したとおりである。
被告監査法人丙の行為と原告らの損害は因果関係がない。
〈損害〉
【原告らの主張】
(1)ア原告らは,被告らの前記各行為により,別紙損害明細一覧表1の損害
額(f)欄記載の損害又は別紙損害明細一覧表2の損害額計欄記載の損害
を被った。損害としては,未受講の受講料,信販手数料に加え,株式会
社甲の責めに帰すべき事由によって解約に至っている以上,入学金,教
材費,中途解約手数料も含まれるというべきである。
イ原告らは,損害を回復するために訴訟代理人に事務を委任せざるを得
ず,弁護士費用は上記損害の10パーセントが相当である。
ウよって,原告らの損害は,別紙損害明細一覧表1及び2の損害額甲欄
記載のとおりである。
(2)各被告に対する請求額
ア主位的請求について
別表1の1損害額欄記載の損害につき,被告らは,同表原告欄記載の
原告に対し,連帯して責任を負う。
別表1の2損害額欄記載の損害につき,被告監査法人丙を除く被告ら
は,同表原告欄記載の原告に対し,連帯して責任を負う。
別表1の3損害額欄記載の損害につき,被告Y9,被告Y10及び被告
監査法人丙を除く被告らは,同表原告欄記載の原告に対し,連帯して責
任を負う。
イ第1次的予備的請求について
別紙損害明細一覧表2の損害額丁欄記載の損害につき,被告らは,原
告X22に対し,連帯して責任を負う。
別表2損害額欄記載の損害につき,被告Y9,被告Y10及び被告監査
法人丙を除く被告らは,同表原告欄記載の原告に対し,連帯して責任を
負う。
ウ第2次的予備的請求について
別表3の1損害額欄記載の損害につき,被告らは,同表原告欄記載の
原告に対し,連帯して責任を負う。
別表3の2損害額欄記載の損害につき,被告監査法人丙を除く被告ら
は,同表原告欄記載の原告に対し,連帯して責任を負う。
別表3の3損害額欄記載の損害につき,被告Y9,被告Y10及び被
告監査法人丙を除く被告らは,同表原告欄記載の原告に対し,連帯して
責任を負う。
別表3の4損害額欄記載の損害につき,被告Y9,被告Y10,被告
監査法人乙及び被告監査法人丙を除く被告らは,同表原告欄記載の原告
に対し,連帯して責任を負う。
【被告らの反論】
いずれも争う。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実に加え,証拠(〈書証は特に記載しない限り枝番があるものは
枝番を全て含む。以下同じ。〉甲A5,6,9ないし15,25ないし34,
37ないし43,45ないし52,55,62,88,114,115,11
7ないし120,131,146ないし158,乙ア6ないし10,23,2
4,33,52,55,56,58,59,乙ウ1ないし11,17ないし2
0,乙ケ10,11,証人A,同B,被告Y1,被告Y2,被告Y3,被告Y
4,被告Y5,被告Y6,被告Y9,被告Y10,被告Y7,被告Y8)及び
弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実を認めることができる。
(1)株式会社甲が倒産するまでの経緯等
ア平成11年度以前
株式会社甲は,前記前提事実のとおり,平成5年2月3日,同社の商号
を株式会社株式会社甲に変更した後,同年6月には,累計拠店数が100
に達した(乙ア7ないし10)。
株式会社甲は,平成6年ころから,店頭公開の準備を始めた。
なお,同年3月ころ,全国外国語教育振興会が,自主規制ルールを策定
した。そこには,合理的な契約期間は1年間とすること等が記載されてい
る(甲A37)。
平成7年,株式会社甲は,収益計上基準を本件会計処理方式に変更し,
同年6月,商号を株式会社株式会社甲から株式会社Nに変更した(乙ア7
ないし10)。
平成7年当時,株式会社甲の会計監査を行っていた被告監査法人乙(当
時はその前身である丁監査法人)及び監査法人戊会計社は,本件会計処理
方式について,より適正な期間損益を算出するためのものであるとして,
監査上妥当な処理であると認めた(甲A146)。
そして,平成8年11月,日本証券業協会(証券取引所)に株式を店頭
登録すると,平成11年3月に累計拠店数が300に達し,平成12年4
月にはその数は400に達した(乙ア7ないし10)。
同年3月24日,株式会社甲の平成12年3月期における純現金収支が,
設備投資額の増加により,約31億4000万円の赤字になるとの見通し
であるとの新聞報道がなされた(甲A39)。
この間,平成4年3月期,平成5年3月期には決算報告書上債務超過に
なったことがある(甲A140ないし145)。
イ平成12年度(第11期)
株式会社甲は,同年度において,新たに79の拠店を開設し,拠店数は
468店になった。また,3歳から12歳までの者を対象にした「NK
IDS」(以下「甲キッズ」という。)も新たに99開設して,240拠
店とした。このような新規拠店の開設や,いわゆるIT機器を用い,受講
生が株式会社甲の店舗に来なくても自宅で授業を受けられるサービス(以
下「自宅サービス」という。)の拡大等により,平成13年3月末決算期
における売上高は前年と比べて約13.9パーセント増の519億230
0万円となった。もっとも,売上高が当初の予想より低かったこともあり,
前年と比べて営業利益は約38.3パーセント,経常利益も約27.3パ
ーセント減少した。
株式会社甲は,平成13年6月12日の定期株主総会通知において,今
後も拠店数の増加や自宅サービス,海外留学サービス等の事業展開をして
いく方針を示した(甲A9)。
ウ平成13年度(第12期)
株式会社甲は,同年9月から,自宅サービスを24時間制とした。また,
新たに48の拠店を開設して累計で516とし,甲キッズについても,新
たに62の拠店を開設して302とした。甲キッズの受講生の数は,平成
14年4月からの小学校への英会話教育導入もあって,前年から約64.
5パーセント増加し,1万7000人を超えた。
平成13年3月末決算期の株式会社甲の売上高は,前年と比べて約8.
1パーセント増加し,561億3700万円となった。他方,営業利益は
前年と比べて約84.9パーセント,経常利益は前年と比べて約35.1
パーセント減少した。
株式会社甲は,平成14年6月11日の定期株主総会通知において,今
後も拠店数の増加や自宅サービス,海外留学サービス等の事業展開をして
いく方針を示した(甲A10,乙ア6)。
エ平成14年度(第13期)
(ア)株式会社甲の決算状況,拠店数及び経営方針
同年度の上半期において,売上が伸び悩んだことから,株式会社甲は,
新規事業に注力しつつも,不採算事業の縮小や,広告宣伝費の商品別の
内訳の見直しをし,平成14年3月末決算期の売上高は前年と比べて約
9.6パーセント増加し,615億3400万円となった。また,営業
利益は前年と比べて約1017.7パーセントの増加,経常利益は,前
年と比べて約146.6パーセントの増加となった。また,拠店数は,
新たに47の拠店を開設して累計で561とした。甲キッズについても,
新たに68の拠店開設をして369とし,甲キッズの受講生の数も前年
の約1.5倍となった。
株式会社甲は,平成15年6月11日の定期株主総会通知において,
今後の課題として,マーケットにおける株式会社甲のシェアポジション
をいかに確保していくかという点を挙げた(甲A11)。
(イ)株式会社甲に対する苦情
平成14年度には,国民生活センターに,株式会社甲に関する契約の
相談が832件寄せられた。なお,平成9年度から平成13年度までの
相談件数は,いずれも年間600件未満であったものの,平成17年度
以降は1060件と初めて1000件を超え,平成18年度は1949
件,平成19年度は3019件であった(甲A40)。
(ウ)東京都からの業務改善指導
平成14年2月6日,株式会社甲は,解約清算金の算定方法が不当な
違約金の定め(特定商取引法49条2項)に該当することなどを理由に,
東京都から業務改善指導を受け,同年3月5日,株式会社甲は,この指
導に対し,業務改善報告書を提出した(甲A41,42)。
オ平成15年度(第14期)
平成16年3月末決算期における株式会社甲の売上高は前年と比べて約
8.1パーセント増の666億1778万7000円であり,また,営業
利益は前年と比べて約68.0パーセント,経常利益は前年と比べて約4
2.2パーセント増加した(甲A12)。
平成15年11月5日,解約清算金返還請求訴訟において,同月4日,
株式会社甲が和解したとの新聞報道がなされた(甲A43)。
カ平成16年度(第15期)
(ア)株式会社甲の決算状況,拠店数及び経営方針
平成17年3月末決算期の売上高は前年と比べて約5.3パーセント
増加し,701億1390万円となった。しかし,営業利益は前年と比
べて約65.3パーセント減少し,経常利益も,前年と比べて約39.
8パーセント減少した。
営業利益及び経常利益が減少した原因として,株式会社甲は,平成1
7年6月10日の定時株主総会招集通知において,株式会社甲を除く外
国語会話教室業界全体の新規入学者数が減少傾向にあることを挙げてい
る。
株式会社甲は,平成16年度において,新たに208の拠店を開設し,
累計拠店数は829となった。甲キッズについても,新たに221の拠
店を開設して687とした。
株式会社甲は,上記定期株主総会通知において,今後の課題として,
業界における株式会社甲のシェアポジションをいかに確保していくかと
いうことなどを挙げた(甲A13)。
(イ)有価証券報告書
同年6月30日,株式会社甲の同年3月期の連結キャッシュフロー
(現金及び現金同等物)が14億9537万8000円のマイナスにな
ったとの有価証券報告書が出された(甲A48)。
(ウ)同年12月ころ,株式会社甲は,日本証券業協会への店頭登録を取り
消し,ジャスダック証券取引所に上場した。
(エ)解約清算金返還請求訴訟の動向等
同月15日,特定非営利活動法人消費者団体京都消費者契約ネットワ
ークは,株式会社甲に対し,ポイント等の有効期限の定めや,解約清算
金の算定方法の定めが消費者契約法ないし特定商取引法に違反するなど
として,上記の定め等を改める旨の申し入れをした(甲A45)。
また,東京地裁は,平成17年2月16日,株式会社甲に対し,株式
会社甲の受講生が受講開始後に受講契約を解除した場合の返還額は,受
講料を前払いしたときの単価で算定するのが原則であるとして,元受講
生の解約清算金返還請求を全部認容する旨の判決を下した(甲A46)。
キ平成17年度(第16期)
(ア)株式会社甲の決算状況,拠店数及び経営方針
平成18年3月末決算期の株式会社甲の売上高は前年と比べて約4.
5パーセント減少して669億6959万7000円となり,前記のと
おり,営業損失と経常損失が発生した。
平成18年6月13日の定時株主総会招集通知において,株式会社甲
は,外国語教室業界全体の業績が,平成15年5月から減少してきたも
のの,平成17年1月から12月まではほぼ横ばいで,下げ止まった感
がある中で,株式会社甲だけが12か月連続で売上が前年同月比で前年
割れしたとし,その原因は,外部の環境変化ではなく,株式会社甲が短
期間に拠店数を増やした点にあるとした。
そこで,株式会社甲は,平成17年度の下半期以降,業績悪化を防ぐ
ため,新規拠店の開設を大幅に減少させた上,さらに,近傍拠店間で競
合が生じないように新規開店を進めていくこと,一拠店あたりの売上が
低下しても利益が出るよう研究開発費や通信費等のコストダウンをする
こと,拠店を総括するマネージャーの人材育成を進めること等に取り組
み始めた。
なお,平成17年度において株式会社甲は,新たに165の拠店を開
設し,平成18年3月末の時点での累計拠店数は994となり,甲キッ
ズについても,新たに221の拠店を開設して687とした。
株式会社甲は,上記定期株主総会通知において,今後の課題として,
業界における株式会社甲のシェアポジションをいかに確保していくかと
いうことなどを挙げた(甲A14)。
(イ)監査概要報告書(甲A30)
株式会社甲は,平成16年度(第15期)及び平成17年度(第16
期)と,2期連続で営業キャッシュ・フローのマイナスを計上している
ものの,平成17年度末では,継続企業の前提について重要な疑義を抱
かせる事象は存在しないとする経営者の評価について,被告監査法人乙
は,監査上,重要な問題点はないと判断した。
他方,被告監査法人乙は,平成18年9月中間期において,「200
6年度経営計画」が未達の場合には,継続企業の前提に重要な疑義を抱
かせる事象が存在し,その解消に重要な不確実性が残ると認識すること
により,継続企業の前提に基づいて財務諸表を作成することが適切であ
るという経営者の判断及び継続企業の前提に関する所要の注記について,
再度検討が必要となることに十分留意する必要があるとした。
(ウ)解約清算金返還請求訴訟の動向等
平成17年7月20日,東京高裁において,株式会社甲の解約清算金
の算定方法は特定商取引法に反し無効であるとの判決がなされた。
同年9月26日,解約清算金返還請求訴訟に対して,東京地裁は株式
会社甲敗訴の判決を下した(甲A5,甲A88)。
同月28日,特定非営利活動法人消費者機構日本は,株式会社甲に対
し,株式会社甲の受講生のポイント等の有効期限の定めや,受講生が中
途解約した場合の解約清算金額の定めが特定商取引法に違反し,また,
株式会社甲が契約時に受講生に交付する書面の記載方法・内容が消費者
基本法及び消費者契約法に違反するなどとして,それらを改める旨の改
善申し入れをした(甲A49)。
平成18年1月30日,解約清算金返還請求訴訟において,京都地裁
は株式会社甲敗訴の判決を下した(甲A5)。同年2月28日,東京高
裁において,解約清算金の計算方法は違法との判決がなされた。
(エ)売上返戻引当金
株式会社甲は,平成17年3月末決算期以前は,解約清算金のための
引当金を貸借対照表に計上しておらず,返金時に処理する方法を採用し
ていた。しかし,返金額が増加してきたこと,平成18年3月末決算期
の前は解約清算金とクーリングオフによる返金の合計額のデータしかな
かったところ,同決算期において解約による返金のみのデータが作成さ
れ,返金率算定のためのデータ管理体制が整い,返金見込額を合理的に
見積もることが可能になったとして,11億8396万5000円の売
上返戻引当金を負債に計上した(甲A14,証人A)。
ク平成18年度(第17期)
(ア)株式会社甲の決算状況,拠店数及び経営方針
株式会社甲は,拠店数を前年度の994拠店から平成19年3月末時
点で925拠店まで圧縮し,その他,不採算事業からの撤退や広告宣伝
費の圧縮等の施策を行ったものの,同年1月及び2月の新規入学者が計
画よりも大幅に落ち込んだことにより,同年3月末決算期の売上高は,
前年と比べて約16.6パーセント減少し,558億5527万500
0円となった。また,前記のとおり,営業損失及び経常損失が生じた。
同年3月末の受講生の数は,前年同期と比べて約12.1パーセント減
の約41万8000人になった。
そして,株式会社甲は,同年6月13日の定期株主総会通知において,
今後の課題として,業界における株式会社甲のシェアポジションをいか
に確保していくかということなどを挙げた(甲A15)。
(イ)売上返戻引当金
株式会社甲は,同年度3月末決算期において,18億8044万10
00円の売上返戻引当金を負債に計上した(甲A15)。
(ウ)平成18年9月中間期における検討事項(甲A131)
被告監査法人乙は,平成18年9月中間期における株式会社甲の業績
は経営計画を大幅に下回ることが予想されるとした。
また,被告監査法人乙は,同中間期において,株式会社甲が債務超過
となること,新たな資金調達が困難な状況であり,今後1年内に資金不
足となる可能性があること,同中間期において経営計画が達成できず,
かつ通期を通じて営業赤字となる見込みであること,のいずれかに該当
する可能性があるとし,そのうち1つに該当する場合には,継続企業の
前提に重要な疑義を抱かせる事象が存在し,その解消に重要な不確実性
が残ると認識されるため,継続企業の前提が適切であるかどうかについ
て経営者は評価を行い,中間財務諸表において注記を記載する必要があ
ると判断した。
(エ)監査概要報告書(甲A31)
株式会社甲は,平成16年度(第15期)から平成18年度(第17
期)まで,3期連続で営業キャッシュ・フローのマイナスを計上してい
るものの,平成18年度中間末時点では,当該事象が存在するのみで継
続企業の前提について重要な疑義を抱かせる事象は存在しないとする経
営者の評価について,被告監査法人丙は,2007年度経営計画(乙ケ
10)や経営者確認書(乙ケ11)などを検討した結果,監査上,重要
な問題点はないと判断した。
他方,被告監査法人丙は,平成19年度中間期において,上記200
7年度経営計画が未達の場合には,継続企業の前提に重要な疑義を抱か
せる事象が存在し,その解消に重要な不確実性が残ると認識することに
より,継続企業の前提に基づいて財務諸表を作成することが適切である
という経営者の判断及び継続企業の前提に関する所要の注記について,
再度検討が必要となることに十分留意する必要があるとした。
(オ)経済産業省及び東京都による立入検査
平成19年2月14日,株式会社甲は,前記のとおり,経済産業省及
び東京都の立入検査を受け,それ以降,株式会社甲の新規入学者数が,
前年同月比で半数を下回り,これに伴う受講料の受け入れも激減し,株
式会社甲の資金繰りは急激に悪化した(甲A5)。
しかし,立入検査後に行われた同月28日の取締役会及び同年3月9
日の監査役会では,対応等が協議されなかった(甲A114,甲A11
7)。
ケ平成19年度(第18期)
(ア)前記最高裁判決が下されて以降の株式会社甲の状況
同年4月3日,最高裁判所は,前記のとおり,株式会社甲が定める受
講料の清算に関する規定は無効であるとする判決を下した(甲A6)。
しかし,上記最高裁判所の判決が下された後に行われた同月9日の取締
役会及び同年5月25日の監査役会では,対応等は特に協議されなかっ
た(甲A115,118)。
株式会社甲は,経済産業省と東京都の立入検査を受けて,同月7日,
経済産業省に対し,業務改善案を提出した。その内容は,書面不備や,
誇大広告について改善したというものであった(乙ア58,59の1な
いし59の5の2)。
同年6月13日,前記のとおり,経済産業省は,株式会社甲に対し,
一定の業務について同月14日から同年12月13日まで6か月間の業
務停止を命じた(甲A52)。
この業務停止処分以降,株式会社甲は,新規の長期契約ができないば
かりか,受講生から,解約と受講料の返還の申し出が殺到する状況とな
り,平成19年4月の売上が前年同月の約6分の1,平成19年5月の
売上が前年同月の約4分の1となり,平成19年6月以降に至っては,
解約清算金が新規収入金を上回った。これによって,株式会社甲は,収
入がないまま高額の固定費(教室の賃料,講師・従業員の給料等)を支
払う状況となり,財務内容(手許流動性等)は著しく悪化した(甲A5)。
同年6月15日,前記前提事実のとおり,厚生労働省は,教育訓練給
付で株式会社甲の指定を取り消した。
同月27日,株式会社甲は,日本人従業員の給与を支払ったものの,
拠店賃貸料等の支払原資約8億円を調達することができず,賃貸料の支
払いが遅れる物件が出始めた(甲A5)。
株式会社甲は,同月19日に支給予定だった夏季賞与約8億円及び同
月27日に支払予定の日本人従業員に対する給与約5億円を支払うこと
ができず,5日後の同年8月1日に遅配していた分の給与を支払ったも
のの,同月27日の給与についても遅配した(なお,同給与については
同年9月5日までに順次支払った)。この後,株式会社甲は,従業員に
対する給与は一切支払っておらず,外国人講師についても同年9月14
日以降の給与は全く支払えない状態となった(甲A5)。
同年9月20日の監査役会において,取締役会が開催されないことに
ついて協議がなされ,被告Y6が文書を作成して取締役会を開催するこ
とで合意した(甲A119)。
同月21日,被告Y6,被告Y9及び被告Y10は,被告Y1に対し,
取締役会が近時開催されていないため,取締役会を早急に開催してほし
い旨の申し入れをした(甲A120)。
(イ)会社更生手続開始の申立て
被告Y3らは,株式会社甲の負債等の拡大を傍観できないと判断し,
同年10月25日,臨時取締役会において被告Y1を代表取締役から解
任し,新たな代表取締役に就任し,会社更生手続開始の申立てをするこ
とを決め,同月26日,その申立てをした。これに対し,同年11月2
6日,破産手続開始決定がなされた(乙ウ11)。
破産手続開始決定時における株式会社甲の負債は,公租公課が約25
億円,労働債権が合計約60億円であり,財団債権,別除権の価額等を
除く一般債権は,合計約764億円で,そのうち,受講生の債権は約5
64億円であった。
(2)株式会社甲の広告宣伝費
株式会社甲は,平成17年3月期には,110億円の広告宣伝費(売上高
比14.6パーセント)を計上し,また,平成18年3月期には約111億
円の広告宣伝費(売上高比約15.9パーセント)を計上した(甲A50)。
さらに,株式会社甲は,平成19年3月期には,約28億9000万円の
当期純損失を計上し,他方で約70億円の広告宣伝費(売上高比約12.3
パーセント)を計上した(甲A51)。
(3)株式会社甲の経営体制について
ア株式会社甲の株主構成
株式会社甲の株主構成は,平成19年3月31日時点において,株式会
社甲企画(被告Y1が100パーセント株式を有する。)が36.02パ
ーセント,被告Y1個人が35.55パーセントを有するなど,被告Y1
が実質的に合計77.34パーセントの株式を保有するというものであり,
平成19年9月30日に被告Y1及び株式会社甲企画が株式を譲渡するま
で,上記割合にほとんど変動はなかった(甲A5,A9ないし15,乙ア
7ないし乙ア10,弁論の全趣旨)。
イ役員報酬について(乙ウ3~乙ウ9)
(ア)平成15年度から平成17年度にかけての被告Y1,被告Y2及び被
告Y3らの役員報酬月額は以下のとおりであった(乙ウ3ないし乙ウ5)。
平成15年度平成16年度平成17年度
被告Y11300万円1300万円1300万円
被告Y2160万円――――
被告Y562万円62万円92万円
被告Y417万円18万円18万円
被告Y323万円24万円24万円
(イ)被告Y4は,平成8年6月29日に株式会社甲の取締役に就任し,役
員報酬が支給されるようになったものの,年間の給与額は996万80
00円と取締役就任前後で変わらなかった(乙ウ1,2,Y4)。
(ウ)被告Y3は,平成5年2月3日に株式会社甲の取締役に就任したとこ
ろ,平成7年3月の給与支給額は83万5000円,同年4月の給与支
給額は84万4700円,平成10年4月の給与支給額は81万920
0円でいずれも役員報酬は支給されなかったのに対し,同年5月の給与
は役員報酬が支給され,給与支給額は81万9200円であった(乙ウ
17ないし20,Y3)。
ウ取締役会の開催状況
株式会社甲の取締役会は,被告Y2が取締役を退任した平成15年6月
ころまでは,月に1回程度行われていたものの,被告Y2が取締役を退任
した後は,ほとんど開催されなくなった(被告Y2,被告Y4,被告Y3)。
取締役会議事録(甲A148ないし158)の作成について,株式会社
甲の本部に保管されていた被告Y3らの印鑑が同人らの手によらずに押印
され,被告Y3らが印鑑を管理した平成18年以降は,回覧されてきた取
締役会議事録に押印する持ち回り決議の形が取られていた(被告Y4,被
告Y8)。
なお,平成18年ころからは,取締役だけでなく,エリア・マネージャ
ー等を加えた多人数での会議が年に何回か行われていた(被告Y4)。
エ被告Y1は,株式会社甲の創業者で,その株式の大半を保有していただ
けでなく,株式会社甲の業務全体を把握していた唯一の人物であり,その
重要な経営戦略や資金の支出は,取締役会決議を実質的に経ないまま,被
告Y1単独の意思決定によって決定され,被告Y1から各担当部署に直接
指示される形で事業遂行がなされてきた。
また,税務部門以外への監査役の関与はなされておらず,監査役による
業務監査はなかった(甲A5)。
オ以上のとおり,株式会社甲は,被告Y1のいわゆるワンマン経営であり,
被告Y3ら他の取締役は,経営方針につき,影響力を持っておらず,監査
役による監査も,少なくとも業務監査はなされていなかった。
(4)株式会社甲の受講料及び途中解約時の返金額の定め(解約清算方法)
株式会社甲のグループレッスンは,1人の講師に4人程度の受講生がつい
て行われ(現実には平均2人ないし3人程度となる。),グループレッスン
を1回受講する毎に1ポイント消費する。その他,個人レッスンを1回受講
すると,3ないし4ポイントを消費する(乙ア59の1,被告Y1)。
受講生が株式会社甲のレッスンを受講する際に購入するポイント数と,受
講生が支払う受講料の価格及び1ポイントあたりの単価(円)の対比は以下
のとおりである。それぞれのポイントの有効期間は80ポイント以下が1年,
110ポイント以上が3年であった(乙ア55,被告Y1)。
ポイント数価格ポイント単価
6007200001200
5006750001350
4006200001550
3005250001750
2504625001850
2003900001950
1503075002050
1102310002100
801840002300
501500003000
25950003800
受講生は,クーリングオフ期間が経過した後も,受講契約を解除すること
ができる。その場合の受講料の返金額(解約清算金の額)は,受講生が株式
会社甲に支払った受講料の総額から,消費済みのポイント数(以下「役務提
供済ポイント数」という。)に,役務提供済ポイント数以下で最も近いポイ
ント数のポイント単価(すなわち,購入時の単価より高くなる。)を乗じた
金額,中途解除登録手数料及び教材費等を差し引いた金額となる。
株式会社甲は,この解約清算金の算定方法について,関係省庁から違法で
あるとの指摘は受けていなかった(甲A33,38,147,乙ア52)。
(5)受講契約の解約状況と売上返戻引当金の設定について
株式会社甲における受講契約の解約清算金と,それが収入金額に占める割
合は以下のとおりである(平成17年度は上期のみ)。
年度解約清算金収入金比率
平成11年度20億6600万円454億1200万円4.5%
平成12年度29億6400万円459億1000万円6.4%
平成13年度29億5900万円479億1100万円6.2%
平成14年度28億4500万円536億6800万円5.3%
平成15年度40億9400万円562億5300万円7.3%
平成16年度53億5000万円552億4100万円9.7%
平成17年度19億4500万円211億0000万円9.2%
株式会社甲は,平成16年3月期末から,収入金額に対する解約清算金額
の割合が増加傾向にあるとして,解約清算金に関する引当金を計上する必要
があるとしていた(甲A26ないし甲A29)。そして,株式会社甲は,平
成17年3月末決算期以前は,受講契約の解約に備えて引当金を貸借対照表
に計上していなかったものの,解約清算金が増加してきたことと,返金率算
定のためのデータ管理体制が整い,返金見込額を合理的に見積もることが可
能になったため,平成18年3月末決算期から,解約清算金を解約時に計上
する方式を改め,将来の返金見込額に基づいて引当金を計上することにし,
同決算期は,11億8396万5000円の売上返戻引当金を負債に計上し
た(甲A14,甲A30,証人A)。また,株式会社甲は,平成19年3月
末決算期において,18億8044万1000円の売上返戻引当金を負債に
計上した(甲A15)。平成18年3月末決算期は,1年前の解約の実績数
字に基づいて計算したが,平成19年3月末決算期は直近の数字まで加味し
て計算した(証人B)。
(6)外国語学校事業の需要に関する状況
ア小学校における外国語教育の推移
昭和61年4月の臨時教育審議会において,中学校や高等学校等におけ
る英語教育が文法知識の修得と読解力の養成に重点が置かれすぎているこ
とや,大学における教授に実践的な能力の付与が欠けていることを改善す
べきであるとの議論がされ,平成8年7月の第15期中央教育審議会第一
次答申で,総合的な学習の時間や特別活動などの時間において,例えば英
会話等で子供たちに外国語に触れる機会や,外国の生活・文化などに慣れ
親しむ機会を持たせることができるようにすることが適当であること,そ
の際はネイティブ・スピーカーや地域における海外生活経験者などの活用
を図ることが望まれるとされた。これにより,平成10年に改訂された学
習指導要領により,「総合的な学習の時間」が設けられるとともに,学習
指導要領の総則において,総合的な学習の時間取り扱いの一項目として,
外国語会話の授業を行うときは,小学校の実態等に応じ,児童が外国語に
触れたり,外国の生活や文化などに慣れ親しんだりするなど,小学校段階
にふさわしい体験的な学習が行われるようにすることが規定され,これに
より,全国の小学校において,英語教育が広く行われることになった。
さらに,平成14年7月に文部科学省によって策定された「『英語が使
える日本人』の育成のための戦略構想」の中で,小学校の英語教育につい
ての調査が行われ,平成15年度には全国の小学校の約88パーセントが
何らかの形で英語教育を実施していることが分かり,さらにその割合は
年々上昇し,平成19年度には約97パーセントに達した。このような状
況から,平成18年3月,中央教育審議会外国語専門部会から「小学校に
おける英語教育について(外国語専門部会における審議の状況)」が出さ
れ,その中で「高学年においては,中学校との円滑な接続を図る観点から
も英語教育を充実する必要性が高いと考えられる。」などとして,「例え
ば,年間35単位時間(平均週1回)程度について共通の教育内容を設定
することを検討する必要があると考える」とされ,これを受け,平成20
年1月中央教育審議会「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援
学校の学習指導要領等の改善について(答申)」の中で,小学校段階の外
国語活動について,小学校段階にふさわしい国際理解やコミュニケーショ
ンなどの活動を通じて,コミュニケーションへの積極的な態度を育成する
とともに,言葉ヘの自覚を促し,幅広い言語に関する能力や国際感覚の基
盤を培うことを目的とする外国語活動について,国として各学校において
共通に指導する内容を示すことが必要であるとして,総合的な学習の時間
とは別に高学年において一定の授業時数(年間35単位時間,週1コマ相
当)を確保することが適当であるとし,外国語活動の新設が答申された。
そして,文部科学省は,この答申を受けて,平成20年3月28日に小
学校学習指導要領を改訂し,小学校第5学年及び第6学年において,外国
語活動(英語を取り扱うことを原則とした。)を新設し,それぞれ年間3
5単位時間の授業時数を確保し,外国語活動が位置付けられた(乙ア6)。
イ外国語学校業界の動向
株式会社甲を始めとする外国語会話教室の市場規模は,年々拡大する基
調にあったものの,平成14年度からは横ばいとなっていた。また,同業
界全体の受講生の数も平成15年以降は減少していた。(甲A62の2,
乙ア23)。
ウ株式会社甲の経営実績
平成13年度から平成15年度における株式会社甲の受講生の数と,株
式会社甲の受講生の数が外国語会話教室業界全体の受講生数に占める割合
は以下のとおりである(乙ア24)。
年度受講生数割合
平成13年度約35万人約56パーセント
平成14年度約39万人約60パーセント
平成15年度約44万人約64パーセント
エ平成15年ころから,株式会社甲は,全国の多数の小中学校に対し,外
国人教師を派遣してきた(乙ア33,58,被告Y1)。
以上の前提事実を基に,争点については判断する。
2被告取締役らの不法行為(主位的請求の関係)
(1)財政破綻状態の隠匿による受講契約の締結の有無について
ア原告らは,本件会計処理方式は,企業会計原則に反して違法であり,同
原則に適合した会計処理を前提とすると,株式会社甲は,平成11年3月
期から平成13年3月期まで3期連続で債務超過であり,遅くとも同年6
月には倒産といえる状態であったにもかかわらず,株式会社甲は,本件会
計処理方式を採用し,また,必要な引当金を的確に計上しないことにより
債務超過状態を隠匿した上で,原告らに受講契約を締結させ,損害を被ら
せたと主張している。
そこで,株式会社甲が平成11年3月期から平成13年3月期まで債務
超過状態であったか検討する。
イ本件会計処理方式が企業会計原則に反するか否かについて
(ア)前記前提事実のとおり,本件会計処理方式は,受講生が株式会社甲に
対して支払った受講料のうち,45パーセントを「Nシステム登録料」
として契約時に売り上げ(収益)に計上し,残りの55パーセントは「N
システム利用料」として,契約期間に対応した期間に応じて収益に均等
計上するというものである。
原告らが,本件会計処理方式が違法であるとする論拠は,企業会計原
則によれば,売上高は,実現主義の原則に従い,商品等の販売又は役務
の給付によって実現したものに限るとしているところ(甲A53,企業
会計原則第2,3B),株式会社甲のシステム登録料のうち,有効期間
が3年のものについては,初年度に売上に計上できるのは3分の1であ
るにもかかわらず,45パーセントを計上している点で企業会計原則の
実現主義に反する,というものである。
(イ)企業会計原則における実現主義は,役務を提供したものについて収益
に計上することができるというものであり,本件会計処理方式における
システム登録料は,外国人講師の手配や受講生の受入環境の維持,レッ
スンや教材の質の維持など,個々のレッスンの実施以外に,その準備の
ためにかかる費用のことである。それは,株式会社甲のレッスンシステ
ムを利用するための対価にあたるとともに,個々のレッスンを受ける前
に費やされるものであるから,受講を開始する時点で,役務の提供があ
るといえる。すなわち,外国語のレッスンを受講生に対して行うには,
不動産を借りて教室を確保することが必要であり,また,講師となる外
国人を採用し,レッスンのカリキュラムについても研究・作成する必要
がある。また,自宅サービスにおいても,事前に必要なIT技術・機器
を開発・製造する必要がある。そうすると,レッスンを受けるための人
的物的設備を整備することも,初期費用として,役務の提供の一部とい
える。
初年度に45パーセントという割合を計上する点について,株式会社
甲がレッスン実施のいわば前提・準備のために支出する金額が,全経費
の何割を占めているかは証拠上必ずしも明らかではないものの,株式会
社甲は,新規教室を開設して教室数を増やす等のため(その経営判断が
違法とまではいえない点については後記のとおり),毎年相当数の外国
人講師を採用し,また受講者のための教材の開発・改訂をするなどして
おり,これらには相当額の費用がかかると認められること(乙ア59の
3,被告Y1,被告Y4),本件会計処理方式は,上場時に,監査法人
だけでなく,主幹事会社や証券取引所からも妥当な処理であると認めら
れており,逆に45パーセントを計上することが過剰であることを示す
証拠が見当たらないことからすると,割合として不相当なものでなかっ
たと推認できる。そして,株式会社甲は,受講契約を締結した受講生に
対して,当該システムを利用できる環境という役務を提供し,契約時に
受講料に占めるシステム登録料の存在及びその割合を明示していた(甲
A32)。
したがって,システム登録料45パーセントを初年度に売上とし計上
することが,費用収益対応原則・実現主義に反して違法である,とまで
はいえない。
よって,株式会社甲が平成11年3月期から平成13年3月期まで債
務超過であったとはいえない。
ウ解約清算金のための売上返戻引当金について
(ア)原告らは,株式会社甲が平成17年3月末決算期以前に解約清算金に
関する引当金を計上しておらず,また,平成18年3月末決算期以降の
解約清算金に関する引当金は過少であり,株式会社甲の負債を隠匿して
いる旨主張している。
(イ)企業会計原則によると,引当金は,将来の特定の費用又は損失であっ
て,その発生が当期以前の事象に起因し,発生の可能性が高く,かつ,
その金額を合理的に見積もることができる場合には,当期の負担に属す
る金額を当期の費用又は損失として引当金に繰入れ,当該引当金の残高
を貸借対照表の負債の部又は資産の部に記載するものとすると定められ
ている(企業会計原則注解18,甲A53)。
株式会社甲においては,前記認定事実のとおり,初めて売上返戻引当
金を計上した平成18年3月末決算期以前から一定程度解約清算金が生
じており,その都度,売上を減額する方式で処理していた。
前記認定のとおり,平成18年度以前から一定程度解約清算金が生じ
ていたのであるから,解約清算金が発生する可能性が高いといえ,また,
金額もある程度見積もることができるのだから,引当金として計上して
おくべきであったと考えられる。
他方,平成11年度から平成14年度は,収入金額に占める解約清算
金の割合は,4ないし6パーセント程度にすぎず,株式会社甲の財政状
態を正常に示す上でそれほど重要な割合を占めているとは認められない。
それ以降の解約清算金の割合は,平成15年度は7.3パーセント,
平成16年度は9.7パーセント,平成17年度上期は9.2パーセン
トと,平成15年度からその割合は増加し始めていることからすると,
より重要度が増したといえる。しかし,引当金を計上するためには,解
約清算金の見込額を合理的に算定できなければならないところ,平成1
8年3月末決算期より前は,解約清算金のデータは作成されていなかっ
たのであるから,その見込額を算定することは困難であった。そうする
と,同決算期より前に解約清算金に関する引当金を計上しなかったとし
ても,企業会計原則に反して違法であるとまではいえない。
(ウ)平成18年3月末決算期においては,解約による清算金のデータが作
成されたため,株式会社甲は,平成15年度から平成17年度上期まで
の収入金に占める解約清算金の割合が上昇してきたことを受けて,平成
18年3月末決算期に約11億円の引当金を計上している。
そして,この金額は,負債の部の長期繰延授業収入の期末残高に45
/55を乗じ,過去5年間の平均解約率4.6パーセントを乗じたもの
である。前記のとおり,株式会社甲が契約時にシステム登録料として受
講料の45パーセントを収入に計上していることからすると,解約され
た場合に収入から支出に計上するのは,成約時(契約期間の初年度)に
売上げに計上される分のシステム登録料であるから,長期繰延授業収入
の期末残高に45/55を乗じることが不合理とはいえない。また,過
去5年間の平均解約率4.6パーセントを乗じる点も,前記の平成15
年度以降の収入に占める解約清算金の割合に比べるとやや低いものの,
平成11年度から平成14年度の割合と同程度であることからすると,
低すぎるとまではいえない。そうすると,平成18年3月末決算期の引
当金の計上が,債務額を低く表示する粉飾決算でとして違法である,と
まではいえない。
(エ)原告は,平成17年以降は,解約清算金の計算方法に関する多数の訴
訟において敗訴が続いていたのであるから,遅くとも平成18年3月末
決算期以降,解約清算金に関する引当金を計上するに当たっては,解約
清算金の計算方法に関して,株式会社甲の主張が認められなかった場合
についても考慮した引当額が計上されるべきであったと主張する。
しかし,前記のとおり,平成18年3月末決算期においては,前記最
高裁判所の判決がまだ出されていなかったことからすると,当時におけ
る株式会社甲の上記引当金計上方法が,不合理であるとはいえない。
(オ)以上から,株式会社甲が平成18年3月末決算期まで引当金を計上し
なかったこと及び同決算期以降の引当金の額は,より妥当な計上が望ま
しかったといえるとしても,企業会計原則に反するものとまでは認めら
れない。
エしたがって,被告取締役らが株式会社甲の債務超過,財政破綻状態を隠
匿したとはいえない。
(2)原告らの受講契約締結後の債権侵害について
原告らは,取締役は,会社が取引相手に対する契約上の義務を履行できる
ように会社経営を行うことは,取締役の最低限の義務であるから,経営に関
する取締役の決定等が明白に違法であって,その結果,取引相手の会社に対
する権利が侵害された場合には,取締役は,故意又は過失がある限り,取引
相手に対する権利侵害について一般不法行為責任を負うと主張する。
ア株式会社甲が経営破綻に至った経緯
前記前提事実及び認定事実によると,株式会社甲は,平成5年に商号を
変更した後,拠店数や生徒数を増加させるとともに,売上高を伸ばし,拡
大していった。平成12年度以降の営業利益についても,平成17年度に
営業損失及び経常損失が出るまで,利益を出し続けていた。平成17年度
及び平成18年度は,拠店数が急増したことや,新規入学者が契約よりも
落ち込んだこと等もあって,営業損失及び経常損失が出たものの,監査概
要報告書には特に問題がないとされていたことからすると,株式会社甲の
経営状態が倒産状態にあったとはいえない。
しかし,平成19年2月14日,経済産業省及び東京都が株式会社甲に
立入検査をしたこと,同年4月3日に,最高裁判所が,株式会社甲が定め
る受講料の清算に関する規定は無効であるとの判決を下したこと,同年6
月13日に,経済産業省が株式会社甲に対し,一定の業務(新規の長期契
約の締結)について6か月間の業務停止を命じたことなどにより,株式会
社甲の信用は低下し,株式会社甲は,一方で長期の新規契約ができなくな
るなど新規受講者が減少し,他方で解約申入れが急増して解約清算金の支
払に迫られたため,株式会社甲の資金繰りが悪化し,被告Y1による新た
な出資の獲得の試みもうまく行かず,拠店の賃貸料の滞納,給料の遅配な
どの事態が発生してさらに信用が低下し,資金繰りが行き詰まったもので
ある。
以上を前提に,資金流出回避義務違反及び倒産回避・遵法経営義務違反
の有無について検討する。
イ資金流出回避義務違反
(ア)原告らは,株式会社甲の受講契約はその性質上中途解約が予定される
から,被告取締役らは,授業の経費や解約清算金のための資金を適切に
社内に留保すべき資金流出回避義務を負っていたにもかかわらず,企業
会計原則に適合しない会計処理によって多額の負債を隠匿して利益の水
増しを行いながら,莫大な広告宣伝費をかけたり無謀に新規教室を開設
したりして,株式会社甲の実収入に到底見合わない経費を支出し,会社
財産を流失させたと主張する。
(イ)株式会社甲の採用していた本件会計処理方式が企業会計原則に違反し
ないのは前記のとおりである。
(ウ)教室数拡大や広告宣伝費など株式会社甲の経営戦略について検討する。
a企業の経営に関する判断は,不確実,流動的,複雑かつ多様な諸要
素を考慮した専門的,予測的,政策的な判断能力を必要とする総合的
なものであり,また,企業活動は,利益獲得をその目標としていると
ころから,一定のリスクが伴うものである。このような企業活動の中
で,取締役が萎縮することなく経営に専念するためには,その権限の
範囲で裁量権が認められるべきである。
したがって,取締役の業務についての善管注意義務違反又は忠実義
務違反の有無の判断は,取締役によって当該行為がなされた当時にお
ける会社内の状況及び会社を取り巻く社会,経済,文化等の諸状況の
下において,当該会社の属する業界における通常の経営者の有すべき
知見,経験及び能力を基準として,前提としての事実の認識に不注意
な誤りがなかったか否か及びその事実に基づく行為の選択決定に不合
理がなかったか否か等の観点から,当該行為を選択・実行することが
著しく不合理と評価されるか否かとして行われるべきである。
b前記認定事実のとおり,株式会社甲は,会社を設立した後,年々拠
店数を増やしていき,平成12年3月末に468店であった拠店数は,
平成18年3月の最も多いときで994となり,平成18年度におい
て減少に転じた。また,甲キッズについてみても,平成12年3月末
で240拠店だったのが,平成17年3月末には687拠店になった。
このような拠店数の拡大について,確かに,平成14年度から外国
語会話教室業界の市場規模は横ばい状態となっていたことからすると,
平成15年度以降は,拠店数の増加を抑制すべきであったのに拡大路
線を継続し,また,そのような教室数に関する意思決定を,しかも被
告Y1単独で行ったことは,結果的には不相当であったことは否めな
い。
しかし,前記のとおり,遅くとも平成14年以降,小学校における
外国語教育の重要性が指摘され,その実施が予想されていたことから
すると,そのごく近い将来,甲キッズの需要が伸びること,ひいては
中高校生以上の者を対象とする外国語教授の需要が伸びると予測判断
したことが不相当であったとまではいえない。また,小学校及び中学
校で外国語教育を行う場合,ネイティブスピーカーが必要になるので
あるから,拠店を新たに開設して,その拠店から小学校及び中学校に
講師を派遣するという需要があると予想したことも不相当ではない。
したがって,教室数を拡大し,人員採用数を増やしたことが著しく
不合理とまではいえない。
なお,株式会社甲は,平成18年3月期に累計拠店数が994拠店
と最大になったものの,拠店数増加により,それらの競合が生じたた
めに,平成17年度後半以降は,新規拠店の開設数を減らし,さらに,
開設済みの拠店を統合するなどして,平成19年3月期には拠店数自
体を減らしてコストダウン等を図っており,野放図な拡大路線を続け
たとまではいえない。
c広告宣伝費について,前記認定事実のとおり,平成17年3月末決
算期から平成19年3月末決算期までの広告宣伝費は,売上高の約1
5パーセント程度である。そして,外国語会話教室業界は,受講生を
獲得するため,宣伝が必要となることや,外国語会話教室業界の中で
株式会社甲は最大手であることなど,広告宣伝の必要度や会社の規模
からすると,売上高の約15パーセント程度の広告宣伝費を支出する
ことが,著しく不合理であるとまでは認められず,この点についても,
経営判断が違法とまではいえない(被告Y1,被告Y7)。
d自宅サービスのシステムの構築について,同システムは,物理的ス
ペース(実店舗)を必要とせず,また,実際に受講者が教室に来なく
ても受講できるという特長を有することから,従来のシステムより少
ない固定費で済み,通学を要しないことから新たな受講者の獲得も見
込めるものである。また,外国語の授業以外の用途にも使えるもので
あり,その点でも新たな市場を開拓し得るものであった(乙ア30,
31)。
したがって,その開発・普及のために多額の費用を費やしたことが,
経営判断上不当であり,違法であるとまではいえない。
なお,原告らは,このシステムに必要な機器を開発した株式会社乙
への株式会社甲の多額の貸付等を,資金流出回避義務違反の事情とし
て主張するものの,上記のとおり直ちに違法であるとは断定できない
し,株式会社甲の破綻との因果関係があるとも認められない。
eさらに,原告らは,仮に,原告らが株式会社甲と受講契約を締結し
た時点において,株式会社甲の財政状態の破綻の程度が回復可能なも
のであったとしても,原告らの受講契約締結時から遅くとも株式会社
甲の会社更生手続申立ての時点(平成19年10月26日)までの間
の被告取締役らの資金流出回避義務違反により,株式会社甲は,授業
を継続して提供することができず,解約の際には解約清算金を返還で
きない状態になったと主張する。
しかし,前記のとおり,株式会社甲が破綻に至った経緯は,平成1
9年の立入検査,最高裁判決及び経済産業省による業務停止処分によ
り信用不安が拡大したというものであり,それらの原因となった解約
清算金の算定方法等の判断について,被告取締役らには,著しく不合
理な点はなかったといえる。そうすると,平成19年10月26日ま
でに,株式会社甲が授業を継続して提供することができず,解約清算
金を返還できない状態になったとしても,そのことについて,被告取
締役らに違法な行為があったとはいえない。したがって,原告らの主
張には理由がない。
fなお,仮にシステム登録料を前受金(正確には前受収益)として計
上すべきであったとしても,解約清算金の発生は当然予定されている
ものでないこと(前提である解約が,著しい信用不安などの事情がな
い限り,一定の割合で発生するに過ぎない。),少なくとも平成11
年当時,その保全措置を法制化することは見送られており,平成20
年以降に個別の業者ないし特定の業界団体がその取り組みを開始した
状態であったことからは,前受収益を事業のために使用することが絶
対に禁止されていたとまではいえない(甲A18ないし23)(株式
会社甲が前払収益に該当する部分を含めた流動資金を,拠店の増加等
の事業展開のために使用したことが違法とまではいえないことは,前
記のとおりである。)。
(エ)以上より,被告取締役らに,資金流出回避義務違反があったとは認め
られない。
ウ倒産回避・遵法経営義務違反
原告らは,株式会社甲の受講契約は,長期間の契約であることが予想さ
れていたのであるから,被告取締役らは,監督官庁から業務停止命令や行
政指導を受けるなどして,信用性を損ない,新規契約申込者が途絶えたり,
減少することによって倒産に至ることのないよう,法令を遵守した経営を
行う義務を負っていたなどと主張する。
そこで,被告取締役らに法令遵守義務違反があったかどうか検討するに,
確かに,平成14年ころから,解約清算金の算定方法について,消費者団
体から改善要望が来たり,下級審の裁判所において株式会社甲が敗訴して
いた事案があったのだから,対処することが望ましくはあったといえる。
しかしながら,下級審の判断は上級審で覆される可能性もある判断であ
ることからすると,最高裁判所の判断が出るまでは,解約清算金の算定方
法を変更しなかったとしても,法令を遵守しなかったとはいえない。
また,平成19年6月の経済産業省による行政処分の根拠となった事由
としては,他に書面記載不備(クーリングオフ条項の記載の不備,役務提
供開始日を,契約締結日でなく,生徒登録日とした等),誇大広告(入学
金全額免除を通年実施していたにも関わらず,期間限定である旨のキャン
ペーンをした。),不実告知(予約が取りにくい状況であったにもかかわ
らず,好きなときに取れるなどと述べた等)が挙げられており,そのよう
な事例があったことは認定できる(甲A52)。しかし,これらに対して,
株式会社甲は行政処分前に業務改善計画書を提出し,一部は既に改善済み
であるとの報告をし,現に改善を図っていたと認められる(乙ア58,5
9の1ないし5)。
なお,株式会社甲は,平成14年の東京都の立入検査に対しても業務改
善計画書を提出している。
したがって,被告取締役らに倒産回避義務違反及び法令遵守義務違反が
あったとはいえない。よって,被告取締役らの原告らに対する不法行為は
成立しない。
3被告監査役らの責任(主位的請求の関係)
(1)財政破綻状態の隠匿による受講契約締結行為について
原告らは,被告監査役らは,株式会社甲の業務監査及び会計監査を怠り,
被告取締役らの財政破綻状態の隠匿をあえて見逃すことで,被告取締役らの
財政破綻状態の隠匿による受講契約の締結行為に加担していた。また,本件
会計処理方式に基づく会計処理が企業会計原則に違反することを認識してい
た被告監査役らは,株式会社甲の監査役として,自らその問題点を指摘し,
被告取締役らに対してその是正を求めるべきであったにもかかわらず,被告
取締役らにその是正を求めなかったなどと主張する。
しかしながら,本件会計処理方式が企業会計原則・実現主義に反しないこ
とは,前記のとおりであり,被告監査役らが,本件会計処理方式が企業会計
原則に違反するかどうかを認識していたとする前提を欠くから,被告監査役
らに監査役としての義務違反があったとはいえない。
また,前記のとおり,被告取締役らは,株式会社甲の財政破綻状態を隠匿
していないのだから,被告監査役らが,被告取締役らの財政状態隠匿行為に
加担したとはいえない。
したがって,被告監査役らに不法行為は成立しない。
(2)原告らの受講契約締結後の債権侵害について
原告らは,被告監査役らは,被告取締役らが企業会計原則に反する違法・
不当な決算書を作成していることや,必要な資金を留保することなく,広告
宣伝費や新規教室の開設等に多額の費用を支出していることに関し,取締役
会で意見陳述や報告をしなかったばかりか,監査役会監査報告(書)で適法
意見を述べ続け,また,被告監査役らは,監査役会監査報告(書)において,
被告取締役らの職務遂行に関し,不正行為又は法令等に違反する事実があっ
たことを指摘しなかったこと等により,被告取締役らの資金流出回避義務違
反ないし倒産回避・遵法経営義務違反に加担し,あるいは,会計監査,業務
監査を通じた監督業務義務に違反したなどと主張する。
しかしながら,前記のとおり,被告取締役らに資金流出回避義務違反及び
倒産回避・遵法経営義務違反があったとはいえないのだから,被告監査役ら
がそれらの義務違反へ加担したこと及び被告監査役らに監査義務に違反した
とする前提を欠く。
したがって,被告監査役らに不法行為は成立しない。
4被告会計監査人らの責任(主位的請求の関係)
原告らは,会計監査人は,監査対象企業に対し,企業会計原則に則った処理
をするよう指導又は助言をし,会計監査報告書において当該会計処理が企業会
計原則に反するか,または反するおそれがあることの指摘をするベき義務があ
るのだから,被告監査法人乙は,本件会計処理方式の採用時点から,本件会計
処理方式による収益計上基準が違法であることを認識していたにもかかわらず,
平成8年から平成18年3月期まで,本件会計処理方式で作成された株式会社
甲の決算に適法・適正意見を出し続けたことにより,株式会社甲の虚偽記載に
よる粉飾決算を容認し続け,また,被告監査法人丙は,株式会社甲の財政状態
が,監査業務を引き継ぐ時点で財政状態が危機的であることを認識しながら,
被告監査法人乙が株式会社甲に対して行った株式会社甲の危機的財政状況に関
する指摘について十分に検討し,対応することなく,被告監査法人乙の対応を
ただ漫然と引き継ぐのみならず,平成19年3月の決算期において無限定の適
正意見を付するなどし,よって,被告会計監査人らは,株式会社甲の財政破綻
状態の隠匿に故意をもって加担し続けたなどと主張する。
しかしながら,前記のとおり,被告取締役らは株式会社甲の財政破綻状態を
隠匿しておらず,また,資金流出回避義務違反もない。
したがって,原告らの主張は,その前提を欠くから,被告会計監査人らには
不法行為は成立しない。
5以上によれば,原告らの主位的請求は,いずれも理由がない。
6第1次的予備的請求について
(1)原告らは,本件会計処理方式は,企業会計原則の実現主義に反するもので
あり,また,株式会社甲が売上返戻引当金を適確に計上しなかった点も虚偽
記載に当たるとして,被告取締役らに対する損害賠償を求めるとともに,監
査役会監査報告(書)に適法・適正意見を出した被告監査役ら及び損益計算
書と貸借対照表等に適正・適法意見を付した被告会計監査人らも,虚偽記載
を行ったとして損害賠償を求めている。
しかしながら,前記のとおり,本件会計処理方式は,企業会計原則の実現
主義に反するとまではいえず,また,売上返戻引当金の計上についても企業
会計原則に適合しないものとはいえなかったから,被告取締役らが,損益計
算書等に虚偽の記載をしたとは認められない。
そして,本件会計処理方式及び売上返戻引当金の計上の有無・態様が企業
会計原則に反せず,被告取締役らが違法行為を行ったとはいえないことから
すると,被告監査役ら及び被告会計監査人らが虚偽記載を行ったともいえな
い。
(2)以上によれば,原告らの第1次的予備的請求は,いずれも理由がない。
7第2次的予備的請求について
(1)原告らは,被告取締役らが,財政破綻状態の隠匿行為,資金流出回避義務
違反及び倒産回避・遵法経営義務違反を行ったこと,被告監査役らがそれら
の行為に加担したこと,被告監査法人乙が,被告取締役らの財政破綻状態隠
匿行為,資金流出回避義務違反に加担したこと,被告監査法人丙が,被告取
締役らの財政破綻状態隠匿行為に加担したことは任務懈怠にあたるとし,被
告取締役ら,被告監査役ら及び被告会計監査人らは,取締役の第三者に対す
る責任を負うと主張する。
しかし,前記のとおり,被告取締役らは,財政破綻状態隠匿行為を行って
おらず,また,資金流出回避義務違反及び倒産回避・遵法経営義務違反もな
いから,任務懈怠があるとはいえず,そうすると,被告監査役ら及び被告会
計監査人らは,被告取締役らの違法行為に加担することもできない。
したがって,被告取締役ら,被告監査役ら及び被告会計監査人らは,対第
三者責任を負わない。
(2)以上によれば,原告らの第2次的予備的請求は,いずれも理由がない。
第4結論
よって,原告らの各請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主
文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第23民事部
裁判長裁判官
裁判官
裁判官

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