弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人武川基の上告趣意は、憲法三一条違反をいう点を含め、その実質は単なる
法令違反、量刑不当の主張であり、弁護人榊原正峰、同藤井昭治の上告趣意は、量
刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 なお、原判決の是認する第一審判決の認定によれば、被告人は、行使の目的をも
つて、ほしいままに、第一審判決判示の裁判所書記官の認証がある裁判所の固定資
産処分許可書謄本を利用し、これを一たん電子複写機で復写したものにつき、許可
事項欄の土地名、申請年月日・裁判所受付印・許可年月日の各欄の日付、売却不動
産表示欄の不動産、売却代金欄の金額、仲介手数料欄の手数料額、仲介業者欄の仲
介業者名、許可申請理由欄の理由の各記載に改ざんを施し、これを更に電子複写機
で複写する方法により、あたかも真正な右許可書謄本を原形どおり正確に複写した
かのような形式、外観を有するコピーを作成したというものであるが、そのコピー
は、右許可書謄本と同様の社会的機能と信用性を有すると認められ、刑法一五五条
一項の有印公文書偽造罪の客体にあたると解するのが相当である(最高裁昭和五〇
年(あ)第一九二四号同五一年四月三〇日第二小法廷判決・刑集三〇巻三号四五三
頁参照)。
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書により、主文の
とおり決定する。
 この決定は、裁判官木戸口久治の意見があるほか、裁判官全員一致の意見による
ものである。
 裁判官木戸口久治の意見は、次のとおりである。
 私は、公文書のコピーが公文書偽造罪の客体となるとする多数意見にはにわかに
賛成することができない。
 公文書偽造罪は、公文書に対する公共的信用を保護法益とし、公文書が証明手段
としてもつ社会的機能を保護し、社会生活の安定を図ろうとするものであるとされ
るが(最高裁昭和五〇年(あ)第一九二四号同五一年四月三〇日第二小法廷判決・
刑集三〇巻三号四五三頁参照)、公務員による意識内容を直接保有伝達し証明する
ものとして、公務員がその権限に基づいて作成する文書たる原本にこそ、右の保護
されるべき公共的信用と社会的機能が認められるというべきである。しかるに、多
数意見は、公文書のコピーも公文書偽造罪の客体となるとするが、その根拠は、原
本の機械的再現というコピーの特質と、コピーが証明文書として原本と同様の社会
的機能と信用性を有するという社会的実態に求めるものと解される。しかしながら、
右の特質及び証明手段としての社会的機能と信用性の点において、果してコピーを
原本と同様のものとみることができるであろうか多大の疑問があるといわざるをえ
ない。すなわち、原本は、原本作成者の意識内容を直接表示し伝達するものとして
反証を許さないいわば絶対的な証明力をもつのに対し、コピーは原本作成者以外の
者も自由に作成でき、現に多くの文書のコピーが日常生活の中で不特定多数の人達
によつて作成されているところ、複写機を使つた同じ機械的方法によるコピーであ
つても、原本再現の程度は一様でなく、そのうえ今日の段階ではそれには限度があ
り、さらに、機械的再現というが、見逃しえないのは、コピーについてはその作成
過程で工作を加えるなどして作為的に再現内容を改ざんすることがいとも簡単にで
きることである。そして、これらのことはすでに一般常識化しており、最早コピー
の証明力には限界があることが一般に認識されてきているのである。文書殊に公文
書については、特定の限られた公務員のみが作成でき、しかも偽造は実際上容易で
ないとの一般的な認識があるので、その原本にはそれなりの高い信用性が与えられ
るのであるが、何人も自由に作成できしかも加工も容易であるそのコピーとなれば、
やはりその信用性は低く、証明手段としての社会的機能も原本より劣るといわざる
をえない。そのため、コピーが原本に代つて利用されるときにも、最終的には原本
と照合し確認することが要請され、通常の商取引等においては当然そうしたことが
行われていると認められるのである。従つて、複写機を使つて原本を機械的方法に
より複写したコピーが、今日広く社会に通用し、社会生活に多くの便益をもたらし
ていることは事実であるが、しかし、コピーは、原本に表示された原本作成者の意
識内容に対しては、間接的な証明機能を果すに過ぎないのであり、あくまでも原本
の存在とその内容を証明する手段として便宜的に利用されているにとどまるのであ
つて、原本とコピーとの間には証明手段としてもつ社会的機能と信用性の点でやは
り大きな違いがあるといわねばならない。そして、コピーの作成が何人によつても
簡単にしかも大量になされる事態が進めば進むほど、原本とコピーとの違いに対す
る認識は、一般人の間において一層強まるものといえよう。
 右のように、公文書のコピーも公文書偽造罪の客体となるとする多数意見の根拠
とするところには承服できないものがあり、公文書偽造罪の客体は公務員がその権
限に基づいて作成する文書たる原本に限ると解すべきである。文書の虚偽内容のコ
ピーが作成され行使されるのはもちろん望ましくないことであり、それを防止する
必要のあることは否定できないが、それが行われるのは、実際には詐欺等の他の犯
罪の手段のためであることが多いと思われるので、その防止のためには、それら他
の犯罪の処罰の際に犯情の一つとして考慮すれば、ほとんど足りるのであつて、も
しそれ以上に、虚偽内容のコピーの作成・行使それ自体を独立の犯罪として処罰す
る必要があるというのであれば、やはりそのための立法的措置を取るべきである。
それにもかかわらず、そうした措置を取ることなく、コピーの社会的機能が原本の
それと類似しているということから、虚偽内容のコピーの作成を原本の偽造と同等
に扱い、構成要件を拡張解釈して現行偽造罪で処罰しようとするのは、余りに便宜
的であり、構成要件の保障的機能を等閑にするものであつて、まさに罪刑法定主義
に反するものといわざるをえない。多数意見の引用する当裁判所判例は変更すべき
ものと考える。
 右の次第で、原判決の是認する第一審判決が公文書偽造、同行使罪の成立を認め
たことは、刑法一五五条一項、一五八条一項の解釈適用を誤つたものといわざるを
えない。しかしながら、右第一審判決によれば、当該コピーは詐欺罪の手段として
使用されており、被告人は右詐欺を含めて額面総額三二五〇万円にのぼる手形、小
切手の詐欺四件を犯したというのであるから、本件の場合、刑訴法四一一条一号を
適用して原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められないので、
結論においては多数意見と同様に上告棄却を相当と考える。
  昭和五八年二月二五日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    横   井   大   三
            裁判官    木 戸 口   久   治
            裁判官    安   岡   滿   彦

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