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         主    文
       原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
       前項の部分につき主位的請求に関する被上告人の控訴を
       棄却する。
       予備的請求に関する部分につき本件を東京高等裁判所に
       差し戻す。
       主位的請求に関する控訴費用及び上告費用は被上告人の
       負担とする。
         理    由
 上告代理人尾崎昭夫,同額田洋一,同井口敬明,同中島茂,同池田彩織,同栗原
正一,同福岡真之介の上告受理申立て理由第三,第四について
 1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人は準大手の証券会社であり,被上告人は東京証券取引所及び大阪証
券取引所各第1部上場の鉄鋼専門商社である。
 (2) 被上告人は,昭和60年3月ころから,ユーロ市場において社債を発行し
て約100億円の資金を調達することを計画し,上告人をそのための共同主幹事証
券会社とすることとし,上告人との間で交渉を進めていた。被上告人は,その交渉
の中で,上告人に対し,別途30億円の資金を年8%の利回りで運用することを打
診したところ,上告人は,これを了承した。
 (3) 被上告人は,その運用として,昭和60年6月14日,D信託銀行株式会
社との間で,要旨次のとおりの特定金銭信託契約(以下「本件特金契約」という。)
を締結し,同社に対し,当初信託金として30億円を交付した。
   委託者兼受益者  被上告人
   受託者      D信託銀行
   当初信託金    30億円
   信託期間     昭和60年6月14日から同61年3月25日まで。た
だし,信託期間満了の30日前までに委託者兼受益者又は受託者から別段の申出が
ないときは,更に1年間延長し,以後もこれに準ずる。
   運用方法     受託者は,委託者兼受益者の指図により,株式,国債,
地方債,社債,外国証券等により資金を運用する。
 (4) 被上告人は,昭和60年6月14日,株式会社E経済研究所との間で,本
件特金契約に関し,投資顧問契約を締結し,D信託銀行に対する運用指図を同研究
所にゆだねた。同研究所の地位は,同年10月1日,被上告人及びD信託銀行の同
意の下に,F投資顧問株式会社に承継された。
 (5) 上告人は,昭和60年6月14日,被上告人に対し,本件特金契約に関し
,当初信託元本30億円に同日から昭和65年(平成2年)3月25日までの期間
の本件特金契約の運用益を加えた額から投資顧問料及び信託報酬を控除した金額が
30億円及びこれに対する同期間内の年8%の割合による金員の合計金額に満たな
い場合には,その差額に相当する金員を被上告人に支払うことを約束した(以下「
本件保証契約」という。)。
 (6) 被上告人とD信託銀行は,平成2年3月20日,本件特金契約の信託期間
を同5年3月10日まで延長する旨合意した。
 上告人は,平成2年3月20日,被上告人に対し,本件特金契約の信託期間を延
長させることに対応して,本件保証契約に関しても期間を延長するとともに,信託
元本に対する保証利回りを年8%から年8.5%に変更する旨約束した(以下「本
件追加保証契約」という。)。
 (7) 平成5年3月10日時点における本件特金契約に基づく資金の運用状況等
は次のとおりである。
  信託元本の一部返還額          1億5700万円
  取得した有価証券等の時価       11億7938万8234円
  受領済みの運用益(源泉税を含む。)   12億9105万4978円
  投資顧問料                 5173万8474円
信託報酬                  204万6671円
 2 本件は,被上告人が,上告人に対し,主位的に,本件保証契約及び本件追加
保証契約の履行として,23億1603万2315円及びこれに対する平成5年3
月11日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を,予備的に,本
件保証契約及び本件追加保証契約によって信託元本相当額及びこれに対する一定の
利率による金員の支払を保証した投資の勧誘が不法行為に当たるとして,損害賠償
金13億0076万4799円及びこれに対する平成5年3月11日から支払済み
まで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める訴訟である。
 3 原審は,次のように判断して,被上告人の主位的請求を22億7236万8
014円及びこれに対する平成5年3月11日から支払済みまで年6分の割合によ
る遅延損害金の支払を命ずる限度で一部認容した。
 (1) 平成3年法律第96号による改正前の証券取引法の下においては,損失保
証は違法な行為とされてはいたものの,平成元年11月ころまでは,損失保証が反
社会性の強い行為であると明確に認識されてはいなかったものと認められる。とこ
ろが,同月に,証券会社が損失補てんをしたことが大きな社会問題になり,これを
契機として,同年12月26日,大蔵省証券局長が,G協会会長あてに通達を発し
,損失保証による勧誘や特別の利益提供による勧誘はもとより,事後的な損失補て
んや特別の利益提供も厳に慎むべきこと等について,所属証券会社に周知徹底させ
るよう要請した。そして,同協会は,同日,同通達の趣旨に沿うよう同協会の内部
規則を改正した。この経過を通じて,次第に,損失保証が証券取引の公正を害し,
社会的に強い非難に値する行為であるとの認識が形成されていった。
 以上を総合すると,上記通達が発せられた後の損失保証の合意は,公序良俗に反
し無効であるが,その前にされた損失保証の合意は,公序良俗に反して無効である
とまではいえない。
 そうすると,昭和60年6月14日に締結された本件保証契約は,公序良俗に反
して無効であると解することはできない。しかし,平成2年3月20日に締結され
た本件追加保証契約は,保証する利回りを年8%から年8.5%に引き上げる点で
新たな利益保証の合意であり,この利回りの改訂についての合意は,公序良俗に反
して無効である。
 (2) 本件保証契約自体が有効であることを考慮すると,現時点においてその履
行を求めることが証券取引法の禁止規定に反し許されないと解することは相当では
ない。
 したがって,被上告人の主位的請求は,本件保証契約の履行を求める限度で理由
がある。
 4 原審の上記判断は,(1)のうち本件保証契約が公序に反して無効であるとは
いえないとする点は是認することができるが,(2)の部分は是認することができな
い。その理由は,次のとおりである。
 (1) 本件保証契約と公序について
 【要旨1】法律行為が公序に反することを目的とするものであるとして無効にな
るかどうかは,法律行為がされた時点の公序に照らして判断すべきである。けだし
,民事上の法律行為の効力は,特別の規定がない限り,行為当時の法令に照らして
判定すべきものであるが(最高裁昭和29年(ク)第223号同35年4月18日
大法廷決定・民集14巻6号905頁),この理は,公序が法律行為の後に変化し
た場合においても同様に考えるべきであり,法律行為の後の経緯によって公序の内
容が変化した場合であっても,行為時に有効であった法律行為が無効になったり,
無効であった法律行為が有効になったりすることは相当でないからである。
 そこで,本件保証契約についてこれを検討する。
 平成3年法律第96号による改正前の証券取引法は,損失保証や特別の利益提供
(以下「損失保証等」という。)を違法な行為としていたものの,その違反に対し
ては,その行為をした証券会社や外務員に対し,証券業の免許の取消し,業務の停
止,外務員の登録の取消し等の行政処分が科せられることとされていたにすぎず,
学説の多くも損失保証等を内容とする契約は私法上有効であると解していたのであ
って,損失保証等が反社会性の強い行為であるとまで明確に認識されてはいなかっ
た。しかし,平成元年11月に,証券会社が特定の顧客に損失補てんをしたことが
大きな社会問題となり,これを契機として,同年12月には,大蔵省証券局長通達
が発せられ,また,G協会も同通達を受けて同協会の規則を改正し,事後的な損失
補てんを慎むよう求めるとともに,損失保証等が法令上の禁止行為であることにつ
き改めて注意が喚起されるに至った。このような過程を通じて,次第に,損失保証
等が,証券取引の公正を害し,社会的に強い非難に値する行為であることの認識が
形成されていったものとみることができる(最高裁平成5年(オ)第2142号同
9年9月4日第一小法廷判決・民集51巻8号3619頁参照)。
 本件保証契約が締結されたのは,昭和60年6月14日であるが,上記の経緯に
かんがみると,この当時において,既に,損失保証等が証券取引秩序において許容
されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が存在していたものとみること
は困難であるというべきである。
 そうすると,本件保証契約が公序に反し無効であると解することはできないとす
る原審の判断は,是認することができる。
 (2) 本件保証契約の履行請求を認めることの可否について
 平成3年法律第96号による証券取引法の改正によって,同法50条の2第1項
3号の規定が新設され,証券会社が有価証券の売買その他の取引等につき,当該有
価証券等について生じた顧客(信託会社等が,信託契約に基づいて信託をする者の
計算において有価証券の売買等を行う場合にあっては,当該信託をする者を含む。)
の損失の全部若しくは一部を補てんし,又はこれらについて生じた顧客の利益に追
加するため,当該顧客に対し,財産上の利益を提供する行為が禁止された。そして
,同号に違反した場合の罰則規定も設けられた。同改正法の附則には,同改正法の
施行前にした行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例による旨の規定が置
かれたが,損失補てんや利益追加のために財産上の利益を提供する行為(以下「利
益提供行為」という。)の禁止については,同改正法の施行前に締結された損失保
証ないし利益保証契約に基づくものであっても,同改正法の適用を排除するための
規定が置かれなかった。同法50条の2第1項3号の規定は,その後平成4年法律
第87号による改正によって50条の3第1項3号に,平成10年法律第107号
による改正によって42条の2第1項3号に変わったが,各改正法施行前に締結さ
れた損失保証ないし利益保証契約に基づく利益提供行為についても,禁止から除外
していない点は,従前と同様である。
 なお,証券取引法42条の2第3項は,利益提供が証券会社又はその役員若しく
は使用人の違法又は不当な行為であって当該証券会社とその顧客との間において争
いの原因となるものとして内閣府令で定める事故による損失の全部又は一部を補て
んするために行われる場合には同条1項の規定を適用しないとするが,法において
禁止した損失保証等を内容とする契約の不履行が法令に違反する行為として禁止解
除の事由になるというのは背理であるから,上記不履行が証券会社の行為規制等に
関する内閣府令5条所定の事故に該当しないことは明らかである。
 被上告人の主位的請求は,本件保証契約の履行を求めるものであり,同法42条
の2第1項3号によって禁止されている財産上の利益提供を求めているものである
ことがその主張自体から明らかであり,法律上この請求が許容される余地はないと
いわなければならない。
 (3) 証券取引法42条の2第1項3号と憲法29条
 本件において,被上告人は,有効に成立した損失保証等を内容とする契約に基づ
く請求権の行使が許されないこととなる証券取引法42条の2第1項3号の規定は
憲法29条に違反すると主張している。
 財産権に対する規制が憲法29条2項にいう公共の福祉に適合するものとして是
認されるべきものであるかどうかは,規制の目的,必要性,内容,その規制によっ
て制限される財産権の種類,性質及び制限の程度等を比較考量して判断すべきもの
である(最高裁平成12年(オ)第1965号,同年(受)第1703号同14年
2月13日大法廷判決・民集56巻2号331頁)。
 そこで,以上の見地に立って,証券取引法42条の2第1項3号の規定の合憲性
について検討する。
 同号が利益提供行為の禁止を規定したのは,証券会社による利益提供行為を禁止
することによって,投資家が自己責任の原則の下で投資判断を行うようにし,市場
の価格形成機能を維持するとともに,一部の投資家のみに利益提供行為がされるこ
とによって生ずる証券市場の中立性及び公正性に対する一般投資家の信頼の喪失を
防ぐという経済政策に基づく目的を達成するためのものであると解されるが,この
ような目的は,正当なものであるということができる。
 そして,上記規定の規制内容等についてみると,同規定は,平成3年法律第96
号による証券取引法の改正前に締結された損失保証等を内容とする契約に基づいて
その履行の請求をする場合も含め,利益提供行為を禁止するものであるが,① 同
改正前に締結された契約に基づく利益提供行為を認めることは投資家の証券市場に
対する信頼の喪失を防ぐという上記目的を損なう結果となりかねないこと,② 前
記内閣府令に定める事故による損失を補てんする場合であれば証券取引法42条の
2第1項3号の規定は適用されないこと(同条3項),③ 損失保証等を内容とす
る契約に基づく履行請求が禁止される場合であっても,一定の場合には顧客に不法
行為法上の救済が認められる余地があること,④ 私法上有効であるとはいえ,損
失保証等は,元来,証券市場における価格形成機能をゆがめるとともに,証券取引
の公正及び証券市場に対する信頼を損なうものであって,反社会性の強い行為であ
るといわなければならず(前掲第一小法廷判決参照),もともと証券取引法上違法
とされていた損失保証等を内容とする契約によって発生した債権が,財産権として
一定の制約に服することはやむを得ないものであるといえることからすると,法が
上記のような規制手段を採ったことは,上記立法目的達成のための手段として必要
性又は合理性に欠けるものであるとはいえない。
 したがって,【要旨2】証券取引法42条の2第1項3号の規定は,憲法29条
に違反しないというべきである。
 以上の点は,前掲大法廷判決の趣旨により明らかである。
 5 以上によれば,本件保証契約の履行を求める被上告人の主位的請求は失当で
ある。この点に関する論旨は理由がある。これと異なる原審の判断には,判決に影
響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免
れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の主位的請求を棄却した
第1審判決は正当であるから,上告人敗訴部分について主位的請求に関する被上告
人の控訴を棄却し,予備的請求に関する部分につき本件を原審に差し戻すこととす
る。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 滝井
繁男)

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