弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を広島高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人中山淳太郎の上告理由について。
 原審は、原判示のごとき経過により被上告人が上告人から本件自動車の引渡を受
けて後、訴外D自動車株式会社に右自動車の販売を委託し、同訴外会社は訴外Eに
一、一〇〇、〇〇〇円でこれを売却し、同訴外人より右代金支払のため同訴外人振
出、F産業株式会社裏書にかかる約束手形の交付を受けた上これを被上告人の許に
送付して来たこと、そこで上告人から被上告人に対し原判示のごとき約旨に基づき
右売買代金から被上告人取得分を控除した残余の交付を請求したので、被上告人は
右手形の内から上告人、被上告人間の自動車売買代金残額六〇三、〇〇〇円並びに
自動車修理代金残額三三、〇四〇円に相当する部分を被上告人取得分として控除し、
残余の四六三、九六〇円に相当する金額六六、二八〇円の約束手形七通を上告人取
得分として上告人に交付し、上告人は異議なくこれを受領したこと、上告人は右手
形を受けるや、即日これを上告人が別に訴外G自動車株式会社から買い受けた自動
車代金支払のため同会社に裏書譲渡したこと等の事実を認定した上、右事実関係か
ら判断すると上告人と被上告人との間には、前記手形の交付により、両者間の原判
決判示約定に基づく被上告人の義務を終了せしめるとの合意の成立したことが認め
られ、従つて右約定に基づく被上告人の義務は右手形の交付により終了したものと
判示している。
 しかし、既存債務のために手形を交付する場合、右手形の交付は弁済の方法とし
てなされたものと推認すべく、現実の弁済を得た事実の認められない以上は、特段
の事情のない限り、既存の債務を終了せしめる効果を伴うものと解することはでき
をい。しかして、原審の確定した事実関係は、いまだ手形を弁済の方法として交付
する場合に通常起こり得る取引上の事実の範囲をいでないものというべく、右原審
確定の事実関係をもつては、原判決認定の前記含意(本件手形の交付により、上告
人に対する被上告人の本件約定債務を終了させる旨の合意)の成立を認めるに足る
特段の事情とは解せられない。そして、このことは、原判決が、被上告人より上告
人に交付した判示約束手形七通の内一通につき、上告人より被上告人に支払うべき
自動車部品買入代金二六、二八〇円の弁済として、上告人より被上告人に交付し、
手形金額六六、二八〇円と部品代金二六、二八〇円との差額四〇、〇〇〇円につい
ては新たに被上告人より上告人に対し金額四〇、〇〇〇円の約束手形一通を振出交
付した旨認定し、また被上告人が本件手形の支払関係に関し採つた原判決認定のよ
うな措置は単に被上告人の好意的取計らいであつた旨認定したことによつて、結論
を左右し得べきものではない。
 従つて、原判決が、他に特段の事情の存する旨を判示することなく、前記のごと
く、上告人と被上告人との間の本件手形の交付により本件約定に基づく被上告人の
義務を終了せしめる旨の合意が成立したものとして、被上告人の本件約定に基づく
義務は本件手形の交付により終了した旨認定、判示したのは、経験則違反、審理不
尽の違法があるというべきであり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであ
つて、論旨は理由がある。よつて、原判決を破棄し、更に審理をつくさせるため本
件を原審に差し戻すべきものとする。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決す
る。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    松   田   二   郎

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