弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
本件各上告を棄却する。
理由
第1上告趣意に対する判断
被告人Aの弁護人中原和之,同佐柳秀樹の上告趣意は,事実誤認,量刑不当の主
張であり,被告人Bの弁護人小田幸児,同鈴木一郎の上告趣意は,違憲をいう点を
含め,実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,いずれも刑訴
法405条の上告理由に当たらない。
第2職権判断
所論にかんがみ,被告人両名に対する業務上過失致死傷罪の成否について,職権
で判断する。
1原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によると,本件の事実
関係は次のとおりである。
(1)平成13年7月20日及び同月21日の2日間にわたって兵庫県明石市に
おいて開催された第32回明石市民夏まつりの2日目に,午後7時45分ころから
午後8時30分ころまでの間大蔵海岸公園で花火大会等が実施されたが,そこに参
集した多数の観客が最寄りの西日本旅客鉄道株式会社朝霧駅と大蔵海岸公園とを結
ぶ通称朝霧歩道橋に集中して過密な滞留状態となり,また,花火大会終了後朝霧駅
から大蔵海岸公園へ向かう参集者と同公園から朝霧駅方面へ向かう参集者とが押し
合うことなどにより,強度の群衆圧力が生じ,同日午後8時48分ないし49分こ
ろ,歩道橋上において,多数の参集者が折り重なって転倒するいわゆる群衆なだれ
が発生し,その結果,11名が全身圧迫による呼吸窮迫症候群(圧死)等により死
亡し,183名が傷害を負うという事故が発生した。
(2)被告人Aは,兵庫県明石警察署地域官として,本件夏まつりの雑踏警備計
画の企画・立案を掌理するほか,本件夏まつりにおける現地警備本部指揮官とし
て,現場において雑踏警戒班指揮官ら配下警察官を指揮して,参集者の安全を確保
すべき業務に従事していたものである。本件当日,大蔵海岸公園及びその周辺に
は,管区機動隊員72人を含め総勢150人以上の警察官が配置され,被告人A
は,雑踏警戒班を指揮するのみならず,機動隊についても,明石警察署長らを介し
又は直接要請することにより,自己の判断でその出動を実現できる立場にあった。
被告人Bは,警備業を営む株式会社Cの大阪支社長であり,本件夏まつりの実質
的主催者である明石市と株式会社Cとの契約に基づき,明石市の行う本件夏まつり
の自主警備の実施についての委託を受けて,本件夏まつりの会場警備に従事する警
備員の統括責任者として,明石市の担当者らとともに参集者の安全を確保する警備
体制を構築するほか,これに基づく警備を実施すべき業務に従事していたものであ
る。本件当日,被告人Bは,総勢130人以上の警備員を統括していた。
(3)本件夏まつりに関しては,その当日に至るまでにも,以下のような雑踏事
故の原因となり得る事情等があった。
ア本件夏まつりの会場となった大蔵海岸公園は,朝霧駅の南方に位置し,同駅
とは,本件歩道橋によって接続されており,朝霧駅を利用して集まってきた参集者
を始め,多くの観客が歩道橋を通って大蔵海岸公園に参集することが予想されるも
のであった。
イ本件歩道橋は,全長約103.65m,歩行者有効幅員約6mであって,歩
道橋南側は展望に適したテラス兼エレベーターホール(合計約69.9㎡)となっ
ており,歩道橋南端部には,約80度に西向きに折れた幅約3.2m,長さ約18
m,48段の階段(途中2か所に踊り場がある。)があり,これによって約7.2
m下の大蔵海岸公園を東西に走る市道大蔵町48号線の南側歩道に接しているが,
歩道橋のこのような構造や,歩道橋南端部や南側階段は大蔵海岸東側の堤防から打
ち上げられる花火の絶好の観覧場所となることから,その南端部付近や南側階段に
おいて参集者が滞留し,大混雑を生じることが容易に予想されるものであった。
ウ本件夏まつりにおいては,180余の夜店が本件歩道橋南側階段下の市道大
蔵町48号線の南北歩道上に出店することとなっていたことから,夜店周辺に参集
者が密集して人の流れが滞り,また,歩道橋南側階段南西側の芝生広場(海峡広
場)は花火を観覧するのに絶好の場所であることから,そこに参集者が集まって場
所取りなどをすることにより,歩道橋南側階段からの参集者の流出が妨げられ,そ
れらによっても,歩道橋南端部付近や南側階段において参集者が滞留することなど
が予想されるものであった。
エ本件夏まつりの花火大会は,平成13年7月21日午後7時45分に開始さ
れ,午後8時30分に終了することが予定されていたため,花火大会の開始時刻に
合わせて朝霧駅側から多数の参集者が本件歩道橋を通って大蔵海岸公園に集まって
くること,また,花火大会終了前後からは,いち早く帰路につこうとする参集者が
朝霧駅方面に向かうために歩道橋に殺到すること,それによって,歩道橋内におい
て双方向に向かう参集者の流れがぶつかり,滞留が一層激しくなることが予想され
るものであった。
オ大蔵海岸公園においては,平成12年12月31日から翌平成13年1月1
日にかけて,約5万5000人が参集したいわゆるカウントダウン花火大会が行わ
れたが,その際,大蔵海岸公園に向かう参集者が本件歩道橋に集中して相当の混雑
状態となり,特に午前0時10分の花火終了直後からは,歩道橋内を朝霧駅から大
蔵海岸公園に向かう参集者と同公園から朝霧駅方面に向かう参集者とが歩道橋南端
部付近や南側階段で押し合うなどして110番通報が多数されるほどの混雑密集状
態となったため,花火大会終了後,歩道橋北側出入口付近において,警備員が流入
規制をするとともに,歩道橋南側階段下において,警備員約10人と警察官数人が
横に並んで人垣を作るなどして参集者の流入を規制し,歩道橋をう回させるために
歩道橋南側階段から西側通路への誘導広報を徹底し,さらに,歩道橋南側階段下に
おいて,上に登ろうとする参集者を整列させて整理して,歩道橋上及び歩道橋南側
階段上にいた参集者の混雑をいったん完全に解消させてから,同階段下から退場す
る参集者について歩道橋を北側に通行させる方法をとるなどして,辛うじて雑踏事
故の発生を防止することができた状況であった。
カ本件夏まつりは,従来からの会場を変更して,大蔵海岸公園において初めて
行われたものであって,夏まつりについては同会場での雑踏警備の実績はなく,前
記カウントダウン花火大会が参考になるものであったが,本件夏まつりには,カウ
ントダウン花火大会をはるかに上回る10万人を超える参集者が見込まれた上,そ
の行事の性質上,幼児を含む年少者や高齢者なども多数参集してくることが予想さ
れるものであった。
キ本件夏まつりに向けて,明石市,株式会社C及び明石警察署の三者により,
雑踏警備計画策定に向けた検討が重ねられてきたが,そこでは,本件歩道橋におけ
る参集者の滞留による混雑防止のための有効な方策は講じられず,また,歩道橋の
混雑状況をどのようにして監視するのか,そして,混雑してきた場合にどのような
規制方法をとるのか,どのような事態になった場合に,警察による規制を要請する
のか,その場合の主催者側と明石警察署との間の連携体制をどのようにするのかな
どといった詳細について,具体的な計画は策定されていなかった。
(4)本件当日においては,事前に予想されたとおり,午後6時ころから,朝霧
駅側から多数の参集者が本件歩道橋に流入し始め,午後7時ころには,歩道橋に参
集者が滞留し始め,次第に歩道橋の通行が困難になりつつあった上,午後7時45
分の花火大会開始に向けて,更に多くの参集者が歩道橋に流入して滞留し,混雑が
進行する状況になっていた。
(5)被告人Aは,花火大会開始前において,前記(3)アないしエ,カ及びキ並び
に(4)のうち少なくとも客観的事実については認識しており,また,(3)オのカウン
トダウン花火大会の際に混雑が生じたことも担当者から説明を受けて知っていたも
のであるところ,さらに,本件当日午後8時ころまでには,被告人Bから,本件歩
道橋内の混雑を理由に歩道橋内への流入規制の打診を受け,また,雑踏警戒班の指
揮官を務めていた配下警察官から,歩道橋内の非常な混雑状態及び今後更に混雑の
度を増す不安を理由に,歩道橋内への流入規制のため会場周辺に配置されている管
区機動隊の導入の検討を求める旨の報告を受けたことなどにより,遅くともその時
点では,歩道橋内が流入規制等を必要とする過密な滞留状態に達していることを認
識した。しかし,被告人Aは,午後8時ころの時点において,直ちに,流入規制等
を行うよう配下警察官を指揮するとともに機動隊の出動を明石警察署長らを介し又
は直接要請する措置を講じなかった。
(6)被告人Bは,花火大会開始前において,前記(3)アないしエ,カ及びキ並び
に(4)のうち少なくとも客観的事実については認識しており,また,(3)オのカウン
トダウン花火大会の際には,被告人Bは,会場である大蔵海岸に設置された大蔵警
備本部の管制責任者として警備業務に従事し,本件歩道橋の混雑状況やこれに対し
ていかなる措置をとって転倒事故等の発生を防止したかなどについて認識していた
ものであるところ,さらに,本件当日午後8時ころまでには,本部直轄遊撃隊の警
備員から,歩道橋内の非常な混雑状態を理由に警察官による歩道橋北側での流入規
制の依頼を要請されたことなどにより,遅くともその時点では,歩道橋内が警察官
による流入規制等を必要とする過密な滞留状態に達していることを認識した。しか
し,被告人Bは,午後8時直前ころの時点において,被告人Aに対し,一度は「前
が詰まってどうにもなりません。ストップしましょうか。」などの言い方で,歩道
橋内の警察官による流入規制について打診をしたものの,被告人Aの消極的な反応
を受けてすぐに引き下がり,結局,被告人Bは,明石市の担当者らに警察官の出動
要請を進言し,又は自ら自主警備側を代表して警察官の出動を要請する措置を講じ
なかった。
(7)ところで,本件歩道橋の周辺には,朝霧駅北側及び夏まつり会場の西側に
当たる大蔵海岸中交差点において,それぞれ相当数の機動隊員が配置されていたの
であり,機動隊に対して遅くとも午後8時10分ころまでに出動指令があったなら
ば,機動隊は,花火大会終了が予定される午後8時30分ころよりも前に歩道橋に
到着し,歩道橋階段下から歩道橋内に流入する参集者の流れを阻止し,歩道橋南端
部付近にいる参集者の北進を禁止する広報をし,階段上の参集者を階段下に誘導
し,さらに,歩道橋北側からの参集者の流入を規制して北側への誘導を行うことな
どにより,滞留自体の激化を防止し,これによって,群衆なだれによって多数の死
傷者を生じさせた本件事故は,回避することができたと認められる。
2以上の事実関係に基づき,被告人両名の罪責について判断する。
前記のとおり,被告人Aは,明石警察署地域官かつ本件夏まつりの現地警備本部
指揮官として,現場の警察官による雑踏警備を指揮する立場にあったもの,被告人
Bは,明石市との契約に基づく警備員の統括責任者として,現場の警備員による雑
踏警備を統括する立場にあったものであり,本件当日,被告人両名ともに,これら
の立場に基づき,本件歩道橋における雑踏事故の発生を未然に防止し,参集者の安
全を確保すべき業務に従事していたものである。しかるに,原判決の判示するよう
に,遅くとも午後8時ころまでには,歩道橋上の混雑状態は,明石市職員及び警備
員による自主警備によっては対処し得ない段階に達していたのであり,そのころま
でには,前記各事情に照らしても,被告人両名ともに,直ちに機動隊の歩道橋への
出動が要請され,これによって歩道橋内への流入規制等が実現することにならなけ
れば,午後8時30分ころに予定される花火大会終了の前後から,歩道橋内におい
て双方向に向かう参集者の流れがぶつかり,雑踏事故が発生することを容易に予見
し得たものと認められる。そうすると,被告人Aは,午後8時ころの時点におい
て,直ちに,配下警察官を指揮するとともに,機動隊の出動を明石警察署長らを介
し又は直接要請することにより,歩道橋内への流入規制等を実現して雑踏事故の発
生を未然に防止すべき業務上の注意義務があったというべきであり,また,被告人
Bは,午後8時ころの時点において,直ちに,明石市の担当者らに警察官の出動要
請を進言し,又は自ら自主警備側を代表して警察官の出動を要請することにより,
歩道橋内への流入規制等を実現して雑踏事故の発生を未然に防止すべき業務上の注
意義務があったというべきである。そして,前記のとおり,歩道橋周辺における機
動隊員の配置状況等からは,午後8時10分ころまでにその出動指令があったなら
ば,本件雑踏事故は回避できたと認められるところ,被告人Aについては,前記の
とおり,自己の判断により明石警察署長らを介し又は直接要請することにより機動
隊の出動を実現できたものである。また,被告人Bについては,原判決及び第1審
判決が判示するように,明石市の担当者らに警察官の出動要請を進言でき,さら
に,自らが自主警備側を代表して警察官の出動を要請することもできたのであっ
て,明石市の担当者や被告人Bら自主警備側において,警察側に対して,単なる打
診にとどまらず,自主警備によっては対処し得ない状態であることを理由として警
察官の出動を要請した場合,警察側がこれに応じないことはなかったものと認めら
れる。したがって,被告人両名ともに,午後8時ころの時点において,上記各義務
を履行していれば,歩道橋内に機動隊による流入規制等を実現して本件事故を回避
することは可能であったということができる。
そうすると,雑踏事故はないものと軽信し,上記各注意義務を怠って結果を回避
する措置を講じることなく漫然放置し,本件事故を発生させて多数の参集者に死傷
の結果を生じさせた被告人両名には,いずれも業務上過失致死傷罪が成立する。こ
れと同旨の原判断は相当である。
よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,
主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官横田尤孝裁判官宮川光治裁判官櫻井龍子裁判官
金築誠志裁判官白木勇)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛