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平成30年10月4日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成28年(ワ)第4107号職務発明の譲渡対価請求事件
口頭弁論終結日平成30年7月6日
判決
原告P15
同訴訟代理人弁護士伊原友己
同加古尊温
被告アステラス製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士難波修一
同向宣明10
同大江耕治
同朝倉亮太
同訴訟復代理人弁護士安部雅俊
主文
1被告は,原告に対し,4728万4116円及びこれに対する平成28年215
月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを4分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担
とする。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。20
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,2億円及びこれに対する平成28年2月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等25
1事案の概要
本件は,藤沢薬品工業株式会社(以下「藤沢薬品」という。)及び同社を吸収合
併した被告の従業員であった原告が,被告に対し,藤沢薬品が設定登録を受け,現
在被告が特許権者である後記本件特許(外国の特許を含む。)に関して,特許法3
5条(平成16年法律第79号による改正前のもの。以下同じ。)3項又はその類
推適用に基づき,特許を受ける権利(外国の特許を受ける権利を含む。以下同5
じ。)を藤沢薬品に譲渡したことによる平成16年4月1日(平成16年度)以降
に藤沢薬品及び被告が受けるべき利益を基礎とする相当の対価の未払分の一部2億
円及びこれに対する請求の後の日である平成28年2月1日から支払済みまで民法
所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。
なお,被告は,本案前の答弁として,不起訴合意等を理由に原告の訴えを却下す10
ることを求めるほか,本案の答弁として,原告の請求を棄却することを求めている。
2前提事実(当事者間に争いがないか,後掲証拠又は弁論の全趣旨により容易
に認められる事実。なお,本判決における書証の掲記は,枝番号の全てを含むとき
はその記載を省略する。)
(1)当事者等15
ア原告(昭和33年11月24日生)は,昭和59年3月に九州大学薬学
部薬学研究科修士課程を修了し,同年4月,藤沢薬品に入社し,同月から平成7年
3月まで,特薬事業部の研究開発部門(特薬研究所)に在籍していた。そして,原
告は,同年4月,知的財産部に異動し,平成19年9月30日,早期退職優遇制度
により,藤沢薬品を吸収合併した被告を退職した(乙31)。20
イ山之内製薬株式会社は,平成17年4月1日,藤沢薬品を吸収合併し,
商号を現在の被告の商号に変更した。
ウP2は,昭和63年3月に京都大学工学部修士課程を修了し,同年4月,
藤沢薬品に入社し,原告の所属するチームで研究に従事していた(甲37)。
エP3は,平成元年3月に金沢大学薬学部を卒業し,同年4月,藤沢薬品25
に入社し,平成2年4月から原告やP2の所属するチームで研究に従事していた
(甲37)。
オP4は,昭和57年4月,藤沢薬品に入社し,昭和60年6月から平成
11年3月まで,特薬事業部の特薬研究所に在籍し,薬理効果(薬効)の評価を担
当するなどし,平成28年2月,被告を退職した(乙33)。
(2)本件特許の出願等5
ア原告は,藤沢薬品での在職中,その職務として,他の従業員と共同して,
次の各特許(以下,これらをまとめて「本件特許」という。)に係る発明(以下
「本件発明」という。)をし,その特許を受ける権利を藤沢薬品に譲渡した(なお,
後述のとおり,その時期や譲渡(承継)の方法については,当事者間に争いがあ
る。)。そして,藤沢薬品は,この発明について特許出願をし,本件特許に係る特10
許権(以下,これらをまとめて「本件特許権」といい,我が国の特許の出願の願書
に添付された明細書及び図面をまとめて「本件明細書」という。)の設定登録がさ
れて,藤沢薬品が特許権者となり,上記(1)イの吸収合併により,本件特許権が被告
に承継された。
なお,外国の特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題については,我が国の15
法律を準拠法とするのが当事者双方の意思であると認められ,そうでないとしても,
当該権利の譲渡の当時において譲渡に最も密接な関係がある地は我が国であると認
められるから,我が国の法律が準拠法になるというべきである(法の適用に関する
通則法7条,8条1項)(甲1,2)。
(ア)我が国の特許20
特許番号特許第2874342号
発明の名称デプシペプチド誘導体,その製法およびその用途
発明者原告,P2,P3及びP4
出願日平成5年3月8日
優先権主張番号特願平4-9207025
(以下「本件基礎出願1」という。)
優先日平成4年3月17日
優先権主張番号特願平4-305093
(以下「本件基礎出願2」という。)
優先日平成4年10月15日
登録日平成11年1月14日5
特許請求の範囲別紙「本件特許の特許請求の範囲」記載のとおり
(イ)外国の特許
上記(ア)の特許に対応する外国の特許は,別紙「実施許諾対象特許国一覧」
の「ⅰ.第2874342号(本件特許)関連」記載のとおりであり,藤沢薬品は,
各国においてその特許出願をし,特許権の設定登録がされた。10
イ従来技術
(ア)明治製菓株式会社(以下「明治製菓」という。)は,平成2年2月6
日,次の特許(以下「明治製菓特許」という。)に係る発明について特許出願をし
た(特願平2-25176)。これらの発明は,駆虫活性を有する新規化合物,そ
の製造方法及び駆虫剤に関するものであり,請求項1及び2は,PF1022,後15
にPF1022Aと表記されるようになった化合物(以下「PF1022A」とい
う。)の物質発明であり,請求項3は,PF1022Aの微生物を用いた発酵によ
る製法発明であり,請求項4は,PF1022Aの用途発明である(乙16)。
発明の名称環状デプシペプチド物質およびその製造法,ならびに
それを含有する駆虫剤20
優先権主張平成元年2月7日特願平成1-26739
公開日平成3年2月15日
(イ)藤沢薬品は,平成3年8月23日,PF1022Aの全合成法に関す
る発明について,特許の出願をし(特願平3-295294),これを基礎出願と
して,優先権の主張を伴う次の特許の出願をした(特願平4-194250)(甲25
42)。
発明の名称デプシペプチド誘導体の製造法
発明者原告及びP2
優先権主張番号特願平3-295294
優先日平成3年8月23日
ウ本件特許は駆虫活性を有する新規デプシペプチド誘導体に関するもので5
あり,次の各発明に係るものである(甲2)。
(ア)物質発明
・請求項1:同項記載の一般式で示される化合物又はその塩に係る物質
発明
・請求項2ないし6:請求項1をさらに特定した物質発明10
・請求項7:請求項1に係る発明の一実施態様である化合物(PF15
6742,一般名エモデプシド。以下,この化合物を「本件化合物」ということが
ある。)に係る物質発明(以下,本件化合物に係るこの発明を「本件物質発明」と
いう。)。本件化合物は,PF1022AのD-フェニル乳酸部分のフェニル基の
パラ位(p位)がモルフォリノ基により置換されたものである。15
・請求項8:請求項1に係る発明の一実施態様である別の化合物(PF
155617)に係る物質発明
(イ)製法発明(別紙「本件化合物の合成過程」の1枚目参照)
請求項9ないし11は,PF1022Aから本件化合物及び請求項8記
載の化合物を合成(半合成)する工程の一部ずつに関する製法発明である。20
・請求項11:PF1022A又はその塩をニトロ化反応に付す工程
(上記別紙の1枚目の工程1,本件明細書中の製造法2)に関する製法発明。
・請求項9:請求項11によって合成された化合物又はその塩を還元反
応(同工程2,同製造法3)に付して合成された化合物又はその塩を,環状アルキ
ル化反応に付す工程(同工程3,同製造法5)に関する製法発明。この工程によっ25
て合成される化合物が本件化合物である。
・請求項10:請求項11によって合成された化合物又はその塩を還元
反応(同工程2,同製造法3)に付して合成された化合物又はその塩を,アルキル
化反応に付す工程(上記別紙には記載なし,同製造法4)に関する製法発明。この
工程によって合成される化合物が請求項8記載の化合物である。
(ウ)用途発明5
・請求項12:請求項1記載の化合物又はその塩を有効成分とする駆虫

・請求項13:本件化合物又はその塩を有効成分とする駆虫剤
本件特許は,本件基礎出願1(乙94の1)及び本件基礎出願2(甲14,乙9
4の2)に基づく優先出願に係るものであるが,本件基礎出願2では本件基礎出願10
1から対象化合物の範囲が拡大され,本件化合物は本件基礎出願2の明細書の実施
例5において追加され,その駆虫活性が記載された。PF1022Aから本件化合
物の半合成による製造方法については,本件基礎出願2の明細書において上記別紙
の1枚目の工程1ないし3が記載されたが,工程3によって本件化合物を製造した
実施例は記載されておらず,本件化合物を実際に製造した実施例5は,同明細書の15
製造例32ないし40及び製造法1から成る全合成の製造方法を用いたものであっ
た。以上に対し,本件特許では,請求項を上記のようなものとしたほか,本件化合
物の関係では,本件明細書において,実際に工程3によって本件化合物を製造した
実施例31を追加し,これにより半合成法による本件化合物の製法発明は完成発明
として開示された(以下,本件化合物に係る物質発明,製法発明及び用途発明をま20
とめて「本件化合物に係る発明」といい,この発明に係る特許を「本件化合物に係
る特許」という。)。
エ本件特許について,我が国を含む一部の国で,別紙「実施許諾対象特許
国一覧」の「ⅰ.第2874342号(本件特許)関連」記載のとおり,「延長後
満了日」欄記載の日まで,存続期間の延長登録がされた。なお,本件の口頭弁論終25
結時までに本件特許の存続期間は全て満了している。
(3)別件特許の出願等
ア藤沢薬品は,別紙「別件特許一覧」記載1及び2に係る発明についても,
各発明者から特許を受ける権利を譲り受けて特許出願をし,特許権の設定登録がさ
れた。
また,この特許に対応する外国の特許は,別紙「実施許諾対象特許国一覧」の5
「ⅱ.第●(省略)●号関連」及び「ⅲ.第●(省略)●号関連」記載のとおりで
あり,藤沢薬品は,各国においてその特許出願をし,特許権の設定登録がされた
(以下,それぞれ外国の特許を含め,「別件特許1」,「別件特許2」という。)
(乙95,96)。
イ藤沢薬品は,別紙「別件特許一覧」記載3の特許(以下「別件特許3」10
という。)に係る発明についても,発明者から特許を受ける権利を譲り受けて特許
出願し,特許権の設定登録がされた(乙97)。
ウ藤沢薬品は,別紙「別件特許一覧」記載4の特許に係る発明についても,
発明者から特許を受ける権利を譲り受けて,我が国及び外国において特許出願し,
我が国では拒絶査定がされたが,別紙「実施許諾対象特許国一覧」の「ⅴ.●(省15
略)●関連」記載のとおり,外国では特許権の設定登録がされた(以下,これらの
特許を「別件特許4」といい,別件特許1ないし4をまとめて「別件特許」とい
う。)(甲22,乙98)。
(4)本件ライセンス契約の締結
藤沢薬品とドイツ連邦共和国に本店のあるバイエルAG(以下「バイエル」と20
いう。)は,平成10年4月27日,次の内容のライセンス契約(以下「本件ライ
センス契約」という。)を締結した。そして,通常実施権等の設定について必要な
登録がされた(甲1,乙1,12,なお和訳は被告が付したものによる。)。
●(省略)●
(5)バイエルによる本件化合物に係る特許の実施及びロイヤルティ等の支払25
アバイエルによる一時金の支払
バイエルは,本件ライセンス契約に基づき,藤沢薬品又は被告に対し,一時
金(ライセンス料等)として,次の合計●(省略)●円を支払った。
●(省略)●
イバイエルによる本件化合物に係る特許の実施
バイエルは,各国において必要な製造販売承認を得るなどして,平成17年5
以降,別紙「FR156742を含有するバイエルの製品」記載のとおり,順次,
我が国及び外国において,本件化合物を有効成分の1つとして含有するペット(イ
ヌ・ネコ)用の駆虫剤(プラジカンテル又はトリトラズリルとの合剤。以下,これ
らの製品をまとめて「バイエル製品」という。)の製造販売を開始した。
また,バイエルは,バイエル製品を製造するに当たり,PF1022Aを原料と10
して,本件特許のうち本件化合物の製法発明を実施することによって,本件化合物
を製造してきた(なお,被告はバイエル製品の製法について不知と認否しているが,
原告の主張立証に対して具体的な反論・反証をしているわけではなく,下記書証は
乙76等の証拠とも整合的であるから,下記書証によって上記事実を認定すること
ができる。)。15
したがって,バイエルは,本件特許のうち本件化合物に係る発明部分を実施して
いる(甲22ないし24の2)。
ウバイエルによるロイヤルティの支払
バイエルは,平成17年以降,平成28年までの間に,本件ライセンス契約
に基づき,被告に対し,別紙「実施料収入計算表(改訂第2版)」記載のとおり,20
ロイヤルティ(実施料)を支払った(平成28年までの総額は●(省略)●円)。
もっとも,バイエル製品は本件特許の出願・本件特許権の設定登録がされていな
い国においても販売されているほか,本件特許権の存続期間が満了した国において
も販売されているところ,これらの非登録国及び存続期間満了後における販売に係
るロイヤルティを控除すると,被告が支払を受けたロイヤルティは合計●(省略)25
●円(うち,我が国における販売に係るロイヤルティは合計●(省略)●円である
から,外国における販売に係るロイヤルティは合計●(省略)●円である。なお,
以上はバイエルから●(省略)●金額。)である。
(6)職務発明に対する補償に関する社内規程
ア従来,藤沢薬品には,職務発明に対する補償金に関する社内規程は存在
しなかったところ,平成11年10月1日,藤沢薬品において「職務発明取扱規5
定」が施行された。この規定では,発明者に対して出願時補償及び登録時補償を行
うことが規定されている(実績補償は定められていなかった。)が,遡及適用に関
する定めはなかったため,本件発明には適用されない(乙5)。
イ藤沢薬品において,平成13年4月1日,「職務発明実績補償制度」が
導入された。もっとも,この制度では,第三者への特許等のライセンスによって収10
入を得た場合,第三者から受領する実施料を算定対象として補償金を支払うことと
されているにすぎず,第三者から受領する一時金は算定対象とされていなかった
(乙2の1,7)。
ウ藤沢薬品において,平成15年1月1日,次の内容の「職務発明実績補
償規則」(以下「平成15年施行規則」という。)が施行された(乙2)。15
●(省略)●
エ被告は平成17年4月1日に藤沢薬品を吸収合併したところ,同日,被
告において,次の内容の「職務発明規程」が施行された(ただし,平成19年7月
26日に改訂された。)(乙13)。
●(省略)●20
(7)藤沢薬品又は被告から原告に対する補償金の支払
ア原告は,藤沢薬品に対し,平成14年7月15日付けの「ご通知」(甲
6の2。以下「本件通知書」という。)を交付し,藤沢薬品はこれを受けて,原告
と協議した。そして,原告と藤沢薬品は,平成15年2月25日,次の内容の合意
をし,確認書(以下「本件確認書」という。)を作成し,原告は,藤沢薬品から平25
成15年施行規則に基づく補償金として●(省略)●円を受領した(甲6の2,乙
3。なお,以下では「甲」を藤沢薬品,「乙」を原告と読み替える。)。
「第1条原告が藤沢薬品に対して平成14年7月15日付通知書にて行った,
FR156742の発明(以下,『本件発明』という。)に関する特許法35条3
項所定の『相当の対価』の請求(以下,『本件請求』という。)について,原告は,
藤沢薬品に対し,藤沢薬品が制定した職務発明実績補償規則(以下,『本規則』と5
いう。)に定める補償金の算定方式により『本件発明』により藤沢薬品が平成15
年1月の時点で得ている収入から算定される平成15年1月迄の補償金を,『本件
発明』の発明者である原告の適切な処遇の一環として受領することを了解し,『本
件請求』に基づき訴訟等の行為は行わないことを確認する。
第2条藤沢薬品は,原告に対して,藤沢薬品が今後原告に関して行う賃金,昇10
進,配置転換及びその他の処遇等に関する決定において,『本件請求』があったこ
とを不利益な要素として考慮しないことを確認する。
第3条藤沢薬品及び原告は,『本件請求』に関する問題は円満に解決したこと
を確認し,今後,相互の適切な協調関係の育成に努めるものとする。」
イその後,藤沢薬品は,平成15年施行規則により補償金算定上の発明者15
貢献割合が引き上げられたことに伴い,平成16年度において,原告に対し,平成
15年施行規則に基づく平成13年度から平成15年度までの追加補償金として●
(省略)●円を支払った。
また,被告は,同様に実施による利益の有無等の検討を行った上で,平成21年
3月,原告に対し,平成17年の職務発明規程に基づく平成16年度から平成1920
年度までの実施時補償金として●(省略)●円を支払い,原告は,特許法の規定に
基づき不足額があると判断した場合は不足額を請求するとの留保を付した上でこれ
を受領した(甲13,15の2,16,17)。
また,被告は,原告に対し,実施による利益の有無等の検討を行った上で,平成
23年11月に,平成17年の職務発明規程に基づく平成20年度から平成22年25
度までの実施時補償金として●(省略)●円の支払を提示し,また,平成26年1
2月には,平成17年の職務発明規程に基づく平成23年度から平成25年度まで
の実施時補償金として●(省略)●円の支払を提示したが,原告が異議申立てをし
たこともあり,支払に至っていない(甲13,18ないし21)。
(8)消滅時効の援用
被告は,本件訴訟の第1回弁論準備手続期日(平成28年8月30日)におい5
て準備書面(1)(同月5日付け)を陳述し,第6回弁論準備手続期日(平成29
年5月10日)において準備書面(6)(同年4月28日付け)を陳述して,原告
に対し,本件で原告が請求対象とする請求権(以下「本件請求権」という。)全て
について消滅時効を援用するとの意思表示をした(当裁判所に顕著な事実)。
3争点10
被告は本案前の答弁をしているところ,(1)及び(5)はこれに係るものである。
(1)不起訴の合意の成否(争点1)
(2)本件発明に係る相当の対価の額(争点2)
(3)和解契約の成否(争点3)
(4)消滅時効の成否(争点4)15
ア本件請求権の消滅時効の起算日(争点4-1)
イ被告が本件請求権について消滅時効を援用することは信義則に反するか
(争点4-2)
(5)平成29年以降の利益を基礎とする相当の対価の請求の可否(争点5)
第3争点に関する当事者の主張20
1争点1(不起訴の合意の成否)について
(被告の主張)
(1)原告は,平成15年2月25日,藤沢薬品との間で,本件確認書(乙3)
を作成し,藤沢薬品が社内規程である平成15年施行規則に従った補償金を原告に
支払い,その後も当該規則に従って算定された補償金を原告に支払うことを条件に,25
原告は本件請求権について訴訟等の行為を行わないとする合意をした。
本件確認書の第1条において,明確に,「『本件請求』に基づき訴訟等の行為は行
わないことを確認する。」と記載されているから,これは「不起訴の合意」に当たる。
そして,特許法35条3項に基づく相当の対価請求権は,その全部が特許を受け
る権利の使用者への承継時に発生すると理解されており,本件通知書の「特許法第
35条第3項所定の『相当の対価』として」の記載は,本件請求権の全てを対象と5
したものである。
しかも,この合意後の藤沢薬品の対応は合意内容に沿ったものであり,原告がこ
れに対して異議を述べたことは一切なく,最初の補償金も何らの異議を述べること
なく受領した。原告と藤沢薬品は,両者が十分に協議を重ね,それぞれで利害得失
を検討した上で上記合意を締結しており,上記合意を締結するまでの事実関係及び10
上記合意を締結した後の双方の対応に照らせば,上記合意は,原告の有する本件請
求権の全部について,原告が訴えを提起しないことを合意したものであるといえる。
(2)原告は上記合意が本件請求権の一部についての合意である旨主張している
が,原告が平成14年にした相当の対価の請求は,本件請求権の全部を請求したも
のであり(少なくとも,将来の分も含めた請求ではないとの趣旨が本件通知書(甲15
6)の文面から明らかであったとは言い難い。),藤沢薬品もそのようなものと理解
した上で原告に回答し,原告と藤沢薬品はそのような前提で上記合意をした。
また,平成14年当時,職務発明に対する「相当の対価」請求権を巡る判例・学
説は,現在以上に混沌とした状況にあった。当時の状況下では,本件請求権の全て
が遅くとも平成14年10月15日の経過をもって時効消滅するリスクは確かに存20
在したのであり,このリスクを前提とすれば,本件請求権全てを上記合意によって
解決することは,当時の原告にとって合理性があったといえる。他方で,藤沢薬品
としても,上記合意によって従業員である原告との間の紛争を全面解決することが
望ましかった。このように,上記合意によって本件請求権全てを全面的に解決する
ことが当事者双方にとって合理性のあるものであったことからしても,上記合意が25
本件請求権の全部についての合意であったことは明らかである。
(3)以上より,原告による本件訴えは不適法であり,速やかに却下されるべき
である。
(原告の主張)
被告の主張は否認し,争う。
本件確認書は,あくまでも原告が藤沢薬品に対して対価請求を行った甲6の通知5
に対するものである。甲6の通知は,本件発明に係る特許を受ける権利を藤沢薬品
に承継した時から平成14年7月15日までの期間(甲6にはその旨明記してあ
る。)の対価を請求するものである。請求額もそれまでの確定金額を元に算出された
ものであった。原告は本件確認書締結の時点では,平成15年1月末までの期間分
を了解したにすぎず(本件確認書にもその旨明記されている。),本件確認書の射程10
もその期間分にしか及んでいない。
2争点2(本件発明に係る相当の対価の額)
(原告の主張)
(1)相当対価の額は,これまでに多くの裁判例で用いられてきている次の式に
従って算定するのが相当である。15
藤沢薬品及び被告が受けるべき利益の額×(1-藤沢薬品及び被告の貢献した程
度)×共同発明者間の貢献度=相当対価の額
(2)藤沢薬品又は被告が受けた(受けるべき)利益の額
藤沢薬品又は被告が平成16年度以降に受けた(受けるべき)利益の額は,次
のとおりである。なお,原告は,藤沢薬品が平成15年までに受けた一時金収入に20
係る利益額に基づく対価請求はしていない。
ア一時金収入
合計●(省略)●円であり(前記第2の2(5)ア(オ)及び(カ)),これらもライ
センス収入に変わりはないから,その全額をもとに相当対価の額を算定すべきであ
る。25
イ実施料収入
別紙「実施料収入計算表(改訂第2版)」記載の平成28年までの実施料の金
額については争わない。平成29年以降の実施料は,平成26年度から平成28年
度までの実施料の平均値によるべきである。
被告は「商標ライセンス」の収入を独占の利益から排除して考えるべきと主張し
ているが,被告はその存在すら説明できていないし,商標ライセンスというのはあ5
まりにも作為的である。これも本件発明の禁止権の効力により藤沢薬品及び被告が
取得したものにすぎず,バイエルで実施されている本件化合物に係る発明の対価で
あるから,それも特許ライセンスのロイヤルティであり,それを含めて相当対価の
額を算定すべきである。
また,被告は●(省略)●として,独占の利益に含まれない旨主張しているが,10
これも本件発明があって得られたものであり,かつバイエルの市場独占をより強固
なものとする取引によって得られた利益であるから,これも含めて独占の利益を算
定すべきである。
(3)発明をするに当たり使用者等が貢献した程度
ア本件化合物に係る発明の完成まで15
(ア)PF1022Aの全合成
原告は,平成3年2月か3月頃,明治製菓によるPF1022Aの欧州特
許出願が公開されていることを知り,この化合物をリード化合物とし,その誘導体
を合成すれば,より活性が強い化合物ができるのではないかと考え,駆虫薬として
全く新規な構造を有するこの化合物に強い興味を持つようになった。20
しかし,この公開公報から立体構造は全く分からず,原告はこれを明らかにし,
その駆虫作用を検討することに躊躇を覚えていた。そのような中,同年4月11日,
「明治製菓が発見-動物の寄生虫だけに薬効」との表題の日本工業新聞の記事の中
に,新しい寄生虫駆除物質は3種類の化合物が環状に結合した構造を有しているな
どとの表現があり,この記事の情報と上記欧州特許出願の内容とを結びつけること25
により,PF1022Aの立体構造を推定し,これを有機化学的に合成し,シード
化合物としての適性があるのか判断しようと考えるに至った。
その後,原告は,同年5月末から,PF1022Aの全合成に取りかかり,同年
6月中旬にこれを完成した。この全合成による製造方法は,世界で初めてのもので
あり,その後の環状デプシペプチド誘導体の合成研究を全世界的にリードするもの
であったし,その誘導体研究の際,軽微な変更点はあったものの,本件化合物に関5
する研究につながった駆虫薬の探索研究の最後まで用いられた。
(イ)本件化合物に係る発明の完成
原告はPF1022Aの全合成方法を用いて,その構造活性相関を調べる
ために合成を行い,平成4年5月初め,●(省略)●部分の誘導体合成計画(甲4
6)をまとめ,特薬研究所のP5に報告した。この計画の中で●(省略)●化合物10
が本件化合物であり,原告はその時点で本件化合物に係る発明を着想していたこと
になる。
そして,原告は,同年8月中旬にPF1022Aの16倍の駆虫活性を有する本
件化合物を合成し,この時点で本件化合物の物質発明及びその駆虫薬としての用途
発明を完成した。15
その後,原告は,各フラグメントからの合成方法(全合成法)ではコストがかか
ることを懸念し,明治製菓との共同研究も視野に入れ,PF1022Aから本件化
合物を合成する方法の検討を開始し,その結果,同年8月にPF1022Aを直接
ニトロ化し,そのニトロ基を還元してアミノ基にする製造方法の発明を完成させた。
さらに,原告は,平成5年1月,アミノ基を環状アルキル化し,モルフォリノ基を20
PF1022Aに導入し,本件化合物のPF1022Aからの製造方法に係る発明
を完成した。
(ウ)以上のように,原告が本件化合物に係る発明を完成させるに当たって
の藤沢薬品の貢献は,社員であれば誰もが利用できる各種情報の提供及び入社した
研究者であれば与えられる研究環境の提供のみであった。25
イ本件化合物に係る発明の実施化
バイエルとの本件ライセンス契約は,藤沢薬品の権利主張が最大限認められ
た形で成立した。これは,バイエルが本件化合物に係る発明の価値を高く評価して
いたからにほかならない。そして,本件化合物に係る発明は,バイエルによりその
可能性の全容が明らかにされ,その技術力によって製品化がなされた。治験等の多
大な負荷がかかる作業もバイエルが行った。5
藤沢薬品及び被告は,製品化に対して何らの寄与もしておらず,それらの貢献は,
バイエルに本件化合物に係る発明を実施許諾したこと及び同発明に関する特許を維
持管理したこと(ただし,これは,ルーティンな事務管理であり,特段,貢献など
と呼べるものではない。)に留まる。
ウ以上より,藤沢薬品及び被告の貢献は,さしたるものではなく,その程10
度は,契約一時金については,本件化合物に係る発明の初期段階の研究開発で負担
した経費の補償をするという側面があるので,80%である。これに対し,実施料
は本件化合物に係る発明の対価であるから,実施料についての藤沢薬品及び被告の
貢献は,70%である。
(4)共同発明者間の貢献度15
本件特許の特許公報で発明者として記載されているP2及びP3は,原告の指
示の下(甲44,45),本件化合物でない他の化合物を合成したにすぎない。また,
同じく発明者として記載されているP4は,原告の指示の下,薬理研究者として原
告らが合成するなどした化合物の薬理活性を測定したにすぎない。その意味におい
て,本件化合物の合成をなし得たのは,原告だけであり,他の発明者は,その側面20
的なサポートの域を出るものではなく,本件発明に対する貢献は形式的なものであ
る。換言すれば,本件発明は,原告が単独で着想し,合成に成功し,完成させたも
のである。
したがって,原告の発明への貢献度は,少なくとも95%を下回ることはない。
(5)被告の主張について25
ア被告はバイエルに対してライセンスした発明やノウハウには様々なもの
が含まれる旨主張しているが,バイエルで実施されているのは本件化合物に係る発
明であって,これが藤沢薬品や被告に大きな利益をもたらしているのであるから,
同発明について検討することで足りる。そもそも,各国の薬事法制の承認を得るた
めのデータ等は,バイエルが取得したのであり,藤沢薬品の提供データなど顧慮さ
れていない。5
イ被告はバイエルの事業努力について指摘しているが,藤沢薬品や被告は
バイエルと共同開発契約を締結しておらず,バイエルでの実施化に全く関与してい
ない。
そして,本件発明は藤沢薬品が社を挙げて取り組んだプロジェクトではないから,
被告がその成功確率の高低を論じることができるような事案ではない。10
ウ被告のその他の下記主張のうち原告の主張に反するものは,否認し,争
う。
(被告の主張)
(1)藤沢薬品又は被告が原告主張の一時金及び実施料の支払を受けたこと,原
告が本件発明を完成させたこと,バイエルが本件化合物を有効成分の1つとして含15
有する駆虫剤を販売していることは認める。原告のその余の主張は不知又は否認し,
争う。
(2)本件では,原告と藤沢薬品の間で相互に相手方の意向も確認しつつ,承継
の対象となる権利の具体的な内容や価値についても考慮した上で,原告が平成14
年にした請求を解決するためのものとして,平成15年施行規則が制定・施行され20
たのであり,最高裁平成15年4月22日判決・民集57巻4号477頁のような
事情はないから,本件はその判決及びその他関連裁判例の射程外である。
したがって,本件における相当対価の額は平成15年施行規則に従って算出され
るべきであるから,同規則に従って藤沢薬品及び被告が原告に補償金を支払い,又
は支払の提供をしてきた以上,原告の本件請求には理由がない。25
(3)仮に本件が上記最高裁判決の射程内であり,過去の裁判で用いられた計算
式に従って算出するという前提に立つとしても,次のとおり,相当対価の額は藤沢
薬品及び被告が原告に支払い,又は支払の提供をしてきた金額を上回ることはない
ので,やはり原告の本件請求には理由がない。
ア「相当の対価」の算定方法(算定式)
特許法35条3項の「相当の対価」は,本来特許を受ける権利が従業者等か5
ら使用者等に対して承継された時に定められるべきであり,「受けるべき利益」とは,
特許を受ける権利を承継した時点での利益である。したがって,「相当の対価」を算
定するに当たって考慮される「受けるべき利益」とは,承継した時点において,変
動の可能性(不確実性)をも織り込んだ価値として認定されるべきものである。
具体的には,本件では,①独占の利益(藤沢薬品及び被告が受けるべき利益の10
額)×②発明者の貢献度×③共同発明者間の寄与度×④成功確率を踏まえた調整=
相当対価の額という式に拠るべきである。
イ独占の利益(藤沢薬品及び被告が受けるべき利益の額)
(ア)契約一時金について
a契約一時金の実質は,●(省略)●なお,藤沢薬品においては,本15
件ライセンス契約の締結後も,●(省略)●は行われており,●(省略)●円を超
えていた。)●(省略)●であった。したがって,そもそも,契約一時金については,
「特許を受ける権利を独占することによって受けることが見込まれる利益」とはい
えず,「独占の利益」の算定基礎に含むべきではない。
b仮に,契約一時金が「独占の利益」算定の基礎に含まれ得るとして20
も,「独占の利益」の算定に当たっては,上述の藤沢薬品が負担した●(省略)●を,
一時金収入から控除すべきである。原告は,平成16年度以降の対価を請求してい
るから,「独占の利益」算定の基礎となる契約一時金収入は,●(省略)●円である。
そして,個別の一時金収入ごとに当該収入から控除される●(省略)●を観念する
と,●(省略)●として,●(省略)●を控除すべきであるから,実際に算定に供25
する契約一時金は,●(省略)●円にとどまる。
また,本件ライセンス契約において藤沢薬品からバイエルに実施許諾ないし譲渡
された対象は,原告による職務発明のみではないから,契約一時金収入のうち,原
告による職務発明が寄与する率である●(省略)●ないし●(省略)●%(後記(イ)
b参照)を乗じた金額が,本件における「独占の利益」となる。
(イ)実施料(ロイヤルティ)収入について5
a本件ライセンス契約の対象
本件ライセンス契約は,単なる特許ライセンス契約ではなく,原告が発
明者の一人である本件特許に加え,別件特許4件(うち,原告が発明者ではないも
のは3件),「ノウハウ」(いわゆるノウハウのみならず,●(省略)●を含むものと
して規定されている。)及び商標についても,バイエルに対して実施権を認める(な10
いし譲渡する)という,いわゆる技術導出契約である。本件ライセンス契約の対象
となったものは,以上のとおり多岐にわたるのであり,本件の実施料収入は,その
全てに対する対価として設定されている。したがって,本件訴訟において問題とさ
れるべき「独占の利益」は,本件の実施料収入のうち,原告が共同発明者間の一人
となっている本件特許が寄与したと考えられる分に限定される。15
b本件特許の寄与度
(a)日本における実施料収入
被告がバイエルより得ている実施料収入のうち,●(省略)●は商標
ライセンス収入である。したがって,これは原告による職務発明と関わりがない収
入であるから,「独占の利益」から排除して考えるべきである。20
次に,契約上,実施料収入のうち●(省略)●%は,藤沢薬品及び被告が,バイ
エルに許諾した特許を●(省略)●を条件として支払われるものであるため,その
趣旨は,●(省略)●であると考えられる。特許法における「独占の利益」は,単
なる通常実施権を超えたものの承継により得た法的独占権に由来する法的実施の利
益であるから,バイエルから得ている日本での実施料のうちの●(省略)●%は,25
「独占の利益」には含まれない。
さらに,化合物の研究開発を進めるに当たって,当該化合物を今まで研究してき
た藤沢薬品に蓄積されていた膨大なノウハウが極めて重要であることはいうまでも
ない。本件ライセンス契約の付属文書F(別紙「付属文書F(本件ノウハウ)」)に
記載されているノウハウには,●(省略)●も含まれているのであり,藤沢薬品が
バイエルに対して上記ノウハウを提供したことは,バイエルによる,より迅速な製5
品開発及び上市につながり,本件製品の売上増に直結した。したがって,実施料の
うち●(省略)●%分に相当する程度の寄与があるとみるべきである。
最後に,本件ライセンス契約の対象となった特許は5つあるが,本件特許はその
うちの1つにすぎない。本件特許を除く4つの特許は,いずれも周辺特許の位置付
けであり,本件特許の寄与度が5つの中で相対的に大きいことは事実であるが,周10
辺特許といえども,その貢献度はゼロではない。本件特許とその他の特許(別件特
許)との貢献度を数値化すると,以下のとおりとなる。
●(省略)●
したがって,本件特許の寄与度は多くとも●(省略)●%と考えるべきである●
(省略)●。15
よって,本件における実施料収入に占める本件特許の寄与度は,以下のとおり,
売上の●(省略)●%となり,全実施料収入の約●(省略)●%である。
(計算式)●(省略)●
(b)日本以外の国における実施料収入
●(省略)●%が含まれないことを除き,上記(a)と同様に計算し,そ20
の寄与度は●(省略)●%である。
(計算式)●(省略)●
cその他控除すべき実施料
外国対応特許がない国には「独占の利益」が認められないから,それら
の国における売上は「独占の利益」から控除すべきである。また,一部の外国にお25
ける本件特許に対応する外国特許は既に満了しており,当該国における当該国対応
特許期間満了後の売上は,本件特許によって独占的に得られた利益ではないと考え
られるから,これも「独占の利益」から控除すべきである。
(ウ)結論
以上より,平成16年4月1日から平成29年3月31日までの「独占の
利益」は,●(省略)●円である(計算式記載の実施料収入につき前記第2の2(5)5
ウ参照)。
(計算式)●(省略)●
ウ使用者貢献度等
以下に示すような事情に照らせば,原告を含む発明者の貢献度は多くとも
1%であり,藤沢薬品及び被告等の貢献度は99%を下回ることはない。10
(ア)原告が本件特許の物質発明を完成するに至る経緯
藤沢薬品は,遅くとも,平成元年には,会社事業として,駆虫薬事業に関
する研究開発を行うことを決定し,特薬事業部内の動物薬研究チームにて,研究開
発を行うこととなった。もっとも,当時,獲得した駆虫薬の効果を適切に評価する
ための評価系を確立することができておらず,この点が大きな課題であったが,P15
4は平成2年4月以降順次,種々の駆虫薬の効果を評価するためのスクリーニング
評価系を構築した。
原告は,当時,特薬事業部で駆虫活性を有する化合物を合成する職務に就いてい
たが,満足する活性を有する化合物は得られていなかったところ,平成3年4月,
特薬事業部より提供された明治製菓の研究に関する新聞記事をきっかけとして,同20
事業部において,PF1022Aの合成を試みた。同化合物を評価してみることは,
良いシード化合物を探し求めていた当時の状況では極めて自然な流れであり,研究
者として通常試みる駆虫薬を創出するというテーマの一行為に過ぎない。そして,
原告は,同年6月までに,PF1022Aの全合成を完成させた。
PF1022Aについて評価系にて効果が確認されたことから,藤沢薬品の特薬25
事業部の動物薬研究チームでは,同年7月から,PF1022Aをシード化合物と
した,PF1022Aの誘導体の合成研究を開始した。
シードとなる化合物の誘導体合成研究においては,一般的に,一つの化合物をシ
ードとする誘導体はその可能性として多数存在する一方で,誘導体の効果は実際に
合成して薬理評価を経てみなければ分からないことから,それらの誘導体のどの部
位を修飾すると高い活性の化合物が得られるかを見出すためには,誘導体の合成と5
薬理評価とを繰り返す必要があり,薬理評価を行うためには評価系が極めて重要と
なる。そして,合成研究の結果,本件化合物が合成された。
(イ)PF1022Aの全合成法の完成について
PF1022Aの全合成方法の発明については,原告の貢献が関係者の中
で最も大きかったが,公知物であるPF1022Aの効果を検証するために用いら10
れたにすぎないし,同発明は本件発明とは別の発明であって,本件特許とは別に特
許出願がなされている。したがって,本件において,上記の事情を必要以上に考慮
すべきではない。
また,原告の主張によれば,原告がPF1022Aの立体構造を推定し,合成を
開始したことに何ら困難性はないし,逆合成法は,有機化合物の合成ルートを考え15
る際に有機合成の化学者であれば通常行うことであるから,原告の独創性は認めら
れず,2週間で完成に至ったPF1022Aの全合成方法の発明自体の困難性が高
かったともいえない。そもそも,PF1022Aのような構造の化合物は,限られ
た反応のみを用いる単純なペプチド合成の技術で合成可能であり,逆合成法のよう
な検討をするまでもなく,容易に合成できる種類の化合物である。したがって,P20
F1022Aの全合成法の完成は,原告の貢献度を高める事情にはならない。
(ウ)原告の発明は,藤沢薬品及び同社の他の従業員の協働なしには生まれ
得なかったこと
上述したとおり,駆虫薬の研究開発を特薬事業部として行うことを決定し
たのは藤沢薬品であり,当時特薬事業部で駆虫活性を有する化合物を合成する職務25
に就いていた原告は,終始藤沢薬品の設定した研究開発の枠内で,PF1022A
の誘導体である本件化合物に係る物質発明及び製法発明を完成させた。また,原告
が本件化合物を完成させるためには,P4の構築した評価系が必要不可欠であった
が,当該評価系をまず構築するよう動いたのは,藤沢薬品の貢献である。さらに,
●(省略)●を修飾した化合物を合成し,その化合物の評価結果から,駆虫活性が
向上する可能性があるという,PF1022Aの構造変換の方向性に関する知見を5
見出したのはP2である。同事業部において,この知見に基づき,●(省略)●を
修飾した多くの化合物を合成し,その化合物の中から,最も駆虫活性が高い化合物
として,P4により構築された評価系により選別された化合物が本件化合物(PF
1022Aにおける●(省略)●を導入した誘導体)である。このように,原告は,
共同発明者であるP2の見出した知見を基に,本件化合物を見出したのである。10
以上のとおり,本件物質発明は,藤沢薬品・特薬事業部として駆虫薬をテーマと
して採択したことに加え,原告以外の他の従業員の協働なしには生まれ得なかった
ものであるといえる。これらの点は,原告の貢献度を低める事情であると同時に,
藤沢薬品の貢献度を高める事情である。
(エ)医薬品の開発・事業化に関する貢献について15
a藤沢薬品による各種検証実験の実施及び本件化合物の導出(ライセ
ンス)
動物用医薬品の新薬の開発においては,長い年月をかけて,基礎研究,
非臨床試験,臨床試験の過程を通じて,法律の厳格な規制に従い,有効性,安全性,
品質及びこれらに関連する化合物の化学的性状,体内動静,製造・試験方法等が,20
多種かつ膨大な量の試験等により,多額の費用をかけて検討・実施され,その後,
国に対する製造販売承認申請後,当局による厳格な審査を受けて,製造販売承認を
得てはじめて上市され,実際に使用できる医薬品が誕生する。これらの種々の試験
には,長期間かつ多額の費用を要するほか,分子生物学,薬理学,合成化学,薬物
動態学,毒物学,分析化学,臨床医学等に関する極めて専門性の高い研究者が多数25
関与することになる。そして,基礎研究の段階で合成される数多くの化合物のうち,
上記のような過程に耐えて,医薬品として承認を取得して上市されるものの数は極
めて少ない。したがって,化合物が合成された後に,実際に医薬品として上市され,
売上の面でも成功するに至るまでの様々なハードルを,誰がどのようにクリアした
のかという点については,全体の貢献度を見る上で十分に考慮されなければならな
い。5
藤沢薬品では,本件化合物が合成され,開発化合物の候補として選ばれた後も,
当該化合物を駆虫薬用の医薬品として開発するために様々な評価試験を行い,その
ために多大な人的・物的資源を費やした(特薬研究所における業務時間につき,乙
11参照。特薬事業部の企画部や営業部等の経費はこれに含まれていないし,当然
ながら,外部機関に対する委託費用も藤沢薬品が支払っている。)。これらの評価試10
験により集積されたデータの一部は,本件ライセンス契約においてバイエルに対し
て引き継がれ,バイエルによる製品開発に大いに貢献することとなった。かかる評
価試験の実施及びデータの取得は,藤沢薬品の貢献として高く評価される必要があ
る。
また,藤沢薬品が本件化合物を自社で開発することについては,製造コストに関15
する課題及び駆虫薬開発のノウハウや経験がほとんどなく,医薬品として本件化合
物の開発・上市による事業化を単独で行うことが事実上できないという課題があっ
た。そのため,本件化合物を医薬品として事業化するためには,PF1022Aの
物質特許を保有している明治製菓及びその他のグローバルに展開する企業との協働
は不可欠であった。かかる状況を踏まえ,藤沢薬品,明治製菓及びバイエル間で共20
同開発及び協働での事業化に向けた協議と検討を重ね,最終的には本件ライセンス
契約の締結に至ったが,その実現に向けた協議や検討は,特薬事業部企画部を中心
に行っており,原告はこれに何ら関与していない。かかる協議及び検討に費やした
時間は,少なくとものべ●(省略)●時間を下らない(乙11)。また,藤沢薬品が
希望する経済条件をバイエルが拒絶し,交渉が頓挫する可能性も十分に存したが,25
バイエルからの要望を受けて●(省略)●や,本件化合物を合成するための各種ノ
ウハウ,●(省略)●等もライセンス対象に含めることで,何とか本件ライセンス
契約の締結に至ったのである。これらは全て藤沢薬品の貢献として評価される必要
がある。
b本件ライセンス契約締結後の藤沢薬品によるデータやサンプルの提
供等5
藤沢薬品は,本件ライセンス契約締結後もバイエルと頻繁に会議等を行
い,バイエルからの本件化合物に関する様々な質問に回答するだけでなく,バイエ
ルからの要請を受けて,本件化合物の開発・上市に有用なデータを提供するべく,
新たに試験を実施してその結果をバイエルに報告したり,結晶サンプルをバイエル
に提出したりした。そして,藤沢薬品がバイエルに提供したデータ等が,バイエル10
によって本件化合物の開発・上市のために利用された。このように,藤沢薬品は本
件ライセンス契約締結後も,本件化合物の開発・上市への寄与を継続していたので
あり,この点は藤沢薬品の貢献として評価される必要がある。
cバイエルによる開発
バイエルによる開発及び実際の製品化に至るまでには,本件化合物単独15
では薬効が弱いという問題や,本件化合物はやや毒性が強く,かつ中枢移行性が認
められるため,一定の量を超えて投与した場合に動物の中枢神経に障害を与えるリ
スクがあるという問題が存在した。前者については,プラジカンテルとの合剤とす
ることで,より多様な駆虫効果を得ることが可能となり,後者については,スポッ
トオン製剤(経口ではなく,皮膚に直接薬剤を垂らすことで,皮膚部位から吸収さ20
せる種類の製剤)としたり,徐放製剤としたりすることで克服した。
このように,バイエルにおいては,本件化合物の導入後,その開発・上市に向け
て,様々な困難に直面し,その困難を克服するためにバイエルが尽くした努力につ
いて,藤沢薬品が提供したデータやノウハウが寄与した面はあるが,原告はこれに
特段関与していない。25
そして,相当対価の額を算出する際の「貢献度」を検討する際には,上記の点で
のバイエルの貢献は,藤沢薬品における貢献と同様に,原告の貢献度を相対的に低
める事由として考慮される必要がある。仮に,原告が主張するように使用者である
藤沢薬品の貢献のみが考慮されるのだとしても,バイエルによる問題解決に藤沢薬
品のデータやノウハウの提供が寄与した点で藤沢薬品の貢献が認められるし,藤沢
薬品と無関係に独自の知見等でバイエルが問題を解決した面があるとすれば,その5
ような知見等を具備した導出先たるバイエルを契約交渉相手として見出して本件ラ
イセンス契約を締結したことが藤沢薬品の貢献として評価されなければならない。
dバイエルによる製造販売承認の取得及び営業努力
製造販売承認を取得するためには,臨床試験データをはじめとする膨大
な量のデータを当局に提出する必要があり,バイエルが承認を取得するために費や10
した時間や費用が膨大なものであったことは容易に想像が付く。また,バイエルは,
承認を取得した後も,製品の売上を拡大するために広告宣伝活動や営業担当者によ
る営業活動等の営業努力を行っていた。バイエルによる承認の取得がなければ本件
製品が販売されることはなく,また,バイエルによる営業努力がなければ,これら
の製品が現実に上げることのできた売上は実現できなかったはずである。したがっ15
て,実際の製品売上に対するバイエルの貢献は甚大であり,かかるバイエルの貢献
が,藤沢薬品における貢献と同様に,原告の貢献度を相対的に低める事由として捉
える必要があること,仮に原告が主張するように,使用者である藤沢薬品の貢献の
みが考慮されるのだとしても,製造販売承認の取得や積極的な営業活動をする資源
や能力を持つバイエルに導出したことについての藤沢薬品の貢献として評価されな20
ければならない。
e特許の出願・取得・維持管理
藤沢薬品は,本件特許に係る各国特許庁への出願業務を行った。その過
程では,欧州で特許庁から拒絶理由を受けて,明細書に記載されていない化合物の
追加の薬理試験データを取得し,これを提出して特許取得に至ることなどもあった。25
また,特許取得後もその維持管理業務は藤沢薬品又は被告において行っている。こ
れらの業務に原告は関与しておらず,藤沢薬品又は被告の貢献を高める事情として
考慮されなければならない。
エ発明者間貢献度
本件発明は原告とP2,P3及びP4との共同発明であるところ,以下のと
おり,原告の本件発明への貢献度は,多くとも●(省略)●%を上回ることはない。5
(ア)P4の貢献
ある化合物が合成できたとしても,その駆虫薬としての活性を評価するた
めの評価系がなければ,それ自体を評価することができず,それ以降の駆虫薬研究
において,どの部位をいかに修飾することで構造変換を進めるべきかという方向性
を見出すことができない。10
P4の貢献は,土壌線虫やラット毛様線虫を用いた評価系をはじめとする駆虫薬
評価系を構築したことである。特に,化合物の活性を評価する(同じ化合物であれ
ば同じ効果が得られるということの確認を含む。)ための新たなスクリーニング評価
系を構築するために,土壌線虫やラット毛様線虫を入手して飼育し,その上で,こ
れらを同一条件で感染させるに当たって,当該寄生虫の中間宿主をいかに飼育する15
か等について,関連文献等において開示されている内容の追試等では不足する部分
を創意工夫し,試行錯誤を重ねることでその構築に至ったという点が,特に重要で
ある。その結果,化合物の効率的な評価が可能となったのであり,本件における駆
虫薬のスクリーニングと開発は,P4により構築された評価系があって初めてなさ
れ得たものである。20
(イ)P2及びP3の貢献
a化合物合成への貢献度を検討する際には,●(省略)●という要素
に分けて検討することが有益であると考えられるところ,●(省略)●に関して,
確かに原告の貢献によるところが少なくないことは認められるとしても,P2及び
P3にも,両者が合成した化合物の知見等に基づく一定程度の貢献が認められる。25
b本件では,初期段階で行われたPF1022A誘導体合成において
ほとんどの誘導体でPF1022Aよりも駆虫活性が減弱していたところ,本件化
合物の完成へとつながる構造変換は,●(省略)●を有する化合物(●(省略)
●)の駆虫活性がPF1022Aと比較して大幅に向上することが見出されたこと
が契機となったものであるが,これはP2によって合成されたものである。また,
当初の合成アプローチでは,合成可能な誘導体が限られていたが,P2が誘導体合5
成に効果的な合成法(具体的には,実施例17,21,22において用いられてい
る中間体の合成法であり,エポキシド類の立体を制御した開環反応のこと。本件特
許における製造例59,93及び101を指す。)を開発したことで,より多様な誘
導体合成が,より短期間で可能となった。
また,P2は乙77ないし79の大量合成方法を考案し,原告らが当初発明した10
合成方法では解決できなかった収率,副生成物の有無,残存副生成物の安全性,反
応条件,生成の容易さとコストなどの多くの課題を解決し,●(省略)●合成する
ことに成功した。かかる大量合成方法によって製造された●(省略)●がバイエル
に提供され,バイエルにおける製品化に貢献したのである。それだけでなく,P2
の考案した合成方法は,藤沢薬品が直面していた本件化合物の製造に関する問題を15
解決する一助となったことは明確であって,その意味でも貢献があったというべき
である。
cまた,本件特許の対象は本件化合物だけでなく多数の化合物も含ま
れており,実施化(実施化合物の合成)については,本件特許における実施例31
例のうち,原告により合成されたものは●(省略)●例であり,●(省略)●例が20
P2(●(省略)●例)又はP3(●(省略)●例)により合成されている。
dさらに,P3は,特薬研究所のP6の特許戦略に基づいて,具体的
な化合物の合成作業を行い,本件化合物だけでない,PF1022A誘導体の広い
特許化に貢献した。
(ウ)以上を前提に検討すると,まず薬理評価を担当した発明者1名(P25
4)に少なくとも●(省略)●%の寄与度が認められるから,化合物の合成に関与
した発明者3名については合計で多くとも●(省略)●%の寄与度が認められる。
他方で,化合物の合成においては,上記の●(省略)●という要素のうち,●
(省略)●がもつ重要性は定性的な見地からみて確かに高く,最大で●(省略)
●%と考えられ,また残る●(省略)●%について寄与度という見地から●(省
略)●と●(省略)●とを比較した場合,本件において●(省略)●も含め考慮す5
ると定性的には前者を●(省略)●%,後者を●(省略)●%と想定するのが適切
であると考えられる。この点,●(省略)●及び●(省略)●については,上記貢
献の内容から,P2及びP3にも少なくとも両者合算で●(省略)●%の寄与が認
められる。したがって,●(省略)●%(●(省略)●)と●(省略)●%(●
(省略)●)についての原告の寄与は多くとも約●(省略)●%((●(省略)●)10
である。また●(省略)●については,●(省略)●により評価すると,原告につ
いては約●(省略)●%(●(省略)●)の寄与が認められる。
以上より,原告の本件発明への貢献度は,約●(省略)●という計算式により算
出され得るものであるが,上記のとおりその過程で各要素において原告の寄与を多
く見積もる形で想定したことを踏まえると,結論として多くとも●(省略)●%を15
上回ることはないと考えられる。
オ成功確率
ある化合物が合成されただけでは医薬品としての成功はおろか上市に至るか
どうかも定かではなく,むしろ上市に至らない可能性の方が高い(すなわち,成功
確率が低いこと)は前記のとおりである。その意味で,製薬会社が研究開発や事業20
化に取り組む時点及びその最中は,常に,当該研究開発及び事業化が失敗するリス
クを抱えており,藤沢薬品はリスクを負担して多大な人的・物的な資源を投資する
一方で,従業員である原告はこれを一切負担していない。
本件がそうであるように,相当対価の請求は,発明が完成し,製品が上市され,
売上を上げるようになった後,すなわち,研究開発及び事業化のリスクが実現化し25
なかったことが明らかになった後になされることが通常である。しかし,相当対価
請求権自体は特許又は特許を受ける権利を使用者に承継させた時点で発生するので
あり,その額については本来,その時点において算定されるべきものである。「権利
が承継された時点」での価値を把握するという前提に立ちつつ,実際の価値の算定
では途中の不確定要素を一切考慮せず,結果として達成された成功をそのまま「権
利が承継された時点」での価値として把握しようとすることは,論理として一貫性5
を欠くものと言わざるを得ない。
医薬品が法的には物質特許の実施品に該当し,独占権としての特許権の効力が及
ぶからといって,その医薬品の販売により得られた利益に対する当該物質特許の寄
与が高いということにはならない。新規化合物の発明がされた後,多くの研究開発
努力により高い付加価値が付与されて,はじめて医薬品の製造販売が可能になるの10
である。発明後の付加価値付与に物質特許が寄与していないことは当然である。そ
して,製薬会社のビジネスモデルは,事業化に成功したごく少数の製品の収益によ
り,事業化に至らなかったプロジェクトへの投資を回収することで成り立っている。
したがって,医薬品に関する特許を受ける権利の承継に係る相当対価を計算する
場面では,独占の利益や発明者貢献度とは別に前記のような製薬業界の特殊性から15
の調整を認めなければならない。具体的には,通常のような「独占の利益」に対し
発明者貢献度を乗じるという計算式に加え,成功確率が低いことに鑑み,50%を
独立の要素として乗じるのが適当である。仮に,成功確率を独立の考慮要素として
考慮することが認められないとしても,そのような成功確率の低い化合物について
研究開発及び事業化のリスクを藤沢薬品及び被告が負担していたという事実それ自20
体,使用者貢献度を高める事情として考慮されなければならない。本件において,
かかる製薬事業における特殊性並びにそれを前提とした研究開発及び事業化のリス
クを使用者貢献度を高める事情として考慮する場合には,使用者貢献度は少なくと
も99.5%とすべきである。
カ結論25
以上,検討の結果を前記アの算定式に代入すると,以下のとおりとなり,藤
沢薬品及び被告が原告に対して補償金として支払った金額及び支払提供した金額は
合計●(省略)●円であるから,相当の対価の未払分は存在しない。
(算定式)●(省略)●
3争点3(和解契約の成否)
(被告の主張)5
前記1の(被告の主張)記載の合意は,実体法についての合意であると解釈す
れば,その法的性質は和解契約である。
原告と藤沢薬品の間には,原告が平成14年にした相当の対価の請求によって,
本件請求権の存否及び額について争いがあったところ,上記合意によって,原告は
平成15年施行規則をはじめとした社内規程により算定される範囲内での請求権を10
有し,その余の請求権を放棄する旨,双方合意に達した。
したがって,上記合意の効力(民法696条)により,社内規程による算定額を
超えた範囲の請求権は消滅している。
(原告の主張)
被告の主張は否認し,争う。15
4争点4-1(消滅時効の成否-本件請求権の消滅時効の起算日)
(被告の主張)
(1)「相当の対価の支払を受ける権利」は,職務発明者が特許を受ける権利を
使用者に承継させた時に発生し,特にその行使を妨げる法律上の障害がない限り即
座に行使可能となる(特許法35条3項)。20
藤沢薬品においては,平成4年当時から,職務発明に関する特許を受ける権利の
承継について,予約承継の方法が採られていたから,本件発明の完成時に当該発明
の特許を受ける権利が原告から藤沢薬品に対して譲渡されたところ,本件発明は遅
くとも同年10月15日までには完成しており,同日までに,それに係る特許を受
ける権利が藤沢薬品に譲渡された。25
原告が遅くとも同日,藤沢薬品に対し,本件化合物及び他の6化合物に関する特
許を受ける権利を藤沢薬品に譲渡したことは,譲渡証書(乙4)からも明らかであ
る(このうち本件化合物ではない2化合物については,同年3月17日より前に特
許を受ける権利を藤沢薬品に譲渡していた。)。
したがって,本件請求権は,遅くとも同年10月15日までには発生し,その行
使を妨げる法律上の障害もなかったことから,同日までには行使可能となった。そ5
のため,本件請求権の消滅時効は,遅くとも同日が起算日である(民法166条1
項)。
原告は,藤沢薬品に対し,平成14年7月15日に,相当の対価を請求したが,
その6か月後である平成15年1月15日までの間に裁判上の請求等の民法153
条所定の措置を採ることなく,平成14年10月15日は経過した。10
したがって,本件請求権について,10年間の消滅時効が完成した。
(2)平成13年当時,本件発明に係る製品は未だ売上が存在していなかったた
め,原告の有する本件請求権は,同年に導入された「職務発明実績補償制度」の適
用対象とはなっていなかった。
また,平成15年施行規則が施行されたのは,あくまでも平成15年1月1日で15
あり,被告が本件請求権に係る消滅時効を援用したことを前提とすれば,同規則が
施行される前に,原告の本件請求権は消滅しているから,本件請求権に対し,同規
則を適用する余地は存しない。
したがって,上記制度や規則の存在は,原告の本件請求権に係る消滅時効の完成
を妨げる事情ではない。20
(原告の主張)
(1)被告の主張は否認し,争う。
(2)藤沢薬品においては職務発明に係る特許を受ける権利の予約承継を定めた
規程は存在しないようなので,原告の藤沢薬品に対する本件発明に係る特許を受け
る権利の承継は,個別の譲渡契約によるものである。25
被告が提出する乙4は,特許出願手続のために要した手続書面にすぎず,実体的
な譲渡契約書であることは否認し,争う。また,乙4には,発明の名称「デプシペ
プチド誘導体」と記載されているのみで,本件発明との対応関係も不明である。
さらに,乙4の実際の作成日が平成4年10月15日であることも否認する。そ
れだけでなく,本件発明には,PF1022Aを原料とした本件化合物の製法発明
も含まれているところ,少なくともこれについては同日には未だ発明が完成してお5
らず,それが完成したのは平成5年1月であった。
(3)被告の主張を前提とすれば,原告は平成15年施行規則に基づく算定期
間・支払時期の制約を受けることになる。これによると,一定期間毎に実績が集計
され,従業員発明者への支払額が算定され,その一定の算定期間が経過して期間中
の実績が会社において集計等され,従業員発明者に対して開示されて,一定額の実10
績補償金の支払通知がなされた時以降,従業員発明者は,不足額も含めて支払請求
が可能となるのであるから,その時点が消滅時効の起算点となると解すべきである。
結局,平成15年施行規則に基づいて原告の平成16年4月1日以降の実績補償
金の支払請求が法律上可能となったのは,平成20年であるから,それまでは法律
上の障碍があったといえ,平成14年10月15日の経過をもって消滅時効が完成15
したとの被告の主張は採り得ない。
5争点4-2(消滅時効の成否-被告が本件請求権について消滅時効を援用す
ることは信義則に反するか)
(原告の主張)
(1)被告の主張は,平成14年10月15日の経過をもって本件発明に係る対20
価請求権はすべて時効消滅したというものであるが,藤沢薬品は,消滅時効完成後
に平成15年施行規則を適用して,実績に係る部分についても原告(及び他の従業
員発明者)に請求権を新たに付与したのであるから,信義則に基づく援用権の喪失
事由があるというべきである。
また,藤沢薬品及び被告は,算定期間毎に,原告に対して支払通知をし,これに25
伴う実績補償金の支払をしてきたところ,これらも援用権の喪失事由となる。
したがって,現段階で被告が消滅時効を援用することは信義則に反する。
(2)被告の下記主張は争う。藤沢薬品及び被告は,錯誤に陥っていたか否かと
いう主観的な事情にかかわらず,援用権を喪失したのである。
(被告の主張)
(1)原告の主張は否認し,争う。5
(2)藤沢薬品及び被告は,原告に対し,本件確認書に係る合意に基づき,社内
規程に従って,補償金の支払及びその提供を行ってきたが,これは特許法35条3
項の相当対価請求に対して行われたものではないから,信義則上の援用権喪失事由
には該当しない。
仮に,当該補償金の支払及びその提供が,原告による特許法35条3項の相当対10
価請求に対するものであったとしても,これはあくまでも,原告の有する本件請求
権を巡る一切の争いが,本件確認書に係る合意によってすべて(将来の売上に対す
る請求も含めて)解決したことを前提とするものである。もし仮に,藤沢薬品が,
原告において平成15年施行規則で算出される金額を超えて本件請求権を行使でき
ると承知していれば,同規則の内容は,現在あるような当時の原告に有利な内容と15
はならなかったはずであり,原告に対しても,同規則に従って算出される補償金を
支払うことはなかった。すなわち,この場合,藤沢薬品及び被告は,本件確認書の
効力及び適用範囲についての錯誤に陥っていたため,本来は支払うべきでなかった
補償金を支払ったことになる。
このように,藤沢薬品及び被告は錯誤に陥っていたのであるから,その後に被告20
が消滅時効を援用したとしても,被告に何ら責めに帰すべき事由は存在しないし,
時効制度の趣旨等からすると,消滅時効の援用が認められるべきである。
最高裁昭和41年4月20日判決・民集20巻4号702頁の判断は,「債務者
が時効完成後に債務の承認をした」ことが前提になっている。したがって,「債務
者が債務の承認をした」とはいえない場合には適用されないところ,藤沢薬品及び25
被告による補償金の支払及びその提供は,錯誤に基づく行為であるから,当該行為
による原告の本件請求権の承認についても,錯誤により無効であり,債務承認の効
果を生じない。
したがって,本件において,信義則上,被告の援用権は喪失せしめられるべきで
はない。
6争点5(平成29年以降の利益を基礎とする相当の対価の請求の可否)5
(被告の主張)
前掲最高裁平成15年4月22日判決における判示に従えば,本件請求権の弁
済期は被告の社内規程に従うこととなる。本件請求権のうち,将来の実施料収入
(平成29年以降)を算定基礎とする部分は,被告の社内規程を前提とする限り,
弁済期未到来であるから,将来の給付の訴えである。10
そして,本件請求権のうち,将来の実施料収入を算定基礎とする部分については,
「相当の対価」請求権を認定すべき事情が現時点で確定しておらず,今後大きく変
動しうるものであるから,本件請求権の当該部分は,請求権としての適格を有さな
い。
したがって,本件請求権のうち,将来の実施料収入を算定基礎とする部分につい15
ては,原告の訴えが却下されるべきである。
(原告の主張)
被告の主張は否認し,争う。本件請求権は原告の請求によって遅くとも平成2
8年2月1日には遅滞に陥っている。
第4当裁判所の判断20
1争点1(不起訴の合意の成否)について
(1)被告は,原告が藤沢薬品との間で,本件確認書(乙3)において,本件請
求権の全部につき不起訴の合意をしたと主張している。これに対し,原告は,本件
確認書の射程は,平成15年1月末までの期間分にしか及んでいないと主張し,被
告の主張を争っている。25
確かに,本件確認書では,「『本件請求』に基づき訴訟等の行為は行わないことを
確認する。」と規定されているから,藤沢薬品と原告との間で,不起訴の合意を含
む合意がされたと認めることはできる。
しかし,本件確認書では,「『本件請求』に基づ」く訴訟等の行為は行わないと
明記され,「本件請求」の意義については,「原告が藤沢薬品に対して平成14年
7月15日付通知書にて行った,FR156742の発明…に関する特許法35条5
3項所定の『相当の対価』の請求」と明記されているにすぎず,本件請求権の全部
が不起訴の合意の対象であることが明示されているわけではない。
したがって,本件確認書の文言だけから直ちに,原告の有する本件請求権の全部
について不起訴の合意がされたと認めることはできず,さらに本件確認書の「本件
請求」の具体的内容を検討する必要がある。10
(2)前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認め
られる。
ア原告は,藤沢薬品に対し,次の内容の平成14年7月15日付けの本件
通知書を交付した(甲6の2)。
「FR156742に関連する発明ならびに日本国特許第2,874,342号15
およびその対応外国特許または特許出願に含まれる発明(以下,総称して『当該発
明』という。)の特許を受ける権利の譲渡に対する,特許法第35条第3項所定の
『相当の対価』として,小職の希望する金額を下記のとおり請求させて頂きます。
…最近の各種裁判例を参考に金額を算出させて頂いております。なお,当該発明
のBayer社へのライセンス契約により,今後も当該発明によって御社が受ける20
利益の額に変動が生じることが予測されますので,下記金額はあくまでも現時点に
おける確定金額(●(省略)●円)を基にしたものであり,基礎額の変動による増
額の余地のあるものと理解ください。
つきましては,本申し出に対する御社の対応方針につき,本書面受領の日から2
1日以内にご返答いただきたくお願い申し上げます。25
以上,消滅時効の関係で無用の紛争を回避するため,やむなくこのような書面で
の請求をさせて頂きました。…

●(省略)●円」
イ藤沢薬品は,原告に対し,次の内容の平成15年1月6日付けの「平成
14年7月15日付通知について」と題する書面を交付した(甲7)。5
「平成14年7月15日付通知書にて貴職より請求のありましたFR15674
2の発明に関する特許法35条3項所定の『特許を受ける権利の譲渡に対する相当
の対価』につきまして,このたび新たに制定・施行された当社の職務発明実績補償
規則を基に,当該発明に対する貴殿の貢献の度合い等を種々検討してまいりました
結果,下記記載の金額が平成15年1月時点で当社が得ている一時金収入に基づき10
算定される補償金額(想定)となります。
但し,当該規則上,補償金額の算定は,3年の算定期間を経て行うこととなって
おります。そのため,下記の金額は,当該規則に基づき平成15年1月時点で会社
が得ている一時金収入に基づき計算された金額であり,今後当該発明に関するロイ
ヤリティなどの収入があればその額が増額されることになりますことをご理解頂き15
たく存じます。…

補償金額(想定):●(省略)●円」
ウ原告は,藤沢薬品に対し,次の内容の平成15年1月17日付けの「平
成15年1月6日付回答について」と題する書面を交付した(甲8)。20
「平成15年1月6日付回答書でお示しいただきました貴社の職務発明実績補償
規則に基づき平成16年4月頃にお支払いいただける予定の補償金を,FR156
742の発明者である小職の適切な処遇を将来に渡り確保していただけていること
を条件に,その処遇の一環として受領いたします。」
エ原告と藤沢薬品は,平成15年2月25日,前記第2の2(7)ア記載の25
本件確認書を作成した。
(3)以上の事実をもとに本件確認書の「本件請求」の具体的内容について検討
すると,本件確認書では「本件請求」は「平成14年7月15日付通知書にて行っ
た…請求」であると明記されており,当該通知書とは本件通知書のことを指すと認
められる(甲6の2)。そして,本件通知書は,上記認定のその内容に照らせば,
原告において,藤沢薬品がその時点までにバイエルから受けた利益の額が合計●5
(省略)●円であることを前提として,その金額を基に特許法35条3項所定の相
当の対価を●(省略)●円と算定し,その額を請求したものと認められる(原告は
甲11において同額の算定根拠を説明しているが,原告は藤沢薬品がバイエルから
支払を受けた金額を認識していたのであるし(甲11の添付資料1,甲30の添付
資料10),算定過程についての説明に不合理な点はみられず,その内容は信用でき10
るものといえる。)。
また,原告が認識していた藤沢薬品がその時点までに受けた利益の額は,藤沢薬
品がバイエルから支払を受けていた一時金の合計額と一致していた(前記第2の2
(5)ア(ア)ないし(エ))から,藤沢薬品においても原告の意思を認識・理解していたも
のと認められる。現に,上記認定のとおり,藤沢薬品は,平成15年1月6日付け15
の書面において,原告に対し,同月時点で得ている一時金収入に基づき算定される
補償金額を提示したのであり,その経緯からも原告と藤沢薬品の認識・理解に食い
違いはなかったと認められる。
さらに,原告は本件通知書において,バイエルへのライセンス契約により,今後
藤沢薬品が受ける利益の額に変動が生じることが予測され,それによって基礎額が20
変動し,相当の対価が増額の余地があることを明記し,他方で藤沢薬品も,平成1
5年1月6日付けの書面において,補償金額を提示しつつも,今後ロイヤリティな
どの収入があればその額が増額されることになると明記しており,原告に対する書
面において,今後にロイヤリティ収入があれば増額されることを記していた。この
経緯に照らしても,原告と藤沢薬品は,双方ともに,あくまでも平成14年7月な25
いし平成15年1月の時点で藤沢薬品が支払を受けていた一時金のみを基礎とする
補償金の支払協議をしていたと認められる。
そして,原告は,同年1月17日付けの書面において,藤沢薬品に対し,同社か
ら提示のあった金額の補償金を受領する意思を明らかにし,これを踏まえて原告と
藤沢薬品は本件確認書を作成したのであるが,そこでも原告は,平成15年施行規
則の算定方式による「平成15年1月迄の補償金」を受領することを了解するとす5
る一方,その後のロイヤリティ収入が得られた場合のことは何ら記載されておらず,
そこまで踏み込んだ文面とはされないまま,「本件請求」についての不起訴の合意を
含む合意がされている。
以上の経緯に照らすと,本件通知書は,平成14年7月の時点で藤沢薬品がバイ
エルから支払を受けていた一時金合計●(省略)●円を基に算定した特許法35条10
3項所定の相当の対価を請求したものであり,本件確認書で補償金の算定基準時と
された平成15年1月の時点でも藤沢薬品が支払を受けていた金額に変動はなかっ
たから,本件確認書の「本件請求」も同じ内容の請求を指しており,本件確認書は,
当面問題となっていた平成15年1月までの一時金を基礎とする支払金額を解決す
るものとして作成されたと認めるのが相当である。15
そうすると,不起訴の合意がされたのは,藤沢薬品が本件発明により受けるべき
利益のうち,平成15年1月までのものを基に算定した相当の対価請求についてで
あって,被告が主張するように,原告の有する本件請求権の全部について不起訴の
合意がされたとまで認めることはできない。
(4)被告の主張について20
ア被告は,特許法35条3項に基づく相当の対価請求権は,その全部が特
許を受ける権利の使用者への承継時に発生すると理解されており,本件通知書の
「特許法第35条第3項所定の『相当の対価』として」の記載は,本件請求権の全
てを対象としたものであると主張している。
確かに,相当の対価請求権の発生時期は被告主張のとおりである。しかし,まず,25
職務発明の対価請求権は可分債権であるところ,その額は特許権の存続期間の満了
まで使用者等が受けるべき利益の額に基づき算定することとされており,使用者等
が受けるべき利益の額は期間の経過とともに累積していく性質のものであるから,
使用者等が利益を受けるべき時期により対価請求権を区分して行使し,その一部の
時期分について金額の合意をすることも可能であると解される。また,前記のよう
な本件通知書の内容に加え,平成14年ないし15年当時,バイエルはバイエル製5
品を製造販売するに至っていなかったが,将来的に製造販売に至る可能性は十分に
あり,原告もそのことを認識していたと推認されることに照らせば,本件通知書は
あくまでも,藤沢薬品が平成14年7月までに支払を受けていた一時金のみを同社
が受けるべき利益の算定基礎にした請求にすぎず,それ以後にライセンス料やロイ
ヤリティ収入が得られれば,それを算定基礎にした相当の対価を別途請求すること10
を前提としていたものと解するのが自然であるし,合理的でもある。
したがって,被告の上記主張によって上記認定は左右されない。
イ被告は,本件請求権全てを上記合意によって解決することは,本件請求
権の全てが時効によって消滅するリスクのあった当時の原告にとって合理性があっ
たなどと主張している。15
確かに,本件化合物が明細書に記載された本件基礎出願2がされたのは平成4年
10月15日であり,原告が平成14年7月15日付けの本件通知書を交付したの
は,物質発明に係る対価請求権の10年の消滅時効の完成が迫っていた時期であり
(後記3(1)),本件通知書で「消滅時効の関係で無用の紛争を回避するため」と記
載されていることからすると,原告も消滅時効のことを認識していたと認められる。20
しかし,債権の一部について催告をすると,債権全部について催告(民法153
条)の効力を有すると解されることに加え,本件通知書に対して藤沢薬品が消滅時
効を援用する態度を示さず,むしろ将来にロイヤリティ収入が得られた場合の増額
も提示していたことからすると,原告が消滅時効の心配をすることなく本件確認書
を作成したとしても不合理ではなく,被告主張のように考えなければ合理性がない25
とまでいうことはできない。
むしろ,本件請求権全てについて不起訴の合意が成立したと解すると,原告は本
件確認書に係る合意の後に得られるロイヤルティ収入を算定基礎とした相当の対価
については,訴訟によって相当の対価を請求することができず,事実上,被告が任
意に支払う限度でしか支払を受けることができなくなるが,そのことを,将来のラ
イセンス収入に伴う増額を念頭に置いていた原告が受け入れるとは考え難く,現に5
本件確認書でも将来の増額については何ら取り決める記載がない。また,藤沢薬品
にとっても,当面問題となる平成15年1月までの一時金収入に基づく補償金につ
いて,原告の申入れ額を遙かに下回る同社提示の金額で妥結することができれば,
それだけでもかなりの成果が得られたことになる上,本件確認書を作成した時点で
は,本件化合物のPF1022Aからの半合成による製法発明(本件特許の請求項10
9)について,本件特許の出願(平成5年3月8日)から未だ10年が経過してお
らず,消滅時効が完成していない分が残らざるを得ない(後記3(1))から,それ以
上に将来の不確定な収入分の取扱いに言及しない内容の本件確認書で妥結したとし
ても不合理ではないと考えられる。
したがって,被告の上記主張を採用することはできない。15
(5)以上より,被告の不起訴の合意に関する主張には理由がない。
2争点3(和解契約の成否)について
事案に鑑み,先に争点3以下について検討する。
前記1の認定・判示によれば,本件確認書が和解の合意を含むものであったとし
ても,その対象は,藤沢薬品が平成15年1月までに受けるべき利益に基づく相当20
の対価請求についてであって,被告が主張するように,それ以後に藤沢薬品が受け
るべき利益に基づく相当の対価について,原告が平成15年施行規則をはじめとし
た社内規程により算定される範囲内での請求権を有し,その余の請求権を放棄する
旨合意されたとまで認めることはできない。
したがって,被告の和解契約に関する主張には理由がない。25
3争点4-1(消滅時効の成否-本件請求権の消滅時効の起算日)について
(1)従業者等が職務発明についての特許を受ける権利を使用者等に承継させた
場合の相当な対価請求権は,承継のときに,その請求権全体が発生する性質のもの
である。
本件において,原告から藤沢薬品に対して具体的にいつ,どのような方法で本件
発明に係る特許を受ける権利が譲渡(承継)されたかは判然としない部分があるこ5
とは否めないものの,原告は藤沢薬品において特許の出願をする前提で,その出願
処理依頼書を作成し,藤沢薬品に提出していたこと(甲48[本件基礎出願2関
係],乙82[本件基礎出願1関係])などに照らせば,本件発明の完成後,遅く
とも藤沢薬品がその発明について特許の出願をした時までには,原告は藤沢薬品に
対して各発明に係る特許を受ける権利を譲渡していたものと認めることができる10
(原告は甲9記載の就業規程による予約承継や乙4の譲渡証書による譲渡を否認し
ているが,藤沢薬品に対して本件発明に係る特許を受ける権利が譲渡された前提で,
特許法35条3項又はその類推適用に基づく相当の対価を請求しているから,これ
が譲渡されたこと自体は前提にしているものと解される。)。
そして,特許法35条3項に基づく相当の対価の支払請求権について「権利を行15
使することができる時」(民法166条1項)とは,本件のように発明の時点で職
務発明に対する補償金に関する社内規程が存在しない場合には,期限の定めのない
債権であるから,特許を受ける権利を譲渡(承継)した時と解するのが相当である。
そうすると,本件における消滅時効の起算点は次のとおりとなり,中断事由等が
ない限り,この日から10年が経過することによって,消滅時効が完成することに20
なる。
ア本件特許に係る物質発明,用途発明並びに請求項10及び11記載の製
法発明:遅くとも本件基礎出願2の出願日である平成4年10月15日
イ本件特許に係る請求項9記載の製法発明:遅くとも本件特許の出願日で
ある平成5年3月8日25
(2)被告の主張を前提とする原告の主張について
原告は,被告の主張を前提とすれば,平成15年施行規則に基づく算定期間・
支払時期の制約を受けることになり,原告の平成16年4月1日以降の実績補償金
の支払請求が法律上可能となったのは,平成20年であるから,それまでは法律上
の障碍があったと主張している。
しかし,そもそも,平成15年施行規則が施行されたのは平成15年1月1日5
(施行日を遡及させる旨の定めによっても平成13年4月1日)であり,これは本
件発明が完成し,本件発明に係る特許を受ける権利が譲渡された後であるところ,
既に成立した請求権について藤沢薬品に新たに期限の利益が付与されるというのは,
原告にとっては実質的にも不利益なことである。そうすると,既に成立した具体的
な請求権について,藤沢薬品が一方的に自らに期限の利益を付与する不利益変更を10
原告に強いることはできず,また,当時に原告がそのような不利益変更を個別的に
同意したとも認められないから,事後的に平成15年施行規則が施行されたことに
よって,特許法35条3項に基づく相当の対価請求権自体に,新たに期限が付与さ
れたと認めることはできない。
また,平成14年10月に消滅時効が完成した本件特許に係る物質発明等につい15
ては,平成15年施行規則の施行(及びその施行日を遡及させる旨の定めが設けら
れたこと)は消滅時効完成後の事情であるところ,消滅時効完成後の事情によって
消滅時効の完成自体が覆ることを認めることはできない。
したがって,被告の主張を前提とする原告の上記主張は採用することができない。
(3)本件で被告は特に中断事由を主張していない(なお,原告は平成14年720
月15日,藤沢薬品に対して本件通知書を交付して相当の対価を請求したが,その
後6か月以内に裁判上の請求等(民法153条)をしなかった。)から,上記(1)ア
及びイの日から10年が経過したことによって消滅時効が完成したことになる。そ
こで,次に,被告が本件請求権について消滅時効を援用することが許されるか(争
点4-2)が問題となる。25
4争点4-2(消滅時効の成否-被告が本件請求権について消滅時効を援用す
ることは信義則に反するか)について
(1)原告は,藤沢薬品が消滅時効完成後に平成15年施行規則を適用して,実
績に係る部分についても原告に請求権を新たに付与したとして,信義則に基づく援
用権の喪失事由があると主張している。
そこで検討すると,債務者が消滅時効の完成後に債権者に対し当該債務を承認し5
た場合には,時効完成の事実を知らなかったときでも,その後その時効の援用をす
ることは許されないと解すべきである(前掲最高裁昭和41年4月20日判決)。そ
の理由は,時効の完成後,債務者が債務の承認をすることは,時効による債務消滅
の主張と相容れない行為であり,相手方においても債務者にはもはや時効の援用を
しない趣旨であると考えるであろうから,その後においては債務者に時効の援用を10
認めないものと解するのが信義則に照らし,相当であるからである。
しかし,承認とは,時効の利益を受ける当事者が,時効によって権利を失う者に
対して,その権利の存在することを知っている旨を表示することであるから,単に
平成15年施行規則を施行しただけでは,藤沢薬品が原告に対して特許法35条3
項に基づく相当の対価の支払債務を承認したと認めることはできない。15
したがって,原告が指摘する上記事情によって藤沢薬品及び被告が援用権を喪失
することはないというべきである。
(2)次に,原告は,被告が,算定期間毎に,原告に対して支払通知をし,これ
に伴う実績補償金の支払をしてきたとして,信義則に基づく援用権の喪失事由があ
ると主張している。20
アそこで,前掲最高裁昭和41年4月20日判決に照らして検討すると,
前記第2の2(7)イ及び前記1(2)での認定事実のとおり,①原告が,本件通知書に
おいて,平成14年7月までに得られた一時金に基づく相当の対価の支払を請求す
るとともに,その後に同社が利益を得た場合には増額の余地があり,消滅時効の関
係で無用の紛争を回避する必要があると申し入れたのに対し,藤沢薬品は,平成125
5年施行規則による平成15年1月までの一時金収入に基づく補償金額を提示する
とともに,今後にロイヤリティなどの収入があればその額が増額される旨を回答し
たこと,②本件確認書では,平成15年1月までの一時金収入に基づく補償金額の
受領が約されたにとどまり,将来にロイヤリティ収入を得た場合の取扱いについて
は明記されなかったが,その後,被告は,原告に対し,実施による利益の有無等の
検討を行った上で,平成21年3月に,原告から不足額の支払請求の留保を受けつ5
つも,平成17年の職務発明規程に基づく平成16年度から平成19年度までの実
施時補償金を支払い,平成23年11月に平成17年の職務発明規程に基づく平成
20年度から平成22年度までの実施時補償金の支払を提示したが原告から異議申
立てを受けて未だ支払に至っておらず,また,平成26年12月に平成17年の職
務発明規程に基づく平成23年度から平成25年度までの実施時補償金の支払を提10
示したが原告から異議申立てを受けて未だ支払に至っていないことが認められる。
これらの事実からすると,藤沢薬品及び被告は,本件特許に係る相当対価請求権
の消滅時効の完成時期について認識を有していたと推認され,それにもかかわらず,
本件確認書を作成するに当たり,将来にロイヤリティ収入があった場合には補償金
額が増額される旨を回答し,また,全ての発明との関係で対価請求権の消滅時効が15
完成した後も,支払額について原告との間で争いがあったにもかかわらず,平成1
5年施行規則及び平成17年の職務発明規程に基づき,実施による利益の有無等の
検討を行った上で,実施補償としての支払を行い,又は提示したということができ
るから,藤沢薬品及び被告は,これらの一連の行為により,原告をして消滅時効を
援用しないと信頼させる行動をとったというべきであり,本件の対価請求権の消滅20
時効の完成後の補償金(これは特許法35条3項に基づく相当な対価としての性質
を有する。)の支払ないし支払提示により本件請求権に係る債務を承認したと認め
るのが相当である。
イこの点,被告は,原告の本件請求権は本件確認書によって全て平成15
年施行規則によることとなった旨の錯誤に陥っていたから,債務承認は無効で,そ25
の効果が生じないと主張している。
しかし,本件確認書及び本件通知書の内容に照らせば,藤沢薬品や被告において,
本件確認書に係る合意によってすべて(将来のロイヤリティ収入に基づく対価請求
も含めて)解決したと誤信していたと認めることは困難であるし,被告の主張する
錯誤は動機の錯誤にすぎないところ,被告主張のような動機が原告に対して表示さ
れ,藤沢薬品又は被告による承認の通知の内容とされたと認めるに足りる証拠はな5
い。
したがって,被告の上記主張は採用できない。
(3)以上より,被告が本件請求権について消滅時効を援用することは信義則に
反し許されない。
5争点5(平成29年以降の利益を基礎とする相当の対価の請求の可否)につ10
いて
被告は,本件請求権のうち,将来の実施料収入(平成29年以降)を算定基礎と
する部分は,弁済期未到来であるから,将来の給付の訴えであるなどと主張し,そ
の部分の請求に係る訴えの却下を求めている。
しかし,前記3の認定・判示によれば,平成15年施行規則によって本件請求権15
に新たに期限が付与されたとは認められないから,被告の主張は採用できない。
したがって,原告は,被告に対し,本件で本件特許の存続期間満了までに藤沢薬
品及び被告が受けるべき利益に基づく相当な対価の支払請求をすることができる。
6争点2(本件発明に係る相当の対価の額)について
(1)前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認め20
られる。
ア原告が明治製菓の欧州特許出願を知り,PF1022Aの全合成の検討
を始めるまでの経過
(ア)藤沢薬品では,昭和58年以降,事業部制が採られており,会社とし
ての業務執行権限は一部,各事業部長に委譲されていた(甲34,50)。そして,25
動物薬,植物薬,食品添加物,コンクリート混和剤のような化成品等の研究・開
発・販売を担う部門である特薬事業部では,遅くとも平成元年4月以降,水産用寄
生虫薬の探索等が開発研究テーマとされたほか,新規駆虫薬の研究開発も行われる
ようになり,遅くとも平成2年2月までには駆虫薬の開発が動物薬研究の新規テー
マに挙げられた(甲36,50,乙33,36,37,74。なおこの事実認定の
補足説明については後記(4)イ。)。5
(イ)原告は,平成元年頃当時,特薬事業部の特薬研究所において駆虫薬の
研究開発を行っていた。
その当時,米国の製薬会社であるメルクが開発したイベルメクチンが最も売上の
ある駆虫薬(抗寄生虫薬)であったが,これに含有されている化合物は構造が複雑
で,これに化学修飾を施すことは困難であった。そこで,当時の研究開発は,論文,10
特許に関する公報等から駆虫活性のある化合物(シード化合物)を選択し,そのシ
ード化合物の構造を変換して幾種もの誘導体を合成し,その合成された誘導体の薬
理効果を評価系を用いて評価し,より駆虫活性の高い化合物を創出する(スクリー
ニング)という形をとっていた(甲37,乙33,36)。
(ウ)もっとも,藤沢薬品には,平成元年8月以降に特薬研究所のP4が作15
成した土壌線虫を用いた試験管内評価系しか構築されておらず,駆虫薬の研究開発
のためには,駆虫活性を評価するための新たな評価系を確立することが必要不可欠
であった。そこで,P4が上記評価系を改良したほか,新たな評価系の構築に着手
した(乙33,37,55の添付資料2の№2)。
(エ)明治製菓は,平成2年2月6日,PF1022Aの物質発明及び発酵20
による製法発明について欧州特許出願をするとともに,我が国でも特許出願をした。
我が国の特許出願の願書に添付された明細書には,PF1022Aは公知の化学
的な合成方法によって製造することは可能であるとしつつ,その製造法の一態様と
して,カビに属するPF1022A物質生産菌を培養し,その培養物からPF10
22A物質を採取する方法が記載されていた(甲40,乙16)。25
(オ)P4は,平成2年6月ないし8月までには,ラット毛様線虫(ニポス
トロンギルスブラジリエンシス)を用いた生体内評価系を構築し,これ以降はこ
の評価系を用いた薬理評価もされるようになった。また,P4はその後,この評価
系の改良を進めた(乙33,38,40ないし42,44ないし46)。
(カ)特薬研究所の創薬チームであった原告,P2及びP3は,平成元年7
月以降,チアゾロピリジン誘導体,イミダヅピリジン誘導体,ベンズイミダゾール5
系駆虫薬の誘導体,カイニン酸及びキスカル酸の誘導体,天然に存在する殺線虫物
質を種々合成して検討したが,なかなか駆虫活性が高い化合物を創出することはで
きなかった。しかし,平成3年2月頃,不十分ではあるものの,土壌線虫に対して
駆虫活性を有する●(省略)●を合成することができ,これをリード化合物として
誘導体合成を進めることとなった。なお,藤沢薬品は,この発明について,平成410
年10月15日,特許の出願をし,この出願においては,物質発明に加え,土壌線
虫又は植物に寄生する線虫防除剤としての用途発明について出願がされた(甲36,
37,38,乙33,40ないし45,81)。
(キ)PF1022Aの欧州特許出願は平成2年8月16日に公開されたが,
原告は,平成3年2月頃,特薬事業部で回覧されていた資料によって,駆虫活性の15
ある新規化合物としてPF1022Aの欧州特許出願が公開されていることを知り,
その公開公報を読んだ。その公報によれば,PF1022Aの化学構造(別紙「本
件化合物の合成過程」の1枚目の「PF1022A」と記載されている環状の平面
構造)は開示されていたものの,立体構造についての言及はなかった(甲37,4
0)。20
(ク)原告は,PF1022Aの立体構造がどのようなものであるかを考え
ていたところ,平成3年4月11日頃,「明治製菓が発見動物の寄生虫にだけ薬
効」,「毒性,副作用もない体重1キログラム当たり2-5ミリグラムでOK」と
の見出しの同日発行の日本工業新聞の記事(以下「本件記事」という。)を目にした。
本件記事には,「新しい寄生虫駆除物質は,茨城県で採取した植物に付着している微25
生物から抽出した炭素原子五十二個,水素原子七十六個,窒素原子四個,酸素原子
十二個が結合した化合物。具体的には『L・Nメチルロイシン』『D・フェニル乳
酸』『D・乳酸』の三種類の化合物が環状に結合した構造をしている。」と記載され
ていた。
そして,原告は本件記事と上記(キ)の特許出願の対象化合物であるPF1022A
とを結びつけ,その立体構造を推定した(甲37,41,乙15)。5
イPF1022の全合成から,本件特許の出願に至るまでの経過
(ア)原告は,平成3年5月,逆合成法を駆使してPF1022Aの合成計
画を作成し,PF1022Aの合成に着手した(甲28,37)。
(イ)原告は,P2と共同して,平成3年6月中旬までに,PF1022A
の全合成法の発明を完成させた。この合成法は,●(省略)●PF1022Aを合10
成するというものであり,合成した化合物はラット毛様線虫に対して強い生体内活
性を有することが確認された(甲28,37,42,乙55)。
(ウ)藤沢薬品は,原告及びP2からPF1022Aの全合成法の発明につ
いて特許を受ける権利を譲り受け,平成3年8月23日,PF1022Aの全合成
法に関する特許を出願した。また,藤沢薬品は,平成4年7月21日に,PF1015
22Aの全合成法及びその新規中間体の物質発明について,優先権の主張を伴う特
許の出願をした。なお,明治製菓がPF1022Aの全合成法について特許出願し
たのは,平成4年5月22日であり,藤沢薬品による出願よりも約9か月遅かった。
また,他にも米国のアップジョン,ドイツのバイエル,日本の三共がPF1022
Aの全合成法を研究していたが,いずれも藤沢薬品での開発に後れるものであった20
(甲28,37,42)。
(エ)特薬研究所では,合成を試みた●(省略)●では十分な活性を示す
ものがなかったことから,その探索を●(省略)●一方,PF1022Aの駆虫活
性が確認できたことから,その誘導体の探索を行うこととした。そして,原告,P
2及びP3が,原告を最年長のリーダーとして,平成3年7月以降,PF102225
Aをシード化合物としたその誘導体の合成研究を開始し,まず,PF1022Aの
誘導体の合成と薬理評価を繰り返し,どの部位を修飾すると駆虫活性が高まるのか
(構造活性相関)を探ろうとした。
具体的には,PF1022Aの骨格の構成要素である「L-Nメチルロイシン
(N-メチル-L-ロイシン)」(Nメチルロイシン),「D-フェニル乳酸」及び
「D-乳酸」を他の構成要素に置き換えて,駆虫活性にどのような影響があるのか5
を検討していた(甲43,44,乙33,46)。
(オ)原告,P2及びP3は,平成3年9月13日,特薬研究所のP5と打
合せを行い,その際に甲45の書面が使用された。そのうち3枚目以降がPF10
22Aの誘導体を合成する計画に関するもので,原告が作成したものであるところ,
原告はその資料において,①骨格の単純化(D-フェニル乳酸を1つ又は2つ含み,10
その他の部分を単純化すること)及び②D-フェニル乳酸部分を他の化合物に変換
することを記載していた。そして,上記②に関し,甲45の資料の「ⅢD-Ph
Lac部分の変換」の項目において,フェニル基部分を変換する種々の部分の一つ
として別紙「原告作成の図(甲45)」記載の図(以下,この図のうち最も右側の2
5の図を「甲45の図」という。)が記載されていた(甲43,45,乙46)。15
(カ)もっとも,原告らは,平成3年10月ないし12月までには,PF1
022Aと同程度の駆虫活性を残したまま,その構造を単純化することは困難であ
ると判断し,PF1022Aの骨格を維持したまま,置換基の化学修飾を行う方向
で合成研究を行っていくこととした(甲43,乙33,47)。
(キ)P4は,平成3年12月までには,ラット毛様線虫を用いた試験管20
内評価系を構築し,ラット毛様線虫を用いて生体内と試験管内の双方で薬理評価を
することができるようになった(乙33,39,47)。
(ク)原告らのチームは,なかなかPF1022Aの駆虫活性を超える化合
物を創出することはできなかったが,P2は,平成3年12月までに,本件明細書
の実施例1記載の化合物(●(省略)●。以下「化合物①」という。)を合成した。25
化合物①は,PF1022AのD-フェニル乳酸部分のフェニル基のパラ位にメト
キシ基を導入した化合物で,甲45の図の●(省略)●にしたものであり,薬理評
価により,PF1022Aの約●(省略)●倍の駆虫活性を有することが確認され
た(甲43,47,乙47,82)。
(ケ)藤沢薬品は,化合物①及びPF1022Aと同等の駆虫活性を有する
他の化合物(別紙「原告作成の図(甲45)」の21に記載されたもので,本件明細5
書の実施例2記載の化合物(●(省略)●))に係る発明について,発明者から特許
を受ける権利を譲り受け,平成4年3月17日,特許の出願をした(本件基礎出願
1)。
この特許出願の願書に添付された明細書には,ニポストロンギルスブラジリエ
ンシスを感染させたラットでの駆虫効果を調べた試験結果が記載されていた(【0010
26】以下)(甲43,乙82,83,94の1)。
(コ)原告は,化合物①の駆虫活性が高かったことから,PF1022Aの
●(省略)●可能性を考え,平成4年5月8日までに,「D-phLac部分の誘導
体合成計画」と題する書面(甲46)を作成し,同日,これをもとにP5と打合せ
を行った。原告はその書面の「●(省略)●」の項目において,●(省略)●を修15
飾する種々の化合物を掲げ,その中に別紙「原告作成の図(甲46)」(以下,この
図のうち右側の上から3番目の枠内の図を「甲46の図」という。)が記載されてい
た。ただし,原告はその時点では,●(省略)●化合物についても検討していた
(甲46のまとめ①③)(甲43,46)。
(サ)原告は,平成4年7月初め,本件明細書の実施例3(請求項8)記載20
の化合物(甲46の図においてRが中央のもの。●(省略)●。以下「化合物③」
という。)を合成した。化合物③は,PF1022AのD-フェニル乳酸部分のフェ
ニル基のパラ位にジメチルアミノ基を導入した化合物であり,薬理評価により,P
F1022Aの約●(省略)●倍の駆虫活性を有することが確認された。
また,原告は,同年8月10日,本件化合物(本件明細書の実施例5記載の化合25
物で,甲46の図においてRが右側のもの)を合成した。本件化合物は,PF10
22AのD-フェニル乳酸部分のフェニル基のパラ位にモルフォリノ基を導入した
化合物であり(上記別紙参照),薬理評価により,PF1022Aの約●(省略)●
倍の駆虫活性を有することが確認された(甲43,47,48,乙84)。
(シ)原告らは,化合物③がPF1022Aの約●(省略)●倍の駆虫活性
を有することが判明した後,これをそれまでのように全合成によって合成した場合,5
採算的に釣り合わない可能性が高いことから,●(省略)●を行うことも想定し,
全合成法により合成したPF1022Aから出発して化合物③を合成する方法(半
合成法)について検討を開始した。
その結果,原告らは,平成4年8月下旬,PF1022Aをニトロ化反応に付し,
PF1022Aのニトロ化体(PFニトロ体)を得る発明を完成させ(別紙「本件10
化合物の合成過程」の1枚目の工程1参照),その後,中間体を還元的アルキル化反
応に付し,化合物③を合成する発明を完成させた(甲43,48)。
(ス)それまでの合成方法では,●(省略)●を出発原料としてPF102
2Aの●(省略)●を合成していたため,この合成法で得られる●(省略)●は限
られていたが,P2は,種々の置換基を有する●(省略)●の汎用性のある合成法15
のために,その頃,●(省略)●を出発原料とした●(省略)●の合成法を見出し
た。これは本件明細書の製造例59,93及び101記載の方法であり,この方法
を見出したことによって,より多様な誘導体合成を短期間で行うことが可能となっ
た(甲43,乙80)。
(セ)藤沢薬品は,化合物③及び本件化合物並びにその他4つの化合物(本20
件明細書の実施例4,6,7及び8記載の化合物)の発明について,発明者から特
許を受ける権利を譲り受け,平成4年10月15日,優先権の主張を伴う特許の出
願をした(本件基礎出願2)。
この特許出願の願書に添付された明細書では,特許請求の範囲の内容が一部拡張
変更されたほか,実施例3ないし8(そのうち実施例5が本件化合物)が追加され,25
また試験例(化合物①[実施例1],化合物③[実施例3],実施例4,本件化合物[実
施例5]及びPF1022Aを試験化合物として,ニポストロンギルスブラジリエ
ンシスを感染させたラットでの駆虫効果を調べたもの)が記載されていた(【001
8】以下)(甲14,48,乙94の2)。
本件基礎出願2の明細書では,PF1022Aから本件化合物の半合成による製
造方法について,別紙「本件化合物の合成過程」の1枚目の工程1ないし3が製造5
法2,3及び5として記載されたが,工程3(製造法5)によって本件化合物を製
造した実施例は記載されておらず,本件化合物を実際に製造した実施例5は,同明
細書の製造例32ないし40及び製造法1から成る全合成の製造方法(別紙「本件
化合物の合成過程」の2枚目の工程BⅠ及び工程B)を用いたものであった。
(ソ)原告らは,平成4年9月以降,PFニトロ体を還元反応に付し,PF10
アミノ体を合成した。また,原告らは,平成5年1月18日,PFアミノ体を環状
アルキル化反応に付し,半合成法により実際に本件化合物を合成した(別紙「本件
化合物の合成過程」の1枚目参照。なお,平成4年10月1日受付印のある乙10
には製造法5の記載があるが,本件化合物を作成する反応例は記載されておらず,
前記のとおり本件基礎出願2の明細書にも記載されていないから,製造法5による15
本件化合物の合成が乙10の作成までに完成されていたと認めることはできず,上
記認定に沿う甲43における原告の陳述を採用することができる。)。
さらに,原告らは,同年3月までに,本件明細書の実施例9ないし31記載の化
合物を合成した(このうち実施例31が,本件化合物を製造法5により製造したも
のである。)。20
なお,本件明細書記載の実施例31例のうち,原告が合成したものは●(省略)
●例,P2が合成したものは●(省略)●例,P3が合成したものは●(省略)●
例であった(甲27の添付資料3,甲43,47,乙84)。
(タ)藤沢薬品は,上記(ソ)の各発明についても,発明者から特許を受ける権
利を譲り受け,平成5年3月8日,優先権の主張を伴う特許(本件特許)の出願を25
した。
この特許出願の願書に添付された明細書(本件明細書)では,本件基礎出願2か
ら特許請求の範囲の内容が一部修正され,請求項が追加されたほか,実施例9ない
し31及びストロンギロイデスベネズエレンシスを感染させたスナネズミで本件
化合物の駆虫効果を調べた試験例の記載が追加された(甲2)。
ウ本件特許の出願後から本件ライセンス契約の締結に至るまでの経過5
(ア)藤沢薬品では,平成5年以降,本件化合物の製剤化に向け,本件化合
物の駆虫範囲拡大のための拡大評価が実施され,●(省略)●等の様々な評価試験
等が行われた。具体的には,特薬研究所で本件化合物の駆虫効果をさらに詳細に評
価するための試験や,製剤化に向けた評価試験等の多数の試験が行われた。
また,特薬研究所の主任研究員で,開発担当であったP6が主導して,一部の評10
価試験の実施を株式会社京都動物検査センター,岐阜大学等の外部機関に委託し,
藤沢薬品はその委託費用を負担した(甲50,58,乙14の2,30,53,5
4,55,74,86)。
(イ)藤沢薬品は当初,本件化合物を含有する製剤を自社製品として,自社
で製造販売承認申請を行うことも検討していた。また,藤沢薬品は,本件特許が出15
願公開された●(省略)●(甲2,50,乙53,54)。
(ウ)当時,明治製菓は,平成4年5月22日にPF1022Aの全合成方
法に関する特許を出願した後,平成5年2月19日にPF1022Aの誘導体の特
許を出願していたほか,PF1022BからEといった同種の化合物の特許も出願
していた。20
また,バイエルは,平成2年8月以降,明治製菓とPF1022A及びその関連
化合物の研究に関して密接に接触していたが,平成6年1月11日,ドイツ特許庁
に本件化合物とプラジカンテル又はエプシプランテルの合剤に関する発明について
特許の出願をし,日本でも平成7年1月9日,発明の名称を「内寄生性生物防除剤
である組成物」とする優先権の主張を伴う特許の出願をした。我が国の特許出願の25
願書に添付された明細書には,実施例Aとして,イヌを鉤虫で感染させた線虫テス
トの結果が(【0180】以下),実施例Bとして,ネコを線虫で感染させた線虫テ
ストの結果が(【0189】以下),それぞれ記載されていた。なお,バイエル製品
のうち「プロフェンダータブレット」はイヌに投与するもので,犬鉤虫も対象疾
患とされているし,「プロフェンダースポット」はネコに投与するもので,猫線虫
も対象疾患とされている。5
また,バイエルは,平成5年5月26日にPF1022Aの誘導体の特許を2件,
平成6年10月18日に同誘導体の特許を1件出願していたほか,それ以後もPF
1022A関係の誘導体の特許を出願している(甲23,29の添付資料6,7,
甲31,32,53,54,59,乙27,59,74)。
(エ)藤沢薬品は,平成6年3月から,本件化合物の犬フィラリア薬として10
の検討を開始し,●(省略)●を依頼した。また,その後,藤沢薬品は,●(省
略)●を開始した。その過程で,原告が●(省略)●の日本法人に対して情報提供
したこともあった(甲33,50,58,乙52,74)。
(オ)藤沢薬品は,平成7年6月以降,自社による製剤の検討を開始したが,
そのために本件化合物を工業的スケールで製造するのに適する製造方法の開発を進15
め,その改良を施した別件特許1ないし3の出願又はその基礎出願をしたところ,
各特許の概要は次のとおりである(別紙「本件化合物の合成過程」参照)。なお,別
件特許はいずれもバイエルがバイエル製品を製造販売するに当たり,実施されてい
ない。また,このほかにもP2らは,本件化合物を工業スケールで製造可能な全合
成法を開発し,藤沢薬品は,同年10月から発酵生産の研究も開始した(甲22,20
乙74,77ないし79,95ないし98)。
a別件特許1(乙95)(発明者:原告,P2,P3)
駆虫活性を有するデプシペプチド誘導体の別途製造法及びこのようなデ
プシペプチド誘導体を合成する新規中間体に関する発明である。具体的には,上記
別紙の1枚目記載の半合成法による製造過程において用いられ得る発明であり,半25
合成法においては,「PFアミノ保護体」の物質発明及びその保護基を外し,本件化
合物をPF1022Aから半合成する際の中間体になる「PFアミノ体」を合成す
る製法(工程A)に関するものである。
b別件特許2(乙96[乙77])(発明者:P3,P2)
駆虫活性を有する環状デプシペプチド誘導体の別途製造法及びこのよう
なデプシペプチド誘導体を合成する新規中間体に関する発明である。具体的には,5
本件化合物の全合成の工程に係る上記別紙の2枚目のうち,右側の最終工程である
工程Cに係る製法発明及びこれに関する中間体の物質発明である。
c別件特許3(乙97[乙79])(発明者:P2,P7)
駆虫活性を有するデプシペプチド誘導体の新規な製造法に関し,詳細に
は,デプシペプチド誘導体の合成中間体を工業的に有利に製造することのできる方10
法に関する発明である。具体的には,上記別紙の2枚目の本件化合物の全合成の工
程のうち,原料化合物としてのモノフォリノフェニル乳酸若しくはその前駆体又は
それらの保護体の物質発明等であり,●(省略)●。これと別件特許2によって,
●(省略)●ことができるようになった(乙53)。
(カ)本件化合物の製剤化を検討していた特薬研究所は,平成8年7月1日,15
知的財産部に対し,検討中の製剤組成についての特許調査を依頼したところ,知的
財産部は,同年8月13日,それらは明治製菓の出願中特許に抵触するおそれがあ
る旨の回答をした(乙56,57)。
(キ)この間の平成8年5月,米国で本件化合物に関する特許権が登録され
て成立した。そして,●(省略)●求めた。20
これを受けて,同年9月17日,特薬研究所は役員に対し,これまでの経緯と同
研究所の考えを説明した(この日のことは乙23にも言及がある。)。
そこでは,当時の販売高1位の駆虫薬であるイベルメクチンの欠点として,①特
許期間が満了,②耐性寄生虫の出現(羊分野),③同種競合品の出現,④犬フィラリ
アに対して治療効果が出ない,⑤毒性が高い(犬種により使用できない),⑥重要線25
虫類(鞭虫,鉤虫)に対して効果が低いとする一方,本件化合物の特徴として,(a)
駆虫活性が現存する薬剤の中で一番広い,(b)安全性が高い,(c)犬フィラリア症の
治療ができる,(d)イベルメクチンと交差耐性がない,(e)経口,非経口で使用可能
としていた。
もっとも,本件化合物の開発上の問題点として,①合成工程が長いので原価低減
が困難(対策として発酵中間体の生産を検討),②明治製菓の発酵生産品からの対抗5
品出願の可能性(現状ではなし),③難溶性物質なので高い製薬技術が求められる
(ただし既に対応されつつある),④開発コストの負担を挙げていた。
そして,抗フィラリア薬としてのみ国内開発したときのROI(開発経費に対す
る5年利益の割合)は●(省略)●倍であるとしていた(乙74)。
(ク)藤沢薬品では,平成8年10月28日付けで明治製菓とバイエルの出10
願特許から見た本件化合物をめぐる権利関係について見解をまとめた。
そこでは,まず,明治製菓については,藤沢薬品がPF1022Aの全合成と誘
導体の特許を先立って出願できたことから,明治製菓の物質特許で優先権の主張が
できるものは限られ,その中で藤沢薬品に脅威を与えるのは発酵生産力価の高いP
F1022Aのみであると分析した。次に,バイエルについては,平成5年から平15
成7年に出願したPF1022A関係のものは,いずれも藤沢薬品の本件特許に抵
触するか活性の低いものであり現在のところ脅威を与えるものはないと分析した。
そして,結論として,本件化合物に関する米国特許が広い範囲で成立していること
から,PF1022Aの誘導体で本件化合物以上の高活性の化合物を本件特許を逃
れて見出すのは困難であると判断していた(甲59)。20
(ケ)これらを踏まえ,平成8年12月2日,特薬研究所は再び役員会で同
研究所の考えを説明した(乙23,60)。
aそこでは,次のように述べられている。
(a)本件化合物は,抗寄生虫スペクトルが現存する寄生虫薬の中では
最も広範囲で,新規の作用機序を有する化合物であるが,各寄生虫に対する最低有25
効量の検討と精度の高い安全性の評価が未了である。
(b)本件化合物の生産見通しは,合成による場合には,全合成法はノ
ウハウがほぼ完成し,半合成法も骨格はできあがっており,発酵法による場合も明
治製菓とは異なる同等の生産菌を保有しており,現在は合成原料として使える前駆
体単離の可能性やPF1022Aより高度な化合物生産を検討している。
(c)犬フィラリア症予防・治療剤として開発する場合のROIは●5
(省略)●倍である。
(d)明治製菓の特許もバイエルの特許も本件化合物に優るものはなく,
結局は本件化合物に収束されると考えられる。
(e)明治製菓及びバイエルの事情としては,PF1022Aではフィ
ラリア用途へ展開できず,他の線虫用途に対してもスペクトルが狭く,バイエルが10
現在候補としている誘導体は本件特許に抵触し,PF1022Aとその誘導体の海
外での開発権はバイエルに移譲されており,明治製菓とバイエルの契約上は明治製
菓は藤沢薬品にPF1022Aを提供できない。
(f)フィラリア薬の営業活動の実態として,国内では明治製菓と藤沢
薬品がそれぞれ営業活動を行い,海外市場では,明治製菓はバイエルに開発・販売15
権を移譲しているが,バイエルは外部寄生虫薬では世界最大の製薬会社だがフィラ
リア薬の販売経験はなく,藤沢薬品は●(省略)●等から評価の申入れを受けて実
施しており,●(省略)●はフィラリア薬の研究・販売では他の追従を許さず,●
(省略)●があった。
(g)●(省略)●に対する方針としては,犬フィラリア用途について20
国内では独自に開発できる見通しが得られたこと,海外についても独自のパートナ
ーを選定して開発できる可能性があることから,本件特許の譲渡申入れに対応する
必要はない。
bこの役員会では,国内展開だけでなく海外展開も含めて開発するこ
ととし,海外展開のパートナーについては平成9年2月の●(省略)●の開発計画25
を見て決めることとし,●(省略)●は断る方針となった。
(コ)この役員会を受けて,特薬研究所は,平成8年12月,高価な全合成
法に代えて,発酵法による安価な生産の検討を探索研に依頼したが,PF1022
Aは明治製菓が特許を取得していることから,その前駆体又はその高次化合物を発
酵法で作ることが必要であった。
しかし,特薬研究所は,平成9年6月までに,PF1022Aの前駆体又はその5
高次化合物を発酵法で収率よく生産できる可能性は極めて低いとの結論に達したこ
とから,国内のペット向けのフィラリア用途だけであれば全合成法でもコスト的に
可能だが,海外展開の家畜向けまで考えるとPF1022Aの権利を有する明治製
菓と手を握らざるを得ないとの結論となった。また,藤沢薬品としては駆虫薬を本
格的に開発するのは初めての経験で,ノウハウ不足に加え,臨床試験等の面で多く10
の費用とマンパワーが必要になることから,自社のみでの開発には限界があった
(甲26)。
(サ)藤沢薬品は,役員会の方針を受けて,●(省略)●と役員同士の会談
を行い,●(省略)●旨を回答していたが,その際に●(省略)●から藤沢薬品と
協調していく上での接点を見出したい旨の打診があったことから,同年9月頃に再15
会談する予定となっていた。そうしたところ,●(省略)●等について仮合意した
(甲26)。
(シ)この仮合意を受けて,藤沢薬品,●(省略)●は,●(省略)●が,
この時点で●(省略)●
藤沢薬品は,ロイヤルティーについては,法務部を含む社内での検討を踏まえ,20
●(省略)●をとっていたことに対して,特薬事業部企画部の主査が人的関係によ
り●(省略)●の担当者と鋭意交渉するなどした。
このようにして,藤沢薬品は,●(省略)●との協議・検討を進め,●(省略)
●経緯を経て,藤沢薬品と●(省略)●は,●(省略)●。なお,藤沢薬品では,
その協議・検討を特薬事業部の企画部が中心に担当し,原告がその協議に関与する25
ことはなかった(甲59,乙24,63,64,72,75)。
(ス)この間,●(省略)●
(セ)また,この間,藤沢薬品は,本件化合物の結晶形の開発を進め,平成
9年11月10日に別件特許4を出願した(発明者:P8,P3,P9)。これは,
駆虫活性を有するデプシペプチド誘導体の新規な結晶及びその製造方法に関する発
明であり,従来製法による結晶よりも製造効率と収率が高められた結晶を提供する5
というものである(乙98)。
(ソ)以上の経緯の下で,藤沢薬品は,平成10年4月27日,バイエルと
二社間で本件ライセンス契約を締結することになった。なお,本件ライセンス契約
の対象には,●(省略)●等を含めることにされた(乙52,53,72)。
エ本件ライセンス契約締結後の経過10
(ア)バイエルは,平成10年4月27日,藤沢薬品との間で本件ライセン
ス契約を締結し,同月28日には,全く新規な特許で保護された成分の開発に約1
億ドイツマルクを投資していくと発表した(甲30)。
(イ)藤沢薬品は,本件ライセンス契約の条項(前記第2の2(4)オ)を受け,
契約締結後も,バイエルと会議等を行い,バイエルからの本件化合物に関する質問15
に回答するだけでなく,バイエルからの要請を受けて,新たに試験を実施してその
データ等を提供したり,結晶サンプルを提供したり,バイエルに提出していた各種
論文やデータを英語に翻訳したりするなどした。
バイエルと藤沢薬品との会議では,バイエル側から,●(省略)●
また,平成11年10月3日の会議においては,バイエル側から,●(省略)●20
との報告がされた(乙25,26,52,53,55,76,92)。
(ウ)バイエルでは,本件化合物を含有する駆虫薬の研究開発が進められた
が,●(省略)●ため,プラジカンテルとの合剤とすることとした。また,バイエ
ルでは,●(省略)●(甲29の添付資料13,14,乙18,19,88)。
(エ)藤沢薬品は,平成13年5月,武田シェリング・プラウアニマルヘル25
ス株式会社に動物薬事業を譲渡し,動物薬事業から撤退した(甲29)。
(オ)ネコ用駆虫薬については製剤化に向けた研究開発が進み,バイエルの
日本の子会社であるバイエル株式会社は,平成13年8月20日,明治製菓に対し,
PF221ネコ用スポットオン製剤の国内開発に関し,同製剤の臨床試験に係わる
業務を委託し,明治製菓は我が国において治験を実施した。また,バイエルは諸外
国でも製造販売承認を得るなど上記製剤の製造販売に向けた手続を進めた(甲29)。5
(カ)バイエルでは,●(省略)●(乙49,88)。
(キ)バイエルは,バイエル製品の製造販売承認を得るなどした後,製品の
広告宣伝活動や,営業活動等をしてきた。他方で,藤沢薬品は,本件特許や別件特
許に係る特許権の設定登録に向けて必要な手続をするなどしたほか,特許登録後は
特許料を支払うなど特許の維持管理をしている(甲1,乙27)。10
(2)相当の対価の額の算定方法
アまず,被告は,平成15年施行規則が制定・施行されるまでの経緯等に
照らし,本件は前掲最高裁平成15年4月22日判決及びその他関連裁判例の射程
外であると主張している。
しかし,平成15年施行規則が施行されたのは平成15年1月1日(施行日を遡15
及させる旨の定めによっても平成13年4月1日)であり,これは本件発明が完成
し,本件発明に係る特許を受ける権利が譲渡された後であるところ,原告がこの規
則に拘束され,これによる補償金の額が特許法35条4項の規定に従って定められ
る対価の額に満たないとしても,同条3項の規定に基づきその不足する額に相当す
る対価の支払を求めることができないというのは,原告にとっては実質的に不利益20
なことである。そうすると,被告が原告の既発生の権利を個別の同意なく不利益に
変更することはできないから,事後的に平成15年施行規則が制定・施行されたこ
とによって,原告による特許法35条3項に基づく相当の対価請求権の行使が妨げ
られると解することはできない。
したがって,被告の上記主張を採用することはできない。25
イところで,特許法35条4項は,「対価の額は,その発明により使用者等
が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考
慮して定めなければならない。」と定めるところ,従業者等は,特許を受ける権利を
使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(同条3
項)から,相当の対価の額の算定において基準とすべき時点は,その承継時である
と解される。したがって,相当の対価の額の算定に当たって考慮すべき「使用者等5
が受けるべき利益の額」とは,その文言が「受けた利益の額」ではなく「受けるべ
き利益の額」とされていることからも明らかなように,使用者等が特許を受ける権
利を承継させた後に現実に受けた利益ではなく,当該権利を承継させた時に客観的
に見込まれる利益の額のことを指すと解される。また,同様に,「使用者等が貢献し
た程度」も,「その発明がされるについて」のものとされているから,本来は発明が10
されるまでのものを指すと解される。しかし,承継後に現実化した利益の額が判明
しているときには,それに基づいて承継時において客観的に見込まれる利益の額を
算定することが,算定の客観性を確保するために合理的なことである。ただし,承
継後に利益が現実化するに当たっては,承継後の使用者の貢献があることは当然で
あるし,承継時点では利益が現実化するか否かにも不確定要素があるのが通常であ15
る。したがって,承継時点での相当な対価の額を算定するに当たり,承継後に現実
化した利益の額に基づくこととする場合には,承継後の使用者等の貢献や承継時点
での不確定リスクも「使用者等が貢献した程度」として考慮する必要があるという
べきである(以下では,これらの意味で,「使用者等が受けるべき利益」,「使用者等
の貢献」ということにする。)。20
ウ以上の観点から相当の対価の額を算定することにするが,本件では,そ
の算定方法として,使用者である藤沢薬品及び被告が受けるべき利益の額に発明者
の貢献割合(1から使用者等の貢献度を控除した割合)を乗じ,さらに共同発明者
間における原告の貢献割合(寄与割合)を乗じることまでは当事者間に争いがなく,
これは相当な方法であるから,この算定方法によることとする。また,被告はその25
算定に当たり,「成功確率」を踏まえた調整をすべきであると主張し,原告はこれを
争っているところ,この点については後に判断することとする。
(3)藤沢薬品及び被告が受けるべき利益
ア藤沢薬品及び被告は,本件特許を自ら実施することはせず,バイエルと
本件ライセンス契約を締結し,バイエルからそれに基づくロイヤルティ等の支払を
受けていることから,本件では,その額をもとに藤沢薬品及び被告が受けるべき利5
益の額を算定することになる。
そして,本件ライセンス契約では,本件特許のほか別件特許,本件ノウハウ及び
商標に関する権利が許諾されており,また,ライセンス料(契約一時金)とロイヤ
ルティの支払が定められていることから,これらのうち本件特許の実施許諾の対価
として藤沢薬品及び被告が受領した金額を判別する必要がある。以下,順次検討す10
る。
イライセンス料(契約一時金)について
(ア)本件で原告は,平成16年4月1日以降に藤沢薬品及び被告が受ける
べき利益を基礎とする相当の対価の未払分を請求しているから,ここで検討すべき
なのは,①ライセンス料(契約一時金)のうち●(省略)●に藤沢薬品に対して支15
払われた●(省略)●円(藤沢薬品がこの支払を同年4月1日以降に受けたことに
ついては,当事者間に争いがない。)及び●(省略)●に被告に対して支払われた●
(省略)●円のライセンス料である。
(イ)これについて,被告は,まず,ライセンス料(契約一時金)の実質は,
●(省略)●でバイエルから交付されるものであるとして,独占の利益の算定基礎20
に含むべきでないと主張している。
確かに,本件ライセンス契約の第3条(前記第2の2(4)イ)では,バイエルはラ
イセンス料を「●(省略)●」藤沢薬品に支払うと規定されている。
しかし,バイエルが対価の提供なしに藤沢薬品の経費の補填をすることはあり得
ない上,本件ライセンス契約の上記条項でも,ライセンス料は「●(省略)●」の25
性質も有するとされているのであるから,ライセンス料も本件特許等の権利の許諾
の対価としての性質を有すると認めて,独占の利益の算定基礎に含めるのが相当で
ある。
(ウ)次に,被告は,ライセンス料(一時金)を独占の利益の算定基礎に含
める場合でも,藤沢薬品が負担した●(省略)●円の人件費及び経費を一時金収入
から控除すべきであると主張している。5
確かに,本件化合物の研究開発に当たっては,藤沢薬品において人件費のみなら
ず,相当額の経費の負担をしていたことは容易に認められるところである。
しかし,ライセンス料収入を得るために要する経費として考えられるのは,特許
の維持費用や契約費用といった程度のものであり,被告がいう発明の開発経費等を
ライセンス料収入自体の経費ということはできない。そして,特許の維持費用等が10
低額であることも考慮すれば,被告が主張する事情は,それらも併せて後に検討す
る使用者貢献度の問題として検討するのが相当である。
ウロイヤルティ(実施料)について
(ア)まず,被告は,藤沢薬品がバイエルから支払を受けたロイヤルティの
うち,①本件ライセンス契約の第8条に基づき藤沢薬品からバイエルに許諾される15
権利等(被告が商標ライセンスと主張しているもの)の対価である●(省略)●%
のロイヤルティ,②藤沢薬品が我が国において,本件ライセンス契約の第11条に
規定する権利(日本における藤沢薬品の販売権)を行使しない旨の通知をしたこと
による上乗せ分である●(省略)●%のロイヤルティについては,独占の利益に含
まれない旨主張している。20
そこで検討すると,まず,①については,本件ライセンス契約の規定(第4条)
上,●(省略)●などしたこと(第8条)の対価として支払われるものであること
が明確に定められているから,本件特許の許諾の対価であるとは認められない。
この点につき,確かに,本件ライセンス契約の第8条では,許諾の対象となり,
したがってロイヤルティ支払の対象となるのは,バイエルが「●(省略)●」の販25
売に使用することを希望する商標であり,かつ,●(省略)●)とされているのに
対し,バイエル製品は合剤であり,「●(省略)●」ではなく,またバイエル製品に
関して登録された商標の商標権者はバイエルのままとされている(甲53,乙4
9)から,バイエルから被告に対して●(省略)●%のロイヤルティが支払われて
きたというのは一見不可解なことである。
しかし,他方で,上記事実関係があるにもかかわらず,バイエルは,外国におけ5
る販売に係るロイヤルティが●(省略)●%であることを前提にロイヤルティの支
払をしており(乙50),被告においてもそのうち●(省略)●%が「商標Roya
lty」であると理解してきた(乙49)から,本件ライセンス契約の当事者間で
は,バイエルが被告に対して支払うロイヤルティのうち●(省略)●%がいわゆる
商標のライセンスの対価として支払われていることは当然の前提とされていること10
がうかがわれる。そうすると,このような行動の経済的合理性には不明なところも
あるが,上記①の●(省略)●%が本件特許の実施の対価としてのロイヤルティで
あるとまで認めることはできず,藤沢薬品及び被告が受けるべき利益からは除外し
て捉えることにならざるを得ない。この点について,原告は,独占禁止法上の問題
を指摘する(甲11,53)が,そのことは上記①の●(省略)●%が本件特許の15
実施の対価としての性質を有するか否かの問題に影響を及ぼすものではない。
また,②については,●(省略)●ことにしたことによるロイヤルティの上乗せ
分であるところ,使用者等は従業者等の職務発明について無償の通常実施権を有す
る(特許法35条1項)から,これは藤沢薬品が我が国において通常実施権を行使
しないことの対価であるとみるのが相当である。そして,通常実施権を有している20
ことによって受けることのできる利益は,「使用者等が受けるべき利益」(独占の利
益)に含まれないと解されるから,上記上乗せ分はその算定基礎に含まれない。こ
れに反する原告の主張は採用できない。
以上より,上記①及び②はいずれも藤沢薬品及び被告が受けるべき利益に含まれ
るとはいえない。25
(イ)次に,被告は,本件ライセンス契約の対象には,別紙「付属文書F
(本件ノウハウ)」記載のノウハウや,別件特許が含まれているとして,本件特許の
寄与度を考慮すべき旨主張している。他方で,原告は,バイエルで実施されている
のは本件化合物に係る発明であって,これが藤沢薬品や被告に大きな利益をもたら
しているとして,同発明について検討することで足りるなどと主張している。
a別件特許について5
まず別件特許について検討すると,確かに,バイエルが実施しているの
は本件特許のうち本件化合物とその半合成法に係る発明部分であり,別件特許のう
ち別の半合成法に係る別件特許1や全合成法に係る別件特許2及び3は実施してい
ない。また,EUでの製造承認申請の過程の文書ではバイエルが用いている本件化
合物は「結晶多型を示す」とされている(甲23)ものの,多型の範囲は明らかで10
ないから,バイエル製品の製造過程で特定の結晶形に関する別件特許4が実施され
ていることを認めるに足りる証拠はない。しかし,別件特許1及び4は本件化合物
の半合成法において用いられ得るものであり(甲22),被告も別件特許1が実施さ
れていないことを認めつつも,平成20年度から平成22年度及び平成23年度か
ら平成25年度までの実施時補償金についても原告に支払の提示した(甲18の2,15
19の2)ことに照らしても,これが無価値なものであったとは認められない。ま
た,本件ライセンス契約の締結当時,バイエル製品の製造に当たって用いる本件化
合物として,特定の結晶形のものを用いていたかどうかは不明であるから,製造効
率と収率が高められた結晶を提供することを目的とする別件特許4も無価値なもの
であったとは認められない。さらに,別件特許は,前記認定のとおり,本件化合物20
の全合成又はPF1022Aからの半合成の工程に関する製法発明や中間体等に関
する物質発明,本件化合物の結晶形に関する発明であるから,仮に何らかの事情で
本件特許による半合成法が頓挫した場合の予備としての意味はあり得るし,そのよ
うな場合に備えて,別件特許を本件ライセンス契約の対象とすることでそれらの特
許権が放棄されたり譲渡されたりするのを防止しておく意味もあり得る。25
したがって,バイエルにとっても,本件特許だけでなく,別件特許も本件ライセ
ンス契約の対象としておく経済的合理性があったことは否定できず,本件ライセン
ス契約に基づく一時金やロイヤルティは,それも含めた対価と認めるのが相当であ
り,藤沢薬品及び被告が受けるべき利益を考えるに当たっては,別件特許の寄与度
を控除して考えるべきである。これに反する原告の主張は採用できない。
他方で,バイエルは本件ライセンス契約の協議が開始された平成9年10月の時5
点で既に本件化合物を第一候補品として挙げていたのであるし,本件ライセンス契
約においても本件化合物を含有する単味剤又は合剤のみを「本件製品」と定義付け
て許諾対象とし,契約締結後も,一貫して本件化合物を製剤化しようとし,本件化
合物に係る発明部分のみを現に実施していることからも,本件化合物に係る発明を
含む本件発明の価値が高いことがうかがわれ,藤沢薬品が●(省略)●をしてから10
わずか4か月でバイエルとの本件ライセンス契約の基本合意に至ったことからして
も,藤沢薬品が本件特許を保有していたことが極めて大きく影響して,本件ライセ
ンス契約の締結,そして,これに基づくバイエル製品の製造販売,さらに一時金や
ロイヤルティの支払につながったものと認めるのが相当である。
そうすると,別件特許との比較において,本件特許の寄与度は非常に大きいもの15
と認められる。
b本件ノウハウについて
次に,本件ノウハウについて検討すると,確かに,本件ライセンス契約
の第6条(前記第2の2(4)オ)では,藤沢薬品がバイエルに対して,別紙「付属文
書F(本件ノウハウ)」記載の多数のノウハウ等(本件ノウハウ)を提供することと20
されている。そして,同条では,それは,「●(省略)●」にするためであると明記
されている。このような契約内容に照らせば,本件ノウハウが本件化合物に係る発
明を含む本件特許の実施に一定程度寄与したことは否定できない。
現に,藤沢薬品は,バイエルとの協議・検討の過程だけでなく,本件ライセンス
契約の締結後も,元々所持していた実験データを提供したり,バイエルからの要請25
を受けて,新たに試験を実施してそのデータ等を提供したりするなどしたところ,
バイエルから要請があったことや本件ライセンス契約の締結後もバイエルと藤沢薬
品との会議等が行われていたこと等に照らせば,藤沢薬品がバイエルに対して提供
した試験のデータ等の本件ノウハウが一定程度,バイエルにおける本件化合物の製
剤化に向けた研究開発に有益であったことがうかがわれる。
しかし,バイエルは,平成2年8月以降,明治製菓とPF1022A及びその関5
連化合物の研究に関して密接に接触し,平成6年1月の段階では既に,本件化合物
とプラジカンテル又はエプシプランテルの合剤に関する発明について特許の出願を
し,その他の関連特許も出願していたこと(甲67,乙74)に加え,本件ライセ
ンス契約の協議が開始された●(省略)●の時点で本件化合物を第一候補品として
挙げ,類似化合物との比較分析も行い,PF1022Aを中間原料として合成する10
に当たり●(省略)●ことが課題であると述べていたことに照らせば,バイエルが
藤沢薬品から提供されたデータ等に依存していたとは考え難く,自ら本件化合物の
合成や,その製剤化に向けた実験等を実施していたものと推認される。そして,少
なくともバイエルがバイエル製品を開発するに当たり,藤沢薬品や被告がその研究
開発に具体的に関与していたことはうかがわれないから,本件化合物の製剤化に当15
たっては,バイエルが自らの技術力によって研究開発を進めたものと認めるのが相
当である。
したがって,藤沢薬品が提供し,又は提供すると約した実験データ等の本件ノウ
ハウが本件ライセンス契約の締結や,バイエル製品の製造販売等に寄与した割合は
小さく,限定的なものとみざるを得ない。20
c被告の主張について
被告は,藤沢薬品がバイエルに対して本件ノウハウを提供したことが,
より迅速な製品開発及び上市につながったなどと主張しているが,バイエルにおけ
る研究開発の具体的経緯等を認めるに足りる証拠はないし,上述したとおり,バイ
エルは平成6年1月よりも前から既に本件化合物について研究しており,バイエル25
は藤沢薬品との協議の当初から,●(省略)●ことが課題であると指摘するなどし
ていたのであり,その企業規模や技術力に照らせば,被告主張の点について上記判
示の限度を超えて考慮することはできない。
また,被告は藤沢薬品がバイエルに対して●(省略)●提供したことを強調して
いるが,藤沢薬品が提供した●(省略)●がバイエルにおける研究開発において具
体的にどのように役立ったのかは判然としないし,これを措くとしても,バイエル5
は平成6年1月よりも前から既に本件化合物について研究しており,これを合成す
ることもできていたと推認されるから,藤沢薬品から提供された●(省略)●がな
ければ,その製剤化に向けた研究開発が遅延していたとまで認めることもできない。
さらに,藤沢薬品が製造した●(省略)●は全合成法によって製造されたものであ
ったが,バイエルが本件化合物の製剤化に当たって必要としていたのはPF10210
2Aからの半合成法によって製造された●(省略)●であり,製造承認申請のため
には製造法が同じである必要がある(甲64,68)から,そのような意味でも,
藤沢薬品が製造した●(省略)●が製剤化に当たって役に立ったかは疑問である。
したがって,被告が●(省略)●について主張することも,上記判示の限度を超え
ては考慮することができない(したがって,本件ノウハウについて実施料のうち●15
(省略)●%の寄与があったとの被告の主張も採用できない。)。
(ウ)以上の認定・判示を踏まえると,本件特許の寄与割合は9割と認める
のが相当である。
エ平成16年4月1日以降に藤沢薬品及び被告が受けるべき利益
(ア)以上の認定・判示によれば,まず,ライセンス料(一時金)合計●20
(省略)●円のうち,本件特許の寄与割合(9割)に相当する●(省略)●円がこ
れに含まれることになる。
(イ)また,ロイヤルティ(実施料)については,まず被告がバイエルから
支払を受けたロイヤルティの金額を確定する必要があることから,その点について
検討する。25
a平成17年から平成28年までのロイヤルティ
バイエルが被告に対して支払ったロイヤルティが別紙「実施料収入計算
表(改訂第2版)」記載のとおりであることは,当事者間に争いがない。
同別紙によると,その総額は●(省略)●円である。しかし,これには,本件特
許の出願・本件特許権の設定登録がされていない国における販売に係るロイヤルテ
ィや,本件特許権の存続期間が満了した国における期間満了後の販売に係るロイヤ5
ルティも含まれており,これらを本件特許に係る独占の利益と認めることはできな
いから,相当の対価の額の算定に当たってはこれらを控除して考えるべきところ,
これらの販売に係るロイヤルティを控除すると,前記第2の2(5)ウのとおり,被告
が支払を受けたロイヤルティは合計●(省略)●円(うち,我が国における販売に
係るロイヤルティは合計●(省略)●円であるから,外国における販売に係るロイ10
ヤルティは合計●(省略)●円である。)である。
そして,ここから,上記ウ(ア)で藤沢薬品及び被告が受けるべき利益に含まれない
と判断したロイヤルティ(我が国においては●(省略)●%分,外国においては●
(省略)●%分)を控除し,さらに本件特許の寄与割合(9割)を乗じることにな
る(結局,我が国の分も外国の分も,●(省略)●%分のロイヤルティを考慮する15
ということになる。)。
そうすると,藤沢薬品及び被告が受けるべき利益に含まれるものは,合計●(省
略)●円となる。
(計算式)我が国●(省略)●円(1円未満は四捨五入。以下同じ。)
外国●(省略)●円20
b平成29年から本件特許の存続期間が満了するまでのロイヤルティ
(a)平成29年1月以降も本件特許が存続していた国は,別紙「実施
許諾対象特許国一覧」の「ⅰ.第2874342号(本件特許)関連」の№1,3,
5,7,10,15,16,17及び21記載の国であるが,平成29年1月以降
にバイエルから被告に対して支払われた各国での販売に係るロイヤルティの金額は25
不明である。
そして,原告はこれを平成26年から平成28年までに支払われた実施料の平均
値によって推計すべき旨主張しているのに対し,被告はこれを特段争うことなく,
また平成29年以降に支払を受けたロイヤルティのうち開示できるものを開示して
いない。そして,本件特許は本件の口頭弁論終結時までに全て特許期間が満了して
いるところ,平成29年から存続期間満了までにバイエル製品に対する有力な競合5
品が上市されたという事情もうかがわれないから,原告主張の方法によって推計す
べきである。
そこで,原告主張の方法によって推計すると,№5(●(省略)●),17(●
(省略)●)及び21(●(省略)●)について,同国での販売に係るロイヤルテ
ィは過去3年間いずれも●(省略)●円であるから,平成29年1月以降に支払わ10
れるロイヤルティの金額も●(省略)●円と推計するほかない。
また,その他の国での販売に係るロイヤルティは,年額次のとおりと推計される
(計算式は,例えば●(省略)●については,(●(省略)●円)÷3。原告の主張
と同じく,1000円未満は四捨五入)。
№7●(省略)●15
№1●(省略)●
№15●(省略)●
№10●(省略)●
№3●(省略)●
№16●(省略)●20
(b)そして,各国における本件特許の存続期間の満了日は,別紙「実
施許諾対象特許国一覧」の「ⅰ.第2874342号(本件特許)関連」の「延長
後満了日」欄記載のとおりであるから,同日までのロイヤルティを推計すると,次
のとおりとなる(計算式は,例えば●(省略)●については,●(省略)●円÷365
日×●(省略)●日。1円未満は四捨五入。以下同じ。)。25
№7●(省略)●
№1●(省略)●
№15●(省略)●
№10●(省略)●
№3●(省略)●
№16●(省略)●5
合計●(省略)●
(c)上記(b)記載の金額について,上記aと同じ計算をすると,藤沢薬
品及び被告が受けるべき利益に含まれるのは,合計●(省略)●円となる。
(計算式)我が国●(省略)●円
外国●(省略)●円10
(ウ)小括
以上より,藤沢薬品及び被告が受けるべき利益は,合計●(省略)●円と
なる。
(4)使用者貢献度(発明者貢献度)
ア原告も,藤沢薬品の貢献として,社員であれば誰もが利用できる各種情15
報を提供したこと等を考慮することは認めているが,これ以外にどのような事情を
考慮すべきかについては,当事者間に争いがある。
そこで,まず,この点に関する当事者の主張について検討する(一部事実認定の
補足説明を含む。)。
イ藤沢薬品において駆虫薬の研究開発が開始された経緯について20
被告は,藤沢薬品は,遅くとも,平成元年には,会社事業として,駆虫薬事
業に関する研究開発を行うことを決定したと主張しているのに対し,原告はこれを
否認している。
しかし,P4は平成元年期首以降,特薬研究所内で駆虫薬の研究開発を行うこと
になったと陳述している(乙33)ところ,これと整合する書証もある(乙36,25
74)。そして,P4が平成2年5月に作成した研究報告書(研究期間は同年2月2
6日から同年3月30日,乙37)において,「動物薬研究の新規テーマに挙げられ
た駆虫薬の開発に向けて,合成化合物の評価系として…を新たに作成した」と記載
していたことに照らせば,遅くとも平成2年2月の時点では特薬研究所における研
究テーマとして動物用駆虫薬の研究開発が決定されていたと認められる。そして,
この当時に駆虫薬開発の有望な見通しが得られていたわけではないから,開発失敗5
の経済的リスクはひとえに藤沢薬品が負っていたというべきところ,そのような会
社ないし特薬研究所における方針又は研究環境の下で,創薬チームのリーダーであ
った原告は,少なくともそのころから,駆虫薬の研究開発に専念できる役割と環境
が与えられ,会社の予算によって整備等された研究設備等を使用して,自らは開発
失敗の経済的リスクを負うことなく駆虫薬の研究開発を行うことができたと認めら10
れる。そして,このような環境がなければ,原告が,明治製菓等に先んじて,本件
化合物に係る発明を完成させることはなかったと認められるから,以上のことは,
使用者の貢献として相当程度大きく評価すべきである。
なお,原告は,自らの研究開発について,「アンダー・ザ・テーブル」で行われて
いたなどと陳述している(甲34)が,一部陳述を訂正した(甲61)上に,当時15
の他の書証(乙36,37)とも整合しないから,原告の上記陳述は採用できない。
また,原告は,前記(1)で引用した被告提出の書証の一部について,その作成経過や
内容の信用性等を争っているが,少なくとも前記(1)で引用した書証については,そ
の内容や他の書証との整合性等に照らし,その成立の真正や信用性を認めることが
できる。20
ウP4による評価系の構築・改良について
被告は,P4がスクリーニング評価系を構築したことなど評価系の構築をし
たことを使用者貢献として主張し,さらにP4による発明者貢献としても,その事
情を主張している。これに対し,原告は,P4が作成した評価系は既に他社で行っ
ていたものにすぎない上,P4は原告の指示の下,合成された化合物の薬理活性を25
測定したにすぎないと主張している。
この点については,被告も主張するとおり,駆虫薬の研究開発に当たって,合成
した化合物の駆虫活性(薬効)を評価することは必要不可欠なものであり,これ以
外の評価系は藤沢薬品にはなかったのであるし,他社の評価系(例えば甲39)が
その手順の詳細まで知られていたと認めるに足りる証拠もないから,藤沢薬品の開
発方針に基づいてP4がこれを構築・改良したことは,使用者貢献として評価すべ5
きである。
そして,少なくとも本件明細書の試験例1及び2では,P4が構築したラット毛
様線虫であるニポストロンギルスブラジリエンシスを使用して本件化合物等の生
体内の駆虫活性が評価されていた(甲2)から,上記評価系の構築・改良が本件特
許権の設定登録にも一定程度寄与したと認められる。原告は,P4が構築・改良し10
た評価系と,バイエルや明治製菓における評価系とを比較している(甲37)が,
本件では藤沢薬品内部で評価系が構築され,それにより原告らが合成した化合物の
駆虫活性を評価することができる環境にあったかということが重要で,現に本件化
合物もP4が構築・改良した評価系によって評価された結果,見出されたのである
から,原告が陳述することによって上記判断は左右されない。15
なお,原告はP4に対して評価系や投薬量を指示していたと陳述している(甲4
3)が,そもそも藤沢薬品では評価系が多様に存在していたわけではないし,原告
が指摘する甲44の内容自体,一般的な指示にとどまっているといわざるを得ない
から,原告が主張・陳述することによって,原告の貢献度が上がる(使用者貢献度
が低下する)ことはないというべきである。20
もっとも,P4が構築・改良した評価系は他社でも行われていた寄生虫を用いた
評価方法にすぎず(甲37,乙33),P4が評価方法を特に工夫するなどしたこと
によって初めて本件化合物等の駆虫活性の高い化合物が見出されたというわけでも
ない。また,化合物の合成は専ら原告,P2及びP3が担当し,P4は合成された
化合物の駆虫活性の評価を担当していたにすぎないから,本件化合物に係る発明を25
含む本件発明の着想に関与したと認めることはできない(したがって,後述すると
おり,P4は本件発明の発明者であるとは認められない。)。
そうすると,駆虫活性が高い化合物を合成するに当たり必要不可欠な評価系が構
築・改良されたこと及びその評価系によって原告ら本件発明の発明者が合成した化
合物が評価されたことは,使用者貢献として評価すべきであるが,この貢献の内容
は,本件化合物の合成に直結するものとまでいうことはできず,その前提条件を整5
え,化合物の合成研究を可能としたという点にあるにとどまるから,これを被告が
主張するほど高く評価すべきものとは認められない。
エ原告によるPF1022Aの全合成法の発明の完成について
(ア)原告は,PF1022Aの全合成法を世界で初めて完成させたことを
自らの貢献として主張しており,これは使用者貢献度を低下させる事情として主張10
しているものと解される。これに対し,被告はこの事情は別の発明に係ることであ
るから本件特許についての原告の貢献度を高める事情にはならないと主張している。
(イ)そこで,この点について検討すると,確かに,PF1022Aの全合
成法の発明は別途特許出願がされており,本件発明には含まれていないから,本件
でその発明の独占的価値を取り込んで原告の貢献として評価することは許されない。15
また,被告が主張するとおり,原告らが駆虫薬の研究開発を職務として担当してい
た以上,駆虫活性を有する新規物質として明治製菓が特許出願したPF1022A
に着目することも当然のことといえるし,その全合成法を探るために用いる逆合成
という方法自体も一般的なものであった(乙91)。
しかし,本件では,PF1022Aの全合成法の発明を完成させたことそのもの20
を評価するのではなく,そのことを,原告ら本件発明の発明者が明治製菓等に先ん
じて,本件化合物に係る発明を含む本件発明を完成させたこととの関係で評価する
必要がある。
すなわち,前記(1)イで認定したとおり,原告らがPF1022Aの全合成法の発
明を完成させたのは,平成2年8月にPF1022Aの特許が公開されてから約125
0か月後の同年6月のことであり,それによりPF1022Aが高い駆虫活性を有
することを自ら確認した直後から,PF1022Aをシード化合物としたその誘導
体の合成研究が開始され,平成3年10月ないし12月までには,PF1022A
の骨格を維持したまま,置換基の化学修飾を行う方向で合成研究を行っていく方針
が採られ,様々な修飾を施した化合物を試行錯誤した後に平成4年8月に本件化合
物にたどり着いたのであり,本件化合物に係る発明を含む本件発明の完成にとって,5
PF1022Aの全合成法は必要不可欠なことであったといえる。
ところで,PF1022Aは明治製菓の研究者がその物質発明を完成させた化合
物であり,明治製菓は藤沢薬品がその全合成法の発明を特許出願した約9か月後に
全合成法の発明を特許出願したことに照らせば,同社がPF1022Aについて研
究開発を続けていたことは明らかであるし,ドイツのバイエル,米国のアップジョ10
ンや日本の三共もPF1022Aの全合成法を研究しており,それらの全合成法の
研究は,PF1022Aの誘導体を開発するためにされていたと考えられるから,
PF1022Aの特許が公開された平成2年ないし平成3年当時は,国内外の駆虫
薬開発者がPF1022Aの誘導体の開発に取りかかろうとしていた状況にあった
といえる。そのような状況の下では,藤沢薬品以外の駆虫薬開発者が藤沢薬品より15
も早くPF1022Aの誘導体である本件化合物の合成にたどり着き,その駆虫活
性の高さを確認した可能性も現実的なものとして存していたといえ,原告が早期に
PF1022Aに着目し,原告らが平成3年6月の段階で他社に先んじてPF10
22Aを全合成し,その駆虫活性の高さを確認したことは,早期にその誘導体の合
成研究に入り,他社に先んじて本件化合物に係る発明を完成させ,藤沢薬品による20
本件特許の出願を実現するに当たり,極めて重要な経緯であったと認められ,これ
は本件特許の発明者貢献として大きく考慮すべきである。
他方,そもそも原告が明治製菓の欧州特許出願に着目し,本件記事とPF102
2Aとを結び付け,これを全合成しようとしたことを可能にしたのは,藤沢薬品の
研究環境の整備によるものといえ,その限度で使用者貢献を認めるべきである。25
(ウ)被告の主張について
a被告は,PF1022Aを評価してみることは極めて自然な流れで
あったとか,PF1022Aの全合成を開始し,それを完成させることの困難性は
ないなどと主張している。
しかし,被告は明治製菓等に先んじて本件化合物に係る発明を含む本件発明を完
成させたことについての原告ら本件発明の発明者の寄与という観点からの検討をし5
ておらず,上記判示のとおり,本件ではそのような検討が重要と考えられるから,
被告の上記主張によっても以上の判断は左右されない。
bまた,被告は,PF1022Aの全合成法の発明は,本件発明とは
別の発明であるから,本件発明に係る使用者貢献度を検討するに当たり,PF10
22Aの全合成法の発明に対する発明者貢献度を考慮することはできないと主張す10
る。
しかし,前記のとおりPF1022Aの全合成法の発明は,本件化合物の発明と
関係のない文脈でされたものではなく,藤沢薬品の駆虫薬開発方針の下で,原告ら
の創薬チームが研究開発に取りかかってから本件化合物にたどり着くまでのひとま
とまりの開発の流れの中で生まれたものであり,本件化合物を他社に先んじて開発15
する重要な契機となったものである。このように,ひとまとまりの開発の流れの中
で最終的発明に到達するための重要な前提的発明がなされた場合には,前提的発明
には,発明の内容それ自体が独占的価値を有するという側面のほかに,最終的発明
に到達するための重要な前提となったという側面もあるのであり,後者の点を最終
的発明への貢献という観点から考慮することは,前提的発明の特許を受ける権利の20
承継について別途相当な対価が成立し,その独占の利益について発明者の貢献が考
慮されることとは別問題であり,許容されると解するのが相当である。
(エ)以上より,原告らがPF1022Aの全合成法に係る発明を完成させ
たことは,本件発明との関係でも発明者貢献として相当大きく評価すべきである。
オPF1022Aに基づく合成研究による本件化合物の発明過程について25
この点について,被告は,P4やP2の貢献を指摘し,本件物質発明は原告
以外の他の従業員の協働なしには生まれ得なかったものであると主張するのに対し,
原告は,合成による開発方針はすべて原告が立案したものであると主張している。
確かに,原告が創薬チームの最年長のリーダーであったことや,甲45のPF1
022Aの誘導体の合成計画が記された甲45の3枚目以降や甲46を原告が作成
したことからすると,それらの合成計画を立案したのは原告であると認められ,そ5
れを特薬研究所の所長に報告して了承を得たとはいえ,開発方針について特段の指
示があったことはうかがわれないから,いかなる化合物を合成するかという着想に
ついて藤沢薬品の使用者貢献は認められない。
しかし,有望なシード化合物が見付かった場合の合成研究による開発方針は,一
般に,その化合物の構成部位を省略するなどして効能に影響を与える部位を探索し,10
有望な結果が出た化合物についてさらに有効な修飾部位を探索していくというもの
で,そのために多数の誘導体の合成と評価を繰り返すという作業であって(弁論の
全趣旨),本件で原告が立案した合成計画もそのような一般的な手法に基づくもので
ある。PF1022Aの誘導体の合成に着手してから約1年で本件化合物にたどり
着いたことは,原告ら本件発明の発明者の貢献ではあるが,1年もの間,確たる見15
通しも持てないまま多数の合成と評価を繰り返すことが可能であったことは,藤沢
薬品の貢献として前記のとおり大きく評価すべきである。
また,誘導体の合成にはある程度の時間を要するから,1人で研究を進めるのは
無理がある。この点は,原告もP2について,「有機合成に関する知識・経験があり,
有機金属化学の分野では私以上の知識を有してい」た,「自ら合成方法を考え合成す20
る能力があ」った(甲37の5頁)とか,グリニャール反応の実験手法は難しく,
「P2氏だから合成できたであろうという側面があることは否定でき」ない(甲4
3の13頁)と陳述しているように,原告が経験や知識等の異なる従業員と協働し
て研究することによるメリットもあったと認められる。
そうすると,原告がP2らとともに新規駆虫薬の研究開発を行うことができるよ25
うな環境を整備したことも,使用者である藤沢薬品の貢献として同様に評価すべき
である。
ただし,被告が使用者貢献としてP2の貢献に触れている部分については,以上
の限度で使用者貢献として評価するのが相当であり,それを超えたP2の貢献につ
いては,発明者間貢献の問題として評価するのが相当である。
カ本件発明後の藤沢薬品による実験等の実施及びバイエルとの本件ライセ5
ンス契約の締結について
(ア)被告は,藤沢薬品が本件発明後に実験等を実施したこと及びバイエル
との協議・検討を経て,本件ライセンス契約の締結に至ったことを使用者貢献とし
て高く評価すべきなどと主張している。これに対し,原告はバイエルに本件化合物
に係る発明を実施許諾したことを藤沢薬品の貢献と認めつつも,その権利主張が最10
大限認められる形で本件ライセンス契約が締結されたのは,バイエルが本件化合物
に係る発明の価値を高く評価していたからであるなどと主張している。
(イ)バイエルが,本件ライセンス契約に向けた藤沢薬品との協議が開始さ
れた当初から,本件化合物に特に注目していたことなどからして,本件化合物に係
る発明を含む本件発明の価値が高いと認められることは前記認定・判示のとおりで15
あり,本件発明の価値自体が本件ライセンス契約を締結する原動力となったことは
正に原告が主張するとおりである。
(ウ)しかし,●(省略)●という経緯があったことに照らせば,藤沢薬品
がバイエルとの間で本件ライセンス契約を締結することができたことが当然のこと
であるとはいえず,まして本件発明の特許を受ける権利の承継時点で自明のことで20
あったともいえない。本件化合物の駆虫活性が高いことは発明時点で判明していた
ことではあるが,駆虫薬は動物用医薬品であり,ある化合物を製剤化するかどうか
を見極めるには,有効性だけでなく,安全性等も検証する必要がある(乙17)か
ら,本件化合物による利益の現実化が当初から保証されていたわけではない。
また,本件発明を自社実施するか他者にライセンスするかについても,ライセン25
ス先が見付かる保証がない以上,限られた特許期間内に利益を現実化するために自
社実施も視野に置いて,それに向けた開発作業を進めていくことが必要であるし,
その成果がライセンス導出に当たって効果を生じる側面もある。
この観点から見ると,本件発明が特許出願された平成5年初めの段階では,本件
化合物が合成されていたとはいえ,その駆虫効果は,ニポストロンギルスブラジ
リエンシスを感染させたラットや,ストロンギロイデスベネズエレンシスを感染5
させたスナネズミで調べた程度であり,駆虫薬として上市させることを考えると,
他の動物や,他の寄生虫との関係で具体的にどのような駆虫効果があるかというこ
とを実験等を通じて検証することが必要不可欠であるし,前記のとおり安全性等も
検証する必要がある。そして,前記認定のとおり,藤沢薬品では,平成5年以降,
本件化合物の拡大評価が実施され,特薬研究所で様々な評価試験等が行われただけ10
でなく,一部の評価試験については外部機関に委託して行われ,このような実験等
は本件ライセンス契約が締結される前後まで行われていた。また,藤沢薬品では,
●(省略)●を依頼し,その後,●(省略)●を開始した。さらに,藤沢薬品では,
本件化合物の工業的スケールでの全合成法の開発や発酵法の研究も行っていた。こ
れらはいずれも本件化合物の製剤化に向けてされたものであり,本件化合物の駆虫15
活性の範囲や,その製剤化の可能性等を見極めるために必要なものであったと認め
られ,藤沢薬品が本件化合物を対象としてバイエルらとライセンス契約締結に向け
た協議をするかどうかの判断をするに当たって有益であったばかりでなく,バイエ
ルに対してその実験データ等が提供され,バイエルとの協議・検討においても一定
の意義があったことは前記認定・判示のとおりである(ただし,前記認定・判示の20
とおり,藤沢薬品が提供し,又は提供すると約した実験データ等の本件ノウハウが
本件ライセンス契約の締結や,バイエル製品の製造販売等に寄与した割合は小さく,
限定的なものとみざるを得ない。)。
そして,本件では,藤沢薬品は結果的に自社実施を断念し,その一方で世界的な
製薬会社であるバイエル(甲56,乙61)とライセンス契約を締結でき,そのバ25
イエルが世界各国でバイエル製品を販売したから,藤沢薬品や被告が前記認定のよ
うな多額のライセンス料(一時金)やロイヤルティの支払を受けられたわけである
が,そのような状況に至るまでには,明治製菓やバイエルの特許権を始めとする彼
我の強みと弱みやそれに基づく思惑の分析,それらに基づく交渉方針の検討,●
(省略)●とのハイレベルでの協議,藤沢薬品の担当者とバイエルの担当者との人
的関係に基づく交渉,●(省略)●の動向の把握など,特薬研究所に限らず,藤沢5
薬品の関係部署の資源を投入していた。これらに要した時間や経費を的確に認定す
ることはできない(乙11や34については,その詳細な内容が不明で客観的裏付
けもされていないから,そこで記載された人件費等の額をそのまま直ちに認定する
ことはできない。)が,藤沢薬品が世界的な製薬会社であるバイエルとの間で,本件
ライセンス契約の締結にこぎつけるに当たっては,相当な努力と経費・リスク負担10
等があったということができる。
以上のことを総合すると,藤沢薬品が平成5年以降,実験等を実施したことや,
本件ライセンス契約の締結に向けた協議・検討をしたこと等を,使用者貢献として
軽視することはできない。
キ本件ライセンス契約締結後の事情について15
(ア)まず,藤沢薬品は,本件ライセンス契約の締結後,バイエルからの要
請を受けて,新たに試験を実施してそのデータ等を提供するなどしたところ,その
経緯に照らせば,藤沢薬品がバイエルに対して提供した試験のデータ等の本件ノウ
ハウが一定程度,バイエルにおける本件化合物の製剤化に向けた研究開発に有益で
あったことがうかがわれる。20
しかし,前記認定・判示のとおり,バイエルが藤沢薬品から提供されたデータ等
に依存していたとは考え難く,自ら本件化合物の合成や,その製剤化に向けた実験
等を実施していたのであるし,本件化合物の製剤化に当たっては,バイエルが自ら
の技術力によって研究開発を進めたものと認めるのが相当である。また,上記経緯
があったことで,より迅速な製品開発及び上市につながったなどという被告の主張25
を,上記判示の限度を超えて考慮することができないことは前記認定・判示と同じ
である。
したがって,被告主張の上記事情を使用者貢献として大きく評価することはでき
ない。
(イ)被告は,バイエルによる開発や,製造販売承認の取得及び営業努力の
ことも使用者貢献として評価すべき旨主張している。5
しかし,前記認定・判示のとおり,少なくともバイエルがバイエル製品を開発す
るに当たり,藤沢薬品や被告がその研究開発に具体的に関与していたことはうかが
われないし,本件化合物の製剤化に当たっては,バイエルが自らの技術力によって
研究開発を進めたものと認めるのが相当である。そして,バイエルは世界的な製薬
会社で,技術力を有するから,バイエルが開発に当たって努力を尽くしたことや,10
バイエル製品について製造販売承認の取得をし,営業努力を行ったことが藤沢薬品
や被告の貢献によるものと認めることはできない。見方を変えると,バイエルのリ
スクや負担等は,本件ライセンス契約に基づくライセンス料やロイヤルティに織り
込み済みと評価すべきであるから,さらに使用者貢献度を上げる事情として評価す
べきとはいえない。むしろ,このように本件発明を実際に製品化する上での負担と15
リスクは専らバイエルが負っており,動物薬を世界的に製品化する過程での負担と
リスクは,極めて大きいことからすると,本件発明により受けるべき利益を現実化
するに当たっての藤沢薬品や被告の貢献度は,自社で製品化する場合に比べると相
対的に低く評価されるべきものである。
なお,被告は,本件化合物には,単独では薬効が弱いとか,やや毒性が強いなど20
という問題が存在したと主張している。しかし,バイエルは,平成6年1月の時点
で既に,本件化合物とプラジカンテルの合剤とすることも検討していたのであり,
薬効の点を克服したのは藤沢薬品ないし被告ではなくバイエルである。また,確か
に,甲23の1(乙87による翻訳部分)及び乙88によれば,本件化合物に毒性
や副作用の問題があったことがうかがわれるが,毒性等の課題を克服すべく製剤化25
に向けた研究開発を進め,現実にこれを解決したのもバイエルであり,これを藤沢
薬品ないし被告の使用者貢献として評価する必要があるとはいえない。
したがって,被告が主張することを使用者貢献度を上げる事情として考慮する必
要があるとはいえない。
(ウ)被告はさらに,藤沢薬品や被告が特許の出願・取得・維持管理をした
ことを主張している。確かに,本件特許や別件特許の出願をし,それに係る特許権5
の設定登録を得て,その後,これらを維持管理していることは藤沢薬品や被告の貢
献によるものであるが,特許戦略の一環として別件特許の出願等がされたことは,
藤沢薬品及び被告が受けるべき利益の算定において,本件特許の寄与度として考慮
したところであり,これに加えて使用者貢献として考慮するほどの事情は認められ
ないし,その他の事情も特許を受ける権利を譲り受けた使用者としてすべき通常の10
業務にすぎないから,これを使用者貢献度を上げる事情として考慮する必要がある
とはいえない。
ク被告主張の「成功確率」について
被告は医薬品の特殊性を強調し,相当の対価の額の算定に当たり,独立の考
慮要素として,「成功確率」を踏まえた調整をすべきであると主張している。15
しかし,被告が「成功確率」に関して主張していることは,結局,製薬会社が負
担している研究開発及び事業化のリスクのことであるから,これは相当の対価の額
の算定に当たり,事案に応じて,使用者貢献度の検討の中で考慮すれば足り,独立
の考慮要素とするまでの必要性はないと考えられる。
そこで,使用者貢献として被告の主張を考慮すべきか,どの程度考慮すべきかと20
いうことを検討すると,これまで述べてきたように,新規駆虫薬の研究開発を行お
うとしても,駆虫活性が高い化合物を見出すまでに相当な時間を要するのであり,
藤沢薬品が原告,P2及びP3に対してその合成研究を長期間にもわたってさせた
ことは,相当なリスクを負担したものであることは明らかである。
また,仮に一定の動物において,一定の寄生虫との関係で駆虫活性が高い化合物25
を見出すことができても,それを製剤化し,上市することができるかどうかは別問
題であり,藤沢薬品は当初,本件化合物を含有する製剤を自社製品として,自社で
製造販売承認申請を行うことも検討したものの,最終的には断念し,バイエルとの
間で本件ライセンス契約を締結し,自ら本件特許を実施することさえしていない状
況となっている。
それだけでなく,バイエルにおいては,当初,●(省略)●という経緯があった5
のである。このように,化合物の製剤化に当たっては,期待や予測どおりには進ま
ず,一定の困難を克服すべき場面も少なからず生ずるものであることがうかがわれ
る。
そして,乙100(日本製薬工業協会の「DATABOOK2018」)によれ
ば,低分子化合物については,2000(平成12)年から2016(平成28)10
年までの統計によると,年によって異なるが,18ないし25の製薬会社における
合成化合物が合計208万6415であるのに対し,(製造販売)承認を取得できた
化合物の数は96であり,その割合は約0.0046%と認められる。上記判示の
化合物の合成研究の困難さも合わせ考えると,藤沢薬品において,可能性がどれだ
けあるか分からない中で,原告ら本件発明の発明者に合成研究を長期間させたこと15
は,使用者貢献として考慮すべきというべきである。これに反する原告の主張は採
用できない。
ケ小括
以上検討した原告ら本件発明の発明者の着眼やひらめき,努力等,本件発明,
特に本件化合物に係る発明の価値,藤沢薬品による研究環境の整備やそれに伴う負20
担等,本件ライセンス契約の締結に向けた藤沢薬品の努力や負担等,本件において
藤沢薬品が負担した研究開発や事業化のリスクその他の事情を考慮すると,使用者
貢献割合は92.5%(発明者貢献割合は7.5%)と認めるのが相当である。
この点について,原告は,本件での使用者貢献度(発明者貢献度)は,自らは発
明の実施能力のない大学や研究機関の内規の例と同様に考えるべきであると述べる25
(甲58)が,そこで掲げられている例は7例にすぎない上,非営利の研究機関と
営利の製薬企業とを同列に扱うことは相当でないから,原告の主張は採用できない。
(5)発明者間貢献度
ア本件発明に係る化合物のうち最も駆虫活性が高い化合物は本件化合物で
あり,バイエルは本件化合物に係る発明部分のみを本件ライセンス契約の対象とし,
実施している。そして,本件化合物の合成計画を立案し,実際に合成したのは原告5
である(その次に駆虫活性が高い化合物(化合物③)についても同様である。)。
もっとも,本件化合物の合成までには平成元年7月頃の研究開発の開始から約4
年を要しており,原告の研究開発のみによって実現できたわけでもなく,藤沢薬品
における新規駆虫薬の研究開発には,P2ら原告以外の発明者も関与し,その研究
開発の結果,原告が本件化合物を合成したのであり,被告の主張を踏まえ,共同発10
明者間の貢献度(原告の貢献度)について検討する必要がある。
なお,被告はP4も共同発明者であると主張している(これに対し,原告はP4
が特許公報で発明者として記載されていることを主張するにとどまり,陳述書にお
いては,本件発明の発明者とはいえない旨陳述している(甲43の12頁)。)。しか
し,P4が本件化合物に係る発明を含む本件発明の着想に関与したと認められない15
ことは前記(4)ウで認定・判示したとおりであり,これによると,P4は本件発明の
共同発明者であるとは認められない(ただし,P4による評価系の構築等について
は,使用者貢献の問題として別途考慮している。)。
イP2が化合物①を合成したことの評価
前記認定のとおり,平成3年7月以降,PF1022Aをシード化合物とし20
たその誘導体の合成研究を開始したものの,なかなかPF1022Aの駆虫活性を
超える化合物を創出することはできなかったが,P2が平成3年12月までに化合
物①を合成し,これがPF1022Aの約●(省略)●倍の駆虫活性を有したこと
が,PF1022Aの●(省略)●を種々試みる契機となったものである。
この点,被告は化合物①の評価結果から,駆虫活性が向上する可能性があるとい25
う,PF1022Aの構造変換の方向性に関する知見を見出したのはP2であると
主張している。しかし,P2がどのような検討を経て,化合物①を合成したのかが
分かる書証は見当たらない。
他方で,原告は,平成3年9月の時点で,化合物①に係る発明に着想していたと
陳述し(甲43),その根拠として甲45の図を挙げている。
確かに,甲45の図の「OR」の部分が「H」である化合物がPF1022Aで5
ある(乙47の16頁のⅠの図の右上段の「a:R=H(PF1022A)」との記
載参照)から,PF1022Aの誘導体の合成研究において,この「H」の部分を
「OR」と修飾することを記載したということは,この部分を酸素を含む何らかの
化合物によって修飾することを着想していたものと認めることができる。しかし,
●(省略)●との記載はないから,●(省略)●化合物である化合物①の合成をP10
2に指示したとの原告の陳述を認めるに足りる証拠はない。かえって,P2が合成
に関する経験・知識を有しており,「化合物を合成する方法論」に興味を有していた
(甲37の5頁)ことからすると,甲45の図の●(省略)●とする合成をするこ
とを具体的に検討・着想したのはP2であると推認される。
以上のことを踏まえると,化合物①に係る発明は,原告とP2の共同発明による15
ものと認めるのが相当である。そして,具体的な修飾方法はP2が検討・着想して
実施し,結果的に駆虫活性の高い化合物①を見出し,それが本件化合物を合成する
方向性の契機となった経緯に照らせば,P2の検討・着想とその実施は化合物①の
発明の完成にとって,また本件化合物の発明にとって,重要な経過であったと認め
られる。なお,甲45(甲45の図)からすると,原告は,化合物①を合成する当20
時,フェニル基の異なる部分を順次修飾する合成計画を立てていたと認められるか
ら,●(省略)●との見通しを持っていたわけではないといえ,化合物①の合成に
対する原告の貢献を上記のP2の貢献と比べて特に重視することは相当でない。
ウその他の原告の貢献
前記認定のとおり,原告は,平成4年5月8日までに,「D-phLac部分25
の誘導体合成計画」と題する書面(甲46)を作成し,その書面に甲46の図を記
載し,P5と打合せを行い,その計画にしたがって合成研究を進めた結果,化合物
③及び本件化合物を合成したのであり,その経過においては,原告以外の発明者の
貢献があったことを認めるに足りる証拠はないことに照らせば,以上の発明の完成
は原告の貢献によるものと認められる。
エP2が本件明細書の実施例59,93及び101記載の合成方法等の多5
様な合成方法を見出したことの評価
前記認定のとおり,P2は,平成4年頃,●(省略)●を見出した。これに
よって,より多様な誘導体合成が可能になったり,本件化合物を短期間で合成する
ことが可能になったりしたと認められる。
確かに,多様な誘導体合成が可能になるというのも,駆虫活性が高い化合物を見10
出すことができる可能性を高めるという点で,有益なことである。また,前記(4)エ
で判示したとおり,本件においては,他の企業や研究者に先んじて本件化合物にた
どり着いたという点が重要であり,本件化合物を短期間で合成することが可能にな
るというのは,そのような観点から意味のあることである。
しかし,本件明細書59,93及び101記載の製法が原告において本件化合物15
を合成することに寄与したとまで認めるに足りる証拠はなく,この発明について本
件化合物に係る発明への積極的な寄与があったとまで認めることはできない。また,
P2が発明した本件明細書記載の製法は,あくまでも実施例記載の製法にすぎず,
特許請求の範囲において明示されているわけではない。したがって,発明者間貢献
度を検討するに当たって,以上の製法に関するP2の貢献を大きく評価することは20
できない。
オ原告,P2及びP3の発明者間貢献度
(ア)前記イ及びエ記載のことは,P2の発明者貢献度を考えるに当たって
考慮すべき事情である。
また,PF1022Aの全合成法を早期に完成させたことを本件化合物の合成に25
たどり着くための発明者貢献として大きく考慮すべきことは前記(4)エのとおりであ
り,これについては前記認定のとおりP2も発明者である。しかし,本件において
PF1022Aに着目し,本件記事とこれを結び付けたのは原告であり,またPF
1022Aの誘導体の合成計画を作成したのも原告であるから,P2が関与したと
すれば,PF1022Aの全合成のための作業であると推認され,本件で発明者貢
献として評価すべきP2の貢献は一定程度あるものの,原告の貢献の方が圧倒的に5
大きいものと認めるのが相当である。
なお,P2は本件明細書の実施例記載の化合物のうち●(省略)●例を合成し,
これは本件特許の請求項1ないし6及び12に係る発明を基礎付けるものであり,
一定程度貢献が認められるが,本件発明のうち最も重要なのは本件化合物に係る発
明であり,本件においてP2やP3が合成した化合物は,あくまでも上記各発明の10
実施例の一部にすぎないから,実施例の数だけによって貢献度を推し量ることは相
当でない。
(イ)また,P3については,原告が立案した合成計画に基づいて割り当て
られた化合物の合成を行い,それにより本件明細書の実施例記載の化合物のうち●
(省略)●例を合成し,これは本件特許の請求項1ないし6及び12に係る発明を15
基礎付けるものである。しかし,本件化合物の合成にどのような寄与があったのか
は明らかでなく,あったとしても,P3が合成した化合物の中に本件化合物を上回
る駆虫活性のものがなかったという意味で,原告がPF1022Aの●(省略)●
を修飾して本件化合物を合成することに消極的に寄与したという程度にとどまる
(なお,実施例の数だけによって貢献度を推し量ることができないことは,上述の20
とおりである。)。
また,被告は,P3がP6の特許戦略に基づいてPF1022A誘導体の幅広い
特許化に貢献したとも主張している。確かに,前記(3)ウ(イ)aで判示したとおり,
本件ライセンス契約に基づくロイヤルティ等は別件特許の対価も含むものではある
が,別件特許との比較において,本件特許の寄与度が非常に大きいのであり,発明25
者間貢献度として考慮すべき程度は小さい(なお,前記判示のとおり,本件特許の
寄与度を考えるに当たっても,別件特許の存在を考慮している。)。
(ウ)以上のことを総合すると,P2とP3の発明者間貢献割合は併せて2
割(20%),原告の発明者間貢献割合は8割(80%)と認めるのが相当である。
(6)まとめ
以上の認定・判示をふまえると,特許法35条3項又はその類推適用に基づ5
く平成16年4月1日以降に藤沢薬品及び被告が受けるべき利益を基礎とする相当
の対価の額は,次のとおり●(省略)●円である。
(計算式)●(省略)●円×0.075(発明者貢献割合(1-使用者貢献割合
0.925))×0.8(原告の発明者間貢献割合)=●(省略)●円(1円未満は
四捨五入)10
他方で,原告は,被告から本件請求に係る期間に対応する平成15年施行規則に
基づく補償金として,平成21年3月に●(省略)●円の支払を受け,これは弁済
に当たるから,上記認定の相当の対価の額から控除すべきである。
そうすると,原告が被告に対して請求することができる相当の対価の額は,47
28万4116円となる。15
なお,原告の被告に対する本件請求権は期限の定めのないものであるところ,原
告が被告に対し,平成28年1月25日に本件請求権について請求したことは当事
者間に争いがないから,被告はこれによって遅滞に陥ったことになる。したがって,
原告が被告に対し,同年2月1日から支払済みまで民法所定の年5分の遅延損害金
の支払を請求していることは正当なものといえる。20
7結論
以上によれば,原告の請求は主文第1項の限度で理由があるから,その限度で認
容し,その余の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官
髙松宏之
裁判官
野上誠一
裁判官
大門宏一郎
別紙
本件特許の特許請求の範囲
【請求項1】一般式:
(式中,Aは適当な置換基を有するベンジル基または適当な置換基を有していても
よいフェニル基,Aa
は適当な置換基を有していてもよいベンジル基または適当な置
換基を有していてもよいフェニル基,BおよびDはそれぞれ低級アルキル基,Cは
水素または低級アルキル基を意味する)で示される化合物またはその塩。
【請求項2】AおよびAa
がそれぞれ環状アミノ,ジ低級アルキルアミノまたは低
級アルコキシで置換されたベンジル基,B,CおよびDがそれぞれ低級アルキルで
ある請求項1記載の化合物。
【請求項3】AおよびAa
がそれぞれ環状アミノで置換されたベンジル基である請
求項2記載の化合物。
【請求項4】AおよびAa
がそれぞれモルホリノ,ジメチルアミノ又はメトキシで
置換されたベンジル基である請求項2記載の化合物。
【請求項5】AおよびAa
がそれぞれモルホリノで置換されたベンジル基,Bおよ
びDがそれぞれイソブチル基,Cがメチル基である請求項1記載の化合物。
【請求項6】AおよびAa
がそれぞれアミノ基,ニトロ基又は水酸基で置換された
ベンジル基,BおよびDがそれぞれイソブチル基,Cがメチル基である請求項1記
載の化合物。
【請求項7】式:
で示される化合物。
【請求項8】式:
で示される化合物。
【請求項9】一般式:
で示される化合物またはその塩を環状アルキル化反応に付すことにより一般式:
で示される化合物またはその塩を製造する方法。
(式中,BおよびDはそれぞれ低級アルキル基,Cは水素または低級アルキル基,A

はアミノ基またはアミノ基と低級アルコキシ基を有するベンジル基,A5
は環状アミ
ノ基または環状アミノ基と低級アルコキシ基を有するベンジル基を意味する)。
【請求項10】一般式:
で示される化合物またはその塩をアルキル化反応に付すことにより一般式:
で示される化合物またはその塩を製造する方法。
(式中,BおよびDはそれぞれ低級アルキル基,Cは水素または低級アルキル基,A

はアミノ基またはアミノ基と低級アルコキシ基を有するベンジル基,A4
はモノ若し
くはジ低級アルキルアミノベンジル基,またはモノ若しくはジ低級アルキルアミノ
基及び低級アルコキシ基を有するベンジル基を意味する)。
【請求項11】一般式:
で示される化合物またはその塩をニトロ化反応に付すことにより一般式:
で示される化合物またはその塩を製造する方法(式中,BおよびDはそれぞれ低級
アルキル基,Cは水素または低級アルキル基,A1
はベンジル基,A2
はニトロ基を有
するベンジル基を意味する。)。
【請求項12】請求項1記載の化合物またはその塩を有効成分とする駆虫剤。
【請求項13】請求項7記載の化合物またはその塩を有効成分とする駆虫剤。
以上
別紙
別件特許一覧
●(省略)●
実施許諾対象特許国一覧
●(省略)●
付属文書F
●(省略)●
実施料収入計算表
●(省略)●
原告作成の図(甲45)
●(省略)●
原告作成の図(甲46)
●(省略)●
以上

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◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

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