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平成21年11月27日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成20年(ワ)第16126号不正競争行為差止等請求事件
口頭弁論終結日平成21年9月30日
判決
東京都文京区<以下略>
原告株式会社日本クリード
同訴訟代理人弁護士佐伯洋平
東京都中央区<以下略>
被告株式会社Y
東京都港区<以下略>
被告A
東京都台東区<以下略>
被告B
東京都世田谷区<以下略>
被告C
東京都江東区<以下略>
被告D
東京都大田区<以下略>
被告E
東京都渋谷区<以下略>
被告F
東京都豊島区<以下略>
被告G
東京都豊島区<以下略>
被告H
上記9名訴訟代理人弁護士中村泰正
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告株式会社Yは,別紙営業秘密目録記載の各営業秘密をその営業上の活動
に使用又は開示してはならない。
2被告株式会社Yは,前項の営業秘密につき,同秘密の内容がデータにて記録
媒体に保存されているものについては同データのすべてを同記録媒体より削除
し,同データがプリントアウト等の方法により紙媒体に印字又は複写されてい
るものについては同紙媒体のすべてを廃棄せよ。
3被告株式会社Y,被告A,被告B,被告C,被告D,被告E及び被告Fは,
原告に対し,各自5596万5000円及びこれに対する平成20年6月26
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4被告G及び被告Hは,原告に対し,各自2798万2500円及びこれに対
する平成20年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
第2事案の概要
1請求について
(1)被告会社に対して
ア差止請求
原告は,被告株式会社Y(以下「被告会社」という。)において,①不正開
示行為があることを知って原告が保有する別紙営業秘密目録記載の各営業秘
密(以下「本件営業秘密」という。)を取得・使用し(不正競争防止法2条1
項8号),②原告から被告A,被告B,被告C,被告D,被告E,被告F又
は亡I(以下,上記7名を「被告個人ら」という。)が示された本件営業秘密
を不正の競業を行う目的又は原告に損害を加える目的で使用し(同法2条1
項7号),又は③本件営業秘密について不正取得行為をした(同法2条1項4
号)と主張して,不正競争による差止請求権(同法3条)に基づき,本件営業
秘密の使用・開示の差止め及び本件営業秘密を記録した媒体の除却を求めて
いる。
イ損害賠償請求
原告は,①上記不正競争は被告会社と被告個人らとが一体となって行なっ
た不正競争であると主張して,不正競争による損害賠償請求権(不正競争防
止法4条,民法719条)に基づき,又は②上記不正競争につき被告会社に
は被用者としての責任があると主張して,使用者責任(民法715条)に基づ
き,損害賠償金内金5596万5000円及びこれに対する不正競争の後で
ある平成20年6月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の連帯支払を求めるとともに,③亡I又は被告Fがした信義則上
の義務に反する原告従業員の引抜き行為を被告会社において幇助したと主張
して,不法行為(民法709条,719条)に基づき,上記同額の損害賠償金
及びこれに対する不法行為の後である平成20年6月26日から支払済みま
で民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めている。
(2)被告G及び被告H並びに被告Fに対して
原告は,原告と業務提携契約を締結した株式会社DSTマネジメント(以下
「DST」という。)の取締役であった亡I又は被告Fにおいて,①原告から
示された本件営業秘密を不正の競業を行う目的又は原告に損害を加える目的で
使用し若しくは被告会社に開示し(不正競争防止法2条1項7号),又は②本件
営業秘密について不正取得行為をしたが(同法2条1項4号),これらは被告会
社と被告個人らが一体となって行なった不正競争であると主張して,被告G及
び被告H並びに被告Fに対し,不正競争による損害賠償請求権(同法4条,民
法719条)に基づき,損害賠償金内金5596万5000円(被告G及び被告
Hについては各相続分の限度。以下,この項において同じ。)及びこれに対す
る不正競争の後である平成20年6月26日から支払済みまで民法所定の年5
分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるとともに,③DSTの取締役と
して負っている同社に上記業務提携契約中の秘密保持義務を遵守させるべき職
務を怠ったと主張して,取締役の対第三者責任(会社法429条)に基づき,上
記同額の損害賠償金及びこれに対する本件訴状送達の後の日である平成20年
6月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯
支払を求め,さらに,④信義則上の義務に反して原告の従業員を引き抜いたと
主張して,不法行為(民法709条,719条)に基づき,上記同額の損害賠償
金及びこれに対する不法行為の後である平成20年6月26日から支払済みま
で民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めている。
(3)被告A,被告B,被告C,被告D及び被告Eに対して
原告は,原告従業員であった被告A,被告B,被告C,被告D又は被告Eに
おいて,①原告から示された本件営業秘密を不正の競業を行う目的又は原告に
損害を加える目的で使用し若しくは被告会社に開示し(不正競争防止法2条1
項7号),又は②本件営業秘密について不正取得行為をしたが(同法2条1項4
号),これらは被告会社と被告個人らが一体となって行なった不正競争である
と主張して,不正競争による損害賠償請求権(同法4条,民法719条)に基づ
き,損害賠償金内金5596万5000円及びこれに対する不正競争の後であ
る平成20年6月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延
損害金の連帯支払を求めるとともに③被告A被告B被告C又は被告D(被,,,
告Eは除かれている。)が亡I又は被告Fの信義則上の義務に反する原告従業
員の引抜き行為について共同行為者若しくは幇助者であると主張して,不法行
為(民法709条,719条)に基づき,上記同額の損害賠償金及びこれに対す
る不法行為の後である平成20年6月26日から支払済みまで民法所定の年5
分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めている。
2前提となる事実
(1)当事者等
ア原告は,平成17年7月21日に設立された不動産の売買,賃貸借,その
仲介等を目的とする株式会社であり,主に投資用中古ワンルームマンション
(所有者と居住者とが異なる中古ワンルームマンション)の売買の仲介業を営
んでいる。(争いのない事実)
イDSTは,平成18年2月14日に設立された経営コンサルタント業等を
目的とする株式会社であり,代表取締役は,J,取締役は,亡I,被告Fほ
か1名であった。なお,Jは,株式会社ランドクリエイト(以下「ランドク
リエイト」という。)という主に不動産賃貸の仲介を業とする会社を別途経
営していた。(争いのない事実,甲4,弁論の全趣旨)
ウ被告会社は,不動産の売買,仲介,賃貸等を目的とする株式会社であり,
平成18年12月8日に亡Iが全額出資し「株式会社Z」との商号で設立,
,。,され主にワンルームマンションの売買の仲介業を営んでいる被告会社は
,。,,平成20年5月1日商号を現商号に変更した(争いのない事実被告A
弁論の全趣旨)
エ株式会社アーバンフォース(以下「アーバンフォース」という。)は,平成
19年2月,被告Fほか1名によって設立された会社であり,主に不動産賃
貸の仲介業を営んでいるほか,被告会社と業務提携し,その業務の一部を行
っている。(争いのない事実,乙34,被告F,弁論の全趣旨)
オ亡Iは,Jが経営するランドクリエイトに勤務していたが,被告会社設立
後,その代表取締役に就任した。しかし,平成19年5月ころ行方不明にな
り,推定同月31日に殺害され,そのことが同年8月に判明した。同事件の
容疑で,Jが逮捕,勾留され,現在,Jに対する刑事裁判手続が係属中であ
る。(争いのない事実,甲2,10,弁論の全趣旨)
カ被告Aは,後記本件業務提携契約に基づき,平成18年3月,DSTから
原告に営業部員として出向した。被告Aは,原告で課長代理として勤務した
が,同年10月,自己都合を理由に退職した。その後,被告Aは,平成19
,,,年2月被告会社営業統括本部長として同社に入社し平成20年5月1日
。,,,,被告会社代表取締役に就任した(争いのない事実甲5乙32被告A
弁論の全趣旨)
キ被告Bは,後記本件業務提携契約に基づき,平成18年5月,DSTから
原告に営業部員として出向した。被告Bは,原告で主任,係長として勤務し
たが,原告の社風が合わなかったことから,平成19年6月末日に原告を自
主退社し,同年7月,アーバンフォースに入社し,同社の売買事業部の業務
に従事しそのかたわら提携先である被告会社の営業活動もしている(争,,。
いのない事実,甲6,乙35,被告F)。
ク被告Cは,後記本件業務提携契約に基づき,平成18年12月,DSTか
ら原告の営業部員として出向した。被告Cは,原告の社風に耐えられなかっ
たことから,平成19年6月末日に原告を自主退社し,同年7月,アーバン
フォースに入社し,同社の売買事業部の業務に従事し,そのかたわら,提携
。,,,先である被告会社の営業活動もしている(争いのない事実甲7乙36
被告F)
ケ被告Dは,後記本件業務提携契約に基づき,平成19年1月,DSTから
原告の営業部員として出向した。被告Dは,原告の社風が合わなかったとこ
ろ,被告Fから誘われたこともあり,平成19年6月末日に原告を自主退社
し,同年7月,アーバンフォースに入社したが,平成20年10月,実家の
家業を継ぐため同社を退職した。(争いのない事実,甲8,乙38,被告F)
コ被告Eは,平成18年6月に原告に入社し,事業部員として不動産取引契
約の締結及び履行の管理をする業務に従事していたが,原告の社風に耐えら
れなかったことから,平成19年2月3日,原告を自主退社し,その後,被
告会社に入社した。(争いのない事実,乙33,弁論の全趣旨)
サ被告Fは,平成18年3月,DSTの取締役に就任していたが,Jから原
告の営業力増強のため原告に派遣できる営業部員を準備するよう依頼された
ことから,自らの後輩,知人である被告B,被告C,被告Dらに声をかけ,
同人らをDSTから原告へ出向させた。被告Fは,平成19年2月にアーバ
ンフォースを設立し,その代表取締役を務めているが,そのかたわら,提携
先の被告会社の業務部も担当している。(乙34,被告F)
シ被告G及び被告Hは,殺害された亡Iの両親であり,その相続人である。
(争いのない事実)
(2)本件業務提携契約
原告とDSTは,平成18年3月1日,業務提携契約(以下「本件業務提携
契約」という。)を締結した。その内容は,次のとおりである(契約書上の呼称
。。,,は本判決のものに置き換えてある)本件業務提携契約は平成19年8月
Jの逮捕,勾留を受けて,合意解約された。(争いのない事実,甲1,弁論の
全趣旨)
「第1条(目的)
原告は,原告の業務計画を迅速かつ確実に達成するために,次の業務(以
下『本業務』という)をDSTに委託し,DSTはこれを受託する。,
(1)原告の行う不動産の売買・仲介に伴う金融機関等の関係各位との交渉
・折衝業務および不動産の仕入れ業務
(2)原告が特に依頼する案件の仕入・調査又は交渉
(3)原告の財務計画の立案・策定および実施に関するコンサルテーショ
ン,不動産の仕入れに対するコンサルティング
・・・
第5条(秘密の保持)
DSTは,本業務の遂行にあって知り得た一切の件に関して,契約期間中
はもとより契約終了後も,第三者に漏らしてはならない」。
(3)本件営業秘密
ア本件所有者情報
(ア)別紙営業秘密目録1記載の情報(以下「本件所有者情報」という。)は,原
告代表者とIT関係会社との共同開発による特注のデータベースシステム
(以下「nccl」という。)において,原告の管理するサーバ内に電子デー
タとして保管管理されている。ncclのデータは,一般に流通している不
動産所有者情報,登記情報などを入力したほか,平成18年5月ころに購入
した過去10年分の全国電話帳の電子データを入力し,これらを関連付ける
などされているものである。(甲20,弁論の全趣旨)
(イ)本件所有者情報は,秘密として管理されていた。(争いのない事実)
すなわち,ncclにアクセスするためには,原告から従業員に貸与され
たデスクトップパソコンにインストールされている専用のアプリケーション
ソフト(以下「本件ソフトウェア」という。)を使用して,従業員のID(氏
名)及び従業員ごとに与えられた個別のパスワードを入力してログインしな
ければならない(平成19年6月28日までは,本件ソフトウェアがインス
トールされたパソコンであれば,インターネットを通じて原告の会社外部か
らもアクセス可能であった。)。デスクトップパソコンの貸与やパスワード
の付与は,従業員のうち役職がある者(約半数)のみに限られており,また,
利用者ごとにアクセス・編集権限が制限され,これらの権限変更をする権限
は原告代表取締役ほか2名のみが有していた。本件所有者情報をプリントア
ウトする権限は,本件所有者情報の編集を業務内容とする部署の社員のみに
限られており,アクセス権限があって検索・閲覧が可能な営業部員であって
も,プリントアウトする権限はない。また,本件所有者情報を記録媒体にダ
ウンロードする機能はncclにはない。そのため,ncclに自由にアク
セスできない原告従業員のために,本件所有者情報のうち数万件ほどがプリ
ントアウトされてファイルとされていたが,同ファイルは専用の鍵付き戸棚
に備え置くとともに,その鍵については原告代表取締役及び原告事業部課長
のみが保管し,同ファイルの原告従業員への貸出し,返還については,貸出
簿への記載を求めるとともに,当日中の使用のみを許容し,複写及び外部持
出しは一切禁止していた。上記戸棚は,業務時間外は施錠がされており,フ
ァイルは,用済後,適宜廃棄処分されていた。(争いのない事実,甲20,
弁論の全趣旨)
(ウ)被告A及び被告Bは,原告からデスクトップパソコンの貸与及び上記パス
ワードの付与は受けていたが,被告C及び被告Dは,パソコンの貸与もパス
ワードの付与も受けていなかった。被告Eは,デスクトップパソコンの貸与
は受けていたが,パスワードの付与は受けていなかった。被告A,被告B,
,,。被告C被告D及び被告Eはプリントアウトする権限は有していなかった
(争いのない事実,乙32,33,35,36,38,弁論の全趣旨)
イ本件買取業者情報
別紙営業秘密目録2記載の情報(以下「本件買取業者情報」という。)は,
原告代表者が管理するパソコン内部に保存されており,従業員は,各自に貸
与されているデスクトップパソコンから上記パソコンにLANを通じてアク
セスするようになっていた。本件買取業者情報は,パソコンを貸与された従
業員であればだれでも自由に閲覧することが可能であり,特にパスワードに
よるアクセス制限はなかった。(争いのない事実,弁論の全趣旨)
ウ本件書式
別紙営業秘密目録3記載の情報(以下「本件書式」という。)は,原告の実
際の業務において使用される契約書類等の書式であり,原告から各従業員に
貸与されたパソコン内部に保存されており,特にパスワードによるアクセス
制限はなかった。(争いのない事実,甲14の1,弁論の全趣旨)
3争点
(営業秘密性について)
(1)本件所有者情報の有用性
(2)本件所有者情報の非公知性
(3)本件買取業者情報の秘密管理性
(4)本件買取業者情報の有用性
(5)本件買取業者情報の非公知性
(6)本件書式の秘密管理性
(7)本件書式の有用性
(8)本件書式の非公知性
(不正競争について)
(9)不正競争の有無
(取締役の対第三者責任について)
(10)職務過怠の有無
(一般不法行為について)
(11)信義則上の義務違反の有無
(損害について)
(12)損害の発生及び額
4争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(本件所有者情報の有用性)について
ア原告
(ア)本件所有者情報は,主にワンルームマンションの所有者情報を中心に集積
されたデータであり,物件数約58万件のうち約35万件がワンルームマン
ションの情報である。投資用ワンルームマンションの所有者は,自己使用目
的ではないためマンションの所在と所有者の所在とが一致せず,所有者は全
国各地に点在しており,その個人情報の調査は非常に困難である。したがっ
て,投資用中古ワンルームマンションの仲介を専門とする原告にとって,非
常に有用な情報の集合体である。
(イ)本件所有者情報は,残債務額,原告における営業履歴,賃貸先,賃料額等
の情報など,一般には公開されていない情報を含んでおり,不動産売買仲介
業における有用な情報が盛り込まれている。
(ウ)本件所有者情報のうち,約半数の連絡先情報は登記情報,番号案内サービ
ス,有料名簿などから入手できるものではあるものの,取得には相応の費用
を要するものであり,その余の約半数は,原告又はその子会社の営業活動の
中で取得した情報や過去の電話帳データを入力して物件データと連結させて
いるものであり,一般的には保有されていない情報である。
イ被告ら
所有者の住所,氏名は,登記情報を閲覧ないし取得すれば簡単に得られる
情報であり,電話番号も,番号案内サービスを利用し,あるいは電話帳を見
れば簡単に検索できる。また,そこまでしなくても,当該情報は名簿業者な
どにより頻繁に売買されている。
(2)争点(2)(本件所有者情報の非公知性)について
ア原告
本件所有者情報の中には非公知の情報があり,本件所有者情報は非公知性
を有する。
イ被告ら
所有者の住所,氏名は,登記情報を閲覧ないし取得すれば簡単に得られる
情報であり,電話番号も,番号案内サービスを利用し,あるいは電話帳を見
れば簡単に検索できる。また,そこまでしなくても,当該情報は名簿業者な
どにより頻繁に売買されている。
(3)争点(3)(本件買取業者情報の秘密管理性)について
ア原告
本件買取業者情報は,原告従業員に貸与されたパソコンからはプリントア
ウトできない設定がされていた上,原告は,本件買取業者情報について,原
告における業務目的以外の使用,社外での使用及び退職後の使用を一切禁止
していた。
イ被告ら
本件買取業者情報は,原告従業員のだれもが自由にプリントアウトするこ
とができた。特に営業部員は,1物件につき1枚,本件買取業者情報をプリ
ントアウトし,各自が,そこに当該物件に対する買取業者の買取価格などを
書き込んだりし,あるいは新たな業者,担当者の氏名・携帯番号を追記して
いった。したがって,営業部員の各自が本件買取業者情報をプリントアウト
したものを数十枚ずつ所持していたような状況であり,社内にもこのプリン
トアウトされたものが散乱していた。
(4)争点(4)(本件買取業者情報の有用性)について
ア原告
(ア)本件買取業者情報における買取業者73社は,主に投資用中古ワンルーム
マンションを購入する会社である。投資用中古ワンルームマンションの買取
市場は非常に狭い市場であるが,この狭い市場の中において73社もの専門
買取業者の情報があれば,不動産売却希望者のニーズと買手側のニーズが一
致する可能性が高まるとともに,買手間において価格競争が生じるため,よ
り高額での売却が可能となる。
(イ)本件買取業者情報は,原告の営業の過程で取得した部課長以上の決裁権限
を有している仕入担当者の名前及び同担当者の携帯番号などであり,これら
は一般には公開されていない。したがって,本件買取業者情報は,これらの
者に対して直接営業することを可能とさせる。さらに,本件買取業者情報に
は,当該買取業者の好みのエリアに関する情報を含むため,これに合致する
物件の売買を仲介することでより高額の売却が可能となる。
イ被告ら
買取業者はインターネットで検索すればだれでも知り得る類の情報であ
り,また,買取業者自身から仲介業者への営業も頻繁にあるため,買取業者
の情報を独自の調査などによって開拓すべきものではない。
(5)争点(5)(本件買取業者情報の非公知性)について
ア原告
本件買取業者情報は,原告が独自に開拓した個人情報であり,一般には全
く知られてない。
イ被告ら
買取業者はインターネットで検索すればだれでも知り得る類の情報であ
り,また,買取業者自身から仲介業者への営業も頻繁にあるため,買取業者
の情報を独自の調査などによって開拓すべきものではない。
(6)争点(6)(本件書式の秘密管理性)について
ア原告
原告は,本件書式について,原告における業務目的以外の使用,社外での
使用及び退職後の使用を一切禁止していた。
イ被告ら
争う。
(7)争点(7)(本件書式の有用性)について
ア原告
本件書式は,原告設立に携わった原告出資者及び原告代表者等の会社設立
前からの不動産業の勤務経験等を生かして作成された独自の書式であり,不
動産取引業,特に投資用ワンルームマンション区分所有権の売買契約の仲介
業務の営業については,非常に有用な情報である。
イ被告ら
区分所有建物の売買契約書や領収証等は,オリジナリティーを発揮すべき
類の書面ではなく,営業秘密としての有用性はない。
(8)争点(8)(本件書式の非公知性)について
ア原告
本件書式は,原告が仲介して契約を成立させた当事者が事実上目にする以
外には,一般的には知られていない。
イ被告ら
区分所有建物の売買契約書や領収証等は,書類の性質上,営業秘密ではな
い。
(9)争点(9)(不正競争の有無)について
ア原告
次の事実によれば,被告会社及び被告個人らは,共同してncclに不正
にアクセスするなどの不正の手段により本件営業秘密を取得し,又は被告会
社のために原告から示された本件営業秘密を不正の競業を行う目的若しくは
原告に損害を加える目的で使用若しくは開示し,あるいは,不正開示行為が
あることを知って本件営業秘密を取得若しくは使用し,又は取得若しくは使
用させたものといえる。
(ア)亡I及び被告Fは,DSTの取締役として,本件業務提携契約に基づき,
本件営業秘密を自由に閲覧,取得できる立場にあった。
,,,,,(イ)被告A被告B被告C被告D及び被告Eは原告従業員であったから
本件営業秘密に自由にアクセスができる状況にあった。そして,被告B,被
告C,被告D及び被告Eは,被告会社が設立された後も原告従業員の立場に
あり続けた。
(ウ)被告会社は,平成19年3月16日に宅地建物取引業免許(以下「宅建免
許」という)を取得したが,平成20年3月14日時点で媒介契約を締結。
した不動産取扱件数が174件に達していた。開業から約1年でこのように
多数の物件を取り扱えることは異例である。そうするためには,その数をは
るかに超える所有者に対して営業活動を行う必要があり,そのためには,膨
大な数の所有者情報を有していなければならない。亡Iは,平成19年3月
時点で既に45万から60万件の所有者情報を取得していたことがうかがわ
れるが,被告会社設立からわずか約3か月でこのような膨大な情報を入手し
ていることからすると,原告から情報を窃取した蓋然性が極めて高いといえ
る。その一方で,被告らは,亡Iが所有者情報をどのように入手したのかに
ついて一切合理的な説明ができていない。したがって,本件営業秘密の不正
取得,使用行為が推認されるというべきである。
(エ)平成20年10月17日時点で被告会社が不動産所有者と専任専属媒介契
,,約又は専任媒介契約の締結に至った物件数は少なくとも294件であるが
そのうち273件(約93%)は,本件所有者情報にある物件と重複する。
(オ)平成18年7月,原告は,原告所有のデスクトップパソコンを被告Aに譲
り渡したが,このパソコンには,本件所有者情報の原始データ,本件ソフト
ウェア,本件買取業者情報及び本件書式が記録されていた。原告は,すべて
のデータを消去するとの指示を被告Aにしたが,実際に被告Aがパソコンの
データを削除したかどうかの確認はしていない。したがって,平成18年1
0月まで有効であった被告Aのアクセス権,平成19年6月まで有効であっ
,,た被告Bらのアクセス権あるいは他の原告従業員のアクセス権を使用して
平成18年7月以降,被告会社又は被告ら個人は,外部よりインターネット
を通じてncclへアクセスし,これを自由に閲覧することができた。
(カ)何者かが,平成19年5月中旬ころに一度,原告従業員でありプリントア
ウト権限を有するKのIDを不正利用して外部からncclにアクセスをし
た。なお,本件サーバに対するアクセス数は1日当たり100件を超えるの
であり,アクセス履歴からこの不正アクセスを割り出すことは非常に困難で
ある上,平成19年11月に新サーバに移行した際にアクセス記録が破棄さ
れ,該当のアクセス記録は存しない。
(キ)本件書式と被告会社で使用している書式は,フォントサイズに至るまで酷
似しているところ,被告Aは,平成19年10月18日に原告代表者と原告
取締役(CEO)のLとが被告会社を来訪した際,原告から譲り受けた前記パ
ソコンに本件書式が記録されており,これを利用したことを認めた。
(ク)上記来訪の際に,原告代表者が本件所有者情報と被告会社の所有者情報と
が異なる旨の発言をしたことは認めるが,両人は,両情報を見比べたわけで
はなく,被告会社の所有者情報が記載された名簿の体裁とncclにおける
画面表示又はプリントアウト形式などの両者の見た目や配列の差異を認めた
にすぎず,本件所有者情報を構成するデータそれ自体が違うことを認めたわ
けではない。しかも,提示された名簿はわずか1冊で,被告Aが選択したも
のであるから,その他の簿冊についてはncclのものと異なるとはいえな
い。かえって,被告は,本訴係属中にあえて上記簿冊を廃棄しており,自己
に不利益なものであることを自認する行動を採っている。
イ被告ら
本件所有者情報は,量が膨大でプリントアウトすることは不可能であり,
厳重に管理されていたので持出しは不可能であった。なお,本件買取業者情
報及び本件書式については,全く情報としての価値がなく,そもそも持ち出
す動機がない。被告会社の有する所有者情報は,被告自ら取得したものであ
る。
(ア)亡I及び被告Fは,原告の会社内で業務に従事していたわけではなく,n
cclにアクセスできる状況ではなかった。
(イ)被告C及び被告Dは,ncclにアクセスするパスワードを付与されてい
なかったから,本件所有者情報にアクセスすることはできなかった。被告A
及び被告Bが原告から貸与されたのはデスクトップパソコンであり,原告の
会社内で業務時間中にncclにアクセスできるにすぎなかった。また,n
cclにアクセスするには本件ソフトウェアが必要であるから,それがイン
ストールされていない外部のパソコンからインターネットを使用してアクセ
スすることも不可能である。
(ウ)被告会社が平成19年3月16日に宅建免許を取得し平成20年3月14
日時点で174件の媒介契約を締結した不動産取扱件数を有していたことは
認めるが,174件は,開業1年後の取扱件数として別段過大な件数ではな
い。被告会社設立前でも所有者情報を収集することは可能であり,むしろ設
立に当たって当然の準備行為であるから,被告会社が設立されてから亡Iが
所有者情報を収集し始めたとの仮定が成り立たないし,仮に被告会社設立後
に亡Iが所有者情報を収集し始めたとしても,外注すれば3か月で十分であ
る。
被告会社が有する不動産所有者情報は,亡Iが保有していた電子データを
プリントアウトして製本化した名簿がベースとなっている。簿冊総数は88
冊で都道府県別に分かれていた。1頁に15件から20件程度の所有者情報
があり,1冊の名簿の頁数は,おおよそ100頁から150頁であり,合計
すると20万件程度であった。亡Iがどのようにしてその電子データを取得
したのかは不明であるが,被告会社は,平成20年4月から6月にかけて,
438万9500円で172物件8779戸分の登記事項要約書を取得し,
番号案内サービス,電話帳,電話番号調査ソフトなどにより所有者の電話番
号を調べて所有者情報を追加した。なお,被告会社は,情報流出リスクの低
減化と業務効率化のため,平成20年11月5日以降,所有者情報をサーバ
内に保存し営業電話等をパソコンの操作によりできるようにしたシステム
(テレコールシステム)を導入しており,不要となった名簿や亡Iが有してい
た電子データをいずれも既に廃棄している。
(エ)原告が重複すると主張するデータの中には,平成20年4月以降に被告会
社が取得したデータが13件,取引業者の方から被告会社に売却が依頼され
た物件が3件る。不動産所有者の氏名,住所及び電話番号は公開されていあ
るといえるものであり,原告も,被告会社も,中古マンションの販売の仲介
をする対象地域が重なり合っているのだから,本件所有者情報と被告会社の
保有する所有者情報に一致するところがあったとしても,それは共通した公
開情報を有していたというにすぎない。
(オ)原告から平成18年7月ころに被告Aがデスクトップパソコンを譲り受け
たことは認めるが,同パソコンには,原告が主張するいずれのデータも入っ
ていなかった。
(カ)仮にKのIDを利用した不正アクセスがあったとしても,それと被告会社
又は被告個人らとを結び付ける事実は何もない。
(キ)本件書式と被告会社で使用されていた書式とは,記載内容,用語,構成が
ほとんど異なり,全く似ていない。本件書式が原告から譲り受けたパソコン
の中にあったと被告Aが言ったのは,平成19年10月18日午後5時に被
告会社に来訪した原告代表者とLが午後9時すぎに至るまでの4時間以上に
わたって居座り続けたことから,その場を収めるための便法としてついた嘘
にすぎない。
(ク)原告代表者及びLは,上記同日に被告会社を訪問した際,被告Aから被告
会社の所有者情報を提示され,それが本件所有者情報と異なることを自ら確
認している。
(10)争点(10)(職務過怠の有無)について
ア原告
亡I又は被告Fは,DSTの取締役として,信義則上,①本件業務提携契
約に基づき入手した本件営業秘密を同契約の目的以外の目的(図利加害目的)
では使用してはならない義務,及び②原告と競業する業務を目的とする会社
を設立し又は業務を開始する場合には,設立及び業務を開始する事実を事前
に,又は事後速やかに原告に報告し,原告においてDSTから派遣された従
業員に営業秘密を開示するか否かについて選択の機会を与える義務を負って
いた。それにもかかわらず,亡I又は被告Fは,これを怠り,原告に報告す
ることなく,亡Iは被告会社の代表取締役として,被告Fは被告会社の業務
提携者として,本件営業秘密を用いて営業行為を行ったのであるから,取締
役の職務を行うにつき故意に原告に損害を加えたものである。
イ被告ら
亡Iも,被告Fも,DSTの取締役であった以外は,原告について何らの
知識,情報等を得ておらず,原告とは全く無関係な立場である。
(11)争点(11)(信義則上の義務違反の有無)について
ア原告
(ア)亡I及び被告F
自らの人脈で原告に従業員を派遣したDSTの取締役である亡I又は被告
Fは,本件業務提携契約に基づき,信義則上,これら従業員を雇用する予定
又は雇用する場合には,事前又は事後速やかに原告にこれを報告する義務が
あるにもかかわらず,これを怠り,原告と競業する会社を密かに設立し,雇
用予定のこれら従業員の派遣を継続させ,あるいは原告に報告なくこれら従
業員を雇用した。
(イ)被告会社
被告会社は,亡I又は被告Fの上記不法行為に基づき設立,運営された客
体であり,同人らを幇助した。
(ウ)被告A
被告Aは,亡I又は被告Fの上記不法行為に積極的に関与し,同不法行為
を共同して行い,又はこれを幇助した。
(エ)被告B,被告C及び被告D
被告B,被告C又は被告Dは,亡I若しくは被告Fの上記不法行為を認識
しており,同人らを幇助した。
イ被告ら
すべて争う。
(12)争点(12)(損害の発生及び額)について
ア原告
(ア)推定売上高
原告における従業員1人当たりの1か月の売上額は約287万円であると
,,,ころ被告会社の営業担当社員は少なくとも5人以上いるはずであるから
原告と同種営業を営む被告会社の1か月当たりの売上額は1435万円(2
87万円×5人),1年当たりの売上額は1億7220万円(1435万円×
12か月)を下らないものと推定される。
(イ)推定利益率
不動産仲介業については,仕入れが不要であるという特殊性からその粗利
益率は少なくとも売上額の65%以上と推定される。
(ウ)推定利益
以上から,被告会社の1年当たりの粗利益額は1億1193万円(1億7
220万円×65%)と推定されるところ,被告会社は,その営業を事実上
平成19年3月に開始し,その後少なくとも5年以上その営業を継続するも
のと考えられるから,その5倍の利益を得ると推定される。
(エ)損害額
被告会社が得る上記利益は,被告会社につき,また,その余の被告らとの
関係においても原告の損害と推定される(不正競争防止法5条2項)。
原告は,その損害のうち6か月分の損害である5596万5000円(1
億1193万円÷12か月×6か月)を請求する(被告G及び被告Hについ
てはその2分の1。)
イ被告ら
すべて争う。
第3当裁判所の判断
1争点(3)(本件買取業者情報の秘密管理性)について
不正競争防止法にいう営業秘密の要件としての秘密管理性が認められるため
には,少なくとも,これに接した者が秘密として管理されていることを認識し
得る程度に秘密として管理している実体があることが必要である。
ところで,争いのない事実と証拠(甲13,乙1∼3,被告A)及び弁論の全
趣旨によれば,①本件買取業者情報とは,買取業者の名称,電話番号及びファ
ックス番号,同業者の担当者の氏名及び携帯電話番号並びに同業者が主に取り
扱う物件であること,②買取業者となり得る者はインターネットでも公開され
ており容易に検索可能であり,買取業者の担当者がその氏名,連絡先,買取物
,,,件の要望を秘匿すべき理由はないこと③原告において本件買取業者情報は
パソコンを貸与された従業員であればだれでも自由に閲覧することが可能であ
り,特にパスワードによるアクセス制限はなかったこと,④被告A,被告B,
,,被告C及び被告Dらが原告に在籍していた当時本件買取業者情報はいつでも
かつ,枚数の制限なく自由にプリントアウトできる状況にあり,営業部員は,
自分の分としてプリントアウトされたものを利用して営業活動を行っていた
が,これに対して,原告においてプリントアウトされた本件買取業者情報を管
理する措置は何ら採られていなかったことが認められる。以上からすれば,本
件買取業者情報に接した者がこれを秘密として管理されていることを認識し得
る程度に秘密として管理している実体があるとはいえない。したがって,本件
買取業者情報は,秘密管理性を欠き,営業秘密ということはできない。
以上から,本件買取業者情報に係る不正競争の主張は,その余の点について
判断するまでもなく,いずれも理由がない。
2争点(8)(本件書式の非公知性)について
本件書式が原告の実際の業務において使用される契約書類等の書式であるこ
とからすれば(第2,2前提となる事実(3)ウ),原告の仲介により売買契約を
締結した売主・買主,原告と媒介契約を締結した依頼者などの第三者は必ず本
件書式を認識することになるのであり,かつ,原告の顧客が原告と特別の関係
を有する者に限定されているものではないから,本件書式は,不特定かつ多数
の者に示されているものである。そして,それら本件書式を示された者が原告
に対して本件書式の守秘義務を負うものとは認められないし,負わせることが
できる性質のものでもない(例えば,それらの者が契約書,領収書等を更に第
三者に提示して自己の権利を証明することが不可能になってしまう。)。した
がって,本件書式は,非公知性を欠き,営業秘密ということはできない。
以上から,本件書式に係る不正競争の主張は,その余の点について判断する
までもなく,いずれも理由がない。
3争点(9)(不正競争の有無)について
(1)上記1,2のとおり,本件買取業者情報及び本件書式は営業秘密とはいえな
いから,以下,本件所有者情報についてのみ不正競争の有無について判断すべ
きところ,まず,本件所有者情報を被告個人らが取得できたのか否の点につい
て検討する。なお,本件所有者情報は,一つ一つの物件についてみればほとん
どが公開された情報であり,秘密といえるのはその集積された体系というべき
ものであるから,本件所有者情報を取得したのか否かについても,このような
集積された体系(その全部である必要はないが,相当の分量である必要はあ
る)の取得の有無という観点から判断する。。
(2)紙媒体による取得について
本件所有者情報は約58万件分のデータというものであり,ncclに自由
にアクセスできない原告従業員のために,数万件ほどをプリントアウトしてフ
ァイルとされていたこと,当該ファイルが保管されていた専用保管庫の鍵は,
原告代表取締役及び原告事業部課長のみが保管し,保管庫は業務時間外は施錠
がされ,また,当該ファイルの貸出しは貸出簿で管理され,貸出しも当日中の
みであって外部への持出しは禁止されていたことは,上記第2,2前提となる
事実(3)ア(イ)のとおりであるところ,当該ファイルの量は,100頁から15
0頁程度のファイルにして32冊というのであるから(甲16),このファイル
を勤務時間内に複写したり,あるいは勤務時間外に社外に持ち出すことは,ほ
とんど不可能というべきである。
また,亡I又は被告Fが原告の会社内に立ち入ったことがあるとは,本件証
拠上全くうかがわれない。そして,被告Cと被告Dは,いずれもパソコンの貸
与もパスワードの付与も受けておらず,被告Eは,パスワードの付与を受けて
おらず,被告Aと被告Bは,パソコンの貸与及びパスワードの付与は受けてい
たが,いずれもプリントアウトの権限は有していなかったものである(第2,
2前提となる事実(3)ア(ウ))。そうすると,被告個人らが,自ら本件所有者情
報をプリントアウトすることができたとは認められない。そもそも,原告は,
上記ファイルが本件所有者情報全体の5%未満であると主張しており(訴状8
頁),その主張に従えば,本件所有者情報の全部をプリントアウトした場合,
その総冊数は640冊(32冊×100/5),頁数は少なくとも6万4000
頁ということになる。被告らの自認するところによれば,被告会社の所有者情
報は20万件程度というものであって,これは本件所有者情報の3分の1程度
となるところ,仮にこれがすべて本件所有者情報をプリントアウトしたもので
あるとしても,依然,膨大なものである。そうであれば,原告の会社内でこれ
に相応する数の情報をプリントアウトすれば,容易に発覚することが明らかで
あり,この方法は,ほとんど実現可能性がないものである。
,。したがって被告らが本件所有者情報を紙媒体で取得したとは認められない
(3)電子データによる取得について
証人Mの証言及び同人作成の陳述書(乙37)によれば,Mは,印刷等を業と
する株式会社ティップ・アイの代表取締役であり,同社はDST及び被告会社
と取引関係にあったこと,Mは,平成19年1月ころ,亡Iから,同人が購入
した電子データの印刷,製本の依頼を受け,提供を受けた約20万件分ほどの
所有者情報を記録したPDFファイルに基づき,これを印刷,製本してA4版
で100冊近くになる名簿を作成し,これを被告会社に納入したことが認めら
れる。Mが代表取締役を務める株式会社ティップ・アイは,DSTや被告会社
と取引関係があったことが認められるものの(乙34,37),第三者というべ
きMが証人として虚偽の事実を述べるべき事情は特に見当たらず,その証言の
信用性を疑うべき理由はない。そうすると,被告会社の所有者情報は,もとも
とは電子データであったということになるが,ncclにはデータを記録媒体
にダウンロードする機能がなく(第2,2前提となる事実(3)ア(イ)),電子デー
タとして本件所有者情報を取得することができないのであるから,亡Iが取得
していた上記電子データと本件所有者情報は別物と認めることができる(本件
所有者情報自体,名簿業者から取得したデータを利用して集積されているので
あるから,亡Iにおいてもそのような業者からデータを取得できることが推認
し得る。)。そして,証拠(甲26,乙4∼31,37,証人M,被告A)及び
弁論の全趣旨によれば,被告会社の所有者情報は,亡Iが準備した名簿に被告
会社が自ら取得した登記情報,電話番号情報を加えたものであり,平成20年
11月以降は,亡Iが取得した電子データに基づいて名簿を電子化したもので
あることが認められるから,被告会社及び被告ら個人のいずれもが,電子デー
タとしても本件所有者情報を取得してはいないことになる。
(4)原告の主張について
ア原告は,亡I又は被告Fが本件営業秘密を自由に閲覧,取得できた旨を主
張するが,前記説示のとおりであり,これを認める証拠は全くない。
イ原告は,被告A,被告B,被告C,被告D又は被告Eが本件営業秘密を不
正に取得できる状況にあった旨を主張する。しかしながら,上記の者らはい
ずれも本件所有者情報をプリントアウトする権限を有せず,原告従業員の中
で特に本件所有者情報の不正取得が容易である立場にあったものではないか
ら,これらの者と他の原告従業員とは,不正取得の容易性という観点からは
同等というほかない。そうすると,これらの者が他の従業員のID及びパス
ワードを利用した可能性は,等しく原告のどの従業員にもいえることであっ
て,原告の主張するところは,営業秘密に接した従業員の一般的な不正取得
の可能性をいうものにすぎず,格別,不正競争の存在を基礎付けるものでは
ない。
ウ原告は,被告会社の業績が本件所有者情報を不正に取得していなければ説
明できないものである旨を主張する。所有者情報がないのに業績を上げたと
するならば,そのことが不自然であるということもできるが,被告会社は,
上記のとおり本件所有者情報とは別の所有者情報を取得していたのであるか
ら,その業績に不自然な点はない。したがって,原告の上記主張は,採用す
ることができない。
エ原告は,被告会社が媒介契約を締結した物件と本件所有者情報にある物件
とが約93%の割合で重複していることは不自然である旨を主張する。
しかしながら,一定の時期に不動産の売却希望をする所有者の数は限られ
たものであるところ(すべての不動産所有者が売却を希望するわけではな
い,原告も,被告会社も,その営業対象をその一定の限度の中から選択。)
しているのであり,しかも,原告と被告会社とは,共に本店を東京都区部に
置き,その営業範囲をほぼ同一とし,主な業態もマンションの売買仲介を中
心とする点でほとんど変わりがなく,事業対象及び営業対象が重複している
(そのことは何ら違法なことではない。そして,対象物件である不動産。)
はその存在が公開されているのであるから,ある程度の量の所有者情報を集
,。積すればその情報の集合に重複する部分が生ずることは当然のことである
そして,本件所有者情報は約58万件と膨大な量なのであるから,ある物件
を取り出してその情報が本件所有者情報に含まれるかどうかを比べた場合,
それが含まれる可能性は高いのであり,そうとすれば,被告会社が媒介契約
を締結した物件と本件所有者情報にある物件とがかなりの割合で重複するこ
とは,とりたてて不自然というものではない。したがって,原告の上記主張
は採用することができない。
オ原告は,原告から被告Aに譲り渡したパソコンに本件所有者情報の原始デ
ータ及びncclにアクセスするための本件ソフトウェアが記録されていた
旨を主張する。
しかしながら,平成19年10月18日に原告代表者とLとが被告会社事
務所を訪れ,午後5時ころから午後9時ころまでの4時間にわたって被告A
に対して詰問を続けた際にも,終始,被告Aはこのことを強く否認し,その
点についての態度は一貫していたものである(甲25,26,被告A,弁論
の全趣旨)。一方,原告が上記主張の根拠とするところは原告代表者の供述
及び同人作成の陳述書(甲24)のみで,客観的なものでなく,そもそも原告
が主張するところの「原始データ」なるものが何を意味するのかも不明であ
る(仮に電話帳データと物件データのことを意味するのであれば相互にリ,「
ンク」されていない両データが存しても,それだけでは何の活用価値もな
い。)。しかも,本件所有者情報に関する原告の管理状況は,原告従業員に
対しても非常に厳しいものであるにもかかわらず,その一方で当該パソコン
が上記のような重要なデータが記録されたままの状態で放置されていたとい
うこともにわかには信じ難く,また,上記原告の主張内容を裏付けるに足り
る証拠もない。
もっとも,仮に,被告Aが譲り受けたパソコンの中に本件ソフトウェアが
インストールされたままであったとしても,結論を左右するものではない。
すなわち,本件ソフトウェアを利用して外部よりインターネットを通じてn
cclへアクセスしてこれを閲覧しても,ncclにはデータを記録媒体に
ダウンロードする機能がないのであるから,手書きでデータを書き写すか画
面印刷をするほかないが,これらの方法によっては,数十万件に及ぶデータ
を取得するにはあまりにも非効率的で現実性がないというほかない。また,
仮に何らかの方法でアクセス権限のある原告従業員のIDとパスワードを入
手できたとして(原告の主張,立証にはこれをうかがわせる具体的事実が何
ら提示されていないが。),これにより会社外部のパソコンで本件所有者情
報をプリントアウトした場合,これによりプリントアウトされる文書はnc
clのプリントアウト形式のものとなる。しかしながら,原告代表者とLが
平成19年10月18日に被告会社事務所を訪れた際に被告Aから見せられ
た被告会社の所有者情報を記載した名簿が,少なくともその体裁においてn
cclのものと全く異なるものであったことは,実質的に当事者間には争い
のない事実である。もちろん,原告代表者及びLが被告Aから示されたのは
上記名簿のうちの1冊にすぎないが,前記(3)において認定のとおり,被告
会社の所有者情報を記載した名簿は一括して製本化されたものであり,その
形式はすべて同じものであると考えるのが自然であるから,結局,1冊を見
れば,被告会社の所有者情報を記載した名簿がncclを利用してプリント
アウトしたものでないことの確認としては十分である。結局のところ,仮に
本件ソフトウェアと,更にこれに加えて何らかの手段でプリントアウト権限
を有する原告従業員のIDとパスワードを入手できたとしても,やはり被告
会社が本件所有者情報を取得したとの結論を整合的に導くことはできない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
カ原告は,平成19年5月中旬ころにncclに不正アクセスがあった旨を
主張するが,これを裏付けるに足りる証拠はなく,仮にそのような事実があ
ったとして,これを被告個人らと結び付ける証拠は全くない(被告個人ら以
外の原告従業員が行ったとしても何ら矛盾はない。)。
キ原告は,本件書式と被告会社で使用している書式が酷似し,また,被告A
が本件書式を利用したことを認めた旨を主張する。
しかしながら,被告Aが認めたのは,原告から譲り受けたパソコン内に本
件書式が記録されていたことにすぎない(甲26。もっとも,原告の主張)
するように,被告Aが本件書式を利用したのか,あるいは,被告らの主張す
るとおり,被告Aがパソコン内に本件書式があったと事実を述べたことは虚
偽にすぎないのかの確定はさておいて,本件書式があったから本件ソフトウ
ェアもあったとか,本件書式を取得したから本件所有者情報も取得したとか
推認することはできないから,いずれにしても被告会社が本件所有者情報を
取得したことの根拠になるものではない。
クさらに,原告は,被告会社が本訴係属中にあえて被告会社の所有者情報を
記載した名簿を廃棄したことは,自己に不利益なものであることを自認した
ものである旨を主張する。本件の重要な証拠である名簿を保全措置も採らず
に廃棄したことは,不用意なこととして責められるべきであることは原告の
主張するとおりではあるが,上記オで説示したとおり,被告会社の所有者情
報を記載した名簿がncclからプリントアウトしたものと同一とは認めら
れないのであるから,被告らの上記訴訟対応は上記認定を左右するものでは
ない。また,被告会社においては,設立者であって事情を最もよく知る亡I
が設立後半年も経たないうちに殺害されるという事態が生じたのであり,直
ちに所有者情報の出所を明らかにできなかったとしてもやむを得ない面があ
る。結局,上記事実を加味しても前記認定判断を覆すに足りない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(5)以上の次第であり,被告ら個人が本件所有者情報を取得したとの事実が認め
られないから,その余の点について検討するまでもなく,不正競争の存在を認
める余地はない。
したがって,不正競争の存在を前提とする被告会社の使用者責任も認めるこ
とはできない。
4争点(10)(職務過怠の有無)について
原告は,亡I又は被告Fは,DSTの取締役として,信義則上,①本件業務
提携契約に基づき入手した本件営業秘密を同契約の目的以外の目的(図利加害
目的)で使用してはならない義務,及び②原告と競業する業務を目的とする会
社を設立し又は業務を開始する場合には,設立及び業務を開始する事実を事前
若しくは事後速やかに原告に報告し,原告においてDSTから派遣された従業
員に営業秘密を開示するか否かについて選択の機会を与える義務を負っていた
と主張する。
しかしながら,上記①の義務違反がないことは前述までの認定判断のとおり
である。また,原告と,経営コンサルタントを主な目的とし原告に対して人材
派遣をしたにすぎないDSTとは,そもそも競業関係にあるということはでき
ないのであり,現に本件業務提携契約(甲1)にもそのような競業避止義務の定
めはないのであるから,DSTの取締役にすぎない亡I又は被告Fが原告に対
して競業避止義務類似の義務を負う理由はなく,上記②の義務の存在が認めら
れない。
したがって,原告の上記主張は,その余の点について判断するまでもなく理
由がない。
5争点(11)(信義則上の義務違反の有無)について
(1)原告は,亡I又は被告Fの責任につき,自らの人脈で原告に従業員を派遣し
たDSTの取締役である亡I又は被告Fは,本件業務提携契約に基づき,これ
ら従業員を雇用する予定又は雇用する場合には,事前又は事後速やかに原告に
これを報告する義務があると主張する。
しかしながら,上記4に説示したとおり,亡I又は被告Fが原告に対して上
記のような競業避止義務類似の義務を負うことはない。また,秘密保持義務を
負った者であっても,当然に競業避止義務を負うわけではなく,不正競争でな
い限り同種業務を行うことを禁じる理由はないから,原告従業員にすぎない被
告A,被告B,被告C,被告D又は被告Eが原告に対して競業避止義務を負う
ということはできない。そして,亡I又は被告Fがこれらの者を出向させた時
点において,被告会社又はアーバンフォースがこれらの者を雇用する予定であ
ったことを認めるに足りる証拠もなく,亡I又は被告Fがこれらの者を雇用す
ることを避止しなければならない義務というものも想定し難い。
(2)原告は,被告会社,被告A,被告B,被告C及び被告Dの共同不法行為ない
し幇助を主張するが,その前提とする亡I又は被告Fの義務違反が存在しない
ことは上記(1)に説示したところから明らかであり,上記主張は前提において
誤りというほかない。
(3)したがって,原告の上記主張は,その余の点について判断するまでもなくい
ずれも理由がない。
6結論
以上検討したところによれば,原告の被告らに対する本訴各請求はいずれも
理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
岡本岳
裁判官
中村恭
裁判官
鈴木和典

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