弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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          主    文
       1 原判決中上告人ら敗訴部分を破棄し,同部分につき
         第1審判決を取り消す。
       2 前項の部分につき被上告人の請求をいずれも棄却す
         る。
       3 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
          理    由
 上告代理人山田善一,同毛受久の上告受理申立て理由について
 1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人は,江差追分に関するノンフィクション「北の波濤に唄う」と題
する書籍(以下「本件著作物」という。)の著作者である。上告人A1は,「ほっ
かいどうスペシャル・遙かなるユーラシアの歌声_江差追分のルーツを求めて_」
と題するテレビ番組(以下「本件番組」という。)を製作し,平成2年10月18
日,放送した。上告人Aは,本件番組放送当時,上告人A1の函館局放送部副部長
であり,本件番組製作の現場責任者として,本件番組の製作に関与した。
 (2) 本件番組は,本件著作物を参考文献の一つとし,これに依拠して製作され
たが,本件番組においてその言及はない。
 (3) 本件著作物の中の短編「九月の熱風」の冒頭には,別紙上段のとおり記述
されている(以下「本件プロローグ」という。)。「九月の熱風」は,被上告人が
初めて江差追分全国大会を鑑賞に行った時の,同大会の参加者や観客の様子等を描
き,同大会の独特の熱狂と感動を描写した短編であるが,本件プロローグは,その
冒頭において,江差町の過去と現在の様子を紹介し,江差追分全国大会を昔の栄華
がよみがえったような1年の絶頂としてとらえたものである。
 なお,江差町がかつてニシン漁で栄え,そのにぎわいが「江戸にもない」といわ
れた豊かな町であったこと,現在ではニシン漁が不振となりその面影がないことは
,一般的な知見である。他方,江差町においては,8月の姥神神社の夏祭りを,町
全体が最もにぎわう行事としてとらえるのが一般的な考え方であり,江差追分全国
大会は,毎年開催される重要な行事ではあるが,町全体がにぎわうというわけでは
ない。
 (4) 本件番組は,江差追分の起源に迫ろうとしたものであって,9月に開かれ
る江差追分全国大会の時に江差町は一気に活気づくこと,同大会には海外からも参
加者が訪れること等を内容とするものであり,本件番組のナレーションには,本件
プロローグに対応する部分として,別紙下段のとおりの語りがある(以下「本件ナ
レーション」という。)。
 2 本件は,被上告人が,上告人らに対し,本件ナレーションは本件プロローグ
の翻案に当たると主張して,本件番組の製作及び放送により,本件著作物の著作権
(翻案権及び放送権)が侵害されたことを理由として著作権使用料相当損害金10
0万円,著作者人格権(氏名表示権)が侵害されたことを理由として慰謝料50万
円及びこれらについての弁護士費用50万円の,合計200万円の損害賠償を請求
する事案である。
 3 原審は,概要次のとおり判示して,著作権使用料相当損害金20万円,慰謝
料20万円及び弁護士費用20万円の合計60万円を認容すべきものとした。
 (1) 本件プロローグと本件ナレーションとは,江差町がかつてニシン漁で栄え
,そのにぎわいが「江戸にもない」といわれた豊かな町であったこと,現在ではニ
シンが去ってその面影はないこと,江差町では9月に江差追分全国大会が開かれ,
年に1度,かつてのにぎわいを取り戻し,町は一気に活気づくことを表現している
点において共通している。このうち,江差町がかつてニシン漁で栄え,そのにぎわ
いが「江戸にもない」といわれた豊かな町であったこと,現在ではニシンが去って
その面影はないことは,一般的知見に属する。しかし,現在の江差町が最もにぎわ
うのは,8月の姥神神社の夏祭りであることが江差町においては一般的な考え方で
あり,これが江差追分全国大会の時であるとするのは,江差町民の一般的な考え方
とは異なるもので,江差追分に対する特別の情熱を持つ被上告人に特有の認識であ
る。
 (2) 本件ナレーションは,本件プロローグの骨子を同じ順序で記述し,表現内
容が共通しているだけでなく,1年で一番にぎわう行事についての表現が一般的な
認識とは異なるにもかかわらず本件プロローグと共通するものであり,また,外面
的な表現形式においてもほぼ類似の表現となっているところが多いから,本件プロ
ローグにおける表現形式上の本質的な特徴を直接感得することができる。
 (3) したがって,本件ナレーションは,本件プロローグを翻案したものといえ
るから,本件番組の製作及び放送は,被上告人の本件著作物についての翻案権,放
送権及び氏名表示権を侵害するものである。
 4 しかしながら,原審の上記判断は,是認することができない。その理由は,
次のとおりである。
 (1)【要旨1】 言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に
依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修
正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,
これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのでき
る別の著作物を創作する行為をいう。そして,著作権法は,思想又は感情の創作的
な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照),【要旨2】既存の著
作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは
事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の
著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相
当である。
 (2) これを本件についてみると,本件プロローグと本件ナレーションとは,江
差町がかつてニシン漁で栄え,そのにぎわいが「江戸にもない」といわれた豊かな
町であったこと,現在ではニシンが去ってその面影はないこと,江差町では9月に
江差追分全国大会が開かれ,年に1度,かつてのにぎわいを取り戻し,町は一気に
活気づくことを表現している点及びその表現の順序において共通し,同一性がある。
しかし,本件ナレーションが本件プロローグと同一性を有する部分のうち,江差町
がかつてニシン漁で栄え,そのにぎわいが「江戸にもない」といわれた豊かな町で
あったこと,現在ではニシンが去ってその面影はないことは,一般的知見に属し,
江差町の紹介としてありふれた事実であって,表現それ自体ではない部分において
同一性が認められるにすぎない。また,現在の江差町が最もにぎわうのが江差追分
全国大会の時であるとすることが江差町民の一般的な考え方とは異なるもので被上
告人に特有の認識ないしアイデアであるとしても,その認識自体は著作権法上保護
されるべき表現とはいえず,これと同じ認識を表明することが著作権法上禁止され
るいわれはなく,本件ナレーションにおいて,上告人らが被上告人の認識と同じ認
識の上に立って,江差町では9月に江差追分全国大会が開かれ,年に1度,かつて
のにぎわいを取り戻し,町は一気に活気づくと表現したことにより,本件プロロー
グと表現それ自体でない部分において同一性が認められることになったにすぎず,
具体的な表現においても両者は異なったものとなっている。さらに,本件ナレーシ
ョンの運び方は,本件プロローグの骨格を成す事項の記述順序と同一ではあるが,
その記述順序自体は独創的なものとはいい難く,表現上の創作性が認められない部
分において同一性を有するにすぎない。しかも,上記各部分から構成される本件ナ
レーション全体をみても,その量は本件プロローグに比べて格段に短く,上告人ら
が創作した影像を背景として放送されたのであるから,これに接する者が本件プロ
ローグの表現上の本質的な特徴を直接感得することはできないというべきである。
 したがって,本件ナレーションは,本件著作物に依拠して創作されたものである
が,本件プロローグと同一性を有する部分は,表現それ自体ではない部分又は表現
上の創作性がない部分であって,本件ナレーションの表現から本件プロローグの表
現上の本質的な特徴を直接感得することはできないから,本件プロローグを翻案し
たものとはいえない。
 5 結論
 以上説示したところによれば,本件番組の製作及び放送は,被上告人の本件著作
物についての翻案権,放送権及び氏名表示権を侵害するものとはいえないから,被
上告人の本件損害賠償請求は,いずれも棄却するべきである。これと異なる見解に
立って,被上告人の本件請求の一部を認容すべきものとした原審及び第1審の判断
には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨を
いうものとして理由がある。したがって,原判決中上告人ら敗訴部分を破棄し,同
部分につき第1審判決を取り消し,被上告人の請求をいずれも棄却することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎 裁判官 町田
 顯 裁判官 深澤武久)
(別 紙)
 北の波濤に唄う
 むかし鰊漁で栄えたころの江差は、その漁期にあたる四月から五月にかけてが一
年の華であった。鰊の到来とともに冬が明け、鰊を軸に春は深まっていった。
 彼岸が近づくころから南西の風が吹いてくると、その風に乗った日本海経由の北
前船、つまり一枚帆の和船がくる日もくる日も港に入った。追分の前歌に、
  松前江差の 津花の浜で
  すいた同士の 泣き別れ
 とうたわれる津花の浜あたりは、人、人、人であふれた。町には出稼ぎのヤン衆
たちのお国なまりが飛びかい、海べりの下町にも、山手の新地にも、荒くれ男を相
手にする女たちの脂粉の香りが漂った。人々の群れのなかには、ヤン衆たちを追っ
て北上してきた様ざまな旅芸人の姿もあった。
 漁がはじまる前には、鰊場の親方とヤン衆たちの網子合わせと呼ぶ顔合わせの宴
が夜な夜な張られた。漁が終れば網子わかれだった。絃歌のさざめきに江差の春は
いっそうなまめいた。「出船三千、入船三千、江差の五月は江戸にもない」の有名
な言葉が今に残っている。
 鰊がこの町にもたらした莫大な富については、数々の記録が物語っている。
 たとえば、明治初期の江差の小学校の運営資金は、鰊漁場に建ち並ぶ遊郭の収益
でまかなわれたほどであった。
 だが、そのにぎわいも明治の中ごろを境に次第にしぼんだ。不漁になったのであ
る。
 鰊の去った江差に、昔日の面影はない。とうにさかりをすぎた町がどこでもそう
であるように、この町もふだんはすべてを焼き尽くした冬の太陽に似た、無気力な
顔をしている。
 五月の栄華はあとかたもないのだ。桜がほころび、海上はるかな水平線にうす紫
の霞がかかる美しい風景は相変わらずだが、人の叫ぶ声も船のラッシュもなく、た
だ鴎と大柄なカラスが騒ぐばかり。通りがかりの旅人も、ここが追分の本場だと知
らなければ、けだるく陰鬱な北国のただの漁港、とふり返ることがないかもしれな
い。
 強いて栄華の歴史を風景の奥深くたどるとするならば、人々はかつて鰊場だった
浜の片隅に、なかば土に埋もれて腐蝕した巨大な鉄鍋を見つけることができるだろ
う。魚かすや油をとるために鰊を煮た鍋の残骸である。
 その江差が、九月の二日間だけ、とつぜん幻のようにはなやかな一年の絶頂を迎
える。日本じゅうの追分自慢を一堂に集めて、江差追分全国大会が開かれるのだ。
 町は生気をとりもどし、かつての栄華が甦ったような一陣の熱風が吹き抜けてい
く。
ほっかいどうスペシャル
  遥かなるユーラシアの歌声
   ―江差追分のルーツを求めて―
 日本海に面した北海道の小さな港町、江差町。古くはニシン漁で栄え、「江戸に
もない」という賑いをみせた豊かな海の町でした。
 しかし、ニシンは既に去り、今はその面影を見ることはできません。
 九月、その江差が、年に一度、かっての賑いを取り戻します。民謡、江差追分の
全国大会が開かれるのです。大会の三日間、町は一気に活気づきます。

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