弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成18年7月27日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成14年(ワ)第10766号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成18年4月27日
判決
主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告A及び原告Bに対し,各3545万9362円及びこれらに対
する平成11年11月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
第2事案の概要
本件は,原告らが,被告に対し,被告が開設するC病院(以下「被告病院」
という)において,原告らの被相続人亡Dが死亡したのは,被告病院で受け。
た心臓病の治療において,薬剤の投与に関する注意義務違反や脳幹浮腫への対
応が遅れたことによる注意義務違反があったためであると主張して,診療契約
の債務不履行又は不法行為に基づき,損害賠償金の支払を求める事案である。
1前提事実(証拠を掲げない事実は当事者間に争いがない)。
(1)当事者等
ア原告等
亡Dは,平成3年6月3日生まれであり,平成11年11月23日に被
告病院で死亡した(死亡当時8歳。)
原告Aは亡Dの父であり,原告Bは亡Dの母である。
イ被告
被告は,被告病院を開設している。
(2)被告病院における亡Dの診療経過
ア診療契約の締結
亡Dは,平成4年6月3日,ファロー四徴候症及び肺動脈閉鎖の心臓病
のため,被告病院を受診し,被告との間で,適切な診療を行うことを内容
とする診療契約を締結した(以下「本件診療契約」という。。)
以降,亡Dは,被告病院において,入通院による治療を継続した。
イ亡Dに対する被告病院入院中の投薬等
亡Dは,平成10年10月26日,被告病院に入院し,同月29日に心
臓手術を受け,引き続き同病院に入院した。
亡Dは,平成10年11月8日,被告病院循環器外科のE医師から免疫
(,。「」。)γグロブリンγグロビリングロビリン以下γグロブリンという
の投与を受けた。
亡Dは,同年12月14日,F医師から不整脈治療薬であるアスペノン
の投与を受け,同月19日,担当の研修医であるG医師から消化器異常治
療剤(吐き気止め)であるプリンペランの投与を受けたが,同月20日に
は,循環器外科のH医師により,アスペノンの投与が中止され,プリンペ
ランの投与は,同月21日に中止された。
平成11年1月5日,循環器外科のE医師及びI医師らにより,不整脈
の治療薬であるインデラルが投与され,その後,インデラルの投与は一時
中断されたものの,同月13日,小児内科のJ医師及びK医師によりイン
。。デラルの投与が再開されたインデラルの投与は同月17日に中止された
同年2月13日,ビタミン剤であるソービタが投与された。
ウ亡Dは,平成11年11月23日,被告病院において,肺炎により死亡
した。
エなお,被告病院における亡Dの診療経過は,別紙診療経過一覧表記載の
とおりである(当事者の主張の相違する部分を除く。。)
(3)医学専門用語
本件における医学専門用語の意味は,別紙専門用語集(1)及び(2)に記載の
とおりである。
2争点
(1)アスペノンの投与自体の注意義務違反の有無
(原告らの主張)
ア原告らの主張の概要
被告病院担当医師には,亡Dにはアスペノンを選択して投与する必要が
ないのにアスペノンを投与した注意義務違反がある。
イアスペノンの投与の必要性について
アスペノンは,不整脈治療の新薬であるが,一般に,振戦,めまい等の
精神神経系の副作用及び食欲不振等の消化器系の副作用等を起こしやす
く,特に,小児に対しては安全性が確立していない薬剤である(甲B1,
B2。)
このような薬剤を,致死的不整脈が発生していなかった亡Dに投与する
必要性は全くなかった。特に本件では,それまで使用していたメキシチー
ルにより不整脈について改善が見られていたのであるから,メキシチール
からアスペノンへ変更する理由も全く存在しなかったのである。
ウアスペノン投与前の不整脈の状態
不整脈に関する診療録(乙A1)の記載は以下のとおりである。
(ア)平成10年12月10日
()。()。上室性期外収縮なし乙A1・124頁不整脈なし同125頁
循環動態,バイタルサイン著変見られず(同125頁。)
(イ)同月11日
不整脈なし(同125頁,126頁。メキシチール経口摂取開始後)
不整脈落ち着いている(同126頁。同月8日に心室性期外収縮の連)
発,同月9日に一過性の心室性期外収縮があったが,同日にメキシチー
ルを開始したところ以後不整脈がおさまった(同126頁。)
なお,同月5日から同月11日までの週間サマリーによれば,同月9
日までは不整脈が存在したものの,同日のメキシチールの投与により不
整脈は消失し,同月11日の時点で「24時間心電図(原告ら注:同月
10日午後4時15分から開始したもの)の結果待ち。問題なければ週
明け退院か(なお,同月14日が月曜日である)とされている(同」。
128頁から131頁まで。)
(ウ)同月12日
不整脈なし。全身状態明らかな変化なし(同132頁)。
(エ)同月13日
全身状態変わりなし。不整脈なし(同133頁)。
(オ)同月14日
同月10日施行の心電図の結果が判明。その内容は,心室性期外収縮
単発のみ,心室頻拍なし,上室性頻拍?心房性頻拍?というものであっ
た。
アスペノン投与(同月14日夕刻に投与)前まで不整脈なし(同13
4頁。)
以上のように,アスペノンが投与される前は,少なくとも5日間ほどは
著明な不整脈は現れておらず,少なくとも,被告が主張するような致死的
不整脈は全く存在しない。
したがって,あえて抗不整脈剤であるアスペノンを投与する必要性は全
くなかったのである。
エWPW症候群について
被告は,亡DがWPW症候群に罹患していたことをアスペノン使用の理
由の一つとしてあげるが,これに対しては,平成10年6月25日に既に
カテーテル焼灼術が施行され,その結果,心電図でデルタ波は消失してい
る(乙A1・2頁。)
オまとめ
よって,被告病院担当医師らには,アスペノンを選択の必要性がないの
に投与した注意義務違反がある。
(被告の主張)
アアスペノンについて
アスペノンは,振戦,めまい等の精神神経系の副作用及び食欲不振等の
消化器系の副作用を起こすことがある薬剤であり,小児に対しては安全性
が確立していない薬剤ではある。
しかし,小児に対する安全性が確立していないことは,ほとんどの抗不
,。,整脈薬剤にいえることであってアスペノンに限ったことではないまた
アスペノンは小児循環器病学の成書に薬用量が設定されている薬剤であ
る。
イ亡Dの不整脈について
(ア)致死的不整脈の存在について
原告らは,乙A1号証の平成10年12月10日から同月14日まで
の各欄(乙A1・124頁から134頁まで)に不整脈が発現したこと
がないことから,亡Dに致死的不整脈が発生していなかったと主張する
が,これらのカルテの記載は,看護師らが担当した時間の観察した範囲
内において不整脈の発現がなかったことを示すにすぎず,看護師らの観
察範囲外において不整脈の発現がなかったことまでを示すものではな
い。
被告病院では,医師及び看護師らの観察範囲外において不整脈等が発
現しているか否かをチェックするため,同月10日午後4時45分から
同月11日午後4時15分までの間,24時間ホルター心電図を施行し
たが,その結果,上室性頻拍(ワイドQRS,180Bpm,最大5B
eats)を疑わせる波形が現れた。具体的には,心室性期外収縮が1
2回,上室性期外収縮が247回記録されるなど,亡Dに頻拍発作(最
(,大心拍数189回/分以下心拍数について特に単位を付さないときは
この単位とする)が出現していた。。)
この結果を見た不整脈治療専門医である循環器内科のL医師は,いず
れ電気生理検査が必要であると指摘しており,24時間ホルター心電図
の結果から,亡Dに,メキシチールでは抑止しきれない致死的不整脈が
存在していたことは明らかである。
(イ)WPW症候群について
亡Dは,出生直後からファロー四徴症として経過観察されていたが,
他にWPW症候群も合併していた。
WPW症候群とは,心臓の電気刺激の伝導路が本来のルート以外にも
う1つあり(副伝導路),2つのルートでできたループを電気刺激が旋回
することによって頻拍を起こす不整脈疾患であって,副伝導路や房室結
節を介して心房心室間を旋回する房室回帰性頻拍と,心房細動時の心房
興奮が副伝導路を高頻度で心室に伝導する偽性心室頻拍が起こりうる
(乙B1・155頁。)
頻拍発作は,重篤な症状を呈して生命にかかわる不整脈であるため,
緊急に治療するのが原則である。特に,基礎に心疾患を持っている場合
には生命にかかわることが多く,ファロー四徴症の術後遠隔期にみられ
る突然死の原因の1つと考えられている。また,持続性心室頻拍は,心
室細動から心停止に至ることも多く,これを放置できないことは明らか
である(乙B2・654頁,655頁,B3・171頁,172頁。)
小児のWPW症候群における上室性頻拍発作の予防には,ジゴキシン
とインデラルの併用を推奨している報告が多い(乙B4・838頁,8
60頁,861頁。)
ウ亡Dの不整脈とアスペノン投与について
亡Dは,WPW症候群に罹患しており,実際に乳児期に上室性頻拍発作
を起こした。
平成10年6月25日,亡DのWPW症候群に対して,カテーテル焼灼
術を施行し,副伝導路を遮断した結果,WPW症候群特有の波形であるデ
ルタ(δ)波は消失したものの,しばらくすると上室性頻拍が認められた
(乙A1・2頁。その後も,今回,被告病院に入院するまで,継続して)
ジゴキシンを内服していた。
亡Dは,ファロー四徴症の術後にも頻拍発作を繰り返していたため,平
成10年11月13日からキシロカインを投与した(乙A1・81頁。)
その後,同年12月5日から上室性期外収縮が頻発したため,同月6日か
らジゴキシンの投与を再開し(同128頁,同月9日からはメキシチー)
ルを内服薬にて投与した(同123頁,130頁。)
しかし,その後も頻拍発作は頻発しており,前記のように,同年12月
10日の24時間ホルター心電図でも頻拍発作が繰り返し記録されてい
た。亡Dの不整脈は,ホルター心電図の波形からは心室性頻拍,上室頻拍
の可能性が疑われる重篤な不整脈を示しており,副伝導路が完全に焼き切
れなかったこと,WPW症候群が再発したこと,他に副伝導路が存在する
こと等が考えられ,病因を検索する方法の1つとして,いずれ電気生理検
査が必要な状況であった。
このように,亡Dには,メキシチールを投与してもコントロールできな
い不整脈が発生していたため,不整脈専門医である循環器内科,循環器外
科及び小児内科の医師らによる討議の上,副作用にも考慮しつつ,心室性
頻拍,上室性頻拍に効果が期待できるメキシチールと同類の抗不整脈薬で
あるアスペノンを選択し,同月14日からアスペノンを投薬量1mg/k
g/日(亡Dは体重15kgのため15mg/日)で投与した(乙A1・
134頁この量は小児循環器病学のリストに記載されている推奨量初)。(
)()。期投与量は1∼3mg/kg/日の最低量である乙B4・860頁
エこのように,亡Dには不整脈が生じ,アスペノンを投与する必要性があ
ったのであり,投与量も適切であったから,担当医師らに,薬剤の選択,
投与における注意義務違反はない。
(2)インデラルの投与自体の注意義務違反の有無
(原告らの主張)
ア原告らの主張の概要
被告病院担当医師らは,投与の必要性がない上,アナフィラキシーの既
往歴があった場合には投与すべきでないにもかかわらず,不整脈治療薬で
あるインデラルを投与した注意義務違反がある。
イインデラル投与の必要性について
インデラルは,不整脈の治療薬であるが,気管支痙攣,呼吸困難,喘鳴
などの重大な副作用を出現させやすいほか,小児に対する安全性が確立し
ていない薬剤である。このような薬剤を,重篤な不整脈が発生していなか
った亡Dに投与する必要性は全くなかった。
インデラル投与前の亡Dの不整脈の状態は以下のとおりである。
(ア)平成11年1月1日
時折心拍不整みられるが,著明な不整なし(乙A1・179頁。)
(イ)同月2日
看護師Kの記載欄には,時折心拍不整あり(同180頁)とあるが,
G医師による不整脈に関する記載はなし。
(ウ)同月3日
看護師Mの記載欄には時折心拍不整ありとあるが(同180頁,医)
師の記載はなし。
(エ)同月4日
ホルター心電図にて上室性頻拍が1分間以上続いていることもあり同
月5日よりインデラル投与とある(同181頁。)
(オ)同月5日
朝インデラル投与。時折心拍不整みられることがあるが,著明な不整
なし(同182頁)。
これらの記載をみると,インデラル投与前には,不整脈の存在は認めら
れるものの,被告が主張するような致死的不整脈は,全く存在しないこと
が明らかである。
ウアナフィラキシーショックの既往歴との関係について
(ア)インデラルは,前記のように,気管支痙攣,呼吸困難,喘鳴などの
重大な副作用を出現させやすいほか,小児に対する安全性が確立してい
ない薬剤であり,特に,アナフィラキシーの既往歴のある患者には,同
剤投与中に発生したアナフィラキシー反応が増悪した場合があるとの報
告があり,アナフィラキシーの既往歴がある患者には,投与すべきでは
ない薬剤であった(甲B5,B6。)
,,,,ところが亡Dの担当医師は亡Dがすでに平成10年11月8日
γグロブリン投与の際にアナフィラキシーショックを起こしているにも
かかわらず,これを考慮せず,投与すべきでないインデラルを同人に投
与した。
したがって,副作用に考慮しつつ適切な薬剤を選択すべき,医師の注
意義務に明らかに違反したものであり,インデラルの投与自体に注意義
務違反があるといわなければならい。
(イ)この点,被告は,亡Dがγグロブリン投与によってアナフィラキシ
ーショックを起こしたかどうかの点について,平成10年11月8日の
γグロブリン投与後の亡Dの症状は,アナフィラキシー(アレルギーシ
ョック)によるものと断定されたわけではなく,アナフィラキシー反応
が強く疑われたに過ぎないと主張する。
aしかしながら,乙A1号証63頁,午後4時40分の箇所には「ア
ナフィラキシーショック。原因はγ−グロルビン製剤」と,同号証6
4頁には「γ−グロルビン製剤使用によるアナフィラキシーショック
による全身状態変動」とそれぞれ明確に記されている。そして,同号
証60頁から68頁の同月8日に関する記載によれば,午前10時に
本剤を点滴開始すると,急に体動が激しくなると同時に,血圧が60
/38(収縮期血圧(mmHg)/拡張期血圧(mmHg,以下血)
圧に関して単位を表示しない場合にはすべてこの単位とする)に低。
下し(本剤投与前の血圧は100/50同号証60頁参照,酸素)
飽和度(SpO2)も79%(以下単位を表示しない場合はこの単位
とする)まで低下し,アシドーシスとなった後,2ないし3時間か。
けて徐々にこれらの症状は回復したが,2回目のγグロブリン点滴後
(午後3時すぎ)に全身特に体幹及び下肢を中心に皮疹が出現し,血
圧が低下し(50/30台,酸素飽和度が低下し,心拍数は140)
台となっており,アナフィラキシ−ショックが発生したことは疑いが
ない。
bまた,原告Bの記録によるとこの日の状況は次のとおりである。
この日(日曜日,チーム医であるE医師は,午前10時ころにγ)
グロブリンを投与した。亡Dはその直後に呼吸困難に陥り暴れるなど
した。しかしE医師はγグロブリンの投与について何ら検討すること
なく午前中に帰宅した。午後,第2回目のγグロブリン投与直後の同
2時頃に,亡Dは「ママ,痒い」と言った途端,急に唇が鱈子のよ,
うに腫れ,全身にチアノーゼが生じた。この急変に驚いた看護婦はI
CUの中で「誰か先生に連絡して!!」と大声で叫んだ。しかし亡,
Dのチーム医はすべて帰宅しており誰もおらず,結局N医師が亡Dを
診察し,γグロブリンの投与を中止したのである(乙A1・64頁参
照。そして,翌19日,E医師は,原告Bに対し「Dちゃんは,),
γグロブリンでアナフィラキシーショックを起こしてしまったのです
ね」と語っている。。
cこのように,γグロブリンの投与により,亡Dにアナフィラキシー
ショックが発生した既往があるのは明らかであり,被告の主張は失当
である。
エしたがって,被告病院担当医師らには,投与すべきでないインデラルを
投与したという注意義務違反がある。
(被告の主張)
アインデラルについて
インデラルは,不整脈治療薬であって,ときに,あるいは,まれに,気
管支痙攣,呼吸困難,喘鳴などの副作用が出現する薬剤ではあるが,副作
用を出現させやすい薬剤ではなく,小児循環器病学の成書に薬用量の記載
があり,多くの小児症例に使用されている薬剤である。
原告らは,アナフィラキシーの既往歴のある患者には,同剤投与中に発
生したアナフィラキシー反応が増悪した場合があるとの報告があり,アナ
フィラキシーの既往歴がある患者には,投与すべきではない薬剤であった
と主張するが,前記各報告(甲B5,B6)は,アナフィラキシー反応を
起こしている患者にインデラルを投与すれば,そのアナフィラキシー反応
が増悪する場合があるというものであって,アナフィラキシーの既往歴の
ある患者には投与すべきでないというものではなく,インデラル以外の薬
剤等が原因でアナフィラキシーを起こしたことのある患者にインデラルを
投与することは禁忌ではない。
亡Dに,γグロブリンによるアナフィラキシー反応が強く疑われる症状
が発現したことは事実であるが,亡Dは,被告病院入院前,他病院におい
てγグロブリンを投与された経験があり,その際には,副作用もなく有効
であったのであり,亡Dの各症状がγグロブリンによるアナフィラキシー
であるとは断定できない。また,亡Dは,過去にインデラルの投与によっ
てアナフィラキシーを起こしたことはなかったし,本件におけるインデラ
ル投与時にアナフィラキシーを起こしていたわけでもなかった。
イ亡Dの致死的不整脈の存在
原告らは乙A1号証の平成11年1月1日から同月5日までの各欄乙,(
A1・179頁から182頁まで)の記載を取り上げ,インデラル投与前
には,不整脈の存在は認められるものの,致死的不整脈は全く存在しなか
ったと主張する。
しかし,常時心電図モニターを観察しているわけではない医師が不整脈
を確認した旨のカルテ上の記載がないことをもって,亡Dに致死的不整脈
は発生していなかったということはできない。
亡Dには,平成10年12月21日午後3時30分から同月22日午後
1時42分まで及び平成11年1月5日午後1時39分から同月6日午後
1時38分までに実施された24時間ホルター心電図の結果においても,
上室性頻拍,心室性頻拍を疑わせる波形が現れた。具体的には,前者にお
いては,上室性期外収縮が7080回,平成10年12月21日午後3時
36分から同日午後11時30分,同月22日午前1時53分から午後1
時42分に発作性上室性頻拍が記録され,後者においては,心室性期外収
縮が2回及び上室性期外収縮が4403回,平成11年1月5日午後5時
,,45分から同日午後9時56分に発作性上室性頻拍同日午後9時49分
午後10時9分及び午後11時18分に房室ブロックを示唆する波形,同
月6日午前1時52分,午前3時37分から午後1時38分に発作性上室
性頻拍が記録されるなど,致死的不整脈(最大心拍数は196)が存在し
ていたことは明らかである。
,,,,このように亡Dには頻拍発作が頻発していることが確認されまた
心電図モニター上でも持続性頻拍が観察されたことから,これら不整脈の
治療のため,最も投与経験の多いインデラルを選択し,投薬量1mg/k
g(亡Dのは体重15kgのため15mg)で投与したのである(なお,
この量は小児循環器病学のリストに記載されている推奨量の最低量のさら
に半量である(初期投与量は2∼4mg/kgと記載がある(乙B4・8
61頁。)。)。)
,,,ウこのように亡Dにインデラルを投与したことについて担当医師らに
薬剤の選択,投与の注意義務違反はない。
(3)プリンペランの投与自体の注意義務違反の有無
(原告らの主張)
ア原告らの主張の概要
被告病院担当医師らは,亡Dが薬剤アレルギーを持つことに考慮し,適
切な薬剤を選択すべきであったにもかかわらず,副作用の発現の可能性の
大きい消化器異常治療剤であるプリンペランを投与した注意義務違反があ
る。
イプリンペランについて
(ア)プリンペランは,消化器異常治療剤(吐き気止め)であるが,副作
用として,錐体外路症状(手足の振戦,筋硬直,頸,顔部の攣縮,眼球
回転発作,焦燥感等)が発現しやすい薬剤であり,特に,小児に投与す
る場合,錐体外路症状が発現しやすいとされ,ジフェンヒドラミンの予
防投与を受けていない小児患者では,錐体外路症状の発生率は25%ま
で上昇すると報告されている(甲B3,B4。)
したがって,担当医師は,小児へのプリンペランの投与を判断するに
あたっては,本人の状況や体質等から,副作用が発現する可能性の有無
を十分に考慮し,副作用が発現する可能性が高い場合には,投与を行う
べきではない。また,投与を行う場合には,特に,過量投与に注意し,
脱水状態,発熱時には十分な注意が必要である。
(イ)本件では,亡Dは,前記のように,γグロブリンでアナフィラキシ
ーを起こし,また,アスペノンでも中枢神経系の副作用を出現させてい
たのであるから,被告も認めているように,担当医は亡Dが薬剤アレル
ギーを起こしやすい体質であることについて,十分な認識があった。
したがって,被告病院担当医は,亡Dが薬剤アレルギーを持つことに
考慮し,適切な薬剤を選択すべきであり,副作用の発現の可能性の大き
いプリンペランを投与すべきではなかった。
ところが,G医師は,かかる亡Dにプリンペランが与える副作用につ
いて考慮することなく,漫然と同剤を投与しており,本剤投与の際の注
意義務を明らかに怠ったものである。
ウアスペノンの副作用との関係
また,プリンペランは,平成10年12月19日に生じた嘔吐の症状を
止めるために投与されたものと考えられるが,もともと,この嘔吐の症状
は,アスペノンの副作用として出現しているものであるから,対応する措
置としては直ちにアスペノンの投与を中止して副作用の出現を抑えるべき
であり,前記のように,小児に対する安全性が確立していない新薬である
,。アスペノンの副作用について担当医は十二分に注意を払うべきであった
にもかかわらず,G医師は,アスペノンの副作用に気付かず,副作用発
現後も漫然とアスペノンを投与し続け,しかもプリンペランとの併用投与
を行ったものである。
エ以上のように,亡Dにプリンペランを投与した被告病院担当医師は,副
作用について考慮しつつ,適切な薬剤を選択すべき注意義務を怠ったもの
といえ,注意義務違反がある。
(被告の主張)
アプリンペランは,副作用として,まれに錐体外路症状等を発現すること
がある薬剤であり,小児に対して過量に投与した場合には錐体外路症状が
発現しやすい薬剤である。
被告病院担当医師らは,亡Dが薬剤アレルギーを起こしやすい体質であ
ることを考慮した上で,通常の小児治療で一般的に使われるプリンペラン
を選択して投与したものである。
,,,またプリンペランの投与量はトータルで8mg/約24時間であり
過量投与ではない。
イアスペノン投与後の症状との関係
なお,アスペノン投与後の症状について,酩酊状態に似ている印象があ
り,アスペノンの副作用又はアスペノン過量投与による中枢神経症状が疑
わしいと判断された。しかし,亡Dに投与したアスペノンの投与量が最低
量の15mg/日であること,血中濃度も有効濃度未満であり過量投与で
はなかったこと等を考え合わせると,アスペノンの副作用であるとは考え
難い。亡Dには,精神運動発達遅延があったため,中枢神経症状として不
眠,無表情を起こした可能性があるし,また,手術やその後のストレスに
関連して発症した可能性も否定できない。
ウ以上より,被告病院担当医師らに,プリンペランの投与に関し,適切な
薬剤の選択を誤った注意義務違反はない。
(4)アスペノンの投与を中止しなかった注意義務違反の有無
(原告らの主張)
ア原告らの主張の概要
アスペノン投与後,亡Dに明らかな副作用が発生し,平成10年12月
18日にはその副作用が顕著となったのであるから,遅くとも同日にはア
スペノンの投与を中止すべきであったのに,これを漫然と投与し続けた注
意義務違反がある。
イアスペノン投与について
(ア)アスペノンは,前記のように,振戦,めまい等の精神神経系の副作
用及び食欲不振等の消化器系の副作用等を起こしやすく,特に,小児に
対しては安全性が確立していない薬剤である。また,アスペノンは新薬
であり,被告病院小児科でアスペノンを小児に対して投与した例はそれ
までなかった。
したがって,被告病院担当医師らは,小児へのアスペノンの投与にあ
たっては,副作用の発現に十分注意し,同剤の投与中に,振戦,めまい
等の精神神経系症状等の副作用が発現した場合には,直ちに投与を中止
する等,適切な薬剤管理を行わなければならない。
(イ)しかし,亡Dには,アスペノンの投与に伴い,食欲不振,手指の振
戦,不眠,無表情,嘔吐など,精神神経系の症状が次々に発現し,母親
である原告Bが,これらの副作用について担当医のG医師に訴えていた
にもかかわらず,同医師はアスペノンの副作用を顧慮することなく,漫
然と同剤の投与を継続した。
同月20日になって,ようやくアスペノンの投与は中止された。
ウこの点,被告は,アスペノン投与後,不眠,無表情という中枢神経系の
症状及び嘔吐が発現したことは認めながらも,嘔吐は中枢神経系の症状と
は確定できず,この時点ではこれらの症状がアスペノンの副作用であると
断定することはできないと主張する。
しかしながら,平成10年12月14日夕刻から開始され同月20日ま
で継続されたアスペノンの投与中,亡Dには同月17日には食欲不振,同
月18日には手の振戦,不眠,同月19日には無表情,嘔吐,発熱,呼吸
状態悪化,手の振戦,同月20日には意識レベルの低下,人に対する反応
が悪く呼びかけに対しニヤニヤ笑う,振戦,眼瞼浮腫,嘔吐などの症状が
連続して発現した(同月19日以降については乙A1・138頁から15
1頁まで参照。)
これらの症状の発現について,H医師は「アスペノン始めてから出現し
悪化」したとし,また「アスペノンの副作用(中毒,過量投与)の疑い」
としている(乙A1・147頁)のである。さらに,G医師は「アスペ,
ノン内服後より振戦認められていることから,アスペノン過量投与による
中枢神経症状が今回のエピソードでは疑わしい」としている(同148
頁。)
また,H医師は,原告Bに対し,同月20日「中枢神経がやられ,酩,
酊状態になっている。そのためアスペノンを切ります」と述べている。
このようにアスペノン投与後亡Dに発生した症状は明らかに同剤の副作
用であり,かつ担当医師らは,それを認識していたことは疑いない。
エまとめ
したがって,被告病院担当医師らは,特にアスペノンの副作用の発現に
注意しつつ,適切な薬剤管理を行うべきであったところ,前記のとおり,
アスペノン投与後亡Dに明らかな副作用が発生したのであるから,担当医
師らは遅くともその副作用が顕著となった同月18日には同剤の投与を中
止すべきであったのに,これを漫然と投与し続け,医師としての注意義務
を怠ったものである。
仮に,被告が主張するように,不整脈が存在していたとしても,メキシ
チールの投与で十分コントロールできていたのであるから,顕著な副作用
を生じさせたアスペノンの投与を直ちに中止し,メキシチールの投与に切
り替えることは十分可能であったのである。
(被告の主張)
アアスペノンについて
アスペノンは,確かに,振戦,めまい等の精神神経系の副作用及び食欲
不振等の消化器系の副作用等を起こすことがある薬剤で,小児に対しては
安全性が確立していない薬剤であるが,小児に対して安全性が確立してい
ないことはほとんどの抗不整脈薬剤にいえることであって,アスペノンに
限ったことではない。アスペノンは,小児循環器病学の成書に薬用量が設
定されている薬剤である。
アスペノンは,昭和62年に発売された薬剤であり,新薬ではない。被
,,告病院では亡Dに投与するまで小児内科で小児に投与した経験はないが
作用機序がこれと同系列の抗不整脈薬は多種使用した経験がある。
イ亡Dに発現した症状及びアスペノン投与を中止した経緯
(ア)亡Dの致死的不整脈の症状に対しては,メキシチールを投与してい
,,たが改善がみられないため不整脈の専門医であるL医師と循環器外科
小児内科の医師らが討議の上,副作用情報も考慮しつつ,上室性頻拍,
心室性頻拍の両者に有効とされる抗不整脈薬の第1選択薬剤の1つであ
るアスペノンを選択し,平成10年12月14日から投与した。
その後,同月19日の昼まで亡Dは活気良好にて棟内を歩き回るなど
していたが,同月17日に軽度の食欲不振,同月18日に不眠,手の振
戦,同月19日に嘔吐,同月20日に眼瞼浮腫が若干発現し,これらの
症状の原因としてアスペノンの副作用が疑われたため,その時点で,G
医師は,H医師に相談の上,アスペノンの投与を中止した。
(イ)アスペノンの投与を中止したのは,各症状について,酩酊状態に似
ている印象があり,アスペノンの副作用又はアスペノン過量投与による
中枢神経症状が疑わしいと判断したためであって,各症状をアスペノン
の副作用と断定して中止したわけではない。
(ウ)なお,アスペノンの初期投与量は1∼3mg/kg×1日(経口,)
有効濃度は0.3∼1.5μg/mlであり(乙B4・860頁,亡)
Dの体重は15キログラムであるから,投与量は15∼45mg/1日
となるところ,実際の投与量は15mg/1日,血中濃度の検査結果は
0.19μg/mlであったのであり,投与量,有効濃度いずれからみ
ても過量投与ではなかった。
(エ)前記に関し,原告らは,アスペノンの副作用が顕著となった同月1
8日には同剤の投与を中止すべきであったと主張する。
しかし,前記のとおり,亡Dには重篤な不整脈が存在し,抗不整脈薬
の投与を中止すれば,致死的不整脈が頻発して死に至る可能性が大きか
ったのであるから,抗不整脈剤の投与中止は慎重な判断の下で行われな
ければならず,軽々に投与を中止すべきではなかった。
,,,被告病院担当医師らは前記のとおり適切な薬剤管理を行っており
副作用が疑われた段階でH医師に相談の上,アスペノンを中止するか否
かを慎重に検討し,副作用が疑わしいと判断された同月20日の時点で
直ちに投与を中止したのであるから,原告らの主張は理由がない。
ウまとめ
したがって,アスペノンの投与,管理は適切であり,アスペノンの投与
を中止しなかった注意義務違反はない。
(5)プリンペランの投与を中止しなかった注意義務違反の有無
(原告らの主張)
ア原告らの主張の概要
被告病院担当医師らは,平成10年12月20日夕刻に嘔吐が収まった
時点でプリンペランの投与を中止すべきであり,遅くともプリンペランの
副作用と考えられる錐体外路症状その他の症状が発現した時点で,直ちに
プリンペランの投与を中止すべきであったにもかかわらず,プリンペラン
の投与を継続した注意義務違反がある。
イアスペノンとの関係
前記のとおり,亡Dの嘔吐の症状は,アスペノンの副作用として出現し
ているものであり,対応する措置としては直ちにアスペノンの投与を中止
して副作用の出現を抑えるべきであった。
にもかかわらず,G医師は,アスペノンの副作用に気付かず,副作用発
現後も漫然とアスペノンを投与し続け,しかもプリンペランとの併用投与
を行ったものである。
ウプリンペランの投与の継続
(ア)プリンペランは,平成10年12月19日に生じた嘔吐の症状を止
めるために投与されたものであるが,G医師は,嘔吐の症状が同月20
日夕刻までには収まっていた(乙A1・151頁)にもかかわらず,同
日にアスペノンの投与が中止された後も,小児に対して副作用の発現の
可能性の大きいプリンペランを投与し続けた。さらに,亡Dは心臓疾患
であったため,体内の水分管理を適切に行うことが特に重要であったに
もかかわらず,同医師はこれに配慮することなく,10パワーの点滴に
よりプリンペランを投与した。
(イ)また,プリンペラン投与後,亡Dには,手指の振戦,唾液の流涎な
どの嚥下困難,顎の攣縮に伴う歯ぎしり,上下肢の固縮,水平横行への
眼振,上部への眼球回転などが認められた(乙A1・145頁から15
7頁まで)ため,母親の原告Bが,何度もG医師に,プリンペランの投
与をやめてほしい,内科の医師を呼んで相談してからプリンペランの投
与を判断してほしいと繰り返し訴えたにもかかわらず,同医師は,小児
科等の他の医師に何ら相談することなく,独断でプリンペランの投与を
継続した。
(ウ)結局,同月21日の午後に小児内科のF医師が,錐体外路症状を主
体としたプリンペランの副作用を認め,プリンペランの投与を中止する
まで,プリンペランの投与が継続された。
エプリンペラン投与が中止されるに至った経緯
同月21日午後3時ころ,原告BがF医師に対し「Dの状態がおかし,
い」と訴えたところ,F医師は「何ででしょう?アスペノン切ったのに・
・・・・」とその時は上記副作用の原因が分からないようであった。それ
に対し原告Bが「先生(点滴の)ボトルにプリンペランが入っている。,
プリンペランが原因では?」と指摘したところ,同医師は驚いて「どうし
て!誰がプリンペランなんて!あ・・・先生のやりかたなんだよね・・。
何で・・・」と述べ,いったん亡Dのベットにしゃがみ込んだ。そして。
その場で同医師はプリンペランの投与を中止した。
その後,同医師は内線でO医師を呼び,十数分後にO医師が亡Dの病室
に来てF医師から経過の報告を受けた。
オ亡Dの症状
被告は,プリンペランの投与後に発現した,手指の振戦,唾液の流涎な
どの嚥下困難,顎の攣縮に伴う歯ぎしり,上下肢の固縮,水平横行への眼
振,上部への眼球回転,顔部痙攣,右足筋硬直等の症状がプリンペラン投
与による副作用である錐体外路症状であることを否認しているが,乙A1
号証153頁,155頁において,F医師がその可能性が大きいと指摘し
ている。
なお,乙A1号証159頁には「プリンペラン,アスペノン中止とな,
り,徐々に回復してきている」との記載があり,前記症状がプリンペラン
の副作用であり,プリンペランの副作用と考えられる錐体外路症状その他
の症状が発現していたことがわかる。
カまとめ
被告病院担当医師は,平成10年12月20日夕刻に嘔吐が収まった時
点でプリンペランの投与を中止すべきであり,遅くともプリンペランの副
作用と考えられる錐体外路症状その他の症状が発現した時点で,直ちにプ
リンペランの投与を中止すべきであったにもかかわらず,プリンペランの
,,大量投与を継続したのであり投与後に副作用の発現に十分に注意しつつ
薬剤投与の管理を行うべき,医師としての注意義務に明らかに違反したも
のというべきである。
(被告の主張)
アプリンペランは,平成10年12月19日に生じた嘔吐の症状を止める
ために投与されたものであるが,前記のように,嘔吐がアスペノンの副作
用であると断定することはできないし,また,亡Dはメキシチールの使用
下でも重篤な上室性及び心室性不整脈を多発していた致死的不整脈患者で
あり,同人に対する抗不整脈剤の投与を中止することには慎重な判断を要
するのであるから,結論にいたるまでに数日を要したとしても,それはむ
しろ自然なことである。
イプリンペランは,同月19日に生じた嘔吐に対し,同日午後1時から投
与したものであり,その後いったん症状は収まったが,同月20日午後1
1時には再び嘔吐したのであって,その症状も収まったものの,それはプ
リンペランの効果によるものと考えられた。また,同月21日は,前日中
止したアスペノンの副作用が疑われる症状が残存している可能性もある時
期であったが,プリンペランの副作用の可能性が高いことを考慮し,同日
午後3時20分にプリンペランの投与を中止している。
このように,被告病院担当医師らは,遅くともプリンペランの副作用が
出現している可能性が高いと判断した時点で,直ちにプリンペランの投与
を中止したものである。
ウなお,G医師は,プリンペランの投与の継続についても,上級医である
P医師に相談しており,独断ではない。また,F医師は,各症状について
O医師に診察を要請し,O医師によってプリンペランの副作用が発現して
いる可能性が高いと判断されたことから,プリンペランの投与を中止した
ものであり,主治医でないF医師が独断で中止したものではない。また,
G医師は,水分管理には十分留意していたものである。
さらに,F医師の乙A1号証153頁,155頁の指摘は,プリンペラ
ンの副作用の可能性が否定できないという意味にすぎず,プリンペラン投
与による錐体外路症状の可能性が大きいと指摘したものではない。
エ以上のように,被告病院担当医師らにはプリンペランの投与に関して,
薬剤投与,管理に不適切な点はなく,同剤の投与中止が遅れた注意義務違
反はない。
(6)インデラルの投与を中止しなかった注意義務違反の有無
(原告らの主張)
ア原告らの主張の概要
被告病院担当医師らは,インデラルの副作用に十分注意し,副作用の発
現が見られた場合,直ちにインデラルの投与を中止すべきところ,それを
怠り,漫然とインデラルの投与を継続した注意義務違反がある。
イアナフィラキシーの既往歴との関係
インデラルは,不整脈の治療薬であるが,前記のとおり,気管支痙攣,
呼吸困難,喘鳴などの重大な副作用を出現させやすいほか,小児に対する
安全性が確立していない薬剤である。特に,アナフィラキシーの既往歴の
ある患者には,同剤投与中に発生したアナフィラキシー反応が増悪した場
合があるとの報告があり,アナフィラキシーの既往歴がある患者には,投
与すべきではない薬剤であった。
亡Dは,前記のように,平成10年11月8日のγグロブリンの投与に
よりアナフィラキシーを起こしており,薬剤アレルギーを起こしやすい体
質であることはすでに被告病院担当医師らに明らかであった。
そして,亡Dの症状は,アナフィラキシーの既往歴のある患者にインデ
ラルを投与したことにより,アナフィラキシーが増悪した結果生じたもの
である。このことは,O医師の原告らに対する同年2月13日の説明及び
同医師の医療意見書(甲A1)等からも裏付けられるものである。
ウインデラルの投与後の亡Dの症状について
インデラルの投与は,平成11年1月5日朝,同月6日夕刻から同月7
日夕刻まで同月13日昼から同月16日夕刻までの3回行われている乙,(
A1。)
(ア)同月1月5日のインデラル投与後,同日昼頃,ホルター心電図を取
り付けに来たF医師が,亡Dの声がかすれていることを確認し,さらに
同日午後9時前後に,原告Bは,亡Dが発熱し,声がかすれ,呼吸がヒ
ューヒューと鳴っていたことを確認している。
(イ)同月6日夕刻からの投与後,同月7日に発熱,喘鳴,咳の各症状が
あり,また,心拍が120から130までの頻拍となったため,インデ
ラル投与が中止された(乙A1・184頁から186頁まで。)
(ウ)さらに,同月13日昼からの投与後,同月14日に亡Dは不安感を
訴え,同月15日には不眠,嘔吐,同月16日昼,眼瞼浮腫がさらに進
み,右目周囲に浮腫,唇の腫脹,多呼吸,周囲のものを引きちぎる,心
房性期外収縮,ウエンケバッハ様の不整脈が認められ,同月17日にも
不整脈,多呼吸,顔面蒼白となり,インデラルの投与を中止した。
同月18日には脈拍が200に上昇し,眼球回転異常,右足硬直など
が発生した。
同月19日にも,脈拍190,右眼瞼下垂,右眼球運動異常,右足硬
直,多呼吸などが発生し,同月24日にも,眼球回転異常,仮面顔,振
戦,右足硬直などが発生し,ほとんど眠ったままの昏睡状態となった。
エ(ア)このように,被告病院担当医師らは,同月5日にインデラルを投与
した結果,亡Dに喘鳴などの副作用が現れ,いったんインデラルの投与
を中止したにもかかわらず,副作用発現の可能性について考慮せず,同
月13日に,インデラルの投与を再開した。
本件において,インデラルの投与によって副作用が発現したことは明
らかであるから,被告病院担当医師らは,そのことが明らかとなった平
成11年1月5日に投与を止めた後,これを再開すべきではなかった。
そして遅くとも再開後の同月7日に同様の症状が出た時点で投与を止
め,それ以降の投与を継続すべきでなかったことは明らかである。
(イ)そして,亡Dの前記症状に不安を感じた母親の原告Bが,同月14
日に担当のJ医師に副作用の発現を訴え,さらに同月15日から同月1
7日にかけて,単独で担当していたG医師にも何度も副作用を訴えたに
もかかわらず,被告病院担当医師らはインデラルの使用を中止せず,同
月17日にI医師がインデラルの投与を中止するまで,漫然とインデラ
ルの投与を継続し,これにより亡Dに不可逆的な脳幹障害を生じさせた
のである。
オまとめ
よって,被告病院担当医師らは,インデラルの副作用に十分注意し,副
,,作用の発現が見られた場合直ちにインデラルの投与を中止すべきところ
それを怠り,漫然とインデラルの投与を継続したものであり,薬剤の投与
後に,副作用の経過を観察して適切な薬剤投与の管理を行うべき注意義務
を明らかに怠ったものである。
(被告の主張)
アインデラルの副作用について
インデラルは持続時間が短い薬剤であるにもかかわらず,その投与中止
後も症状が進行していたため,各症状の発現がインデラルの副作用とは考
えにくかった反面,致死的不整脈を抑制する必要が高かったため,インデ
ラルの再投与を行ったものである。しかし,その後においてもインデラル
の副作用の可能性が否定しきれなかったため投与を中止したものであっ
て,漫然と投与を続けたものではない。また,インデラルが不可逆的な脳
幹障害を生じさせたという事実もない。
イ致死的不整脈の存在
また,亡Dに重篤な不整脈が存在していたこと,致死的不整脈の存する
患者に対して安易に抗不整脈薬を中止すれぱ,死に至る可能性が大きいた
め,抗不整脈薬の投与中止は慎重に行う必要があること等については既に
述べたとおりである。
ウインデラル投与後の状況
(ア)インデラルは,平成11年1月5日の夕方から投与を開始したが,
24時間ホルター心電図によりインデラル投与時と未投与時における心
電図波形を比較して評価するため,同月5日の夕方のみ投与し,その後
一時投与を中止して,インデラル未投与時の波形を記録し,同月6日夕
方から投与を再開した。同月5日夜に,亡Dの声がかすれたり,喘鳴等
の症状が発現した事実はない。
,,,その後同月7日に喘鳴が発現したためインデラルの副作用を疑い
同日いったん投与を中止したが,循環器外科及び小児内科の複数の医師
で副作用の可能性等について検討した結果,インデラルの副作用の可能
性は低いと判断し,また,致死的不整脈の改善にはインデラルの投与が
必要であるとの結論に到ったことから,原告Bに対し十分な説明を行っ
た上,同人の同意を得て,同月13日に投与を再開した(乙A1・19
5頁,196頁。同月14日,亡Dは機嫌良く活気もあり,原告Bか)
ら看護師に対して「調子良さそうである」との報告もあった。。
しかし,投与再開後の同月15日には不眠,嘔吐,同月16日には眼
瞼浮腫,口唇浮腫,多呼吸などの症状が発現し,インデラルの副作用を
完全に否定できなかったことから,同日インデラルの投与中止を決定し
た。ただし,同日は既に夕方の投与を完了していたため,実際にインデ
ラルの投与を中止したのは,翌17日となった。
なお,同月24日に,眼球回転異常,振戦,ほとんど眠ったままの昏
睡状態といった症状は発現していない。
(イ)前記の経過において,亡Dは,インデラル投与後にアナフィラキシ
ーを起こしておらず,アナフィラキシーが増悪した事実はない。インデ
ラルの投与を中止したのは,前記のように,同月15日,同月16日の
,,症状からインデラルの副作用を完全に否定できなかったためにすぎず
亡Dに対するインデラルの投与量は,小児循環器病学のリスト記載の推
奨量の最低量のさらに半量であるため,量的に副作用が生じる可能性が
低かったと考えられる上,インデラルは持続時間の短い薬剤であるにも
かかわらず,投与中止後においても前記症状が持続するなど,前記症状
の発現をインデラルの副作用として合理的に説明することはできない。
,,また研修医であるG医師が単独で診療を担当していたわけではなく
インデラルの副作用の可能性が疑われた時点で速やかに中止を決定して
おり,漫然と投与を継続していたものではないのである。
(ウ)なお,O医師の医療意見書(甲A1)は診療録の記載に基づくもの
であるため,ミトコンドリア脳症との診断がなされていない時期につい
,「」,,ては診療録に基づきアナフィラキシーと記載しているがこれは
副作用や副作用の疑い,あるいはアレルギーと思われる症状という意味
で記載したものである。
エ以上から,被告病院担当医師らによるインデラルの投与の継続,中止は
適切であり,注意義務違反はない。
(7)ソービタの投与に関する注意義務違反の有無
(原告らの主張)
アソービタについて
(ア)ソービタは,高カロリー輸液用総合ビタミン剤であるが,重大な副
作用として,アナフィラキシーショックを起こすことのある薬剤である
とされており,薬物過敏症の既往歴のある患者には,投与に際して特に
慎重な配慮が求められるのである(甲B7。)
(イ)この点,亡Dは,すでに平成10年11月にγグロブリンでアナフ
,,,,ィラキシーを起こしさらにアスペノンプリンペランインデラルと
次々に薬剤の副作用を発現しており,薬剤アレルギーを極めて発現しや
すい体質であることは,被告病院担当医師らにも明らかであった。
ところが,平成11年2月13日,担当のK医師らは,このような亡
Dの体質に配慮することなく,医師のいない状況下で看護師により漫然
とソービタを投与し,結果同剤投与後すぐに亡Dはアナフィラキシーシ
ョックを起こしたのであるが,亡Dの症状は放置され,これに対する対
応は何らなされなかった。
このため,原告Bが看護師に対し,激しい副作用が発現していること
を再三訴え,ようやくソービタの投与が中止された。
同日午前3時になって初めて医師が来たが,瞳孔の確認もせず,即時
にCT検査も行わなかった。結局,翌朝7時頃まで,CT検査はなされ
ず,その間,医師らにより経過の観察も行われることはなかった。
亡Dはこのアナフィラキシーショックのため意識を失い,ICU室に
運ばれ,人工呼吸管理を受けたが,その後死亡に至るまで症状が回復す
ることはなかった。
イこのように,被告病院担当医師らは,ソービタの投与に際し,患者の既
往歴及び体質に配慮し,薬剤投与の判断に際し十分な注意を払い,投与後
の副作用を慎重に経過観察すべきであったにもかかわらず,これらの義務
に違反したものである。
(被告の主張)
アソービタ投与の必要性
被告病院のK医師は,亡Dが薬剤アレルギーを起こしやすい体質である
ことを認識していたが,同人の経口摂取不良による低栄養状態を改善する
,。ためビタミン剤を補充することが特に重要であると診断したものである
そして,同人の体質にも考慮し,必要かつ安全性が高く,一般的に用いら
れる総合ビタミン剤であるソービタを投与したものであって,漫然と投与
したものではない。なお,ソービタ投与後発現した,血圧低下,意識レベ
ルの低下等の症状がアナフィラキシーであると断定することはできない。
イソービタ投与後の状況
ソービタ投与後の経過観察においても,平成11年2月13日午前3時
,,,30分ころ血圧低下とのドクターコールを受けQ医師が直ちに対応し
。,同日午後3時45分には血圧は120/80台に回復しているその後も
R医師,N医師が対応している。
また,原告らは,亡Dが,ICUに運ばれ,人工呼吸管理を受けたが,
その後死亡に至るまで症状が回復することはなかったと主張するが,平成
11年3月中旬から同月下旬にかけて,上両肢の動きや開眼が見られ,同
月29日のMRI検査においても脳幹の高信号領域は軽快している所見が
あった。
ウまとめ
前記のとおり,被告病院担当医師らに,薬剤の選択,投与,経過観察に
おいて,何らの注意義務違反もない。
(8)脳幹浮腫への対応が遅れたことによる注意義務違反の有無
(原告らの主張)
ア原告ら主張の概要
被告病院担当医師らは亡Dの脳幹浮腫に早期に気付くべきであったにも
かかわらず,これに気付かず,適切な治療を行わなかった注意義務違反が
ある。
イインデラル投与後の対応
(ア)亡Dは,平成11年1月17日までインデラルの投与を受けていた
が,同日ころから,右目や口唇の浮腫などに加え,視線が合わない,上
眼瞼がいつもより垂れている,呼吸が荒いなどの症状が発症し,同月1
,,。,8日にも意識レベルの低下右下肢の硬直などの症状が生じたまた
同月16日から19日の間には,多呼吸や,怖いと叫ぶ,意識レベルの
低下,脈拍上昇など,明らかに脳の異常を疑わせるエピソードが相次い
だ。にもかかわらず,被告病院担当医師らは,インデラルの副作用は全
く考えられないとしてこれを顧みず,心因性の症状と診断して,同月2
1日から同月23日にかけて,外出や外泊をさせるなど,インデラルの
副作用に対処するための必要な処置を全く行わなかった。
そして,亡Dは,同月24日にはほとんど昏睡状態となるに至った。
(イ)このような状態の下,担当医師らは,同月25日にCTの検査を行
ったが,この時既に脳幹に浮腫が発生していたにもかかわらず,被告病
院担当医師らはこれを見落とした。この時他に,眼球回転異常,右足硬
直など,中枢神経系の症状が既に出ていたのであるから,被告病院担当
医師らは,病名を慎重に判断すべきだったにもかかわらず,これを心因
性の急性ストレス反応であると誤診して,早急に行うべき脳幹浮腫への
治療を行わなかった。
(ウ)また,かかる器質的疾患の症状がある中でCTで異常が発見されな
い場合には,被告病院担当医師らは,脳に問題が起きているという可能
性を検討し,MRI検査へと進むべきであったが,被告病院担当医師ら
は,それ以上の検査もしなかった。
(エ)さらに,平成11年1月25日当時,亡Dの治療は外科及び内科の
医師によってのみ行われており,脳幹の病変を扱う脳神経専門医による
専門的な検討はなされておらず,脳の異常の発生が見逃されたものであ
る。
ウ(ア)脳幹浮腫の治療法としては,一般に,呼吸循環管理,輸液等による
全身管理とともに,強力な脳圧降下の治療が必要とされ,浸透圧利尿
薬,ステロイド剤(脳のむくみや炎症を抑える)の投与などがある(甲
B13。)
同月25日に発見された脳幹浮腫は,未だ部位も限定されており,
かつ進行性のものであったと認められるから,この時点で前記脳圧降
下治療等を行うことによって脳圧亢進を改善させ,浮腫による神経障
害を可逆的な範囲でくい止め,完全な回復も可能であった。
にもかかわらず,被告病院担当医師らが同年2月13日に脳幹の浮
腫に気付くまで,脳幹浮腫を見逃し,必要な治療をしなかったため,
脳幹浮腫を不可逆的な状態になるまで放置し,昏睡状態が継続し,同
月10日には瞳孔が拡大し,チアノーゼが出現するなど,脳幹の機能
異常に由来する基礎的な生命維持活動が低下し,翌11日には肺炎を
起こすに至り,その後,症状が回復することはなかった。
(イ)また,脳幹の異常が早期に発見され,脳幹の異常の進行が回避され
ていれば,平成11年2月13日に行われたソービタの投与も必要が
なく,ソービタの投与に伴うアナフィキラシーショックによる症状の
急激な悪化も避けることができた。
エこれらの経緯につき,同月13日に,担当のO医師が原告らに対し,同
年1月25日に既に脳幹浮腫が発生していたのに医師らがこれを見落とし
たこと,脳幹浮腫の影響により昏睡状態に陥っていたこと,インデラルで
アナフィラキシーを起こしたために脳幹に浮腫が発生したこと等につい
て,説明している。
また,同医師は,同年4月5日付の小児慢性特定疾患医療意見書におい
て「99年1月に不整脈に対する治療薬へ対するアナフィラキシーも出,
現してきた」旨の記載も行っており(甲A1,これは同医師の前記説明)
と同旨の内容である。
オまとめ
このように,平成11年1月25日には既にCTによる検査が行われて
おり,前記のような重篤な症状が次々に出現していたのであるから,被告
病院担当医師らは脳幹浮腫に早期に気付くべきであったにもかかわらず,
これに気付かず,適切な検査,治療を行わなかったものであり,かかる担
当医師らの行為には,注意義務違反が認められる。
(被告の主張)
アインデラルの性質
インデラルは短時間作用性の薬剤であるが,インデラルの投与中止後に
おいても症状は進行しており,インデラルの副作用とは通常考えにくい。
また,平成11年1月24日に昏睡状態に陥った事実はなく,インデラル
の副作用が増悪したとはいえない。
イ平成11年1月25日にCT検査について
同日のCTでは脳幹の浮腫は確認されていない。
同日のCTの脳幹浮腫の徴候は,同年2月13日のCTと比較すること
によって初めて,若干黒っぽい部分が見受けられるという程度の軽微なも
のであり,同年1月25日のCTのみから脳幹浮腫を確認することはでき
ず,脳幹浮腫を見逃した事実はない。
ウ脳幹浮腫の原因及び被告病院の対応
被告病院担当医師らは,亡Dの薬剤に対する異常な反応について,その
病因探索の1つとして心因性のストレスも視野に入れていたのであって,
各症状を心因性と診断したわけではない。
亡Dに何らかの代謝異常があることは明らかであったが,その原因は不
明であり,原因探索を行うとともに治療を継続していた。
本件は極めてまれな病態であり,脳幹浮腫の早期の診断が極めて困難で
あった。
なお,同年3月中旬から下旬にかけて上両肢の動きや開眼が見られ,同
年3月29日のMRI検査においても,脳幹の高信号領域は軽快している
所見があり,回復の徴候はあった。
エなお,原告らが主張するように,一時点である同月25日のCT画像か
らは,脳幹浮腫が未だ部位も限定されており,かつ進行性のものであった
と判断することは不可能であり,原告らの主張はその後の経過を所与のも
のとした推論に過ぎない。
また,脳幹浮腫に対処するには,脳圧降下治療だけでは神経障害を根本
的に解決することにはならないため不十分であり,原病である高乳酸血症
の治療が必要であるにもかかわらず,これを伴わずして完全な回復が可能
としている点に論理の飛躍がある。高乳酸血症があるということは,乳酸
の代謝がスムーズに行われず,代謝過程において細胞ないし細胞間隙から
くみ出されるべき水がくみ出されていない可能性が高いということであ
り,脳圧降下剤では細胞間隙から水を強引に血管内に引き込むことができ
ても細胞レベルでの水のくみ出しを回復させるまでには至らず,結局十分
な水のくみ出しができないのであるから,浮腫を完全に克服するのに十分
であるとは到底いえない。
オまとめ
以上から,被告病院担当医師らに注意義務違反はない。
(9)因果関係
(原告らの主張)
ア脳幹部の浮腫について
平成11年1月25日及び同年2月13日のCTの検査により,亡Dの
脳幹に浮腫が発生していたことが明らかとなっている。
脳幹部の浮腫が長期間継続すれば,体内の代謝や呼吸をつかさどる脳幹
の機能が阻害され,生命維持活動に支障を来すに至る。本件においても,
脳幹の浮腫が後の呼吸困難,代謝異常,意識障害等を引き起こし,死亡に
至ったものと考えられる。
この脳幹の浮腫の発生した原因は,それ以前のプリンペラン及びインデ
ラルの投与による副作用にあると考えられる。
イプリンペランの副作用について
(ア)プリンペランは消化器機能異常治療剤であり,消化機能をつかさど
る脳幹部に作用する薬剤である。同剤は,軽度脂溶性であるため,脳血
液関門を通過し,中枢神経系に作用しやすい。このため,プリンペラン
は,副作用として,大脳皮質から脳幹部を経由して脊髄に至る,錐体外
路の諸神経核やその連絡路が侵される,いわゆる錐体外路症候群を引き
起こしやすい。
(イ)本件においては,平成10年12月19日から過量投与されたプリ
ンペランの副作用により,手指の振戦,唾液の流涎などの嚥下困難,顎
の攣縮に伴う歯ぎしり,上下肢の固縮(特に強度の右足硬直),水平横行
への眼振,上部への眼球回転などが認められており,これは,プリンペ
ランの副作用として代表的な錐体外路症状の典型的なものである。した
がって,亡Dに,プリンペランの副作用により錐体外路症状が発生した
ことは疑いを容れない。
プリンペランが脳幹に作用する薬剤であることから,同剤が,薬剤ア
レルギーを引き起こしやすい亡Dに過量に投与されたことにより,脳幹
部に浮腫に至る異常を発生させ,また同時に脳幹部を通過する錐体外路
に錐体外路症候群を引き起こし,これにより諸神経核やその連絡路が侵
され,これが脳幹部に作用して,亡Dの脳幹に浮腫を発生させた原因と
なったものと考えられる。
ウインデラルの副作用について
(ア)インデラルをアナフィラキシーの既往歴のある患者に投与した場
合,アナフィラキシー反応が増悪する場合があることが知られている。
亡Dには,γグロブリンでアナフィラキシーを起こした既往歴があっ
たにもかかわらず,被告病院担当医師らがこれに配慮することなく,イ
ンデラルを投与したために,平成11年1月5日の1回目のインデラル
投与直後から,不眠,嘔吐,不安感等の副作用が生じ始め,その後,眼
,,,,,,瞼や口唇の浮腫多呼吸顔面蒼白無表情仮面顔等眼球回転異常
振戦,手足の硬直など,次々に重篤な副作用が発現している。これらの
症状からみて,亡Dが脳内の中枢神経系の重篤な障害を起こしているこ
とが明らかである。
これは,すでにアナフィラキシーの既往歴のある亡Dに,インデラル
を投与したことにより,アナフィラキシー反応が増悪し,これによって
脳内の中枢神経系の障害を起こしたためと考えられる。また,アナフィ
ラキシーによるアレルギー反応は,浮腫を起こしやすいことが知られて
おり,亡Dには,かかるアナフィラキシーの増悪により,脳幹に浮腫が
発生したものとみられる。
アナフィラキシー反応が起きると血管が拡張し,末梢の血管の血管容
量が増大するためそこに血液が鬱滞し心臓に灌流しにくくなって末,,(
梢血管抵抗の低下,浮腫が生じやすいし,血管拡張によって血管を構)
成する内皮細胞の間隙は拡張し,血漿が通過しやすくなる(血管の透過
性亢進)ことから,組織間に水分が増加して浮腫が生じやすくなる(甲
B11・186頁,187頁。脳の場合,脳と血管の間には,脳血液)
関門があり,通常は脳内にブドウ糖以外の血液中のたんぱく質等の成分
は移行しないが,アナフィラキシーショックにより,脳血液関門が破綻
ないし機能が低下し,前記血管性浮腫のメカニズムが作用して脳浮腫が
生じるのである。
(イ)また,亡Dがアナフィラキシー反応で呼吸困難に陥ったため,脳に
低酸素状態を起こしたことも考えられ,これが脳浮腫を引き起こした原
因となった可能性もある。
アナフィラキシーショックで気管支が収縮するなどして呼吸困難を生
じ(甲B11・190頁,低酸素状態が生じると,血管等の脳血液関)
門を構成する細胞が障害され,脳血液関門が働かなくなり,脳内に血液
中のたんぱく質等が流出し,浸透圧の原理により,脳内に水分も流出し
て,脳に浮腫が起きる可能性がある(甲B13・691頁。)
(ウ)さらに,平成10年12月19日から同月21日まで投与されたプ
リンペランの副作用は,投与の中止に伴い,いったん収まったかに見え
たが,インデラルの投与後,眼球回転異常,右足硬直,手足の振戦など
が再発しており,インデラルの作用によって,プリンペランにより既に
引き起こされていた錐体外路症状が再発して悪化したことも推測され
る。錐体外路症状は,症状が軽度の場合に出現するが,重度に至るとむ
しろ消失することが知られており,潜伏していた錐体外路症状が再発し
て,インデラルの作用と相乗して脳幹部の浮腫を更に増悪させたものと
考えられる。
(エ)いずれにせよ,前記のようなインデラル投与に伴うアナフィラキシ
ーの発現により,亡Dに,遅くとも平成11年1月初旬に脳幹部の浮腫
が発生したことは疑いを容れない。
エミトコンドリア脳症の疑いについて
,。被告は亡Dの脳幹浮腫の原因がミトコンドリア脳症であると主張する
しかし,ミトコンドリア病の診断においては,筋生検,生化学的診断,
遺伝子診断が極めて重要であるところ,本件では,ミトコンドリア病の診
断のために,平成11年9月13日に,Zセンター神経研究所に検査を依
頼し,また,同日S医科大学小児科にも代謝検査を依頼し,これらの機関
で筋生検,生化学的診断,遺伝子診断を施行したが,いずれにおいてもミ
トコンドリア病を疑わせる異常は発見されなかった。
また,臨床症状に関しても,ミトコンドリア病に特徴的な臨床症状に亡
Dの症状は当てはまらず,亡Dの死亡の原因がミトコンドリア病であった
と考えることはできない。
ミトコンドリア脳筋症は,筋骨格系の疾患であり,直接脳幹に浮腫を発
生させる原因とはなりえないことから,本件においてミトコンドリア脳筋
症を死亡の原因とみることはできないのである。
以下詳述する。
(ア)ミトコンドリア病は,ミトコンドリアの機能異常を原因とする疾患
であり,ミトコンドリアがエネルギーを産生する器官であることから,
,,ミトコンドリアに異常を来すと大量のエネルギーを必要とする骨格筋
中枢神経系にまず異常を来す(甲B10・1657頁。)
ミトコンドリア病の大半は骨格筋が侵されるので,骨格筋細胞のミト
コンドリアに形態学的な異常を見るものであり,筋の染色検査でRRF
()(,ragged-red-fiberと呼ばれる異常を示すことが多い同1657頁
1658頁。)
また,血管の平滑筋細胞に異常ミトコンドリアが増加し,SDH染色
で高活性性を示すので,これはSSV(strongly-SDH-reactive-bloo
d-vessel)と呼ばれる(同1659頁。)
しかし,亡Dにおいては,ZセンターにおいてこれらRRF,SSV
の筋生検の検査を行ったが,ミトコンドリア病に特異な異常は検出され
なかった(甲A2・1952頁15行目,17行目。)
(イ)また,ミトコンドリア病においては,遺伝学的な変異が高率で見ら
れる。特にミトコンドリア病の60から70パーセントは,いわゆるミ
トコンドリア病の3大病型(CPEO,MELAS,MERRF)に属
するところ,これらにおいては60から95パーセントの割合で,遺伝
学的な変異を示す(甲B10・1658頁,乙B6・225頁。)
ところが,亡Dの遺伝学的検査によれば,前記のCPEO,MELA
S,MERRFのみならず,後記のリー(Leigh)脳症を含め,ミトコ
ンドリア病に見られる遺伝学的変異はすべて否定されている(甲A2・
1951頁。Zセンターにおける遺伝子検査,MITOCHONDRI
ALDNAANALYSISの頁に検査結果が記載され「主な変,
異は認めません」と記載されている。。。)
(ウ)なお,前記検査において乳酸値の上昇及びピルビン酸尿症は見られ
たものの,検査を依頼したS医大小児科においては,ミトコンドリア脳
筋症以外の原因の高乳酸,ピルビン酸尿症の場合があるので,特異的な
所見ではない旨の回答がなされている(乙A18。)
したがって,高乳酸,ピルビン酸尿症の所見があるからといって,
本件でミトコンドリア病であるとの診断を行うことはできない。
(エ)リー(Leigh)脳症について
亡Dにおいては,前記のように,ミトコンドリア病に特徴的な遺伝学
的異常も,筋生検における異常も見られないことから,被告は,亡Dを
ミトコンドリア病の前記3大病型に属さないリー(Leigh)脳症であっ
たものと主張している。
,(),,aしかしリーLeigh脳症の発症年齢は乳児期であり呼吸不全
るいそうで発症後数年で多くは死の転帰をとる(甲B10・1659
頁,1658頁の一覧表)のであり,亡Dのケースとは発症年齢及び
その経過が全く異なっている。
,,(),bまた臨床症状を見てもリーLeigh脳症では発育発達の停止
筋力等の低下,呼吸障害,知的退行等の主症状がみられるはずである
(甲B10・1659頁,乙B6・224頁,225頁。)
しかし,亡Dは,当初重度の心不全で寝たきり状態だったために発
達の遅れがあったものの,3歳で心不全の進行が止まってからは,発
育及び発達は順調であり,発育,発達の遅れは見られなかった上,低
身長(3歳時に低身長ではないと診断されている,成長ホルモン。)
の分泌異常も検査しても異常は見られなかった。亡Dがミトコンドリ
,,ア病に罹患していたのなら急激な発達の回復を見せるはずがないし
ミトコンドリア病を疑わせる症状が出ていたのなら,もっと早くミト
コンドリア病についての説明や検査がなされたはずである。
,,さらに本件の薬剤の副作用が出るまでは会話や表情も活発であり
絵本を読むなど,精神の発達は順調で,精神遅滞や知的退行も全く見
られなかった。IQの検査などもなされ,医師からは,発達には異常
がない旨,両親である原告らが何度も説明を受けている。
筋力についても,年齢相応の通常の成長をしており,歩行もでき,
筋力低下や筋緊張は見られなかった。また,軽い気管支炎はあったも
のの,呼吸障害もなかった。ミトコンドリア病に伴う心筋症(乙B6
・535頁以下参照)もなく,ただファロー四徴症の特徴として心筋
肥大があったのみである(心筋症に心肥大が伴うこともあるが,ミト
コンドリア病に伴うのはあくまで心筋症であって,単なる心肥大では
ない。。)
cCTに現れた脳幹浮腫については,まさに本件の薬剤の副作用によ
って出現したものである。
dこのように,亡Dには,リー(Leigh)脳症に特徴的な臨床症状は
全く見られない。
なお,乙B6号証によれば,リー(Leigh)脳症のみならずミトコ
ンドリア病の前記3大病型についても,おおむね前記の臨床症状が特
徴的に見られるはずであるが,亡Dにこれが見られないことについて
は,前記のとおりである。
(オ)以上のとおり,亡Dには,ミトコンドリア病に特徴的な,筋生検,
生化学的診断,遺伝子診断における異常が一切見られない上,臨床症状
もミトコンドリア病とは全く異なるものであった。
よって,亡Dの死亡原因をミトコンドリア病とみることはできず,亡
Dは,原告の主張するとおり,本件医療過誤により脳幹浮腫を生じ,死
亡に至ったものである。
オこのように,亡Dの死亡の原因となった脳幹の浮腫は,被告病院担当医
師らが,副作用につき十分な注意を払うことなく薬剤を投与したことによ
(,,り発生したものであり被告病院において小児外科と小児内科の間など
担当の科相互間および医師間の連絡が不十分で継続性に欠けており,本来
であれば一貫して患者の容体を観察して適切な判断を行うべきところ,こ
れが全くなされていなかったことも重要な点である,被告病院担当医。)
師らの前記注意義務違反と亡Dの死亡結果との間には因果関係が認められ
る。
(被告の主張)
ア代謝異常について
(ア)亡Dには,平成10年11月8日,白血球上昇について重症感染症
であるとの判断からγグロブリンを投与したが,投与後,発疹,口唇膨
張が発現し,チアノーゼとなり,アナフィラキシー反応が強く疑われた
ため,同日γグロブリンの投与を中止した(乙A1・60頁から65頁
まで。)
同年12月19日,嘔吐に対して一般的に用いられるプリンペランを
,,,,投与したが投与後において手指の振戦唾液の流涎などの嚥下困難
顎の攣縮に伴う歯ぎしり,眼振,眼球回転などの症状が発現し,プリン
ペランの副作用の可能性を否定できなかったことから,同月21日プリ
ンペランの投与を中止した。
その後,亡Dは昏迷となり,食事の経口摂取ができなくなり,昏迷が
続けば低栄養状態が進み全身状態が極度に悪化するおそれがあったた
め,平成11年2月13日,低栄養状態改善のため,一般的に用いられ
る総合ビタミン剤であるソービタを投与した。ところが,ソービタ投与
後,血圧低下,意識障害などの症状が発現したため,同日ソービタの投
与を中止した。
(イ)平成10年12月19日の嘔吐がプリンペランの副作用によるもの
とは断定できないし,同日の手指の振戦,唾液の流涎などの嚥下困難,
顎の攣縮に伴う歯ぎしり,眼振,眼球回転などの症状がプリンペランの
副作用であるとは断定できない。薬剤アレルギーが生じるためには,投
与部分に免疫系の細胞が必要であるところ,脳内にはそのような細胞は
なく,いかなる機序で原告らが主張するようなプリンペランによるアレ
ルギーが発生したかを合理的に説明できない。
むしろ,亡Dが,γグロブリン,アスペノン,プリンペラン,インデ
ラル,ソービタと分子構造や医学的効能発現の機序を全く異にする多様
な薬剤すべてに対して異常反応を示すことは医学的に考えにくく,亡D
がすべての薬剤に副作用を示した可能性は低いというべきであり,むし
ろ,同人に,予見不可能な何らかの代謝異常が存在したことは明らかで
ある。
イ脳幹浮腫について
原告らは,脳幹浮腫の発生原因はプリンペランであり,その後に投与し
たインデラルが相乗し,脳幹浮腫をさらに増悪させたと主張する。
しかしながら,プリンペランで脳幹浮腫を生じるという報告はない。
プリンペランの脳に対する作用は神経伝達物質の拮抗薬としての作用で
ある。すなわち,プリンペランの投与によって,神経接合部にあるシナプ
スにおける正常な神経系の電気の流れが阻害され,運動がスムーズにいか
ないなどの症状が生じるが,プリンペランの投与を中止すれぱ,シナプス
からその薬剤がなくなるために元の神経伝達は回復する。
プリンペランは,このような薬剤であって,浮腫の原因となるような血
管系に対する作用はないのである。
また,インデラルでアナフィラキシーを起こしたわけではなく,インデ
ラルが持続時間の短い薬剤であるにもかかわらず,インデラル投与中止に
おいても亡Dの症状が継続していることから,各症状の発現をインデラル
の副作用で説明することもできない。
さらに,脳幹の浮腫が生じた場合には,脳幹に存在する神経細胞が局所
的に障害されることになる一方,代謝異常は全身的な細胞レベルの異常が
生じることは通常考えられず,あくまでも代謝異常は先天的なもので,脳
幹の浮腫によるものではないと考えるべきである。
この点,原告らは,アナフィラキシーショックにより,脳血液関門の破
綻ないし機能低下により,脳に血管性浮腫を生じさせるのを防ぐ脳血液関
門が働かなくなり,血管性浮腫のメカニズムが作用して脳浮腫が生じると
主張するが,そのような文献,実験的報告はないし,原告ら主張のメカニ
ズムを前提とすると,脳内すべてにおいて浮腫が生じることになりそうで
あるが,実際には脳幹のみに浮腫が生じており,実際の病状を合理的に説
明できない。また,亡Dには持続的モニターがつけられていたため,低酸
素状態が発生した場合には直ちに発見することが可能なはずであるが,そ
のような記録はなく,低酸素状態はなかったのであり,原告らの主張は前
提において誤りがある。
ウミトコンドリア病について
(ア)ミトコンドリア病について
ミトコンドリア病とは,ミトコンドリアの機能異常を原因とする病気
の総称である(乙B6・213頁。ミトコンドリア病の本態は,電子)
伝達系酵素の活性低下によるエネルギー産生障害であることから,エネ
ルギー依存の高い組織や臓器が障害を受けやすく,中枢神経,骨格筋,
心臓,腎臓など,多彩な臓器障害を呈する。このなかでも,中枢神経症
状と筋症状を特徴とするものをミトコンドリア脳筋症,中枢神経症状を
特徴とするものをミトコンドリア脳症と呼んでいる。
ミトコンドリアの代表的な機能は,エネルギー産生であるから,ミト
コンドリア病は,主として,このエネルギー産生に関わる酵素の異常が
想定されている。この機能にかかわる酵素は総数100個以上に及び,
特に電子伝達系酵素複合体の中には1つの酵素が40個以上のサブユニ
ット(部品)で構成されているものもある。このため,酵素の存在自体
は証明されているものの,酵素蛋白の機能異常がきちんと把握されてい
ないものも多くみられ(乙B6・213頁,これら各酵素やそのサブ)
ユニットの異常をすべて正確に診断することは極めて困難である。
原告らは,ミトコンドリアの異常は骨格筋に最も出現しやすいと主張
するが,ミトコンドリア病の本態は,前記のように,電子伝達系酵素の
活性低下によるエネルギー産生障害であることから,エネルギー依存の
高い組織や臓器が障害を受けやすく,中枢神経,骨格筋,心臓,腎臓な
ど,多彩な臓器障害を呈するものであり,多量のエネルギーを必要とす
る脳も主病変となる。
(イ)亡Dの病態
a亡Dを死亡に至らしめた病因をミトコンドリア脳症と診断すること
に何ら矛盾はない。
ミトコンドリア病の診断に際しては,臨床的には,発育,発達の遅
れ(乙B6・224頁。229頁,中枢神経系症状として精神遅滞)
(同224頁,225頁,心伝導障害(同231頁)がみられ,臨)
床検査診断としては乳酸値の上昇(同226頁,233頁,脳の画)
像診断上の異常所見(同226頁,236頁)が挙げられる。
この点,亡Dには,血中及び髄液中の乳酸及びピルビン酸も高値を
示し,高乳酸血症(病名でもあり,症候名でもある)がみられ(乙。
A1・312頁,317頁,354頁,366頁,脳病変,運動発)
達遅延,心筋肥大などの臨床症状があった(乙A1・2頁,13頁,
338頁,A5の2及び3,A6の1から5まで,A18,A19)
上,エネルギー産生障害が強く疑われたが,一般検査によって原因が
確定できなかったことから,ミトコンドリア病を疑い(乙B5,病)
変が脳幹を中心に脳に及んだことから,ミトコンドリア脳症のカテゴ
リーに入る疾患であると判断した。
亡Dの発育発達に関しては,2歳10か月時の田中ビネー知能検査
では・精神年齢1歳6か月,知能指数53(乙A19)と,遠城寺式発
達検査では,移動運動11か月,手の運動1歳4か月,基本的習慣1
歳6か月,対人関係2歳,発語2歳,言語理解1歳9か月(乙A20)
とそれぞれ判定されており,亡Dの4歳8か月時に原告Bが記入した
「乳幼児精神発達質問紙(乙A21)においては,発達年齢2歳9」
か月と,小学校入学を1年遅延することについてa町教育委員会(茨
城県那珂郡)へ提出するため医師が作成した「健康診断についての意
見書(乙A22)においては「同年令の小児に比して身体能力等」,
について多少低下していると認められます」とそれぞれ記載されて。
いる。また,J医師は,平成10年7月作成の「小児慢性特定疾患医
療意見書」において,精神運動発達遅滞を認める旨所見欄に記載して
。,いる亡Dが重い心不全のため寝たきりに近い状態の時期があったが
2歳10か月時及び4歳8か月時の検査結果の心身発達の遅れの原因
は,この寝たきり状態が影響したとしても,それのみでは合理的に説
明できない(3歳の時点でも,身体的,精神的に発達の遅れは続いて
いた。)
そのほか,ミトコンドリア病においては,CT上,脳幹に低吸収域
が出現するとされており(乙B6・236頁から239頁まで,亡)
Dの画像診断としては,平成11年2月13日のCTにおいて脳幹に
,(),限局しているが梗塞様の所見がありリーLeigh脳症に類似した
大脳基底核,脳幹部に左右対称性の病変(乙A5の2及び3,B6・
226頁,236頁)がみられた。また,年齢的にリー(Leigh)脳
症の好発年齢ではないが,文献報告として年齢の高い若年型リー(Le
igh)脳症の報告もあり,また,不整脈や心筋肥大もミトコンドリア
(,,)病に合併するとされている乙B6・231頁535頁536頁
ところ,亡Dには,ファロー四徴症,肺動脈閉鎖症根治術後において
も心筋肥大があった。この点について,原告らは,亡Dは心肥大であ
ったが,3歳以降に心不全を起こさなかったことから心筋症ではなか
ったと主張するようであるが,ミトコンドリア異常によって引き起こ
される心筋症の中には,心筋の肥大する肥大型心筋症という病態があ
り,心筋肥厚を示すものの通常収縮力が保たれており,末期になって
,()急速に収縮力の低下を示し心不全を起こすことが多いこと乙B7
から,通常心不全等の症状を示さずに突然死が問題となることの方が
多いのであり,亡Dが3歳以降に心不全を起こさなかったからといっ
て,心筋症でなかったとは到底いえない。
以上から,亡Dに発生した脳幹浮腫の原因はミトコンドリア病と考
えられる。
bこの点,原告らは,Zセンター神経研究所及びS医科大学小児科に
おける筋生検,生化学的診断,遺伝子診断を施行したが,いずれにお
いてもミトコンドリア病を疑わせる異常は発見されなかったと主張す
る。
しかしながら,ミトコンドリア病については,前記のとおり,これ
に関係する多くの酵素が存在することが知られており,すべてが明ら
かになっているわけではない。
ミトコンドリア病に関連する遺伝子は,ミトコンドリア内で核内に
存在し,その数は膨大であって,検査においてはその内の一部が検索
されるにすぎず,ミトコンドリア脳症の半数程度は酵素診断や遺伝子
診断では確定できないことから,亡Dについてミトコンドリア脳症で
,,認められる既知の遺伝子の変異が検出されなかったとしてもこれは
現在の医学で解析可能な範囲では検出されなかったということにすぎ
ず,異常が指摘されなかったからといって,ミトコンドリア病が否定
されることにはならない。原告らが挙げるRRFは特定のミトコンド
リア病(MERRF)に見られる所見であるが,見られない場合も極
めて多く,SSVについてもミトコンドリア病の1病型であるMEL
ASの特徴であって,筋に出ない病型も多く,Zセンターの検査にお
いて,これらの異常が発見されなかったからといってミトコンドリア
病を否定することはできない。また,亡Dの病型は,CPEO,ME
LAS,MERRFのいずれにも当てはまらない。
またS医科大学の検査はミトコンドリア脳症以外の代謝異常有,,(
機酸代謝異常)においても乳酸,ピルビン酸の上昇が見られることが
あるため,ミトコンドリア脳症以外の代謝異常を否定するために行っ
た検査であるが,その結果は「先天代謝異常症の疑い」というもの,
であり「ミトコンドリア脳筋症でもこのようなプロフィールをとり,
矛盾しませんが,他の原因の高乳酸,ピルビン酸尿症,ケトーシスの
場合もあり特異的な所見ではありませんという分析であった乙,。」(
A18。すなわち「ミトコンドリア病を疑わせる異常は発見され),
なかった」という結果ではなく,ミトコンドリア脳症がさらに疑わ。
れる分析結果であったのである。
cなお,被告は亡Dの症状についてリー(Leigh)脳症と断定してい
るわけではない。リー(Leigh)脳症は脳症を呈するミトコンドリア
病の1つであり,その原因は多様である。リー(Leigh)脳症の約2
0∼30パーセントに遺伝子異常が見られるが,多くは常染色体,
つまり核の遺伝子の異常であって,現代医学においては調査不可能
である(甲B10・1659頁)。
dこのように,亡Dには,ミトコンドリア病を疑うに足る症状が発現
しており,病変が脳幹を中心に脳に及んだことから,ミトコンドリア
脳症のカテゴリーに入る疾患であると診断したものである。
エ以上のとおり,亡Dの脳幹浮腫は,プリンペランやその後に投与したイ
ンデラルの副作用の相乗によって発生したものではなく,ミトコンドリア
脳症を原因とするものである。
したがって,本件各薬剤の投与等との因果関係はない。
(10)損害
(原告らの主張)
ア逸失利益
亡Dは,死亡当時8歳の女子であったところ,平成12年賃金センサス
による全労働者の全年齢平均年収額は497万7700円である。同人は
本事件により死亡しなければ,18歳から67歳まで稼働可能であったと
考えられるので,生活控除率を45パーセントとし,中間利息控除につき
ライプニッツ方式により逸失利益を算定すれば,次の計算式のとおりであ
る。
なお,ライプニッツ方式の中間利息控除率については,現在日本におい
て超低金利水準が継続しており,将来にわたっても,少なくとも年4パー
セントを上回る金利の上昇は見込まれないことが広く予見されていること
から,本件においても中間利息控除率を年4パーセントとして算定すべき
である。
497万7700円×(1−0.45)×(22.5284−8.11
08)=3947万1568円
原告らは,亡Dの死亡により,上記逸失利益の各2分の1である197
3万5784円の損害賠償請求権をそれぞれ相続した。
イ慰謝料
(ア)本件では,亡Dの慰謝料は,少なくとも2000万円とするのが相
当である。原告らは,亡Dの死亡により,前記慰謝料額の各2分の1で
ある1000万円の慰謝料請求権をそれぞれ相続した。
(イ)亡Dの父母である原告らは,まだ幼い娘を被告病院担当医師らの医
,。療過誤によって失っておりその精神的苦痛は非常に大きいものである
これを慰謝するには,少なくとも原告それぞれにつき慰謝料相当額は2
50万円を下らない。
ウ弁護士費用
原告らは,平成14年3月25日,原告ら訴訟代理人弁護士らに本件訴
訟提起及び訴訟遂行を依頼し,その費用として,それぞれ前記逸失利益及
び慰謝料の各合計損害額3223万5784円の1割である322万35
78円の支払を約した。
エまとめ
よって,原告らは,被告に対し,不法行為又は本件診療契約の債務不履
行に基づいて,それぞれ3545万9362円の損害賠償金(原告ら合計
7091万8724円)及びこれに対する亡Dの死亡の日である平成11
年11月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払請
求権を有する。
(被告の主張)
原告らの主張は争う。
第3当裁判所の判断
1各争点を検討する前提として,被告病院における亡Dの診療経過について,
証拠(各掲記のとおり)及び弁論の全趣旨により,次の事実を認定する。
(1)問題となる各薬剤投与前まで
ア亡Dは,生まれた平成3年6月3日の12日後にチアノーゼ状態が認め
られ,T病院において,ファロー四徴症,肺動脈閉鎖と診断された(乙A
1・2頁。シャント術を施行された結果,低酸素血症は改善されたもの)
,,。,,の肺血流量が増加したことから咳喘鳴が強くなったしかし強心剤
利尿剤を内服することにより,症状は改善した(乙A1・2頁。)
イその後,平成9年12月4日,被告病院においてファロー四徴症の根治
術の適応につき心臓カテーテル検査を行ったところ,根治術の適応がある
と判断された(乙A1・2頁。)
ところが,亡Dには,乳幼児期にWPW症候群の既往が存在していたた
,,,め上記根治術に先立って被告病院循環器外科及び循環器内科において
副伝導路の検索及びそれに対するカテーテル焼灼術が施行された。その結
果,心電図上デルタ波は消失したものの,しばらくして上室性頻拍が認め
られた(乙A1・2頁。)
ウ亡Dは,平成10年10月26日,ファロー四徴症の根治手術を受ける
ため被告病院に入院し,同月29日,同手術が行われた(乙A1・6,1
2,17頁。)
なお,亡Dのファロー四徴症は,極型と呼ばれる最重症の型の先天性心
臓病であり,同症に対する開心手術は,患者にとって負担が大きく,術後
には不安定な血行動態の時期がしばらく続き,集中的な管理及び治療を行
わなければならないとされる(乙A24・1頁。)
被告病院担当医師らは,術後管理として,全身状態の管理を行っていた
ところ,不整脈の管理については徐脈を中心として管理することとしてい
た(乙A1・17頁,証人I医師。)
エ亡Dの心拍は,平成10年10月30日午前,一時的に180と頻脈と
なり,その後,心室性期外収縮(PVC)様の波形が出たため,変行伝導
回路の可能性があると考えられ,カリウムの投与量が増量された(乙A1
・26,30頁。)
オ亡Dは,翌平成10年10月31日午後10時ころにも心拍が160か
ら180に上昇したが,20分後に130から140に戻ったため,経過
観察となった(乙A1・35頁。)
カ亡Dは,平成10年11月初めころから炎症所見が見られるようになっ
たが,同症状に対してブロアクト(抗菌薬)を3日間投与しても,同症状
,,,の改善が見られなかったため同月7日昼から抗生物質であるチエナム
バンコマイシンの投与に変更した(乙A1・59頁。)
ところが,同月8日になっても,依然として白血球数が2万(基準値は
4000から9000。甲B17)と高値であり,胸部レントゲンによっ
ても,肺に症状が見られず,感染源が不明であったため,被告病院担当医
師らは,亡Dが重症感染症に罹患しているとして,亡Dに対し,同日午前
10時ころから,点滴でγグロブリンの投与を開始した。すると,急に体
動が激しくなり,血圧が60/38,SPO2が79に低下した(乙A1
・64頁。被告病院担当医師は,酸素飽和度の低下は挿管チューブを噛)
んだことによる低換気であると考え,ドルミカム(鎮静剤)を増量すると
ともに,呼吸器の条件を変更したところ,その後心拍,血圧,酸素飽和度
はそれぞれ徐々に回復した(乙A1・64頁。)
被告病院担当医師は,同日午後2時から,上記体動時に点滴が外れたた
め投与できなくなったγグロブリンの投与を再開したところ,同日午後3
時ころから,亡Dの血圧及び酸素飽和度が低下するとともに,体幹や下肢
を中心として皮疹が生じた(乙A1・60,63,64頁。)
被告病院の担当医師らは,上記症状がγグロブリン製剤によるアナフィ
ラキシーショックであると判断して,ステロイド剤(ソルコーテフ)を静
注したところ,徐々に血圧及び酸素飽和度が上昇するとともに,約1時間
(,)後には上下肢の皮疹は消失ただし腹部の皮疹は午後9時ころまで継続
した(乙A1・63ないし65,67,68頁。)
被告病院担当医師らは,上記の臨床経過から,γグロブリン製剤の使用
を中止した(乙A1・64頁。)
なお,このとき,亡Dの血液検査が実施され,その際,血中の乳酸値が
3.04mmol/l(基準値2.0。以下特に単位を示さない場合はこ
。)(,(「」の単位であるであった乙A41の22鑑定人U以下U鑑定人
という・意見書(2)。。))
キ亡Dは,平成10年11月12日午前中から,心室性と思われる不整脈
が見られ,特にサクション(痰の吸引)時などに,一過性に頻脈となる症
状が見られた(乙A1・78頁。その後も不整脈の症状は見られ,被告)
病院において同日夕方にエコー及び心電図検査を行ったものの,原因はは
っきりしなかった(乙A1・80頁。)
また,同日午後11時すぎより,心室性期外収縮(PVC)及び上室性
(),()。期外収縮SVPCが頻発し血圧もやや低下した乙A1・80頁
被告病院では,これに対し,ペーシングを心房ペーシングに変更したもの
の不整脈が継続したため,心室ペーシングを125に設定したところ,不
整脈は軽減した(乙A1・80頁。)
ク同月13日の午前中,再び不整脈が発症し,心室性期外収縮及び上室性
期外収縮が見られた(乙A1・81頁。)
また,同日午後には,心室頻拍様の波形が連発したことから,被告病院
担当医師らは,亡Dの上記症状に対し,2%キシロカイン(抗不整脈薬)
の持続注入を開始したが,その後,全身にかゆみが出て顔色が不良となっ
たため,注入を中止した(乙A1・82頁。)
上記注入中止前には心室性期外収縮は抑制されていたものの,その後,
午後6時ころから,再び心電図の波形が心室頻拍様の波形となったことか
ら被告病院では午後6時30分ころ再びキシロカインを静注した乙,,,(
A1・84頁。このとき,キシロカインの注入によって,かゆみなどの)
症状は現れなかった(証人I医師(反訳書8・18頁。))
ケ亡Dは,平成10年11月14日午後7時ころから,心電図上広いQR
,,,S波形となり心室性期外収縮上室性期外収縮が散見されるようになり
午後8時過ぎころからは,心室性期外収縮が頻発するようになったため,
被告病院では,キシロカイン20mgをゆっくり静注したところ,心室性
期外収縮は消失したものの,広いQRS波は続いていた(乙A1・88
頁。)
被告病院においては,キシロカインを平成10年11月20日ころまで
投与していたが,同日午後8時ころ,キシロカインの投与を中止した(乙
A1・102頁。)
コ亡Dには,平成10年11月21日午前中から,心拍数が73に低下す
るなど,心拍間隔の不整が生じるようになったが,波形上は不整脈とはな
っていなかった(乙A1・103頁。)
また,平成10年11月23日午前2時過ぎから,モニター上不整のア
ラームが鳴り,心拍数が70から150台と激しく変動した(心拍はその
後徐々に落ち着いた(乙A1・105頁。))
サその後亡Dの入眠中に不整脈の症状が生じることが数日あったものの,
不整脈等については確認されていなかった(乙A1・105ないし115
頁)ところ,平成10年12月5日夕方ころから,心電図上不整脈の状態
が続くようになり,心拍数も190台にまで上昇するといった症状が現れ
た(乙A1・116頁。また,心電図モニター上,上室性期外収縮が頻)
発したため,被告病院では,亡Dに対し,ベッド上で休むよう促した(乙
A1・116頁。)
ところが,亡Dが夜間入眠してからも,不整脈が持続し,熟睡中であっ
ても時折心拍が130ないし160台に上昇し,上室性期外収縮も頻発し
ていたため,看護師から医師に対して診察の依頼をし,医師は,診察をし
た結果,本人に自覚症状がないため,経過観察とすることとした(乙A1
・116頁。)
亡Dの心拍は,その後落ち着いたが,時折心拍が150台に上昇し,ま
た,上室性期外収縮も見られる状態となっていた(乙A1・116頁。)
シ亡Dの心拍は,翌6日には120から130台であることが多かったも
のの心拍間隔の不整が著明であり心拍数の変動が激しくなっていた乙,,(
A1・117頁。)
なお,L医師によれば,同日のカルテに添付されたモニター心電図の記
録では,最大で心拍が200の上室性頻拍と考えられる頻拍が多発してい
ると判定できるとする(乙A1・117頁,乙A27・3頁。)
また,亡Dには胸部の自覚症状は見られなかったものの,不整脈は午前
中から継続しその後時折心拍が150ないし190台に上昇した乙,,,(
A1・117頁。これらの症状に対し,被告病院担当医師らは,同日昼)
から,ジゴシンの投与を開始した(乙A1・118頁。)
ス平成10年12月7日は,亡Dに不整脈や心拍の上昇といった症状は見
られなかった(乙A1・119頁)が,翌8日になると,日中にベッド上
でかるたをして過ごしているにもかかわらず,心拍が140ないし160
台に上昇し,不整脈が頻発し,心拍間隔の不整も著明となるといった状態
となった(乙A1・119頁。また,同日午前9時ころの心電図では,)
QRS幅の広い心室性頻拍を疑わせる所見が出て,また,上室性期外収縮
も頻発となった(乙A1・120頁,乙B27・3頁,証人G医師(反訳
書9・3頁。そこで,被告病院では,メキシチールの投与を開始する))
とともに,心臓カテーテル検査の後に,ホルター心電図を施行して不整脈
の診断を行うこととした(乙A1・120頁。)
心拍間隔の不整及び上室性期外収縮は,同日午後になっても持続してい
た(乙A1・121頁。)
セ亡Dの心拍数は,平成10年12月9日午前中には,110から130
台であったが,昼過ぎに心拍が150台となり,上室性期外収縮も時折生
じていたことから,被告病院では,同日夕方から,不整脈治療剤であるメ
キシチール(乙B12)の内服薬を投与した(乙A1・123,128,
130頁。)
このころ,被告病院循環器外科では,亡Dの頻拍等に対してはメキシチ
ールの投与が有効であると考えており,メキシチールの効果を見て,退院
することも検討していた(証人I医師(反訳書8・24頁。))
ソ亡Dは,平成10年12月10日午後4時15分ころから翌11日午後
4時15分までの間,24時間ホルター心電図により経過観察を開始され
た(乙A1・124頁,乙A15。)
亡Dは,ホルター心電図を装着されたころには,心拍は90ないし11
0と安定しており,特に自覚症状もなく,平成10年12月12日及び1
3日にも,不整脈などは見られなかった(乙A1・124,132,13
3頁。)
タ平成10年12月10日に施行された24時間ホルター心電図による経
過観察の結果は,同月14日に判明した(乙A1・134頁。)
その判定結果は,QRS波形の幅の広い頻拍症が生じているというもの
で,上室性頻拍(ワイドQRS,180bpm,最大5beats)を疑
わせる波形が現れたというものであった(乙A1・134頁,乙A24・
3頁。具体的には,次のとおりの心室性期外収縮(12回)及び上室性)
期外収縮(247回)が認められた。
心室性期外収縮10日午後4時50分,午後5時1分,午後6時8分
発作性上室頻拍10日午後10時3分,11日午前10時,10時2分
上室性期外収縮10日午後10時19分(頻発,午後11時41分,)
午後11時52分(頻発,11日午前0時38分ないし午前1時14)
分(頻発)
同心電図では,亡Dの最大心拍数が189という頻拍発作が繰り返し記
録されていた(乙A15。)
なお,I医師及びL医師は,上記ホルター心電図の結果から,反復性上
室性頻拍という状態であり,同状態が継続すると,血行動態の悪化,心不
全の誘発,心室頻拍の誘発などの可能性があり,突然死に至る場合もある
との見解であった(乙A24・3頁,証人I医師(反訳書8・24頁。))
(2)アスペノン,プリンペランの投与とその中止まで
ア被告病院循環器外科I医師,循環器内科L医師,小児内科F医師及びJ
医師は,平成10年12月14日,上記ホルター心電図の結果から亡Dに
対する治療方針を検討し,亡Dに見られた頻拍は,QRSの波形の幅は通
常の上室性頻拍症にしては広いと考えられ,心室性の頻拍である可能性も
あるのではないかと判断した(乙A1・134頁,証人J医師(反訳書7
・35頁。))
また,I医師は,ファロー四徴症の術後に長期間上室性頻拍の症状が継
続した経験がなかったことから,上室性頻拍症の原因としては,WPW症
候群の関与があるのではないかとも考えた(証人I医師(反訳書8・19
頁。))
上記検討を経て,被告病院担当医師らは,亡Dがファロー四徴症の術後
であり,上室性の頻拍であっても,不整脈による突然死の可能性が残って
おり,また,WPW症候群にも罹患していたことより,この副伝導路が上
室性頻拍症から心室性頻拍症を誘導する可能性もあったことから,亡Dに
ついては上室性の頻拍症であるからといって致死的な状態でないとはいえ
ず,上室性期外収縮,上室性頻拍に対しても治療を行うことが必要である
と判断した(証人J医師(反訳書7・29頁。))
そこで,被告病院担当医師らは,同日,亡Dに対し,心室性のみならず
上室性の頻拍症に対しても効果があるとされるアスペノンの投与を開始し
た(乙A1・134頁。投与量は,1mg/kg(亡Dの体重が約15)
kgであるため,15mg)とされた(乙A1・134頁。)
イその後の平成10年12月15日及び16日には,亡Dには頻拍症は発
現せず,ときに不整心拍が散発する程度であった(乙A1・136頁。)
被告病院では,同日,平成10年12月21日に改めてホルター心電図
を施行することとし,その予定を立てた(乙A1・136頁。)
ウ亡Dは,18日の日中は病院内を自由に歩き回っていたものの,夜に眠
()。,,れない状態となっていた乙A1・139頁また同日の様子につき
原告Bは,少し手が震えているような気がしたと考えていた(甲A10・
19頁。)
エ亡Dは,平成10年12月19日の朝から3回程度嘔吐を繰り返し,昼
ころには,多量に食事を嘔吐した。午後1時過ぎには,薬を経口で服用し
た後に,その薬も嘔吐し,飲み直しをすることとなった(乙A1・138
頁,139頁。また,同日午前11時ころからは,モニター上で上室性)
期外収縮が単発で見られるようになった(乙A1・138頁。)
被告病院のG医師は,同日午後1時ころ,亡Dの嘔吐症状に対して制吐
剤であるプリンペランの投与を開始した(乙A1・139頁,乙A43の
7。その後亡Dの嘔吐症状は治まり,午後は殆ど入眠していた(乙A1)
・139頁。)
なお,被告病院においては,小児の嘔吐に対して,プリンペランを投与
することが良く行われていた(証人J医師(反訳書7・15頁。G医))
師は,亡Dの嘔吐症状を,アスペノンとの相互作用による消化器症状であ
るとも考えられるとしたものの,ひとまず経過を観察することとした(乙
A1・140頁。)
亡Dは,同日の午後7時には嘔吐したうえ,発熱し,時折心拍が150
台となり,頻脈を来す状態にあった(乙A1・144頁。また,原告B)
は,同日,担当医に対し「右目が垂れてきている,手が震える」など,。
の異常を訴えた(乙A1・144頁。)
オ(ア)亡Dは,平成10年12月20日午前0時以降,入眠中に心拍が不
整で心拍が90台から150台までばらつく状態であり,午前3時と午
前5時には,上室性期外収縮が見られた(乙A1・145頁。)
また,眼瞼には若干浮腫が見られ,嘔吐はおさまっていたものの,倦
怠感もあるのか,直ぐに臥位になる状態であり,原告Bからは「アス,
ぺノンを内服し始めたころから手の振戦があった」との訴えがあった。
(乙A1・145,146頁。)
(イ)同日午後には,亡Dには,反応が悪く,呼びかけに対しニヤニヤ
笑っている,コップを持ったり飲んだり手を使用する際に手が震えると
,,,いった症状が現れ午後6時30分ころから座位がとれずぐったりし
唾液流嚥が見られ,意識レベルが低下するといった症状が見られるよう
になった(乙A1・146,147,151頁。)
被告病院の循環器外科のH医師らは,上記の各症状は,アスペノンの
副作用が発症したものであるとの疑いを抱き,同日午後8時すぎ,アス
ペノンの投与を中止し,経過を観察することとした(乙A1・147,
149頁。)
夜間,モニター上,心拍の不整が頻回に見られ,心室頻拍様のものも
見受けられた。上室性期外収縮も頻発し,心拍は,80台から120台
と大きく変動した(乙A1・151,152頁。)
カ(ア)亡Dは,平成10年12月21日の朝以降,手の振戦はあったもの
の,活気が上昇しており,自分で歩きたがることもあった(乙A1・1
52頁。被告病院では,同日午前9時30分から,ソリタT500c)
cにプリンペラン10mgを加えた点滴を,それまで毎時10mlで投
与していたところ,毎時30mlに増量して投与した(乙A1・153
頁,乙A43の7。)
亡Dは,同日の昼食を摂取した後,嘔吐することはなかったものの,
同日午後2時ころからろれつが回らない状態になり,手の振戦は午前中
よりも大きくなり,自分では起きあがれなくなる状態となった(乙A1
・152,154頁。被告病院担当医師らは,午後3時ころ,亡Dを)
診察し,亡Dの上記症状がプリンペランによる錐体外路症状の可能性も
あるとして,同日午後3時20分までに,プリンペランの投与を中止し
て経過を観察することとした(乙A1・153頁,乙A23・1頁。)
この時点で,プリンペランは,同月20日から21日の2日間で8mg
が投与されていた(乙A1・153頁。)
プリンペランを中止した後も,同日午後7時には,手指の振戦,上下
肢の固縮,顎の攣縮によると思われる歯ぎしり,水平方向への眼振,上
部への眼球回転などの症状が見られたが,その後の平成10年12月2
2日になると,徐々に筋固縮がとれ,行動も可能となり,振戦がなくな
るなどの状態になり,意識レベルも上昇傾向となった(乙A1・156
ないし161頁。)
(イ)一方,被告病院では,平成10年12月20日アスペノンの投与を
中止していたものの,同剤の半減期が30時間と長く,同剤の効果が残
存しているといえる状態であると判断し,同月21日午後3時30分こ
ろから,24時間ホルター心電図を施行して亡Dの不整脈の状態を把握
することとした(乙A1・153頁,乙A43の9。同ホルター心電)
図の結果,心室性期外収縮は見られなかったものの,上室性期外収縮が
7080回,平成10年12月21日午後3時36分から同日午後11
時30分,同月22日午前1時53分から午後1時42分に発作性上室
性頻拍が記録されていた(乙A16,A27・10頁。L医師は,こ)
れらの心電図の所見上,上室性頻拍がほぼ終日頻発しており,自然発生
と停止を反復する状態の上室性頻脈であると判定した(乙A27・10
頁。)
キ平成10年12月24日,アスペノンの血中濃度検査の結果が,0.1
9であって,有効血中濃度(0.25から1.25)未満の濃度であった
ことが判明した(乙A1・166頁。)
(3)インデラルの投与まで
ア亡Dは,平成10年12月27日午後から,不整脈,心拍間隔の不整が
見られるようになり,翌28日にも,心拍間隔の不整が見られるようにな
った(乙A1・171頁。また,亡Dは,平成10年12月後半から,)
咳や喘鳴が出るようになり,被告病院では,ネブライザーをかけるなどし
て対処していた(乙A1・169ないし175頁。)
被告病院における咳や喘鳴に対する検査では,活動性の炎症や胸水が見
られなかったことから同病院では同症状はかぜであると考えていた乙,,(
A1・175頁。ただし,薬の副作用を考えて,被告病院では,同症状)
に対して特に投薬をせず,必要な場合に咳止めなどの薬を処方することと
した(乙A1・176頁。)
亡Dの咳等は,その後治まってきていた(乙A1・177頁。)
イ亡Dは,平成10年12月31日午前1時30分ころから,心拍が時折
60台から70台に低下し,不整脈が発症する状態となり,また,咽頭の
喘鳴も生じた(乙A1・177,178頁。原告Bは,咽頭喘鳴に対し)
て抗生剤の投与を希望したため,被告病院では,セフゾンの内服で経過観
察とすることとした(乙A1・174,179頁。)
,,ウ亡Dの上記症状は平成11年1月2日までに治まってきていたものの
時折心拍間隔の不整があり,また,咳も聴かれた(乙A1・180頁。)
このような心拍間隔の不整及び咳は,翌3日及び4日にも継続し,4日に
は,時折,上室性期外収縮様の波形も見られた(乙A1・181頁。)
エ被告病院では,平成11年1月4日,前記平成10年12月21日のホ
ルター心電図の結果,上室性頻拍が1分以上続いている状態が続いていた
ことを踏まえて,翌5日にインデラルを投与してホルター心電図を施行す
ることとした。なお,その際,原告Bからは,今まで頻拍発作に対してイ
ンデラルの処方を受けていたものの,実際には長く飲んだことはないとの
話があった(乙A1・181,182頁。)
被告病院では,平成11年1月5日の朝に,亡Dに対してインデラル1
,,5mgを投与した後同日の午後1時49分よりホルター心電図を施行し
翌6日の昼までの間,インデラルの投与を中止して,ホルター心電図上イ
ンデラルの効果について判定することとした(乙A1・182頁,乙A4
2の10,乙A43の16。そして,同月5日朝,インデラルを投与し)
た後,亡Dに喘鳴が見られたことも踏まえ,一旦インデラルの投与を中止
し,同月6日夕方,インデラルの投与を再開した(乙A1・183頁,証
人J医師(反訳書7・27頁。上記ホルター心電図の結果,亡Dには,))
上室性頻拍,心室性頻拍を疑わせる波形が現れていた。具体的には,心室
性期外収縮が2回及び上室性期外収縮が4403回,平成11年1月5日
午後5時45分から同日午後9時56分に発作性上室性頻拍,同日午後9
時49分,午後10時9分及び午後11時18分に房室ブロックを示唆す
る波形,同月6日午前1時52分,午前3時37分から午後1時38分に
(,)。,発作性上室性頻拍が記録されていた乙A17A27・11頁また
以前と比較すると,全体的に不整リズムが目立ち,以前は認められていな
かったⅡ度の房室ブロックも見られた(乙A1・184頁。被告病院担)
当医師らは,上記ホルター心電図の結果から,頻拍等に対する治療が必要
であると判断した。
オ平成11年1月7日午後11時20分ころ,亡Dに39.4度の熱が生
じるとともに,咳及び喘鳴が見られた(乙A1・185頁。被告病院で)
は,上記の症状について上気道炎を疑い,血液検査を行ったところ,炎症
反応が上昇していた(乙A1・185頁。)
被告病院では,上記の症状及び検査の結果,インデラルの副作用である
気管支攣縮が発症しているのかの評価が困難となるため,同日いったんイ
ンデラルの投与を中止し,再開時期については,小児科の医師と相談の上
で決定することとした(乙A1・186頁。)
被告病院では,発熱等の症状に対して抗生剤を投与して経過を観察した
ところ,発熱の症状は,翌8日には治まったものの,咳及び喘鳴は残存し
た(乙A1・189頁。そこで,被告病院の小児科及び循環器外科のカ)
ンファレンスにおいて,今後の治療方針を検討した結果,咳及び炎症が治
まるまでは,薬剤の量を変更せず,その後,状態が良くなった後に,ジギ
タリスの投与を中止し,インデラル単剤を投与して不整脈の経過をみるこ
ととなった(乙A1・190頁。)
咳の症状については,中止後も継続していたことから,中耳炎又は尿路
感染によるものが最も疑われ,インデラルの副作用による気管支攣縮から
来るものとは考えにくいと判断された(乙A1・190頁。)
カその後,亡Dの咳の症状は,平成11年1月12日ころには治まってき
たものの,心電図モニター上上室性頻拍と見られる症状が出ていたことか
ら,被告病院では,ジキタリスを中止し,インデラル投与の開始を検討し
た。しかし原告Bから,亡Dの脈を聴診器で確認していたところ,脈がだ
んだん遅くなり,意識が遠のくような状態になったとの報告を受けたこと
から,徐脈の可能性も疑い,直ちに再開せず,徐脈について心電図モニタ
ーで確認しつつ,小児科の医師と相談した上で,インデラルの使用開始時
期を決定することとした(乙A1・195頁。)
,,,キJ医師は平成11年1月13日午前10時30分ころ原告Bに対し
喉がヒューヒュー鳴ったりしたエピソードは,インデラルとは関係がなさ
そうであること,不整脈に対して治療の効果を判定する必要があること,
入院中であり,モニターで監視しているため,対処することが可能である
ことから,インデラルの投与を開始する旨を説明し,同人の同意を得て,
同月13日昼より,インデラルの投与を再開した(乙A1・195頁,1
96頁。)
ク亡Dは,平成11年1月14日,モニター上,心拍間隔不整が見られる
ものの,上室性期外収縮は見られず,ときおり機嫌良く活気もあり,原告
Bから看護師に対して「調子良さそうである」との報告もあった(乙A。
1・198頁。)
ケところが,翌15日,亡Dに嘔吐や咳が出るといった症状が現れた(乙
A1・198頁。これに対して,被告病院の小児内科の医師が亡Dを診)
察したものの,特に問題がないと診断された(乙A1・198頁。その)
後,亡Dの咳は改善し,食欲も良好となっていた(乙A1・199頁。)
コ亡Dは,平成11年1月16日の午前中には,心拍間隔の不整が見られ
たものの,活気は良好であり,嘔吐もなかった(乙A1・199頁。と)
ころが,同日昼ころ,原告Bから,右眼周囲に眼瞼浮腫が見られ,口唇浮
腫,多呼吸などの症状が発現したとの話があった(乙A1・200頁。)
,,また心電図モニター上一過性に心拍数が150以上となったこともあり
12誘導心電図を施行したところ,房室伝導がよくない,心拍上の感覚が
せまくなったり延長したりする,といった症状が見られ,心房性の期外収
縮が発症したものと判断された(乙A1・200頁。ウェンケバッハ型)
ブロック様の不整脈も認められ,上記の症状なども考慮すると,アレルギ
ー性の原因も考えられ,インデラルの副作用を完全に否定できなかったこ
とから,翌朝よりインデラルの投与を中止し,ジギタリスの投与を開始す
ると決定した(乙A1・201,202頁。)
(4)平成11年1月17日以降
ア亡Dは,同月17日にも不整脈が見られたほか,若干眼瞼の下垂が見ら
れ,原告Bからは,視線が合わないことがある,無表情で,時々呼吸が荒
くなったり,顔面蒼白となる,眼瞼と口唇が腫れているとの訴えがあった
(乙A1・203頁。また,同日午後6時30分ころ,亡Dの状態は,),
会話はできるものの,目がうつろな感じであった(乙A1・205頁。)
イ(ア)亡Dは,同月18日昼ころ,食事をしている最中に「怖い」と叫ん
でぶるぶる震えて顔面が蒼白になるといった状態になった(乙A1・2
06頁,証人K医師(反訳書10・1頁。そこで,バイタルサイン))
を検査したところ,心拍は120,血圧は収縮期が114,拡張期が5
6,体温は37.2度で,呼吸が荒い状態であったが,アルカローシス
は認められなかった(乙A1・206頁。)
また,このころから右下肢の硬直が見られ,自力で病棟を歩きづらく
なるといった症状も現れ(乙A1・222頁,証人K医師(反訳書10
・1頁,眼球の回転が異常になるといった症状も生じていた(証人))
K医師(反訳書10・1頁。))
K医師は,このころの亡Dについて,自動的な活動性に乏しく,表出
する語彙が少ない,表情に乏しいものであり,このような原因不明の神
経症状が消退,増悪を繰り返しながら,全体として悪くなっているとい
った印象をもっていた(証人K医師・反訳書10・1頁,15頁。())
K医師は,上記の症状の原因が判明せず,インデラルの副作用とは考
えがたいものの,発作時の心拍等を把握できていないと考えており,I
CU症候群ほどではないものの,表情が硬く,変な印象が読みとれると
考えており,ホルター心電図及び脳波(器質的疾患を否定する意味で)
の検査を行うことが考えられると判断した(乙A1・207頁。)
同日午後6時35分に頻拍(心室頻拍様)のアラームが鳴り,K医師
がベッドサイドに到着すると,亡Dの状態はぼーっとしており,やや表
情が乏しく,息も荒い状態であった(乙A1・208頁。E医師は,)
上記心電図に心室性期外収縮2連発が散見されるため,メキシチールを
再開することとした(乙A1・208頁。)
(イ)同月19日午前にも,亡Dは「怖い」と言って震え出す状態にな,
った。モニター上,心拍数は190台と上昇し,心室性期外収縮が2連
発で見られ,呼吸も荒く,表情も硬い状態となったが,声を掛けると,
すぐに落ち着いた。症状出現時に,同室の患児が膨らませていた風船が
割れたというエピソードがあったため,被告病院担当医師らは,精神的
な不安定さもあり,細かなことが誘因となって心拍数が上昇しやすい状
況にある旨説明した(乙A1・211頁。)
ウ亡Dは,同月20日にも,表情が硬くなりふらつきが見られるようにな
り,同月22日に至っても,表情の変化が乏しい状態であった。被告病院
担当医師らは,亡Dの症状が,心因性のものである可能性もあると疑い,
亡Dに対して,1日個室で家族と過ごしたり,外泊することを許可し,外
泊の前後の様子の変化を見て,経過を観察することとした(乙A1・21
4ないし216頁。亡Dは,同月22日,午前中を家族と共に個室で過)
ごした後,同日午後1時30分ころから,家族で筑波山にドライブに外出
し,同日夜は近くのホテルに外泊した(乙A1・214頁。)
エ一方,K医師は,平成11年1月22日,上記の亡Dの症状につき,脳
,,,の疾患の有無を検査するため同月25日に脳波検査CT検査を予約し
28日に小児心療内科の専門医であるV医師の外来を予定した(乙A1・
215頁。)
亡Dは,同月22日,外出後も表情に変化がなく,また,歩行が困難で
,。,,あるため原告Bに抱えられて移動する状態であったまた同月23日
ホテルから帰院した際「家に帰りたい」と本人が言うとの訴えがあった,
ため,被告病院のK医師は,亡Dに対し,自宅に一泊することを許可した
(乙A1・214,217頁。)
,,,,,オ亡Dは同月24日自宅で外泊して帰院したが顔色は不良であり
一点を見つめている感じで,直ぐにベッドに横になり,時々生あくびをす
る状態であった(乙A1・218頁。同月25日も,表情が硬く,自分)
から話しかける状態ではなかったが,声掛けをすれば返答する状態であっ
た(乙A1・219頁。)
被告病院担当医師らは,同日,亡Dの脳につき,脳波の検査及びCT検
査を行ったところ,脳波には特段の異常は認められなかった(乙A1・2
20頁。)
また,K医師は,平成11年1月26日までには,前日撮影された脳C
Tの画像について,平成8年9月11日に撮影されたCTを参照して,明
らかな器質的な病変は認めず,脳室等の形状にも著変を認めないと判断し
た(乙A1・220頁,乙A35の2。)
平成11年1月25日撮影のCT画像について,被告病院の放射線科の
医師は,平成11年1月25日,異常なしとの報告をしており(乙A35
の2,被告病院小児神経科専門医のO医師も,後方視的に見れば,脳幹)
部と思われる部分に微少な病変が見られるものの,同日の段階で病変があ
ると判断することは困難であるとしている(証人O医師(反訳書11・1
9頁。))
カ亡Dは,平成11年1月26日から28日までの間,外泊した。帰院し
た同月28日,原告Bからは,家では発作はなく,表情も徐々に柔らかく
なってきて,右足の硬直もだんだんほぐれてきたとの報告があった(乙A
1・220,221頁。)
亡Dは,同月28日,心療内科のV医師の診察を受けた。V医師は,同
月11日及び同月18日のエピソードなどから,急性ストレス障害と診断
(ただし確定診断ではない)し,外泊で落ち着いてきているので,外泊。
を続ける,下肢について家庭でリハビリ的療法を行うなどして経過観察を
する治療方針とした(乙A1・222,228頁,乙A28・3頁,証人
K医師(反訳書10・4頁,22頁。))
なお,この診断名は,器質的疾患を除外した上で,心因反応であるとす
れば,術後の状況,術後において,ストレス反応の症状を呈することもあ
るとのV医師(小児の心療内科)の意見に従って付されたものである(証
人K医師(反訳書10・22頁。))
キ被告病院担当医師らは,同日ころ,亡Dの症状がストレスによるものと
も考えられ,頻拍についても特に問題がなくなっているとして,亡Dに対
して引き続き外泊を許可し,亡D及び原告らは,平成11年2月2日まで
外泊した(乙A1・223頁。)
亡Dは,平成11年2月2日,外泊から帰院したが,その際,気分は暗
く目を合わせようとせずほとんど話さないなどの症状が現れていた乙,,(
A1・223頁。原告らは,再度外泊することを希望したため,被告病)
院では,ホルター心電図を装着することとして,2月4日まで外泊を許可
した(乙A1・223頁,証人K医師(反訳書10・19頁。)
ク原告Bは,平成11年2月4日に外泊から帰院した際,亡Dが家でほと
,,,,んど眠っており食事も23口しか食べなかった開眼したまま臥床し
親からの話しかけに対しても返答が悪い状態となったと報告した(乙A1
・223頁。)
V医師は,同日,亡Dを診察し,亜昏迷状態ではないかと診断し,栄養
状態の確保,最低限脱水の補正,セルシン及びトリプタノールの投与及び
()。,脳波のチェックが必要であると判断した乙A1・224頁K医師は
上記診察の結果を受けて,点滴による栄養剤の投与を開始するとともに,
()。セルシンのみの内服を翌日より開始することとした乙A1・224頁
ケ亡Dは,平成11年2月5日には自力で座ることが不可能となり,仮面
様の表情は変わらず,9日には再び昏迷が続き,午後からは,揺すっても
開眼しない程度になった(乙A1・225,230頁,証人K医師(反訳
書10・5頁。さらに翌10日になると,対光反射がマイナスとなっ))
た(乙A1・234,250頁。)
コ亡Dの上記症状は同月11日になっても継続していたため,被告病院で
は,亡Dの脳波を検査し,MRI検査を行う予約をする計画を立て,その
旨を原告らに説明した(乙A1・235,237頁。)
,,,,また同月12日V医師からメールで亡Dに対する食事等について
現在の亡Dの状態で低栄養状態が進行すると,全身状態が極度に悪化する
おそれがあり,経管栄養又は中心静脈栄養による非経口的な栄養(結論と
しては経管栄養)を行う必要があるとの回答がされた(乙A1・240
頁。)
サ被告病院担当医師らは,上記の亡Dの状況に対し,脱水や低栄養がより
意識状態の悪化を招くと判断し,点滴として,ソリタから,フィジオゾー
ル及びビタミン剤であるソービタ一式に点滴ボトルを変更して投与を開始
することとし,平成11年2月13日午前2時から,同剤の投与を開始し
(,,())。た乙A1・242頁乙A28・6頁証人K医師反訳書10・6頁
ソービタの投与を開始した後の午前2時30分ころ,亡Dの心拍が14
0から150台に上昇したことから,点滴のボトルをフィジオゾールのみ
のものに変更したものの,心拍数に変動はなかった(乙A1・248頁,
乙A28・5頁。)
その後午前3時ころになると,顔,首,体幹(上半身)に,直径5mm
ないし1cmの膨隆疹が発症したため,被告病院では,点滴のボトルを前
日に使用していたソリタに変更した(乙A1・242,246頁,乙A2
8・4頁。)
亡Dは,午前3時30分ころ,血圧が機械では測定できない状態になっ
たため,血圧を手動により測定したところ,血圧が76/53,SatO
2が97%となり,脈も弱く,意識も声掛けに目でうっすらと反応する程
度になっていた(乙A1・242,243頁,乙A28・4頁。)
上記症状はソービタに対するアレルギー反応と考えられたため,被告病
院では,ステロイド剤であるソルコーテフ100mgを静注したところ,
15分後の午前3時45分には,血圧が120/80台となり,心拍数も
(,)。,,140台となった乙A1・242246頁その後被告病院では
アタラックスPの投与,痰の吸引を行ったところ,午前4時30分には,
皮疹も消退傾向となった(乙A1・243頁。)
,,,サその後亡Dの症状は平成11年2月13日午前7時30分ころには
血圧が収縮期で150,拡張期で98,心拍数は119,呼吸数が20回
/分,体温が38.6度となり,対光反射,睫毛反射が消失し,呼び掛け
にも無反応となるなど意識レベルが低下していたことから,被告病院担当
医師らは,脳浮腫の可能性を考え,意識障害の精査のため,同日午前8時
ころ,CT検査を行った(乙A1・245頁,乙A28・4頁。)
上記CT検査の結果,脳幹部に低吸収域が存在し,同所見は,平成11
年1月25日に撮影されたCT画像にも存在していたものの,今回撮影さ
れたものの方が明らかであった(乙A1・246,250頁。また,脳)
波も,活動性が低下し,徐波が2月10日よりも著明となっていた(乙A
1・250頁。被告病院の脳神経外科の診断では,平成11年2月13)
日午前2時以降のアレルギー反応による血圧低下が70/50であったこ
とからすれば,それによる虚血性変化は考えにくい,というものであった
(乙A1・246頁。)
また,被告病院における検討の結果,今回の症状では,ソービタと思わ
れる薬剤アレルギーのエピソードに血圧低下があったものの,収縮期が7
0台であったこと,心停止又は心停止に近い状態がなかったことからすれ
ば,このような症状から脳炎,脳症等の症状を起こしたとは考えがたく,
また,1月25日に撮影されたCT画像でも,脳幹部が低吸収域に見える
ことからすれば亡Dの脳浮腫は進行性のものではないかと判断された乙,(
A1・251頁。)
O医師は,平成11年2月13日午後,亡Dの症状につき,CT画像で
脳幹のうち橋上部から中脳までが黒く見えるが,この原因は不明であり,
,,(,ミトコンドリア脳筋症多発性硬化症膠原病ただし後2者については
年齢からすれば頻度は少ない)等の可能性があると判断した(乙A1・。
257頁。)
O医師らは,同日午後8時ころ,デカドロン(浮腫に対する治療薬)に
ついてブリックテストを行って陰性であることを確認した後,原告らに対
して,亡Dの症状については,脳幹の浮腫である可能性が否定できず,浮
,,腫に対してデカドロンを使用するのであれば今から使用した方がよいが
感染を助長する可能性がある等の副作用があることを説明した上で,デカ
ドロンの使用を開始した(乙A1・259頁。)
シ亡Dは,平成11年2月14日には,深昏迷状態で対光反射はなくなっ
ていた(乙A1・245頁。また,このとき,亡Dの血液検査の結果,)
乳酸値が2.83,4.66と高値となっていた(乙A1・263,26
5頁。)
K医師は,亡Dの乳酸値が高いことから,代謝性疾患も鑑別診断の対象
になるとして,さらに検査を行う必要があると考えていたが,高乳酸血症
があるならば,脳幹に限局した梗塞様のCT所見もあるため,ミトコンド
リア脳筋症の可能性が高くなると考えていた(乙A1・265頁。)
スその後も,亡Dの意識障害は継続し,平成11年2月22日ころには,
乳酸値等が高値(血中乳酸値31.5mg/dl,ピルビン酸2.37m
g/dl)であって高乳酸血症であることが判明したたため,被告病院で
は,ミトコンドリア脳筋症が最も疑わしいと考え,今後も症状が改善され
ないようであれば,ステロイド・パルス療法や,ジクロロ酢酸ナトリウム
(DCA)の投与を考えていることを原告Bに対して説明した(乙A1・
291ないし321頁,乙A23・3頁。)
セ被告病院担当医師らは,平成11年2月26日,ミトコンドリア脳筋症
の検査として,筋生検を施行したところ,赤色ぼろ繊維(ragged-redfi
),。,()berが見られたが陽性率は低いとされた同日MRIフレア画像
検査をしたところ,脳幹浮腫自体は軽快していたものの,病変の広がりは
著明であり,小脳等に病変が散在的に認められた(乙A1・327,32
8頁。)
ソ被告病院担当医師らは,平成11年2月27日午前11時から,ミトコ
ンドリア脳症に対する治療として,ジクロロ酢酸ナトリウムの投与を開始
した(乙A1・329頁,証人O医師(反訳書11・17頁。))
,,.,同投与開始後血中乳酸値は午前11時ころに45であったものが
.,.,.午後7時ころには35となり翌28日には1953月1日には0
697となり,髄液中の乳酸値も,5.87から1.51と低下した(乙
A1・330ないし344頁。)
タ亡Dは,平成11年3月9日のMRI検査の結果,大脳及び小脳の病変
部には縮小が見られ,脳の病変部は一部改善されたものと判断された(証
人O医師(反訳書11・17頁。))
チその後,亡Dに対しては,ステロイド・パルス療法が施行されたが亡D
は,意識を回復することなく,平成11年11月23日,被告病院におい
て死亡した(乙A1・4頁。)
ツなお,平成17年2月8日,本訴の鑑定手続きにおいて,鑑定人W(以
下「W鑑定人」という)及びU鑑定人が,亡Dの検体のミトコンドリア。
DNA(以下「mtDNA」という)塩基配列を調査したところ,ミト。
コンドリア脳筋症の患者の組織に存在し,MELAS,Leigh症候群
の病的遺伝子として報告がある,13513番目の遺伝子情報がグアニン
ではなくアデニンになるという変異が,亡DのmtDNAに存在している
ことが判明した(鑑定・1ないし10頁,W鑑定人意見書(1),U鑑定人
意見書(1)。)
2以上の事実を前提に,まず,争点(1)(アスペノンの投与自体の注意義務違
反の有無)につき判断する。
(1)原告らは,平成10年12月14日ころの亡Dには致死性の不整脈はな
く,アスペノンを投与する必要がなかったにもかかわらず,被告らは,亡D
に対し,小児に対して安全性が確立していないアスペノンを投与した注意義
務違反があると主張する。
(2)確かに,平成10年12月10日から同月14日の亡Dの診療録には,
,「」(),連日不整脈なしとの記載があること乙A1・124ないし134頁
,「,。」アスペノンの添付文書には幼児小児に対する安全性は確立していない
との指摘があること(甲B1,2)が認められる。
(3)しかしながら,前記1(1)に認定した事実及び証拠によれば,以下の点が
認められる。
アアスペノン投与前の亡Dの状態は,上記ファロー四徴症根治術後の遠隔
期にあり,同時期は,頻脈等を原因とする突然死の可能性があるとされて
いる時期にあった(ファロー四徴症根治術後の患者は,手術後の経過が良
好であっても,遠隔期に一定の割合で突然死することが報告されており,
その原因の一つとして心室性不整脈の関連が考えられている。また,。)
亡Dは,乳児期のWPW症候群の既往があり,平成10年6月25日,副
伝導路に対するカテーテル焼灼術が施行され,これによりデルタ波が消失
した経緯があった(乙A1・2頁,乙B2・654頁,乙B8・1152
頁,乙A24・2頁。)
イ亡Dには,前記1(1)のとおり,上記根治術の前後に,頻脈,心室性,
上室性期外収縮などの症状が発症したため,平成10年11月13日から
同月20日までの間,キシロカインの投与によって頻脈を抑制する治療が
。,,,行われていたところがその後平成10年12月5日になると不整脈
心拍の上昇,上室性期外収縮などが見られるようになり,翌6日からメキ
シチールの投与によっても,同月9日に至るまで,頻拍が認められる状態
。,,であった被告病院ではこのような亡Dの不整脈の状態を判定するため
同月10日から11日にかけてメキシチール投与下24時間ホルター心電
図を実施し,その結果,同月14日には,心室性期外収縮12回,上室性
期外収縮247回が認められ,心室性頻拍症については押さえられていた
ものの,上室性頻拍が繰り返し見られるといった所見が出ていたというの
である。
そうすると,この時点で亡Dには,メキシチールを投与してもコントロ
ールできない不整脈,少なくとも上室性頻拍が頻発しており,これに心室
性期外収縮も混じるという症状が見られたといえる。
ウそして,先天性心疾患の手術後に突然死が生じることがあり,その原因
は明らかではないものも少なくないが,致死的不整脈が原因と考えられる
ものが多く,なかでも心室性頻脈性不整脈,上室性頻脈性不整脈,高度房
室ブロックなどが関連していると考えられていること(乙B7・221
頁,術後の不整脈発生の主な危険因子として心室性又は上室性不整脈,)
刺激伝導障害の発生が挙げられていること(乙B7.222頁,WPW)
,,,症候群患者のうち突然死のハイリスク群としては心房細動発作を有し
副伝導路の順行性伝導能が良好な患者をハイリスク群と定義することが多
いこと,この定義を満たさない場合であってもリスクがないわけではない
こと(乙B1・156頁,ファロー四徴症根治術後の患者は,手術後の)
経過が良好であっても,遠隔期に一定の割合で突然死することが報告され
ており,その原因の一つとして心室性不整脈の関連が考えられていること
(乙B2・654頁,乙B8・1152頁,乙A24・2頁,若年者で)
は,心房から心室への伝導が良好であるため,心房性の頻拍を生じると,
心室頻拍,心室細動が誘発されて突然死に至る場合もあること(乙B9・
1176頁,生活の質や罹病率を考えると,上室性頻脈性不整脈や徐脈)
性不整脈にも注意を払う必要があり(乙B2・655頁,上記手術後の)
,()術後管理として不整脈に対する管理が重要となること乙A24・2頁
という医学的知見が存在した。
エ以上によれば,上室性頻脈は,通常であれば経過観察により対応できる
ものとされていたとしても,亡Dのように,ファロー四徴症の根治術後で
あって,突然死の可能性が指摘されており,しかも心筋の伝導障害である
WPW症候群に罹患していた経歴を有する患者であって,焼灼術後とはい
え,別の副伝導路による機序も直ちに否定できない状況であり(乙A1・
2頁,また,若年者であって,心房から心室への伝導が良好であるとの)
指摘があるような場合には,必ずしも上室性頻拍に対して経過観察してい
れば足りるというものではなく,上室性頻拍が心室性頻拍を引き起こし,
その結果,突然死に至ることもあり得ることを想定して,メキシチール以
外のコントロール可能な薬剤の投与が望ましいと判断することも,合理性
があると認められる。
オまた,薬剤の選択にあたって,アスペノンは,心室性頻拍にも,上室性
頻拍にも適応のある薬剤として,小児期における不整脈の治療薬として,
文献にも紹介されており(乙B4・856ないし860頁,亡Dに対す)
る投与量は,文献等に記載のある投与量(静脈注射の場合で1.5∼2m
,。,g/kg経口の場合で初期に1∼3mg/kg/日乙B4・860頁
B7・228頁)の最低限に止まっていたと認められる。
以上のような経過に照らせば,上記のような症状経過を有する亡Dが頻拍
による突然死となるのを避けるため,上室性頻拍に対処しつつ,心室への伝
導を防ぐ必要性があると判断し,上室性頻拍及び心室性期外収縮のいずれに
も対処しうる抗不整脈薬として,平成10年12月14日からアスペノンを
,,投与したことは医師としての合理的な裁量の範囲内の判断であったといえ
被告病院担当医師らに注意義務違反はない。
(4)アこの点に関し,原告らは,平成10年12月10日から14日にかけ
て,致死性の不整脈は見られなかったのであり,カルテにもその旨の記載
があるとする。
しかしながら,カルテの記載は,いずれもその時点において不整脈が見
られなかった旨の記載であるにすぎず,同記載があることをもって,上記
の期間中,亡Dにまったく不整脈が見られなかったとはいえない上,上記
認定のとおり,本件においては,上室性期外収縮,上室性頻拍に対処する
必要が生じていたものであるから,致死性の不整脈というものが見られな
かったからといって,アスペノンの投与を否定することにはならないとい
うべきである。
イまた,原告らは,アスペノンが小児に対して安全性が確立していない薬
剤であると主張し,効能書には,その旨の記載があることは前記認定のと
おりであるが(甲B1,文献等には,小児に対してアスペノンを投与す)
る場合があることを前提として,推奨投与量を設定する記載も見られると
ころであって(平成9(1997)年に発刊された「小児科診療(乙B」
7)によれば「アプリンジン(アスペノン)は,成人領域では新しいと,
いえない抗不整脈薬であるが,最近小児の上室性頻拍にも使用されるよう
になった「わが国での報告では,小児投与量は(中略)6歳以上は1。」
∼1.5mg/kg/dayの分3経口で,上室性頻拍7例中5例に有効
で副作用はなかった」と記載されている。乙B7・228頁,安全性が)
確立していない薬剤であるとしても,そのことによって直ちに亡Dに対し
てアスペノンを投与してはならないということにはならない。
(5)よって,アスペノンを投与したことについて,被告の義務違反を認める
ことはできない。
3次に,引き続き,争点(4)(平成10年12月18日の時点でアスペノンの
投薬を中止すべきであったのにこれを怠った注意義務違反)につき判断する。
(1)原告らは,平成10年12月18日の時点で,亡Dには,食欲不振,手
の振戦,不眠などといった,アスペノンの副作用と思われる顕著な症状が見
られたのであるから,この時点でアスペノンの投薬を中止すべきであったに
もかかわらず,被告にはこれを怠った義務違反があると主張する。
(2)そこで,検討するに,確かに前記1(1)で認定したとおり,アスペノンの
投与が継続していた18日には,手が震えるような症状,不眠があったこと
が認められ,また,アスペノンの重大な副作用として催不整脈等が,その他
の副作用として,精神神経系として,振戦,めまい,ふらつき,しびれ感,
言語障害などの症状が,消化器として,悪心,嘔吐,食欲不振などの症状が
生じるとされ,本剤の投与中に手指振戦,めまい,ふらつき等の精神神経系
症状が発現し,増悪する傾向がある場合には,直ちに減量又は投与を中止す
ることとされていること(甲B1・1,2頁,甲B2・83,84頁)が認
められる。
(3)しかしながら,平成10年12月14日ころからアスペノンを投与すべ
き必要性があったことは前記2に認定したとおりであり,現実にその効果は
生じていたのであるから,これを中止するかどうかは,その必要性と副作用
の重大性との如何に関わるところ,同月18日における手の振戦は,診療録
等に記載されていない程度のものであり,不眠についても,同月18日の時
点では,その程度が,抗不整脈薬を直ちに中止しなければならないほどに重
大なものであったとまでは認められないから,これらの臨床所見から直ちに
アスペノンの副作用が発症したと疑って,アスペノンの投与を中止すべき義
務があるとまではいえない。
また,アスペノンの投与後,同月18日の時点で,亡Dに不整脈が生じて
いなかったとしても,それは,上室性頻拍がアスペノンによって抑制されて
いる状態であるとも考えられるから,上室性頻拍に対する治療を継続すべき
か否かについて検討するため,この時点でアスペノンの投与を継続しつつ経
過を観察することとしても,被告病院担当医師らに注意義務違反があるもの
と認めることはできない。
なお,前記認定のとおり,亡Dには,その後同月19日に嘔吐,同月20
日に眼瞼浮腫が発現したため,その時点で,被告病院の医師らはアスペノン
,,,,の副作用を疑い投薬を中止しているがそのことから同月18日時点で
直ちにアスペノンを中止すべきであったと認めることはできない。
(4)よって,同月18日の時点で,アスペノンの投薬を中止しなかったこと
について,被告の義務違反を認めることはできない。
4次に,争点(3)(プリンペランの投与自体の注意義務違反)について判断す
る。
(1)原告らは,被告には,亡Dが薬剤アレルギーを起こしやすい体質である
ことを十分認識していたにもかかわらず,嘔吐症状に対して,小児に対して
錐体外路症状が発現させやすいとされているプリンペランを投与した注意義
務違反があると主張する。
(2)確かに,前記1(1)で認定したとおり,平成10年12月17日から18
日にかけて,亡Dには手のふるえや食欲不振,不眠といった症状がみられた
こと,同月19日の朝から昼過ぎにかけて嘔吐症状が生じており,これらが
アスペノンの副作用とも合致することからすると,被告病院担当医師は,同
月19日の時点で,これらの症状がアスペノンの副作用によるものか疑うこ
とができたとも考えられる。また,プリンペラン(メトクロプラミド)は,
消化機能を司る脳幹部に作用して,消化器の機能的反応又は運動異常を改善
し,悪心,嘔吐,食欲不振,腹部膨満感等の症状を緩解する薬剤であり(甲
B3・1頁,プリンペランの成分に対し過敏症の既往歴のある患者に対し)
,,,ては使用が禁忌とされ小児に対しては錐体外路症状が発現しやすいため
過量投与にならないように注意し(1日当たり0.38∼0.53mg/k
g。甲B3・1頁,特に,脱水状態,発熱時には注意することとされてい)
ること(甲B3・1頁,B4・2160頁,B9・408頁,重大な副作)
用として,まれに(0.1%未満,咽頭浮腫,呼吸困難などのアナフィラ)
キシー様症状や,意識障害が現れることがあり,その他の副作用として,ま
れに手指振戦,筋硬直,頚部等の攣縮,眼球回転発作等が現れることがある
こと(甲B3・1頁裏)という医学的知見が存すること,亡Dは,平成10
年11月8日に投与されたγグロブリンによって,アナフィラキシーとも思
われる症状を呈していたことを併せ考えれば,被告病院担当医師は,この時
点で嘔吐症状に対して,プリンペランを投与せず,アスペノンを中止すると
いう選択肢も十分に考えられるところである。
(3)しかしながら,プリンペランは,副作用も指摘されているものの,鎮吐
剤としては,小児科領域においても多く使用されている薬剤であって,特殊
()。,,なものとはいえない乙B16・2005頁またアスペノンの投与は
亡Dに生じていた上室性期外収縮や上室性頻拍に対処するためのものであ
り,頻拍による突然死を避けるための薬剤とされていたことは前記2で判断
したとおりであるところ,その効果や,継続の必要性については,未だ判定
されていなかったこと,亡Dに対するアスペノンの投与量は,成書に記載さ
れた小児に対する投与量のうちの最低量であり,アスペノンの副作用として
嘔吐が挙げられてはいるものの,成書(甲B2・84頁)によれば,精神神
経系症状が発現し,増悪する傾向がある場合には中止すると記載されている
のみであって,精神神経症状が発現したら直ちに中止すべきであるとはされ
ていないことからすれば,亡Dに嘔吐の症状が生じた時点で,不整脈への対
処を優先してアスペノンの投与を継続しつつ,対症的に嘔吐に対してプリン
ペランを投与するといった選択肢を採用したとしても,直ちにその判断が医
師としての裁量を逸脱したものとはいえず,被告病院担当医師らに注意義務
違反があったとまではいえない。
また,亡Dには,γグロブリンでアナフィキラシーとも思われる症状が見
られたこと,アスペノンの投与後,嘔吐の症状が生じたことは前記認定のと
おりであるが,そのことから直ちにプリンペラン投与が禁忌とされるわけで
はないから(甲B3,4,これにより,前記のように,アスペノンの投与)
を継続しつつ,嘔吐に対してプリンペランを投与するという選択肢を採用し
たことが,医師としての注意義務違反になるとは認められない。
(4)よって,同月19日,プリンぺランを投与したことについて,被告の義
務違反を認めることはできない。
,()5次に争点(5)プリンペランの投与を中止しなかった注意義務違反の有無
につき判断する。
(1)原告らは,平成10年12月20日の夕方に嘔吐が治まった時点又は遅
くともプリンペランの副作用と考えられる錐体外路症状が発現した時点で,
直ちにプリンペランの投与を中止すべきであったにもかかわらず,被告病院
担当医師らにはこれを怠った注意義務違反があると主張する。
(2)そこで検討するに,前記1(2)に認定のとおり,被告病院は,平成10年
12月14日から亡Dの不整脈に対しアスペノンを投与することにより対応
していたところ,同月19日に嘔吐症状が生じたため,これに対処すること
を目的として同日にプリンペランを投与し,その後,嘔吐は治まっていたも
のの,平成10年12月20日に至って,眼瞼浮腫,手の振戦,意識レベル
の低下といった症状が発症したことが認められることからすれば,プリンペ
ランの副作用に関する前記4の医学的知見に照らし,この時点でプリンペラ
ンの副作用が生じているのではないかとの疑いを抱く余地も十分にあったと
ころではある。
(3)しかしながら,前記3に認定のとおり,当時投与していたアスペノンの
副作用にも,嘔吐症状以外に,手の振戦などの精神神経系症状が挙げられて
いるところ,亡Dには,プリンペランを投与する前から,手の振戦,嘔吐と
いった副作用と見られるような症状が出ていたこと,原告Bも「アスペノ,
ンを内服し始めたころから手の振戦があった」と訴えていたことが認められ
るから,被告病院において,亡Dの前記症状が,アスペノンの副作用による
,,ものではないかとの疑念を抱きまずアスペノンの投与を先行して中止して
そのまま経過を観察するという選択を行うことにも,十分合理性が認められ
,,,ることからすれば平成10年12月20の時点ではアスペノンを中止し
プリンペランの投与を継続して経過観察するといった判断を行うこともま
た,医師としての裁量の範囲内の判断であるといえ,この時点でプリンペラ
ンの投与を中止しなかったとしても,医師としての注意義務に違反したとは
いえない。
なお,前記1(2)に認定のとおり,その後,平成10年12月21日の午
前中になると,亡Dは,手の振戦はあったものの活気が上昇している状態と
なり,同日昼の昼食後にも嘔吐することはなかったなど,症状が落ち着いた
状態であったが,同日午後2時に至ってろれつが回らない,手の振戦が大き
くなるなど,アスペノンを中止したにもかかわらず,神経系統の症状を疑わ
せる症状が大きくなったことから,被告病院担当医師らは,同日午後3時2
0分に,プリンペランの副作用を疑って,プリンペランの投与を中止したこ
とが認められる。しかしながら,これらの経緯に照らせば,被告病院として
は,プリンペランの副作用と思われる錐体外路症状と見られる症状が明確に
なったことから,直ちにプリンペランの投与を中止したものといえ,その時
期が医師としての注意義務に違反して遅れたものと言うことはできない。
(4)また,原告らは,亡Dには,γグロブリンにアナフィキラシーの症状を
呈するなど,プリンペランを投与することによって副作用が発現する可能性
が高かったのであるから,嘔吐が治まった場合には,直ちにプリンペランの
投与を中止すべき注意義務があったと主張する。しかしながら,γグロブリ
ンの投与によってアナフィラキシーが生じていたとしても,そのことから直
ちに亡Dがプリンペランに対してアナフィラキシーを起こしやすくなると認
めるに足りる証拠はないし,前記のとおり亡Dは,同月19日と20日に嘔
吐を繰り返していたのであり,それに対してプリンペランが投与されたので
あるから,その後嘔吐が治まったからといって,それがプリンペランの効果
であるかを見極める必要があるから,直ちにプリンペランの投与を中止すべ
き注意義務があると認めることは相当ではない。
なお,原告らは,被告のG医師が,小児科等の他の医師に相談することな
く,独断でプリンペランの投与を継続したことを問題とするが,他の医師に
相談しなかったことが,直ちに診療契約上の義務違反となるわけではないか
ら,原告らの主張は採用できない。
また,原告らは,G医師がプリンペランの大量投与を継続したと主張する
が,前記1(2)に認定のとおり,プリンペランは,同月20日から21日に
かけて合計8mgが投与されていたものであって(乙A1・153頁,小)
児の場合1日0.38から0.53mg/kg(亡Dの体重(約15kg),
で換算すると1日5.7mgから7.95mg)の用量基準(甲B3)に照
らして過量とは言えないから,原告らの主張は採用できない。
(5)よって,同月20日,被告が,プリンペランの投与を中止しなかった義
務違反を認めることはできない。
6次に,争点(2)(インデラルの投与自体の注意義務違反の有無)につき判断
する。
(1)原告らは,亡Dに重篤な不整脈が発生していなかったこと,アナフィラ
キシーの履歴があったことから,亡Dに対して,平成11年1月5日からイ
ンデラルを投与したことには,注意義務違反があると主張する。
,,,,(2)確かに証拠によれば平成11年1月1日から3日まで診療録には
時折心拍不整ありとの看護師の記載が見られる程度で,医師による不整脈に
ついての記載が存しないこと(乙A1・179頁,前記1(1)に認定のよ)
うに,平成10年11月8日,亡Dは,γグロブリンの投与に対し,アナフ
ィキラシー様の症状を呈したことがあったこと,インデラル(塩酸)プロ(
プラノロール)は,代表的なβ遮断剤であり,本剤の成分に対し過敏症の既
往歴のある患者,気管支喘息,気管支痙攣のおそれのある患者には禁忌とさ
れていること(甲B5・1頁表,乙B17・15頁,重大な副作用として)
,(.),(.)はときに01ないし5%気管支痙攣が生じまれに01%未満
呼吸困難,喘鳴が現れることがあること(甲B5・1頁裏,甲B6・190
1頁,乙B17・25頁,アナフィラキシーの既往歴のある患者で,本剤)
又は他のβ遮断剤投与中に発生したアナフィラキシー反応の増悪を示し,ま
た,エピネフリンによる治療に抵抗性を示したとの報告例があるとされてい
ること(甲B5・2頁表,乙B17・31頁,平成12年10月改訂にか)
(),,,かるインデラルの能書甲B6にはインデラルの低出生体重児新生児
,()乳児幼児又は小児に対する安全性は確立していない甲B6・1902頁
と記載されていることが認められる。
,,,,そして亡Dにはインデラルを投与した1月5日喘鳴が見られたため
E医師がインデラルの投与を中止したこと,同月7日には発熱と喘鳴,咳が
見られたため,インデラルの投与が再度中止され,その後同月13日再開さ
れたものの,同月16日に右目浮腫,口唇膨脹の症状が出たため,インデラ
ルの副作用と判断され,中止されたことが認められる。
(3)そこで,まず,インデラル投与前に重篤な不整脈があったかが問題とな
る。
前記1(1)ないし(3)に認定したとおり,亡Dに対してはファロー四徴症根
治術後,上室性頻拍等の不整脈症状が見られており,これに対して治療をし
なければならない状態であったが,前記3に認定のとおり,アスペノンを投
与した後,亡Dには手指の振戦症状など,アスペノンの副作用を疑わせる所
見が現れたことから,アスペノンの投与を中止したこと,しかし,その後,
前記不整脈症状の原因が解決したわけではなく,平成11年1月2日ころか
らは,亡Dに再び心拍間隔の不整脈と思われる症状が現れていたこと(原告
らは,同日ころから看護師の記述には不整脈の記載があるが,G医師の記述
には不整脈についての記載がないから,不整脈を認めることはできない旨主
張する。しかしながら,不整脈の事実について全て医師が診療録に記載する
必要があるとまではいえず,看護師が記載している以上,不整脈の事実はあ
ったものと認めるのが相当である,また,平成11年1月4日ころまで。)
に判明した平成10年12月21日に行ったホルター心電図の結果によれ
ば,心室性期外収縮は見られなかったものの,上室性期外収縮が7080回
,。もあり上室性頻拍がほぼ終日頻発している状態であったことが認められる
以上によれば,平成11年1月4日,亡Dに,抗不整脈薬の投与が必要な
,,,不整脈が依然として続いていると判断しこのための治療薬として高血圧
狭心症,不整脈の治療に広く用いられており,心房及び心室の期外収縮,発
作性頻拍の予防,頻拍性心房細動の予防などに効果を有していている(甲B
5・1頁,乙B17・7頁)インデラルを採用することとした被告病院担当
医師らの判断に,不合理な点は認められないと言うべきである。
また,前記認定のとおり,被告病院担当医師らは,同月5日,亡Dにこれ
を投与するとともに,インデラルの有無により不整脈がどうなるかをホルタ
ー心電図により測定したところ,インデラルを投与したにもかかわらず,な
,,,お亡Dには心室性の期外収縮が2回上室性期外収縮が4403回見られ
上室性の頻拍に加え,房室ブロックを示唆する波形も見られた。
以上によれば,抗不整脈薬の投与が必要な重篤な不整脈があると判断した
被告病院担当医師らの判断は,合理的なものと認められる。
そして,文献等には,小児に対してインデラルを投与する場合があること
を前提として,推奨投与量を設定する記載も見られること(乙B4・861
頁,投与量は,経口の場合2から4mg/kg/日であるとされていると)
(),,()ころ乙B4・861頁投与されたのは亡Dの体重当時約15kg
に照らし最低投与量(2mg/kg)の約半量(1mg/kg)であったこ
とが認められるから,投与方法にも問題はないと認められる。
(4)次に,前記上記2(2)のとおり,インデラルは,アナフィラキシーの既往
症のある患者について,アナフィラキシー反応の増悪を示した報告例がある
とする文献の指摘との関係が問題となる。
しかしながら,上記記載は,インデラルの投与中に発生したアナフィラキ
シー反応が増悪したとの報告であって,アナフィラキシーの既往歴のある患
者に対して,インデラルの投与が禁忌とされているものではなく,投与の是
非は,その必要性と副作用の危険性とを考慮して判断されることになるとこ
ろ,前記のように,その必要性は肯定されていること,原告Bがそれまで頻
拍発作に対してインデラルの処方を受けたことがある旨述べていたことに照
らせば,亡Dがγグロブリンの投与によって,アナフィキラシー様の症状を
呈したことがあったと認められることを考慮しても,インデラルの投与を選
択した被告病院担当医師らの判断に,不合理な点は認められない。
(5)以上の事実に照らせば,被告病院担当医師らが,平成11年1月5日の
時点でインデラルを投与したことが,医師としての裁量を逸脱し注意義務違
反であるとまでは認められないというべきである。
7次に,争点(6)(インデラルの投与を中止しなかった注意義務違反の有無)
について判断する。
(1)原告らは,平成11年1月5日に亡Dに対してインデラルを投与したと
ころ,翌日には副作用と見られる咳,喘鳴の症状が見られた上,亡Dは既に
γグロブリンによってアナフィラキシー反応を示していたのであるから,同
日に投薬を中止した後に再開すべきではなく,また,遅くとも平成11年1
月7日以降,インデラルの投与を再開すべきではなかったと主張する。
(2)そして,前記1(3)に認定のとおり,平成11年1月5日,6日にインデ
ラルを投与した後に,亡Dに咳,喘鳴,発熱といった,インデラルの副作用
とされている症状が現れたこと,同月13日からインデラルを再開したとこ
ろ,同月16日ころからは,亡Dに眼瞼浮腫,口唇浮腫,多呼吸等の症状も
現れたことが認められる。
しかしながら,前記のとおり,亡Dには,同月5日からのホルター心電図
の結果,心室性期外収縮が2回,上室性期外収縮が4403回現れたほか,
全体的に不整リズムが目立ち,以前は認められていなかった房室ブロックも
見られる状態で,治療が必要な状態と判断されていた上,被告病院では,亡
Dの喘鳴等がインデラルの副作用である気管支攣縮によるものか,それとも
それ以外の症状によるものであるのかについて,インデラルを中止して様子
を見た上で,インデラル中止後にも咳が継続していたことから,インデラル
の副作用によるものとは考えにくいと判断したのであり,これらの被告病院
の判断が不合理であるとはいえない。
また,被告病院は,同月13日に亡Dの症状経過を観察し,咳等の症状が
治まった後にインデラルの投与を再開したのであって,上記の症状経過及び
亡Dには対処すべき不整脈が継続していたことに照らせば,被告病院が平成
11年1月13日からインデラルの投与を再開したことが,医師としての裁
量を逸脱したものということはできない。
さらに,被告病院は,前記1(3)のとおり,平成11年1月14日から1
6日までの間経過を観察し,14日及び15日には,嘔吐等の症状が見られ
たものの,小児科医の診察や,その後の亡Dの様子などから特に問題ないと
把握し,16日昼ころより発症した眼瞼浮腫,口唇浮腫,多呼吸などの症状
から,インデラルの副作用を疑って同日夕方の投与を最後にインデラルの投
与を中止したのであって,このような経過に照らせば,インデラルの投与の
中止につき,被告病院担当医師らが裁量を逸脱したものということはできな
い。
(3)よって,被告病院担当医師らに,インデラルの投与を中止しなかった義
務違反があるとも認められない。
8次に,争点(7)(ソービタの投与に関する注意義務違反の有無)について判
断する。
(1)原告らは,平成11年2月13日のソービタの投与に関し,亡Dの既往
歴及び体質に配慮して,薬剤投与の判断に際して十分な注意を払い,投与後
の副作用を慎重に経過観察すべきであったにもかかわらず,被告病院担当医
師らは,これらの注意義務に違反したと主張する。
(2)証拠によれば,ソービタは,経口,経腸管栄養補給が不能又は不十分で
高カロリー静脈栄養に頼らざるを得ない場合のビタミン補給に適応となる高
カロリー輸液用総合ビタミン剤の一種であること(甲B7・764頁,本)
剤又は本剤配合成分に過敏症の既往歴のある患者に対しての投与は禁忌であ
り,小児に対しては,慎重投与とされていること(甲B7・765頁,重)
大な副作用として,ショック,アナフィラキシー様症状を来すことがあるた
め,観察を十分に行い,血圧低下,意識障害,呼吸困難,チアノーゼ,悪心
等が現れた場合には,直ちに投与を中止し,適切な処置を行うこととされて
いること(甲B7・765頁,亡Dは,平成11月2月13日午前2時か)
らソービタの投与を開始した後,午後3時ころから膨隆疹が発症し,血圧低
下,意識レベルの低下など,アレルギー反応が現れたことが認められる。
(3)そこで検討するに,前記1(4)認定のとおり,亡Dは,平成11年2月4
日に外泊から帰って以降,同月5日自力で坐ることができず,同月9日混迷
が続き,午後からは開眼しない状態となり,同月10日には対光反射がマイ
ナスとなってその状態が継続したため,摂食ができない状態で,栄養状態を
確保する必要があったところ,同月12日に,V医師から,低栄養状態が継
続すると全身状態が極度に悪化するおそれがあり,経管栄養又は中心静脈栄
養を行う必要があるという意見が出されたことから,K医師は,同月13日
にビタミン剤であるソービタを投与することとしたことが認められ,同時点
において,亡Dの栄養状態を確保するため,栄養剤を投与する必要があった
と認められる。
そして,ソービタは副作用としてアナフィラキシー様症状を来すことがあ
ること,亡Dは,以前γグロブリンの投与によってアナフィラキシー様の症
状が出たり,薬剤に反応し易い傾向を示していたことは認められるものの,
そもそもソービタがビタミン剤の中でも特にアナフィラキシーを引き起こし
易い薬剤であると認めるに足りる証拠はなく(鑑定人X(以下「X鑑定人」
。),,,というはアナフィラキシーの発現は亡Dの体質による要素が大きく
ソービタが他のビタミン剤と比較して有意にアナフィラキシーショックを起
こしやすいかどうかは明確でないと証言する。鑑定・82頁,また,能書)
にも,アナフィラキシーの発症に注意して,観察を十分に行うこととされて
いるのであって,必ずしも禁忌とされているものでもないこと(前記認定の
とおり,能書では,ソービタ又はソービタ配合成分に過敏症の既往のある患
者には禁忌であるが,亡Dはこれに該当していなかった)が認められる。。
そうすると,被告病院において,平成11年2月13日の時点で亡Dに対
してソービタを投与したことに,注意義務違反はないというべきである。
(4)また,ソービタを投与した後の経過観察義務違反について検討するに,
確かにU鑑定人らが指摘するとおり,投薬の時間については,午前2時とい
った医師や看護師の監視が十分でない時間帯ではなく,監視のしやすい時間
帯に投与を開始した方がより適切であったと解される面はある。しかしなが
ら,本件では,亡Dに,同日午後2時からソービタが投与された後,午前3
時ころに顔,首,体幹に膨隆疹が現れたため,点滴のボトルを変更し,午前
3時30分ころ,血圧低下等が見られたため,被告病院担当医師らは,この
症状をソービタに対するアレルギー反応と考え,直ちにステロイド剤を静注
し,午前3時45分には,血圧120/80台,心拍数140台まで回復す
る状態にしているのであるから(乙A1・242,243頁,被告病院担)
当医師らに経過観察を怠った注意義務違反があったものと認めることはでき
ない。
(5)よって,ソービタの投与に関して,被告病院担当医師らに注意義務違反
があったと認めることもできない。
,()9次に争点(8)脳幹浮腫への対応が遅れたことによる注意義務違反の有無
について検討する。
(1)平成11月1月25日のCT画像診断について
アまず,原告らは,被告病院担当医師らが,平成11年1月25日,CT
画像所見及びそれまでの臨床所見から,亡Dの器質的疾患を疑うべきであ
ったと主張する。
確かに,前記1(4)に認定のとおり,亡Dは,平成11年1月17日こ
ろから,眼瞼や口唇の浮腫などに加え,視線が合わない,呼吸が荒いなど
の症状が発症し,同月18日にも,顔面が蒼白になったり,右下肢の硬直
などの症状が生じたこと,同月16日から19日の間には,多呼吸や,怖
いと叫ぶ,意識レベルの低下,脈拍上昇など,明らかに脳の異常を疑わせ
るエピソードが相次いでいたこと,同月24日には,表情が硬く,声を掛
ければ返答する程度の状態となるに至ったこと,そのため,K医師も,脳
の疾患を疑い,同月25日に脳のCT検査をしたことが認められる。
,,イしかしながら平成11年1月25日に撮影されたCT画像については
鑑定の結果によれば,軽度の脳室の拡大及び非常に軽度な脳の萎縮が認め
られるものの(鑑定・13ないし15頁,このCT画像のみから脳浮腫)
等の病変その他の異常所見があると診断することは困難であることが認め
られる(鑑定・15,20,22頁。)
したがって,被告病院担当医師らにおいて,同月25日の時点で,亡D
の脳に器質的疾患があったと判断することは困難であったと言わざるをえ
ず,この点に,被告病院担当医師らの注意義務違反があったとは認められ
ない。
(2)検査継続義務について
ア原告らは,かかる器質的疾患の症状がある中でCTで異常が発見されな
い場合には,被告病院担当医師らは,さらに脳に問題が起きているという
可能性を検討し,検査を継続してMRI検査へと進むべきであったと主張
する。
イそこで検討するに,鑑定において,鑑定人Yは,神経症状があってCT
画像上異常がない場合には,次の手段としてMRI検査を行うか神経の専
門医に改めて相談するなどの処置をとる余地があったとし(鑑定・23,
頁検査等を行っていれば脳幹浮腫を診断できた可能性が高いとする鑑),(
定・26,28,29頁。また,W鑑定人(鑑定・24,27頁,X))
鑑定人(鑑定・25,29頁)及びU鑑定人も(鑑定・26頁,MRI)
検査の必要性とそれにより得られた結果の可能性について同様の意見を述
べている。
ウそこで,まず,1月25日段階における亡Dの病状から,この時点で,
直ちにMRI検査をすべき注意義務違反があったといえるかについて判断
する。
前記1(3),(4)で認定したように,亡Dは,平成10年12月19日に
手の振戦が見られ,同月20日意識レベルが低下し,振戦,眼瞼浮腫の症
状が出たためアスペノンの投与が中止され,同月21日にも手指の振戦,
ふらつき,眼球回転などといった,脳の器質的疾患を疑わせる所見が生じ
ていたこと,その後,症状は少し良くなり経過観察していたが,平成11
年1月5日にインデラルを投与した後喘鳴がみられ,インデラルの投与を
中止後一時軽快したこと,同月13日からインデラルの投与を再開したと
ころ,活気がでるなど症状は良くなっていたが,同月16日に心房性期外
収縮,右目浮腫,口唇膨脹等の症状が出たため再度インデラルの投与が中
止となったこと,その後,一時的に心拍数が200,190となり,心室
性期外収縮があったものの,被告病院担当医師らは,精神的不安定が原因
と考え,同月21日外出,同月23日から24日に外泊をしたこと,外泊
,,,,から帰院後医師の診察では眼球回転異常顔面蒼白等は無かったこと
同月25日,表情が硬く,右下肢に軽度の硬直が見られたが,脳波検査で
は異常は見られなかったことが認められる。
そうすると,平成11年1月25日の段階では,被告病院担当医師らと
しては,平成10年12月に,振戦,眼瞼浮腫,眼球回転等の脳の器質的
疾患を疑わせる所見があり,平成11年1月中旬ころまでに,喘鳴や眼瞼
浮腫等の所見が出ていることを踏まえて,その原因については,薬剤の副
作用であるのか,別の疾患であるのかについて未だ明確になっていなかっ
たことから,器質的疾患をも疑って,脳波,CT検査,小児神経内科の医
師への相談を検討するなど,原因究明の努力を継続していたものであるこ
とが認められる。そして,副作用が生じたと思われる薬剤の投与を中止し
た後には脳の器質的疾患を疑わせる特段の所見はなかったものと認められ
ること(なお,原告らは,インデラルの再投与を中止した平成11年1月
17日から同月25日までにも亡Dに眼球回転異常,顔面蒼白等の症状が
でていた旨主張しているが,これを被告病院担当医師らが確認していたと
認めるに足りる証拠はない,前記のとおり,平成11年1月25日の。)
時点で撮影されたCT画像については,これのみで明らかな病変があった
と判断することはできないものであり,同日の検査で脳波の異常もなかっ
たのであり,前記認定のように,この時点で脳の器質的疾患を疑わせる特
段の所見も見られなかったことに照らせば,被告病院のK医師が,MRI
検査はCTと異なって時間がかかる検査であり,呼吸や状態が悪い場合に
,,は撮影のために鎮静させるだけでも具合が悪くなることもあることから
今回はひとまずCT検査を行うこととした(証人K医師(反訳書10・3
,)),,頁17頁と判断したことも不合理とは言えず同月25日の時点で
直ちにMRI検査をすべき注意義務があるとまで認めることはできない。
(3)その後の検査継続義務について
アさらに,原告らは,当時,亡Dの治療は外科及び内科の医師によっての
み行われており,脳幹の病変を扱う脳神経専門医による専門的な検討はな
されていなかったが,被告病院担当医師らは,専門的検討を加えて,MR
I等の検査を継続すべきであり,脳幹浮腫への対応が遅れた注意義務違反
があったと主張する。
イそこで,同年1月25日から,同年2月13日までの亡Dの症状を検討
すると,前記1(4)に認定のとおり,被告病院担当医師らは,脳波の検査
及び頭部CT検査の結果,特に脳には障害がないものと考え,亡Dの症状
につき,同年1月28日には急性ストレス障害と診断したうえ,ストレス
の軽減を図るため,当時不整脈が改善されていたこともあり,同月26日
から28日まで亡Dの外泊を許可したこと,一旦帰院した後も,継続して
同年2月2日まで外泊を許可したこと,ところが,亡Dは,同日帰院した
時点でも気分が暗く,ほとんど話さないなどの症状が現れていたこと,そ
こで,担当医師は,原告らが再度外泊を希望したこともあって,同日から
引き続き同月4日まで外泊を許可したこと,亡Dは,同年2月4日に帰院
した際には,亜昏迷状態であると診断され,栄養状態の確保,セルシン及
びトリプタノールの投与及び脳波のチェックが必要であると判断されたこ
と,同月5日には自力で座ることが不可能となり,同月9日には昏迷が続
き,揺すっても開眼しない状態となり,同月10日は対光反射がマイナス
となったこと,このような状態が継続したために,同月11日には,脳波
の検査,MRIの検査が必要であると判断していたところ,同月12日に
はV医師からの指摘を受け,同月13日にソービタを投与するに至り,そ
の後は前記認定のとおり意識が回復しない状況に至ったことを認めること
ができる。
このように,被告病院担当医師らは,平成11年1月25日時点のCT
で脳の器質的疾患が確認できなかったことから,急性ストレス障害と診断
して,亡Dに対し,家族とともに過ごすよう外泊等の処置を取ったのであ
るが,外泊から帰院した2月4日にも亡Dの症状は改善せず,むしろ亜昏
迷状態と診断され,さらにその症状は改善されることなく悪化していき,
同月9日には揺すっても開眼しない状態となったのであるから,その原因
につき,急性ストレス障害との診断が妥当しないことが判明した時点,す
なわち,遅くとも亡Dの昏迷が続き開眼しないような状態になった平成1
1年2月9日時点においては,被告病院担当医師らとしては,亡Dの症状
につき改めて器質的疾患の存在があるのではないかとの疑いを抱き,脳神
経内科の医師に相談する等して,亡Dの脳についてCT検査に加え,MR
I検査などの検査をすべき注意義務があったというべきである。
ウところが,被告病院のK医師は,この時点でも脳神経内科の医師に相談
するなどして器質的疾患に関する検討を十分に行わず,小児心療内科の医
師であるV医師に検討を依頼するのみで,平成11年2月11日に至るま
で,MRI検査等の検査依頼を行わなかったのであるから,被告病院担当
医師らは,上記注意義務に違反したといわざるを得ない。
(4)よって,被告病院担当医師らには,平成11年2月9日の時点で器質的
疾患を疑って,脳神経内科の医師に相談する等して脳CT,MRI検査を行
わなかった注意義務違反があるというべきである。
上記のとおり,本件においては,被告病院担当医師らに,原告らの主張する
注意義務違反のうち脳浮腫に対する対処に関する注意義務違反が認められるの
で,同義務違反と結果の発生との因果関係(争点(9))について検討する。
(1)ミトコンドリア病について
証拠によれば,ミトコンドリア病について,次の知見等が認められる。
アミトコンドリアは,エネルギーを産生する細胞内の小器官であるが,ミ
トコンドリアに異常を来すと,大量のエネルギーを必要とする骨格筋や,
中枢神経系に異常を来す(前記前提事実,甲B10・1657頁。)
ミトコンドリア病の病態のうちの6ないし7割は,CPEO(慢性進行
性外眼筋麻痺,MELAS及びMERRFの,いわゆる3大病型に属す)
る(前記前提事実,甲B10・1657頁。3大病型以外の症状として)
は,リー(Leigh)脳症が最も多く挙げられている(前記前提事実,甲B
10・1657頁。)
イミトコンドリア病の臨床診断としては,発育・発達の遅れ,易疲労性・
筋力低下,中枢神経系症状(知的退行など)があり,また,その他に肥大
型などの心筋症(ただし発症頻度は高くない,心伝導障害(KSSに特)
徴的)といった臨床症状が見られることがある(乙B6・231頁,鑑定
・96頁。)
上記の各症状を有する患者には,それぞれ疾患に特有のミトコンドリア
DNA(mtDNA)の欠失又は変異が見られることが多く,リー(Leig
h)脳症の20%ないし30%も,mtDNAの変異によることが知られ
ている(甲B10・1657頁。特定の症状におけるmtDNAの欠失)
又は変異が同定されてきており,遺伝子診断が重要となっている(乙B2
2・1133頁。)
厚生労働科学研究,古賀班の2005年3月作成にかかる,リー(Leig
h)脳症の診断基準(U鑑定人意見書(2))では,リー(Leigh)脳症は,
「A臨床所見」として,①幼児期以前に発症する進行性の知的又は運動
発達の障害,②不随意運動,哺乳嚥下障害,呼吸障害,眼球運動障害,失
調などの大脳基底核,脳幹の障害に起因する中枢神経症状を認める,③大
脳基底核,脳幹に頭部CTで低吸収域・MRIのT2及びフレア画像検査
で高信号域を両側対称性に認めるのうち2項目を満たし,かつ「Bミ,
トコンドリア異常の根拠」として,①血中又は髄液の乳酸値が繰り返し高
いか,またはミトコンドリア関連酵素の欠損,②筋生検でミトコンドリア
の形態異常,③既知の遺伝子変異のうちの2つ以上を満たす場合に診断さ
れる。
ウリー(Leigh)脳症を含むミトコンドリア病に罹患することによって乳
酸値が上昇する機序としては,体内に取り込まれたグルコースなどの糖分
が,代謝経路において分解され,エネルギーが産生されていく過程で,代
謝産物として乳酸やピルビン酸が算出され,これらの物質は,さらに代謝
経路を経て最終的には水及び二酸化炭素に分解される。そこで,代謝産物
である乳酸やピルビン酸が体内に多く残存していると,代謝経路に異常が
あるために十分なエネルギー産生が行われていないことが推定されるが,
代謝経路の多くはミトコンドリア内に存在していることから,代謝産物が
残存している場合にはミトコンドリア内に異常を生じていることが推定さ
れる(乙A23・3頁,乙B5・251頁。)
エミトコンドリア病に対する治療としては,発作時にステロイドが有効で
あり,臨床症状や脳浮腫の改善が期待されるものの,頻回に発作を繰り返
すことにより,脳組織に不可逆性変化が生じてくるため,予後は不良であ
るとされる(乙B18・509頁。)
また,ジクロロ酢酸が発作時の神経症状の回復や代謝異常の改善に効果
があったとする報告があるものの,薬剤として認可はされていない(乙B
18・509頁。)
(2)亡Dの疾患について
そこで,亡Dがミトコンドリア病に罹患していたか判断する。
被告病院では,亡DのDNA検査を目的として,Zセンター研究所に骨格
筋からの検体を提出していた(弁論の全趣旨。)
W鑑定人及びU鑑定人が,平成17年2月8日,Zセンター研究所におい
て,上記検体のmtDNA塩基配列を調査した(鑑定・1頁)結果,mtD
NAのうち,13513番目の遺伝子情報がグアニンではなくアデニンにな
るという変異が,ヘテロプラスミー(正常なものと異常なものが混在してい
る状態)で存在していることが判明した(鑑定・1ないし10頁,W鑑定人
意見書(1),U鑑定人意見書(1)。そして,13513遺伝子の変異は,ミ)
トコンドリア脳筋症の患者の組織にヘテロプラスミーで存在していること,
MELAS,Leigh症候群の病的遺伝子として報告があるといわれてお
り,この遺伝子変異は,亡Dがミトコンドリア病に罹患した可能性が高いこ
とを示す。これに加え,臨床検査所見において,血液中及び髄液中の乳酸及
びピルビン酸が異常高値であったことも認められる(甲A17,乙A1・3
12,317頁鑑定・1ないし10,35ないし37頁。)
さらに,平成11年2月13日撮影のCT画像で脳幹部が低吸収域になっ
ていること(いずれの鑑定人もこのことは認めている,同月15日撮影。)
(),のMRI画像でT2強調像での高信号がみられること乙A1・269頁
同月26日撮影のMRIのフレア画像でも病変が広範囲に広がっており高信
号がみられたこと(乙A1・328頁)が認められる。
,,,,そうすると臨床所見として亡Dには眼球運動障害などの大脳基底核
脳幹の障害に起因する中枢神経症状が認められ,これに加え,CT画像で脳
幹に低吸収域が見られ,MRI画像で高信号域が認められる。さらに,ミト
コンドリア異常としても,血中及び髄液の乳酸値が繰り返し高いことが認め
られ,遺伝子変異も認められるから,前記リー(Leigh)脳症の診断基準を
満たすことになる。
これに対し,原告らは,筋生検,生科学的所見,遺伝子診断,臨床症状等
,。,からして亡Dがミトコンドリア病であること自体を否定している確かに
Zセンター神経研究所が行った平成11年2月26日の骨格筋の病理学的所
見では,RRF(ragged-red-fiber:赤色ぼろ繊維)やSSV(stronglySD
H-reactivebloodvessels)が見られないこと(甲A2,生化学所見でも)
明らかな酵素欠損が捉えられないこと,同年9月9月に同研究所のW(W鑑
定人)が行ったDNA分析検査では,主な変異は認めませんと回答している
こと(甲A2)が認められる。しかし,ミトコンドリア病であれば必ず筋生
検の病理学的所見としてRRFやSSVが出るわけではないし(W鑑定人。
前記のとおり,リー脳症の診断基準としても,Bミトコンドリア異常の根拠
の一つとして「筋生検でミトコンドリアの形態異常」が挙げられているが,
これに該当しなくとも他の根拠(①や③)を満たせば,リー脳症との診断が
されるという基準になっている,生化学的所見については,乳酸及びピ。)
ルビンの上昇が見られるのであり,明らかな酵素欠損の所見が認められない
としても,それゆえにミトコンドリア病でないとはいえないことはW鑑定人
が意見陳述しているところである。また,臨床症状については,前記のとお
り該当すると認められることからして,原告の主張によっても,亡Dがミト
コンドリア病に罹患していたことを否定することにはならない。
なお,W鑑定人が行った平成11年2月26日の遺伝子診断においては,
異常が認められなかったものの,これは,その当時13513遺伝子の変異
が存在しなかったからではなく,その後の研究成果等の進歩により,平成1
7年段階では,この遺伝子異常が判明するようになったか,この遺伝子異常
がミトコンドリア病と関係があると認識されるようになったからであると解
,,されるから平成11年段階の検査結果で異常がないと診断されたこと故に
ミトコンドリア病に罹患しているとの診断が左右されるものではない。
しかも,前記1(4)認定のように,平成11年2月27日から,被告病院
担当医師らが,ミトコンドリア病を疑い,これに効果があるとされるジクロ
ロ酢酸ナトリウムを投与するようになってから,高値であった乳酸値が減少
するようになったことも認められる。
以上によれば,亡Dは,ミトコンドリア病(そのうちのリー(Leigh)脳
症)に罹患していたものと認めるのが相当である。
(3)ソービタの関与について
このように亡Dがミトコンドリア病(そのうちリー(Leigh)脳症)に罹
患していたことが認められるが,他方,亡Dが平成11年2月13日に急変
したのは,ソービタを投与した直後であるから,亡Dの死因は何か,ソービ
タの投与等がどの程度関与しているかについて検討する。
前記(2)に認定のとおり,亡Dには,基礎疾患としてミトコンドリア病が
存在していたことが認められ,このリー(Leigh)脳症を含むミトコンドリ
ア病による代謝異常が脳幹部の病変をはじめとする中枢神経他領域の病変へ
と進行し,死亡に至ったたものと推認される。
他方,平成11年2月13日に,亡Dの症状が急性増悪しているが,鑑定
の結果によれば,これはそのもの,あるいはソービタに含まれる不純物等に
よる栄養剤としてのソービタの投与自体が原因なのではなく,ソービタを投
与したことにより,発生したアナフィラキシーショックにより,一時的にで
はあるが血圧低下が生じるなどしてこのことが急性増悪を招いたと解するこ
とが相当である。
ただし,前記認定のとおり,ソービタを投与する前である平成11年1月
25日時点においても脳浮腫がうかがえること,臨床症状としても同年2月
4日には意識障害が発生しており,脳の器質的障害が疑わしい状況であった
こと,同年2月15日におけるCT画像の低吸収域からしてその数日から1
週間は脳障害が経過したものとみられること(X鑑定人・意見書)からする
と,ソービタ投与時点で脳障害(その原因は,リー(Leigh)脳症にある)。
が発生していたものと認められるのであり,ソービタの投与をきっかけに症
状が悪化したもので,どの程度の影響があったかどうかは不明というほかな
い。
これに対し,原告らは,亡Dが脳浮腫に陥ったのは,原告らが投与した薬
剤(アスペノン,インデラル,プリンペラン)やソービタの副作用が原因で
あり,仮に亡Dがミトコンドリア病であったとしても,これらの薬剤等の投
与がなければ,急性増悪しなかったのであるから,これらの薬剤等の投与が
原因であると主張する。しかし,これらの薬剤により,亡Dに脳浮腫からく
。,る脳障害が生じたと認めるに足る証拠はないアスペノンには副作用として
振戦,めまい,ふらつき,しびれ感,言語障害などの精神神経系の症状があ
るとされ,亡Dに手の振戦等の症状が見られたが,比較的軽度であり,アス
ペノン投与後は,このような症状が出ていないこと,プリンペランは,消化
機能を司る脳幹部に作用して,消化器の機能的反応又は運動異常を改善する
,,,,薬剤であり小児に対しては錐体外路症状が発現しやすく副作用として
手指振戦,筋硬直,頚部等の攣縮,眼球回転発作等が現れるとされ,プリン
ペラン投与後,亡Dに振戦,眼瞼浮腫,眼球回転等が発生したことも認めら
れるが,このような症状が出て,直ちに中止され,その後,同様の症状が継
続せず,むしろ,平成10年12月末から平成11年1月初旬頃は,亡Dの
症状は軽快していたこと,インデラルは,咳,喘鳴,発熱という副作用が生
じることがあり,亡Dに咳や喘鳴生じたことが認められるが,これが脳障害
を負わせる原因となったとは認められないことからして,これらの薬剤の投
与による副作用が生じたこと自体は認められるものの,それが,亡Dの脳障
害に結びついたと認めるに足る証拠まではないといわざるを得ない。また,
ソービタの影響の程度についても,前記認定のとおり,不明であったものと
いわざるを得ない。
(4)因果関係について
以上を前提に,被告病院担当医師らの脳浮腫に対する対処についての注意
義務違反と亡Dの死亡との因果関係があるかどうか,すなわち,平成11年
2月9日の時点でMRIにより脳の器質的疾患に関する検査を行っていれ
ば,同検査によって脳浮腫の所見が得られ,亡Dの死亡を避けることができ
たかどうかついて検討する。
亡Dの脳障害は,平成11年1月25日のCT画像にも軽度の脳萎縮が見
られたことやその頃から脳の器質的障害が原因とみられる臨床症状があった
ことからすれば,同年2月9日にMRI検査をすれば,脳浮腫の所見が得ら
れた可能性は否定できない。そして,脳浮腫に対し,脳減圧やステロイドの
投与等の抗浮腫治療が行われれば,その時点では,症状が改善する可能性も
ないではない。
しかしながら,前記認定のとおり,亡Dが死亡に至ったのは,ミトコンド
リア病という基礎疾患を有していたからであり,この時点でMRI検査をし
たからといってミトコンドリア病であるとの診断をすることは不可能であっ
たといえること(被告病院担当医師らは,平成11年2月頃からミトコンド
リア脳症を疑って,ジクロロ酢酸を投与したりしたが,同年9月に行った筋
生検による,Zセンター神経研究所の検査でも(甲A2,S医科大学小児)
科による質量分析による代謝検査でも(乙A18,ミトコンドリア病との)
結果を得られなかったのであり,本件訴訟における鑑定段階での検査におい
て,遺伝子検査が行われた結果ミトコンドリア病であると確定診断されたの
であって,これに,前記リー(Leigh)脳症の診断基準が2005年に作成
されたものであることを考慮すると,亡Dの生前にミトコンドリア病であっ
たと診断することは困難であったと認められる,リー(Leigh)脳症は脳。)
,,組織に不可逆的変化を生じさせるため予後が不良とされている疾患であり
基本的治療法は確立しておらず,適切な対処療法を行っても回復の見込みは
ほとんど無いのであって,ストレス等の増悪因子が作用することにより,や
はり症状の急性増悪を来す可能性は大きいといわざるを得ないこと(W鑑定
人,U鑑定人,亡Dに対しては,低栄養状態を補正するためビタミン剤と)
してソービタが使用された可能性は十分に考えられること,被告病院では,
その後平成11年2月13日には脳のCT検査によって脳の病変を認識し,
ミトコンドリア脳筋症を視野に入れつつ,脳浮腫等に対する治療を開始し,
同月27日にはミトコンドリア脳筋症に対する治療としてジクロロ酢酸ナト
リウムの投与を開始したが,結局,亡Dは,意識を回復することなく,平成
11年11月23日に死亡するに至ったことに鑑みれば,平成11年2月9
日の時点でMRI検査を行って,仮に4日早く脳浮腫が判明していたとして
も,亡Dにその後の結果が発生しなかった高度の蓋然性があると認めること
はできず,また,死亡を避けられた相当程度の可能性があったとも認めるこ
とはできない。
(5)そうすると,被告病院担当医師らの脳浮腫に対する対処についての注意
義務違反と亡Dの死亡との間の因果関係を認めることはできず,注意義務違
反がなければ亡Dの死亡を避けることができた相当程度の可能性があったと
認めることもできない。
11結論
,,,以上の次第で原告らの請求はその余の争点について判断するまでもなく
理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第30部
秋吉仁美裁判長裁判官
佐藤哲治裁判官
浦上薫史裁判官

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛