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平成25年3月25日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成23年(ワ)第35168号特許権侵害行為差止等請求事件((((以下以下以下以下「「「「甲事甲事甲事甲事
件件件件」」」」というというというという。)。)。)。)
平成23年(ワ)第35169号特許権侵害行為差止等請求事件((((以下以下以下以下「「「「乙事乙事乙事乙事
件件件件」」」」というというというという。)。)。)。)
口頭弁論終結日平成24年12月19日
判決
徳島県阿南市<以下略>
甲・乙事件原告日亜化学工業株式会社
((((以下以下以下以下「「「「原告原告原告原告」」」」というというというという。)。)。)。)
同訴訟代理人弁護士古城春実
同牧野知彦
同高橋綾
同訴訟代理人弁理士鮫島睦
同田村啓
同玄番佐奈恵
同訴訟復代理人弁護士加治梓子
東京都台東区<以下略>
甲・乙事件被告燦坤日本電器株式会社
((((以下以下以下以下「「「「被告被告被告被告」」」」というというというという。)。)。)。)
同訴訟代理人弁護士松田純一
同大橋君平
同近森章宏
同伊藤卓
同西村公芳
同訴訟復代理人弁護士篠森重樹
同大坂憲正
同西脇怜史
台湾,台北<以下略>
甲・乙事件被告補助参加人ユニティーオプトテクノロジー
カンパニーリミテッド
((((以下以下以下以下「「「「補助参加人補助参加人補助参加人補助参加人」」」」というというというという。)。)。)。)
同訴訟代理人弁護士升永英俊
同補佐人弁理士佐藤睦
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1甲事件
(1)被告は,別紙物件目録1の1・2記載の製品を譲渡し,輸入し,又は譲
渡の申出をしてはならない。
(2)被告は,その占有にかかる前項記載の製品を廃棄せよ。
(3)被告は,原告に対し,666万円及びこれに対する平成23年11月1
6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2乙事件
(1)被告は,別紙物件目録2の1・2記載の製品を譲渡し,輸入し,又は譲
渡の申出をしてはならない。
(2)被告は,その占有にかかる前項記載の製品を廃棄せよ。
(3)被告は,原告に対し,80万円及びこれに対する平成23年11月16
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1本件は,「発光ダイオード」に関する特許権(特許第4530094号。以以以以
下下下下「「「「本件特許権本件特許権本件特許権本件特許権」」」」といいといいといいといい,,,,このこのこのこの特許特許特許特許をををを「「「「本件特許本件特許本件特許本件特許」」」」というというというという。。。。本件特許本件特許本件特許本件特許のののの特許請特許請特許請特許請
求求求求のののの範囲範囲範囲範囲,,,,明細書及明細書及明細書及明細書及びびびび図面図面図面図面をををを合合合合わせてわせてわせてわせて「「「「本件明細書本件明細書本件明細書本件明細書」」」」といいといいといいといい,,,,本件特許に係る
特許公報(甲2)を本判決末尾に添付する。)を有する原告が,被告に対し,
被告が輸入販売している別紙物件目録1及び2記載のLED電球((((以下以下以下以下,,,,別紙別紙別紙別紙
物件目録物件目録物件目録物件目録1111のののの「「「「1111イイイイ号物件号物件号物件号物件」」」」記載記載記載記載のののの物件物件物件物件をををを「「「「イイイイ号物件号物件号物件号物件」,」,」,」,同同同同「「「「2222ロロロロ号物号物号物号物
件件件件」」」」記載記載記載記載のののの物件物件物件物件をををを「「「「ロロロロ号物件号物件号物件号物件」,」,」,」,別紙物件目録別紙物件目録別紙物件目録別紙物件目録2222のののの「「「「1111ハハハハ号物件号物件号物件号物件」」」」記載記載記載記載のののの物物物物
件件件件をををを「「「「ハハハハ号物件号物件号物件号物件」,」,」,」,同同同同「「「「2222ニニニニ号物件号物件号物件号物件」」」」記載記載記載記載のののの物件物件物件物件をををを「「「「ニニニニ号物件号物件号物件号物件」」」」といいといいといいといい,,,,合合合合
わせてわせてわせてわせて「「「「被告製品被告製品被告製品被告製品」」」」というというというという。)。)。)。)は,本件特許に係る発明の技術的範囲に属し,
本件特許権を侵害すると主張して,被告製品の譲渡等の差止め及び廃棄並びに
損害賠償を求める事案である。
2前提となる事実(末尾に証拠等を付した以外の事実は争いがない。)
(1)当事者
ア原告は,半導体及び関連材料,部品,応用製品の製造,販売並びに研究
開発等を業とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
イ被告は,家庭電化製品の販売及び輸入等を業とする株式会社(日本法
人)である。
被告は,被告製品を輸入し,譲渡の申出,譲渡等を行っている。
ウ補助参加人は,台湾に本店を有する外国法人である(弁論の全趣旨)。
補助参加人は,被告製品に用いられる発光ダイオードを,被告に対して
販売している(弁論の全趣旨)。
(2)本件特許権
原告は,以下の特許権(本件特許権)を有している(甲1,2,乙1ない
し6,12,19,30)。
ア登録番号特許第4530094号
イ優先日平成8年7月29日(特願平8-198585号。但し最
初のもの)
ウ原出願日平成9年7月29日(特願平10-508693号。乙
1。以下以下以下以下「「「「本件最初本件最初本件最初本件最初のののの原出願原出願原出願原出願」」」」というというというという。。。。)
分割出願(第1世代)平成14年9月24日(特願2002-278
066号。乙2)
分割出願(第2世代)平成17年5月19日(特願2005-147
093号。乙3)
分割出願(第3世代)平成18年7月19日(特願2006-196
344号。乙4)
分割出願(第4世代)平成20年1月7日(特願2008-269
号。乙5。以下以下以下以下「「「「本件原出願本件原出願本件原出願本件原出願」」」」というというというという。。。。)
エ出願日平成21年3月18日(特願2009-65948号。特
願2008-269号からの第5世代分割。以下以下以下以下「「「「本件特許出願本件特許出願本件特許出願本件特許出願」」」」とととと
いういういういう。。。。)
オ公開日平成21年6月18日(特開2009-135545号)
カ登録日平成22年6月18日
キ発明の名称発光ダイオード
(3)本件特許の請求項1記載の発明((((以下以下以下以下「「「「本件発明本件発明本件発明本件発明1111」」」」というというというという。)。)。)。)に係る
特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(なお,甲23の1ないし3に
よれば,原告は訂正審判を請求しているようであるが,本件口頭弁論終結時
現在,訂正が確定したものではないから,本件においてはこの訂正は考慮し
ない。)。
「【請求項1】
窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと,該LEDチップを
直接覆うコーティング樹脂であって,該LEDチップからの第1の光の少な
くとも一部を吸収し波長変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を
発光するフォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング樹脂を有し,
前記フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過した前記第1の光の発
光スペクトルと前記第2の光の発光スペクトルとが重なり合って白色系の光
を発光する発光ダイオードであって,
前記コーティング樹脂中のフォトルミネセンス蛍光体の濃度が,前記コー
ティング樹脂の表面側から前記LEDチップに向かって高くなっていること
を特徴とする発光ダイオード。」
(4)本件発明1の構成を分説すると,以下のとおりである。
A1:窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと,
B1:該LEDチップを直接覆うコーティング樹脂であって,該LEDチッ
プからの第1の光の少なくとも一部を吸収し波長変換して前記第1の光と
は波長の異なる第2の光を発光するフォトルミネセンス蛍光体が含有され
たコーティング樹脂を有し,
C:前記フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過した前記第1の光
の発光スペクトルと前記第2の光の発光スペクトルとが重なり合って白色
系の光を発光する発光ダイオードであって,
D:前記コーティング樹脂中のフォトルミネセンス蛍光体の濃度が,前記
コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップに向かって高くなってい
ること
E:を特徴とする発光ダイオード。
(5)本件明細書の請求項2記載の発明((((以下以下以下以下「「「「本件発明本件発明本件発明本件発明2222」」」」といいといいといいといい,,,,本件発本件発本件発本件発
明明明明1111とととと合合合合わせてわせてわせてわせて「「「「本件発明本件発明本件発明本件発明」」」」というというというという。)。)。)。)に係る特許請求の範囲の記載は,次
のとおりである。
「【請求項2】
凹部内に配置された窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと
前記凹部に充填されて前記LEDチップを覆うコーティング樹脂であって,
該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し波長変換して前記
第1の光とは波長の異なる第2の光を発光するフォトルミネセンス蛍光体が
含有されたコーティング樹脂を有し,
前記フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過した前記第1の光の発
光スペクトルと前記第2の光の発光スペクトルとが重なり合って白色系の光
を発光する発光ダイオードであって,
前記コーティング樹脂中のフォトルミネセンス蛍光体の濃度が,前記コー
ティング樹脂の表面側から前記LEDチップに向かって高くなっていること
を特徴とする発光ダイオード。」
(6)本件発明2の構成を分説すると,以下のとおりである。
A2:凹部内に配置された窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチッ
プと
B2:前記凹部に充填されて前記LEDチップを覆うコーティング樹脂で
あって,該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し波長変
換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光するフォトルミネセ
ンス蛍光体が含有されたコーティング樹脂を有し,
C:前記フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過した前記第1の光
の発光スペクトルと前記第2の光の発光スペクトルとが重なり合って白色
系の光を発光する発光ダイオードであって,
D:前記コーティング樹脂中のフォトルミネセンス蛍光体の濃度が,前記
コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップに向かって高くなってい
ること
E:を特徴とする発光ダイオード。
3争点
(1)構成要件B1,B2,C,Dの「フォトルミネセンス蛍光体」の充足性
(争点1)
(2)構成要件Cの「第2の光の発光スペクトル」の充足性(争点2)
(3)構成要件Dの充足性(争点3)
(4)分割要件違反に基づく新規性・進歩性欠如の有無(争点4)
(5)乙7に基づく進歩性欠如の有無(争点5)
(6)サポート要件違反の有無(争点6)
(7)明確性違反の有無(争点7)
(8)差止めの必要性(争点8)
(9)損害(争点9)
第3争点に関する当事者の主張
1争点1(構成要件B1,B2,C,Dの「フォトルミネセンス蛍光体」の充
足性)について
(原告の主張)
構成要件B1,B2,C,Dにいう「フォトルミネセンス蛍光体」は,
「Y,Lu,Sc,La,Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1
つの元素と,Al,Ga及びInからなる群から選ばれた少なくとも1つの元
素とを含んでなるセリウムで付活されたガーネット系蛍光体を含む組成」((((以以以以
下下下下「「「「本件組成本件組成本件組成本件組成」」」」というというというという。)。)。)。)を有するフォトルミネセンス蛍光体に限定されるも
のではない。
被告製品のコーティング樹脂はいずれもフォトルミネセンス蛍光体を含有し
ているから,構成要件B1,B2,C,Dを充足する。
(被告の主張)
本件特許に後述のような分割要件違反に基づく無効理由がないとすると,構
成要件B1,B2,C,Dにいう「フォトルミネセンス蛍光体」は本件組成を
有するものに限定されると解するほかないから,フォトルミネセンス蛍光体が
本件組成を有しない被告製品はいずれも構成要件B1,B2,C,Dを充足し
ない。
2争点2(構成要件Cの「第2の光の発光スペクトル」の充足性)について
(原告の主張)
構成要件Cにいう「第2の光の発光スペクトル」は,ピーク波長が1つのも
のに限定されない。
被告製品では,①LEDチップからの発光で,各蛍光体に吸収されずに通過
した青色の光の発光スペクトル,②LEDチップからの発光に励起された赤色
蛍光体からの赤色の光の発光スペクトル,③LEDチップからの発光に励起さ
れた緑色蛍光体からの緑色の光の発光スペクトル,が重なり合って白色の光を
発光しているところ,②の赤色蛍光体と③の緑色蛍光体とを合わせて構成要件
B1,B2,C,Dにいう「フォトルミネセンス蛍光体」であり,②の発光ス
ペクトルと③の発光スペクトルとを合わせて構成要件Cにいう「第2の光の発
光スペクトル」であるから,被告製品は,構成要件Cの「前記フォトルミネセ
ンス蛍光体に吸収されずに通過した前記第1の光の発光スペクトルと前記第2
の光の発光スペクトルとが重なり合って白色系の光を発光する」を充足する。
(被告の主張)
本件発明は,単色性ピーク波長を有する発光ダイオードの発光色に,これと
は異なる白色系以外の色の光を重ね合わせて白色系の発光を得ようとするもの
であるところ(本件明細書の段落【0003】ないし【0006】参照),一
般に,白色系以外の色の光の発光スペクトルは単色性ピーク波長を有するか
ら,構成要件Cにおける「第2の光の発光スペクトル」とは,単色性ピーク波
長を有する「第1の光の発光スペクトル」と同様に,ピーク波長が1つのもの
と解さざるを得ない。
そうすると,赤色領域に発光ピークを有する赤色蛍光体からの光の発光スペ
クトルと,緑色領域に発光ピークを有する緑色蛍光体からの光の発光スペクト
ルとは,それぞれが独立した「発光スペクトル」であり,LEDチップからの
青色の光の発光スペクトルだけを別にして,その赤色の光の発光スペクトルと
緑色の光の発光スペクトルとを重ね合わせたものを1つの「第2の光の発光ス
ペクトル」と評価することはできない。
被告製品では,①各蛍光体に吸収されずに通過したLEDチップからの光の
発光スペクトル(第1の光の発光スペクトル)と,②赤色蛍光体からの光の発
光スペクトル(第2の光の発光スペクトル)とが重なり合って白色系の光を発
光するのではなく,それらの発光スペクトルと③緑色蛍光体からの光の発光ス
ペクトル(第3の光の発光スペクトル)とが重なり合って白色の光を発光する
のであるから,被告製品は構成要件Cを充足しない。
3争点3(構成要件Dの充足性)について
(原告の主張)
本件発明の請求項の記載や作用効果,本件明細書の段落【0048】の記載
からすれば,構成要件Dは,要するに,コーティング樹脂中の蛍光体の含有分
布の状態を全体としてみたときに,蛍光体の含有分布が,水分が侵入する起点
であるコーティング樹脂の表面側から離れて位置するLEDチップが存在する
方に有意に偏っている状態を意味している。
構成要件Dは,蛍光体の濃度が「コーティング樹脂の表面側」から「LED
チップ」に「向かって」高くなるという,「蛍光体の濃度変化の方向」を特定
したものであって,「コーティング樹脂の表面側を起点として,同起点から
徐々に高くなっていなければならない」というような「蛍光体の濃度が徐々に
変化すること」を規定したものではない。
被告製品の蛍光体の分布が「コーティング樹脂中の蛍光体の含有分布の状態
を全体としてみたときに,蛍光体の含有分布が,水分が侵入する起点である
コーティング樹脂の表面側から離れて位置するLEDチップが存在する方に有
意に偏っている状態」になっていることは,一見して明らかである。被告はワ
イヤーの上という特殊な領域において局所的に蛍光体濃度が高くなっているこ
とを問題とするが,このような事実は被告製品が構成要件Dを充足することを
なんら妨げない。
(被告の主張)
構成要件Dの「前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップに向
かって高くなっている」とは,少なくとも「コーティング樹脂の表面側からL
EDチップ側に向かって蛍光体濃度が高くなることはあっても低くなることは
ない」との意を含むと解される。
イ号物件では,蛍光体がLEDチップ上及びLEDチップから延在するワイ
ヤー上に堆積し,LEDチップの上面とワイヤーとを通る鉛直線に沿って蛍光
体の濃度分布をみると,コーティング樹脂の表面からワイヤーの直上までほぼ
零であったものが,ワイヤーの直上で高くなり,ワイヤーを過ぎるとまたほぼ
零となり,LEDチップの直上でまた高くなっている。このような「低(零)
→高→低(零)→高」の濃度分布は,原告が正に特許請求の範囲から除外した
ものであり,イ号物件は構成要件Dを充足しない。
また,補助参加人が主張するように,助詞の「から」とは起点となる場所を
示す語であるところ,イ号物件では蛍光体の濃度が高くなり始める起点がLE
Dチップ又はワイヤーの直上であって,「コーティング樹脂の表面側」では濃
度がほぼ零であるから,イ号物件は,この点からも,構成要件Dを充足しな
い。
ロ号物件,ハ号物件,ニ号物件についても,以上の主張がいずれも同様に当
てはまる。
(補助参加人の主張)
構成要件Dの「から」とは,「起点となる場所を示す」助詞であるから,構
成要件Dは,「前記コーティング樹脂中のフォトルミネセンス蛍光体の濃度」
が高くなり始める起点が,「前記コーティング樹脂の表面側」であり,当該濃
度が「前記コーティング樹脂の表面側」から「前記LEDチップに向かって」
高くなることを規定したものに他ならない。また,当該濃度が,同表面側から
徐々に高くなることを規定したものであることは,本件明細書の実施例1~
8,10,12の記載や出願経過からも明らかである。
被告製品では,蛍光体のほとんどがチップ側に沈殿しており,その濃度が高
くなる起点は,「コーティング樹脂の表面側」ではなく,「チップ側」のごく
近傍である。被告製品では,蛍光体のほとんどがチップ側に均一の密度で沈殿
しており,その濃度が「徐々に高くなる」こともない。
したがって,被告製品は,構成要件Dを充足しない。
4争点4(分割要件違反に基づく新規性・進歩性欠如の有無)について
(被告の主張)
(1)分割要件違反について
ア分割出願が行われた場合,新たな出願がもとの特許出願の時にしたもの
とみなされる効果を有することからすれば,新たな出願に係る発明は,も
との出願の願書に最初に添付した明細書等に記載した事項の範囲内にある
ことを要する。そして,原出願の請求項の発明特定事項の一部を削除して
分割出願の請求項とする場合において,もとの出願の願書に最初に添付し
た明細書等に記載された事項の範囲内であるとして分割出願が適法である
とするためには,削除する事項が本来的に技術上の意義を有さないもので
あって,削除により新たな技術上の意義が追加されないことが明らかな場
合(削除する事項が,任意の付加的事項であることが明細書等の記載から
自明である場合も同様)であることを要する。
イ本件特許出願についてみると,本件原出願に係る発明においては,
「フォトルミネセンス蛍光体が,Y,Lu,Sc,La,Gd及びSmか
らなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と,Al,Ga及びInから
なる群から選ばれる少なくとも1つの元素とを含んでなるセリウムで付活
されたガーネット系蛍光体を含む」ことが発明特定事項であり(乙5。な
お,乙5の【請求項1】には,「前記フォトルミネセンス蛍光体が,Y,
Lu,Sc,La,Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つ
の元素と,Al,Ga及びInからなる群から選ばれる少なくとも1つの
元素とを含んでなるセリウムで付活されたYとAlを含むイットリウム・
アルミニウム・ガーネット系蛍光体」と記載されているが,この記載のう
ち「Y,Lu,Sc,La,Gd及びSmからなる群から選ばれた少なく
とも1つの元素と,Al,Ga及びInからなる群から選ばれる少なくと
も1つの元素とを含んでなる」と「YとAlを含む」とは整合しないよう
に思われ,ここでは,【請求項1】の記載ではなく段落【0012】等の
記載により上記発明特定事項を把握している。),蛍光体の組成が具体的
に特定されていたが,本件発明においては,フォトルミネセンス蛍光体が
「第1の光とは波長の異なる第2の光を発光するフォトルミネセンス蛍光
体」と定義されているだけで,蛍光体の具体的組成(本件組成)が削除さ
れている。
ウ本件原出願の明細書等において本件組成を有しない発明は一切記載され
ておらず,かつ,本件原出願に係る発明の効果は本件組成によってこそ得
られるというのであるから,本件組成が技術上の意義を有することは明ら
かである。
そして,このようにいわば絶対的な技術上の意義を有する本件組成を削
除したにもかかわらず,本件発明に発明の効果が残存するというのであれ
ば,削除により新たな技術上の意義が追加されることも当然である。
よって,「本件組成が本来的に技術的意義を有さないものであって,削
除により新たな技術上の意義が追加されないことが明らかな場合」に該当
しないことは明白である。
また,「本件組成が任意の付加的事項であることが明細書等の記載から
自明である場合」にも該当しないことは明白である。
エ以上のとおり,本件特許出願において「削除する事項」である本件組成
は,「本来的に技術上の意義を有さないものであって,削除により新たな
技術上の意義が追加されないことが明らかな場合」にも「任意の付加的事
項であることが明細書等の記載から自明である場合」にも該当しないか
ら,本件特許出願は分割要件(特許法44条1項)に違反するもので出願
日の遡及は認められず,その出願日は現実の出願日である平成21年3月
18日である。
(2)本件発明の新規性・進歩性欠如について
ア本件特許出願(平成21年3月18日)の前である平成20年7月10
日に頒布された特開2008-160140号公報(乙5)には,次の発
明((((以下以下以下以下「「「「乙乙乙乙5555発明発明発明発明」」」」といといといというううう。)。)。)。)が記載されている。
p:カップ部105a内に配置された,発光層が窒化ガリウム系半導体を
含むLEDチップ102と,
q:カップ部105aに充填されてLEDチップ102を直接覆うコー
ティング樹脂であって,LEDチップ102によって発光された光の一
部を吸収して,吸収した光の波長と異なる波長を有する光を発光する
フォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング樹脂101を有
し,
x:前記フォトルミネセンス蛍光体が,Y,Lu,Sc,La,Gd及び
Smからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と,Al,Ga及び
Inからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素とを含んでなるセリ
ウムで付活されたガーネット系蛍光体を含み,
r:前記フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過したLEDチップ
102の発光のスペクトルと,前記フォトルミネセンス蛍光体の発光の
スペクトルとが重なり合って白色系の光を発光する発光ダイオードで
あって,
s:コーティング樹脂101中のフォトルミネセンス蛍光体の濃度が,
コーティング樹脂101の表面側からLEDチップ102に向かって高
くなっている
t:発光ダイオード100。
イ本件発明1と乙5発明を対比すると,乙5発明の構成要件p,q,r,
s,tはそれぞれ本件発明1の構成要件A1,B1,C,D,Eに相当
(一致)する。
したがって,乙5発明と本件発明1とは乙5発明の構成要件xの有無の
点で相違するが,乙5発明の構成要件xは「フォトルミネセンス蛍光体」
を限定するものであるから,乙5発明と本件発明1とは下位概念と上位概
念の関係にあり,本件発明1は新規性を有しない。
仮に,本件発明1の新規性が否定されない場合であっても,本件発明1
は乙5発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである
から,本件発明1は進歩性を有しない。
ウ本件発明2についても同様である。
(原告の主張)
(1)分割出願の適法性は,原出願に2以上の発明が記載されており,この一
部を分割したかどうかで判断されるべきである。
そして,原出願に記載された発明とは,「もとの出願の願書に添付した明
細書の特許請求の範囲に記載されたものに限られず,その要旨とする技術的
事項のすべてがその発明の属する技術分野における通常の技術的知識を有す
る者においてこれを正確に理解し,かつ,容易に実施することができる程度
に記載されているならば,右明細書の発明の詳細なる説明ないし右願書に添
付した図面に記載されているものであっても差し支えない,と解するのが相
当である」(最高裁昭和55年12月18日判決)。
したがって,本件における分割出願の適否は,原出願の明細書において,
原出願で請求されているのとは異なる発明が,当業者であれば正確に理解
し,容易に実施できる程度に記載されているか否かという観点から判断され
るべきである。
(2)本件原出願の明細書(乙5の段落【0047】)には,「フォトルミネ
センス蛍光体が含有されたコーティング部やモールド部材の表面側から発光
素子に向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を高くした場合は,外
部環境からの水分などの影響をより受けにくくでき,水分による劣化を防止
することができる」との記載がされている。そして,前記「フォトルミネセ
ンス蛍光体」は,具体的には,「Y,Lu,Sc,La,Gd及びSmから
選択された少なくとも1つの元素と,Al,Ga及びInから選択された少
なくとも1つの元素とを含み,セリウムで付活されたガーネット系蛍光体で
あ」るとされてはいるものの,「フォトルミネセンス蛍光体が含有された
コーティング部やモールド部材の表面側から発光素子に向かってフォトルミ
ネセンス蛍光体の分布濃度を高く」するとの上記構成を採用して「(フォト
ルミネセンス蛍光体の)水分による劣化を防止」するに際し,前記「フォト
ルミネセンス蛍光体」が,必ずしも上記の具体的組成のものに限られるもの
ではないことは,当業者が容易に理解できるところである。すなわち,本件
原出願には,(特定の組成の蛍光体に限定されない)本件発明が開示されて
いるものといえる。
そして,段落【0047】によって,本件発明がひとまとまりの技術思想
として記載されていることを認識した当業者であれば,比較例1の組成で
あっても,蛍光体を均等分布したものと比較すれば,やはり発明の効果は奏
すると理解することが当然である。本件原出願の明細書に記載された比較例
1は,単に,(ZnCd)S:Cu,Alという組成をもった蛍光体が水分
に対して劣化しやすいことを示すにすぎず,本件発明の効果,すなわち,蛍
光体の分布状態によって水分劣化の速度に差が出ることを否定する根拠には
ならない。
このように,本件原出願の明細書には本件発明の開示があるから,本件分
割出願は適法であって,被告の主張には理由がない。
5争点5(乙7に基づく進歩性欠如の有無)について
(被告の主張)
(1)乙7発明
ア本件特許の優先権主張日より前に公刊された特開平7-99345号公
報(乙7)には,次の発明((((以下以下以下以下「「「「乙乙乙乙7777発明発明発明発明」」」」というというというという。)。)。)。)が記載されてい
る。
a3:化合物半導体を有するLEDチップ(発光チップ1)と,
b3:該LEDチップ(発光チップ1)を直接覆うコーティング樹脂(封止
樹脂)であって,該LEDチップからの第1の光の一部を吸収し波長変換
して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光する蛍光物質(波長変
換材料5)が含有されたコーティング樹脂を有し,
c3:前記蛍光物質(波長変換材料5)に吸収されずに通過した前記第1の
光の発光スペクトルと前記第2の光の発光スペクトルとが重なり合って発
光する発光ダイオードであって,
d3:前記コーティング樹脂(封止樹脂)中の蛍光物質(波長変換材料5)
の濃度が,前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ(発光
チップ1)に向かって高くなっている
e3:発光ダイオード
上記のうちのc3の「第1の光の発光スペクトルと第2の光の発光スペク
トルとが重なり合って発光する」ことは乙7に明記されてはいないが,段落
【0010】の波長変換材料5が第1の光を全て吸収し得ず,第1の光のう
ちの波長変換材料5に吸収されなかった光と波長変換材料5が発した光とが
重なり合うことは明らかであるから,c3が導かれる。
また,原告が審査段階で提出した意見書(乙17)の記載内容から,d3
の構成が導かれる。
(2)本件発明1と乙7発明との一致点及び相違点
本件発明1と乙7発明とを対比すると,両者の間には次の一致点,相違点
がある。
<一致点>
①発光ダイオードであること
②化合物半導体を有するLEDチップを有すること
③LEDチップを直接覆うコーティング樹脂であって,LEDチップから
の第1の光の一部を吸収し波長変換して第1の光とは波長の異なる第2の
光を発光する蛍光物質が含有されたコーティング樹脂を有すること
④蛍光物質に吸収されずに通過した第1の光の発光スペクトルと第2の光
の発光スペクトルとが重なり合って発光すること
⑤コーティング樹脂中の蛍光物質の濃度が,コーティング樹脂の表面側か
らLEDチップに向かって高くなっていること
<相違点>
①本件発明1において,化合物半導体が窒化ガリウム系化合物半導体であ
ること
②本件発明1において,第1の光の発光スペクトルと第2の光の発光スペ
クトルとが重なり合って白色系の光を発光すること
(3)相違点①・②について
特開平5-152609号公報(乙14)には,「窒化ガリウム系化合物
半導体を有するLEDチップ(青色発光素子11)」という構成が記載され
ている。
特開平8-7614号公報(乙15)には,「LEDチップ(青色LED
1)からの青色光の一部を吸収し波長変換して青色光とは波長の異なる橙色
光を発光する蛍光物質(蛍光層5)であって,該蛍光物質に吸収されずに通
過した青色光の発光スペクトルと該蛍光物質からの橙色光の発光スペクトル
とが重なり合って白色系の光を発光するもの」という構成が記載されてい
る。
各公報はいずれも原告の特許出願に係り,LEDからの光とこれにより励
起された蛍光体からの光とを重ね合わせて発光を得るものであるから,技術
分野及び作用,機能が共通する。相違点①は,特開平7-176794号公
報(乙26)にも記載され,相違点②は,特開平7-176794号公報
(乙26),特開平1-260707号公報(乙27)にも記載されてい
る。
よって,乙7発明の相違点①に乙14,26の構成を適用し,相違点②に
乙15,26,27の構成を適用して本件発明1に想到することは,当業者
にとって容易である。
なお,「蛍光体の水分による劣化の抑制」という効果は,出願書類に記載
されたものではなく,原告が出願書類の記載から逸脱,乖離して主張してい
るにすぎないが,仮に,このように水分との関係で本件発明1の効果を考え
るとしても,本件発明1は原告が主張するような有利な効果を奏しない(乙
18)。
(4)本件発明2と乙7発明との一致点及び相違点
本件発明2と乙7発明とを対比すると,両者の間には次の一致点,相違点
がある。
<一致点>
①発光ダイオードであること
②化合物半導体を有するLEDチップを有すること
③LEDチップを直接覆うコーティング樹脂であって,LEDチップから
の第1の光の一部を吸収し波長変換して第1の光とは波長の異なる第2の
光を発光する蛍光物質が含有されたコーティング樹脂を有すること
④蛍光物質に吸収されずに通過した第1の光の発光スペクトルと第2の光
の発光スペクトルとが重なり合って発光すること
⑤コーティング樹脂中の蛍光物質の濃度が,コーティング樹脂の表面側か
らLEDチップに向かって高くなっていること
<相違点>
①本件発明2において,LEDチップが凹部内に配置されていること
②本件発明2において,コーティング樹脂が凹部に充填されていること
③本件発明2において,化合物半導体が窒化ガリウム系化合物半導体であ
ること
④本件発明2において,第1の光の発光スペクトルと第2の光の発光スペ
クトルとが重なり合って白色系の光を発光すること
(5)相違点①から④について
相違点①及び②については,特開平7-99345号公報(乙7)に記載
され,相違点③については特開平5-152609号公報(乙14)に記載
され,相違点④については特開平8-7614号公報(乙15)に記載され
ているところ,各公報はいずれも原告の特許出願に係り,LEDからの光と
これにより励起された蛍光体からの光とを重ね合わせて発光を得るものであ
るから,技術分野及び作用,機能が共通する。相違点③は,特開平7-17
6794号公報(乙26)にも記載され,相違点④は,特開平7-1767
94号公報(乙26),特開平1-260707号公報(乙27)にも記載
されている。
よって,相違点①及び②に乙7を適用し,相違点③に乙14,26を適用
し,相違点④に乙15,26,27を適用して本件発明2に想到すること
は,当業者にとって容易である。
(6)特許法167条について
特許法167条は特許庁における再度の審判請求を禁じる規定で,これが
裁判所における主張を制限するものでないこと,及び,同法104条の3で
準用等されていないことは,文言上,一見して明らかである。
本件訴訟において,訴訟上の信義則を理由に,被告の無効の抗弁が排斥さ
れるべきでもない。
本件訴訟における前記4の分割要件違反に基づく新規性・進歩性欠如の無
効理由(被告が無効2011-800021号で主張し,審決取消訴訟(乙
30)を提起したもの。)及び後記7の明確性要件違反の無効理由以外の無
効理由(乙7発明を主引例とする進歩性違反の無効理由及び後記6のサポー
ト要件違反の無効理由)は,被告が請求した本件特許にかかる無効審判(無
効2011-800079号。以下以下以下以下「「「「本件無効審判本件無効審判本件無効審判本件無効審判」」」」というというというという。。。。)において主
張したものであるが,本件における乙7発明を主引例とする進歩性違反の無
効主張は,未提示の文献(乙18,26,27)にも基づく進歩性欠如に関
するものであるから,本件無効審判における無効理由と同一の証拠に基づく
ものではない。
(原告の主張)
(1)被告の無効主張は確定した無効不成立審決と同一の事実及び証拠に基づ
くものであって,許されないこと
被告が主張する無効理由の内容はすべて,本件無効審判において被告が主
張した内容と実質的に同一であり,無効主張に関する重要な証拠も全て本件
無効審判において提出されたものと共通しているところ,本件無効審判につ
いては請求不成立の審決(乙19)に対して被告が審決取消訴訟を提起しな
かったため,当該審決は確定している。被告は新たに乙26,27に基づく
主張をしているが,これは審決が判断した相違点c(c’)に関するもので
はなく,相違点b(b’)に関する主張である。したがって,乙26,27
によっては,相違点c(c’)についての審決の判断を覆すものではないか
ら,新たな証拠が提出されたものとはいえない。
平成23年法律第63号による改正前の特許法167条は「何人も,特許
無効審判又は延長登録無効審判の確定審決の登録があつたときは,同一の事
実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。」と定め
ている。
167条は直接的には再度の審判請求を禁じるものであって,無効の抗弁
について述べているものではないが,同一の事実及び同一の証拠に基づいて
無効審判を提起することが許されないのであれば,このような事実及び証拠
に基づいて無効の抗弁を主張しても,もはや同法104条の3第1項にいう
「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」
に当たらないことは明らかであり,無効の抗弁が成立する余地はない。
(2)本件発明1と乙7発明との一致点及び相違点
念のため,被告が主張する無効理由がないことについて主張する。
本件発明1と乙7発明は,
「LEDチップと,該LEDチップを直接覆うコーティング樹脂であって,
該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し波長変換して前記
第1の光とは波長の異なる第2の光を発光するフォトルミネセンス蛍光体が
含有されたコーティング樹脂を有する発光ダイオード。」
である点で一致し,以下の点において相違する。
aLEDチップが,本件発明1では,窒化ガリウム系化合物半導体を有す
るものであるのに対し,乙7発明では,窒化ガリウム系化合物半導体を有
するものであるのか否か明らかではない点(相違点a)。
b本件発明1は,フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過した(L
EDからの)第1の光の発光スペクトルと(フォトルミネセンス蛍光体に
より波長変換された)第2の光の発光スペクトルとが重なり合って白色系
の光を発光するものであるのに対し,乙7発明は,例えば,青色発光チッ
プで緑色発光が得られる蛍光物質を含む緑色LEDと,単なる青色発光
チップのみからなる青色LEDとを同一平面上に水平に近接して並べた場
合,緑色LEDを消灯して,青色LEDを点灯すると,青色LEDから洩
れ出る光により,緑色LEDの蛍光物質が励起され,消灯した緑色LED
があたかも点灯したような状態となり,両LEDの混色が発生するという
ような問題を解決し,波長の異なるLEDを近接して設置しても混色の起
こらないLEDを提供するためのものであって,フォトルミネセンス蛍光
体(蛍光物質)に吸収されずに通過した(発光チップからの)第1の光の
発光スペクトルと(蛍光物質により変換された)第2の光の発光スペクト
ルとが重なり合って白色系の光を発光するものとはされていない点(相違
点b)。
cコーティング樹脂中のフォトルミネセンス蛍光体の濃度が,本件発明1
では,コーティング樹脂の表面側からLEDチップに向かって高くなって
いるのに対し,乙7発明では,そのようになっているか否か明らかではな
い点(相違点c)。
(3)乙7発明は本件発明1とは解決課題及び発明の意図を異にし,他の発明
と組み合わせる動機付けもないから,乙7発明に接した当業者が,相違点
b,cに係る構成について,本件発明1の構成となすことは当業者が容易に
なし得たことである,ということはできない。
(4)本件発明2についても,乙7発明との相違点は,本件発明1と乙7発明
の相違点と同様であるから,本件発明1と同様,乙7発明から容易に発明を
することができたものとはいえない。
(5)本件発明は,「蛍光体の水分による劣化の抑制」という効果を奏する。
6争点6(サポート要件違反の有無)について
(被告の主張)
(1)特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,
特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範
囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細
な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲
内のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の
技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであ
るか否かを検討して判断すべきであるところ(知財高裁平成17年11月1
1日判決[「偏光フィルムの製造法」大合議判決]),本件特許出願では,
「特許請求の範囲に記載された発明」は本件組成を有しない一方,「発明の
詳細な説明に記載された発明」は本件組成を有するものに限られ,「当該発
明の課題」は「より高輝度で,長時間の使用環境下においても発光光度及び
発光光率の低下や色ずれの極めて少ない発光装置を提供すること」である
(段落【0010】)。
したがって,本件特許出願について,「発明の詳細な説明に記載された発
明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できる
と認識できる範囲内のもの」とは,蛍光体が本件組成を有する発明で,当業
者が「より高輝度で,長時間の使用環境下においても発光光度及び発光光率
の低下や色ずれの極めて少ない発光装置を提供すること」ができると認識し
得るものであり,本件発明のように蛍光体が本件組成を有しなければ,それ
に該当しないことは明白である。
また,蛍光体が本件組成を有しない「比較例1」の発光ダイオードが,
「発光素子の発光光と蛍光体に付着していた水分あるいは外部環境から進入
した水分により光分解し蛍光体結晶表面にコロイド状亜鉛金属を析出し外観
が黒色に変色」して「寿命試験においては,約100時間で出力がゼロに
なった」ことに鑑みれば(段落【0108】及び【0109】),本件発明
が,「その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発
明の課題を解決できると認識できる範囲のもの」,すなわち,当業者が出願
時の技術常識に照らし「より高輝度で,長時間の使用環境下においても発光
光度及び発光光率の低下や色ずれの極めて少ない発光装置を提供すること」
ができると認識し得るものに該当しないことも明白である。
(2)被告の無効主張が,特許法167条,104条の3,訴訟上の信義則に
より制限されることはない。
(原告の主張)
(1)被告の無効主張は,確定した無効不成立審決(乙19)と同一の事実及
び証拠に基づくものであるから,特許法167条,104条の3により被告
の無効主張は許されない。
(2)本件明細書の段落【0007】,【0009】,【0048】には,
ア蛍光体によっては,外部から侵入する水分や,製造時に内部に含まれた
水分と,光及び熱とによって,劣化が促進されるものがあること
イフォトルミネセンス蛍光体の含有分布は,混色性や耐久性にも影響する
こと
ウフォトルミネセンス蛍光体を,コーティング部の表面側から発光素子に
向かって分布濃度を高くすれば,外部環境からの水分などの影響をより受
けにくくでき,水分による劣化を防止できること
が記載されている。
しかるところ,上記ア~ウによれば,
aフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度をコーティング部の表面側から発
光素子に向かって高くすれば,そうでない場合に比べて,外部環境からの
水分による劣化の防止の効果を期待できること
bフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を前記aのようにした際の水分に
よる劣化防止の作用は,必ずしも特定の組成のフォトルミネセンス蛍光体
に限られる,とは解されないこと
は,いずれも当業者が容易に理解できるところである。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,特定の蛍光体を備えた
発光ダイオードしか開示がないとしても,蛍光体に関し具体的組成の特定が
されていない本件発明が,本件の発明の詳細な説明に記載されたものではな
いということはできない。
7争点7(明確性違反の有無)について
(被告の主張)
構成要件Dが「コーティング樹脂中の蛍光体の含有分布の状態を全体として
みたときに,蛍光体の含有分布が,水分が侵入する起点であるコーティング樹
脂の表面側から離れて位置するLEDチップが存在する方に有意に偏っている
状態」を意味するのであれば,その充足・非充足は「有意」か否かで判断すべ
きところ,「有意」とは,一般に,「①意志・意図のあること。したごころの
あること。②統計で,偶然ではなく必然的に差が生じていること。③意味のあ
ること。有意義。」と解される。一方,本件明細書には,「統計で,偶然では
なく必然的に差が生じていること」や「意味のあること」について何らの説明
もないから,構成要件Dの外縁は不明というほかなく,本件発明は明確でな
い。すなわち,本件特許は,特許法36条6項2号の規定に違反してされたも
のであり,同法123条1項4号に該当して無効とすべきものである。
(原告の主張)
構成要件Dを,争点3(構成要件Dの充足性)で述べたとおり解釈しても,
本件発明の権利範囲は明らかであるから,本件発明の外縁が不明確であるなど
ということはない。
8争点8(差止めの必要性)について
(原告の主張)
被告製品は本件発明の技術的範囲に含まれるものであるから,原告は,被告
に対し,被告製品の譲渡,輸入,又は譲渡の申出の差止め及び被告製品の廃棄
を求める。
(被告の主張)
被告は,被告製品(TK-UL60W,TK-BE014C,TK-BE0
53L及びTK-BE053N)の後継となる新製品(FRLC7L,FRL
C7N,FRLC4L,FRLC4N,FRLC4L-E17及びFRLC4
N-E17)を平成24年1月31日に販売開始し,被告製品については,現
在,輸入も譲渡もしていない。
原告の差止請求及び廃棄請求は,これらの点からも棄却されるべきである。
9争点9(損害)について
(原告の主張)
(1)甲事件
イ号物件及びロ号物件の売上げは,年間約1億円を下回らないので,本件
特許の登録日である平成22年6月18日から現在までの売上げの合計は,
1億3320万円を下らない。本件発明の実施に対し受けるべき金銭の額
は,少なくともイ号物件及びロ号物件の販売額の5%に相当する666万円
を下らない。
よって,原告は,被告に対し,民法709条,特許法102条3項に基づ
く損害賠償請求として,666万円及びこれに対する甲事件訴状送達の日の
翌日である平成23年11月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割
合による遅延損害金の支払を求める。
(2)乙事件
ハ号物件及びニ号物件の売上げは,年間約1200万円を下回らないの
で,本件特許の登録日である平成22年6月18日から現在までの売上げの
合計は,1600万円を下らない。本件発明の実施に対し受けるべき金銭の
額は,少なくともハ号物件及びニ号物件の販売額の5%に相当する80万円
を下らない。
よって,原告は,被告に対し,民法709条,特許法102条3項に基づ
く損害賠償請求として,80万円及びこれに対する乙事件訴状送達の日の翌
日である平成23年11月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合
による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
争う。
第4当裁判所の判断
1被告製品の構成等
(1)イ号物件について
アイ号物件は,「電球色」の「40W用」及び「60W用」電球であっ
て,別紙物件目録1の1の写真に示された外観を備えたものである。
合同会社西友で販売されている60W用のものには,「urbaneLED
電球電球色相当TK-UL60W」との商品名が付されている(甲3
の1ないし3,5の2,6)。
なお,被告がイ号物件の後継品と主張する「FRLC7L」(FORA
60W電球色),「FRLC4L」(FORA40W電球色)は,
電球側面溝の上端が半円形状でなく角形状になっているなど,別紙物件目
録1の1の外観を備えていない(乙32の1・3,乙33の1)。
イイ号物件の構成は,本件発明1,2の双方について対比可能なように,
以下のとおり特定するのが相当である(乙34・4,5頁,弁論の全趣
旨)。
イa:パッケージ凹部内に配置された窒化ガリウム系化合物半導体を有す
るLEDチップと,
イb:該パッケージ凹部に充填されて該LEDチップを直接覆うコーティ
ング樹脂であって,該LEDチップからの447nm付近に発光ピーク
を有する青色の光の一部を吸収し波長変換して赤色の光を発光する赤色
蛍光体,及び,該LEDチップからの447nm付近に発光ピークを有
する青色の光の一部を吸収し波長変換して緑色の光を発光する緑色蛍光
体が含有されたコーティング樹脂を有し,
イc:前記各フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過した前記青色
の光の発光スペクトルと前記赤色蛍光体からの光の発光スペクトルと前
記緑色蛍光体からの光の発光スペクトルとが重なり合って電球色の光を
発光する発光ダイオードであって,
イd:前記コーティング樹脂中に蛍光体が別紙写真1のように分布してい
ること
イe:を特徴とする発光ダイオード。
(2)ロ号物件について
アロ号物件は,「昼白色」の「40W用」及び「60W用」電球であっ
て,別紙物件目録1の2の写真に示された外観を備えたものである。
株式会社ヤマダ電機で販売されている40W用のものには,「FORA
LED電球昼白色相当TK-BE014C」との商品名が付されてい
る(甲4の1ないし3,7)。
なお,被告がロ号物件の後継品と主張する「FRLC7N」(FORA
60W昼白色),「FRLC4N」(FORA40W昼白色)は,
電球側面溝の上端が半円形状でなく角形状になっているなど,別紙物件目
録1の2の外観を備えていない(乙32の2・4,乙33の1)。
イロ号物件の構成は,本件発明1,2の双方について対比可能なように,
以下のとおり特定するのが相当である(乙34・6,7頁,弁論の全趣
旨)。
ロa:パッケージ凹部内に配置された窒化ガリウム系化合物半導体を有す
るLEDチップと,
ロb:該パッケージ凹部に充填されて該LEDチップを直接覆うコーティ
ング樹脂であって,該LEDチップからの453nm付近に発光ピーク
を有する青色の光の一部を吸収し波長変換して赤色の光を発光する赤色
蛍光体,及び,該LEDチップからの453nm付近に発光ピークを有
する青色の光の一部を吸収し波長変換して緑色の光を発光する緑色蛍光
体が含有されたコーティング樹脂を有し,
ロc:前記各フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過した前記青色
の光の発光スペクトルと前記赤色蛍光体からの光の発光スペクトルと前
記緑色蛍光体からの光の発光スペクトルとが重なり合って昼白色の光を
発光する発光ダイオードであって,
ロd:前記コーティング樹脂中に蛍光体が別紙写真2のように分布してい
ること
ロe:を特徴とする発光ダイオード。
(3)ハ号物件について
アハ号物件は,「FORALED電球電球色相当TK-BE053
L」の商品名で特定されるLED電球である。
甲8ないし10によれば25W用のもので,40W用又は60W用のも
のであることを要件とするイ号物件とは重ならない。
イハ号物件の構成は,本件発明1,2の双方について対比可能なように,
以下のとおり特定するのが相当である(乙34・8,9頁,弁論の全趣
旨)。
ハa:パッケージ凹部内に配置された窒化ガリウム系化合物半導体を有す
るLEDチップと,
ハb:該パッケージ凹部に充填されて該LEDチップを直接覆うコーティ
ング樹脂であって,該LEDチップからの443nm付近に発光ピーク
を有する青色の光の一部を吸収し波長変換して赤色の光を発光する赤色
蛍光体,及び,該LEDチップからの443nm付近に発光ピークを有
する青色の光の一部を吸収し波長変換して緑色の光を発光する緑色蛍光
体が含有されたコーティング樹脂を有し,
ハc:前記各フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過した前記青色
の光の発光スペクトルと前記赤色蛍光体からの光の発光スペクトルと前
記緑色蛍光体からの光の発光スペクトルとが重なり合って電球色の光を
発光する発光ダイオードであって,
ハd:前記コーティング樹脂中に蛍光体が別紙写真3のように分布してい
ること
ハe:を特徴とする発光ダイオード。
(4)ニ号物件について
アニ号物件は,「FORALED電球昼白色相当TK-BE053
N」の商品名で特定されるLED電球である。
甲8,9,11によれば25W用のもので,40W用又は60W用のも
のであることを要件とするロ号物件とは重ならない。
イニ号物件の構成は,本件発明1,2の双方について対比可能なように,
以下のとおり特定するのが相当である(乙34・10,11頁,弁論の全
趣旨)。
ニa:パッケージ凹部内に配置された窒化ガリウム系化合物半導体を有す
るLEDチップと,
ニb:該パッケージ凹部に充填されて該LEDチップを直接覆うコーティ
ング樹脂であって,該LEDチップからの444nm付近に発光ピーク
を有する青色の光の一部を吸収し波長変換して赤色の光を発光する赤色
蛍光体,及び,該LEDチップからの444nm付近に発光ピークを有
する青色の光の一部を吸収し波長変換して緑色の光を発光する緑色蛍光
体が含有されたコーティング樹脂を有し,
ニc:前記各フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過した前記青色
の光の発光スペクトルと前記赤色蛍光体からの光の発光スペクトルと前
記緑色蛍光体からの光の発光スペクトルとが重なり合って昼白色の光を
発光する発光ダイオードであって,
ニd:前記コーティング樹脂中の蛍光体が別紙写真4のように分布してい
ること
ニe:を特徴とする発光ダイオード。
2争点1(構成要件B1,B2,C,Dの「フォトルミネセンス蛍光体」の充
足性)について
(1)本件発明の構成要件B1,B2,C,Dにいう「フォトルミネセンス蛍
光体」につき,被告は,「フォトルミネセンス蛍光体」は,「Y,Lu,S
c,La,Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と,
Al,Ga及びInからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素とを含ん
でなるセリウムで付活されたガーネット系蛍光体を含む組成」(本件組成)
を有するフォトルミネセンス蛍光体に限定されると主張し,原告は,本件組
成を有する構成に限定されないと主張する。
(2)本件発明にかかる「特許請求の範囲」には,本件発明にいう「フォトル
ミネセンス蛍光体」は,「該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部
を吸収し波長変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光する」
ものであることが記載されているが,その組成について特段の限定は付され
ていない。
(3)本件明細書の段落【0014】には,「前記フォトルミネセンス蛍光体
としては,Y3Al5O12:Ce,Gd3In5O12:Ceを始め,上述のよ
うに定義される種々のものが含まれる。」(下線部は当裁判所で付した。)
との記載があり,そこでいう「前記フォトルミネセンス蛍光体」とは,段落
【0012】の「該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し
波長変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光するフォトルミ
ネセンス蛍光体」を指すものと認められるが,段落【0001】~【001
3】に,「フォトルミネセンス蛍光体」の「定義」とみられるものは見当た
らない。
本件原出願の明細書(乙5。第4世代分割のもの。)では,段落【001
2】で「前記フォトルミネセンス蛍光体が,Y,Lu,Sc,La,Gd及
びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と,Al,Ga及び
Inからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素とを含み,かつセリウム
で付活されたガーネット系蛍光体を含むことを特徴とする。」との記載があ
り,それを受けて段落【0014】で「前記フォトルミネセンス蛍光体とし
ては,Y3Al5O12:Ce,Gd3In5O12:Ceを始め,上述のように
定義される種々のものが含まれる。」としていたものであるが,第5世代分
割による本件特許出願の際にフォトルミネセンス蛍光体の定義を削除したた
め,【0014】の文章の意味がつながらなくなったものと思われる。
本件明細書に「フォトルミネセンス蛍光体」の定義が存在しない以上,本
件明細書の段落【0014】の「上記のように定義される」との箇所は意味
不明な記載とみるほかない。
(4)本件明細書の他の記載(フォトルミネセンス蛍光体の組成に触れた箇所
として,段落【0014】~【0020】,【0022】,【0026】~
【0031】,【0044】~【0046】,【0050】~【006
4】,【0079】,【0080】,【0083】~【0086】,【01
05】,【0106】,【0109】~【0113】,【0116】~【0
120】,【0124】~【0126】,【0128】,【0135】~
【0138】)を見ても,「好ましい」構成や実施形態,実施例における構
成についての記載はあるが,本件発明におけるフォトルミネセンス蛍光体の
組成について定義したり限定したりした箇所はない(段落【0026】【0
046】には,本件原出願の明細書の前記段落【0012】と同様の組成の
記載があるが,あくまでも「本件発明の一態様」「本実施形態1」とされて
いる。)。
そうすると,本件発明の構成要件B1,B2,C,Dにいう「フォトルミ
ネセンス蛍光体」は,当該発明の属する分野においてその用語が有する普通
の意味,すなわち,特に組成の限定のないフォトルミネセンス蛍光体一般を
指すものと解するのが相当である。
(5)被告製品における「赤色蛍光体」及び「緑色蛍光体」は,いずれもフォ
トルミネセンス蛍光体である以上,本件発明の構成要件B1,B2,C,D
にいう「フォトルミネセンス蛍光体」を充足する。
3争点2(構成要件Cの「第2の光の発光スペクトル」の充足性)について
(1)被告は,構成要件Cにいう「第2の光の発光スペクトル」とは,単色性
ピーク波長を有する「第1の光の発光スペクトル」と同様にピーク波長が1
つのものを指すのであり,被告製品における赤色蛍光体からの赤色の光の発
光スペクトルと,緑色蛍光体からの緑色の光の発光スペクトルとは,それぞ
れが独立した発光スペクトルであり,両者を重ね合わせたものを1つの「第
2の光の発光スペクトル」と評価することはできない,と主張する。
しかし,本件発明にかかる「特許請求の範囲」にもその他の本件明細書の
記載にも,構成要件Cにいう「第2の光の発光スペクトル」を,ピーク波長
が1つのものに限定するような記載はない。
本件明細書の段落【0018】~【0020】,【0028】~【003
1】,【0064】,【0079】~【0085】,【0128】,【01
29】,【0135】などには,2以上の組成の異なる蛍光体を用いる構成
が開示されているから,構成要件Cにいう「第2の光の発光スペクトル」
が,ピーク波長が1つのものに限定されないことは明らかである。
(2)被告製品における「前記赤色蛍光体からの光の発光スペクトルと前記緑
色蛍光体からの光の発光スペクトル」は,構成要件Cにいう「第2の光の発
光スペクトル」に該当するから,被告製品は,いずれも構成要件Cを充足す
る。
4争点3(構成要件Dの充足性)について
(1)構成要件Dは,「前記コーティング樹脂中のフォトルミネセンス蛍光体
の濃度が,前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップに向かって
高くなっていること」を要求するものである。
「前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップに向かって高く
なっている」との要件は,平成22年4月2日付け補正により,「前記コー
ティング樹脂の表面側よりも前記LEDチップ側で高くなっている」との要
件から補正されたものであり,少なくとも「コーティング層表面とLED
チップの中間で蛍光体濃度が最も高くなるような場合」を除外するものであ
る(乙17,丙2の3・4)。
原告は,上記要件につき,「コーティング樹脂中の蛍光体の含有分布を全
体としてみたときに,蛍光体の含有分布が,水分が侵入する起点であるコー
ティング樹脂の表面側から離れて位置するLEDチップが存在する方に有意
に偏っている状態」を意味すると主張する。
しかし,原告の定義では,原告においても除外されていることに争いのな
い「コーティング層表面とLEDチップの中間で蛍光体濃度が最も高くなる
ような場合」,すなわち,濃度を仮に0-5の6段階で表すとして,表面側
からLEDチップ側に向かって順に「0-1-2-3-1」のような状態を
除外できているか疑問である。
他方,被告は,上記要件につき,「コーティング樹脂の表面側からLED
チップ側に向かって蛍光体濃度が高くなることはあっても低くなることはな
い」状態を意味すると主張する。
蛍光体の形状などから,蛍光体とLEDチップとの間には空隙が生じるの
は必然であり,厳密な意味で「一度高くなった後,下がるような状態」が生
じないようにするのは不可能である。また,「コーティング樹脂の表面側か
らLEDチップ側に向かって蛍光体濃度が高くなることはあっても低くなる
ことはない」ように意図して製造したとしても,濃度ムラにより,局所的に
「LEDチップ側よりも表面側の方が高くなる」事態を100パーセント避
けることも不可能である。
さらに,被告の定義では,蛍光体濃度がコーティング樹脂中で均一に分布
する状態(「表面側から前記LEDチップに向かって高くなっている」に当
たらないことは明らかである。)を除外できていない。
そうすると,「前記コーティング樹脂中のフォトルミネセンス蛍光体の濃
度が,前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップに向かって高く
なっている」とは,「コーティング樹脂中の蛍光体の含有分布を全体として
みたときに,蛍光体の含有分布がコーティング樹脂の表面側からLEDチッ
プ側に有意に偏っており,表面側からLEDチップ側に向かって蛍光体濃度
が高くなることはあっても,有意に低くなることはない状態」の意味に解す
るのが相当である。
(2)ワイヤー上に堆積したフォトルミネセンス蛍光体について
被告は,被告製品においては,フォトルミネセンス蛍光体がLEDチップ
上及びLEDチップから延在するワイヤー上に堆積し,蛍光体の濃度分布は
コーティング樹脂の表面からワイヤーの直上までほぼ0であったものが,ワ
イヤーの直上で高くなり,ワイヤーを過ぎるとまたほぼ0となり,LED
チップの直上でまた高くなっているから,フォトルミネセンス蛍光体の濃度
がコーティング樹脂の表面側からLEDチップに向かって高くなっていると
はいえない,と主張する。
しかし,本件明細書においても,蛍光体の分布は「フォトルミネセンス蛍
光体を含有する部材,形成温度,粘度やフォトルミネセンス蛍光体の形状,
粒度分布などを調整することによって」実現することが想定されているので
あり(段落【0048】,【0081】),より具体的には,樹脂中で蛍光
体が比重の差により降下する過程のどこかで樹脂を硬化することによって実
現することが想定されているものと認められる。
このような方法で蛍光体の分布を実現する場合,チップからのワイヤーが
樹脂中に含まれている実施形態にあっては,ワイヤー上部の蛍光体の濃度が
多少高くなることは自然であって,本件明細書においても想定されていた事
態といえる。
そうすると,ワイヤー上に蛍光体が堆積し,局所的にワイヤー上よりもL
EDチップ側で蛍光体の濃度が低くなっているとしても,コーティング樹脂
中の蛍光体の含有分布を全体としてみたときに,蛍光体の含有分布がコー
ティング樹脂の表面側からLEDチップ側に有意に偏っており,ワイヤー上
の蛍光体を除いてみたときに,表面側からLEDチップ側に向かって蛍光体
濃度が高くなることはあっても有意に低くなることはない状態にあれば,
「前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップに向かって高くなっ
ている」ものと認めるのが相当である。
この点に関する被告の主張は採用できない。
(3)コーティング樹脂の表面側を起点として徐々に高くなっていない点につ
いて
被告及び補助参加人は,助詞の「から」とは起点となる場所を示す語であ
るところ,被告製品では蛍光体の濃度が高くなり始める起点がLEDチップ
又はワイヤーの直上であって,「コーティング樹脂の表面側」では濃度がほ
ぼ0である,また,被告製品では,蛍光体のほとんどがLEDチップ側に均
一の密度で沈殿しており,その濃度が徐々に高くなることもないから,「前
記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップに向かって高くなってい
る」とはいえない,などと主張する。
しかし,構成要件Dにいう「前記コーティング樹脂の表面側から前記LE
Dチップに向かって高くなっている」とは,上記(1)のとおり,「コーティ
ング樹脂中の蛍光体の含有分布を全体としてみたときに,蛍光体の含有分布
がコーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に有意に偏っており,表面
側からLEDチップ側に向かって蛍光体濃度が高くなることはあっても,有
意に低くなることはない状態」と解するのが相当であり,濃度変化の起点を
表面側に限定したり,濃度変化の態様を「徐々に高くなる」場合に限定した
りする必要はないと解される。すなわち,上記要件は,濃度を仮に0-5の
6段階で表すとして,表面側からLEDチップ側に向かって順に「0-0-
1-2-3」や「0-0-0-5-5」のような分布を除外するものではな
いと解される。
本件明細書の実施例1ないし8,10,12においては,「発光素子に向
かってフォトルミネセンス蛍光体が徐々に多く分布する」ように構成されて
いる(段落【0106】,【0111】,【0113】,【0114】,
【0116】,【0118】~【0120】,【0129】,【013
8】)が,構成要件Dの文言は上記のように解釈できるのであるから,それ
以上に実施例のような構成に限定すべき理由はない。
(4)イ号物件について
以上を踏まえ,イ号物件におけるフォトルミネセンス蛍光体の分布が
「コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップに向かって高くなってい
る」といえるか,すなわち,「コーティング樹脂中の蛍光体の含有分布を全
体としてみたときに,蛍光体の含有分布がコーティング樹脂の表面側からL
EDチップ側に有意に偏っており,表面側からLEDチップ側に向かって蛍
光体濃度が高くなることはあっても,有意に低くなることはない状態」と
なっているか検討する。
上記1(1)イで認定したイ号物件の構成イdによれば,イ号物件における
フォトルミネセンス蛍光体は,LEDチップ上及びLEDチップから延在す
るワイヤー上に,別紙写真1のように分布している。
写真上側がコーティング樹脂表面であり,写真中央下側の逆台形の部分が
LEDチップ,LEDチップの上面左右に存在する大きな白い塊は金ワイ
ヤーの一部,それより小さな白い塊がフォトルミネセンス蛍光体,左側のワ
イヤーの上から写真左側に延びている蛍光体はワイヤー上に堆積した蛍光体
である。写真下側はパッケージ基板と思われる。
構成要件Dは,「前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップに
向かって高くなっていること」を要求しているにすぎないから,その充足性
判断はコーティング樹脂の表面からLEDチップの表面までの濃度分布を見
ればよいと解され,LEDチップの左右の,LEDチップ表面を左右に伸ば
した線からパッケージ基板までに堆積するフォトルミネセンス蛍光体につい
ては構成要件Dの充足性にとって関係がないものと解される。
また,上記のとおり,蛍光体とLEDチップとの間にある空隙や,
ワイヤー上に堆積した蛍光体についても考慮する必要はない。
そこで,写真上側のコーティング樹脂の表面側からLEDチップの表面ま
での蛍光体の濃度分布を全体としてみると,蛍光体の濃度は,コーティング
樹脂の表面側からLEDチップの付近まではほぼ0であり,LEDチップの
付近で有意に高くなっているから,蛍光体の含有分布はコーティング樹脂の
表面側からLEDチップ側に有意に偏っているといえる。
そして,表面側からLEDチップ側に向かって蛍光体濃度が高くなること
はあっても,有意に低くなっていることはない。
そうすると,イ号物件は,構成要件Dを充足するものと認められる。
(5)ロ号物件について
上記1(2)イで認定したロ号物件の構成ロdによれば,ロ号物件における
フォトルミネセンス蛍光体は,LEDチップ上及びLEDチップから延在す
るワイヤー上に,別紙写真2のように分布している。
写真上側がコーティング樹脂表面であり,写真中央下側の逆台形の部分が
LEDチップ,LEDチップの上面左右に存在する大きな白い塊及びそこか
ら延びた白い太い線は金ワイヤーの一部,それより小さな白い塊がフォトル
ミネセンス蛍光体,左右のワイヤーの上に沿って写っている蛍光体はワイ
ヤー上に堆積した蛍光体である。写真下側はパッケージ基板と思われる。
写真上側のコーティング樹脂の表面側からLEDチップの表面までの蛍光
体の濃度分布を全体としてみると,蛍光体の濃度は,コーティング樹脂の表
面側からLEDチップの付近まではほぼ0であり,LEDチップの付近で有
意に高くなっているから,蛍光体の含有分布はコーティング樹脂の表面側か
らLEDチップ側に有意に偏っているといえる。
そして,表面側からLEDチップ側に向かって蛍光体濃度が高くなること
はあっても,有意に低くなっていることはない。
そうすると,ロ号物件は,構成要件Dを充足するものと認められる。
(6)ハ号物件について
上記1(3)イで認定したハ号物件の構成ハdによれば,ハ号物件における
フォトルミネセンス蛍光体は,LEDチップ上及びLEDチップから延在す
るワイヤー上に,別紙写真3のように分布している。
写真上側がコーティング樹脂表面であり,写真ほぼ中央下側の逆台形の部
分がLEDチップ,LEDチップの上面左右に存在する大きな白い塊及び右
側の白い塊から延びた白い太い線は金ワイヤーの一部,それより小さな白い
塊がフォトルミネセンス蛍光体である。写真下側はパッケージ基板と思われ
る。
写真左側にもLEDチップが写っているが,ここでは写真ほぼ中央のLE
Dチップについて,写真上側のコーティング樹脂の表面側からLEDチップ
の表面までの蛍光体の濃度分布を全体としてみると,蛍光体の濃度は,コー
ティング樹脂の表面側からLEDチップの付近まではほぼ0であり,LED
チップの付近で有意に高くなっているから,蛍光体の含有分布はコーティン
グ樹脂の表面側からLEDチップ側に有意に偏っているといえる。
そして,表面側からLEDチップ側に向かって蛍光体濃度が高くなること
はあっても,有意に低くなっていることはない。
そうすると,ハ号物件は,構成要件Dを充足するものと認められる。
(7)ニ号物件について
上記1(4)イで認定したニ号物件の構成ニdによれば,ニ号物件における
フォトルミネセンス蛍光体は,LEDチップ上及びLEDチップから延在す
るワイヤー上に,別紙写真4のように分布している。
写真上側がコーティング樹脂表面であり,写真ほぼ中央下側の逆台形の部
分がLEDチップ,LEDチップの上面左右に存在する大きな白い塊は金ワ
イヤーの一部,それより小さな白い塊がフォトルミネセンス蛍光体である。
写真下側はパッケージ基板と思われる。
写真左側にもLEDチップが写っているが,ここでは写真ほぼ中央のLE
Dチップについて,写真上側のコーティング樹脂の表面側からLEDチップ
の表面までの蛍光体の濃度分布を全体としてみると,蛍光体の濃度は,コー
ティング樹脂の表面側からLEDチップの付近まではほぼ0であり,LED
チップの付近で有意に高くなっているから,蛍光体の含有分布はコーティン
グ樹脂の表面側からLEDチップ側に有意に偏っているといえる。
そして,表面側からLEDチップ側に向かって蛍光体濃度が高くなること
はあっても,有意に低くなっていることはない。
そうすると,ニ号物件は,構成要件Dを充足するものと認められる。
(8)被告製品が構成要件A1,A2及びEを充足することについては,被
告,補助参加人とも争わない。
(9)以上によれば,次のとおりである。
被告製品の構成イaないしニaは,本件発明1の構成要件A1,本件発明
2の構成要件A2を充足する。
被告製品の構成イbないしニbは,本件発明1の構成要件B1,本件発明
2の構成要件B2を充足する。
被告製品の構成イcないしニcは,本件発明の構成要件Cを充足する。
被告製品の構成イdないしニdは,本件発明の構成要件Dを充足する。
被告製品の構成イeないしニeは,本件発明の構成要件Eを充足する。
そうすると,被告製品は,いずれもそれぞれ本件発明1・2の技術的範囲
に属する。
5争点4(分割要件違反に基づく新規性・進歩性欠如の有無)について
(1)分割要件違反について
ア分割出願が原出願の時においてこれをしたものとみなされるためには,
分割後の発明につき,原出願の願書に添付した当初の明細書に,分割後の
発明の技術的事項のすべてが,その発明の属する技術分野における通常の
技術的知識を有する者においてこれを正確に理解し,かつ,容易に実施す
ることができる程度に,記載されている場合でなければならない(最高裁
昭和53年3月28日判決・集民123号331頁,同昭和55年12月
18日判決・民集34巻7号917頁,同昭和56年3月13日判決・集
民132号225頁)。
そこで,本件発明が,本件原出願(乙5)の特許請求の範囲,明細書及
び図面((((以下以下以下以下,,,,合合合合わせてわせてわせてわせて「「「「乙乙乙乙5555明細書明細書明細書明細書」」」」というというというという。)。)。)。)に開示されているか検
討する。
イ争点1(構成要件B1,B2,C,Dの充足性)において判断したとお
り,本件発明にいう「フォトルミネセンス蛍光体」は,本件組成を有する
ものに限られない。
そこで,本件組成に限定されないフォトルミネセンス蛍光体に関する本
件発明が乙5明細書に開示されているか検討する。
ウ原告は,乙5明細書の段落【0047】には,「フォトルミネセンス蛍
光体が含有されたコーティング部やモールド部材の表面側から発光素子に
向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を高くした場合は,外部環
境からの水分などの影響をより受けにくくでき,水分による劣化を防止す
ることができる」との記載があり,前記「フォトルミネセンス蛍光体」
は,具体的には,「Y,Lu,Sc,La,Gd及びSmから選択された
少なくとも1つの元素と,Al,Ga及びInから選択された少なくとも
1つの元素とを含み,セリウムで付活されたガーネット系蛍光体である」
(本件組成)とされてはいるものの,「フォトルミネセンス蛍光体が含有
されたコーティング部やモールド部材の表面側から発光素子に向かって
フォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を高く」するとの構成を採用して
「(フォトルミネセンス蛍光体の)水分による劣化を防止」するに際し,
前記「フォトルミネセンス蛍光体」が,必ずしも本件組成のものに限られ
るものではないことは,当業者が容易に理解できる,すなわち,乙5明細
書には本件組成に限定されない本件発明が開示されている,と主張する。
エ乙5明細書の段落【0047】は,同一段落中において,「コーティン
グ部やモールド部材の表面側から発光素子に向かってフォトルミネセンス
蛍光体の分布濃度を高く」する構成((((以下以下以下以下「「「「下部構成下部構成下部構成下部構成」」」」というというというという。)。)。)。)と
「フォトルミネセンス蛍光体を,発光素子からモールド部材等の表面側に
向かって分布濃度が高くなるように分布させる」構成((((以下以下以下以下「「「「表面構成表面構成表面構成表面構成」」」」
というというというという。)。)。)。)の相反する2つの構成に区別した上で,下部構成では「水分に
よる劣化を防止することができ」,表面構成では「発光素子からの発熱,
照射強度などの影響をより少なくでき」ると説明している。
さらに,【0047】に続く【0048】,【0049】には,本件組
成に属する蛍光体を用いる実施形態1について,「高効率でかつ十分な耐
光性を有するので,該蛍光体を用いることにより,優れた発光特性の発光
ダイオードを構成することができる」こと,「ガーネット構造を有するの
で,熱,光及び水分に強く,……励起スペクトルのピークを450nm付
近にすることができる」ことが記載されている。
そして,【0101】~【0109】,【図13】には,以下の実験結
果について説明がされている。
①下部構成を採用した上で本件組成に属する蛍光体(「(Y0.8
Gd0.2)3Al5O12:Ce蛍光体」)を使用した実施例1と,下部構
成を採用した上で本件組成に属しない蛍光体(「(ZnCd)S:Cu,
Al」)を使用した比較例1について,寿命試験を実施した。
②実施例1については,温度25℃20mA通電の条件下(【図13】
の「(A)」のグラフ)でも,温度60℃90%RH下で20mA通電の
条件下(同「(B)」のグラフ)でも,蛍光体に起因する変化は観測され
なかったのに対し,比較例1については,後者の条件下(温度60℃9
0%RH下で20mA通電の条件下。同「(B)」のグラフ)では,約1
00時間で外部環境から進入した水分等の影響で蛍光体が劣化し出力がゼ
ロになった。
③以上のとおり,下部構成を採用する等同一条件の下での実験におい
て,本件組成に属する蛍光体を使用した場合(実施例1)では,水分によ
る劣化を防止できるとの効果が得られたのに対し,本件組成に属しない蛍
光体を使用した場合(比較例1)では,高温多湿条件下で早期劣化の結果
が生じ,その結果に相違が生じた。
オ上記【0101】~【0109】,【図13】によれば,当業者であれ
ば,「(下部構成を採用した場合には,)水分による劣化を防止することが
できる」との乙5明細書の記載部分は,本件組成に属する蛍光体について
述べたものであると認識,理解するのが自然であるといえる。また,【0
048】と【0049】では,本件組成に属する蛍光体が「十分な耐光性
を有」し,かつ,「熱,光及び水分に強」いとの性質を有することが言及
されており,【0047】に続けてこれらの記載に接した当業者であれ
ば,【0047】の記載のとおり下部構成を採用可能である(採用した場
合に水分による劣化防止という効果を奏する)のは,本件組成に属する蛍
光体が有する性質によるものと認識,理解するのが自然であるといえる。
そうすると【0047】に接した当業者において,【0047】に記載さ
れた下部構成が本件組成に属しない蛍光体についても採用可能であると理
解するとまでは認められない。
カ加えて,①乙5明細書で実施形態又は実施例として挙げられている蛍光
体は,いずれも本件組成に属する蛍光体のみであること,②【0047】
の冒頭には,「このフォトルミネセンス蛍光体」と,「この」との指示語
が用いられているが,同指示語は,前後の文脈から,【0045】等に記
載されている本件組成に属する蛍光体を指しているのは明白であること等
を総合するならば,【0047】の記載に接した当業者は,【0047】
の「フォトルミネセンス蛍光体」について,本件組成に属する蛍光体に限
定されないと理解するとまでは容易に認め難い。
キ原告は,比較例1が示しているのは,下部構成を採用しても,「(Ze
Cd)S:Cu,Al」という組成の蛍光体の加速試験では約100時間
で水分の影響によって劣化したとの結果であって,これが示す内容は,当
該蛍光体は実施例1の組成と比較して水分に弱いというだけのことであ
り,本件発明が【0047】に開示されていることを理解する妨げになら
ない,などと主張する。
しかし,乙5明細書から当業者が理解し,かつ,容易に実施することが
可能と考えることができる事項は前記のとおりであり,水分による劣化防
止効果は比較例1でも生じているが,「(ZeCd)S:Cu,Al」が
本件組成のものと比較すると水分に弱いために,本件組成のものとの比較
では,水分による劣化防止の効果が結果に表れない,といった趣旨を,当
業者が乙5明細書から読み取れるとは容易に認め難い。原告は甲17,1
8の意見書を提出するが,上記認定を左右するものではない。
ク原告は,本件組成に属しない蛍光体((Sr.Ba)2SiO4:Euで
表される緑色蛍光体と(Sr.Ca)AlSiN3:Euで表される赤色
蛍光体)についても,効果が得られる場合がある旨の実験結果(甲14)
を提出する。
しかし,分割が許されるためには,原出願の明細書に本件発明について
の記載,開示があること(当業者において,記載,開示があると合理的に
理解できることを含む。)を要するから,訴訟過程で提出された上記実験
結果(甲14)をもって,前記の結論を左右することはできないというべ
きである。
ケなお,乙5・33~35頁によれば,原告は,平成20年2月6日に手
続補正を行い,乙5の請求項の数を10に増やし,補正後の請求項1ない
し3(及びその従属項である4ないし6,9,10)では「フォトルミネ
センス蛍光体」を本件組成に限定していないこと,補正後の段落【001
1】では,本件組成に限定されない「フォトルミネセンス蛍光体」につい
て述べた上で,「前記フォトルミネセンス蛍光体は,Y,Lu,Sc,L
a,Gd及びSmから選択された少なくとも1つの元素と,Al,Ga及
びInから選択された少なくとも1つの元素とを含んでなるセリウムで付
活されたガーネット系蛍光体であるを用いることが好ましい。」と記載さ
れていることが認められ,これらの記載によれば,補正後の乙5の「特許
請求の範囲」及び明細書には,本件組成に限定されないフォトルミネセン
ス蛍光体が開示されているということになる。
しかし,上記ウないしクで述べてきたところからすれば,この補正は願
書に最初に添付した明細書(乙5の2ないし32頁,33頁の【図22】
【図23】)に記載した事項の範囲内とはいえず,本件組成に限定されな
いフォトルミネセンス蛍光体という新規事項を追加するものというべきで
あるから,本件では,この補正については考慮しない(なお,乙29・1
頁には,本件原出願に関し,平成23年7月7日の拒絶理由通知(乙2
8)から平成24年5月21日の拒絶査定(乙29)までの間に手続補正
書が提出されたことが記載されているが,その内容は明らかでない。)。
(2)乙5に基づく新規性・進歩性欠如について
ア上記のとおり,本件原出願から分割出願された本件特許出願には分割要
件違反があるから,本件特許の出願日である平成21年3月18日(甲
2)の時点における新規性・進歩性の有無を判断すべきことになる。
イ本件原出願の公開特許公報(特開2008-160140。乙5)は,
本件特許出願日より前である平成20年7月10日に国内において頒布さ
れた刊行物である。
ウ乙5発明1と本件発明1の対比について
ア乙5には,「窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップ」
が開示されている(乙5の請求項1)。
イ乙5には,「該発光素子によって発光された光の一部を吸収して,
吸収した光の波長と異なる波長を有する光を発光するフォトルミネセン
ス蛍光体」が開示されており(乙5の請求項1),該蛍光体を,LED
チップを直接覆うコーティング樹脂に含有させる構成も開示されている
(乙5の段落【0046】,【0064】,【0076】,【図1】,
【図2】)。
本件発明1において蛍光体が吸収するのが「該LEDチップからの第
1の光の少なくとも一部」とあるのは,構成要件Cに「前記フォトルミ
ネセンス蛍光体に吸収されずに通過した前記第1の光」とあることに照
らすと,LEDチップからの第1の光の全部を吸収する構成を含むもの
とは考えられず,本件発明1と乙5発明の相違点とはいえない。
乙5において蛍光体の果たす役割が「波長変換」であることは,乙5
の請求項1からも自明であるが,乙5の段落【0005】でも開示され
ている。
乙5の請求項1においては,上記蛍光体は「Y,Lu,Sc,La,
Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と,Al,
Ga及びInからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素とを含んで
なるセリウムで付活されたYとAlを含むイットリウム・アルミニウ
ム・ガーネット系蛍光体」とされているが,乙5の段落【0012】
【0015】【0026】【0028】等の記載,またYを含まない実
施例8の記載(【0119】),Alを含まない実施例12の記載
(【0137】)からすると,必ずしも「YとAlを含むイットリウ
ム・アルミニウム・ガーネット系蛍光体」に限らず,「Y,Lu,
Sc,La,Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元
素と,Al,Ga及びInからなる群から選ばれた少なくとも1つの元
素とを含んでなるセリウムで付活されたガーネット系蛍光体」を用いる
ことは開示されている。しかし,上記(1)で検討したとおり,それ以外
の組成の蛍光体を用いる構成が開示されているとは認められない。
乙5の請求項1では,上記蛍光体は,「互いに組成の異なる2以上を
含」むものとされているが,実施例1では,単一の組成の蛍光体を用い
る構成が開示されている(乙5の【0104】【0105】)。
ウ乙5の請求項1には,「該2以上の蛍光体の発光する光と該LED
チップの発光との混色光を発光可能である」ことが開示されている。
その混色光が「白色光」であることは,乙5の【0006】【002
1】【0022】で開示されている。
「2以上の蛍光体の発光する光」に限らず,単一組成の蛍光体の発光
する光からでも白色の混色光を発光可能であることは,実施例1(【0
104】【0105】【0107】)で開示されている。
そうすると,「前記フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過し
たLEDチップからの第1の光の発光スペクトルと,該蛍光体の発光す
る第2の光の発光スペクトルとが重なり合って白色系の光を発光する」
ことが開示されている。
エ乙5には,「(本件組成を有する)フォトルミネセンス蛍光体が含
有されたコーティング部やモールド部材の表面側から発光素子に向かっ
てフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を高くした場合は,外部環境か
らの水分などの影響をより受けにくくでき,水分による劣化を防止する
ことができる。」こと(【0047】)が開示されている。当裁判所
は,本件発明1の構成要件Dにいう「前記コーティング樹脂の表面側か
ら前記LEDチップに向かって高くなっている」とは,「コーティング
樹脂中の蛍光体の含有分布を全体としてみたときに,蛍光体の含有分布
がコーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に有意に偏っており,
表面側からLEDチップ側に向かって蛍光体濃度が高くなることはあっ
ても,有意に低くなることはない状態」と解するものであるが,乙5に
おける上記段落【0047】の記載は,本件発明1の構成要件Dの場合
を含んでいるものと解される。
オ乙5の請求項1の「発光装置」が「発光ダイオード」であること
は,乙5の【0002】~【0007】の項から開示されている。
カ以上によれば,乙5には,以下の発明((((以下以下以下以下「「「「乙乙乙乙5555発明発明発明発明1111」」」」といといといとい
うううう。。。。))))が開示されている。
a1:窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと,
b1:該LEDチップを直接覆うコーティング樹脂であって,該LED
チップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し波長変換して前記第
1の光とは波長の異なる第2の光を発光するフォトルミネセンス蛍光
体が含有されたコーティング樹脂を有し,
c:前記フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過した前記第1
の光の発光スペクトルと前記第2の光の発光スペクトルとが重なり
合って白色系の光を発光する発光ダイオードであって,
d:前記コーティング樹脂中のフォトルミネセンス蛍光体の濃度が,
前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップに向かって高く
なっており,
e:前記フォトルミネセンス蛍光体が,Y,Lu,Sc,La,Gd
及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と,Al,
Ga及びInからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素とを含ん
でなるセリウムで付活されたガーネット系蛍光体であること
f:を特徴とする発光ダイオード。
キ以上によれば,乙5発明1と本件発明1とは,「乙5発明1の蛍光
体が,本件組成を有する蛍光体であるのに対し,本件発明1の蛍光体は
本件組成を有するものに限られない点」において相違し,その余の点は
同一である。
そうすると,本件発明1は,基準時において公知であった乙5発明1
を含む上位概念の発明であり,新規性を欠いている。
エ乙5発明と本件発明2の対比について
ア乙5には,LEDチップをマウント・リードのカップ部に戴置する
構成が開示されている(乙5の段落【0026】【0033】【図
1】)。
イ乙5には,LEDチップを覆うようにカップ内にコーティング樹脂
を充填する構成が開示されている(乙5の段落【0026】【003
3】【図1】)。
ウ以上によれば,乙5には,以下の発明((((以下以下以下以下「「「「乙乙乙乙5555発明発明発明発明2222」」」」といといといとい
うううう。)。)。)。)が開示されている。
a2:凹部内に配置された窒化ガリウム系化合物半導体を有するLED
チップと,
b2:前記凹部に充填されて該LEDチップを覆うコーティング樹脂で
あって,該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し波長
変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光するフォトルミ
ネセンス蛍光体が含有されたコーティング樹脂を有し,
c:前記フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過した前記第1の
光の発光スペクトルと前記第2の光の発光スペクトルとが重なり合って
白色系の光を発光する発光ダイオードであって,
d:前記コーティング樹脂中のフォトルミネセンス蛍光体の濃度が,前
記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップに向かって高くなっ
ており,
e:前記フォトルミネセンス蛍光体が,Y,Lu,Sc,La,Gd及
びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と,Al,Ga及
びInからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素とを含んでなるセ
リウムで付活されたガーネット系蛍光体であること
f:を特徴とする発光ダイオード。
エ以上によれば,乙5発明2と本件発明2とは,「乙5発明2の蛍光
体が,本件組成を有する蛍光体であるのに対し,本件発明2の蛍光体は
本件組成を有するものに限られない点」において相違し,その余の点は
同一である。
そうすると,本件発明2は,基準時において公知であった乙5発明2
を含む上位概念の発明であり,新規性を欠いている。
6上記のとおり,本件発明1・2は新規性を欠き無効であるから,その余の点
について判断するまでもなく,特許法104条の3により,原告の権利行使は
許されない。
よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官大須賀滋
裁判官小川雅敏
裁判官西村康夫

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