弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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           主     文
1 1審原告の控訴を棄却する。
2 1審原告の当審における被控訴人ジブラルタ生命に対する更生債権
確定請求を棄却する。
3 1審被告住友軽金属の控訴に基づき,原判決中,1審被告住友軽金
属の敗訴部分を取り消す。
4 前項の原判決を取り消した部分についての1審原告の請求をいずれも
棄却する。
5 訴訟費用は,第1,2審とも,1審原告の負担とする。
           事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 1審原告の控訴について
(1) 1審原告
ア 原判決を次のとおり変更する。
イ 主位的請求
(ア) 被控訴人住友生命は,1審原告に対し,3700万円及びこれに対す
る平成8年11月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支
払え。
(イ) 1審原告と1審被告住友軽金属との間において,1審原告が別紙保
険目録1記載の保険契約に基づく被控訴人住友生命に対する3700万
円の保険金請求権を有することを確認する。
(ウ) 被控訴人日本生命は,1審原告に対し,1700万円及びこれに対す
る平成8年11月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支
払え。
(エ) 1審原告と1審被告住友軽金属との間において,1審原告が別紙保
険目録2記載の保険契約に基づく被控訴人日本生命に対する1700万
円の保険金請求権を有することを確認する。
(オ) 被控訴人太陽生命は,1審原告に対し,200万円及びこれに対する
平成8年11月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払
え。
(カ) 1審原告と1審被告住友軽金属との間において,1審原告が別紙保
険目録3記載の保険契約に基づく被控訴人太陽生命に対する200万
円の保険金請求権を有することを確認する。
(キ) 1審原告は,被控訴人ジブラルタ生命に対して,死亡保険金請求権
320万円の優先的更生債権を有することを確定する。
(1審原告は,当審において,被控訴人ジブラルタ生命に対する金員支
払請求を更生債権確定請求に,訴えを交換的に変更した。)
(ク) 被控訴人第一生命は,1審原告に対し,280万円及びこれに対する
平成8年11月23日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払
え。
(ケ) 1審原告と1審被告住友軽金属との間において,1審原告が別紙保
険目録5記載の保険契約に基づく被控訴人第一生命に対する280万
円の保険金請求権を有することを確認する。
(コ) 参加人マニュライフ・センチュリー生命は,1審原告に対し,200万円
及びこれに対する平成8年11月23日から支払済みまで年6分の割合
による金員を支払え。
(サ) 1審原告と1審被告住友軽金属との間において,1審原告が別紙保
険目録6記載の保険契約に基づく参加人マニュライフ・センチュリー生
命に対する200万円の保険金請求権を有することを確認する。
(シ) 被控訴人アクサグループライフ生命は,1審原告に対し,110万円
及びこれに対する平成8年11月23日から支払済みまで年6分の割合
による金員を支払え。
(ス) 1審原告と1審被告住友軽金属との間において,1審原告が別紙保
険目録7記載の保険契約に基づく被控訴人アクサグループライフ生命
に対する110万円の保険金請求権を有することを確認する。
(セ) 被控訴人明治生命は,1審原告に対し,金100万円及びこれに対す
る平成8年11月23日から支払済みまで年6分の割合による金員を支
払え。
(ソ) 1審原告と1審被告住友軽金属との間において,1審原告が別紙保
険目録8記載の保険契約に基づく被控訴人明治生命に対する100万
円の保険金請求権を有することを確認する。
(タ) 被控訴人あおば生命は,1審原告に対し,70万円及びこれに対する
平成8年11月23日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払
え。
(チ) 1審原告と1審被告住友軽金属との間において,1審原告が別紙保
険目録9記載の保険契約に基づく被控訴人あおば生命に対する70万
円の保険金請求権を有することを確認する。
ウ 予備的請求
(ア) 1審被告住友軽金属は,別紙保険目録1記載の保険契約に基づく保
険金を受領したときは,1審原告に対し,金3700万円及びこれに対す
る受領の日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払
え。
(イ) 1審被告住友軽金属は,別紙保険目録2記載の保険契約に基づく保
険金を受領したときは,1審原告に対し,金1700万円及びこれに対す
る受領の日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払
え。
(ウ) 1審被告住友軽金属は,別紙保険目録3記載の保険契約に基づく保
険金を受領したときは,1審原告に対し,金200万円及びこれに対する
受領の日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(エ) 1審被告住友軽金属は,別紙保険目録4記載の保険契約に基づく保
険金を受領したときは,1審原告に対し,金320万円及びこれに対する
受領の日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(オ) 1審被告住友軽金属は,別紙保険目録5記載の保険契約に基づく保
険金を受領したときは,1審原告に対し,金280万円及びこれに対する
受領の日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(カ) 1審被告住友軽金属は,別紙保険目録6記載の保険契約に基づく保
険金を受領したときは,1審原告に対し,金200万円及びこれに対する
受領の日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(キ) 1審被告住友軽金属は,別紙保険目録7記載の保険契約に基づく
保険金を受領したときは,1審原告に対し,金110万円及びこれに対す
る受領の日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払
え。
(ク) 1審被告住友軽金属は,別紙保険目録8記載の保険契約に基づく保
険金を受領したときは,1審原告に対し,金100万円及びこれに対する
受領の日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(ケ) 1審被告住友軽金属は,別紙保険目録9記載の保険契約に基づく保
険金を受領したときは,1審原告に対し,金70万円及びこれに対する受
領の日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
エ 訴訟費用は,第1,2審とも,1審被告住友軽金属,参加人マニュライフ・
センチュリー生命及び被控訴人らの負担とする。
オ 仮執行の宣言
(2) 1審被告住友軽金属,参加人マニュライフ・センチュリー生命及び被控訴
人ら
ア 1審原告の控訴を棄却する。
イ 1審原告の当審における被控訴人ジブラルタ生命に対する更生債権確
定請求を棄却する。
ウ 控訴費用は1審原告の負担とする。
2 1審被告住友軽金属の控訴について
(1) 1審被告住友軽金属
ア 原判決中,1審被告住友軽金属の敗訴部分を取り消す。
イ 1審原告の請求をいずれも棄却する。
ウ 訴訟費用は,第1,2審とも,1審原告の負担とする。
(2) 1審原告
ア 1審被告住友軽金属の控訴を棄却する。
イ 控訴費用は1審被告住友軽金属の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は,1審被告住友軽金属の従業員であった訴外Aの妻である1審原告
が,1審被告住友軽金属並びに被控訴人ら及び参加人マニュライフ・センチュ
リー生命(以下,上記生命保険会社9社を総称して「本件各生命保険会社」と
いう。)に対し,Aを被保険者とする団体定期保険契約(以下,被保険団体を同
一の保険契約に属する被保険者の集団とする,いわゆるAグループ保険団体
定期保険を「団体定期保険」といい,1審被告住友軽金属が締結した団体定期
保険契約のうち,Aを被保険者とするものを「本件保険契約」という。)につき,
①主位的に本件保険契約における保険金受取人は1審原告であると主張し,
本件各生命保険会社に対して保険金の支払を請求するとともに(ただし,被控
訴人ジブラルタ生命に対しては,当審において,更生債権の確定請求に訴えを
変更した。),1審被告住友軽金属に対して保険金請求権が1審原告に帰属す
ることの確認を求め,②予備的に本件各生命保険会社から1審被告住友軽金
属に上記本件保険契約に基づく保険金が支払われることを条件として,1審被
告住友軽金属に対して保険金相当額の支払を請求した事案の控訴審である。
2 争いのない事実及び証拠によって容易に認定することができる事実
(1) 当事者
ア A(昭和21年11月18日生)は,1審被告住友軽金属の従業員として同
社名古屋製造所に勤務していたところ,平成8年8月29日に心筋梗塞に
より死亡した(当時49歳。甲109号証,167号証,乙イ3号証)。
イ Aの相続人は,妻である1審原告並びに子である訴外B及び訴外Cであ
るところ,同人らは,平成8年11月ころ,Aの本件保険契約に関する一切
の権利を1審原告が相続するとの協議をした(甲167号証,168号証,1
69号証の1ないし3)。
ウ 1審被告住友軽金属は,アルミ・銅等非鉄金属の製造・販売等を目的と
する株式会社である。
エ 本件各生命保険会社並びに脱退1審被告日産生命保険相互会社(以下
「脱退1審被告日産生命」という。)及び同第百生命保険相互会社(以下
「脱退1審被告第百生命」という。)は,いずれも生命保険業等を目的とす
る相互会社又は株式会社である。
(2) 本件保険契約の締結等
ア 1審被告住友軽金属は,平成8年8月29日当時,下記の各生命保険会
社(以下「本件各契約会社」という。)との間で,保険契約者兼保険金受取
人を1審被告住友軽金属とする次のとおりの団体定期保険契約を締結し
ていた。
(ア) 被控訴人住友生命との間で,被保険者を加入年齢15歳以上70歳
以下の従業員全員及び嘱託とする団体定期保険契約(Aを被保険者と
する部分に付き別紙保険目録1記載のとおり)
(イ) 被控訴人日本生命との間で,被保険者を役員,相談役,顧問を除く
加入年齢15歳から54歳までの従業員全員とする団体定期保険契約
(Aを被保険者とする部分に付き別紙保険目録2記載のとおり)
(ウ) 被控訴人太陽生命との間で,被保険者を従業員全員とする団体定
期保険契約(Aを被保険者とする部分に付き別紙保険目録3記載のと
おり)
(エ) 被控訴人ジブラルタ生命(商号変更前は協栄生命保険株式会社)と
の間で,被保険者を18歳以上55歳以下の従業員全員とする団体定期
保険契約(Aを被保険者とする部分に付き別紙保険目録4記載のとお
り)
(オ) 被控訴人第一生命との間で,被保険者を役員及び従業員全員とす
る団体定期保険契約(Aを被保険者とする部分に付き別紙保険目録5
記載のとおり)
(カ) 脱退1審被告第百生命との間で,被保険者を55歳以下の従業員全
員とする団体定期保険契約(Aを被保険者とする部分に付き別紙保険
目録6記載のとおり)
(キ) 被控訴人アクサグループライフ生命(商号変更前はニチダン生命保
険株式会社)との間で,被保険者を従業員全員とする団体定期保険契
約(Aを被保険者とする部分に付き別紙保険目録7記載のとおり)
(ク) 被控訴人明治生命との間で,被保険者を従業員全員とする団体定
期保険契約(Aを被保険者とする部分に付き別紙保険目録8記載のと
おり)
(ケ) 脱退1審被告日産生命との間で,被保険者を役員及び従業員全員
(但し55歳以上は除く。)とする団体定期保険契約(Aを被保険者とする
部分に付き別紙保険目録9記載のとおり)
イ 被控訴人あおば生命について
被控訴人あおば生命は,脱退1審被告日産生命との間の保険契約包
括移転契約により,平成9年10月1日,本件訴訟に係るAの死亡による
保険金支払義務者としての地位を承継した。
ウ 参加人マニュライフ・センチュリー生命について
参加人マニュライフ・センチュリー生命は,脱退1審被告第百生命との
間の保険契約包括移転契約により,平成13年4月2日,本件訴訟に係る
Aの死亡による保険金支払義務者としての地位を承継した。
エ 被控訴人ジブラルタ生命について
(ア) 1審被告協栄生命保険株式会社は,平成12年10月20日,東京地
方裁判所に会社更生手続の申立てをし,同裁判所において,同月23
日,会社更生手続開始決定がされた。1審原告は,同手続において優
先的更生債権者として死亡保険金請求権320万円の届出をしたが,平
成13年1月9日の第1回債権調査期日において,更生会社協栄生命
保険株式会社管財人高木新二郎は,1審原告の上記届出債権に異議
を述べた。
(イ) 更生会社協栄生命保険株式会社は,更生会社ジブラルタ生命保険
株式会社と商号を変更し,その後,同更生会社は,平成13年4月23
日,東京地方裁判所において,更生手続終結決定を受けた(そこで,1
審原告は,被控訴人ジブラルタ生命に対して上記更生債権の確定を求
めた。)。
3 争点
(1) 本件保険契約における保険金受取人指定部分の効力(主位的請求につ
いて)
ア 1審原告の主張
(ア) 本件保険契約は他人の生命の保険契約であるところ,他人の生命
の保険契約において被保険者の同意を要するとされる同意主義(商法
674条1項)の意義は,賭博目的に利用されることを回避するという狭
い目的にとどまるものでなく,その眼目は不労な利得の防止にあると解
すべきである。そして,同意主義の濫用を防止するためには,同意主義
においても被保険者の被保険利益が重視されなければならない。
(イ) 上記の他人の生命の保険契約における被保険者の同意は,保険契
約締結への同意すなわち被保険者になることの同意と,受取人指定に
ついての同意とに分けて考えることができる。このことは,商法677条1
項,2項,674条2項,3項後段等が,保険契約締結後に保険金受取人
を指定,変更し,又はその権利を譲渡する際に被保険者の同意を要す
ると規定していることからもそのように解釈することができる。実際に
も,保険金受取人の指定がされていない生命保険契約は多数存在して
いる。そこで,団体定期保険普通保険約款35条には保険金受取人の
指定がされていない場合を想定して保険金受取人を定める規定を置い
ているのである。このような実態からいっても,被保険者になることの同
意と保険金受取人の指定の同意を分けて検討すべきである。
(ウ) Aが本件保険契約における被保険者になることの同意は,住友軽金
属労働組合(以下「労働組合」という。)による一括同意としてされたもの
と評価し得る。しかし,Aが,1審被告住友軽金属が本件保険契約の保
険金受取人となることについて同意していたということはできない。すな
わち,他人の生命の保険契約における同意主義の観点からは被保険
者の同意は厳格に解さなければならないところ,労働組合が1審被告
住友軽金属から団体定期保険契約について受けた説明は極めて不十
分であり,ずさんなものであって,このような状況のもとで被保険者の同
意があると解することが許されるのは保険金支払請求権が被保険者の
遺族に帰属すると解される場合に限られるというべきであるからであ
る。
(エ) したがって,本件保険契約の保険金受取人を1審被告住友軽金属と
する指定は無効であるから,本件保険契約は保険金受取人の指定が
存在しないものとなる。そこで,団体定期保険普通保険約款35条の規
定により,保険金受取人は,被保険者Aの配偶者である1審原告であ
る。
イ 1審被告住友軽金属及び本件各生命保険会社の主張
商法674条1項は,被保険者が,保険契約者と保険者が締結した保険
契約の全体について同意することを効力発生要件とするものであり,自己
の生命に対する保険契約についての同意と保険金受取人に関する同意
とを別のものとみることはできない。
本件保険契約における保険金受取人についてAの同意がないというの
であれば,本件保険契約は無効となり,Aは,1審被告住友軽金属が本件
各契約会社との間で締結した団体定期保険契約の被保険者団体の構成
員とならないから,1審原告又はその遺族が保険金受取人となることはな
い。
ウ 1審被告住友軽金属の主張
1審被告住友軽金属は,平成8年7月22日,Aを含む全従業員に対し,
保険金の受取人を1審被告住友軽金属とする団体定期保険の被保険者
となることを承諾しない場合には同年8月19日までにその旨の届出をす
るように求めた。ところが,Aは,本件保険契約の保険金受取人が1審被
告住友軽金属であること及び本件各契約会社のそれぞれの従業員1人
当たりの保険金額等を知りながら,上記の届出をしなかった。これによれ
ば,Aは,保険金受取人を1審被告住友軽金属とする本件保険契約の被
保険者となることを同意したものと解される。
(2) 本件保険契約における保険金受取人を1審被告住友軽金属と指定する部
分の公序良俗違反該当性(主位的請求について)
ア 1審原告の主張
(ア) 本件保険契約の保険金受取人を1審被告住友軽金属と指定するこ
とについてAの同意があったとしても,この指定は,以下の理由により,
公序良俗に反して無効である。
① 1審被告住友軽金属と本件各契約会社との関係
本件各契約会社のうちの多くの会社は,1審被告住友軽金属に対
する設備資金等の長期資金の融資元又は大株主という経済的に優
位な立場を利用して団体定期保険契約の保険金額を増加させて多
額の保険料収入を得てきた。すなわち,1審被告住友軽金属は,被
控訴人住友生命,同日本生命,同太陽生命,同アクサグループライ
フ生命,脱退1審被告日産生命及び同第百生命から長期借入金の
融資を受けるため,その付き合いとして団体定期保険契約を締結し
たのであり,また,被控訴人住友生命及び同日本生命は1審被告住
友軽金属の大株主でもある。
他方,1審被告住友軽金属は,団体定期保険契約の保険料を損
金に計上することにより,法人税,法人事業税等の節税を図るととも
に多額の保険金を不労に利得してきた。
上記のとおり,1審被告住友軽金属と本件各契約会社とは,1審被
告住友軽金属の従業員を被保険者とする団体定期保険契約を締結
することにより,互いに長期間にわたって多額の利益を上げてきたの
である。
② 使用者の優越的地位の濫用
使用者が従業員の生命に保険を掛け,その保険金の一部でも従
業員やその遺族に渡さないことが許されるなら,使用者は,従属的立
場にある従業員の同意をいかなる手段をもってでも取り付けることに
なりかねない。従業員の同意の有無にかかわらず,企業が従業員の
生命,人格まで支配,利用することは本来許されないことである。まし
て,本件各契約会社から融資を受けるのと引き換えに団体定期保険
契約を締結することは,従業員の生命と人格を本件各契約会社との
取引材料にするものである。
③ 団体定期保険契約の趣旨,目的に反する契約
団体定期保険の趣旨,目的は,被保険者である従業員の福利厚
生,従業員の遺族の生活保障にある。被保険者やその遺族に引き
渡される金額を超えて保険契約者が保険金受取人となることは歴史
的にみても禁止されてきたのである。団体定期保険の本来の趣旨,
目的に加え,1審被告住友軽金属が締結していた団体定期保険契約
の申込書の記載及び1審被告住友軽金属と本件各契約会社との間
で交わされた覚書の記載からも,その趣旨,目的が被保険者とその
遺族の生活保障にあることは明白である。
団体定期保険の上記の趣旨,目的によれば,被保険者の同意が
あるということだけから公序良俗に反しないということはできず,公序
良俗に反しないというためには,保険金が従業員の遺族保障のため
に用いられることが必要である。そして,本件においては,保険金の
受取人である1審被告住友軽金属が被保険利益を有する従業員や
その遺族に支払うための弔慰金規程が整備されておらず,殊に,業
務外の疾病によって死亡したAについて保険金相当額を遺族に支払
う旨の規程がない以上,本件保険契約における保険金受取人指定
は公序良俗に反するものというべきである。
④ 社会通念を逸脱する多額の不労な利得
 1審被告住友軽金属は,本件各契約会社との間で従業員1人当た
りにつき死亡保険金総額6680万円に上る団体定期保険契約を締
結していた。団体定期保険契約における保険料は,被保険者ごとに
計算して得られる保険料を合計したものにすぎないところ,1審被告
住友軽金属がAに関して支払った保険料は,別紙1のとおり合計18
0万2695円であるにもかかわらず,1審被告住友軽金属は,Aの死
亡により,本件各生命保険会社から総額6680万円の支払を受ける
のである。ところが,Aは1審被告住友軽金属に30年以上勤続した
にもかかわず,その死亡によって遺族に支払われた給付金は,退職
金1136万6000円及び葬祭料67万2000円,合計1203万8000
円にすぎない。Aの死亡によって支払われる保険金6680万円を1審
被告住友軽金属が取得することを許せば,従業員の福利厚生,遺族
の生活保障という団体定期保険の趣旨,目的に反し,従業員の死亡
を媒介として1審被告住友軽金属が多額の不労な利得を得ることを
認めることになる。
なお,団体定期保険の運用が社会的に大きな問題となったことか
ら,各生命保険会社は,平成8年11月2日から新たな総合福祉団体
定期保険を発売することを公表した。この保険は,主契約である保険
契約に係る保険金の受取人を原則として被保険者とその遺族としつ
つ,保険契約者である企業は,代替雇用者の採用,育成費用等の財
源を確保することを目的としてヒューマン・ヴァリュー特約を付するこ
とが認められることになった。しかし,上記特約によって企業に支払
われる保険金額は2000万円又は被保険者若しくはその遺族に支
払われる保険金額を上限とするものとされている。そうすると,仮に1
審被告住友軽金属が総合福祉団体定期保険契約を締結し,ヒューマ
ン・ヴァリュー特約を付したとしても,Aの遺族が受け取った退職金額
1136万6000円を超えて上記特約に基づく保険金を受け取ること
はできないのである。こうした点からも,本件保険契約に基づいて1
審被告住友軽金属が上記保険金を受領することは不当であるという
べきである。
⑤ 税制の濫用
 団体定期保険契約は,その趣旨,目的が被保険者である従業員と
その遺族の生活保障にあることから,税法上その保険料の全額を損
金として計上することが認められている。保険金が弔慰金等として遺
族に引き渡されることを前提にしているからこそ上記の税法上の扱い
が許されているのである。1審被告住友軽金属が,団体定期保険契
約の保険料を損金として計上するという税法上の恩典を受けながら,
保険金を全額取得することは租税制度を濫用する行為というべきで
ある。
⑥ 旧大蔵省(以下「大蔵省」という。)の行政指導及び生命保険協会の
申合せからの逸脱
昭和51年に団体定期保険契約の統一約款が認可されたが,その
後,大蔵省は,団体定期保険のうちの第Ⅰ種被用者団体を対象とし
た全員加入契約は,企業の弔慰金制度として従業員に対する福祉
制度の一環として位置付けられるものであって,その運営が適正に
行われるように行政指導を行っていた。生命保険協会は,上記の行
政指導を受けて,昭和53年9月,①新契約締結時に契約と福利厚
生制度との関連を契約申込書において確認する,②被保険者が10
00名以上の規模の契約については,付保目的を記載した協定書を
取り交わす,などの事項について申合せをした。
さらに,大蔵省は,平成3年に2回にわたり,団体定期保険のうち
の第Ⅰ種全員加入契約について,企業の弔慰金制度として所属員
に対する福祉制度の一環としての位置付けからその運営が適切に
行われるようにするという立場から行政指導を行った。そして,生命
保険協会は,同年10月及び同年12月に,上記行政指導の趣旨に
沿って,契約締結時に弔慰金規程を確認し,その写しを取り寄せるこ
とにする等の具体的な運営に関する申合せをした。
本件保険契約が,上記の大蔵省の行政指導や生命保険協会の申
合わせ事項に違反して契約更新を繰り返してきたということは,保険
金の受取人指定が公序良俗違反であることを判断する重要な要素と
なる。
(イ) 本件保険契約における保険金受取人の指定についての同意が無効
であれば,本件保険契約は,受取人の指定が存在しない保険契約とな
ることから,団体定期保険普通保険約款35条によって被保険者Aの配
偶者である1審原告が保険金の受取人となる。
イ 1審被告住友軽金属及び本件各生命保険会社の主張
(ア)① 1審被告住友軽金属と本件各契約会社との関係について
融資と団体定期保険契約締結の関連性に関する1審原告の主張
は否認する。1審被告住友軽金属の団体定期保険契約の締結,更
新,契約内容の変更等は,1審被告住友軽金属の自由な判断で行
われたものである。
② 使用者の優越的地位の濫用について
団体定期保険の保険金の一部が従業員の福利厚生制度の財源
となることからすれば,従業員の同意が直ちに使用者の優越的地位
の濫用によって取り付けられたものとはいい難い。労働組合は,団体
定期保険契約締結につき同意しており,また,退職金等については
退職金協定等が成立している。なお,1審被告住友軽金属が,平成8
年7月,従業員に対し「団体定期保険に関する件」と題する書面を配
付又は掲示した当時,会社側は,団体定期保険契約について承諾し
ない旨の届出をしないようにするために強制,説得工作等をしていな
い。承諾しない旨の申出をするかしないかは従業員の自由意思にゆ
だねられていたのである。1審被告住友軽金属に使用者の優越的地
位を濫用した事実はない。
③ 団体定期保険契約の趣旨,目的に反する契約について
保険金は,企業の弔慰金制度に則った弔慰金の支払のほか,広
義の福利厚生及び経済的損失の填補に使われているのであり,目
的を逸脱している事実はない。団体定期保険契約の保険料は1審被
告住友軽金属が負担しているのであるから,保険金を財源とする社
会通念上相当の水準の従業員の福利厚生制度,遺族の生活保障制
度が設けられている以上,労働災害の上乗せ補償金や企業自体の
損失等も考慮に入れ,どの程度の保険金額の保険契約を締結する
かは企業の合理的な経営判断にゆだねられているのである。したが
って,保険金の一部を1審被告住友軽金属が取得すれば直ちに団体
定期保険契約の趣旨を逸脱しているということはできない。
また,法律上及び本件保険契約上,保険金全額を遺族の生活保
障のために支払う旨の定めはない。
④ 社会通念を逸脱する多額の不労な利得について
1審被告住友軽金属は,大規模災害等万一の事態に備えて団体
定期保険契約を締結しているのであるが,長期的にみると,払込保
険料が受領する保険金及び配当金の合計額を超えており,団体定
期保険契約は,1審被告住友軽金属が不当な利益を得るような性格
のものではない。
⑤ 税制の濫用について
団体定期保険の保険料は掛け捨てという性格から税法上,損金に
計上することが認められているのである。他方,配当金及び保険金
は利益に計上されているのであるから,税法上収支は均衡している。
また,法人税法基本通達9ー3ー5は,会社が保険金受取人である
場合も損金算入することを認めており,遺族に弔慰金として支払うこ
とを前提にしてはいない。
⑥ 大蔵省の行政指導及び生命保険協会の申合せからの逸脱につい

1審原告の主張する趣旨の大蔵省の行政指導及び生命保険協会
の申合せがあったことは認めるが,1審被告住友軽金属及び本件各
契約会社は,団体定期保険契約の趣旨を逸脱した契約を締結してい
ない。
(イ) 団体定期保険普通保険約款35条の適用について
1審原告の主張は,同意の意思表示としての瑕疵や手続上の問題
点を主たる理由としているのではないから,同意が公序良俗違反であ
るという以上,同意の対象である本件保険契約自体が公序良俗違反で
あるということにならざるを得ない。上記約款35条は,団体定期保険契
約が有効であることを前提として,当事者の意思が不明な場合の意思
の推測をした規定であるところ,1審原告の主張によれば,本件保険契
約のAに関する部分は有効に成立していないことになるから上記約款3
5条の適用の前提を欠くことになる。そうでないとしても,本件保険契約
は1審被告住友軽金属が保険金受取人として指定されており,当事者
の意思は明確であるから,上記約款35条を適用する場合に当たらな
い。
ウ 1審被告住友軽金属の主張(アの1審原告の主張(ア)の④(社会通念を
逸脱する多額の不労な利得)について)
団体定期保険は,個別保険の集合ではなく,団体の構成員全員を被保
険者とする被保険者団体を構成して1つの保険契約を締結するものであ
り,個々の被保険者ごとの保険料というものは存在しない。そして,契約
年度ごとに当該団体の実績に基づいて保険収支が計算され,配当金が
支払われることになっている。1審被告住友軽金属が本件各契約会社と
締結している団体定期保険契約は,別紙2のとおり,対象従業員3732
名,従業員1人当たりの死亡保険金額6680万円という内容であり,払込
保険料5億9442万円に対し,配当金は死亡者が増えるごとに減額され,
仮に死亡者が9名になると配当金は無くなるというものである。そこで,通
常予想される1年度の死亡者数によると保険収支はマイナスとなり,利得
は生じない。実際にも1審被告住友軽金属の団体定期保険に係るマイナ
ス累積額は多額に上っており,利得は存在していない。
(3) Aと1審被告住友軽金属との間における保険金の全部又は相当部分の支
払に関する合意の存否(予備的請求について)
ア 1審原告
(ア) Aは,本件保険契約の被保険者となることに同意するに際し,1審被
告住友軽金属との間で,保険金受取人を1審被告住友軽金属とする
が,Aが死亡若しくは高度障害となって1審被告住友軽金属に対して保
険金が支払われた場合,その相当額は被保険者であるA又はその遺
族に支払う旨の合意をした。
(イ) 仮に上記の明示の合意がされなかったとしても,特別の合理的な事
情のない限り,Aと1審被告住友軽金属との間で,保険金のうちの相
当額はA又はその遺族に見舞金又は弔慰金として支払う旨の黙示の
合意があったものと推認すべきである。
(ウ) 団体定期保険契約における被保険利益は被保険者の遺族にしか存
在しないから,上記の相当額は,保険金全額であるというべきである。
仮に本件保険契約に基づいて支払われる保険金につき,これをAの遺
族の生活保障以外にも充てることが予定されていたとしても,1審被告
住友軽金属とAとの間で,保険金のうちの相当部分はAの遺族の保障
に充てる旨の合意が成立していた。
イ 1審被告住友軽金属
(ア) 1審被告住友軽金属は,団体定期保険契約の更新に際し,労働組
合に対して同契約に係る前年度の収支を説明し,更新契約の内容を説
明した上で,一括して同意を得てきており,平成5年には,労働組合に
対し,団体定期保険契約の趣旨,金額,被保険者の範囲,保険金受取
人,保険金の使途及び被保険者の同意等の各項目について説明した。
そして,労働組合は,団体定期保険契約が個々の従業員の保障にある
のではなく,退職金,弔慰金等の支払を担保するものであることを十分
に理解しており,1審被告住友軽金属が団体定期保険契約を締結する
ことによって退職金協定等で定められた給付以上のものが支払われる
ことになるのではないことを理解した上で同意していたのである。したが
って,1審原告が主張するような合意は成立していない。
(イ) Aが本件保険契約に基づく保険金が遺族に支払われることを認識し
ていたとしても,それはAの主観的な期待にすぎない。1審被告住友軽
金属の従業員及びその遺族に対する支給内容は,労働協約及び労使
協定等によって明確に定められているのであって,団体定期保険契約
に基づく保険金をもって上記労働協約等に定められた支給に上乗せす
る理由は存在しない。
(ウ) 黙示の合意は,当事者の意思の合理的解釈であるところ,本件保険
契約に関しては,保険金の全部又は一部がA又はその遺族に支払わ
れることに反対する1審被告住友軽金属の意思が明確に表示されてい
る以上,1審原告の主張する黙示の合意が成立しているということはで
きない。
(4) 信義則上の保険金引渡義務の存否(予備的請求について)
ア 1審原告
使用者と労働者が労働契約関係にある場合,使用者が労働者の生
命,健康を侵害することは許されず,使用者は,労働契約に付随する義務
として労働者に対して安全配慮義務を負っている。使用者が労働者の生
命を生命保険会社との取引材料としたり,労働者を被保険者とする団体
定期保険契約を悪用して不労な利得を得ることは許されない。また,生命
保険契約においては,他の契約に比べ,契約当事者の善意と信義誠実
が特に要請される。したがって,使用者が自ら雇用する労働者を被保険
者として団体定期保険契約の契約者兼保険金受取人となった場合には,
労働契約に付随する信義則上の義務及び生命保険契約の上記の性質か
ら,特段の事情がない限り,使用者は,使用者が受け取った高度障害保
険金又は死亡保険金相当額を被保険者となった当該労働者又はその遺
族に支払う義務がある。したがって,1審被告住友軽金属は1審原告に対
して,1審被告住友軽金属が本件保険契約に基づきAの死亡によって本
件各生命保険会社から支払を受ける保険金を引き渡すべきである。
イ 1審被告住友軽金属
従業員の死亡に際し,退職金,弔慰金,年金等の支給をどのようにす
るかは,企業と従業員(多くは労働組合)の交渉により決定される。1審被
告住友軽金属においても労働組合との協定によって定まった各種労働協
約があり,死亡退職金及び弔慰金等もこの規定に基づいて遺族に支払わ
れており,その水準は他の主要企業と同一水準にあり,社会的に相当な
金額であって,これに上乗せをしなければ社会的正義に反するというよう
な特殊事情は全く存在しない。他方,団体定期保険契約は,企業の福利
厚生制度の実施の確実性を高める一種のリスク管理の手段として企業の
経営判断に基づき企業の出捐において締結するものであるから,退職金
等の支払のための原資確保のひとつの手段ではあっても福利厚生制度と
は別物である。したがって,他に特殊な事情が存在しない限り,団体定期
保険契約の存在が労働協約で定められた給付以外の給付をする理由に
はならない。
(5) 1審被告住友軽金属が1審原告に支払うべき金額(予備的請求について)
ア 1審原告
1審被告住友軽金属は,上記によれば,本件保険契約に基づいて支払
を受ける保険金の全部又は相当部分を1審原告に対して支払うべきであ
る。仮に1審原告に支払うべき金額がAの死亡によって支払われる保険金
の相当部分であってその範囲を確定することができないとすれば,被保険
者又はその遺族が団体定期保険契約に基づく保険金を取得する権利を
有していることは明らかであるから,民法264条の準共有の規定が適用
され,その結果,民法250条が準用され,少なくとも保険金の半額は1審
原告に帰属するものと解すべきである。
イ 1審被告住友軽金属
団体定期保険契約に基づく保険金の唯一,正当な受取人は,同契約の
保険金受取人である1審被告住友軽金属であり,被保険者の遺族が保険
金に対する持分を有していないことは明らかである。したがって,1審原告
の主張は前提を欠くものである。
第3 争点に対する判断
 1 当事者間に争いのない事実,甲9号証ないし13号証,20号証ないし25号証,
31号証,32号証,41号証,47号証ないし55号証,61号証の1ないし9,76
号証の1ないし25,84号証ないし88号証,96号証,97号証,99号証,100
号証,103号証の1,4,105号証ないし111号証,112号証の1,2,113号
証ないし116号証,123号証,125号証の1,2,126号証,127号証,128
号証ないし136号証の各1ないし3,143号証,158号証,180号証の1,2,
181号証,183号証,189号証の1ないし3,乙1号証,3号証,14号証,乙イ
1号証,2号証,7号証ないし10号証,乙ロ1号証,2号証,3号証の1ないし
4,4号証,5号証の1ないし5,6号証ないし19号証,乙ハ1号証,2号証の1
ないし3,3号証及び4号証の各1ないし5,5号証及び6号証の各1ないし4,7
号証の1ないし14,8号証の1ないし18,9号証の1ないし12,10号証の1な
いし6,11号証,乙ニ1号証ないし14号証,乙ホ1号証,2号証の1ないし3,3
号証,4号証及び5号証の各1ないし5,6号証,乙ヘ1号証の1,2,2号証の1
ないし3,3号証の1,2,4号証の1ないし4,5号証の1ないし10,6号証ない
し10号証の各1,2,11号証の1ないし3,乙ト1号証,2号証,3号証ないし7
号証の各1,2,8号証の1ないし4,9号証ないし15号証,乙チ1号証,2号証
の1ないし7,3号証の1ないし9,4号証の1,2,5号証,6号証の1ないし4,
乙リ1号証の1ないし3,2号証の1ないし3,3号証,4号証,乙ヌ1号証,2号
証及び3号証の各1ないし3,4号証ないし7号証の各1,2,8号証,原審にお
ける証人D,同E及び同Fの各証言,原審における1審原告本人尋問の結果並
びに弁論の全趣旨によると以下の事実が認められる。
(1) 団体定期保険制度の沿革及び行政指導等について
ア 団体定期保険(平成6年4月2日改正の団体定期保険の普通保険約款
による。)は,会社,事業所,官公庁等の団体を対象とする団体保険で,
被保険者が死亡し,又は所定の高度障害状態になった場合に死亡保険
金又は高度障害保険金が支払われる仕組みの保険であり,具体的には
次のような内容のものである。
(ア) 被保険者となる者は,加入の際に正常に就業している団体の所属員
又は契約する保険会社の定める範囲の者であることを要する。
(イ) 死亡保険金額は,被保険者全員について同額とするか,年齢,報酬
額,勤続年数等の一定の基準で被保険者を組別にし,各組ごとに同額
とするなどの方法によって定める。
(ウ) 保険期間は1年とする。
(エ) 保険料は,原則として,平均保険料率(保険会社が定める保険料率
に基づき被保険者ごとに計算して得られる保険料の合計額を,死亡保
険金額で除して求める。)に死亡保険金額を乗じて求める。
(オ) 被保険者が保険期間中に死亡した場合に,その被保険者について
定められた額の死亡保険金を所定の死亡保険金受取人に支払う。
(カ) 保険会社は,毎事業年度において規定に基づいて計算した配当金
を支払う。
イ 団体定期保険は,アメリカにおいて従業員の福利厚生制度として始まっ
た保険形態であり,我が国には昭和9年から日本団体生命保険会社の独
占的許可事業として導入され,当初は原則として保険契約者は保険金受
取人となることはできない旨が明示された。戦後,団体定期保険契約保険
事業は自由化され,複数の保険会社がその販売に参入し,保険契約の内
容等にも多様な形態が現れ,当初目的とされた従業員の福利厚生に反す
る運用が懸念されたことから,大蔵省は,これに対処するため,昭和26年
に「団体生命保険の運営基準」(昭和26年8月7日付け蔵銀第3766号
通達)を設けたが,同基準は,団体定期保険の趣旨については明言せ
ず,保険金受取人についても制限を設けなかった。そして,その後,同基
準とともに,団体定期保険に関する業務運営上の重要な事項について生
命保険業界全体による申合せや取決めがされ,これらにより,画一的に
運用されることとなった。
ウ 昭和53年には,大蔵省が団体定期保険の加入契約について,企業の
弔慰金制度として所属員に対する福祉制度の一環として位置付け,その
運営を適正に行うようにとの行政指導をした結果,生命保険業界は,新契
約締結時に当該契約と福利厚生制度との関連を契約申込書において確
認することとし,さらに,被保険者数が1000名以上の規模の契約につい
ては併せて付保目的を記載した協定書を取り交わす等を申し合わせた。
平成3年には,大蔵省が,団体定期保険の本来の趣旨である福利厚生に
沿って保険の運用が行われるよう,被保険者の同意をとること,弔慰金等
規定の確認をすること等の行政指導をした結果,生命保険業界は,団体
定期保険の趣旨(団体の福利厚生制度等)にかんがみ,その目的に則し
た募集及び運営にいっそう努めるとの申し合わせをするとともに,弔慰金
等規程の確認等に関し,①契約締結時に弔慰金等規程の存在を確認し,
その写しを取り寄せる,②申込書に弔慰金,死亡退職金等企業の福利厚
生措置の内容の記載項目を設け,企業に記入させる,③明文化された弔
慰金等規程のない企業に対しては規程を明確化させ,規程を確認した後
に販売するものとし,また,保険金額は福利厚生措置との関連において社
会通念上問題のない金額とし,さらに,新たに,①支払保険金の確認とし
て,保険金請求書と同時に,遺族へ支払われる予定の弔慰金,死亡退職
金等を記入した文書を提出させる,②契約更新時等には,支払われた保
険金が福利厚生措置の目的に沿って有効に活用されていることを企業に
確認する,③販売活動時に団体定期保険の趣旨を徹底するとし,また,
弔慰金,死亡退職金等が遺族に支払われたことの確認(領収証の写し
等)を取り寄せることについて前向きに検討する等の対応を行うことを申し
合わせた。
(2) 本件各契約会社の認識
上記の従業員の福利厚生制度を目的とするという団体定期保険の制度
趣旨は,本件各契約会社の団体定期保険募集の広告等にも現れており,
「従業員に万一のことがあった場合,国からの保障として,国民年金・厚生年
金による遺族年金等がありますが,遺族が安心して暮らせる生活資金を確
保するには必ずしも充分とは言えず,企業福祉制度による遺族保障の充実
を図ることが求められています。住友のグループ保険は,このような企業福
祉の一環としての遺族保障を,割安な保険料負担で実現するものです。」
(甲20号証),「従業員が会社に求める条件のひとつに,安定した生活の保
障があります。従業員の生活保障を整えること,それが『優秀な人材の確
保』の基本的な条件です。『もし私に万一のことがあったら家族は・・・』そうい
う心配なく安心して働ける職場を作るものが,企業の死亡退職金・弔慰金制
度です。団体定期保険は,企業の死亡退職金・弔慰金制度をサポート(支
援)します。」,「会社は受け取った保険金を,死亡退職金・弔慰金・法定外の
労災補償金としてその遺族に支払います。」(甲23号証)等と記載されてお
り,これらに照らすと,本件各契約会社の団体定期保険契約は,従業員の
福利厚生制度を趣旨目的とし,かつ,業務上の死亡等に限定されない幅広
い死亡等に対する福利厚生を目的としているものであると解される。
(3) 1審被告住友軽金属の団体定期保険契約締結の状況
ア 1審被告住友軽金属は,昭和48年12月1日,被控訴人日本生命,同太
陽生命,脱退1審被告日産生命及び同第百生命との間で,昭和49年1月
1日,被控訴人アクサグループライフ生命(当時の商号ニチダン生命保険
株式会社)との間で(同年11月29日に更新日を12月1日と変更),昭和
51年3月1日,同住友生命との間で(平成4年10月7日に更新日を12月
1日と変更),昭和60年12月1日,同第一生命との間で,平成2年12月1
日,同ジブラルタ生命(当時の商号協栄生命保険株式会社)との間で,平
成3年12月1日,同明治生命との間で,それぞれ団体定期保険契約を締
結し,その後,本件各契約会社との間で,保険金額や被保険者の範囲を
変更しつつ,毎年12月1日に一括して更新している。
1審被告住友軽金属が本件各契約会社と団体定期保険契約を締結し
た際にその趣旨として合意された内容及び被保険者の同意等について
は,以下のイないしコのとおりである。
イ 被控訴人住友生命との間の契約については,平成4年以降の契約内容
変更請求書の制度変更の趣旨欄には何らの記載もなく,契約の締結に当
たって作成された覚書にも,保険契約締結の趣旨については何ら触れら
れていない。なお,被保険者の同意に関しては,1審被告住友軽金属が,
契約内容の変更につき,労働組合又は従業員代表者に対する通知によ
って同意を得たものとされており,平成5年11月26日付けの団体定期保
険契約内容変更請求書(乙ロ3号証の4)にも同旨が記載されている。
ウ 被控訴人日本生命との間の契約については,平成4年以降の変更申込
書にはいかなる制度との関連で増額申込みをするかについて記載する欄
があるところ,平成4年のもの(乙ハ3号証の4)には死亡退職金及び従業
員死亡に伴う団体逸失利益と記載されているものの,平成5年のもの(乙
ハ3号証の3)には死亡退職金のみが記載され,平成6年のもの(乙ハ3
号証の2)には死亡退職金及び労災上乗せ補償金と記載されている。な
お,被保険者の同意に関しては,契約の変更に当たり,保険金額を含め
た契約内容について,被保険者である従業員の同意を掲示場における掲
示によって得たとしていた。
エ 被控訴人太陽生命との間の契約については,昭和55年から平成4年ま
での間に作成された5通の契約内容変更申込書の「保険の趣旨・本契約
は次の福利厚生制度との関連において契約しております。1弔慰金制度,
2退職金制度,3その他(空白)」との欄に,昭和55年のもののみ1にチェ
ックされ,その余は何ら記載がない。また,団体定期保険締結(変更)に際
して作成された協定書(乙ニ13号証)には「本契約は甲(1審被告住友軽
金属)における福利厚生制度との関連において締結したものであり,甲は
本契約における保険金の全部または一部を社内規程に則り支払う金額に
充当することとする。」とある。なお,被保険者の同意に関しては,契約の
変更に当たって,その同意を得た方法について記載されていない。
オ 被控訴人ジブラルタ生命(当時の商号協栄生命保険株式会社)との間の
契約については,当初の契約申込書(乙ホ2号証の1)に弔慰金制度との
関連において申し込む旨の記載がされ,その後,平成6年の保険契約変
更申込書(乙ホ3号証)では,弔慰金制度(最高3000万円,最低3000
万円,標準3000万円)との関連で変更を申し込むとし,「企業の経済的
損失を補填する目的がある場合はその金額をご記入願います。」との注
記のある「その他」の欄には何ら記載がされていない。また,団体定期保
険契約締結に際し作成された協定書(乙ホ6号証)では,「福利厚生制度
との関連において締結したものであり,甲(1審被告住友軽金属)は本契
約における保険金の全部または一部を弔慰金規定に則り支払う金額に充
当することとする。」と記載されている。なお,被保険者の同意に関して
は,平成2年の契約の際には,労働協約・就業規則又は社内規定等に基
づいて同意を得たとしたが,平成6年の契約内容の変更に際しては,掲示
場における掲示の方法によって同意を得たとしていた。
カ 被控訴人第一生命との間の契約については,当初の契約申込書(乙ヘ
2号証の1)には,契約申込の趣旨につき,弔慰金制度,退職金制度との
関連において申し込む旨の記載がされている。上記契約締結に際して取
り交わされた覚書(乙ヘ3号証の1)には,保険の趣旨について,「本契約
は甲(1審被告住友軽金属)における福利厚生制度に基づく給付に充当
することを目的として締結したものであり,甲は本契約における保険金等
の全部または一部を弔慰金制度・退職金制度規程に則り支払う金額に充
当することとする。」と記載されている。その後,平成7年12月の契約締結
に際して作成された協定書(乙ヘ3号証の2)にはほぼ同趣旨の記載があ
るものの,使途を弔慰金規程に則り支払う金額に限定している。また,平
成4年以降の保険金額の変更申込書には,変更申込の趣旨として,弔慰
金制度(最低300万円最高2700万円)と記載され,「保険金額と上記制
度に基づき支払われる金額との差額は,従業員死亡に伴う当社の逸失利
益です。」との文言が不動文字で印刷されている。なお,被保険者の同意
に関しては,昭和60年11月26日の保険契約申込書(乙ヘ2号証の1),
昭和62年,63年,平成元年の変更申込書(乙ヘ11号証の1ないし3)に
は,口頭による説明の周知方法によって不同意有無の確認を行った旨,
平成4年から6年の変更申込書(乙ヘ4号証の1ないし3)には,掲示場に
おける掲示により不同意有無の確認を行った旨,平成3年の変更申込書
(乙ヘ4号証の4)には,労働組合又は従業員代表者に対する通知により
不同意有無の確認を行った旨,それぞれ記載されていた。
キ 脱退1審被告第百生命との間の契約については,平成6年12月1日に
保険金額を変更するに当たって作成された書面(乙ト8号証の4)に,「本
契約により,当社(1審被告住友軽金属)が受領する保険金の全部または
その一部は,会社の規定に基づき支払われる労災上乗せ補償金の財源
に充当するものとする。」と記載されている。なお,被保険者の同意に関し
ては,次のとおり,各年に作成された契約内容変更申込書に,①昭和54
年及び昭和55年のものには,労働組合又は従業員代表者に対する通
告,②昭和57年及び昭和60年のものには,労働協約・就業規則又は社
内規定などに基づく旨及び口頭による説明,③昭和62年,昭和63年及
び平成元年のものには,口頭による説明により,それぞれ被保険者の不
同意有無の確認を行う旨記載されている。
ク 被控訴人アクサグループライフ生命(当時の商号ニチダン生命保険株式
会社)との間の契約については,昭和55年から昭和63年までの契約申
込書には「下記保険契約を次の福利厚生制度との関連において締結いた
したく」として「1弔慰金制度,2退職金制度,3その他(空欄)」のいずれか
を選択する様式となっているところ,昭和62年のものは記載がないが,そ
の余のものはすべて1が選択されたうえで提出されている。なお,被保険
者の同意に関しては,被保険者の同意確認の方法として,各契約申込書
に,①昭和55年のものには,労働協約・就業規則又は社内規定などに基
づく旨,②昭和56年ないし昭和60年,昭和63年及び平成元年のものに
は,口頭による説明による旨,それぞれ記載されている。しかし,昭和62
年のものには記載がない。なお,昭和56年12月1日付けの被保険者同
意確認書(乙チ5号証)には,口頭の説明によって確認したこと,今後,内
容変更等する場合にも同様の方法により同意を得る旨記載されている。
ケ 被控訴人明治生命との間の契約については,当初契約の申込書(乙リ1
号証の1)では契約申込の趣旨について,弔慰金制度との関連において
申し込む旨の記載があり,契約締結に際して作成された協定書(乙リ3号
証)では,「本契約は,甲(1審被告住友軽金属)における福利厚生制度と
の関連において締結したものであり,甲は,本契約における保険金,給付
金の全部または一部を弔慰金制度規程に則り支払う金額に充当すること
とする。」との記載がある。なお,被保険者の同意に関しては,契約申込
書(乙リ1号証の1)においては,口頭による説明による旨,平成6年12月
1日付けの契約内容変更に当たって作成された被保険者同意確認書(乙
リ2号証の3)には,文書による通知によって不同意有無の確認を行う旨
記載されている。
コ 脱退1審被告日産生命との間の契約については,平成3年12月1日付
けの団体定期保険契約申込書(乙ヌ3号証の1)の契約申込の趣旨の欄
に,弔慰金制度との関連において申し込む旨が記載されていた。なお,被
保険者の同意に関しては,同申込書には,労働協約・就業規則又は社内
規定などに基づくとの記載があるが,その他の申込書にはこの点に関す
る記載がない。
(4) 1審被告住友軽金属における従業員の福利厚生制度
1審被告住友軽金属では,労働組合との間で労働協約を締結しており,そ
の付属協定として退職金協定,退職年金協定及び慶弔金協定がある。ま
た,社員就業規則の福利厚生の中には遺児福祉年金の規定が置かれてい
る。これらの規定によれば,従業員が業務外で死亡した場合に支給される金
員(平成8年当時)は,死亡時の基礎基本給及び勤続年数を基準として算出
した退職金又は遺族年金のほか,慶弔金協定による供花料5万円及び供花
一対であるが,死亡が業務上又は通勤災害による場合はこのほかに特別
弔慰金として300万円ないし3000万円が支給される。なお,遺児福祉年金
は,遺児1人当たり月額2万5000円であった。
    これらのうち,退職金及び退職年金(以下「退職金等」という。)の引き当てと
して退職給与引当金及び適格退職年金制度が設けられており,Aの退職金
等は,退職給与引当金から377万円,その余の759万6000円は適格年
金基金からそれぞれ支給されている。
(5) 1審被告住友軽金属における弔慰金及び団体定期保険契約の保険金の
金額等について
1審被告住友軽金属が団体定期保険契約を締結するようになった昭和4
8年当時,業務上または通勤災害による死亡の場合に限って支払われる特
別弔慰金は800万円(上限額である。以下同じ。)であり,団体定期保険契
約における従業員1名の死亡による保険金額は175万円であったが,昭和
50年になると保険金額が特別弔慰金を上回るようになり,昭和51年には,
特別弔慰金1200万円に対して保険金額は2680万円となり,その後,それ
ぞれ増加されていったが,保険金額は一貫して特別弔慰金を上回り(2倍前
後である。),平成6年に保険金額は6680万円に増額され,特別弔慰金は
平成7年に3000万円に増加されて平成8年に至っている。
ところで,昭和48年から平成7年までの1審被告住友軽金属の従業員の
在職死亡者数は,平均して1年に約4.3名(最も多い年で8名,最も少ない年
で1名)であり,そのうち業務上災害による死亡者は,昭和62年と平成5年
に各1名であった。
(6) 労働組合に対する説明及びAの認識
Aは,平成5年1月,1審被告住友軽金属が団体定期保険契約を締結して
いること及び自分もその被保険者となっていることを知り,同年2月に開催さ
れた労働組合の集会において,団体定期保険契約の内容について質問し,
情報開示を求めるとともに,1審被告住友軽金属が受領した保険金は死亡
した従業員の遺族に渡すべきである旨主張した。そこで,当時の労働組合
書記長である訴外Eは,直ちに1審被告住友軽金属人事室長に対して団体
定期保険契約の内容等について問い合わせた。1審被告住友軽金属は,訴
外Eに対して書面で回答した(乙イ2号証)。同書面には,昭和45年に労働
組合に説明した内容として,団体定期保険契約の目的は,従業員死亡の際
の会社としての具体的な出費・人的損失を担保する,具体的には,①遺族
補償,弔慰金,供花料,死亡退職金,遺児福祉年金,特別弔慰金(労災付
加補償),②従業員死亡に伴う経済的損失の補填,従業員死亡に伴う逸失
利益,代替人材の採用・育成経費等,③その他,当該死亡に関連する不慮
の出費の補填等との回答が記載されていた。Aは,訴外Eからその内容につ
いて口頭で報告を受け,そのころ,既に,1審被告住友軽金属が団体定期保
険を締結している保険会社は,本件各契約会社9社であり,同保険の平成3
年12月から平成4年11月の1年間の内容について,従業員1名当たりの死
亡保険金が合計6120万円であること並びに本件各契約会社のそれぞれ
の保険金額及び配当金等を知った。その後,Aは,同人が編集発行にかか
わっていた「住軽の仲間」という職場新聞の同年4月号に同人のインタビュー
記事を掲載し,団体定期保険の主旨は遺族保障にあるとして,保険金は遺
族に渡すのが当然であり,労働組合に対して,保険の主旨に沿った運用を
するように1審被告住友軽金属に申し入れをしてもらうように働きかけようと
述べ,また,平成6年7月に労働組合の役員選挙に立候補し,その公約とし
て,社会問題化している団体定期保険について保険の主旨にそった運用に
改めると主張した。
Aは,平成8年7月10日,1審被告住友軽金属に対して内容証明郵便に
より団体定期保険契約の趣旨,目的等について質問したところ,1審被告住
友軽金属は,Aに対して同月22日付け内容証明郵便を送付したが,Aの上
記質問に対して直接回答せず,全従業員にあてた同月22日付けの「団体
定期保険に関する件」と題する文書(甲50号証)を,会社内で配付又は掲示
をしたが,同文書には,団体定期保険は,原則として在籍するすべての従業
員を対象に会社が保険料を支払い,会社が受取人になるものであり,従業
員に不慮の事態が生じた場合の退職金・遺児福祉年金,弔慰金,海外にお
ける事故等の場合の不測の出費に備えることを目的とするものであるとし,
この趣旨を承諾してもらえない場合は同年8月19日までにその旨を届け出
るようにと記載されていた。Aは,同年7月25日付け再質問書をもって1審
被告住友軽金属に対して再度,上記と同旨の質問をしたが,その回答を得
ることなく,同年8月29日に死亡した。
2 以上認定の事実関係を前提として,争点について検討する。
(1) 争点1(本件契約における保険金受取人指定部分の効力)について
ア 1審原告は,本件保険契約のうち保険金受取人を1審被告住友軽金属
とする部分は無効である旨主張する。
本件保険契約は,被保険者であるAが死亡した場合に1審被告住友軽
金属が本件各生命保険会社から保険金を受け取ることを内容とするもの
であり,これが他人の生命の保険契約であることは明らかである。商法6
74条1項は,他人の生命の保険契約について被保険者の同意を要求し
ているが,その趣旨は,他人の死亡を保険事故とする保険契約が,賭博
の目的に利用されたり,保険金を取得する目的で被保険者の生命を害し
ようとする犯罪を誘発する危険ないし被保険者の人格権を侵害する危険
があるなど公序良俗に反する目的に悪用されることを回避するために,予
想される危険について最も利害関係のある被保険者の同意を要求し,こ
れを契約の有効要件とすることで上記危険を政策的に防止しようとしたも
のと解される。上記趣旨に照らすと,被保険者が保険契約締結に対して
同意をするに際しては,保険契約者及び保険金受取人を認識した上で,
上記の危険性の有無を判断することが最も重要な要素となるから,保険
金受取人が誰であるかという事項はその中心的なものであり,不可欠の
要素であるということができる。そうすると,受取人指定の同意を切り離し
た被保険者になることのみの同意はその存在意義を失うというべきであっ
て,上記の規定がこのような無意味な同意を予定しているものと解するこ
とはできない。商法677条2項,674条2項,3項後段の規定も,保険金
受取人の指定,変更等をする場合に上記の危険を防止するために改めて
被保険者の同意を必要としたものであって,その際に保険金受取人指定
についての同意と新たに被保険者となることの同意とを共に求めているも
のではない以上,これらの規定が存在することをもって同法674条1項の
同意につき被保険者になることの同意と受取人指定についての同意とに
区別する根拠とすることはできない。
したがって,被保険者となることの同意と保険金受取人指定についての
同意を区別することを前提とする1審原告の主張は理由がない。
イ ところで,上記認定事実のとおり,1審被告住友軽金属における被保険
者である従業員の同意については,本件各契約会社に対して提出された
文書の記載によると,異なる確認方法をとっている例が見受けられるので
あって,これらによると,被保険者となる各従業員に対して契約内容の説
明を尽くした上で適切な方法によってその同意を得ていたものかどうか疑
問を差し挟む余地があるといわざるを得ない。しかしながら,上記認定の
とおり,平成5年には,1審被告住友軽金属は,労働組合に対し,団体定
期保険契約の目的及び内容等について相当程度詳細に説明をしていると
ころ,そのころには,Aは,自己を被保険者とする本件契約が締結されて
いることを認識していた。そして,1審被告住友軽金属は,平成8年7月22
日ころ,Aを含む全従業員に対して,団体定期保険契約の目的,内容等を
説明する文書を配布するなどし,これに承諾しない場合には同年8月19
日までにその旨の届出をするようにと通知したが,Aは,その期間内に上
記届出をしなかったのであるから,遅くともそのころには本件保険契約に
おける被保険者となることについて同意したものと推認することができ,こ
の同意の効力を否定すべき事情が存在することを認めるに足りる証拠は
ない。
ウ 以上に検討したところによれば,本件保険契約の保険金受取人を1審被
告住友軽金属とする点についてのAの同意は無効であるとの1審原告の
主張は採用することができない。
(2) 争点2(公序良俗違反による受取人指定の無効)について
ア 1審原告は,本件保険契約における保険金受取人を1審被告住友軽金
属とする指定が公序良俗に反するとし,その理由として上記第2の3(2)ア
(ア)の①ないし⑥のとおり主張する。ところで,商法674条1項の趣旨につ
いては上記(1)アの検討のとおりであるところ,本件保険契約の被保険者
となることについてAの同意が有効にされているものと認められる以上,
本件保険契約が公序良俗に反するというのは極めて例外的な場合に限ら
れるというべきである。以下,1審原告の主張について検討する。
イ 1審原告の主張する①の本件各契約会社が1審被告住友軽金属の長期
資金の融資元又は大株主という立場を利用して団体定期保険契約の保
険金額を増加させてきたということ及び②の1審被告住友軽金属が使用
者としての優越的地位を濫用したこととの主張については,これらを認め
るに足りる的確な証拠がない。
ウ 次に,④(多額の不労な利得)についてみると,上記認定のとおり,1審
被告住友軽金属が本件各契約会社との間で締結していた団体定期保険
契約は,保険期間を1年とするものであり,被保険者である従業員1名当
たりについて同額の保険金とするものとして契約していたところ,甲183
号証,乙イ1号証,7号証,乙ロ1号証,5号証の1ないし5,乙ハ1号証,6
号証の1ないし4,10号証の1ないし6,11号証,乙ニ12号証ないし14
号証,乙ホ1号証,6号証,乙ヘ1号証,3号証の1,2,乙ト1号証,乙チ1
号証,乙リ3号証,4号証,乙ヌ1号証,8号証,原審における証人Dの証
言及び弁論の全趣旨によると,次の各事実を認めることができる。
(ア) 本件各契約会社は,1審被告住友軽金属との間で締結する団体定
期保険契約における保険料を算出する基礎となる保険料率を算定する
ために,1審被告住友軽金属の従業員の男女別及び年齢別の人員構
成表の提出を求めていた。
(イ) 本件各契約会社は,1審被告住友軽金属から1年間に払い込まれた
保険料と支払った保険金及び給付金に基づいて収支計算し,剰余金が
発生した場合には,前年度の決算によって決定した配当率に従って,1
審被告住友軽金属に対して配当金を支払うこととしていた。
(ウ) 1審被告住友軽金属の本件各契約会社との間で締結していた団体
定期保険契約の収支をみると,契約した保険金額及び被保険者である
従業員の死亡者数が年によって変動し,また,配当金は死亡者が増え
るごとに減額されることなど事情が異なるものの,昭和61年から平成7
年の10年間のすべてにおいて,1審被告住友軽金属が受領した保険
金及び配当金の合計額が支払った保険料を下回っており,上記期間に
おけるマイナス額が最も少ない昭和63年において約4012万円,最も
多い平成4年においては約7767万円に上っており,Aが死亡した直前
の平成7年においては,払込保険料合計約6億4748万円のところ,受
領した保険金が3億8520万円,配当金が約2億0892万円であって,
保険料として支払った金額が約5336万円上回っていた。
こうした1審被告住友軽金属が本件各契約会社との間で締結してい
た団体定期保険契約の実態に即してみれば,同契約によって1審被告
住友軽金属が不労な利益を得ていたものと評価することは適切ではな
いというべきである。
エ さらに,③,⑤及び⑥に関して検討するに,上記認定のとおり,1審被
告住友軽金属は,団体定期保険契約を締結した当初の時期及び平成
5年に,労働組合に対して,団体定期保険契約の趣旨及び目的につい
て,これが,従業員死亡の際の会社としての具体的な出費,人的損失
を担保するものであり,具体的には,遺族補償,弔慰金,供花料,死亡
退職金,遺児福祉年金及び特別弔慰金等の出費の補填のためのもの
である旨説明しているのであって,原審における証人Eの証言及び弁
論の全趣旨によれば,労働組合は,上記説明をもとにして1審被告住
友軽金属が団体定期保険契約を締結することは問題がないものと判断
して,その後,毎年一括同意をしていたことが認められる。そして,1審
被告住友軽金属が,上記説明に反して,団体定期保険契約の趣旨,目
的に反し,不当に1審被告住友軽金属の利益を図るためにこれを締結
し,運用したものと認めるに足りる証拠はない。
そうしてみると,1審被告住友軽金属の団体定期保険契約の締結は
従業員の福利厚生を目的とするものであり,1審原告が⑥において主
張するとおりの大蔵省の行政指導及び生命保険業界の申合せがあっ
たことによっても,1審被告住友軽金属が自ら保険金の受取人になるも
のとして締結した上記団体定期保険契約が公序良俗に反するものとい
うことはできない。1審被告住友軽金属が団体定期保険契約の保険料
について,これを税法上,損金として処理することが認められていたと
いうことによっても,上記の結論を左右するものではない。
オ 以上に検討したとおりであって,1審原告の主張は採用することはできな
い。
(3) 争点3(保険金の全部若しくは相当部分の支払の合意)について
ア 1審原告は,Aは,本件保険契約の被保険者になることに同意するに際
し,1審被告住友軽金属との間で,同社を保険金受取人とするが,保険金
が支払われた場合にはその相当額をA又はその遺族に支払うとの合意を
した旨主張する。しかし,上記認定事実によれば,Aは,1審被告住友軽
金属が団体定期保険契約に基づいて従業員が死亡した場合に本件各契
約会社から支払を受ける保険金はその遺族に支払われるべきものである
と考え,その実現を目指していたことを認めることができるが,Aが1審被
告住友軽金属との間で個別に上記合意をしたことを認めるに足りる証拠
はない。したがって,1審原告の上記主張は採用することができない。
イ 1審原告は,上記の明示的な合意がなかったとしても,Aと1審被告住友
軽金属とは,1審被告住友軽金属が本件保険契約に基づいて保険金を受
領した場合は,当該保険金相当額又はその相当部分をA又はその遺族に
支払う旨の黙示の合意があったというべきである旨主張する。
確かに,上記認定事実によれば,Aは,1審被告住友軽金属が団体定
期保険契約に基づいて本件各契約会社から受領する保険金は,従業員
又はその遺族に支払われるべきものであると考え,実際にも1審被告住
友軽金属及び労働組合に対してその実現に向けて働きかけていたことが
認められる。
しかし,上記認定事実によると,1審被告住友軽金属は,団体定期保険
契約に基づいて本件各契約会社から支払われる保険金の受取人は契約
者である1審被告住友軽金属であり,従業員又はその遺族に対する給付
については,労働協約等によって約している以上のものを支払う義務を負
わないという態度を一貫して維持していることが明らかである。そうする
と,1審被告住友軽金属がAとの間で本件保険契約に基づいて支払を受
けた保険金の全部又は一部をA又はその遺族に対して支払うことについ
て黙示的に合意したものと認める余地はないものといわざるを得ない。し
たがって,黙示の合意があることを前提とする1審原告の主張は採用する
ことができない。
(4) 争点4(信義則上の引渡義務)について
1審原告は,労働契約に付随する信義則上の義務及び団体定期保険契
約の性質から,特段の事情がない限り,使用者は,使用者が受け取った高
度障害保険金又は死亡保険金のうち相当額を被保険者となった当該労働
者又はその遺族に支払う義務がある旨主張する。
ところで,上記に認定したとおり,1審被告住友軽金属は,労働組合との
間で労働協約を締結しており,その付属協定として退職金協定,退職年金
協定及び慶弔金協定が存するのである。1審原告は,上記協定等において
具体的に定められていなくても,信義則及び団体定期保険契約の性質によ
れば,1審被告住友軽金属は,団体定期保険契約に基づいて本件各生命
保険会社から支払を受ける保険金のうち相当額を被保険者となった当該従
業員又はその遺族に支払う義務を負うと主張する。しかしながら,1審被告
住友軽金属が本件各生命保険会社から受領する保険金について,当該従
業員又はその遺族が,信義則及び団体定期保険契約の性質を根拠として1
審被告住友軽金属に対して具体的な請求権を有すると認めるのは理論的に
みて困難なことであるといわざるを得ない。すなわち,1審原告は,団体定期
保険契約が従業員の福利厚生に資することを目的とし,他の目的に利用さ
れることがないように行政指導がされ,かつ,その目的に沿うよう運用すべ
き旨生命保険業界の申合せが重ねられてきた経緯から,信義則上,1審被
告住友軽金属が受領した保険金のうち,全額又は当該従業員の遺族に支
給される特別弔慰金等の支給額を超える相当部分については,同遺族に支
払われるべき旨を主張するが,団体定期保険契約が従業員の福利厚生を
目的とする趣旨は,保険金が弔慰金制度等の存在により従業員の福利厚
生措置の目的に沿って有効に活用されるべき旨をいうものであって(上記行
政指導及び生命保険業界の申合せもその趣旨を指導し,かつ,それにとど
まるものである。),被保険者である従業員の遺族による保険金引渡請求権
を直ちに予定するものとはいえない。また,他に,本件保険契約について,
保険契約の法理上,被保険者である従業員又はその遺族が保険金受取人
に対し保険金の支払請求権を有すると解すべき根拠は見いだし難い。
仮に特段の事情がある場合にはこれを認める余地があるとしても,1審被
告住友軽金属は,不当な目的をもって団体定期保険契約を締結したもので
はなく,また保険収支をみてもこれによって不労な利得を得ていたものという
ことはできないこと,1審被告住友軽金属は従業員及びその遺族に対して退
職金協定及び慶弔金協定等に基づく支給をしていることなど上記認定事実
に照らして検討すると,本件において,かかる特段の事情があるものと解す
ることはできない。
3 以上のとおりであって,1審原告の請求は主位的請求及び予備的請求のいず
れも理由がないので棄却すべきであり,1審原告の控訴は理由がないからこ
れを棄却し,1審原告の当審における被控訴人ジブラルタ生命に対する更生
債権確定請求を棄却し,1審被告住友軽金属の控訴に基づいて,原判決中1
審被告住友軽金属の敗訴部分を取り消し,同取消しに係る部分の1審原告の
請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法67条,61条を
適用して,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第2部
裁判長裁判官   大  内  捷  司
裁判官佐久間邦夫及び同加藤美枝子は,転補のため署名押印することが
できない。
裁判長裁判官   大  内  捷  司
(別紙保険目録,別紙1,別紙2省略)

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