弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人弁護士小玉治行、同丹波景政の上告理由第一点、同三原道也の上告理
由第三点、同本郷雅広の上告理由第二点(2)ないし(5)、同白川慎一の上告理
由第三点及び同伊勢勝蔵、同堀田勝二の上告理由第二点について、
 原審は、本件賃貸借契約に存する「雨漏等の修繕は賃貸人においてこれをなすも、
営業上必要なる修繕は賃借人においてこれをなすものとする」との条項は、単に賃
貸人たる上告人の修繕義務の限界を定めたもので、賃借人たる被上告人Bにその営
業上必要な修繕の義務を負わしめた趣旨のものではないと判断し、もつてBが右約
旨にもとずく修繕義務を怠つたことを理由とする上告人の解除の主張を排斥した。
しかしながら、原判決が右判断の理由として判示したところは、(1)賃借人の営
業上必要な修繕を賃借人の賃貸借契約上の義務として負担させることはそれ自体道
理に合わないこと、及び(2)本件賃貸借については賃料以外に減価消却金をも支
払う旨の条項があるので、その上更に前記修繕義務までも賃借人に負担させること
は通常人間の取引では考えられないこと、の二点につきるものである。けれども、
本件賃貸借の目的たる建物二棟がともに映画館用建物で、これに備付の長椅子その
他の設備一切をも貸借の目的としたものであることは、原判決の確定するところで
あつて、これら賃貸借の目的物がその使用に伴い破損等を生じた場合、これに適切
な修繕を加えて能う限り原状の維持と耐用年数の延長とをはかることはもとより賃
貸人の利益とするところであるから、たとい右修繕が同時に賃借人の営業にとり必
要な範囲に属するものであつても、その範囲においてこれを賃借人の賃貸人に対す
る義務として約さしめることは、何ら道理に合わないこととなすべきではない。ま
た、いわゆる減価消却金とはいかなる趣旨のものかにつき原判決は何ら説示すると
ころがないので、賃料の外右減価消却金をも支払う旨の条項があるからといつて、
なぜ修繕義務を賃借人に負担させることが通常人間の取引においては考えられない
のか、その理由を首肯せしめるに足らない。要するに原判決は、理由をつくさずし
て上告人の解除の主張を排斥した違法あるに帰するものであつて、この点において
すでに破棄を免れない。
 上告代理人弁護士小玉治行、同丹波景政の上告理由第三点、同三原道也の上告理
由第六点、同本郷雅広の上告理由第五点、同白川慎一の上告理由第四点及び同伊勢
勝蔵、同堀田勝二の上告理由第六点について。
 上告人は、昭和二四年五月三一日に期間が満了するはずであつた本件賃貸借の更
新拒絶の事由として、上告人が自ら本件建物により映画館を経営して収入をはから
なければならない生活上の必要があること、及び被上告人Bの経営方法が利益追及
にのみ急で観客の保健衛生等の観点から寒心にたえないので、上告人が自ら経営に
当り快適な映画館施設を市民に提供したい念願であることをあわせ主張したことは、
原判決事実摘示に明らかである。しかるに原判決は上告人主張の右事実の有無につ
き判断を示すことなく、ただ、上告人の本訴明渡請求は名を権利の行使にかりてそ
の実不当に自己の利益をむさぼらんとする底意に出たものに外ならないと断じ、し
かもその断ずるにつき一つも証拠を示すところがなく、かえつて上告人が一審判決
の仮執行により本件建物の占有を回復し現にこれを使用している事実をあげて、上
告人の前記不当な意図の証左であるとの甚しく正鵠を失した判示をなしたに止まる。
すなわち、原判決は更新拒絶の正当事由の有無に関する上告人の重要な主張につき
判断を遺脱し、証拠にもとずかずして事実を認定し、また理由不備の違法を犯せる
ものであつて、とうてい破棄を免れることはできない。
 以上の次第であるから、その他の上告理由に対する判断を省略し、民訴四〇七条
により主文のとおり判決する。
 霜山裁判官の補足意見は次のとおりである。
 (一)本件映画館の賃貸借契約には「雨漏等の修繕は賃貸人においてこれをなす
も、営業上必要なる修繕は賃借人においてこれをなすものとする」との条項がある
のであるが原審は右条項は単に賃貸人たる上告人の修繕義務の限界を定めたもので、
賃借人たる被上告人Bにその営業上必要な修繕の義務を負わしめた趣旨のものでは
ないと判断しているのである。もとより賃貸人は原則として賃貸物の使用収益に必
要な修繕義務を負うものであるが特約により賃貸人の修繕義務に制限を加え或は賃
借人に修繕義務を負担させることもできるのである。そこで本件賃貸借における前
示条項が単に賃貸人たる上告人の修繕義務の限界を定めたものか或は賃借人たる被
上告人Bに営業に必要な修繕の義務を負わせたものと解すべきかが問題である。住
宅の賃貸借で畳替は賃借人においてこれをするという特約はよく普通に行われてい
るのであるがこれを賃貸人は畳替という修繕義務を負担しない、畳替は賃借人の方
でやつてもらいたいという趣旨で賃借人に畳替の義務を負担せしめる趣旨でないこ
とは言を俟たないところである。そして右の場合でも特別の事情があれば特約で賃
借人に畳替の義務を負わせることを妨げるものではないが契約の条項に賃借人に修
繕義務を負わせる旨を明定した場合は格別単に畳替は賃借人においてこれをすると
定めている場合には特別の事情のない限り賃借人に畳替の義務を負担せしめる趣旨
でないとみるのが相当である。本件は映画館の賃貸借で住宅の賃貸借ではないが理
は全く同一であつて、これを別異に解すべき理由はない。従つて本件賃貸借におけ
る前示条項は特別の事情のない限り単に賃貸人たる上告人の修繕義務の限界を定め
たもので賃借人たる被上告人Bに営業に必要な修繕の義務を負わせた趣旨でないと
解するのが相当である。そして右の特別事情のあつたことは本件弁論の全趣旨から
これを認めることができないのみならず、原判決が説明するように本件賃貸借につ
いては賃料以外に減価消却金支払についての条項があるのでこの点からも営業に必
要な修繕義務を賃借人たる被上告人Bに負担せしめる特別事情のないことが窺知し
得られるのであるから原判決の判断は結局正当である。なお仮りに被上告人Bに修
繕義務がありとしても上告人は被上告人Bに対して修繕義務の履行を催告したこと
は主張しているが相当期間を定めて催告した旨の主張がないのであるから解除の前
提たる催告を欠如し解除は効力がないのである。従つて原判決が上告人の解除の主
張を排斥したことは結局正当である。以上の理由により私は右の点に関する多数意
見に反対するものである。
 (二)借家法一条ノ二にいわゆる「正当ノ事由」の有無は賃貸人の事情だけでな
く賃借人の事情をも考慮し双方が建物を使用する必要の程度等を比較考量して決し
なければならないのである。しかるに原判決のこの点に関する判断は稍独断の嫌が
あり、当事者双方の事情、建物使用の必要の程度等が十分に比較検討されたことが
判文上明らかにされていないのであるから理由不備の違法あり破棄を免れない。よ
つてこの点において多数意見を支持するものである。
 藤田裁判官の補足意見は次のとおりである。
 自分は上告代理人小玉治行、同丹波景政の上告理由第一点、同三原道也の上告理
由第三点、同本郷雅広の上告理由第二点(2)ないし(5)、同白川慎一の上告理
由第三点及び同伊勢勝蔵、同堀田勝二の上告理由第二点についての霜山裁判官の意
見に賛成である。
〔但、相当期間を定めた催告がないとの点に関する霜山裁判官の意見を除く〕
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    谷   村   唯 一 郎

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