弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原判決中上告人敗訴部分を破棄し,同部分につき第
1審判決を取り消す。
2前項の部分に関する被上告人らの請求をいずれも棄
却する。
3訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。
理由
上告代理人石井教文,同桐山昌己の上告受理申立て理由について
1本件は,信用協同組合である上告人の勧誘に応じて上告人に各500万円を
出資したが,上告人の経営が破綻して持分の払戻しを受けられなくなった被上告人
らが,上告人は,上記の勧誘に当たり,上告人が実質的な債務超過の状態にあり経
営が破綻するおそれがあることを被上告人らに説明すべき義務に違反したなどと主
張して,上告人に対し,主位的に,不法行為による損害賠償請求権又は出資契約の
詐欺取消し若しくは錯誤無効を理由とする不当利得返還請求権に基づき,予備的
に,出資契約上の債務不履行による損害賠償請求権に基づき,各500万円及び遅
延損害金の支払を求める事案であり,予備的請求である出資契約上の債務不履行に
よる損害賠償請求の当否が争われている。
なお,原判決中,被上告人らの主位的請求をいずれも棄却すべきものとした部分
は,被上告人らが不服申立てをしておらず,同部分は当審の審理判断の対象となっ
ていない。
2原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)上告人は,中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合であ
り,平成14年7月31日,総代会の決議により解散した。
(2)上告人は,平成6年に行われた監督官庁の立入検査において,資産の回収
可能性等を基に査定された欠損見込額を前提とする自己資本比率の低下を指摘さ
れ,さらに,平成8年に行われた立入検査においても,資産の大部分を占める貸出
金につき,欠損見込額が巨額になっており,上記自己資本比率がマイナス1.80
%であって実質的な債務超過の状態にあるなどの指摘を受け,文書をもって早急な
改善を求められたが,その後も上記の状態を解消することができないままであっ
た。
(3)平成10年ないし平成11年頃,上告人は,資産の欠損見込額を前提とす
ると債務超過の状態にあって,早晩監督官庁から破綻認定を受ける現実的な危険性
があり,代表理事らは,このことを十分に認識し得たにもかかわらず,上告人の新
大阪支店の支店長をして,被上告人らに対し,そのことを説明しないまま,上告人
に出資するよう勧誘させた。
(4)被上告人らは,上記の勧誘に応じ,平成11年3月2日,上告人に対し,
各500万円の出資をした(以下,上記の各出資を「本件各出資」といい,本件各
出資に係る上告人と各被上告人との間の各契約を「本件各出資契約」という。)。
(5)上告人は,平成12年12月16日,金融再生委員会から,金融機能の再
生のための緊急措置に関する法律(平成11年法律第160号による改正前のも
の)8条に基づく金融整理管財人による業務及び財産の管理を命ずる処分を受け,
その経営が破綻した。被上告人らは,これにより,本件各出資に係る持分の払戻し
を受けることができなくなった。
3原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人らの予
備的請求である債務不履行による損害賠償請求を,遅延損害金請求の一部を除いて
認容すべきものとした。
(1)上告人が,実質的な債務超過の状態にあって経営破綻の現実的な危険があ
ることを説明しないまま,被上告人らに対して本件各出資を勧誘したことは,信義
則上の説明義務に違反する(以下,上記の説明義務の違反を「本件説明義務違反」
という。)。
(2)本件説明義務違反は,本件各出資契約が締結される前の段階において生じ
たものではあるが,およそ社会の中から特定の者を選んで契約関係に入ろうとする
当事者が,社会の一般人に対する不法行為上の責任よりも一層強度の責任を課され
ることは,当然の事理というべきであり,当該当事者が契約関係に入った以上は,
契約上の信義則は契約締結前の段階まで遡って支配するに至るとみるべきであるか
ら,本件説明義務違反は,不法行為を構成するのみならず,本件各出資契約上の付
随義務違反として債務不履行をも構成する。
4しかしながら,原審の上記判断のうち,本件説明義務違反が上告人の本件各
出資契約上の債務不履行を構成するとした部分は,是認することができない。その
理由は,次のとおりである。
契約の一方当事者が,当該契約の締結に先立ち,信義則上の説明義務に違反し
て,当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提
供しなかった場合には,上記一方当事者は,相手方が当該契約を締結したことによ
り被った損害につき,不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別,当該契
約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはないというべきである。
なぜなら,上記のように,一方当事者が信義則上の説明義務に違反したために,
相手方が本来であれば締結しなかったはずの契約を締結するに至り,損害を被った
場合には,後に締結された契約は,上記説明義務の違反によって生じた結果と位置
付けられるのであって,上記説明義務をもって上記契約に基づいて生じた義務であ
るということは,それを契約上の本来的な債務というか付随義務というかにかかわ
らず,一種の背理であるといわざるを得ないからである。契約締結の準備段階にお
いても,信義則が当事者間の法律関係を規律し,信義則上の義務が発生するからと
いって,その義務が当然にその後に締結された契約に基づくものであるということ
にならないことはいうまでもない。
このように解すると,上記のような場合の損害賠償請求権は不法行為により発生
したものであるから,これには民法724条前段所定の3年の消滅時効が適用され
ることになるが,上記の消滅時効の制度趣旨や同条前段の起算点の定めに鑑みる
と,このことにより被害者の権利救済が不当に妨げられることにはならないものと
いうべきである。
5以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違
反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は,破棄を免れない。そし
て,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人らの請求はいずれも
理由がないから,同部分につき第1審判決を取り消し,同部分に関する請求をいず
れも棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官千葉勝
美の補足意見がある。
裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見が,本件説明義務違反が債務不履行責任を構成せず,その結果,
これにより発生した損害賠償請求権について民法724条前段が適用されるとした
点について,次のとおり補足しておきたい。
本件において,上告人が被上告人らに対し出資契約の締結を勧誘する際に負って
いるとされた説明義務に違反した点については,契約成立に先立つ交渉段階・準備
段階のものであって,講学上,契約締結上の過失の一類型とされるものである。民
法には,契約準備段階における当事者の義務を規定したものはないが,契約交渉に
入った者同士の間では,誠実に交渉を行い,一定の場合には重要な情報を相手に提
供すべき信義則上の義務を負い,これに違反した場合には,それにより相手方が被
った損害を賠償すべき義務があると考えるが,この義務は,あくまでも契約交渉に
入ったこと自体を発生の根拠として捉えるものであり,その後に締結された契約そ
のものから生ずるものではなく,契約上の債務不履行と捉えることはそもそも理論
的に無理があるといわなければならない。講学上,契約締結上の過失を債務不履行
責任として捉える考え方は,ドイツにおいて,過失ある錯誤者が契約の無効を主張
することによって損害を受けた相手方を救済する法理として始まったとされている
が,これは,不法行為の成立要件が厳格であるドイツにおいて,被害者の救済のた
め,契約責任の拡張を模索して生み出されたという経緯等に由来する面があろう。
有力な学説には,事実上契約によって結合された当事者間の関係は,何ら特別な
関係のない者の間の責任(不法行為上の責任)以上の責任を生ずるとすることが信
義則の要求するところであるとし,本件のように,契約は効力が生じたが,契約締
結以前の準備段階における事由によって他方が損失を被った場合にも,「契約締結
のための準備段階における過失」を契約上の責任として扱う場合の一つに挙げ,そ
の具体例として,①素人が銀行に対して相談や問い合わせをした上で一定の契約を
締結した場合に,その相談や問い合わせに対する銀行の指示に誤りがあって,顧客
が損害を被ったときや,②電気器具販売業者が顧客に使用方法の指示を誤って,後
でその品物を買った買主が損害を被ったときについて,契約における信義則を理由
として損害賠償を認めるべきであるとするものがある(我妻榮「債権各論上巻」3
8頁参照)。このような適切な指示をすべき義務の具体例は,契約締結の準備段階
に入った者として当然負うべきものであるとして挙げられているものであるが,私
としては,これらは,締結された契約自体に付随する義務とみることもできるもの
であると考える。そのような前提に立てば,上記の学説も,契約締結の準備段階を
経て契約関係に入った以上,契約締結の前後を問うことなく,これらを契約上の付
随義務として取り込み,その違反として扱うべきであるという趣旨と理解すること
ができ,この考え方は十分首肯できるところである。
そもそも,このように例示された上記の指示義務は,その違反がたまたま契約締
結前に生じたものではあるが,本来,契約関係における当事者の義務(付随義務)
といえるものである。また,その義務の内容も,類型的なものであり,契約の内容
・趣旨から明らかなものといえよう。したがって,これを,その後契約関係に入っ
た以上,契約上の義務として取り込むことは十分可能である。
しかしながら,本件のような説明義務は,そもそも契約関係に入るか否かの判断
をする際に問題になるものであり,契約締結前に限ってその存否,違反の有無が問
題になるものである。加えて,そのような説明義務の存否,内容,程度等は,当事
者の立場や状況,交渉の経緯等の具体的な事情を前提にした上で,信義則により決
められるものであって,個別的,非類型的なものであり,契約の付随義務として内
容が一義的に明らかになっているようなものではなく,通常の契約上の義務とは異
なる面もある。
以上によれば,本件のような説明義務違反については,契約上の義務(付随義
務)の違反として扱い,債務不履行責任についての消滅時効の規定の適用を認める
ことはできないというべきである。
もっとも,このような契約締結の準備段階の当事者の信義則上の義務を一つの法
領域として扱い,その発生要件,内容等を明確にした上で,契約法理に準ずるよう
な法規制を創設することはあり得るところであり,むしろその方が当事者の予見可
能性が高まる等の観点から好ましいという考えもあろうが,それはあくまでも立法
政策の問題であって,現行法制を前提にした解釈論の域を超えるものである。
(裁判長裁判官千葉勝美裁判官古田佑紀裁判官竹内行夫裁判官
須藤正彦)

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