弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

判決 平成14年2月8日  神戸地方裁判所 平成13年(わ)第968号傷害
被告事件
           主       文
被告人を懲役3年6月に処する。
未決勾留日数中60日をその刑に算入する。
押収してある果物ナイフ1本(平成13年押第180号の1)を没収す
る。
           理       由
(罪となるべき事実)
 被告人は,平成13年9月1日午後3時20分ころ,神戸市a区bc丁目d番e
f号棟g号の被告人方において,実父A(当時66歳)と口論となって激昂し,所
携の果物ナイフ(刃体の長さ約12センチメートル,平成13年押第180号の
1)で同人の腹部を1回突き刺し,よって,同人に対し,全治約30日間を要する
腹部刺創,肝損傷,腹腔内出血の傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)
(省略)
(事実認定の補足説明)
1 弁護人は,本件について傷害罪が成立することは認めるとしながらも,被告人
は,父親のA(以下「被害者」という。)と親子喧嘩をして,被害者を威嚇するた
めに本件果物ナイフを右手に持って構えたところ,被害者が被告人の方に右足を1
歩前に出し上半身が前に倒れ込むようになったのと同時に,被告人もふらついて前
に倒れ込むようになったことから,本件果物ナイフが被害者の腹部に突き刺さった
ものであって,被告人には本件果物ナイフで被害者を突き刺す意思はなかったなど
と主張するので,当裁判所が前示のとおり認定した理由について,以下補足して説
明する。 
2 まず,前掲各証拠によれば,凶器である本件果物ナイフは,刃体の長さ約12
センチメートルの先端の鋭利なものであり,その柄の部分には黄色のタオルが巻か
れていたこと,被害者の右上腹(右季肋)部刺創は,創口が左斜め上から右斜め下
向き(右下方が鋭)約2センチメートル,侵入方向は斜め下向きで深さが約8セン
チメートルの先端が肝臓に達するものであったこと,犯行現場である被告人方で
は,炊事場東側6畳の間に紫色のカーペットが敷かれ,そのカーペット上及びカー
ペットのまくられた部分の畳上に血痕が付着し,そのカーペットの上に血痕の付着
したポロシャツ,短ズボン等が置かれており,炊事場の床面に多量の血痕が付着
し,その流し台の引き出し内から本件果物ナイフが発見押収され,玄関土間及び玄
関東側廊下にはおびただしい血痕が付着していたが,被告人の部屋である玄関南側
4畳半の間には血痕の付着はなく,同部屋の南東側にはテレビが小さなテーブル様
の台の上に置かれていたこと,また,被告人が後頭部に負傷していたことなどが間
違いのない事実として認められる。
3 証人Aの当公判廷における供述(以下「被害者証言」という。)(なお,一
部,Aの検察官調書(甲13‐不同意部分を除く。)を含む。)は,本件犯行前後
の状況について,概略,
① 被害者は,被告人の部屋である玄関南側4畳半の間において被告人と一緒に
飲酒していたが,被告人が香川県にある被害者の郷里に行きたいと言い,被害者が
これに反対することを繰り返すうち口論となって,炊事場東側6畳の間に戻ったと
ころ,被告人が,本件果物ナイフを持って追いかけてきて,相対するように立てい
る被害者の方に右手に持った本件果物ナイフを突き出して右上腹部を刺した。
② 被害者は,流し台の上に置かれていた本件果物ナイフを流し台の引き出し内
に隠してから,自宅に電話がないため,救急車を呼ぶ電話をかけに外に出ようとし
たところ,被告人から,被告人の部屋に引っ張って行かれ,「わしがやったと言う
な。茶髪の2人組にやられたと言え。」と言われたので,「よっしゃ分かった。」
とその場はごまかして表に出て,通りかかったトラックの運転手に頼み携帯電話で
救急車を呼んでもらったが,そこにやってきた被告人に引っ張られるようにしても
う一度自宅に戻った。
③ 被害者は,救急車の音が聞こえたので,服を着替えて表に出て行こうとした
ところ,被告人が前をふさいで邪魔をしたことから,被告人を突き飛ばして外に出
たが,その際,被告人は玄関の上がり口のところの板で後頭部を打って脳しんとう
を起こしたみたいだった。
旨いうのに対し,被告人の当公判廷における供述(以下「被告人の公判供述」と
いう。)は,本件犯行前後の状況について,概略,
① 被告人は,被告人の部屋に入ってきた被害者が,「仕事のことはどないなっ
たんや。」などと言ってきたのに対し,「ちゃんと安定所行って紹介してもらっ
た。」などと答えていたところ,被害者からいきなり両手で突かれて後方に倒れ,
テレビ台の角辺りで後頭部を打った。
② 被告人は,その際,本件果物ナイフが目に入ったのでそれを右手に持って拳
の位置が胸の少し前辺りになるようにして刃先を被害者に向けて構え,被害者と相
対するように立っていたところ,被害者が被告人の方に右足を1歩前に出し上半身
を前に倒れ込むようになり,被告人も同時にふらついて前に倒れ込むようになった
ことから,本件果物ナイフが被害者の腹部に突き刺さったが,本件果物ナイフを被
害者の方に突き出して刺したのではない。
③ 被告人は,被害者が刺されたところを押さえるようにして炊事場東側6畳の
間に戻った後,本件果物ナイフを被告人の部屋のカラーボックスの上に置いて座っ
ていたが,被害者が心配になり,本件果物ナイフを持って炊事場にいき,被害者の
部屋に入って「大丈夫か。救急車を呼ぼうか」と聞くと,着替えをしていた被害者
から,「おお,とにかく部屋に帰っとけ。」と言われたので,自分の部屋に戻っ
た。
④ 被告人は,被害者が一度出て行って戻り,2度目に出て行った後,玄関の板
場で被害者が帰るのを待っているうち,体の力が抜けるようになって横になってい
たが,被害者が救急車を呼ぶため外に出ようとするのを自分の部屋に引っ張って行
き,「わしがやったと言うな。茶髪の2人組にやられたと言え。」などと言ったこ
とはない。
旨いうのである。
4 そこで,被害者証言と被告人の公判供述のいずれが信用できるかを検討する。
(1) まず,被害者が本件傷害を負った際の状況についてみるに,被害者証言によ
れば,被告人が,本件果物ナイフを右手で順手に持ち,相対している自分より背の
低い被害者に対し,被害者の右上腹部をめがけてやや斜め下方向に突き出して刺す
ことにより,前記認定の部位,創口の向き,侵入方向,深さの傷害を負わせたもの
として,合理的に説明可能であることが明らかである。
 これに対し,被告人の公判供述のいう,被告人が,本件果物ナイフを右手に
持って構え,被害者と相対するように立っていたところ,被害者が被告人の方に右
足を1歩前に出し上半身を前に倒れ込むようになり,被告人も同時にふらついて前
に倒れ込むようになったということ自体,そのままには信じ難い状況である上,そ
のいうような状況で被害者と被告人がともに前に倒れ込むようになったとすれば,
被害者の顔面や肩が被告人の肩や腹にぶつかってしまい,本件果物ナイフが被害者
の右上腹部に少しばかりの傷を負わせることはあり得ても,深さ約8センチメート
ルもの刺創を負わせることは困難であると考えられるから,被告人の公判供述は,
被害者が本件傷害を負った際の状況を合理的に説明するものではないというべきで
ある。
(2) 次に,被害者が本件傷害を負った直後の状況についてみるに,被害者証言に
よれば,被告人は,自ら救急車を呼ぶなどの措置を取らなかっただけでなく,被害
者に虚構の犯人にやられたと嘘を言うように要求したことになるのであるが,被害
者が被告人の実父であることを考え併せると,被告人が故意に本件果物ナイフで被
害者を突き刺して傷害を負わせながら,自己の刑事責任を免れるために取る言動と
して,被害者証言のいうところもあり得ないことではないと思われる。また,本件
果物ナイフが流し台の引き出し内から発見押収されたことも,被告人が,炊事場東
側6畳の間で被害者を突き刺した後,それを流し台の上に置き,被害者が流し台の
引き出し内にそれを隠したものとして合理的に説明が可能である。
 これに対し,被告人の公判供述によれば,被告人は,本件果物ナイフで被害
者を突き刺すつもりなどなかったのに,被害者を突き刺して傷害を負わせたことに
なり,そのため被害者は相当多量の出血を伴う傷害を負ったわけであるから,被告
人としては意外な結果に驚くとともにすぐさま自ら救急車を呼ぶなどの措置を取る
などの行動に出るのが通常であると思われるが,そのような行動を取った様子はな
く,一方,被害者は,相当多量の出血を伴う傷害を負いながら,被告人からの救急
車を呼ぼうかとの申し出を受け入れず,自ら団地の3階から下まで降りて救急車を
呼ぶ電話をかけに行き,再び団地の3階の自室に戻ったことになるのであって,被
告人の公判供述のいうところは不自然というほかない。また,被告人は,被害者が
心配になって様子を見に行く際,一旦被告人の部屋のカラーボックスの上に置いた
本件果物ナイフを炊事場に持っていったというのであるが,なぜ持っていったのか
合理的な説明をなしえておらず,そのいうところもやはり不自然である。
(3) さらに,被告人が後頭部に負傷した際の状況についてみるに,被害者証言に
よれば,被害者が,救急車の音を聞いて表に出て行こうとして,前をふさいで邪魔
をする被告人を突き飛ばし,被告人が玄関の上がり口のところの板で後頭部を打っ
た際に負傷したことになるのに対し,被告人の公判供述によれば,被告人の部屋で
被害者からいきなり両手で突かれて後方に倒れ,テレビ台の角辺りで後頭部を打っ
た際に負傷したことになるのであるが,被告人の公判供述自体,被害者が救急車に
乗って出て行った後,被告人が玄関の板場で横になっていたことを認めており,警
察官作成の現行犯人逮捕手続書(甲1‐不同意部分を除く。)をも併せみると,警
察官が被告人方に到着した際にも被告人がまだ横になっていたことが認められると
ころ,被害者証言によれば,被告人は脳しんとうを起こしたみたいになって起きな
かったというのであるから,そのような状況になったことを合理的に説明するもの
であるのに対し,被告人の公判供述によれば,体の力が抜けるようになって横にな
っていたというのであるから,それが多量の血痕の付着した玄関の板場で横になっ
ていた理由を合理的に説明するものではないことが明らかである。
(4) そして,被告人の警察官調書(乙6,7)及び検察官調書(乙9,10)並
びにその公判供述とを対比すれば,その内容は次第に変遷していることが認められ
るところ,被告人の公判供述は,警察官や検察官に供述したときには記憶が曖昧で
あったが,落ち着いてよく考え,また話を聞いたり記録を見たりして思い出したと
して,その公判供述が最も正確である旨いうのであるが,事件後2か月以上経って
からの記憶が事件後間もないときの記憶よりも正確であるとはにわかに信じ難いこ
とや,その供述の変遷は明らかに自己の刑責を軽減する方向へのものであること,
被告人の公判供述は,すでにみてきたように,被害者が本件傷害を負った状況やそ
の直後の状況,被告人が後頭部に負傷した際の状況などの中心的部分が不合理ない
しは不自然な内容のものであることなどを考え併せると,被告人は,結局,自己の
刑責を軽減するため,供述を変遷させながら,不合理ないしは不自然な供述を重ね
てきたとみるべきであるから,その供述は信用性に乏しいというほかない。
(5) 以上みてきたところによれば,被害者証言が信用できるのに対し,被告人の
公判供述は信用性が乏しいことが明らかというべきである。
 なお,弁護人は,被害者証言によれば,救急車を呼ぶ電話をかけに外に出よ
うとしたところ,被告人から被告人の部屋に引っ張って行かれ,「わしがやったと
言うな。茶髪の2人組にやられたと言え。」と言われたなどというところ,被害者
の出血状況からすれば,被告人の部屋に血痕が付着しているはずであると考えられ
るのにかかわらず,被告人の部屋には血痕が付着していなかったのであるから,被
害者証言は信用できないというのであるが,なるほど,被告人の部屋に血痕が付着
していなかったことからすれば,被害者証言のうち,傷害を負った後に被告人から
被告人の部屋に引っ張って行かれたという部分は疑わしいというべきであるけれど
も,そこからすぐさま,被害者証言のうち,被告人から「わしがやったと言うな。
茶髪の2人組にやられたと言え。」と言われたなどという部分の信用性を疑うには
至らないし,もちろん前記のような被害者証言の中心部分の信用性までも疑うには
至らない。
 むしろ,被害者の出血がかなり激しかったにもかかわらず,被告人の部屋に
は血痕が付着していなかったことは,被告人の部屋で本件果物ナイフが被害者に突
き刺さった旨いう,被告人の公判供述の信用性を疑う方に働くひとつの事情になる
というべきである。
5 以上のとおりであるから,被害者証言を含む前掲各証拠によって,判示のとお
り,被告人が本件果物ナイフで被害者を突き刺した事実は優にこれを認めることが
できる。
(累犯前科)
 被告人は,(1)平成9年2月13日高松地方裁判所丸亀支部で詐欺罪により懲役1
年6月(4年間執行猶予,平成11年5月27日その猶予取消し)に処せられ,平
成13年4月9日その刑の執行を受け終わり,(2)平成11年5月19日神戸簡易裁
判所で窃盗罪により懲役7月に処せられ,平成11年10月29日その刑の執行を
受け終わったものであって,これらの事実は検察事務官作成の前科調書(乙13)
及び上記各裁判の判決書謄本(乙15,16)によって認める。
(法令の適用)
罰条          刑法204条
刑種の選択       懲役刑
累犯加重        刑法56条1項,57条(再犯の加重)
宣告刑         懲役3年6月
未決勾留日数の算入   刑法21条(60日)
没収          刑法19条1項2号,2項
訴訟費用の不負担    刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,父親を果物ナイフで突き刺して傷害を負わせたという事案で
あるが,被告人は,定職に就くことなく,毎日のように飲酒する無為徒食の生活を
送るうち,本件当日も昼間から飲酒して父親と口論の挙げ句,本件犯行に及んだも
のであって,犯行の動機原因に酌むべき点は乏しいこと,被告人は,刃体の長さ約
12センチメートルの先端鋭利な果物ナイフで身体の枢要部である被害者の右上腹
部を約8センチメートルの深さにまで突き刺したものであって,犯行の態様は重大
な結果を招きかねない危険なものであること,その結果,被害者である父親は,全
治約30日間を要する腹部刺創,肝損傷,腹腔内出血の傷害を負ったものであっ
て,負わせた傷害の程度も相当に重いものであること,被告人は,犯行後,自ら救
急車を呼ぶなどの救護措置を取らなかっただけでなく,被害者に自分が犯人でない
と嘘を言うように言ったり,被害者が救急車の方に行こうとするのを妨害したりす
るなど,犯行後の態度も良くなかったこと,被告人は,不合理不自然な弁解を重ね
て自己の責任を軽減あるいは免れようとしていて,真摯な反省悔悟の情はあまり窺
えないこと,被害者である父親は,被告人が現在のような状態であれば,被告人と
同居することはできないと述べていることなどを考え併せると,犯情は悪く,被告
人の刑事責任は重いといわざるを得ない。
 また,被告人には,判示のとおりの累犯前科があって,本件はその(1)の刑の執行
終了後僅か半年足らずでの犯行であることも,量刑上看過するわけにはいかない。
 してみると,本件犯行による傷害は幸い大事には至らなかったこと,被害者であ
る父親も被告人の更生を願っていると思われること,被告人も傷害罪が成立するこ
と自体は一応認める態度を取っていることなどの,被告人のために酌むべき事情を
考慮しても,主文の刑はやむを得ないところである。
(検察官の科刑意見 懲役4年)
 よって,主文のとおり判決する。
  平成14年2月8日
    神戸地方裁判所第12刑事係甲
             裁 判 官  森   岡   安   廣・

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛