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平成14年(行ケ)第196号 審決取消請求事件(平成16年5月24日口頭弁
論終結)
          判           決
       原      告   石原薬品株式会社
       訴訟代理人弁護士   清永利亮
       同    弁理士   中野修身
    被      告   シップレーカンパニー エル エル シー
       訴訟代理人弁護士   片山英二
       同          加藤寛史
       同    弁理士   小林純子
       同          千田稔
       同          辻永和徳
       同          橋本幸治
       同          近藤実
       同復代理人弁護士   林康司
          主           文
      特許庁が平成11年審判第35360号事件について平成14年3月
18日にした審決を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
      この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日
と定める。
          事実及び理由
第1 請求
   主文第1,2項と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   被告は,名称を「スズ-鉛電気メッキ溶液およびそれを用いた高速電気メッ
キ方法」とする特許第2140707号発明(昭和60年12月28日特許出願
〔特願昭60-293667号〔以下「本件特許出願」という。〕,パリ条約によ
る優先権主張1985年〈昭和60年〉9月20日〈以下「本件優先日」とい
う。〉・アメリカ合衆国〕,平成11年5月21日権利者をアメリカ合衆国法人リ
ーローナル・インコーポレーテッド(以下「リーローナル社」という。)として設
定登録,平成12年9月1日被告に移転登録,以下,その特許を「本件特許」とい
う。)の特許権者である。
 原告は,平成11年7月14日,本件特許の請求項1及び同6に係る発明に
ついての特許を無効にすることについて審判の請求をし,平成11年審判第353
60号事件として特許庁に係属した。
 特許庁は,上記事件について審理した上,平成14年3月18日に「本件審
判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月28日,原告に送
達された。
 2 本件特許出願の願書に添付した明細書(平成6年11月16日付け手続補正
書による補正後のもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲請求項
1,同6の記載
1 改良されたスズの酸化に対する抵抗力を有するスズ-鉛合金の電気メッキ
用電解質溶液であって,
水;所定量の可溶性二価スズ化合物及び可溶性二価鉛化合物;実質的に3以下
のpHの溶液を与えるのに充分な量の可溶性アルキルスルホン酸;溶液中にすべて
の構成成分を溶液状に保持して実質的に32℃以上の曇り点を有する電解質溶液を
与えるための湿潤剤としての実質的に8モル以上の酸化アルキレンを有する可溶性
酸化アルキレン縮合化合物;及び二価のスズから四価のスズへの酸化を防止又は抑
制するために充分な量のジヒドロキシベンゼンの位置異性体を含む前記スズ-鉛電
気メッキ電解質溶液。
6 スズの酸化による実質的な量のスズスラッジの生成を抑制しながら,スズ
-鉛合金を基材に高速で電気メッキする方法であって,
(1)可溶性二価スズ化合物及び可溶性二価鉛化合物と,実質的に3以下のp
Hを有する溶液を与えるのに充分な量のpH調整剤である可溶性アルキルスルホン
酸を含む電気メッキ溶液を調整し,
(2)前記溶液に湿潤剤として実質的に8モル以上の酸化アルキレンを有する
可溶性酸化アルキレン縮合化合物もしくは可溶性第四アンモニウム脂肪酸化合物を
加えて,実質的に32℃以上の曇り点を有する電解質溶液となし,
(3)前記電解質溶液に電気メッキによって形成された電着物の光沢を改良す
るのに充分な量の芳香族アルデヒド又はその誘導体を加え,
(4)前記電解質溶液に低電流密度範囲における電気メッキを改良するのに充
分な量の可溶性ビスマス化合物,または高電流密度範囲の電気メッキを改良するの
に充分な量のアセトアルデヒドを加えて電解質溶液を調製し,
(5)更に,上記電解質溶液に,二価のスズから四価のスズへの酸化を防止す
るか,もしくは四価のスズを二価のスズに還元するのに充分な量のジヒドロキシベ
ンゼン化合物を加えて,スズ-鉛合金の電気メッキ溶液を調製し,上記電気メッキ
溶液に,スズ-鉛合金の電気メッキを施す基材を浸漬し,所定の電流密度範囲に設
定して,上記電気メッキ溶液を加熱もしくは撹拌することにより,上記基材上に高
品質のスズ-鉛合金メッキを高速で形成させることを特徴とする高速電気メッキ方
法。
(以下,上記請求項1,同6に係る発明を,審決に従い,「本件発明1」,
「本件発明2」という。)
 3 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,請求人(注,原告)の主張する無
効理由,すなわち,本件発明1のスズ-鉛電気メッキ電解質溶液(以下「本件発明
1溶液」という。)は,本件優先日前である昭和58年6月に日本国内において開
催された「METEC'83-表面技術総合展」(以下「表面技術総合展」という。)にお
いて展示され,また,本件優先日前に日本国内において販売されていたものであ
り,本件発明2は,本件発明1と実質的に同一の技術的思想に属するメッキ溶液を
用いてメッキを行う方法にすぎないから,いずれも,本件優先日前に日本国内にお
いて公然実施された発明であり,特許法29条1項2号に該当するとの主張に対
し,本件発明1,2は,本件優先日前に日本国内において公然実施された発明であ
るとは認められず,同号に該当しないから,請求人の主張及び証拠方法によっては
本件発明1,2に係る本件特許を無効とすることはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
   審決は,本件発明1の要旨認定を誤り(取消事由1),表面技術総合展にお
ける展示の認定判断を誤り(取消事由2),ソルダロンNFの譲渡による公然実施
の認定判断を誤り(取消事由3),ソルダロンBRの譲渡による公然実施の認定判
断を誤り(取消事由4),本件発明2に係る公然実施の認定判断を誤った(取消事
由5)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(本件発明1の要旨認定の誤り)
(1)審決は,本件発明1の要旨について,「本件の発明(注,本件発明1)
は,本件明細書の特許請求の範囲第1項・・・に記載された・・・とおりのもので
ある」(審決謄本2頁「Ⅱ.本件発明」の項)と認定し,あたかも特許請求の範囲
第1項に記載された技術的思想として認定したかのようにみえるが,その認定判断
に照らすと,結果として,本件発明1の技術内容を把握し,その意味するところを
正確に認定判断しているとはいい難く,本件発明1の要旨認定を誤ったものという
べきである。
(2)すなわち,Aの1987年(昭和62年)1月27日付け宣誓供述書(審
判甲2・本訴甲4,以下「A供述書」という。)には,「Solderon(登録商標)
プロセスとして業界で公知である出願人のプロセスは,メタンスルホン酸,メタン
スルホン酸スズ及びメタンスルホン酸鉛,抗酸化剤としてのカテコールならびに好
ましくは華氏90度以上の曇点(cloudpoint)を持つ酸化エチレン縮合物である湿
潤剤とから成る浴を包含する」(訳文3頁第3段落)との供述内容が記載され,こ
れを本件発明1の「改良されたスズの酸化に対する抵抗力を有するスズ-鉛合金の
電気メッキ用電解質溶液であって,水;所定量の可溶性二価スズ化合物及び可溶性
二価鉛化合物;実質的に3以下のpHの溶液を与えるのに充分な量の可溶性アルキ
ルスルホン酸;溶液中にすべての構成成分を溶液状に保持して実質的に32℃以上
の曇り点を有する電解質溶液を与えるための湿潤剤としての実質的に8モル以上の
酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物;及び二価のスズから四
価のスズへの酸化を防止又は抑制するために充分な量のジヒドロキシベンゼンの位
置異性体を含む前記スズ-鉛電気メッキ電解質溶液」と対比すると,①メタンスル
ホン酸は,可溶性アルキルスルホン酸であり,②メタンスルホン酸スズ及びメタン
スルホン酸鉛は,可溶性二価スズ化合物及び可溶性二価鉛化合物であり,③抗酸化
剤としてのカテコールは,ジヒドロキシベンゼンの位置異性体であり,④華氏90
度以上の曇点(cloudpoint)を持つ酸化エチレン縮合物(湿潤剤)は,実質的に3
2℃以上の曇り点を有する電解質溶液を与えるための湿潤剤としての実質的に8モ
ル以上の酸化アルキレンを有する可溶性酸化アルキレン縮合化合物であり,A供述
書には,本件発明1の水が記載されていないが,電気メッキ用電解質溶液は基本的
に水を溶媒として用いるので,あえて示さなかったものと解される。したがって,
両者の成分は一致するもので,A供述書記載の「Solderon(登録商標)プロセス
として業界で公知である出願人のプロセス」(以下「ソルダロンプロセス」とい
う。)が本件発明1と対比されるべき発明である。そして,審決が,昭和58年6
月15日東京鍍金材料協同組合発行「鍍金の世界」昭和58年6月号26頁~29
頁,72頁(審判甲1・本訴甲5,以下「甲5記事」という。)について,「その
第29頁には,『ソルダロンプロセス=ホウ弗化物を含まない半田めっきプロセス
で,90対10あるいは60対40の錫―鉛合金皮膜が広い電流密度範囲にわたっ
て得られる。ソルダロンNF(無光沢),同BR(光沢),同MHS(高速用無光
沢),同BHS(高速用光沢)の四種がある。(ジャパン・ロナール(株))』と
記載されている」(審決謄本4頁第1段落)と認定しているとおり,ソルダロンN
F,同BR等は,ソルダロンプロセス(基本メッキ溶液)に光沢剤などの周知の添
加剤を加えて商品化したものであり,B作成の「有機酸ハンダメッキ用光沢添加剤
ソルダロンBOB(ジャパンメタル)成分分析」(審判甲9-6・本訴甲11-
6,以下「甲11-6報告書」という。)の分析チャートからも明らかなように,
ソルダロンBRからは上記①~④の基本成分のほか,光沢剤(アルデヒド)を検出
している。したがって,ソルダロンNF,ソルダロンBRは,ソルダロンプロセス
に,更に周知の添加剤を配合したものであって,本件発明1の実施態様項(請求項
4又は同5)に相当するものである。
  ところが,審決は,「甲第1号証(注,甲5記事)によれば,ソルダロン
プロセスは四種あるとされているにもかかわらず,甲第2号証(注,A供述書〔本
訴甲4〕)では,四種のソルダロンプロセスは区別せずその浴成分が述べられてお
り,このことは,言葉をかえれば,四種のソルダロンプロセスの夫々の技術内容,
つまり,ソルダロンNF発明,ソルダロンBR発明の技術内容については,甲第2
号証に明らかにされていないということになる」(審決謄本11頁最終段落~12
頁第1段落)として,ソルダロンプロセスそのものが4種類あるべき旨の認定をし
ているのであり,審決は,ソルダロンプロセスが本件発明1に相当するメッキ溶液
であり,ソルダロンNF(無光沢),同BR(光沢),同MHS(高速用無光沢)
及び同BHS(高速用光沢)の技術的思想は,本件発明1に周知慣用手段を付加し
た実施態様に相当するものであることを判別できなかったものといわざるを得ず,
本件発明1の技術内容を把握し,その意味するところを正確に認定判断していると
はいい難く,本件発明1の要旨認定を誤ったことは明らかである。審決は,「請求
人(注,原告)は,ソルダロンNF或いはソルダロンBRという用語を,ソルダロ
ンNF,ソルダロンBRという商品自体の名前として使用する一方,ソルダロンN
F,ソルダロンBRという商品が備えるその技術内容・特徴を表現する用語として
も使用しているが,以下においては,商品としてのソルダロンNF,ソルダロンB
Rを,単に『ソルダロンNF』,『ソルダロンBR』と記載し,成分等の技術的内
容をその特徴として備える発明としてのソルダロンNF,ソルダロンBRは,それ
ぞれ『ソルダロンNF発明』,『ソルダロンBR発明』と記載して区別する」(審
決謄本10頁下から第2段落)として,ソルダロンNF発明,ソルダロンBR発明
という用語の定義をしているが,審決のいうソルダロンNF発明,ソルダロンBR
発明というのは,ソルダロンプロセスに,更に周知の添加剤を配合したものであっ
て,本件発明1の実施態様項に相当し,独立した発明とはいえないものである。
 2 取消事由2(表面技術総合展における展示の認定判断の誤り)
(1)審決は,表面技術総合展における展示による公然実施について,「『表面
技術総合展は,表面技術に関するメーカーが,自社製品,新製品等をPRのために
展示する会である』とされているのみで,表面技術総合展における展示が,『譲渡
若しくは貸渡のために展示し』との性格を有する展示会であるか否かは不明であ
る。したがって,ソルダロンプロセスが表面技術総合展で展示されたという事実に
よっては,(ソルダロンプロセスのうちの)ソルダロンNF発明,ソルダロンBR
発明が,特許法第2条第3項1号でいう実施(即ち,『物の発明の実施にあって
は,その物を・・・譲渡若しくは貸渡のために展示し・・・』)に該当するとはい
えない」(審決謄本11頁第1段落)と認定判断したが,誤りである。
(2)表面技術総合展は,審判における証人Cの証言(甲13,以下「C証言」
という。)のとおり,表面技術に関するメーカーが,自社製品,新商品等をPRの
ために展示する会というのであるから,むしろ,自社製品,新商品等を譲渡のため
に展示するものと認められ,また,審決のいうソルダロンNF発明,ソルダロンB
R発明は,ソルダロンプロセスの実施態様であるから,ソルダロンプロセスが展示
されたという事実があれば,本件発明1が公然実施されたことになるというべきで
ある。
3 取消事由3(ソルダロンNFの譲渡による公然実施の認定判断の誤り)
(1)審決は,ソルダロンNFの譲渡による公然実施について,「甲第3~6号
証(注,本訴甲6~9)の何れにも,ソルダロンNFの浴成分等については明らか
にされておらず,そして,証人Dの証言・・・によれば,『甲第3号証,甲第4号
証の試験に供したソルダロンNFの組成等については,メーカー,供給者側からの
説明を受けていないばかりか,ソルダロンNFの中身についてどのような成分が入
っているかは大和電機工業株式会社として知る必要もなく,ソルダロンNFを分析
したこともない』とされているのであるから,ソルダロンNFの試験に当たり,ソ
ルダロンNF発明の技術内容については全く不明であったといわざるを得ない。そ
うであれば,ソルダロンNF発明は,その技術内容を知り得る状態で実施をされた
ものであるとはいえない。・・・したがって,甲第3~6号証及び証人Dの証言に
よっては,ソルダロンNF発明は,本件出願前に日本国内において公然実施をされ
た発明であると認めることはできない」(審決謄本12頁最終段落~13頁第3段
落)と認定判断したが,誤りである。
(2)特許法29条1項2号所定の「公然実施をされた発明」にいう「公然」と
は,秘密を脱した状態をいい,「実施」とは,同法2条3項に規定される物の生
産,使用,譲渡などをいうと解されるところ,内部に発明がある物の発明につい
て,その製品が譲渡された場合は,譲受人は製品を自由に点検し,分解し,破壊
し,分析することができ,これによって発明の内容を知ることができるのであるか
ら,譲渡人において内容を秘密にする意図があるとはいえず,その発明は公然実施
されたものと解すべきである。
  大和電機工業株式会社(以下「大和電機工業」という。)従業員D,同E
作成の昭和59年8月18日付け「ソルダロンNF半田メッキ浴の検討 その1」
(甲6,以下「甲6報告書」という。),同年9月3日付け「ソルダロンNF半田
メッキ浴の検討 その2」(甲7,以下「甲7報告書」という。),中原化興株式
会社(以下「中原化興」という。)作成の昭和59年6月26日付け見積書(甲
8,以下「甲8見積書」という。)並びにジャパンロナール株式会社(以下「ジャ
パンロナール」という。)従業員F作成の昭和59年8月2日付け「ソルダロンN
Fプロセスハンダめっきサンプル試作」,同月9日付け「ソルダロンBRプロセス
ハンダめっきサンプル試作」,同日付け「ソルダロンNFプロセスめっき液へのモ
ールド樹脂溶解試験」,ジャパンロナール従業員G作成の同日付け「ソルダロンN
F-エアー攪拌下での浴の変動-」,同月10日付けF作成の「ソルダロンNF,
BRプロセス耐熱試験」及びG作成の同月22日付け「ソルダロンプロセス-CO
D及びBOD-」から成る報告書(甲9,以下「甲9報告書」という。)によれ
ば,本件優先日前である昭和59年6月ないし同年9月に,本件発明1の実施品で
あるソルダロンNFが,リーローナル社から大和電機工業に譲渡されたことが明ら
かであるところ,この譲渡は,秘密保持契約もないまま,秘密保持義務を負わない
者に対してされたものであるから,これにより本件発明1は,公然実施されたもの
というべきである。
4 取消事由4(ソルダロンBRの譲渡による公然実施の認定判断の誤り)
(1)審決は,ソルダロンBRの譲渡による公然実施について,「甲第9号証の
1(注,本訴甲11-1〔以下「甲11-1説明書」という。〕)には,ソルダロ
ンBRの浴組成として,『ソルダロンアシッド240ml/l,ソルダロンティン
コンク75ml/l,ソルダロンレッドコンク3.5ml/l,ソルダロンBRス
ターター40ml/l』との記載があり,この浴組成が,甲第9号証の2(注,本
訴甲11-2)で使用された浴組成と一致するものであることは認められるが,甲
第9号証の1には,文書の作成者,作成日が記載されていないため,甲第9号証の
1がソルダロンBRのカタログであるか否かは不明であり,一方,証人Dの証言
(注,甲13,以下「D証言」という。)・・・によれば,ジャパンロナール株式
会社の社員が作成したとされる甲第6号証(注,甲9報告書)の第3頁,第8頁に
は,ソルダロンBRプロセスの浴組成として,『ソルダロンアシッド240ml/
l,ソルダロンティンコンク75ml/l,ソルダロンレッドコンク2.2ml/
l,ソルダロンBRスターター40ml/l』と記載され,甲第9号証の1と甲第
6号証とでは,ソルダロンレッドコンクの点においてソルダロンBRの浴組成が明
らかに不一致である。したがって,甲第9号証の1が,請求人の主張する如く真正
なソルダロンBRのカタログであるとは直ちに認めることはできないばかりか,甲
第9号証の1に示された浴組成と同一浴組成の浴を使用した試験結果等について記
載されている甲第9号証の2が,真正なソルダロンBRを使用して行われた試験で
あるかは不明であるといわざるを得ない」(審決謄本13頁最終段落~14頁第1
段落)と認定判断した。
(2)しかしながら,甲11-1説明書について,被告(被請求人)の平成13
年5月21日付上申書(乙2)には,「発行日が明らかでないので本件特許発明が
出願日以前に公然実施されていたことが立証されているとは認められない。また,
その内容は単に商品名,特徴,その建浴方法および管理方法が記載されているのみ
で,各製品の組成は記載されていない。したがって,甲第9号証の1(注,甲11
-1説明書)からは『ソルダロンBR』の内容は不明である。・・・仮に甲第9号
証の1が本件特許の出願日以前に頒布されていたとしても,これに基づいて本件特
許発明の内容を知ることができないので,甲第9号証の1から本件特許発明が出願
日以前に公然実施されていたといえないことは明らかである」(8頁ⅰ-1項)と
記載されているが,被告自身,甲11-1説明書を作成したことがないとは主張し
ていない。
  また,半田めっき浴においては,スズと鉛の比は目的に応じて変えられる
ものであり,この比が変わっても技術的思想として異なるものになるわけではな
い。甲11-1説明書には,浴組成(90/10スズ-鉛合金)として,ソルダロ
ンティンコンク75ml/lに対して,3.5ml/lの組成(1頁右欄の表)が
例示され,作業条件にも金属スズ7~11g/lに対して金属鉛1~2g/l(2
頁左欄の表)が示され,スズと鉛の比が変えられるものであることが読み取れるの
である。審決は,組合せによりスズと鉛の金属イオン濃度を変えられるソルダロン
BRについて,許容される範囲内の成分の差異をもって,甲9報告書記載の製品が
本件発明1の実施品であることを否定したものであり,誤りである。
(3)原告作成の昭和60年8月12日付け「ソルダロンBR浴の無電解経時試
験」(甲11-2,以下「甲11-2報告書」という。),株式会社日東技術情報
センター作成の昭和59年8月8日付け,同月31日付け及び同年9月17日付け
各「分析結果報告書」(甲11-3~5,以下,それぞれ「甲11-3報告書」~
「甲11-5報告書」という。)並びに甲11-6報告書によれば,昭和59年8
月8日前に入手したソルダロンレッドコンク,同月31日前に入手したソルダロン
アシッド,同年9月17日前入手したソルダロンティンコンク及び昭和60年6月
中旬ないし昭和60年7月15日ころまでの間に入手したソルダロンBOB(ソル
ダロンBR)の分析が行われ,その結果により,これらの成分から構成されるソル
ダロンBRメッキ溶液は,本件発明1の構成要件を具備したものであることが,少
なくとも昭和60年8月には明らかとなった。したがって,被告は,少なくとも上
記昭和60年6月中旬ないし昭和60年7月15日ころまでの間より以前に,本件
発明1の実施品を,譲渡されたことが明らかであるところ,この譲渡は,秘密保持
契約もないまま,秘密保持義務を負わない者に対してされたものであるから,同事
実により,本件発明1は,公然実施されたものというべきである。
5 取消事由5(本件発明2に係る公然実施の認定判断の誤り)
(1)審決は,本件発明2に係る公然実施について,「本件発明2が,仮に,ソ
ルダロンBR発明のメッキ浴を用いてメッキを行なったにすぎない電気メッキ方法
であったとしても,ソルダロンBR発明が本件出願前に日本国内において公然実施
をされた発明と認められない以上,本件発明2は,本件出願前に日本国内において
公然実施をされた発明であると認めることはできない」(審決謄本17頁[2]項
最終段落)と認定判断したが,誤りである。
(2)審決は,審決のいうソルダロンBR発明が本件優先日以前に分析できたか
どうかについては,一応の判断を示しているが,ソルダロンBR発明が当時の分析
技術で分析できたものである点については,全く判断していない。原告は,当時の
分析技術をもってすれば,ソルダロンプロセスの各成分は十分に検出できたことを
も甲11-6報告書により立証しているところ,ソルダロンNF,ソルダロンBR
が,秘密保持契約もないまま,秘密保持義務を負わない者に対して譲渡されたこと
は上記のとおりであり,これらの事実により,本件発明2は,公然実施されたもの
というべきである。
第4 被告の反論
  審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(本件発明1の要旨認定の誤り)について
 A供述書(甲4)は,本件特許出願の優先権主張の基礎とされたアメリカ合
衆国特許出願第778353号の審査において提出されたものではなく,本件特許
出願の後にアメリカ合衆国において提出されたものであり,本件発明1ないし本件
優先日当時のソルダロンプロセスの内容を説明したものでもない。したがって,A
供述書は,本件発明1ないし本件優先日当時のソルダロンプロセスのいずれとも関
係のないものであるから,本件発明1とソルダロンプロセスとを対比すべきである
との原告の主張は根拠を欠く。また,A供述書は,アメリカ合衆国特許出願第85
2063号の審査過程において,アメリカ合衆国特許商標庁に提出された書類であ
るが,この特許出願はその後放棄されたので,秘密として取り扱われている書類で
あり,その内容は公知ではないから,ソルダロンプロセスの名称が知られていたと
しても,A供述書の記載を参酌することはできず,A供述書提出後も,ソルダロン
プロセスの内容は不明のままであった。なお,発明が公然実施されたとは,発明が
秘密を脱した状態で実施されることをいい,秘密を脱したとは,不特定人が発明を
知ることをいうと解されるが,発明の具体的構成が不特定人に知られ,技術的に理
解されて,初めて秘密を脱したというべきである。A供述書は,抽象的なソルダロ
ンプロセスについての説明を記載しているにすぎず,その記載によっては,4種類
ある各ソルダロンプロセスの具体的構成は不明であるし,ましてや本件発明1の具
体的な構成を知ることはできない。
 A供述書の記載は,可溶性アルキルスルホン酸の量について実質的に3以下
のpHの浴液を与えるのに十分な量であること,湿潤剤の量について溶液中にすべ
ての構成成分を溶液状に保持して実質的に32℃以上の曇り点を有する電解質溶液
を与える量であること(Aは湿潤剤の曇り点として好ましくは華氏90度以上であ
ると述べており,メッキ電解質溶液の曇り点については言及していない。),可溶
性酸化アルキレン縮合化合物について実質的に8モル以上の酸化アルキレンを有す
ること,及びジヒドロキシベンゼンの位置異性体について二価のスズから四価のス
ズへの酸化を防止又は抑制するために十分な量であることという4要件が明らかに
されていない点において,本件発明1の構成とは相違し,その構成のすべてを記載
したものではないから,ソルダロンプロセスと本件発明1の成分は一致するもので
あり,ソルダロンプロセスが本件発明1と対比されるべき発明であるとの原告の主
張は誤りである。
 また,ソルダロンNF,ソルダロンBRは,ソルダロンプロセスに周知の添
加剤を配合したものであって,本件発明1の実施態様項(請求項4又は同5)に相
当するとの原告の主張は,根拠を欠くものである。甲11-6報告書は,原告がソ
ルダロンBRであると主張するサンプルについて行われたものにすぎず,その結果
自体が信頼できないものであり,分析チャートの結果からもアルデヒドが検出され
ているとは認められない。さらに,ソルダロンNF(無光沢),ソルダロンMHS
(高速用無光沢),ソルダロンBHS(高速用光沢)については,分析結果もな
く,全くの原告の憶測に基づく主張である。
 ソルダロンNF,ソルダロンBR,ソルダロンMHS,ソルダロンBHSの
の構成上の差異が不明である以上,発明として,それぞれ区別して取り扱うことは
当然である。また,具体的な商品と,技術的思想としての発明とは区別して議論さ
れるべきものであることも当然であり,「商品としてのソルダロンNF,ソルダロ
ンBRを,単に『ソルダロンNF』,『ソルダロンBR』と記載し,成分等の技術
的内容をその特徴として備える発明としてのソルダロンNF,ソルダロンBRは,
それぞれ『ソルダロンNF発明』,『ソルダロンBR発明』と記載して区別する」
(審決謄本10頁下から第2段落)とした審決の定義に,原告主張の誤りはない。
 2 取消事由2(表面技術総合展における展示の認定判断の誤り)について
 表面技術総合展における展示は,展覧会などでの単なる展示にすぎず,公然
実施には当たらない。展示によるPRは,特定商品の譲渡又は貸渡しのためのみに
行われるとは限らず,企業としての技術レベルを宣伝するために,開発途中のもの
であっても展示することがあり,また,開発されたものであっても,利用者の要望
に基づいて,更に改良されることを前提とするものもある。発明の新規性を検討す
る上では,展示が,公然実施といえる態様でされたか否かを問題とすべきであり,
例えば,内部に発明がある新製品を公衆の面前で展示する場合でも,その内容が第
三者に知られ得ない場合には,公然実施されたとはいえない。したがって,展示の
場合にも,技術的思想としての発明が第三者に知られ得ない態様で展示された場合
には,公然実施されたとはいえない。甲5記事の記載からは,引用されたソルダロ
ンNF,ソルダロンBR,ソルダロンMHS,ソルダロンBHSの具体的な構成は
明らかにされておらず,メッキ溶液の場合は,例えば,質問されればその組成をだ
れにでも教えるといった対応をしない限り,展示により公然実施されたということ
ができないことは当然であり,常識的にいっても,競合他社にも知られ得るような
形式での展示会において,このような対応をしたとは考えられない。したがって,
原告主張の取消事由2は,表面技術総合展における展示の具体的な態様についての
主張がなく,それ自体失当というべきである。
3 取消事由3(ソルダロンNFの譲渡による公然実施の認定判断の誤り)につ
いて
 審判におけるD証言によれば,サンプルは,無償で提供を受け,その中味に
ついてどのような成分が入っているかは知る必要のないことなので,分析した記憶
もないというのであり,この証言は,サンプルを譲渡された大和電機工業が,自ら
は分析する意図がなかったことを明らかにするものである。ジャパンロナールは,
それ以前の取引において,大和電機工業がサンプルを分析する意思のないことを承
知していたため,サンプル供与に際して,あえて秘密保持契約の締結を要望する必
要がなかったものであり,このことは,大和電機工業を含む当時の業界慣行を示す
ものにほかならない。一般的には,譲渡の場合には公然実施をされたものと解すべ
きであるとしても,本件のような特別の事情がある場合にはこれを考慮すべきであ
る。顧客へのサンプル提供は,譲受人である当該顧客が,第三者に更に譲渡した
り,分析を依頼したりすることまでも許容したものではなく,あくまでも,その者
が製品の性能評価をするためのものであり,その趣旨を逸脱した行為は,譲渡人の
意に反するものである。上記のような事情の下においては,文書による秘密保持契
約を締結しなくても,当時の業界慣行及び大和電機工業とジャパンロナールとの取
引経緯を考慮すれば,サンプルを分析しないとの黙示の契約が締結されたと認める
のが相当というべきである。したがって,原告の上記のような行為により本件発明
1の内容が公知になったとすれば,それは,本件特許権について特許を受ける権利
を有する者の意に反してされたものであり,特許法30条2項の新規性喪失の例外
規定が適用されるべきである。
4 取消事由4(ソルダロンBRの譲渡による公然実施の認定判断の誤り)につ
いて
(1)甲11-1説明書には,文書作成者及び作成日が記載されていないため,
これがソルダロンBRのカタログであるか否かは不明である。確かに,ジャパンロ
ナールでは,後日,類似のカタログを作成配布したが,作成日を記載しないカタロ
グを作成配布した記録はない。また,甲11-1説明書及び甲6報告書のいずれに
おいても,ソルダロンプロセスの内容は明らかにされていないし,これが実際に販
売等されたとも認められない。したがって,これらによりソルダロンプロセスが本
件優先日前に公然実施されていたということはできない。
  (2)審判における証人Hの証言では,ソルダロンBRのサンプルは,原告の営
業担当者が入手したものであるが,その人物が誰からサンプルを入手したかは不明
である,通常,営業担当者は,被告の取引先の工場などから他社のサンプルを入手
するとされている。原告が入手したサンプルが,真正なソルダロンBRであるかど
うかは不明である上,ソルダロンBRが,本件優先日前に,現実に第三者に譲渡さ
れたことは,立証されていない。ちなみに,甲6報告書において試験されたのは,
ソルダロンNFであって,ソルダロンBRではない。仮に,他のユーザーにソルダ
ロンBRのサンプルが提供され,原告がそれを入手して分析したとしても,不適法
な入手手段であり,それにより得られた結果を参酌すべきではない。大和電機工業
のように,ユーザーは,専らメッキの評価のみを行い,メッキ液の組成には関心が
なく,分析をすることもないという当時の業界慣行の下では,サンプル提出をする
ことがその分析を許容するものであるとは認められず,さらに,特定の顧客にのみ
提供され,一般に流通していない製品のサンプルを,提供者の同意を得ずに入手す
ることは,サンプルの提供者の意に反するものである。したがって,原告の上記の
ような行為により本件発明1の内容が公知になったとすれば,それは本件特許権に
ついて特許を受ける権利を有する者の意に反してされたものであり,特許法30条
2項の規定が適用されるべきである。
5 取消事由5(本件発明2に係る公然実施の認定判断の誤り)について
 審決は,本件優先日前に,ソルダロンBRスターターの成分について分析依
頼者が知り得たものであったとすることはできないと認定し,ソルダロンティンコ
ンク,ソルダロンレッドコンク,ソルダロンアシッド及びソルダロンBRスタータ
ーから成るソルダロンBRの成分,すなわち,ソルダロンBR発明の技術内容につ
いては,分析依頼者ですら本件優先日前に知り得たものとは認められないとしてい
る。原告は,ソルダロンNF,ソルダロンBRが,秘密保持義務を負わない不特定
人に譲渡されたことにより,公然実施されたものというべきであると主張する。し
かしながら,本件においては,大和電機工業とは黙示の秘密保持契約が締結された
と認めるべきであること,原告は,このような黙示の秘密保持契約の下に提供され
たサンプルを,本件特許権について特許を受ける権利を有する者の意に反して入手
し,分析したものであることは,上記のとおりである。したがって,原告の上記の
ような行為により本件発明1の内容が公知になったとすれば,それは,本件特許権
について特許を受ける権利を有する者の意に反してされたものであり,特許法30
条2項の規定が適用されるべきである。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(本件発明1の要旨認定の誤り)について
(1)原告は,A供述書(甲4)記載のソルダロンプロセスと本件発明1のメッ
キ溶液の成分は一致するから,ソルダロンプロセスが本件発明1と対比されるべき
発明であり,ソルダロンNF,ソルダロンBRは,ソルダロンプロセスに,更に周
知の添加剤を配合したものであって,本件発明1の実施態様項(請求項4又は同
5)に相当するものであるのに,「甲第1号証(注,甲5記事)によれば,ソルダ
ロンプロセスは四種あるとされているにもかかわらず,甲第2号証(注,A供述書
〔本訴甲4〕)では,四種のソルダロンプロセスは区別せずその浴成分が述べられ
ており,このことは,言葉をかえれば,四種のソルダロンプロセスの夫々の技術内
容,つまり,ソルダロンNF発明,ソルダロンBR発明の技術内容については,甲
第2号証に明らかにされていないということになる」(審決謄本11頁最終段落~
12頁第1段落)として,ソルダロンプロセスそのものが4種類あるべき旨の認定
をした審決は,結果として,本件発明1の技術内容を把握し,その意味するところ
を正確に認定判断しているとはいい難く,本件発明1の要旨認定を誤ったものであ
ると主張する。
(2)審決は,本件発明1とA供述書(甲4)記載のソルダロンプロセスを対比
していないが,A供述書のみによっては,ソルダロンプロセスが本件優先日前に日
本国内において実施をされた発明であると認めることはできないから,審決が両者
を対比しなかったこと自体を誤りということはできない。また,審決は,本件発明
1を,「本件の発明は,本件明細書の特許請求の範囲第1項・・・に記載され
た・・・とおりのものである」(審決謄本2頁「Ⅱ.本件発明」の項)として,特
許請求の範囲第1項に記載された発明と認定していることは,審決の上記記載から
明らかである。原告の主張するように,審決の定義したソルダロンNF発明,ソル
ダロンBR発明が,本件発明1の実施態様項(請求項4又は同5)に相当するにす
ぎないとしても,審決は,本件発明1とソルダロンNF発明,ソルダロンBR発明
を対比したものではないから,審決の上記定義が妥当を欠くことを理由に,本件発
明1の要旨認定を誤ったものとすることはできない。したがって,原告主張の取消
事由1は理由がない。
 2 取消事由3(ソルダロンNFの譲渡による公然実施の認定判断の誤り)につ
いて
(1)原告は,甲6報告書,甲7報告書,甲8見積書及び甲9報告書によれば,
本件優先日前である昭和59年6月ないし同年9月に,本件発明1の実施品である
ソルダロンNFが,リーローナル社から大和電機工業に譲渡されたことが明らかで
あるところ,この譲渡は,秘密保持契約もないまま,秘密保持義務を負わない者に
対してされたものであるから,同事実により本件発明1は,公然実施されたものと
いうべきであるとして,「甲第3~6号証(注,本訴甲6~9)の何れにも,ソル
ダロンNFの浴成分等については明らかにされておらず,そして,証人Dの証
言・・・によれば,『甲第3号証,甲第4号証の試験に供したソルダロンNFの組
成等については,メーカー,供給者側からの説明を受けていないばかりか,ソルダ
ロンNFの中身についてどのような成分が入っているかは大和電機工業株式会社と
して知る必要もなく,ソルダロンNFを分析したこともない』とされているのであ
るから,ソルダロンNFの試験に当たり,ソルダロンNF発明の技術内容について
は全く不明であったといわざるを得ない。そうであれば,ソルダロンNF発明は,
その技術内容を知り得る状態で実施をされたものであるとはいえない。・・・した
がって,甲第3~6号証及び証人Dの証言によっては,ソルダロンNF発明は,本
件出願前に日本国内において公然実施をされた発明であると認めることはできな
い」(審決謄本12頁最終段落~13頁第3段落)とした審決の認定判断の誤りを
主張する。
(2)甲6報告書及び甲7報告書は,大和電機工業の従業員であるD及び同E
が,それぞれ,昭和59年8月18日及び同年9月3日に作成したソルダロンNF
半田メッキ浴の検討に関する報告書であり,審判におけるD証言(甲13)によれ
ば,その検討対象として使用した試料は,試験に使用するサンプルとして,大和電
機工業が,リーローナル社の日本における子会社であるジャパンロナールの販売代
理店であった中原化興から入手したものであると認められる。他方,甲6報告書に
よると,試料としたソルダロンNFの基本浴組成は,ソルダロンアシッド140m
l/l,ソルダロンティンコンク75ml/l,ソルダロンレッドコンク2.2m
l/l,ソルダロンNF80ml/lから構成され(1頁の「表-1 基本浴組
成」),これは,ジャパンロナール作成の甲11-1説明書及びカタログ(甲1
7,以下「甲17カタログ」という。)記載のソルダロンNFの浴組成と一致す
る。また,中原化興作成の大和電機工業あての甲8見積書(昭和59年6月26日
付け)は,上記試料に係るものとは認められないが,1枚目に,各商品の単価とし
て,ソルダロンティンコンクは4700円,同レッドコンクは3200円,同アシ
ッドは2000円,同NFは3000円として記載され,2枚目に建浴費として,
NF浴は1l当たりの単価が879円54銭と記載されているところ,同建浴費の
単価879円54銭は,上記ソルダロンNFの基本浴組成の割合で4種類の成分を
混合したものとして,上記4種類の各成分の単価を基にした計算結果(4700×
(75/1000)+3200×(2.2/1000)+2000×(140/1
000)+3000×(80/1000)=879.54)と一致し,甲6報告書
において試料とした上記ソルダロンNFは,ジャパンロナールに係る真正のもので
あると認めることができる。そうすると,大和電機工業は,甲6報告書の作成日で
ある昭和59年8月18日以前に,中原化興から,試験に使用するサンプルとし
て,ソルダロンNFの譲渡を受けていたものと認めることができ,上記譲渡によ
り,大和電機工業において,同製品を自由に分析することにより発明を技術的に理
解し得る状態になったのであるところ,審判におけるBの証言(甲13)によれ
ば,上記譲渡の当時において,譲渡を受けたソルダロンNFのサンプルを分析して
その成分を明らかにすることは容易であったと認められるから,他に反証のない限
り,これにより同製品に係る発明は,日本国内において公然実施をされたものとい
うべきである。審判におけるD証言(甲13)によれば,大和電気工業としては,
ソルダロンNFの基本浴組成を知る必要もなく,ソルダロンNFを分析したことも
ないというのであるが,この証言だけでは,上記認定判断を左右するに足りず,他
に的確な反証はない。
(3)被告は,上記譲渡について,ジャパンロナールは,それ以前の取引におい
て,大和電機工業がサンプルを分析する意思のないことを承知していたものであ
り,顧客へのサンプル提供は,譲受人である当該顧客が,第三者に更に譲渡した
り,分析を依頼したりすることまでも許容したものではなく,あくまでも,その者
が製品の性能評価をするためのものであり,当時の業界慣行及び大和電機工業とジ
ャパンロナールとの取引経緯を考慮すれば,サンプルを分析しないとの黙示の契約
が締結されたと認めるのが相当というべきであるから,本件特許権について特許を
受ける権利を有する者の意に反してされたものであり,特許法30条2項の新規性
喪失の例外規定が適用されるべきであると主張する。しかしながら,大和電気工業
は,中原化興から,試験に使用するサンプルとして,ソルダロンNFの譲渡を受け
たものであることは,上記認定のとおりであり,そうである以上,その分析が行わ
れる可能性があることは,当業者が当然に認識し得るところというべきであるとこ
ろ,被告主張に係る業界慣行及び黙示の契約については,これを認めるに足りる証
拠はないから,上記譲渡が,本件特許権について特許を受ける権利を有する者の意
に反してされたものということはできず,被告の上記主張は採用することができな
い。
(4)以上のとおり,本件優先日前の昭和59年8月18日以前に,ソルダロン
NFに係る発明は,日本国内において公然実施をされたものというべきである。他
方,甲5記事には,「六月二日~五日(注,昭和58年)まで,東京流通センター
で開かれたMETEC'83-表面技術総合展は過去最高の入場者で盛況のうちに終え
た。同展では,文字通り画期的な新製品の出品は多くなかったが,随所に注目され
る新製品の展示があった。ここでは各セクション別に注目される新製品をとりあ
げ,その特長を簡単に紹介する。・・・本号,冒頭のスポットライトでも触れたよ
うに,この六月二日より五日まで,四日間にわたり東京流通センターで開かれた
METEC'83-表面技術総合展(金表,東京鍍金材料協同組合など五団体共催)は,
主催者側の予想を上回る約一万四千人の来場者があり,盛会のうちに終えた。同展
には,海外からの来場者も多く,・・・文字通り,アジア唯一の表面処理総合展示
会として昨年以来,国際的に定着してきた観がある」(26頁),「▽めっき薬品
関連 ・・・ソルダロンプロセス=ホウ弗化物を含まない半田めっきプロセスで,
九〇対一〇あるいは六〇対四〇の錫-鉛合金皮膜が広い電流密度範囲にわた
って得られる。ソルダロンNF(無光沢),同BR(光沢),同MHS(高速用無
光沢),同BHS(高速用光沢)の四種がある。(ジャパン・ロナール(株))」
(28頁~29頁)との記載がある。
  また,A供述書(甲4)は,本件発明1,2の発明者であるAの1987
年(昭和62年)1月27日付け宣誓供述書面であり,ソルダロンプロセスに関
し,「Solderon(登録商標)プロセスとして業界で公知である出願人のプロセス
は,メタンスルホン酸,メタンスルホン酸スズ及びメタンスルホン酸鉛,抗酸化剤
としてのカテコールならびに好ましくは華氏90度以上の曇点(cloudpoint)を持
つ酸化エチレン縮合物である湿潤剤とから成る浴を包含する」(訳文3頁第3段
落)との記載とともに,電気スズメッキ用のソルダロンプロセスの1981年(昭
和56年)ないし1985年(昭和60年)の販売実績(昭和56年が0ドル,同
57年が0ドル,同58年が13万9000ドル,同59年が34万2000ド
ル,同60年が57万7800ドル)が挙げられている。上記販売実績は,アメリ
カ合衆国におけるものか,全世界におけるものかは不明であるが,少なくとも,ソ
ルダロンプロセスは,昭和57年までは販売されておらず,昭和58年以降に製品
として販売されていたことが認められる。
  被告は,A供述書は,本件特許出願の後にアメリカ合衆国において提出さ
れたものであり,本件発明1ないし本件優先日当時のソルダロンプロセスの内容を
説明したものでもないと主張する。しかしながら,表面技術総合展は,ソルダロン
プロセスの販売が開始された昭和58年に開催されたものであり,甲5記事には,
上記のとおり,ソルダロンプロセスが表面技術総合展において注目される新製品と
して紹介され,また,上記販売実績とも一致するのであるから,甲5記事記載のソ
ルダロンプロセスとA供述書記載のソルダロンプロセスは,同一の技術内容のもの
であると認めるのが相当である。被告は,また,A供述書は,秘密として取り扱わ
れている書類であり,その内容は公知ではないから,ソルダロンプロセスの名称が
知られていたとしても,A供述書の記載を参酌することはできないとも主張する
が,ソルダロンNFの上記譲渡による公然実施を判断するに当たって,A供述書自
体の公知性は問題とならないから,失当である。
  そして,甲5記事及び甲17カタログによれば,ソルダロンNFはソルダ
ロンプロセスの一態様であることが認められ,A供述書には,ソルダロンプロセス
の主たる成分として,具体的に,メタンスルホン酸,メタンスルホン酸スズ,メタ
ンスルホン酸鉛,抗酸化剤としてのカテコール及び好ましくは華氏90度以上の曇
点(cloudpoint)を持つ酸化エチレン縮合物である湿潤剤の5化学物質を開示して
いるのであるから,本件発明1と対比することができ,両者が同一であれば,本件
発明1は,特許出願前(本件優先日前)において公然実施された発明として,新規
性が否定されるものというべきである。しかしながら,審決は,本件発明1とソル
ダロンNFに係る発明との対比判断をしないまま,ソルダロンNFの成分につい
て,メーカー,供給者から説明を受けておらず,どのような成分が入っているか知
らず,分析したこともない旨のD証言を引用して,「ソルダロンNFの試験に当た
り,ソルダロンNF発明の技術内容については全く不明であったといわざるを得な
い。そうであれば,ソルダロンNF発明は,その技術内容を知り得る状態で実施を
されたものであるとはいえない」(審決謄本13頁第1段落~第2段落)と判断し
たものであるから,誤りというほかない。
(5)したがって,原告主張の取消事由3は理由がある。
3 取消事由5(本件発明2に係る公然実施の認定判断の誤り)について
 本件発明2は,本件発明1と実質的に同一の技術的思想に属するメッキ溶液
を用いてメッキを行う方法にすぎないから,本件発明1が公然実施された以上,本
件発明2も公然実施された発明であるとの原告主張の無効理由に対し,審決は,
「本件発明2が,仮に,ソルダロンBR発明のメッキ浴を用いてメッキを行なった
にすぎない電気メッキ方法であったとしても,ソルダロンBR発明が本件出願前に
日本国内において公然実施をされた発明と認められない以上,本件発明2は,本件
出願前に日本国内において公然実施をされた発明であると認めることはできない」
(審決謄本17頁[2]項最終段落)と認定判断したものであるところ,上記2の
とおり,本件発明1に係る審決の判断が誤りである以上,これを前提とした審決の
本件発明2に係る上記判断も誤りである。したがって,原告主張の取消事由5は理
由がある。
4 以上のとおり,原告主張の取消事由3,5は理由があり,これが審決の結論
に影響を及ぼすことは明らかである。
  よって,その余の点について判断するまでもなく,審決は取消しを免れず,
原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。
     東京高等裁判所知的財産第2部
            裁判長裁判官 篠  原  勝  美
       裁判官 岡  本     岳
       裁判官 早  田  尚  貴

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