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平成14年(ワ)第15432号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成15年1月31日
判決
原       告   ブージー・アンド・ホークス・ミュージ
ック・パブリッシャーズ・リミテッド
       同訴訟代理人弁護士   桑 野 雄一郎
被       告   日独楽友協会
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 被告は,原告に対し,金88万0615円及びこれに対する平成14年6月
30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 争いのない事実等
(1) 原告は,音楽の著作物について,著作者である作曲家若しくはその相続人
又はその他の著作権者から著作権の譲渡を受け,音楽出版社として著作権の管理を
行っているイギリス法人である。
  被告は,平成3年に結成され,メンバーである演奏家及び指揮者による演
奏会,指揮者及び指導者の養成,演奏指導などを行っている権利能力なき社団であ
る。
(2) 被告は,平成14年6月29日,東京都渋谷区(以下略)所在の新国立劇
場中劇場において,ドイツの作曲家であるリヒャルト・シュトラウス(1949年
死亡)が作曲した音楽の著作物である歌劇「ナクソス島のアリアドネ」(以下「本
件楽曲」という。)を上演した(以下「本公演」という。)。被告は,本公演に際
し,原告から著作権の使用許諾を得なかった。
2 本件は,本件楽曲の著作権を有すると主張する原告が,被告に対し,本件楽
曲の上演権及びパート譜の複製権に基づき損害賠償を求めた事案である。
第3 争点及びこれに関する当事者の主張
 1 争点
(1) 本件楽曲の著作権の保護期間は満了しているか。
(2) 損害の発生及び額
 2 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
(原告の主張)
    リヒャルト・シュトラウスは,1912年2月29日,本件楽曲の著作権
をドイツ法人であるアドルフ・フュルストナー社に譲渡した。同社の経営者であっ
たAは,1935年10月24日,ナチスの支配下で,同社をBに委譲し,本件楽
曲を含むリヒャルト・シュトラウスの作曲した楽曲の著作権について,ドイツ帝国
領土内については引き続き同社が,その他の地域についてはAが有することとし
た。その後,Aは,グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国(以下「連
合王国」という。)に亡命し,連合王国においてフュルストナー・リミテッドを設
立し,同社が本件楽曲の著作権を管理・行使することとなった。原告は,1943
年4月29日,フュルストナー・リミテッドを買収し,これに伴い,本件楽曲に関
する著作権を含む同社の有していた著作権のすべてを取得した。
    リヒャルト・シュトラウスは,1949年に死亡し,すでに死後50年が
経過しているが,本件楽曲の著作権は,1941年12月7日の時点で,フュルス
トナー・リミテッドが有しており,同社は,日本国との平和条約25条の連合国で
ある連合王国の法律に基づいて設立されたから,連合国及び連合国民の著作権の特
例に関する法律2条2項の「連合国民」に該当する。したがって,本件楽曲の著作
権については,同法4条1項により,日本国内においては3794日間保護期間が
延長されるため,著作権の保護期間は満了していない。
(被告の主張)
    リヒャルト・シュトラウスとアドルフ・フュルストナー社の契約書(甲1
0)の内容からすれば,アドルフ・フュルストナー社はあくまでリヒャルト・シュ
トラウスの代理人として,本件楽曲の出版権と上演権の管理を委託され,それを行
使する立場にあるだけであって,本件楽曲の著作権を譲渡されたものではない。し
たがって,本件楽曲の著作権は,ドイツ人であるリヒャルト・シュトラウスが有し
ており,戦時加算の対象にはならない。
 また,文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約3
条ないし11条の規定により,本件楽曲の著作権は,リヒャルト・シュトラウスの
死後50年の経過によって消滅している。
(2) 争点(2)について
(原告の主張)
  原告の損害は,以下のとおり,合計88万0615円である。
   ア 上演権侵害による損害
     原告は,本件楽曲の上演を許諾する際には,許諾料として入場料収入の
7%を受領している。
     新国立劇場中劇場の座席数は,プロセミアム形式の場合が1038席,
オープン形式の場合が1010席である。本公演が座席数の少ないオープン形式で
行われたと仮定すれば,座席数は車椅子席8席を含む1010席である。本公演の
チケットは,S席8000円,A席6000円,B席4000円,学生券2000
円及び車椅子席2000円である。
     車椅子席2000円×8枚=1万6000円に,車椅子席以外のチケッ
ト代金の平均である5000円×車椅子席を除いた座席数1002席=501万円
を加えると,本公演の入場料収入は,502万6000円と想定される。
     したがって,入場料収入502万6000円の7%に相当する額である
35万1820円が原告の損害である。
イ 複製権侵害による損害
  被告は,本来であれば,原告が日本国内でのパート譜の管理を委託した
日本ショット株式会社からパート譜のレンタルを受け,レンタル料を支払うべきで
あったのに,これを行わなかったから,当該レンタル料が被告の受けた利益であ
り,原告の受けた損害と推定される。
  日本ショット株式会社において,演奏時間が140分である本件楽曲の
パート譜をプロである被告に対して演奏会用にレンタルをする際のレンタル料は2
2万8795円(消費税込み)である。
ウ 弁護士費用
 本件訴訟のための弁護士費用は,着手金10万円及び成功報酬20万円
の合計30万円を下ることはない。
(被告の主張)
ア 本公演の入場券販売の総数は,S席126枚,A席187枚,B席17
9枚,学生席7枚,合計286万円であり,それに7%を乗じた額は20万200
0円である。
イ 複製権侵害による損害と弁護士費用については争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1について
 (1) 日本国との平和条約15条C項で,日本国が,連合国及びその国民の著作
物に関して第二次世界大戦中の著作権を承認し,その戦時加算義務を認めたことを
受けて,連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律4条1項は,昭和16年
12月7日の時点で連合国及び連合国民が有していた著作権については,昭和16
年12月8日から日本国と当該連合国との間に日本国との平和条約が効力を生じる
日の前日までの期間を保護期間に加算する旨定めている。これは,文学的及び美術
的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約20条で規定された,同条約が許
与する権利よりも広い権利を著作者に与える同盟国相互間の特別の取極めである。
 この戦時加算が認められるためには,昭和16年(1941年)12月7
日の時点において,連合国又は連合国民が著作権者でなければならず,単に連合国
又は連合国民が著作権の管理を委託されていたに過ぎない場合は含まれないものと
解される。なぜならば,日本国との平和条約15条C項が「連合国及びその国民の
著作物」を保護するものとしており,連合国及び連合国民の著作権の特例に関する
法律4条1項は,昭和16年12月7日の時点で連合国及び連合国民が「有してい
た」著作権について保護するものとしていることからすると,文言上,昭和16年
12月7日の時点において,連合国又は連合国民が著作権者でなければならないこ
とは明らかであるうえ,この戦時加算は,戦時中に日本国内で連合国又は連合国民
が有していた著作権が実質的に保護されなかったことから定められたものであると
ころ,連合国又は連合国民以外の者が著作権者であった場合には,他に単に著作権
の管理を委託されたに過ぎない者がいたとしても,戦時中に日本国内において著作
権を行使することが可能であったのであるから,戦時加算を認める理由がないから
である。
(2) そこで,まず,本件楽曲について,昭和16年(1941年)12月7日
の時点において,連合国民が著作権者であったかどうかについて検討する。
ア リヒャルト・シュトラウスとアドルフ・フュルストナー社の1912年
2月29日付けの契約書(甲10)には,次のような記載がある。
第1条 シュトラウス氏は,さらに,アドルフ・フュルストナー社に対
し,「ナクソス島のアリアドネ」及び「町人貴族」用に作曲される音楽の,独占的
かつ無制限の複製・頒布を委ねる。
第7条 この作品の上演権は,音楽の面からも,台本の面からも全面的
に,なおかつ,あらゆる国々,あらゆる言語において,シュトラウス氏が留保す
る。
第8条 シュトラウス氏は,前記作品の販売と上演権の管理を,作品全体
かその一部かにかかわらず,それが法的保護を受ける期間において,また本契約9
条で別段の定めがない限り,アドルフ・フュルストナー社に対し,「bertrgt」
する。これに基づき,アドルフ・フュルストナー社は,シュトラウス氏の名前で劇
場と上演権につき交渉し,上演権に関する諸契約を締結し,上演権の対価をシュト
ラウス氏に代わって取り立てなければならない。シュトラウス氏は,このために,
アドルフ・フュルストナー社に対し,特別の代理権を与える。シュトラウス氏又は
彼の相続人は,全体及び一部について,また,場合によってはその都度,上演権を
譲渡し,また管理する権利を留保されている。しかし,同人らは,上演権を管理す
る権利の全部であれ一部であれ,他の音楽出版社又は第三者に譲渡することはでき
ない。
イ 第8条に記載されている「bertragen」という語は,ドイツ語では,
「譲渡する」という意味と「委任する」という意味がある(甲14)。しかし,上
記のとおり,同契約書において,リヒャルト・シュトラウスは上演権を自分に留保
していること(7条),リヒャルト・シュトラウスは,アドルフ・フュルストナー
社に対して,リヒャルト・シュトラウスの名前で上演権に関する契約を締結する権
限を与えているが,アドルフ・フュルストナー社は,上演権の対価をリヒャルト・
シュトラウスに代わって取り立てなければならないとされており,リヒャルト・シ
ュトラウスは,このために,アドルフ・フュルストナー社に代理権を与えるとして
いること(8条),リヒャルト・シュトラウスに上演権の譲渡権及び管理権が留保
されていること(8条)からすると,「bertragen」という語は,「譲渡する」で
はなく「委任する」という意味に理解するのが相当である。なぜならば,上演権が
アドルフ・フュルストナー社に譲渡されたのであれば,アドルフ・フュルストナー
社は,当然に自ら上演権に関する契約を締結できるはずであって,上演権の対価を
リヒャルト・シュトラウスに「代わって」取り立てたり,リヒャルト・シュトラウ
スから「代理権」を与えられたりすることはないはずであるし,リヒャルト・シュ
トラウスが自己に上演権(上演権の譲渡権及び管理権)を留保しているということ
もないはずであるから,このような契約は,譲渡契約ではなく管理委託契約という
ほかないからである。
ウ また,アドルフ・フュルストナー社の経営者であったAが,ナチス支配
下で,同社をBに委譲し,リヒャルト・シュトラウスがアドルフ・フュルストナー
社に委ねた諸権利について,ドイツ帝国領土内については引き続き同社が,その他
の地域についてはAが有することについて,リヒャルト・シュトラウスは,Aに対
し,1935年10月31日付けで了承する書面を送付している(甲11)。この
書面には,「同社(アドルフ・フュルストナー社)は,ドイツ帝国領土において,
貴殿がこれまで経営者として私に対して負ってきた義務を全て引き継ぎ,他方,世
界のその他の地域に関する権利については貴殿が依然として私の契約相手のままで
あるということです。」「私は,貴殿が,貴殿に留保されている権利を国内外の会
社に(資本参加の際に)譲渡することについては,貴殿が少なくとも50%の割合
でその会社から利益配分を受けるとの条件で同意します。」との記載がある。以上
の事実からすると,リヒャルト・シュトラウスとアドルフ・フュルストナー社との
本件楽曲に関するものを含む契約関係のうち,ドイツ帝国領土外に関する契約関係
については,1935年に,リヒャルト・シュトラウスの同意を得て,リヒャル
ト・シュトラウスとAとの契約関係に移転したこと,Aは,リヒャルト・シュトラ
ウスから,Aが少なくとも50%の割合で利益配分を受けるのでなければ同人が有
する権利を譲渡することができないとの条件を付されたこと,以上のとおり認めら
れる。
 さらに,その後,1938年に,Aは,連合王国においてフュルストナ
ー・リミテッドを設立し,本件楽曲に関するものを含む同人が有する権利は,フュ
ルストナー・リミテッドに譲渡された(甲2,弁論の全趣旨)。そして,フュルス
トナー・リミテッドは,1943年4月29日,原告に対し,同社の有していたす
べての権利を譲渡した(甲12)が,その際にも,リヒャルト・シュトラウスは,
1945年1月7日付けで,このことに同意した上で,原告に委ねる権利が,「上
演権の管理権」と「機械的複製権,映画化権及びラジオ放送権を管理する権利」で
あると述べ,上演権の管理権については,フュルストナー・リミテッドに課せられ
ていたのと同じ制限的条件が,機械的複製権,映画化権及びラジオ放送権を管理す
る権利については,アドルフ・フュルストナー社に課せられていたのと同じ条件が
それぞれ原告にも課せられる旨述べている(甲13)。
 そして,リヒャルト・シュトラウスの相続人も,原告を故リヒャルト・
シュトラウスの作品に関し著作権財団にかかる権利の「代行者」であるとの認識を
有している(甲3)。
エ 上記ア及びイ認定のリヒャルト・シュトラウスとアドルフ・フュルスト
ナー社の1912年2月29日付けの契約書の記載に加え,その後もアドルフ・フ
ュルストナー社の有する権利の承継者に対してリヒャルト・シュトラウスが承継の
同意と契約条件の確認を行ってきたこと等上記ウ認定の事実からすると,本件楽曲
の著作権は,リヒャルト・シュトラウス及びその相続人が有しており,アドルフ・
フュルストナー社,A,フュルストナー・リミテッド及び原告は,いずれも,リヒ
ャルト・シュトラウスからの委託により,著作権の管理を行っていたに過ぎないも
のと認められ,リヒャルト・シュトラウス及びその相続人には,上演権や上演権を
管理する権限が留保されているから,自ら権利行使することは可能であったものと
認められる。
  オ 原告は,甲第10号証の契約書によれば,アドルフ・フュルストナー社
は,いわゆるグランド・ライツであるオペラ作品の上演権に関する契約交渉及び締
結を自らの判断で行う権利を独占的に行使する地位が認められており,これは,単
なる権利の委託ではなく,まさに著作者としての権利の全面的な譲渡であると主張
する。そして,同契約書第8条で,リヒャルト・シュトラウスに本件楽曲の上演権
を譲渡・管理する権利が留保されているのは,リヒャルト・シュトラウス自らが指
揮者となる例外的な場合についての規定に過ぎないと主張する。
 しかし,同契約書8条に「アドルフ・フュルストナー社は,シュトラウ
ス氏の名前で劇場と上演権につき交渉し,上演権に関する諸契約を締結し,上演権
の対価をシュトラウス氏に代わって取り立てなければならない。シュトラウス氏
は,このために,アドルフ・フュルストナー社に対し,特別の代理権を与え
る。」,「シュトラウス氏又は彼の相続人は,上演権を管理する権利の全部であれ
一部であれ,他の音楽出版社又は第三者に譲渡することはできない」と定められて
いることから,アドルフ・フュルストナー社は,上演権に関する契約交渉及び締結
を自らの判断で行う権限を有しており,それは,他の第三者が同じ立場に立たない
という意味で「独占的な」ものであると解することができるとしても,このような
権限は,管理を委託された者であれば行使することができるのであって,直ちに著
作権の譲渡がされたことの根拠となるものではない。また,同契約書第8条で,リ
ヒャルト・シュトラウスに本件楽曲の上演権を譲渡・管理する権利が留保されてい
るのは,リヒャルト・シュトラウス自らが指揮者となる例外的な場合についての規
定に過ぎないとの事実は,同契約書に「リヒャルト・シュトラウス自らが指揮者と
なる場合」といった文言がないことからすると,同契約書から認められるものでは
なく,甲第16号証の記載も,同契約書の文言にない事実までも認めるに足りるも
のとはいえないから採用できず,他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。した
がって,原告の上記主張は,上記エの認定を覆すに足りるものではない。
 また,原告は,一般に,著作者は音楽出版社に著作権を譲渡し,音楽出
版社が自ら著作権者となっていると主張するが,一般的な取扱いがどうかというこ
とは,上記のとおり本件において契約書等から認められる具体的な事実を覆すに足
りるものではないことは明らかである。
 カ そうすると,本件楽曲については,昭和16年(1941年)12月7
日の時点において,連合国民が著作権者であったとは認められないから,原告の戦
時加算の主張は認められない。
  (3) したがって,本件楽曲については,既に著作権の保護期間を経過したもの
と認められる。
2 よって,原告の請求は,理由がないから,棄却することとし,主文のとおり
判決する。
    東京地方裁判所民事第47部
        裁判長裁判官森       義   之
裁判官東 海 林       保
               
           裁判官   瀬   戸   さ や か

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