弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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 主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告理由は別紙記載のとおりである。
 上告理由第一点について、
 原判決は被上告人の第一次的請求原因として主張した昭和三十二年十月十八日に
なされた解約申入につき賃貸人(被上告人)及び賃借人(上告人)の双方に存する
諸般の事情を認定考量した結果、無条件で明渡を求めるのであれば未だ正当事由あ
りとするに十分でないと判断したが、その後昭和三十三年十二月十三日の原審第三
回口頭弁論期日になされた第二次的解約申入に際し被上告人の提供申出にかかる諸
条件(即ち明渡を昭和三十四年十一月一日まで猶予すること、更に立退料として金
二十万円の支払と引換に、且つ被上告人が上告人に対し未払家賃及び同日までの損
害金の支払を免除することを条件として本件家屋を明渡すこと)をもさきに認定し
た当事者双方に存する一切の事情の一環として勘案した上、被上告人の提供申出し
たいわゆる補強条件は、自己使用の必要を中心としてみた正当事由の欠缺を補充す
るに足るものとし、これによつて右解約申入は正当の事由を具備するに至つたもの
と判断し、かかる条件を附して上告人に対し本件家屋の明渡を命じたものであるこ
と判文を通読して諒し得るところである。
 <要旨>ところで建物の賃貸借契約解約申入につきその正当事由の有無を判断する
については申入ないし解約申入期間経過当時までに賃貸人、賃借人の双方に
存する一切の事情を比較考量し衡平の観念に従つてこれを判定すべきところ、解約
申入に際し賃貸人の提供申出でた諸条件、例えば代りの家(移転先)を提供すると
か、移転料の支払その他の金銭的補償をするとか、延滞賃料損害金の支払を免除し
明渡期限を猶予するというようなことも、住宅事情の好転しつつある現下の情勢に
鑑み賃借人の側において他に新たな住居を求める場合の困難を緩和する一要素とも
見ることができるから、かかる条件の有無も亦右解約申入れの当否を判断するにつ
き前示双方につき存する一切の事情の一環としてこれが判断の一資料となすを妨げ
ず、若しこれあるがため結局正当事由の要件が充足されると判断される場合には主
文において家屋明渡の執行の条件としてかかる条件を附して言渡すことも可能であ
るというべきである。(この点につき代替家屋の提供を条件として解約の申入をし
た事案につき無条件で明渡を求めるのは正当でないが、かかる提供をなすことによ
つて正当事由を具備するものと判断し右申出の範囲内で代替家屋についての賃貸の
提供及び引渡を執行の条件として契約申入家屋の明渡を命じた原判決を是認した最
高裁判所第一小法廷昭和三十二年三月二十八日判決、判例集第十一巻第三号五五二
頁参照)ただここで注意すべきは解約申入に附した補強条件はあくまで解約申入の
正当性の判断の資料となるべき他の一切の事情の一環として判断の一資料をなすこ
とができるというに止り、提供申出の範囲を超え、若しくは申出条件に拘束される
ことなく、裁判所が紛争事件解決のため衡平の見地から裁量的に条件を定めて当事
者に対し新なる権利関係を創設強制することまでも是認する趣旨でないということ
である。若し後者を是認すれば所論にいう如く形式的には裁判であつても具体的な
争訟について一定の事実を確定し、この事実に法律を適用することによつてなさる
べき裁判の本質に反しその実質はいわゆる強制調停に外ならず、借家法第一条の二
は正当事由の有無を法律適用の問題として裁判所の判断に委かせたに止り、民事調
停法第十七条の調停に代る決定のような裁量権を附与したものでないことはいうま
でもない。
 尤も本件において提供を申出でた条件は主として家賃の免除その他の金銭的給付
であつて前示判例によつて是認された代替家屋の提供(これも他の一切の事情をも
勘案することによつて必ずしも、従前の家屋と同等以上であることを要しないこと
勿論である)等の場合とは事情を異にするというような反論があるかもしれない。
しかし前説示にもあるとおり現下の住宅事情の下にあつては代替家屋の提供に代え
金銭的給付を以てするも賃借人の居住の安定(殊に本件にあつては賃借人は単に居
住用として使用しているというのである)を確保することも可能であるから、単に
提供申出が金銭的給付であるからといつてこの一事を以て前叙斟酌すべき事情に属
しないということはできない。なるほどかかる条件の提示を以て伸縮自在な取引で
あるとし、これを正当性の有無の判断資料とするときは法の適用を不明確ならしめ
るという議論も一応首肯できないことはない。
 しかし借家法第一条の二にいわゆる正当事由については自己使用以外に法自体何
等先行的な規範を明示しておらず、極めて抽象的な定め方をしているに止るから、
どんな場合が正当事由に該当するかは、判例法による具体的解釈の発展に俟つ外な
く、法適用の問題としても本来或る程度の不明確さを帯有しているのである。そし
てかような条件の提供が果して正当事由を補強するに足るものであるか否かは他の
一切の事情ともにらみあわせた上で判断すべき微妙な法律問題に属するから、若し
これら事情の比較考量の点に借家法第一条の二の法意に反する違法があれば適法な
上告理由として上告裁判所の判断を受けるは格別、(この点は第二点で説明する)
原判決が被上告人において本件解約申入に際し提供を申出でた諸条件を前叙正当事
由を補強するに足るものと判断した一事を以て直ちに裁判の限界を逸脱したものと
する所論は採るを得ない。(ただ金銭的給付提供の申出はその性質上正当事由の有
無に関する判断事項の一として採り上げるについては首肯するに足る理由の説示を
要すべく若し安易にこれを濫用すれば所論のいわゆる強制調停に堕する結果を招く
おそれあるも、これが余弊は厳正なる法の適用の問題として是正せらるべく、少く
ともかかる危険を包蔵することの故を以て前示見解を否定する根拠となし難い。)
 なお原判決は本件家屋の明渡につき所論のような条件を附しているが、右は家屋
明渡の執行の条件と定めたに過ぎず関係当事者に対しかかる権利関係を創設強制す
る趣旨でないことも原判示に照らし明らかであることを附言する。(前示引用の最
高裁判決中上告理由第一点の判断参照)
 上告理由第二点について、
 所論は被上告人(賃貸人)の本件家屋に対する自己使用の必要性は甚だ緩慢であ
り、金二十万円の提供を以てするも、明渡を余儀なくせられる上告人(賃借人)の
窮乏と対比し未だ以て明渡を是認すべき正当の事由なきに帰し原判決は借家法第一
条の二の解釈適用を誤つた違法ありと主張するのである。なるほど原判決もその引
用の証拠により賃貸人、賃借人の双方に存する諸般の事情を認定した上被上告人の
本件家屋に対する自己使用の必要性は上告人のそれに比してさほど緊切でないこと
を認めている。しかし他面被上告人は勤務上の会社の先行きに不安があつて失職の
危険にさらされているため将来の生活の安定を求めて本件建物を使用し身についた
技術を活かして独立してオートバイの修理を営むことを計画しているのであつて相
当程度に自己使用の必要があること、本件解約申入につき提供を申出た諸条件(明
渡期限の猶予、家賃損害金の免除、及び金二十万円の移転料の給付)も被上告人の
資力ではぎり一杯のもので賃貸人としては正になすべきことをなし尽した観がある
こと、これに対し上告人は本件家屋で営業をしているわけでなく専ら住居として使
用していること、家族は四人暮しで主として三男の入手する月収約一万一千円で生
計を立てているが、前示条件の提供を受ければかなり住宅事情の緩和してきた現在
ではこれをてだてとしてさしたる困難なしに一家を収容するに足る移転先を見付
け、少くもここ数年は家屋明渡による生活の困窮を凌ぐことができる事情にあるこ
とを具体的に認定説示し、被上告人の提供したいわゆる補強条件を前示双方に存す
る一切の事情の一環として正当性を補完するに足るものと判断したものであつて、
右見解は相当である。もとより借家法第一条の二の解約申入につき正当の事由を要
件とした所以のものは賃貸人の恣意を抑圧し、借家人の居住の安定を保護するため
認められた一の社会立法であるが、賃貸人は賃貸人なるが故に借家人の遠い将来の
生活の保障までしなければならぬ筋合のものでなく、解約申入による家屋明渡の要
求が不当に賃借人の居住の安定をおびやかすものかどうかについては、賃貸人の側
における他の一切の事情と相関的に考えらるべき問題であつて、本件の場合たとい
被上告人の提供した諸条件を以てしても、従前の賃借を継続する場合に比し賃借人
たる上告人にとつて不利益となつても已むを得ないというべく、このことから逆に
正当性を否定しなければならぬものでない。
 所論は一部首肯するに足るような立論をしているように見えるが、多くは自己に
有利で、相手方に不利な諸点をことさら強調附会して原判決の判断を論難するに帰
し到底採用できない。
 よつて民事訴訟法第九十五条、第八十九条に則り主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 柳川昌勝 判事 坂本謁夫 判事 中村匡三)

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