弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件申立てを却下する。
2申立費用は申立人の負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
大阪市西成区長が平成19年3月29日付けで申立人に対してした住民票消
除処分の効力は,本案事件(大阪地方裁判所平成19年(行ウ)第54号住民
票消除処分取消請求事件)の判決確定に至るまで停止する。
第2事案の概要
1本案訴訟は,大阪市西成区(以下「西成区」という。)の区長(以下「西成
区長」という。)が,同区長が作成する住民基本台帳に住民として記録されて
いた申立人に対して住民基本台帳法8条に基づいて職権によりした申立人の住
民票を消除する処分(以下「本件消除処分」という。)は,憲法15条,14
条に反し違法であるなどとして,その取消しを求める事案(処分の取消しの訴
え)である。
本件申立ては,申立人が,行政事件訴訟法25条2項に基づき,本件消除処
分により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があり,かつ,本件消除処
分の効力を停止することにより公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある
とき,又は本案について理由がないとみえるときに当たらないなどとして,本
案訴訟の判決確定に至るまで本件消除処分の効力の停止を求めている事案であ
る。
2当事者の主張
申立人の主張は,別紙1の1,2のとおりであり,相手方の主張は,別紙2
のとおりである。
3争点
本件の争点は,
①本件申立てについて適法な本案訴訟の係属を欠くか,
②本件消除処分により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるか,
③本案について理由がないとみえるか,
である。
第3当裁判所の判断
1法令の定め
(1)住民基本台帳法8条は,住民票の記載,消除又は記載の修正(同法18条
を除き,以下「記載等」という。)は,同法30条の2第1項及び第2項,
30条の3第3項並びに第30条の4の規定によるほか,政令で定めるとこ
ろにより,この法律の規定による届出に基づき,又は職権で行うものとする
旨規定し,住民基本台帳法施行令(昭和42年政令292号)8条は,市町
村長は,その市町村の住民基本台帳に記録されている者が転出をし,又は死
亡したときその他その者についてその市町村の住民基本台帳の記録から除く
べき事由が生じたときは,その者の住民票(その者が属していた世帯につい
て世帯を単位とする住民票が作成されていた場合にあっては,その住民票の
全部又は一部)を消除しなければならないと規定し,同令12条3項は,市
町村長は,住民基本台帳に脱漏若しくは誤載があり,又は住民票に誤記若し
くは記載漏れがあることを知ったときは,当該事実を確認して,職権で,住
民票の記載等をしなければならないと規定する。
また,住民基本台帳法34条1項は,市町村長は,定期に,同法7条に規
定する事項について調査をするものとすると規定し,同法34条2項は,市
町村長は,同条1項に定める場合のほか,必要があると認めるときは,いつ
でも同法7条に規定する事項について調査をすることができると規定し,同
法34条3項は,市町村長は,同条1項,2項の調査に当たり,必要がある
と認めるときは,当該吏員をして,関係人に対し,質問をさせ,又は文書の
提示を求めさせることができると規定し,同法14条1項は,市町村長は,
その事務を管理し,及び執行することにより,又は同法10条若しくは同法
12条,13条の規定による通知若しくは通報若しくは同法34条1項若し
くは2項の調査によって,住民基本台帳に脱漏若しくは誤載があり,又は住
民票に誤記若しくは記載漏れがあることを知つたときは,届出義務者に対す
る届出の催告その他住民基本台帳の正確な記録を確保するため必要な措置を
講じなければならないと規定する。
(2)ア公職選挙法9条は,1項において,日本国民で年齢満20年以上の者は,
衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有すると規定し,2項において,日
本国民たる年齢満20年以上の者で引き続き3箇月以上市町村の区域内に
住所を有する者は,その属する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権
を有すると規定する。
イ公職選挙法19条1項は,選挙人名簿は,永久に据え置くものとし,か
つ,各選挙を通じて一の名簿とすると規定し,同条2項は,市町村の選挙
管理委員会(特別区の選挙管理委員会を含む。以下同じ。)は,選挙人名
簿の調製及び保管の任に当たるものとし,毎年3月,6月,9月及び12
月(以下「登録月」という。)並びに選挙を行う場合に,選挙人名簿の登
録を行うものとすると規定する。そして,同法21条1項は,選挙人名簿
の登録は,当該市町村の区域内に住所を有する年齢満20年以上の日本国
民(同法11条1項若しくは252条又は政治資金規正法28条の規定に
より選挙権を有しない者を除く。)で,その者に係る登録市町村等(当該
市町村及び消滅市町村をいう。)の住民票が作成された日(他の市町村か
ら登録市町村等の区域内に住所を移した者で住民基本台帳法22条の規定
により届出をしたものについては,当該届出をした日)から引き続き3箇
月以上登録市町村等の住民基本台帳に記録されている者について行うと規
定し,公職選挙法21条4項は,市町村の選挙管理委員会は,政令で定め
るところにより,当該市町村の選挙人名簿に登録される資格を有する者を
調査し,その者を選挙人名簿に登録するための整理をしておかなければな
らないと規定する。さらに,同法26条は,市町村の選挙管理委員会は,
同法22条の規定により選挙人名簿の登録をした日後,当該登録の際に選
挙人名簿に登録される資格を有し,かつ,引き続きその資格を有する者が
選挙人名簿に登録されていないことを知つた場合には,その者を直ちに選
挙人名簿に登録し,その旨を告示しなければならないと規定する。
公職選挙法27条1項は,市町村の選挙管理委員会は,選挙人名簿に登
録されている者が同法11条1項若しくは252条若しくは政治資金規正
法28条の規定により選挙権を有しなくなったこと又は当該市町村の区域
内に住所を有しなくなったことを知った場合には,直ちに選挙人名簿にそ
の旨の表示をしなければならないと規定し,公職選挙法28条2号は,市
町村の選挙管理委員会は,当該市町村の選挙人名簿に登録されている者に
ついて,同法27条1項の表示をされた者が当該市町村の区域内に住所を
有しなくなった日後4箇月を経過するに至ったときは,これらの者を直ち
に選挙人名簿から抹消し,その旨を告示しなければならないと規定する。
ウ公職選挙法42条1項本文は,選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録さ
れていない者は,投票をすることができないと規定し,同項ただし書きは,
選挙人名簿に登録されるべき旨の決定書又は確定判決書を所持し,選挙の
当日投票所に至る者があるときは,投票管理者は,その者に投票をさせな
ければならないと規定し,同条2項は,選挙人名簿又は在外選挙人名簿に
登録された者であっても選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録されること
ができない者であるときは,投票をすることができないと規定し,同法4
3条は,選挙の当日(同法48条の2の規定による投票にあっては,投票
の日),選挙権を有しない者は,投票をすることができないと規定し,公
職選挙法施行令(昭和25年政令89号)29条1項は,選挙人名簿に登
録されている者は,他の市町村の区域内に住所を移した場合においてなお
選挙権を有するときは,当該他の市町村の選挙人名簿に登録されるまでの
間,現に選挙人名簿に登録されている市町村において投票をすることがで
きると規定する。そして,公職選挙法44条2項は,選挙人は,選挙人名
簿又はその抄本の対照を経なければ,投票をすることができないと規定し,
公職選挙法施行令35条1項は,投票管理者は,投票立会人の面前におい
て,選挙人が選挙人名簿に登録されている者であることを選挙人名簿又は
その抄本と対照して確認した後に,これに投票用紙を交付しなければなら
ないと規定する。
(3)住民基本台帳法10条は,市町村の選挙管理委員会は,公職選挙法22条
1項若しくは2項若しくは26条の規定により選挙人名簿に登録をしたとき,
又は同法28条の規定により選挙人名簿から抹消したときは,遅滞なく,そ
の旨を当該市町村の市町村長に通知しなければならないと規定し,住民基本
台帳法15条1項は,選挙人名簿の登録は,住民基本台帳に記録されている
者で選挙権を有するものについて行なうものとすると規定し,同条2項は,
市町村長は,同法8条の規定により住民票の記載等をしたときは,遅滞なく,
当該記載等で選挙人名簿の登録に関係がある事項を当該市町村の選挙管理委
員会に通知しなければならないと規定する。
公職選挙法29条1項は,市町村長及び市町村の選挙管理委員会は,選挙
人の住所の有無その他選挙資格の確認に関し,その有している資料について
相互に通報しなければならないと規定する。
(4)住民基本台帳法38条1項は,地方自治法252条の19第1項の指定都
市に対するこの法律の規定の適用について,政令で定めるところにより,区
を市と,区の区域を市の区域と,区長を市長とみなすと規定し,同条2項は,
前項に定めるもののほか,指定都市に対するこの法律の規定の適用について
は,政令で特別の定めをすることができると規定する。なお,大阪市は,地
方自治法第252条の19第1項の指定都市の指定に関する政令(昭和31
年政令254号)の定める指定都市であり,西成区は大阪市の地方自治法2
52条の20にいう区である。
(5)住民基本台帳法31条の4は,同法の規定により市町村長がした処分に不
服がある者は,都道府県知事に審査請求をすることができ,この場合におい
ては,異議申立てをすることもできる旨規定し,同法32条は,同法31条
の4に規定する処分の取消しの訴えは,当該処分についての審査請求の裁決
を経た後でなければ,提起することができない旨規定する。
2前提となる事実(争いのない事実及び疎明資料等により容易に一応の認定の
できる事実。なお,疎明資料等により一応の認定をした事実は,末尾に疎明資
料等を引用する。)
(1)ア大阪市αを中心とする地域(βと通称される。以下でも,「β」という
ことがある。)は,建設現場等での日雇労働に従事する多数の者が拠点と
する場所であり,これらの者は,当該地域で求職活動を行った上,大阪近
郊ないし遠方の建設現場等で稼働し,遠方の建設現場等で稼働する際には,
βを離れていわゆる飯場生活を送り,当該建設現場等での仕事が終了すれ
ば,簡易宿所に戻るという態様の生活を営んでいる(以下,このような労
働者を「建設労働者」ということがある。)(疎甲2,疎乙1)。
イβに所在する簡易宿所には,大阪府内の簡易宿所業者の組合であるP1
組合)に加盟しているものもあるが,加盟していないものも相当程度ある
(疎甲2,疎乙1)。
ウ継続的かつ安定的な住居を持たない上記の建設労働者のうちには,βγ
(以下「γ」という。)の所在地である「大阪市δ×番23号」(以下
「γの所在地」ということがある。)を住所として西成区長に転入届ない
し転居届をし,西成区長からその旨の住民票の記載を受けて住民基本台帳
に記録されている者が相当数おり,その数は,平成18年12月当時では,
3000人を超えていた(疎甲2,疎乙1)。
エγは,敷地約44平方メートル上に建てられた鉄骨陸屋根造5階建て建
物であり,延べ床面積173.62平方メートルである。家屋の種類は店
舗と居住用住宅であり,1階床面積は34.72平方メートル,住宅面積
は139.68平方メートルである(疎甲2,疎乙1,11)。
γ1階はP2組合の事務所と炊出し場所として,同会館2階は事務所と
して,同会館3階ないし5階は各階3間に区切って居住用スペースとして
使用されている(疎甲2,疎乙1,11)。
γ1階のP2組合事務所には,事務員が常駐して,γ周辺の簡易宿所に
居住する建設労働者らに対し,同人らあての郵便物の配送を受けて保管し,
同人らが訪れた際に交付する業務を行っている(疎甲2,疎乙1)。
オβでは,大阪市が関与して,βにおける55歳以上の建設労働者を対象
として1年ごとの登録制度の下,輪番で清掃作業等の就労機会を提供する
事業であるあいりん地区高齢日雇労働者特別清掃事業(以下「特別清掃事
業」という。)が行われている(疎甲2,疎乙1)。
カβでは,NPOP3が夜間宿所運営事業の一環として同所に所在する
2箇所のシェルター(以下「シェルター」という。)を運営しており,い
ずれのシェルターについても,午後5時30分ころより配布される整理券
を入手することにより当該入手した日に限り宿泊することができる(疎甲
2,疎乙1)。
(2)平成19年3月30日,大阪市議会議員の一般選挙及び大阪府議会議員の
一般選挙(以下,併せて「本件選挙等」ということがある。)につき,選挙
期日を同年4月8日とする旨の告示がされた(公知の事実)。
(3)ア平成19年1月22日の大阪市の執行会議において,γに生活の本拠が
ないにもかかわらずγの所在地を住所として記載された住民票により住民
基本台帳に記録されている者について,居住実態を調査の上,住民票の消
除等を含めて住民基本台帳の適正化を図ることが確認されたことを受けて,
同月24日,西成区は,居住実態の調査の試みを開始し,西成区長は,γ
を住所として住民基本台帳に記録されている者に対し,同月26日に同年
2月1日までに居住の実態の届出を求めるとともに相談窓口の開設を告知
する届出催告書相談窓口の開設の告知等を内容とする届出催告書と題する
書面を,平成19年2月2日に同月9日までに居住の実態についての届出
をするよう求める届出催告書(再催告)を,平成19年2月10日付けで
γに居住しているのであれば土日を除く同月13日から20日の間に西成
区役所住民情報課に連絡するよう求める居住確認照会書をそれぞれγあて
に郵送したが,γに届いた上記各書面は,いずれも支援者と思われる者が
大阪市西成区役所(以下「西成区役所」という。)に置いて帰った(疎甲
2,疎乙1,11)。
また,西成区長は,平成19年1月26日から同年2月9日まで,同月
1日及び土日を除いて,西成区役所に,相談者の居住実態の聴き取り及び
相談者が受けている行政サービスに関する相談を受け付ける相談窓口を設
けて,職員に相談に当たらせ,延べ255人が相談に訪れた。同相談窓口
については,上記届出催告書に記載したほか,周知用ポスターを関係各所
に掲示した(疎甲2,疎乙1)。
イ西成区長は,平成19年3月1日,大阪高等裁判所が,同月2日に西成
区長が予定していたγの所在地を住所として住民基本台帳に記録されてい
た建設労働者の1人の住民票を消除する処分の差止めを求める訴訟を本案
とする同人の住民票を消除する処分の仮の差止めを求めた申立てに対し,
申立てを認容する決定をしたことを受けて,同日に予定していたγの所在
地を住所として住民基本台帳に記録されている者の住民票を一斉に消除す
る処分を同月23日まで延期した(疎甲2,疎乙1)。
ウ西成区長は,簡易宿所の所在地を住所として住民基本台帳に記録するこ
とのできる場合の基準を整理して,①実際に長期間継続して宿泊してい
る者,②料金の前払により長期間部屋を確保している者,③料金の前
払をしていなくとも長期間継続して宿泊する意思を持っている者,④長
期間遠方に出張しその間は部屋を確保していないもののβに帰ってきたと
きには特定の簡易宿所に宿泊している者などについて,記録することがで
きるとすることとした上(以下,①ないし④の記録できる場合の例を「本
件記録できる場合の例」ということがある。),P1組合と協議し,同組
合加盟の簡易宿所は,宿泊客につき,宿泊証明書を発行して宿泊客が当該
簡易宿所に生活の本拠を有することを証明する便宜を図ることとなり,簡
易宿所の中には,平成19年3月1日以降,宿泊証明書を発行していると
ころもある(疎甲2,疎乙1,14)。
そして,大阪市市民局長及び西成区長は,平成19年3月6日以後,順
次,βの主要公共施設,病院,地下鉄及び鉄道の駅,βに所在する簡易宿
所96箇所(P1組合に加盟していないものも含む。),いわゆるコンビ
ニエンスストア,商店街等141箇所に計159枚の本件記録できる場合
の例を示した上で,γの所在地を住所としている者に同月23日までに住
民異動届の提出を促すポスター(以下「本件ポスター」という。)の掲示
をするとともに,同月17日には,社団法人P4ζ支部に対し,同協会加
盟各社において,本件ポスターを工事現場の現場事務所等作業に従事して
いる者の目に留まるところへ掲出するよう依頼し,同月19日から21日
にかけてラジオにおいて,同月17日から23日にかけてケーブルテレビ
において,適正な住民記録を3月23日までにするよう依頼する広告を行
った(疎甲2,疎乙1,3ないし10,14)。
(4)ア申立人は,平成17年3月31日,西成区長に対し,平成12年4月1
2日に「大阪市δ×番23号βγ」に大阪市外から転入した旨の届出をし
(以下「本件転入届」という。),西成区長は,申立人について,同所を
住所とする住民票を調製し,平成19年3月29日の本件処分当時,申立
人に係る住民票にはγの所在地が住所として記載されていた(疎甲2,疎
乙1)。
また,申立人は,本件処分当時,大阪市の選挙人名簿に登録されていた。
イ申立人は,現在55歳以上であり,平成18年度及び平成19年度の特
別清掃事業に登録して,平成18年度及び平成19年度の高齢者特別清掃
紹介整理票を受けており,平成19年度の高齢者特別清掃紹介整理票の有
効期限は平成20年3月31日である(疎甲2,疎乙1)。
ウ西成区長は,申立人に対し,平成19年2月22日付けで,同年3月2
日までに西成区役所に来庁して連絡をしなければ,申立人の住所がγの所
在地にないものとして申立人の住民票を消除する旨を記載した「住民票消
除予告書」を送付し,申立人はこれを受領した(疎甲2,疎乙1)。
エ申立人は,平成19年3月26日,行政事件訴訟法37条の4第1項に
基づき,当庁に対し,申立人の住民票の消除をする処分の差止めを請求す
る訴え(当庁平成××年(行ウ)第××号)を提起するとともに,同法3
7条の5第2項に基づき,同処分の仮の差止めを求める申立て(当庁平成
××年(行ク)第××号)をしたが,同月28日,当庁は,同申立てを却
下し,申立人はこれを不服として大阪高等裁判所に対し即時抗告を申し立
てた(同庁平成××年(行ス)第×号)が,同庁は,同月28日,申立人
の即時抗告を棄却し,申立人は同月30日,申立人の住民票の消除をする
処分の差止めを請求する訴え(当庁平成××年(行ウ)第××号)を取り
下げた(疎甲2,7,8,9,疎乙1)。
オ西成区長は,平成19年3月29日付けで,申立人について本件消除処
分(不現在による職権消除)をするとともに,申立人と同様にγの所在地
を住所として住民基本台帳に登録されている者について住民票を消除する
処分をし,同月30日付けでその旨を大阪市西成区選挙管理委員会(以下
「西成区選挙管理委員会」という。)に通知し,西成区選挙管理委員会は,
同通知を受けて,同日,通知に係る者のうち,満20歳未満である者又は
γの所在地等を住所地として住民基本台帳に記録されている期間が3箇月
に満たない者を除く者につき,同月29日付けで住所を有しなくなった旨
の表示をした(疎甲1,疎甲5の1,2,疎乙13)。
カ申立人は,平成19年3月30日,本件消除処分を不服として,大阪府
知事に対する審査請求をすることなく,本案事件を提起するとともに,本
件申立てをした(当裁判所に顕著な事実)。
3本件申立てについて適法な本案訴訟の係属を欠くか(争点①)
(1)住民基本台帳制度は,市町村(特別区を含む。以下同じ。)において,住
民の居住関係の公証,選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の
基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り,あわせて住
民に関する記録の適正な管理を図るため,住民に関する記録を正確かつ統一
的に行うことを目的とする制度として規定され(住民基本台帳法1条),住
民票には,選挙人名簿に登録された者についてはその旨を記載するものとさ
れ(同法7条9号),前記のとおり,市町村の選挙管理委員会は,公職選挙
法22条1項若しくは2項若しくは26条の規定により選挙人名簿に登録し
たとき又は同法28条の規定により選挙人名簿から抹消したときは,遅滞な
く,その旨を当該市町村の市町村長に通知しなければならないものとされ
(住民基本台帳法10条),選挙人名簿の登録は,住民基本台帳に記録され
ている者で選挙権を有するものについて行うものとされ(同法15条1項),
市町村長は,同法8条の規定により住民票の記載等(住民票の記載,消除又
は記載の訂正をいう。)をしたときは,遅滞なく,当該記載等で選挙人名簿
の登録に関係がある事項を当該市町村の選挙管理委員会に通知しなければな
らないとされている(同法15条2項)。また,公職選挙法21条1項は,
選挙人名簿の登録は,当該市町村の区域内に住所を有する年齢満20年以上
の日本国民で,その者に係る登録市町村等(当該市町村及び消滅市町村をい
う。)の住民票が作成された日(他の市町村から登録市町村等の区域内に住
所を移した者で住民基本台帳法22条の規定により届出をしたものについて
は,当該届出をした日)から引き続き3箇月以上登録市町村等の住民基本台
帳に記録されている者について行う旨規定し,同法42条1項は,選挙人名
簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は,投票をすることができない
が,ただし,選挙人名簿に登録されるべき旨の決定書又は確定判決書を所持
し,選挙の当日投票所に至る者があるときは,投票管理者は,その者に投票
をさせなければならない旨規定し,同条2項は,選挙人名簿又は在外選挙人
名簿に登録された者であっても選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録される
ことができない者であるときは,投票をすることができない旨規定している。
以上によれば,住民票の調製は選挙人名簿への登録を通じて選挙権の行使
という法的効果をもたらす行政処分であるということができる。
他方,前記のとおり,公職選挙法27条1項は,市町村の選挙管理委員会
は,選挙人名簿に登録されている者が当該市町村の区域内に住所を有しなく
なったことを知った場合には,直ちに選挙人名簿にその旨の表示をしなけれ
ばならないものと規定し,同法28条2号は,同法27条1項の表示をされ
た者が当該市町村の区域内に住所を有しなくなった日後4箇月を経過するに
至ったときは,その者を直ちに選挙人名簿から抹消しなければならない旨規
定している。また,同法29条1項は,市町村長及び市町村の選挙管理委員
会は,選挙人の住所の有無その他選挙資格の確認に関し,その有している資
料について相互に通報しなければならない旨規定している。
ところで,公職選挙法21条1項にいう選挙人名簿の被登録資格を生じさ
せるための住民基本台帳の記録は,記録された者が実際に当該市町村の住民
であるという事実に基づいた正当なものであることが必要であり,住民基本
台帳法22条の規定による転入の届出をして引き続き3箇月以上当該市町村
の住民基本台帳に記録されている者であっても,現実に当該市町村の区域内
に住所を移して引き続き3箇月以上同区域内に住所を有していないときは,
当該市町村の選挙人名簿の被登録資格を取得しない(最高裁昭和58年(行
ツ)第32号同年12月1日第一小法廷判決・民集37巻10号1465
頁)。その趣旨等からすれば,公職選挙法27条1項にいう選挙人名簿に登
録されている者が当該市町村の区域内に住所を有しなくなったことを知った
場合とは,当該市町村の選挙管理委員会においてその者が現実に当該市町村
の区域内に住所を有しなくなったことを知った場合をいい,その者に係る住
民票の消除がされた場合であっても,その者が現実に当該市町村の区域内に
住所を有していると認められる限り,同項の規定による表示をすることはで
きず,逆に,その者に係る住民票が消除されていない場合であっても,その
者が現実に当該市町村の区域内に住所を有しなくなったことを知ったときは,
同項の規定による表示をすべきものと解される。
しかしながら,疎甲2等によれば,事務処理上は,市町村選挙管理委員会
による公職選挙法27条1項の規定による住所を有しなくなった旨の表示は,
住民基本台帳法15条2項,公職選挙法29条1項の規定に基づく市町村長
からの住民票の消除の通知に基づいて行う取扱いがされている事実が認めら
れる(前記のとおり,申立人に係る選挙人名簿への住所を有しなくなった旨
の表示も本件消除処分を受けて西成区長が西成区選挙管理委員会に対してし
たその旨の通知に基づいてされたものである。)。そして,同法27条1項
の規定による住所を有しなくなった旨の表示がされた場合,当該表示に係る
者は,同法28条2号の規定により選挙人名簿から抹消されるまでの間,衆
議院議員及び参議院議員の選挙権を有するが(同法9条1項,42条1項参
照),その者が属する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙については,
同法9条2項が「引き続き3箇月以上市町村の区域内に住所を有する」こと
を選挙権の要件として規定し,また,同法43条が選挙の当日(同法48条
の2の規定による期日前投票にあっては,投票の当日)選挙権を有しない者
は投票をすることができない旨規定していることから,選挙の当日(又は投
票の当日)当該市町村の区域内に現実に住所を有していることが証明されな
い限り,投票することができず(ただし,当該市町村の区域内から引き続き
同一都道府県の区域内の他の市町村の区域内に住所を移したものは,当該都
道府県の議会の議員及び長の選挙権を引き続き有する。同法9条4項),市
町村の議会の議員又は長の選挙において,投票管理者その他の投票事務従事
者は,投票に来た者が同法27条1項の規定による住所を有しない旨の表示
がされている場合には,選挙権の要件としての住所要件(同法9条2項)を
欠くものとして,その投票を拒否する義務があり,当該表示が誤っているこ
となどを明らかにする資料の提示等があることによってその住所要件の存在
を確認し得るというような特別の事情がある場合にのみ,その投票を許すこ
とができるものとされている(最高裁昭和48年(行ツ)第50号同年10
月11日第一小法廷判決・民集27巻9号1148頁参照)。さらに,同法
28条2号の規定により選挙人名簿から抹消されると,その者は,同法42
条1項の規定により,選挙人名簿に登録されるべき旨の決定書又は確定判決
書を所持して選挙の当日投票所に至らない限り,すべての選挙において投票
をすることができなくなる。
以上のとおり,住民票の消除がされると,住民基本台帳法15条2項,公
職選挙法29条1項の規定に基づく市町村長からの通知に基づいて同法27
条1項の規定による住所を有しなくなった旨の表示がされ,その後さらに同
法28条2号の規定により選挙人名簿から抹消されることにより,その者の
選挙権の行使が制限されることになるところ,住民票の消除は同法27条1
項の規定による住所を有しなくなった旨の表示をするための法律上の要件と
はされていない。しかしながら,住民票の消除は,住民基本台帳法24条に
基づく転出届等に基づき又は職権によりその者が市町村の区域内に住所を有
しなくなったものと認めて行うものであり,同法上,市町村長は,その事務
を管理し,及び執行することにより,又は同法10条,12条の3若しくは
13条の規定による通知若しくは通報若しくは同法34条1項若しくは2項
の調査によって住民基本台帳に脱漏若しくは誤載があり又は住民票に誤記若
しくは記載漏れがあることを知ったときは届出義務者に対する届出の催告そ
の他住民基本台帳の正確な記録を確保するため必要な措置を講じなければな
らない(14条1項)などとされていることからすれば,住民票の消除がさ
れた者は当該市町村の区域内に住所を有しなくなった高度の蓋然性が存する
ということができる上,住民基本台帳法15条2項,公職選挙法29条1項
の各規定に照らすと,同法は住民基本台帳法15条2項に基づく市町村長か
らの住民票の消除の通知に基づいて当該市町村の選挙管理委員会が選挙人名
簿に公職選挙法27条1項の規定による住所を有しなくなった旨の表示をす
ることを予定しているものということができる。そうであるとすれば,住民
票の消除は,選挙権の行使の制限という法的効果をもたらす行政処分という
ことができる。
(2)前記のとおり,住民基本台帳法31条の4は,同法の規定により市町村長
がした処分に不服がある者は,都道府県知事に審査請求をすることができ,
この場合においては,異議申立てをすることもできる旨規定し,同法32条
は,同法31条の4の規定により市町村長がした処分の取消しの訴えは,当
該処分についての審査請求の裁決を経た後でなければ,提起することができ
ない旨規定している。しかるところ,申立人は,本件消除処分について審査
請求も異議申立てもせずにその取消しの訴え(本案訴訟)を提起しているこ
とは明らかである。行政事件訴訟法25条2項の規定の文言及び同法の規定
する執行停止制度の趣旨からすれば,執行停止の申立ては,本案訴訟である
処分の取消の訴えが適法な訴えとして提起されていることをその適法要件と
していると解されるところ,上記のとおり,申立人は,本件消除処分につい
ての審査請求に対する裁決を経ることなく本件消除処分の取消しの訴えを提
起しているから,同法8条2項2号に該当しない限り,本件訴えは,審査請
求の前置を欠くものとして,不適法ということになる。
そこで,本件訴えの提起について,同号に規定する「処分,処分の執行又
は手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき」
に該当するか否かについて,検討する。
(3)(1)において検討したとおり,ある者について住民票の消除がされると,
住民基本台帳法15条2項に基づく市町村長からの住民票の消除の通知に基
づいて当該市町村の選挙管理委員会によりその者について選挙人名簿に公職
選挙法27条1項の規定による住所を有しなくなった旨の表示がされ,さら
に,その者が当該市町村の区域内に住所を有しなくなった日後4箇月を経過
するに至ったときは,当該市町村の選挙管理委員会により同法28条2号の
規定に基づき選挙人名簿から抹消されることとなる結果,その者は,同法4
2条1項の規定により,選挙人名簿に登録されるべき旨の決定書又は確定判
決書を所持して選挙の当日投票所に至らない限り,すべての選挙において投
票をすることができなくなる。また,上記選挙人名簿からの抹消がされる前
においても,前記のとおり,その者は,少なくとも市町村の議会の議員又は
長の選挙において,当該住所を有しなくなった旨の表示が誤っていることな
どを明らかにする資料の提示等があることによってその住所要件の存在を確
認し得るというような特別の事情がある場合を除いて,選挙権の要件として
の住所要件(同法9条2項)を欠くものとして,投票することができなくな
る。
もっとも,住民票の消除をされた者がその選挙権の行使を確保するための
方法としては,上記資料の提示等をすることによって特別の事情の存在を証
明することのほか,市町村長に対し当該市町村の区域内に住所を有している
ことを証明して職権による住民票の回復(住民票の消除の職権による取消し
と解される。)を受けること又は選挙管理委員会に対し上記の証明をして同
法27条1項の規定による住所を有しなくなった旨の表示の抹消若しくは同
法28条2号の規定による選挙人名簿からの抹消の取消しを受けることが考
えられる。
この点,相手方は,申立人が居住の実体のある簡易宿所の所在地を住所と
して住民基本台帳法に基づく届出を行えば本件選挙等において選挙権を行使
することが十分可能であるといった趣旨の主張をする。
すなわち,相手方は,平成19年1月以降,簡易宿所の所在地を住所とす
る住民登録を認めるための具体的な基準として,①実際に長期間継続して
宿泊している場合,②料金の前払により長期間部屋を確保している場合,
③料金の前払をしていなくても長期間継続して宿泊する意思を持っている
場合,④長期間遠方に出張しその間は部屋を確保していないもののβに帰
ってきたときには常に特定の簡易宿所に宿泊する場合には,当該簡易宿所に
生活の本拠があると判断して住所として認定するという基準を確立し,当該
基準について,簡易宿所等にポスターを掲示したりラジオ番組,ケーブルテ
レビにおいて放送したり,大阪市ホームページに掲載したりするなどの周知
方法を尽くしたほか,γの所在地に住所を有するにもかかわらず住民票の消
除をされたり,本来は簡易宿所等に住民票を異動することにより選挙権の行
使が可能であったにもかかわらず,転居届を行っていないため住民票の消除
をされたことにより選挙権の行使をすることができなくなることのないよう
に,西成区選挙管理委員会において,住民票の消除処分を受けて選挙人名簿
に公職選挙法27条1項の規定による住所を有しなくなった旨の表示がされ
ている者について,平成19年3月31日から同年4月7日までの午前8時
30分から午後8時まで行われる期日前投票及び投票日における投票につい
て,①期日前投票又は選挙日において投票の申出があった場合には投票事
務システムにより職権消除による住所を有しなくなった旨の表示がされてい
ることを確認する,②申出をした者に対し現在どこに居住しているかを確
認する,③住民票の消除処分前からの居住の事実を証明する書類(簡易宿
所の宿泊証明等)の有無を確認し,書類があれば投票を受け付ける,④当
該書類がなければ,居住していると申出のあった施設に電話で連絡を取り,
当該消除処分前からの居住の実体が確認できれば投票を受け付ける,⑤上
記のような証明する書類がなく,かつ,上記施設に連絡が取れない場合には,
職員が居住していると申出があった施設を現地調査し,当該消除処分前から
の居住実体が確認されれば投票を受け付ける,といった対応をとることにし
ていることに加えて,同月2日,大阪市市民局,大阪市西成区役所,大阪市
選挙管理委員会の連名の「お知らせ」のポスターを更生相談所等の公共施設,
駅,商店街等に貼付して,住民票の回復ができる場合があること,住民票の
回復により統一地方選挙で投票することができる場合があること及び一定の
要件を満たす場合には簡易宿所での住民登録が可能であることについてβに
おける周知を図っており,さらに,⑥宿泊の証明書を発行しない簡易宿所
を住所とする届出については,本人からの聴取等により居住実体及び居住意
思を確認し,住民基本台帳への記録を認めることとしているから,簡易宿所
業者の反対は何ら当該簡易宿所を住所とする届出の障害にはならない旨主張
する。
確かに,前記前提となる事実等によれば,大阪市において相手方が主張す
るような簡易宿所の所在地を住所として住民基本台帳に記録するための基準
(本件記録できる場合の例)を設定した上,相手方の主張するような期日前
投票及び投票日における体制を現に採り,残存期間についてもこれを採る予
定である事実を一応認めることができる。
しかしながら,簡易宿所等の所在地をもって住民基本台帳法にいう住所と
認めることができるためには,当該簡易宿所等の所在地がその者の一時的な
滞在場所にすぎないのではなく客観的に生活の本拠たる実体を具備している
と評価するに足りる事実関係が認められることが必要であり,そのような事
実関係が認められない限り,当該簡易宿所等の所在地をもって住民基本台帳
法にいう住所と認めることはできないというべきである。のみならず,住民
票の消除がされたことを受けて選挙人名簿に公職選挙法27条1項の規定に
よる住所を有しなくなった旨の表示がされると,市町村の議会の議員又は長
の選挙においては,投票事務従事者は,当該表示がされている者について,
住所要件を欠くものとして,その投票を拒否する義務があり,ただ,当該表
示が誤っていることなどを明らかにする資料の提示等があることによって,
その住所要件の存在を確認し得るというような特別の事情がある場合にのみ,
その投票を許すことができ,当該義務を懈怠して,上記のような特別の事情
がないにもかかわらず,当該表示がされている者に対し投票を許すことは,
選挙の管理執行の手続に関する規定に違反するものとして,選挙無効の原因
となる(前掲最高裁昭和48年(行ツ)第50号同年10月11日第一小法
廷判決参照)。しかるところ,相手方の主張するような期日前投票及び投票
日における上記②ないし⑥の対応は,選挙人名簿に公職選挙法27条1項の
規定による住所を有しなくなった旨の表示がされている者についてその者の
申出に係る簡易宿所等の施設がその者の一時的な滞在場所にすぎないのでは
なく客観的に生活の本拠たる実体を具備していると認めるために必要な調査
として十分なものとは必ずしも認め難く,当該調査の結果をもって当該表示
が誤っていることなどを明らかにする資料の提示等があることによってその
住所要件の存在を確認し得るというような特別の事情がある場合に該当する
と直ちにいうことはできない。
そうであるとすれば,大阪市において相手方の主張するような期日前投票
及び投票日における対応が予定されていることをもって,申立人が平成19
年4月8日に実施される本件選挙等において選挙権を行使することが十分可
能であることの根拠とすることはできないというべきであり,本件に現われ
た一切の資料等をしんしゃくしても,本件選挙等の投票日までに,申立人に
おいて大阪市内に住民基本台帳法にいう住所すなわち生活の本拠を有するも
のとして職権による住民票の回復を受け又は選挙管理委員会により公職選挙
法27条1項の規定による住所を有しなくなった旨の表示の抹消を確実に受
けることができるとはにわかに認め難く,また,本件選挙等の際に申立人に
おいて投票事務従事者に対し投票が認められるために必要な当該表示が誤っ
ていることを明らかにする資料の提示等を行うことが容易であるとも認め難
い。
以上によれば,本件消除処分により,申立人は少なくとも本件選挙等にお
いて選挙権を行使することが極めて困難になるといわざるを得ないのであり,
本件消除処分により憲法15条1項,3項,93条2項等によって保障され
ている申立人の選挙権を行使する権利が侵害されるというべきである。そし
て,選挙権は,上記のとおり憲法によって保障され,自ら選挙の公正を害す
る行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として,当該
権利又はその行使を制限することが原則として許されない国民の重要な権利
であるにとどまらず,これを行使することができなければ意味がないものと
いわざるを得ず,侵害を受けた後に争うことによっては権利行使の実質を回
復することができない性質のものであることにかんがみると,申立人につき,
本件消除処分により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるという
べきである。
(4)以上検討したところによれば,本件消除処分により生ずる著しい損害を避
けるため緊急の必要があるというべきであるから,本案訴訟は行政事件訴訟
法8条2項2号に該当し,したがって,本件消除処分についての審査請求に
対する裁決を経ないで提起された本件本案訴訟は適法である(なお,行政不
服審査法20条本文は,審査請求は,当該処分につき異議申立てをすること
ができるときは,異議申立てについての決定を経た後でなければ,すること
ができない旨規定しており,住民基本台帳法31条の4の規定からすれば,
同法の規定により市町村長がした処分に不服がある者は,異議申立てについ
ての決定を経た後でなければ,審査請求をすることができないものと解する
余地もなくはないところ,上記のとおり,申立人は,本件消除処分について
の異議申立ての決定も経ていないが,上記のように解した場合においても,
行政事件訴訟法8条2項2号に該当するときは,当該処分についての異議申
立てに対する決定も審査請求に対する裁決も経ることなく当該処分の取消し
の訴えを提起することができるものと解される。)。
4本件消除処分により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるか(争
点②)
前記3において認定説示したところによれば,本件申立てについては,行政
事件訴訟法25条2項にいう処分により生ずる重大な損害を避けるため緊急の
必要があるときに該当するというべきである。
5本案について理由がないとみえるか(争点③)
(1)申立人の住民基本台帳法にいう住所
ア住民基本台帳法4条は,住民の住所に関する法令の規定の解釈は,地方
自治法10条1項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定めるもの
と解釈してはならないと規定し,同項は,市町村の区域内に住所を有する
者は,当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とすると規定する。
そこで,地方自治法10条1項にいう住所の意義について検討するに,
およそ法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合,反
対の解釈をすべき特段の事由のない限り,その住所とは各人の生活の本拠
(民法22条参照)を指すものと解されるところ,地方自治法10条1項
にいう住所は,これと別異に解すべき特段の事由は見いだせない。したが
って,同項にいう住所とは,生活の本拠,すなわち,その者の生活に最も
関係の深い一般的生活,全生活の中心を指すものであり,一定の場所があ
る者の住所であるか否かは,客観的に生活の本拠たる実体を具備している
か否かにより決すべきものと解される。
イ前記前提となる事実に加え,疎甲2,疎乙1によれば,申立人につき,
以下の各事実が一応認められる(疎甲2,疎乙1以外の疎明資料について
は,当該事実の末尾に示す。)
(ア)申立人は,昭和55年ころより,本籍地を住所として住民基本台帳
に記録されたまま,βで建設労働者として稼働してきたが,平成17年
3月31日,特別清掃事業に登録するため年齢等を証するものとして西
成区の住民票の写しを利用するため,西成区の担当職員を通じ,西成区
長に対し本件転入届をしたところ,申立人の転入届は円滑に受理された。
なお,申立人は,以前は,両親の居住する本籍地に帰ることもあったが,
直近の約10年は,収入が少なくなったため,本籍地に帰ることはなく
なり,両親らと連絡を取ることもなくなっていた。
(イ)申立人は,平成17年3月31日に本件転入届をして以後,申立人
あての郵便物の郵送先をγとしてγ1階所在のP2組合事務所で保管し
てもらっており,月に1ないし2回,申立人あての郵便物を受領するた
めに同事務所を訪れる際などに,γ1階に入り,その際,同事務所の事
務員と雑談等をすることもあるが,γを起臥寝食の場所としたことはな
く,γの2階以上に入ったこともない。
(ウ)申立人は,直近の2,3年は,1年に2ないし3回,1回につき1
箇月程度,飯場生活を伴う遠方の仕事に就くことがあるほかは,βで生
活しており,β付近で生活する期間は年間を通じて7ないし8か月強で
ある。
申立人は,βで生活しているときは,収入状況に応じ,βに所在する
簡易宿所(申立人が宿泊する簡易宿所はいずれも社会福祉法人P5病院
等が所在する建物(以下「θ等」という。)から徒歩5ないし10分の
場所にある。)のうち,宿泊料が1泊700円のもの(特定の2,3軒
のうちいずれかだが,うち1つに宿泊することが多い。),1泊500
円のもの(特定の2,3軒のうちのいずれかだが,うち1つに宿泊する
ことが多い。)に宿泊するが,簡易宿所に宿泊する余裕のないときは,
2箇所のシェルターのいずれかの整理券を入手して当該シェルターに宿
泊するが,シェルターの宿泊希望者が多いため,整理券を入手すること
ができないことも相当程度あり,その場合には,θ等の下でいわゆる野
宿をしている。申立人が簡易宿所に宿泊するのは,併せて月に2週間程
度であり,θ等の下でいわゆる野宿をする割合が最も大きい。なお,申
立人がテントを設営して起居することはない。
申立人の主たる収入源は,βで活動する手配師から手配を受ける1週
間程度を単位とする日当8,000円から9,000円程度の仕事(月
に1週間から10日程度),1回5,700円の特別清掃事業(月に約
4回)及び年2ないし3回,1回1月程度の飯場生活を伴う遠方での仕
事である。
申立人は,平成19年1月に広島に約20日間,飯場生活を伴う仕事
に行き,同月20日ころにβに戻ってきたが,平成19年3月末ころよ
り,大阪市によるγの所在地を住所として住民基本台帳に記録されてい
る者についての消除方針に対する抗議活動及び本件申立てにおける訴訟
活動等のため,大阪市η付近で起居しているときも相当程度ある(疎甲
6)。
(エ)申立人は,西成区長が申立人の住民票を消除する処分を検討してい
ることを聞き及び,平成19年2月ころ,西成区役所に相談に赴いたと
ころ,区役所の担当者に,簡易宿所に1晩でも2晩でも泊まれば簡易宿
所に住民基本台帳の登録住所を移すことができると言われたため,当時
の宿泊先であった1泊700円の簡易宿所のうち申立人が宿泊すること
の多い簡易宿所に同簡易宿所の所在地に住民基本台帳の登録住所を移す
ことにつき了承を求めたが,強く拒絶された。また,1泊500円の簡
易宿所のうち申立人が宿泊することの多い簡易宿所にも上記と同旨の了
承を求めたが,同じく強く拒絶された。そのため,申立人は,γの所在
地からの転居届をしなかった。なお,申立人は,上記両簡易宿所に了承
を求めた際,区役所の担当者に簡易宿所に1晩でも2晩でも泊まれば当
該簡易宿所を住所として住民基本台帳に記録されることができるといっ
た趣旨のことを言われたことを伝えた。
(オ)申立人は,平成18年度及び平成19年度に特別清掃事業に登録を
受ける際,住民票の写しを年齢等の証明書類として提出した。
特別清掃事業に登録を受けるために必要な書類等は,登録を受けよう
とする者の年齢を証明するものであり,住民票の写しのほか,戸籍抄本
等によることができる。
ウ上記認定事実によれば,申立人は,γを起臥寝食の場所としたことはな
く,申立人とγの関係は,単に同所を申立人あての郵便物の郵送先として
利用し,月に1ないし2回,申立人あての郵便物を受領するためにγに赴
くなどするにすぎないということができるから,γの所在地が申立人の生
活の本拠,すなわち,申立人の生活に最も関係の深い一般的生活,全生活
の中心であるとは到底いえない。のみならず,申立人がβと呼称される地
域を主たる生活の場所としているということはできるものの,申立人が起
居の場所としているところで最も多いのは野外であるθ等の下であって,
起居に当たってテント等の工作物を設置することもないということである
上,同所に起居する以外に,数軒の簡易宿所のいずれかに月のうち2週間
程度起居するが連続して2週間起居するものと一応認めるに足りる疎明資
料はなく,また,2軒あるシェルターのいずれかに起居することもあると
ころ,これらの場所は,少なくとも徒歩5ないし10分は離れていると認
められる上,これらの施設の性格,申立人の利用の態様等にかんがみても,
θ等の下,申立人が起居することのある簡易宿所,シェルターのいずれも,
申立人の生活の本拠,すなわち,申立人の生活に最も関係の深い一般的生
活,全生活の中心であると評価するに足りる場所ということはできず,結
局,申立人につき,生活の本拠と評価するに足りる特定性のある一定の場
所を見いだし難い。
エ申立人は,あくまで経済的理由から簡易宿所に継続して宿泊し続けるこ
とができなかったにすぎず,簡易宿所に継続して宿泊する強固な意思を有
しているから,本件記録できる場合の例の③(料金の前払をしていなくて
も長期間継続して宿泊する意思を持っている場合)に該当し,当該簡易宿
所の所在地を住所とする住民基本台帳法に基づく届出をすることにより選
挙権を行使することが可能であったところ,申立人が当該届出をすること
ができないのは,ひとえに当該簡易宿所の経営者が申立人が当該簡易宿所
の所在地を住所とする届出を行うことを拒んでいるからであり,その最大
の理由は,相手方らがP1組合に加入していない簡易宿所との調整を済ま
せていないからであることからすれば,相手方らとP1組合に加入してい
ない簡易宿所との調整がまとまり,その調整が申立人らに周知されるまで
は,γの所在地を申立人の住所とみる余地があり,また,申立人の簡易宿
所への滞在が月に2週間程度であるとしても,住所の認定は相手方らの裁
量であるから,申立人の居住実態が本件記録できる場合の例の一つに該当
する以上,憲法14条の保障する法の下の平等の適用からしても,当該簡
易宿所の所在地を住所とする住民基本台帳法への記載が認められるべきで
あり,P1組合に加入していない簡易宿所の所在地を住所とする届出がで
きないことについては相手方のみが責めを負うことであるから,P1組合
に加入していない簡易宿所と相手方らとの調整がまとまり,そのことが申
立人らに周知されるまでは,γの所在地が申立人の住所と認められなけれ
ばならないといった趣旨の主張をする。
しかしながら,一定の場所が住民基本台帳法にいう住所に当たるか否か
は,客観的な生活の本拠たる実体を具備しているか否かによって決すべき
であり,主観的に当該場所を住所とする意思があることのみをもって直ち
に当該場所を住所と認めることができるものではなく,当該場所を住所と
する意思がいかに強固なものであるとしても,当該場所について客観的に
その者の生活の本拠たる実体を具備していると評価するに足りる事実関係
が認められない限り,その理由のいかんを問わず,当該場所を住民基本台
帳法にいう住所と認めることはできないというべきである。前記認定事実
によれば,申立人が月に2週間程度宿泊する簡易宿所について,申立人に
おいて当該簡易宿所に継続して宿泊する強固な意思を有しているとしても,
また,当該簡易宿所に継続して宿泊することができない理由が専ら経済的
要因にあるとしても,申立人の生活状況等に照らすと,特定の簡易宿所の
所在地をもって一時的な滞在場所を超えて申立人の生活の本拠たる実体を
具備するに至っていると評価するのは疎明資料による限り困難というべき
である。したがって,仮に申立人について西成区長が整理した簡易宿所を
住所として住民基本台帳に記録することのできる基準の一つである本件記
録できる場合の例の③(料金の前払をしていなくとも長期間継続して宿泊
する意思を持っている場合)に該当すると解する余地があるとしても,住
民基本台帳法の解釈適用に当たって,相手方に申立人の生活の本拠たる実
体を具備するに至っていない簡易宿所を同法にいう住所と認定する裁量の
余地はないというべきである。
他方,住民基本台帳の制度は,市町村において,住民基本台帳に住民の
居住関係の事実と合致した正確な記録をすることによって,住民の居住関
係の公証,選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とす
るとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り,あわせて住民に関
する記録の適正な管理を図るため,住民に関する記録を正確かつ統一的に
行うものとして,住民基本台帳法が定めたものであって,住民の利便を増
進するとともに,国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的
とするものである(同法1条)。そして,住民基本台帳の制度は,住民の
居住関係の公証にとどまらず,選挙人名簿の登録(同法15条1項,公職
選挙法21条1項),学齢簿の編成(学校教育法施行令1条,2条),国
民健康保険(住民基本台帳法28条,国民健康保険法9条10項),介護
保険(住民基本台帳法28条の2,介護保険法12条5項),国民年金
(住民基本台帳法29条,国民年金法12条3項),児童手当(住民基本
台帳法29条の2,児童手当法施行規則8条)等各種の行政事務処理の基
礎とされるものである。さらに,住民票に記載されている住所は,住民基
本台帳法30条の5第1項にいう本人確認情報を構成するものとして,同
法に基づいて構築される住民基本台帳ネットワークシステムを通じて,市
町村の区域を超えた住民基本台帳に関する事務の処理及び国の行政機関等
に対する本人確認情報の提供並びに公的個人認証サービスを行うための基
礎となるものである。
以上のような住民基本台帳法における住所の意義及び機能に照らすと,
同法にいう住所は,自ずから地域的に限定された場所を予定しているもの
と解される。また,住居表示に関する法律(昭和37年法律第119号)
は,合理的な住居表示の制度及びその実施について必要な措置を定め,も
って公共の福祉の増進に資することを目的とするものであるが(1条),
市街地にある住所若しくは居所又は事務所,事業所その他これらに類する
施設の所在する場所(以下「住居」という。)を表示するには,都道府県,
郡,市(特別区を含む。),区(地方自治法252条の20の区をい
う。)及び町村の名称を冠するほか,①市町村内の町又は字の名称並び
に当該町又は字の区域を道路,鉄道若しくは軌道の線路その他の恒久的な
施設又は河川,水路等によって区画した場合におけるその区画された地域
(以下「街区」という。)につけられる符号(以下「街区符号」とい
う。)及び当該街区内にある建物その他の工作物につけられる住居表示の
ための番号(以下「住居番号」という。)を用いて表示する方法(街区方
式),②市町村内の道路の名称及び当該道路に接し,又は当該道路に通
ずる通路を有する建物その他の工作物につけられる住居番号を用いて表示
する方法(道路方式),のいずれかの方法によるものとする旨規定してお
り(2条),住民基本台帳法も,住民票の住所の記載が住居表示に関する
法律の上記規定に従って行われることを前提としているものと解される。
これらによれば,住民基本台帳法にいう住所は,少なくとも住居表示に関
する法律にいう住居番号によって特定される場所ないしそれに準じる程度
に限定された場所を指すものと解すべきである。
そうであるとすれば,たとい申立人がγの所在地を含む「大阪市α」で
表示される地域ないし当該地域を中心としたβと呼称される地域に1年の
うち相当期間滞在し,また,専ら当該地域において求職活動を行っている
事実が一応認められるとしても,γの所在地という限定された場所につい
て客観的に生活の本拠たる実体を具備していると評価するに足りる事実関
係が認められない限り,γの所在地をもって住民基本台帳法にいう住所と
認めることはできないものというべきである。そして,前記認定事実の下
においては,γの所在地をもって客観的に申立人の生活の本拠たる実体を
具備していると認められないことは,前記のとおりである。
以上のとおりであるから,P1組合に加入していない簡易宿所の所在地
を住所とする住民基本台帳法に基づく届出(住民基本台帳への記録)につ
いてP1組合に加入していない簡易宿所と相手方らとの調整がまとまり,
そのことが申立人に周知されるまでは,γの所在地が申立人の住所と認め
られなければならない旨の申立人の前記主張は,その前提を欠くものとし
て,採用することができない。
また,申立人は,P1組合に加入する簡易宿所に宿泊する者だけが選挙
権の行使を許され,P1組合に加入しない簡易宿所に宿泊する者だけが選
挙権を剥奪される本件消除処分は憲法14条に違反する旨主張するが,特
定の簡易宿所の所在地をもって住民基本台帳法にいう申立人の住所と認め
ることができないことは以上説示のとおりであるから,申立人の上記主張
は,その前提を欠き,採用することができない。
オ申立人は,申立人の選挙権が制限されようとしている最大の理由は,公
職選挙法が選挙人名簿の被登録資格等について住所要件を規定しているか
らであり,申立人のような一定の投票区に生活の本拠を持ちながら当該投
票区内に一定の住居を持つことができない建設労働者の選挙権を保護する
ための法令が存在していない立法不作為の下において申立人らの選挙権を
制限することは,憲法15条に違反するものであって,申立人らβに生活
の本拠を置く建設労働者の選挙権を保護する法令が用意されていない以上,
住民基本台帳法にいう住所は,憲法15条が保障する選挙権を損なわない
ように解釈,運用されなければならず,申立人らβに生活の本拠を置く建
設労働者の選挙権を保護する法令が制定施行されるまで,γの所在地をも
って住民基本台帳法にいう住所と認めるべきであるといった趣旨の主張を
する。
前記のとおり,公職選挙法21条1項は,選挙人名簿の登録は,当該市
町村の区域内に住所を有する年齢満20年以上の日本国民(同法11条1
項若しくは252条又は政治資金規制法28条の規定により選挙権を有し
ない者を除く。)で,その者に係る登録市町村等の住民票が作成された日
(他の市町村から登録市町村等の区域内に住所を移した者で住民基本台帳
法22条の規定により届出をした者については,当該届出をした日)から
引き続き3箇月以上登録市町村等の住民基本台帳に記録されている者につ
いて行うと規定し,公職選挙法27条1項は,市町村の選挙管理委員会は,
選挙人名簿に登録されている者が同法11条1項若しくは252条若しく
は政治資金規正法28条の規定により選挙権を有しなくなったこと又は当
該市町村の区域内に住所を有しなくなったことを知った場合には,直ちに
選挙人名簿にその旨の表示をしなければならないと規定し,公職選挙法2
8条2号は,市町村の選挙管理委員会は,当該市町村の選挙人名簿に登録
されている者について,同法27条1項の表示をされた者が当該市町村の
区域内に住所を有しなくなった日後4箇月を経過するに至ったときは,こ
れらの者を直ちに選挙人名簿から抹消し,その旨を告示しなければならな
いと規定し,同法42条1項本文は,選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登
録されていない者は,投票をすることができないと規定し,同条2項は,
選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録された者であっても選挙人名簿又は
在外選挙人名簿に登録されることができない者であるときは,投票をする
ことができないと規定しているほか,同法9条2項は,日本国民たる年齢
満20年以上の者で引き続き3箇月以上市町村等の区域内に住所を有する
者は,その属する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有すると規
定し,同法43条は,選挙の当日(同法48条の2の規定による投票にあ
っては,投票の当日),選挙権を有しない者は,投票をすることができな
いと規定し,公職選挙法施行令29条1項は,選挙人名簿に登録されてい
る者は,他の市町村の区域内に住所を移した場合においてなお選挙権を有
するときは,当該他の市町村の選挙人名簿に登録されるまでの間,現に選
挙人名簿に登録されている市町村において投票をすることができると規定
している。このように,公職選挙法は,選挙人名簿の被登録資格の要件の
一つとして,引き続き3箇月以上当該市町村の住民基本台帳法に記録され
ていることを規定し,この住民基本台帳の記録は,記録された者が実際に
当該市町村の住民であるという事実に基づいた正当なものであることが必
要であるとされている上(前掲最高裁昭和58年(行ツ)第32号同年1
2月1日第一小法廷判決参照),地方公共団体の議会の議員及び長の選挙
については,選挙の当日(又は投票の当日)まで引き続き3箇月以上当該
市町村の区域内に住所を有することが選挙権の要件とされている(ただし,
当該市町村の区域内から引き続き同一都道府県の区域内に現実に住所を移
したものは,当該都道府県の議会の議員及び長の選挙権を引き続き有す
る。)。そうすると,生活の本拠と評価するに足りる一定の場所を定めず
に一時的な滞在場所を次々と変えていく者や,短期間のうちに市町村の区
域を越えて生活の本拠と評価するに足りる場所の移転を繰り返す者などは,
選挙人名簿に登録することができず,選挙権を行使する機会が得られない
ことになる。
確かに,憲法は,国民主権の原理に基づき,両議院の議員の選挙ないし
地方公共団体の長及びその議会の議員の選挙等において投票をすることに
よって国ないし地方公共団体の政治に参加することができる権利を国民に
対して固有の権利として保障しており,その趣旨を確たるものとするため,
国民に対して投票をする機会を平等に保障している。そして,自ら選挙の
公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別
として,国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず,
国民の選挙権又はその行使を制限するためには,そのような制限をするこ
とがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきであり,
そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使
を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でな
い限り,上記のやむを得ない事由があるということはできず,このような
事由がないにもかかわらず国民の選挙権の行使を制限することは,憲法1
5条1項及び3項,43条1項,44条ただし書並びに93条2項に違反
するといわざるを得ず,また,このことは,国が国民の選挙権の行使を可
能にするための所要の措置を執らないという不作為によって国民が選挙権
を行使することができない場合についても同様であるというべきである
(最高裁平成13年(行ツ)第82号,第83号,同年(行ヒ)第76号,
第77号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁参
照)。
しかるところ,公職選挙法9条2項が,地方公共団体の議会の議員及び
長の選挙について,選挙の当日(又は投票の当日)まで引き続き3箇月以
上当該市町村の区域内に住所を有することを選挙権の要件として規定して
いるのは,一定期間,一の地方公共団体の区域内に住所,すなわち,生活
の本拠(その人の生活に最も関係の深い一般的生活,全生活の中心)を有
する者について当該地方公共団体の政治に参加することができる権利を付
与する趣旨に出たものであって(最高裁昭和35年(オ)第84号同年3
月22日第三小法廷判決・民集14巻4号551頁参照),そのこと自体
は直ちに不合理であるということはできないから,その趣旨にかんがみれ
ば,同項の規定する要件に該当しないために地方公共団体の議会の議員及
び長の選挙に係る選挙権ないしその行使が制限されることとなったとして
も,そのことが憲法15条1項,3項,93条2項ないし憲法14条1項
に違反するといえるか否かについては,少なくとも慎重な検討を要すると
ころである。これに対し,公職選挙法21条1項が引き続き3箇月以上登
録市町村の住民基本台帳に記録されていることを選挙人名簿の被登録資格
の要件として規定しているのは,選挙直前の意図的な住民票の移動による
不正投票の防止を図るなど選挙の公正を確保する趣旨に出たものであると
ともに,同法27条1項,28条2号の規定と相まって,複数の市町村の
選挙人名簿に重複して登録される事態及びいずれの市町村の選挙人名簿に
も登録されない事態を可能な限り防止する趣旨に出たものと解されるとこ
ろ,そのこと自体は,同様に,直ちに不合理であるということはできない。
しかしながら,公職選挙法21条1項,27条1項,28条2号の規定の
趣旨,目的が選挙の公正を確保する等の観点から直ちに不合理であるとい
うことができないとしても,その結果,生活の本拠と評価するに足りる一
定の場所を定めずに一時的な滞在場所を次々と変えていく者や,短期間の
うちに市町村の区域を越えて生活の本拠と評価するに足りる場所の移転を
繰り返す者などは,選挙人名簿に登録することができず,これらの者は,
地方公共団体の議会の議員及び長の選挙のみならず,両議院の議員の選挙
についてまで,その選挙権ないしその行使が制限されることとなるのであ
る。そして,このような者が国民の中に少なからず存在することは公知の
事実であり,憲法は,これらの者についても,選挙権を国民固有の権利と
して保障するとともに,国民として投票をする機会を平等に保障している
ことはいうまでもないことにかんがみると,選挙の公正を確保しつつこれ
らの者の選挙権の行使を認めることができるような制度を構築することが
検討されるべきであり,そのために解決すべき問題が多く,立法技術上種
々の困難が存することは容易に推認されるところであるとしても,当該制
度の構築が事実上不能ないし著しく困難であると直ちに断ずることはでき
ない。そうであるとすれば,上記のような者の選挙権ないしその行使が制
限されることについてやむを得ない事由があると直ちにいうことができる
かについては疑問なしとしない。
もっとも,そうであるとしても,前記のとおり,住民基本台帳の制度は,
選挙人名簿の登録の基礎となるものであるにとどまらず,住民基本台帳に
住民の居住関係の事実と合致した正確な記録をすることによって,住民の
居住関係の公証,学齢簿の編成,国民健康保険,介護保険,国民年金,児
童手当等様々な行政事務処理の基礎とされるものであるほか,住民票に記
載されている住所は,本人確認情報を構成するものとして,同法に基づい
て構築される住民基本台帳ネットワークシステムを通じて,市町村の区域
を越えた住民基本台帳に関する事務の処理及び国の行政機関等に対する本
人確認情報の提供並びに公的個人認証サービスを行うための基礎となるも
のであって,このような住民基本台帳の制度の目的及び住民票における住
所の記載の意義等にかんがみると,前記のとおり,住民基本台帳法及び公
職選挙法において,住民基本台帳が選挙人名簿の登録の基礎とされ(住民
基本台帳法15条1項,公職選挙法21条1項),公職選挙法は,住民基
本台帳法15条2項に基づく市町村長からの住民票の消除の通知に基づい
て当該市町村の選挙管理委員会が選挙人名簿に公職選挙法27条1項の規
定による住所を有しなくなった旨の表示をすることを予定しているなど,
住民基本台帳の制度と選挙権ないしその行使とが法令上密接に関連付けら
れて規定されているとしても,選挙権ないしその行使の要件について定め
た公職選挙法の規定を適用することによって憲法上保障された選挙権ない
しその行使が制限されることとなる場合において,専らそのような結果を
回避するためにのみ,申立人の主張するように住民基本台帳法の規定を解
釈適用することは,かえって同法の定める上記のような住民基本台帳制度
の趣旨,目的を損なうものとして,許されないというべきである。
以上のとおりであるから,申立人について,γの所在地を住民基本台帳
法にいう住所と認めることができず,他に同法にいう住所,すなわち,客
観的に生活の本拠たる実体を具備していると認められる一定の場所(生活
の本拠)を見いだし難いとしても,申立人の選挙権ないしその行使を確保
するためにのみ,γの所在地をもって住民基本台帳法にいう住所と認める
ことはできないというべきであり,その結果,申立人について選挙権の行
使が制限される結果となるとしても,そのことのゆえに申立人について生
活の本拠たる実体を欠く住所が記載された住民票の消除をすることが憲法
15条等に違反し違法になると解することはできないというべきである。
したがって,申立人の前記主張は,採用することができない。
(2)本件消除処分と信義則の適用
ア申立人は,相手方は,βを生活の拠点とする建設労働者らについてγの
所在地を住所とする住民基本台帳への記録が長年の慣行として行われてき
たことを認めており,簡易宿所を住所とする住民基本台帳への記録ができ
ない者が多数いること,すなわち,γの所在地を住所とする住民基本台帳
への記録しかできない者が多数いることを数十年前から知っていたのであ
るから,在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件の最高裁判決(最高裁
平成13年(行ツ)第82号,第83号,同年(行ヒ)第76号,第77
号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁)が言い渡
された平成17年9月14日以降,立法及び行政の不作為によってβを生
活の拠点とする建設労働者らの選挙権を侵害することがないよう万全の対
策を進める憲法上の義務(憲法99条)を負っていたのであり,それにも
かかわらず,相手方は,前記前提となる事実(3)イのとおりこれら建設労働
者の1人が住民票を消除する処分の差止訴訟を提起したことを契機として,
簡易宿所を住所とする住民基本台帳への記録の方法を周知したにすぎず,
他方で,申立人は,βという一定の投票区内に生活の本拠を有するから,
申立人の選挙権の行使を認めても,選挙の正確性が乱れる可能性はなく,
したがって,申立人の選挙権の行使は選挙無効の原因にはならないのであ
り,専ら相手方の上記の不作為ないし過失行為(注意義務違反)によって
申立人のこのような選挙権の行使が制限されようとしているのであるから,
本件消除処分は憲法15条に違反する,といった趣旨の主張をする。
イ確かに,前記認定事実に加えて疎甲2,3,疎甲5の1,2,疎乙1,
13等によれば,申立人の場合と同様にγの所在地を住所として住民基本
台帳に記録されている者は平成18年12月当時において3000人を超
えており,平成19年3月26日当時においてもなお2000人を超えて
いたところ,西成区役所においては,敷地約44平方メートルの上に建て
られた鉄骨陸屋根造5階建建物にすぎないγの所在地を住所とする住民票
が数千人規模に及ぶ著しく多数の者について調製されている事実をかなり
以前から認識していながら,平成18年12月上旬ころ当該事実が報道さ
れるまで,これらの者の居住実態等について住民基本台帳法34条に基づ
く調査を行ったことはなく,同法14条1項の規定による届出義務者に対
する届出の催告その他住民基本台帳の正確な記録を確保するため必要な措
置を講じたりすることもなく,少なくとも上記の事態を黙認していた事実
が一応認められる。のみならず,上記疎明資料等によれば,申立人を始め
βを拠点として建設現場等での日雇労働に従事する者に対し西成区の職員
においてγの所在地を住所とする転居届等をするよう促した例もあった様
子がうかがわれないでもない。そして,これらの背景事情としては,これ
らの建設労働者の多くが,申立人の場合と同様に,主としてβにおいて求
職活動を行った上大阪近郊ないし遠方の建設現場等で稼働し,遠方の建設
現場等で稼働する際にはいわゆる飯場生活を余儀なくされるものの,それ
以外は簡易宿所の空き部屋に宿泊するなどして仕事に赴くといった態様の
生活をしており,住民基本台帳制度の適用上これらの者の住所の認定につ
いての取扱いが必ずしも明らかでなかったところ,これらの者が雇用保険
法の定める日雇労働求職者給付金の支給を受ける前提となる日雇労働被保
険者手帳の交付を受けるためには,雇用保険法施行規則72条により日雇
労働被保険者資格取得届に住民票の写し又は住民票記載事項証明書を添え
て管轄公共職業安定所の長に提出しなければならないとされていることや,
国民健康保険法5条により国民健康保険の被保険者資格として市町村の区
域内に住所を有することが規定されていることなどから,便宜上の措置と
して,長期間にわたり,γの所在地を住所とする転入届等を少なくとも黙
認してきたことが考えられる。
しかるところ,前記疎明資料等によれば,西成区長は,平成18年12
月上旬ころγの所在地を住所として住民基本台帳に記録されている者は3
000人を超えている旨の報道がされたことを契機として,これらの住民
票の記載が居住の実態を欠くものであり,これを是正しないまま平成19
年4月に予定される本件選挙等を施行すれば,選挙無効原因ともなり得る
ことから,その告示までに住民基本台帳の記録を住民基本台帳法の規定に
従った適正なものに是正する措置をとる必要があると判断し,居住の実態
を欠く住民票の消除処分に向けた手続を進め,前提となる事実(4)オのとお
り,同年3月29日付けで,γの所在地を住所として住民基本台帳に記録
されている者のうち上記手続を経て居住の事実が確認されない者について,
住民票の職権による消除をした事実が一応認められる。
ウ前記(1)において認定説示したとおり,申立人はγの所在地に生活の本拠
を有するとは認められないから,西成区長は,住民基本台帳法8条,住民
基本台帳法施行令12条3項の規定に基づき,職権により申立人に係る住
民票の消除をすることができることになるが,住民票の消除がされると,
申立人について選挙人名簿に公職選挙法27条1項の規定による住所を有
しなくなった旨の表示がされて平成19年4月8日に施行される予定の本
件選挙等において投票することが事実上不可能となるなど,その選挙権の
行使が制限されるという回復困難な不利益を受けることになる。
他方で,前記イにおいて認定した事実によれば,上記選挙を目前にして
西成区長において申立人に係る住民票を始めγの所在地を住所とする住民
票について職権による消除処分を含めた是正措置をとることを余儀なくさ
れた経緯については,大阪市(西成区)において,住民基本台帳制度の趣
旨,目的及び申立人ら建設労働者の生活の実態を踏まえた適正な住所の認
定についての取扱いを定め,同法3条1項に規定する住民に関する正確な
記録が行われるように努めるとともに住民に関する記録の管理が適正に行
われるように必要な措置を講ずるよう努めることや,同法14条1項に規
定する届出義務者に対する催告その他住民基本台帳の正確な記録を確保す
るため必要な措置を講ずることを怠り,長年にわたりこのような居住の実
態を欠く住民票の記載等を便宜上の措置として少なくとも黙認してきた事
実が挙げられるのである(申立人自身,前提となる事実(4)エの仮の差止め
申立て事件の審尋において,γの所在地を住所とする転入届をするに際し
西成区の担当職員からγへの住民登録を容認する趣旨のことを言われた旨
陳述しているところである。)。
しかしながら,前記(1)において説示したとおり,前記事実関係の下にお
いては,申立人について,住民基本台帳法にいう住所,すなわち,客観的
に生活の本拠たる実体を具備していると認められる一定の場所(生活の本
拠)を見いだし難いのであるから,本件消除処分がされることにより申立
人について選挙権の行使が制限されることとなるとしても,そのような不
利益は,専ら本件消除処分に起因するものというよりはむしろ選挙権ない
しその行使の要件について選挙の公正確保等の観点から公職選挙法が採用
した前記のような規定のあり方に主として起因するものということができ
る。
他方で,選挙管理委員会が選挙人名簿に登録されている者について住民
基本台帳法にいう住所,すなわち生活の本拠でない場所を住所とする住民
票の記載がされている事実を知った場合又はそのような記載がされている
と疑うべき事情が存在する場合,職権による当該住民票の消除及びその旨
の当該市町村長からの当該選挙管理委員会に対する通知がされていなくて
も,当該選挙管理委員会において,同法21条4項,公職選挙法施行令1
0条の2の規定する被登録資格についての調査義務を尽くさず,公職選挙
法27条1項の規定による住所を有しなくなった旨の表示をせずにその者
の投票を認めることは,選挙の管理執行の手続に関する規定に違反するも
のとして,選挙無効の原因となると解する余地がある。前記認定事実によ
れば,γの所在地を住所として住民基本台帳に記録されている者の少なく
とも大部分が同所に生活の本拠を有していない蓋然性が高く,しかも,そ
の事実が報道されていたというのであるから,西成区選挙管理委員会にお
いてこのような者につき同法27条1項の規定による住所を有しなくなっ
た旨の表示をせずに本件選挙等におけるその投票を認めるとすれば,選挙
の管理執行の手続に関する規定に違反するものとして,選挙無効の原因と
なると解する余地があるというべきである。のみならず,これを申立人に
ついてみても,前記のとおり,本件事実関係の下においては,申立人につ
いて,住民基本台帳法にいう住所,すなわち,客観的に生活の本拠たる実
体を具備していると認められる一定の場所(生活の本拠)を見いだし難い
というのであるから,西成区選挙管理委員会は,申立人について選挙人名
簿への公職選挙法27条1項の規定による住所を有しなくなった旨の表示
及び同法28条2号の規定による選挙人名簿からの抹消をすべきであり,
そのような措置を講じることなく申立人について選挙における投票を認め
た場合には,選挙の管理執行の手続に関する規定に違反するものとして,
選挙無効の原因となると解される。この点,申立人は,前記のとおり,β
という一定の投票区内に生活の本拠を有するから,申立人の選挙権の行使
を認めても,選挙の正確性が乱れる可能性はなく,したがって,申立人の
選挙権の行使は選挙無効の原因にはならない旨主張するが,当該主張は,
その前提を欠き,採用することができない(なお,上記のとおり,公職選
挙法が選挙の公正等の観点から選挙人名簿の被登録資格等について住所要
件を規定する立法政策を採用している結果,申立人のように生活の本拠と
評価するに足りる一定場所を見いだし難い者や短期間のうちに市町村の区
域を越えて生活の本拠と評価するに足りる場所の移転を繰り返す者等の選
挙権の行使が制限されることとなる。しかしながら,前記のとおり,公職
選挙法9条2項が,一定の期間,一の地方公共団体の区域内に住所,すな
わち,生活の本拠を有する者について当該地方公共団体の政治に参加する
ことを保障する趣旨から,地方公共団体の議会の議員及び長の選挙につい
て選挙の当日(又は投票の当日)まで引き続き3箇月以上当該市町村の区
域内に住所を有することを選挙権の要件として規定していること自体につ
いては,直ちに不合理ということができず,また,公職選挙法21条1項
が,選挙直前の意図的な住民票の移動による不正投票の防止を図るなど選
挙の公正を確保するとともに,同法27条1項,28条2号の規定と相ま
って,複数の市町村の選挙人名簿に重複して登録される事態及びいずれの
市町村の選挙人名簿にも登録されない事態を可能な限り防止する趣旨から,
引き続き3箇月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されていることを選
挙人名簿の被登録資格の要件として規定していること等自体は,直ちに不
合理であるということはできない。そうであるとすれば,これらの規定が
設けられていることの結果として,申立人のように生活の本拠と評価する
に足りる一定場所を見いだし難い者等について選挙権の行使が制限される
こととなるとしても,これらの者が選挙権を行使することができるような
制度が構築されていないことについての憲法適合性ないしそのような制度
を欠く選挙制度の下において施行された選挙の効力を問題にする余地があ
ることは別として,そのことから直ちに公職選挙法9条2項,21条1項,
27条1項及び28条2号の規定が憲法15条1項,3項,93条2項な
いし憲法14条1項に違反すると断じることはできない。そうである限り,
申立人を含めて当該市町村の区域内に住民基本台帳法にいう住所を見いだ
し難い者については,その者が他の市町村の区域内にも住所を見いだし難
いものであるか否かを問わず,当該市町村の選挙管理委員会において公職
選挙法27条1項,同法28条2号所定の措置を講じなければならないの
であり,そのような措置を講じることなく選挙における投票を認めた場合
は,選挙の管理執行の手続に関する規定に違反するものとして,選挙無効
の原因となるといわざるを得ない。)。
以上のとおり,本件消除処分により申立人は平成19年4月8日に施行
される予定の本件選挙等において投票することが事実上不可能となるなど,
その選挙権の行使が制限されるという回復困難な不利益を受けることにな
り,他方で,上記選挙等を目前にして西成区長において申立人に係る住民
票を始めγの所在地を住所とする住民票について職権による消除処分を含
めた是正措置をとることを余儀なくされた経緯については,大阪市(西成
区)において,住民基本台帳法3条1項や14条1項に規定する必要な措
置を講ずることを怠り,長年にわたりこのような居住の実態を欠く住民票
の記載等を便宜上の措置として少なくとも黙認してきた事実が認められる
ものの,申立人の不利益は,主として公職選挙法が選挙の公正の確保等の
観点から選挙人名簿の被登録資格等について住所要件を規定した立法政策
に起因するものということができるのであって,上記のとおり当該立法政
策の憲法適合性等については別途検討する余地があるものの,当該不利益
が専ら本件消除処分に起因するものということはできないのであり,他方
で,申立人を始めγの所在地を住所として住民基本台帳に記録されている
者について公職選挙法21条4項,公職選挙法施行令10条の2の規定す
る被登録資格についての調査義務を尽くさず,公職選挙法27条1項の規
定による住所を有しなくなった旨の表示をせずにその者の投票を認めるこ
とは,選挙の管理執行の手続に関する規定に違反するものとして,選挙無
効の原因となると解する余地があるというべきであることにかんがみると,
本件消除処分により侵害される申立人の選挙権を行使する権利が憲法によ
って保障された国民の重要な権利であることなどをしんしゃくしてもなお,
住民に関する記録を正確かつ統一的に行うという住民基本台帳制度の目的
及び選挙の適正な執行という要請を犠牲にしても本件消除処分を取り消さ
なければ憲法15条の趣旨を没却し,正義に反するといえるような特別の
事情があるとまでいうことはできず,本件消除処分について信義則の法理
の適用等を考える余地はないといわなければならない。
エ以上のとおりであるから,申立人の前記アの主張を採用することはでき
ない。
(3)以上によれば,本件申立てについては,行政事件訴訟法25条4項後段に
いう「本案について理由がないとみえるとき」に当たるというべきである。
第4結論
以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,本件申立ては理由がない
から,これを却下すべきである。
よって,主文のとおり決定する。
平成19年4月3日
大阪地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官西川知一郎
裁判官岡田幸人
裁判官石川慧子

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