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平成21年10月29日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成19年(ワ)第17470号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成21年7月30日
判決
原告A
原告B
原告ら訴訟代理人弁護士森谷和馬
被告C
同訴訟代理人弁護士小西貞行
同寺西康一郎
同訴訟復代理人弁護士伊藤友哉
主文
1被告は,原告Aに対し,220万円及びこれに対する平成18年4月13日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告Aのその余の請求及び原告Bの請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,これを20分し,その1を被告の負担とし,その余は原告らの
負担とする。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告は,原告Aに対し,3386万6184円及びこれに対する平成18年
4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告Bに対し,1500万円及びこれに対する平成18年4月13
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,患者が被告の開設する病院に腹痛を訴えて受診し入院した後に死亡
したことにつき(後述のとおり死因については争いがある,患者の相続人。)
である原告らが,被告には,患者が絞扼性イレウスであることを疑い診察や検
査をすべき義務があるのに,これを怠った過失があるなどと主張して,被告に
対し,不法行為(民法709条)に基づき損害賠償を求めている事案である。
1前提事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがなく,その他の事実
は各項に掲記した証拠により容易に認定できるか,当裁判所に顕著である)。
(1)当事者等
ア(ア)原告A及び原告Bは,それぞれDの兄及び姉である。Dの法定相
続人は,原告両名以外にはいない(甲C1ないし11。)
(イ)Dは,昭和6年a月b日生まれの女性であり,平成18年c月d
日に死亡した(死亡時74歳。甲A1。)
イ被告は,東京都渋谷区内でE病院という名称の病院(以下「被告病院」
という)を開設している医師である。。
被告病院は,第二次救急医療機関(入院治療を必要とする重症救急患者
の医療を担当する医療機関)として,東京都知事により指定された病院で
ある(甲C12,被告本人13頁。)
(2)被告病院における診療経過等の概要
アDは,平成18年c月d日(以下,同日の出来事については時刻のみで
示す)午前2時35分ころ,救急車で被告病院に搬送され,当直医であ。
るF医師の診察を受けたが,点滴投与後に徒歩で帰宅した。
イDは,午前5時45分ころ,再び救急車で被告病院に搬送された。
ウDは,午前9時50分ころ,看護師同伴でトイレに行ったところ,トイ
レで意識を消失してショック状態となった。
エDは,午後2時31分に死亡した。
(3)原告Bは,原告Aに対し,平成20年12月18日,被告に対する本
件損害賠償請求権を譲渡し,同月27日に被告に同譲渡を通知した(甲C1
4ないし16。)
原告Bは,平成20年12月18日付け「訴えの取り下げ書」により,本
件訴訟について訴えの取下げをしたが,被告はこれに同意しなかった(当裁
判所に顕著な事実。)
2争点及び争点に関する当事者の主張
(1)Dの死因
(原告らの主張)
Dの死因は,東京都監察医務院剖検記録等一式(以下「剖検記録等」とい
う。乙A5)に記載されているとおり,絞扼性イレウスである。
(被告の主張)
ア死因については不知。
イ剖検記録等には,次のとおり不合理な記載がある。
(ア)5cm内外の紐状の索状物が存在するとの記載がある(乙A5・
2枚目。しかしながら,生理的に腹部にこのような索状物が認められ)
ることはなく,認められるのは開腹手術の既往がある場合のみであると
ころ,Dには腹部開腹の既往はないのであるから,そのような紐状索状
物が存在することはあり得ない。
(イ)また,下部結腸が約1.5mにわたり捻転との記載がある(乙A
5・2枚目。しかしながら,剖検記録等の写真において,壊死部分は)
いずれも回腸部分であり,大腸である結腸ではない(乙A5・8,9枚
目。また,壊死している回腸部分は,自然に捻転を生ずることはない)
のであり,捻転との記載は不合理である。
,。ウ次のとおりDの死因として上腸間膜動脈塞栓の可能性も否定できない
(ア)腸が壊死している場合には,血管を検索して血栓の有無を調べ,
塞栓を原因とする壊死を除外することが必要であるが,剖検記録等では
血管を検索した記載が認められず,剖検記録等によっては血栓性の塞栓
を死亡原因から除外することができない。
(イ)一般的に心臓が肥大している場合には不整脈が生じやすく,不整
脈がある場合には血栓が生じやすいところ,Dは,心臓の重量が334
gと通常より肥大していることが認められる。また,Dは,午後1時5
0分ころ,右半身に麻痺が出現しているが,この麻痺は血栓が動脈によ
り脳に達し,脳において梗塞を引き起こしたことの所見であると疑われ
る。
Dの心臓肥大,午後1時50分ころの脳梗塞とも疑われる症状所見か
ら見て,Dの血管系には他にも血栓が生じており,その血栓が上腸間膜
動脈において塞栓を起こし,上腸間膜動脈が支配する回腸部を壊死させ
てショック状態を引き起こした可能性がある。
エ以上のとおりであるから,剖検記録等は,その記載自体から絞扼性イレ
ウスと確定診断するには不十分な記載にとどまるばかりか,排除すべき血
栓性の塞栓について十分な検索を行っていないのであるから,Dの死亡原
因を絞扼性イレウスとする証拠とはならない。
(原告らの反論)
ア下部結腸は単なる誤記であること
剖検記録等の「下部結腸」は単なる誤記であり,下部小腸と読み替える
べきである。すなわち,剖検記録等の写真(乙A5・8,9枚目)には壊
死した小腸管が写っていること,膀胱付近の腸壁前壁から腸間膜にかけて
5cm内外の紐状の索状物が存在しているとの記載があること,この索状
物を中心に腸が捻転していること,消化管についての記載(乙A5・12
枚目)には,索状物の位置や捻転した部位が記載され,そこに「下部小腸
.」,「」15mと記載されていることなどから捻転しているのが下部結腸
ではなく「下部小腸」であることは明らかである。,
イ上腸間膜動脈血栓症ではないこと
上腸間膜動脈血栓症であるとの被告の主張を裏付ける医学文献は提出さ
れておらず,Dが不整脈を起こしたこと,そのために血栓が形成されたこ
と,更にその血栓が上腸間膜動脈を閉塞したことを具体的に裏付けるもの
はなく,極めて抽象的なレベルでの一つの仮説にすぎない。
(2)診察・検査義務違反の有無
(原告らの主張)
ア次の事情に照らすと,被告は,午前9時50分ころのショック状態に対
する診察でイレウス,特に絞扼性イレウスを念頭に置いて,造影CT検査
を実施すべきであった。
(ア)午前9時50分ころのDの状態からイレウスが疑われた。
aDは,2度の救急外来(午前2時35分ころ及び午前5時45分こ
ろ)において,腹痛を訴えて受診し,それまで3日間便通がなく,鎮
痛剤の投与後に腹痛が再発したことから,急性腹症の一つであるイレ
ウスも鑑別診断の候補として挙げられるべきである。
bイレウスは,Dのような高齢者の急性腹症の中でも頻度の高い疾患
である。また,イレウスの中でも絞扼性イレウスは救命のために緊急
,,手術が必須となる重要な疾患であるから腹痛を訴える患者について
イレウスは最も優先して鑑別すべき疾患の一つとされている。
cイレウスで見られる症状はまず腹痛であり,更に悪心・嘔吐,排便
・排ガスの停止,腹部膨満などであるところ,Dの場合,腹痛と排便
・排ガスの停止は明らかであり,最初の外来受診で制吐剤のナウゼリ
ンが処方されていることから嘔吐か少なくとも嘔気はあったと考えら
れる。腹部膨満について看護師作成の温度板に腹痛と腹部膨満がいず
れも(+)と記録されており,入院時に腹部膨満があったと考えられ
る。
dDは,午前9時50分ころに,車いすで向かったトイレで意識を消
失し,チアノーゼが見られ,血圧は測定不能であった。急性腹症の患
者がショック状態に陥ったのであるから,深刻な状態である。急性腸
炎や便秘症でこのようなショックが起こるとは考えられないので,他
の重篤な疾患が隠れていると考えざるを得ない。
(イ)次の検査結果は,絞扼性イレウスに見られる所見であった。
(),,a腹部エコー検査腹部超音波検査では腹水が認められているが
腹水は絞扼性イレウスに見られる所見である。
b血液検査の結果からは,白血球数が21200/mmと一般論と3
して感染ないし炎症が疑われるだけでなく,著明な増加は絞扼性イレ
ウスの所見でもある。
c生化学検査でLDH(乳酸脱水素酵素)が高いのは,腸管の壊死,
すなわち絞扼性イレウスに見られる所見である。
d血液ガス検査では代謝性アシドーシスが明らかであるが,これも腸
管壊死ひいては絞扼性イレウスの所見である。
(ウ)次の所見は絞扼性イレウスを否定する根拠とならない。
a午前10時ころの時点では,触診の結果,筋性防御やブルンベルグ
徴候はなかったとされる。しかしながら,これらの所見は腹膜炎で見
られるもので,所見がないことがイレウス自体を否定する根拠になる
わけではない。
b胸部・腹部レントゲン写真ではイレウスを示唆する所見がなかった
とされる。しかしながら,イレウスで特徴的な鏡面像(ニボー)は立
位で撮影した場合に認められる所見であり,臥位の撮影でそれがなか
ったとしてもイレウスを否定することはできない。また,絞扼性イレ
ウスでは,腸管内のガス像が見られないこともあり,腸管の拡張像も
発症の後期に見られる現象である。
イまた,上記アの各事情に加えて次の事情に照らすと,被告は,午後0時
前に強い腹痛の訴えを知った時点でDを診察し,また,腹部エコー検査や
腹部造影CT検査を行うべきであった。
(ア)被告の診察が終わった午前10時30分の時点でも,Dの意識レ
,,,,,ベルが低下したままで全身の脱力感頻呼吸末梢の冷感顔色蒼白
爪甲チアノーゼ,低血圧などのショック症状があった。
(イ)その後Dの意識レベルはやや改善し,血圧も上昇したものの,四
肢の冷感は変わらず,家族に繰り返し腹痛を訴えていた。午後0時少し
前の強い腹痛の痛みについて,看護師はその旨を被告に上申したが被告
は自ら診察せず,ソセゴン(非麻薬性鎮痛薬)とアタラックスP(抗不
安薬)の投与を指示した。しかしながら,ソセゴンを投与する際に被告
が自ら聴診・触診をすべきであり,もしそれを行っていれば,腹部膨満
だけでなく,筋性防御やブルンベルグ徴候といった腹膜炎の症状が見ら
れた可能性がある。
(ウ)また,腹部エコー検査も実施すべきであり,それをしていれば,
イレウスの徴候が確認できたと思われる。更に造影CT検査を行ってい
れば,より明確に絞扼性イレウスの診断が可能であった。
ウさらに,上記ア,イの各事情に加えて次の事情に照らすと,被告は,午
後0時20分と午後1時の時点でもDを診察すべきであった。
(ア)午前11時55分ころにソセゴンを筋注されているにもかかわら
ず,午後0時20分の時点では,Dに鎮痛剤が効果を上げない強度の腹
痛が続いていた。
()。イ午後0時20分と午後1時にはDにはショックの症状が見られた
,。エそれにもかかわらず被告は上記アないしウの診察・検査義務を怠った
(被告の主張)
ア次の事情に照らせば,被告に腹部造影CT検査を行うべき注意義務はな
かった。
(ア)Dは重篤なショック状態であったこと
Dは,午前9時50分にトイレにおいて意識を消失しショック状態に
陥った後死亡に至るまで,一貫して重篤なショック状態にあった。すな
わち,被告が報告を受けて駆けつけた際,Dはショック状態にあり,被
,。,告は抗ショック療法を最優先事項として治療に当たった具体的には
午前10時ころ,Dは血圧測定不能状態にあり,心肺機能の維持のため
に酸素吸入,血圧低下に対するイノバン(強心薬,カテコールアミン系
薬剤)の点滴投与によるショック状態からの離脱を図った。
抗ショック療法により,午前10時30分には血圧が110/70m
mHg(以下,血圧については,単位を省略して数値のみで示すことが
ある。また,収縮期血圧と拡張期血圧については,これらを/で区切る
形式による)に上昇し,一時的には意識の改善が見られたが,その後。
の意識は傾眠混濁状態で血圧70mmHg,午後1時には78mmHg
という数値であった。午後1時50分には意識レベルはⅢ−300と混
濁状態に陥った。
被告は,イノバン投与について,常に適正な滴数を維持するために,
随時Dの全身状態を観察した上で,看護師等に指示を出し,イノバン投
,。与量を調節していたがショック状態から脱しきることはできなかった
(イ)Dにはイレウスを疑わせるような症状所見はなかったこと
aDは,午前2時35分ころ,腹痛を訴えて被告病院を受診するも,
ブスコパン(鎮痙薬)投与により腹痛が軽減し,徒歩により帰宅して
いる。また,Dは,午前5時45分ころ,再度腹痛を訴えて被告病院
を受診しているが,ソセゴンの投与により,腹痛が軽減している。イ
レウスの所見としての腹痛は,口もきけないほどの痛みであり,鎮痛
剤を打ったとしても治まらないが,ブスコパンでも効果がある程度の
痛みであり,また,Dは口頭で痛みを訴えることができたのであるか
ら,イレウスの症状としての腹痛とは明らかに異なっている。
b午前10時ころ,Dには,腹部レントゲン画像においてニボーは存
在せず,腹部エコー検査においてもイレウスを疑わせる所見はなく,
触診すると腹部は軟らかく,筋性防御は認められず,聴診においては
閉塞音といった異常音はなく,腹痛があったものの口がきける程度で
,。あり一般的なイレウス時の腹痛には明らかに及ばないものであった
c午前10時以降においても,被告は全身状態を診察する上で触診及
び聴診を行っているが,イレウスを疑わせるような症状所見はなかっ
た。
(ウ)以上のような重篤なショック状態の下で,酸素吸入及びイノバン
投与による状態維持を図る緊迫した中では,ショック状態に対する対症
療法により生命維持を図ることが唯一の治療法である。
また,ショック状態が何らかの原因に基づく二次性のものであり,シ
ョック状態からの根本的な離脱を図るには,原因検索目的の検査を行う
ことが想定されるとしても,そもそも検査に耐えられないほどに深刻な
ショック状態において検査を行えば,患者の状態は更に悪化し死亡に至
る可能性が高まるだけで,検査の意味はない。Dは,まさにそのような
深刻なショック状態にあったのであり,原因検索のため2階の病室から
1階のCT検査室まで移動させた上で,造影CT検査などを行い,約3
0分にわたり抗ショック療法を中断することは,かえって患者の全身状
態の悪化を来すのみである。
さらに,造影剤は肝臓及び腎臓により代謝され体外に排出されるとこ
ろ,ショック状態の下では,血流量・尿量が減少し,腎臓による代謝機
能が低下していることから,造影剤の代謝が滞り,身体に対する悪影響
が生ずるため,造影剤投与はむやみにされるべきものではない。
(エ)仮に,イレウスが強く疑われるとしても,死の危険がある重篤な
ショック状態の下ではまずは抗ショック療法をとるしかない。
イ被告は重篤なショック状態にあるDの全身状態を随時診察していたので
あるから,原告らの主張はその前提を誤ったものというべきである。
(3)因果関係の有無
(原告らの主張)
次の事情に照らすと,被告が適切な経過観察・診察を怠らず,急性腹症の
,,疑いから適宜必要な検査を行って絞扼性イレウスの疑いをもつかあるいは
確定診断をして緊急開腹手術を実施すれば,Dの救命は可能であった。
ア絞扼性イレウスに対しては,緊急開腹手術が唯一の救命手段とされてい
るが,文献によると約8000例に上るイレウスの手術症例の分析では,
絞扼性イレウスの死亡率は7.4%という数字が示されており,その大多
数は開腹手術によって救命されている。また,高齢者の場合,確定診断に
至る前に手術に踏み切ることも必要と指摘されており,絞扼性イレウスと
確定診断した場合はもちろんのこと,その疑いを抱いた時点でも緊急開腹
手術に踏み切るべきである。
イ被告病院は第二次救急医療機関として指定された病院であるから,絞扼
性イレウス患者を他の医療施設に転送することなく開腹手術をすることが
可能であり,緊急開腹手術は決定してから最大でも2時間以内に可能であ
った。しかも,被告は,消化器外科の専門医であるから,主治医がそのま
ま手術に当たることになり,緊急開腹手術を実施するについては良い条件
がそろっていた。
ウ被告がDの診察をした午前10時ころの時点では,腸の蠕動音が聴取さ
れたというから,まだ腸管の動きはあったことになる。また,腹部には筋
性防御やブルンベルグ徴候は見られなかった。これらはイレウス自体の所
見ではなく,腹膜炎が起きている場合の所見である。したがって,午前1
0時ころの時点では,イレウスは発症していたものの,腸管の炎症が腹膜
にまで達する重篤な状態ではなかった。
(被告の主張)
一般論として,絞扼性イレウスは,複雑性イレウスの一つであり,急速に
病状が悪化することは論を待たない。また,被告病院では,造影CT検査に
約30分の時間を要し,消化器外科の緊急開腹手術を決定してから執刀開始
まで最大2時間を要する。
午前10時ころから腹部造影CT検査を約30分かけて行った上で,午前
10時30分ころ絞扼性イレウスと確定診断し,又はそれを疑って開腹手術
を決定したとしても,実際に開腹手術を開始するのは遅ければ午後0時30
分ころになる。
Dは,午前9時50分ころにショック状態に陥っており,このころには既
に回腸の壊死は始まり,急速に腸管壊死が悪化し,午後0時30分ころには
救命不可能であった。開腹手術の決定から開始まで速やかに準備が整ったと
しても,Dを救命できた可能性は著しく低い。
したがって,仮にDの死亡原因が絞扼性イレウスであったとして,午前1
0時30分の時点で開腹手術を決定したとしても腸管壊死の進行が速く,予
後不良であり,死亡は避けられなかったというべきである。
(4)原告らの損害
(原告らの主張)
ア原告Aの損害
原告Aの損害は,次の(ア(イ)記載の金額を合計した3386万),
6184円である。
(ア)Dの損害賠償請求権の相続
Dの相続人である原告らは,次のa,b記載の各金額の合計額を法定
相続分に従い相続した上,原告Aは,原告Bから,原告Bの被告に対す
る本件損害賠償請求権(Dの損害賠償請求権を相続した分を当然に含
む)を譲り受けた。。
a逸失利益628万7440円
Dには,老齢基礎厚生年金として年間151万4360円の収入が
あった。Dは死亡当時74歳であったが,平均余命は15.83年で
あるから,余命15年に相当するライプニッツ係数10.3797を
適用し,生活費控除率を60%として逸失利益を計算すると,次のと
おりである。
(計算式)
151万4360円×(1−0.6)×10.3797=628万
7440円(小数点以下切り捨て)
b慰謝料2300万円
D本人の死亡慰謝料は,少なくとも2300万円を下らない。
(イ)原告A固有の損害
a葬儀費用150万円
b弁護士費用307万8744円
イ原告Bの損害
D本人の死亡慰謝料は少なくとも3000万円を下らないところ,原告
Bは,その2分の1を相続したので,原告Bの損害は1500万円である
(なお,原告Aの主張と整合しないが,原告Bが原告Aに対し,被告に対
する本件損害賠償請求権を譲渡した後に,原告Aについてのみ損害に関す
る主張が変更され,原告Bの損害に関する主張は従前の主張から変更され
ていないためである。。)
(被告の主張)
争う。
第3当裁判所の判断
1被告病院における診療経過等
前記前提事実(2,当事者間に争いのない事実のほか,後掲の証拠によれ)
ば,Dの被告病院における診療経過等について,次の事実が認められる。
(1)1回目の救急受診
Dは,午前2時35分ころ,救急車で被告病院に搬送され,当直医として
,,。診察を担当したF医師に対し腹痛があり3日間便が出ていないと話した
Dの体温は35.2度,下腹部に疼痛があり,腸蠕動音は亢進していたが,
筋性防御はなかった。Dはブスコパンの点滴投与を受け,ナウゼリン,ダイ
ピン,レベニンの処方を受けた。点滴終了後,腹痛が改善したので,Dは徒
歩で帰宅した(前記前提事実(2)ア,乙A1・7頁。)
(2)2回目の救急受診
Dは,午前5時45分ころ,腹痛が再発したため,再び救急車で被告病院
,。,.に搬送されF医師の診察を受けたDの血圧は108/52体温は35
6度であった。ブスコパンの点滴投与に加え,ソセゴンの筋注を受けた(前
記前提事実(2)イ,乙A1・7頁。)
,,,なおカルテ上症状の推移について詳細に問診がされた形跡は見られず
腹部所見についても特に記載されていない(争いなし。)
Dは点滴終了後,通常外来診察開始時間まで病棟で過ごし,午前9時15
分ころ,外来ナースステーションに収容された(乙A1・7,9頁。)
(3)午前9時50分ころから入院までの経過
ア午前9時50分ころ,Dは車いすに乗り,看護師同伴でトイレに入った
が,そこで努責をかけたところ,徐々に意識を消失してショック状態とな
り救急外来に搬送された(乙A1・7,9頁。)
イ午前10時ころ,看護師から報告を受けて駆けつけた被告がDの診察に
当たった。Dは,腹痛を訴え,呼応反応はあったが,血圧は測定不能でチ
アノーゼが認められた。そのころからラクテック,午前10時10分ころ
からはイノバンが点滴投与され,午前10時15分ころからは酸素マスク
を使って酸素が毎分5ℓで投与された。Dは,そのまま被告病院に入院す
ることとなった(乙A1・7,9頁,被告本人1,2頁。)
(4)被告病院入院後の診療経過等
ア入院時の意識レベルはJCSⅡ−30∼Ⅲ−100(JCSはジャパン
コーマスケールの略であり,刺激に対する覚醒の程度を3群に分け,更に
各群を3段階に細分し,数字により意識障害程度を表現したもの。Ⅱ−3
0は,痛み刺激を加えつつ呼び掛けを繰り返すとかろうじて開眼する,Ⅲ
−100は,払いのける動作をするという程度を示す。南山堂医学大辞典
〔第19版〕103頁参照)で,体温34.2度と低体温であり,血圧に
ついては聴診できないほど脈圧が弱く,末梢冷感著明,顔色蒼白,爪甲チ
アノーゼも認められたが,イノバン投与で徐々に血圧が上昇してきた。入
院後の被告の診察時に,Dは,意識正常であり,下腹部痛を訴えていた。
,,,そして下腹部に軽度の圧痛があったが触診では腹部は全体に軟らかく
筋性防御もブルンベルグ徴候も認められず,腸蠕動音が聴取され,腸閉塞
音はなかった。また,このころ看護師によりDの腹部が膨満していること
が確認されている。
午前10時39分に腹部レントゲン撮影,同40分に胸部レントゲン撮
影がともに臥位で行われ,また,同59分ころから午前11時6分ころに
かけて腹部エコー検査が行われた。レントゲン写真からはイレウスをうか
,。がえる所見は認められなかったが腹部エコー検査では腹水が認められた
さらに,そのころ,血液検査と心電図検査が行われ,血液検査では,白血
球数が21200/mmと顕著に上昇していた(乙A2・7,8,9−3
1,9−2,11−1ないし11−3,18ないし20頁,乙A3,乙A
4,被告本人8,29頁。)
イ血液ガスの検査が行われ,その結果,PaCOが35.8Torr,2
PaOが155Torr,SpOが97%であり,酸素状態がやや改善22
したことから,午前11時20分ころ,酸素投与量が毎分2ℓに変更され
た。また,同検査では,pH(体液の水素イオン濃度。基準値は7.40
±0.05)が6.831,HCO(血漿重炭酸イオン。基準値は2。3

4±2)濃度が6.0mEq/ℓ,BE(塩基過剰。基準値は0±2)。。
が−28mEq/ℓであった(乙A2・9−1,14,18頁。)
そのころ,Dは,意識レベルが回復し,問い掛けに対しての返答がしっ
かりしていた。Dの四肢は冷感が持続していたが,自分で動かせるように
なっており,血圧も104/70まで回復していた。また,Dは,家族に
腹痛を何度も訴えていた(乙A2・9−1頁。)
ウその後,Dが強い下腹部痛を訴えたことから,看護師がDの病室を訪れ
ていた被告に上申して指示を仰ぎ,午前11時55分ころ,ソセゴン及び
アタラックスPを筋注した(乙A2・9−1,11−1頁,被告本人33
頁。)
エ午後0時20分ころには,Dは傾眠傾向となったが,ソセゴンの効果に
ついては「全然変わらない。お腹痛い」と答えた。ただし,苦しそう,。
な表情ではなかった。脈圧が弱く血圧の聴診はできず,触診で70と低か
った(乙A2・9−1頁。)
オ午後1時ころ,Dの腹痛の訴えは続いていた。体温35.4度,心拍1
12,呼吸数36回/分,血圧78で,末梢の冷感チアノーゼが続いてい
た。また,左右の瞳孔不同(アニソコリア)も認められた(乙A2・9−
1頁。)
カ(ア)午後1時50分ころ,Dは,努力呼吸から下顎呼吸となり,顔色
蒼白が著明となり,意識レベルもⅢ−300(痛み刺激に全く反応しな
い程度(最高レベルの意識障害。南山堂医学大辞典〔第19版〕10)
3頁参照)に低下し,痛覚刺激にも全く反応をしなかった。脈圧がかな
り弱く,血圧の測定は触診でも不可能となり,右上下肢が脱力していた
(乙A2・9−1頁。)
(イ)被告病院の看護師は,上記(ア)のDの状態を被告に上申し,被
告が診察を行った。被告が診察したところ,Dは,突然右半身麻痺が出
現し,血圧測定は不能,チェーン・ストークス呼吸(浅い呼吸から次第
に深い呼吸となり,再び浅くなって15∼40秒の無呼吸期に移行する
という周期を比較的規則的に繰り返すもの。南山堂医学大辞典〔第19
版〕1616頁参照)に陥っていた。被告は,原告Aら家族に現状を説
明した(乙A2・9−1,11−1頁。)
,,,キ午後2時13分ころDは無呼吸状態となったことから同17分ころ
被告は,気管挿管してアンビューバックにより酸素投与量を毎分5ℓに上
げて投与した上で,人工呼吸器を装着させた。同20分ころ,Dの血圧が
測定できず,被告の指示でイノバンが増量され,一時は70台を保ってい
た血圧も,徐々に低下して間もなくモニター上平坦となった。同29分こ
ろ,被告は,Dに対し,ボスミンを心注し,心臓マッサージなど蘇生処置
を施したが,Dの呼吸は回復しなかった(乙A2・9−1,10,11−
1,14頁。)
ク午後2時31分,Dの死亡が確認された(前記前提事実(2)エ。)
ケ入院時に行われた血液検査の結果について,翌e日に報告があり,LD
Hが261IU/ℓ(乙A2・16頁によれば,被告病院で当時採用され
た検査の測定方法による基準値は120∼240IU/ℓである,CP。)
Kは96IU/ℓであった(乙A2・16頁。)
(5)被告は,午前10時ころ,ショック状態のDを診察した上,平成18
年c月d日未明からの経緯,Dの腹痛の程度,腹部所見,レントゲン検査の
結果,腹部エコー検査の結果などから,Dについては,いわゆる急性腹症,
とりわけ,絞扼性イレウスの疑いを持ち得ない状況であると診断し,午前1
1時55分にDを診察して,腹痛に対する鎮痛薬(ソセゴン)の投与を指示
した後においても,その診断が変わることはなかった。他方,被告は,Dが
ショック状態に陥った原因としては,脳のトラブルを考え,Dのショック状
(,,態が改善したら頭部CT検査を行うことを予定していた乙A6・23頁
被告本人6ないし10,17,34,35頁。)
2医学的知見
後掲の証拠によれば,次のとおり,本件に関する医学的知見が認められる。
(1)急性腹症について
ア急性腹症は,①急激に起こる激しい腹痛を主症状とする腹部疾患で,緊
急手術を要するかどうかを考慮すべき状態の総称(甲B12・2枚目,)
あるいは,②急性発症の強い腹痛を主症状とし,手術的治療を中心とした
緊急処置を要する腹腔内疾患,又はそれらと鑑別の紛らわしい疾患の総称
(甲B13・1枚目)などと定義される。
絞扼性イレウスも,急性腹症の主な原因疾患の一つである(甲B21・
3枚目。)
イ(ア)急性腹症の診察は,①入院治療の要否の判断,②重篤化の可能性
の判断,③手術適応の有無の判断を目的としていることを意識して進め
る(甲B12・2枚目。)
(イ)腹痛で受診した患者に対する緊急手術の必要性の有無,その緊急
性の判断は,しばしば患者の生命を左右する。時期を逸して開腹手術が
不可能な状態にならないよう,その時点での的確な病態把握,重症度評
価,そして,その後の病態推移の予測が必要不可欠である。手術の必要
性が予測される場合には,手術のタイミングを決定するためにも,腹痛
のみに注意を奪われず,バイタルサインなどを常にチェックし全身状態
を把握することが重要である。血圧,脈拍,呼吸状態,意識レベル,顔
貌(蒼白,苦悶様,発汗,発熱,筋力をチェックし,プレショックや)
ショック状態にあれば,直ちにショックに対する治療を開始するととも
に,手術の必要性についての判断もより緊急性を増していることを認識
すべきである(甲B19・2枚目。)
(ウ)緊急手術が必要でないと判断した場合でも,念には念を入れて,
頻繁に診察し,急激な変化に対していつでも対応できる態勢をとってお
くべきである(甲B21・2枚目。)
(エ)刻々と患者の状態(重症度)は変化する。経時的変化は重要であ
り,全身状態,腹部所見の確認は時間を置いて繰り返し行い,その都度
状態にあった治療を行う(甲B12・8枚目。)
(オ)経過観察例では,たとえ許された時間が限られていても,その時
間的推移の中で患者をよく診ることが最も重要である。腹部所見や全身
状態が増悪する例はもちろんのこと,改善する傾向が全く見られない例
も手術適応と考えた方がよい(甲B13・3枚目。)
ウ(ア)高齢者では,生体防御反応が低下しているため,しばしば病態が
重篤であるにもかかわらず,自覚症状,腹部理学的所見,血液生化学所
見の反応が顕著にならない場合や立ち上がりが遅い場合があり,注意を
要する。腹膜炎などの炎症では白血球,CRPなどの炎症性マーカーの
立ち上がりの遅延が見られ,イレウスなどでは,腹痛などの自覚症状,
腹膜刺激症状の減弱などがしばしば見受けられる。高齢者では予備能力
も低いことから,画像所見などを加味して総合的に判断し,手術時期を
逸することのないよう注意が必要である(甲B14・2517頁,甲B
19・57頁。)
(イ)高齢者の急性腹症の最も大きな特徴は,たとえ腹膜炎を起こして
いても,急性腹症の重要な所見である激しい腹痛の訴えが少なく,しか
も腹部所見に乏しいことにある(甲B15・230頁。)
(ウ)腸閉塞は高齢者の急性腹症の中で最も頻度が高いとされる(ただ
し,その原因はがんである頻度が高い。絞扼性イレウスについては,。)
特に高齢者では診断が困難なことが多い。診断のポイントは,第一に,
全身状態の変化を素早く把握することである。激しい腹痛や腹部所見か
ら少しでも絞扼性イレウスの疑いがあれば,バイタルサインやショック
,。症状の有無をチェックし血圧低下などの所見を見逃さないことである
,,第二には腹部単純X線写真で腸管拡張像や立位でのニボー像をみるが
この所見に余りこだわらないことである。無ガス性の頻度も高く,腸管
ガス像の状態と病態とは一致しないことがある。画像診断としてのCT
検査や超音波検査の所見も重要となる。殊に超音波検査で腸管の動きを
見ながら,情報を得るようにするのが良い(甲B15・230,231
頁。)
エ(ア)腹部エコー検査と腹部CT検査は,急性腹症の鑑別診断における
有用性は高いので実施可能な施設では早期に行うことが推奨される甲,(
B13・2頁。)
(イ)急性腹症の原因診断においては,腹部単純X線や超音波の基本的
な検査に加えて,CT検査は必須であり,単純CT検査でも多くの情報
を得ることができるが,緊急を要する状況下では,最初から造影CT検
査がより有用な場合をしばしば経験する。ただ,急性腹症患者は全身状
態が不良であることが多く,またヨード造影剤アレルギーや腎障害合併
などで制限されることもあるが,造影CTでこそ得られる情報も多く,
疾患によっては確定診断及び状態把握には欠かせない検査である(甲B
20・2枚目。)
(ウ)急性腹症の診察において,心電図,胸部X線写真,腹部X線写真
を撮るが,原則的に腹部造影CT検査を行うのがよい(超音波検査も有
用だが,ガスの影響を受け,また,患者の腹痛が強いほど検査しにくい
ので,一般にCTのほうが有用である。肝・胆・膵疾患,急性虫垂。)
炎,イレウス,大腸憩室炎,泌尿器疾患,婦人科疾患,解離性大動脈瘤
などの診断に非常に有用である。もちろん造影剤アレルギー,気管支喘
息,甲状腺機能亢進症の患者やクレアチニン1.5mg/dℓ以上の患
者には造影剤は禁忌である(甲B21・2枚目。)
(),,エ急性腹症の原因診断において造影CT検査を早期に行うことは
より詳細な,緊急処置に必要な情報を直ちに把握でき,迅速かつ的確な
治療につなぐために極めて有用である。しかし,安易に行うべきではな
く,急性腹症の原因疾患を絞り込み,全身状態から適応症例を十分検討
しなければならない(甲B20・2枚目。)
オ70歳以上の高齢者の急性腹症患者の術後死亡率について,症例数16
7件のうち20例,すなわち12.0%であったとする報告(平成6年)
がある(甲B15・230,231頁。)
(2)絞扼性イレウスについて
アイレウスとは,何らかの原因により腸管の通過障害が生じ,腸管内容の
肛門側への輸送が障害された状態をいう。イレウスは,腸内腔が機械的に
閉塞されて起こる機械的イレウスと,腸管に分布する神経・血管の障害に
より腸内容が停滞する機能的イレウスに大別される。機械的イレウスは,
腸管の血行障害を伴う絞扼性イレウス(複雑性イレウス)とこれを伴わな
い単純性イレウスとに分類される。緊急に外科的処置を必要とする腹部疾
患の中では,頻度は,急性虫垂炎に次いで多く,その約2割を占めるとさ
れる。70歳以上の高齢者ではイレウスが最も多い(甲B23・1枚目,
甲B24・686頁,乙B2・2枚目。)
絞扼性イレウスでは急速に症状が悪化するため,試験開腹を含めた早急
な外科手術が必要である(甲B17・666頁,甲B23・1枚目。)
イ(ア)絞扼性イレウスは速やかに診断し,診断がされた時点で手術療法
の適応を考える必要がある。そのためには症状を的確に把握することが
何より重要であるが,臨床検査所見や画像診断が手術適応の決定の指標
となることも多い(甲B26・161頁。)
(イ)絞扼性イレウスにおける腹痛は疝痛であり,持続性で鎮痛剤がほ
とんど無効であることが特徴である。他のイレウスと同様に腹部膨満,
排便・排ガスの停止が見られるが,腹部膨満は軽度の場合が多い。強い
悪心・嘔吐がみられる。他覚的所見として,腸管の蠕動が腹壁を通じて
観察される蠕動不穏をみる場合があり,強い圧痛を認める。これは腹部
全体にではなく,限局していることが多い。さらに,筋性防御やブルン
ベルグ徴候のような腹膜刺激症状が大部分の症例で観察される。聴診で
腸雑音の亢進や金属音が聴取される。進行すると,汎発性腹膜炎と同様
のエンドトキシンショックによる症状が出現する。すなわち,発熱,血
圧低下,頻脈などのショック症状,尿量の低下,意識障害などを呈して
くる(甲B26・161頁。)
腹痛は持続的で激しい痛みのことが多く,発熱や頻脈などの全身症状
,()。を伴い早期よりショック状態となることもある甲B24・687頁
(ウ)単純性イレウスと異なり,腸管の循環障害,腸管壊死に伴う検査
値の悪化が著しい。すなわち,①白血球数増多(20000/mm以上3
となることもある,②血清電解質異常,③LDH高値,④CPK高。)
値,⑤酸塩基平衡異常(代謝性アシドーシス)が認められれば,絞扼性
イレウスを考え,手術を考慮すべきである(甲B26・163頁,甲B
4・427頁。)
(エ)絞扼性イレウスでは腹部X線写真において種々の異常ガス像が見
られる。ほとんどの症例で腸管内容の停滞・貯留による水平鏡面像(ニ
ボー,ケルクリング皺襞(小腸内腔に向かって突き出した横走する粘)
膜ヒダ。南山堂医学大辞典〔第19版〕2618頁参照)を認める。一
方でこれらのガス像を示さない,いわゆる無ガス像イレウスがある。こ
の中には重症な絞扼性イレウスもあるので注意を要する(甲B26・1
63頁。)
臥位のレントゲン写真ではガスがあってもニボー像が見えにくい甲,(
B30・35頁,被告本人21頁。)
(オ)腹部超音波検査は,リアルタイムでの観察が可能で,手術時期の
決定に有用である場合が多い。超音波検査における腸管の循環障害の所
見として,①絞扼腸管における蠕動運動の減弱・停止,腸管内容の停滞
・停止及び高エコー化,いわゆるtoandfromovemen
t(拡張腸管内を内容物が往復する所見)の消失,②ケルクリング皺襞
の破壊・消失,③血性あるいは混濁腹水による腹水の高エコー化などが
挙げられる(甲B26・163頁。)
(カ)閉塞機転の部位と原因の診断が必要となる機械的イレウスではC
T検査が有用である。絞扼性イレウスが疑われる場合には造影CT検査
が有用である。腸管壁の造影効果の消失を確認し,絞扼部及び壊死の有
無と範囲をとらえる必要があり,すぐに外科治療につなげることができ
る(甲B20・2枚目。)
他の急性腹症との鑑別を目的にCT検査を施行することは意義がある
(甲B26・163頁。)
(キ)絞扼性イレウスでも圧痛やブルンベルグ徴候を欠くこともある。
しかし,腹膜刺激症状の増強は緊急度の極めて高いイレウスを意味する
(甲B4・426頁。)
ウ絞扼性イレウス症例の症例報告として,次のような報告(平成10年)
もされている(甲B2・529頁。)
(ア)臨床症状は,自覚的には突発する激しい持続痛と初期嘔吐が特徴
的とされているが,突発する持続痛として発症したものは31.5%と
少なく,むしろ間欠的な疼痛から次第に持続的疼痛に移行したものが多
く見られた。また,嘔気・嘔吐も,約半数の症例にみられただけで単純
性イレウス症例と比べて明らかな違いはなかった。
(イ)他覚的所見については,絞扼部位に一致した限局性の圧痛と腹壁
緊張が指摘されているが,96.2%の症例に認められた。一方,腹膜
,,,刺激症状腸雑音の減弱・消失及び白血球増多などの所見については
,,,それぞれ60%66%52%と高い出現率を報告するものもあるが
必ずしも高頻度に認められず,これらの所見は発症からの経過時間によ
って左右されるものと考えられる。
エ絞扼性イレウスの手術症例8032例のうち,絞扼性小腸閉塞は14.
9%あり,その死亡率が7.4%であったとの報告(平成8∼9年)があ
る(甲B22・610頁。)
(3)ナウゼリン
ナウゼリンとは,ドンペリドンの商品名で,消化管運動改善剤である。適
応は,慢性胃炎,胃下垂症,胃切除後症候群などの疾患や抗悪性腫瘍剤又は
レボドパ製剤投与時の悪心,嘔吐,食欲不振,腹部膨満,上腹部不快感,腹
痛,胸やけ,噯気である(甲B7・1529頁。)
3争点(1(Dの死因)について)
(1)原告らは,Dの死因は絞扼性イレウスであると主張し,被告はこれを
争うので,この点について検討する。
(2)証拠(乙A5)によれば,東京都監察医務院におけるDの剖検の担当
者は,Dの死因等について剖検記録に概要次のとおり記載した。
ア直接死因(乙A5・2枚目)
絞扼性イレウス
イ解剖学的並びに組織学的診断(乙A5・2枚目)
絞扼性イレウス
(ア)腹腔内,膀胱付近の腹壁前壁から腸間膜にかけて5cm内外の紐
状の索状物が存在(過去の腹膜炎などの炎症の瘢痕か?用手的に剥離可
能。)
(イ)(ア)を中心に下部結腸は約1.5mにわたり捻転。捻転した腸
管は出血性壊死。組織所見:腸管粘膜下組織の壊死と出血。一部好中球
の反応を伴う。
(ウ)暗赤褐色水様の腹腔液700mℓ
(3)ア剖検記録は,専門家が実際に解剖した上で結果を記載したものであ
る以上,一般的にはその記載の信用性は高いものといえる。そこで,本件
において,剖検記録等の信用性を否定するに足りるだけの特段の事情が認
められるか否かを検討する。
イ被告は,剖検記録等には不合理な記載がある,すなわち①下部結腸が約
1.5mにわたり捻転との記載があるが,剖検記録等の写真において,壊
死部分はいずれも回腸部分であり,大腸である結腸ではない,②5cm内
外の紐状の索状物が存在するとの記載があるが,生理的に腹部にこのよう
な索状物が認められることはなく,認められるのは開腹手術の既往がある
場合のみであるところ,Dには腹部開腹の既往はないのであるから,その
ような紐状索状物が存在することはあり得ない,③壊死している回腸部分
は,自然に捻転を生ずることはないなどと主張している。
しかしながら,剖検記録(乙A5・2枚目)や死体検案書(乙A5・7
枚目)には,確かに「下部結腸」と記載されているが,乙A5・12枚目
の消化管の欄には索状物の位置や捻転した部位の図が記され,そこに「捻
転壊死下部小腸15mと記載されていることからしても上記下,,.」,「
部結腸」との記載は単なる誤記にすぎない。また,被告は,生理的に腹部
にこのような索状物が認められることはないとか,回腸部分は自然に捻転
を生ずることはないと主張するが,これを裏付ける証拠は被告本人の供述
(被告本人10,11頁)及び陳述書(乙A6・3,4頁)以外になく,
その中で具体的な根拠も述べられていない以上,直ちにこれを信用するこ
とはできない。
ウさらに,被告は,Dの死因として上腸間膜動脈塞栓の可能性を否定でき
ないとも主張するが,被告自身が推測であると供述するにとどまり(被告
本人13頁,これを裏付ける証拠は提出されておらず,被告の上記主張)
を採用することはできない。
エその他,剖検記録等の信用性を否定するに足りる特段の事情を認めるこ
とはできない。かえって,解剖によって,捻転した腸管の出血性壊死や,
暗赤褐色水様の腹腔液700mℓが認められたことは,Dが絞扼性イレウ
スであったことを裏付けるものである。
(4)また,前記1で認定した診療経過の中でDが呈した諸症状は,前記2
で認定した医学的知見に照らしても,次のとおり,Dの死因が絞扼性イレウ
スであることと矛盾しないし,むしろ,このことを裏付けるものである。
ア腹痛について
(ア)Dは,午前2時35分ころに腹痛を訴えて被告病院を受診し,ブ
スコパンの投与により一度は軽快したものの,午前5時45分ころに再
度腹痛を訴えて救急車で被告病院を受診しており,さらに,入院後も腹
痛を訴え続け,午前11時55分ころには,ソセゴン及びアタラックス
Pを筋注したにもかかわらず,腹痛に変化がなかった。このように,腹
痛が持続的である上に鎮痛剤が無効であった(前記2(2)イ(イ。))
(イ)Dの腹痛が激痛であったと認めるに足りる証拠はないが,午前2
時35分ころという時間帯に救急車を呼んでいること,鎮痛剤で効果の
ない腹痛であることから,相当に強い程度の腹痛であったものと推認で
きる。なお,高齢者の場合,生体防御反応が低下しているため,しばし
ば病態が重篤であるにもかかわらず腹痛などの自覚症状が減弱し,激し
い腹痛の訴えが少ないこともある(前記2(1)ウ。)
イショックについて
Dは,腹痛の主訴で最初に被告病院を受診した午前2時35分ころから
わずか7時間余りの後に最初のショック状態に陥っている。
ウ腹部膨満,便秘について
Dは,3日前から便秘であったというのであり,また,入院中,看護師
の所見では腹部膨満であったことが確認されている。
エ検査数値について
(ア)入院時に行われた血液検査の結果,白血球数が21200/mm
と顕著に上昇しており,また,血液ガス検査の結果,pHが6.833
1,HCO濃度が6.0mEq/ℓ,BEが−28mEq/ℓであった3

ことから,当時,Dは代謝性アシドーシスの状態にあった。
(イ)LDHが261IU/ℓ,CPKは96IU/ℓと特に高値を示し
ているとはいえないが(ただし,被告の主張するようにLDHが基準値
内であったとは認められない。LDHの測定方法は複数あり,乙B3の
基準値は本件とは別の測定方法の基準値と考えられることから採用でき
ない,必ずしもすべての検査数値が異常値を示していないからとい。)
って絞扼性イレウスを否定する根拠とはならない。
オその他
レントゲン写真でニボーが確認されていないが,臥位のレントゲン写真
,(()()),ではガスがあってもニボー像が見えにくいところ前記22イエ
本件では臥位で撮影されており,ニボー像が写っていなくてもそれが絞扼
性イレウスを否定する根拠とはならない。また,被告病院に入院した時点
において,触診では腹部は全体に軟らかく,筋性防御もブルンベルグ徴候
も認められず,腸蠕動音が聴取され,腸閉塞音はなかったが,高齢者の場
合,イレウスなどでは,腹痛などの自覚症状,腹膜刺激症状の減弱などが
しばしば見受けられること(前記2(1)ウ)に加え,入院時以降におい
て,筋性防御,ブルンベルグ徴候,腸蠕動音及び腸閉塞音が認められるか
否かについての診断内容がカルテ等に記録として残されておらず,その後
の腹部所見が不明であることからすると,Dの入院時における上記所見が
直ちに絞扼性イレウスを否定する根拠となるものではない。
(5)以上のとおりであり,Dの死因は,剖検記録等に記載のとおり絞扼性
イレウスであると認められる。
4争点(2(診察・検査義務違反の有無)について)
(1)ア原告らは,午前9時50分ころのショック状態に対する診察でイレ
ウス,特に絞扼性イレウスを念頭に置いて,造影CT検査を実施すべきで
あったと主張するので,この点について検討する。
イDがショック状態になるまでの診療経過は前記1(1)ないし(3)ア
記載のとおりであり,ショック状態になった後の被告の診察に関する診療
経過は,前記1(3)イ(4)ア,イ記載のとおりであるが,証拠(被,
告本人2,3,5ないし9頁)によれば,被告は,ショック状態となった
Dの治療に際しては,ショックの原因を考えるより,まずは救命のために
ショック状態への対症療法を重視して治療に当たったこと,検査を行うこ
とによりDの全身状態を悪化させるおそれがあると考えて,Dの状態が検
査に耐えられる程度にまで回復したら原因を検索していく予定であったこ
と,ショック状態の中でできる限りの情報を得るために,胸部・腹部レン
トゲン撮影,腹部エコー検査,血液検査,血液ガス検査及び心電図検査を
行ったことが認められる。
ウDは,午前2時35分ころに被告病院を受診した際,腹痛を訴え,3日
間排便がないと話しており,ブスコパンの点滴投与を受けて一度は軽快し
て帰宅したものの,再度,午前5時45分ころに腹痛を訴えて被告病院を
受診し,その際にはブスコパンの点滴投与に加え,ソセゴンの筋注も受け
て経過観察を受けていたが,午前9時50分ころにショック状態に陥った
ものである。以上のような経過からすれば,被告としては,Dの主訴が腹
痛であることからしても,急性腹症をも念頭に置いてCT検査,殊に造影
CT検査を早期に行うことは,ショック状態の原因を明らかにし,的確な
診断,治療をするために極めて有用であったものである。
しかしながら,他方,被告は,午前9時50分ころにはショック状態に
陥っていたDに対し,抗ショック療法を直ちに開始するとともに,聴診,
触診等を行い,ベッドサイドで行うことのできる検査を実施してDの状態
の把握に努めていること,造影CT検査を実施するには,造影剤を体内に
注入することのほか,Dを被告病院2階の病室から1階のCT検査室に移
動させることも必要であって(被告本人48ないし50頁,上記検査を)
行うことによりDの全身状態を悪化させるおそれもあること等の事情にも
照らせば,前記イで述べた被告の対応が必ずしも不合理なものということ
はできない。
エまた,ショック状態に陥る前のDの症状(腹痛,排便停止)に加え,抗
ショック療法と同時に行った諸検査の結果,意識が清明になってきたDが
下腹部痛を訴え,軽度の圧痛があったこと,腹部エコー検査で腹水が認め
られたこと,白血球数が21200/mmと顕著に上昇し,pHが6.83
31と代謝性アシドーシスになっていたことなど絞扼性イレウスを一応考
慮すべき所見が存したことも認められる。しかしながら,午前9時50分
ころの時点では,Dの腹痛が,絞扼性イレウスに特徴的にみられる持続的
な激痛であったとまでは認めることができないし,圧痛も軽度であった。
その上,強い悪心,嘔吐があったと認められる証拠はなく,筋性防御もブ
ルンベルグ徴候もなく,腸蠕動音が聴取され,腸閉塞音はなかった。Dが
高齢者であることから自覚症状や腹部所見が乏しかった可能性があること
や,絞扼性イレウスでも圧痛やブルンベルグ徴候を欠くことがあることを
前提としても,絞扼性イレウスの場合に見られることが多い所見が複数存
在していないことは否めない。さらに,臥位で撮影したものとはいえ,腹
部レントゲン写真からはイレウスをうかがわせる所見はなかったこと,D
が上記のようにショック状態に陥っていたことは確かであるが,上記血液
検査及び血液ガス検査の結果(白血球数,pH等)については,この時点
で既に判明していたとは認められず,被告がこれを把握していたとはいい
難いことをも併せて考えると,この時点で絞扼性イレウスを疑わなかった
被告の判断が不適切であったとまでいうことはできない。加えて,抗ショ
ック療法の治療中であるこの段階で意識が回復したからといって,直ちに
造影CT検査を実施することが可能な状態であったかどうかについても疑
問が残るというべきであるから,絞扼性イレウスの鑑別のために造影CT
検査が有用であるとはいえ,午前9時50分ころに造影CT検査をすべき
であったということもできない。
オ以上のとおりであるから,午前9時50分ころのショック状態に対する
診察で造影CT検査を実施すべきであったとする原告らの主張は採用する
ことができない。
(2)ア次に,原告らは,午後0時前に強い腹痛の訴えを知った時点で医師
が直接診察し,また腹部エコー検査や腹部造影CT検査を行うべきであっ
たと主張するので,この点について検討する。
イ(ア)Dは,被告による抗ショック療法が奏功して,意識レベルが回復
し,問い掛けに対して返答がしっかりしており,また,血圧もある程度
の状態にまで回復したところ,午前11時55分ころまでの時点におい
て,強い下腹部痛を訴えた(前記1(4)イ,ウ。)
(イ)被告は,そのころDの病室を訪れてDを診察し,その訴えを聞い
てソセゴン及びアタラックスPをDに筋注する指示を看護師に対して行
ったが,Dに急性腹症を疑うような所見はないものと判断していたもの
である。しかしながら,前記のとおり,Dは,午前2時35分ころ,腹
痛があるとの訴えにより救急車で被告病院に搬送され,ブスコパンの点
滴投与後に徒歩で帰宅したものの,午前5時45分ころ,腹痛が再発し
たため,再び救急車で被告病院に搬送されたこと,被告病院でブスコパ
ンの点滴投与及びソセゴンの筋注を受けたが,午前9時50分ころにシ
ョック状態に陥ったものであること,そのために被告病院に入院するこ
ととなった後においても,Dは,一貫して下腹部痛を訴えていたこと,
F医師は,当初の搬送時に,Dから3日間便が出ていないと聞いていた
こと,入院後のDには腹部膨満が見られ,下腹部に軽度の圧痛も見られ
たこと,入院時の血液検査及び血液ガス検査の結果(乙A2・9−1,
18頁,被告本人32頁によれば,被告は,遅くとも午前11時55分
ころには,この血液検査及び血液ガス検査の結果を把握していたか又は
把握し得る状態にあったものと認められる)では,白血球数が212。
00/mmと顕著に上昇し,pHが6.831,HCO濃度が6.03−

mEq/ℓ,BEが−28mEq/ℓであり,代謝性アシドーシスの状態
にあったこと,腹部エコー検査によれば腹水が見られたことなどの事情
が認められる。これらの事情は,前述の医学的知見からすれば,いずれ
も絞扼性イレウスを疑わせるに十分なものというべきであり,加えて,
被告は,午前11時55分には,Dを自ら診察し,Dから強い下腹部痛
の訴えを聞いているのである。
そして,絞扼性イレウスでは急速に症状が悪化し,閉塞が解除されな
ければ生命の危険を生じる状態となるため,試験開腹を含めた早急な外
科手術を施す必要があること(なお,絞扼性イレウスは絶対的手術適応
とされている。甲B15・231頁,高齢者においては,生体防御反)
応が低下していることなどから,手術時期を逸することのないように注
意すべきであるとの指摘があること,本件において,Dは,午前9時5
0分ころ,既にショック状態に陥っており,Dについて上記のとおり絞
扼性イレウスの疑いがあることを前提とすれば,時の経過に連れ,鑑別
に基づく手術の要否についての判断がより緊急性を増している状況にあ
ったことなどにも照らせば,被告は,遅くとも午前11時55分ころの
時点において,Dが絞扼性イレウスにり患していることを疑い,その鑑
別をするために腹部エコー検査や造影CT検査などの必要な検査を実施
すべき義務があったものというべきであり,これを行っていない被告に
は注意義務違反があるといわざるを得ない。
なお,被告は,午前10時ころ,Dの腹部レントゲン画像においてニ
ボーは見られず,触診においても腹部は軟らかく,筋性防御は認められ
ず,聴診においても閉塞音はなく,腹痛も口がきける程度であったこと
などの事情を指摘して,Dにはイレウスを疑わせる症状所見はなく,そ
の時点以降においても同様である旨主張するが,被告が指摘する上記の
諸事情は,被告の注意義務違反に関する前記の判断を左右するものでは
ない。
(ウ)被告は,ショックの治療に専念することが最優先であり,原因探
求など考えている余地はなかったと主張し,Dは被告が診察した午前1
0時の時点から亡くなるまでの間一時的に改善された様子はあったが,
ずっとショック状態にあり,その間原因究明はできなかったと上記主張
(,,,)。,に沿った供述をする被告本人453738頁しかしながら
Dは,意識レベルが回復し問い掛けに対して返答がしっかりしている状
態となり,四肢冷感が持続するも四肢を自分で動かせるようになった上
,,,に血圧も104/70まで回復していること午前11時20分には
酸素投与量が毎分5ℓから2ℓに減量されていることからしても,Dの
ショック状態は明らかに改善し,午前11時55分ころの段階ではその
状態で安定していたことが認められる。ショックの原因についての対応
をしなければショックから離脱しにくい(被告本人38頁)ことからし
ても,ショック状態から改善して,ある程度安定した段階で,原因疾患
を鑑別するために可能な限りの検査を行うべきであったといえるのであ
って,被告の上記主張は直ちに採用できない。
ウ以上のとおり,被告は,午前11時55分ころ,ある程度安定している
状態にあったDについて手術が必要か否かを判断するために,早急に原因
疾患を鑑別する上で必要な検査等を行うべきであったものというべきであ
り,それにもかかわらず,これを怠った被告には過失が認められる。
(3)さらに,原告らは,午後0時20分と午後1時の時点でも医師が診察
すべきであったとも主張する。しかし,原告らが主張する上記各時点におけ
る被告の診察義務違反が認められるとしても,被告がそれらの時点でDを診
察していれば,前記午前11時55分の時点での注意義務に基づく検査行為
を行っていた場合よりも早期に開腹手術に至ることができたような事情は特
段認めることができないので,この点を判断する必要はないと考える。
5争点(3(因果関係の有無)について)
(1)前記4説示のとおり,被告は,午前11時55分ころ,Dについて手
術が必要か否かを判断するために,早急に原因疾患を鑑別する上で必要な検
査等を行うべきであったにもかかわらず,これを怠ったという点において過
失が認められることから,この過失とDの死亡との間に因果関係が認められ
るか否かについて検討する。
(2)絞扼性イレウスの場合,急速に症状が悪化するため,試験開腹を含め
た早急な外科手術が必要であるとされている。したがって,上記の過失とD
の死亡との間の因果関係が認められるためには,原因疾患を鑑別するための
検査等を行った上で緊急手術を行うことにより,午後2時31分の時点での
Dの死亡を回避することができたことが高度の蓋然性をもって認められる必
要がある。
証拠(被告本人13,14,40,48,49,51頁)によれば,被告
病院においてはヘリカルCTを使用しているので,造影CT検査の時間につ
いては病室を出てから戻ってくるまで30分くらいであること,被告病院は
第二次救急医療機関として指定された病院であり,被告病院において絞扼性
,,イレウス患者の開腹手術を行うことができたこと緊急開腹手術については
その決定から開始までに最長だと2時間を必要とする状況にあったことが認
められる。
そして,午前11時55分の時点で被告が診察を開始し,原因疾患を鑑別
するために造影CT検査を行った場合(なお,造影CT検査が上記鑑別のた
めに極めて有用であることは前記2(1)エ(イ)及び(エ)のとおりであ
る,検査が終了するのは午後0時25分ころとなるが,その時点で緊急。)
開腹手術が決定されていれば,遅くとも午後2時25分ころまでには手術が
開始されていたこととなる。しかし,Dが午後1時50分の時点で重度のシ
ョック状態となり,午後2時31分には死亡するに至ったこと,手術の決定
から開始までには人員の確保や準備のために一定程度の時間を要することな
どを考えると,午後1時50分以降に手術が開始された場合はもとより,こ
れより前に手術が開始された場合においても,Dを救命することが十分に可
能であったと断定するのは極めて難しいというべきである。加えて,絞扼性
イレウスの手術症例の死亡率が7.4%であったとする報告もあるとおり,
絞扼性イレウスの予後が必ずしも良くないことをも併せ考えると,午後2時
31分の時点でのDの死亡を回避できた高度の蓋然性があるということはで
きない。
(3)もっとも,被告病院においては,緊急開腹手術の決定をしてから最長
でも2時間以内にこれを開始できたものであるところ,本件においては,被
告自身が消化器外科を専門とする医師としてDの開腹手術の執刀をすること
が可能であり(被告本人13,14頁,他にもう1人上記手術に立ち会う)
医師を早急に確保することができたならば,Dが重度のショック状態に陥っ
た午後1時50分より前に手術を開始できた可能性も十分にあったものとい
うことができる。そうすると,被告が前記4(2)で述べた注意義務を尽く
していたならば,Dが重度のショック状態に陥る前に手術を開始することに
よりDを救命し得た相当程度の可能性があったものというべきである。
(4)以上のとおり,被告の過失がなければ午後2時31分の時点において
Dが死亡しなかったことについて,相当程度の可能性があったことは認める
,,,ことができるがそれ以上に高度の蓋然性があったとは認められないので
被告の過失とDの死亡との間に因果関係があるということはできない。
6争点(4(原告らの損害)について)
(1)Dは,被告から適切な治療を受けていたならば,その死亡の時点にお
いてなお生存していた相当程度の可能性があったにもかかわらず,被告が適
切な治療を行わなかったことによってこれを侵害されたものであるから,被
告には,適切な治療行為によって生存する相当程度の可能性を侵害したこと
に基づいてDが被った損害を賠償すべき責任があると解するのが相当である
(なお,原告らの本訴請求は,この点に係る請求をも包含するものと解され
る。。)
そして,Dがその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性
を侵害されたことにより被った精神的苦痛に対する慰謝料の額については,
本件事案の内容,被告病院における診療経過,被告の過失の内容と態様,D
がその死亡の時点においてなお生存していた可能性の程度などのほか,本件
訴訟に現れた一切の事情を総合考慮して,200万円と評価するのが相当で
ある。これによれば,Dの死亡により,原告A及び原告Bは,それぞれ10
0万円ずつの損害賠償請求権を相続したのであるが,前記前提事実(3)に
よれば,原告Bは,被告に対する本件損害賠償請求権を原告Aに譲渡したこ
とが認められるので,結局のところ,原告Aが上記200万円の損害賠償請
求権を取得したことになる。
また,本件事案の性質・内容,訴訟の経過,認容額などに照らせば,本件
と相当因果関係のある弁護士費用としては,原告Aにつき20万円を認める
のが相当である。
(2)なお,原告Aは,Dの逸失利益,葬儀費用についても損害賠償を請求
しているが,これらは,Dが上記可能性を侵害されたことによって生じた損
害と認めることはできない。
第4結論
以上によれば,原告らの被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は,原
告Aが被告に対して220万円及びこれに対する不法行為の日である平成18
年4月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支
,。,払を求める限度で理由がありその余は理由がないというべきであるよって
原告Aの請求を上記の範囲で認容することとし,同原告のその余の請求及び原
告Bの請求はいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第14部
裁判長裁判官高橋譲
裁判官関根規夫
裁判官山下浩之

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