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平成29年11月29日判決言渡
平成28年(行ケ)第10222号審決取消請求事件
口頭弁論終結の日平成29年9月27日
判決
原告タテホ化学工業株式会社
同訴訟代理人弁護士鮫島正洋
同高見憲
同栁下彰彦
同訴訟代理人弁理士津国肇
同柴田明夫
同角野ゆり子
被告協和化学工業株式会社
同訴訟代理人弁理士須藤阿佐子
同須藤晃伸
同榛葉貴宏
同鈴木恵理子
主文
1特許庁が無効2013-800094号事件について平成2
8年8月31日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2前提事実(いずれも当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨により認められ
る。)
1特許庁における手続の経緯等
原告は,発明の名称を「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板」
とする特許第3761867号(平成15年2月5日出願,平成18年1月2
0日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成25年5月27日,特許庁に対し,本件特許を無効とすること
を求めて審判請求をした。これに対し,特許庁は,当該請求を無効2013-
800094号事件(以下「本件審判事件」という。)として審理をした上,
平成28年8月31日,「特許第3761867号の請求項1および2に係る
発明についての特許を無効とする。」との審決をした(以下「本件審決」とい
う。)。その謄本は,同年9月8日,原告に送達された。
原告は,同年10月7日,本件訴えを提起した。
2本件各発明
本件特許の特許請求の範囲請求項1及び2に係る各発明(以下,それぞれ
「本件発明1」,「本件発明2」といい,両者を合わせて「本件各発明」とも
いう。また,その明細書を「本件明細書」という。)は,以下のとおりである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
方向性電磁鋼板に適用される焼鈍分離剤用酸化マグネシウム粉末粒子であっ
て,該酸化マグネシウム粉末粒子中に含まれるカルシウムが,CaO換算で0.
2~2.0質量%であり,リンが,P2O3換算で0.03~0.15質量%であ
り,ホウ素が,0.04~0.15質量%であり,かつ該酸化マグネシウム粉
末粒子中の,カルシウムと,ケイ素,リン及び硫黄とのモル比Ca/(Si+P+S)が,
0.7~3.0であることを特徴とする焼鈍分離剤用酸化マグネシウム粉末粒
子。
【請求項2】
請求項1記載の焼鈍分離剤用酸化マグネシウム粉末粒子を用い,珪素鋼板の
表面にフォルステライト被膜を形成した方向性電磁鋼板。
3本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであるが,要するに,
本件審判事件において主張された無効理由のうち,本件各発明は特許法(以下
「法」という。)29条1項3号ないし同条2項により特許を受けることがで
きないものであるとするもの(無効理由1~4),及び法36条4項1号の要
件を満たさない特許出願に対して特許されたものであるとするもの(無効理由
6)については,いずれも採用し得ないとしつつ,同条6項1号の要件を満た
さない特許出願に対して特許されたものであるとするもの(無効理由5。なお,
同項2号の要件を満たさない旨の主張は,本件審判事件において取り下げられ
た。)について,以下の理由により,本件各発明は発明の詳細な説明に記載さ
れたものではなく,本件特許の特許請求の範囲請求項1及び2の記載は,法3
6条6項1号に違反するものであるから,本件特許は,法123条1項4号に
該当し,無効にされるべきものであるとした。
(1)ア本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件各発明は,磁気
特性及び絶縁特性,更にフォルステライト被膜生成率,被膜の外観及びそ
の密着性,更には未反応酸化マグネシウムの酸除去性に優れたフォルステ
ライト被膜を形成でき,かつ性能が一定な酸化マグネシウム焼鈍分離剤を
提供すること,更に発明に係る方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤を用いて得ら
れる方向性電磁鋼板を提供することを解決すべき課題(以下「本件課題」
という。)とし,これに対し,方向性電磁鋼板焼鈍分離剤用としての酸化
マグネシウム粉末粒子に含まれる微量元素の量について,「カルシウムが,
CaO換算で0.2~2.0質量%であり,リンが,P2O3換算で0.03~
0.15質量%であり,ホウ素が,0.04~0.15質量%であり」
(以下「本件微量成分含有量」という。),かつ,「該酸化マグネシウム
粉末粒子中の,カルシウムと,ケイ素,リン及び硫黄とのモル比
Ca/(Si+P+S)が,0.7~3.0」(以下「本件モル比」という。)と特
定したものである。
イ本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件各発明の実施例と
して記載される酸化マグネシウムは,いずれも本件微量成分含有量及び
本件モル比を満足するものであって,かつ,CAA40%(最終反応率4
0%のクエン酸活性度(以下「CAA」という。))が特定の範囲となるよ
うにされている(実施例1~14及び比較例1~12では110~13
0秒,実施例15~19及び比較例13~17では120~140秒)。
ウ各実施例及び各比較例の試験結果によれば,特定のCAA値を有する酸
化マグネシウムにおいて,本件微量成分含有量及び本件モル比を有する
場合,本件課題を解決し得ることが認められる。
他方,焼鈍分離剤用酸化マグネシウムにおいては,CAA値とフォルス
テライト被膜の性能との間に相関関係があることは周知である。
そうすると,CAA値について何ら特定のない酸化マグネシウムにおい
て,本件微量成分含有量及び本件モル比のみの特定をもって,直ちに本
件課題を解決し得るとは認められない。
(2)本件各発明は,本件微量成分含有量及び本件モル比を特定し,製造原料
については特定のない焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム粉末粒子及びそれを
用いた方向性電磁鋼板であるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,
その実施例として,試薬(純物質)を原料として製造した酸化マグネシウム
(実施例1~14)及び海水,苦汁等を原料として製造した酸化マグネシウ
ム(実施例15~19)が記載されている。
他方,本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,従来の焼鈍分離
剤用酸化マグネシウムにおいては,本件各発明及びその実施例で特定される
カルシウム等の微量成分以外にも,フォルステライト被膜に影響を与えるCl,
F等の微量成分が含まれるものと認められる。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明においては,Cl,F等の微量成分
の影響については何ら検討がされておらず,試薬(純物質)以外のものを原
料とする実施例15~19においても同様である。
そして,Cl,F等の微量成分が含有されるか否かにかかわらず,本件微量
成分含有量及び本件モル比のみが特定される本件各発明において,本件課題
が解決されるか否かは本件明細書に記載がなく,自明のこととも認められな
い。
(3)したがって,本件各発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載され
たものではない。
第3当事者の主張
1原告の主張
(1)取消事由1(サポート要件に関する本件審決の認定判断の誤り:クエン
酸活性度についての認定判断の誤り)
ア(ア)本件審決は,特定のCAA値を有する酸化マグネシウムにおいて,本
件微量成分含有量及び本件モル比を有する場合に本件課題を解決し得る
ことが認められる旨認定する。しかし,この認定は誤りである。
(イ)本件明細書の発明の詳細な説明を見ても,特定のCAA値を有する酸
化マグネシウムでなければ本件課題を解決し得ないとの限定的な記載
は存在しない。本件明細書記載の実施例及び比較例は,大きく分けて
2系統の実験から構成されるが,そのいずれにおいても本件微量成分
含有量及び本件モル比を満たすようにすれば本件課題に関する特性が
満足されるという実験結果となっており,これだけを見ても,本件各
発明の課題が,CAA値に関係なく,微量成分含有量及びモル比を本件
発明1の範囲にすれば解決できることを認識し得る。
(ウ)本件各発明は,「方向性電磁鋼板に適用される焼鈍分離剤用酸化マ
グネシウム粉末粒子」(本件発明1)及び「この焼鈍分離剤用酸化マ
グネシウム粉末粒子を用い,珪素鋼板の表面にフォルステライト被膜
を形成した方向性電磁鋼板」(本件発明2)に関するものである。そ
うすると,当業者は,本件各発明の課題解決方法を認識するにあたり,
「方向性電磁鋼板に適用される焼鈍分離剤用酸化マグネシウム粉末粒
子」に適したCAA値を認識することが通常であり,方向性電磁鋼板に
適用される焼鈍分離剤用酸化マグネシウム粉末粒子として使用できな
いような極端なCAA値を想定することはない。
(エ)以上のとおり,本件審決の上記認定は,本件明細書の発明の詳細な
説明の記載を誤読するとともに,サポート要件の判断主体が当業者で
あることを失念したものであり,誤っている。
イCAAは,酸化マグネシウムのクエン酸に対する反応性の指標であり,
酸化マグネシウムに対し,一定の割合のクエン酸溶液を反応させ,pH7に
なるまでの時間を測定したものである。方向性電磁鋼板に適用される焼
鈍分離剤用酸化マグネシウム粉末粒子において同粒子の反応性が検討さ
れるのは,フォルステライト被膜形成の際の鋼板表面のSiO2被膜との反応
性を制御又は確保するためである。すなわち,方向性電磁鋼板は,一般
に,珪素(Si)を約3%含有する珪素鋼を熱間圧延し,次いで最終板厚に
冷間圧延し,次いで脱炭焼鈍,仕上げ焼鈍して製造される。この各工程
のうちの脱炭焼鈍(一次再結晶焼鈍)工程では,鋼板表面にSiO2被膜を形
成し,その表面に焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを含むスラリーを塗布
して乾燥させる。乾燥後に鋼板をコイル状に巻き取った後,仕上げ焼鈍
工程を経させることで,SiO2と酸化マグネシウムが反応してフォルステラ
イト(Mg2SiO4)被膜が形成されるところ,その際に酸化マグネシウム粉
末粒子の反応性を制御する必要がある。ここで,焼鈍分離剤用酸化マグ
ネシウム粉末粒子の反応性(CAA)は,適用される方向性電磁鋼板の脱炭
焼鈍で鋼板表面に形成されるSiO2被膜の形態(ひいては,珪素鋼板に含ま
れる珪素の状態)に応じて制御される値であり,これは,鋼板メーカー
主導で決められるものである。
他方,酸化マグネシウム粉末粒子中の微量成分を調整する技術手法は,
反応性を制御して良好なフォルステライト被膜を形成する技術手法と異
なり,フォルステライト被膜自体の組成を制御してフォルステライト被
膜の性能改善を狙うものであって,技術的には異なるものとして位置付
けられている。
このように,CAA値は適用される鋼板との組合せで決定される値であ
って,その技術的意義やこれを制御する意義においても,焼鈍分離剤用
酸化マグネシウム粉末粒子自体の微量成分含有量及びモル比を制御して
解決される本件課題とは関係しない。
ウ本件審決は,特開昭55-58331号公報(甲1。以下「甲1文献」
という。)及び特開平9-71811号公報(甲7。以下「甲7文献」
という。)に基づき,焼鈍分離剤用酸化マグネシウムにおいては,CAA
とフォルステライト被膜の性能との間に相関関係があることは周知であ
る旨認定する。
しかし,甲1文献ではフォルステライト被膜の均一性・密着性が問題
とされており,また,甲7文献では被膜剥離とインヒビターの酸化によ
る磁気特性の不良が問題となっていると見られるのに対し,本件各発明
は,フォルステライト被膜生成率,被膜の外観,その密着性及び未反応
酸化マグネシウムの酸除去性に優れたフォルステライト被膜を形成でき
る酸化マグネシウム焼鈍分離剤を提供することを課題(本件課題)とす
る。本件課題と甲1及び甲7各文献記載の問題とは,被膜の密着性にお
いて共通するように見えるが,他の課題は異なる。課題が相違する以上,
本件各発明によりフォルステライト被膜で奏される効果は,CAAを制御
することによってフォルステライト被膜で奏される効果とは異なる。す
なわち,甲1及び甲7各文献記載の問題を解決するフォルステライト被
膜に基づき本件審決が認定する「フォルステライト被膜の性能」は,本
件課題を解決することによって達成される「フォルステライト被膜の性
能」とは異なるものである。
したがって,本件各発明における「フォルステライト被膜の性能」と
は異なる「CAAと相関関係のあるフォルステライト被膜の性能」に基づ
き,「クエン酸活性度について何ら特定のない酸化マグネシウムにおい
て,上記『微量成分含有量』及び『モル比』のみの特定をもって,直ち
に上記課題が解決されるとは認められない。」とした本件審決の認定に
は誤りがある。
(2)取消事由2(サポート要件に関する本件審決の認定判断の誤り:Cl,F等
の微量成分についての認定判断の誤り)
ア本件審決は,本件明細書の記載(【0002】,【0003】)によれ
ば,従来の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムにおいては,本件各発明及び
その実施例で特定されるカルシウム等の微量成分以外にも,フォルステ
ライト被膜に影響を与えるCl,F等の微量成分が含まれるものと認められ
るとする。
しかし,本件明細書の【0003】には,ClやF等の微量成分の「制御
が検討されている」旨記載されているのであって,「フォルステライト
被膜に影響を与える」と記載されているわけではないから,本件審決の
上記認定は誤りである。
イ(ア)本件審決は,「発明の詳細な説明においては,上記Cl,F等の微量成
分の影響については何ら検討がなされておらず,試薬(純物質)以外の
ものを原料とする上記実施例15-19においても同様である。」,
「Cl,F等の微量成分が含有されているか否かにかかわらず,上記『微
量成分含有量』及び『モル比』のみが特定される本件発明において,上
位の課題が解決されるのかどうかは明細書に記載がなく,自明のことと
も認められない。」と認定する。
しかし,この認定は,以下のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明
を誤読したものであり,誤りである。
(イ)Fについては,本件明細書の【0017】のとおり,密着性の改善に
寄与すると考察されており,「Fの微量成分の影響」は本件明細書の発
明の詳細な説明で検討されている。
Clについては,例えば,本件明細書の実施例15~19での酸化マグ
ネシウム粉末粒子の製造方法に関する記載を見れば,それぞれの実施例
で異なるCl量が酸化マグネシウム粉末粒子中に残留することを読み取
ることができる。すなわち,実施例15~19は,異なる製造方法のも
と,異なる原料を用いて酸化マグネシウム粉末粒子を製造している上,
それぞれの製法で,不純物を除去するためのろ過・水洗を行うタイミン
グが異なることから,酸化マグネシウム粉末粒子中に残留するClの量
は同一とならない。
また,実施例15,16,18,19は,天然物を原料としているこ
とから,不可避的にNa+
,Cl-
,F-
,SO4
,B等が含まれている。このた
め,Cl以外の元素についても,実施例15~19の酸化マグネシウム粉
末粒子間で残留する量が同一とはならない(なお,実施例17は化学薬
品を原料として用いており,他の実施例よりも不可避的な不純物の含有
量は少なくなる。)。
そうすると,実施例15~19で製造される酸化マグネシウム粉末粒
子は,本件微量成分含有量及び本件モル比の所定の範囲に制御されてい
るものの,ClやFを含む他の元素(不可避的不純物)の含有量は実施例
ごとに異なる値となっている。比較例13~17においても同様である。
その上で,本件明細書の発明の詳細な説明において,実験結果の評価が
されている。
以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明において,ClやF等の
微量成分について検討がされている。また,実施例15~19,比較例
13~17の酸化マグネシウム粉末粒子に関する実験結果は,Cl,Fそ
の他不可避的不純物の含有の有無や含有量が異なっているにもかかわら
ず,本件微量成分含有量及び本件モル比の所定の範囲とすれば本件課題
が解決することを明白に示すものである。したがって,本件審決の上記
認定は誤りである。
(3)本件特許の特許請求の範囲請求項1及び2の記載にサポート要件違反
はない。
すなわち,上記各請求項と同内容の記載が本件明細書の【0009】
にあり,また,焼鈍分離剤用酸化マグネシウム粉末粒子においてCa,P,
B,Si及びSを所定の範囲に制御することの技術的意義や,こうした焼鈍
分離剤用酸化マグネシウム粉末粒子を用いて珪素鋼板の表面にフォルス
テライト被膜を形成する方向性電磁鋼板とすることの技術的意義は,例
えば本件明細書の【0020】,【0022】~【0048】の記載
(実施例1~19,比較例1~17)から明らかである。そうすると,
本件各発明については,「特許請求の範囲に記載された発明が,発明の
詳細な説明に記載された発明である」ことは明らかである。
また,本件各発明の課題(本件課題)は,本件明細書の【0006】,
【0008】,【0049】等に記載のとおり,フォルステライト被膜
生成率,被膜の外観,その密着性及び未反応酸化マグネシウムの酸除去
性に優れたフォルステライト被膜を提供する点にあるところ,その課題
解決のため,本件各発明においては,酸化マグネシウム粉末粒子のCa,P,
B,Si及びSを請求項1記載の所定の範囲に制御する。これにより本件課
題を解決し得ることについては,本件明細書の【0049】に記載され
ており,また,【0022】~【0048】のとおり,実験的なデータ
をもって裏付けられている。したがって,本件各発明について,「発明
の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識
できる範囲のものである」ことは明らかである。
したがって,サポート要件に関する本件審決の認定判断には誤りがあ
り,これは本件審決の結論に影響を及ぼす。
2被告の主張
(1)取消事由1(サポート要件に関する本件審決の認定判断の誤り:クエン
酸活性度についての認定判断の誤り)に対し
ア(ア)2つの異なるCAA値において実施した実験結果から,CAA値に関係
なく本件課題が解決されたかどうかを評価し得るとする原告の論旨には,
論理の飛躍がある。
すなわち,本件明細書記載の実施例及び比較例は,大きく分けて,第
1の系統である合成塩化マグネシウム(試薬特級)と水酸化ナトリウム
(試薬特級)とを反応させて水酸化マグネシウムを得て,これを焼成,
粉砕して得られた酸化マグネシウム粉末粒子を利用した実験系(実施例
1~14,比較例1~12)と,第2の系統である主に天然物を用いて
酸化マグネシウム粉末粒子を合成した実験系(実施例15~19,比較
例13~17)に分かれるところ,第1の系統の実施例及び比較例では
CAA値は110~130秒に,第2の系統のそれらでは120~14
0秒に設定されている。そうすると,この実験結果は,10秒の重複が
ある30秒間の範囲中でのものであり,仮に一般化できるとしても
CAA値が110~140秒である実験結果を把握し得るにすぎない。
本件明細書には,CAA値がそれ以外の態様の発明については,そのよ
うな酸化マグネシウム粉末粒子を製造したことも,本件課題を解決し得
ることも記載されておらず,CAA値が110~140秒である焼鈍分
離剤用酸化マグネシウム粉末粒子という限定された発明により,本件課
題が解決し得ることが記載されているにとどまる。
(イ)サポート要件の判断主体が当業者であることは争わないが,本件明
細書を参酌するに,実施例1~19及び比較例1~17のいずれも
CAA値が110~130秒又は120~140秒の範囲に設定されて
いることは確認できるものの,CAA値に関係なく本件課題を解決し得
ると解する根拠となる記載は見当たらない。また,CAA値に関係なく
本件課題を解決し得ると解するための出願時の技術常識も,原告によ
り立証されていない。
このように,本件明細書は,当業者であれば本件各発明の効果が奏さ
れるようにCAA値を想定しようとすることが通常であるとは全くいえ
ない記載となっている。
本件特許の出願時において「方向性電磁鋼板に適用される焼鈍分離剤
用」酸化マグネシウム粉末粒子にとってCAAが重要な意義を有するこ
と,すなわち,本件審決が認定するとおり,CAAとフォルステライト
被膜の性能との間に相関関係があることは周知である。CAAが本件課
題を解決するために必要なパラメータである以上,請求項の記載におい
て「方向性電磁鋼板に適用される焼鈍分離剤用」との用途限定がされて
いることを考慮しても,CAA値の特定がない本件特許の特許請求の範
囲請求項1及び2の各記載は,サポート要件に違反するものである。
イ原告は,酸化マグネシウム粉末粒子が有すべきCAA値は,適用される
珪素鋼(脱炭焼鈍で形成されるSiO2被膜)に応じて決められる値である旨
主張するけれども,この主張は,酸化マグネシウム粉末粒子を方向性電
磁鋼板に適用される焼鈍分離剤として用いる発明においてはCAA値の特
定が求められることを主張するに等しく,CAA値を請求項で規定する必
要はないとする理由とはならない。
仮にCAA値が鋼板メーカー主導で決められる値であるとしても,方向
性電磁鋼板に適用される焼鈍分離剤用酸化マグネシウム粉末粒子におい
てCAAが重要な物性(反応性)であるという技術常識を否定することに
はならない。CAA値が鋼板メーカー主導で決められる値であるとの原告
の主張と,CAA値が本件各発明の実施例で示される範囲外であっても本
件課題が解決されることとは別の問題である。
ウ甲1及び甲7各文献は,原告も認めるとおり,本件課題のうち少なくと
も密着性の点で共通している。また,甲7文献に記載される被膜剥離は,
フォルステライト被膜生成率及び被膜の外観の課題をいうものと理解す
ることも可能である。いずれにせよ,CAA値を特定しないと少なくとも
本件課題のうち密着性の課題を解決し得ないことを原告も認めているに
もかかわらず,本件各発明におけるフォルステライト被膜の性能とCAA
と相関関係のあるフォルステライト被膜の性能とは相違するからCAA値
の特定は不要であるとする原告の主張は誤りである。
(2)取消事由2(サポート要件に関する本件審決の認定判断の誤り:Cl,F等
の微量成分についての認定判断の誤り)に対し
ア原告は,本件明細書の【0003】に,ClやF等の微量成分の「制御が
検討されている」と記載されていることを捉えて,本件審決がCl,F等の
微量成分はフォルステライト被膜に影響を与えると認定したのは誤りで
ある旨主張する。
しかし,原告は,Fについて,本件明細書の【0017】のとおり,密
着性の改善に寄与する旨自認しているのであって,その主張は自己矛盾
しており,失当である。
イフォルステライト被膜生成を良好にするためにCl,F等の微量成分を制
御することは,周知技術ないし技術常識であるところ,本件明細書の発
明の詳細な説明の記載を見ても,Cl,F等の微量成分を制御しなくても本
件課題を解決し得るかは不明である。
また,本件明細書の【0018】においては,Clの除去に言及する記載
があることから,本件各発明でもCl,F等の微量成分を制御していること
が理解される。そうすると,Cl,F等の微量成分が本件課題の解決に関係
しないとする原告の主張は,本件明細書の記載とも整合せず,失当であ
る。
(3)原告は,本件明細書の【0009】に本件特許の特許請求の範囲の各請
求項と同内容の記載があるとするが,当該段落は,本件特許の出願時の特許
請求の範囲に記載された請求項1に対応するものであり,また,請求項2に
ついては対応する記載がない。
また,実施例1~19及び比較例1~17により,CAA値の特定がない
本件各発明がサポートされていないことについては,前記のとおりである。
本件各発明の課題(本件課題)がフォルステライト被膜生成率,被膜の
外観,その密着性及び未反応酸化マグネシウムの酸除去性に優れたフォルス
テライト被膜を提供する点にあることは認めるが,本件明細書の【0049】
の記載は上記内容を裏返したものにすぎず,これをもってサポート要件が充
足されたとすることはできない。原告は,本件課題を解決し得ることは実験
的なデータをもって裏付けられているとするが,本件明細書記載の実施例及
び比較例は,CAA値が特定されている点で,本件特許の特許請求の範囲の
各請求項とは相違している。このような各請求項の記載が「発明の詳細な説
明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のも
のである」とすることは失当である。
したがって,本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載はサポ
ート要件に違反するものであるとした本件審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1本件各発明
本件各発明に係る特許請求の範囲請求項1及び2の記載は,前記(第2の2)
のとおりである。
2本件明細書の記載
(1)発明の属する技術分野(【0001】)
本件各発明は,焼鈍分離剤用の酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板に
関する。
(2)従来の技術
ア変圧器や発電機に使用される方向性電磁鋼板は,一般に,ケイ素(Si)
を約3%含有する珪素鋼を,熱間圧延し,次いで最終板厚に冷間圧延し,
次いで脱炭焼鈍,仕上げ焼鈍して,製造される。脱炭焼鈍(一次再結晶
焼鈍)は,鋼板表面にSiO2被膜を形成し,その表面に焼鈍分離剤用酸化マ
グネシウムを含むスラリーを塗布して乾燥させ,コイル状に巻き取った
後,仕上げ焼鈍することにより,SiO2とMgOが反応してフォルステライ
ト(Mg2SiO4)被膜を形成する。このフォルステライト被膜は,鋼板表面
に張力を付加し,鉄損を低減して磁気特性を向上させ,また鋼板に絶縁
性を付与する役割を果たす。
このため,方向性電磁鋼板の磁気特性及び絶縁特性,並びに市場価値
は,フォルステライト被膜の性能,具体的にはその生成しやすさ(フォ
ルステライト被膜生成率),被膜の外観及びその密着性,更には未反応
酸化マグネシウムの酸除去性の4点に左右される。いいかえるとフォル
ステライト被膜を形成する焼鈍分離剤用酸化マグネシウムの性能に依存
している。(【0002】)
イ従来の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムは,被膜不良の発生を完全には防
止できておらず,また一定の効果が得られないため信頼性を欠き,充分
な性能を有するものは未だ見出されていない。そこで,焼鈍分離剤用酸
化マグネシウム及び含有される微量成分についての研究が行われている。
制御が検討されている微量成分は,酸化カルシウム(CaO),ホウ素
(B),亜硫酸(SO3),フッ素(F),塩素(Cl)等である。さらに,微
量成分の含有量だけでなく,微量成分元素を含む化合物の構造を検討す
る試みが行われている。(【0003】)
ウ例えば,特許文献1では,CaOとB量を特定した焼鈍分離剤用酸化マグ
ネシウムが開示されており,特許文献2では,Mg,Ca等の塩化物量とそ
れらに対するB比率を特定した焼鈍分離剤用酸化マグネシウムが開示され
ている。また,特許文献3及び特許文献4では,焼鈍分離剤用酸化マグ
ネシウム中のCaO,SO3,ハロゲン,B量を特定している。更に,その他
の諸物性を特定した焼鈍分離剤用酸化マグネシウムが研究され,例えば
特許文献5では,CaO,CO2,SO3,K,Na,B等を含めた多くの物性値を
制御した焼鈍分離剤用酸化マグネシウムが開示されている。しかし,こ
れらは,いずれも得られる被膜の密着性又は酸除去性が悪い。(【00
04】)
エまた,特許文献6では,Cl量とSO3量を特定した酸化マグネシウムを用
いる方向性電磁鋼板の製造方法が開示されており,特許文献7では,F及
びCl量と諸物性を特定した開示がなされている。これらは,ハロゲン,
特にFのフォルステライト被膜の形成促進効果に着目した開示であり,一
定したフォルステライト被膜形成には効果があるものの,効果は未だ充
分とはいえない。(【0005】)
オこのように,複数の物性値を制御し,フォルステライト被膜の形成促進
効果を一定化させ,かつフォルステライト被膜の品質を改善する試みが
多く開示されている。しかし,上記,焼鈍分離剤用MgOに課せられた要
求を完全に満たす結果は得られていない。(【0006】)
カ文献一覧(【0007】)
【特許文献1】特許第1740962号
【特許文献2】特許第2690841号
【特許文献3】特許第980839号
【特許文献4】特許第3043975号
【特許文献5】特開平10-88244号公報(裁判所注:甲67)
【特許文献6】特許第3021241号
【特許文献7】特開平8-143975号公報(裁判所注:乙12はそ
の特許公報)
(3)発明が解決しようとする課題(【0008】)
本件各発明の目的は,磁気特性及び絶縁特性,更にフォルステライト被
膜生成率,被膜の外観及びその密着性,更には未反応酸化マグネシウムの酸
除去性に優れたフォルステライト被膜を形成でき,かつ性能が一定な酸化マ
グネシウム焼鈍分離剤を提供すること,更に本件各発明の方向性電磁鋼板用
焼鈍分離剤を用いて得られる方向性電磁鋼板を提供することにある。
(4)発明の実施の形態
ア本件各発明において,酸除去性とは,仕上げ焼鈍後のフォルステライト
被膜上の未反応酸化マグネシウムについて,酸洗による除去性を意味す
る。(【0010】)
イ本件各発明は,焼鈍分離剤用MgO中に含まれる微量元素の量を,Ca,
P及びBの成分の量で定義し,更にCa,Si,P及びSのモル含有比率によ
り定義したものである。また,公知の方法によりこれらの成分の制御を
行わず焼鈍分離剤用MgOを製造した場合,本件各発明の範囲で微量元素
を有するMgOは得ることはできない。(【0011】)
ウ例えば,苦汁,海水,潅水(裁判所注:原文ママ。以下同じ。),マグ
ネサイト,合成水酸化マグネシウム及び合成塩化マグネシウム等のよう
なMg含有原料は,それぞれ組成が異なり,得られるMgOの微量含有物
量比も必然的に異なる。したがって,上記原料を用いた場合,公知の方
法によりこれらの3成分の制御を行わず焼鈍分離剤用MgOを製造すると,
本件各発明の範囲で微量元素を有するMgOは得ることはできない。例え
ば,海水から公知の方法で製造した場合は,S量が多く,P量が不足する
ので,本件各発明の組成を有する酸化マグネシウムを得ることはできな
い。(【0012】)
エ本件各発明によれば,MgO中の微量含有物の量を制御する方法として
は,所定の含有物の量が本件各発明の範囲となるように,粗生成物の製
造工程中に,又は得られた粗生成物の微量含有物量を最終焼成前に制御
する必要がある。粗生成物の製造工程中の制御法は,原料に含まれる微
量含有物の量を分析し,その結果を踏まえ,制御する対象の微量含有物
を所定量となるよう,湿式又は乾式で添加するか,湿式で除去すること
により制御することができる。
(【0013】)
オ本件各発明において,微量含有物量を,粗生成物の製造工程で制御する
場合,湿式で微量成分を添加して,例えば,原料として予め微量含有物
の量を分析した塩化マグネシウムの水溶液を用い,この水溶液に,水酸
基を有するアルカリ性水溶液又はスラリーを添加し反応させ,水酸化マ
グネシウムを形成する工程で,微量含有物が所定量となるように調整添
加することができる。添加する化合物は,Caを添加する場合,Caの酸化
物,水酸化物,炭酸塩,硝酸塩,硫酸塩,ケイ酸塩及びリン酸塩系が使
用できる。Bを添加する場合,ホウ酸,ホウ酸アルカリ金属塩,ホウ酸ア
ンモニウム塩及びメタホウ酸アルカリ金属塩系,二酸化ホウ素が使用で
きる。Pを添加する場合,リン酸,メタリン酸,ホスホン酸及び亜リン酸,
これらのアルカリ金属塩,アルカリ土類金属塩,並びにアンモニウム塩
系を使用できる。Siを添加する場合,ケイ酸アルカリ金属塩,ケイ酸アル
カリ土類金属塩及びコロイダルシリカ系を使用できる。Sを添加する場合,
硫酸及び亜硫酸,これらのアルカリ金属塩,アルカリ土類金属塩,並び
にアンモニウム塩系を使用できる。(【0015】)
カCaは,フォルステライト被膜の形成促進効果を得るために,ケイ酸塩,
リン酸塩,硫酸塩の形態で存在させることが好ましい。これは,該MgO
中の,カルシウムと,ケイ素,リン及び硫黄とのモル比Ca/(Si+P+S)を,
0.7~3.0とすることにより得られる。Caがケイ酸塩,リン酸塩,
硫酸塩の形態で存在する場合,CaとBとの反応が抑制されるため,Bは
MgO格子に侵入型固溶する。侵入型固溶したBは,約1173K以上で
BO3イオンに解離し,MgO格子のイオン結合手を破壊して,MgnB2On+3
(nMgO・B2O3,n=2又は3)を形成することができるため,著しい低
融点化を実現する。こうして,優れたフォルステライト被膜の形成を促
進する効果が得られる。また,Caのリン酸塩を存在させることにより,
密着性を向上させることができる。しかし,Caがケイ酸塩,リン酸塩,
硫酸塩以外の形態で存在する場合,このような形態のCaはBと反応して,
CamB2Om+3(m=1,2,3)を形成する。このため,充分なBがMgO格
子に侵入型固溶することができず,フォルステライト被膜の形成促進を
阻害すると考えられる。(【0016】)
キ本件各発明は,更にFを含有させることができる。Fは,MgO格子にB
が侵入型固溶して形成したMgnB2On+3(nMgO・B2O3,n=2又は3)と反
応して,Mg2FBO3を形成し,密着性を改善すると考えられる。(【001
7】)
クまた,本件各発明における微量含有物量を,粗生成物の製造工程中に除
去して制御するには,上記の水酸化マグネシウム形成工程で,水和時に
酸を添加して除去するか,上記の水酸化マグネシウム形成工程の後,ろ
過し,水洗を繰り返すことにより除去することができる。水和時に酸を
添加して除去する場合,硝酸等を作用させ,pH7以上で水和させ除去す
ることができ,Ca,Si,Feを除去することができる。水洗する場合は,水
酸化マグネシウム又はMgOを水洗して除去することができ,Cl,Ca,Sを
除去することができる。また,塩化マグネシウム含有水溶液と水酸基を
有するアルカリ性水溶液の反応を行う場合には,Mg(OH)2の一部を事前に
反応析出させ,析出粒子に微量含有物B,Sを吸着させ除去することがで
きる。(【0018】)
(5)合成例1(【0023】)
合成塩化マグネシウム(試薬特級)水溶液に,反応後の水酸化マグネシ
ウム濃度が1mol・kg-1
となるように,水酸化ナトリウム(試薬特級)水溶液
を添加し,400rpmで撹拌し,363Kで1時間反応させた後,減圧ろ過,
水洗,乾燥して高純度水酸化マグネシウムを製造した。
この高純度水酸化マグネシウムを,1173Kで1時間焼成し,ジェッ
トミルで粉砕して,MgO-0を製造した。得られたMgO-0のCAA40%(最
終反応率40%のクエン酸活性度)は,117秒であった。
更に,得られたMgO-0の97molと無水ホウ酸(試薬特級)3molとを混
合後,1183Kで1時間焼成し,ジェットミルで粉砕して,MgO-Bを得
た。このMgO-Bは,CAA40%が111秒であり,XRD分析を用いて,B
はMg3B2O6の形態で存在することを同定した。
表1に,MgO-B及びMgO-0の成分を示す。
(6)合成例2~15(【0024】)
上記の合成例1で得られたMgO-0へのCa,Si,P,S,Bの添加は,所定量
の水酸化カルシウム,ケイ酸ナトリウム,リン酸第二アンモニウム,亜硫酸
ナトリウム,ホウ酸を乾式混合し,1323Kで3時間焼成して,添加酸化
マグネシウムを作製した。なお,微量含有元素の添加量は,微量含有元素を
含む化合物の添加量を微量含有元素換算での含有量に基づき調整した。その
後,微量含有元素が添加された酸化マグネシウムのスラリー濃度が4mol・
kg-1
となるように,水に投入し,363Kで,3時間水和反応を行い,表1
に示す組成で微量含有物を有する水酸化マグネシウムを作製した。これを,
CAA40%が110~130秒になるよう,1073~1373Kの範囲で,
1時間焼成し,ジェットミルで粉砕して,MgO-1~14を得た。表1に,
MgO-1~14の成分を示す。
(7)表1(【0032】)
(8)第1の系統(試薬で製造したもの)の実施例及び比較例
ア実施例1~14(【0025】)
合成例1のMgO-Bと,合成例2~15のMgO-X種(X=1~14)を,
表2に示す配合で混合し,本件各発明のMgOを得た。
得られたMgOを,脱炭焼鈍を終えた鋼板に塗布し,この鋼板を,フォ
ルステライト被膜生成率,密着性,酸除去性及び被膜の外観について,
評価した。
表2に,結果を示す。
イ比較例1~12(【0026】)
合成例1のMgO-B及び合成例1と合成例2~15のMgO-X種(X=0
~14)を,表3に示す配合で混合し,比較MgOを得た。
得られた比較MgOを,実施例1と同様にして試験し,フォルステライ
ト被膜生成率,密着性,酸除去性及び被膜の外観について評価した。
表3に,結果を示す。
ウ表2から明らかなように,実施例1~14のMgOから形成したフォル
ステライト被膜は,フォルステライト被膜生成率,密着性,酸除去性及
び被膜の外観の全てにおいて優れ,均一で充分な厚みを有する被膜であ
る。
これに対し,比較例1~12の被膜は,フォルステライト被膜生成率,
密着性,酸除去性及び被膜の外観という特性の全てを満たしてはいない
ため,所望の鋼板が得られないことが分かる。(【0035】)
(9)第1の系統の結果
ア表2(【0033】)(次頁)
イ表3(【0034】)
(10)評価方法
アフォルステライト被膜生成率(【0027】)
フォルステライトの形成機構は反応式:2MgO+SiO2→Mg2SiO4で示され
る。そのため,MgO粉末と非晶質のSiO2のモル比を,2:1になるよう
に調合した混合物を形成し,この混合物を圧力50MPaで成型し,直径×
高さ:15×15mmの成形体を得た。次に,この成形体を窒素雰囲気中
で,1473Kで4時間焼成した。この焼成温度は,方向性電磁鋼板上
でSiO2とMgOを含むスラリーとが反応する仕上げ焼鈍温度に相当してい
る。こうして得られた焼結体中のMg2SiO4生成量を,X線回折により定量
分析した。
生成率が90%以上を○,80%以上90%未満を△,80%未満を×
と評価した。これは,生成率が90%以上の場合,充分な反応性を有し,
良好なフォルステライト被膜が形成されると考えられるからである。
イ被膜の外観,密着性及び酸除去性の試験試料(【0028】)
供試鋼として,方向性電磁鋼板用の珪素鋼スラブを,公知の方法で熱
間圧延,冷間圧延を行って,最終板厚0.35mmとし,更に,窒素2
5%+水素75%の湿潤雰囲気中で脱炭焼鈍した鋼板を用いた。脱炭焼
鈍前の鋼板の組成は,質量%で,C:0.01%,Si:3.29%,Mn:
0.09%,Al:0.03%,S:0.07%,N:0.0053%,残
部は不可避的な不純物とFeである。この電磁鋼板上にMgOを塗布して,
フォルステライト被膜の被膜特性を調査した。
この鋼板に対し,本件各発明のMgO又は比較例のMgOをスラリー状に
して,乾燥後の重量で14g・m-2
になるように鋼板に塗布し,乾燥後14
73Kで20時間の最終仕上げ焼鈍を行った。
最終仕上げ焼鈍が終了したのち冷却し,鋼板を水洗し,塩酸水溶液で
酸洗浄した後,再度水洗して,乾燥させた。
ウ被膜の外観(【0029】)
被膜の外観は,洗浄後の被膜の外観から判断し,灰色のフォルステラ
イト被膜が,均一に厚く形成されている場合を◎,被膜が均一であるが
やや薄く形成されている場合を○,被膜が不均一で薄いが,下地の鋼板
が露出している部分がない場合を△,被膜が不均一で非常に薄く,下地
の鋼板が明らかに露出した部分がある場合を×とした。
エ密着性(【0030】)
密着性は,洗浄前の被膜状態から判断し,被膜が均一に形成され,剥
離部位が存在しない場合を◎,被膜が僅かに不均一であるが,剥離部分
が存在しない場合を○,被膜が不均一で,ピンホール状の剥離部位が存
在する場合を△,被膜が不均一で,明確な剥離部位が存在する場合を×と
した。
オ酸除去性(【0031】)
酸除去性は,洗浄後の被膜状態から判断し,未反応のMgOが完全に除
去されている場合を◎,明確な未反応MgOの残存は認められないものの,
被膜に濃淡があり僅かに未反応MgOが残存すると判断した場合を○,点
状に未反応MgOの残存が明確に観察される場合を△,明らかに未反応
MgOが残存している場合を×とした。
(11)第2の系統(実施例17及び比較例15を除き,天然原料を使用したも
の)の実施例及び比較例
ア実施例
(ア)実施例15(【0036】)
苦汁中のMgに対して,ホウ酸ナトリウムをB換算で0.1モル%,
亜リン酸をP換算で0.06モル%添加し,その後,苦汁に消石灰を反
応後の水酸化マグネシウム濃度が2mol・kg-1
になるように添加し,60
0rpmで撹拌し,323Kで7時間反応させた。その後フィルタープレ
スでろ過し水洗,乾燥して得た水酸化マグネシウムを,CAA40%が1
20~140秒の範囲になるように,ロータリーキルンで1193K,
1時間焼成後,ジェットミルで粉砕し,体積平均径が3.2×10-6
m
の酸化マグネシウムを得た。
(イ)実施例16(【0037】)
海水に消石灰を反応後の水酸化マグネシウム濃度が0.05mol・kg-1
になるように添加し,500rpmで撹拌し,333Kで16時間反応さ
せた。その後フィルタープレスでろ過し水洗,乾燥して得た水酸化マグ
ネシウムを,ロータリーキルンで1373K,1時間焼成した。この酸
化マグネシウムを,スラリー濃度8mol・kg-1
になるように水に投入し,
常温,700rpmで10分撹拌後,濾過・水洗し,過剰な硫黄成分を除
去した。次いで,この水洗したケーキを,スラリー濃度が4mol・kg-1

なるように水に投入し,Mgに対して,リン酸二ナトリウムをP換算で
0.08モル%添加して,353K,3時間反応させた後,ろ過し乾燥
させた。この不純物量を制御した水酸化マグネシウムを,CAA40%が
120~140秒の範囲になるように,ロータリーキルンで1183K,
1時間焼成後,ジェットミルで粉砕し,体積平均径が2.9×10-6
m
の酸化マグネシウムを得た。
(ウ)実施例17(【0037】)
反応後の水酸化マグネシウム濃度が1mol・kg-1
になるように,塩化マ
グネシウムに水酸化カルシウムスラリーを添加し,Mgに対してホウ酸
をB換算で0.40モル%となるように添加し,400rpmで撹拌し,
338Kで15時間反応させた。その後,フィルタープレスでろ過し水
洗,乾燥して得た水酸化マグネシウムに,Mgに対して,ケイ酸ナトリ
ウムをSi換算で0.12モル%,メタリン酸カリウムをP換算で0.
11モル%となるように乾式混合し,ロータリーキルンで1273K,
1時間焼成した。次いで,この酸化マグネシウムをスラリー濃度が5
mol・kg-1
になるように,水に投入し,363K,2時間反応させた後,
ろ過し乾燥させた。その後,この水酸化マグネシウムをCAA40%が
120~140秒の範囲になるように,ロータリーキルンで1263K,
1時間焼成後,ジェットミルで粉砕し,体積平均径が3.2×10-6
m
の酸化マグネシウムを得た。
(エ)実施例18(【0039】)
ロータリーキルンを用いて,マグネサイトを1393Kで1時間焼成
し,酸化マグネシウムを製造した。その後,この酸化マグネシウムをス
ラリー濃度が4mol・kg-1
になるように,水に投入し,Mgに対して,ホ
ウ酸ナトリウムをB換算で0.30モル%となるように添加し,リン酸
をP換算で0.05モル%になるように添加し,更に,硝酸でスラリー
pHが7.8になるように調整後,363K,2時間反応させた後,ろ
過し乾燥させた。その後,この水酸化マグネシウムをCAA40%が1
20~140秒の範囲になるように,ロータリーキルンで1213K,
1時間焼成後,ジェットミルで粉砕し,体積平均径が2.7×10-6
m
の酸化マグネシウムを得た。
(オ)実施例19(【0040】)
潅水からアマン法により製造された水酸化マグネシウムに,Mgに対
して,リン酸アンモニウムをP換算で0.16モル%,ホウ酸ナトリウ
ムをB換算で0.27モル%となるように乾式混合し,ロータリーキル
ンで1393K,1時間焼成した。この酸化マグネシウムを,スラリー
濃度9mol・kg-1
になるよう,水に投入し,常温,600rpmで10分間
撹拌後,濾過・水洗し,過剰な硫黄成分を除去した。次いで,この水洗
したケーキを,スラリー濃度が3mol・kg-1
となるように水に投入し,更
に,Mgに対して,水酸化カルシウムをCa換算で0.5モル%となるよ
う添加し,358K,2時間反応させた後,ろ過し乾燥させた。この不
純物量を制御した水酸化マグネシウムを,CAA40%が120~140
秒の範囲になるように,ロータリーキルンで1193K,1時間焼成後,
ジェットミルで粉砕し,体積平均径が3.6×10-6
mの酸化マグネシ
ウムを得た。
イ比較例
(ア)比較例13(【0041】)
反応後の水酸化マグネシウム濃度が2mol・kg-1
になるように苦汁に消
石灰を添加し,600rpmで撹拌し,323Kで7時間,反応させた。
その後フィルタープレスでろ過し水洗,乾燥して得た水酸化マグネシウ
ムを,CAA40%が120~140秒の範囲になるように,ロータリー
キルンで1153K,1時間焼成後,ジェットミルで粉砕し,体積平均
径が3.4×10-6
mの酸化マグネシウムを得た。
(イ)比較例14(【0042】)
海水に消石灰を反応後の水酸化マグネシウム濃度が0.05mol・kg-1
になるように添加し,500rpmで撹拌し,333Kで16時間,反応
させた。その後フィルタープレスでろ過し水洗,乾燥して得た水酸化マ
グネシウムを,CAA40%が120~140秒の範囲になるように,ロ
ータリーキルンで1203K,1時間焼成後,ジェットミルで粉砕し,
体積平均径が5.1×10-6
mの酸化マグネシウムを得た。
(ウ)比較例15(【0043】)
反応後の水酸化マグネシウム濃度が1mol・kg-1
になるように,塩化マ
グネシウムに水酸化カルシウムスラリーを添加し,400rpmで撹拌し,
338Kで15時間反応させた。その後,フィルタープレスでろ過し水
洗,乾燥して得た水酸化マグネシウムを,ロータリーキルンで1373
K,1時間焼成した。次いで,この酸化マグネシウムをスラリー濃度が
5mol・kg-1
になるように,水に投入し,90℃,4時間反応させた後,
ろ過し乾燥させた。その後,この水酸化マグネシウムをCAA40%が
120~140秒の範囲になるように,ロータリーキルンで1263K,
1時間焼成後,ジェットミルで粉砕し,体積平均径が4.5×10-6
m
の酸化マグネシウムを得た。
(エ)比較例16(【0044】)
ロータリーキルンを用いて,マグネサイトを1393Kで1時間焼成
し,酸化マグネシウムを製造した。その後,この酸化マグネシウムをス
ラリー濃度が4mol・kg-1
になるように,水に投入し,368K,4時間
反応させた後,ろ過し乾燥させた。その後,この水酸化マグネシウムを
CAA40%が120~140秒の範囲になるように,ロータリーキルン
で1283K,1時間焼成後,ジェットミルで粉砕し,体積平均径が3.
2×10-6
mの酸化マグネシウムを得た。
(オ)比較例17(【0045】)
潅水からアマン法により製造された水酸化マグネシウムを,CAA4
0%が120~140秒の範囲になるように,ロータリーキルンで12
43K,1時間焼成後,ジェットミルで粉砕し,体積平均径が3.9×
10-6
mの酸化マグネシウムを得た。
ウ第2系統の結果
(ア)表4に,実施例15~19,比較例13~17で得られた酸化マグ
ネシウム中の含有成分及び評価試験を示す。(【0046】)
(イ)表4から明らかなように,実施例15~19のMgOから形成したフ
ォルステライト被膜は,フォルステライト被膜生成率が90%以上と
優れている。更に,密着性,酸除去性及び被膜の外観についても全て
優れている。
これに対し,微量含有物を調整せずに形成した比較例13~17の
MgOによる被膜は,フォルステライト被膜生成率が低く,密着性,酸
除去性及び被膜の外観において問題があることが分かる。また,比較例
13は,一見フォルステライト被膜生成率が90%以上と良いように考
えられるが,被膜の外観及び酸除去性に劣り,比較例14は,被膜の外
観及び密着性に劣ることが分かる。(【0048】)
(ウ)表4(【0047】)
(12)発明の効果(【0049】)
上記のように,本件各発明は,MgO中に含有される微量成分の量を制御
することにより,従来の焼鈍分離剤用MgOでは得られなかった高いフォル
ステライト被膜形成能をその一定な効果・性能に対する高い信頼性で達成し
ている。ここで,高いフォルステライト被膜形成能は,方向性電磁鋼板の製
造におけるフォルステライト被膜生成率の高さ,被膜の密着性の高さ,並び
に未反応MgOの酸除去性の良好さ及び被膜の外観の良好さにより示されて
いる。
また,本件各発明の焼鈍分離剤用MgOによれば,優れた絶縁特性と磁気
特性を有する方向性電磁鋼板を製造することができる。
3取消事由1(サポート要件に関する本件審決の認定判断の誤り:クエン酸
活性度についての認定判断の誤り)について
(1)特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の
範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載さ
れた発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記
載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであ
るか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時
の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のもので
あるか否かを検討して判断すべきである。
そこで,以下,本件各発明が解決しようとする課題を踏まえつつ,本件
特許の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かを検討する。
(2)本件各発明の解決しようとする課題(本件課題)
前記(2(1)~(3))のとおり,本件各発明は,焼鈍分離剤用の酸化マグネ
シウム及び方向性電磁鋼板に関するものであるところ,方向性電磁鋼板の磁
気特性及び絶縁特性,並びに市場価値は,脱炭焼鈍により鋼板表面にSiO2被
膜を形成し,その表面に焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを含むスラリーを塗
布して乾燥させ,コイル状に巻き取った後に仕上げ焼鈍することにより,
SiO2とMgOが反応して形成されるフォルステライト(MgSiO4)被膜の性能,
具体的には,その生成しやすさ(フォルステライト被膜生成率),被膜の外
観及びその密着性並びに未反応酸化マグネシウムの酸除去性の4点に左右さ
れるものであり,このフォルステライト被膜の性能は,これを形成する焼鈍
分離剤用酸化マグネシウムの性能に依存するものということができる。
そこで,焼鈍分離剤用酸化マグネシウム及びこれに含有される微量成分
についての研究が行われ,複数の物性値を制御し,フォルステライト被膜の
形成促進効果を一定化させ,かつフォルステライト被膜の品質を改善する試
みが多く行われてきたが,焼鈍分離剤用酸化マグネシウムに課せられた要求
を完全に満たす結果は得られていない。
このような状況の下,本件各発明は,磁気特性及び絶縁特性,更にフォ
ルステライト被膜生成率,被膜の外観及びその密着性並びに未反応酸化マグ
ネシウムの酸除去性に優れたフォルステライト被膜を形成でき,かつ性能が
一定な酸化マグネシウム焼鈍分離剤を提供すること,更に本件各発明の方向
性電磁鋼板用焼鈍分離剤を用いて得られる方向性電磁鋼板を提供することを
目的としたものである。
(3)検討
ア本件各発明は,上記のとおり,方向性電磁鋼板に適用される焼鈍分離剤
用酸化マグネシウム粉末粒子を提供するものであるところ,本件課題を
解決するための手段として,焼鈍分離剤用酸化マグネシウム中に含まれ
る微量元素の量を,Ca,P及びBの成分の量で定義し,更にCa,Si,P及
びSのモル含有比率により定義して(前記2(4)イ),本件特許の特許請求
の範囲請求項1に記載された本件微量成分含有量及び本件モル比の範囲
内に制御するものである。
そして,焼鈍分離剤用酸化マグネシウムに含有される上記各微量元素
の量を本件微量成分含有量及び本件モル比の範囲内に制御することによ
り,本件課題を解決し得ることは,本件明細書記載の実施例(1~19)
及び比較例(1~17)の実験データ(前記2(5)~(11))により裏付けら
れているということができる。
そうすると,当業者であれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記載
に基づき,焼鈍分離剤用酸化マグネシウムにおいて,本件特許の特許請
求の範囲請求項1に記載のとおりCa,P,B,Si及びSの含有量等を制御
することによって本件課題を解決できると認識し得るものということが
できる。
イ本件審決について
(ア)本件審決は,本件明細書の各実施例及び各比較例の試験結果によれ
ば,第1の系統及び第2の系統の実施例におけるCAA値が,CAA4
0%でそれぞれ110~130秒,120~140秒とされているこ
とから,本件発明の課題が解決されているのは,CAA40%が上記数値
の範囲内にされた場合でしかないとした上,焼鈍分離剤用酸化マグネ
シウムにおいて,CAA値とフォルステライト被膜の性能との間に相関
関係があることは周知であるから,CAA値について何ら特定のない酸
化マグネシウムにおいて,本件微量成分含有量及び本件モル比のみの
特定をもって直ちに本件課題を解決し得るとは認められないとする。
ここで,クエン酸活性度(CAA)に関しては,国際公開01/838
48号(甲58。以下「甲58文献」という。)に「CAAは,所定温
度…の0.4規定のクエン酸水溶液中に,指示薬フェノールフタレイン
を混合し,最終反応当量の酸化マグネシウムを投入して撹拌し,クエン
酸溶液が中性になるまでの時間で表わされる。CAAは,方向性電磁鋼
板用焼鈍分離剤として使用される酸化マグネシウムの評価指標になり得
ることが経験的に知られている。」(2頁5行目~9行目)との記載が
ある。また,特開平10-88244号公報(甲67)には「活性度は,
一般に一定量のMgOと一定濃度の酸との反応時間を測定すること,す
なわちMgOの化学的反応性を測定することで得られる。…酸の種類と
してはクエン酸を用いることが一般的で,CAA(CitricAcidActivity)と呼
称されている。活性度は,MgOと方向性電磁鋼板表面のサブスケール
との反応活性を近似的に表すもので,…」(【0037】),「これら
活性度や活性度分布の目標値の好適範囲は,方向性電磁鋼板の1次再結
晶焼鈍板の表面のサブスケールの活性度によって微妙に異なるので,混
合の際のMgOの目標値をサブスケールの活性度に適合させておく方が
良い。」(【0040】)との記載がある。これらの記載によれば,焼
鈍分離剤用酸化マグネシウムのCAAとサブスケールの活性度とのバラ
ンスが取れていない場合,フォルステライト被膜は良好に形成されない
こととなるのは事実であるといえる。
(イ)しかし,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から把握し得る発明
は,焼鈍分離剤用酸化マグネシウムに含有されるCa,Si,B,P,Sの含
有量に注目し,それらの含有量を増減させて実験(実施例1~19及
び比較例1~17)を行うことにより,最適範囲を本件特許の特許請
求の範囲請求項1に規定されるもの(本件微量成分含有量及び本件モ
ル比)に定めたというものである。その理論的根拠は,Ca,Si,B,P
及びSの含有量を所定の数値範囲内とすることにより,ホウ素がMgO
に侵入可能な条件を整えたことにあると理解される(本件明細書の
【0016】。前記2(4)カ)。
他方,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を見ても,CAA値を調
整することにより本件課題の解決を図る発明を読み取ることはできない。
むしろ,これらの記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明中に
CAA値に関する記載があるのは,第1の系統及び第2の系統それぞれ
において,実施例及び比較例に係る実験条件がCAA値の点で同一であ
ることを示すためであって,フォルステライト被膜を良好にするために
CAA値をコントロールしたものではないことが理解される。
そして,CAAの調整は,最終焼成工程の焼成条件により可能である
(特開平9-71811号公報(甲7)「この発明のMgOでは40%
クエン酸活性度を30~90秒の範囲とする。…かかる水和量,活性度
のコントロールは最終焼成の焼成時間を調整することにより行う。」
(【0026】)との記載参照。)から,焼鈍分離剤用酸化マグネシウ
ムにおいて,本件微量成分含有量及び本件モル比のとおりにCa,P,B,
Si及びSの含有量等を制御し,かつ,焼成条件を調整することによって,
本件各発明の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムにおいても,実施例におけ
る110~140秒以外のCAA値を取り得ることは,技術常識から明
らかといってよい。
したがって,本件審決は,本件各発明の課題が解決されているのは
CAA40%が前記数値の範囲内にされた場合でしかないと判断した点に
おいて,その前提に誤りがある。
(ウ)そもそも,本件明細書によれば,本件特許の出願当時,焼鈍分離剤
用酸化マグネシウムについては,被膜不良の発生を完全には防止でき
ていないことなど,十分な性能を有するものはいまだ見出されておら
ず,焼鈍分離剤用酸化マグネシウム及び含有される微量成分について
研究が行われ,制御が検討されている微量成分としてCaO,B,SO3,F,
Cl等が挙げられ,また,微量成分の含有量だけでなく,微量成分元素を
含む化合物の構造を検討する試みも行われていたことがうかがわれる
(前記2(2))。
また,このこと及びフォルステライト被膜の性能改善を図る方法とし
て,焼鈍分離剤用酸化マグネシウムに含まれる微量成分の制御とCAA
の制御とが必ずしも不可分のものとまでは考えられていなかったことは,
「方向性電磁鋼板の製造においては,フォスルテライト皮膜は極めて重
要な役割を果たしており,この皮膜を形成する酸化マグネシウムの特性
が,方向性電磁鋼板の磁気特性に直接影響を及ぼす。このため,焼鈍分
離剤として使用される酸化マグネシウムに関しては,従来から厳しい特
性とそれを満たすための厳密な制御が求められており,この観点から多
くの焼鈍分離剤用酸化マグネシウムの発明がなされてきた。その一つは,
酸化マグネシウムへの添加剤の添加や酸化マグネシウム中の不純物量を
制御する発明である。…一方,酸化マグネシウム粒子と酸との反応速度
による活性度,すなわちクエン酸活性度(CAA:CitricAcidActivity)に
着目した発明も数多く開示されている。」(甲58文献1頁21行目~
2頁5行目),「仕上げ焼鈍中のグラス被膜形成段階においてはMgO
の活性分布,粒子径,MgOに含有する不純物の種類や量,反応促進用
添加剤は良好なグラス被膜と磁気特性を両立するために重要である。」
(乙6【0005】),「焼鈍分離剤MgOの活性度を調整して方向性
電磁鋼板の品質を向上する技術としては,例えば…材料のグラス被膜と
磁気特性を向上する技術が提案されている。」(同【0006】),
「焼鈍分離剤への添加剤によるグラス被膜改善技術としては,例えば…
昇温する技術が提案されている。このように,MgOの性状やグラス皮
膜形成における反応促進剤としての添加剤を改善することでグラス皮膜
形成反応が改善されてきた。」(同【0007】)といった記載等によ
っても裏付けられているといってよい。現に,証拠によれば,本件特許
の出願当時,フォルステライト被膜の性能改善を目的とする焼鈍分離剤
用酸化マグネシウムに係る発明には,これに含まれる成分の量等を発明
特定事項とするもの(甲2~4,乙2,11),CAA値を発明特定事
項とするもの(甲1,乙4),及びこれらをいずれも発明特定事項とす
るもの(甲5~7,乙3,5,6等)がそれぞれ存在していたことが認
められる。
そうすると,本件特許の出願当時,フォルステライト被膜の性能改善
という課題の解決を図るに当たり,焼鈍分離剤用酸化マグネシウムに含
有される微量元素の含有量に着目することと,CAA値に着目すること
とが考えられるところ,当業者にとって,いずれか一方を選択すること
も,両者を重畳的に選択することも可能であったと見るのが相当である
(なお,微量元素の含有量に着目する発明にあっても,焼鈍分離剤用酸
化マグネシウムのCAA値とサブスケールの活性度とのバランスが取れ
ていない場合には,その実施に支障が生じる可能性があることは前示の
とおりであるが,この点の調整は,甲1,5~7,67,乙4等によっ
て認められる技術常識に基づいて,当業者が十分に行うことができるも
のと認められる。)。
(エ)以上を総合的に考慮すると,当業者であれば,本件明細書の発明の
詳細な説明には,本件微量成分含有量及び本件モル比を有する焼鈍分
離剤用酸化マグネシウムにより本件課題を解決し得る旨が開示されて
いるものと理解し得ると見るのが相当である。
ウ以上によれば,CAA値について何ら特定がない酸化マグネシウムにお
いて,本件微量成分含有量及び本件モル比のみの特定をもってしては,
直ちに本件課題を解決し得るとは認められないとした本件審決には誤り
があるというべきである。同様に,この点に関する被告の主張は採用し
得ない。
4取消事由2(サポート要件に関する本件審決の認定判断の誤り:Cl,F等の
微量成分についての認定判断の誤り)について
(1)本件審決は,本件明細書の発明の詳細な説明においては,Cl,F等の微量
成分の影響について何ら検討がされておらず,また,これらの微量成分が含
有されるか否かにかかわらず,本件微量成分含有量及び本件モル比のみが特
定される本件各発明において本件課題が解決されるか否かは,本件明細書に
記載がなく,自明のこととも認められないとする。
(2)検討
ア本件各発明で酸化マグネシウムに添加することが規定されているのは,
Ca,Si,P,S,Bの5種類の元素である。そこで,本件明細書の記載のう
ち,Mg,O,Ca,Si,P,S,B以外の元素に関する記載を検討する。
イ(ア)本件明細書には「そこで,焼鈍分離剤用酸化マグネシウム及び含有
される微量成分についての研究が行われている。制御が検討されている
微量成分は,酸化カルシウム(CaO),ホウ素(B),亜硫酸(SO3),
フッ素(F),塩素(Cl)等である。さらに,微量成分の含有量だけで
なく,微量成分元素を含む化合物の構造を検討する試みが行われてい
る。」(前記2(2)ウ),「特許文献1では,CaOとB量を特定した焼鈍
分離剤用酸化マグネシウムが開示されており,特許文献2では,Mg,
Ca等の塩化物量とそれらに対するB比率を特定した焼鈍分離剤用酸化
マグネシウムが開示されている。また,特許文献3及び特許文献4では,
焼鈍分離剤用酸化マグネシウム中のCaO,SO3,ハロゲン,B量を特定
している。更に,その他の諸物性を特定した焼鈍分離剤用酸化マグネシ
ウムが研究され,例えば特許文献5では,CaO,CO2,SO3,K,Na,B
等を含めた多くの物性値を制御した焼鈍分離剤用酸化マグネシウムが開
示されている。しかし,これらは,いずれも得られる被膜の密着性又は
酸除去性が悪い。」(前記2(2)エ),「特許文献6では,Cl量とSO3量
を特定した酸化マグネシウムを用いる方向性電磁鋼板の製造方法が開示
されており,特許文献7では,F及びCl量と諸物性を特定した開示がな
されている。これらは,ハロゲン,特にFのフォルステライト被膜の形
成促進効果に着目した開示であり,一定したフォルステライト被膜形成
には効果があるものの効果はいまだ十分とはいえない。」と記載されて
いる(前記2(2)オ)。
(イ)また,本件明細書には,「本発明は,更にFを含有させることができ
る。Fは,MgO格子にBが侵入型固溶して形成したMgnB2On+3(nMgO・
B2O3,n=2又は3)と反応して,Mg2FBO3を形成し,密着性を改善す
ると考えられる。」とも記載されている(前記2(4)キ)。
(ウ)さらに,本件明細書には,本件各発明の実施に関して「水和時に酸
を添加して除去する場合,硝酸等を作用させ,pH7以上で水和させ除
去することができ,Ca,Si,Feを除去することができる。水洗する場合
は,水酸化マグネシウム又はMgOを水洗して除去することができ,Cl,
Ca,Sを除去することができる。」と記載されている(前記2(4)ク)。
ウ以上より,本件各発明において規定されたCa,Si,P,S,Bの5種類の
元素以外の元素に関しては,Cl,Feにつき水洗により除去可能なこと,及
びFにつき任意成分として添加してもよいことが記載されていることを
理解し得る。
エ他方,本件明細書の実施例の概要は,以下のとおりである(前記2(5)
~(11))。
(ア)実施例1~14においては,試薬を用いて合成した不純物の混入が
ないMgOに本件明細書の表2記載の量のCa,Si,P,S,Bを添加した
MgOを用いて,効果を確認した。
(イ)実施例15,16,18,19においては,Cl,F等の不純物が含ま
れる天然材料を原料としてMgOを作成するが,その天然材料に不足す
る上記5元素のいずれかを本件明細書の表4の添加量になるように添
加して作成したMgOを用いて,効果を確認した。
(ウ)その結果,上記のいずれの実施例においても,フォルステライト被
膜生成率,被膜の外観,その密着性及び未反応酸化マグネシウムの酸
除去性が良好となるという結果が得られた。
オそうすると,本件明細書の発明の詳細な説明の記載からは,上記エ(ア)
のようにCl,F等の不純物が含まれていなくとも,また,上記エ(イ)のよう
にそうした不純物が含まれていても,同様に本件課題を解決し得たこと
を理解し得る。
なお,前記イ(ウ)においてClを除去し得る旨記載されているのは,上記
エ(イ)の実施例よりもCl含有量が高い場合に備えた記載と推察し得る。
カ前記のとおり,本件審決は,「発明の詳細な説明においては,上記Cl,
F等の微量成分の影響については何ら検討がなされておらず」と指摘する
けれども,上記のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明においてCl,F
等の微量成分の影響について全く検討がされていないとはいえず,むし
ろ,その実施例においてCl,F等の微量成分の影響をうかがわせる事情が
なかったことから,それ以上の具体的な検討を行う必要がなかったもの
と認められる。
すなわち,本件審決の前記指摘は失当というべきである。同様に,こ
の点に関する被告の主張は採用し得ない。
5小括
以上のとおり,本件特許の特許請求の範囲請求項1(及びこれを引用する請
求項2)記載の発明は,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な
説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得,又は少な
くとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識
し得る範囲のものであるといってよいと思われる。
すなわち,原告主張に係る取消事由1及び2にはいずれも理由があり,本件
特許につきサポート要件違反があるということはできないから,本件審決は取
り消されるべきである。
6結論
よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
鶴岡稔彦
裁判官
杉浦正樹
裁判官
寺田利彦

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