弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 原告の昭和四八年分所得税について被告が昭和五二年三月一〇日付でなした更
正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文と同旨。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告が被告に対し、昭和四八年分の所得につき総合課税の所得金額一、九八
五、四七五円、分離長期譲渡所得金額八〇九、九九〇円、納付すべき税額二八二、
九〇〇円とする確定申告をしたところ、被告は昭和五二年三月一〇日付で総合課税
の所得金額一、九八五、四七五円、分離長期譲渡所得金額四四、六〇〇、〇〇〇
円、納付すべき税額六、八五一、六〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税三二
八、四〇〇円の賦課決定処分をした。
2 しかしながら、本件各処分は次の理由により違法である。
(一) 原告は不二版工業株式会社の代表取締役であつたが、同社が昭和四六年に
倒産し、同社の取引先に対する債務及び従業員らに対する退職金支払債務の履行が
不可能となつたことから、同社の工場用地として使用されてきた原告所有地(大阪
市<地名略>所在一六五坪五合)を売却して右債務を履行する旨取引先及び従業員
らに約し、同四八年三月一日右土地を南大阪住宅株式会社に四八、〇〇〇、〇〇〇
円で売却し、この内二九、〇〇〇、〇〇〇円を従業員四名の退職金、四、七〇九、
七八〇円を取引先に対する未払金として各支払つた。
(二) 従つて、右土地売却代金四八、〇〇〇、〇〇〇円のうち、原告が従業員や
取引先に支払つた合計金三三、七〇九、七八〇円については、保証債務を履行する
ため資産の譲渡があつた場合においてその履行に伴う求償権の行使ができないもの
として所得税法六四条二項により分離長期譲渡所得の計算上存在しないものとして
扱われるべきものである。
3 よつて、原告は本件各処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1項の事実は認める。
2 同2項のうち、原告が昭和四八年三月一日原告主張の所有地を南大阪住宅株式
会社に代金四八、〇〇〇、〇〇〇円で売却したことは認めるが、その余は争う。
三 被告の主張
1 本件確定申告の内容は別表(一)の確定申告欄記載のとおりである。
この内分離長期譲渡所得の計算内訳は別表(二)の確定申告欄記載のとおりであ
り、確定申告添付書類によれば譲渡に要した費用四三、七九〇、〇一〇円の内訳は
次のとおりである。
(1) 不二版工業株式会社従業員退職金の保証 二九、〇〇〇、〇〇〇円
(2) 同社債権者に対する保証 四、七九〇、〇一〇円
(3) 同社に対する本件土地立退料の支払 一〇、〇〇〇、〇〇〇円
2 しかしながら、右(1)(2)の各支払はそもそも前記資産の譲渡に要した費
用にあたらず、(3)の立退料も支払の事実がないので、被告はこれを否認し、別
表(一)の更正額及び賦課決定額欄記載のとおり本件各処分をした。
3 原告は前記(1)(2)の支払につき所得税法六四条二項の適用を主張する
が、以下に述べるとおり同条項の適用は考えられない。
(一) まず所得税法六四条二項が適用されるためには次の要件が必要である。
(1) 主たる債務が存在すること。
(2) 求償権の行使が不可能となる以前に保証契約が締結されていること。
(3) 保証債務が履行されていること。
(4) 保証債務の履行後に求償権の行使が不可能となること。
(5) 確定申告にあたり同条項の適用を受けたい旨申告すること。
(二) 不二版工業株式会社は含み資産のない資本金一八〇、〇〇〇円の会社であ
り、従業員に対する退職金支払の規定もなく、昭和四八年三月三一日当時一〇、〇
〇〇、〇〇〇円余りの繰越赤字を抱えて倒産寸前の状態にあつた。このような状態
にある会社が退職金支払を約束するはずもなく、原告の保証も認め難い。
なお、原告の主張する保証は原告が従業員等に対して一方的に支払を約したもの
で、その形態からみて原告と債権者間の保証契約とは言えず、原告が保証債務を負
うことはない。
(三) 仮に主債務及び保証債務が存在するとしても、不二版工業が支払不能状態
になつた後の保証であるから前記条項適用の余地はないうえ、原告はその保証債務
を履行していない。
(四) また、前記南大阪住宅株式会社は昭和四七年七月一日より同四八年六月三
〇日までの事業年度で所得金額一二〇、〇一七円の修正申告をしているが、その翌
年からの各事業年度の申告は毎期五、〇〇〇、〇〇〇円以上の赤字で、その経営状
態からして四八、〇〇〇、〇〇〇円もの資金を調達して本件土地を買受ける余裕は
なく、現に右土地代金は昭和五五年六月三〇日までの事業年度の申告等においても
未払いである。原告の主張する保証債務は同社及び不二版工業株式会社の代表取締
役を兼ねる原告が本件土地売却による課税を免れるため仮装したものである。
四 被告の主張に対する反論
株式会社とは名ばかりの個人企業において代表者が個人資産を投げうつて会社の債
務を支払い会社の整理を行うことは通常見受けられることであつて、このような場
合求償権はあつてもその行使が不能であるのが常である。
所得税法六四条二項は、譲渡人が保証債務を履行した後にその求償不能が確定した
場合に限定されるべきではなく、求償権の行使が不能となつて譲渡人に譲渡益のな
い場合の全てに適用されるべきであり、本件の場合にもその適用がある。
第三 証拠(省略)
○ 理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、本件各処分に違法な点があるか否かについて判断する。
1 原告が昭和四八年三月一日本件土地を南大阪住宅株式会社に四八、〇〇〇、〇
〇〇円で売却したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証の一
ないし三によれば原告が昭和四八年分の所得税につき別表(一)の確定申告欄記載
のとおり確定申告し、この内右土地譲渡による分離長期譲渡所得につき譲渡に要し
た費用四三、七九〇、〇一〇円の内訳を後記(1)ないし(3)記載のとおりとし
たうえで別表(二)の確定申告欄記載のとおり申告していることが認められる。
(1) 不二版工業株式会社他従業員退職金の個人保証額 二九、〇〇〇、〇〇〇

(2) 同社旧債個人保証額 四、七九〇、〇一〇円
(3) 同社に対する本件土地立退料 一〇、〇〇〇、〇〇〇円
2 しかし、前項(1)(2)記載の各支出が本件土地の譲渡に要した費用に該当
しないことは右各費目及び原告の主張自体から明らかであり、同項(3)記載の立
退料もこれが支払われたことを認めるに足りる証拠はない。
もつとも成立に争いがない甲第一〇号証の五(乙第一号証の六も同じ)によれば、
原告は昭和四七年一月一〇日付立退料支払約定書と題する書面により不二版工業株
式会社及びサクラデユプロケーター株式会社宛に立退料一〇、〇〇〇、〇〇〇円を
支払う旨約諾した記載があるが、しかし成立に争いがない甲第一〇号証の二ないし
四(乙第一号証の四も同じ)、乙第二号証の一ないし七、第九号証及び原告本人尋
問の結果によれば、不二版工業株式会社の代表取締役は原告であり、本件土地上の
建物には不二技研工業株式会社、不二版産業株式会社及びサクラデユプロケーター
株式会社がそれぞれ時期を異にして設立されたが、これらの会社間では従業員や債
権債務が引継がれ、実質的には原告が主宰する同一企業体とみられること、不二版
工業の同年四月一日以降の経理処理をみても立退料授受の事跡が窺われないこと等
の事実に徴し、前記立退料支払約定書の記載内容はにわかに信用できず、他に立退
料支払の合意を認めるに足りる証拠もない。
3 原告は右(1)(2)記載の各支出につき所得税法六四条二項が適用されるべ
きであると主張する。
成立に争いがない甲第一〇号証の二ないし四、同号証の六(乙第一号証の四、五も
同じ)、乙第二号証の三、第三号証の二、第九号証及び原告本人尋問の結果を総合
すると、原告は不二版工業株式会社、不二技研工業株式会社、不二版産業株式会
社、サクラデユプロケーター株式会社なる会社を順次設立し、本件土地上の建物で
騰写版印刷機を製造していたが、コピーに押されて経営が困難となり、昭和四七年
五月頃倒産状態となり縮少しながら残務整理をして四八年三月三一日当時不二版工
業株式会社として事業を継続していたものの、その時点で繰越欠損金一一、三七
〇、〇一〇円、当期欠損金一八、九二三、四〇〇円合計三〇、一一三、四一〇円と
なり、資本金一八〇、〇〇〇円を減じた欠損額が二八、三一六、〇〇〇円となるよ
うな状況で到底企業の存続が望めなくなつてきたため、かねがね右事業を廃止し本
件土地をマンシヨン建設用地として売却しようと考え、昭和四六年一二月一〇日付
未払金明細並保証書で不二版工業株式会社の岡本軽男商店外三名に対する支払金合
計四、七九〇、〇一〇円、昭和四七年七月一日付退職金要求書並保証書で不二版工
業等の会社従業員A外八名に対する退職金合計二九、〇〇〇、〇〇〇円をそれぞれ
土地売却代金で支払う旨個人保証を約諾したうえ、一部その支払をした事実が認め
られる。
ところで所得税法六四条二項は資産の譲渡代金が回収不能となつた場合の所得計算
の特例(同条一項)と同一の考慮に基づくもので、主債務者に対する求償を前提と
する保証について、保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合においても、
求償権の行使が不能となつた場合には譲渡代金が回収不能となつた場合と同様に所
得計算上求償不能となつた金額が所得計算上存在しないものとみなして課税上の救
済をはかるというものであるから、求償権の行使がそもそも不能であることを知り
ながら敢えて保証をしたときのように最初から主債務者に対する求償を前提として
いない場合には、同条項を適用することができないものといわねばならない。
しかして、原告が不二版工業株式会社に対する求償権の行使が不能であることを承
知のうえで本件保証をなしたことは前認定の事実関係並びに弁論の全趣旨により明
らかであつて、現に求償権を行使しようとした事跡を窺わせる証拠もないから、結
局原告の右主張は失当である。
三 よつて、被告のした本件各処分はいずれも適法であり、原告の本訴請求は理由
がないからこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟
法七条、民事訴訟法八九条に従い主文のとおり判決する。
(裁判官 志水義文 宮岡 章 西野佳樹)
別表(一)、(二)(省略)

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