弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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            主     文
       本件上告を棄却する。
       上告費用は上告人の負担とする。
            理     由
 第1 上告代理人山崎潮,同高野伸,同江口とし子,同新田智昭,同長屋栄治,
同田川直之,同大須賀滋,同山之内紀行,同吉田光宏,同矢田宏人,同原口真,同
田平浩二,同阿部亨,同菊田浩二,同松本妹子,同副田茂生,同田中直治,同重憲
一郎,同東房照男,同遠藤勝也,同柿田学の上告理由第四について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当とし
て是認することができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属す
る事実の認定を非難するものであって,採用することができない。
 第2 その余の上告理由について
 1 本件は,生活保護を受けながら積み立てた学資保険の満期保険金の一部を収
入として認定され,上告人から生活保護法(平成9年法律第124号による改正前
のもの。以下同じ。)に基づき金銭給付を減額する内容の保護変更決定処分を受け
た被保護世帯に属する被上告人らが,上告人に対し,同処分の取消しを求めた事案
である。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 甲(昭和6年2月24日生まれ,平成5年1月21日死亡,以下「甲」と
いう。)は,コンクリートのはつりを主な仕事とする日雇職人であったが,聴力障
害があって,収入は少なく,糖尿病や肝臓病の持病により入退院を繰り返していた。
また,妻の乙(昭和17年2月13日生まれ,平成3年3月10日死亡,以下「乙」
という。)も貧血,神経性胃炎,慢性気管支炎等の持病があり,病気がちで就労に
は支障があった。甲は,交通事故とその後遺症,不況による失職等をきっかけに,
収入を得ることができなくなったため,昭和50年8月6日,その世帯について生
活保護の申請をした。これに対し,上告人は,同年9月23日,上記申請日にさか
のぼって生活扶助等を行う旨の保護開始の決定をした。当時の甲の世帯には,妻の
乙のほか,長男の丙(同44年8月14日生まれ)及び長女の被上告人X1(同4
7年11月21日生まれ)がおり,その後,同51年12月27日に二女の被上告
人X2が出生した。上記保護開始の決定後,甲及び乙は,それぞれ就労して得た金
員については所定の手続に従って申告をして収入としての認定(以下「収入認定」
という。)を受け,同人らの世帯は,給付される保護金品及び収入認定を受けた収
入(以下「給付金等」という。)によって生活していた。
 (2) 甲は,昭和51年6月17日,当時3歳の長女を被保険者として,郵政省
の保険全期間払込18歳満期学資保険(満期平成2年6月16日,保険料月額30
00円,満期保険金50万円。以下「本件学資保険」という。)に加入した。甲が
本件学資保険に加入した目的は,被保険者である長女にとどまらず,約半年後に出
生の予定であった二女の高等学校修学の費用に充てることにもあった。この保険料
の原資は,給付金等であった。
 (3) 学資保険は,郵政省を事業主体とし,子を被保険者,親を契約者とする養
老保険の一種であって,加入年齢は,子が0歳から12歳まで,親が20歳から5
0歳まで,保険金額は50万円から700万円までであり,種類として15歳満期
コースと18歳満期コースに分かれ,18歳満期コースでは被保険者が高等学校に
入学する15歳の時に,保険金の1割に当たる生存保険金(お祝い金)が支払われ
る仕組みになっていた。被保険者の死亡や第1級後遺障害に対しては,それぞれ死
亡保険金や重度障害保険金が支払われ,契約者の死亡等に対してはその後の保険料
の支払が免除され,満期には満期保険金等が支払われることになっていた。
 (4) 生活保護の実務においては,当初は,子弟の高等学校修学について,当該
子弟の生計を被保護世帯から分離するいわゆる世帯分離によってこれを容認する方
法が採られたため,高等学校修学の費用だけでなく修学者の生活費も保護の対象と
ならず,高等学校に修学するためには,自ら又は他からの援助によってこれらの費
用を賄うことが必要であった。しかし,高等学校修学が被保護世帯の自立助長に資
するとの観点から,昭和36年以降,世帯内修学,すなわち,子弟が被保護世帯と
生計を共にし,生活費等について保護を受けながら高等学校修学をすることを認め
る運用がされるようになり,その対象となる学校の範囲も順次拡大されていった結
果,同45年にはすべての高等学校について,さらに同51年には高等学校に準ず
る各種学校についてそれぞれ世帯内修学が一般的に認められるようになった。
 (5) 甲の長男は,昭和60年4月に福岡市内にある私立高等学校に入学し,平
成2年4月に同校卒業を契機に独立して本件世帯から離れた。長女は昭和63年4
月に同市内にある私立高等学校に入学し,平成3年3月に同校を卒業した。また,
二女は,同4年4月に同市内にある私立高等学校に入学したものの,同5年6月に
中途退学した。
 (6) 甲は,長女の高等学校進学費用に充てるため,本件学資保険を担保に貸付
けを受ける一方,その返済をしていたが,平成2年6月19日,本件学資保険の満
期保険金のうち,上記貸付けに対する弁済金等を控除した残金44万9807円(
以下「本件返戻金」という。)を受領した。
 (7) 甲は,平成2年6月分の保護として合計18万円余を受給していたところ
,上告人は,同月28日,生活保護法4条1項及び8条1項に基づき,本件返戻金
のうち44万5807円を収入認定した上,同年7月分から同年12月分までの保
護の月額を9万5175円(ただし,同年7月分は9万5168円)に減額する旨
の処分(以下「本件処分」という。)をした。 
 3 生活保護法による保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力
その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件と
し,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行わ
れるものであり,最低限度の生活の需要を満たすのに十分であって,かつ,これを
超えないものでなければならない(同法4条1項,8条)。また,保護の種類は,
生活扶助,教育扶助,住宅扶助,医療扶助,出産扶助,生業扶助及び葬祭扶助の7
種類と定められており(同法11条1項),各類型ごとに保護の行われる範囲が定
められている。そうすると,保護金品又は被保護者の金銭若しくは物品を貯蓄等に
充てることは本来同法の予定するところではないというべきである。
 しかし,保護は,厚生大臣の定める基準により要保護者の需要を測定し,これを
基として行われる(同法8条1項)のであり,生活扶助は,原則として金銭給付に
より(同法31条1項),1月分以内を限度として前渡しの方法により行われ(同
条2項),居宅において生活扶助を行う場合の保護金品は,世帯単位に計算し,世
帯主又はこれに準ずる者に対して交付するものとされている(同条3項)。このよ
うにして給付される保護金品並びに被保護者の金銭及び物品(以下「保護金品等」
という。)を要保護者の需要に完全に合致させることは,事柄の性質上困難であり
,同法は,世帯主等に当該世帯の家計の合理的な運営をゆだねているものと解する
のが相当である。そうすると,被保護者が保護金品等によって生活していく中で,
支出の節約の努力(同法60条参照)等によって貯蓄等に回すことの可能な金員が
生ずることも考えられないではなく,同法も,保護金品等を一定の期間内に使い切
ることまでは要求していないものというべきである。同法4条1項,8条1項の各
規定も,要保護者の保有するすべての資産等を最低限度の生活のために使い切った
上でなければ保護が許されないとするものではない。
 このように考えると,生活保護法の趣旨目的にかなった目的と態様で保護金品等
を原資としてされた貯蓄等は,収入認定の対象とすべき資産には当たらないという
べきである。生活保護法上,被保護世帯の子弟の義務教育に伴う費用は,教育扶助
として保護の対象とされているが(同法11条1項2号,13条),高等学校修学
に要する費用は保護の対象とはされていない。しかし,近時においては,ほとんど
の者が高等学校に進学する状況であり,高等学校に進学することが自立のために有
用であるとも考えられるところであって,生活保護の実務においても,前記のとお
り,世帯内修学を認める運用がされるようになってきているというのであるから,
被保護世帯において,最低限度の生活を維持しつつ,子弟の高等学校修学のための
費用を蓄える努力をすることは,同法の趣旨目的に反するものではないというべき
である。
 そうすると,甲が同一世帯の構成員である子の高等学校修学の費用に充てること
を目的として満期保険金50万円の本件学資保険に加入し,給付金等を原資として
保険料月額3000円を支払っていたことは,生活保護法の趣旨目的にかなったも
のであるということができるから,本件返戻金は,それが同法の趣旨目的に反する
使われ方をしたなどの事情がうかがわれない本件においては,同法4条1項にいう
資産等又は同法8条1項にいう金銭等には当たらず,収入認定すべき資産に当たら
ないというべきである。したがって,本件返戻金の一部について収入認定をし,保
護の額を減じた本件処分は,同法の解釈適用を誤ったものというべきである。これ
と同旨の原審の判断は正当として是認することができ,論旨は採用することができ
ない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田宙靖 裁判官 金谷利廣 裁判官 濱田邦夫 裁判官 上田
豊三)

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