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平成24年10月5日判決言渡
平成23年(ワ)第8573号地位確認等請求事件
主文
1原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2被告は,原告に対し,平成22年9月から毎月25日限り,67万5000
円を支払え。
3訴訟費用は被告の負担とする。
4この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,被告に雇用されていた原告が,平成22年8月20日付け解雇(以下
「本件解雇」という。)が無効であるとして,①地位確認及び②平成22年8月
分以降の賃金として同年9月から毎月25日限り67万5000円の支払を求め
た事案である。
1争いのない事実及び証拠等(各事項毎に掲記)により容易に認められる事実
(1)当事者等
ア被告
(ア)概要
被告は,アメリカ合衆国に本社を置き,一般顧客(利用者の多くは,
金融取引に携わる金融機関の従業員)向けに経済・金融情報を提供する
通信社であり,アジア,ヨーロッパ等世界126箇所にオフィスを置き,
1万人以上の従業員が勤務している。日本には,昭和62年に進出し,
平成23年現在,約550名の従業員が勤務し,うちA支局には営業部
門に約100名の従業員,編集部門に約150名の従業員がそれぞれ所
属している。
(イ)提供情報の内容等
被告の提供する情報は,当該情報を分析した上での市場動向等と共に
顧客の情報端末に直接送信される。
被告の配信する記事は,その性格により,「速報記事」と「独自記事」
に大別される。
速報記事は,企業が行う決算や経営計画等の発表を受けて当該内容を
報じるものである(大きく値が動いた株価を報じる「ムーバー記事」を
含む。)。速報記事については,発表内容の重要性を的確に判断し,そ
れに応じて可能な限り早く発信する必要があるとともに,当該記事の執
筆記者は,新たな情報があれば,一定の処理要領に沿って記事を更新(ア
ップデート)する必要がある。
独自記事は,記者が独自に取材して執筆するもので,世界経済や産業
動向を踏まえ,当該企業がどのように対処しようとしているのか,新し
い製品やビジネスモデルがどのようなものになるのか,M&Aをどのよ
うに進めようとしているのか,等がその内容となる。独自記事の執筆の
ためには,取材源となる企業との信頼関係や経済全体に対する知識のほ
か,取材対象企業が属する産業や同業他社の動向等幅広い知識・経験と
共に取材能力が必要となる。被告において質が高いと認められた独自記
事は,米国本社に送付され,同本社が審査の上,「Bestoft
heWeek」として表彰されることになっている。
(ウ)編集体制の概要
被告におけるニュース編集については,日本語部門と英語部門があり,
各部門にそれぞれ記者と編集者(エディター)が配属されている。この
うち,日本語部門の記事については,日本語記事を単体で出すのではな
く,英語記者と共同して取材した記事は英語版と同時に日本語記事を配
信し,日本語記者単独で取材した記事の多くは英語に翻訳した上で英語
版と同時に日本語記事を配信するという方式を採っている。
イ原告
原告は,平成2年に株式会社Bに入社し,約13年間記者として勤務し
た後,同社の希望退職募集に応じて退職し,平成17年11月29日,被
告に入社した者である。
なお,原告の賃金は,月額67万5000円(毎月末日締め,当月25
日払)である。(甲1,14)
(2)本件解雇に至る経緯
ア原告は,被告に入社後,株式市場ニュース等を扱う「ストック・チーム」
に配属され,日々の株式相場の様子を記事にする「場況」担当として記事
を執筆していた。
イ平成18年6月頃,原告は,輸送機器製造,運輸業等を担当する「トラ
ンスポート・チーム」に異動となり,同チームにおいて取材や記事の配信
を行っていた。
ウ平成18年11月30日,被告から原告に対し同年の勤務評価が出され
た。その中で,評価期間の評価に関し,チーム・リーダー(以下「TL」
という。)から「Cさんは情報源との関係を築き,業界を理解するために,
相当な時間を費やしたが,残念ながら,独自記事に結びついていない。今
後,Cさんは,インタビューやBreakingNewsを配信するこ
とにフォーカスする必要がある。」,「今後は,Cさんはインタビューを
コントロールし,取材対象からコントロールされないようにしなければな
らない。」,「NIBESTS(判決注:「BestoftheW
eek」と同義)がないということにより,Cさんの記事に改善が必要な
ことがさらに浮き彫りにされている」等のコメントが出され,また,A支
局長からは,コメントとして,「記事の英訳について話し合いたい。日本
で広く読まれる記事は,英訳すべきである。」等のコメントが出されると
ともに,総合評価として,「期待を超えている」,「期待通り」,「期待
に満たない」のうち,「期待に満たない」との評価が出された。(乙2)
エ平成19年6月15日,トランスポートのTLは,原告に対し,これま
で日々の業務の中で原告の仕事の進め方や課題点を指摘してきた中で,特
に原告の仕事の生産性に関して早急に改善する必要があると認識している
として,日本語ニュースチームの記者としてのパフォーマンスに対する原
告の課題点を指摘し,その改善に取り組ませることを目的として,被告内
での「アクションプラン」を実施すると言い渡した。同アクションプラン
は,期間を同月18日から同年9月17日までの3か月間とし,①独自ニ
ュース,単独インタビュー,特種記事を最低5本出稿し,いずれも原告が
主導でアレンジしたものとし,記事は英語ニュースチームと共有して出稿
すること,②担当企業の株価をモニターし,株価に動きがあったときには
速やかに日本語ニュースチーム,英語ニュースチームの各エディターに注
意喚起するとともに,当該動きがあった30分以内にムーバー記事を最低
1日2本執筆すること,③毎日の議題を日本語ニュースチームだけでなく
英語ニュースチーム側にも提出するとともに,毎朝当日の行動・取材予定
をTL,日本語ニュースチームエディターに通知すること,④ヘッドフィ
ル記事(第1報としてのヘッドラインに続く3行程度の短い記事)及びそ
のアップデート記事についての時間規制等が目標として設定された。(乙
7,弁論の全趣旨)
同年9月17日,原告は前記目標をすべて達成して,同アクションプラ
ンを終了した。
オ平成19年12月17日,被告から原告に対し同年の勤務評価が出され,
被告における各コア・コンピテンシー及び部門別コンピテンシーのそれぞ
れについて,TLからの評価が示された。その中で,コア・コンピテンシ
ーについて,①カスタマー・フォーカス(内外の顧客の需要を理解し,満
たすことができる。)に関し,6段階中上から4番目の評価(当該職務に
対して求められるパフォーマンスを一部満たすが,すべて満たすわけでは
ない。)を受けた上で,原告が,顧客が被告に対して正確性,スピード,
独自記事を求めていることを理解する点において少なからぬ進歩をした一
方で,なお改善を求められる主要な分野がスピードであり,特に市場の動
きを追い,記事を作成するスピードが求められる等のコメントを受け,②
機能・技能上のスキルについて,6段階中上から4番目の評価(同上)を
受けた上で,原告は,被告の端末と当該端末にある大量の企業情報をもっ
と活用することが求められる等のコメントを受け,③仕事の質について,
6段階中上から3番目の評価(当該職務に対して求められるパフォーマン
スを満たすか,時々上回っている)との評価を受け,評価期間中のニュー
ス記事について高く評価する等のコメントを受け,④コミュニケーショ
ン・人間関係に関し,6段階中上から3番目の評価(同上)の評価を受け,
原告が同僚とうまくいっており,足りないところがある記者とも十分に分
別を持って対応している等のコメントを受け,⑤革新性・創造性に関し,
6段階中上から3番目の評価(同上)を受け,評価期間中の原告の行動に
ついて評価する等のコメントを受け,⑥前年度の目標(前年度に設定した
目標を達成するに当たり進歩が見られたか否か)に関し,6段階中上から
3番目の評価を受け,アクションプランで設定された目標の達成や,Br
eakingNews(判決注:独自記事その他の人事評価の指標とな
るのに値する記事)を配信できることを示したことについて評価し,来年
の更なる改善を期待する旨のコメントを受けた。また,改善すべき分野に
ついての目標・改善活動として,カスタマー・フォーカスについてはヘッ
ドフィル記事をより早く配信し,株の値動きにより注意すること,「Be
stoftheWeek」となる記事を4本配信すること(いずれ
も平成20年11月30日を期限とするもの)が設定された。(乙3)
カ平成20年3月8日,原告は,日本語ニュースチームの責任者であった
D氏に対し,パートナーであった英語記者の交代を求める文書を送付した。
(乙6,弁論の全趣旨)
また,原告は,被告に対し,担当エディターの変更を求めることが複数
回あった。
キ平成20年11月14日,被告から原告に対し同年の勤務評価が出され,
被告における各コア・コンピテンシー及び部門別コンピテンシーのそれぞ
れについて,TLからの評価が示された。その中で,コア・コンピテンシ
ーについて,①カスタマー・フォーカス(内外顧客の需要を理解し,満た
すことができる。)に関し,6段階中上から4番目の評価(当該職務に対
して求められるパフォーマンスを一部満たすが,すべて満たすわけではな
い。),②機能・技能上のスキルについて,6段階中上から4番目の評価
(同上),③仕事の質について,6段階中上から4番目の評価(同上),
④コミュニケーション・人間関係に関し,6段階中上から3番目の評価(当
該職務に対して求められるパフォーマンスを満たすか,時々上回っている),
⑤革新性・創造性に関し,6段階中上から4番目の評価(前記①と同じ)
をそれぞれ受けた。また,評価期間中の長所,成長分野及び業績について,
Dから,原告について,TOPの記事(被告の端末上のメイン・ニュース
画面に表示される記事で新聞の1面記事に相当するもの)が著しく少ない
ことから,原告がもっと記事を配信する必要があること,記事をより速く
配信し,間違いを少なくする必要があること等の問題点を指摘される一方
で,3本のNIBEST記事やムーバー記事の執筆等について,パフォー
マンスが改善した旨を指摘された。また,要成長分野についての目標・改
善活動として,仕事の質については「BestoftheWeek」
となる記事を4本配信すること,新規取材先として経営者レベルの幹部4
名を開拓すること並びに特集記事4本,単独インタビュー12本及び支局
ニュース2本を配信すること(いずれも平成21年11月1日を期限とす
るもの)が設定された。(乙4)
ク平成20年11月,原告は心神の疲れにより心療内科を受診し,医師の
勧めにより休職した。(弁論の全趣旨)
ケ平成21年2月,原告は復職し,その際,GA(ゼネラル・アサインメ
ント)チーム(様々な業務を行う部隊が混成的に寄り集まり,他のチーム
がカバーしない業種(特に化学工業や重工業)をスポット的にカバーする
部署)に異動となった。
GAチームは,その後,いったん英語のスピードチーム(発表物の速報
等を担当する部署)に吸収されたが,平成21年9月,同チームから日本
語のスピードチーム(以下「日本語スピードチーム」という。)が分離独
立し,日本語スピードチームに日本語記者の代表としてEが就任した。
コ原告は,平成21年6月ころ,被告からコモディティチーム(素材産業
担当)への異動を打診されたが,平成21年10月ないし同年11月に同
異動を撤回された。
サ平成21年11月ころ,原告は,副支局長(当時)のFとEから独自記
事をもっと出すよう命じられた。
シ平成21年12月10日,被告は,原告に対し,パフォーマンスに対す
る課題点を指摘し,その改善に取り組ませることを目的として,PIP(P
erformanceImprovementPlan)と称するア
クションプランへの取組を命じ(以下「第1回PIP」という。),以後
同プランに基づく原告のパフォーマンスをモニターし,約1か月後に達成
状況についてのフィードバックを行うこととした。
第1回PIPにおいて設定されたアクションプランの概要は,①独自記
事について,1週間に1本は配信し,うち1か月に1本はBestof
theWeekに提出できる程度のものであること,②独自記事がすべ
て英語に翻訳されるように自身で責任をもって積極的に働き掛けること,
③1日に1本,株式ムーバー記事を配信すること,④毎日の行動予定を当
日朝にEに連絡するとともに,毎週金曜日に翌週の行動予定をEに報告す
ること,であった。(甲4)
ス平成21年12月,被告から原告に対し同年の勤務評価が出され,総合
的なパフォーマンスについて,「要改善」(定義として,「一部期待を満
たすが,全て満たすわけではない」というもので,6段階評価の上から5
番目であり,分布において下から5%~12%の間に含まれるもの。)と
された上で,上司のコメントとして,評価期間中,同じ業界を担当する英
語ニュース記者がいなかったにもかかわらず,配信された原告の独自記事
のほとんどが英訳されていたことは評価されること,原告は株式市場参加
者が強い関心を示した記事を書いたものの,評価基準を達成することがで
きず,チーム内での評価は平均を下回ったこと,原告は事前準備したり,
被告端末の使い方を学んだり,英語ニュースの記者やエディターとコミュ
ニケーションをとる必要があること,原告が送信するヘッドラインは同業
他社と競争するに当たり重要であることから,速報記事の重要性に対する
認識を改める必要があること等が出された。
また,被告における評価基準(平成21年1月~同年9月期)に基づく
原告の評価は,「要改善」(同上)とされ,BestoftheW
eek選出記事は目標が3本であったのに対し0本,Breaking
Newsは目標が41本であったのに対し14本であったことが指摘さた
上で,上司のコメントとして,BreakingNewsの数はチーム
の平均を下回っており,BestoftheWeek選出記事は1
本もないので,一般的なパフォーマンスの評価基準において改善すべき点
が多々あること,記事本数が増えれば,日本語ニュースのスピードデスク
チームに大きく貢献することになるだろうこと等が出された。
そして,被告におけるコンピテンシーに基づく評価は,「要観察」(定
義として,「期待を満たす」というもので,6段階評価の上から4番目で
あり,分布において下から12%~32%の間に含まれるもの。)とされ,
上司のコメントとして,原告は企業関連の記事やムーバー記事等,いろい
ろな記事が書けるが,そのすべてが質の高い記事の配信に繋がっているわ
けではなく,その取材能力は質の高い記事を書くためには不十分であるこ
と,被告端末を効率よく使って質を高めることができないこと,英語ニュ
ースチームとの協働についても改善が求められること,情報を速報記事と
して配信する必要があること,エディターと良いコミュニケーションをと
ることが重要であること等が出された。
さらに,改善すべき分野に係る上司のコメントとして,原告の配信記事
の本数がチーム平均をはるかに下回ることが懸念事項であること,原告は
英語ニュース記者やチーム内でのコミュニケーション能力を高める努力を
する必要があること,ヘッドラインや記事を素早く配信する努力をする必
要があり,記事配信後のフィードバックも重要であること,被告端末を効
率よく使用することができるようトレーニングを受けることも重要である
こと,が出された。(乙5)
セ平成22年1月27日,第1回PIPの達成状況についてのフィードバ
ックがされ,被告から,原告に対し,アクションプランに係る目標の達成
度に関し,大要,①独自記事について,同月21日の時点で,独自記事の
配信は3本で,そのうち1本はBestoftheWeekへの提
出に値するものだったが,配信目標数の4本に達していないこと,②配信
された独自記事3本はすべて英語に翻訳されていたこと,③株式ムーバー
記事について,23日間の出勤日のうち,配信されたのが13日間のみで
あったこと,④行動予定について,目標どおり提出されていたが,詳細に
欠ける部分が見られたことが指摘された。
被告は,上記結果を踏まえ,原告に対し,第1回PIPにおけるすべて
の目標を達成するに至らなかったとして,引き続き,翌28日からPIP
に取り組むことを命じ(設定されたアクションプランの概要は,概ね第1
回PIPと同じ。以下「第2回PIP」という。),約1か月後に再度そ
のフィードバックを行う旨を伝えるとともに,(ⅰ)原告は第2回PIPに
掲げた目標をすべて達成することが求められること,(ⅱ)同年2月26日
前後に面接をして達成状況についてのフィードバックを行うこと,原告か
らも積極的に被告とコミュニケーションを取ることを求めること,(ⅲ)入
社時に交付した就業規則記載の行動基準及び倫理的行動規範に基づき,「職
務の遂行が不適当,不十分および/または軽率であること,適切な職務基
準を維持しないこと,あるいは当社が独自の決定権をもって決定するその
他の成績不振」は,懲戒処分となる可能性があること,(ⅳ)パフォーマン
スと勤務態度についての基準を遵守せず,期待されるパフォーマンス・レ
ベルやその他の会社規則又は手続に従わない場合,解雇を含む更なる措置
を受ける可能性があることを警告した。(甲5)
ソ平成22年3月5日,第2回PIPの達成状況についてのフィードバッ
クがされ,被告から,原告に対し,アクションプランに係る目標の達成度
に関し,大要,①独自記事について,同月4日までに6本の独自記事を配
信することに成功したが,いずれもBestoftheWeekに
提出できる内容でなく,本数についての改善が見られるものの,内容につ
いて依然として深刻な懸念が見られること,②配信された独自記事6本は
すべて英語に翻訳されていたこと,③株式ムーバー記事について,35本
のムーバー記事が配信され,目標を達成したが,被告の記者として同記事
に取り組む姿勢については不十分な点があり,中でも企業への確認を怠っ
た件については非常に懸念していること,④行動予定について,毎日の行
動予定の報告はあったが,金曜日に翌週の行動予定は提出されなかったこ
とが指摘された。
被告は,上記結果を踏まえ,原告に対し,第2回PIPにおけるすべて
の目標を達成するに至らなかったとして,引き続き,翌6日からPIPに
取り組むことを命じ(設定されたアクションプランの概要は,概ね第1回
PIP及び第2回PIPと同じ。以下「第3回PIP」という。),約1
か月後に再度そのフィードバックを行う旨を伝えるとともに,再度前記セ
(ⅰ)ないし(ⅳ)の警告をした。(甲6)
タ平成22年4月8日,被告人事担当者は,原告に対し,退職勧奨をした
上,自宅待機命令を命じるとともに,被告の端末にアクセスすることを禁
じた。
チ原告は,平成22年4月12日付けで労働組合(G合同ユニオン。以下,
単に「組合」という。)に加入し,同日,組合は被告に対し,原告に対す
る退職勧奨をやめること及び原告に業務を与えて就労させることを要求し,
団体交渉を申し入れた。(甲7の1)
ツ平成22年4月28日の被告と組合との間の第1回団体交渉において,
被告は,原告について,解雇を検討することになる旨述べるとともに,就
労は引き続き拒否した。また,被告は,組合が被告の主張に対する反論の
ために原告の業務資料が保存されている被告のコンピューターシステムに
アクセスすることを求めたのに対し,これを拒否した。
テ平成22年5月20日の第2回団体交渉を経た同月26日,組合は被告
に対し,同日付要求書(甲8)により,原告に対する解雇を相当とする具
体的理由を文書で示すこと等を求めるとともに,被告のコンピューターシ
ステムへのアクセスを認めるよう求めた。(甲8)
ト被告は,平成22年6月10日付回答書(甲9)により,組合の同年5
月26付要求書に対する回答として,解雇の具体的理由を示したが,コン
ピューターシステムへのアクセスについては,原告を職場復帰させる意向
がないことを理由に,これを拒否した。(甲9)
ナ平成22年7月1日,第3回団体交渉が開かれ,組合は,被告に対し,
被告の同年6月10日付回答書に反論するためには被告のコンピューター
システムへのアクセスが必要であるとして,改めて同アクセスを求めたが,
被告はこれを拒否した。
ニ被告は,原告に対し,平成22年7月20日付解雇予告通知書(その写
しが甲11)を送付した。同解雇予告通知書には,原告について,就業規
則の「解雇手続」に記載されている「社員の自己の職責を果たす能力もし
くは能率が著しく低下しており改善の見込みがないと判断される場合」,
「その他やむ得ない理由による場合」に当たるとして,同年8月20日を
もって解雇する旨記載されていた。(甲11)
(3)被告就業規則における解雇に関する規定(「解雇手続」)(甲1)
「ブルームバーグは以下の場合(社員が業務上の負傷又は疾病の療養のため
もしくは産前産後休暇のために休業している期間及びその後の30日間
またはその他法により禁じられている場合を除く)には社員を解雇するこ
とができます。社員が心身の障害のため自己の職責を果たす能力が著しく
低下しているとみなされる場合,社員の自己の職責を果たす能力もしくは
能率が著しく低下しており改善の見込みがないと判断される場合,社員を
懲戒する事由がある場合,社員が公職に任命されたためブルームバーグの
業務を果たせない場合,社員が薬物検査で陽性の結果となりかつリハビリ
テーションが不可能と判断される場合,事業の運営上やむを得ない理由が
ある場合,本規則に別途定められている場合,またはその他やむを得ない
理由による場合。この様な場合には,ブルームバーグは社員に30日前の
書面による予告か,代わりに30日分の平均賃金を解雇予告手当として支
払って解雇することができます。但し,労働基準監督署の認定を受けた場
合,試用期間中の者が就職日から14日以内に解雇される場合,その他法
定の除外事由がある場合は除きます。」
2争点(本件解雇の有効性)に係る当事者の主張
(被告の主張)
(1)以下のとおり,原告は,即戦力として被告に入社したにもかかわらず,被
告の要求を理解しようとせず,①上司,英語部門ニュース記者やエディター
と協調して業務を進められない,②被告の記者として求められるスピードで
記事を配信できない,③配信記事数が少ない,④質の高い独自記事を配信で
きないという致命的な問題があり,かつ,被告が,原告に対し,繰り返し改
善を求めてきたが,原告は改善する努力すらせず,改善の見込みもないこと
から,被告就業規則の「解雇手続」中,「社員の自己の職責を果たす能力も
しくは能率が著しく低下しており改善の見込みがないと判断される場合」及
び「その他やむを得ない理由による場合」に該当することは明らかであり,
本件解雇は有効である。
(2)被告の原告採用理由
被告が原告を採用したのは,株式会社Bにおいて経済記者として13年の
経験を有する即戦力として期待したためであり,そのため被告における原告
の報酬については,年俸810万円と高額に設定された。
(3)被告において記者に求められる役割
ア被告のビジネスモデルは,取材した記事を新聞社や放送局に提供するこ
とがビジネスの柱となる株式会社B等の通信社とは全く異なり,発信情報
を顧客の情報端末に直接送り,また,提供した情報を分析して市場の動向
を示す等して,最先端の情報端末に最新の情報を提供しているものであっ
て,こうしたビジネスモデルの違いからして,記者に求められる能力,資
質,記事の執筆スタイルにも大きな違いがある。
イ取引に使う情報を顧客に直接提供する被告のビジネスでは,スピードが
極めて重要であり,入社と同時に被告の従業員に配布される記事の執筆,
編集に関する基本的な指針や具体的方法が詳細に記載された冊子「The
BloombergWay:AGuideforReporte
rsandEditors」(その写しが乙13)にも,情報を迅速
に伝えることの重要性が記されている。
ウ被告は,「TheBloombergWay」に定められた被告独
自の報道スタイルを重視しており,被告においては,エディターが,記者
と記事の内容について相談したり,記者執筆に係る記事をチェックしたり
して,記事の内容の正確性,分析の妥当性,配信価値の有無等をチェック
する役割を担い,最終的な記事の内容は,責任者のエディターの判断によ
り決められることから,記者とエディターが協力することが重要である。
また,被告では,同一内容の記事を英語と日本語で同時配信することを
基本としていることから,日本語ニュースの記者は,英語ニュースの記者
やエディターと緊密な連携を取る必要があり,そのため,日本語ニュース
チームと英語ニュースチームが緊密に連携する必要がある。
(4)原告の解雇事由該当性
ア上司や同僚との関係について
(ア)所在不明
被告においては,記者やエディターが緊密に連絡し合って業務を進め
る必要があることから,記者は自身の所在を明らかにしておくことが必
要である。しかし,原告は,自分がどこで何をしているのかを上司や同
僚に伝えておくという基本的な約束事を守ることができず,所在不明の
状態が続き,被告から再三の注意を受けたにもかかわらず,これを改め
なかったことから,アクションプランやPIP実施の都度,当該内容が
課題として与えられる状況であった。
(イ)協力関係不構築
a原告は,被告における日本語ニュースチームのエディター並びに英
語ニュースチームの記者及びエディターとの間の緊密な連携の重要性
を理解せず,また,「TheBloombergWay」を読む
こともなく,一人で好き勝手に行動していたため,平成18年の年度
末評価においては,原告の記事が英訳されていないことが問題点とし
て指摘され,また,平成21年の年度末評価においても,英語ニュー
スチームとの協働やエディターとのコミュニケーションに係る改善の
必要性について指摘され,また,原告に対して実施されたアクション
プランやPIPにおいても,英語ニュースチームとの連携を求める課
題を与えられた
b原告は,エディターや英語ニュース記者との間で軋轢を生じること
もあり,被告に対し,英語ニュース記者の担当変更を求める文書を送
り付けたり,エディターの交代を求めたりすることがあった。
イ記者としての能力について
(ア)執筆スピードの遅さ
a被告における速報記事は,記者会見等で情報を入手後,できるだけ
速く第一報(ヘッドライン)を配信し,その後5分以内に3行程度の
短い記事(ヘッドフィル)を配信した後,15分以内に「アップデー
ト1」を配信し,さらに取材をした上で,アップデートを続けていく
こととされているが,原告は,記者会見に行って情報を入手した後,
1時間以上も何の連絡もせず,第一報の送信すらしないこともあった。
また,平成21年11月19日の速報記事(HのI買収)では,第一
報を配信してから「アップデート1」を配信するまでに約1時間を要
し,さらに,平成22年2月4日のHの決算記事では,第一報を配信
してから「アップデート1」を配信するまでに約50分を要している
ところ,このように1時間近くもアップデートができなかったのは,
原告が,迅速に記事を執筆したり,いち早く配信するためにエディタ
ーと連携したりすることができなかったためである。
bこうした原告の執筆の遅さについては,平成19年から平成21年
までの各年度末評価において繰り返し指摘され,また,平成19年の
アクションプランでも速報記事についての課題を与えて,改善を促し
ていた。
(イ)記事本数の少なさ
a被告の記者は,原則として,毎日ムーバー記事や速報記事を書くこ
とに加え,少なくとも1週間に1本程度は独自記事を執筆することに
なっていたが,原告は,執筆する記事の本数が極端に少なく,平成1
8年,平成20年及び平成21年の各年度末評価において,記事本数
の少なさについて指摘されるとともに,アクションプラン及び各PI
Pにおいて,記事本数に関する課題が与えられていた。
b原告は,各PIP実施の前後にかかわらず,配信記事の本数につい
ての態度が大きく変わらず,PIPを重ねても自らのパフォーマンス
を改善しようとする姿勢は皆無であった。
(ウ)記事内容の質の低さ
原告は,他社が重要なニュースを先に報じても,追加の取材をしなか
ったり,重要な企業の幹部をインタビューする機会を得ても,準備不足
で取材に臨んだりしていたことから,市場の関心の高い企業を担当して
いたにもかかわらず,質の高い独自記事を執筆することができなかった。
そのため,平成21年の年度末評価でも原告の記事内容の質や原告の
取材能力についての問題が指摘され,各PIPにおいても,「独自記事
のうち1か月に1本はBestoftheWeekに提出できる
程度の記事であること」が課題として与えられたが,全く改善されなか
った。
(5)本件解雇に至る経緯の相当性
被告は,本件解雇に先立ち,原告に対し任意の退職を促した上,組合に対
しても,詳細な解雇事由を記した書面を交付するとともに団体交渉において
もその内容を子細に説明しているものであって,本件解雇の手続に一切問題
はない。
(原告の主張)
(1)以下のとおり,原告に被告就業規則上の解雇事由該当事由はなく,本件解
雇は,客観的合理性及び社会的相当性を欠くものであって,無効である。
(2)原告の解雇事由該当性
ア上司や同僚との関係について
(ア)被告主張に係る所在不明について
原告は,上司又は所属部署の同僚に社内メール又は口頭で所在や行動
を連絡していたし,携帯電話等で連絡すればいつでも連絡が取れる状態
にしており,何ら業務に支障を来したことはなく,また,アクションプ
ランが実施されるまでこの点について上司から注意されたこともなかっ
た。
アクションプランにおいては,管理職のみならず,これまで求められ
ていなかったチーム内の他の記者宛の行動予定の連絡を突如求められた
が,原告は,与えられた課題に従い,毎朝当日の行動予定を英語で作成
し,トランスポートチームの全員に報告し,同アクションプラン終了後,
平成20年11月まで,上記課題を継続して実行した。
また,平成21年2月の職場復帰後に配属されたGAチームにおいて
も,原告は,外出時には業務に関連性のある記者及びエディター並びに
TLであるDに対して社内メールで外出先と戻り予定時間を伝えて外出
していた。
その後,PIPにおいて,毎日の行動予定を当日朝にEに連絡すると
ともに,毎週金曜日に翌週の行動予定をEに報告することを課題として
求められたことから,原告は,当該課題に従って行動報告を毎日行って
いた。このうち,毎週金曜日の翌週の行動予定の報告については,一時
課題であったことを失念していて実行していなかったことがあったが,
そのことについて日常業務の中で注意されたことはなく,また,この点
について被告から指摘を受けた平成22年3月5日(第2回PIPの達
成状況についてのフィードバックがされた日)以降は,誠実に実行した。
以上より,行動予定の報告等について業務上の問題点を指摘する被告
の主張には理由がなく,この点は解雇事由にはなり得ない。
(イ)被告主張に係る協力関係不構築について
aまず,原告は,エディターらと協力関係を築いて記事を配信してお
り,業務が円滑に進むようにエディター等の同僚との協力関係を築い
ていたのであって,入社当初よりこの点について具体的に指摘され改
善を求められたことはなかったものであり,被告の当該主張は何らの
具体的根拠のない言い掛かりに過ぎない。
次に,原告の記事の英訳について,PIP実施前において原告の独
自記事のほとんどは英訳されるか又は同行した英語記者によって英語
記事が配信されており,また,もともと記事の100%を英語に翻訳
することを被告に求められてはいなかったところ,各PIPで記事の
100%英訳を求められたことから,原告は,当該課題に従って記事
の100%を英訳して配信した。
また,原告は,外国人上司と可能な限り英語でコミュニケーション
をとり,英語関連図書を購入する等してコミュニケーション能力の向
上のための努力をしていた。
b原告が,被告に対し,①英語ニュース記者の担当変更を求める文書
を送付したり,②複数のエディターの交代を求めたりすることがあっ
たことは認める。
しかし,まず,①については,当該英語ニュース記者が,日本語ニ
ュース記者に対して既に発表済みの話題を強引に記事にさせようとし
たり,自分に関心のない取材を原告に押し付けたりすることがあり,
日本語ニュース責任者のDに対して再三当該英語ニュース記者につい
て相談し,改善を訴えたが,対応策がとられなかったために文書送付
をしたものであり,同送付に至るやむを得ない事情があったものであ
った上,当該文書送付については,送付当時もその後も被告から注意
や指導を受けたことがなく,本件解雇の際に突然問題とされたもので
ある。また,②については,原告が被告に対し,二人の担当エディタ
ーの交代を求めたのは,当該エディターの能力に問題があったからで
あり,原告のコミュニケーション能力の問題ではなかった。
イ記者としての能力について
(ア)執筆スピードについて
a被告主張に係る速報記事の配信時間は,努力目標に過ぎず,最重要
のニュースでは当該配信時間に従うことが求められるが,普通のニュ
ースでは3回もアップデートしないことが多かった。また,そもそも
記事の配信速度はエディターの編集が遅れれば遅くなるものであって,
配信速度をすべて記者の責任とする被告の主張は,その前提を欠く。
b原告は,各年度末評価において,一般的・抽象的に記事の配信スピ
ードをより速くすることを求められたことはあったが,具体的にどの
記事について遅かったのかということについての指摘を受けたことは
なかった。
c原告は,通信社記者としての速報の重要性を十分認識しており,例
えば,決算発表の時期においては他社がやらない電話での第一報を行
い,同業他社よりも速く決算数字を送っており,実際に,J株式会社
の中期経営計画の発表については,他社よりも速く数値を報じて受賞
したこともあったのであって,被告主張に係る執筆スピードの遅さが
解雇事由に当たらないことは明らかである。
(イ)記事本数について
a被告主張に係るムーバー記事及び速報記事並びに独自記事について
のノルマ(ムーバー記事及び速報記事は毎日,独自記事は少なくとも
週1本)が課せられた事実はなく,原告の記事の本数が他の社員に比
べて極端に少ないということもなかった。
b原告は,PIP実施開始後,ムーバー記事及び独自記事の双方につ
いて配信本数に係る課題達成に取り組み,いずれについても一定程度
課題を達成していたものである。
(ウ)記事内容の質について
原告は,平成19年に1本,平成20年に2本の記事がBesto
ftheWeekに選出されている上,平成21年2月に職場復帰
して以来,平成22年4月までに25本以上の独自記事を書いているも
のであって,いずれも質の高いものであった。
また,そもそもBestoftheWeekは,各支局からノ
ミネートされた記事についてニューヨークのニュース最高責任者が選出
して付与する賞であるところ,アメリカ中心にグローバルな記事がその
評価の対象となることがほとんどであり,日本企業のニュースが評価対
象となることはほとんどないのであって,記事が同賞に選ばれたことの
ない記者は被告内に多数いるものである。
以上より,原告の記事内容の質が解雇事由に当たらないことは明らか
である。
(3)解雇に至る手続の不当性について
ア本件解雇は,記者としての能力向上とは無関係な課題がほとんどであり,
退職に追い込むための嫌がらせともいえるPIPを3回にわたり実施した
後,原告が各PIPで課された客観的な課題を達成したにもかかわらず,
被告の恣意的な基準で不達成であると評価された上,PIPや日常業務に
おいて注意・指導さえしていないことを解雇理由に加えて解雇したもので
あって,その手続が著しく信義に反することは明らかである。
イ被告は,平成22年6月10日に初めて解雇の具体的理由を示して以降,
わずか1回の団体交渉を経ただけで,しかも原告及び組合が会社のコンピ
ューターシステムへのアクセスを強く求め,組合が反論を提出して解雇に
係る交渉を継続することとしていたにもかかわらず,これらに逆らって解
雇したものであって,実質的な団体交渉拒否の不当労働行為であるととも
に,当事者の反論の機会を封殺した著しく信義に反する違法な解雇である。
第3当裁判所の判断
1平成22年7月20日付け解雇予告通知書の内容(前記第2の1(2)ニ)及び
被告主張に係る解雇事由(①上司,英語部門ニュース記者やエディターと協調
して業務を進められない,②被告の記者として求められるスピードで記事を配
信できない,③配信記事数が少ない,④質の高い独自記事を配信できない)に
照らすと,本件解雇は,被告就業規則におけるⅠ「社員の自己の職責を果たす
能力もしくは能率が著しく低下しており改善の見込みがないと判断される場
合」及びⅡ「その他やむを得ない理由による場合」(前記第2の1(3))に該
当するものとしてされた解雇であると解されるが,前記①ないし④の各事由は
いずれも前記Ⅰに該当するものと解され,その他に前記Ⅱに該当する具体的事
由が解雇事由として主張されているとは解されないことからすれば,本件解雇
は,結局,前記Ⅰの勤務能力ないし適格性の低下を解雇事由とするものと解す
るのが相当である。
そして,かかる勤務能力ないし適格性の低下を理由とする解雇に「客観的に
合理的な理由」(労働契約法16条)があるか否かについては,まず,当該労
働契約上,当該労働者に求められている職務能力の内容を検討した上で,当該
職務能力の低下が,当該労働契約の継続を期待することができない程に重大な
ものであるか否か,使用者側が当該労働者に改善矯正を促し,努力反省の機会
を与えたのに改善がされなかったか否か,今後の指導による改善可能性の見込
みの有無等の事情を総合考慮して決すべきである。
2原告と被告との間の労働契約において原告に求められている職務能力につい

この点について,被告は,被告のビジネスモデルと新聞社や通信社のビジネ
スモデルとの間の違いから,記者として求められる能力,資質及び記事の執筆
スタイルが両者間に大きな違いがある旨を主張しているところ,前記第2の1
(1)アの被告の事業内容,特にその提供情報の内容や編集体制からすれば,原
告が被告において求められる職務遂行の内容及び態度は,それまでの通信社で
の勤務経験におけるものとは異なる面があることは否定できないというべき
である。
しかしながら,他方において,①証人Fの証言によれば,被告においては,
労働者の採用選考上かかる被告の特色あるビジネスモデル等に応じた格別の
基準を設定したり,試用期間中(甲第1号証18頁によれば,被告においては
原則として入社後6か月間が試用期間であると認められる。)においても格別
の審査・指導等の対応を行う等の措置は講じていないと認められること,②前
記前提事実によれば,原告の試用期間経過後,原告について実施されたアクシ
ョンプランやPIPにおいて,エディターや英語ニュース記者との連携,記事
の執筆スピード等に関する指示,指導がされており,被告の記者にはこれらの
能力が求められていたことが認められるものの,本件全証拠によっても,これ
らの事項について社会通念上一般的に中途採用の記者職種限定の従業員に求
められる水準以上の能力が要求されているとは認められないこと,以上からす
れば,社会通念上一般的に中途採用の記者職種限定の従業員に求められている
と想定される職務能力との対比において,原告と被告との間の労働契約上,こ
れを量的に超え又はこれと質的に異なる職務能力が求められているとまでは
認められないというべきである。
以上を踏まえ,被告主張に係る各解雇事由について検討する。
3上司や同僚との関係について
(1)所在不明について
この点に関する被告の主張について,前記第2の1(2)エ,シないしソのと
おり,原告は,被告から,平成19年6月から同年9月まで実施されたアク
ションプランや平成21年12月以降のPIP(第1回~第3回)において,
毎日の行動予定や翌週の行動予定を同僚や上司に報告するよう具体的に求め
られている上,原告は,第2回PIPにおいて明示的に求められた翌週の行
動予定の提出を怠っていたものであり,これらの事実からすれば,被告の使
用者としての主観的評価として,行動予定に関する原告の報告が不十分であ
るとされ,かつ,当該評価には相応の理由があったものと認められるが,他
方において,本件全証拠によっても,かかる報告の不十分さが原告と被告と
の間の労働契約の継続を期待することができない程に重大なものであるとま
では認められない。
また,本件全証拠によっても,上記のアクションプラン及びPIP以外の
場面において被告が原告に対して行動予定に関する報告について具体的に指
示・指導をした事実は認められず,各PIP期間中においても,被告は,原
告に対し,そのフィードバック時にその達成度を伝達するに留まり,日常業
務において原告に対してこの点につき十分な指示・指導をしたものとは認め
られない上,前記前提事実のとおり,原告は,PIPで求められた行動予定
の報告のうち,第2回PIPにおける翌週の行動予定の提出以外については,
目標どおりに提出しており,原告がこの点について被告の指示に従って改善
を指向する態度を示していたと評価し得る。
以上によれば,被告主張に係る所在不明に関する事項を解雇事由とするこ
とには,客観的合理性があるとはいえないというべきである。
(2)協力関係不構築について
この点に関する被告の主張について,まず,前記第2の1(2)ウ,エ,シな
いしソのとおり,原告は,平成18年末の評価において記事の英訳の必要性
について指摘されるとともに,平成21年末の評価においても,英語ニュー
スチームとの協働やエディターとのコミュニケーションに係る改善の必要性
について指摘されている上,原告について実施されたアクションプランやP
IPにおいても,英語ニュースチームとの連携を求める課題が与えられてお
り,これらの事実からすれば,前記の各時点における被告の使用者としての
主観的評価として,英語ニュースチームやエディターとの協力関係の構築が
不十分であると評価されていたものと認められるが,他方において,同オ,
キのとおり,平成19年及び平成20年の各年度末評価においては,コミュ
ニケーションについていずれも6段階中3番目の評価(「当該職務に対して
求められるパフォーマンスを満たすか,時々上回っている。」)を得ており,
被告の主観的評価でも原告のコミュニケーション能力の不足が恒常的なもの
とは解されないことに加え,本件全証拠によっても,かかる能力不足が原告
と被告との間の労働契約の継続を期待することができない程に重大なもので
あるとまでは認められない。また,原告は,アクションプランやPIPで求
められた英訳の課題をすべて実行する等,この点についての被告の指示に従
って改善を指向する態度を示していたと評価し得る。
次に,同カのとおり,原告は,平成20年3月8日にD(日本語ニュース
チームの責任者)に対してパートナーであった英語記者の交代を求める文書
を送付したり,被告に対して担当エディターの変更を複数回求めたりしてい
るが,かかる交代要求が原告の責めに帰すべき事由によるものと認めるに足
りる証拠はない上,前記のとおり平成20年末の評価においてはコミュニケ
ーションについて被告から一定の評価を受けていることも併せかんがみれば,
当該事実をもって労働契約の継続を期待できない程に重大なコミュニケーシ
ョン能力の不足があるとまでは認められないというべきである。
以上によれば,被告主張に係る協力関係不構築に関する事項を解雇事由と
することには,客観的合理性があるとはいえないというべきである。
4記者としての能力について
(1)執筆スピードの遅さについて
この点に関する被告の主張について,前記第2の1(2)エ,オ,キ,シない
しソのとおり,原告は,被告から,平成19年6月から同年9月まで実施さ
れたアクションプラン,平成19年から平成21年までの各年度末評価にお
いて,繰り返し,記事をより速く配信することが求められる旨の指摘を受け
たり,記事の執筆の速さが求められる事項を課題として設定されたりしてい
ることに加え,乙第9号証,第10号証,第41号証,証人Fの証言及び証
人Eの証言によれば,原告は速報記事のアップデート等に被告が期待するよ
りも多くの時間を要する傾向にあったと認められることからすれば,被告の
使用者としての主観的評価として,原告による記事の執筆ないし配信のスピ
ードが遅く,改善を要するものと評価されていたと認められる。
しかしながら,他方において,①被告主張に係るヘッドライン,ヘッドフ
ィル,アップデートといった記事配信の具体的な制限時間(前記第2の2(被
告の主張)(4)イ(ア))は,入社時の配布資料「TheBloomberg
Way」その他の服務規律等を記載した資料に明示されているものではない
上,前記の各年度末評価や課題設定においても同制限時間が明示されている
ものではないことからすれば,同制限時間は,原告と被告との間の労働契約
上,これを遵守できないことが直ちに解雇事由になる程の重要な内容になっ
ていたものとは認められないこと,②被告が具体的に主張する原告の記事配
信が遅延した事実関係は二,三例であって,原告の勤務期間(解雇時まで5
年弱)に照らして多いとはいえないことからすれば,原告による記事の執筆
ないし配信のスピードが遅さについて,現時点で原告と被告との間の労働契
約の継続を期待することができない程に重大なものであるとまでは認められ
ない。
また,前記認定事実によれば,被告は,原告の記事の執筆ないし配信のス
ピードが遅いことについて,前記の各評価で抽象的に指摘するに止まり,本
件全証拠によっても,原告との間でその原因を究明したり,問題意識を共有
したりした上で改善を図っていく等の具体的な改善矯正策を講じていたとは
認められない。
以上によれば,被告主張に係る執筆スピードの遅さに関する事項を解雇事
由とすることには,客観的合理性があるとはいえないというべきである。
(2)記事本数の少なさについて
この点に関する被告の主張について,まず,前記第2の1(2)ウないしオ,
キ,サないしソのとおり,原告は,平成19年6月から同年9月まで実施さ
れたアクションプラン,平成19年から平成21年までの各年度末評価及び
平成21年12月以降のPIP(第1回~第3回)において,繰り返し,配
信記事の本数を増やす必要性について指摘を受けたり,配信すべき記事本数
を課題として設定される等しており,これらの事実からすれば,被告の使用
者としての主観的評価として,原告が配信する記事本数が不十分であると評
価されていたものと認められる。
しかしながら,他方で,被告主張に係る記事本数に関する被告の記者の義
務,すなわち,被告の記者が原則としてムーバー記事や速報記事の毎日の執
筆に加えて少なくとも1週間に1本程度の独自記事の執筆が義務付けられて
いたことを認めるに足りる証拠はない上,本件全証拠によっても,原告によ
る配信記事本数の少なさが原告と被告との間の労働契約の継続を期待するこ
とができない程に重大なものであるとまでは認められない。すなわち,被告
は,乙第17号証(原告と他の14名の匿名の記者の平成21年1月から平
成22年3月までの間の独自記事及び全記事(独自記事)の各本数を比較し
た被告作成に係る表)を援用して,日本語ニュースチームで原告と同様の仕
事をしている14名の記者の配信記事本数に比して原告の配信記事本数が著
しく少ない旨主張するが,乙第17号証については,原告以外の14名の記
者の比較対象としての適格性,計上した記事本数の正確性,選定記事の妥当
性等の検証ができないという問題があることから,同書証に基づいて原告の
配信記事本数の少なさの度合い(程度)を評価することはできず,他に原告
による配信記事本数の少なさが前記のとおり重大なものであると認めるに足
りる証拠はない。
さらに,アクションプランや各PIPにおいて設定された配信記事本数に
係る課題について,原告は,独自記事の本数については全て達成し,ムーバ
ー記事についても,第1回PIPにおいては目標数に遠く及ばなかったもの
の,第2回,第3回の各PIPにおいては目標数を達成するか又はそれに近
い数値に及んでおり,この点についての被告の指示に従って改善を指向する
態度を示していたと評価し得る。
以上によれば,被告主張に係る記事本数の少なさに関する事項を解雇事由
とすることには,客観的合理性があるとはいえないというべきである。
(3)記事内容の質の低さについて
この点に関する被告の主張について,前記第2の1(2)ウ,キ,シないしソ
のとおり,原告は,平成18年,平成20年及び平成21年の各年度末評価
において,配信記事の間違いを少なくする必要があること,「Besto
ftheWeek」選出記事数や「BreakingNews」数が
少ないこと,原告の取材方法に問題があること等の指摘を受け,これらの事
項について改善を求められていることや,平成21年12月以降のPIP(第
1回~第3回)において,月1回は「Bestoftheweek」
に提出できる程度の独自記事を提出することが課題として設定されているこ
とに加え,乙第41号証によれば,平成22年に入ってからも,原告の執筆
記事には誤記や不正確な表現が散見されていたと認められることからすれば,
前記の各時点における被告の使用者としての主観的評価として,原告の執筆
する記事の内容について,不正確であり,また,質ないし価値が乏しく改善
の必要があるとされ,かつ,当該評価には相応の理由があったものと認めら
れる。
しかしながら,他方において,原告と被告との間の労働契約上,「Bes
toftheWeek」選出記事数や「BreakingNews」
数がいわゆるノルマとして設定されていたことを認めるに足りる証拠はない
上,本件全証拠によっても,原告執筆に係る記事内容の質の低さが原告と被
告との間の労働契約の継続を期待することができない程に重大なものである
とまでは認められない。すなわち,被告は,乙第15号証(原告と他の14
名の匿名の記者の平成21年1月から平成22年3月までの間の各「Bes
toftheWeek」選出記事数を比較した被告作成に係る表)を
援用して,日本語ニュースチームで原告と同様の仕事をしている14名の記
者の「BestoftheWeek」選出記事数平均4.7本(上記
期間計)に比べ,原告の0本(同)が著しく少ない旨主張するが,乙第17
号証(前記(2))と乙第15号証とを対比してみると,「Bestoft
heWeek」に選出される独自記事の割合は,原告以外の者についてみ
ても,多い者で約9.2%(独自記事65本中選出記事6本),少ない者で
0%(独自記事39本中選出記事0本)であり,特に質の高い記事が「Be
stoftheWeek」に選出されているものと認められることか
らすれば,これに選出されないことをもって,直ちに原告の記事内容の質の
低さが原告と被告との間の労働契約の継続を期待することができない程に重
大なものであるとまでは認められないというべきである。また,被告は,乙
第16号証(原告執筆記事のヒット件数(顧客が配信記事を閲覧した回数)
を一覧表にしたもの)を援用し,原告執筆記事のヒット件数は,評価対象の
ボーダーラインとなる500件を下回るものが多く,原告執筆に係る記事が
顧客の関心を引かなかった旨主張し,証人Eの証言中にもこれに沿う部分が
存するが,これについても,500件という数値が記事内容の質を計る具体
的な指標としてどの程度有効なものか明らかではなく,かかるヒット件数を
もって,原告の記事内容の質の低さが原告と被告との間の労働契約の継続を
期待することができない程に重大なものであるとまでは認められないという
べきであり,他に,原告執筆に係る記事内容の質の低さが前記のとおり重大
なものであると認めるに足りる証拠はない。
さらに,被告は,原告執筆に係る記事内容の質の問題について,前記の各
評価で抽象的に指摘したり,PIPにおいて月1回「Bestofth
eweek」に提出できる程度の独自記事を提出するという課題を設定す
るに止まり,原告の記事内容の質向上を図るために具体的な指示を出したり,
原告との間で問題意識を共有した上でその改善を図っていく等の具体的な改
善矯正策を講じていたとは認められない。なお,この点について,被告は,
原告は被告の指導を理解できず,また,被告の指導を受ける姿勢がなかった
旨主張しているが,PIPで設定された目標に対する原告の前記達成度合い
からすれば,必ずしも被告の指導に対する理解ないし姿勢がなかったとはい
えないのであり,この点に関する被告の主張には理由がない。
以上によれば,被告主張に係る記事内容の質の低さに関する事項を解雇事
由とすることには,客観的合理性があるとはいえないというべきである。
5前記1ないし4によれば,本件解雇は,その余の点について判断するまでも
なく,本件解雇は,客観的に合理的な理由を欠くものとして無効であるという
べきである。
第4結論
以上のとおりであるから,原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容す
ることとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第36部
裁判官光岡弘志

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