弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

         主    文
     原判決及び第一審判決を破棄する。
     被告人を懲役四年に処する。
     第一審における未決勾留日数中一〇〇〇日を右刑に算入する。
     押収してある理髪用鋏一丁(高松高等裁判所昭和五四年押第二三号の一)
を没収する。
         理    由
 被告人本人の上告趣意は、憲法三七条二項、三八条一項二項違反、判例違反をい
う点を含め、実質はすべて単なる法令違反、事実誤認、再審事由の主張であり、弁
護人佐長彰一及び同森吉徳雄の各上告趣意は、事実誤認の主張であつて、いずれも
刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 しかしながら、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決及び第一審判決
は、次の理由により破棄を免れない。
 一 第一審判決及び原判決が認定し、記録に徴しても是認できる本件事案の概要
は、次のとおりである。すなわち、被告人とAとは、共に徳島市内の造船所工員寮
に住み込み熔接工として働いていたが、仕事上のことなどで反目し合い、その間柄
は険悪化しつつあつたところ、昭和五〇年五月二四日夜、寮近くの酒店で両名の間
で口論となり、被告人は、Aに顔面を殴打されて前歯を折られるなどし、そのため
一旦帰寮したものの憤まんが収まらず、Aに非を認めさせようとして同人の帰るの
を待つていたが、そのうち帰寮したAの怒鳴る声がしたので、木刀を携えズボンの
後ポケツトに理髪用鋏を入れて寮二階ホールに赴き、Aと相対して同人を難詰する
に至つた。しかし、声を聞きつけて来たBが仲裁に入り、同人に木刀を捨てて話合
いをするよう説得されたことから、被告人は、その言に従い、手にした木刀を同ホ
ール壁際に置かれた下駄箱の裏側に投げ入れ、寮前庭に通じる階段を先に立つて下
り始めたところ、Aは、いきなり右下駄箱を倒して被告人の捨てた木刀を取り上げ、
それを手にして追いかけ、寮前庭で被告人に右木刀で殴りかかつたため、被告人は、
頭、足首等を殴打され、当初は逃げ回つていたものの、そのうち鋏を取り出してA
に対し刺突行為に及び、同人に胸腔内や心臓に達する刺創等を負わせ、間もなく同
人を死亡させたものである。
 そして、被告人は、Aに対する殺人(公訴事実第一)及び理髪用鋏の不法携帯の
銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)違反(公訴事実第二)の両事
実で起訴されたものである。しかし、第一審判決は、被告人が木刀を下駄箱の裏側
に投げ入れて階段を下りようとした時点では、被告人はAと穏やかに話合いができ
ると考えていたと認めるのが相当であるから、同人が木刀で殴りかかつてくること
は被告人にとつて予想しえない出来事といわざるをえず、同人の右行為はまさに被
告人の生命、身体に対する急迫不正の侵害であり、被告人のAに対する刺突行為は、
右の侵害に対し自己の生命、身体を防衛するため行つたやむをえない行為であると
して、殺人について正当防衛の成立を認め、銃刀法違反については、被告人が鋏を
所持したのは防衛の用に供するためであり、時間的にも短く、場所的にも寮内及び
その前庭という限られた範囲にとどまるとの理由から、違法性阻却を認め、公訴事
実全部について罪とならないとして被告人を無罪とした。これに対し、原判決は、
第一審判決に対する検察官の控訴を容れ、殺人についての正当防衛及び銃刀法違反
についての違法性阻却をいずれも否定して、第一審判決を破棄したうえ、殺人及び
銃刀法違反の両罪の成立を認め、被告人を懲役六年の刑に処した。すなわち、原判
決は、被告人が木刀を捨てて階段を下りる際の状況及びAと被告人との寮前庭での
攻防の状況の両者につき、第一審判決の認定するところは肯認できないとして、前
者については、第一審判決認定のように話合いをするについてAが進んで申出をし
たりあるいは納得した様子は認められず、ただ仲裁に入つたBの勧めに従つて被告
人が木刀を捨て、Aも握つていた被告人の手を離し両者が離れることになつたもの
であると認定し、後者については、第一審判決認定のように被告人がAの攻撃を受
けて防戦一方であつたわけではなく、被告人が立つてAに組みつき対抗した状況が
あり、被告人はAからの攻撃に対して劣勢を挽回し積極的に攻撃を加えた事案が認
められるとし、そのような事実認定に立つたうえ、当夜のいきさつ等からして当時
抑え難い憤激の情を抱いていたと推測される被告人とAとの間で話合いが行われる
状況にはなかつたこと、被告人が予め鋏を用意していたこと、被告人のAに対する
攻撃は激しいものであつたことなどの理由から、被告人はAと喧嘩になることを予
期しその機会を利用して積極的に同人を加害する意思であつたと認められるとし、
結局、殺人については侵害の急迫性に欠けるので正当防衛の成立を認めることはで
きず、また、銃刀法違反については、右正当防衛の成立が否定される以上その違法
性が阻却される理由はないとしたのである。
 二 そこで検討するに、本件殺人における正当防衛の成否をめぐつては、被告人
に対するAの木刀による攻撃が、被告人にとつて予測できなかつた急迫な侵害にあ
たるか否かについて、前記のとおり原判決と第一審判決とで判断を異にするのであ
るが、原判決及び第一審判決の認定する事実関係に照らして判断すると、被告人は、
木刀を捨てて階段を下りた時点では、Aと話合いをする積もりであり、同人もそれ
に応じるものと予期していたもので、Aが被告人の捨てた木刀を取り上げ攻撃して
くることは予想しなかつたと認めるのが相当である。たしかに、被告人は当夜Aに
対しかなり強い憤激の情を抱いていたことであり、被告人が木刀を手にして寮二階
ホールでAに相対し同人を難詰した時点までをとらえるならば、それまでのいきさ
つからしても、被告人はAと喧嘩になることを予期しそのため木刀を手にしていた
と推認することはあながち無理とはいえない。しかしながら、その後Bが仲裁に入
り、同人から喧嘩をしないよう説得されたことにより、Aは、話合いの明確な意思
表示まではしなかつたものの、握つていた被告人の手を離し、一方、被告人は、手
にしていた木刀を下駄箱の裏側に投げ入れたうえ、Aに向かつて「話合いをしよう
ではないか。」といつて、先に立つて階段を下りているのであるから、この事実か
ら合理的に推測するならば、木刀を捨てて階段を下りた時点では、被告人としては
Aは話合いに応じるものと予期し、自らもその意図であることを積極的に示す態度
に出たものと認めるのが自然である。もし右の時点で被告人がAとは話合いができ
ずなお喧嘩になるものと予測していたのであるならば、空手の心得もあるAに腕力
では到底かなわないと思つている被告人が、対抗すべき有力な武器である木刀を捨
てることは、いかにも不自然である。また、原判決も肯認するとおり、被告人はA
から攻撃を受けるや直ちに鋏で応戦することなく、当初はAの攻撃を避けて逃げ回
り、さらに鋏を取り出した後も最初の段階では、それを振り回すなどしてAを威嚇
する行動に出ていたに過ぎないのであるから、これら一連の行動からすれば、原判
決のように被告人は当初から木刀を捨てても喧嘩に際しては隠し持つた鋏で対抗し
ようと意図していたと見ることは、相当でない。さらに原判決は、被告人が喧嘩を
予期していたことを推認せしめる事由として、被告人が予め鋏を用意し隠し持つて
いたこと、被告人のAに対する攻撃の態様、すなわち刺突行為は胸腔内や心臓に達
するほどの相当強力なものであり、しかもそれは木刀が折れてAの攻撃力が減じた
後になされたと考えられることを挙げるのであるが、原判決がその判文中に引用す
る被告人の検察官に対する供述調書(昭和五〇年六月一一日付)の記載によつても、
鋏は必ずしもAとの喧嘩に備えて用意したものといえるものではなく、また、Aに
対する応戦行為は防衛の意思に憤激の情が加わつて激しくなつたものとも考えられ
るから、原判決の挙げる右各事由は、いずれも被告人がAとの喧嘩を予期していた
ことを裏付けるものということはできない。従つて、Aの木刀による攻撃は被告人
の予期しなかつたことであつて、それは被告人に対する急迫不正の侵害というべき
であり、この点において、原判決が、被告人はAの攻撃を予期しており、その機会
に積極的に同人を加害する意思であつたもので、Aの攻撃は侵害の急迫性に欠ける
としたのは、事実を誤認したものといわざるをえない。
 そして、原判決及び第一審判決の認定する事実関係並びに原審及び第一審で取り
調べた証拠により判断すると、Aの木刀による攻撃は、兇器の種類、形状及び攻撃
態様等からして、被告人の生命、身体に対する侵害の危険を有するものであつたと
認められ、それに対し、被告人は、前記のとおり当初は逃げ回りあるいは鋏を振り
回して威嚇する行為に出たが、それでもなお攻撃を止めないAに対し鋏でその胸部
等を突き刺すに至つたものであつて、その経過、状況からすれば、被告人が右刺突
行為に及んだのは、自己の生命、身体を防衛する意思に出たものと認めるのが相当
である。しかしながら、被告人は、Aの攻撃力が木刀の折損等により相当弱まつた
にもかかわらず、なお反撃行為を継続してついにAを殺害するに至つたものと認め
られるから、被告人のAに対する刺突行為は、全体として防衛のためにやむをえな
い程度を超えたものといわざるをえない。また、鋏の携帯については、たとえそれ
が第一審判決の指摘するような防衛の目的でしかも時間的、場所的に限られた範囲
にとどまつたとしても、それをもつて違法性が阻却されるべき事由となすことはで
きないというべきである。
 そうすると、被告人の本件殺人は、Aによる急迫不正の侵害に対し自己の生命、
身体を防衛するためその防衛の程度を超えてなされた過剰防衛にあたり、理髪用鋏
の携帯については銃刀法違反罪が成立するというべきであるから、右殺人について
正当防衛のみならず過剰防衛の成立をも否定した原判決は事実を誤認したものであ
り、また、右殺人について正当防衛の成立を認め、鋏の携帯について違法性阻却を
認めた第一審判決は事実を誤認しまたは法令の解釈適用を誤つたものといわざるを
えない。
 三 以上の次第で、原判決及び第一審判決には、判決に影響すべき事実誤認ある
いは法令違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められるから、
刑訴法四一一条一号、三号により原判決及び第一審判決をいずれも破棄し、同法四
一三条但書により更に判決することとする。
 原判決の挙示する証拠によれば、被告人は、第一 徳島市a町bc番地所在のC
株式会社工員寮に寄宿し熔接工として働いていたが、かねてより同僚のA(当時三
八年)と仕事のことなどで反目し合つていたところ、昭和五〇年五月二四日午後八
時ころ仕事を終えて酒店で飲酒中右Aと口論となり、同人より手拳で顔面を殴打さ
れ前歯を折られるなどの傷害を負わされ、その場は同僚らに仲裁されて前記寮に戻
つたものの、Aに対する憤まんやるかたなく、同日午後一〇時ころ、寮に帰つてき
たAが大声で被告人を呼ぶのに応じ、木刀一本(高松高等裁判所昭和五四年押第二
三号の二は折れたもの)を携えさらに理髪用鋏一丁(同押号の一)をズボンの後ポ
ケツトに入れて寮二階ホールに赴き、Aと対峙したが、間もなく同僚のBが仲裁に
入り、同人から説得されたため、Aと話合いをする積もりで、右木刀を下駄箱の裏
側に投げ入れ、「話合いをしようではないか。」といつて先に右ホールから前庭に
通じる階段を下りて行つたところ、Aが不意に右下駄箱を倒して木刀を取り出し、
それを振りかざして殴りかかり、頭、足首等を殴打してきたことから、自己の生命、
身体を防衛するため、防衛の程度を超えて、殺意を持つて、寮前庭において右理髪
用鋏でAの左胸部、腹部等約一三か所を突き刺し、よつて同人を左胸部刺創に基づ
く心臓タンポナーデにより間もなく同所で死亡させて殺害し、第二 業務その他正
当な理由がないのに、右の日時場所において、刃体の長さ約九センチメートルの右
理髪用鋏一丁を携帯したことが認められる。なお、弁護人及び被告人は、右第一の
殺人について正当防衛を、同第二の鋏の携帯について違法性阻却を主張するが、前
記のとおり、前者については過剰防衛が認められる限度で理由があり、後者につい
ては理由がないものである。
 法令に照らすと、被告人の右第一の行為は刑法一九九条に、同第二の行為は昭和
五二年法律第五七号による改正前の銃砲刀剣類所持等取締法三二条二号、二二条に
該当するので、各所定刑中、第一の罪につき有期懲役刑を、第二の罪につき懲役刑
をそれぞれ選択するところ、検察事務官作成の別事件確定裁判通知書によれば、被
告人は昭和五七年一二月二三日高松地方裁判所丸亀支部で暴行、恐喝罪により懲役
一年二月、執行猶予三年に処せられ、右裁判は昭和五八年四月六日確定したことが
認められ、刑法四五条前段及び後段によれば、本件各罪と右確定裁判のあつた罪と
は併合罪の関係にあるので、同法五〇条によりまだ裁判を経ていない本件各罪につ
いて更に処断することとし、同法四七条本文、一〇条により重い第一の罪の刑に同
法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、
同法二一条を適用して第一審における未決勾留日数中一〇〇〇日を右刑に算入し、
押収してある理髪用鋏一丁(高松高等裁判所昭和五四年押第二三号の一)は、第一
の殺人の犯行の用に供した物で被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二
号、二項によりこれを没収し、第一審及び原審における訴訟費用は刑訴法一八一条
一項但書により被告人に負担させないこととする。
 よつて、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
 検察官村上尚文 公判出席
  昭和五九年一月三〇日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    大   橋       進
            裁判官    木   下   忠   良
            裁判官    鹽   野   宜   慶
            裁判官    宮   崎   梧   一
            裁判官    牧       圭   次

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛