弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人中村栄治上告趣意第一点について。
 しかし、記録によれば、被告人が原審公廷で司法警察官に対して殺意の点放火の
動機について判示のように自白したのは警察で叩かれたり撲られたりした為めであ
る旨陳述したことは所論のとおりであるが、この点について、原審は被告人を取調
べた司法警察官Aを証人として訊問したところ、同証人は被告人に対して無理な取
調をしたことはない趣旨を供述している。そして全記録を通しても該証言を排斥し
て被告人の右陳述を肯認するに足る何等の証拠も存しない。されば原審が所論司法
警察官の被告人に対する聴取書中の殺意に関する被告人の自白を任意に基くものと
認めてこれを証拠としたからといつて、原判決には所論刑訴応急措置法第一〇条第
二項若しくは憲法第三八条第二項に違反する不法があるとはいえない。また原判決
は所論司法警察官に対する被告人の自白と論旨摘録の他の証拠とを綜合し就中その
自白を除外したる他の証拠を綜合して認め得べき「被告人が判示のごとく食事に供
するため仕込んであつた飯釜に大形梅干大の青酸加里一片を投入れた客観的情況を
も勘案して判示事実を認定したものであることは判文上明白である。されば右被告
人の自白を証拠に採用した原判決の措置は前記各条第三項の場合には当らないから
同条項に違反するものともいえない。なお判決において、証拠によつて罪となるべ
き事実を認めた理由を説明するには、如何なる証拠の如何なる部分を認定の資料と
したかがその判決の証拠説示と事実の摘示と相俟つて具体的に判明すれば足りるめ
である。そして原判決は殺意の点についての証拠理由の説明としては「司法警察官
の被告人に対する聴取書中殺意の点につき判示と同趣旨の供述記載」と説示してい
るから、右証拠説示を原判決の事実の摘示と対照して読めば、右聴取書中の供述の
内容を具体的に知り得るから、原判決には、所論のような犯罪事実を認めた証拠上
の理由を説示しない違法はない。論旨は理由がない。
 同第二点について、
 原判決が被告人の殺意を認定したのは被告人の司法警察官に対する自白その他原
判決挙示の証拠によつたものであることは第一点において説明したとおりであるか
ら原審があたかも被告人の青酸加里を炊飯釜中に投入した事実のみを捕えて被告人
の殺意を認定したかの如く独断前提して、原審のした殺意の認定をもつて実験則に
反するもののように主張する所論は結局事実審たる原裁判所の裁量権にのみ属する
事実の認定を非難するに帰着し上告適法の理由とはならぬ。なお、所論は被告人の
青酸加里を炊飯釜中に投入しただけでは、もともと殺人の目的を達することは不能
であるから被告人の所為は不能犯である旨の主張をするようでもあるが所論のよう
に暗い所で食事を採ることは普通考えられないことであり、また青酸加里を入れて
炊いた本件米飯が黄色を呈し臭気を放つているからといつて何人もこれを食べるこ
とは絶対にないと断定することは実験則上これを肯認し得ないところであるから、
たやすくその主張を容認することはできない。しかのみならずかかる不能犯の主張
は行為と結果との因果関係を不能なりとするものであるから行為の外結果の発生を
犯罪の積極的構成要件とする本件殺人罪においては結局罪となるべき事実を否定す
る主張に帰着する。されば旧刑訴第三六〇条第二項にわゆいる「法律上犯罪の成立
を阻却すべき原由たる事実上の主張」換言すれば、犯罪構成要件以外の事実であつ
てその事実あるがため法律上犯罪不成立に帰すべき原由たる事実上の主張に該当し
ない。それ故判決においてこれに対する判断を示す要あるものではない。論旨は理
由がない。
 同第三点について。
 しかし、原判決は弁護人のなした本件犯行当時被告人は一時的心神耗弱の状態に
陥つていた旨の主張を採用しないと判示していることは判文上極めて明白であるか
ら、原判決には弁護人の右主張に対して判断を示さなかつた違法は存在しない。な
お、被告人の犯行の動機及び犯罪の情状が憫諒すべきものであり被害は既に賠償さ
れているとの弁護人の主張は判決に判断を示すべき法律上刑の減免の原由たる事実
の主張に当らないから原審がこの弁護人の主張に対する判断を判示しなかつたから
といつて、原判決には所論のような違法はない。
 同第四点について。
 所論縷述するところは結局原審の事実認定を非難し原判決挙示の証拠によつて判
示事実を認定したのは実験則に反する違法のものであるというに帰着する。しかし
原審のした判示事実の認定はその挙示せる証拠によつてこれを肯認することができ
るし又右認定は何等実験則に反する違法のものでない。なお原判決の証拠説明は証
拠上の理由の説明として間然するところがないから所論のような違法はない。論旨
は理由がない。
 弁護人山本忠義上告趣意について。
 しかし、論旨の理由のないことは、弁護人中村栄治の上告趣意第一点中同一論旨
の理由のないことを説明したところで明らかであるから、ここには説明を省略する。
 よつて旧刑訴第四四六条に従い主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官全員の一致した意見である。
 検察官 橋本乾三関与
  昭和二四年一月二〇日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    岩   松   三   郎

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