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主文
原判決を破棄する。
本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人河内尚明ほかの上告受理申立て理由について
以下に摘示する地方税法及び固定資産評価基準(昭和38年自治省告示第158
号。以下「評価基準」という。)の規定ないし定めは,特に断りのない限り現行の
ものをいう。なお,昭和62年1月1日から平成18年12月31日までの間に施
行された地方税法及び評価基準の改正の経緯については,説示に影響しないことか
ら,その記述を省略する。
1本件は,第1審判決別紙物件目録記載の倉庫(以下「本件倉庫」という。)
を所有し,その固定資産税等を納付してきた上告人が,昭和62年度から平成13
年度までの各賦課決定の前提となる価格の決定には本件倉庫の評価を誤った違法が
あり,上記のような評価の誤りについて過失が認められると主張して,所定の不服
申立手続を経ることなく,被上告人を相手に,国家賠償法1条1項に基づき,上記
各年度に係る固定資産税等の過納金及び弁護士費用相当額の損害賠償等を求めてい
る事案である。
2(1)地方税法によれば,固定資産税の納税者は,その納付すべき当該年度の
固定資産税に係る固定資産について固定資産課税台帳に登録された価格について不
服がある場合においては,原則として価格の公示の日から納税通知書の交付を受け
た日後60日までの間(ただし,平成11年法律第15号による改正前においては
原則として毎年3月1日から同月30日までの間,平成14年法律第17号による
改正前においては原則として毎年3月1日から納税通知書の交付を受けた日後30
日までの間)において,固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができ
(432条1項本文),同委員会の決定に不服があるときは,その取消しの訴えを
提起することができる(434条1項)。同委員会に審査を申し出ることができる
事項について不服がある固定資産税の納税者は,同委員会に対する審査の申出及び
その決定に対する取消しの訴えによってのみ争うことができる(同条2項)。な
お,都市計画税(平成19年法律第4号による改正前の702条2項によれば,そ
の課税標準である土地又は家屋の価格は,当該土地又は家屋に係る固定資産税の課
税標準となるべき価格である。)の賦課徴収に関する不服申立て及び出訴について
も,固定資産税の例による(702条の8(平成5年法律第4号による改正前は7
02条の7)第2項)。
(2)市町村長は,原則として,評価基準によって固定資産の価格を決定しなけ
ればならないところ(地方税法403条1項,388条1項),評価基準は,木造
家屋以外の家屋の損耗の状況による減点補正率を,原則として,非木造家屋経年減
点補正率基準表(評価基準別表第13)によって求めるものとしている(第2章第
3節五(ただし,平成12年自治省告示第12号による改正前においては同節
三))。そして,平成20年総務省告示第680号による改正前の同表の7は,工
場,倉庫,発電所,変電所,停車場及び車庫用建物について用途別に区分して経年
減点補正率(家屋の構造区分に従い,通常の維持管理を行うものとした場合にその
年数の経過に応じて通常生ずる減価を基礎とする減点補正率をいう。)を定めてい
るところ,これを適用すると,一般用の倉庫等は,冷凍倉庫用の建物や塩素その他
の著しい腐食性を有する液体又は気体の影響を直接全面的に受ける建物等(以下
「冷凍倉庫等」という。)よりも高く評価されることになっている。
3原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)平成18年度に至るまで,本件倉庫は,一般用の倉庫に該当することを前
提にして評価され,昭和62年度から平成13年度までのその価格並びに固定資産
税及び都市計画税(以下「固定資産税等」と総称する。)の税額は,第1審判決別
表2の「実際の評価額及び税額」欄記載のとおり決定された(以下,これらの決定
を併せて「本件各決定」という。)。上告人は,本件各決定に従って固定資産税等
を納付してきた。
(2)名古屋市長から固定資産税等の賦課徴収に関し権限の委任を受けていた名
古屋市港区長は,平成18年5月26日付けで,上告人に対し,本件倉庫が冷凍倉
庫等に該当するとして,平成14年度から同18年度までの登録価格を修正した旨
を通知した上,上記各年度に係る本件倉庫の固定資産税等の減額更正をした。その
後,上告人は,同14年度から同17年度までの固定資産税等につき,納付済み税
額と上記更正後税額との差額として389万9000円を還付された。
(3)上告人は,本件訴えの提起に至るまで,本件倉庫の登録価格に関し,固定
資産評価審査委員会に対する審査の申出を行ったことはない。
4原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,上告人の請求
を棄却すべきものとした。
(1)国家賠償法に基づいて固定資産税等の過納金相当額を損害とする損害賠償
請求を許容することは,当該固定資産に係る価格の決定又はこれを前提とする当該
固定資産税等の賦課決定に無効事由がある場合は別として,実質的に,課税処分を
取り消すことなく過納金の還付を請求することを認めたのと同一の効果を生じ,課
税処分や登録価格の不服申立方法及び期間を制限してその早期確定を図った地方税
法の趣旨を潜脱するばかりか,課税処分の公定力をも実質的に否定することになっ
て妥当ではない。そして,評価基準別表第13の7の冷凍倉庫等に係る定めが一義
的なものではないことなどに照らすと,本件各決定に無効とすべき程度の瑕疵はな
い。
(2)なお,評価事務上の物理的,時間的な制約等を考慮すれば,地方税法40
8条所定の実地調査は,特段の事情のない限り,外観上固定資産の利用状況等を確
認し,変化があった場合にこれを認識する程度のもので足りるところ,本件におい
てそのような特段の事情があったといえるような事実がうかがわれないことなどか
らすれば,本件各決定が過失に基づいてされたということもできない。
5しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1)国家賠償法1条1項は,「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員
が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたと
きは,国又は公共団体が,これを賠償する責に任ずる。」と定めており,地方公共
団体の公権力の行使に当たる公務員が,個別の国民に対して負担する職務上の法的
義務に違背して当該国民に損害を加えたときは,当該地方公共団体がこれを賠償す
る責任を負う。前記のとおり,地方税法は,固定資産評価審査委員会に審査を申し
出ることができる事項について不服がある固定資産税等の納税者は,同委員会に対
する審査の申出及びその決定に対する取消しの訴えによってのみ争うことができる
旨を規定するが,同規定は,固定資産課税台帳に登録された価格自体の修正を求め
る手続に関するものであって(435条1項参照),当該価格の決定が公務員の職
務上の法的義務に違背してされた場合における国家賠償責任を否定する根拠となる
ものではない。
原審は,国家賠償法に基づいて固定資産税等の過納金相当額に係る損害賠償請求
を許容することは課税処分の公定力を実質的に否定することになり妥当ではないと
もいうが,行政処分が違法であることを理由として国家賠償請求をするについて
は,あらかじめ当該行政処分について取消し又は無効確認の判決を得なければなら
ないものではない(最高裁昭和35年(オ)第248号同36年4月21日第二小
法廷判決・民集15巻4号850頁参照)。このことは,当該行政処分が金銭を納
付させることを直接の目的としており,その違法を理由とする国家賠償請求を認容
したとすれば,結果的に当該行政処分を取り消した場合と同様の経済的効果が得ら
れるという場合であっても異ならないというべきである。
そして,他に,違法な固定資産の価格の決定等によって損害を受けた納税者が国
家賠償請求を行うことを否定する根拠となる規定等は見いだし難い。
したがって,たとい固定資産の価格の決定及びこれに基づく固定資産税等の賦課
決定に無効事由が認められない場合であっても,公務員が納税者に対する職務上の
法的義務に違背して当該固定資産の価格ないし固定資産税等の税額を過大に決定し
たときは,これによって損害を被った当該納税者は,地方税法432条1項本文に
基づく審査の申出及び同法434条1項に基づく取消訴訟等の手続を経るまでもな
く,国家賠償請求を行い得るものと解すべきである。
(2)また,記録によれば,本件倉庫の設計図に「冷蔵室(−30℃)」との記
載があることや本件倉庫の外観からもクーリングタワー等の特徴的な設備の存在が
容易に確認し得ることがうかがわれ,これらの事情に照らすと,原判決が説示する
ような理由だけでは,本件倉庫を一般用の倉庫等として評価してその価格を決定し
たことについて名古屋市長に過失が認められないということもできない。
6以上と異なる見解の下に,上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断
には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をい
うものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件各決定に際し本
件倉庫を一般用の倉庫として評価したことは名古屋市長が上告人に対する職務上の
法的義務に違背した結果といえるか否か,仮に違背していたとする場合における上
告人の損害額等の点について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すの
が相当である。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官宮川光
治,同金築誠志の各補足意見がある。
裁判官宮川光治の補足意見は,次のとおりである。
行政救済制度としては,違法な行政行為の効力を争いその取消し等を求めるもの
として行政上の不服申立手続及び抗告訴訟があり,違法な公権力の行使の結果生じ
た損害をてん補するものとして国家賠償法1条1項による国家賠償請求がある。両
者はその目的・要件・効果を異にしており,別個独立の手段として,あいまって行
政救済を完全なものとしていると理解することができる。後者は,憲法17条を淵
源とする制度であって歴史的意義を有し,被害者を実効的に救済する機能のみなら
ず制裁的機能及び将来の違法行為を抑止するという機能を有している。このように
公務員の不法行為について国又は公共団体が損害賠償責任を負うという憲法上の原
則及び国家賠償請求が果たすべき機能をも考えると,違法な行政処分により被った
損害について国家賠償請求をするに際しては,あらかじめ当該行政処分についての
取消し又は無効確認の判決を得なければならないものではないというべきである。
この理は,金銭の徴収や給付を目的とする行政処分についても同じであって,これ
らについてのみ,法律関係を早期に安定させる利益を優先させなければならないと
いう理由はない。原審は,前記のとおり,固定資産税等の賦課決定のような行政処
分については,過納金相当額を損害とする国家賠償請求を許容すると,実質的に課
税処分の取消訴訟と同一の効果を生じさせることとなって,課税処分等の不服申立
方法・期間を制限した趣旨を潜脱することになり,課税処分の公定力をも否定する
ことになる等として,課税処分に無効原因がない場合は,それが適法に取り消され
ない限り,国家賠償請求をすることは許されないとしている。しかしながら,効果
を同じくするのは課税処分が金銭の徴収を目的とする行政処分であるからにすぎ
ず,課税処分の公定力と整合させるために法律上の根拠なくそのように異なった取
扱いをすることは,相当でないと思われる。
裁判官金築誠志の補足意見は,次のとおりである。
1行政処分が違法であることを理由とする取消訴訟と,違法な行政処分により
損害を受けたことを理由とする国家賠償訴訟とでは,制度の趣旨・目的を異にし,
公定力も処分要件の存否までは及ばないから,一般的には,取消判決を経なければ
国家賠償訴訟を提起できないとか,取消訴訟の出訴期間を徒過したときはもはや国
家賠償請求はできないなどと解すべき理由はない。しかし,課税処分のように,行
政目的が専ら金銭の徴収に係り,その違法を理由とする取消訴訟と国家賠償訴訟の
勝訴判決の効果が実質的に変わらない行政処分については,取消しを経ないで課税
額を損害とする国家賠償請求を認めると,不服申立前置の意義が失われるおそれが
あるばかりでなく,国家賠償訴訟を提起することができる間は実質的に取消訴訟を
提起することができるのと同様になって,取消訴訟の出訴期間を定めた意味がなく
なってしまうのではないかという問題点があることは否定できない。
このうち不服申立前置との関係については,固定資産の価格評価は,法的な側
面,経済的な側面,技術的な側面等,専門的判断を要する部分が多く,専門的・中
立的機関によって審査するにふさわしい事柄であり,また,大量の同種処分が行わ
れるものであるから,固定資産評価審査委員会の審査に強い効力を与えて,その早
期確定を図ることは合理的と考えられ,国家賠償訴訟によって同委員会の審査が潜
脱されてしまうのは不当であるように見える。しかし,こうした問題は,取消訴訟
に前置される他の不服申立てに係る審査機関にも多かれ少なかれ共通するものであ
り,同委員会を特に他の不服申立てに係る審査機関と区別するだけの理由はない
し,固定資産課税台帳に登録された価格の修正を求める手続限りの不服申立前置で
あっても制度的意義を失うものではないから,不服申立てを経ない国家賠償請求を
否定する十分な理由になるとはいえない。特に,賦課課税方式を採用する固定資産
税等の場合,申告納税方式と異なり,納税者にとってその税額計算の基礎となる登
録価格の評価が過大であるか否かは直ちには判明しない場合も多いと考えられると
ころ,前記のとおり,審査の申出は比較的短期間の間に行わなければならないもの
とされているため,上記期間の経過後は国家賠償訴訟による損害の回復も求め得な
いというのでは,納税者にとっていささか酷というべきである。本件各決定のよう
に,市町村内の他の家屋の登録価格等を参照することができるような手続(地方税
法416条1項)が設けられていなかった時期に賦課されたものに関してはなおさ
らである。
2取消しを経ないで課税額を損害とする国家賠償請求を認めると,取消訴訟の
出訴期間を延長したのと同様の結果になるかどうかは,取消しと国家賠償との間
で,認容される要件に実質的な差異があるかどうかの問題である。
(1)まず,国家賠償においては,取消しと異なり故意過失が要求され,また,
その違法性判断について当裁判所の判例(最高裁平成元年(オ)第930号,第1
093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁等)はいわ
ゆる職務行為基準説を採っているから,この点でも要件に差異があることになる。
もっとも,こうした要件上の差異が,実際上どの程度の結果の違いをもたらし得る
かについては,見方の分かれるところかもしれない。しかし,取消しが認められて
も国家賠償は認められない場合があり得るということだけは,間違いなくいい得
る。
(2)固定資産税の課税物件は膨大な数に上り,その調査資料を長期にわたって
保存しておくことが困難な場合もあるのではないかと思われるので,課税処分から
長期間が経過しても国家賠償請求ができるとした場合,立証責任の問題は,より重
要かもしれない。
課税処分の取消訴訟においては,原則的に,課税要件を充足する事実を課税主体
側で立証する責任があると解すべきであるから,本件固定資産税についても,一般
用倉庫として経年減点補正率を適用して評価課税する以上,本件倉庫が冷凍倉庫用
のものではなく,一般用のものであることについて,課税主体である被上告人側に
立証責任があることになる。これに対し,国家賠償訴訟においては,違法性を積極
的に根拠付ける事実については請求者側に立証責任があるから,本件倉庫が一般用
のものではなく,冷凍倉庫用のものであることを請求者である上告人側が立証しな
ければならないと解される。上告人側が同事実を立証することは,損害額を明らか
にするためにも必要である。立証責任について,課税処分一般におおむねこうした
分配振りになるとすれば,課税処分から長期間が経過した後に国家賠償訴訟が提起
されたとしても,課税主体側が立証上困難な立場に置かれるという事態は生じない
と思われる。
3以上のとおり,取消しを経ないで課税額を損害とする国家賠償請求を認めた
としても,不服申立前置の意義が失われるものではなく,取消訴訟の出訴期間を定
めた意義が没却されてしまうという事態にもならないものと考える。
(裁判長裁判官宮川光治裁判官櫻井龍子裁判官金築誠志裁判官
横田尤孝裁判官白木勇)

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