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平成27年8月4日判決言渡
平成27年(行ケ)第10006号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成27年7月21日
判決
原告X
被告特許庁長官
指定代理人関谷一夫
山口直
長馬望
田中敬規
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
特許庁が不服2014-18342号事件について平成26年12月25日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許出願拒絶査定不服審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。
争点は,進歩性の有無である。
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成26年2月1日,名称を「位置制御システム」とする発明につき,
特許出願(甲2。特願2014-18105号)をし,同年3月26日付け手続補
正書(甲6。以下「本件補正書」という。)により特許請求の範囲を変更する手続
補正をした(以下「本件補正」という。)が,同年9月5日付けで拒絶査定を受け
たので,同月16日付けで,これに対する不服審判請求をした(甲5。不服201
4-18342号)。
特許庁は,同年12月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決
をし,その謄本は,平成27年1月8日,原告に送達された。
2本願発明の要旨
本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,本件補正書(甲
6)に記載された以下のとおりのものである(なお,願書に最初に添付された明細
書及び図面(甲2)を「本願明細書」という。)
「【請求項1】
磁性材料から形成され,体内で磁界によって移動できるヘッドに磁界を付与可能
な電磁石と,前記電磁石が付与する磁界によって前記ヘッドに働く磁力の大きさ及
び向きとを制御可能な移動制御部とを有する移動装置と,
前記ヘッド又は先端が開口した状態で前記ヘッドに取り付けられ,前記先端の開
口部を介して液体を注入又は吸引可能な管の先端側の位置に存在するマークの位置
を求め,前記マークの位置に基づいて前記ヘッドの位置を検出可能な位置検出装置
と,
を備え,
前記移動装置の移動制御部は,前記電磁石が付与する磁界によって前記ヘッドに
働く磁力の大きさ及び向きを調節して,前記管が目的位置に対してほぼ真っ直ぐに
挿し込まれるように前記ヘッドの進行方向制御を行うことが可能な移動制御部であ

位置制御システム。」
3審決の理由の要点
本願発明は,特開2010-179116号公報(甲1)に記載された引用発明
及び甲1に記載された事項に基づいて,本願出願当時,当業者が容易に発明をする
ことができたものである。
(1)引用発明
甲1には,以下の引用発明が記載されている。
「外部磁束に応答する永久磁石を備え,体内で索引される応答チップ377に作用
する電磁石132X,132Y,132Z,138X,138Y及び138Zと,
前記電磁石132X,132Y,132Z,138X,138Y及び138Zが生
成する磁界によって前記応答チップ377の位置に影響を与えるX軸制御装置及び
増幅器(XCA)305,Y軸制御装置及び増幅器(YCA)310,Z軸制御装
置及び増幅器(ZCA)315と,システム制御装置(SC)302と,
前記応答チップ377及び前記応答チップ377に取り付けられたカテーテル本
体376の遠端部の位置に存在する圧電リング952及び圧電リング951が位置
情報を提供し,前記圧電リングの位置情報に基づいて前記応答チップ377の位置
を規定することができる超音波検出装置と,
を備え,
前記X軸制御装置及び増幅器(XCA)305,Y軸制御装置及び増幅器(YC
A)310,Z軸制御装置及び増幅器(ZCA)315は,前記電磁石132X,
132Y,132Z,138X,138Y及び138Zが生成する磁界によって前
記応答チップ377の位置に影響を与え,カテーテル本体376が所望の位置に対
して曲がりくねった通路を通って挿入されるように前記応答チップ377を索引し,
押し,回転させるX軸制御装置及び増幅器(XCA)305,Y軸制御装置及び増
幅器(YCA)310,Z軸制御装置及び増幅器(ZCA)315である
GCI装置501。」
(2)一致点及び相違点
【一致点】
「体内で磁界によって移動できるヘッドに磁界を付与可能な電磁石と,前記電磁石
が付与する磁界によって前記ヘッドに働く磁力の大きさ及び向きを制御可能な移動
制御部とを有する移動装置と,
前記ヘッドに存在するマークの位置を求め,前記マークの位置に基づいて前記ヘ
ッドの位置を検出可能な位置検出装置と,
を備え,
前記移動装置の移動制御部は,前記電磁石が付与する磁界によって前記ヘッドに
働く磁力の大きさ及び向きを調節して,先端が開口した状態で前記ヘッドに取り付
けられた管が目的位置に対して挿し込まれるように前記ヘッドの進行方向制御を行
うことが可能な移動制御部である
位置制御システム。」
【相違点1】
本願発明は,ヘッドが磁性材料から形成されるのに対し,引用発明は,ヘッドが
永久磁石を備えるものである点。
【相違点2】
本願発明は,管が先端の開口部を介して液体を注入又は吸引可能であるのに対し,
引用発明は,管が液体を注入又は吸引可能かどうか不明である点。
【相違点3】
本願発明は,マークがヘッド又は管の先端側の位置に存在するのに対し,引用発
明は,マークがヘッド及び管の先端側の位置に存在する点。
【相違点4】
本願発明は,移動制御部について,管が目的位置に対してほぼ真っ直ぐに挿し込
まれるように前記ヘッドの進行方向制御を行うことが可能であるのに対し,引用発
明は,管が目的位置に対して曲がりくねった通路を通って差し込まれるようにヘッ
ドの進行方向制御を行うことが可能である点。
(3)相違点に対する判断
ア相違点1ないし3について
当業者が容易になし得ることである(争いがない。)。
イ相違点4について
引用発明においても,管が差し込まれる経路は外科医が任意に決定することが可
能であると認められ,また,甲1の「・・・誘導されるカテーテルを使用してパレ
ット化されたソースを腫瘍に直接与えることにより体内ラジオアイソトープ治療が
正確に行われることが可能であり,大きい手術を行わずに体内組織サンプルが得ら
れることが可能であり,応答チップを備えた光ファイバ光誘導体が正確に位置され
るので大きい手術を行わずにレーザ光を特定の体内の場所に与えることが可能であ
り,以前は困難であった脂肪吸引およびその他の皮下の外科的処置が正確に行われ
ることができる。」(【0166】)との記載によれば,管が目的位置に対して体組織
を貫通しながら挿し込まれる様態についても示唆されているといえる。そして,管
を目的位置に対してどのような経路で挿し込むかは,目的位置となる患部の部位や
施術の様態に応じて適宜決定し得る事項であるから,引用発明において「管が目的
位置に対してほぼ真っ直ぐに挿し込まれるように前記ヘッドの進行方向制御を行う
ことが可能」とすることは,当業者が容易になし得ることである。
ウ効果について
原告(請求人)は,本願発明の効果について,「管の径を極めて細くすることがで
きる」という効果が生じ,これは出願当初の技術水準から予測される範囲を超えた
顕著なものであると主張する。
しかし,引用発明においても,ヘッドの進行方向制御は磁界によって行われるも
のであって,管を体内に挿し込むためのトルク伝達性は不要であり,原告の主張す
る「管の径を極めて細くすることができる」という効果は,引用発明及び甲1の記
載事項からみて格別顕著なものということはできない。また,原告が主張する末期
がんへの効果も高い点,及び「脳腫瘍(医師の手で切除手術を行うには危険である
位置のものも含む)への効果も高い」という点も,位置制御システムの用途に応じ
て得られる程度の効果にすぎず,当業者であれば予測し得る範囲のものである。
したがって,本願発明の効果が,出願当初の技術水準から予測される範囲を超え
た顕著なものであるとはいえない。
エ以上により,本願発明は,引用発明及び甲1に記載された事項に基づい
て容易に想到し得るものである。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(相違点の看過)
引用発明において,特許請求の範囲,明細書,図面などに「管の径を極めて細く
すること」等の開示・示唆はなく,また,甲1に記載された発明の形態(バイオプ
シ,脂肪吸引など)において管の径を極めて細くする等の場合に生じる問題の解決
方法なども一切記載されていないため,引用発明の特許請求の範囲に,文言上は「管
の径を極めて細くする」等の発明の形態を含むような記載がなされていたとしても,
サポート要件を満たさないので,実際には,「管の径を極めて細くする」等の発明の
形態は,引用発明には含まれないと解すべきである。つまり,いわゆる「除くクレ
ーム」のように,引用発明からは,「管の径を極めて細くする」等の発明は除かれて
いるというべきである。
そうすると,「本願特許請求の範囲の記載(クレームからの除外項目なし)」と,
「引用発明における“開示された範囲での”抽象的クレーム(クレームからの除外
項目あり)」とでは,実質的な記載の範囲が異なるので,本願発明と引用発明は実質
的に構成が異なる。
したがって,審決は,上記の相違点を看過した点で誤っている。
2取消事由2(相違点4の容易想到性判断の誤り)
以下のとおり,相違点4を引用発明及び甲1に記載した事項から容易に想到でき
るとした審決の判断は誤りである。
(1)甲1に相違点4の構成に係る記載や示唆のないこと
ア甲1には,具体的に「管をほぼ真っ直ぐ抜き差しすること」や「それに
より管の径を極めて細くすることができること」を開示又は示唆する記載は存在し
ない。
イ被告は,甲1において,「バイオプシ針」を利用する処置や,「体内ラジ
オアイソトープ治療」が示唆されていることを根拠として,カテーテル状のツール
を体外から治療処置の行われる目的エリアまでほぼ真っ直ぐに到達させて行うこと
が,普通に想定されていると主張する。
しかし,「体内ラジオアイソトープ治療」は,通常,体内の奥深くに管を挿入
することが多く,管の大部分は血管を通じて体内に挿入し,目的位置に近い部
分でのみ切開しながら進むというものであり,被告の主張するように,体内挿
入部すべてにわたってほぼ真っ直ぐに到達させることは,容易ではない。
また,「バイオプシ針」を利用する処置,「脂肪吸引およびその他の皮下の外
科的処置」について,甲1において「ほぼ真っ直ぐ」と明示されているわけで
はなく,かつ,通常の使用時において,ほぼ真っ直ぐになるように使用される
ことは余りない。さらに,被告は,相違点4を示唆するものとして,光ファイ
バーを体内に挿入してそこにレーザ光を通す例も挙げるが,通常,そのレーザ
光の軌道はほぼ真っ直ぐとはならない。なぜならば,レーザの軌道は直進しか
できないが,血管を通じて光ファイバーを体内に挿入し,その光ファイバーに
レーザ光を通すときには,曲がったところを進むことになるから,レーザ光を
用いるからといって「真っ直ぐ」とは限らないからである。
(2)阻害要因の存在
引用発明において,本願発明のように「管をほぼ真っ直ぐな抜き差し」を行うこ
とには阻害要因がある。すなわち,甲1が想定する「極細管ではない十分に太い管」
をほぼ真っ直ぐに抜き差しする場合,概ね血管内を通じて体内に挿入する場合に比
べて出血が格段に多くなってしまい(動脈を含めた多くの血管を突き破ってしま
う。),非常に危険であるから,引用発明において「管のほぼ真っ直ぐな抜き差し」
を行うことは通常ないからである。
また,「バイオプシ針」を利用する処置や,「体内組織サンプル」採取において極
めて細い管を用いれば,試料の量が不足することは明らかであり,「脂肪吸引およ
びその他の皮下の外科的処置」においても,体脂肪はドロドロであり管が詰まる
ため極めて細い管を通ることが難しく,「管を極めて細くすること」には,阻害事由
がある。
さらに,柔らかい管(甲1が想定する,極細管[極めて細い管]ではない十分に太
いもの)をほぼ真っ直ぐな抜き差しになるように制御するくらいならば,最初から
固い真っ直ぐな管(羊水や肝臓組織などの採取に頻繁に使用される金属管の類)を
使用する方が,はるかに低コストで手っ取り早いのであるから,この点においても
阻害要因が存在する。
(3)本願発明の顕著な効果
本願発明のように,「管をほぼ真っ直ぐ抜き差しすること」により,「管の径を極
めて細くすることができる」という非予測性のある効果が得られるのであり,引用
発明と「管のほぼ真っ直ぐな抜き差し」とを組み合わせて「管の径を極めて細くす
ることができる」という効果を得ることは容易ではない。
また,管の径を極めて細くすることによる「末期がんの完治」等の効果が得られ
ることは,世界的,歴史的に見ても顕著な効果であり,甲1からは予測することが
できないものである。さらに,「・・・脳腫瘍(医師の手で切除手術を行うには危険
である位置のものも含む)への効果も高い」という点も,当業者が予測し得ない顕
著な効果である。
第4被告の反論
1取消事由1に対し
争う。
2取消事由2に対し
(1)原告の主張2(1)に対し
引用発明は,上記相違点4のとおり「管が目的位置に対して曲がりくねった通路
を通って差し込まれるようにヘッドの進行方向制御を行うことが可能」なものであ
るが,これは,「曲がりくねり,酷く狭くなって」(甲1【0004】)いる動脈の処
置に対応できるようにするためであって,引用発明の移動制御部が,「管が目的位置
に対して曲がりくねった通路を通って差し込まれるようにヘッドの進行方向制御を
行うことが可能である」ことは,引用発明の移動制御部が,「管が目的位置に対して
真っ直ぐに差し込まれるようにヘッドの進行方向制御を行うことができない」こと
を意味するものではない。
むしろ,進行方向制御の技術的な難易度を考慮すれば,引用発明の移動制御部は,
管が真っ直ぐで単純な経路に沿って差し込まれるようなヘッドの進行方向制御機能
を有することを当然の前提として,曲がりくねった複雑な経路に対応したヘッドの
進行方向制御機能をも有するものと解するのが相当である。
してみると,引用発明の移動制御部は,管が「ほぼ真っ直ぐに差し込まれる」よ
うに制御する能力を有することから,引用発明は,管が「ほぼ真っ直ぐに差し込ま
れる」ように制御することのできる位置制御システムといえる。
そして,甲1の【要約】,【請求項1】,【0166】の記載に接した当業者であれ
ば,甲1に記載されたものが,「侵入装置を誘導し,操縦し,前進させると共にそれ
らの位置を正確に制御・・・するための装置および方法が依然として満足されてお
らず,強く必要とされている。」(【0014】)点に鑑み,「必要とされる訓練および
技能が従来技術のシステムより少ない磁気カテーテル誘導および制御装置を提供す
ること」(【0015】)を目的としていることに照らし,甲1に記載の「患者の体内
に挿入されるカテーテル状のツールの動きを制御するための装置」を,動脈や心臓
の治療に使用することは,実施形態の単なる例示にすぎないこと,及び,同装置が
「バイオプシ針」(生検針)を利用する処置,「体内ラジオアイソトープ治療」,「体
内組織サンプル」が得られる処置,「脂肪吸引およびその他の皮下の外科的処置」に
も使用されることを,容易に理解できる。
ここで,これら「バイオプシ針」を利用する処置,「体内ラジオアイソトープ治療」,
「体内組織サンプル」が得られる処置,「脂肪吸引およびその他の皮下の外科的処置」
等の各処置は,乙1の図1,乙2の図2,乙3の図2等に示されるように,カテー
テル状のツールを体外から治療処置の行われる目的エリアまでほぼ真っ直ぐに到達
させて行うことが普通に想定されている処置である。
特に,「脂肪吸引およびその他の皮下の外科的処置」にあっては,カテーテル状の
ツールの進行経路として,体表面と脂肪等の皮下組織中の目的エリアとの間に,曲
がりくねった経路を想定することの方がむしろ不自然であることを考慮すると,甲
1には,「患者の体内に挿入されるカテーテル状のツールの動きを制御するための装
置」が,カテーテル状のツールを体外から治療処置の行われる目的エリアまでほぼ
真っ直ぐに到達させる制御を行うことも示唆されているといえる。
(2)原告の主張2(2)に対し
「管のほぼ真っ直ぐな抜き」や「極細管」は,本願発明を特定するための事項で
はなく,原告のいう「極細」の程度や,引用発明のカテーテルが極細管ではないと
断ずる理由は不明である。
甲1の【0166】における「体内ラジオアイソトープ治療が正確に行われる」,
「大きい手術を行わずに体内組織サンプルが得られる」,「正確に位置されるので大
きい手術を行わずにレーザ光を特定の体内の場所に与える」,「以前は困難であった
脂肪吸引およびその他の皮下の外科的処置が正確に行われる」の各記載によれば,
甲1に記載の「患者の体内に挿入されるカテーテル状のツールの動きを制御するた
めの装置」を,「体内ラジオアイソトープ治療」,「体内組織サンプルが得られる」処
置,「脂肪吸引およびその他の皮下の外科的処置」等の各処置に使用すると,大きい
手術を避け,より正確な処置が期待できることがわかる。
そして,ある一面において多少のデメリットがあるとしても,他の特定のメリッ
トを優先して,機器やシステムの設計ないし設計変更を行うことは,当業者による
通常の創作活動にすぎないから,仮に,引用発明の管をほぼ真っ直ぐに挿し込むと,
極細管を挿し込む場合に比べ出血が多くなる可能性があるとしても,なお,大きい
手術を避け,より正確な処置ができるという多大なメリットが医師及び患者の双方
に期待できるというのであるから,単に極細管に比して出血が多いことは,引用発
明において,「管が目的位置に対してほぼ真っ直ぐに挿し込まれるように前記ヘッド
の進行方向制御を行うことが可能」とすることを阻害するものではない。
また,引用発明は,管が目的位置に対して曲がりくねった通路を通って差し込ま
れるようにヘッドの進行方向制御を行うことが可能な位置制御システムであるとと
もに,上記(1)で述べたように,管がほぼ真っ直ぐに差し込まれるように制御するこ
ともできる位置制御システムであるから,この位置制御システムの制御プログラム
を「管をほぼ真っ直ぐな抜き差しになるよう」設定することに,さしたるコストや
手間が掛かるものではないのであって,引用発明の位置制御システムを「管が目的
位置に対してほぼ真っ直ぐに挿し込まれるように前記ヘッドの進行方向制御を行う
ことが可能」とした場合のコストや手っ取り早さを検討するに当たり,「固い真っ直
ぐな管(羊水や肝臓組織などの採取に頻繁に使用される金属管の類)を使用する」
場合を比較対象とすること自体が失当である。
加えて,引用発明の位置制御システムを使うと,目的位置に対しより正確な処置
ができるという大きなメリットが医師及び患者の双方に期待できるのであるから,
所期の目的に合致するものであって,仮に,「固い真っ直ぐな管(羊水や肝臓組織な
どの採取に頻繁に使用される金属管の類)を使用する」場合と比べてコストや手っ
取り早さの面で劣ることがあったとしても,そのことは,引用発明の位置制御シス
テムにおいて,「管が目的位置に対してほぼ真っ直ぐに挿し込まれるように前記ヘッ
ドの進行方向制御を行うことが可能」とすることを阻害するものではない。
(3)原告の主張2(3)に対し
原告が主張する効果の「極めて細く」という表現自体が,技術的に極めて曖昧で
あり,「管を目的位置に対してほぼ真っ直ぐに挿し込む」ことと「管の径を極めて細
くすること」とにどのような技術的因果関係があるのかも明らかでない。
引用発明及び甲1の記載事項に基づいて,「管が目的位置に対してほぼ真っ直ぐに
挿し込まれるように前記ヘッドの進行方向制御を行うことが可能」とする事項が容
易に導き出されることは,上記(1),(2)で述べたとおりであり,さらに,甲1に「多
くのその他の変形が本発明の技術的範囲内で可能である」(【0166】)と記載され
るように,管の径を,位置制御システムが対象とする外科処置の内容に応じて適宜
の大きさに設定可能なことも,当業者であれば普通に認識できる程度のことである。
また,組織の損傷を極力回避しながら処置に係る目的位置に到達させるべきこと
は,引用発明においても当然で,必要以上に太くすることはなく,より細くするこ
とが合理的である。そして,細長いものを駆動する場合に,真っ直ぐに進ませるこ
とで,絡まりにくくなること,結び目ができにくくなることなどは技術的に明らか
であるから,引用発明において,「管が目的位置に対してほぼ真っ直ぐに挿し込まれ
るように前記ヘッドの進行方向制御を行う」ことが,より細い管の利用に有利であ
ることは,当業者であれば容易に理解できることである。つまり,原告が主張する
効果は,引用発明や甲1の記載事項から予測し得る範囲内のものである。
なお,「極めて細く」に関し,管の外径を100nm~1μmとすることができる
という効果は,本願発明を特定するための事項(特に,「管が目的位置に対してほぼ
真っ直ぐに挿し込まれる」事項)から必然的に生じる効果ではなく,特定の材料及
び製造方法を採用した場合に初めて達成し得る効果であるから(【0013】,【00
48】~【0053】参照),本願発明の一実施形態に基づく効果にすぎず,そもそ
も本願発明の効果ではない。
第5当裁判所の判断
1本願発明について
(1)本件補正書(甲6)及び本願明細書(甲2)によれば,本願発明につき,
以下のことを認めることができる。
本願発明は,人間や動物の体内の対象部位に対して薬剤等の液体を注入し,又は
細胞質基質等の液体を吸引するための注入・吸引システムを構成する位置制御シス
テムに関するものである(【0001】)。
腫瘍内部に薬剤を送り届ける場合,一般的には,カテーテルを静脈に挿入し,カ
テーテルから薬剤を静脈に注入して行われるが,血管の少ない腫瘍には薬剤が行き
渡りにくく,抗がん剤の効果を上げることは難しい。このため,管形状を有する躯
体と,躯体に装着され,生体組織を切開する切開部材とを備えたカテーテルが提案
されている(【0002】,【0003】)。
しかし,従来のカテーテルは,外径が1mm程度の大きさを有するため,腫瘍に
至るまでの細胞を破壊するおそれがある(【0005】)。
そこで,本願発明は,体内の対象部位に対し,細胞をなるべく破壊せずに抗がん
剤等の液体を注入し,細胞質基質等の液体を吸引することが可能な注入・吸引シス
テムを構成する位置制御システムを提供することを目的とし,「磁性材料から形成さ
れ,体内で磁界によって移動できるヘッドに磁界を付与可能な電磁石と,前記電磁
石が付与する磁界によって前記ヘッドに働く磁力の大きさ及び向きとを制御可能な
移動制御部とを有する移動装置と,前記ヘッド又は先端が開口した状態で前記ヘッ
ドに取り付けられ,前記先端の開口部を介して液体を注入又は吸引可能な管の先端
側の位置に存在するマークの位置を求め,前記マークの位置に基づいて前記ヘッド
の位置を検出可能な位置検出装置と,を備え,前記移動装置の移動制御部は,前記
電磁石が付与する磁界によって前記ヘッドに働く磁力の大きさ及び向きを調節して,
前記管が目的位置に対してほぼ真っ直ぐに挿し込まれるように前記ヘッドの進行方
向制御を行うことが可能な移動制御部である位置制御システム。」(請求項1)との
構成を採ったものである(【0006】~【0008】)。
(2)そして,ヘッドの進行方向制御に関し,本願明細書には,以下の記載があ
る。
【0017】
第1乃至3の回転駆動部420A~420Cは,例えば運動部を有する原動機や圧電素
子等を用いて構成することができる。原動機は電動機などでもよい。第1乃至3の回転駆
動部420A~420Cは,第1及び第2のアーム410A,410Bに接続され,第1
及び第2のアーム410A,410Bを移動させて電磁石400を移動させる。第1乃至
3の回転駆動部420A~420Cは,移動装置の移動制御部が有する駆動部の一例であ
る。
【0018】
操作部450は,例えばレバー操作やコンピュータにより微細ヘッド20の移動すべき
三次元位置を指示できるように構成されている。
【0019】
制御部440は,操作部450により指示された三次元位置に基づき,電磁石400に
通電される電流の大きさを制御して電磁石400が発生させる磁界の強さを細かく調整し,
また,第1乃至3の回転駆動部420A~420Cを制御して電磁石400の位置や向き
を細かく調節して,微細ヘッド20に働く磁力の大きさ及び向きとを制御して,微細ヘッ
ド20を指示された三次元位置,すなわち目的位置の方向に移動させる。
【0020】
例えば,極細管30の移動経路の曲がりを抑制するように,すなわち,極細管30が目
的位置に対してほぼ真っ直ぐに挿し込まれるように,電磁石400が微細ヘッド20に付
与する磁界の強さや位置や向きを調節する,すなわち,微細ヘッド20に働く磁力の大き
さ及び向きを調節する微細ヘッド20の進行方向制御を行うことで,極細管30が絡むこ
とがなく,また,微細ヘッド20と極細管30を体内に挿し込むときや抜くときに,体内
組織をあまり傷付けることがない。すなわち極細管30に結び目ができて,それが移動す
る際に体内組織を傷付けたり,極細管30が非常に微細であって管自体が糸状の刃物のよ
うに鋭利の場合に,軌道が曲がっているのに一方向へ引っ張った時に曲がりの内周側に力
が加わって体内組織が切断されてしまうなどの問題が起こりにくい。また,この場合,微
細ヘッド20の目的位置までの移動距離が短くなって素早く微細ヘッド20を目的位置に
到達させやすくなるという利
点も得られる。なお,極細管
30の移動経路に屈折や曲が
り等が存在していても,極細
管30が前述の理由により体
内組織をあまり傷つけない程
度であれば,その状態も極細
管30が目的位置に対してほ
ぼ真っ直ぐに挿し込まれてい
る状態に含む。
【0021】
制御部440による微細ヘ
ッド20の位置制御は,例え
ば,微細ヘッド20を単に目
的位置の方向へ引っ張るとい
うような制御でもよいし,右
に行き過ぎていたら左に戻す,
左に行き過ぎていたら右に戻す,上に行き過ぎていたら下に戻す,下に行き過ぎていたら
上に戻すというような制御でもよい(図17参照)。特に,右に行き過ぎていたら左に戻す,
左に行き過ぎていたら右に戻す,上に行き過ぎていたら下に戻す,下に行き過ぎていたら
上に戻すというような制御の場合,ずれが生じても自ずと補正することができ,構造が複
雑な人間・動物の体内においても正確に微細ヘッド20を目的位置に到達させやすくなる。
そうすると,本願発明における「前記管が目的位置に対してほぼ真っ直ぐに挿し
込まれるように前記ヘッドの進行方向制御を行う」ことについて,理想的な経路に
沿って体外から目的位置に一直線に進行することのみをいうのではなく,ヘッドの
位置を,左右上下に行き過ぎていたらこれを戻す操作の繰り返しにより三次元位置
を調整しながら進行制御をすることを含むものである。
2引用発明について
甲1によれば,引用発明について,以下のことが認められる。
引用発明は,カテーテル及びカテーテル型装置のような侵入医療装置を誘導し,
操縦し,前進させるためのシステム及び技術に関するものである(【0001】)。
一般に,カテーテル挿入は,切開口又は身体のオリフィスの中に侵入装置を挿入
することによって行われるところ,誘導ワイヤ又はバルーンのような補助ツールが,
医療処置が行われる予定のエリアに主カテーテルに沿って進められることが多く,
これらの処置は,押す,回転させる,あるいは,身体の外側に出たままの近端部を
操作することによって侵入装置の遠端部を手動で進めることに依存する。実時間の
X線映像化は,治療中に侵入装置の遠端部の位置を決定する一般的な方法であり,
この操作は,診断又は治療処置が行われる目的エリアに遠端部が到達するまで続け
られる。カテーテルを適切に操作して位置させるためには,非常に高い技術レベル
が要求され,このために広範囲の訓練が必要とされ,また,治療の多くは単調で時
間を要するものであるため,患者及びスタッフを繰り返し,長時間にわたってX線
の悪影響にさらすことになる。さらに,カテーテル遠端部(カテーテルチップとも
呼ばれる。)を非常に正確に位置させることを必要とする処置は,実行が困難であ
り,常に実行可能であるとは限らない。補助ツールの挿入,取出し及び操作のため
に,しばしば誘導カテーテルのチップは所望の位置から移動されるが,冠状動脈は,
時として鋭角的にあるいは遮断された状態を伴って曲がりくねっており,これが誘
導ワイヤ又はバルーンの前進を困難にし,あるいは不可能にさえする。カテーテル
チップ位置の情報の基本的なソースは,X線映像化システムであり,それは,関連
した有害な副作用を有しているなどの問題がある(【0002】,【0013】)。
したがって,侵入装置を誘導し,操縦し,前進させるとともにそれらの位置を正
確に制御し,3次元映像化を行い,X線又は別の電離タイプ放射線の使用を最小限
にするための装置及び方法が,依然として満足されておらず,必要とされる訓練及
び技能が従来技術のシステムより少ない磁気カテーテル誘導及び制御装置を提供す
る必要がある(【0014】,【0015】)。
そこで,引用発明は,前記第2,3(1)に記載のとおりの構成をとり,X軸制御装
置及び増幅器(XCA)305,Y軸制御装置及び増幅器(YCA)310,Z軸
制御装置及び増幅器(ZCA)315は,前記電磁石132X,132Y,132
Z,138X,138Y及び138Zが生成する磁界によって前記応答チップ37
7の位置に影響を与え,カテーテル本体376が所望の位置に対して曲がりくねっ
た通路を通って挿入されるように前記応答チップ377を索引し,押し,回転させ
ることができ(【0035】,【0057】,【0058】,【0067】,【0
076】),カテーテルを迅速に前進させ,正確に位置させることで,患者等がX
線及びコントラスト材料にさらされることを最小限にでき,さらに,この磁気カテ
ーテル誘導システムにおいて使用される磁気システムは,カテーテルチップの位置
を決定してオペレータ及び制御システムに位置フィードバックを提供するために使
用されることができるというものである(【0015】,【0016】)。
3取消事由1(相違点の看過)について
原告は,本願発明は「管の径を極めて細くすること」を除外していないのに対し,
引用発明の特許請求の範囲においては,「管の径を極めて細くすること」が除外され
ていると解すべきであるとし,「管の径を極めて細くする」との構成を含むか否かの
点において,本願発明と引用発明が相違する旨主張する。
しかし,本願発明の特許請求の範囲は,前記第2,2に記載したとおりのもので
あり,「管」の径に関する特定は一切なされていない。そして,本願明細書の記載を
見ても,【0001】に「本発明は,人間や動物の体内の対象部位に対して薬剤等の
液体を注入し,又は細胞質基質等の液体を吸引するための注入・吸引システムを構
成する位置制御システムに関する。」と記載されているように,対象物を細胞基質等
に限ったものでなく,また,抗がん治療に関し,【0075】に「また,図7Aに示
すように,互いに近い位置に存在する複数のがん細胞クラスター1100をまとめ
て1つのクラスター1300として不活性処理してもよい。この場合,まとめた1
つのクラスター1300の中心に抗がん剤1200を注入し,そこから抗がん剤1
200を撒く。・・・」との記載があるように,対象となる目的部位を細胞の大きさ
に限ったものではない。以上に照らすと,本願発明において,管の径についての特
定はなされていないといわざるを得ない。
そうすると,管の径の大きさについては,本願発明において特定事項とならない
ものであるから,相違点の認定に影響を及ぼすものではなく,審決に相違点の看過
があるとはいえない。取消事由1には理由がない。
なお,甲1の記載事項や,引用発明の技術的意義を考慮しても,引用発明におい
て「管の径を極めて細くすること」が除外されているとは解されない。
4取消事由2(相違点4の容易想到性判断の誤り)について
(1)原告は,甲1には,具体的に「管をほぼ真っ直ぐ抜き差しすること」や「そ
れにより管の径を極めて細くすることができること」を開示又は示唆する記載は,
存在しない旨主張する。
ア引用発明は,前記2のとおり,時として鋭角的にあるいは遮断された状
態を伴って曲がりくねったところを通過して進む必要があるカテーテル操作につい
て,従来,押す,回転させる,あるいは身体の外側に出たままの近端部を操作する
ことによって侵入装置の遠端部を手動で進めることに依存していたことにより,カ
テーテルを適切に操作して位置させるためには,非常に高い技術レベルが要求され,
また,処置に長時間を要するとの問題を生じていたことから,磁気カテーテル誘導
システムを用いて,X軸,Y軸,Z軸の方向に索引し,押し,回転させることがで
きるよう移動制御することによって,カテーテルを迅速に前進させ,位置させるこ
とができるようにしたものである。このようにして曲がりくねった狭い通路を通っ
て差し込まれるようにヘッドの進行方向制御を行うことが可能な機器について,真
っ直ぐな通路を通って挿し込まれるようにヘッドの進行方向制御を行うことが可能
なことは,技術的難易の観点から明らかである。
イまた,以下のとおり,甲1においても,曲がりくねった経路を差し込ま
れるように挿入されるものだけではなく,管が目的位置に対して体組織を貫通しな
がら真っ直ぐ挿し込まれる態様についても示唆されているというべきである。
(ア)甲1には以下の記載がある。
【要約】の【解決手段】
「外科用ツールに取付けられた磁気チップが検出され,表示され,位置的に影響を与え
られるシステムが記載されている。ツールには,バイオプシ針,内視鏡プローブおよび類
似した装置に加えて,カテーテル,誘導ワイヤ,ならびにレーザおよびバルーンのような
補助ツールが含まれている。磁気チップは,磁界を解析することによりこのチップの位置
および方位がX線を使用せずに決定されることを可能にする。さらに磁気チップは,患者
の身体の外部に適正な磁界を与えることにより,ツールチップが索引され,押され,回転
され,および所望の位置に強制的に停止させられることを可能にする。チップ位置および
方位情報ならびに動的な身体の部分の位置情報はまた,この身体の部分に関する磁気チッ
プの位置および方位を3次元で見ることを可能にする表示を提供する。」
【請求項1】
「身体の外部で磁界を発生する磁界ソースと,
前記磁界に応答する遠端部を有するツールと,
前記遠端部によって生成された磁界を感知する1以上の磁気センサと,
前記遠端部の位置を制御するための位置およびコマンド入力を提供するように前記磁界
ソースを制御するシステム制御装置とを備えている患者の体内に挿入されるカテーテル状
のツールの動きを制御するための装置。」
【0166】
「上述した説明は多くの特定された事柄を含んでいるが,これは,本発明の技術的範囲を
限定するものではなく,その実施形態の単なる例示に過ぎないと解釈されるべきである。
多くのその他の変形が本発明の技術的範囲内で可能である。たとえば,・・・誘導されるカ
テーテルを使用してパレット化されたソースを腫瘍に直接与えることにより体内ラジオア
イソトープ治療が正確に行われることが可能であり,大きい手術を行わずに体内組織サン
プルが得られることが可能であり,応答チップを備えた光ファイバ光誘導体が正確に位置
されるので大きい手術を行わずにレーザ光を特定の体内の場所に与えることが可能であり,
以前は困難であった脂肪吸引及びその他の皮下の外科的処置が正確に行われることができ
る。したがって,本発明は請求の範囲によってのみ制限される。」
(イ)上記の記載に接した当業者は,甲1の「患者の体内に挿入されるカテ
ーテル状のツールの動きを制御するための装置」を動脈や心臓治療に用いることは,
実施例の1つにすぎず,「バイオプシ針」(生検針)を利用する処置,「体内ラジオア
イソトープ治療」,「体内組織サンプル採取」,「脂肪吸引およびその他の皮下の外科
的処置」にも使用されることを容易に理解できる。これらの処置は,乙1の図1,
乙2の図2,乙3の図2等に示されるように,カテーテル状のツールを体外から治
療処置の行われる目的エリアまでほぼ真っ直ぐに体組織を貫通しながら到達させる
ことも普通に想定されている。また,原告が認めるように,管の大部分は血管を通
じて体内に挿入し,目的位置に近い部分でのみヘッドが体組織を切開しながら真っ
直ぐに進むということも通常のことである。
そうすると,甲1においては,曲がりくねった経路を差し込まれるように挿入さ
れるものだけではなく,管が目的位置に対して体組織を貫通しながら真っ直ぐ挿し
込まれる態様についても,示唆されているというべきである。
ウ原告の主張について
(ア)原告は,「体内ラジオアイソトープ治療」は,通常,体内の奥深くに
管を挿入することが多いものであり,管の大部分は血管を通じて体内に挿入し,目
的位置に近い部分でのみ切開しながら進むというものであり,被告の主張するよう
に,体内挿入部すべてに渡ってほぼ真っ直ぐに到達させることは,容易ではない旨
主張する。
しかし,本願発明は,「管が目的位置に対してほぼ真っ直ぐに挿し込まれるよう
に・・・進行方向制御を行うことが可能な移動制御部」との構成を有するものであ
り,体外から目的位置まで管が常に「真っ直ぐに挿し込まれ」なければならないも
のではない。したがって,原告主張のように,体内の挿入部すべてにわたってほぼ
真っ直ぐに到達させるものでなければ,相違点4に係る構成に該当しないというこ
とはできず,管の大部分は血管を通じて体内に挿入し,目的位置に近い部分でのみ
体組織を切開しながら真っ直ぐに進むものについての示唆が甲1にあれば,そのよ
うな制御が可能な相違点4に係る構成に想到することができるから,上記主張は失
当である。
(イ)また,原告は,「バイオプシ針」を利用する処置,「脂肪吸引およびそ
の他の皮下の外科的処置」について,甲1において「ほぼ真っ直ぐ」と明示されて
いるわけでもなく,かつ,通常の使用時においてほぼ真っ直ぐになるように使用さ
れることは余りない旨主張する。
しかし,バイオプシ針を利用する処置において,生検針を真っ直ぐに挿入して生
検することについては,乙2の図2にも示されており,また,針や吸入器具が真っ
直ぐであることは通常の形状であるから,目的位置に対して真っ直ぐになるように
使用することについても格別のことではなく,そのように制御することは容易に想
到し得ることである。
(ウ)さらに,原告は,光ファイバーを体内に挿入してそこにレーザ光を通
す場合に,血管を通じて光ファイバーを体内に挿入し,その光ファイバーにレーザ
光を通すときには,曲がったところを進むことになるから,レーザ光を用いるから
といって「真っ直ぐ」であるわけではない旨主張する。
しかし,原告の主張するような場合があるとしても,レーザ光は直線的に進むも
のであることは技術常識であり,真っ直ぐ到達させる場合が想定できることには変
わりがなく,示唆として欠けるところはない。
(2)阻害事由について
原告は,甲1が想定する「極細管ではない十分に太い管」をほぼ真っ直ぐに抜き
差しする場合,血管内を通じて体内に挿入する場合に比べて出血が格段に多くなっ
てしまい,非常に危険であるから,引用発明において「管のほぼ真っ直ぐな抜き差
し」を行うことは通常なく,阻害事由がある旨主張する。
しかし,前記3において述べたとおり,引用発明及び本願発明において管の径の
特定はないから,引用発明の管が「十分に太い管」であることを前提にする主張は
失当である。
また,原告は,バイオプシ針,体内組織サンプル採取において極めて細い管を用
いれば,試料の量が不足することは明らかであり,しかも,体脂肪は極めて細い管
を通ることが難しいため,引用発明において,極めて細い管を用いることには阻害
事由があると主張する。
しかし,上記主張は,いずれも「極めて細い管」を用いることを前提にしている
点で,同様に失当である。
さらに,原告は,柔らかい管(甲1が想定する,極細管ではない十分に太いもの)
をほぼ真っ直ぐな抜き差しになるように制御するくらいならば,最初から固い真っ
直ぐな管(羊水や肝臓組織などの採取に頻繁に使用される金属管の類)を使用する
方が,はるかに低コストで手っ取り早いという阻害要因も存在すると主張する。
しかし,より低コストな実現方法がほかにあるからといって,通常,費用を要す
る他の方法の阻害事由となるものではないと解される上,本願発明と同様の移動制
御を備えるのに,体外から目的位置まで常に真っ直ぐ到達すべき必要がないことは,
前記に述べたとおりであるから,血管等の中を通って目的位置付近まで達した上で,
目的位置までほぼ真っ直ぐに挿し込む場合もあり,この場合には,上記の最初から
固い真っ直ぐな管では対応できないものであることも考慮すると,原告主張の上記
点が阻害事由に該当するとはいえない。
(3)顕著な効果について
原告は,本願発明のように「管をほぼ真っ直ぐ抜き差しすること」により,「管の
径を極めて細くすることができる」という非予測性のある効果が得られるのであり,
引用発明と「管のほぼ真っ直ぐな抜き差し」とを組み合わせて「管の径を極めて細
くすることができる」という効果を得ることは容易ではない旨主張する。
しかし,本願発明において,管の径を細くできることについては,本願明細書の
【0087】(本実施の形態の効果)に「(ア)カテーテルは,径を細くするほど侵
襲性を下げることができる。しかし,ガイドワイヤーは,径が非常に細いと(例え
ば,1μm径など),硬い材料から形成しても柔らかくなってしまい,人の手により
体内に押し込むことができるだけのトルク伝達性を得ることは難しい。また,管で
あれば中空であるため尚更であり,径が非常に細いカテーテル自体に十分なトルク
伝達性を持たせることも難しい。このため,従来,径が非常に細いカテーテルを作
ることは難しかった。しかし,本実施の形態は,磁性材料から形成された微細ヘッ
ド20を,非磁性体から形成された極細管30の先端に取り付け,磁力によって微
細ヘッド20を移動させることにより,径が非常に細い管を体内に挿入することが
できるため,径が非常に細い(例えば,1μm径など)カテーテルと同様の注入・
吸引を行うことができる。」と記載されるとおり,身体の外側に出たままの近端部を
操作することによって侵入装置の遠端部を手動で進めるという従来のトルク伝達性
による操作と異なり,磁力の大きさ及び向きを調節することにより,磁性材料から
なるヘッドの移動を制御することから,トルク伝達性をもたらすのが困難な細い径
も用いることが可能になったというものである。
そうすると,引用発明も,磁力の大きさ及び向きを調整することによって,永久
磁石を備える応答チップ(本願発明のヘッドに相当)の移動を制御することができ
るものであるから,上記効果は,引用発明においても同様に備わる効果となること
は明らかであって,予測不能な効果ということはできない。
また,原告は,末期がんの完治が可能であるという甲1からは予測できない効果
を奏する旨主張する。
本願明細書には,がん細胞クラスター(がん細胞が連なってできた塊)や,近い
位置に存在する複数のクラスターの中心に抗がん剤を注入する実施例が示され(【0
064】~【0076】),いったん処置を行った後,所定の時間(例えば,数週間
~数か月)を置いてから,がん細胞が完全に消滅するまで繰り返すことで,患者の
体内に存在するすべてのがん細胞を除去できることが記載されている(【0072】)。
これは,本願発明が,電磁石が付与する磁界によってヘッドに働く磁力の大きさ及
び向きを調節して,進行方向を制御できる構成であることによって得られるもので,
正確な位置制御により正常な細胞を破壊することがないため,複数回の処置を可能
とするものと解される。一方,甲1には,「誘導されるカテーテルを使用してパレッ
ト化されたソースを腫瘍に直接与えることにより体内ラジオアイソトープ治療が正
確に行われることが可能」(【0166】)であることが示され,がん治療に有効であ
ることが示唆されており,引用発明も,本願発明と同様に,電磁石が付与する磁界
によってヘッドに働く磁力の大きさ及び向きを調節して,進行方向を正確に制御で
きる構成を備えているものである。そうすると,原告の主張する効果は,本願発明
に特有の効果であって,甲1あるいは,甲1に相違点4に係る構成を備えたものか
ら予測することができない顕著な効果であるということはできない。原告が主張す
る脳腫瘍における効果についても同様である。
したがって,原告の主張は採用できない。
第6結論
以上によれば,原告主張の取消事由は理由がない。原告は他にるる主張するが,
いずれも採用できない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
清水節
裁判官
中村恭
裁判官
中武由紀

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