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平成17年(行ケ)第10386号 審決取消請求事件
平成17年11月22日判決言渡,平成17年9月29日口頭弁論終結
     判    決
 原 告 エナジーサイエンシーズインコーポレイテッド
 訴訟代理人弁理士 古谷聡,溝部孝彦,西山清春
 被 告 特許庁長官 中嶋誠
 指定代理人 鹿股俊雄,前川慎喜,高木彰,青木博文
     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
     事実及び理由
 本判決においては,審決等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って
表記を変えた部分がある。
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が不服2002-3178号事件について平成16年10月18日にし
た審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたが拒絶査定を受け,これを不服
として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同
審決の取消しを求めた事案である。
 なお,本願発明に係る明細書の発明の詳細な説明欄によれば(甲2~4),本願
発明は,電子及び他のビームの加速器などによる物質の照射区域を遮蔽する方法及
び装置に関するものであり(段落【0001】),本願発明の目的は,便利さを著しく
改善することを可能にし,必要な処理ライン空間を減少し,かつかなり小さい遮蔽
装置を使用できるようにする不活性区域電子照射等を遮蔽するための新規で改善さ
れた方法及び装置を提供することである(段落【0009】)とされている。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 本願発明
 出願人:エナジーサイエンシーズインコーポレイテッド(原告)
 発明の名称:「電子及びその他の粒子線加速器の遮蔽のための改善された方法及
び装置」
 出願番号:特願平5-7184号
 出願日:平成5年1月20日(優先権主張:平成4年1月21日米国)
 (2) 本件手続
 手続補正日:平成12年10月27日
 手続補正日:平成13年10月10日
 拒絶査定:平成13年11月27日(発送日)
 審判請求日:平成14年2月25日(不服2002-3178号)
 審決日:平成16年10月18日
 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
 審決謄本送達日:平成16年11月2日(原告に対し。出訴期間として90日附加)
 2 特許請求の範囲【請求項14】の記載(平成13年10月10日付け手続補
正後のもの。なお,請求項は全17項であるが,請求項14以外の記載は省略す
る。)
【請求項14】シート状物質が電子線伝送窓区域を過ぎてラインに沿って縦方向に
進行するときに該シート状物質を照射するための電子線加速器を有する電子線照射
ステーションを備えるシート状物質の処理ラインにおいて,前記区域におけるシー
ト状物質の照射を遮蔽し,ラインに要求される最小の空間と高さでその維持と調整
ができるようにする方法において,
 前記ラインを横断して伸びる遮蔽ハウジング内に前記窓と区域を収容するステッ
プであって,前記シート状物質は該窓の側を通って該区域内を通過することからな
るステップと,
 前記ハウジングを,静止した半身と,該静止した半身に対してラインを横断して
移動する摺動可能な半身とに分割するステップと,
 前記シート状物質を,前記窓の向かい合った側において前記ハウジングの内外に
縦方向に通過させ,及び,中間にある窓の区域を通過させるステップと,
 前記シート状物質を前記静止したハウジングの半身の中に残したまま該ハウジン
グを開閉するために前記静止した半身に対して前記摺動可能なハウジングの半身を
横方向に摺動させるステップ
からなる方法。
 3 審決の理由の要点
 (1) 審決は,引用刊行物1として,「PMichaelFletcher著,“RADTECHEUROPE
EDINBURGH1991”,スコットランド,1991年9月29日,p.190-201」(本訴甲5)を
摘示し,その記載内容を引用した上,刊行物1に記載された発明(以下「刊行物1
発明」という。)を次のとおり認定した。
 「電子線加速器,窓,電子線照射ステーション,自己遮蔽部材,及びウエブの処
理ラインを有する電子線照射装置のウエブ照射方法において,ウエブは電子線伝送
窓区域を縦方向に進行するとともに,窓の側を通って電子線伝送窓区域を通過し,
その過程でウエブは電子線加速器から発生された電子線により照射され,窓及び電
子線電送窓区域には処理ラインをまたがって自己遮蔽部材が配置され,同部材は一
つの可動矩形部を有し,同可動矩形部は横方向に移動可能である,ウエブ照射方
法」
 (2) 審決は,本願発明と刊行物1発明との一致点を次のとおり認定した。
 「刊行物1に記載された『ウエブ』,『自己遮蔽部材』,『可動矩形部』は,そ
れぞれ本願発明に係る『シート』,『遮蔽ハウジング』,『摺動可能な半身』に実
質的に相当し,また,刊行物1に開示の照射方法の各プロセスはそれぞれステップ
ともいえるものであるから,両者は,『シート状物質が電子線伝送窓区域を過ぎて
ラインに沿って縦方向に進行するときに該シート状物質を照射するための電子線加
速器を有する電子線照射ステーションを備えるシート状物質の処理ラインにおい
て,前記区域におけるシート状物質の照射を遮蔽し,前記ラインを横断して伸びる
遮蔽ハウジング内に前記窓と区域を収容するステップであって,前記シート状物質
は該窓の側を通って該区域内を通過することからなるステップと,前記シート状物
質を前記静止したハウジングの半身の中に残したまま該ハウジングを開閉するため
に前記静止した半身に対して前記摺動可能なハウジングの半身を横方向に摺動させ
るステップからなる方法』である点で一致(する。)」
 (3) 審決は,本願発明と刊行物1発明との相違点を次のとおり認定した。
 「[相違点1]
 本願発明では,ラインに要求される最小の空間と高さでその維持と調整ができる
ようにするのに対し,刊行物1に係る発明ではその旨の明示的な記載がない点。
 [相違点2]
 本願発明では,遮蔽ハウジングを,静止した半身と,該静止した半身に対してラ
インを横断して移動する摺動可能な半身とに分割するステップを有するのに対し,
刊行物1のものは,摺動可能な自己遮蔽部材についての記載があるが,静止した半
身についての明示的な記載はなく,かつ,上記ステップに関する記載もない点。
 [相違点3]
 本願発明では,シート状物質を,静止したハウジングの半身の中に残したまま該
ハウジングを開閉するために前記静止した半身に対して前記摺動可能なハウジング
の半身を横方向に摺動させるステップを有するのに対し,刊行物1のものは,摺動
可能な自己遮蔽部材についての記載があるが,静止したハウジングの半身の中に残
したまま該ハウジングを開閉するために前記静止した半身に対して前記摺動可能な
ハウジングの半身を横方向に摺動させるステップを有する点については明示的な記
載はない点。」
 (4) 審決は,上記相違点について,次のとおり判断した。
 (a)「[相違点1]について;
 上記相違点1に係る『ラインに要求される最小の空間と高さでその維持と調整が
できるようにする』とは,具体的にどのような構成を意味するのか,明細書の記載
をみても必ずしも明らかではないが,刊行物1に開示の照射装置及び照射方法にお
いても,上記の記載等をみれば,高さ及び設置スペースのコンパクト化を一つの目
的としているのは明らかである。
 してみれば,各構成要件が,本願発明のものと格別な差異のない刊行物1のもの
も『ラインに要求される最小の空間と高さでその維持と調整ができるようにする』
といえるものである。」
 (b)「[相違点2]について;
 刊行物1の図2(b)を参照すると,可動の遮蔽部材が電子線照射装置の右側に
配置され,この可動遮蔽部材は,シート状物質を遮蔽機能を有するものであるから
ラインを横断して伸びていること,及び図4をみれば横方向に摺動可能であること
は明らかである。そして,図2(b)をみると,可動の自己遮蔽部材はその照射装
置側に矩形の部材が図示されており,これが,左側の照射装置と区画し,上記可動
の自己遮蔽部材とあいまってシート状物質を内部に収納する遮蔽ハウジングの静止
した半身に相当することは,当業者であれば容易に推測のつくことである。
 してみれば,刊行物1に係る遮蔽ハウジングも,静止した半身と,該静止した半
身に対してラインを横断して移動する摺動可能な半身から構成されているものと認
められ,その結果,遮蔽ハウジングを,静止した半身と,該静止した半身に対して
ラインを横断して移動する摺動可能な半身とに分割するステップを有するものであ
る。したがって,両者は構成上格別な差異はないものである。」
 (c)「[相違点3]について;
 刊行物1のものも,ハウジングを開閉するために静止した半身に対して前記摺動
可能なハウジングの半身を横方向に摺動させるものであること,すなわち,そのよ
うなステップを有することは,上記相違点2で論じたとおりであるが,その際,シ
ート状物質を静止したハウジングの半身の中に残したままにするか否かは,点検・
保守作業の対象又はタイミングに応じて,当業者が適宜,設定し得る事項にすぎな
い。」
 (d)「本願発明の作用効果も,上記刊行物1から当業者が予測できる範囲内のもの
である。」
 (5) 審決は,次のとおり結論付けた。
 「本願発明は,刊行物1発明に基づいて,当業者が容易に発明することができた
ものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができな
い。」
第3 原告の主張(審決取消事由)の要点
 審決は,相違点2及び相違点3についての各判断(前記第2,3(4)(b)(c))を誤
ったものであり,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(相違点2についての判断の誤り)
 本願発明の遮蔽ハウジングは,「静止した半身」と「摺動可能な半身」とに分割
される構成を有する。すなわち,それらの半身は,分割される前においては,互い
に一体化して遮蔽ハウジングを形成するよう構成されているものである。そして,
遮蔽ハウジングは全体として遮蔽機能を有するのであるから,いずれの半身も遮蔽
機能を有するように構成されていることは明らかである。
 さらに,本願発明は,静止した半身は,その中に,シート状物質が配置されるよ
う構成されており,「摺動可能な半身」は,「静止した半身」に対して摺動するよ
う構成されている。
 以上のように,本願発明の「遮蔽ハウジング」は,「静止した半身」とそれに対
して「摺動可能な半身」から構成され,これらの半身はいずれも遮蔽機能を有し,
「静止した半身」は,「分割される前においては摺動可能な半身と一体的に遮蔽ハ
ウジングを構成していたものであり,かつ,シート状物質がその中に配置される」
ものである。
 審決は,刊行物1の図2(b)に示された照射装置側の「矩形の部材」が静止し
た半身に相当することは,当業者であれば容易に推測のつくことである旨を説示
し,その結果として,刊行物1に開示された構成も,遮蔽ハウジングを,静止した
半身と摺動可能な半身とに分割するステップを有するものである旨認定している。
 しかしながら,刊行物1の図2(b)及び図4等からは,Moveable
Selfshield(以下,審決書の記載に合わせて「可動の自己遮蔽部材」と記す。)の
外形及びその範囲,「矩形の部材」の立体的な形状及びサイズは不明瞭であり,ま
た,これと「可動の自己遮蔽部材」との立体的な係合関係も明らかではない。さら
に,図4を見ても,図の正面から見て奥行き方向における「矩形の部材」及び「可
動の自己遮蔽部材」の構成は不明である。
 また,刊行物1には,「矩形の部材」が遮蔽機能を有することも記載されていな
いため,それがそもそも遮蔽ハウジングを構成し得るものであるか不明である。ゆ
えに,刊行物1の「矩形の部材」が「可動の自己遮蔽部」と立体的に係合するもの
であったとしても,それは,「矩形の部材」が「可動の自己遮蔽部」とあいまって
1つの遮蔽部を構成するとの判断に結びつく根拠とはならない。
 したがって,刊行物1には,「矩形の部材」が,本願発明の上記「分割される前
においては摺動可能な半身と一体的に遮蔽ハウジングを構成していたものであり,
かつ,シート状物質がその中に配置される」静止した半身に相当するものであるこ
とを示唆する程度の開示はない。
 以上の点を考慮すれば,図2(b)に示された「可動の自己遮蔽部」は,むし
ろ,それ自体で1つの独立した遮蔽部を構成するものであって,装置に挿入された
状態では,少なくとも,ウエブの入口(WebEntrance)から点線で示された上部の
ローラ(と思われる)を通って垂下するウエブの経路をその中に含むように構成さ
れているものと見るのが自然である。
 なお,この点,刊行物1の193頁2ないし3行における「(可動の自己遮蔽部材を引
き出すことは)プリントステーションからカートリッジを取り出すのと非常に似て
いる」旨の記載は,遮蔽部の一部だけを取り出すのではなく遮蔽部全体を取り出す
ことを示唆しているものと解される。
 以上のように,刊行物1を全体的に検討すれば,刊行物1には,「静止した半
身」と「摺動可能な半身」とに分割された遮蔽ハウジングが開示されているのでは
なく,「加速器の窓へのアクセスの利便性とウエブの装着のために」(刊行物1の
192頁最下行ないし193頁1行),遮蔽部全体を固定ローラに対して可動のものにし
た」構成が開示されているといえる。そして,かかる構成に基づいて,元々1つの
ものとして構成されていた遮蔽ハウジングを2つの半身に分割することは,当業者
といえども容易に想到できたことではない。
 よって,刊行物1の図2(b)に示された「矩形の部材」が,「左側の照射装置
と区画し,可動の自己遮蔽部材とあいまってシート状物質を内部に収納する遮蔽ハ
ウジングの静止した半身に相当することが,当業者であれば容易に推測のつくこと
である」との審決の認定には,合理的な根拠がない。本願発明の「前記ハウジング
を,静止した半身と,該静止した半身に対してラインを横断して移動する摺動可能
な半身とに分割するステップと」という構成についても同様である。
 2 取消事由2(相違点3についての判断の誤り)
 (1) 前記のとおり,刊行物1に開示された構成から,本願発明の「静止した半
身」に相当する構成を容易に導き出すことはできないことから,審決の相違点3に
ついての判断の過程でされた認定も合理的な根拠を有するものではない。
 (2) 前記のほか,以下の内容を追加する。
 刊行物1の193頁3~6行目には,「ウエブが,2つの静止したローラ上における最
終的な位置にある状態で,自己遮蔽部材が再挿入され閉じられる前に,ラインを試
験のために動作させることができる」旨記載されているが,これは,可動の自己遮
蔽部材を引き出した状態で,そのような試験を行うことができることを述べている
にすぎず,本願発明の「前記シート状物質を前記静止したハウジングの半身の中に
残したまま該ハウジングを開閉する」ことを可能とする構成を何ら開示するもので
はない。このような作用は,本願明細書の図2及び図3に示すような両半身の細部
の構成を明らかにして初めてなし得るものであって,そのような細部の構成をなす
ことが当業者の設計事項の範囲内のものでないことは明らかである。
 したがって,刊行物1に開示された構成から,「シート状物質を静止したハウジ
ングの半身の中に残したままにするか否かは,…当業者が適宜,設定し得る事項に
すぎない」とする審決の認定には,合理的な根拠はない。
第4 被告の主張の要点
 1 取消事由1(相違点2についての判断の誤り)に対して
 自己遮蔽部材の一構成要素である「可動の自己遮蔽部材(Moveable
Selfshield)」は,ウエブを収容する役割を果たすものであるから,同様にウエブ
の寸法にあった外形及びその外形に基づく範囲を有することは明らかであり,した
がって,原告の主張は理由がない。
 なお,審決においては,「可動の遮蔽部材」又は「可動の自己遮蔽部材」との用
語が用いられているが,いずれも「可動矩形部(amoveablerectangular
section)」を言い換えたもので同義である。
 刊行物1には,可動矩形部は自己遮蔽部材を構成する一つの部材(asection)で
あって,可動矩形部だけで自己遮蔽部材を構成するものでないことが実質的に示さ
れている。
 そして,刊行物1の図2(b)に図示の「矩形の部材」は,断面形状からみて
「可動矩形部」と相補的な関係になっており,さらに,放射線防護における技術常
識(乙1~3)も考慮すれば,照射区域が放射線遮蔽部材により囲われることは周
知であるから,この「矩形の部材」が遮蔽機能を有し,かつ,「可動矩形部」とあ
いまって立体的な係合関係を有することは,当業者であれば当然に予想し得る事項
である。
 したがって,刊行物1に記載の「矩形の部材」は,「可動矩形部」と立体的に相
補的な形状を有し,可動の矩形部と同様に遮蔽機能を有するものと解するのが自然
であり,当業者も上記刊行物1の記載及び放射線防護の技術常識から,そのような
構成を有するものであることは容易に想起し得るものである。
 審決の相違点2の判断に誤りはなく,原告の主張は理由がない。
 2 取消事由2(相違点3についての判断の誤り)に対して
 刊行物1発明において,「可動矩形部」をスライド可能とするのは,そもそも照
射窓の交換やウエブの操作等,いわゆる保守点検のために照射室内に容易にアクセ
ス可能とするためのものである。
 したがって,保守点検の対象が照射窓であったり,照射室内のウエブであったり
するのは当然予想されることであり,また,保守点検の必要性は,照射装置の稼働
前,稼働中又は停止後のいずれの時期(タイミング)においても生じる可能性があ
るから,保守点検の対象,タイミングによっては,シート状物質を静止したハウジ
ングの半身の中に残したままで保守点検が行われる可能性があることは普通に予想
されることである。さらに,シート状物質を静止したハウジングの半身の中に残す
か残さないかに格別な技術的な意味があるわけでもない。
 してみれば,「シート状物質を静止したハウジングの半身の中に残したままにす
るか否かは,点検・保守作業の対象又はタイミングに応じて,当業者が適宜,設定
し得る事項にすぎない。」ものであることは明らかである。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(相違点2についての判断の誤り)について
 (1) 前記のとおり,審決は,刊行物1の図2(b)における「可動の自己遮蔽部
材(可動矩形部材)」が「ラインを横断して移動する摺動可能な半身」であり,
「矩形の部材」が「静止した半身」に相当すると認定した上で,前記第2,
3(4)(b)のとおり判断したが,取消事由1では,この点が争われたものである。
 念のため,「矩形の部材」について確認しておくと,審決は,「矩形の部材」は
「可動の自己遮蔽部材」の照射装置側に図示されていると説示しているが,甲5に
よれば,刊行物1の図2(b)(縮小した上,右にその主要部分を掲げた。)にお
ける「矩形の部材」とは,「MoveableSelfshield」(可動の自己遮蔽部。審決では
「可動矩形部」も同義に使用されている。)と「EBAccelerator」(EB加速器)と
の間に図示された右図面中の黒く塗りつぶされた矩形状の部材を指すものであるこ
とが認められる(なお,黒い塗りつぶしは,当裁判所が説明の便宜のために加えた
ものである。)。
 
(2) 本件では,刊行物1に開示された内容の認定が争われているところ,刊行物1
は,特許明細書のように構成が詳細に記述されているものではない。そこで,刊行
物1に接した当業者がどのように理解するかを検討する前提として,本願発明の出
願当時における技術常識を検討しておく。
 (2-1) 本願明細書及び本件出願前の文献の内容
 (a) 本願明細書(甲2)
 電子線照射装置の遮蔽に関し,【従来の技術】として以下の記載がある。
 「電子線加速器の実例となりかつ重要な分野を考えると,この技術は,当然のこ
とながら核心的には,電子線照射が用いられる場所での別の生産ラインやその他の
周囲に実際的にゆとりをもって遮蔽する安全性を提供することに関する。例えば,
遊離基硬化システムにおける重合の完成や,種々の天然の又は合成の重合体の架橋
すなわち減成,及び/又は物質の表面及び嵩の滅菌のための用途での(20KeVより大
きいエネルギーのような)高エネルギー電子の主な障害の一つは,実に,通常は高
速の生産ライン速度(例えば,30m/分から500m/分)で連続的な方法で電子処理
装置すなわち照射器への製品の安全な導入に存する困難にあった。」(段
落【0002】)
 「この問題はエネルギー源の性質から生じている。高エネルギー電子が物質中で
最後に停止するときに,相対的に不貫通の粒子(電子)が減速するにつれてそのエ
ネルギーの幾分かを貫通光子(制動放射)の形態で消散し,物質中のそれと相互作
用する原子から固有X線を励起する。結果として生じる貫通X線すなわち光子放射
の源を閉じ込めるのはその固体中での大きな貫通能力のために困難である。」(段
落【0003】)
 (b) 実願昭63-107741号(実開平2-30099号)のマイクロフィルム(乙1)
 次のような記載がある。
 「(産業上の利用分野)この考案は電子線照射装置に関する。」(1頁)
 「(従来の技術)電子線照射装置において,照射窓に向い合うようにしてX線遮
蔽体を設置し,その内部を長尺体の被照射体,たとえばウエブを搬送させ,その過
程で電子線を照射して処理するようにしたものは,すでによく知られている。」
(1~2頁)
 「(考案が解決しようとする課題)…この考案は遮蔽体の内部,照射窓などの保
守点検を容易にする…ことを目的とする。」(2~3頁)
 「(課題を解決するための手段)この考案は遮蔽体の底面を開放する開閉自在の
扉を設け,この扉の内側に,搬送用のロールと,このロールを支持するフレームと
を取り付けたことを特徴とする。」(3頁)
 (c) 実願昭60-150649号(実開昭62-58854号)のマイクロフィルム(乙2)
 次のような記載がある。
 「〔産業上の利用分野〕この考案は,被照射物の搬送ラインにおけるフリーロー
ラの出し入れが容易に行えるように改良した電子線照射装置に関する。」(1頁)
 「〔従来の技術〕…この装置は,搬送ライン8上を搬送される例えばフィルム状
をした被照射物6に,電子線加速器2から電子線Eを照射して加工するものであ
り,当該電子線加速器2および搬送ライン8は,電子線E照射の際に発生するX線
の漏れを防止するために,鉛等からなるX線遮蔽体4で覆われている。」(1~2
頁)
 「〔考案が解決しようとする問題点〕…X線遮蔽体4や枠体18a,18bは重
量物であるため取外し作業が大変であり,また枠体18a,18b間からフリーロ
ーラ10を抜き出す場合は狭い空間内の作業であるため作業が非常に困難であっ
た。そこでこの考案は,上記のようなフリーローラの出し入れを容易にした電子線
照射装置を提供することを目的とする。」(2~4頁)
 「〔作用〕フリーローラのメンテナンスに際しては,X線遮蔽体の開閉可能部分
を開け,かつ前記一方のベアリング受けを取り外すことにより,フリーローラをそ
の軸方向に抜き出すことができる。組込みの場合は,上記と逆の手順で作業を行
う。従って,フリーローラの出し入れが非常に容易になる。」(4頁)
 「〔実施例〕…この開閉可能部分24は,扉のような構造であっても良いし,あ
るいは単なる取り外し可能な板状体であっても良い。」(4~5頁)
 (2-2) 上記の各記載によると,電子線照射装置において,電子線照射の際に発生
するX線の漏れを防ぐために遮蔽体を設けることは,本件出願当時,周知であった
ことが認められる。
 (2-3) また,上記乙1,2には,電子線照射装置の保守点検を容易にするために
X線遮蔽体の一部を開閉可能な扉にすることが記載されていると認められる。そし
て,扉は,一般的に端部を中心に回動するものや横方向に摺動するものであるが,
いずれにしても扉を設けた部材に対して移動するものであるからX線遮蔽体の扉
は,他の静止した遮蔽体に対して移動可能であるといえる。
 そうすると,電子線照射装置において,保守点検を容易にするために遮蔽体を静
止した部分とその静止した部分に対して移動可能な部分とに分割することも,本件
出願当時,周知であったものと認められる。
 (3) 上記認定をふまえて,刊行物1(甲5)について検討する。
 (3-1) 甲5によれば,刊行物1には,「電子線加速器,窓,電子線照射ステーシ
ョン,自己遮蔽部材,及びウエブの処理ラインを有する電子線照射装置のウエブ照
射方法において,ウエブは電子線伝送窓区域を縦方向に進行するとともに,窓の側
を通って電子線伝送窓区域を通過し,その過程でウエブは電子線加速器から発生さ
れた電子線により照射され,窓及び電子線電送窓区域には処理ラインをまたがって
自己遮蔽部材が配置され,同部材は一つの可動矩形部を有し,同可動矩形部は横方
向に移動可能である,ウエブ照射方法」という発明が記載されていることが認めら
れる(この点は,審決が4頁3~11行に認定するところである。なお,原告も基
本的に争うものではない〔第1回弁論準備手続調書〕。)。
 (3-2) 甲5によれば,刊行物1の図2(b)は,「Electrocure」シリーズの正
面図(概観図)であると認められる。そして,製図法上は,省略がなければすべて
の視認可能な構造は実線で描かれ,隠れた構造は破線で描かれるのが通例であると
ころ,甲5の図面が上記通例に反する方法で描かれていることをうかがわせる事情
はない。
 そこで,刊行物1の図2(b)を検討すると,「EB加速器」(EBAccelerator)と
「可動の自己遮蔽部」(MoveableSelfshield)との間に,「可動の自己遮蔽部」と
連続した実線で「矩形の部材」が描かれている。すなわち,「可動の自己遮蔽部」
と「矩形の部材」とは,連続してはいるものの,区別された構造として視認される
ものとして記載されているといえる。そうすると,図2(b)に接した当業者は,
「可動の自己遮蔽部」と「矩形の部材」との関係につき,それぞれが独立した別個
のものが隣接して配置された構成であると理解するのが通常であると認められる
(もっとも,「可動の自己遮蔽部」と「矩形の部材」が一つの構造物であって表面
形状が変化しているから実線で描かれているとみる余地もあり得ないではないの
で,更に検討を進める。)。
 (3-3) 甲5によれば,刊行物1の図2(b)には,「Web」が「可動の自己遮蔽
部」に入って「EB加速器」の側面を通過して,「矩形の部材」から出て行くことが
矢印で描かれている。
 そうすると,電子線照射装置である「EB加速器」と「可動の自己遮蔽部」との間
に「矩形の部材」が存在し,「Web」が「可動の自己遮蔽部」に入って「EB加速器」
の側面を通過して,「矩形の部材」から出て行くものであるから,電子線照射装置
において,電子線照射の際に発生するX線の漏れを防ぐために遮蔽体を設けるとい
う前記周知技術を認識する当業者は,「EB加速器」により「Web」を電子線照射する
際に発生するX線の漏れを防ぐ遮蔽体を,「可動の自己遮蔽部」や「矩形の部材」
により構成することを当然に理解するものと認められる。
 (3-4) さらに,甲5によれば,刊行物1の図4として2枚の写真が掲載されてお
り,図2に示された「可動の自己遮蔽部」(MoveableSelfshield)が「EB加速
器」(EBAccelerator)の前に位置するように挿入された状態(上の写真)と,「EB
加速器」(EBAccelerator)の前から手前に引き出された状態(下の写真)とが撮影
されていることが認められる。次頁に図4の写真を縮小したものを掲げた(なお,
図4の写真の説明のため,当裁判所において,「A」「B」「C」の符号を付すと
ともに,「A」「B」として見える部材の形状の概略を記載した。)。
 そこで,図4(写真)を検討すると,「可動の自己遮蔽部」が挿入された状態で
電子線照射することは技術常識であるから,前記周知技術を認識する当業者は,図
4の「可動の自己遮蔽部」(右写真中に「C」と表示)の左上に見える部材(右写
真中に「A」と表示)と,「EB加速器」の下に見える部材(右写真中に「B」と表
示)とが,「可動の自己遮蔽部」(「C」)と協働して,電子線照射の際に発生す
るX線の漏れを防ぐための遮蔽体を形成する構成を理解するものと認められる(右
写真のうち上のものを参照)。そして,図4の各写真に接した当業者は,遮蔽体を
形成する部材のうち,写真中に「A」「B」として表示した部材を静止させたま
ま,「可動の自己遮蔽部」(同「C」)のみを摺動可能とする構成を理解するもの
と認められる(上掲写真の上下のものを対比して参照)。
さらに,図2(b)は真正面の視点からの概観図であり,図4は「Elctrocure」
シリーズの実際の製品を斜め横から撮影した写真であるところ,両者を比較しつつ
図4の写真を精査すると,図4の写真は,斜め横から撮影されたために,真正面か
ら見れば図2(b)のような形状をした「矩形の部材」(前記(1)に掲げた図面中の
黒く塗りつぶされた部材)の一部がEB加速器及びその上部の構成物の陰に隠れてし
まい,「A」「B」という形状の2つの部材に分断された形で写真に写っているも
のと認められる。したがって,図2(b)と図4の写真に接した当業者は,「可動
の自己遮蔽部」と「矩形の部材」という別個の独立した部材により「自己遮蔽部」
が形成された構成,それに加え,図2(b)の「矩形の部材」(図4の「A」
「B」はその一部)を静止させたまま,「可動の自己遮蔽部」(図4では「C」)
のみを摺動可能とする構成をより明確に理解するものと認められる。
 (3-5) また,甲5(刊行物1)の図2(b)によれば,可動の遮蔽部材が電子線
照射装置の右側に配置され,この可動遮蔽部材は,ラインを横断して伸びているこ
とが認められ,同図4の写真によれば,可動の遮蔽部材が横方向に摺動可能である
ことも認められる。
 (3-6) 以上認定したところを総合すれば,前記周知技術を認識する当業者は,刊
行物1の記載から,前判示の「自己遮蔽部」がそれぞれが独立した別個の「可動の
自己遮蔽部」と「矩形の部材」とにより形成される構成を有すること,それに加え
て,保守点検を容易にするために,「矩形の部材」を静止させたまま,「可動の自
己遮蔽部」のみをラインを横断して移動するように摺動可能とする構成を有するも
のと理解するということができる。
 (4) 以上を要するに,確かに,刊行物1は,特許明細書のように構成を詳細に記
述したものではないので,その客観的な構成には必ずしも明確でない部分もあるこ
とは否定できないが,以上判示したような趣旨において,周知技術を認識する当業
者であれば,審決が説示したところと同様に刊行物1の内容を理解するものと認め
られるのであって,相違点2についての審決の判断が誤りであるということはでき
ない。
 (5) 原告は,前記第3,1に記載のとおり,種々の根拠を挙げて主張するが,既
に判示したところに照らし,いずれも採用の限りではない。
 よって,原告主張の取消事由1は理由がない。
 2 取消事由2(相違点3についての判断の誤り)について
 (1) 原告は,まず,刊行物1に開示された構成から,本願発明の「静止した半
身」に相当する構成を容易に導き出すことができないことを理由に,審決の相違点
3についての判断も誤りである旨主張するが(前記第3,2(1)),この点は,取消
事由1について判示したおりであって,原告の主張は,採用することができない。
 (2) 原告は,前記第3,2(2)のようにも主張する。
 しかし,既に判示したところによれば,当業者であれば,刊行物1から,保守点
検を容易にするために,電子線照射装置のウエブ照射方法において,「遮蔽ハウジ
ングを,静止した半身と,該静止した半身に対してラインを横断して移動する摺動
可能な半身とに分割するステップを有する」という構成を理解し得るものである。
 また,刊行物1発明に係る電子線照射装置のウエブ照射方法において,シート状
物質が静止したハウジング中に存在する場合に,電子線照射装置を保守点検する必
要が生じることも当然予想されることである。
 そうすると,このような場合において,シート状物質を静止したハウジングの半
身の中に残したままにするか否かは,点検・保守作業の対象又はタイミングに応じ
て,当業者が適宜,設定し得る事項にすぎないというべきであって,審決の相違点
3についての判断に誤りはない。
 なお,本件全証拠によっても,原告が主張するように,本願明細書の図2及び図
3に示すような両半身の細部の構成を明らかにして初めて,本願発明の「前記シー
ト状物質を前記静止したハウジングの半身の中に残したまま該ハウジングを開閉す
る」ことを可能とする構成となし得るものとは,認めるには足りない。
 なお,本願発明の効果についてみても,前判示の周知技術を認識する当業者であ
れば,予測可能なものにすぎないというべきである。
 (3) よって,原告主張の取消事由2も理由がない。
 3 結論
 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却さ
れるべきである。
  
知的財産高等裁判所第4部
        裁判長裁判官     
田   中   昌   利
           
裁判官     
佐   藤   達   文
           
裁判官     
清   水   知 恵 子

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