弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人岸田功、同粟津光世、同岡本久次の上告理由第一について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当とし
て是認することができ、その過程に所論の違法はない。諭旨は、ひつきよう、原審
の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用するこ
とができない。
 同第二について
 原審が適法に確定したところによると、(1) 被上告人の補助参加人株式会社C
1組(現商号C2建設株式会社)(以下「C1組」という。)は、昭和四四年五月
二四日上告人との間で原判示の店舗用貸ビル(以下「本件ビル」という。)の建築
工事請負契約を締結した、(2) C1組は約定の期日に工事を完了したとして上告
人に対し本件ビルの引渡と引換えに請負代金の支払を求めたが、工事の瑕疵をめぐ
り両者間に紛争を生じた、(3) 弁護士である被上告人が上告人の代理人としてC
1組と折衡を重ねた結果、昭和四五年一〇月七日上告人とC1組との間に右紛争解
決の和解契約が成立し、原判示の覚書が作成された、(4) 右覚書においては、工
事代金額を八九五〇万円と確定し、上告人が内金としてすでに支払つた三〇〇〇万
円を控除した残額のうち五五〇〇万円は上告人において遅滞なくこれをC1組に支
払い、残金四五〇万円はC1組が同覚書二条で定めた内容の修補義務等を所定の期
日までに履行したときに支払い、これに対し右四五〇万円の支払方法として上告人
は予め上告人振出の小切手をもつて四五〇万円を被上告人に預託し(上告人は右預
託を解除することができない。)、C1組による前記修補義務等の履行の有無の認
定と右残金の支払を被上告人に委ね、被上告人が右履行の事実を確認したときには
上告人の承諾の有無にかかわらず被上告人からC1組に右預託金を交付することに
よつて支払を完了するものとし、C1組と上告人とは、以上のほか本件ビル建築工
事に関し相互に一切の請求権を放棄するものとするが、C1組は民法六三八条所定
の瑕疵担保責任を負担するものと定められた、(5) 上告人は同日被上告人に対し
上告人の振り出した額面四五〇万円の小切手一通を交付したが、被上告人は紛失等
を懸念し同小切手を上告人に渡して保管を依頼したところ、上告人はその後被上告
人による右小切手の返還請求ないし四五〇万円の預託請求のいずれにも応じないま
ま現在に至つている、(6) C1組は、前記覚書二条所定の修補等の義務を約定ど
おり履行したものとして被上告人に対し昭和四五年末ころから同四八年初めころま
で断続的に本件預託金の支払を求めた、(7) 上告人は、C1組から本件ビルの引
渡を受け、これを使用して営業している、というのである。
 以上の事実関係に照らすと、前記覚書における四五〇万円の預託に関する条項は、
本件工事残代金四五〇万円の支払に関し、一方においてC1組による同覚書所定の
修補義務等の履行の有無をめぐる紛争の発生を防止するとともに、他方で上告人か
らC1組への右残代金の支払を確保する趣旨において定められたもので、これによ
り、上告人は、被上告人に対して四五〇万円を預託し、被上告人がその判断により
上記修補義務等の履行があつたものとして右預託金をC1組に支払うことに異議を
となえない義務を負担し、被上告人は、上告人に対する関係では右の委託された事
務を誠実に履行し、C1組に対する関係においては所定の修補義務等が履行された
ときに預託にかかる右金員を交付して残代金の支払を完了する義務を負担し、他方、
C1組は、右四五〇万円の残代金については直接上告人に請求することができず、
被上告人に対して修補義務等の履行の確認と被上告人からの預託金の交付を求める
方法によつてのみその権利を行使することができるという関係を生じるにいたつた
ものというべきである。そうすると、C1組としては、たとい右覚書所定の修補義
務等を履行しても、被上告人が上告人から四五〇万円の預託を受けていない限り被
上告人に右預託金の交付を請求して残代金債権の満足を得ることができない筋合で
あるから、上告人に対するC1組の右残代金債権の消滅時効は、上告人が被上告人
に対する右金員の預託義務を履行するまではその進行を開始しないものと解すべき
である。これと同趣旨の原審の判断は正当であり、この点に関する論旨は理由がな
い。
 また、所論相殺の点も、前記のとおり紛争の発端である工事の瑕疵に関し前記覚
書二条でC1組がなすべき修補工事の内容を特定したうえ、右修補等の義務履行の
有無をめぐり紛争が再発することを防止するため、上告人において予め被上告人に
残代金四五〇万円を預託し、C1組が右修補等の義務履行をしたかどうかの確認を
被上告人に委ね、被上告人がその判断によつて右預託金をC1組に支払うことを承
認するとともに同覚書所定の諸事項の履行により本件ビル建築工事に関しC1組と
上告人はそれぞれ相互に一切の請求権を放棄する旨を約したのであるから、上告人
は、右覚書による和解契約の結果、工事の瑕疵については同覚書二条に定める修補
を要求することができるだけで、その他の瑕疵の存在を問題とすることはできなく
なるとともに、右覚書二条所定の修補義務の履行の有無についても、その認定権限
を確定的に被上告人に与えたのであるから、自己独自の判断に基づいてC1組の右
修補義務不履行を主張してその責任を問うことはできないものといわなければなら
ない。もつとも、右覚書にはC1組が民法六三八条所定の瑕疵担保責任を負担する
ものと定められているが、これは、同覚書における他の諸条項の前記趣旨に照らし、
本件ビル引渡後右法条所定の担保期間内にあらたに発見された瑕疵についてC1組
がなお担保責任を負うことを約したものと解するのが相当であつて、このことは上
記結論を左右するものではない。そうすると、被上告人においてC1組による前記
修補義務等の不履行の事実を認めていない本件では、上告人はC1組に対し工事の
瑕疵を理由として損害賠償を請求することはできず、したがつて、かかる請求権の
存在を前提とする所論相殺の抗弁も排斥を免れないのである。右相殺の抗弁を排斥
した原判決は、結論において相当というべく、この点に関する論旨は理由がない。
 なお、上告人がC1組から既に本件ビルの引渡を受けている等原審の認定した事
実関係のもとにおいては、上告人の同時履行の抗弁を排斥すべきものとした原審の
判断は相当であり、原判決に所論の違法はない。この点に関する論旨も、採用する
ことができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    本   山       亨
            裁判官    戸   田       弘
            裁判官    中   村   治   朗

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