弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、東京都の全職員に対し「職員の職務に専念する義務の特例に関する条
例」(昭和二六年東京都条例第一六号)第二条第二号に基づき夏期休暇として職務
専念義務を免除した期間につき、本判決言渡しの日以降給与の支給をしてはならな
い。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は東京都の住民である。
2 被告は、昭和五四年七月及び八月に東京都の全職員に対し「職員の職務に専念
する義務の特例に関する条例」(昭和二六年東京都条例第一六号、以下「職務専念
義務条例」という。)第二条第二号に基づき一〇日間にわたつて職務専念義務を免
除し、かつ、右職務専念義務を免除した期間につき全職員に対し給与の支給をして
いるところ、東京都においてはこのような措置が昭和二五、六年ころから継続して
行なわれてきているところである。
3 しかし、右職務専念義務免除及び免除期間中についての給与の支給は次のとお
り違法である。
(一) 右職務専念義務免除の根拠となつている職務専念義務条例第二条第二号
は、「職員の厚生に関する計画の実施に参加する場合」と定めており、右規定は、
本来職場のスポーツ大会、組合等のレクリエーシヨン及び同好会活動等を想定した
ものであつて、右規定に該当するためには厚生目的に合致した集団的性格を有する
具体的計画及び任命権者の右計画達成に必要な管理行為等を必要とし、かつ、日常
業務に支障を生じない年間二、三日の範囲内で運用されるべき例外的臨時的性格の
ものとすることを必要とするものである。
(二) しかるに、被告のした職務専念義務の免除は前項のような厚生目的に合致
した集団的性格を有する具体的計画を欠くばかりか、一〇日間もの長期にわたり職
員個々の完全な自由行動を許しており、しかも、これを慣例として制度化している
ものであるから、職務専念義務条例第二条第二号に該当しないことは明白といわね
ばならず、右は実質的には職員に対する休暇の付与というべきものである(以下こ
れを「本件夏期休暇」という。)。
(三) ところで、休暇については、「東京都職員の勤務時間、休日、休暇等に関
する条例」があり、右条例に定められている場合にのみ付与が許されるものである
ところ、本件夏期休暇は右条例に基づかない有給休暇であるから、これはいわゆる
やみ休暇であり地方公務員法(昭和二五年法律第二六一号)第二四条第六項に違反
するものである。
4 原告は以上のような理由から東京都が行なつている夏期休暇制度の是正を求め
て昭和五五年四月一九日東京都監査委員に対し地方自治法(昭和二二年法律第六七
号、以下「法」という。)第二四二条第一項に基づき住民監査請求をした(以下
「本件監査請求」という。)ところ、監査委員は同年五月六日付で右請求を却下し
た。
5 しかし、原告は右監査結果に不服であるから請求の趣旨記載の判決を求める。
二 被告の本案前の主張
1 本件訴えは適法な監査請求の前置を欠いている。
住民監査請求の制度は、地方公共団体の長その他の執行機関及び職員の違法又は不
当な財務会計上の行為を是正し、もつて地方公共団体ひいては住民に損害を与える
ことを防止することを目的として認められたものである。したがつて、法は右のよ
うな制度の趣旨から住民監査請求の対象を法第二四二条第一項所定の六つの財務会
計上の行為等に限定しているのである。そして、住民訴訟を提起するには、適法な
監査請求をした上でなければならないところ、本件訴訟は次のように右要件を欠く
ものである。
本件監査請求は、要するに昭和五四年夏に東京都が全職員に対し職務専念義務条例
第二条第二号に基づき一〇日間の夏期休暇を付与し、夏期休暇制度を実施したのは
右条例に違反するからその是正を求めるというものであるところ、原告が本訴請求
の趣旨とするところは本判決確定後における将来の夏期休暇につき右休暇期間中に
支払われる給与の支給差止めを求めるものであつて、その対象としている夏期休暇
は全く異なるものであるから原告は本件訴えにつき適法な監査請求を経ていないも
のというべきであるし、また、仮りに、本件監査請求において将来の夏期休暇制度
の是正が求められているとしても、これは法第二四二条第一項所定の財務会計上の
行為に該当しないから、いずれにしても本件訴えは不適法である。
2 本件訴えは被告とすべき者を誤つている。
原告は被告に対し本件夏期休暇に関しての東京都の全職員についての給与支給の差
止めを求めている。しかし、次の理由により被告が任命権を有する職員以外の職員
の給与支給の差止め請求については、被告は給与の支給権者ではないから被告は被
告適格を欠くものである。すなわち、東京都の「職員の給与に関する条例」(昭和
二六年東京都条例第七五号)第五条第四号によれば、「任命権者は、すべての職員
(指定職給料表の適用を受ける職員を除く。)の職を人事委員会の定める基準に従
い、第一項の給料表に掲げる職務の等級のいずれかに格付けし、同項の給料表によ
り給料を支給しなければならない。」と定め、任命権者が任命権を有する職員につ
いての給与支給権者であるものと定めている。
ところで、東京都における任命権者はおおよそ次のとおりである。
被告(法第一七一条第二項、第一七二条第二項)、都議会議長(法第一三八条第五
項)、選挙管理委員会(法第一九三条)、代表監査委員(法第二〇〇条第五項)、
教育委員会(地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和三一年法律第一六二
号)第一六条、第一九条第七項、第三四条)、人事委員会(地方公務員法第一二条
第六項)、警視総監(警察法(昭和二九年法律第一六二号)第五五条第三項)、消
防総監(消防組織法(昭和二二年法律第二二六号)第一四条の三)、海区漁業調整
委員会(漁業法(昭和二四年法律第二六七号)第八五条第六項)、交通局長、水道
局長及び下水道局長(地方公営企業法(昭和二七年法律第二九二号)第一五条第一
項)。したがつて、被告が任命権を有することにより給与支給権者となるのは東京
都職員のうち、いわゆる知事部局に勤務する職員及び法令の定めにより知事の任命
権の対象となる部局に勤務する職員のみであつて、それ以外の部局に勤務する職員
については任命権を有しないから給与支給権も有しないのであり、よつて、被告が
給与支給権を有しない職員に係る本件請求部分は不適法である。
さらに、右のいわゆる知事部局に勤務する職員及び法令の定めにより知事の任命権
の対象となる部局に勤務する職員について被告が給与支給権者として有する給与の
支出命令権は東京都会計事務規則(昭和三九年東京都規則第八八号)第六条第一項
第一号但書により東京都総務局人事部給与課長に委任されているのであるから被告
が任命権をもつ職員に対する給与支出命令権は右給与課長が有しているものであ
る。
三 本案前の主張に対する認否及び反論
(認否)
本案前の主張2のうち、いわゆる知事部局に勤務する職員及び法令の定めにより知
事の任命権の対象となる部局に勤務する職員についての給与の支出命令権が被告主
張の規則に基づき東京都総務局人事部給与課長に委任されていることは認める。
(反論)
1 被告は、本件監査請求においては昭和五四年に行なわれた夏期休暇の是正を求
めているのに対し、本訴においては将来の夏期休暇制度の是正を求めているもので
両者は同一性を欠くから本訴につき適法な監査請求を経ていない旨主張するが、将
来の事件についての監査というものはあり得ないし、法第二四二条第一項は過去又
は現在の事件につき監査請求をすることによつて将来における違法行為の継続又は
完了を防止しようとしたものであつて、これを本件についてみると本件監査請求は
昭和五四年の夏期休暇を対象とし、措置請求においてはその継続実施の差止めを求
めているのであるから措置請求を昭和五四年の夏期休暇に限定したものではなく、
したがつて前記被告主張は失当である。
2 被告は、本件訴えは被告とすべき者を誤つている旨主張するが、原告が問題と
しているのは個々の任命権者の行為ではなく、東京都の最高意思決定者として被告
が右個々の任命権者等の行為に対し一般的規準を定め都政の総合性、一体性を維持
している被告の行為を問題としているのである。すなわち、これを本件夏期休暇に
ついてみると、本件夏期休暇及び右期間中の給与の支給は東京都の最高意思決定者
としての被告の職務専念義務条例第二条第二号に関する誤つた解釈に基づき、これ
に従つて個々の任命権者が夏期休暇の付与及び給与の支給をしているものであつ
て、かかる違法な本件夏期休暇の是正を図るための本訴においては、最高意思決定
者としての被告こそが被告適格を有することは極めて当然のことといわねばならな
い。
第三 証拠(省略)
○ 理由
一 請求の原因1及び4の事実は被告において明らかに争わないから自白したもの
とみなす。
二 本件訴えの適否について判断する。
本件訴えは、東京都の住民である原告が、東京都においては職員に対し職務専念義
務条例第二条第二号に基づき職務専念義務の免除として原告主張の本件夏期休暇が
付与され、かつ右休暇中の期間についても職員に対し給与の支給がなされているが
右夏期休暇の付与及び給与の支給は違法であるとし、将来にわたる右のような形で
の夏期休暇中の期間についての給与支給の差止めを求めているものであるから、本
訴請求は、法第二四二条の二第一項第一号に基づく請求としてされているものと解
される。
ところで、法第二四二条の二第一項第一号の請求は普通地方公共団体に回復の困難
な損害を生ずるおそれがある行為の差止めを求めるものであるところ、右訴えの被
告適格を有する者は、右行為をなし得る権限を有する執行機関又は職員に限られる
ことは右規定に照らして明らかといわねばならない。
そこでこれを本件についてみると、前記のように本件訴えは東京都職員に対する職
務専念義務条例第二条第二号に基づく職務専念義務免除としての夏期休暇期間中の
給与の支給の差止めを求めるものであるから、被告適格を有する者は当該東京都職
員に対する給与の支給権限を有する者でなければならない。そこで、次に被告が東
京都職員に対する給与の支給権限を有するか否かについて検討する。
地方公務員法第二四条第六項及び同法第二五条第一項によれば、給与は給与に関す
る条例に基づいて支給されねばならないものと定められているところ、「職員の給
与に関する条例」第五条第四項は、「任命権者は、すべての職員(指定職給料表の
適用を受ける職員を除く。)の職を人事委員会の定める基準に従い、第一項の給料
表に掲げる職務の等級のいずれかに格付し、同項の給料表により給料を支給しなけ
ればならない。」(第五条第四項)と規定しているのであるから、右規定によれ
ば、職員に対する任命権を有する者が給与の支給権限を有するものと定められてい
ることになる。そして、地方公務員法第六条並びに法第一七一条第二項及び第一七
二条第二項によれば、被告が東京都の職員のうち一定範囲の者につぎ任命権を有し
ているものと認められるところではあるが、東京都職員のうち被告が右任命権を有
するいわゆる知事部局に勤務する職員及び法令の定めにより知事の任命権の対象と
なる部局に勤務する職員については、被告が有する給与の支出命令の権限は東京都
会計事務現則第六条第一項第一号但書により東京都総務局人事部給与課長に委任さ
れている(右委任に関する事実は当事者間に争いがない。)のであるから、右範囲
の職員については被告に給与の支出命令の権限は存しないものといわざるを得ない
し、その他被告が給与支給に関しなんらかの権限を有することを認めるべき根拠は
ない。
そして、他に本件夏期休暇期間中の給与を支給されている職員で被告が給与支給に
ついてなんらかの具体的権限を有する職員が存在することを認めるに足りる何らの
主張立証はないから、以上によれば被告が本件訴えの被告適格を有するものとする
ことはできない。
この点につき原告は、被告は東京都における最高意思決定者であり、かかる被告の
職務専念義務条例第二条第二号に関する解釈に従い、個々の任命権者は本件夏期休
暇の付与及び右休暇中における給与の支給をしているのであるから被告こそ被告適
格を有する者である旨主張するが、前記のように法第二四二条の二第一項第一号に
基づく給与の支給差止請求の被告適格を有する者は給与の支給についてなんらかの
具体的権限を有する者と解すべきであるから右原告主張は採用の限りではない。
よつて、被告は本件訴えの被告適格を有する者とはいえない。
三 以上の次第であるから、本件訴えは不適法であり、したがつてこれを却下する
こととし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適
用して主文のとおり判決する。
(裁判官 藤田耕三 原 健三郎 田中信義)

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