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H18.6.22東京高等裁判所平成16年(ネ)第2029号賃金支払及び地
位確認請求控訴事件,平成17年(ネ)第609号同附帯控訴事件
主文
1原判決のうち控訴人敗訴部分を取り消す。
2上記取消しに係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3本件各附帯控訴を棄却する。
4訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人らの負担とし,本件各附
帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文第1,2項と同旨
第2附帯控訴の趣旨
1原判決を次のとおり変更する。
2控訴人は,別紙「請求債権一覧表3」記載の各被控訴人に対し,同表記
載の当該被控訴人の「氏名」欄に対応する「請求債権額」欄記載の金員及
びこれに対する「遅延損害金起算日」欄記載の年月日から支払済みまで年
6分の割合による金員を支払え。
3控訴人は,原判決別紙1の1「請求債権一覧表」記載の各被控訴人に対
し,同表記載の当該被控訴人の「原告氏名」欄に対応する「請求債権額」
欄記載の金員及びこれに対する「遅延損害金起算日」欄記載の年月日から
支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4控訴人は,被控訴人甲に対し,平成17年2月から毎月25日限り各8
万2050円を支払え。
5控訴人は,被控訴人乙に対し,平成17年2月から毎月25日限り各5
万1350円を支払え。
6控訴人は,被控訴人丙に対し,平成17年2月から毎月25日限り各4
万4750円を支払え。
第3事案の概要
1本件は,控訴人の従業員である被控訴人らが,控訴人は就業規則の性質
を有する給与規程等の変更(以下「本件給与規程等の変更」という。)を
行い,これにより控訴人の賃金制度は①いわゆる職能資格制度に基づき
職能給を支給する年功序列型の従前の賃金制度(以下「旧賃金制度」とい
う。)から,②職務の等級の格付けを行ってこれに基づき職務給を支給
することとし,人事評価次第で昇格も降格もあり得ることとする成果主義
に立つ新たな賃金制度(以下「新賃金制度」という。)に変更され(以下
旧賃金制度から新賃金制度への変更を「本件賃金制度の変更」という。),
その結果,被控訴人らは新賃金制度の下において職務等級を降格され賃金
を減額されたが,本件給与規程等の変更は無効であり,被控訴人らはこれ
に拘束されないとし,また,仮に本件給与規程等の変更が無効でないとし
ても被控訴人らに対する格付けは不当であるなどと主張して,変更前の給
与規程に基づく賃金の支払を受けるなどの地位にあることの確認並びに労
働契約上の地位に基づき本来得られるべき賃金と新賃金制度に基づき実際
に支給された賃金との差額の支払を求める事案である。
原審は,被控訴人らの請求を一部認容した。これを不服とする控訴人が
控訴を提起した。被控訴人らは,附帯控訴を提起し,本件訴えに係る請求
を附帯控訴の趣旨第2項から第6項までのとおりとする旨の訴えの追加的,
交換的変更をした。
2前提となる事実(末尾に証拠を挙げていない事実は争いのない事実であ
る。)
(1)控訴人は,電子機器の電源雑音を検査する測定器の製作及び販売,
コンピュータ利用施設の電磁波の影響調査,測定及びその施設の電磁波
防護対策事業等を目的とする発行済株式総数19万株,資本の額950
0万円の株式会社である。
(甲1,2)
(2)被控訴人甲は,昭和55年控訴人に入社し,新賃金制度導入時は満
40歳であり,導入以前は製造部資材購買課主任の地位にあった。
被控訴人乙は,昭和56年控訴人に入社し,新賃金制度導入当時は満
47歳であり,導入以前は生産管理部生産技術課係長の地位にあった。
被控訴人丙は,平成3年控訴人に入社し,新賃金制度導入当時は満3
9歳であり,導入以前は製造部商品検査課主任の地位にあった。
なお,被控訴人らはいずれもa労働組合(以下「組合」という。)b
支部及びc分会の組合員である(被控訴人甲は新賃金制度導入時の同分
会執行委員長であった。)。控訴人には,労働者の過半数で組織する労
働組合は存在しない。
(甲28~30,原審における被控訴人乙,控訴人代表者,弁論の全趣
旨)
(3)旧賃金制度の概要
控訴人は,昭和56年4月1日に就業規則を制定し,従業員(就業規
則においては「社員」の語が用いられているが,以下,これを「従業
員」の語に置き換えて用いることとする。)の賃金の決定,計算及び支
払の方法並びに昇給に関する事項は,別に定める給与規程により支給す
ることとした(就業規則第38条)。控訴人は,同日,就業規則の性質
を有する給与規程を制定した。控訴人においては,後記のとおり平成1
3年4月1日付けで変更されるまで,上記の給与規程(以下「変更前給
与規程」という。)及び平成6年に採用された「社員処遇基準」を基に
旧賃金制度が運用されていた。旧賃金制度の概要は次のとおりであった。
ア賃金(給与)は,月給制で支払われ(変更前給与規程第3条),前
月21日から当月20日までの労働について計算し,当月25日に通
貨で直接従業員に支払うこととされていた(変更前給与規程第4条)。
(甲6)
イ賃金は,基本給,通勤手当,役付手当,資格手当,家族手当,営業
手当,別居手当,調整手当,時間外勤務手当,深夜勤務手当,休日出
勤手当,責任者手当及び地域手当によって構成されていた(変更前給
与規程第2条)。
(甲6)
ウ基本給は年齢給及び職能給をもって構成されていた(変更前給与規
程第10条第1項)。年齢給は,年齢に応じて定める額とされ,変更
前給与規程別表の年齢給表によって支給されていた(同条第2項)。
(この項全部につき甲6,7)
エ職能給は,7等級に分類される職能分類に対応するものとされ,各
等級ごとに最低級号が決められ,考課を用いて運用することとされ,
職能別等級,最低級号額,昇給単価,考課評定が定められていた(変
更前給与規程第10条第3項)。上記の各等級は職務遂行能力の到達
した段階を表象するものとされていたのであり,満55歳に達した従
業員については人事評価の結果等により職務等級の格付け見直しを行
うものとされていた(同条第4項)が,それ以外にはいったん到達し
た等級が引き下げられることは予定されておらず,変更前給与規程等
に,従業員の到達した等級が見直しにより引き下げられることがあり
得ることを定めている規定はなかった。
(この項全部につき甲3,5,6,8,乙39,弁論の全趣旨)
オ昇格基準に必要条件(学歴,免許,経験年数,在級年数,業績等)
が定められ,いわゆる年功序列の運用が行われていた。各資格等級が
40号俸に細分化され,平成11年3月から運用の一部が変更される
までは在職1年ごとに昇格がなくても1号俸は上がるような運用が行
われていた。
(4)控訴人の就業規則のうち制裁に関する定め
控訴人の就業規則第51条及び第52条は次のとおり定めている。
(制裁の種類)
第51条第1項社員が就業規則及び付属規程に違反したときは,そ
の情状に応じて次の区分により制裁を行う。
(1)けん責(略)
(2)減給始末書を提出させるほか,減給する。ただし,
減給は1回の額が平均賃金の1日分の2分の1を超
え,総額が1賃金支払期間における賃金の10分の
1を超えることはない。
(3)昇給停止始末書を提出させるほか,次期の定期昇給を停
止する。
(4)出勤停止(略)
(5)降職・降格始末書を提出させるほか,職位,資格又は職務
等級を降ろす。
(6)諭旨解雇(略)
同条第2項(略)
(制裁)
第52条第1項社員が次のいずれかに該当するときは,昇給停止,
出勤停止又は降職・降格に処する。ただし,情状によ
りけん責,減給にとどめることがある。
(以下略)
(この項全部につき甲4)
(5)職能資格制度に基づく賃金制度と成果主義による賃金制度
控訴人の旧賃金制度は,職能資格制度を基本とするが実質的には年功
型の賃金制度であった。我が国においては従来同様の賃金制度を採る企
業が多かった。職能資格制度は,長期雇用制度の下において,従業員を
職務遂行能力に応じた資格とその中の級に格付けし,職能資格と級とに
よりその職能給を決定して処遇しようとするものである。職能資格制度
は,職務の経験年数が長ければ職務遂行能力も向上するという考え方や,
従業員の学歴によって職務遂行能力に違いが生ずるという考え方で運用
されることが多く,年功型の賃金制度と大差がないこととなり,従業員
の処遇は,長い間には差が付くが,短期的,中期的にはあまり変わらな
いこととなるので,大多数の従業員にとっては業績を上げることに対す
る動機付けにおいては必ずしも十分なものではなく,中にはそのような
賃金制度に安住してあまりよく働かない従業員もいた。しかしながら,
平成2年ころ以降,いわゆるバブル経済の崩壊に伴い,従業員の意識改
革を目指し,上記のような職能資格制度を基本とする賃金制度からいわ
ゆる成果主義の賃金制度に移行する企業が現れるようになり,徐々にそ
のような流れが形成されてきた。成果主義の賃金制度については様々な
考え方,形態があり,導入の目的,導入の仕方,運用の実態には企業に
よってかなり差があるが,理念としては,企業活動,業績に対する各自
の貢献度に応じて従業員の処遇を決定することが相当であり,そうする
ことが従業員の仕事に対する動機付けとしてより効果的であって,企業
の活性化につながるという考え方を基本とするものであり,公正な人事
評価を行い,その結果に基づいて従業員の処遇を決定しようとする制度
である。成果主義の賃金制度の下では,従業員間の競争が強まり,その
行き過ぎによる弊害も生ずる場合もあり得ることとなるから,成果主義
の賃金制度自体を批判する者も少なくなく,そのような賃金制度に対す
る反対意見も根強いものがないわけではないが,成果主義の賃金制度へ
の移行は,大きな流れとして継続してきており,公務員についても,人
事評価の結果に基づいて昇給額を決定する方向等,従来の給与制度の見
直しが進められている。
(甲77~80,83,86~88,乙41,71)
(6)賃金制度変更についての控訴人による検討の経過
ア控訴人の経営状況の推移
控訴人は,マイクロコンピュータやそれを内蔵した製品が様々な電
気的雑音の影響を受けた場合にも正常に作動できるかどうかをチェッ
クするための電磁環境両立性(EMC:ElectromagneticCompatibil
ity)試験機等の専門メーカーであるが,平成8年1月,欧州連合の
加盟国が電子機器の電磁環境両立性について法的規制を実施したのを
契機に,上記試験機の市場は,一気にグローバル化し,日本国内にお
いて海外メーカーとの競争が激化した。控訴人は,人件費の高い我が
国において上記試験機を製造していた上,国内の顧客からは国際規格
として求められる性能以上の性能を求められていたため,控訴人の製
造する上記試験機は,その製造原価,販売価格が海外メーカーの製品
に比べて高いものとならざるを得ず,国内のメーカーの中にも国際規
格として求められる性能に絞り込んで低価格で販売するところも出て
きて,控訴人の売上げが減少し始めた。控訴人の営業利益は,平成8
年には6065万2000円あったが,以後4年間にわたって減少し,
平成12年には269万1000円にまで落ち込んだ。税引き前損益
は,平成11年に1億0576万7000円の損失,同12年には1
億6068万5000円の損失となった。
イ控訴人の事業に関する展望と賃金制度変更の検討
上記のような経営状況の中で,控訴人代表者は,①電磁環境両立
性関連試験機及び測定器,システムの開発及び製造事業,②電磁環
境両立性に関する受託試験,測定及び対策事業,③電子機器及びシ
ステムが機能している現場における電磁環境両立性障害対策事業を控
訴人の事業の3本の柱とする展望を描き,組織や個人の実績に見合っ
た報奨でインセンティブを与えることにより若く積極的な従業員の活
力を引き出して控訴人の業績を好転させるなどして早期に技術ノウハ
ウの開発が可能な企業を目指すこととした。こうして,控訴人は,当
面する危機を打開し,その後の成長に発展させるために従業員の力を
効果的に引き出すことを目的として,賃金制度の変更を検討すること
としたのである。控訴人代表者は,従前から,本社や事業所を訪れた
際の従業員らとの懇談の場等で,若手社員から,年功型賃金制度に対
する不満を聞いていた。また,控訴人は,会社概況,経営管理制度の
整備状況の調査を中央監査法人に依頼し,平成10年3月13日付け
調査報告が提出されたが,その報告において,経営管理体制整備の点
での検討課題として,従業員に対しインセンティブを与えることを検
討すること,営業マンの販売意欲増加のため,賞与査定を営業マン個
人別にすることなどが指摘されていた。
そこで,控訴人は,平成12年初頭に機能的分掌組織を事業部制組
織に変更し,同年3月に当時の本社と事業所の統合及び移転を行い,
また,取締役の変更により大幅な経営陣の刷新を断行した上で,同年
春から,賃金制度の抜本的改革の検討に着手した。基本的な考え方は,
年功型賃金制度から脱却し,従業員の従事する仕事に応じて対価を決
定する職務給制度と業績貢献度に見合った処遇を行う成果主義とを導
入するというものであった。
((6)全部につき乙1,39,41,56~61,63,原審にお
ける控訴人代表者,弁論の全趣旨)
(7)賃金制度変更の従業員に対する周知について
ア控訴人は,平成12年12月1日付けで,各従業員に対し,経営管
理部長丁名義の「賃金制度改訂について」と題する書面を交付し,も
って,賃金制度を年功序列的なものから仕事の内容とその成果とによ
って決定されるものに移行させる方針を公表した。上記書面において
は,旧賃金制度における職能給制度を見直し,職務給制度を取り入れ,
評価についても成果主義で行うことを決定した旨が明らかにされてい
た。
(甲3)
イ上記書面においては,「賃金制度改訂詳細」の見出しの下に新賃金
制度の概要が説明されており,基本給が年齢給と職務給とから構成さ
れること,年齢給は20歳をスタートとして30歳まで昇給し,30
歳以降は60歳(定年)まで同額とすること,8等級以上の従業員に
ついては年齢給は支給しないこと,職能給を廃止して職務給とするこ
と,職務給制度とは仕事の難易度や責任の重さに応じて賃金を決める
制度であり,社内の各職務を1等級(グレード)から10等級までに
ランク分け,格付けし,従業員が従事する職務に応じた職務給を支給
すること,各職務のランク分けは今後作成される職務分掌をもとに決
定されること,職務の1等級から7等級までは下限額と上限額を定め
た範囲給とし,人事評価の結果により昇給号俸が異なること,人事評
価に関しては,現行の能力評価を廃止し,1等級から7等級までの者
に関しては業績目標達成度,職務遂行達成度とそのプロセスを併せ評
価が行われること,8等級以上の者に関しては業績目標達成度,職務
遂行達成度により行われること,1等級から7等級の職務給について
は人事評価の結果により昇給を行うが,人事評価において2年連続し
てCの評価を受けた者には昇給は行わず,また,上限額に達した者は
昇格しない限り昇給しないこと,昇格要件は「職務等級制度のフレー
ム」で定められること,昇格加給のみならず降格減給があること,各
従業員の等級への格付けは今後作成される職務分掌に基づいて現に就
いている職務に応じて行うこと,新賃金制度への移行に伴い,基本給
が減額となる者については,移行時に従前額を下回らないよう調整手
当を支給すること,調整手当の支給は最長2年間(平成15年3月ま
で)とし,1年ごとに50%を償却することなどが記載されていた。
(甲3)
ウ上記書面においては,平成13年2月9日までに関連する規程等の
改定を行い,同年2月末日までに従業員代表者の意見の提出を求める
というスケジュールが示されていた。その後,本社や各事業所で説明
会が行われた。
(甲3,原審における控訴人代表者)
(8)組合と控訴人との交渉経緯について
被控訴人らが加入する組合と控訴人との交渉経緯については,次のと
おり訂正するほかは,原判決別紙3記載のとおりであるから,これを引
用する。
ア原判決別紙3の「6月11日」の項(原判決29頁4行目から16
行目まで)を次のとおり改める。
「6月11日控訴人は,平成13年6月19日付け回答書で,年齢
給の大幅改定はできないが,基本給の格付けについては,
年齢給一律3000円の付加は白紙とするとの条件の下
に,択一的な案として,①調整手当の支給高額対象者
の調整手当全額相当分を基本給に上乗せするために,そ
の金額に見合う職位に格付けを行うとの案,②従前の
職位相当等級より2等級降格した者は1等級の降格に変
更するが,翌年以降の調整手当の支給は行わないとの案,
③現行の職位相当等級のまま新等級に格付けするが役
付手当については別途評価するとの案及び④基本給減
額対象者に対しては,移行期間の措置として,S評価で
なく,A評価であっても昇格対象とするとの案,以上4
案を提案した。(甲26の3,27の7,乙6,22,
25)」
イ原判決別紙3の「6月28日」,「7月4日」及び「7月11日」
の項(原判決29頁21行目から30頁11行目まで)を次のとおり
改める。
「6月28日第7回団体交渉が行われ,調整手当支給対象者に関す
る上記の4案のうちいずれを選択するかについては,①
の案を選択し,さらにこれを「調整手当の支給対象者の
調整手当全額相当分を基本給に上乗せするために,その
金額に見合う職位に格付けを行う。」とすることでは労
使が合意したものの,控訴人は年齢給の一律3000円
の付加を撤回することが上記の措置を執る前提となると
して,年齢給の一律3000円の付加を撤回する旨を組
合に改めて通告した。しかし,組合はこれを受け入れず,
年齢給の一律3000円の付加については継続協議とな
った。(乙28)
7月4日組合は,同日付け申入書において,①の修正案と年齢
給の一律3000円の付加と双方の実施を求めて団体交
渉を要求した。
控訴人は,調整手当相当分を基本給に繰り入れると昇
給額は平均1万5073円(旧基本給の5.96%)と
なると回答し,①の修正案と年齢給の一律3000円の
付加との双方を実施することは受け入れられないとして,
①の修正案の実施のみを提案し,同月6日を期限と定め,
同日までに組合の諾否について文書による回答を求めた
が,組合は,期限までに回答せず,同月9日,改めて年
齢給の一律3000円の付加を求めた。(甲27の8,
乙29,31,32,33)
7月11日控訴人は,上記文書による返答がなかったことから,
組合に,上記文書による返答のないままの交渉開催には
応じられない旨通知した。(甲27の9,乙33)」
(9)従業員代表は,控訴人と協議して,本件給与規程等の変更に合意し,
控訴人は,相模原労働基準監督署に所定の届出をした。その後,控訴人
は,従業員代表と協議し,年齢給を3000円ベースアップすることを
合意し,控訴人は,直ちに実施した。
((9)全部につき甲4,5,乙39,63,原審における控訴人代表
者,弁論の全趣旨)
(10)新賃金制度の概要
控訴人の就業規則及び給与規程はいずれも平成13年4月1日に改定
され,即日実施されることとなった。併せて,「職務給運用細則」,
「業務分掌規程」,「賞与運用細則」「退職金規程」,「旅費規程」が
制定,施行された。これらによる新賃金制度の概要は次のとおりである。
ア基本給は,年齢給及び職務給をもって構成することとされている
(給与規程第10条第1項)。
(甲5)
イ年齢給は,4月1日時点の本人の年齢(学齢)に応じて定める額と
し,給与規程別表1の年齢給表によって支給するが,8等級以上の社
員については支給しないこととされている(同条第2項)。給与規程
別表1の年齢給表によれば,年齢給は20歳から30歳まで昇給し,
30歳以降は60歳(定年)まで同額とされている。
(甲5)
ウ職務給は,従業員の従事する職務に応じて給与規程別表2の職務給
表によって支給するものとされており(給与規程第10条第3項),
給与規程別表2の職務給表は,1等級から7等級までは下限額と上限
額を具体的に定め,1等級については評価昇給のみを,2等級から7
等級までは昇格加給と評価昇給(標準)とを,及び8等級から10等
級までは昇格加給のみを定めている。
職務給の詳細は別に定めることとされている(給与規程第10条第
3項)。これを受けて職務給運用細則は次のとおり定めている。
a職務給は,従業員の従事する職務に対応して決定し支給する給与
で,1等級から10等級に区分し,職務等級別に「職務給表」に定
め,1等級から7等級までの職務給については範囲給(上限と下限
を有する)とし,8等級以上については単一給とすることとされて
いる(職務給運用細則第1条第1項,第2項)。
b職務の変更により職務等級が下がる場合の職務給の取扱いは,降
格の取扱いを準用することとされている(職務給運用細則第3条)。
c1等級から7等級の職務給については人事評価の結果により次の
とおり昇給を行うが,上限額を超える昇給は行わないこととしてい
る(職務給運用細則第4条第1項)。人事評価の結果が2年連続し
てCの場合は昇給は行わないこととされている(同条第2項)。
評価結果,昇級号数(省略)
d7等級以下の職務給の昇格及び降格については次のとおり定めら
れている。
「職務等級フレーム」に定める昇格要件を満たした者は昇格させ
(職務給運用細則第5条第1項),「職務等級フレーム」に定める
降格要件を満たした者は降格させ(職務給運用細則第6条第1項),
昇格及び降格は原則として毎年4月1日付けをもって行うこととさ
れている(職務給運用細則第5条第2項,第6条第2項)。昇格す
るときは,各等級に定めた昇格加給を行い,1つ上位等級の職務給
にその額を当てはめ,同額の職務給があればその額,ないときは直
近上位の額とし,昇格を昇給と同時期に行うときは現等級において
昇給した後に昇格加給を行うこととされている(職務給運用細則第
5条第3項,第4項)。降格するときは,各等級に定めた降格減給
(昇格加給と同額)を行い,1つ下位等級の職務給にその額を当て
はめ,同額の職務給があればその額,ないときは直近下位の額とす
ることとされている(職務給運用細則第6条第3項)。
e8等級以上の職務給については,人事評価の結果により,毎年,
洗い替えがされるものとされている(職務給運用細則第7条)。
「職務等級フレーム」に定める昇格要件を満たした者は昇格させ
(職務給運用細則第8条第1項),「職務等級フレーム」に定める
降格要件を満たした者は降格させることとされている(職務給運用
細則第9条第1項)。
f「職務等級フレーム」は別紙「職務等級制度のフレーム」のとお
りである。
(甲5,12)
エ定期昇給は4月分給与をもって,勤務成績が良好な者に基本給につ
いて行うこととされ(給与規程第15条第1項),職務給の昇給は勤
続6か月以上の者を対象に人事評価の結果等により行うものとされ,
詳細は別に定めることとされている(同条第2項)。
昇格,降格が行われたときは,昇格加給,降格減給を行い,昇格,
降格後の職務等級に応じた職務給を適用するものとされる(給与規程
第16条の3)。
(甲5,12)
オ賞与は,7月及び12月に支給され,算定方法は,控訴人の業績,
従業員の勤務成績,貢献度等を考慮して算出することとされ,詳細は
別に定めることとされている(給与規程第17条ないし第19条)。
これを受けて定められた賞与運用細則によると,賞与についてはポイ
ント制とし(第1条),各等級別に標準ポイントを定め(第2条),
個人別ポイントは,人事評価点と標準ポイントを乗じた値を標準の人
事評価点で除した値とし(第3条),ポイント当たりの単価は,各事
業部毎に,当該事業部の賞与総額原資をΣ(当該事業部に所属する社
員の個人別ポイント全部)で除したものとし(第5条),個人別の賞
与金額は,上記個人別ポイントにポイント単価及び出勤率を乗じた数
額とする(第6条)とされている。
(甲17)
カ業務分掌規程は,控訴人の組織単位の業務分掌を明確にし,責任の
所在を明らかにするとともに,業務の組織的かつ効率的な運営を図る
ことを目的として定められたものであり,組織図に表示した組織単位
(各部,課)について業務分掌表により各組織単位の分掌業務が定め
られている。
(甲14)
キ旧賃金制度においては東京又はその近辺に所在の本店又は事務所に
勤務する者に地域手当が支給されていたが,新賃金制度においては地
域手当は廃止された。
(11)本件賃金制度の変更と賃金原資総額との関係
平成13年4月2日当時の控訴人の従業員(正社員)は,総勢95名
であり,同日付けで新規採用されたものを除くと91名であった。新賃
金制度移行後,賃金総額は143万6400円増額され,所定内賃金は
従業員一人当たり月額1万0482円増額されており,旧賃金制度下と
比べて賃金原資総額は減少していない。また,従業員91名のうち14
名は賃金が減額されたが,他の77名は賃金が増額された。
(乙40,62,63,原審における控訴人代表者)
(12)控訴人における人事評価制度
控訴人における人事評価は,旧賃金制度及び新賃金制度を通じ,考課
期間について,人事考課表に基づき,次に掲げる成績考課,能力考課及
び執務態度考課別に設けられている評価要素ごとに,1次評定者及び2
次評定者により評価が行われ,総合評点に基づく総合考課として後記の
5段階の考課基準のいずれかに位置付けられる方法により行われる。人
事評価は,年度ごとに,冬季,夏季,昇給時に評価されることとされて
いる。控訴人は,旧賃金制度下において人事考課者に対して定期的に研
修を行い,個別能力管理は人事考課のデータが必要であること,考課結
果は個別面接でフィードバックする必要があることなどを指導し,昇格
者の決定方法として一定の滞留年数の経過,考課結果,昇格試験,面接,
論文,実績等を挙げ,昇格させる基準を示すなどして,人事考課に必要
な技能を習得させるための訓練を行っていたのであり,このことに基づ
いて考えると,年功序列型賃金制度を廃止して新賃金制度に変更した以
上,新賃金制度下においても少なくともこれと同程度の人事考課の訓練
を行っているものと推認することができる。
成績考課(省略)
能力考課(省略)
執務態度考課(省略)
考課基準
S大変努力しており期待以上
A大変努力しており満足できる
B努力しており問題はない(標準)
C努力不足で少し問題がある
D努力不足でかなり問題がある
(甲16,乙36~38)
(13)被控訴人らに対する人事評価
被控訴人らの平成10年から同12年までの3年間の冬季,夏季,昇
給時の人事評価は,直近から,被控訴人甲については,平成12年度は
すべてC,平成11年度はすべてB,平成10年度は順にB,B,Cで
あり,被控訴人乙については平成12年度及び平成11年度はすべてB,
平成10年度は順にB,B,Cであり,被控訴人丙については,平成1
2年度は順にB,C,D,平成11年度はすべてC,平成10年度はC,
C,Bであった。
(14)新賃金制度が被控訴人らの賃金等に及ぼす影響
ア被控訴人甲について
平成13年7月25日付け辞令(以下単に「本件辞令」という。)
により,同年4月から新賃金制度における職務等級が4等級15号俸
に格付けされ,年齢給が17万4000円から17万1000円とな
った。また,職能給15万7800円から職務給8万8750円とな
り,基本給は33万1800円から25万9750円となった。基本
給が減額されたことに対して調整手当が支給され,初年度である平成
13年度は7万5050円支給されたが,平成14年4月からは50
%が償却されて3万7525円となり,平成15年4月からは支給さ
れなくなった。
なお,平成14年4月1日付け辞令の被控訴人甲の人事評価結果は
Cであり,基本給は26万1400円となった。
また,被控訴人甲は,本件辞令により,主任職を解かれ,機器事業
部機器製造部資材購買課勤務となったため役付手当7000円が支給
されなくなった。
さらに,地域手当3000円が廃止されたためこの支給が得られな
くなった。
これらに伴って,被控訴人甲の賞与も減額された。被控訴人甲に支
給された賞与は,平成13年夏季47万5911円,冬季28万99
10円,平成14年夏季18万9298円,平成15年夏季26万1
400円であった。
イ被控訴人乙について
本件辞令により,職務等級が6等級15号俸に格付けされ,年齢給
が17万5000円から17万1000円となり,職能給16万40
00円から職務給12万8450円となり,基本給は,33万900
0円から29万9450円となった。このため,平成13年度は調整
手当4万3350円が支給されたが,平成14年4月からは50%が
償却されて2万1675円となり,平成15年4月からは支給されな
くなった。
なお,平成14年4月1日付け辞令の被控訴人乙の人事評価結果は
Cであり,基本給は30万1800円となった。
また,被控訴人乙は,本件辞令により,係長職を解かれ,機器事業
部機器製造部生産技術課主任に格付けされたため,役付手当1万50
00円が7000円となった。
さらに,地域手当3000円の支給が得られなくなった。
これらに伴って,被控訴人乙の賞与も減額された。被控訴人乙に支
給された賞与は,平成13年夏季56万3303円,冬季40万69
68円,平成14年夏季27万2589円,平成15年夏季30万1
800円であった。
ウ被控訴人丙について
本件辞令により,職務等級が5等級15号俸に格付けされ,年齢給
が17万3000円から17万1000円となり,職能給13万82
00円から職務給10万5450円となり,基本給は,31万120
0円から27万6450円となった。このため,平成13年度は調整
手当3万7750円が支給されたが,平成14年4月からは50%が
償却されて1万8875円となり,平成15年4月からは支給されな
くなった。
なお,被控訴人丙の平成14年4月1日付け辞令の人事評価結果は
Bであり,基本給は28万0350円となった。
また,被控訴人丙は,本件辞令により,主任の職を解かれ,機器事
業部機器製造部商品検査課勤務となったため役付手当7000円がな
くなった。
さらに,地域手当3000円の支給が得られなくなった。
これらに伴って,被控訴人丙の賞与も減額された。被控訴人丙に支
給された賞与は,平成13年夏季60万8682円,冬季43万32
24円,平成14年夏季26万8803円,平成15年夏季28万0
350円であった。
((14)全部につき甲9の1~9の3,10の1~10の3,11の1
~11の3,21の1~21の3,22の1~22の3,23の1~
23の3,33の1~33の26,34の1~34の26,35の1
~35の26,弁論の全趣旨)
(15)本件給与規程等の変更により給与が減額となる者は被控訴人ら以外
にもいる。そのうち調整手当支給対象者は被控訴人らを含めて11名で
あり,その新制度導入時の平均年齢は約40.3歳である。32歳以下
の者で調整手当支給対象者はいない。
(16)経過措置(代償措置,緩和措置)
控訴人は,新賃金制度の実施により従前の給与を下回ることとなる者
については,経過措置を採ることとした。その主な内容は,次のとおり
である。
ア変更前給与規程の最上位号俸にあったもので,厳しい評価を受けた
者に対しては,他の社員との整合性を逸脱しない範囲である15号と
する格付けを行うこととし,被控訴人らに対してもこの措置が採られ
た。
イ職務給の等級格付けの結果,従来の職能給の金額を下回った11名
に対しては,調整手当を支給することとし,その額は,1年目は下回
った額の100%,2年目は50%とし,補てんする。
ウ通常はS評価1回ないしA評価を2回連続で得ることが昇格の条件
であるところ,調整手当支給対象者については,翌春の評価でA評価
を1回得れば,昇格対象とする。
((16)全部につき乙39,51)
3争点及び争点に対する当事者の主張は,4のとおり控訴人の当審におけ
る主張を加え,5のとおり被控訴人らの当審における主張を加えるほかは,
原判決「事実及び理由」欄中の「「第3争点」の1から4まで(原判決
8頁22行目から14頁6行目まで)に記載のとおりであるから,これを
引用する。
4控訴人の当審における主張
(1)新賃金制度は,年功序列型賃金制度から脱却し,仕事に対して対価
を決定する職務給制度と業績貢献度に見合った成果主義を取り入れるこ
とを目的とし,基本とするものであり,賃金減額による経費削減を企図
したものではなく,賃金総額は増加している。また,課長補佐以下の従
業員62名のうち51名は所定内賃金が増額され,11名のみが所定内
賃金を減額されて調整手当支給対象者となった。これらを総合してみれ
ば,本件賃金制度の変更は就業規則の不利益変更には該当しないものと
いうべきである。
(2)新賃金制度の目的は上記(1)のとおりである。控訴人は,組織や個人
の実績に見合った報奨でインセンティブを与えて若く積極的な従業員の
活力を引き出し,労働生産性を高めて控訴人の競争力を強化し,もって,
控訴人の業績を好転させるなどして早期に技術ノウハウの開発が可能な
企業を目指すこととして,賃金制度の変更を検討することとした。控訴
人の主力商品である電磁環境両立性試験機の市場がグローバル化し,日
本国内において海外メーカーとの競争が激化したために,控訴人の売上
げ,営業利益は減少し,税引き前損益は損失に転じていたのであり,こ
のような経営状況の中で,控訴人は,年功序列型賃金制度から脱却し,
控訴人の業績及び各従業員の成果に見合った処遇をする賃金制度に変更
する必要に迫られていた。このように,本件賃金制度の変更は,控訴人
にとって,高度の必要性があった。新賃金制度は,上記の必要性に見合
った内容を有するものであり,相当性がある。したがって,本件給与規
程等の変更に合理性があることは明らかである。
5被控訴人らの当審における主張
(1)本件給与規程等の変更により,控訴人は,その裁量により,職務の
格付けを行い,被控訴人らの格付けを行った。被控訴人らは,本件賃金
制度の変更時に従事していた職務内容によって職務給の号俸を決定され,
賃金を切り下げられた。また,新賃金制度においては,従業員は控訴人
の人事評価により新たな格付けをされ,降格・降給まであり得ることと
されている。したがって,本件給与規程等の変更は,就業規則の不利益
変更にほかならず,被控訴人らが受けた不利益と本件給与規程等の変更
との間には相当因果関係がある。
(2)本件給与規程等の変更によって被控訴人らが被る給与,賞与,退職
金の算定方法,旅費日当等の支給に関する不利益の程度は著しく,被控
訴人らの生活に及ぼす影響は甚大であり,他方,使用者側である控訴人
における就業規則変更の必要性は乏しいから,本件給与規程等の変更に
ついて同意をしていない被控訴人らに対して変更後の給与規程等を適用
することは許されない。
(3)本件賃金制度の変更に合理性があるというためには,①従業員の
意見を真に反映させることのできる対等で双方向の評価協議の場を設け,
②透明性,具体性のある評価基準を整備してこれを従業員に明示し,
③評価の結果を従業員本人及び労働組合に開示し,なぜそのような評
価になったのかについて説明し,④評価の納得性・客観性を確保する
ために評価方法を整備し,⑤評価を処遇に反映させる明確なルールを
整備し,⑥従業員が能力を発揮するための職場環境を整備し,評価す
る側に評価能力を確保し,⑦従業員が評価に不満がある場合に備えて
公正で迅速な紛争処理制度を整備することが必要である。しかるに,控
訴人にはこのような制度は整備されておらず,そのような運用実態もな
い。
(4)仮に本件給与規程等の変更が無効でないとしても,被控訴人らに対
する格付けは次のとおり不当である。
ア被控訴人らは,本件賃金制度の変更までに従事していた職務内容に
よって職務給の号俸を決定されたのであり,各被控訴人が担当する職
務は使用者である控訴人がその裁量によってこれを担当する旨の決定
をしたものであって,各被控訴人が自らは上記決定に関与することが
できないにもかかわらず,当該職務内容によって最も重要な労働条件
を左右されることになる。このようなことは不合理であり,仮にこの
ような賃金制度に何らかの合理性が認められるとすれば,それは本件
賃金制度の変更後の一定期間について従業員の努力,成果を評価し,
その評価に基づき賃金額を調整するという限りにおいてである。
イ業務分掌表そのものが職場の実体を全く反映しておらず,これに基
づく格付けも極めて恣意的なものである。
ウ控訴人が格付けを行うに当たって従業員の確認を求めるなどの手続
を履践していない。
エ被控訴人甲の年次有給休暇取得に対して減点評価を与えたことなど
に表れているように,新賃金制度下における被控訴人らに対する人事
評価は恣意的なものであって不当である。
第4当裁判所の判断
1就業規則第51条及び第52条違反の主張について
被控訴人らは,本件給与規程等の変更により,就業規則第51条及び第
52条に該当するような事実が存在しないにもかかわらず,減給,降格処
分を受けており,本件給与規程等の変更は就業規則第51条及び第52条
に違反して無効であると主張する。
前記の前提となる事実によれば,確かに,本件給与規程等の変更前は就
業規則等のうちに就業規則第51条及び第52条以外に降格,減給につい
て定めている規定はなかったのであるが,就業規則の性質を有する給与規
程等を改定する本件給与規程等の変更により,職能給が廃止されて職務給
とされ,各従業員に各自が従事する職務に応じた職務給が支給されること
とされ,各職務が分類,格付けされてこれに基づいて各従業員に職務給が
支給されるに至ったことも,前記のとおりである。そして,このように,
本件給与規程等の変更により本件賃金制度の変更がされたのであるから,
本件給与規程等の変更が合理性がないなどの理由により無効である場合は
別として,被控訴人らが従事していた職務の格付けに基づいて被控訴人ら
の職務給が決定されたことをもって就業規則に違反するということはでき
ない。就業規則第51条及び第52条は,従業員に対する制裁に関する規
定であり,この規定をもって,職務給制度を導入することを禁止する趣旨
の規定であるともいい難い。したがって,被控訴人らの上記主張は失当で
ある。
2労働協約違反の主張について
被控訴人らは,平成4年12月2日付けa労働組合b支部及びc分会と
の「協定書」には,「賃金,労働時間,休暇などの労働条件の改変につい
ては,組合との団体交渉によって協議のうえ実施する。」と明記されてい
るのに,控訴人において,被控訴人ら組合員との団体交渉を拒否して本件
給与規程等の変更を強行したものであり,労働協約に違反するなどと主張
する。
証拠(甲20)によれば,確かに,被控訴人らの指摘する上記協定書に
は,被控訴人らの主張するような内容の記載があることが認められるとこ
ろ,前記の認定事実によれば,控訴人は,平成13年6月19日付け回答
書で,年齢給の大幅改定はできないが,基本給の格付けについては,年齢
給一律3000円の付加は白紙とするとの条件の下に,択一的な案として,
①調整手当の支給高額対象者の調整手当全額相当分を基本給に上乗せす
るために,その金額に見合う格付けを行うとの案,②従前の職位相当等
級より2等級降格した者は1等級の降格に変更するが,翌年以降の調整手
当の支給は行わないとの案,③現行の職位相当等級のまま新等級に格付
けするが役付手当については別途評価するとの案及び④基本給減額する
者に対しては,移行期間の措置として,S評価でなく,A評価であっても
昇格対象とするとの案,以上4案を提案したこと,同月28日に行われた
団体交渉の結果,上記の4案のうちいずれを選択するかについては,①の
案を「調整手当の支給対象者の調整手当全額相当分を基本給に上乗せする
ために,その金額に見合う職位に格付けを行う。」とすることでは労使が
合意したものの,控訴人は年齢給の一律3000円の付加を撤回すること
が上記の措置を執る前提となるとして,年齢給の一律3000円の付加を
撤回する旨を組合に改めて通告したこと,しかし,組合はこれを受け入れ
ず,年齢給の一律3000円の付加については継続協議となり,組合は,
同年7月4日,①の修正案と年齢給の一律3000円の付加と双方の実施
を求めて団体交渉を要求したこと,これに対し,控訴人は,①の修正案と
年齢給の一律3000円の付加との双方を実施することは受け入れられな
いとして,①の修正案の実施のみを提案し,同月6日を期限と定め,同日
までに組合の諾否について文書による回答を求めたが,組合は,期限まで
に回答せず,同月9日,改めて年齢給の一律3000円の付加を求めたこ
と,同月11日,控訴人は,上記文書による返答がなかったことから,組
合に,上記文書による返答のないままの交渉開催には応じられない旨通知
したこと,以上のとおり認められるのであり,これによれば,労使間では,
①の修正案と年齢給の一律3000円の付加との双方を実施するか,それ
とも①の修正案のみを実施するかで対立し,合意に至らなかったのである
から,①の修正案の実施についてもとんざしたものというほかはなく(最
高裁平成12年(受)第192号同13年3月13日第三小法廷判決・民
集55巻2号395頁参照),結局労使間では,本件給与規程等の変更に
ついての合意が成立しなかったものといわざるを得ない。
以上の経過に照らすと,控訴人が被控訴人ら組合員との団体交渉を正当
な理由なく拒否して本件給与規程等の変更を強行したということはできな
いし,また,被控訴人らの指摘する点について,控訴人に労働協約違反が
あるということもできない。したがって,被控訴人らの上記主張は採用す
ることができない。
3就業規則の不利益変更について
被控訴人らは,本件給与規程等の変更によって被控訴人らが被る給与,
賞与,退職金の算定方法,旅費日当等の支給に関する不利益の程度は著し
く,被控訴人らの生活に及ぼす影響は甚大であり,他方,使用者側である
控訴人における就業規則変更の必要性は乏しいから,本件給与規程等の変
更について同意をしていない被控訴人らに対して変更後の給与規程等を適
用することは許されない旨主張しているので,以下にはこの点について検
討する。
(1)就業規則の不利益変更に関する判例法理について
新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い,
労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは,原則として許され
ない。しかし,労働条件の集合的処理,特にその統一的かつ画一的な決
定を建前とする就業規則の性質からいって,当該規則条項が合理的なも
のである限り,個々の労働者において,これに同意しないことを理由と
して,その適用を拒むことは許されない。そして,当該規則条項が合理
的なものであるとは,当該就業規則の作成又は変更が,その必要性及び
内容の両面からみて,それによって労働者が被ることになる不利益の程
度を考慮しても,なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是
認することができるだけの合理性を有するものであることをいい,特に,
賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な
不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については,当該条項が,その
ような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができる
だけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,
その効力を生ずるものというべきである。上記の合理性の有無は,具体
的には,就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度,使用者側
の変更の必要性の内容・程度,変更後の就業規則の内容自体の相当性,
代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況,労働組合等との交渉
の経緯,他の労働組合又は他の従業員の対応,同種事項に関する我が国
社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである(最高裁昭
和40年(オ)第145号同43年12月25日大法廷判決・民集22
巻13号459頁,最高裁平成3年(オ)第581号同4年7月13日
第二小法廷判決・判例タイムズ797号42頁,最高裁平成4年(オ)
第2122号同9年2月28日第二小法廷判決・民集51巻2号705
頁,最高裁平成8年(オ)第1677号同12年9月7日第一小法廷判
決・民集54巻7号2075頁参照)。
(2)本件給与規程等の変更の就業規則不利益変更該当性について
前記認定事実によれば,旧賃金制度においては基本給は年齢給及び職
能給をもって構成されていたこと,年齢給は変更前給与規程別表の年齢
給表によって支給されていたこと,職能給は7等級に分類される職能分
類に対応するものとされていたこと,上記各等級ごとに最低級号が決め
られ,考課を用いて運用することとされ,職能別等級,最低級号額,昇
給単価,考課評定が定められていたが,上記の各等級は職務遂行能力の
到達した段階を表象するものとされ,満55歳に達した従業員について
は人事評価の結果等により職務等級の格付け見直しを行うものとされて
いたものの,それ以外にはいったん到達した等級が引き下げられること
は制度上予定されておらず,変更前給与規程等に,従業員の到達した等
級が見直しにより引き下げられることがあり得ることを定めている規定
は存在しなかったこと,これらを総合的にみると,旧賃金制度は年功序
列型の賃金制度の色彩を色濃く有していたこと,これに対し,新賃金制
度においては基本給のうち職能給が廃止されて職務給が支給されること
とされたこと,職務給とは仕事の難易度や責任の重さに応じて決定され
る賃金であり,従業員の従事する職務が職務分掌をもとに1等級から1
0等級までにランク分けされて格付けされ,各等級に応じた職務給が支
給されることとされたこと,職務の1等級から7等級までは下限額と上
限額を定めた範囲給とし,人事評価の結果により昇給号俸が異なること,
人事評価に関しては,現行の能力評価を廃止し,1等級から7等級まで
の者に関しては業績目標達成度,職務遂行達成度とそのプロセスを併せ
評価が行われること,8等級以上の者に関しては業績目標達成度,職務
遂行達成度により行われること,2年連続Cの場合昇給は行わないこと,
上限額を超えての昇給は行わず,昇格しない限り昇給しないこと,昇格
要件のみならず降格要件も定められていること,昇格加給のみならず降
格減給があること,これらを総合すると,新賃金制度は人事考課査定に
基づく成果主義の特質を有するものであること,したがって,本件給与
規程等の変更は,年功序列型の賃金制度を上記のとおり人事考課査定に
基づく成果主義型の賃金制度に変更するものであり,新賃金制度の下で
は,従業員の従事する職務の格付けが旧賃金制度の下で支給されていた
賃金額に対応する職務の格付けよりも低かった場合や,その後の人事考
課査定の結果従業員が降格された場合には,旧賃金制度の下で支給され
ていた賃金額より顕著に減少した賃金額が支給されることとなる可能性
があること,以上のとおり認めることができる。本件給与規程等の変更
による本件賃金制度の変更は,上記の可能性が存在する点において,就
業規則の不利益変更に当たるものというべきである。
控訴人は,新賃金制度が,年功序列型賃金制度から脱却し,仕事に対
して対価を決定する職務給制度と業績貢献度に見合った成果主義を取り
入れることを基本とするものであり,賃金減額による経費削減を企図し
たものではなく,賃金総額が増加していることなどを総合してみれば,
本件賃金制度の変更は就業規則の不利益変更には該当しないと主張する
が,本件給与規程等の変更による本件賃金制度の変更が就業規則の不利
益変更に当たることは上記のとおりである。控訴人の上記主張は採用す
ることができない。
(3)本件賃金制度変更の合理性について
前記認定事実によれば,控訴人は,主力商品である電磁環境両立性試
験機の市場がグローバル化し,日本国内において海外メーカーとの競争
が激化して,売上げ,営業利益が減少し,税引き前損益が損失に転じた
という経営状況の中で,事業の展望を描き,組織や個人の実績に見合っ
た報奨でインセンティブを与えて積極的に職務に取り組む従業員の活力
を引き出すことにより労働生産性を高めて控訴人の競争力を強化し,も
って,控訴人の業績を好転させるなどして早期に技術ノウハウの開発が
可能な企業を目指すこととして,賃金制度の変更を検討することとした
というのであり,これによれば,本件賃金制度の変更は,控訴人にとっ
て,高度の経営上の必要性があったということができる。
次に,本件賃金制度の変更の内容は,職能資格制度を基本としつつも
実質的には年功型の賃金制度であった旧賃金制度を,個々の従業員が取
り組む職務の内容と控訴人が個々の従業員について行うその業績,能力
の評価に基づいて決定する格付けとによって当該従業員の具体的な賃金
額を決定するという仕組みから成る成果主義の特質を有する新賃金制度
に改めるものである。新賃金制度における職務給制度は,控訴人が,経
営上の判断に基づき,経営上の柱と位置付けた業務との関係において,
個々の従業員の取り組む職務を重要性の観点から区別し,控訴人にとっ
て重要な職務により有能な人材を投入するために,従業員に対して従事
する職務の重要性の程度に応じた処遇を行うこととするものであり,か
つ,職務との関係において行った従業員の格付けを固定的なもの,獲得
済みのものとせず,従業員がどれだけ自己啓発し,努力したか次第で昇
格も降格もあり得ることとするものであって,このような賃金制度の構
造上の変更は,上記の経営上の必要性に対処し,見合ったものであると
いうことができる。そして,本件賃金制度の変更は,従業員に対して支
給する賃金原資総額を減少させるものではなく,賃金原資の配分の仕方
をより合理的なものに改めようとするものであり,また,個々の従業員
の具体的な賃金額を直接的,現実的に減少させるものではなく,賃金額
決定の仕組み,基準を変更するものであって,新賃金制度の下における
個々の従業員の賃金額は,当該従業員に与えられる職務の内容と当該従
業員の業績,能力の評価に基づいて決定する格付けとによって決定され
るのであり,どの従業員についても人事評価の結果次第で昇格も降格も
あり得るのであって,自己研鑽による職務遂行能力等の向上により昇格
し,昇給することができるという平等な機会が与えられているというこ
とができるから,新賃金制度の下において行われる人事考課査定に関す
る制度が合理的なものであるということができるのであれば,本件賃金
制度の変更の内容もまた,合理的なものであるということができる。
そこで,新賃金制度の下において行われる人事考課査定に関する制度
について検討すると,控訴人における人事評価制度は本件賃金制度の変
更の前後を通じて評価の主体,評価の方法,評価の基準が前記のとおり
であり,これらの点に加え,旧賃金制度下において行われていた人事考
課の訓練と少なくとも同程度の人事考課の訓練が新賃金制度下において
も行われているものと推認されることを併せて考えると,控訴人におけ
る人事評価制度は,本件給与規程等の変更の合理性を判断するに当たり
人事評価制度の合理性として最低限度必要とされる程度のものは,これ
を備えているということができる(もっとも,控訴人における人事評価
制度は,前記認定の限度にとどまるものであるとすれば更に改善される
ことが望ましく,仮に新賃金制度下における人事評価に裁量権の逸脱,
濫用があったことを理由とする損害賠償請求訴訟が提起された場合には,
具体的な不法行為の審理の過程で人事評価制度の内実が改めて吟味され
ることになると考えられる。)。したがって,本件賃金制度の変更の内
容もまた,上記の経営上の必要性に対処し,見合ったものとして相当な
ものであるということができる。
さらに,前記のとおり,控訴人は,本件賃金制度の変更に当たり,あ
らかじめ従業員に変更内容の概要を通知して周知に努め,被控訴人らの
所属する組合との団体交渉に応じ,協議を通じて,調整手当の支給対象
者の調整手当全額相当分を基本給に上乗せするためにその金額に見合う
職位に格付けを行うことで妥結しようとしていたのであるが,組合がこ
れに加えて年齢給に一律3000円を付加することを最後まで譲らなか
ったために合意に至らなかったのであって,組合との交渉の経過におい
て控訴人に不誠実な態度があったということはできず,むしろ労使間の
合意を成立させることにより円滑に本件賃金制度の変更を行おうとする
態度に欠ける点はなかったものと評することができる。この労使の交渉
の経過も,本件給与規程等の変更の合理性を基礎付ける事実であるとい
うことができる。
もっとも,個々の従業員については,具体的な評価次第では旧賃金制
度の下で支給されていた賃金額が相当程度減少することもあり得るので
あり,前記認定事実によれば,新賃金制度の下で被控訴人らに支給され
た賃金額は旧賃金制度の下で支給されていた賃金額よりも相当程度減少
しているところ,本件賃金制度の変更に際して採られた経過措置は,制
度変更の1年目は差額に相当する調整手当を全額支払うが,2年目は5
0%だけであり,3年目からはこれがゼロとなるというものであって,
本件賃金制度の変更により支給される賃金額が顕著に減少する従業員に
ついても特別な緩和措置が設けられておらず,被控訴人らについても上
記の経過措置がそのまま適用されたことが認められる。しかしながら,
本件賃金制度の変更が旧賃金制度の年功型賃金体系を大幅に改定するも
のであることにかんがみると,経過措置は実情に応じて可能な範囲で手
厚いものであることが望ましいのであり,本件賃金制度の変更の際に実
際に採られた経過措置は,いささか性急なものであり,柔軟性に欠ける
嫌いがないとはいえないのであるが,それなりの緩和措置としての意義
を有することを否定することはできない。
以上によれば,本件給与規程等の変更による本件賃金制度の変更は,
新賃金制度の下で従業員の従事する職務の格付けが旧賃金制度の下で支
給されていた賃金額に対応する職務の格付けよりも低かった場合や,そ
の後の人事考課査定の結果従業員が降格された場合に,旧賃金制度の下
で支給されていた賃金額より賃金額が顕著に減少することとなる可能性
があり,この点において不利益性があるが,控訴人は,主力商品の競争
が激化した経営状況の中で,従業員の労働生産性を高めて競争力を強化
する高度の必要性があったのであり,新賃金制度は,控訴人にとって重
要な職務により有能な人材を投入するために,従業員に対して従事する
職務の重要性の程度に応じた処遇を行うこととするものであり,従業員
に対して支給する賃金原資総額を減少させるものではなく,賃金原資の
配分の仕方をより合理的なものに改めようとするものであって,新賃金
制度は,個々の従業員の賃金額を,当該従業員に与えられる職務の内容
と当該従業員の業績,能力の評価に基づいて決定する格付けとによって
決定するものであり,どの従業員にも自己研鑽による職務遂行能力等の
向上により昇格し,昇給することができるという平等な機会を保障して
おり,かつ,人事評価制度についても最低限度必要とされる程度の合理
性を肯定し得るものであることからすれば,上記の必要性に見合ったも
のとして相当であり,控訴人があらかじめ従業員に変更内容の概要を通
知して周知に努め,一部の従業員の所属する労働組合との団体交渉を通
じて,労使間の合意により円滑に賃金制度の変更を行おうと努めていた
という労使の交渉の経過や,それなりの緩和措置としての意義を有する
経過措置が採られたことなど前記認定に係る諸事情を総合考慮するなら
ば,上記のとおり不利益性があり,現実に採られた経過措置が2年間に
限って賃金減額分の一部を補てんするにとどまるものであっていささか
性急で柔軟性に欠ける嫌いがないとはいえない点を考慮しても,なお,
上記の不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の,高度の必
要性に基づいた合理的な内容のものであるといわざるを得ない。
したがって,本件給与規程等の変更は,被控訴人らに対しても効力を
生ずるものというべきである。
4新賃金制度の下における被控訴人らの格付けの違法性について
被控訴人らは,仮に本件給与規程等の変更が無効でないとしても被控訴
人らに対する格付けは不当であると主張するが,被控訴人らにおいて,仮
定的にせよ,本件給与規程等の変更が有効であることを前提として上記の
とおり主張する以上,被控訴人らの「差額分」の請求という法的目的を達
成するには,控訴人の行った上記の格付けが法令に違反し,又は裁量権を
逸脱濫用してされたものであることを理由に,本件給与規程等の変更が無
効であることを前提とする差額賃金請求に加えて,訴えを追加的,予備的
に変更して不法行為による損害賠償請求をすべきところである。しかるに,
被控訴人らは,当審における口頭弁論の終結に至るまで上記の訴えの変更
をしなかったのであり,そうである以上,被控訴人らの上記主張は被控訴
人らの請求を根拠付ける意義を有しないのであり,主張自体失当であると
いわざるを得ない。しかしながら,従前の審理の経過にかんがみ,以下に
おいて被控訴人らの上記主張の当否について検討をしておくこととする。
(1)被控訴人らは,本件賃金制度の変更時に従事していた職務内容によ
って職務給の号俸を決定されたのであり,各被控訴人が担当する職務は
使用者である控訴人がその裁量によってこれを担当する旨の決定をした
ものであって,各被控訴人が自らは上記決定に関与することができない
にもかかわらず,当該職務内容によって最も重要な労働条件を左右され
ることになるのであって,このようなことは不合理であり,仮にこのよ
うな賃金制度に何らかの合理性が認められるとすれば,それは本件賃金
制度の変更後の一定期間について従業員の努力,成果を評価し,その評
価に基づき賃金額を調整するという限りにおいてであると主張する。
新賃金制度における職務給制度は,控訴人が,経営上の判断に基づき,
経営上の柱となると位置付けた業務との関係において,個々の従業員の
取り組む職務を重要性の観点から区別し,重要な職務に有能な人材を投
入するために,職務の重要性の程度に応じた処遇を行うこととするもの
であり,何を経営上の柱となる業務と位置付けるか,当該業務との関係
において具体的な職務を重要性の観点からどのように区別するか,誰を
どの職務に従事させるかについては,事柄の性質上控訴人の経営上の裁
量的な判断にゆだねられているものということができる。したがって,
被控訴人らが主張するところは,本件賃金制度の変更により職務給制度
が導入されたことの帰結にほかならないのであり,本件給与規程等の変
更に合理性があるかどうかの判断次第で決着が付く問題であるというべ
きである。控訴人が,本件賃金制度の変更に際し,各従業員がそれまで
従事していた職務を分類し,格付けして業務分掌表を作成し,これに基
づいて各従業員の職務給を決定したことに違法はないというべきである。
そして,各従業員は,本件賃金制度の変更に際しては従前の職務に従事
することとなるが,新賃金制度の下において自己研鑽により職務遂行能
力等を向上させれば,これにより昇格してより上位の等級の職務に従事
することができることとなり,また,昇給することができることとなる
のであって,そのような平等な機会が与えられているということができ
ることは前記のとおりである。したがって,被控訴人らの上記主張は採
用することができない。
(2)被控訴人らは,業務分掌表そのものが職場の実体を全く反映してお
らず,これに基づく格付けも極めて恣意的なものであると主張する。
しかしながら,新賃金制度における職務給制度を発足させるに当たり,
職務をどのように格付けするか,誰をどの職務に従事させるかは,前記
のとおり控訴人の経営上の裁量的な判断にゆだねられているのであり,
裁量権の逸脱,濫用が認められない限り違法の問題を来すものではない。
被控訴人らは上記の点についての控訴人の判断に裁量権の逸脱,濫用が
あったことを根拠付ける事実を具体的に主張立証しないのであり,被控
訴人らの上記主張は失当であるといわざるを得ない。のみならず,前記
認定事実(前記引用に係る原判決の認定事実を含む。)に照らせば,甲
第49号証,第54号証,第62号証から第64号証によっても業務分
掌表が職場の実体を全く反映していないと認めるに足りず,控訴人が行
った格付けが恣意的なものであることについても同様であって,他にこ
れらを認めるに足りる証拠はない。したがって,被控訴人らの上記主張
は採用することができない。
(3)被控訴人らは,控訴人が格付けを行うに当たって従業員の確認を求
めるなどの手続を履践していないと主張する。
前記のとおり,新賃金制度における職務給制度は,控訴人が,経営上
の判断に基づき,経営上の柱となると位置付けた業務との関係において,
個々の従業員の取り組む職務を重要性の観点から区別し,重要な職務に
有能な人材を投入するために,職務の重要性の程度に応じた処遇を行う
こととするものであり,何を経営上の柱となる業務と位置付けるか,当
該業務との関係において具体的な職務を重要性の観点からどのように区
別するか,誰をどの職務に従事させるかについては,事柄の性質上控訴
人の経営上の裁量的な判断にゆだねられているものということができる。
したがって,被控訴人らが主張するような手続を履践する必要があると
当然にいうことができるものではなく,上記のような手続を整備するか
どうかについても,職務給制度を構築するに当たって控訴人がこれを整
備するかどうかを裁量的に選択すべきものであるところ,新賃金制度が
上記の手続を定めていることを認めるに足りる証拠はないし,また,上
記のような手続を整備しなかったことについて控訴人に裁量権の逸脱が
あることを認めるに足りる証拠もない。したがって,被控訴人らの上記
主張は採用することができない。
(4)被控訴人らは,被控訴人甲の年次有給休暇取得に対して減点評価を
与えたことなどを挙げて,新賃金制度下における被控訴人らに対する人
事評価は恣意的なものであって不当であると主張する。
しかしながら,前記認定事実によれば,新賃金制度下において控訴人
が行う人事評価は,成績考課,能力考課及び執務態度考課別に設けられ
ている評価要素ごとに行われ,事柄の性質上使用者である控訴人の裁量
判断にゆだねられているものであるということができるから,控訴人が
行った人事評価は,これが法令に違反したものであり,又はこれに裁量
権の逸脱,濫用があったといえない限り,違法の問題を来さないもので
ある。そして,被控訴人らに対する人事評価が法令に違反し又は控訴人
の裁量権を逸脱濫用してされたものであることは,被控訴人らにおいて
それを根拠付ける事実を具体的に主張立証すべきものであるところ,被
控訴人らが根拠として上げる点だけでは,それゆえに各被控訴人に対す
る人事評価が不当に低いものとなったと得心させるに十分なものである
とはいえず,控訴人が裁量権を逸脱濫用して被控訴人らに対する人事評
価を行ったものと評価するに足りないものといわざるを得ない。他に控
訴人が被控訴人らに対して行った人事評価について裁量権を逸脱濫用し
たことを認めるに足りる証拠はない(甲第49号証,第67号証及び第
70号証の各記載は,乙第63号証~第67号証の各記載に照らすと,
控訴人が被控訴人らに対して行った人事評価に裁量権の逸脱濫用があっ
たと認めるには不十分であるといわざるを得ない。)。
5以上によれば,被控訴人らの請求(本件各附帯控訴に基づき拡張した請
求を含む。)はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこ
れらを棄却すべきである。
第5結論
よって,本件控訴は理由があり,被控訴人らの請求を一部認容した原判
決は不当であるから原判決のうち控訴人敗訴部分を取り消して上記取消し
に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却することとし,また,本件各附帯
控訴は理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決す
る。
東京高等裁判所第21民事部
裁判長裁判官浜野惺
裁判官高世三郎
裁判官遠藤真澄
別紙はいずれも省略する。

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