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裁判例


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         主    文
    本件抗告を棄却する。
    抗告費用は抗告人の負担とする。
         理    由
 本件抗告の理由は別紙記載のとおりであり、これに対して当裁判所は次のように
判断する。
 憲法は三二条において、何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われないと
規定し、八二条において、裁判の対審及び判決は、公開の法廷でこれを行う旨を定
めている。すなわち、憲法は基本的人権として裁判請求権を認めると同時に法律上
の実体的権利義務自体を確定する純然たる訴訟事件の裁判については公開の原則の
下における対審及び判決によるべき旨を定めたものであつて、これにより近代民主
社会における人権の保障が全うされるのである。従つて、性質上純然たる訴訟事件
につき当事者の意思いかんに拘らず、終局的に事実を確定し、当事者の主張する実
体的権利義務の存否を確定するような裁判が、憲法所定の例外の場合を除き、公開
の法廷における対審及び判決によつてなされないとするならば、それは憲法八二条
に違反すると共に同三二条が基本的人権として裁判請求権を認めた趣旨をも没却す
るものといわねばならない(昭和二六年(ク)第一〇九号同三五年七月六日大法廷
決定民集第一四巻第九号一六五七頁以下参照)。
 しかしながら、家事審判法九条一項乙類三号に規定する婚姻費用分担に関する処
分は、民法七六〇条を承けて、婚姻から生ずる費用の分担額を具体的に形成決定し、
その給付を命ずる裁判であつて、家庭裁判所は夫婦の資産、収入その他一切の事情
を考慮して、後見的立場から、合目的の見地に立つて、裁量権を行使して、その具
体的分担額を決定するもので、その性質は非訟事件の裁判であり、純然たる訴訟事
件の裁判ではない。従つて、公開の法廷における対審及び判決によつてなされる必
要はなく、右家事審判法の規定に従つてした本件審判は何ら右憲法の規定に反する
ものではない。しかして、過去の婚姻費用の分担を命じ得ないとする所論は、原決
定の単なる法令違反を主張するにすぎないから、特別抗告の適法な理由とならない
のみならず、家庭裁判所が婚姻費用の分担額を決定するに当り、過去に遡つて、そ
の額を形成決定することが許されない理由はなく、所論の如く将来に対する婚姻費
用の分担のみを命じ得るに過ぎないと解すべき何らの根拠はない。
 叙上の如く婚姻費用の分担に関する審判は、夫婦の一方が婚姻から生ずる費用を
負担すべき義務あることを前提として、その分担額を形成決定するものであるが、
右審判はその前提たる費用負担義務の存否を終局的に確定する趣旨のものではない。
これを終局的に確定することは正に純然たる訴訟事件であつて、憲法八二条による
公開法廷における対審及び判決によつて裁判さるべきものである。本件においても、
かかる費用負担義務そのものに関する争であるかぎり、別に通常訴訟による途が閉
されているわけではない。これを要するに、前記家事審判法の審判は、かかる純然
たる訴訟事件に属すべき事項を終局的に確定するものではないから、憲法八二条、
三二条に反するものではない。
 よつて民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。
 この裁判は、裁判官横田喜三郎、同入江俊郎、同奥野健一の補足意見、裁判官山
田作之助、同横田正俊、同草鹿浅之介、同柏原語六、同田中二郎、同松田二郎、同
岩田誠の意見があるほか、裁判官全員の一致した意見によるものである。
 裁判官横田喜三郎、同入江俊郎及び同奥野健一の補足意見は次のとおりである。
 婚姻費用の負担義務は、法律上の実体的義務であるから、この負担義務が夫婦の
何れに存するかを確定し、その費用の分担額の給付を命ずる裁判は、別段の規定が
なければ、事件全体について、訴訟事件として、公開法廷における対審及び判決に
より為さるべきであろう。(旧人事訴訟手続法七条二項において、夫婦扶養の請求
の訴は、婚姻関係の訴に併合し又は反訴として提起し得る旨規定されていた所以も、
夫婦扶養の請求の訴を通常訴訟として公開法廷における対審及び判決の手続によつ
て裁判されるべきことを意味する。夫婦扶養の請求も、現行民法の婚姻費用の負担
請求も本質において異るところはないと考える。)
 然るに、民法七六〇条は「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、
婚姻から生ずる費用を分担する。」と規定し、これを承けて家事審判法九条一項乙
類三号は、婚姻費用分担に関する処分を非訟事件手続法に準じ、決定をもつて、審
判すべきことを規定する。すなわち、民法及び家事審判法は、婚姻費用の分担額の
決定は、一切の事情を考慮して裁量的に、後見的立場に立つて、具体的に形成決定
すべきこととし、その決定を家庭裁判所の処分に委ねているのである。
 右の如く、婚姻費用の分担額の具体的決定を家庭裁判所が一切の事情を考慮して、
裁量的に形成決定することは、その性質は正に非訟事件の裁判であつて、訴訟事件
として公開法廷における対審及び判決によることを必ずしも必要とするものではな
いのである。
 しかし、非訟事件として、決定をもつて裁判し得るのは、右婚姻費用の分担額の
形成決定に止まるのであつて、その前提である婚姻費用の負担義務自体が、夫婦の
何れの一方に存するかについて争があり、これを終局的に確定するには、必ず訴訟
事件手続により公開法廷における対審及び判決によつて裁判すべきものと解する。
従つて、費用分担額を決定する審判は、その前提である婚姻費用の負担義務自体の
存否については、既判力を生ずるものではないのである。
 そもそも、訴訟事件とするか非訟事件とするかは、単なる立法上の便宜の問題で
はなく、実体的権利義務の存否の確定は、飽くまで訴訟手続によるべきもので、こ
れを回避するため、本来訴訟手続によるべきものを非訟事件手続によることは、憲
法八二条、三二条により保障された公開法廷における対審及び判決による裁判を受
ける国民の基本的権利を剥奪することになり、法律をもつてしても、許されざると
ころである。従つて、家事審判法の前記規定が、婚姻費用分担に関する処分により、
その基礎である婚姻費用負担の義務自体の存在まで、終局的に確定する趣旨のもの
であるとするならば、前記憲法の規定に違反するものといわねばならない。それ故、
立法論としては、婚姻費用の負担義務自体について争ある事案については、家庭裁
判所は、訴訟事件として、公開法廷における対審及び判決により裁判できるように、
法律改正をすることが望ましいと考える。
 なお、昭和三六年(ク)第四一九号当裁判所大法廷決定(昭和四〇年六月三〇日)
におけるわれわれの補足意見参照。
 裁判官山田作之助の意見は次のとおりである。
 わたくしは、本件審判を是認した原決定が違憲でないとする多数意見と、その結
論を同じくするものであるが、その理由を異にするもので、その次第を次の様に述
べる。
 本件の如き家事審判法九条一項乙類三号に規定する婚姻から生ずる費用の分担に
関する争いは、さきに当裁判所昭和三六年(ク)第四一九号大法廷事件(昭和四〇
年六月三〇日決定)において争われたる夫婦の同居に関する争い(家事審判法九条
一項乙類一号に規定するもの)と同じく、家庭裁判所の審判事件として非公開非対
審で非訟事件の手続を準用して審理、審決されても毫も違憲でないのみならず、そ
の審決事項に対しては後日これを通常裁判所に出訴し得ないとするものであつて、
その理由の詳細は、前記大法廷決定におけるわたくしの意見として詳述してあるの
で参照されたい。
 尚一言左の点を附加する。
 これ等の争いは、何れも家族団体内部における構成員間の権利義務の争いであり、
その権利義務たるや、家族団体の存在ということを前提として存在するのであつて
(たとえば、離婚の訴は家族団体よりの分離を目的とするもので、家族団体内部の
問題とは性質を異にする。)、普通の貸金債権の如き権利とはその性質を異にして
いるのみならず、これが具体的内容に至つては、夫婦間の微妙なる関係、家族団体
内部の信頼関係等に影響されること多く、従つてその内容も多岐多様にして、これ
を具体的に確定するには、社会的、経済的、倫理的見地に立つて国家が後見的おん
密裡に介入すべきもの多く、裁判官がその裁量に基づき形成的に定むべき必要も多
々あるのであつて、これ等の争いを対審公開の法廷で争わせることは、いわば、衆
人環視の下に家庭内の諸事情をさらけ出さなければならないということになり、そ
のこと自体、当事者がねがう権利の保護を求めるということに反することとなるの
みならず、憲法の保障する裁判を受ける権利を実際問題として阻害するおそれなし
としないのである。されば本件の如き、家族団体の存在を前提とするその構成員た
る家族間の争いの如きは、その性質上、家庭裁判所の審判事件として非訟事件手続
に準じて審判させることを適当とするものといわなくてはならない。そしてそれが
憲法三二条および同法八二条に違反しないものであることについては前示大法廷決
定においてわたくしの述べているところである。
 裁判官横田正俊の意見は、次のとおりである。
 私は、本件抗告を棄却すべきものと思料するが、家事審判法九条一項乙類三号の
審判が憲法八二条、三二条に違反するものでないことの理由については、多数意見
とは見解を異にし、田中二郎裁判官の意見に同調する。そして、民法七六〇条に定
める費用の分担及び家事審判法九条一項乙類三号の処分には、審判時より遡つて過
去の分についてのそれが含まれるものと解することは、民法の右規定及び家事審判
制度の建前が、婚姻関係の存続を前提とするかぎり、夫婦間の婚姻費用に関する争
は、一切これを家事審判法による審判に委ね、後見的な立場に立つ家庭裁判所の具
体的事案に即した裁量的形成処分にこれを委ねる趣旨と解することとなんら背反す
るものではなく、むしろ、そのように解してこそ、よくこれを諒しうるものと思料
される。
 裁判官田中二郎の意見は次のとおりである。
 多数意見は、「家事審判法九条一項乙類三号に規定する婚姻費用分担に関する処
分は、民法七六〇条を承けて、婚姻から生ずる費用の分担額を具体的に形成決定し、
その給付を命ずる裁判であつて、家庭裁判所は夫婦の資産、収入その他一切の事情
を考慮して、後見的立場から、合目的の見地に立つて、裁量権を行使して、その具
体的分担額を決定するもので、その性質は非訟事件の裁判であり、純然たる訴訟事
件の裁判ではない」とし、「従つて、公開の法廷における対審および判決によつて
なされる必要はなく、右家事審判法の規定に従つてした本件審判は何ら右憲法の規
定に反するものでない」といい、本件抗告を棄却すべきものとしている。
 右に引用した限りにおいて、私の意見は、多数意見と何ら異なるところはない。
ところが、多数意見は、右にあげたような婚姻費用の分担に関する審判と、その前
提たる費用負担義務そのものに関する争とはこれを区別すべきものとの見地に立ち、
「婚姻費用の分担に関する審判は、夫婦の一方が婚姻から生ずる費用を負担すべき
義務あることを前提として、その分担額を形成決定するものであるが、右審判はそ
の前提たる費用負担義務の存否を終局的に確定する趣旨のものではない」とし、「
これを終局的に確定することは正に純然たる訴訟事件であつて、憲法八二条による
公開法廷における対審及び判決によつて裁判さるべきものである」といい、「本件
においても、かかる費用負担義務そのものに関する争であるかぎり、別に通常訴訟
による途が閉されているわけではない」とし、「要するに、前記家事審判法の審判
は、かかる純然たる訴訟事件に属すべき事項を終局的に確定するものではないから、
憲法八二条、三二条に反するものではない」と結論している。すなわち、多数意見
は、家事審判法の審判が違憲でないことの根拠を費用負担義務そのものに関する争
については、別途に、通常訴訟の途が開かれている点に求めているのである。
 私は、右の多数意見の理由づけについては、さきに当裁判所昭和三六年(ク)第
四一九号大法廷事件(昭和四〇年六月三〇日決定)について述べたのと同様の趣旨
で、到底、賛成することができない。
 まず、私の結論を述べると、次のとおりである。夫婦の婚姻費用の分担に関する
民法の規定及び家事審判制度の建前を綜合して考えると、夫婦関係の存続を前提と
する以上、夫婦が婚姻から生ずる費用を分担するという基本的法律関係そのものは、
民法七六〇条の明記するところで、あえて訴訟によつて確定するを要しないのであ
つて、法の建前は、婚姻費用に関する争は、一切、これを家事審判法による審判に
委ね、公開の法廷における対審及び判決による訴訟を認めない趣旨と解すべきであ
り、このような争については、その事柄の性質上、右のような建前をとるだけの十
分な合理的根拠が認められるのであるから、このような建前を採用したからといつ
て、決して憲法八二条、三二条に違反するものではない、と私は考える。その理由
の詳細は、別に前記引用の決定について述べたから、それを参照されたい。ここで
は、問題の重要性に鑑み、その趣旨を本件に即しつつ、若干敷衍して述べることと
する。
 一 民法七六〇条には、 「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮し
て、婚姻から生ずる費用を分担する」と規定し、家事審判法九条一項乙類三号は、
右の規定を承けて、家庭裁判所が婚姻から生ずる費用の分担に関する処分について
の審判を行なうことにしている。すなわち、民法七六〇条の規定と家事審判法の右
の規定とは、相俟つて、婚姻費用の分担については、その一切の争を、後見的な立
場に立つ家庭裁判所の裁量的形成処分に委ねる趣旨と解すべきである。このような
建前をとつたのは、夫婦関係の存続を前提とする限り、婚姻費用分担の問題は、夫
婦生活共同体内部の微妙な問題であるから、そのプライバシーを尊重確保しつつ、
具体的事案ごとに、家庭裁判所の適切妥当な裁量的判断に委ねることが望ましく、
事柄の性質上、一般の訴訟事件のように、公開・対審の訴訟構造によることを適当
としないからにほかならない。
 ところが、多数意見は、費用負担義務そのものの争と、費用負担義務の存在を前
提とする費用分担額の争とを区別して、前者については、公開・対審の原則による
通常訴訟の途が認められなければならないとするのである。私は、右の二つの場合
を区別すべきものとする考え方を理解することができない。多数意見のいう費用負
担義務そのものに関する争とは、どういうものを指すのであろうか。若しそれが、
婚姻関係の不存在の主張又は婚姻無効若しくは離婚の主張を前提として、費用負担
義務そのものの不存在を主張する場合を指すのであれば、そのような前提事項その
ものについては、通常訴訟の途が開かれており、また、当然、開かれていなければ
ならないであろう。しかし、婚姻関係の存続を前提とする以上ー婚姻関係の存続を
前提としてはじめて婚姻費用の分担ということが問題となるー婚姻費用の分担に関
する争については、多数意見の述べるような二つの場合を区別して考える余地はな
いのではないかと思う。審判の結果は、時には、具体的な事情のもとに、夫婦の一
方について、費用分担義務なしとの判断の下されることもあり得るであろう。しか
し、それは、家庭裁判所が夫婦の資産、収入その他一切の事情を考慮して、分担額
を零とする判断を下したまでのことであつて、この場合の判断も、費用負担義務の
内容に関する審判にほかならない。若し多数意見のいうところが、費用分担義務な
しとの家庭裁判所の審判があつた場合に、相手方に対し、通常訴訟によつて、これ
を争う途が開かれていなければならないという趣旨であるとすれば、審判に不服の
ある者は、常に通常訴訟の途を選ぶこととなるを免れず、審判は、常に通常訴訟に
よつて覆される可能性を有することとなり、家事審判制度を設けた趣旨を半ば没却
することになるおそれがある。
 なお、右の点に関連して、横田(喜)、入江、奥野三裁判官の補足意見にも触れ
ておかなくてはならぬ。右の補足意見は、「非訟事件として、決定をもつて裁判し
得るのは、右婚姻費用の分担額の形成決定に止まるのであつて、その前提である婚
姻費用の負担義務自体が、夫婦の何れの一方に存するかについて争があり、これを
終局的に確定するには、必ず訴訟事件手続により公開法廷における対審及び判決に
よつて裁判すべきものと解する。従つて、費用分担額を決定する審判は、その前提
である婚姻費用の負担義務自体の存否については、既判力を生ずるものではない」
という。この意見には、種々の問題が含まれている。
 右にいう婚姻費用負担義務自体について争がある場合というのは、どういう場合
を指すのであろうか。また、いつたい、夫婦関係の存続を前提としながら、夫婦の
一方に婚姻費用負担義務がないということを終局的に確定する判決を求め得べきも
のであろうか。仮りに夫婦の一方が勝手に家を飛び出し、しかも相手方に対し、婚
姻費用の分担を求めるがごとき、一見、権利濫用ともいうべき場合を想定してみて
も、夫婦関係の存続を前提とする限り、通常訴訟で、婚姻費用負担義務がないこと
を終局的に確定するがごときことは、恐らく法の全く予定しないところー民法七六
〇条の規定に正面から衝突するーであつて、家事審判制度の創設は、このような場
合を含めて、家庭裁判所が具体的な事情を総合的に考慮し、適切妥当なー時には費
用分担額零というようなー判断を下すことを期待していると解すべきではなかろう
か。
 要するに、多数意見は、婚姻費用の分担に関する審判と、その前提になる婚姻費
用負担義務そのもの(補足意見にいう婚姻費用負担義務自体)とを区別して考えて
いるが、この考え方がそもそも問題なのである。夫婦関係の存続を前提とする限り、
婚姻費用負担義務そのものの存在は、法律の明定するところで、その義務の具体的
内容は、すべて、家庭裁判所の審判による裁量的形成処分にまつべきであるという
のが、現行法の建前とするところであると、私は考える。そして、この審判に、判
決のような既判力を生ずるものでないことはいうまでもない。また、親族法も一新
し、家庭裁判所の創設をみ、法制全体の建前が改まつた今日、旧人事訴訟手続法の
支配した時代の考え方をここに持ち込むことの妥当でないことは、松田裁判官の意
見に明らかにされているとおりである。
 二 右のような私の考え方は、憲法八二条、三二条に牴触するであろうか。私は、
右のような審判制度を設けたからといつて、決して憲法に牴触するものではないと
考える。
 そもそも、現行法が婚姻費用負担義務に関する争を家庭裁判所の審判に委ねてい
るのは、さきに述べたように、夫婦関係の存続を前提とする限り、問題は倫理的な
夫婦生活共同体内部の問題であるから、微妙な夫婦間の内部事情を公開の法廷に曝
け出し、ひいては、婚姻関係そのものを破綻に導くような危険を避け、家庭裁判所
の専門家によつて、夫婦の資産、収入その他一切のファクター(どういう事情で別
居しているか等を含めて)について、客観的かつ公正に調査し、具体的に適切妥当
な判断をさせるためであつて、このような事柄の性質に鑑み、かような審判制度を
設けることには、十分、合理的な根拠が認められるのである。反面からいえば、こ
のような夫婦生活共同体の内部の倫理的性格の強い微妙な問題は、もともと、通常
訴訟に親しまない問題であるから、この種の問題について、通常訴訟の途が閉ざさ
れ、公開・対審の原則が認められないからといつて、決して、憲法八二条、三二条
に違反するものとはいえないであろう。なお、この点の理由づけについては、別に、
夫婦同居義務に関する審判について私が述べたところが、大体、そのままあてはま
るから、前記決定についての私の意見を参照されたい。
 三 なお、民事事件と非訟事件との区別・限界は、必ずしも明確とはいえず、具
体的な事件がその何れに属するかについては、疑問の生ずる余地が少なくない。私
も、家事審判法九条一項乙類に掲げている事項のすべてが、純然たる非訟事件であ
つて、通常訴訟に親しまない、とまで考えているわけではない。また、法律の規定
をもつてしさえすれば、どのような事項でも非訟事件として取り扱うことが許され
るというわけでないことももちろんである。殊に、例えば推定相続人の廃除等のよ
うに、基本的人権の侵害につながるような事項については、通常訴訟の途を開いて
おくことが憲法上の要請であると解すべきであろう。しかし、家事審判法九条一項
乙類に掲げている事項の多くは、その性質上、家庭裁判所の本来の職責との関連か
らいつて、その審判に委ねるのが適当のように思う。
 ただ、右に述べたように、民事事件と非訟事件との区別・限界が必ずしも明確で
なく、時に非訟事件として取り扱うことによつて憲法違反の疑の生ずる余地がある
ことを考えると、立法論としては、これらの事項はすべてこれを家庭裁判所の審判
に服せしめつつ―家庭裁判所も憲法にいう裁判所にほかならないのであるから―民
事事件性の強い事項については、家庭裁判所自体に、公開・対審の原則を導入する
方法を講ずることによつて、憲法八二条、三二条の要請を充し得るように配慮する
ことが一策であると考える。
 裁判官柏原語六は、裁判官田中二郎の右意見に同調する。
 裁判官松田二郎の意見は次のとおりである。
 (一) 私は家事審判法九条一項乙類三号に規定する婚姻費用分担に関する審判
が憲法三二条、八二条に違反しないと解するのであつて、この限りにおいて、多数
意見と見解を同じくする。
 しかしながら、その理論的根拠において、私は多数意見と全く異る見地に立つも
のである。すなわち、多数意見は婚姻費用分担に関する家事審判とは別個に、その
「審判の前提たる負担義務」の存否を終局的に確定するためには、公開の法廷にお
ける対審および判決による訴訟の途が開かれていると主張し、かく解することによ
つて、右の審判が憲法の右条項に違反しないことを理由づけようとする。これに対
して、私はそのような訴訟の途の開かれていることを否定するものなのである。私
の見解によれば、婚姻費用分担に関する事項は、本質上、非訟事件に属するもので
あり、従つて非訟手続たる家事審判法の審判によることは、理論上当然のことなの
である。換言すれば、本質上、非訟事件たるものを非訟手続のみによらしめても、
何等違憲の問題を生ずる余地すらないのである。
 (二) 思うに、夫婦の婚姻関係は、法律的であるとともに倫理的であるところ
の生活協同体であり、他の法域におけるよりも遥に高度に、法と道徳との二要素が
密接に関連しているのである。このことは当然に婚姻の法律関係を特徴づけるので
ある。そして今や新憲法の両性の本質的平等の理念の下で、婚姻は夫婦相互の協力
によつて、自主的に営まれることが期待されているのである(憲法二四条参照)。
従つて、それは国家機関たる裁判所による訴訟的解決になじまない法域といえよう。
たとえば、夫婦間の契約は婚姻中、何時でも第三者の権利を害しない限り、夫婦の
一方からこれを取消し得ると規定していることも(民法七五四条)、夫婦間の契約
に基づく争を訴訟によつて解決することは妥当でないとすることのあらわれである。
また、旧憲法の下、現在の家庭裁判所の制度がなく、家事審判法の制定もなかつた
時代には、「夫婦の同居を目的とする訴」を人事訴訟として認めていたが、この訴
を提起し、勝訴の判決が確定しても、何等相手方に対して、直接にも間接にも、そ
の履行の強制をする方法がなかつたことも(大審院昭和五年(ク)第八九〇号同年
九月三〇日決定、大審院判例集九巻一一号九二六頁参照)、想起されるべきである。
すなわち、この場合、国家機関たる裁判所は、夫婦間の「訴訟」に介入しても、終
局的には何等その介入の効果を収め得なかつたことを示しているからである。換言
すれば、人事訴訟としてかかる訴を認めたことが、無意味であつたことを示すに外
ならない。要するに、婚姻関係については、その存続を前提とする限り、裁判所は
ただ後見的立場において、これに関与するに止まるべきものである。ただ、婚姻関
係を解消せしめようとする離婚については、訴訟が認められているのである。
 叙上の理由により、婚姻関係に関する事項は、その存続を前提とする限り、裁判
所は民事訴訟手続と異るところの手続によつてこれに関与するに止まるべきである。
しかして、本件のごとき婚姻費用の分担は、金員支払にも関するところがあるにせ
よ、それが婚姻という身分関係から生ずるため、一定額の金員の支払を求める通常
の単なる金銭債権とは本質を異にする。すなわち、具体的場合における分担の必要
状態と分担の可能状態とを考慮して、その分担額を決すべき以上、裁判所はその具
体的態様を形成するについて、客観的真実に即することを必要とし、そのため職権
探知が必要となる。かくて、そこでは弁論主義は行われないこととなり、また、婚
姻費用の分担は夫婦共同生活のプライバシーにも関するから、その手続の非公開が
要請されることとなる。しかして、これに適合するものが、すなわち非訟事件とし
ての性質を有する家事審判法の前記審判である。
 (三) しかるに、既に述べたように、多数意見は「婚姻費用分担に関する審判
の前提たる費用負担義務」という概念を構成し、その存否を終局的に確定するには、
民事訴訟によるべきものと主張する。しかし、「夫婦が婚姻から生ずる費用を分担
する」との基本的法律関係そのものは、民法七六〇条の明定するところであり、敢
て再びこれを訴訟によつて確定することを要しないのである。しかして、具体的場
合におけるその分担は、右条文の示すごとく、「夫婦の資産、収入その地一切の事
情を考慮して」これを定めるのであり、家庭裁判所は右条文に則り、具体的事件に
つき、その具体的態様を形成するのであり、これが、すなわち婚姻費用分担の審判
である。それは形成的作用を有する家庭裁判所のなす処分であり、これによつて、
夫婦の一方の相手方に対する給付の内容が定まるのである。
 しかるに、多数意見に賛成する横田(喜)、入江、奥野の三裁判官は、補足意見
として、旧人事訴訟手続法(家事審判法施行法による改正前のもの)七条二項が「
夫婦扶養の請求の訴」を婚姻関係の訴に併合し又は反訴として提起し得る旨規定し
ていたことを、多数意見の理論的根拠として援用されるのである。
 しかしながら、
 (1) 婚姻費用の「分担」は、終戦後における親族法改正に伴うもであつて、
旧人事訴訟手続法の全然知らない制度なのである。従つて、この分担の問題につい
て、旧人事訴訟手続法の規定を援用するのは、適当でないと思われる。
 (2) 旧人事訴訟手続法時代には、夫婦扶養の請求の訴は通常の民事訴訟によ
るべきものとされていた。それは現在のごとき家庭裁判所もなく、家事審判法もな
かつた当時としては、止むを得なかつたからである。そして、旧人事訴訟手続法の
右の規定は、当時、民事訴訟によつて行われていたところの夫婦扶養の請求の訴を、
特に婚姻関係と牽連関係あるものとして、人事訴訟において併合し、または反訴と
して提起することを認めたものに過ぎないのである。換言すれば、当時においては、
扶養に基づく具体的金員支払請求も、民事訴訟によることを原則としていたのであ
る。
 従つて、右の旧人事訴訟手続法の条文を根拠として、そのいうところの「審判の
前提たる婚姻費用負担義務」について、これを「終局的に確定」するためには、民
事訴訟によるべきであると主張するならば、単にその場合のみならず、婚姻費用負
担の具体的請求についても亦、民事訴訟によるべきものとなるはずである。けだし、
婚姻費用分担の抽象的義務のみならず、これより生ずる具体的義務も、民事訴訟に
よつて終局的に確定されるべきものであるからである。思うに、右の旧人事訴訟手
続法の規定援用論者は、婚姻費用の分担について、民事訴訟を不当に重視し、結局、
家庭裁判所の審判を否定する見解に立つものというべきである。しかし、かかる見
解の採るべからざることはいうまでもない。
 (四) さらに多数意見のいうような訴訟を認めるときは、きわめて多くの疑問
を生じ、裁判実務を混乱に導くのである。
 (1) もしこのような訴を許すならば、家庭裁判所の婚姻費用分担に関する審
判に不服の者は、民事訴訟を提起するであろう(家庭裁判所の審判をまたず、その
以前において民事訴訟を提起するものもあろう)。このことは、徒に民事訴訟を誘
発することとなろう。
 (2) 多数意見は、「婚姻費用分担の審判」とそのいうところの「その前提た
る婚姻費用負担義務に関する民事訴訟」との関係を、いかに解するのであろうか。
この点につき、多数意見のごとく民事訴訟を認め、これをもつて「終局的のもの」
とするならば、右の審判は「終局的ならざるもの」といわざるを得ない。しかして、
この見解に立つならば、家庭裁判所は何等固有の権限のないものとなる。けだし、
家庭裁判所は単に暫定的の処分のみを行うに過ぎないものとなり、その審判は、常
に民事訴訟によつて覆される可能性を有するものとなるからである。これは新憲法
下で、家庭裁判所の設立された意義を理解しないものといえよう。
 (3) もしかかる訴が許されるとし、この訴訟において婚姻費用分担の義務な
しとの判決が確定した後、その費用分担が可能となつたときは、多数意見はこれを
どのように処理するのであろうか。けだし、既にこの点について、既判力が生じて
いるからである。しかし、私のごとく婚姻費用分担について家事審判のみを認める
見解を採るときは、その審判には既判力がないから、事情変更を理由として、その
取消、変更を認めるに何等の妨げがないのである。そして、夫婦間における婚姻費
用分担の能力は変化する可能性がある以上、右の点からしても、その分担に関する
事項が非訟手続の審判によることの合理的な所以を知り得るのである。
 (4) さらに多数意見は婚姻費用負担義務自体について民事訴訟の提起を許す
以上、かかる訴を本案として、民事訴訟法上の仮処分をすることを認めざるを得な
いであろう(旧人事訴訟手続法一六条参照)。しからば、それは果していかなる内
容の仮処分なのであろうか。またそれは婚姻費用分担に関する家事審判規則五一条
とは、いかなる関係に立つのであろうか。多数意見は、これらの疑問に対して答え
るところがなければならないのにかかわらず、何等述べるところがないのである。
 (五) いうまでもなく、ある事項を訴訟事件とするか非訟事件とするかは、決
して単なる立法上の便宜の問題ではないのであつて、実質上、訴訟事件たるものを
非訟事件とすることは、憲法三二条、八二条を回避するものとして、許されないの
である。しかし、本質上、非訟事件の性質を有するものを非訟手続によらしめるこ
とは固より当然であり、何等憲法の右条項に反しないことはいうまでもない。しか
して、叙上のごとく新憲法下における婚姻費用分担についての事項は、正にこれに
該当するのであつて、その性質は非訟事件に属し、民事訴訟になじまないものであ
る。現行制度は、すなわちこの本質に即して、その処理を非訟手続たる家事審判法
に委ねているのである。多数意見はこの本質を正解しないものと思われる。しかの
みならず、その理論的誤りの結果として、裁判運営上に多大の支障を生ぜしめるに
至るものである。
 要するに、叙上の点からして、私は多数意見の理由に対して反対せざるを得ない
のである。
 裁判官草鹿浅之介は、裁判官松田二郎の右意見に同調する。
 裁判官岩田誠の意見は次のとおりである。
 私も本件抗告を棄却すべきものとする結論においては多数意見と同じであるが、
婚姻関係の存続を前提とする限り、夫婦は婚姻から生ずる費用を分担すべき義務を
負うことは民法七六〇条の明定するところであり、離婚の訴若しくは婚姻無効の訴
により婚姻関係の解消若しくはその不存在を確定することなく、婚姻関係の存続を
前提としながら、夫婦の同居義務のみ或は婚姻費用負担義務のみの存否の確定を求
める通常の民事訴訟を提起することは許されないと解する。されば婚姻費用の分担
に関する処分は、専ら家庭裁判所の審判によるべきであり、又かく解したからとい
つて、家庭裁判所の右審判が憲法三二条、八二条に違反するものではないことは田
中裁判官の意見のとおりであるから、これを引用する。
  昭和四〇年六月三〇日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    石   坂   修   一
            裁判官    山   田   作 之 助
            裁判官    五 鬼 上   堅   磐
            裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    長   部   謹   五
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠

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